説明

圧粉成形体の製造方法、および圧粉成形体

【課題】低損失な圧粉成形体を製造することができる圧粉成形体の製造方法を提供する。
【解決手段】軟磁性粒子の外周に絶縁被膜が被覆された被覆軟磁性粒子を複数具えてなる被覆軟磁性粉末を用いて圧粉成形体を製造する方法で、素材準備工程と、表面処理工程とを具える。素材準備工程では、被覆軟磁性粉末を加圧成形した成形体を用意する。表面処理工程では、素材成形体の表面の一部にウォータージェットを噴射する。素材成形体の表面の一部にウォータージェットを噴射することで、素材成形体の表面で複数の軟磁性粒子の構成材料同士が導通した導通部を除去でき、圧粉成形体の損失を低減できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆軟磁性粉末を加圧成形してなる圧粉成形体の製造方法、およびその製造方法により製造される圧粉成形体に関するものである。特に、低損失な圧粉成形体を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド自動車などは、モータへの電力供給系統に昇圧回路を備えている。この昇圧回路の一部品として、リアクトルが利用されている。リアクトルは、コアにコイルを巻回した構成である。コアを交流磁場で使用した場合、コアに鉄損と呼ばれるエネルギー損失が生じる。鉄損は、概ね、ヒステリシス損と渦電流損との和で表され、特に、高周波での使用において顕著に増加する。
【0003】
リアクトルのコアにおける鉄損を低減するために、圧粉成形体でできたコアを用いることがある。圧粉成形体は、軟磁性粒子の表面に絶縁被膜を形成した被覆軟磁性粒子からなる被覆軟磁性粉末を加圧して形成され、磁性粒子同士が絶縁被膜により絶縁されているので、特に、渦電流損を低減する効果が高い。
【0004】
しかし、圧粉成形体は、相対的に移動可能な柱状の第一パンチと筒状のダイとでつくられるキャビティに被覆軟磁性粉末を充填し、第一パンチと柱状の第二パンチとによりキャビティ内の被覆軟磁性粉末を加圧成形して作製されるため、この加圧成形時の圧力や、成形体の脱型時における金型との摺接により被覆軟磁性粒子の絶縁被膜が損傷する虞がある。絶縁被膜が損傷すると、軟磁性粒子が露出し展延することがあり、その結果、圧粉成形体における軟磁性粒子同士が導通して、略膜状の導通部を形成してしまい、渦電流損が増大する虞がある。
【0005】
そこで、上記渦電流損を低減するために、例えば、特許文献1には、被覆軟磁性粉末(軟磁性粉末)を加圧して成形した素材成形体の表面を、濃塩酸で表面処理することが記載されている。具体的には、素材成形体を濃塩酸に浸漬して、素材成形体の表面全面における上記導通部を除去して圧粉成形体としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−229203号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように素材成形体の表面全体を表面処理することで、一定の低損失化を図ることができる。しかし、素材成形体の表面全体を表面処理してしまうと、上記導通部を除去することができるが、一方で、絶縁被膜が損傷していない被覆軟磁性粒子の絶縁被膜をも損傷させる可能性もある。その結果、損失低減効果が小さくなる虞がある。
【0008】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、その目的の一つは、低損失な圧粉成形体を効率的に製造することができる圧粉成形体の製造方法を提供することにある。
【0009】
本発明の他の目的は、上記本発明の製造方法により製造された圧粉成形体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために、圧粉成形体の製造方法について鋭意検討した。具体的には、表面処理を施す領域を種々選択した圧粉成形体を製造して損失低減効果が小さくなる原因を調べた。その結果、次の知見を得た。
