説明

圧電薄膜素子、圧電薄膜デバイス及び圧電薄膜素子の製造方法

【課題】PZT薄膜に代替可能な圧電特性を持つKNN圧電薄膜素子を提供する。
【解決手段】シリコン基板上に下部電極、一般式(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜、上部電極を配した構造を有する圧電薄膜素子であって、圧電薄膜素子のX線回折2θ/θパターンにおけるKNN(002)回折ピークにおいて、回折ピークの低角度側裾野の強度よりも高角度側裾野の強度が強い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電薄膜を用いた圧電薄膜素子、圧電薄膜デバイス及び圧電薄膜素子の製造法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
圧電体は種々の目的に応じて様々な圧電素子に加工され、特に電圧を加えて変形を生じさせるアクチュエータや、逆に素子の変形から電圧を発生するセンサなどの機能性電子部品として広く利用されている。アクチュエータやセンサの用途に利用されている圧電体としては、優れた圧電特性を有する鉛系材料の誘電体、特にPZTと呼ばれるPb(Zrx−1Ti)O3[以降PZTと記す]系のペロブスカイト型強誘電体がこれまで広く用いられており、通常個々の元素からなる酸化物を焼結することにより形成されている。現在、各種電子部品の小型化、高性能化が進むにつれ、圧電素子においても小型化、高性能化が強く求められるようになった。
【0003】
しかしながら、従来からの製法である焼結法を中心とした製造方法により作成した圧電材料は、その厚みを薄くするにつれ、特に厚みが10μm程度の厚さに近づくにつれて、材料を構成する結晶粒の大きさに近づき、その影響が無視できなくなる。そのため、特性のばらつきや劣化が顕著になるといった問題が発生し、それを回避するために、焼結法に変わる薄膜技術等を応用した圧電体の形成法が近年研究されるようになってきた。最近、シリコン基板上にスパッタリング法で形成したPZT薄膜が、高速高精細のインクジェットプリンタヘッド用アクチュエータの圧電薄膜として実用化されている(例えば、特許文
献1参照)。
【0004】
一方、前記のPZTから成る圧電焼結体や圧電薄膜は、鉛を60〜70重量%程度含有しているので、生態学的見地および公害防止の面から好ましくない。そこで環境への配慮から鉛を含有しない圧電体の開発が望まれている。現在、様々な非鉛圧電材料が研究されているが、その中にニオブ酸カリウムナトリウム一般式:(K1-xNax)NbO3(0<x<1)[以降KNNと記す]がある。このKNNは、ペロブスカイト構造を有する材料であり、非鉛の材料としては比較的良好な圧電特性を示すため、非鉛圧電材料の有力な候補として期待されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−286953号公報
【特許文献2】特開2007−19302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述したKNN薄膜は、スパッタリング法、PLD法等の成膜方法でシリコン基板上への成膜が試されているが、安定して作製する方法は確立されておらず、現状では製品への適用は困難な状況である。
本発明の目的は、上記課題を解決し、圧電薄膜素子、圧電薄膜デバイス及び圧電薄膜素子の製造方法を安定して提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様によれば、基板上に、一般式(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を有する圧電薄膜素子であって、前記圧電薄膜素子のX線回折2θ/θパターンにおけるKNN(002)回折ピークにおいて、該回折ピークの低角度側裾野の強度よりも高角度側裾野の強度が強いことを特徴とする圧電薄膜素子が提供される。
【0008】
本発明の第2の態様によれば、シリコン基板上に、一般式(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を有する圧電薄膜素子であって、前記圧電薄膜素子のX線回折2θ/θパターンにおけるKNN(002)回折ピークにおいて、該回折ピーク角度を(2θp)、前記回折ピークの低角度側裾野でピーク強度の1/20の強度を示す角度を(2θL1/20)、前記回折ピークの高角度側裾野でピーク強度の1/20の強度を示す角度を(2θR1/20)とし、R=(2θR1/20)−(2θp)、L=(2θp)−(2θL1/20)としたときに、R/(R+L)の値が0.54以上であることを特徴とする圧電薄膜素子が提供される。
【0009】
