説明

圧力上昇に対する安全機構を備えた人工肺装置

【課題】人工肺圧上昇が生じたときに、シャント回路により人工肺をバイパスして送血される静脈血の流量を制御して、圧上昇を抑制しながら、可能な限り酸素加した血液を供給する。
【解決手段】血液循環回路2、3中に挿入された人工肺1と、人工肺の入口側で血液循環回路中に挿入された血液ポンプ4と、血液循環回路から分岐して人工肺1をバイパスするシャント回路7と、シャント回路の流路の開放度を調整する開放度調整装置9と、人工肺の入口側での血液循環回路の圧力である入口圧P1を検出する入口圧センサ10と、入口圧P1に基づき開放度調整装置の動作を制御する制御部12とを備える。制御部は、所定の値に設定された制御上限値に基づく制御を行い、入口圧P1が制御上限値を超えた場合に、入口圧P1が制御上限値以下に維持されるように開放度調整装置を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液に対するガス交換(酸素の供給、二酸化炭素の排出)を行うための人工肺装置に関し、特に、人工肺に起因する血液循環回路中の圧力上昇に対して安全機構を備えた人工肺装置に関する。
【背景技術】
【0002】
心臓手術においては、患者の心臓を停止させ、その間の呼吸及び循環機能を代行するために、人工心肺装置が用いられる。人工肺は、患者の肺に代わって血液に酸素を供給し、二酸化炭素を排出させる機能を提供するものである。人工肺の例としては、例えば、多孔質中空糸膜を使用した膜型人工肺が知られている。すなわち、酸素を含むガス及び血液を多孔質中空糸膜を挟んで流動させ、血液とガスとの間でガス交換が行われるように構成された装置である。
【0003】
人工心肺では、手術の侵襲や薬剤投与、血液の異物接触などの影響により、血栓の形成や血球の凝集が発生する場合がある。人工心肺の構成部品の中で膜型人工肺は、最も血液との接触面積が大きいことや、血液が通過する流路が狭いという点から、血栓の形成や血球の凝集が生じた場合、人工肺流路の目詰りによる人工肺圧力損失の増大につながる。
【0004】
人工肺の圧力損失が上昇した場合、回路内圧の増大により、患者ヘの危害としては溶血が発生し、また、人工心肺回路接続部からの血液の漏れによる出血に至る場合も想定される。このような状況下に至った場合では、人工肺の交換を余儀なくされることとなる。
【0005】
人工肺交換までの判断に至ってから、新しい人工肺を手術室ヘ持ち込み、開封などの準備を実施しなければならず、交換までの時間として5〜10分程度は要する。その間、人工肺の目詰りの程度が増加していき、人工肺の圧力損失は継続的に増加していく場合もある。そのため、体外循環技士は人工心肺の監視・操作に、通常よりもはるかに注意が必要となり、多大な負担を抱えることになる。
【0006】
人工肺交換までの間、体外循環技士は、回路内圧力の監視を行い、回路破裂による大量の出血や循環停止を第一優先として防止しなければならない。人工心肺回路の製品耐圧としては通常、500mmHg以下を推奨している。これに従って回路上限圧を定め(各施設によって異なる)、それ以上の圧になった場合には、例えば、ポンプの流量を低下させて対処する。非特許文献1には、センサによる回路内圧力の検出値に応じて、ローラーポンプの流量を制御する装置が開示されている。
【0007】
しかし、回路内圧力の上昇に対処するためにポンプの流量を低下させる方法の場合、一時的な圧力上昇は回避できても、即効性が低い。また、使用を継続すると、灌流量不足により十分な還流圧を与えることができず、抹消循環ヘ血液を送り込むことが不十分になる恐れがある。そのため、抹消の組織や臓器(脳、腎臓)などヘの酸素の運搬不足や血流の停滞が発生し、微小血栓等の発生も懸念される。さらに、低下させた血液流量でガス交換するので、酸素付加量が低下してしまい、患者ヘの酸素供給が不足する惧れもある。
【0008】
このような問題を回避して、回路内圧力の上昇に対処するために、人工肺を短絡させるシャント回路を組み込んでおき、シャント回路を開放させて、回路内圧を下げる方法も知られている。シャント回路を使用した方法は、図7に示すように行われる。
【0009】