【0011】
素材成形体の表面全面に表面処理すると、上記ダイと摺接する箇所(摺接面)に生じた上記導通部は除去される。一方で、素材成形体の上記各パンチと接触する箇所(圧接面)にはそもそも上記導通部が形成され難く、そこに表面処理を行うと、絶縁被膜が破壊されることがある。そのため、圧接面では軟磁性粒子が露出した状態になり、その結果、鉄損の低減効果が小さくなることがある。したがって、表面処理は、素材成形体の一部、さらには上記摺接面の一部、特に摺接面において磁束方向全長に亘る領域に施すとよい結果となる。
【0012】
上記結果から、低損失な圧粉成形体を効率的に製造するには、素材成形体の特定の領域に表面処理を施す以下の方法が挙げられる。
【0013】
その圧粉成形体の製造方法とは、軟磁性粒子の外周に絶縁被膜が被覆された被覆軟磁性粒子を複数具えてなる被覆軟磁性粉末を用いて圧粉成形体を製造する方法で、素材準備工程と、表面処理工程とを具える。素材準備工程では、被覆軟磁性粉末を加圧成形した素材成形体を用意する。表面処理工程では、素材成形体の表面で複数の軟磁性粒子の構成材料同士が導通した導通部を除去する。上記表面処理工程は、上記素材成形体の表面の一部に施される。ここでの表面処理工程には、化学的、機械的、電気的、光学的、熱的、あるいは、これらの複合的な処理により上記導通部の除去が可能なあらゆる表面処理が含まれる。具体的には、化学的な処理方法として酸処理が、電気化学的な処理方法として電解処理が、機械的な処理方法としてウォータージェットがそれぞれ挙げられる。いずれの処理方法も導通部の除去が可能と考えられる。
【0014】
より具体的な方法として、以下の本発明が挙げられる。
【0015】
本発明の圧粉成形体の製造方法は、軟磁性粒子の外周に絶縁被膜が被覆された被覆軟磁性粒子を複数具えてなる被覆軟磁性粉末を用いて圧粉成形体を製造する方法で、素材準備工程と、表面処理工程とを具える。素材準備工程では、被覆軟磁性粉末を加圧成形した素材成形体を用意する。表面処理工程では、上記素材成形体の表面の一部にウォータージェットを噴射する。
【0016】
本発明の製造方法によれば、素材成形体の表面の一部にウォータージェットを噴射することで、導通部を部分的に除去できる。その結果、ウォータージェットを噴射した箇所で渦電流の導通を遮断できるため、圧粉成形体の損失を低減できる。その上、絶縁被膜が損傷していない被覆軟磁性粒子の絶縁被膜を損傷させる可能性が低くなり、損失低減効果が小さくなることがない。その結果、素材成形体の表面全面を表面処理した場合と同程度の低損失な圧粉成形体を製造することができる。加えて、損失低減効果が小さくなった場合の圧粉成形体よりも、低損失な圧粉成形体とすることができ、効率的に低損失な圧粉成形体を製造することができる。
【0017】
本発明の製造方法の一形態として、上記表面処理工程は、上記素材成形体における金型との摺接面の少なくとも一部に施されることが挙げられる。
【0018】
上記の構成によれば、金型との摺接面に導通部が形成され易いので、摺接面の少なくとも一部に表面処理を施すことで、効果的に導通部を除去できる。
【0019】
本発明の製造方法の一形態として、上記表面処理工程は、上記圧粉成形体を磁心として励磁した際、磁束方向との平行面の少なくとも一部となる素材成形体の表面に施されることが挙げられる。
【0020】
上記の構成によれば、表面処理を施す箇所が、磁束方向との平行面のうち少なくとも一部となる素材成形体の表面であることで、磁束方向を軸とする円周方向に流れる渦電流を、上記表面処理が施された箇所で遮断できると考えられる。そのため、渦電流損を低減でき、低損失な圧粉成形体を製造することができる。
【0021】
本発明の製造方法の一形態として、上記表面処理工程は、上記圧粉成形体を磁心として励磁した際、磁束方向との平行面の少なくとも一部で、上記平行面において、上記圧粉成形体の磁束方向全長に亘る領域となる素材成形体の表面に施されることが挙げられる。
【0022】