これらの場合において、前記(K1-xNax)NbO3(0<x<1)の結晶構造が擬立方晶と斜方晶の相境界状態であることが好ましい。また、前記(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜のNa組成xが0.49≦x≦0.63であることが好ましい。
【0010】
また、前記基板と前記圧電薄膜との間に下部電極を形成し、前記圧電薄膜上に上部電極を形成しても良い。
【0011】
本発明の第3の態様によれば、上述した圧電薄膜素子と、電圧印加手段又は電圧検出手段とを備えたことを特徴とする圧電薄膜デバイスが提供される。
【0012】
本発明の第4の態様によれば、シリコン基板上に下部電極を形成する工程と、前記下部電極上にスパッタリング法により一般式(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を形成する工程と、前記圧電薄膜上に上部電極を形成する工程と、を有する圧電薄膜素子の製造方法において、
前記圧電薄膜を形成する工程は、前記圧電薄膜素子のX線回折2θ/θパターンにおけるKNN(002)回折ピークにおいて、該回折ピーク角度を(2θp)、前記回折ピークの低角度側裾野でピーク強度の1/20の強度を示す角度を(2θL1/20)、前記回折ピークの高角度側裾野でピーク強度の1/20の強度を示す角度を(2θR1/20)とし、R=(2θR1/20)−(2θp)、L=(2θp)−(2θL1/20)としたときに、R/(R+L)の値が0.54以上となるように、前記スパッタリング法による前記圧電薄膜の形成後に室温まで冷却し、さらに熱処理する工程を含む圧電薄膜素子の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、KNN圧電薄膜素子を安定して提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施の形態のKNN薄膜/Pt下部電極Ti密着層/SiO2熱酸化膜/Si基板のX線回折2θ/θパターンを示す図であって、(a)は全体図、(b)は部分拡大図である。
【図2】従来例のKNN焼結体のX線回折2θ/θパターンを示す図である。
【図3】本発明の一実施の形態のKNN薄膜のKNN(002)回折ピークを示す図であり、X線回折測定(一般的な2θ/θ)を行ったプロファイルの回折ピークの拡大図を示す。
【図4】従来例のPZTにおける相境界組成を示す図である。
【図5】実施例および比較例に共通する圧電薄膜素子の断面模式図である。
【図6】本発明の一実施の形態の圧電定数d31評価方法概略図である。
【図7】実施例1のKNN(002)回折ピークのプロファイルである。
【図8】比較例14のKNN(002)回折ピークのプロファイルである。
【図9】実施例8のKNN(002)回折ピークのプロファイルである。
【図10】実施例36のKNN(002)回折ピークのプロファイルである。
【図11】実施例及び比較例のR/(R+L)と圧電定数d31の関係図である。
【図12】本発明の圧電薄膜素子を用いたフィルタデバイスの断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明の一実施の形態を説明する。
【0016】
一般に、アルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を有する圧電薄膜素子は、Si基板の表面に熱酸化膜であるSiO2層を形成し、このSiO2層上にTi密着層を形成し、さらにPt電極を設け、このPt電極上にスパッタ法でKNN膜を成膜したものである。このKNN膜はPtの面方位に配向している。KNN膜は、一般式(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表される。なお、KNN膜を含むPt電極までの構造基板を、単にKNN膜/Pt電極/Ti密着層/SiO2層/Si基板ともいう。また、KNN膜を除いたPt電極までの構造基板を、単にPt電極/Ti密着層/SiO2層/Si基板ともいう。
【0017】
本実施の形態では、KNN薄膜における2θ=43°〜47°のKNN(002)回折ピークに注目した。我々は、様々な実験を行った結果、スパッタ法で成膜したKNN(001)面高配向のKNN薄膜において、KNN(002)回折ピークの低角度側裾野の強度よりも高角度側裾野の強度が強いときに、KNN薄膜の圧電定数が高い値を持つことを見出した。
KNN(002)回折ピークの低角度側裾野の強度よりも高角度側裾野の強度が強いとき、高い圧電定数、例えば、−68pm/V以上の圧電定数をもつKNN圧電薄膜素子を安定して作製することができる。なお、圧電定数に関する「以上」とは絶対値が大きいことを示す。
なお、本実施例におけるX線回折測定は、配向性多結晶のXRD2θ/θ測定において小数点以下4桁まで精度良く測定できるPANalytical社製の「X'PertPRO MRD」(X線源:45kV,40mA,Cu Line Focus、入射光学系:バイブリッドモノクロメータ、受光光学系:平行平板コリメータ[0.09deg]設置)を用いて測定した。
