変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法
【課題】熱間圧延プロセスにおける加熱設備、搬送装置、冷却装置での温度予測に非常に好適なものであって、冷却温度履歴が変わるなどして発熱温度域が変化した場合などでも変態発熱量を正確に予想すると共に、高精度の温度予測を行うことのできる温度予測方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る鋼板の温度予測方法は、熱間圧延プロセスにて冷却又は加熱される鋼板Wの板温度を予測するものであって、鋼板Wの変態に伴う変態発熱量又は変態熱速度から算出される発熱量を加味した上で、鋼板Wと外部との熱収支を計算し、鋼板Wの板温度の予測値を算出する板温度予測工程と、この板温度予測工程を行うにあたり、変態発熱量又は変態熱速度を鋼板Wの過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正する変態因子変更工程と、を有する。
【解決手段】本発明に係る鋼板の温度予測方法は、熱間圧延プロセスにて冷却又は加熱される鋼板Wの板温度を予測するものであって、鋼板Wの変態に伴う変態発熱量又は変態熱速度から算出される発熱量を加味した上で、鋼板Wと外部との熱収支を計算し、鋼板Wの板温度の予測値を算出する板温度予測工程と、この板温度予測工程を行うにあたり、変態発熱量又は変態熱速度を鋼板Wの過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正する変態因子変更工程と、を有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板を加熱又は冷却する際に精度よく板温度を予測する温度予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、薄鋼板等の鋼板は、加熱装置で加熱された鋳片を複数の圧延機で連続的に圧延することで製造されており、最終圧延機の下流側には鋼板を巻き取るための巻き取り機が設けられている。また、最終圧延機と巻き取り機との間には、鋼板の温度を制御しつつ冷却を行う冷却装置が備えられ、加熱装置と圧延機との間には、搬送装置が備えられている。
【0003】
加熱装置は、熱間圧延プロセス投入前の加熱炉や圧延機入側の誘導加熱手段などが該当し、鋳片を所定温度に加熱するものである。搬送装置は、例えば加熱装置で加熱された鋳片を圧延機に搬送する装置であったり、冷却装置で冷却後の鋼板を下工程に搬送するものであり、搬送中の鋼板には自然冷却による温度低下が発生する。冷却装置は、圧延機で圧延後の鋼板に冷却水を吹き付けることで、所望の冷却速度で鋼板を冷却するものとなっている。
【0004】
このように、鋼板の熱間圧延プロセスにおいては、鋼板を加熱したり冷却したりする装置・工程が多数あり、いずれの工程においても、正確な鋼板の温度(板温度)の予測や制御が不可欠である。
例えば、冷却装置での板温度予測及び温度制御に関しては、特許文献1〜特許文献3に示されるような様々な技術が開発されている。
【0005】
特許文献1は、圧延材を冷却する冷却装置を制御するための冷却制御モデルを、操業の実績値に基づいて修正してゆく冷却制御モデルの学習方法において、前記冷却制御モデル内の熱伝達率と圧延材の板温度との非線形性関係を当該冷却制御モデルに反映させるべく、前記熱伝達率が補正パラメータを備えるものとし、該補正パラメータを板温度と学習パラメータとの関数で表現し、該学習パラメータの最適値を板温度の実績値を基に推定し、該推定結果を冷却制御モデルに適用する冷却制御モデルの学習方法を開示する。
【0006】
特許文献2は、鋼板のAe3温度以上からの冷却工程で冷却終点温度を制御するに際して、それぞれの温度におけるオーステナイト相、フェライト相のエンタルピー(Hγ、Hα)をあらかじめ求めておき、目標温度パターンに対応して求めたオーステナイトの未変態分率(Xγ)から、Hsys=Hγ(Xγ)+Hα(1-Xγ)で定義される動的エンタルピー(Hsys)を求め、この動的エンタルピーの温度に対する傾きを動的比熱として用いて温度を予測する鋼板の冷却制御方法を開示する。
【0007】
特許文献3は、熱間圧延機で圧延された金属の圧延材を、圧延機出側の搬送テーブルに設置された冷却手段で冷却し、巻取機前の巻取温度計で測定した圧延材の巻取温度を所定の温度目標値に制御する巻取温度制御装置において、前記圧延材が相変態を起こすことにより発生する変態発熱の量を予測して、その変態発熱の量を補償しながら、巻取温度を所定の温度目標値に一致させるように制御し、また、変態発熱の量を予測するための変態発熱モデルを学習する変態発熱モデル学習手段を備えた巻取温度制御装置を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−44715号公報
【特許文献2】特開2006−193759号公報
【特許文献3】特開2005−297015号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述した冷却装置を制御する制御部では、鋼板の搬送途中で計測された板温度の実績値を基に出側板温度の予測を行った上で、冷却制御を行っている。
しかしながら、板温度の予測誤差がフィードフォワード制御の精度を左右するなど、予測誤差が温度制御に与える影響は大きい。係る状況を回避するために、制御部において予測結果の学習を行う手段が採用されることがあり、特許文献1は冷却装置を高精度に制御するための冷却制御モデルの学習方法を開示している。
【0010】
特許文献1の技術は、冷却装置を高精度に制御するに際し非常に好適なものである。とはいえ、実際の現場で発生する全ての状況に柔軟に対応できるものとは言い難い。