上記の構成によれば、表面処理を施す領域が、素材成形体の表面のうち、上記平行面の少なくとも一部で、その平行面において、圧粉成形体の磁束方向全長に亘る領域になる面とすることで、磁束方向を軸とする円周方向に流れる渦電流を上記全長に亘って分断できると考えられる。従って、渦電流損をより低減でき、より低損失な圧粉成形体を製造することができる。
【0023】
本発明の圧粉成形体は、上記本発明の製造方法により製造された圧粉成形体である。
【0024】
本発明の圧粉成形体によれば、渦電流損の少ない低損失な圧粉成形体とすることができる。そのため、例えば、リアクトル用コアに好適に利用でき、その場合、コイルが高周波の交流で励磁される場合でも鉄損特性を改善できる。
【発明の効果】
【0025】
本発明の圧粉成形体の製造方法は、渦電流損を低減でき、効率的に低損失な圧粉成形体を製造することができる。
【0026】
本発明の圧粉成形体は、渦電流損の少ない低損失な圧粉成形体とすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態に係る圧粉成形体の製造方法を説明する。
【0028】
《圧粉成形体の製造方法》
本発明の圧粉成形体の製造方法は、被覆軟磁性粉末を用いて圧粉成形体を製造する方法で、素材準備工程と、表面処理工程とを具える。上記各工程について順に説明する。
【0029】
〔素材準備工程〕
素材準備工程では、圧粉成形体を構成する被覆軟磁性粉末を用意して、その粉末を加圧成形して素材成形体を作製するか、予め同様に成形された素材成形体を購入するなどして用意する。前者の場合、原料準備工程と、その原料から素材成形体を成形する素材成形工程とを具える。原料準備工程として、圧粉成形体を構成する被覆軟磁性粉末を用意する。被覆軟磁性粉末は、軟磁性粒子の外周に絶縁被膜が被覆された被覆軟磁性粒子を複数具える。
【0030】
[被覆軟磁性粉末]
(軟磁性粒子)
〈組成〉
軟磁性粒子は、鉄を50質量%以上含有するものが好ましく、例えば、純鉄(Fe)が挙げられる。その他、鉄合金、例えば、Fe−Si系合金、Fe−Al系合金、Fe−N系合金、Fe−Ni系合金、Fe−C系合金、Fe−B系合金、Fe−Co系合金、Fe−P系合金、Fe−Ni−Co系合金、及びFe−Al−Si系合金から選択される少なくとも1種からなるものが利用できる。特に、透磁率及び磁束密度の点から、99質量%以上がFeである純鉄が好ましい。
【0031】
〈粒径〉
軟磁性粒子の平均粒径は、圧粉成形体として低損失に寄与するサイズであればよい。つまり、特に限定することなく適宜選択することができるが、例えば、1μm以上150μm以下であれば好ましい。軟磁性粒子の平均粒径を1μm以上とすることによって、軟磁性粉末の流動性を落とすことがなく、軟磁性粉末を用いて製作された圧粉成形体の保磁力およびヒステリシス損の増加を抑制できる。逆に、軟磁性粒子の平均粒径を150μm以下とすることによって、1kHz以上の高周波域において発生する渦電流損を効果的に低減できる。より好ましい軟磁性粒子の平均粒径は、40μm以上100μm以下である。この平均粒径の下限が40μm以上であれば、渦電流損の低減効果が得られると共に、被覆軟磁性粉末の取り扱いが容易になり、より高い密度の成形体とすることができる。なお、この平均粒径とは、粒径のヒストグラム中、粒径の小さい粒子からの質量の和が総質量の50%に達する粒子の粒径、つまり50%粒径をいう。
【0032】
〈形状〉
軟磁性粒子の形状は、アスペクト比が1.2〜1.8となるようにすると好ましい。このアスペクト比とは、粒子の最大径と最小径との比とする。上記範囲のアスペクト比を有する軟磁性粒子は、アスペクト比が小さな(1.0に近い)ものに比べて、圧粉成形体にしたときに反磁界係数を大きくでき、磁気特性に優れた圧粉成形体とすることができる。その上、圧粉成形体の強度を向上させることができる。
【0033】
〈製法〉