図7に示す人工肺装置では、人工肺1に接続された脱血回路2と返血回路3により血液循環回路が構成されている。脱血回路2に設けられたポンプ4により血液が駆動される。脱血回路2には更に貯血槽5が配置され、返血回路3には動脈フィルタ6が配置されている。さらに、シャント回路7が、人工肺1をバイパスするように脱血回路2及び返血回路3から分岐して設けられている。シャント回路7のチューブ7aは通常、鉗子8により遮断されている。回路内圧力が上限圧を超えた場合には、鉗子8を外してシャント回路7のチューブ7aを開放する。
【0010】
シャント回路7の流路が追加されることにより、回路内圧力を低下させる効果に即効性が得られる。また、体外循環血液量の欠乏、及び低血液流量でのガス交換に起因する酸素付加量の低下も抑制することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「回路内圧によるローラーポンプの回転制御装置の開発」、百瀬直樹他、人工臓器27巻2号、1998年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、シャント回路を使用した方法の場合、シャント回路7側には、チューブ7aの径によっても異るが、酸素化されていない静脈血が大量に流れ込むので、患者の血液が酸素欠乏に至る惧れがある。通常、人工肺1で酸素加された血液に静脈血が混合されると、患者ヘ送られる血液の酸素飽和度は、酸素加血液と静脈血の混合比により決定される。例えば、酸素加血液(100%)と静脈血(65%)の混合比が1:1の場合は、酸表飽和度80%程度の血液を患者へ送り込むことになる。
【0013】
そのため、なるべく静脈血は混合させない方が患者への酸素供給を維持できることになる。しかし、シャント回路を設けただけの回路構成では、人工肺への流量は、灌流量及びシャントチューブ径により異なり、制御することは困難である。
【0014】
従って本発明は、人工肺に起因する圧上昇が生じた場合の人工肺交換までの準備の間、血液循環回路の内圧上昇に伴う回路の破裂による大量出血及び循環停止を防止し、患者への適正灌流量を維持したまま、可能な限り酸素加した血液を患者へ供給することを可能とする人工肺装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために、本発明の第1構成の人工肺装置は、脱血部と返血部を有する血液循環回路と、前記血液循環回路中に挿入された人工肺と、前記人工肺の入口側で前記血液循環回路中に挿入された血液ポンプと、前記血液循環回路から分岐して前記人工肺をバイパスするシャント回路と、前記シャント回路の流路の開放度を調整する開放度調整装置と、前記人工肺の入口側と前記血液ポンプの間の前記血液循環回路における圧力である入口圧P1を検出する入口圧センサと、前記入口圧センサが検出する前記入口圧P1に基づき、前記開放度調整装置の動作を制御する制御部とを備える。前記制御部は、所定の値に設定された制御上限値に基づく制御を行い、前記入口圧P1が前記制御上限値を超えた場合に、前記入口圧P1が前記制御上限値以下にに維持されるように前記開放度調整装置を制御することを特徴とする。
【0016】
また、本発明の第2構成の人工肺装置は、脱血部と返血部を有する血液循環回路と、前記血液循環回路中に挿入された人工肺と、前記人工肺の入口側で前記血液循環回路中に挿入された血液ポンプと、前記血液循環回路から分岐して前記人工肺をバイパスするシャント回路と、前記シャント回路の開放度を調整する差圧応動弁装置とを備え、前記差圧応動弁装置は、前記シャント回路の流路中に挿入された弁支持枠と、前記弁支持枠に支持されて前記シャント回路の流路を封鎖する差圧応動弁により構成され、前記差圧応動弁は、前記人工肺の入口側の圧力である入口圧P1を受ける面と、その裏面である前記人工肺の出口側の圧力である出口圧P2を受ける面とを備え、前記入口圧P1と前記出口圧P2の差圧(P1−P2)が所定値未満であるときは、前記流路を閉塞し、前記差圧(P1−P2)が所定値以上の陽圧になったときに、前記流路を開放するように構成されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
