説明

塑性加工用潤滑剤及び金属材料の塑性加工方法

【課題】黒鉛系等の固体潤滑剤に固有の不具合がなく、かつ従来の液体潤滑剤と比較して著しく耐熱性に優れ、300°Cでの温間加工に使用可能な塑性加工用潤滑剤を提供する。
【解決手段】分岐構造の炭素鎖を持つ多価アルコール分子の1又は2以上の水酸基に対して脂肪酸がエステル結合した分岐型ポリオールエステルの1種又は2種以上を主成分として含み、酸化防止剤としてアミン系及びフェノール系のラジカル捕捉剤の1種又は2種以上を2重量%以上添加した塑性加工用潤滑剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は塑性加工用潤滑剤及び金属材料の塑性加工方法に関し、更に詳しくは、常温では塑性加工の困難なマグネシウム合金等を高い温度域で塑性加工する際などにおいて特に好適な塑性加工用潤滑剤、及びこの塑性加工用潤滑剤を用いて行う金属材料の塑性加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料のプレス加工その他の塑性加工においては、加工材料と金型間の摩擦や金型相互間の摩擦を低減させる潤滑性能、金型の温度上昇を抑える冷却性能、加工製品の金型からの離型を容易にする離型性能等を得るために、各種の金属塑性加工用潤滑剤が用いられている。以下に、従来の代表的な金属塑性加工用潤滑剤を開示した特許文献を列挙する。
【0003】
【特許文献1】特開昭63−30597号公報 上記の特許文献1には、黒鉛粉末を鉱物油に分散させ、又は水に分散させてなる黒鉛系の金属塑性加工用潤滑剤が開示されている。
【0004】
【特許文献2】特開昭55−139498号公報 上記の特許文献2には、アジピン酸塩と有機増粘剤を主成分とするカルボン酸系の金属塑性加工用潤滑剤が開示されている。
【0005】
【特許文献3】特開昭60−1293号公報
【特許文献4】特開平2−6600号公報 上記特許文献3には芳香族カルボン酸のアルカリ金属塩を主成分とする同様の潤滑剤が開示され、上記特許文献4には2種の2塩基カルボン酸のアルカリ金属塩と有機増粘剤を主成分とする同様の潤滑剤が開示されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、常温下では塑性加工等の加工が困難とされる一群の金属材料がある。例えばマグネシウム合金は、その結晶構造から、室温での塑性加工が難しく、通常は250°C以上の温度域で加工される。このような温間加工の場合、上記従来の金属塑性加工用潤滑剤の内では、高温で有効な黒鉛等の固体潤滑剤が良く用いられている。
【0007】
しかし、黒鉛は色が黒いので作業環境を汚染し易いと言う問題がある。固体潤滑剤である二硫化モリブデンも、化学反応が起こり易いために脱脂し難いと言う問題がある。更に、これらの固体成分主体の潤滑剤は連続加工時において金型に堆積し易いため、量産加工に向かないと言う問題もある。
【0008】
一方、上記したカルボン酸系の金属塑性加工用潤滑剤のような合成油、あるいは鉱物油を基油とする液体潤滑剤は、250°C以上の温度域での耐熱性に乏しい。そのため加工物や金型に固着して加工材料のワレや焼付きの原因となる恐れが大きかった。又、臭気や油煙の発生等の実用し難い不具合もあった。
【0009】
このように従来は、上記のような高い温度域での金属塑性加工に支障なく利用できる塑性加工用潤滑剤が提供されていなかった。そのために、常温では塑性加工が難しい金属材料の温間塑性加工(例えばマグネシウム板材の温間プレス加工等)は、世間の要求があるのに、量産レベルでは殆ど行われていない。
【0010】
本件出願人は、特願2003−116678号の明細書において、「分岐構造の炭素鎖を持つ多価アルコール分子の1又は2以上の水酸基に対して脂肪酸がエステル結合した分岐型ポリオールエステルの1種又は2種以上を主成分として含む塑性加工用潤滑剤」を開示している。この塑性加工用潤滑剤は250°C又はこれをやや上回る温度域における塑性加工に用いることもできると言う、優れた耐熱性を示すことが実証されている。
【0011】