軟磁性粒子は、水アトマイズ法やガスアトマイズ法などのアトマイズ法で製造されたものが好ましい。水アトマイズ法で製造された軟磁性粒子は、粒子表面に凹凸が多いため、その凹凸の噛合により高強度の成形体を得やすい。一方、ガスアトマイズ法で製造された軟磁性粒子は、その粒子形状がほぼ球形のため、絶縁被膜を突き破るような凹凸が少なくて好ましい。軟磁性粒子の表面には、自然酸化膜が形成されていても良い。
【0034】
(絶縁被膜)
絶縁被膜は、隣接する軟磁性粒子同士を絶縁するために、軟磁性粒子の外周に被覆される。軟磁性粒子を絶縁被膜で覆うことによって、軟磁性粒子同士の接触を抑制し、成形体の比透磁率を低く抑えることができる。その上、絶縁被膜の存在により、軟磁性粒子間に渦電流が流れるのを抑制して、圧粉成形体の渦電流損を低減できる。
【0035】
〈組成〉
絶縁被膜は、軟磁性粒子同士の絶縁を確保できる程度の絶縁性に優れるものであれば特に限定されない。例えば、絶縁被膜の材料は、リン酸塩、チタン酸塩、シリコーン樹脂、リン酸塩とシリコーン樹脂の2層からなるものなどが挙げられる。
【0036】
特に、リン酸塩からなる絶縁被膜は変形性に優れるので、軟磁性材料を加圧して圧粉成形体を作製する際に軟磁性粒子が変形しても、この変形に追従して変形することができる。また、リン酸塩被膜は鉄系の軟磁性粒子に対する密着性が高く、軟磁性粒子表面から脱落し難い。リン酸塩としては、リン酸鉄やリン酸マンガン、リン酸亜鉛、リン酸カルシウム、リン酸アルミニウムなどのリン酸金属塩化合物を利用することができる。
【0037】
シリコーン樹脂からなる絶縁被膜の場合は、耐熱性に優れるので、後述する熱処理工程で分解し難く、圧粉成形体の完成までの間、軟磁性粒子同士の絶縁を良好に維持することができる。
【0038】
絶縁被膜が上記リン酸塩とシリコーン樹脂の2層構造からなる場合、リン酸塩を上記軟磁性粒子側に、シリコーン樹脂をリン酸塩の直上に被覆することが好ましい。リン酸塩の直上にシリコーン樹脂を被膜しているので、上述したリン酸塩およびシリコーン樹脂の両方の特性を具えることができる。
【0039】
〈膜厚〉
絶縁被膜の平均厚さは、隣接する軟磁性粒子同士を絶縁することができる程度の厚みであればよい。例えば、10nm以上1μm以下であることが好ましい。絶縁被膜の厚みを10nm以上とすることによって、軟磁性粒子同士の接触の抑制や渦電流によるエネルギー損失を効果的に抑制することができる。一方、絶縁被膜の厚みを1μm以下とすることによって、被覆軟磁性粒子に占める絶縁被膜の割合が大きくなりすぎず、被覆軟磁性粒子の磁束密度が著しく低下することを防止できる。
【0040】
上記絶縁被膜の厚さは、以下のようにして調べることができる。まず、組成分析(TEM−EDX:transmission electron microscope energy dispersive X−ray spectroscopy)によって得られる膜組成と、誘導結合プラズマ質量分析(ICP−MS:inductively coupled plasma−mass spectrometry)によって得られる元素量とを鑑みて相当厚さを導出する。そして、TEM写真により直接、被膜を観察し、先に導出された相当厚さのオーダーが適正な値であることを確認して決定される平均的な厚さとする。
【0041】
〈被覆方法〉
軟磁性粒子に絶縁被膜を被覆する方法は、適宜選択するとよい。例えば、加水分解・縮重合反応などにより被膜することが挙げられる。軟磁性粒子と絶縁被膜を構成する原料とを配合して、その配合体を、加熱した状態で混合する。そうすることで、軟磁性粒子を被膜原料に十分に分散でき、個々の軟磁性粒子の外側に絶縁被膜を被覆することができる。
【0042】
上記加熱温度および混合時間は適宜選択するとよい。加熱温度及び混合時間を選択することで、軟磁性粒子をより十分に分散させることができ、個々の粒子に絶縁被膜を被覆することが容易となる。
【0043】
[素材成形工程]
素材成形工程では、上記原料準備工程により用意された複数の被覆軟磁性粒子からなる被覆軟磁性粉末を加圧成形して素材成形体を作製する。
【0044】