上記構成の人工肺装置によれば、入口圧P1に応じてシャント回路の開放度が自動的に調整され、急激な圧力上昇に対しても、回路破裂による大量の出血及び循環停止を防止できる。しかも、シャント回路により人工肺をバイパスして送血される静脈血を最小限に抑制して、人工肺への適正な灌流量を維持し、可能な限り酸素加された血液を供給することが可能である。従って、人工肺の圧力上昇時には、人工肺の交換の準備など多くの業務を伴う体外循環技士の負担を軽減できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態1における人工肺装置を示す概略構成図
【図2】同人工肺装置の要部を示す正面図
【図3】同人工肺装置の動作を示すタイミング図
【図4】本発明の実施の形態2における人工肺装置を示す概略構成図
【図5】同人工肺装置のシャント回路の一部を示す断面図
【図6】図5のシャント回路の要部を拡大して示す断面図
【図7】従来例の人工肺装置を示す概略構成図
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の人工肺装置は上記構成を基本として、以下のような態様をとることができる。
【0020】
すなわち、第1構成の人工肺装置において、前記制御部は、所定の値に設定された制御下限値及び前記制御上限値に基づく制御を行い、前記血液循環回路を介した前記人工肺への灌流開始から、前記入口圧P1が最初に前記制御上限値を超えるまでは、前記シャント回路が完全に閉鎖された状態を維持するように前記開放度調整装置を制御し、前記入口圧P1が一旦前記制御上限値を超えた後には、前記入口圧P1が前記制御下限値と前記制御上限値の間の範囲に維持されるように前記開放度調整装置を制御する構成とすることができる。
【0021】
また、前記血液循環回路における前記人工肺を経由する流路である主回路を流れる液体流量をQmとし、前記シャント回路を流れる液体流量をQsとしたとき、両流量の比率Qs/Qmを、前記入口圧P1に基づき前記開放度調整装置によって制御する構成とすることができる。
【0022】
また、前記制御部は、前記入口圧P1が前記制御上限値を超えたときは、前記シャント回路の開放度を増大させるように前記開放度調整装置を制御し、前記入口圧P1が一旦前記制御上限値を超えた後に前記制御下限値以上で前記制御上限値以下の範囲となったときは、そのときの前記シャント回路の開放度を維持するように前記開放度調整装置を制御し、前記入口圧P1が一旦前記制御上限値を超えた後に前記制御下限値未満となったときは、前記シャント回路の開放度を減少させるように前記開放度調整装置を制御する構成とすることができる。
【0023】
また、前記制御部は、前記シャント回路の開放度の増大または減少を所定の速度で行うように前記開放度調整装置を制御する構成とすることができる。
【0024】
また、前記シャント回路の流路はチューブにより形成され、前記開放度調整装置による前記シャント回路の開放度の調整は、前記チューブに対する押圧力を変化させることにより行われる構成とすることができる。
【0025】
また、前記人工肺の出口側の前記血液循環回路における圧力である出口圧P2を検出する出口圧センサを備え、前記制御部は、前記入口圧P1と前記出口圧P2の差圧である人工肺圧力損失(P1−P2)を算出して、前記人工肺圧力損失(P1−P2)が所定の大きさを超えたときのみ、前記開放度調整装置による前記シャント回路の開放度の調整を行う構成とすることが好ましい。
【0026】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0027】
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態1における人工肺装置を示す概略構成図である。この人工肺装置の基本的な構成は、図7に示した従来例の装置と同様であり、図7に示した要素と同様の要素については同一の参照符号を付して説明する。
【0028】
図1に示す人工肺装置では、人工肺1の入口側及び出口側にそれぞれ接続された脱血回路2と返血回路3により血液循環回路が構成されている。脱血回路2には、ポンプ4及び貯血槽5が配置され、返血回路3には動脈フィルタ6が配置されている。血液循環回路から分岐して、人工肺1の入口側と出口側の間をバイパスするシャント回路7が設けられている。開放度調整装置9は、シャント回路7の流路の開放度を調整するために設けられ、後述するようにチューブ7aに装着されている。