但し、更に研究を進めた結果、上記の分岐型ポリオールエステルからなる潤滑剤は、塑性加工の温度域が300°C付近にまで到ると、耐熱性が不十分となることが判明した。若し、300°C前後と言う極めて高い温度領域での温間塑性加工に耐える潤滑剤を提供することができれば、以下のこと等が可能となり、極めて好ましい。例えば、250°Cではプレス加工の工程を3回繰り返す必要がある場合でも、300°Cにすることにより材料の成形性が更に向上して1回の工程でワレなく加工できる。又、例えば、やはり材料の成形性が向上することにより、今まで250°Cではできなかった複雑形状の加工が可能になる。
【0012】
そこで本発明は、上記のような分岐型ポリオールエステルを主成分とする塑性加工用潤滑剤であって、更に高い300°C程度の温度域での塑性加工に用いても特段の不具合を発生しない塑性加工用潤滑剤を提供することを、解決すべき技術的課題とする。本願発明者は、このような高い温度域での塑性加工に耐える潤滑剤の開発については、従来、見聞したことがない。
【課題を解決するための手段】
【0013】
(第1発明の構成)
上記課題を解決するための本願第1発明の構成は、分岐構造の炭素鎖を持つ多価アルコール分子の1又は2以上の水酸基に対して脂肪酸がエステル結合した分岐型ポリオールエステルの1種又は2種以上を主成分として含み、かつ、酸化防止剤としてアミン系及びフェノール系のラジカル捕捉剤の1種又は2種以上を2重量%以上添加した、塑性加工用潤滑剤である。
【0014】
(第2発明の構成)
上記課題を解決するための本願第2発明の構成は、前記第1発明に係るラジカル捕捉剤の添加量が40重量%以下である、塑性加工用潤滑剤である。
【0015】
(第3発明の構成)
上記課題を解決するための本願第3発明の構成は、前記第1発明又は第2発明に係る酸化防止剤として、前記ラジカル捕捉剤に加えて、更にリン系及び/又は硫黄系の過酸化物分解剤を添加し、かつ、これらのラジカル捕捉剤と過酸化物分解剤との合計添加量を40重量%以下とした、塑性加工用潤滑剤である。
【0016】
(第4発明の構成)
上記課題を解決するための本願第4発明の構成は、前記第3発明に係るラジカル捕捉剤と過酸化物分解剤との合計添加量が20重量%以下である、塑性加工用潤滑剤である。
【0017】
(第5発明の構成)
上記課題を解決するための本願第5発明の構成は、前記第3発明又は第4発明に係るラジカル捕捉剤がフェノール系のラジカル捕捉剤である場合において、その添加量が10重量%未満である、塑性加工用潤滑剤である。
【0018】
(第6発明の構成)
上記課題を解決するための本願第6発明の構成は、前記第3発明〜第5発明のいずれかに係る過酸化物分解剤として5重量%未満のリン系過酸化物分解剤を添加した、塑性加工用潤滑剤である。
【0019】
(第7発明の構成)
上記課題を解決するための本願第7発明の構成は、前記第3発明〜第5発明のいずれかに係る過酸化物分解剤として、2〜10重量%の硫黄系過酸化物分解剤を添加した、塑性加工用潤滑剤である。
【0020】
(第8発明の構成)
上記課題を解決するための本願第8発明の構成は、第1発明〜第7発明のいずれかに係る塑性加工用潤滑剤を用いて金属材料の塑性加工を行う、金属材料の塑性加工方法である。
【0021】
(第9発明の構成)
上記課題を解決するための本願第9発明の構成は、前記第8発明に係る金属材料が金属マグネシウム又はマグネシウム合金であり、塑性加工を250°C以上の温度域で行う、金属材料の塑性加工方法である。
【0022】
(第10発明の構成)
上記課題を解決するための本願第10発明の構成は、前記第9発明に係る塑性加工を300°C以上の温度域で行う、金属材料の塑性加工方法である。
【発明の効果】
【0023】
(第1発明の効果)
特願2003−116678号の明細書にも開示したように、塑性加工用潤滑剤の主成分である分岐型ポリオールエステルは、従来のカルボン酸系の金属塑性加工用潤滑剤と比較して著しい耐熱性を示し、冷間組成加工にも利用できるが、250〜260°C程度の温度域での金属材料の塑性加工において次の(1)〜(4)のような利点がある。
