説明

圧縮機の制御装置及び制御方法

【課題】調整の手間を省くことができる、圧縮機の制御装置及び制御方法を提供する。
【解決手段】圧縮機201の吐出側の流体を吸込側に戻すアンチサージバルブ206をバルブ制御パラメータに基づいて制御するバルブ制御部11と、前記圧縮機201が設置されるプラント2のプラントモデル及び前記バルブ制御パラメータに基づいて前記圧縮機201の前記プラント2での運転状態をシミュレーションするシミュレーション部102と、前記シミュレーションの結果に基づいて、前記バルブ制御パラメータを調整する制御パラメータ調整部103と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧縮機の制御装置及び制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プロセス用圧縮機(以下、圧縮機と称す。)は、石油化学分野をはじめとした各種プラントにおいて圧縮ガスを供給するために広く用いられている。圧縮機は、下流工程が必要とする安定した吐出圧力又は吐出流量を供給するように適切に制御されなければならない。しかし、圧縮機の流量が所定の閾値以下になると、圧縮機内でサージと呼ばれる不安定現象が発生する。
なお、サージとは圧縮機内における圧力変動や逆流を伴った振動現象である。
【0003】
圧縮機のサージ防止、又はサージ状態からの脱却のために、一般にアンチサージバルブが用いられる。アンチサージバルブを開放してガスを圧縮機の吐出側から吸込側に戻すことによって、圧縮機の挙動を安定させることができる。すなわち、アンチサージバルブは、圧縮機の運転点をサージ領域に入らせない、又はサージ領域から安定領域側に脱却させるために使用される。圧縮機のアンチサージバルブの制御方法は、HQマップ内に設けたサージコントロールラインよりも運転点を安定領域側に維持又は移動させるために、PID制御を用いる方法が一般的である。
なお、圧縮機におけるサージ領域やサージコントロールラインについては後記する。
【0004】
特許文献1には、制御変数(本願の「運転点」に対応)に応答するPID制御モジュール(本願の「バルブ制御部」に対応)と、サージコントロールラインへの運転点の近接速度を示す速度信号に応答する速度制御モジュールとを有する制御システムについて記載されている。また、特許文献1に記載の制御システムは、前記PID制御モジュールが出力した第1の出力信号と、前記速度制御モジュールが出力した第2の出力信号とを選択的にアンチサーチバルブに出力するための出力信号セレクタを備えることが記載されている。
特許文献2には、起動時に圧縮機のインレットガイドベーンの開度を制御し、立ち上げ用制御ラインに沿って圧縮機の運転点を移行させていくことを特徴とするモータ駆動式圧縮機の運転方法について記載されている。
なお、前記の立ち上げ用制御ラインは、圧縮機の性能曲線におけるサージラインと平行で、かつサージコントロールラインより安定領域側に設定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表平11−506184号公報
【特許文献2】特開2009−47059号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の圧縮機の制御システムは、圧縮機システムが最適な条件の下で設計されたという仮定に基づいて、圧縮機を運転する場合について記載されている。しかしながら、取り扱うガスの状態や季節変化により圧縮機の運転状態が変化する。つまり、特許文献1に記載の制御システムを現実の圧縮機システムに適用する場合には、アンチサージ制御のPIDパラメータの調整は、作業員が試行錯誤的に行うこととなる。
特許文献2に記載のモータ駆動式圧縮機の運転方法についても前記と同様であり、圧縮機システムが最適な条件の下で設計されたという仮定に基づいている。したがって、特許文献2に記載の発明においても、圧縮機のPIDパラメータの調整は作業員が試行錯誤的に行うこととなる。
なお、アンチサージ制御のPIDパラメータの調整は、圧縮機の起動工程において大きな割合を占めている。
【0007】
そこで本発明は、調整の手間を省くことができる、圧縮機の制御装置及び制御方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明に係る圧縮機の制御装置は、圧縮機の吐出側の流体を吸込側に戻すアンチサージバルブを制御パラメータに基づいて制御するバルブ制御部と、前記圧縮機が設置されるプラントのプラントモデル及び前記バルブ制御パラメータに基づいて前記圧縮機の前記プラントでの運転状態をシミュレーションするシミュレーション部と、前記シミュレーションの結果に基づいて、前記制御パラメータを調整する制御パラメータ調整部と、を備えることを特徴とする。
【0009】
また、本発明に係る圧縮機の制御方法では、前記シミュレーション部は、前記圧縮機が設置されるプラントのプラントモデル及び前記制御パラメータに基づいて前記圧縮機の前記プラントでの運転状態をシミュレーションし、前記制御パラメータ調整部は、前記シミュレーションの結果に基づいて、前記制御パラメータを調整し、前記制御パラメータ設定部は、前記制御パラメータ調整部で調整されたバルブ制御パラメータを、前記バルブ制御部が前記プラントを制御する際に適用するバルブ制御パラメータとして設定し、前記バルブ制御部は、前記制御パラメータ設定部によって設定されたバルブ制御パラメータにより前記アンチサージバルブを制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、調整の手間を省くことができる、圧縮機の制御装置及び制御方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の第1実施形態に係る圧縮機の制御装置を含む圧縮機システムの構成図である。
【図2】圧縮機吸込流量とポリトロープヘッドとの関係であるHQマップである。
【図3】制御装置で用いられるプラントモデルの構成を模式的に表したブロック図である。
【図4】制御装置を用いたPIDパラメータのチューニングの流れを示すフローチャートである。
【図5】制御装置を用いたPIDパラメータのチューニングの作用説明図である。
【図6】制御装置を用いたPIDパラメータのチューニングで、GP=1,GI=0,GD=0とした場合の特性の説明図であり、(a)はHQ特性図、(b)は圧縮機吸込流量とサージ流量の時間変化の推移を示す説明図、(c)はアンチサージバルブ開度の時間変化の推移を示す説明図である。
【図7】制御装置を用いたPIDパラメータのチューニングで、GP=20,GI=0,GD=0とした場合の特性の説明図であり、(a)はHQ特性図、(b)は圧縮機吸込流量とサージ流量の時間変化の推移を示す説明図、(c)はアンチサージバルブ開度の時間変化の推移を示す説明図である。
【図8】制御装置を用いたPIDパラメータのチューニングで、GP=11.8,GI=1.0,GD=0.25とした場合の特性の説明図であり、(a)はHQ特性図、(b)は圧縮機吸込流量とサージ流量の時間変化の推移を示す説明図、(c)はアンチサージバルブ開度の時間変化の推移を示す説明図である。
