説明

塩味受容体、および塩味覚のアッセイにおけるその使用

機能的なヒト塩味受容体、およびヒトの塩味覚の刺激をシミュレートする細胞系アッセイが開示される。また、塩味覚の増強物質または修飾物質を同定する方法、およびこれらの物質を含有する食品が開示される。塩濃度が著しく低下した、所望の風味特性を有する食品を製造する方法が開示される。このような食品は、多くの状況において顕著な健康上の効用を発揮し、それによって大きな健康上の利益をもたらすことができる。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
[0001] 塩味覚は、部分的に上皮性ナトリウムチャネル(ENaC)によって媒介されると考えられている。古典的なENaCナトリウムチャネルモデル系は腎細胞に由来し、3つのタンパク質サブユニット、ENaC−α、ENaC−βおよびENaC−γからなる。腎臓の機能的なENaCイオンチャネルは、αβγヘテロ四量体として存在すると考えられている。第四のタンパク質サブユニットであるENaC−δが同定されているが、その機能は依然として知られていない。
【0002】
[0002] マウス腎臓に由来するENaCの感度は、幾つかのチャネル活性化プロテアーゼ(mCAP1、mCAP2およびmCAP3)によって増強される。これらのプロテアーゼは、ENaCと同じ組織(例えば、腎臓、肺、結腸、小腸および胃の組織)で発現され、チャネルが開状態のコンホメーションを取る時間を増加させることによって、イオンチャネルを活性化させると考えられている。
【0003】
[0003] 腎臓のENaCは、利尿薬のアミロライド(N−アミジノ−3,5−ジアミノ−6−クロロピラジンカルボキサミド)によって阻害される。ENaCが塩味覚に関与する主要なイオンチャネルであるとすれば、アミロライドは塩味覚を阻害すると予想されるが、実際、アミロライドの影響はげっ歯動物において著明に観察される。しかしながら、この影響は、ヒトでは一部にしか認められず、異なる受容体または異なる受容体構造の存在が示唆される。
【0004】
[0004] したがって、ヒトの塩味覚に関与するナトリウムチャネルを同定および調製する必要性が、当技術分野において依然として存在する。そのような系を使用すれば、塩味の知覚を増強または阻害する化合物を同定することができるであろう。
【発明の概要】
【0005】
[0005] 本発明は、ヒトの機能的な塩味受容体、およびヒトの塩味覚の刺激をシミュレートする細胞系アッセイを提供する。本発明はさらに、塩味覚の増強物質または修飾物質の同定、およびそれらを含有する食品を提供する。本発明はまた、所望の風味特性を保持する食品の製造を提供するが、当該食品は、塩濃度が著しく低下したものである。このような食品は、多くの状況において顕著な健康上の効用を発揮することができる。
【0006】
[0006] 一実施形態において、本発明は、ヒトの塩味覚の刺激をシミュレートするアッセイを含む。細胞のナトリウムイオンフラックスを検出する方法は知られているが、これらを利用して、種々の未知化合物の存在下のナトリウムフラックスを測定して、これらの化合物のいずれが塩味の知覚に影響するかを確認することができる。
【0007】
[0007] 一実施形態において、本発明は、ヒトの塩味覚の刺激をシミュレートするアッセイであって、機能的ナトリウムイオンチャネルを発現する細胞を利用するアッセイを提供する。
【0008】
[0008] 一実施形態において、本発明は、ヒトの塩味覚の刺激をシミュレートするアッセイであって、組換えDNA分子由来の機能的ナトリウムイオンチャネルを発現する細胞を利用するアッセイを提供する。
【0009】
[0009] 本発明はまた、細胞を化合物と共にインキュベートし、細胞のナトリウムイオンチャネルを介したナトリウムイオンフラックスを測定して、塩味覚の修飾物質を同定する方法を提供する。
【0010】
[0010] 本発明はさらに、上述の塩味覚の修飾物質を同定すること、これらの修飾物質のうち、細胞のナトリウムイオンチャネルを介したナトリウムイオンフラックスを増大させるものを同定すること、および当該化合物を食品に添加することによって、食品を調製する方法を提供する。
【0011】
[0011] 一実施形態において、本発明は、ENaC−α、ENaC−β、ENaC−γまたはENaC−δの遺伝子を有し、さらに、hCAP1またはhCAP3の遺伝子を有する組換えDNA分子を提供する。
【0012】
[0012] 本発明の他の特徴および利点は、以下の発明の詳細な説明に記載されているか、あるいはそれから明らかである。
【発明の詳細な説明】
【0013】
[0015] 本発明は、ヒト味覚細胞ライブラリーにおける、mCAP1およびmCAP3のヒト相当物が発見され、これらのプロテアーゼの発現が、ENaCにより媒介されるヒトの塩味の知覚に関与することが示されたことに基づくものである。これらのプロテアーゼをENaCサブユニットと共発現させることにより、受容体複合体の生理的に修正された成熟およびプロセシングが可能となり、細胞系アッセイにおけるENaCの修正された機能が得られる。
【0014】