【0018】
この場合において、特に、図3に示すように、ピーク角度を(2θp)、ピークの低角度側裾野でピーク強度の1/20の強度を示す角度を(2θL1/20)、ピークの高角度側裾野でピーク強度の1/20の強度を示す角度を(2θR1/20)とし、R=(2θR1/20)−(2θp)、L=(2θp)−(2θL1/20)としたときに、R/(R+L)の値が0.54以上である場合に、0.54未満である場合と比べて圧電定数が急激に高くなり、圧電定数は−90pm/V以上になる(表1)。なお、前述したKNN(002)回折ピークの低角度側裾野の強度よりも高角度側裾野の強度が強いときとは、R/(R+L)の値が0.5を超えている場合を意味する。
なお、図3に示したピーク角度及び2θL1/20、2θR1/20はSplit Pseudo Voigt(PV)関数でフィッティングして得た滑らかなグラフから得られた角度である。
【0019】
前記配向したKNN膜(厚さ3μm)の典型的なX線回折2θ/θパターンを図1に示す。また、比較のため無配向のKNN焼結体のX線回折2θ/θパターンを図2に示す。図2は、文献(Ke Wang and Jing−Feng Li:Appl.Phys.Lett.91(2007)262902)から引用した。
【0020】
図1、図2において、2θ=43〜47°に存在するKNN(002)、(200)、(020)の回折ピーク形状に注目すると、一方のKNN焼結体(図2参照)は2つの回折ピークがあり、斜方晶(Orthorhombic)であることが分かる。他方、スパッタ法で成膜したKNN薄膜(図1参照)はKNN(002)ピークしかなく、KNN(001)面に配向した擬立方晶であることが分かる。
【0021】
一般的に、ペロブスカイト構造の結晶構造を有する圧電体および圧電薄膜では、相境界組成(MPB)において非常に優れた圧電特性が得られている。例えば、図4に示すように、Pb(Zr1-xTix)O3[PZT]の場合は、x=0.47の付近に菱面体構造と正方晶のMPBが存在しており、この組成で非常に優れた圧電特性が実現されている。
【0022】
KNN薄膜では、(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表される一般式のNa組成比xが0.49≦x≦0.63のとき、擬立方晶と斜方晶のMPB状態が安定して作り出せ、この組成で非常に優れた圧電特性が実現できる。(表1)
【0023】
前記の通り、スパッタ法で成膜した典型的なKNN薄膜は擬立方晶を有していた。本来KNNは斜方晶を有する材料であるが、基板上に配向した形で形成されるという環境の影響で、擬立方晶に拘束されていたと考えられる。
【0024】
前記の高角度側裾野の強度が強い回折ピークのプロファイルは、図2に示す45°付近にダブルピークを有する斜方晶と、図1に示す擬立方晶とのMPB状態になっていると考えられる。
【0025】
本発明者等は、上述したように、擬立方晶と斜方晶のMPB状態であるKNN薄膜を作り出すことに成功した。この擬立方晶と斜方晶のMPB状態であるKNN薄膜、つまり、KNN(002)回折ピークにおける高角度側裾野の強度が強いKNN薄膜は、スパッタ成膜条件(成膜温度、スパッタリング動作ガスの種類および圧力、真空度、及び投入電力等)の最適化によって、更には、成膜後に熱処理することによって安定して作成することができる。
【0026】
特に、成膜後に熱処理を行うことで、所望のMPB状態に制御することが可能である。
【0027】
この実施の形態の圧電薄膜素子の製造方法は、シリコン基板上に下部電極を形成する工程と、下部電極上にスパッタリング法により一般式(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を形成する工程と、圧電薄膜上に上部電極を形成する工程と、を有する圧電薄膜素子の製造方法において、圧電薄膜を形成する工程は、圧電薄膜素子のX線回折2θ/θパターンにおけるKNN(002)回折ピークにおいて、回折ピーク角度を(2θp)、回折ピークの低角度側裾野でピーク強度の1/20の強度を示す角度を(2θL1/20)、回折ピークの高角度側裾野でピーク強度の1/20の強度を示す角度を(2θR1/20)とし、R=(2θR1/20)−(2θp)、L=(2θp)−(2θL1/20)としたときに、R/(R+L)の値が0.54以上となるように、スパッタリング法の成膜条件を最適化し、圧電薄膜を最適化して形成後に熱処理する工程を含む。
【0028】
以上述べたように、本発明の一つ又はそれ以上の実施の形態によれば、スパッタ法で成膜したKNN(001)面高配向のKNN薄膜において、KNN(002)回折ピークの低角度側裾野の強度よりも高角度側裾野の強度が強くなっているので、−68pm/V以上の高い圧電定数を有するKNN圧電薄膜素子を安定して提供することができる。