【0029】
また、人工肺1の入口側とポンプ4の間には入口圧センサ10が配置され、人工肺1の入口側における圧力である入口圧(送血圧)P1を検出する。また、人工肺1の出口側には出口圧センサ11が配置され、出口側における圧力である出口圧P2を検出する。入口圧P1及び出口圧P2の検出値は制御部12に供給され、制御部12はそれらの検出値に基づき開放度調整装置9の動作を制御する。
【0030】
開放度調整装置9の構造の一例を、図2に示す。この開放度調整装置9は、シャント回路7のチューブ7aを上下方向に挟んで配置された固定板13と可動板14を有する。可動板14は支持部材15に固定されており、支持部材15の上下動に伴って変位し、固定板13との間の間隔を変化させる。支持部材15は、案内部材16に摺動可能に装着されており、上下動を案内される。支持部材15にはボールネジ17が取り付けられており、モータ18の回転による上下方向の駆動力が、ボールネジ17を介して支持部材15に伝達される。
【0031】
モータ18は、図1に示した制御部12によって、その回転方向及び回転速度の制御を受ける。モータ18の回転を制御して固定板13と可動板14の間の間隔を変化させることにより、チューブ7aの内腔の開放度、従ってシャント回路7の流路の開放度を調整することができる。
【0032】
制御部12によるシャント回路7の流路の開放度の制御について、図3を参照して説明する。図3は制御方法の一例を示すものであり、横軸は時間、縦軸は入口圧P1である。入口圧P1の制御下限値及び制御上限値は、制御部12に設定された所定値である。t1〜t6は、入口圧P1の変化点を示す。変化点t1〜t6の各時点間における線分は、入口圧P1の変動に応じた一定の制御が行われている状態を表す。なお、制御上限値は、人工心肺回路の製品耐圧としての回路上限圧に対して適切に設定される。すなわち、人工肺交換までの準備の間、血液循環回路の内圧上昇に伴う回路の破裂を防止できるように設定される。
【0033】
まずt0は、血液循環回路を介した人工肺1への灌流開始時点である。t0からt1までは、入口圧P1は通常値を維持する。使用時間の経過とともに、何らかの原因で人工肺1の目詰りが生じ、時点t1から入口圧P1が上昇を開始し、t2では制御上限値を超える。その後、t3からt6に示すように、開放度調整装置9の制御に応じて入口圧P1が変化し、各線分が示す期間において、それぞれの状態に応じた制御が行われる。
【0034】
入口圧センサ10が検出する入口圧P1に基づく、制御部12による開放度調整装置9の動作の制御は、基本的には次のとおりである。まず、血液循環回路を介した人工肺1への灌流開始(t0)から、入口圧P1が最初に制御上限値を超えるまで(t2)の期間には、シャント回路7が完全に閉鎖された状態を維持するように開放度調整装置9を制御する。すなわち、図2に示すモーター18を正回転させて可動板14を下方に移動させ、固定板13との間でチューブ7aを挟んで完全に閉塞させた状態を維持する。
【0035】
そして、入口圧P1が一旦制御上限値を超えた後(t2以降)には、入口圧P1を制御下限値と制御上限値の間の範囲に維持するように開放度調整装置9を制御する。そのための制御の一例は、以下のとおりである。
【0036】
すなわち制御部12は、入口圧P1が制御上限値を超えたとき(t2)に、シャント回路7の開放度を増大させるように開放度調整装置9を制御する。すなわち、図2に示すモータ18を逆回転させ、可動板14を上方に移動させて、チューブ7aを開放する方向に調整する。その結果、シャント回路7を流動する血流により、入口圧P1が降下し始める。
【0037】
入口圧P1が制御下限値と制御上限値の間の範囲となったとき(t3)に、そのときのシャント回路7の開放度を維持するように開放度調整装置9が制御される。すなわち、モータ18は一旦待機エリアへ移行し、停止する。それにより暫時、入口圧P1が一定の値に維持される。その後、再び入口圧P1が上昇し始め(t4)、制御上限値を超えたとき(t5)に、シャント回路7の開放度を増大させるように開放度調整装置9が制御される。