【0024】
(1)多価アルコール分子が分岐構造の炭素鎖を持つ点に起因して耐熱性が優れ、加工物や金型への固着による加工材料のワレ、焼付き等を招かないし、油煙も発生し難い。(2)黒鉛系潤滑剤のような黒色に基づく作業環境の汚染は起こらないし、黒鉛系や二硫化モリブデン系のように金型への堆積に基づく連続加工時の問題も起こさない。(3)多価アルコール分子が4級炭素原子を持つ分岐構造、特にβ位に4級炭素原子を持つネオペンチル型構造のポリオールである場合、とりわけ耐熱性が良好である。(4)更に、脂肪酸が直鎖型又は分岐型の飽和脂肪酸である場合、及び/又は、炭素数7〜26のモノカルボン酸である場合、とりわけ優れた耐熱性能を発揮する。
【0025】
しかし、上記の分岐型ポリオールエステルからなる潤滑剤は、300°Cと言う極めて高い温度域で金属塑性加工に耐える程の耐熱性は有しない。一方、従来の潤滑剤においては、例えば下記の特許文献5に開示された潤滑油組成物のように基油に対して酸化防止剤を添加する場合があるが、添加するとしてもせいぜい1重量%程度以下である。又、第1発明のような特徴ある分岐型ポリオールエステルを主成分とする潤滑剤は提供されていない。更に、このような耐熱性の分岐型ポリオールエステルを主成分とする潤滑剤において耐熱性を飛躍的に向上させるために必要な手段、例えば添加すべき酸化防止剤の種類と添加量とは全く検討されておらず、不明であった。
【特許文献5】特開2002−3878号公報 上記の特許文献5には、所定の芳香族環を有するポリフェニルエーテル及び/又はポリフェニルチオエーテルからなる基油に対して、アミン系の酸化防止剤を0.1〜0.8重量%配合した潤滑油組成物が開示されている。
【0026】
本願発明者は、分岐型ポリオールエステルを主成分として含む潤滑剤の耐熱性を更に飛躍的に向上させる手段を探索した結果、第1発明のように、特定の分岐型ポリオールエステルを主成分とし、かつ、酸化防止剤としてアミン系及びフェノール系のラジカル捕捉剤の1種又は2種以上を2重量%以上添加した塑性加工用潤滑剤が極めて有効であることを見出した。
【0027】
ラジカル捕捉剤の添加量が2重量%未満であると、量的不足から、潤滑剤について充分な耐熱性向上効果が得られない。ラジカル捕捉剤の添加量の上限値は、その過剰配合に基づく実用上の不具合、例えば基油に対する溶解性、潤滑剤が高粘度となることによる金型への固着と言う不具合、等によって規定されるものであり、一律に規定することは困難である。又、主成分(基油)たる分岐型ポリオールエステルの耐熱性向上効果において、アミン系、フェノール系以外のラジカル捕捉剤は有効ではない。
【0028】
第1発明に係る塑性加工用潤滑剤は、300°C前後と言う高い温度での金属塑性加工に耐え、良好な成形性を示す。又、成型加工物や金型への潤滑剤の固着による加工材料のワレ、焼付き等を招かない。更に、加工の際に、油煙又は臭気も実質的に発生しない。
【0029】
(第2発明の効果)
本願発明に係る塑性加工用潤滑剤において、前記したラジカル捕捉剤の添加量は40重量%以下であることが、より好ましい。ラジカル捕捉剤の添加量が40重量%を超えると、例えばアミン系のラジカル捕捉剤において、潤滑剤の耐熱性向上効果は確保できても、加工物や金型への固着性の面で不具合を生じる場合がある。
【0030】
(第3発明の効果)
一般論として、ラジカル捕捉剤は、潤滑剤の主成分たる基油の酸化劣化により生成した過酸化物ラジカルを捕捉し、ラジカル連鎖反応による基油の劣化を防止する。これに対して、過酸化物分解剤は、主に基油の酸化劣化により生成した過酸化物を分解することで、過酸化物ラジカルの生成を抑える。
【0031】
第1発明に係る基油たる特定の分岐型ポリオールエステルに対しては、アミン系及び/又はフェノール系のラジカル捕捉剤と、リン系及び/又は硫黄系の過酸化物分解剤との併用添加が特に有効であることが判明した。アミン系のラジカル捕捉剤と比較して相対的に酸化防止能力の弱いフェノール系のラジカル捕捉剤において、このような併用の効果が特に顕著である。リン系又は硫黄系以外の過酸化物分解剤をラジカル捕捉剤と併用しても、余り有効ではない場合がある。