【0029】
また、本発明の一つ又はそれ以上の実施の形態によれば、特にR/(R+L)の値が0.54以上であるとき、KNN薄膜素子の圧電定数を−90pm/V以上にすることができる。KNN薄膜は、スパッタリング法、PLD法等の成膜方法でシリコン基板上への成膜が試されており、一部では、実用化レベルの特性であるd31=−100pm/Vを実現したとの報告もあるが、安定して作製する方法は確立されておらず、従来技術では製品への適用は困難な状況であると言われている。また、KNN薄膜が広くインクジェットプリンタヘッドに適用されるためには、少なくとも圧電定数d31=−90pm/V以上を安定して実現する必要がある。この点で、本実施の形態では、上述したように、R/(R+L)の値を0.54以上とすることで、圧電定数d31=−90pm/V以上のKNN圧電薄膜素子を安定して実現することができ、製品への適用も容易である。したがって、PZT薄膜に代替可能な圧電特性を持つKNN圧電薄膜素子を安定して提供することができる。
【0030】
また、本発明の一つ又はそれ以上の実施の形態によれば、(K1-xNax)NbO3(0<x<1)の結晶構造が擬立方晶と斜方晶の相境界状態(MPB)であるので、非常に優れた圧電特性を実現できる。
【0031】
また、本発明の一つ又はそれ以上の実施の形態によれば、(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表される一般式のNa組成比xが0.49≦x≦0.63であるので、KNN圧電薄膜の結晶構造を、非常に優れた圧電特性を実現できる擬立方晶と斜方晶のMPB状態とすることができる。
【0032】
また、本発明の一つ又はそれ以上の実施の形態によれば、KNN薄膜を成膜後に熱処理を行うので、KNN(002)回折ピークにおける高角度側裾野の強度が強いKNN薄膜を安定して作製することができる。
【0033】
なお、本実施の形態では、下部電極にPtを用いたが、Ptを含む合金、Au、Ru、Ir、又は、SrRuO3、LaNiO3、などの金属酸化物電極を用いた場合も同様の効果が期待できる。また密着層にTiを用いたが、Taを密着層に用いたり、密着層なしであったりする場合でも同様の効果が期待できる。基板についても、熱酸化膜付き(100)面Si基板を用いたが、異なる面方位のSi基板や、熱酸化膜無しのSi基板、SOI基板でも同様の効果が得られる。また、Si基板以外に、石英ガラス基板、GaAs基板、サファイヤ基板、ステンレスなどの金属基板、MgO基板、SrTiO3基板、などを用いてもよい。KNN圧電薄膜は特に他の元素を添加していないが、5原子数%以下のLi、Ta、Sb、Ca、Cu、Ba、Ti等をKNN圧電薄膜に添加した場合でも同様の効果が得られる。
【実施例】
【0034】
以下に膜厚3μmの(K,Na)NbO3薄膜を含む圧電薄膜素子を形成した実施例(実施例1〜49)を比較例(比較例1〜11)とともに説明する(表1)。
【0035】
図5に実施例、比較例、及び参考例に共通した試料となる圧電薄膜素子の構造の断面図を示す。基板には熱酸化膜付きSi基板を用いた。基板は、直径4インチの円形状基板であり、(100)面方位、厚さ0.5mmのSi基板1と、その上に形成された厚さ200nmの熱酸化膜2とからなる。まず、この基板上にRFマグネトロンスパッタリング法で下部電極層3を形成した。下部電極層3は熱酸化膜2の上に形成された膜厚2nmのTi密着層と、その上に形成された膜厚200nmで、(111)面優先配向したPt下部電極とからなる。なお、(111)面優先配向したPt薄膜は、KNN膜に対して配向制御層としても機能する。
【0036】
Ti密着層とPt下部電極とからなる下部電極層3は、基板温度300℃、放電パワー200W、導入ガスAr雰囲気、圧力2.5Pa、成膜時間l〜3分(Ti密着層)、10分(Pt下部電極)の条件で成膜した。
【0037】
下部電極層3の上に、RFマグネトロンスパッタリング法で(K1-xNax)NbO3薄膜を3μm形成した。(K1-xNax)NbO3圧電薄膜は、(K+Na)/Nb=1.0((K、Na)組成比)、Na/(K+Na)=0.5〜0.65(Na組成比)の(K1-xNax)NbO3焼結体をターゲットに用いた。基板温度665〜750℃、放電パワー75〜100W、導入ガスAr雰囲気、圧力0.4Paの条件で成膜した。ターゲットのロット(target lot)によって成膜速度が若干異なっていたため、成膜時間はそれぞれの成膜で膜厚が3μmになるように微調整を行った。また、幾つかの試料(実施例22〜49、参考例1、2)に関しては、成膜後、すなわちスパッタ法による成膜後、室温まで完全に冷却した後、大気雰囲気中で650℃、1時間の熱処理を行った。
