説明

固体潤滑性及び非親和性を有する複合耐摩耗性硬質皮膜及び皮膜付き鋼材

【課題】皮膜剥離及び異常摩耗が生じることなく、耐摩耗性が著しく改善されたCr系皮膜を被覆した固体潤滑性や非親和性等を付加した耐摩耗性硬質皮膜を提供する。
【解決手段】本発明の耐摩耗性硬質皮膜では、鋼系基体に多層の皮膜からなる被覆層を設け、該被覆層のうちの少なくとも1層は構成元素として少なくともTiとAlとNを含むTiAlN系皮膜である多層皮膜鋼材において、該被覆層のうち該TiAlN系皮膜を除く他の層は金属成分として、Cr及びSi、Bの1種又は2種を含有し、非金属成分としてC、N、Oの1種以上の元素を含有するCr系皮膜であり、該Cr系皮膜はCr化合物相中にSiの窒化物相及び/又はBの窒化物相が介在している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体潤滑性や非親和性等を付加した耐摩耗性硬質皮膜及び皮膜付き鋼材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
工具や金型、機械部品などの金属材料の表面に耐摩耗性を向上させるためにイオンプレーティング法などによりTi系のTiN、TiCN、TiAlNなどを被覆することは知られている。特に、耐摩耗皮膜被覆を有する被覆切削工具においては、TiN、TiCNに比べ高温特性の優れたTiAlN系皮膜が開発され、従来まで困難であった調質鋼の切削などの、より過酷な条件下での使用を可能とした被覆切削工具が主流化している。また、 CrNなど金属クロムあるいはそれらの窒化物、酸化物などは耐熱性、摺動特性、非親和性が優れており、その結果固体潤滑性に優れていることが見出されている。従来、Cr系の皮膜は固体潤滑性に優れるものの、膜硬度が低く耐摩耗性硬質皮膜としては不向きであり、切削工具用では用途が限られ、金型や摺動機械部品の耐かじり、耐焼き付き性被膜として用いられている。
【0003】
しかしながら、近年では更なる加工の高能率、高精度化の要求、環境問題及び加工コスト低減の観点から、切削工具においては切削速度の高速化、長寿命化および無潤滑でのドライ加工化が重要視されるようになる。また金型、機械部品の用途においては、高能率、無潤滑加工化が重要視されている。このような無潤滑での加工環境下においては、切削工具や金型表面に被覆される耐摩耗皮膜と加工材料との間に加工中に工具刃先や金型表面に凝着現象が発生し、加工性能に大きな影響を及ぼす傾向にある。すなわち従来のTi系のTiAlN皮膜ではこのような苛酷な無潤滑加工環境下においては、被加工物との凝着現象等に起因した摩擦抵抗の増加により、十分な耐久寿命を得られないのが現状であった。このような問題を解決する為に、特開平11−156992号公報にCr系潤滑皮膜を被覆した工具が提案されている。また、特開平7−150336号公報あるいは特開2002−28804号公報ではCrN膜が低硬度である欠点を補うために、BNやSiNを混在させることを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−156992号公報
【特許文献2】特開平7−150336号公報
【特許文献3】特開2002−28804号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記従来技術のCr系皮膜は、固体潤滑性は有するものの、切削工具や金型などの耐摩耗工具として用いるには硬度がきわめて不足しており、耐摩耗性が極めて悪く、加工初期にすぐに摩耗し摩滅してしまい、その効果が加工初期にしか発揮されない欠点を有するものである。また潤滑性においてもいまだ十分であるとは言い難い。
【0006】
本発明はこうした事情に鑑み、切削加工の高速化、無潤滑化、金型加工の高能率無潤滑加工化に対応可能な耐酸化性及び耐摩耗性に優れた公知のTiAlN系皮膜と組み合わせたときに優れた性能を発揮し、しかも加工材との凝着および溶着現象等に起因した摩擦抵抗の増加を抑制し、更に上記の過酷な加工環境下においても、皮膜剥離及び異常摩耗が生じることなく、耐摩耗性が著しく改善されたCr系皮膜を被覆した固体潤滑性や非親和性等を付加した耐摩耗性硬質皮膜を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、鋼系基体に多層の皮膜からなる被覆層を設け、該被覆層のうちの少なくとも1層は構成元素として少なくともTiとAlとNを含むTiAlN系皮膜である多層皮膜鋼材において、該被覆層のうち該TiAlN系皮膜を除く他の層は金属成分として、Cr及びSi、Bの1種又は2種を含有し、非金属成分としてC、N、Oの1種以上の元素を含有するCr系皮膜であり、該Cr系皮膜はCr化合物相中にSiの窒化物相及び/又はBの窒化物相が介在し、該Cr系皮膜のX線回折における最強ピーク面指数が(111)面であることを特徴とするものである。