【0032】
(第4発明の効果)
上記した第3発明のようにラジカル捕捉剤と過酸化物分解剤とを併用添加する場合においては、それらの合計添加量が20重量%以下であることが、特に好ましい。合計添加量が20重量を超えても効果が飽和している場合があり、そのような場合には不経済である。又、例えばフェノール系のラジカル捕捉剤を用いる場合においては、基油である分岐型ポリオールエステルに対するその溶解性の面からも、合計添加量が20重量%以下であることが好ましい。
【0033】
(第5発明の効果)
塑性加工用潤滑剤に添加するラジカル捕捉剤がフェノール系のラジカル捕捉剤である場合には、基油である分岐型ポリオールエステルに対する溶解性の面から、その添加量が10重量%未満であることが好ましい。
【0034】
(第6発明の効果)
リン系の過酸化物分解剤は、基油である分岐型ポリオールエステルに対する溶解性にやや不足する面があるため、その添加量は5重量%未満とすることが好ましい。添加量を5重量%以上とすると、潤滑剤が液状態を保ち難くなり実質的に使用困難となる場合がある。なお、リン系過酸化物分解剤の添加量が2重量%未満であると、ラジカル捕捉剤との併用効果が不足する恐れがある。
【0035】
(第7発明の効果)
過酸化物分解剤として硫黄系の過酸化物分解剤を用いる場合には、その添加量を2〜10重量%とすることが好ましい。添加量が2重量%未満であると、ラジカル捕捉剤との併用効果が不足する恐れがある。添加量が10重量%を超えると、潤滑剤が高粘度化して加工物の成形性が悪化したり、潤滑剤が金型に固着してりすると言う不具合を招く場合がある。もしくは、加工時に油煙や臭気を生じる恐れがある。
【0036】
(第8発明〜第10の効果)
第8発明に係る金属材料の塑性加工方法においては、上記第1発明〜第7発明のいずれかに係る塑性加工用潤滑剤を用いるので、これらの各発明の作用・効果を伴って、金属材料の塑性加工(特に温間塑性加工)を行うことができる。
【0037】
第7発明においては、金属材料の種類は必ずしも限定されないし、塑性加工も温間塑性加工に限定されない。なぜなら、黒鉛系潤滑剤の使用時のような作業環境の汚染を防止できると言う効果や、固体潤滑剤の使用時のような金型への堆積に基づく連続加工時の問題も防止できると言う効果は確保されるし、高耐熱性の分岐型ポリオールエステルは冷間塑性加工において老化し難いとも考えられるからである。
【0038】
但し、塑性加工として、特に好ましくは250°C以上の温度域での金属マグネシウム又はマグネシウム合金の温間塑性加工を行うこと、とりわけ好ましくは300°C以上と言う極めて高い温度域での金属マグネシウム又はマグネシウム合金の温間塑性加工を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
次に、第1発明〜第10発明を実施するための形態を、その最良の形態を含めて説明する。以下において、「本発明」と言うときは、第1発明〜第10発明を全体的に指している。
【0040】
〔塑性加工用潤滑剤〕
本発明に係る塑性加工用潤滑剤は、後述する分岐型ポリオールエステルの1種又は2種以上を主成分(基油)として含み、かつ、酸化防止剤として、後述するアミン系及びフェノール系のラジカル捕捉剤の1種又は2種以上を2重量%以上添加した点に特徴がある。更に好ましくは、上記のラジカル捕捉剤と共に、後述する過酸化物分解剤を添加することができる。その他の点においては通常の脂肪系潤滑剤等と同様の構成とすることができる。
【0041】
塑性加工用潤滑剤には、上記の主成分の他に、この種の潤滑剤に用いられることがある任意の成分を1種又は2種以上、必要に応じて含有させることができる。そのような成分としては油性向上剤、固体潤滑剤、金属石鹸等が例示される。これらの成分の添加量は、適宜に設定すれば良く、特段に限定されない。
【0042】
油性向上剤としては、ラウリン酸、オレイン酸、ステアリン酸、ステアリルアミン、ラウリルアルコール、オレイルアルコール、オレイン酸メチルエステル、ステアリン酸ブチルエステル、パーム油、ナタネ油、牛油、ラード等を例示することができる。
