説明

変性剤濃度勾配ゲル電気泳動用マーカー試薬キット

【課題】この発明は、この発明は、ゲル板内に変性剤濃度のバラツキがあってもDNAの分析が行え、異なるゲル板間においてもデータの比較が容易に行えて、しかも汎用性がある変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法を実現することを目的とする。
【解決手段】上記の目的を解決するために、本発明の変性剤濃度勾配ゲル電気泳動用マーカー試薬キットは、それぞれ異なる変性剤濃度において変性する複数のDNA片を含むものであり、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法による試験を行うときに1以上の注入口(ウェル)からこの変性剤濃度勾配ゲル電気泳動用マーカー試薬キットを注入して、ゲル板上の位置と変性剤の濃度の関係を示すマーカーを表示する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE)によって微生物等の遺伝子を分析するための試薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
微生物等の遺伝子を分析する手法として、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE)が行われている。長さ方向に沿って一定の割合で濃度が増加していくように変性剤を分布させた板状のゲル中にDNAを含む試料を電界によって泳動させて、資料中に含まれるDNAをゲル板の長さ方向に沿って分離しているものである。DNAはその塩基配列によって決まる固有の変性剤濃度において変性するので、ゲル板上の長さ方向に沿って位置に基いてその変性剤の濃度を求めることができれば、そのDNAを特定することができることになる。
【0003】
しかし、変性剤の濃度分布は厳密に再現できるものではなく、多少のバラツキが生じる。したがって、ゲル板上に表れるあるDNAの線について、ゲル板上の長さ方向における位置を求めただけでは、対応する変性剤の濃度を正確に求めることはできず、DNAの特定をすることはできない。また、同一の試料に対して異なるゲル板で試験しても、変性剤の濃度分布のバラツキのために、異なった線の分布が現れる。さらに、同一のゲル板においてもその幅方向において変性剤の濃度分布のバラツキもある程度生じる場合もある。
【0004】
そこで、特許文献1には、(1)同定対象である生物のゲノムの一部又は全部を鋳型としてランダムPCRにより、1種又は2種以上の2本鎖DNA 断片を調製し、(2)(1)で調製した2本鎖DNA断片を温度勾配ゲル電気泳動(TGGE)または変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)に付し、(3)(2)で得られた電気泳動パターンから各DNA 断片の同定ポイントを抽出し、(4)(3)で得られた同定ポイント群からPaSS及び/又はゲノム準距離を求め、(5)(4)で得られたPaSS及び/又はゲノム準距離に基づいて、微生物の同定を行う方法であって、TGGEまたはDGGE による電気泳動の際に、同定ポイントの基準点として、スタンダードDNA を共存させ、スタンダードDNAとの位置関係から同定ポイントの疑絶対位置を決定することを特徴とする方法が記載されている。
【特許文献1】特開2001−299398号公開特許公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法においては、厳密に変性剤濃度分布を再現することができないために、検出されたDNAの特定や、異なるゲル板間においてのデータの比較が困難であるという問題がある。「一方、特許文献1に記載されたスタンダードDNAによる生物の同定方法は、特定の生物に由来するDNAの特定を行なうものであって、予め存在することがわかっているDNAしか特定できないという問題がある。さらに、不特定多数の生物を含む試料のDNAプロフィールをゲル間で比較することで比較することおよび各DNAの類似性について知ることはできない。
【0006】
この発明は、変性剤濃度分布のバラツキがあってもDNAの分析が行え、異なるゲル板間においてもデータの比較が容易に行えて、しかも汎用性がある変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を解決するために、本発明の変性剤濃度勾配ゲル電気泳動用マーカー試薬キットは、それぞれ異なる変性剤濃度において変性する複数のDNA片を含むものである。複数のDNA片としては特にStaphylococcus epidermidis、Escherichia coli(大腸菌)、Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)、Halomonas alimentaria、Rubrobacter xylanophilusに由来するDNAをPCRによって増幅して得たDNA片を含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