【0008】
本発明者はCrN耐凝着性皮膜を例に、種々の添加成分の効果を鋭意研究した結果、SiとBの添加と被覆条件の最適化により、CrNの耐摩耗性を著しく改善できる知見を得るに至った。原因を調査した結果、CrN皮膜内部にこれら成分の窒化物が極めて微細に分散していること、及びCrN皮膜の硬度がビッカースで2250から3500に著しく上昇していることが確認された。すなわち、セラミック系の硬質皮膜を分散強化せしめることが可能であるという驚くべき事実とその方法を見出した。またSiの添加により耐摩耗性の改善のみならず、さらに凝着現象も改善された。これは無潤滑切削中や無潤滑での金型加工において、熱的負荷が高まる使用環境にさらされるとSiが皮膜表面に外部拡散しSiの酸化物を形成し、この酸化物が摩擦係数を低減させた結果であると考えられる。
【0009】
そして、TiAlN系皮膜と耐凝着性に優れたCr系皮膜を組み合わせた固体潤滑性や非親和性等を付加した耐摩耗性硬質皮膜被覆鋼材において、Cr系皮膜中に異なる結晶構造を有する他成分系極微細結晶を介在させることにより、TiAlN系皮膜との密着性を大幅に改善し、Cr系皮膜の硬度を上昇せしめ、耐摩耗性を著しく改善する事に成功した。結果、上記過酷な切削加工、金型加工において凝着現象が少なくかつ耐摩耗性にも優れ、加工工具としての寿命が極めて良好となることを確認し本発明に到達した。
【発明の効果】
【0010】
本発明の固体潤滑性や非親和性等を付加した耐摩耗性硬質皮膜被覆鋼材は、従来の被覆鋼材に比べ切削加工の高速化、無潤滑化、金型加工の高能率無潤滑加工化に対応可能な耐酸化性及び耐摩耗性に優れた公知のTiAlN系皮膜と組み合わせたときに優れた性能を発揮し、しかも加工材との凝着および溶着現象等に起因した摩擦抵抗の増加を抑制し、更に上記の過酷な加工環境下においても、皮膜剥離及び異常摩耗が生じることなく、耐摩耗性の著しい改善に極めて有効である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の被覆物品である切削工具、金型、機械部品等は、鋼系材料を母材とするもので、この鋼系材料表面に多層の皮膜からなる被覆層を設け、該被覆層のうちの少なくとも1層は構成元素として少なくともTiとAlとNを含むTiAlN系皮膜である多層皮膜鋼材において、該被覆層のうち該TiAlN系皮膜を除く他の層は金属成分として、Cr及びSi、Bの1種又は2種を含有し、非金属成分としてC、N、Oの1種以上の元素を含有するCr系皮膜であり、該Cr系皮膜はCr化合物相中にSiの窒化物相及び/又はBの窒化物相が介在していることを特徴とする被膜を被覆したものである。
【0012】
本発明の被覆物品である切削工具、金型、機械部品等の表面処理構造について説明する。本発明の硬質皮膜被覆鋼材は、その被覆方法については、特に限定されるものではないが、被覆母材への熱影響、工具の疲労強度、皮膜の密着性等を考慮した場合、比較的低温で被覆でき、被覆した皮膜に圧縮応力が残留するカソードアーク放電方式イオンプレーティング、もしくはスパッタリング等の被覆基体側にバイアス電圧を印加する物理蒸着法であることが望ましい。
【0013】
Cr系皮膜成膜に用いる原料として、CrSi合金ターゲットをカソードアーク放電方式イオンプレーティング装置にセットし、基材にバイアス電圧−50V、窒素ガス圧3.99Pa、成膜温度350°Cで成膜を行った。被覆された皮膜のX線回折測定を行った。得られた回折スペクトルの分析の結果、皮膜がCrN相とSi相より構成されていることが確認できた。
【0014】
さらに高硬度発現の原因を調査するために透過電子顕微鏡により詳細に観察すると、このSi窒化物層は30nm程度のナノ結晶であり、柱状に成長するCrN層内にナノ結晶が分散されたものであることを確認した。このナノ結晶が格子歪を発生し分散強化機構により、CrNの硬度を大幅に上昇せしめたものと考えられる。具体的にはCrNの硬度はビッカース硬度で約2100であったがこれにSiを7原子重量%添加し、上記被覆条件にてナノ結晶を介在させた層の硬度は約3200であった。