【図9】本発明の第2実施形態に係る圧縮機の制御装置を含む圧縮機システムの構成図である。
【図10】制御装置を用いたモデルパラメータのチューニングの流れを示すフローチャートである。
【図11】制御装置を用いたモデルパラメータのチューニングの作用説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(第1実施形態)
本実施形態に係る制御装置1は、図1に示すように、上位モジュール10のシミュレーション部102が、プラントモデルに基づいて圧縮機システム2における圧縮機201の運転状態をシミュレーションし、PIDパラメータ調整部103がそのシミュレーションの結果に基づいて、バルブ制御パラメータを調整することを特徴とする。
なお、プラントモデルとは、現実の圧縮機システム2の各構成要素及びその関係に対応するモデルを表しており、その説明は後記する。
【0013】
≪圧縮機システムの構成≫
まず、本発明の各実施形態に係る制御装置1と、その制御対象となるアンチサージバルブ206とを含む圧縮機システム2の構成について説明する。図1は、本実施形態に係る圧縮機の制御装置を含む圧縮機システムの構成図である。
1軸多段型の遠心圧縮機(以下、圧縮機201と称する。)は、変速機203を介して駆動モータ202に接続されている。圧縮機201の吸込口及び吐出口にはそれぞれ吸込側配管208及び吐出側配管209が接続されている。吸込側配管208には吸込絞り弁205が取り付けられており、その開度を調整することによって、圧縮機201の吸込流量を調節する。また、吸込絞り弁205より上流側には、ガスから液体を分離させるためのサクションドラム204が設置され、配管214を介して吸込絞り弁205に接続されている。
【0014】
圧縮機201の吐出側配管209には、そこから分岐して圧縮機201の吸込側へガスを戻すための戻り配管210、211、212が設置されている。戻り配管211と212との間にアンチサージバルブ206が取り付けられており、圧縮機201の吐出側から吸込側にガスを戻して、圧縮機201におけるサージ発生を防止する。また、戻り配管210、211間には熱交換機207が接続され、圧縮機201で圧縮されて高温になったガスを冷却する。圧縮機201の吸込側配管208には流量検出器FT1、圧力検出器PT1、及び温度検出器TT1が取り付けられている。流量検出器FT1は、圧縮機201に流入するガスの流量(以下、吸込流量Qsと称する。)を検出する。流量検出器FT1は、例えば、オリフィス又はベンチュリ管の形式のものである。
【0015】
圧力検出器PT1は圧縮機201に流入するガスの圧力(以下、吸込圧力Psと称する。)を検出し、温度検出器TT1は圧縮機201に流入するガスの温度(以下、吸込温度Tsと称する。)を検出する。一方、圧縮機201の吐出側配管209には、圧力検出器PT2、及び温度検出器TT2が取り付けられている。圧力検出器PT2は圧縮機201から吐出されたガスの圧力(以下、吐出圧力Pdと称する。)を検出し、温度検出器TT2は圧縮機201から吐出されたガスの温度(以下、吐出圧力Tdと称する。)を検出する。流量検出器FT1、圧力検出器PT1,PT2、及び温度検出器TT1,TT2からの出力信号Qs,Ps,Ts,Pd,Td(以下、「プロセス信号」と称する。)は、制御装置1のバルブ制御部11に入力される。バルブ制御部11は前記プロセス信号に基づいて、PID制御によりアンチサージバルブ206の開度を調整するバルブ制御信号を出力する。
【0016】
変換器FYは、バルブ制御部11から出力された電気信号である前記バルブ制御信号をアナログ信号に変換し、例えば、空気圧によってアンチサージバルブ206の開度を調整する。
なお、駆動モータ202の回転速度は、配管209よりも下流側の被供給側プラントからの負荷側要求に従い、統括コントローラ3によって制御される。また、図1においては配管213と戻り配管212とが合流している箇所よりも上流側、及び、吐出側配管209から戻り配管210が分岐している箇所よりも下流側については、その記載を省略している。
【0017】
配管213を通じて上流工程から送られてきたガスは、吸込側配管208を通って圧縮機201に流入し、回転するインペラ(図示せず)によって圧縮仕事を与えられ昇圧された後に、吐出側配管209を通って下流工程へと送られる。通常、圧縮機システム2の定常運転時において、アンチサージバルブ206は全閉、つまり圧縮機201の吐出側から吸込側に戻るガスの流量はゼロの状態である。しかし、圧縮機201を始動又は停止させる場合や、上流又は下流工程で何らかの変動があった場合、圧縮機201でサージが生ずる可能性があるので、このような場合にアンチサージバルブ206が開制御される。
【0018】
≪HQ特性について≫
図2は、圧縮機吸込流量とポリトロープヘッドとの関係であるHQマップである。バルブ制御部11は、圧縮機システム2に設置された各検出器(FT1,PT1,PT2,TT1,TT2)からの出力信号であるプロセス信号(吸込流量Qs、吸込圧力Ps、吸込温度Ts、吐出圧力Pd、及び吐出温度Td)を用いてHQマップ上の運転点(Qs,hpol)を算出する。図2では、運転点の履歴が太い実線で示されている。
なお、HQマップとは、圧縮機201の吸込流量Qsとポリトロープヘッドhpolとの関係を示すものである。また、図2における圧縮機吸込流量Qsは、圧縮機201の仕様点における吸込流量を1.0として無次元化されている。同様に、図2におけるポリトロープヘッドhpolは、圧縮機201の前記仕様点におけるポリトロープヘッドを1.0として無次元化されている。サージラインとは、圧縮機201のサージ限界を示すラインである。HQマップ上の圧縮機201の運転点が、破線で示したサージラインより左側の領域であるサージ領域内に入った場合に、サージが生じるとされている。
【0019】
図2に示すように、HQマップのサージラインより右側の領域である運転領域側に所定の幅のマージンをとった線を、サージコントロールラインという。バルブ制御部11は、サージコントロールラインより左側の領域に運転点が入らないようにPID制御の閉ループ演算を行い、アンチサージバルブ206のバルブ制御信号を生成する。変換器FYは、PID制御の演算結果である前記バルブ制御信号を取り込み、その値に応じてアンチサージバルブ206の開度調整(0〜100%)を行う。図2の例では、○印で示した運転点(1)から矢印(2)の段階で、圧縮機201の運転点がサージ領域に入っている。そして、バルブ制御部11からの指令に基づいてアンチサージバルブ206を開制御することによって吸込流量を確保し、矢印(3)、(4)で示した運転点のように圧縮機201の運転点を安定領域に戻している。
なお、前記のPID制御に関しては、公知の技術を用いればよいので、その説明を省略する。
【0020】
≪制御装置の構成≫
図1に戻って、制御装置1の構成について説明する。