この発明の変性剤濃度勾配ゲル電気泳動用マーカー試薬キットは、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法において、各ゲル板上で特定の変性剤濃度である位置をマーカーとして表示するので、変性剤濃度分布にバラツキがあっても、各ゲル板間のデータを容易に比較することができることができるという効果を有する。また、このマーカーを目安にすることによって、不特定多数の生物を含む試料のDNAプロフィールをゲル板間で容易に比較し、各DNAの類似性を知ることができるという効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
この発明を実施するための最良の形態について図面に基づいて説明する。図1は変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法の概略を示す模式図、図2はゲル板上の変性剤の濃度分布を示すグラフ、図3は変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法による測定例を示す説明図である。
【0010】
まず、この発明を実施する前提となる変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法の概略を説明する。変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法はDNAの分析手法として既に普及しているので、ここでは本発明の説明に必要な範囲で言及する。ゲル板1はポリアクリルアミドなどを素材とするもので、略長方形の板状のものである。ゲル板1の上部には検査対象の試料を注入するための注入口2(ウェルという)が複数設けられている。また、ゲル板1の上部には陰極3が、下部には陽極4が設けられており、この陰極3と陽極4には電源5が接続されて、ゲル板1の上下間に電圧がかけられる。
【0011】
ここで、ゲル板1には予め所定の濃度傾斜で変性剤が設けられている。ゲル板の長さ方向に沿って上から下に向けて濃度が高くなるような分布となっている。この濃度傾斜は試験の条件に合わせて選択される。濃度の上限と下限を決め、ゲル板の長さ方向に沿って最小濃度から最大濃度に一定の傾斜で変化するように設定される。
【0012】
変性剤の濃度分布の例を示す。尿素とホルムアミドを変性剤として使用する例であるが、通常、尿素7Mおよびホルムアミド40%を含む状態のときを100%とする濃度表示を用いる。例えば、最小濃度を40%、最大濃度を70%とした場合の濃度分布を図2に示す。ここで、線Aに示すのが理想的な分布である。しかしながら、変性剤の濃度勾配を厳密に作成することは困難であり、実際の濃度分布は線Aからずれたものとなる。しかも、調製を行う毎にバラツキが生じ、異なるゲル板において線Bや線Cで示すような差異が生じる。
【0013】
注入口2(ウェル)より試料を注入し、陰極3と陽極4の間に電圧をかけると、試料に含まれるDNAは下へ向かって泳動する。そして、それぞれのDNAの塩基配列に対応した変性剤濃度の位置に到達するとそのDNAはそこで変性を起こして移動が停止する。このようにして、各試料中に含まれているDNAが長さ方向に分散したラインを構成する。このDNAの分布状態は、例えば予めDNAに蛍光処理をほどこしておき、電気泳動を終了した後にゲル板1を蛍光観察することによって可視化することができる。
【0014】
つぎに、この発明の変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法用試薬キットの例について説明する。試薬キットは複数の種類のDNA片を組合わせて調製したものである。ここでDNA片は試験に適用される変性剤の濃度範囲をまんべんなくカバーするように選択することが好ましい。DNAの宿主である生物は、試験対象に合ったものを選択すればよいが、特に汎用性の高い試薬とするためには、環境中に多く存在する代表的な生物を選択することが有利である。たとえば、Staphylococcus epidermidis、Escherichia coli(大腸菌)、Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)、Halomonas alimentaria、Rubrobacter xylanophilusに由来するに由来するDNAをPCRによって増幅して得たDNA片を調製することができる。
【0015】