【0038】
その後、KNN薄膜[3μm]/Pt[200nm]/Ti[2nm]/熱酸化膜[200nm]/Si基板の断面構造を持つ試料のX線回折測定(一般的な2θ/θスキャン)を行い、KNN(002)回折ピーク(2θ角度が約45°のピーク)を拡大し、KNN(002)回折ピーク強度、R=(2θR1/20)−(2θp)、L=(2θp)−(2θL1/20)を読み取り、R/(R+L)を求めた。また、KNN膜の組成をEDX(エネルギー分散型X線分析装置)で測定した。
【0039】
その後、KNN薄膜4の圧電定数d31を評価するために、図6に示すように試料のKNN薄膜4の上に膜厚20nmの白金上部電極5をRFマグネトロンスパッタリング法で形成して、長さ20mm、幅2.5mmの短冊形を切り出し、KNN圧電薄膜4を含む細長い圧電薄膜素子10を作製した。
【0040】
次に、圧電特性評価を行うために、図6に示すような構成のユニモルフカンチレバーを作製した。作製にあたって、圧電薄膜素子10の長手方向の端をクランプ20で固定することで簡易的なユニモルフカンチレバーを構成した(図6(a))。この状態で上部電極5、下部電極3間のKNN圧電薄膜4に電圧を印加し、KNN圧電薄膜4を伸縮させることでカンチレバー全体が屈曲動作させ、カンチレバー先端(自由端)を動作させた。その先端変位量をレーザードップラ変位計21で測定した(図6(b))。
【0041】
圧電定数d31はカンチレバー先端の変位量、カンチレバー長さ、基板と薄膜の厚さとヤング率、印加電圧から算出される。圧電定数d31の印加電界30kV/cmの時の値を測定した。圧電定数d31の算出方法は文献(T.Mino,S.Kuwajima,T.Suzuki,I.Kanno,H.Kotera.andK.Wasa:Jpn.Appl.Phys.46(2007)6960)に記載されている方法で行った。KNN薄膜のヤング率は104GPaを用いた。
【0042】
実施例1〜49、比較例1〜9、及び参考例1〜2のスパッタ成膜条件(成膜速度、成膜温度、プラズマパワー)、成膜後の熱処理有無、KNN膜のNa/(K+Na)組成比(Na組成比)、KNN(002)回折ピーク形状、圧電定数d31の一覧を表1に示す。
【表1】

【0043】
また、一覧から抜き出した比較例1、実施例8、実施例14および実施例36のKNN(002)回折ピークのプロファイルを図7〜図10に示す。
【0044】
表1から、KNN(002)回折ピークの低角度側裾野の強度よりも高角度側裾野の強度が強いとき、換言すればR/(R+L)が0.50を超えている時、そうでない場合と比較して圧電定数が高く、−68pm/V以上の特性が安定して得られていることが分かる。特にR/(R+L)が0.54以上の時、圧電定数d31が−90pm/V以上の特性が安定して得られていることが分かる。また、KNN圧電薄膜を成膜した後に熱処理すると、熱処理しない場合と比べて、圧電定数d31が−100pm/V以上の特性がより安定して得られているのが分かる。また、スパッタ法による成膜時に(K+Na)/Nb=1.0、Na/(K+Na)=0.5〜0.65の(K1-xNax)NbO3焼結体をターゲットに用いたので、得られた(K1-xNax)NbO3圧電薄膜は、狙い通り、そのNa/(K+Na)組成が0.49≦x≦0.63の範囲に入っているのが分かる。なお、参考例1、2では、熱処理を施したがR/(R+L)が50を超えるには至らなかった。これは、アニール前の状態が極めて斜方晶よりの結晶構造であったためであると考えられる。参考例2では、R/(R+L)が50を超えていないが、圧電定数は80が得られた。しかしながら、参考例2の圧電素子では再現性の点で問題があった。
本発明は、スパッタ成膜条件、熱処理条件を適宜決定することで、KNN薄膜に良好なMPB状態を実現させ、これにより高い圧電定数を有する圧電薄膜素子を安定的に提供することができる。
【0045】
表1の結果から纏めたR/(R+L)と圧電定数d31の関係を図11に示す。特に、R/(R+L)が0.54以上の時、圧電定数d31が−90pm/V以上の特性が安定して得られていることが直感的に分かる。また今回得られた結果から、R/(R+L)が大きくなる程d31の値も大きくなる傾向があることも分かった。
【0046】
図11に示したR/(R+L)と圧電定数d31の関係から、R/(R+L)が0.54未満の時は明らかに圧電定数d31が小さくなっていることが分かる。そして、R/(R+L)が0.50を超えない場合では、必要とされる圧電特性が得られないことが分かる。
【0047】
上記実施例では、基板上にPt薄膜からなる下部電極を設けた圧電薄膜素子を用いて説明をした。このような圧電薄膜素子を用いることで、小型のモータ、センサ、及びアクチュエータ等の小型システム装置(例えば、Micro Electric Mechanical System(MEMS))等を形成することができる。