素材成形工程では、代表的には、所定の形状のパンチとダイからなる成形金型内に被覆軟磁性粉末を注入し、圧力を付加して押し固める。パンチとダイを使用する際、加圧により金型に成形体が焼き付くことや、被覆軟磁性粉末の絶縁被膜が破壊されることがないように被覆軟磁性粉末を加圧成形する。その手段として、パンチとダイの少なくとも一方の被覆軟磁性粉末と接触する箇所(内壁)に潤滑剤を塗布して被覆軟磁性粉末を加圧する外部潤滑成形方法でもよいし、被覆軟磁性粉末に予め潤滑剤を混合させて混合物を作製しておき、その混合物を金型で加圧する内部潤滑成形方法でもよい。前者の場合、潤滑剤を上記内壁に塗布するので、被覆軟磁性粉末との摩擦を低減すると共に、高密度な素材成形体を成形することができる。後者の場合、被覆軟磁性粉末の表面に付着した潤滑剤が被覆軟磁性粉末における粒子同士の摩擦を低減するため、被覆軟磁性粒子の絶縁被膜が破れることを抑制することができる。
【0045】
加圧する際には、上記成形金型を加熱してから加圧成形してもよい。その場合、例えば、成形金型温度を50〜200℃にすることが挙げられる。金型を加熱することで高密度な素材成形体を得ることができる。
【0046】
加圧する圧力は、適宜選択することができるが、例えば、リアクトル用コアとなる圧粉成形体を製造するのであれば、490〜1470MPa、特に、588〜1079MPa程度とすることが好ましい。
【0047】
〔表面処理工程〕
表面処理工程では、素材成形体の表面の一部にウォータージェットを噴射する。このウォータージェットの噴射により、素材成形体の表面で複数の軟磁性粒子の構成材料同士が導通した導通部を除去する。
【0048】
ウォータージェットを噴射する素材成形体の面は、導通部が形成され易いダイとの摺接面の少なくとも一部とすることが挙げられる。特に、製造された圧粉成形体を磁心、例えばリアクトル用コアとして励磁した際、磁束方向に平行となる面(平行面)の少なくとも一部とすることが好ましい。圧粉成形体とコイルとを組み合わせて、そのコイルを励磁すれば、コイルの軸方向に沿った磁束が成形体内に形成される。そこで、例えば、圧粉成形体が立方体である場合、その磁束方向に直交する面(直交面)が立方体の両端面であれば、それ以外の4つの側面が上記平行面となり、表面処理を施す領域は、その側面となる素材成形体の表面の少なくとも一部でよい。また、圧粉成形体が円柱である場合、磁束方向と直交する面が両端面であれば、磁束方向との平行面は円柱の側面となるので、表面処理を施す領域は、側面となる素材成形体の表面の少なくとも一部でよい。このように、磁束方向との平行面となる素材成形体の表面の一部に表面処理を施すことで、磁束方向を軸とする円周方向に流れる渦電流を、上記表面処理が施された箇所で遮断することができると考えられる。そのため、渦電流損を低減でき、低損失な圧粉成形体を製造することができる。つまり、ウォータージェットが噴射される領域が、上記平行面でかつダイとの摺接面となる面の少なくとも一部であれば、効果的に低損失な圧粉成形体を製造できる。
【0049】
上記平行面においてウォータージェットが噴射される領域は、上記平行面の少なくとも一部であって、上記平行面において、圧粉成形体の磁束方向全長に亘る領域となる素材成形体の表面であることがより好ましい。例えば、圧粉成形体が直方体であり、その両端面が磁束方向と直交面で、それ以外の面が平行面である場合、表面処理する領域は、平行面において、一方の端面側から他方の端面側に亘る領域となる素材成形体の表面とする。また、圧粉成形体が円柱で、その両底面が磁束方向との直交面で、それ以外の面(側面)が平行面である場合、表面処理する領域は、平行面において、一方の端面側から他方の端面側に亘る領域となる素材成形体の表面とする。そうすることで、磁束方向を軸とする円周方向に流れる渦電流を上記全長に亘って分断できると考えられる。従って、渦電流損をより低減でき、より低損失な圧粉成形体を製造することができる。
【0050】