変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法による試験を行うに際して、この発明の勾配ゲル電気泳動用マーカー試薬キットを注入口(ウェル)のいくつかに注入する。例えば、図3においては、左右両端より試薬キットを注入している。図3の測定結果において、左右の列には、この試薬による線の分布が表れている。配合されているDNAの種類数である5本の線が表れている。これらは、上から順にStaphylococcus epidermidis、Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)、Escherichia coli(大腸菌)、Halomonas alimentaria、Rubrobacter xylanophilusに由来するDNAに対応するものであり、その位置がそれぞれ変性剤濃度が44%、46%、55%、63%、65%であることを示すマーカーとなる。したがって、同じゲル板上において、そのマーカー付近に表れる線は、その濃度で変性するDNAであることがわかる。また、マーカーと完全に同じ位置に表れる線は、そのマーカーに対応するDNAと同一の生物に由来する可能性を示す。
【0016】
試験が2枚以上のゲル板に渡る場合、それぞれに同一の試薬キットと使用する。たとえば、図3のゲル板1aと1bでは変性剤の濃度分布に差があり、それぞれ、図3において線B,線Cに対応する分布であるとする。この場合、ゲル板上の位置を単純に比較するのでは、異なるゲル板上のデータを比較することはできない。しかし、本例においては、試薬キットによってそれぞれの左右端にマーカーが目盛りの如く表れており、このマーカーの位置を基準として位置関係を検討すれば、異なるゲル板間においても容易にデータの比較を行うことができる。
【0017】
変性剤の濃度分布のバラツキは同一のゲル板上においても生じる場合がある。たとえば、ゲル板の右側と左側でも濃度分布に差が出る場合がある。図3の例においては、左右両端の列に試薬キットによるマーカーを表示させているので、左右のマーカーを比較することによって、濃度分布のバラツキの有無を判定することができる。そして、バラツキがあった場合でも、左右のマーカーの位置に基いてデータを補正することが可能である。
【0018】
以上、この発明の変性剤濃度勾配ゲル電気泳動用マーカー試薬キットをマーカーとして使用することによって、異なるゲル板間でのデータ比較が容易に行えるようになる。さらに、このマーカーを基準として利用することによって、測定データから対応する変性剤の濃度を求めることもできる。マーカーとマーカーの間に位置については線形補正や多項式近似等による補正をしてもよい。この濃度値の測定は、画像処理等によって行ってもよい。この場合、試薬キット中に含有させるDNA片として、蛍光観察等で明瞭にマーカーとして表れるものを使用し、画像認識が容易になるようにすることが好ましい。
【0019】
また、試薬キットによるマーカーに基いて各ゲル板の位置と濃度の関係を予め求め、その関係に基いて測定データを長さ方向に拡大縮小する画像変換を行うことによって、変性剤濃度分布のバラツキの影響を除去した画像を作成してもよい。こうして得られた画像同士は、あたかも同一のゲル板で測定したデータ同士の如く直接比較することが可能となる。
【実施例1】
【0020】
変性剤濃度勾配ゲル電気泳動用マーカー試薬キットおよびその使用方法の実施例について説明する。Staphylococcus epidermidis、Escherichia coli(大腸菌)、Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)、Halomonas alimentaria、Rubrobacter xylanophilusに由来するDNAを、16S rDNAのうち大腸菌16S rDNAの341?534塩基の領域に相当する部分を標的とするプライマーを用いてPCRを行い、DNA断片を増幅する。このとき用いるプライマーはDGGEによる分離を可能にするため、片方のプライマー(ここではフォワードプライマー)の5'末端に約40塩基のグアニン(G)およびシトシン(C)に富む配列(GCクランプ)を付加したものを用いる。PCR産物はスピンカラム等を用いて精製し、プライマーおよびPCR用酵素を除去した後に、10 mM Tris-HCl (pH 8.0)と1 mM EDTAを含む緩衝液(TE緩衝液)に溶解し、260 nmでの吸光度から濃度を測定する。各DNA断片がほぼ等濃度となるように混合した溶液をDGGEマーカーとして利用する(図3)。DGGEに供する各DNA断片の量が約10 ng以上の時、各DNA断片の明瞭なバンドが得られる。
【0021】