例えば、実際の現場における冷却装置では、種々の要因により圧延速度が変化し、それに伴い冷却装置での搬送速度も変化する。搬送速度が変わると、鋼板の先端部と尾端部とで冷却時間が異なるようになり、ひいては鋼板の冷却温度履歴も変化するようになる。
【0011】
冷却温度履歴が変化すると、鋼板の変態温度域も変化することは当業者間では知られており、より高精度の温度予測や冷却装置の制御を行うために、この変態温度域の変化を加味した板温度予測の技術が必要である。特許文献1に代わり、係る技術を開示するのが、特許文献2,特許文献3である。
しかしながら、変態に伴う発熱のメカニズムは複雑であり、実際の現場において特許文献2,3の技術を採用しようとしたとしても、変態発熱量の推定は困難を極めるのが実情である。特に、変態発熱量が大きい高シリコン鋼や高炭素鋼ではその影響が大きい。
【0012】
前述した特許文献2の技術は、変態による発熱温度域を固定し、変態熱を比熱換算してフェライト比熱を予め足しこんでいるため、発熱温度域が変化した場合など、上記したような実際の操業に柔軟に対応できないものとなっている。
特許文献3においては、発熱モデルとして温度に依存するモデルを与えているが、それがどのようにして求められるのか全く記述が無く、実際の操業に適用しようとしても困難を極める。
【0013】
そこで、本発明は、上記問題点を鑑み、熱間圧延プロセスにおける加熱設備、搬送装置、冷却装置での温度予測に非常に好適なものであって、冷却温度履歴が変わるなどして発熱温度域が変化した場合などでも変態発熱量を正確に予想すると共に、高精度の温度予測を行うことのできる温度予測方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上述の目的を達成するため、本発明においては以下の技術的手段を講じた。
すなわち、本発明に係る変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法は、熱間圧延プロセスにて冷却又は加熱される鋼板の板温度を予測する温度予測方法において、前記鋼板の変態に伴う変態発熱量(単位変態率当たりの変態発熱量)又は変態熱速度から算出される発熱量を加味した上で、鋼板と外部との熱収支を計算し、鋼板の板温度の予測値を算出する板温度予測工程と、前記した板温度予測工程を行うにあたり、前記変態発熱量又は変態熱速度を、前記鋼板の過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正する変態因子変更工程と、を有することを特徴とする。
【0015】
なお、前記した板温度予測工程が、変態発熱量に基づく温度変化量又は変態熱速度から算出される温度変化量を加味した上で、鋼板と外部との熱収支を計算し、鋼板の板温度の予測値を算出する場合には、前記した変態因子変更工程は、前記変態発熱量に基づく温度変化量又は変態熱速度から算出される温度変化量を、前記鋼板の過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正するとよい。
【0016】
これにより、鋼板の様々な変態における変態発熱量を正確に予測することができ、ひいては、鋼板の温度を正確に予測することができるようになる。
なお、本発明における変態とは、A3やA1,Ar’,Ar”変態などの鉄の同素変態や、Acm変態などのセメンタイト変態、鉄の同素変態とセメンタイト変態が同時に起こるパーライト変態やベイナイト変態、A2やA0変態などが該当し、これら変態に伴う変態発熱量(単位変態率当たりの変態発熱量)あるいは変態熱速度を、過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて変更することで、冷却温度履歴あるいは加熱温度履歴の違いによる変態温度域の変化に対応した高精度な温度予測あるいは制御が可能となる。
【0017】
上記した各変態の詳細は、以下の通りである。
・A3変態:α鉄〜γ鉄の変態(加熱時はAc3、冷却時はAr3)
・A2変態:鉄の磁気変態
・A1変態:オーステナイト〜パーライトの変態
(加熱時はAc1、冷却時はAr1)
・Ar’変態:過冷時のオーステナイト→微細パーライトの変態
・Ar”変態:過冷時のオーステナイト→マルテンサイトの変態
・A0変態:セメンタイトの磁気変態
好ましくは、前記した変態因子変更工程は、過冷却の度合い又は過加熱の度合いが大きいほど、変態発熱量又は変態熱速度が大きくなるように修正するとよい。
【0018】
詳しくは、単位変態率当たりの変態熱量又は変態熱速度を、冷却時には過冷却の度合いが高いほど発熱量あるいは発熱速度を大きくし、加熱時には過加熱の度合いが高いほど吸熱量あるいは吸熱速度を小さくし、更には、吸熱量あるいは吸熱速度が負になった場合には、過加熱の度合いが高いほど加熱量あるいは加熱速度を大きくする方向に変更するとよい。
【0019】
さらには、前記した変態因子変更工程は、オーステナイト比熱がフェライト比熱よりも低い温度域において、過冷却の度合い又は過加熱の度合いが大きいほど、A3変態による変態発熱量が大きくなるように修正するとよい。
また、前記した変態因子変更工程は、温度A(例えばT2)で変態した場合の単位変態率当たりの変態発熱量と温度B(例えばT3)で変態した場合の単位変態率当たりの変態発熱量との差を、変態前の比熱と変態後の比熱との差を温度区間A〜B(T2〜T3)で積分した積分値に応じて増加減する操作を行うことで、前記変態発熱量又は変態熱速度を修正するようにしてもよい。
【0020】
前記した変態因子変更工程は、過冷却時又は過加熱時の比熱を求める際に、過冷却あるいは過加熱以外の比熱曲線を一次以上の直線や曲線で近似し、該近似曲線を延長することによって、過冷却又は過加熱時の比熱を算出し、算出された過冷却又は過加熱時の比熱を基に前記積分値を求めるようにしてもよい。