制御装置1は、バルブ制御部11、入力部12、表示部13、及び上位モジュール10を備える。
【0021】
<バルブ制御部>
バルブ制御部11は圧縮機201の運転中、常時プロセス信号を取り込んで運転点(圧縮機201の吸込流量Qsに対するポリトロープヘッドhpolの値)を算出している(図2参照)。サージになりそうな場合、又はサージが生じてしまった場合、バルブ制御部11はPID制御に基づいてバルブ制御信号を変換器FYに対して出力する。変換器FYは当該バルブ制御信号に応じてアンチサージバルブ206を開動作させ、圧縮機201からのガスを吐出側配管209から吸込側配管208に戻す。このようにバルブ制御部11は、アンチサージバルブ206の開度を制御することによって圧縮機201の吸込流量Qsを確保し、圧縮機201がHQマップにおいてサージコントロールラインより右側の領域である安定領域で運転できるようにしている。
【0022】
バルブ制御部11は、圧縮機システム2のアンチサージバルブ206を制御対象とし、当該圧縮機システム2からのプロセス信号を取り込んで、所定のPIDパラメータに基づいたPID制御によってバルブ制御信号を出力する。
一方、例えば、制御装置1の据え付け時や、圧縮機システム2の改修後に圧縮機201を始動させる際には、バルブ制御部11のPIDパラメータをチューニングすることが必要となる。このような場合に制御装置1は、上位モジュール10が有するプラントモデルでシミュレーションを行い、そのシミュレーションの結果に基づいて調整したPIDパラメータをバルブ制御部11の新たなPIDパラメータとして設定する。
なお、PIDパラメータのチューニングを行うか否かは、制御装置1のユーザが入力部12を操作することによって、適宜選択することができる。
【0023】
<入力部>
入力部12(図1参照)は、具体的には、キーボードやマウス等であり、制御装置1のユーザによって入力データが入力される。入力部12を介して上位モジュール10のデータ保存部101に対し、プラントモデルの各設定値や初期値等の入力データが入力される。入力データは、例えば、圧縮機システム2を構成する要素(機器)の機器仕様データ、圧縮機システム2の内部を流れるガスの物性データ、圧縮機システム2のシミュレーションを実行する際のプロセス条件データ、プラントモデルに関するデータ等である。
【0024】
<表示部>
表示部13(図1参照)は、例えばモニタであり、シミュレーション部102で演算された結果をグラフ化して表示する。表示部13は、例えば、パラメータの設定画面表示、シミュレーション部102のシミュレーション結果、計測したプラントモデルの時刻暦データ(トレンドグラフ)、HQマップの運転点、PIDパラメータのチューニング結果等の表示を行う。
【0025】
<上位モジュール>
上位モジュール10は、データ保存部101、シミュレーション部102、PIDパラメータ調整部103、及びPIDパラメータ設定部104を備える。
【0026】
(データ保存部)
データ保存部101は、圧縮機システム2を構成する要素(機器)の機器仕様データ、圧縮機システム2の内部を流れるガスの物性データ、プラントモデルを用いてシミュレーションを実行する際のプロセス条件データ等を記憶する。また、前記の機器仕様データ、ガスの物性データ、及びプロセス条件データ等は、入力部12を介して制御装置1に予め入力されている。さらに、データ保存部101は、PIDパラメータ調整部103が制御パラメータを調整するたびに、そのシミュレーション結果及び調整されたパラメータの値を保存する。
なお、プロセス条件データをデータ保存部101から表示部13に表示させ、入力部12を操作してプロセス条件データを調整して、その調整された結果をデータ保存部101に格納させることもできる。
【0027】
機器仕様データとして、圧縮機201の仕様データ、サクションドラム204の仕様データ、吸込絞り弁205の仕様データ、アンチサージバルブ206の仕様データ、配管(吸込側配管208、吐出側配管209、戻り配管210等)の仕様データ、熱交換器207の仕様データ、駆動モータ202の仕様データが含まれる。
【0028】
圧縮機201の仕様データは、吸込流量とポリトロープヘッドとの関係を示すHQ特性、吸込流量とポリトロープ効率との関係を示す効率特性、圧縮機201のサージング限界を示すサージライン(図2参照)、サージラインから所定のマージンを取ったサージコントロールライン(図2参照)、回転系(圧縮機201、駆動モータ202、変速機203等)の慣性モーメント等である。
サクションドラム204の仕様データは、サクションドラム204の容積や設計出口温度等である。
【0029】
吸込絞り弁205及びアンチサージバルブ206の仕様データは、バルブ開度と流量の関係を示す固有流量特性、指令信号を受けてから実際に動作開始するまでの時間である遅れ時間、全閉状態から全開状態まで動作するのに要する時間であるフルストローク動作時間、及び流量係数等である。
配管(吸込側配管208、吐出側配管209、戻り配管210等)の仕様データは、配管径や配管の長さ等である。
【0030】
熱交換器207の仕様データは、熱交換器207の容積、流路抵抗、設計出口温度、熱伝導の特性を示す総括熱伝達関数等である。
駆動モータ202の仕様データは、駆動モータ202の回転速度とトルクの関係で示されるトルク特性、定格回転速度、動力を圧縮機201に伝達する伝達機構を構成する変速機203、カップリング(図示せず)、シャフト(図示せず)等の回転部分の慣性モーメント、変速機203の減速比又は増速比である。さらに駆動モータ202の仕様データとして、駆動モータ202の時間に対する回転速度変化を表したタイムチャートを含んでもよい。
【0031】
圧縮機システム2における配管等の内部を流れるガスの物性データは、ガスの組成や平均分子量、エンタルピデータ、圧縮係数データなどである。
圧縮機201の動作シミュレーションを行う際のプロセス条件データとして、配管のアレンジ(配管の分岐や合流の位置など、圧縮機201の吸込・吐出しガスの経路を表す配管構成)や、アンチサージバルブ206の配置(圧縮機201の吸込口又は吐出口からアンチサージバルブ206までの配管の経路長等)が含まれる。さらに、プロセス条件データとして、圧縮機201の構成(例えば、単一の圧縮段数か、直列接続システムか、並列接続システムか)が含まれる。
【0032】
(シミュレーション部)
図3は、制御装置で用いられるプラントモデルの構成を模式的に表したブロック図である。シミュレーション部102(図1参照)は、圧縮機システム2の各構成要素に対応したユニットモデルを演算プログラムとして記述している。
なお、図3において実線は、例えば、ガスの温度などの状態量を伝達することを示し、破線は制御信号等の電気的信号を伝達することを示している。
【0033】
図1に示す圧縮機201に対応する圧縮機ユニットモデル201mは、式(1)に示すポリトロープヘッド計算式、式(2)に示す吸込流量計算式、式(3)に示すポリトロープ効率計算式、式(4)に示す圧縮機負荷計算式で表される。
【数1】