【0043】
固体潤滑剤としては、二硫化タングステン、グラファイト、窒化ホウ素、ダイヤモンド、シリカ、アルミナ、ジルコニア、炭酸カルシウム、ポリアミド、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリイミド、ポリアセタール、メラミンシアヌレート、雲母等の粒子を例示することができる。これらの粒子は、好ましくは20μm以下の粒径である。
【0044】
金属石鹸としてはステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸バリウム、ステアリン酸アルミニウム、ステアリン酸リチウム、ラウリン酸亜鉛、ラウリン酸バリウム等を例示できる。
【0045】
本発明に係る塑性加工用潤滑剤には、その他にも、発明の目的を阻害しない範囲内において、金属加工油としての基本的性能を維持させるための公知の各種添加剤を適宜に配合することができる。そのようなものとして、チアジアゾールやベンゾトリアゾール等の金属不活性化剤、アルケニルコハク酸イミド等のスラッジ分散剤、アルカリ土類金属のスルフォネートやサルフェートあるいはサリチレート等の防錆剤、ジメチルポリシロキサンやポリアクリレート等の消泡剤、等を例示することができる。これらの添加剤の添加量も適宜に設定すれば良く、特段に限定されない。
【0046】
塑性加工用潤滑剤の粘度は適宜に調整すれば良いが、例えば、40°Cにおいて5〜500mm/s程度とすることが好ましい。粘度が5mm/s未満であると、粘度不足のために十分な潤滑性が発現されない可能性がある。反面、粘度が500mm/sを超えると、粘性過剰のために塑性加工時の作業性に支障を来す可能性がある。
【0047】
〔分岐型ポリオールエステル〕
本発明で用いる分岐型ポリオールエステルとは、分岐構造の炭素鎖を持つ多価アルコール分子の水酸基に対して、脂肪酸がエステル結合したものを言う。多価アルコール分子の複数の水酸基の全てに対して脂肪酸がエステル結合したものも、水酸基の一部(1又は2以上の水酸基)に対して脂肪酸がエステル結合したものも、分岐型ポリオールエステルに包含される。
【0048】
〔多価アルコール〕
分岐型ポリオールエステルの構成要素である、分岐構造の炭素鎖を持つ多価アルコールとは、2個以上の水酸基を持つものを言うが、好ましくは2〜6個の水酸基を持つもの、より好ましくは2〜4個の水酸基を持つものである。
【0049】
多価アルコールにおける炭素鎖の分岐構造の種類は限定されない。例えばイソペンタンのような3級炭素原子を持つ分岐構造であっても良い。但し、高温環境での耐熱性あるいは常温環境での耐久性の見地からは、4級炭素原子を持つ分岐構造(例えば、3,3−ジメチルペンタンのような炭素骨格)が特に好ましく、とりわけ、β位に4級炭素原子を持つ、いわゆるネオペンチル型の分岐構造が好ましい。
【0050】
ネオペンチル型の分岐した炭素鎖を持つネオペンチル型ポリオールの種類は限定されないが、全体の炭素数が5〜10程度で、水酸基の数が2〜6程度のものが好ましい。例えば、ネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール又はジペンタエリスリトール等を好ましく例示できる。
【0051】
〔脂肪酸〕
分岐型ポリオールエステルの構成要素である脂肪酸の種類は限定されないが、前記した理由から、直鎖型又は分岐型の飽和脂肪酸であることが好ましく、炭素数が7〜26のものであることが更に好ましい。
【0052】
〔ラジカル捕捉剤〕
ラジカル捕捉剤としては、アミン系及びフェノール系のラジカル捕捉剤の1種又は2種以上を、塑性加工用潤滑剤に対して2重量%以上添加することが好ましい。即ち、下記に述べる限定の範囲内において、1種のみを添加しても良いし、2種以上を添加しても良い。ラジカル捕捉剤の添加量の上限は必ずしも限定されないが、一般的には、40重量%以下であることが好ましい。
【0053】