前記した変態因子変更工程は、鋼板のCCT線図、TTT線図、あるいは材質モデルに基づいて、変態率、変態率の変化量、変態率の変化速度の少なくとも1つを算出する変態率予測工程を有し、前記変態率予測工程により算出された値を基に、前記変態発熱量、変態熱速度、温度変化量の少なくとも1つを算出する操作を行うことで、前記変態発熱量、変態熱速度、温度変化量のいずれかを修正してもよい。
【0021】
詳しくは、変態率予測工程により算出された変態率の変化量や変化速度に、単位変態率当たりの変態発熱量又は変態発熱量による温度変化量を乗じて、変態発熱量や変態熱速度、それらによる温度変化量を算出するとよい。
前記した変態因子変更工程は、所定の鋼種に関する比熱曲線、変態発熱量の曲線、変態熱速度の曲線を予め与えておくと共に、所定の鋼種に関しては、与えられた前記曲線を基に請求項1〜7のいずれかに記載された温度予測方法で板温度の予測を行い、前記曲線が与えられていない鋼種に対しては、前記所定の鋼種の内、成分あるいは圧延条件の近い鋼種を選ぶと共に、選ばれた鋼種の前記曲線を基に請求項1〜7のいずれかに記載された温度予測方法で、前記曲線が与えられていない鋼種の板温度の予測を行うものであってもよい。
【0022】
前記した変態因子変更工程は、磁気変態を考慮した上で、前記変態発熱量、変態熱速度を算出するものであってもよい。
なお、磁気変態を考慮するに際しては、常磁性体に対して強磁性体の比熱を大きく与えると共に、強磁性体への変態はフェライト、セメンタイト、マルテンサイトのいずれかの組織に限定し、A2点(セメンタイトではA0点)以下で存在する前記限定した組織が、直ちにあるいはある時間遅れを伴って強磁性体に変態するものとし、該組織の組織分率に応じて強磁性体への変態率、変態熱量、変態熱速度の少なくとも一つを算出することは非常に好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法によれば、熱間圧延プロセスにおける加熱設備、搬送装置、冷却装置などでの温度予測において、冷却温度履歴が変わるなどして発熱温度域が変化した場合などでも変態発熱量を正確に予想すると共に、高精度で温度予測を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の温度予測方法を適用可能な冷却装置を模式的に示した図である。
【図2】板温度と熱伝達率との変化を示した図である(水冷時)。
【図3】板温度と熱伝達率との変化を示した図である(空冷時)。
【図4】フェライトとオーステナイトの比熱の変化を示した図である。
【図5】高温域で変態した場合の比熱を示した図である。
【図6】低温域で変態した場合の比熱を示した図である。
【図7】高温域で変態した場合の抜熱量を示した図である。
【図8】低温域で変態した場合の抜熱量を示した図である。
【図9】第1実施形態で予測される見かけ上の比熱を示した図である。
【図10】低温域で変態した場合の第1実施形態による抜熱量予測値を示した図である。
【図11】第1実施形態における発熱量予測値を示した図である。
【図12】第2実施形態における発熱量予測値を示した図である。
【図13】第3実施形態における発熱量予測値を示した図である。
【図14】第4実施形態における発熱量予測値を示した図である。
【図15】第5実施形態における過冷却あるいは過加熱時の比熱を示した図である。
【図16】デバイ模型における温度とモル比熱との関係を示した図である。
【図17】実測比熱を一次あるいは二次式により近似した図である(従来例)。
【図18】A3変態における単位変態率当たりの変態熱を示した図である。
【図19】A2変態における単位変態率当たりの変態熱を示した図である。
【図20】オーステナイト〜強磁性体フェライト変態における単位変態率当たりの変態熱を示した図である。
【図21】TTT線図とそれに基づく変態率及び変態発熱量を示した図である。
【図22】CCT線図とそれに基づく変態率及び変態発熱量を示した図である。
【図23】CCT線図とそれに基づく変態率及び変態発熱量を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法を適用可能な圧延装置を、薄鋼板の熱間連続圧延装置を例示して説明する。
図1は、熱間連続圧延装置1の圧延機2(最終圧延機)から冷却装置3、巻き取り装置4に至るまでの装置構成を示した図である。なお、鋼板W(圧延材)の移送方向において、巻き取り装置4側を下流側、その圧延機2側を上流側と呼ぶ。
【0026】
圧延機2は、鋼板Wを圧下する一対のワークロール5,5を有すると共に、このワークロール5,5を背後から支持する一対のバックアップロール6,6を供えている。
圧延機2の下流側には、冷却装置3が備えられている。冷却装置3は、複数の冷却バンク7を鋼板Wの上下(表裏)面に備え、この冷却バンク7が鋼板移送方向に複数個連なるように配置される構成となっている。冷却バンク7には、鋼板Wに向けて冷却水を吹き付けて鋼板Wの温度を下げる複数の冷却ノズルが備えられ、各冷却ノズルには冷却水の流量をオン・オフ制御可能な冷却バルブが設けられている。この冷却バルブを開状態にすると冷却水が冷却ノズルから噴出するため、開状態の冷却バルブ数を変更することで、冷却ノズルから鋼板Wに吹き付けられる冷却水の量が変わり、板温度の温度降下量が変化する。
【0027】
冷却バルブの開閉は、鋼板Wの制御対象ポイントが冷却装置3に投入される前に事前に決定しておく初期設定計算により決定される初期設定値と、板温度実測値などに基づきオンラインでバルブ開閉を変更するオンライン制御修正量によって、制御対象ポイントに噴射される冷却バルブが最終的に決定される。
冷却装置3で所定の板温度まで冷却された鋼板Wは、巻き取り装置4によりコイル状に巻き取られる。
【0028】