【0034】
【数2】

【0035】
【数3】

【0036】
【数4】

【0037】
図1に示す吸込絞り弁205に対応する吸込絞り弁ユニットモデル205m、及び、図1に示すアンチサージバルブ206に対応するアンチサージバルブユニットモデル206mは、式(5)に示す流量計算式で表される。
【数5】

【0038】
図1に示す圧縮機201の周辺に配置された配管内(208、209、210等)を流動するガスの非定常状態をモデル化して配管ユニットモデル(208m、209m、210m等)が構成されている。配管ユニットモデルは、式(6)に示すマスバランス式及び式(7)に示すエネルギバランス式で表される。
なお、図1に示すサクションドラム204に対応するサクションドラムユニットモデル204mについても、式(6)及び式(7)で表される。
【数6】

【0039】
【数7】

【0040】
なお、複数の配管が連結されている場合等には、ノード要素ユニットモデル(図示せず)を前記配管の間に挿入する。ノード要素ユニットモデルは、式(8)の流量計算式で表される。
【数8】

【0041】
熱交換器207に対応する熱交換器ユニットモデル207mは、式(9)に示す熱量計算式で表される。
【数9】

【0042】
駆動モータ202に対応する駆動モータユニットモデル202mは、式(10)に示すトルクバランス式で表される。
【数10】

【0043】
なお、図1に示す配管213よりも上流工程については、体積が無限大である体積要素モデルV1mで模擬している。同様に、図1に示す配管209よりも下流工程については、体積が無限大である体積要素モデルV2mで模擬している。また、吸込側仕切弁ユニットモデル215mを設け、その開度をパラメータとすることで、圧縮機システム2の配管213に流入するガスの流量を模擬している。同様に、吐出側仕切弁ユニットモデル216mを設け、その開度をパラメータとすることで、圧縮機システム2の配管209から流出するガスの流量を模擬している。
また、プラントモデルには、バルブ制御部11との間で信号のやり取りを行うインタフェースが含まれる。当該インタフェースには、シミュレーション部102で計算されたプロセス信号をバルブ制御部11に出力する出力インタフェースOmと、バルブ制御部11からの制御信号をアンチサージバルブユニットモデル206mに入力する入力インタフェースImとを備える。
【0044】
シミュレーション部102は、出力インタフェースOmを介して圧縮機システム2のバルブ制御部11(図1参照)に対し、プロセス信号(圧縮機ユニットモデル201mの吸込流量Qs’と、吸込側の配管ユニットモデル208mを流れるガスの吸込圧力Ps’及び吸込温度Ts’と、吐出側の配管ユニットモデル209mを流れるガスの吐出圧力Pd’及び吐出温度Td’)を出力する。
なお、当該各プロセス信号は、前記式(1)〜式(10)及びプラントモデルのシミュレーション条件に従って計算される。また、前記のプロセス信号の記載において、例えば圧縮機ユニットモデル201mの吸込流量を「Qs’」と表し、現実の圧縮機システム2における圧縮機201(図1参照)の吸込流量を「Qs」と表して、両者を区別している。当該区別は以下の記載でも同様であり、また、他のプロセス信号についても同様である。
【0045】
バルブ制御部11(図1参照)は、前記プロセス信号に基づいてPID制御を行い、バルブ制御信号を入力インタフェースImを介してアンチサージバルブユニットモデル206mに入力する。つまり、シミュレーション部102は、前記バルブ制御部11から出力されたバルブ制御信号に従って、アンチサージバルブユニットモデル206mの開度を調整する。
【0046】
シミュレーション部102の機能データは、シミュレーション対象の圧縮機システム2の機器構成に従って、配管ユニットモデル等の機器ユニットモデルを組み合わせることが含まれる。具体的には、シミュレーションの対象とする圧縮機システム2の各機器構成にしたがい、サブルーチンプログラムで表した各機器ユニットモデルをメインプログラム上に構成する。
シミュレーション部102は、圧縮機システム2を構成する各機器の物理システム及び制御システムをモデル化し、圧縮機システム2の挙動をシミュレーションする。
【0047】
シミュレーション部102は、入力部12から入力された設定条件データに沿って、対象システムであるプラントモデルの運転状態を計算する。例えば、圧縮機201のスタートアップ(始動運転)のシミュレーションを行う場合には、駆動モータユニットモデル202mの回転速度が0rpmの静止時から定格回転速度に到達するまでの非定常運転状態の計算を行う。
【0048】
(PIDパラメータ調整部)
PIDパラメータ調整部103(図1参照)は、シミュレーション部102におけるシミュレーション結果に基づいて、バルブ制御部11のPIDパラメータを調整する。PIDパラメータの調整方法は、例えば限界感度法や過渡応答法等によるが、これに限らない。
なお、PIDパラメータの調整方法の詳細については後記する。また、本実施形態においてPIDパラメータのオートチューニングを行っている間は、制御装置1(図1参照)からのバルブ制御信号は上位モジュール10に対して出力されており、現実の圧縮機システム2は稼動していない状態とする。
【0049】
(PIDパラメータ設定部)
PIDパラメータ設定部104(図1参照)は、PIDパラメータの調整が終了した場合、最終的に調整された当該PIDパラメータを通信手段を介して現実の圧縮機システム2のバルブ制御部11に転送し、バルブ制御部11が用いる新たなPIDパラメータとして設定する。
なお、バルブ制御部11へのPIDパラメータの設定は、表示部13に表示されたシミュレーション結果及びPIDパラメータを確認したユーザが、入力部12を介して行う所定の操作をトリガとしてもよい。
また、ユーザが表示部13に表示されたシミュレーション結果に基づいて、入力部12を介してPIDパラメータを適宜調整してもよい。この場合、PIDパラメータ設定部104は当該調整後のPIDパラメータを通信手段を介してバルブ制御部11に転送する。
【0050】
なお、例えば、圧縮機201をいったん停止させてバルブ制御部11のPIDパラメータの調整を行い、調整後のPIDパラメータに基づいてバルブ制御部11を再起動させる場合もある。このような場合にはまず、ユーザが入力部12を介して、バルブ制御部11の制御対象を現実の圧縮機システム2(図1参照)からプラントモデル(図3参照)に切り替えてPIDパラメータを調整するモードとすることができる。
さらに前記PIDパラメータの調整が終了した場合には、ユーザが入力部12を介して、バルブ制御部11の制御対象をプラントモデル(図3参照)から現実の圧縮機システム2に切り替えることができる。
つまり、バルブ制御部11は、その制御対象を切り替えるための切り替え手段を備えている。
【0051】
≪PIDチューニング≫
図4は、制御装置におけるPIDパラメータのチューニングの流れを示すフローチャートである。以下では、圧縮機ユニットモデル201mの始動時におけるシミュレーションを用いて、バルブ制御部11のPIDパラメータの事前チューニングを行う場合について説明する。
なお、通常の場合、圧縮機システム2のシミュレーション部102において用いられるプラントモデルは、制御装置1の製造段階で予め設定されている。すなわち、プラントモデルは、制御装置1の製造段階において制御対象となる圧縮機システム2の構成に対応させて、シミュレーション部102が用いる演算プログラムとして記述されている。
【0052】
また、通常の場合、圧縮機システム2の設計データは制御装置1の製造段階で予めデータ保存部101に入力されている。入力される設計データは、前記で説明したように、圧縮機システム2を構成する要素(機器)の機器仕様データ、圧縮機システム2の内部を流れるガスの物性データ、圧縮機システム2のシミュレーションを実行する際のプロセス条件データ等である。
ただし、圧縮機システム2の構成や運転条件の変更があった場合には、ユーザが入力部12を介して圧縮機システム2のシミュレーション部102の演算プログラムやデータ保存部101に記憶された設計データ等を変更することができる。
【0053】