【0015】
しかしながら、この高硬度化は被覆条件に依存する。本発明者は、成膜時に基板に印加するバイアス電圧を変化させて成膜した皮膜の硬度を測定したところ、−50Vの場合Siは上記のようにビッカース硬度で約3200であったが、−300Vの場合では約2800となった。バイアス電圧は入射するイオンエネルギーに反映されるが、このエネルギーの大小によって格子歪を発生させたり、成膜温度を上昇によって応力を緩和したりする。その結果として成膜された被膜は結晶構造が変化し、−100Vを境にして、それ以下では(200)面が最強ピーク面指数となり、−100V以上では(111)面が最強の面指数となった。
【0016】
B添加の場合も同様な結果が確認された。CrBターゲットをカソードアーク放電方式イオンプレーティング装置にセットし、基材にバイアス電圧−50V、窒素ガス圧3.99Pa、被覆温度350°Cで成膜を行った。被覆された皮膜のX線回折測定を行った。得られた回折スペクトルの分析の結果、皮膜はCrN相とBN相から構成されることが確認された。この場合もBN相はナノ結晶であり、格子歪の発生に起因する大幅な硬度上昇が確認された。耐凝着性はSi添加に比較してさらに改善される結果であった。これはBN相自体がCrN等に比較してもさらに優れた潤滑性を有していることに起因すると考えられる。バイアス電圧に関しては、Si添加の場合と同様の結晶構造の変化が認められた。
【0017】
またSiとBの同時添加により、Si相とBN相、双方のナノ結晶が確認され、耐久性評価結果でも相乗効果が存在することが確認された。硬度の上昇はSiとBの添加量にほぼ比例する傾向にあった。しかしながら、硬度上昇に伴い、皮膜に残留する圧縮応力が増大し、TiAlを主成分とする硬質層とCr系皮膜間の密着性は劣化する傾向にあるためSiもしくはBの添加量はCrに対し50原子%以下が好ましい。
【0018】
SiもしくはB量の増加時における皮膜性能は、前記のように成膜時に印加するバイアス電圧により、結晶構造の変化に伴って異なる。カソードアーク放電方式のイオンプレーティング法によると、−100V付近を境界として、それより低いバイアス電圧では(200)面に配向し、それ以上では(111)面に配向する。この傾向はTiAlN系皮膜においてもCrN系皮膜の場合でも共通した性質である。この変化は、印加されるバイアス電圧、すなわち、成膜時のイオンの入射エネルギーが変化することに起因する。イオンプレーティング法による皮膜の合成は、低温成膜ゆえの非平衡反応であり、イオンの入射エネルギーの増加に伴って結晶格子の歪みが導入されることで、皮膜の残留応力が増加する。しかし、あるエネルギーを越えると、入射エネルギーが熱エネルギーに変換されることによる成膜温度の上昇で、応力緩和が起こり、これにより結晶構造が変化することがわかった。
【0019】
本発明者の研究によると、TiAlN系皮膜はバイアス電圧による結晶構造の変化により、被膜の機械的強度に変化が起こり、例えば被膜硬度は配向性の変化するバイアス電圧で最も高硬度を示す。この被膜の残留応力が最も大きい。しかし、TiAlN系皮膜では結晶構造が変化をしても切削性能に大きな性能の差異は見られないことがわかった。TiAlN系皮膜においては、Tiの一部をAlやその他成分で置換することにおいて、硬質層の耐摩耗性もしくは耐酸化性をさらに向上させることが可能となる。しかし、結晶構造の基本はTiNのNaCl構造を保持しているため、TiNの結晶構造そのものの変化が、皮膜特性に影響を及ぼす程度が少ないものと思われる。
【0020】
一方CrNやCrAlN系皮膜でもTi系皮膜同様の硬度や残留応力の変化が見られる。CrN系皮膜の特徴は、Cr金属の持つ耐食性、耐酸化性、潤滑性にある。そのため、結晶構造の基本となるCrNのNaCl構造の変化は、そのまま膜特性の変化に反映される。そのため、本発明の第2層を形成するCr系皮膜の結晶配向性は、(200)面よりも(111)面に選択配向を示す方が優れた皮膜特性を示すことを見出した。これは、(111)面がNaCl構造における最密構造であるため皮膜強度が高くなっていること、高バイアス電圧で成膜されたことで、成膜温度が高く、皮膜の残留応力が緩和されているためと思われる。