上記平行面において一方の端面側から他方の端面側に亘る領域に表面処理が施される場合、上記平行面の面積が、平行面において磁束方向と平行な方向を縦t、磁束方向を軸とした圧粉成形体の周方向の全長をlとするとき、平行面の全面積はt×lで、当該平行面において実際に表面処理が施された領域の幅(磁束方向と直交する方向)を処理幅wとするとき、この領域はt×wと表される。この処理幅wは、被覆軟磁性粉末の平均粒径をdとするとき、d<w≦lを満たすことが好ましい。上記処理幅wを上記範囲とすることで、渦電流損の低減効果を効果的に得ることができる。より好ましくは、上記全長lに対する上記処理幅wの比率w/lは、30%以下、さらには20%以下、10%以下、特に5%以下とすることが挙げられる。
【0051】
ウォータージェットを噴射する際、射出圧力は10MPa〜150MPaで、流量は0.1L/min〜10L/minであることが好ましい。そうすることで、上記導通部を除去し易い上に、導通部以外の箇所の被覆軟磁性粒子の絶縁被膜が損傷し難い。
【0052】
素材成形体の表面にウォータージェットを噴射する方法としては、その表面の所望の箇所にウォータージェットを噴射して導通部を除去できる方法であれば、特に問わない。例えば、上記の噴射条件において、ノズルの噴射口と成形体との距離は、噴射圧力、流量、除去する領域などにより適宜選択すればよい。特に射出圧力と流量が上記範囲である場合、上記距離は、10mm〜150mmであることが挙げられる。このとき、素材成形体表面とノズルの軸方向の線とのなす角が90°の位置から噴射してもよいし、素材成形体表面に対して角度をつけて噴射してもよい。後者の場合、具体的な角度は、30°〜150°程度(90°を除く)が挙げられ、そうすれば、特に、導通部以外の箇所の被覆軟磁性粒子の絶縁被膜を損傷し難くできる。
【0053】
[その他の工程]
(熱処理工程)
上記素材成形体には、素材成形工程で軟磁性粒子に導入された歪や転移などを除去するために成形体を加熱する熱処理を施してもよい。
【0054】
熱処理の温度が高いほど、歪の除去を十分に行うことができることから、熱処理温度は、300℃以上、特に400℃以上が好ましい。軟磁性粒子の歪などを除去する観点から、熱処理の上限は約800℃程度とする。このような熱処理温度であれば、歪の除去と共に、加圧時に軟磁性粒子に導入される転移などの格子欠陥も除去できる。それにより、圧粉成形体のヒステリシス損を効果的に低減することができる。
【0055】
熱処理を施す時間は、素材成形工程で軟磁性粒子に導入された歪や転移などを十分に除去するように、上記熱処理温度および素材成形体の体積に合わせて適宜選択すればよい。例えば、上記の温度範囲の場合、10分〜1時間であることが好ましい。
【0056】
この熱処理を施す際の雰囲気は、大気中でも良いが、不活性ガス雰囲気内で施すと特に好ましい。それにより、大気中の酸素によって被覆軟磁性粒子が酸化されるのを抑制することができる。
【0057】
この熱処理は、表面処理工程前における素材成形体に施してもよいし、表面処理工程後における素材成形体に施してもよい。
【0058】
《作用効果》
上述した実施形態によれば、以下の効果を奏する。
【0059】
(1)上述した実施形態によれば、渦電流損の少ない低損失な圧粉成形体を製造することができる。
【0060】
(2)上述の製造方法により製造された圧粉成形体はリアクトル用コアに好適に利用することができる。その場合、例えば、一対のコイル素子を有して各コイル素子の軸が平行するように横並びされたコイルと、各コイル素子がそれぞれ配置される一対の柱状の内側コア部(ミドルコア部)、およびコイル素子が配置されず、内側コア部に連結されて閉磁路を構成する外側コア部(サイドコア部)を有する磁性コアとを具えるリアクトルにおいて、当該内側コア部に好適に利用することができる。内側コア部を複数の分割コア片を組み合わせた構成とする場合、分割コア片の少なくとも一つ、好ましくは全てを本発明の圧粉成形体により構成することができる。