図4のステップS101で、ユーザは、シミュレーション条件の設定を行う。具体的には、ユーザは、入力部12を介して圧縮機システム2の初期条件、外乱条件、シミュレーション時間、バルブ制御部11におけるPIDパラメータの初期値等を設定する。初期条件とは、例えば、圧縮機201の静止状態(始動時)におけるガスの圧力及び温度等である。シミュレーション時間は、例えば60秒とすることができる。PIDパラメータの初期値は、後記する限界感度法を用いる場合、比例要素のゲインGP=1、積分要素のゲインGI=0、微分要素のゲインGD=0とする。
【0054】
ステップS102で、シミュレーション部102は、前記のシミュレーション条件に基づいてシミュレーションを実行し、圧縮機システム2におけるガスの流動状態等を摸擬する。
具体的には、シミュレーション部102は、図3に示す機器等の関係に従って前記式(1)〜式(10)により各々の物理量を計算する。また、バルブ制御部11は、プラントモデルから出力されたプロセス信号(Qs’,Ps’,Ts’,Pd’,Td’)に基づいてPID制御演算を行い、バルブ制御信号を入力インタフェースImを介してアンチサージバルブユニットモデル206mに出力する。シミュレーション部102は、バルブ制御部11から出力されたバルブ制御信号に従って、アンチサージバルブユニットモデル206mの開度を調整する。
【0055】
図5は、制御装置を用いたPIDパラメータのチューニングの作用説明図である。図5に示すように、シミュレーションの実行中は、上位モジュール10のシミュレーション部102で演算された圧縮機ユニットモデル201mのプロセス信号(吸込流量Qs’、吸込圧力Ps’、吸込温度Ts’、吐出圧力Pd’、吐圧温度Td’)が、バルブ制御部11に入力される。
なお、吸込流量Qs’は、オリフィス又はベンチュリ管に対応するユニットモデル(図示せず)で計測された差圧ΔP’から算出される。
【0056】
バルブ制御部11は、入力された前記プロセス信号をもとにポリトロープヘッドhpol’を算出し、サージコントロールライン(図2参照)を目標値Qs’としてPID制御の閉ループ演算を行い、バルブ制御信号を生成する。当該PID制御の閉ループ演算は、バルブ制御部11が圧縮機システム2に設置されたアンチサージバルブ206を制御する場合と同様の方法によってなされる。
さらに、バルブ制御部11は、PID制御による演算結果であるバルブ制御信号を生成し、当該バルブ制御信号に基づいて当該アンチサージバルブユニットモデル206m(図3参照)の開度が調整される。
結果的に、各配管ユニットモデル(208m、209m、210m等)で計算される流量、圧力、温度が変化し、同時に圧縮機ユニットモデル201mで計算されるHQマップ等の運転点も変化する。
【0057】
図4のステップS103に戻って、上位モジュール10は、シミュレーション結果やそれに用いられたPIDパラメータを表示部13に表示する。表示部13に表示されるシミュレーション結果は、例えば、ロータ回転速度の時間変化、トルクスピードカーブ、吸込圧力・吐出圧力の時間変化、吸込温度・吐出温度の時間変化、圧縮機HQマップの運転点履歴、圧縮機吸込流量の時間変化、アンチサージバルブユニットモデル206mのバルブ開度の時間変化等である。
【0058】
なお、PIDパラメータ調整部103がPIDパラメータを調整するたびに、そのシミュレーション結果がデータ保存部101に保存され、上位モジュール10が前記諸特性を保存部101から読み出して表示部13に表示する。また、上位モジュール10は、プロセス条件データ(始動時のガスの圧力や温度等)をシミュレーション時刻0における結果として表示部13に表示する。
また、表示部13に表示させるデータは、入力部12を介してユーザが選択することができる。例えば、ユーザは入力部12を介して圧縮機HQマップの運転点履歴、圧縮機吸込流量の時間変化、及びアンチサージバルユニットモデル206mのバルブ開度の時間変化を表示部13に表示させるように選択することができる。
【0059】
図4のステップS104で、上位モジュール10はPIDパラメータのオートチューニングが終了したか否か判断する。PIDパラメータのオートチューニングが終了しているか否かの判断の基準は、チューニングの方法によって様々である。ステップS104で、PIDパラメータのオートチューニングが終了してない場合には(ステップS104→No)、ステップS105に進む。ステップS105で、PIDパラメータ調整部103はバルブ制御部11のPIDパラメータを調整する。また、ステップS104でオートチューニングが終了した場合には(ステップS104→Yes)、チューニングの処理を終了する。
【0060】
PIDパラメータのチューニングの仕方は、例えば、限界感度法や過渡応答法等によるが、これに限らない。本実施例では、限界感度法を用いてPIDパラメータの事前チューニングを行う場合について説明する。
初めに、バルブ制御部11による制御をP制御とする。すなわち、PIDパラメータの初期値として、GP=1,GI=0,GD=0を設定する。
なお、当該PIDパラメータの初期値は、ステップS101のシミュレーション条件の設定においてユーザにより入力される。この場合にシミュレーション部102でシミュレーションを行った結果が図6である。
【0061】
図6(a)は、図2と同じく、横軸は無次元化した圧縮機吸込流量Qs’、縦軸は、無次元化したポリトロープヘッドhpol’である。また図6(a)で複数の斜めの細い実線は、回転数毎のQs’に対するhpol’を示したものであり、例として定格回転数NRに対して0.8〜1.05倍の範囲について示してある。その他の線は図2と同じである。図6(a)において、時間tA後に、○印で示した運転点Aに達し、そのときの回転数が例えば、0.8NRであったとすると、そのときの圧縮機吸込流量はQs’(tA)であり、サージ流量QsurはQsur(tA)となる。
【0062】
図6(b)は、時間tに対する圧縮機吸込流量Qs’とそのときのサージ流量Qsurを示し、横軸は、シミュレーションの最大時間を1.0として無次元化した時間tであり、縦軸は、図6(a)と同じく無次元化した圧縮機吸込流量Qs’である。先の図6(a)において示した時間tAにおける圧縮機吸込流量Qs’(tA)とサージ流量Qsur(tA)を図6(b)に示す。図6(b)では同様にして、図6(a)に示す運転点履歴を与える時間tでの圧縮機吸込流量Qs’(tA)とサージ流量Qsur(tA)を示している。図6(c)は、シミュレーション時間tに対するアンチサージバルブ開度を示したものであり、横軸は、図6(b)と同じく無次元化した時間t、縦軸は全開を1.0とした場合のバルブ開度を示したものである。図6(c)は、回転数が0.8NRに達した時間tAにおいて、圧縮機による吸込流量の調整を開始するために、アンチサージバルブ開度の調整が始まることを示している。
なお、図7及び図8についての説明は、図6と同じであるので省略する。
【0063】
図6(a)を参照すると、圧縮機ユニットモデル201mのHQ特性において、運転点がサージ領域に侵入する箇所があることがわかる。また、図6(b)を参照すると、t=約0.6以後は、圧縮機ユニットモデル201mの吸込流量がサージ流量を下回っていることがわかる。つまり、吸込流量が過少であるため、サージが生じる可能性が高いことがわかる。
【0064】
次に、比例要素のゲインGPを徐々に大きくしながら繰り返しシミュレーションし、出力が一定振幅で振動を持続する(安定限界)ところでゲインGPの増加を止める(この時のGPの値をKcとし、振動周期をTcとする)。
図7は、アンチサージバルブユニットモデル206mの開度応答が振動的になった場合の諸特性を表す。この場合には、アンチサージバルブユニットモデル206mの開度応答が振動的になっているのに応じて(図7(c)参照)、圧縮機ユニットモデル201mの吸込流量Qs’も振動的になっている(図7(b)参照)。
【0065】
PIDパラメータ調整部103は、安定限界でのGPの値であるKcと、振動周期Tcとを用いて、表1に基づいてPIDパラメータを調整する。例えば図8の場合においてKc=20、振動周期Tc=2であったとすると、例えばPID制御を行う場合には、表1に基づいてGP=11.8、GI=1.0、GD=0.25とする。
なお、PI制御を行う場合には、表1に基づいてGP=9.0、GI=1.66とし、P制御を行う場合には、表1に基づいてGP=10.0とすればよい。
【表1】