アミン系のラジカル捕捉剤としては、スチレン化ジフェニルアミン、2,2,4-トリメチル -1,2-ジヒドロキノリン、 N,N'-ジフェニル -p-フェニレンジアミン、6-エトキシ -2,2,4-トリメチル -1,2-ジヒドロキノリン、N-フェニル -β- ナフチルアミン等が好ましく例示される。
【0054】
アミン系のラジカル捕捉剤は相対的に酸化防止効果が高く、ラジカル捕捉剤として単独で2〜40重量%、あるいは2〜20重量%程度配合しても充分な効果を期待できるが、後述するリン系及び/又は硫黄系の過酸化物分解剤と併用しても好ましい効果が得られる。このような併用において、アミン系のラジカル捕捉剤と、リン系又は硫黄系の過酸化物分解剤との合計添加量は40重量%以下であることが好ましく、20重量%以下であることがとりわけ好ましい。
【0055】
フェノール系のラジカル捕捉剤としては、2,6-ジ -t-ブチル -4-メチルフェノール、テトラキス〔メチレン -3-(3',5'-ジ -t-ブチル -4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕メタン、2-t-ブチル -6-( 3'-t-ブチル-5'-メチル-2'-ヒドロキシベンジル)-4- メチルフェニルアクリレート、 2,2'-オキシアミドビス〔エチル -3-(3,5-ジ -t-ブチル -4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、3,9-ビス〔1,1-ジメチル-2-[β-(3-t-ブチル -4-ヒドロキシ -5-メチルフェニル)プロピオニルオキシ] エチル〕-2,4,8,10-テトラオキサスピロ[5,5]-ウンデカン等が好ましく例示される。
【0056】
フェノール系のラジカル捕捉剤は相対的に酸化防止効果が弱く、ラジカル捕捉剤として単独で用いるよりも、リン系及び/又は硫黄系の過酸化物分解剤と併用することが好ましい。このような併用において、フェノール系のラジカル捕捉剤の添加量は、前記した理由から、2重量%以上で、かつ10重量%未満であることが好ましい。又、フェノール系のラジカル捕捉剤と、リン系又は硫黄系の過酸化物分解剤との合計添加量は、40重量%以下であることが好ましく、20重量%以下であることが、とりわけ好ましい。
【0057】
〔過酸化物分解剤〕
リン系の過酸化物分解剤としては、ジ(2,6-ジ -t-ブチル -4-メチルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイト、トリス(2,4-ジ -t-ブチルフェニル)ホスファイト、ジステアリルペンタエリスリトールジホスファイト、ジ(2,4-ジ -t-ブチルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイト、 2,2'-メチレンビス(4,6-ジ -t-ブチルフェニル)オクチルホスファイト等が好ましく例示される。
【0058】
リン系の過酸化物分解剤をラジカル捕捉剤と併用する場合において、リン系の過酸化物分解剤の添加量は、前記した理由から、2重量%以上で、かつ5重量%未満であることが好ましい。
【0059】
硫黄系の過酸化物分解剤としては、ビス〔2-メチル -4-(3-n-アルキルチオプロピオニルオキシ)-5-t- ブチルフェニル〕スルフィド、ペンタエリスリトール -テトラキス(β- ラウリル -チオプロピオネート)、ジラウリル -3,3'- チオジプロピオネート、ジトリデシル-3,3'-チオジプロピオネート、システアリル-3,3'-チオジプロピオネート等が好ましく例示される。
【0060】
硫黄系の過酸化物分解剤をラジカル捕捉剤と併用する場合において、硫黄系の過酸化物分解剤の添加量は、前記した理由から、2〜10重量%の範囲内であることが好ましい。
【0061】
〔金属材料の塑性加工方法〕
本発明の金属材料の塑性加工方法は、上記のいずれかの塑性加工用潤滑剤を用いて金属材料の塑性加工を行う点に特徴がある。金属材料としては金属チタン、チタン合金、高力アルミニウム合金等も例示できるが、特に、金属マグネシウム又はマグネシウム合金に対して、しかも250°C以上の温度域で温間塑性加工を行い、とりわけ300°C以上の温度域で温間組成加工を行う場合に、本発明の効果が顕著に得られる。その他の点については、適宜に通常の金属材料の塑性加工方法に準じて実施すれば良い。