【0038】
その結果、シャント回路7を流動する血流が更に増大して、入口圧P1が再度降下し始める。この場合、入口圧P1の上昇が、可逆的な血液の変性に伴う人工肺1の目詰まりに起因していた場合には、人工肺の目詰まりが解消されていく場合もある。そのため、入口圧P1が制御下限値未満となる場合(t6)も発生する。そのような場合には、シャント回路7の開放度を減少させるように開放度調整装置9を制御する。すなわち、モータ18を正回転させて可動板14を下方に移動させ、チューブ7aを閉塞させる。それにより、入口圧P1は上昇し始める。この動作は、可能な限りシャント流量を少なくすることで、酸素加した血液を患者へ供給する利点をもたらす。完全にチューブ7aが閉塞された状態になれば、入口圧P1が再び制御上限値を超えない限り、上記の制御動作は停止する。
【0039】
以上のような、入口圧P1が一旦制御上限値を超えた後の制御部12の動作は、以下のように記述できる。すなわち制御部12は、入口圧P1が制御上限値を超えたときに、シャント回路7の開放度を増大させるように開放度調整装置9を制御する。また、入口圧P1が一旦制御上限値を超えた後に制御下限値以上で制御上限値以下の範囲となったときは、そのときのシャント回路7の開放度を維持するように開放度調整装置9を制御する。更に、入口圧P1が一旦制御上限値を超えた後に制御下限値未満となったときは、シャント回路7の開放度を減少させるように開放度調整装置9を制御する。
【0040】
なお、制御部12が、所定の値に設定された制御上限値に基づく制御を行い、入口圧P1が制御上限値を超えた場合に、入口圧P1が制御上限値以下に維持されるように開放度調整装置9を制御する構成とした場合でも、相応の効果を得ることが可能である。
【0041】
また、血液循環回路における人工肺1を経由する流路である主回路を流れる液体流量をQmとし、シャント回路7を流れる液体流量をQsとしたとき、両流量の比率Qs/Qmを、入口圧P1に基づき開放度調整装置9によって制御する構成とすれば、より良好な効果を得ることが可能である。
【0042】
なお、制御部12は、シャント回路7の開放度の増大または減少を所定の速度で行うように開放度調整装置9を制御することが望ましい。
【0043】
本実施の形態の人工肺装置によれば、急激な圧力上昇に対しても、シャント回路が開放されて自動的に圧力を調整する為、回路破裂による大量の出血及び循環停止を防止できる。しかも、シャント回路により人工肺をバイパスして送血される静脈血を最小限に抑制して、人工肺1への適正な灌流量を維持し、可能な限り酸素加された血液を供給することが可能である。従って、人工肺1の圧力上昇時に、人工肺の交換の準備など多くの業務を伴う体外循環技士の負担を軽減できる。
【0044】
以上のような、本実施の形態の人工肺装置を構成するための開放度調整装置9及び制御部12は、通常の人工心肺回路に組み込むことが可能である。それにより、人工肺入口圧(送血圧)P1を常時監視し、人工肺の過度な圧力上昇が生じた場合に、シャント回路7を開放させ回路内圧を調整し、可能な限り酸素加された血液を患者へ送り込むことが可能となる。
【0045】
なお、人工肺1に関わる要因以外の、動脈フィルターの目詰りや送血カニューレの送血部閉塞等により圧力が上昇した場合でも、入口圧P1は増加する。そこで、入口圧P1に加えて、出口圧センサ11が検出する出口圧P2も用いた制御を行うことが望ましい。すなわち、入口圧P1と出口圧P2を用いて、人工肺圧力損失(P1−P2)を算出する。そして、入口圧P1は増加しても人工肺圧力損失(P1−P2)が増大していない場合には、人工肺1以外の要因が寄与しているため、上述の制御動作が行われないようにする。例えば、人工肺圧力損失(P1−P2)が所定の大きさを超えたときのみ、開放度調整装置によるシャント回路の開放度の調整を行う構成とする。
【0046】
なお、上記構成において、人工肺圧力上昇が生じた場合の安全確保の観点から、シャント回路7に用いられるチューブ7aの径は、人工肺1が完全に閉塞した場合に、チューブ7aが完全に開放された開放度最大の状態で、入口圧P1が人工心肺回路の製品耐圧としての回路上限圧を超えないように選択される。