また、基板上に圧電薄膜を形成し、圧電薄膜上に所定の形状(パターン)の電極を形成して表面弾性波を利用したフィルタデバイスを形成することもできる。
【0048】
上記実施例では、Pt薄膜を配向制御層としても用いる形態であるが、Pt薄膜上に、またはPt薄膜に代わり、(001)面に配向しやすいLaNiO3を用いることもできるまた、NaNbO3を介してKNN薄膜を形成しても良い。図12には、Si基板1上に、LaNiO3層31、NaNbO3層32、KNN薄膜4、上部パターン電極51を形成したフィルタデバイスを示す。このようなフィルタデバイスにおいても、KNN薄膜のKNN(002)回折ピークの低角度側裾野の強度比R/(R+L)が0.54以上のときに、良好な感度特性を有することができた確認できた。
【符号の説明】
【0049】
1 Si基板
2 熱酸化膜
3 下部電極層
4 KNN圧電薄膜
5 上部電極層
10 圧電薄膜素子
20 クランプ
21 レーザードップラ変位計
31 LaNiO3
51 上部パターン電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、一般式(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を有する圧電薄膜素子であって、
前記圧電薄膜素子のX線回折2θ/θパターンにおけるKNN(002)回折ピークにおいて、該回折ピークの低角度側裾野の強度よりも高角度側裾野の強度が強いことを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項2】
シリコン基板上に、一般式(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を有する圧電薄膜素子であって、
前記圧電薄膜素子のX線回折2θ/θパターンにおけるKNN(002)回折ピークにおいて、該回折ピーク角度を(2θp)、前記回折ピークの低角度側裾野でピーク強度の1/20の強度を示す角度を(2θL1/20)、前記回折ピークの高角度側裾野でピーク強度の1/20の強度を示す角度を(2θR1/20)とし、R=(2θR1/20)−(2θp)、L=(2θp)−(2θL1/20)としたときに、
R/(R+L)の値が0.54以上であることを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の圧電薄膜素子において、前記(K1-xNax)NbO3(0<x<1)の結晶構造が擬立方晶と斜方晶の相境界状態であることを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の圧電薄膜素子において、前記(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜のNa組成比xが0.49≦x≦0.63であることを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の圧電薄膜素子において、前記基板と前記圧電薄膜との間には下部電極が形成され、前記圧電薄膜上には上部電極が形成されることを特徴とする圧電薄膜デバイス。
【請求項6】
請求項4に記載の圧電薄膜素子と、電圧印加手段又は電圧検出手段とを備えたことを特徴とする圧電薄膜デバイス。
【請求項7】
シリコン基板上に下部電極を形成する工程と、前記下部電極上にスパッタリング法により一般式(K1-xNax)NbO3(0<x<1)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を形成する工程と、前記圧電薄膜上に上部電極を形成する工程と、を有する圧電薄膜素子の製造方法において、
前記圧電薄膜を形成する工程は、前記圧電薄膜素子のX線回折2θ/θパターンにおけるKNN(002)回折ピークにおいて、該回折ピーク角度を(2θp)、前記回折ピークの低角度側裾野でピーク強度の1/20の強度を示す角度を(2θL1/20)、前記回折ピークの高角度側裾野でピーク強度の1/20の強度を示す角度を(2θR1/20)とし、R=(2θR1/20)−(2θp)、L=(2θp)−(2θL1/20)としたときに、R/(R+L)の値が0.54以上となるように、前記スパッタリング法による前記圧電薄膜の形成後に室温まで冷却し、さらに熱処理する工程を含む圧電薄膜素子の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2011−35370(P2011−35370A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−28666(P2010−28666)
【出願日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】