圧延機2の出側、即ち冷却装置3の入側には、鋼板Wの温度を計測可能な入側温度計8が配置されている。さらに、冷却装置3の中途部には、鋼板Wの温度を計測可能な中間温度計9が設けられており、圧延装置1の出側と巻き取り装置4との間には、出側温度計10が設けられている。
上述した入側温度計8、中間温度計9、出側温度計10での板温度、ワークロール5,5の周速(通板速度)等の様々な実績値は、熱間連続圧延装置1を制御する制御部11に入力されるようになっている。
【0029】
制御部11は冷却装置3を制御可能となっており、本発明に係る変態発熱量を考慮した鋼板Wの温度予測方法を用い、出側温度計10の位置における板温度の予測を行い、例えば、出側温度計10での鋼板Wの板温度が目標温度になるように、各冷却バンク7おいて開閉する冷却バルブの本数等を決定し冷却バルブを開閉するように動作する。制御部11は、プロコン等で構成されており、本発明の温度予測方法は、プロコンで実行されるソフトウエアという形で実現されている。
【0030】
以下、制御部11で行われる変態発熱量を考慮した鋼板Wの温度予測方法の詳細について、第1実施形態〜第12実施形態に亘り説明を行う。
[第1実施形態]
第1実施形態(実施例1)の温度予測方法は、熱間圧延プロセスにて冷却又は加熱される鋼板Wの板温度を予測するものであり、鋼板Wの変態に伴う変態発熱量又は変態熱速度から算出される発熱量を加味した上で、鋼板Wと外部との熱収支を計算し、鋼板Wの板温度の予測値を算出する板温度予測工程と、この板温度予測工程を行うにあたり、鋼板Wの変態発熱量又は変態熱速度を、鋼板Wの過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正する変態因子変更工程と、を有することを特徴とする。
【0031】
以下、図1に示す冷却装置3における鋼板Wの冷却プロセスを念頭に置きつつ、変態発熱を考慮した鋼板Wの温度予測手法について、その詳細を説明する。
まず、鋼板Wの温度予測に用いる温度予測モデル(板温度予測工程で用いられる温度予測モデル)に関しては、様々なものが採用可能である。例えば精緻なモデルとして、熱伝達による鋼板W表面からの熱流束、鋼板Wの変態発熱に加え、厚み方向の温度分布を考慮した式(1a)〜式(1c)を考えることができる。
【0032】
なお、以降の説明において、式(1a)〜式(1c)等をまとめて呼ぶ際には、式(1)と表現し、他の式番でも同様とする。
【0033】
【数1】
【0034】
ただし、熱伝達率αd,αuは、空冷や水冷などワークロール5,5から抜熱時などの状況毎に変化する。図2に示す如く、水冷時には鋼板Wの表面温度や水量によっても変化することが知られている。
輻射による放熱については、熱伝達とは別に記述することも可能であるが、輻射による上下面の熱流束QRu(0,t),QRd(0,t)をT(0,t)−Tu(t),T(h,t)−Td(t)で除したものをそれぞれ上下面の熱伝達率αd,αuに加算し、熱伝達に含めることができる(図3参照)。それ故、ここではαd,αuに輻射による熱流束も加算し、表現を簡易にしておくこととする。
【0035】
また、熱伝達率は、冷却バルブのON/OFFや水量によって変化するものの、冷却バルブのON/OFFや水量が決定(冷却条件が決定)すれば、熱伝達率の関数系が決定される。
一方、温度予測モデルとして、厚み方向の温度分布を考慮しない簡易なモデル(式(2)を採用することもできる。
【0036】
【数2】
【0037】
温度予測モデルとして、さらに簡易な式:「冷却時間Δtの間に冷却バルブ1本あたりΔTだけ温度降下する、すなわち、温度降下量ΔT=一定量(K/冷却バルブ本数)」を採用することも可能である。
以降、第1実施形態では、板温度予測工程で用いられる温度予測モデルとして、厚み方向の温度分布を考慮しない簡易なモデルを考えることとする。この式を基に、板温度の降下量ΔTを求めるためには、式(2)を積分することで得られる式(3)を利用するとよい。
【0038】
【数3】
【0039】
式(3)や他の温度予測モデルを見るとわかるように、鋼板Wの変態に伴い発生する変態熱速度qや変態発熱量Qはq/cやQ/cの形(cは比熱)で式の中に存在し、温度予測の精度に直接影響を与えており、変態発熱の影響を高精度に見積もることが鋼板Wの温度予測及び温度制御にとって非常に重要であることがわかる。
しかしながら、特許文献2に示した如く、変態による発熱温度域を固定した上で変態発熱の算出を行う従来技術はあったものの、発熱温度域が変化するなど実際の状況に即しつつ正確に変態発熱を求めたものはなかった。そこで、第1実施形態では、より正確に変態発熱量を求める技術を開示する。
【0040】
第1実施形態にて採用される「変態熱速度qや変態発熱量Qを正確に求める手法」、言い換えるならば「鋼板Wの変態発熱量又は変態熱速度を、鋼板Wの過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正する変態因子変更工程」は、冷却あるいは加熱時の温度予測に不可欠な比熱cのみを使用するものであり、特に、鋼板Wの過冷却又は過加熱の状況下で起こる変態での「比熱cの変化」を基に、変態熱速度qや変態発熱量Qを正確に予測するものである。これにより、温度予測あるいは温度制御精度を飛躍的に向上させることができるようになる。
【0041】
具体的には、巻き取り温度を制御する上で最も重要なA3(Ar3)変態を例にとり、説明を行う。
まず、図4には、A3変態前後における、最も一般的な鋼種(S45C)におけるフェライトとオーステナイトの比熱(実線にて示され且つ上側に位置する線)と、オーステナイトステンレス鋼の比熱(破線で示され且つ下側に位置する線)とを示す。
【0042】
図4から明らかなように、高温域では一般的な鋼種のオーステナイトとオーステナイトステンレス鋼の比熱がほぼ一致し、低温域では一般的な鋼種のフェライトとオーステナイトステンレス鋼の比熱がほぼ一致しているように見える。