このとき、内側コア部、或いは分割コア片において、上記表面処理を施す領域は、上記コイルを励磁した際、磁束方向と平行となる面の少なくとも一部である。ここでは、平行となる面はダイとの摺接面である。この分割コア片でリアクトルを組み立てた際、上記分割コア片の表面処理が施された面はコイルの内周面に対向される。それにより、コイルを励磁したとき、上記表面処理が施された領域で、内側コア部の周方向に生じる渦電流を分断して、渦電流損を低減できる。この表面処理を、例えば、上記平行面において、内側コア部、或いは各分割片の一方の端面側から他方の端面側に亘る領域に施せば、リアクトルを組み立てた際、その領域が内側コア部の磁束方向全長に及ぶ。そのため、内側コアの磁束方向全長に亘って上記渦電流を分断できるため、渦電流損をより一層低減できる。外側コア部は、端面がU字状、あるいは台形状が代表的である。この外側コア部においても本発明の製造方法により得られた圧粉成形体を用いてもよい。
【0061】
(3)ウォータージェットの噴射により表面処理する箇所は、素材成形体の表面の一部なので、処理工程および処理時間を短縮することができ、圧粉成形体の製造工程を簡略化することができる。そのため、圧粉成形体の製造コストを低減することもできる。
【0062】
《試験例》
試験例1として、以下の試料1〜3を作製し、その各試料の磁気特性について後述する試験を行った。
【0063】
[試料1]
試料1は、以下に示す工程a→工程b→工程c→工程dの順に各工程を経て作製される。
工程a:被覆軟磁性粉末を用意する原料準備工程。
工程b:被覆軟磁性粉末を加圧成形して素材成形体を作製する素材成形工程。
工程c:素材成形体を加熱して熱処理成形体を作製する熱処理工程。
工程d:熱処理成形体表面にウォータージェットを噴射する表面処理工程。
【0064】
(工程a)
圧粉成形体の構成材料として、鉄粉からなる軟磁性粒子の表面にリン酸鉄からなる絶縁被膜を被覆した被覆軟磁性粉末に、ステアリン酸亜鉛からなる潤滑剤を0.6質量%含有した混合材料を用意した。上記鉄粉は、水アトマイズ法により作製され、純度が99.8%以上であった。この軟磁性粒子の平均粒径が50μmで、そのアスペクト比は1.2であった。この平均粒径は、粒径のヒストグラム中、粒径の小さい粒子からの質量の和が総質量の50%に達する粒子の粒径、つまり50%粒径により求めた。絶縁被膜は、軟磁性粒子の表面全体を実質的に覆い、その平均厚さは、20nmであった。上記潤滑剤には、その他に、金属石鹸および六方晶系の結晶構造を有する無機潤滑剤の少なくとも一方からなる潤滑剤が好適に利用できる。
【0065】
(工程b)
工程aで準備した混合材料を所定の形状の金型内に注入し、金型を加熱せず730MPaの圧力をかけて加圧成形して素材成形体を作製した。ここでは、直方体状の素材成形体を複数作製した。ここで作製する素材成形体は、台形状面を有する角柱状体あるいはU字状面を有するU字状体を含んでいてもよい。
【0066】
(工程c)
工程bで作製した素材成形体を窒素雰囲気下で400℃×30分、熱処理し、複数の熱処理成形体を得た。
【0067】
(工程d)
工程dでは、工程cで得られた複数の直方体状の熱処理成形体を環状に組み合わせて、鉄損の評価用の試験片を作製するにあたり、熱処理成形体の少なくとも一部にウォータージェットを噴射する。ここでは、熱処理成形体の表面のうち、後述する磁気特性の測定試験でコイルが配置される熱処理成形体の表面の一部に対してウォータージェットを噴射した。その際、試料に生じる磁束の方向と平行となる面(平行面)の磁束方向全長に亘る領域に、ノズル径が0.8mmの平射ノズルを用いて、以下に示す条件で噴射した。その結果、磁束方向を軸とした熱処理成形体の周方向の全長lに対する表面処理の処理幅wの比w/lが7%であった。また、コイルが配置されない熱処理成形体にも、表面処理してもよい。この表面処理を経た熱処理成形体が、圧粉成形体であり、この圧粉成形体を試料1とする。
【0068】
(ウォータージェットの噴射条件)
射出圧力:70MPa
流量:0.93L/min
操作速度:1m/min