【0066】
シミュレーション部102は、PIDパラメータ調整部103で調整されたPIDパラメータに基づいて、さらにシミュレーションを実行する。図8は、PIDパラメータ調整部103によって調整されたパラメータ(GP=11.8、GI=1.0、GD=0.25)に基づいてシミュレーションを実行した場合の諸特性を表す。
図8(a)を参照すると、圧縮機ユニットモデル201mのHQ特性において、運転点がサージコントロールラインより右側の安定領域内に収まっていることがわかる。また、図8(b)を参照すると、圧縮機ユニットモデル206mの吸込流量はサージ流量より上方にあることがわかる。つまり、十分な吸込流量が確保されているといえる。
したがって、バルブ制御部11が、図8のような諸特性を与えるパラメータ(GP=11.8、GI=1.0、GD=0.25)を用いて現実に存在する圧縮機システム2に対しPID制御を行った場合、圧縮機201がサージを起こすことなく安定した制御を行うことができる可能性が高いことが予想される。
【0067】
本実施形態では、制御装置1内にプラントモデルを組み込み、当該プラントモデルのシミュレーション結果を用いて限界感度法等により、PIDパラメータの自動調整を行った。したがって、本実施形態に係る制御装置1によれば、実際のフィールドテストより前にプラントモデルを使用した制御系の事前チューニングを行うことが可能となる。また、現実に存在する圧縮機システム2の圧縮機201等を稼動させること無しに制御装置1のPIDパラメータを調整することができるので、調整の段階で圧縮機201においてサージが生ずるリスクを回避することができる。また、ユーザが試行錯誤的にPIDパラメータの調整を行う場合に比べて、その手間を省くことができるため、調整に要する時間を大幅に短縮することができる。
【0068】
本実施形態では、圧縮機201を始動させる場合のPIDパラメータの事前チューニングについて説明したが、圧縮機201を停止させる場合や、停止後に圧縮機201を再度起動させる場合についても適用することができる。
また、本実施形態では、バルブ制御部11が、プラントモデルから出力されたプロセス信号に基づいてPID制御を行い、バルブ制御信号をプラントモデルのアンチサージバルブユニットモデル206mに対して出力する構成としたが、次のような構成としてもよい。すなわち、シミュレーション部102のプラントモデルが、さらにバルブ制御部11に対応するバルブ制御部ユニットモデルを備え、当該バルブ制御部ユニットモデルでPID制御演算を行う構成としてもよい。この場合には、PIDパラメータ設定部104が、PIDパラメータ調整部103で最終的に調整されたPIDパラメータを通信手段を介してバルブ制御部11に転送する。
【0069】
また、本実施形態では、PIDパラメータをオートチューニングする場合について説明したが、ユーザが自らバルブ制御部11のPIDパラメータを変更し、シミュレーションによる演算結果を見ながらマニュアルでチューニングを行ってもよい。この場合ユーザは、表示部13で圧縮機ユニットモデル201mの運転点等の挙動を見ながら、入力部12を介して任意にPIDパラメータを変更することができる。
【0070】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係る圧縮機の制御装置1Aについて説明する。
本実施形態に係る制御装置1Aは、バルブ制御部11から出力されるバルブ制御信号に基づいて上位モジュール10Aで算出される運転点(Qs’,hpol’)が、現実の圧縮機システム2の運転点(Qs,hpol)に、より近づくようにモデルチューニングすることを特徴とする。
図9は、本発明の第2実施形態に係る圧縮機の制御装置を含む圧縮機システムの構成図である。本実施形態に係る制御装置1Aを第1実施形態の場合と比較した場合、上位モジュール10Aにモデルパラメータ調整部105が追加されている。また、シミュレーション部102Aは、開ループモデルRmを備えている。
なお、その他の構成については、第1実施形態の場合と同様であるため、第1実施形態と同じ構成については同じ符号を付し、重複する部分については説明を省略する。
【0071】
図9に示すように、圧縮機システム2が稼動している状態において、バルブ制御部11は、常時プロセス信号(吸込流量Qs、吸込圧力Ps、吸込温度Ts、吐出圧力Pd、及び吐出温度Td)を取り込んでPID制御演算を行い、アンチサージバルブ206に対してバルブ制御信号を出力している。
モデルチューニングを行うか否かは、入力部12を介してユーザが選択することができる。
そして、モデルチューニングを行う場合には、バルブ制御部11からアンチサージバルブ206に対して出力される前記バルブ制御信号が、上位モジュール10Aの開ループモデルRmに対しても出力される。また、バルブ制御部11は、前記バルブ制御信号に対応して検出される前記プロセス信号から算出される運転点(Qs,hpol)をモデルパラメータ調整部105に対して出力している。
【0072】
シミュレーション部102Aは、前記バルブ制御部11からのバルブ制御信号を入力とし、そのバルブ制御信号に基づいて計算される運転点(Qs’,hpol’)を出力とする開ループモデルRmを備えている。
モデルパラメータ調整部105は、バルブ制御部11から出力された運転点(Qs,hpol)に対して、前記開ループモデルを用いて算出した運転点(Qs’,hpol’)の偏差の絶対値が所定の閾値以下になるように、開ループモデルRmのモデルパラメータを調整し、更新する。
このようにしてモデルパラメータを逐次更新し、前記した偏差の絶対値が所定の閾値以下となった場合、当該モデルパラメータを適用した開ループモデルRmは、現実の圧縮機システム2の挙動をより良く再現することができるといえる。
【0073】
図10は、制御装置を用いたモデルパラメータのチューニングの流れを示すフローチャートである。
ステップS201で、モデルパラメータ調整部105は、バルブ制御部11からバルブ制御信号が入力された場合のシミュレーション部102Aの演算により、吸込流量Qs’を出力とする開ループモデルRmを推定する。前記開ループモデルRmは、例えばARXモデルがあるが、これに限らない。また、開ループモデルRmは、プラントモデルを構成する各要素(図3参照)を表す式(1)〜(10)から直接求めてもよいし、過渡応答法や周波数応答法などを使ってシミュレーション実験から求めてもよい。以下の説明においては、ARXモデルを用いる場合について説明する。
【0074】
ARXモデルは、下記の式(11)で表される。
なお、本実施形態では、入力データであるu(k)は、バルブ制御部11から出力されるバルブ制御信号である。また、出力データであるy(k)は、圧縮機ユニットモデル201mの吸込流量Qs’とする。また、kはサンプル周期に基づいて入出力サンプルデータを取得する際に付される番号である。
【数11】