また、図5に、変態発熱を含めた見かけ上の比熱を示す。この図は、図4のA2変態温度TA2以下の箇所を拡大した図であり、高温域で変態した場合の見かけ上の比熱を示している。この図から判るように、一般的に冷却時には冷却速度が緩やかな場合、変態温度域は高くなる。一方、冷却速度が速い場合、変態温度域は低温側に移動する。
【0043】
しかしながら、特許文献2などの従来技術では、高温域での変態発熱量も低温域での変態発熱量も同一としているため、見かけ上の比熱における変態発熱量による増分は同じになる。すなわち、図5の高温域での見かけ上の比熱をもとに、低温域での見かけ上の比熱を従来技術で算出すると図6のような見かけ上の比熱が得られる。従来技術では図5,6の変態発熱による見かけ上の比熱の増分1、増分2は等しくなる。
【0044】
しかしながら、従来技術では、高温域で変態する(緩冷する)場合と低温域で変態(急冷する)場合とで不合理が発生する。たとえば温度T0から温度T1に冷却するために必要な抜熱量は見かけ上の比熱の区間[T0,T1]での積分値に相当し、図7,図8に示すように抜熱量1,2が大きく異なってしまう。T0からT1に冷却する際に、冷却速度が異なる(急冷か緩冷か)だけで、必要な抜熱量(エネルギ)が異なるのは不条理である。なお、図8に示すように、抜熱量1と抜熱量2の熱量差は2つの変態温度域(高温域と低温域)の間の比熱の積分値に相当する。
【0045】
上記した不条理を解消すべく、まず、第1実施形態では、ある温度TAにおける単位変態率当たりの変態発熱量Qn(TA)が分かっているものとする。ここで任意の温度Tの関数を式(4)のように考える。
【0046】
【数4】
【0047】
式(4)におけるTは、過冷却時での変態開始温度であり、TAは平衡状態での変態開始温度である。したがって、φ(T)は、鋼板Wの過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて変態発熱量を修正するためのファクタと考えることができる。ゆえに、φ(T)を用いることで、温度T時の単位変態率当たりの変態発熱量Qn(T)を予測することができる。
【0048】
式(4)を用いた単位変態率当たりの変態発熱量Qn(T)の予測値Q’n(T)を式(5)で与える。
【0049】
【数5】
【0050】
式(5)から温度TA における予測値Q’n(TA)は式(6)で与えられることとなる。
【0051】
【数6】
【0052】
ここで、定数項a,bが式(7)を満足していれば、Qn(TA)に予測値Q’n(TA)を一致させることができる。
【0053】
【数7】
【0054】
また、式(5)で単位変態率当たりの変態発熱量予測値Q’n(TA)を与えた場合、任意の温度T2とT3に対して、T2時の予測値Q’n(T2)とT3時の予測値Q’n(T3)の差(T2とT3の間での発熱量の修正量の差)は、式(8)で表される。
【0055】
【数8】
【0056】
式(8)から明らかなように、T2とT3の間での発熱量修正量の差Q’n(T2)−Q’n(T3)は、cα−cγのT2〜T3の積分値となっている。これは、変態前の比熱と変態後の比熱との差を温度区間T2〜T3で積分した積分値であり、その積分値に応じて単位変態率当たりの変態発熱量予測値Q’n(T)を増加減させている。
なお、式(7)を満たすように定数項を与えた場合、式(9)のように、既知の単位変態率当たりの変態発熱量Qn(TA)に対して、係る積分値(あるいは積分値+定数項)で修正し、単位変態率当たりの変態発熱量予測値を与えていると見ることもできる。
【0057】
【数9】
【0058】
式(5)から変態率当たりの変態発熱量の予測値が与られた場合、温度予測モデルすなわち式(1)〜式(3)の変態発熱量Q、変態熱速度q、変態発熱量Qによる温度変化量Q/cは、式(10a)〜式(10c)で与えられる。
【0059】
【数10】
【0060】
なお、変態率G(T,t)は、鋼板WのCCT線図やTTT線図あるいは材質予測モデルから算出可能であって、式(11a),式(11b)からg(T,t)やΔG(T,t)を計算することができる。
【0061】
【数11】
【0062】
図9に、第1実施形態の手法で得られた「変態率当たりの変態発熱量の予測値」を基にした見かけ上の比熱の変化を示す。図9の「比熱の差の積分による増分」は、図8の「抜熱量2と抜熱量1の熱量差」と一致し、熱収支の観点から非常に妥当な発熱量予測値を得ることができたと考えられる。
第1実施形態を使用して、冷却装置3での鋼板Wの巻取り温度(CT)を予測したところ、冷却温度履歴に依存しない温度予測が可能になったことを、本願出願人らは確認している。
【0063】
また、式(5)による過冷却度あるいは過加熱度に応じた変態発熱量の修正は、過冷却の度合い(過冷却度)、あるいは過加熱の度合い(過加熱度)が異なる温度(例えばT2とT3)間の変態発熱量の差が、cα−cβのT2〜T3の積分値と一致し、変態前の比熱と変態後の比熱との差を温度区間T2〜T3で積分した積分値に応じて増加減するように修正していることになる。
【0064】
ところで、ここまでの説明においては、ある温度TAにおいて単位変態率当たりの変態発熱量Qn(TA)が分かっているものとしてきたが、分かっていなくても変態発熱量予測値Q’n(TA)が与えられていれば、式(7)の代わりに式(12)を使用することにより、全く同様の議論が成立する。その場合、図9の「比熱の差の積分による増分」は、図8の「抜熱量2と抜熱量1の熱量差」と一致し、熱収支の観点から非常に妥当な発熱量予測値を得ることができる。
【0065】
【数12】
【0066】
なお、式(7)で定数項を与えた場合、式(9)は、式(13)のようになる。
【0067】
【数13】
【0068】