成形体とノズルの距離:70mm
角度:90°
【0069】
[試料2]
試料2は、試料1とは各工程を施す順番が以下のように異なる。つまり、試料2は、上記工程a→工程b→工程d→工程cの順に各工程を経て作製される。工程dにおいて表面処理される領域は試料1と同様とする。その後、工程cにて熱処理を施して、熱処理を終えた熱処理成形体を試料2とする。
【0070】
[試料3]
試料3は、試料1とは、熱処理成形体の表面に表面処理を施さない点が相違する。つまり、試料3は、上記工程a→工程b→工程cの順に各工程を経て作製される。工程cを終えた熱処理成形体を試料3とする。
【0071】
〔評価〕
試料1の複数の圧粉成形体、及び試料2、3の複数の熱処理成形体をそれぞれ環状に組み合わせて試験用磁心を作製した。各試験用磁心にそれぞれ巻線で構成したコイルを配して磁気特性を測定するための測定部材を作製し、以下の磁気特性値を評価した。
【0072】
[磁気特性試験]
各測定部材について、AC−BHカーブトレーサを用いて、励起磁束密度Bm:1kG(=0.1T)、測定周波数:5kHzにおける試料のヒステリシス損Wh(W)および渦電流損We(W)を求め、損失Wを算出した。
【0073】
以上の試験から得られた特性値は、表1にまとめて記載する。
【0074】
【表1】

【0075】
<結果>
試料1のように、熱処理後、熱処理成形体の表面の一部にウォータージェットを噴射することで、表面処理前の試料3に比べて大きく渦電流損を低減できた。また、表面処理後に熱処理を施した試料2よりも渦電流損を低減できた。
【0076】
以上の試験結果より、表面処理は熱処理成形体の表面の一部、特に、リアクトル用コアとして励磁した際、磁束方向との平行面となる表面の一部に施すと渦電流損、並びに鉄損の低減に効果的であることが判明した。
【0077】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明圧粉成形体の製造方法は、各種磁心の作製に好適に利用することができる。また、本発明圧粉成形体は、ハイブリッド自動車などの昇圧回路や、発電・変電設備に用いられるリアクトルの他、トランスやチョークコイルのコアの材料に好適に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性粒子の外周に絶縁被膜が被覆された被覆軟磁性粒子を複数具えてなる被覆軟磁性粉末を用いて圧粉成形体を製造する圧粉成形体の製造方法であって、
前記被覆軟磁性粉末を加圧成形した素材成形体を用意する素材準備工程と、
前記素材成形体の表面の一部にウォータージェットを噴射する表面処理工程とを具えることを特徴とする圧粉成形体の製造方法。
【請求項2】
前記表面処理工程は、前記素材成形体における金型との摺接面の少なくとも一部に施されることを特徴とする請求項1に記載の圧粉成形体の製造方法。
【請求項3】
前記表面処理工程は、前記圧粉成形体を磁心として励磁した際、磁束方向との平行面の少なくとも一部となる素材成形体の表面に施されることを特徴とする請求項1または2に記載の圧粉成形体の製造方法。
【請求項4】
前記表面処理工程は、前記平行面において、前記圧粉成形体の磁束方向全長に亘る領域となる素材成形体の表面に施されることを特徴とする請求項3に記載の圧粉成形体の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の圧粉成形体の製造方法により製造されたことを特徴とする圧粉成形体。

【公開番号】特開2013−16656(P2013−16656A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−148680(P2011−148680)
【出願日】平成23年7月4日(2011.7.4)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(593016411)住友電工焼結合金株式会社 (214)
【Fターム(参考)】