[0016] Vuagniaux et al.2002 J.Gen.Physiol.に記載された(Vuagniaux et al.の図1B参照)、mCAP1、mCAP2およびmCAP3のヒト相当物のcDNAの配列は、配列データベースから得た。配列を以下に記載する。
【0015】
[0017] 配列は以下の通りである。
・マウスCAP1のヒト相当物は、PROSTASINまたはホモサピエンスプロテアーゼ、セリン8(PRSS8)と呼ばれている(アクセッション番号:NM_002773)。
・マウスCAP2のヒト相当物は、TMPRSS4、TMPRSS3またはMTSP2と呼ばれ、2つの転写変異体が存在する(変異体1のアクセッション番号:NM_019894、変異体2のアクセッション番号:NM_183247)。変異体2は、変異体1と比較して、5’コード領域中のインフレームの選択的スプライス部位を使用し、3’コード領域中のエクソンを欠いている。生成するタンパク質(アイソフォーム2)は、アイソフォーム1と比較して、短く、また、N末端およびC末端が異なる。
・マウスCAP3のヒト相当物は、MT−SP1、HAI、MTSP1、SNC19、MTSP1、TADG−15またはPRSS14と呼ばれている(アクセッション番号:NM_021978)。
【0016】
[0018] 本出願のために、mCAP1〜3のヒト相当物を、それぞれhCAP1〜3と呼ぶ。
【0017】
[0019] 3’非翻訳領域の最末端に対応する領域にアニールするオリゴヌクレオチドPCRプライマー対を、当該プライマー対が、cDNAからのみならず、ゲノムDNAからも産物を増幅させることができるように設計した。オリゴヌクレオチドプライマー対を、下記表1に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
[0020] 鋳型としてヒトゲノムDNAを用いて、標準的な方法によってPCR条件を最適化した。鋳型としてゲノムDNAを用いると、hCAP1〜3用のプライマー対はいずれも、予想どおりの大きさの産物を増幅させた。
【0020】
[0021] ヒト味覚細胞ライブラリーは、Ilegems M. et al.(提出済)に記載されている。ライブラリー内に含まれる最大断片を増幅させるために、最適化された条件下で、3’遺伝子特異的プライマーをT7またはSP6ベクタープライマーと共に用いて、ヒト味覚細胞のcDNAライブラリーをプローブした。味覚細胞ライブラリーを用いたPCR反応の産物は、アガロースゲル電気泳動によって分離した。
【0021】
[0022] ヒト味覚細胞のcDNAライブラリーのPCR増幅は、ヒトCAPプロテアーゼについて行った。hCAP1およびhCAP3について、予想どおりの大きさの産物が得られた。これらのPCR産物をゲルから抽出し、pGEM−Teasyにクローニングし、塩基配列を決定した。得られた配列は、対応するhCAPのcDNAの配列と一致し、hCAP1およびhCAP3がヒト味覚細胞中で発現されることが示された。チャネル活性化プロテアーゼの活性を用いると、新規なENaC構造を同定・作製することができるだけでなく、修正された機能を有する塩味受容体を作製することができる。
【0022】
[0023] 以上より、hCAP1およびhCAP3、および/またはENaC−α、ENaC−β、ENaC−γおよびENaC−δ、を有する組換えDNA発現カセットを、標準的な方法を用いて作製することができ、また、標準的な方法によって、真核細胞を含む種々の細胞中で発現させることができる。ヒトENaCナトリウムチャネルおよびCAPプロテアーゼを発現する新規な細胞を、塩味の知覚に関する既知の細胞アッセイにおいて使用することができる。真核細胞を用いる異種発現系は、ENaCおよびCAPプロテアーゼを発現するように設計する。プロテアーゼにより、ENaCは味覚関連構造に確実に加工される。あるいは、この加工は、正常なENaC発現細胞を外部からプロテアーゼで処理することによって行うことができる。準備が整えば、ナトリウム流入ポテンシャル(塩味覚増強ポテンシャルに相当)に関する被験化合物の存在下で、既知の方法によって、細胞を用いてナトリウム流入を測定する。このアッセイは、塩味覚を増強または阻害する化合物の同定をもたらす。このような化合物を食品に含有させて、広範な塩濃度で、適切な風味を維持することができる。
【0023】
[0024] 本明細書に記載した本発明の好適な実施形態に対する様々な改変および修飾が当業者に明らかであることは理解されるはずである。そのような改変および修飾は、本発明の精神および範囲から逸脱することなく、また、意図された本発明の有利性を減縮させることなく行うことができる。したがって、そのような改変および修飾は、添付の特許請求の範囲によって保護されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】ENaCに作用して、その開状態のコンホメーションを増大させることによって、ナトリウムフラックスの向上をもたらすCAPの概略図である。H、DおよびSは、プロテアーゼ活性部位中のアミノ酸を表す。