【0075】
ここで、前記式(11)のA(q)及びB(q)は、下記の式(12)、(13)で表される多項式である。ここで、次数na,nbは、ユーザが入力部12を介して予め設定することができる。また、下記(12)、(13)の係数(a1,…,ana)、(b1,…,bnb)は、最小2乗法で推定することができる。
【数12】

【0076】
図10のステップS202で、バルブ制御部11から運転データ(バルブ制御信号及び運転点(Qs,hpol))を取得する際のサンプリング周期を設定する。サンプリング周期(例えば0.2秒)は、入力部12を介してユーザが設定することができる。
なお、このようにして設定されたサンプリング周期は、通信手段を介してバルブ制御部11に対して出力される。
【0077】
ステップS203で、モデルパラメータ調整部105は、前記サンプリング周期に従ってバルブ制御部11からの運転データとしてバルブ制御信号を取得する。すなわち、モデルパラメータ調整部105は、上記式(11)の入力データu(k)としてバルブ制御部11から出力されるバルブ制御信号を取得する。また、モデルパラメータ調整部105は、上記式(11)の出力データy(k)として圧縮機2の吸込流量Qsをバルブ制御部11から取得する。
【0078】
ステップ204で、モデルパラメータ調整部105は、ステップS204で得られた入出力データu(k),y(k)に基づいて、前記式(12)、(13)のモデルパラメータ(a1,…,ana)、(b1,…,bnb)を調整する。当該調整は、ARXモデルに対して最小2乗法を適用することによって行うことができる。
なお、モデルパラメータ調整部105は、ステップS204の前処理として、バルブ制御部11から取得した入出力データに対してフィルタリング等の処理を行ってもよい。この場合、モデルパラメータ調整部105は、バルブ制御部11から取得した入出力データの有効範囲を指定したり、トレンドやDC成分、異常データの除去等の処理を行う。
【0079】
ステップS205で、シミュレーション部102Aは開ループモデルRmを用いて、ステップS204で調整されたモデルパラメータ(a1’,…,ana’)、(b1’,…,bnb’)に基づいて、前記式(11)−(13)を計算して運転点(Qs’,hpol’)を算出し、モデルパラメータ調整部105に対して出力する。
ステップS206で、モデルパラメータ調整部105は、バルブ制御部11から取得した運転点(Qs,hpol)に対する、開ループモデルRmを用いて算出された運転点(Qs’,hpol’)の偏差の絶対値を算出し、当該偏差の絶対値が所定の閾値以下であるか否か判定する。
【0080】
ステップS206で、前記した2つの運転点の偏差の絶対値が所定の閾値より大きい場合(ステップS206→No)、ステップS204に戻る。すなわちモデルパラメータ調整部105は、最小2乗法を用いてモデルパラメータを再度調整する。ステップS206で、前記した2つの運転点の偏差の絶対値が閾値以下である場合(ステップS206→Yes)、モデルパラメータ調整部105は当該モデルパラメータに確定する(ステップS207)。さらにステップS208で、上位モジュール10Aは表示部13に確定した前記モデルパラメータ(a1’,…,ana’)、(b1’,…,bnb’)の値を結果として表示し、処理を終了する。
【0081】
図11は、制御装置を用いたモデルパラメータのチューニングの作用説明図である。
本実施形態に係る制御装置1Aは、シミュレーション部102Aのプラントモデルに対応する開ループモデルRmを推定し、バルブ制御部11から取得したバルブ制御信号を入力データu(k)として運転点(Qs’,hpol’)を算出し、モデルパラメータ調整部105に対して出力する。
モデルパラメータ調整部105は、圧縮機システム2から取得した運転点(Qs,hpol)と、前記開ループモデルを用いて算出した運転点(Qs’,hpol’)との偏差の絶対値が所定の閾値以下になるまで、開ループモデルRmを更新する。
【0082】
圧縮機システム2は、稼動期間が経過するにしたがい、圧縮機201等が経年劣化して、運転条件が変化することが予想される。バルブ制御部11のPIDパラメータを調整する場合には、シミュレーション部102Aが圧縮機システム2の挙動を的確に再現できることが前提となる。したがって、圧縮機システム2の運転条件の変化に対応して、シミュレーション部102Aのモデルパラメータを調整することが必要になる。
本実施形態に係る制御装置1Aは、シミュレーション部102Aのプラントモデル(開ループモデルRm)の挙動を現実の圧縮機システム2の挙動に、より近づくようにモデルパラメータを調整することができる。バルブ制御部11のPIDパラメータをオートチューニングする場合、前記したモデルチューニングを行った後のプラントモデルを用いてシミュレーションを行えば、バルブ制御部11のPIDパラメータの調整をより適切に行うことが可能になる。
さらに本実施形態に係る制御装置1Aは、モデルパラメータの調整を自動で行うので、調整の手間を省くことができる。
【0083】
以上、本発明について説明したが、本発明は前記した実施形態に限らず、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することができる。
例えば、前記各実施形態では圧縮機201として遠心圧縮機を使用する場合について説明したが、圧縮機201として軸流圧縮機を使用した場合でも、同様の制御装置1を適用することができる。