【0021】
さらに、TiAlN系皮膜においては、TiAlの一部を他成分で置換することにおいて、硬質層の耐摩耗性もしくは耐酸化性をさらに向上させることが可能となる。周期律表のTiを除く4a、5a、6a族金属成分での置換はTiAl主成分硬質層の幾分の硬度上昇させる傾向にあり、Si、Yでの置換はこれら成分が粒界に偏析し、粒界での酸素拡散を抑制し、結果耐酸化性を改善せしめる傾向にある。置換量は30原子%を超えると、結晶が柱状に成長しなくなり、皮膜の靭性が劣化するため、30原子%以下でなければならない。
【0022】
一方Crを主成分とする硬質皮膜においてもCrの一部を他元素、周期律表のCrを除く4a、5a、6a族金属の一種以上で、置換することが有効である。その理由はCrN相自体が他元素により固溶強化され、CrNマトリックス相自体の硬度が上昇することにより、CrN相の耐摩耗性が向上するためである。置換量においては結晶配向が(111)面となり、かつCrNの潤滑性を損なわなければ特に制限はない。
【実施例1】
【0023】
アークイオンプレーティング装置を用い、金属成分の蒸発源である各種合金製ターゲット、ならびに反応ガスである窒素ガス、酸素ガス、メタンガスから目的の皮膜が得られるものを選択し、被覆基体温度400°C(TiAlN系)350°C(Cr系)、反応ガス圧力双方とも3.99Pa、基体バイアス電圧−50V(TiAlN系)、−300V(Cr系)の条件下にて、被覆基体である切削性能を評価するために外径8mmの超硬合金製6枚刃エンドミル、外径6mmの高速度工具鋼製ストレートシャンクドリルを用意し、金型加工性能を評価するために直径15mm、長さ80mmの高速度工具鋼製パンチ、外径66mm、内径30mm(R3)のSKD11製ダイスに各種のバイアス電位を印加し、全皮膜の厚みが3μm〜4μmとなるように成膜し表1の本発明例1〜13、15、17を得た。成膜の順序は表1に記載の第1層を基体表面に成膜し、続いて第2層を成膜し、層数に応じてこれを繰り返した。比較例においてTiAlN系は上記と同一条件にて、またCr系は結晶配向が(200)面になるように、バイアス −50V、被覆温度350°Cにて成膜した。その他皮膜はTiAlN系被覆と同一条件で被覆して表1の比較例14、16、18〜25を得た。なお、B、Siは蒸発源であるCrターゲットに必要量添加することにより皮膜に含有させた。表1において、皮膜組成の表示は金属成分、非金属成分を夫々合わせて1となるよう、原子比で表記したが、金属成分と非金属成分の量比は必ずしも1:1となるものではない。またBは、第1層では非金属成分、第2層では金属成分に算入した。
【0024】
得られた硬質皮膜被覆エンドミルおよび硬質皮膜被覆ドリルを用い切削試験を行った。工具寿命はエンドミルでは刃先の欠けないしは摩耗等により工具が切削不能となった時の切削長とし、ドリルでは切削不能となった加工穴数とした。切削諸元を次に示す。
【0025】
6枚刃超硬エンドミルの切削条件は、側面切削、ダウンカット、被削材SKD11(硬さHRC58)、切り込みAd10mm×Rd0.3mm、切削速度100m/min、送り0.05mm/tooth、エアーブロー使用、とした。凝着が激しくなり切削不能になった時を寿命と判定し、その結果を表1に併記する。
【0026】
高速度工具鋼ストレートシャンクドリルの切削条件は、被削材SCM440(硬さHRC28)、回転数1500/min、送り0.15mm/rev、水溶性切削液使用とした。この場合凝着が激しくなり切削不能になった時を寿命と判定し、その結果を表1に併記する。
【0027】
高速度工具鋼製パンチの試験は、ナックルジョイント型160tプレス機を用いて行い、被加工材はボンデ処理を施したSS400(加工前寸法、φ19.7×14mmのビレット材)材を底の厚みが5mmになるようなカップ形状に後方押出プレスを行った。このプレスを100ショット行った後、パンチ端面に発生した傷深さをレーザー顕微鏡で測定し、耐久性を数値化した。表1に試験結果を記載する。
【0028】
SKD11製ダイスの試験は、単発絞り試験機サーボパルサーを用いて深絞りプレス試験を行い評価した。被加工材はφ50mm、厚み0.6mmの冷間圧延鋼板(SPCC)で、無潤滑においてショット数100回、カップ形状に成形した。プレス時の絞り力(パンチに掛かる力)を測定して、その平均絞り力を調べた。また成形品の表面粗さを測定した。表1に試験結果を記載する。