要は、ある温度TAに対して式(4)で与えられる関数φ(T)を用い、式(5)で変態発熱量予測値を与えれば、定数項a,bに関係なく(a,bが0でも)、図9の「比熱の差の積分による増分」は、図8の「抜熱量2と抜熱量1の熱量差」と一致し、熱収支の観点での不条理を解消することができる。
ただし、a,bは過冷却度あるいは過加熱度に関係のない定数項であり、定数項a、bが式(7)を満たしていない場合、全温度域において変態発熱量予測値のオフセット誤差として現れる。定数項a,bをなるべく適切に設定しようとすれば、式(7)を満たすように与えればよい。
【0069】
また、鋼板Wの比熱cを知るためには、鋼板Wを緩冷却あるいは緩加熱しながら実際に測定するとよく、A3変態温度TA3前後での見かけ上の比熱から変態発熱量Qn(TA3)を算出することができる。したがって上述のTAの代わりにTA3を使用すれば、A3変態温度TA3以下の任意の温度Tでの発熱量予測値Q’n(T)は式(14a)〜式(14c)で与えられ、図11に示されるような温度の関数となる。
【0070】
【数14】
【0071】
ここで、Qn(TA3)はA3変態に伴う変態潜熱であり、TA3でのエントロピ変化ΔSA3による熱量でΔSA3×TA3で与えられる。
ところで、上記では、式(4)で示されるように、変態前の結晶構造あるいは磁性における比熱(cγ(T))と、変態後の結晶構造あるいは磁性における比熱(cα(T))との差を随時積分し、発熱量予測値Q’n(T)を算出する手順を述べたが、それら比熱は、鋼種毎に(温度依存特性を含め)固定しており、毎回計算する必要はない。
【0072】
予め、図11に示されるような温度の関数あるいはテーブルを求めておき、関数値あるいはテーブル値に定数項を加えたものを用い、Q’n(T)を算出したり、関数値あるいはテーブル値が直接Q’n(T)となるように、関数やテーブルを持っておいてもよい。その上で、温度予測あるいは温度制御を行う都度、関数やテーブルを参照し、Q’n(T)を算出してもよい。
[第2実施形態]
前述した第1実施形態では、cα−cγの積分値によって発熱量予測値Q’n(T)を定めることとしていた。しかしながら、第2実施形態(実施例2)では、cα−cγを厳密に積分値で与えずに、例えば、図12の破線の如く、第1実施形態の発熱量予測値Q’n(T)を区間線形近似した曲線(関数又はテーブル)で与えるようにしている。このような「線形近似曲線」を採用したとしても、従来技術よりも格段に正確な板温度の予測を行えることを本願出願人は確認している。
[第3実施形態]
第2実施形態における発熱量予測値Q’n(T)の線形近似の際には、過冷却度あるいは過加熱度が大きいほどQ’n(T)を発熱方向に増加するように曲線(関数又はテーブル)を与えていた。しかしながら、第3実施形態(実施例3)では、図13のように、過冷却度が増加する領域において発熱がより減少する(吸熱方向に向かう)ように曲線を与えることとしている。この実施形態であっても第2実施形態とほぼ同等の効果を得ることができることを本願出願人は確認している。
[第4実施形態]
第4実施形態(実施例4)では、図14に示す如く、cα>cγの区間においては、過冷却度あるいは過加熱度が大きいほどQ’n(T)を発熱方向に向かうように曲線(関数又はテーブル)を与えてるいる。逆に、cα<cγの区間においては、過冷却度あるいは過加熱度が大きいほどQ’n(T)を吸熱方向に向くように曲線を与えている。
【0073】
このような近似を行うことで、第1実施形態の結果(図11)に近づけることができ、第2実施形態及び第3実施形態よりも高精度な発熱量予測値Q’n(T)が得られ、温度予測あるいは温度制御精度の向上が期待できる。
[第5実施形態]
第5実施形態(実施例5)では、過冷却時又は過加熱時の比熱を求める際に、過冷却時以外あるいは過加熱時以外の比熱曲線を一次以上の直線や曲線で近似し、該近似曲線を延長することによって、過冷却又は過加熱時の比熱を算出し、算出された過冷却時又は過加熱時の比熱を基に前記積分値を求めるようにしている。
【0074】
以下詳しく説明する。
まず、図15には、一般的な鋼種のフェライト及びオーステナイトの定圧比熱が示されている。この図における実線部分は計測した比熱であり、緩冷却・緩加熱による比熱計測により計測可能な値である。
一方、過冷却や過加熱では図15の実線部以外の温度域の比熱も必要となる。一般に比熱は格子振動による格子比熱、電子振動による電子比熱、磁気エネルギエネルギによる比熱などの和で表わされる。
【0075】
通常の材料では低温部(デバイ温度以下)では格子比熱が支配的で、格子比熱の近似モデルであるデバイモデル(図16)により定積モル比熱を精度良く近似可能で、モデルパラメータであるデバイ温度は、フェライトやオーステナイトなどに対して概略値が与えられており、低温部での定積比熱は算出可能である。
特に、オーステナイトは比熱測定で実測可能な温度域がTA3からTA4の高温域しかなく、低温域での比熱はデバイモデルによって与える。また低温部での定圧比熱を得るためには、デバイ比熱に加え、下記に記述するP×ΔVや電子比熱や磁気エネルギによる比熱変化の影響分を加える必要がある。それら影響分は低温部では微少であり、省略しても良い。但しオーステナイトでは極低温で反強磁性体となる磁気変態点が存在し比熱ジャンプを起こすが、鉄鋼の製造プロセスにおける鋼板Wの冷却・加熱温度域外であり、上述の実施例では必要としない温度域での比熱であり、本実施例では考慮する必要はない。
【0076】
また、デバイ温度以上の高温域での定圧比熱では、定積比熱であるデバイ比熱に加え、定積比熱と定圧比熱の差である熱膨張による体積増分ΔV×圧力Pの影響、温度に比例する電子比熱の影響、鉄では磁気エネルギの影響による比熱変化の影響を強く受けている。P×ΔVは熱膨張モデルから算出可能で、電子比熱も電子比熱定数から算出可能である。