【図2】hCAP1〜3(配列番号1〜6)およびベクター対照プライマーを用いた、ヒトの非味覚組織のcDNAライブラリー(NT)および味覚細胞のcDNAライブラリー(T)のPCR増幅産物の1.2%アガロースゲルを示す図である。レーン2〜7は、PCR反応用の鋳型として、左から右に、水、非味覚組織ライブラリーのDNA、および味覚細胞ライブラリーのDNAを有する。レーン1:左、1μg100bpのラダー(Invitrogen)、右、μg1Kbのラダー(Invitrogen);レーン2:hCAP1(配列番号3)およびT7ベクタープライマー;レーン3:hCAP2(配列番号3)およびT7ベクタープライマー;レーン4:hCAP3(配列番号5)およびT7ベクタープライマー;レーン5:hCAP1(配列番号2)およびSP6ベクタープライマー;レーン6:hCAP2(配列番号4)およびSP6ベクタープライマー;レーン7:プライマーhCAP3(配列番号6)およびSP6ベクタープライマー。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組換えDNA分子を含有する細胞における機能的ナトリウムイオンチャネルであって、
組換えDNA分子が、hCAP1、hCAP3、ENaC−α、ENaC−β、ENaC−γおよびENaC−δからなる遺伝子の群より選択される遺伝子を有する機能的ナトリウムイオンチャネル。
【請求項2】
組換えDNA分子がさらに、hCAP1、hCAP3、ENaC−α、ENaC−β、ENaC−γおよびENaC−δからなる遺伝子の群より選択される少なくとも2つの遺伝子を有する、請求項1に記載の機能的ナトリウムイオンチャネル。
【請求項3】
組換えDNA分子がさらに、hCAP1、hCAP3、ENaC−α、ENaC−β、ENaC−γおよびENaC−δからなる遺伝子の群より選択される少なくとも3つの遺伝子を有する、請求項1に記載の機能的ナトリウムイオンチャネル。
【請求項4】
組換えDNA分子がさらに、hCAP1、hCAP3、ENaC−α、ENaC−β、ENaC−γおよびENaC−δからなる遺伝子の群より選択される少なくとも4つの遺伝子を有する、請求項1に記載の機能的ナトリウムイオンチャネル。
【請求項5】
組換えDNA分子がさらに、hCAP1、hCAP3、ENaC−α、ENaC−β、ENaC−γおよびENaC−δからなる遺伝子の群より選択される少なくとも5つの遺伝子を有する、請求項1に記載の機能的ナトリウムイオンチャネル。
【請求項6】
組換えDNA分子が、hCAP1、hCAP3、ENaC−α、ENaC−β、ENaC−γおよびENaC−δを有する、請求項1に記載の機能的ナトリウムイオンチャネル。
【請求項7】
hCAP1、hCAP3、ENaC−α、ENaC−β、ENaC−γおよびENaC−δからなる遺伝子の群より選択される少なくとも2つの遺伝子を有する組換えDNA分子を含有する細胞。
【請求項8】
真核細胞である、請求項7に記載の細胞。
【請求項9】
ヒトの塩味覚の刺激をシミュレートするアッセイであって、
hCAP3を発現し、機能的ナトリウムイオンチャネルを生成する細胞を、化合物と共にインキュベートするステップと、
前記細胞のイオンフラックスを測定するステップと、
を含むアッセイ。
【請求項10】
hCAP1および/またはhCAP3を発現する前記細胞がさらに、発現されるhCAP1および/またはhCAP3を有する機能的ナトリウムイオンチャネルを含有する、請求項9に記載のアッセイ。
【請求項11】
hCAP1またはhCAP3が組換えDNA分子上で発現される、請求項9に記載のアッセイ。
【請求項12】
前記細胞をプロテアーゼで処理し、当該塩味覚アッセイにおいて使用する、請求項9に記載のアッセイ。
【請求項13】
塩味覚の修飾物質を同定する方法であって、
組換えDNA分子由来のhCAP1またはhCAP3を発現し、機能的ナトリウムイオンチャネルを生成する細胞を得るステップと、
前記細胞を化合物と共にインキュベートするステップと、
前記細胞のナトリウムイオンフラックスを測定するステップと、
を含む方法。
【請求項14】
食品を調製する方法であって、
組換えDNA分子由来のhCAP1またはhCAP3を発現し、機能的ナトリウムイオンチャネルを生成する細胞を得るステップと、
前記細胞を、摂取可能な化合物と共にインキュベートして、当該化合物が前記細胞のナトリウムイオンフラックスを変化させるかどうかを判定するステップと、
前記化合物を食品に添加するステップと、
を含む方法。

【公表番号】特表2008−529987(P2008−529987A)
【公表日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−553566(P2007−553566)
【出願日】平成18年2月7日(2006.2.7)
【国際出願番号】PCT/EP2006/001075
【国際公開番号】WO2006/082110
【国際公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【出願人】(599132904)ネステク ソシエテ アノニム (637)
【Fターム(参考)】