【0062】
塑性加工の種類としては、圧延、鍛造、引き抜き、プレス等の加工を例示することができるが、これらに限定されるものではない。又、加工時の温度環境も、上記の点を含めて、室温もしくは常温下、あるいはこれらに近い温度域で行われる冷間加工や、例えば250〜300°Cあるいはこれを超える高い温度域で行われる温間加工等が含まれる。
【実施例】
【0063】
(試験例1:塑性加工試験の内容)
以下に、常温では塑性加工が難しい材料であるマグネシウム合金について行った温間プレス加工、及びその結果の評価を述べる。
【0064】
まず、試験材としてAZ31Bを用い、厚さが0.8mm、幅が80mm、長さが150mmである長方形板材の四隅を20mmの三角形にカットしたテストピースを複数準備した。
【0065】
一方、末尾の表1〜表7に示す例1〜例49に係る組成(表中の数値は、いずれも重量%表記である)の塑性加工用潤滑剤を調製した。例1〜例49中には、本願発明の実施例に該当するものと、比較例として位置づけられるものとが含まれている。各表に示す塑性加工用潤滑剤の成分として表記された「化合物1」〜「化合物11」の具体的な内容は、末尾の表8に一括して示されている。
【0066】
上記テストピースに対し、表1〜表7に示す例1〜例49に係る組成の塑性加工用潤滑剤を用い、下記の条件で角筒絞り加工を行った。
【0067】
金型材質:SKD−11
金型寸法:パンチ 幅48.4mm、長さ 102.4mm
ダイス 幅50mm、長さ104mm
金型温度:300°C
絞り速度:15mm/min.
プレス機:三起精工製 STR−100型 油圧プレス
潤滑剤塗布方法:テストピースの表裏に各5g/mをハケ塗り
(試験例1:塑性加工試験の評価)
上記した例1〜例49に係る塑性加工用潤滑剤を用いて行った塑性加工試験における「液性状」、「成形性」、「固着性」及び「油煙又は臭気」の評価結果を、表1〜表7中の該当する各例の欄に示す。
【0068】
なお、液性状の評価では、調製した塑性加工用潤滑剤の液性状に悪化(具体的には顕著な高粘度化)又は沈殿の発生と言う問題のなかった例には「○」を、これらの問題を生じた例には「×」をそれぞれ表記した。液性状を保てず評価が「×」であった例については、それ以外の評価試験を行わなかった。
【0069】
成形性の評価において、テストピースの成形に問題のなかった例には「○」を、テストピースに割れが発生した例には「×」を、それぞれ表記した。固着性の評価において、潤滑剤の固着がなく潤滑剤の液性状に変化のなかっ例には「◎」を、潤滑剤の固着がないが潤滑剤の液性状に変化のあった例には「○」を、潤滑剤の固着が発生した例には「×」を、それぞれ表記した。油煙又は臭気に関しては、油煙又は臭気を実質的に発生しなかった例には「○」を、油煙又は臭気を発生した例には「×」を、それぞれ表記した。
【0070】
(試験例2:塑性加工試験の内容)
前記の各表には示さないが、上記の試験例1とは別途に、ラジカル捕捉剤としてヒンダードアミン系のビス(2,2,6,6-テトラメチル -4-ピペリジニル)セパケート(以下、これを「化合物12」と呼ぶ)を用い、これを単独使用で、又は、硫黄系の過酸化物分解剤である前記「化合物5」との併用で、ポリオールエステルとしての前記「化合物7」に対してそれぞれ所定量を添加した塑性加工用潤滑剤を調製した。
【0071】
具体的には、化合物12の単独添加の場合、これを化合物7に対して2重量%、5重量%、10重量%を添加した塑性加工用潤滑剤を調製した。一方、併用添加の場合は、化合物7に対して、2重量%の化合物12及び2重量%の化合物5を添加した塑性加工用潤滑剤と、5重量%の化合物12及び5重量%の化合物5を添加した塑性加工用潤滑剤とを調製した。これらの塑性加工用潤滑剤を用いて試験例1の場合と同様に塑性加工試験を行い、評価した。それらの評価結果を、試験例1の場合と同じ基準による「◎」〜「×」のランク付けにより以下に記載する。