磁気エネルギによる比熱変化の定量的なモデルは与えられていない。一般に高温域での比熱は、温度範囲を区切ると一次式あるいは二次式で近似可能とされており、上記デバイ模型とP×ΔVと電子比熱を合算した比熱と実測した比熱を滑らかに結ぶように磁気エネルギによる比熱変化を与えると、図15のオーステナイト比熱の破線部のような曲線を得る。同様に常磁性体フェライトの比熱も、図15の破線部のように与えることができる。
【0077】
また、常磁性体から強磁性体に変化する磁気変態では、磁気変態温度TA2前後で比熱がステップ変化し、TA2近傍で、よりTA2低い温度では常磁性体と強磁性体の比熱増分が温度に比例し、TA2から遠ざかると比熱増分の影響は小さくなるとされており、常磁性体フェライトと強磁性体フェライトの比熱は、図15の破線部のように与えることができる。また、過加熱時の強磁性体フェライトの比熱は一次式で近似し、図15ではTA2以上の過加熱時の強磁性体の比熱を与えている。
【0078】
このように、比熱の実測値と既知モデルに基づき、それらを滑らかに結ぶよう一次式あるいは二次式にて近似することにより、各組織の過冷却及び過加熱時の比熱を与えることが可能で、これら比熱を用いて変態発熱を予測修正することで高精度な鋼板温度予測あるいは温度制御が可能となる。
なお、第5実施形態によらない比熱算出方法としては、熱力学データベースに基づくソフトウエアを活用した比熱や、比熱実測値の一次式あるいは二次式による近似モデルが存在する。しかしながら、係るソフトウエアによる比熱は、成分が異なる各種鋼板Wにおいて実測値と乖離する場合がある。これに対して本実施形態では各種鋼板Wの実測値を使用し、それらを滑らかに結ぶため、比較的正確な比熱を得ることができる。
【0079】
一方、実測値を一次式あるいは二次式で近似した近似比熱を図17に示す。
図17から、オーステナイト(γ鉄)では高温での比熱測定であるため、比熱測定値にも誤差があるため、温度依存性の影響を表現できず、低温部において本実施例と大きく乖離している。それに対して本実施例ではデバイモデルによる近似式に基づいているため、より実際に近い近似となっている。また常磁性体ではα鉄とδ鉄それぞれに対して一次あるいは二次式近似を与えているため、その間のTA3からTA4の間の比熱において、本実施例と乖離している。本実施例ではTA3からTA4の間を滑らかに結んでおり、より実際に近い比熱を与えている。
[第6実施形態]
ところで、第5実施形態で説明した手法においては、成分の違いによるデバイモデルや電子比熱の違いを考慮していなかった。第6実施形態(実施例6)では、その違いを考慮することにする。
【0080】
すなわち、成分の違いによるデバイモデルや電子比熱の違いは、添加された材料のデバイモデルや電子比熱との比で与えることができる。例えば、カーボンをx%(質量比)添加した材料のデバイ比熱cDx(T)は、鉄のデバイ比熱cDFe(T)と炭素のデバイ比熱cDC(T)から式(15)で与えられる。
【0081】
【数15】
【0082】
電子比熱cEx(T)についても同様に、鉄の電子比熱cEFe(T)と炭素の電子比熱cEC(T)から式(16)のように成分比で与えることができる。
【0083】
【数16】
【0084】
添加材料が2成分以上の場合も同様に成分比で与えることができる。このように与えられた各成分に対応したデバイ温度や電子比熱に基づく比熱と実測比熱を滑らかに結ぶことで、各種成分に対応した過冷却あるいは過加熱時の比熱を高精度に与えることができる。
また、特殊な添加成分を含み、そのデバイ比熱や電子比熱が不明な場合、その添加材のカーボン等度に応じてカーボン濃度を増加減させ、デバイ比熱や電子比熱を算出することで特殊な添加材にも対応可能である。
[第7実施形態]
以上、第1実施形態〜第6実施形態に亘り、変態熱速度qや変態発熱量Qを正確に求める手法を説明してきたが、現実には、少しずつ成分が異なる全ての鋼種について、比熱を実測するのは非常に手間と時間を要し、事実上困難である。
【0085】
第7実施形態(実施例7)では、いくつかの鋼種Aで前述の実施形態に基づく比熱曲線を与え、比熱曲線が与えられていない鋼種Bの比熱を鋼種Aの比熱から算出する手法を説明する。
今、比熱曲線が与えられていない鋼種Bと選ぶと共に、成分、強度、冷却停止温度の少なくとも一つ以上が近い鋼種Aを選ぶ。
【0086】
鋼種選定の際には、各成分の差、強度の差、冷却停止温度の差等を説明変数とする類似度関数を、類似度関数の値が大きいあるいは小さいものほど比熱曲線が近くなるように定めておく。具体的には、各成分の差、強度の差、冷却停止温度の差などの絶対値又は二乗の線形和として類似度関数を与え、既に測定されている複数の比熱曲線の差ができるだけ小さくなるように最小自乗法などで説明変数の係数を与えることにより求められる。
【0087】
類似度関数を用いず、成分、強度、冷却停止温度に応じて層別し、層別毎に参照する鋼種Aを決めておいてもよい。
上記により、鋼種Bに近い鋼種Aが選ばれれば、鋼種Aの比熱曲線を鋼種Bの比熱曲線とする。更に鋼種Aの比熱曲線をデバイ比熱モデルや電子比熱の差分だけ増加減し、鋼種Bの比熱曲線とすれば、より実際に近い比熱を得ることができる。デバイ比熱の差ΔcD(T)や電子比熱の差ΔcE(T)は、鋼種Bのデバイ比熱cDB(T)及び電子比熱cEB(T)、鋼種Aのデバイ比熱cDA(T)及び電子比熱cEA(T)を用い、式(17)で与えられる。なお、デバイ比熱cDB(T)、電子比熱cEB(T)、デバイ比熱cDA(T)、電子比熱cEA(T)は、式(15)、式(16)などから算出可能である。
【0088】
【数17】
【0089】
式(17)で得られたΔcD(T)とΔcE(T)とを鋼種Aの比熱曲線に加算することで、鋼種Bの比熱曲線を得ることが可能となる。