また、圧縮機201は単段の他、複数段としてもよい。例えば圧縮機201が2段である場合には、圧縮機(例えば圧縮機201a、201b:図示せず)ごとにアンチサージバルブ(例えばアンチサージバルブ206a、206b:図示せず)を備えることとなる。したがって、当該構成に対応したシミュレーション部102又は102Aを構成し、そのシミュレーション結果に基づいてバルブ制御部11のPIDパラメータをチューニングすればよい。
また、前記各実施形態では、バルブ制御部11において圧縮機吸込流量Qsに対するポリトロープヘッドhpolの関係を示すHQマップを用いたが、前記HQマップの代わりに、圧縮機吸込流量Qsに対する圧力比(pd/ps)の関係を示す圧力比−Qマップを用いてもよい。
【符号の説明】
【0084】
1,1A 制御装置
2 圧縮機システム(プラント)
3 統括コントローラ
10,10A 上位モジュール
11 バルブ制御部
12 入力部
13 表示部
101 データ保存部
102,102A シミュレーション部
103 PIDパラメータ調整部(制御パラメータ調整部)
104 PIDパラメータ設定部(制御パラメータ設定部)
105 モデルパラメータ調整部
201 圧縮機
202 駆動モータ
203 変速機
204 サクションドラム
205 吸込絞り弁
206 アンチサージバルブ
207 熱交換器
208 吸込側配管
209 吐出側配管
210,211,212 戻り配管
213,214 配管
201m 圧縮機ユニットモデル(プラントモデル)
202m 駆動モータユニットモデル(プラントモデル)
204m サクションドラムユニットモデル(プラントモデル)
205m 吸込絞り弁ユニットモデル(プラントモデル)
206m アンチサージバルブユニットモデル(プラントモデル)
207m 熱交換器ユニットモデル(プラントモデル)
208m,209m,210m,211m,212m,213m,214m, 配管ユニットモデル(プラントモデル)
215m 吸込側仕切弁ユニットモデル(プラントモデル)
216m 吐出側仕切弁ユニットモデル(プラントモデル)
FT1 流量検出器
PT1、PT2 圧力検出器
TT1、TT2 温度検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧縮機の吐出側の流体を吸込側に戻すアンチサージバルブを制御パラメータに基づいて制御するバルブ制御部と、
前記圧縮機が設置されるプラントのプラントモデル及び前記制御パラメータに基づいて前記圧縮機の前記プラントでの運転状態をシミュレーションするシミュレーション部と、
前記シミュレーションの結果に基づいて、前記制御パラメータを調整する制御パラメータ調整部と、を備えること
を特徴とする圧縮機の制御装置。
【請求項2】
前記制御パラメータ調整部によって調整された制御パラメータを前記バルブ制御部が用いる制御パラメータとして設定する制御パラメータ設定部を備えること
を特徴とする請求項1に記載の圧縮機の制御装置。
【請求項3】
前記制御パラメータ調整部によって調整された制御パラメータを表示部に表示させ、入力部を介してユーザにより入力された制御パラメータを、前記バルブ制御部が用いる制御パラメータとして設定する制御パラメータ設定部を備えること
を特徴とする請求項1に記載の圧縮機の制御装置。
【請求項4】
前記バルブ制御部が前記アンチサージバルブに対して出力するバルブ制御信号を入力データとして取得した前記シミュレーション部から、シミュレーション結果として第1の運転データを取得し、前記バルブ制御信号に基づいた前記圧縮機の第2の運転データを前記バルブ制御部から取得し、前記第1の運転データと前記第2の運転データとの偏差の絶対値が所定値以下となるように、前記プラントモデルのモデルパラメータを調整するモデルパラメータ調整部を備えること
を特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の圧縮機の制御装置。
【請求項5】
圧縮機の吐出側の流体を吸込側に戻すアンチサージバルブを制御パラメータに基づいて制御する圧縮機の制御装置で用いられる制御方法において、
前記制御装置は、シミュレーション部と、制御パラメータ調整部と、バルブ制御部と、制御パラメータ設定部と、を備え、
前記シミュレーション部は、前記圧縮機が設置されるプラントのプラントモデル及び前記制御パラメータに基づいて前記圧縮機の前記プラントでの運転状態をシミュレーションし、
前記制御パラメータ調整部は、前記シミュレーションの結果に基づいて、前記制御パラメータを調整し、
前記制御パラメータ設定部は、前記制御パラメータ調整部で調整されたバルブ制御パラメータを、前記バルブ制御部が前記プラントを制御する際に適用するバルブ制御パラメータとして設定し、
前記バルブ制御部は、前記制御パラメータ設定部によって設定された前記バルブ制御パラメータにより前記アンチサージバルブを制御すること
を特徴とする圧縮機の制御方法。
【請求項6】
前記制御装置は、さらにモデルパラメータ調整部を備え、
当該モデルパラメータ調整部は、前記バルブ制御部が前記アンチサージバルブに対して出力するバルブ制御信号を入力データとして取得した前記シミュレーション部から、シミュレーション結果として第1の運転データを取得し、当該バルブ制御信号に基づいた前記圧縮機の第2の運転データを前記バルブ制御部から取得し、前記第1の運転データと前記第2の運転データとの偏差の絶対値が所定値以下となるように、前記プラントモデルのモデルパラメータを調整すること
を特徴とする請求項5に記載の圧縮機の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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