【0072】
(試験例2:塑性加工試験の評価)
化合物12の単独添加の場合、2重量%添加、5重量%添加のいずれの場合にも、「液性状」が「○」、「成形性」が「×」、「固着性」が「×」、「油煙または臭気」が「×」であった。10重量%添加の場合は、「液性状」が「×」で、それ以外の評価試験を行わなかった。
【0073】
化合物12と化合物5との併用添加の場合、両者を各2重量%添加した場合も各5重量%添加した場合も、「液性状」が「○」、「成形性」が「×」、「固着性」が「×」、「油煙または臭気」が「×」であった。
【0074】
【表1】

【0075】
【表2】

【0076】
【表3】

【0077】
【表4】

【0078】
【表5】

【0079】
【表6】

【0080】
【表7】

【0081】
【表8】

【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明によって、特定の分岐型ポリオールエステルを主成分とし、300°C前後と言う極めて高い温度域での塑性加工に良好に用い得る塑性加工用潤滑剤と、これを利用する金属材料の塑性加工方法が提供される。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
分岐構造の炭素鎖を持つ多価アルコール分子の1又は2以上の水酸基に対して脂肪酸がエステル結合した分岐型ポリオールエステルの1種又は2種以上を主成分として含み、かつ、酸化防止剤としてアミン系及びフェノール系のラジカル捕捉剤の1種又は2種以上を2重量%以上添加したことを特徴とする塑性加工用潤滑剤。
【請求項2】
前記ラジカル捕捉剤の添加量が40重量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の塑性加工用潤滑剤。
【請求項3】
前記酸化防止剤として、前記ラジカル捕捉剤に加えて、更にリン系又は硫黄系の過酸化物分解剤を添加し、かつ、これらのラジカル捕捉剤と過酸化物分解剤との合計添加量を40重量%以下としたことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の塑性加工用潤滑剤。
【請求項4】
前記ラジカル捕捉剤と過酸化物分解剤との合計添加量が20重量%以下であることを特徴とする請求項3に記載の塑性加工用潤滑剤。
【請求項5】
前記ラジカル捕捉剤がフェノール系のラジカル捕捉剤である場合において、その添加量が10重量%未満であることを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の塑性加工用潤滑剤。
【請求項6】
前記過酸化物分解剤として、5重量%未満のリン系過酸化物分解剤を添加したことを特徴とする請求項3〜請求項5のいずれかに記載の塑性加工用潤滑剤。
【請求項7】
前記過酸化物分解剤として、2〜10重量%の硫黄系過酸化物分解剤を添加したことを特徴とする請求項3〜請求項5のいずれかに記載の塑性加工用潤滑剤。
【請求項8】
請求項1〜請求項7のいずれかに記載の塑性加工用潤滑剤を用いて金属材料の塑性加工を行うことを特徴とする金属材料の塑性加工方法。
【請求項9】
前記金属材料が金属マグネシウム又はマグネシウム合金であり、前記塑性加工を250°C以上の温度域で行うことを特徴とする請求項8に記載の金属材料の塑性加工方法。
【請求項10】
前記塑性加工を300°C以上の温度域で行うことを特徴とする請求項9に記載の金属材料の塑性加工方法。


【公開番号】特開2007−126585(P2007−126585A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−321720(P2005−321720)
【出願日】平成17年11月7日(2005.11.7)
【出願人】(591019782)スギムラ化学工業株式会社 (16)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【出願人】(300019445)株式会社カサタニ (19)
【Fターム(参考)】