【0029】
本発明例1〜13は各種TiAlN系皮膜と各種Cr系皮膜の多層例である。これらの本発明例においては第1層のTiAlN系皮膜をバイアス電圧−50Vで被覆し、(200)配向に成膜した。また第2層のCr系被膜はバイアス電圧−300Vで被覆し、(111)配向に成膜した。B添加されたCr系皮膜にはナノBN相が、Si添加されたCr系皮膜にはSi相が確認された。切削試験の結果では、従来技術に記載した比較例22と対比すると、高速ドライ切削のエンドミルの寿命では3〜5倍程度の向上が計れた。ウエット加工のドリル試験でも同様な傾向が確認され、2〜3倍程度の向上が計れた。また、パンチ加工においてはCr系皮膜でほとんど損傷がなく、加工できたのに対し、比較例では基材にまで及び損傷が見られ、一部皮膜の剥がれも認められた。ダイスにより無潤滑絞り試験では、本発明のCr系皮膜の潤滑性が効果を発揮し、比較例に比し、低い加工力での加工が行えた。また被加工材の表面粗さも100ショット後もなめらかであった。比較例14、16は第1層、第2層ともバイアス−50Vにて(200)配向させた例、本発明例15、17はCr系皮膜をバイアス−300Vで(111)に配向させた場合の比較である。比較例14、16は前記の比較例22より優れるものの、Cr系皮膜と同一配向させた本発明例15、17のほうが更に優れた結果となった。
【実施例2】
【0030】
TiAl金属ターゲットのTiの一部を他成分で置換したターゲット及びCrターゲットのCrの一部を他成分で置換したターゲットを用い実施例1と同一条件にて本発明例24〜40を作成した。実施例1と同一切削評価および金型加工試験を実施した。その結果を表1と同様の表記方法で表2に示す。
【0031】
本発明例26〜37はTiAlN系皮膜に第3成分を添加した例であり、いずれにおいても、TiAlN系より、より優れた結果である。本発明例38〜42はCr系皮膜にSi,B以外の第2成分を添加した例であり、Cr系皮膜が若干耐摩耗性の向上ができる。従来例や単層の比較例14、16、18〜25に対し、本発明例1〜13、15、17、26〜42は、切削時、金型加工時の凝着現象に起因した異常摩耗が進行することもなく、かつ、Cr系皮膜の耐摩耗性、潤滑性が著しく優れ、総合して工具寿命が著しく向上する結果となった。また、本発明は乾式高速切削加工、無潤滑金型加工にも十分対応するものである。
【表1】


【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼系基体に多層の皮膜からなる被覆層を設け、該被覆層のうちの少なくとも1層は構成元素として少なくともTiとAlとNを含むTiAlN系皮膜である多層皮膜鋼材において、該被覆層のうち該TiAlN系皮膜を除く他の層は金属成分として、Cr及びSi、Bの1種又は2種を含有し、非金属成分としてC、N、Oの1種以上の元素を含有するCr系皮膜であり、該Cr系皮膜はCr化合物相中にSiの窒化物相及び/又はBの窒化物相が介在していることを特徴とする固体潤滑性及び非親和性を有する複合耐摩耗性硬質皮膜。
【請求項2】
請求項1に記載された固体潤滑性及び非親和性を有する複合耐摩耗性硬質皮膜において、該Cr系皮膜のX線回折における最強ピーク面指数が(111)面であることを特徴とする固体潤滑性及び非親和性を有する複合耐摩耗性硬質皮膜。
【請求項3】
請求項2記載の固体潤滑性及び非親和性を有する複合耐摩耗性硬質皮膜において、該Cr系皮膜のCrの一部を周期律表のCrを除く4a、5a、6a族金属の一種以上で置換したことを特徴とする固体潤滑性及び非親和性を有する複合耐摩耗性硬質皮膜。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1つに記載の複合耐摩耗性硬質皮膜を設けた鋼材。

【公開番号】特開2010−229527(P2010−229527A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−80796(P2009−80796)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(000228604)日本コーティングセンター株式会社 (8)
【Fターム(参考)】