【0047】
(実施の形態2)
図4は、本発明の実施の形態2における人工肺装置を示す概略構成図である。本実施の形態の人工肺装置は、実施の形態1の人工肺装置における開放度調整装置9及び制御部12により構成される制御システムに代えて、シャント回路の流路中に差圧応動弁を挿入してシャント回路の開放度を調整するように構成したものである。従って、図1に示した実施の形態1の人工肺装置と同様の要素については、同一の参照符号を付して説明の繰り返しを省略する。
【0048】
図4において、シャント回路7を形成するチューブ7aには、差圧応動弁装置19が挿入されている。差圧応動弁装置19は、図5に示すように、弁支持枠20と差圧応動弁21からなる。チューブ7aが中央部で切断され、弁支持枠20の両端にそれぞれ接続されている。図5に破線枠Aで示した部分の拡大図を、図6に示す。
【0049】
図6に示すように、弁支持枠20の内腔には、軸方向中央にフランジ部22により径小部23が形成されている。この径小部23の流路を封鎖するように差圧応動弁21が装着されている。差圧応動弁21は、弁部21aと係止突起21bを有し、いずれも径小部23の径より径大である。弁部21aと係止突起21bがフランジ部22の両側に位置することにより、差圧応動弁21はフランジ部22に保持される。
【0050】
差圧応動弁21は、図の左側の面が入口圧P1を受け、その裏面である右側の面が出口圧P2を受ける。弁支持枠20の軸方向における弁部21aと係止突起21bの寸法の関係が適切に設定されることにより、弁部21aの円Cで示す箇所がフランジ部22に向かって押圧されている。従って、入口圧P1と出口圧P2の差圧(P1−P2)が所定値未満であるときは、流路を閉塞し、差圧(P1−P2)が所定値以上の陽圧になったときに、流路を開放するように構成されている。
【0051】
この差圧応動弁装置19の動作は次のとおりである。すなわち、入口圧P1が上昇すると差圧応動弁21が矢印Bの方向へと押される。押されることで円Cで示す箇所の面圧が緩み、その箇所が開放されて血液が出口圧P2側へ移行していく。この開放は、入口圧P1と出口圧P2の圧力差により生じる。差圧応動弁21の面圧の強度(材料硬度、寸法)を調整することで、開放される上限圧を規定することができる。
【0052】
このようにして、差圧応動弁21により、所定の一定以上の圧力差が生じた場合に流路を開放する機能を、シャント回路7に組み込むことができる。それにより、人工肺に起因する急激な圧力上昇に対して、シャント回路7が開放されて自動的に圧力を調整する為、回路破裂による大量の出血及び循環停止を防止できる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本実施の形態の人工肺装置によれば、急激な圧力上昇に対しても、シャント回路が開放されて自動的に圧力を調整し、しかも、シャント回路により人工肺をバイパスして送血される静脈血を最小限に抑制した適正な灌流量を維持して、可能な限り酸素加された血液を供給することが可能である。従って、膜型人工肺を用いた人工肺装置として好適である。
【符号の説明】
【0054】
1 人工肺
2 脱血回路
3 返血回路
4 ポンプ
5 貯血槽
6 動脈フィルタ
7 シャント回路
7a チューブ
8 鉗子
9 開放度調整装置
10 入口圧センサ
11 出口圧センサ
12 制御部
13 固定板
14 可動板
15 支持部材
16 案内部材
17 ボールネジ
18 モータ
19 差圧応動弁装置
20 弁支持枠
21 差圧応動弁
21a 弁部
21b 係止突起
22 フランジ部
23 径小部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱血部と返血部を有する血液循環回路と、
前記血液循環回路中に挿入された人工肺と、
前記人工肺の入口側で前記血液循環回路中に挿入された血液ポンプと、
前記血液循環回路から分岐して前記人工肺をバイパスするシャント回路と、
前記シャント回路の流路の開放度を調整する開放度調整装置と、
前記人工肺の入口側と前記血液ポンプの間の前記血液循環回路における圧力である入口圧P1を検出する入口圧センサと、