PCR増幅した各DNA断片が変性するときの変性剤濃度を測定するため、SYBR green I等の2本鎖DNA特異的な蛍光染色剤と種々の濃度の変性剤を含む緩衝液(電気泳動に用いるTAE緩衝液等)に、測定対象であるDNA断片を加え、30℃から70℃まで温度を変化させたときの蛍光強度を測定する。各DNA断片はある特定の温度で変性(解離)して一部分または全体が一本鎖になるため、このとき蛍光強度が急激に減少する。ここで、得られた蛍光強度の変化を示す曲線を微分して得られる曲線(解離曲線)のピークの位置をもとめる。このピークの位置が、DNAが変性する温度を示している(Tm)。このように、各変性剤濃度でのTmをもとめる。Tmが電気泳動を行う温度(ここでは55℃とする)となる変性剤濃度が、DGGEで各DNA断片が変性するときの濃度となる。なお、SYBR green IはDNA断片のTmに影響を与えるため、その影響を無視できる0.001%以下の濃度で測定する必要がある。DNA染色剤の濃度とDNA断片が完全に解離するときの温度の関係を図4に示す。
【0022】
図5は、種々の変性剤濃度で測定した各DNA断片の解離曲線のピーク位置(温度)を示すグラフである。蛍光強度の測定には、ABI Prism 7000 Sequence Detection System (Applied Biosystems)を用いた。緩衝液にはTAE緩衝液を用い、SYBR green I濃度は0.001%、DNA濃度は約20 ng/オlとした。測定した全てのDNA断片の解離曲線は3つのピーク(ピーク1、ピーク2、ピーク3)を持っており、これらのDNA断片が温度の上昇に伴い段階的に解離することを示している。また、最も高い温度で現れるピーク3はGCクランプが解離するときの温度を示しており、DGGEゲル中においてDNA断片は、ピーク1またはピーク2の状態(一部が解離した状態)で移動が停止する。各DNA断片のDGGE結果および解離曲線のピーク位置から推定されたDGGEバンド位置の変性剤濃度を表1に示した。
【表1】

【0023】
図6はDGGEマーカーの泳動距離からゲル内の変性剤濃度の分布を算定した結果を示すグラフである。このように、DGGEマーカーを用いることで、異なる変性剤濃度の分布を持つゲル間において泳動結果の比較が可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0024】
この発明は、ゲル板間の変性剤濃度分布のバラツキがあっても容易に変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法による測定ができる変性剤濃度勾配ゲル電気泳動用マーカー試薬キットとして利用できる。DNA分析を容易にするものであり、環境中、活性汚泥中、食品・薬品中、口腔および腸内の微生物の調査などに適用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法の概略を示す模式図である。
【図2】ゲル板上の変性剤の濃度分布を示すグラフである。
【図3】変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法の測定例を示す説明図である。
【図4】DNA染色剤の濃度とDNA断片が完全に解離するときの温度の関係を示すグラフである。
【図5】各種の変性剤濃度で測定した各DNA断片の解離曲線のピーク位置(温度)を示すグラフである。
【図6】DGGEマーカーの泳動距離からゲル内の変性剤濃度の分布を算定した結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0026】
1.ゲル板
2.注入口(ウェル)
3.陰極
4.陽極
5.電源装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
それぞれ異なる変性剤濃度において変性する複数のDNA片を含む変性剤濃度勾配ゲル電気泳動用マーカー試薬キット。
【請求項2】
前記複数のDNA片としてStaphylococcus epidermidis、Escherichia coli(大腸菌)、Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)、Halomonas alimentaria、Rubrobacter xylanophilusに由来するDNAをPCRによって増幅して得たDNA片を含むものである請求項1に記載の変性剤濃度勾配ゲル電気泳動用マーカー試薬キット。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2006−223107(P2006−223107A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−37372(P2005−37372)
【出願日】平成17年2月15日(2005.2.15)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】