前記入口圧センサが検出する前記入口圧P1に基づき、前記開放度調整装置の動作を制御する制御部とを備え、
前記制御部は、所定の値に設定された制御上限値に基づく制御を行い、
前記入口圧P1が前記制御上限値を超えた場合に、前記入口圧P1が前記制御上限値以下に維持されるように前記開放度調整装置を制御することを特徴とする人工肺装置。
【請求項2】
前記制御部は、所定の値に設定された制御下限値及び前記制御上限値に基づく制御を行い、
前記血液循環回路を介した前記人工肺への灌流開始から、前記入口圧P1が最初に前記制御上限値を超えるまでは、前記シャント回路が完全に閉鎖された状態を維持するように前記開放度調整装置を制御し、
前記入口圧P1が一旦前記制御上限値を超えた後には、前記入口圧P1が前記制御下限値と前記制御上限値の間の範囲に維持されるように前記開放度調整装置を制御する請求項1に記載の人工肺装置。
【請求項3】
前記血液循環回路における前記人工肺を経由する流路である主回路を流れる液体流量をQmとし、前記シャント回路を流れる液体流量をQsとしたとき、両流量の比率Qs/Qmを、前記入口圧P1に基づき前記開放度調整装置によって制御する請求項1または2に記載の人工肺装置。
【請求項4】
前記制御部は、
前記入口圧P1が前記制御上限値を超えたときは、前記シャント回路の開放度を増大させるように前記開放度調整装置を制御し、
前記入口圧P1が一旦前記制御上限値を超えた後に前記制御下限値以上で前記制御上限値以下の範囲となったときは、そのときの前記シャント回路の開放度を維持するように前記開放度調整装置を制御し、
前記入口圧P1が一旦前記制御上限値を超えた後に前記制御下限値未満となったときは、前記シャント回路の開放度を減少させるように前記開放度調整装置を制御する請求項1に記載の人工肺装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記シャント回路の開放度の増大または減少を所定の速度で行うように前記開放度調整装置を制御する請求項4に記載の人工肺装置。
【請求項6】
前記シャント回路の流路はチューブにより形成され、前記開放度調整装置による前記シャント回路の開放度の調整は、前記チューブに対する押圧力を変化させることにより行われる請求項1〜5のいずれか1項に記載の人工肺装置。
【請求項7】
前記人工肺の出口側の前記血液循環回路における圧力である出口圧P2を検出する出口圧センサを備え、
前記制御部は、前記入口圧P1と前記出口圧P2の差圧である人工肺圧力損失(P1−P2)を算出して、前記人工肺圧力損失(P1−P2)が所定の大きさを超えたときのみ、前記開放度調整装置による前記シャント回路の開放度の調整を行う請求項1〜6のいずれか1項に記載の人工肺装置。
【請求項8】
脱血部と返血部を有する血液循環回路と、
前記血液循環回路中に挿入された人工肺と、
前記人工肺の入口側で前記血液循環回路中に挿入された血液ポンプと、
前記血液循環回路から分岐して前記人工肺をバイパスするシャント回路と、
前記シャント回路の開放度を調整する差圧応動弁装置とを備え、
前記差圧応動弁装置は、前記シャント回路の流路中に挿入された弁支持枠と、前記弁支持枠に支持されて前記シャント回路の流路を封鎖する差圧応動弁により構成され、
前記差圧応動弁は、前記人工肺の入口側の圧力である入口圧P1を受ける面と、その裏面である前記人工肺の出口側の圧力である出口圧P2を受ける面とを備え、前記入口圧P1と前記出口圧P2の差圧(P1−P2)が所定値未満であるときは、前記流路を閉塞し、前記差圧(P1−P2)が所定値以上の陽圧になったときに、前記流路を開放するように構成されたことを特徴とする人工肺装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−50687(P2011−50687A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−204798(P2009−204798)
【出願日】平成21年9月4日(2009.9.4)
【出願人】(000153030)株式会社ジェイ・エム・エス (452)
【Fターム(参考)】