なお、鋼板Wに添加された添加物が固溶したオーステナイト比熱も、何も固溶していないオーステナイト比熱が分かっていれば、上記にて算出可能である。
[第8実施形態]
次に、第8実施形態(実施例8)について述べることとする。第8実施形態では、磁気変態を考慮した上で、変態発熱量Q、変態熱速度qを算出し、鋼板Wの予測温度を算出する方法について説明する。
【0090】
例として、磁気変態A2について詳しく述べる。
A4あるいはA3あるいはA1変態で起こるオーステナイト〜フェライトの相変態は一次相転移と呼ばれ、変態温度TA4あるいはTA3あるいはTA1で潜熱による冷却時発熱あるいは加熱時吸熱が発生する。加えて、組織変化に伴い比熱が不連続に変化する。
また、A2あるいはA0変態(あるいはオーステナイトの反強磁性体への磁気変態)などの磁気変態は固体物理学において二次相転移と呼ばれ、潜熱は発生せず比熱だけが変態温度TA4あるいはTA3で比熱が不連続変化するとされている。
【0091】
一方、実際の鋼板Wの比熱測定では、炭素濃度などによって磁気変態温度TA2近傍での(変態熱を含めた)見かけ上の比熱が変化している。このため熱物性測定や熱力学データベースでは磁気変態では比熱変化するのではなく変態熱が発生しているとして扱われており、比熱と変態熱の関係が明確に分離できていないのが現状である。
鋼板冷却あるいは加熱プロセスにおける従来の鋼板度予測あるいは温度制御分野では、熱物性測定や熱力学データベースに沿ってモデル構築を行っており、実測された見かけ上の比熱を真とするのみで、過冷却あるいは過加熱時の挙動はモデル化されていない。
【0092】
第8実施形態では熱物性測定や熱力学データベースに基づく固定化された見かけ上比熱を用いて変態熱で全てを説明するのではなく、固体物理学に基づく潜熱は発生せず、比熱だけが変態温度TA4あるいはTA3で比熱が不連続変化するとし、炭素濃度や課冷却度や過加熱度などによる磁気変態温度TA2近傍での(変態熱を含めた)見かけ上の比熱の変化を表現可能にした。
【0093】
その際の条件は、以下の通りである。
・過冷却時にA2点以下に存在する常磁性フェライトは直ちにあるいはある時間遅れを伴って強磁性フェライトに変態する。
・あるいは、過加熱時にA2点以上に存在する強磁性フェライトは直ちに、あるいはある時間遅れを伴って常磁性フェライトに変態する。
・過冷却時にA2点より低いAr3点でオーステナイトからフェライトに変態する際は、直ちに強磁性フェライトに、あるいは一旦常磁性フェライトに変態した後にある時間遅れを伴って強磁性フェライトに変態する。
・あるいは過加熱時にA2点より高いAc3点でオーステナイトからフェライトに変態する際は、直ちに強磁性フェライトに、あるいは一旦常磁性フェライトに変態した後にある時間遅れを伴って強磁性フェライトに変態する。
【0094】
まず、炭素濃度については、炭素濃度によってA3点がA2点以下になることがあり、冷却時にはオーステナイト→常磁性体フェライト→強磁性体フェライト、あるいはオーステナイト→強磁性体フェライトへの変態が発生する。オーステナイト→常磁性体フェライトの際のA3変態による変態熱Q3(T)の予測値Q’3(T)は、第1実施形態の式(14)と同様に、式(18a)〜式(18c)で与えられ、
【0095】
【数18】
【0096】
常磁性体フェライト→強磁性体フェライトの際のA2変態による変態熱Q2(T)の予測値Q’2(T)は、式(19a)〜式(19c)で与えられる。
【0097】
【数19】
【0098】
ここで、固体物理学に基づいて二次相転移であるA2変態の潜熱を0とし、式(19c)を0としている。
以上の結果として、図18に、式(18)に基づくA3変態における過冷却及び過加熱時の変態熱予測値を示す。図19に、式(19)に基づくA2変態における過冷却及び過加熱時の変態熱予測値を示す。
【0099】
またTA2以下の温度Tで過冷却によりオーステナイトから一気に強磁性体フェライトに変態し、A2変態とA3変態が同時発生し、その際の変態熱Q32(T)の予測値Q’32(T)は、式(20a)〜式(20c)で与えられる。
【0100】
【数20】
【0101】
これらは、式(5)、式(4)、式(7)のQ’n(T)と一致し、図11の変態熱になる。また、TA2以下で過冷却によりオーステナイトから一気に強磁性体フェライトに変態する、又は、常磁性体フェライトに変態した後、直ちに強磁性体フェライトに変態する場合の予測値も、式(20)で与えられ、第1実施形態と略同様になる。
一方、TA2以下で過冷却によりオーステナイトが常磁性体フェライトに変態し、その後、ある時間後に強磁性体フェライトに変態するとすれば、A3変態で式(18)の変態熱が発生した後、A2変態で式(19)の変態熱が発生することになる。
【0102】
強磁性体への変態は、電子のスピンの向きが揃うことによって強磁性体に変態し、その際に体積の縮小や膨張はせず、炭素の拡散などの影響も受けないため、一気に磁気変態が行われるとされているが、緩冷却時と緩加熱時の見かけ上の比熱を比較すると若干の差が存在し、いくらかの時間遅れを伴って磁気変態が発生していると思われる。そのため正確には、TA2以下で過冷却によりオーステナイトが強磁性体フェライトに変態する際は、一旦常磁性体フェライトに変態した後、ある時間後に強磁性体フェライトに変態するとすべきであるが、その時間間隔が十分小さい(すなわちTA2以下常磁性体フェライトは直ちに強磁性体フェライトに変態する)として、式(20)のように変態熱を与えても問題ない。
【0103】
また、TA3以上で過加熱により強磁性体フェライトがオーステナイトに変態する場合、一旦常磁性体フェライトに変態し、ある時間後にオーステナイトに変態すると考えることができるが、図19の磁気変態(A2)による変態熱が、過加熱時でも常に発熱方向に発熱し、過加熱時にA3変態で必要な吸熱(潜熱)分を補い一気にオーステナイトに変態するため、見かけ上、強磁性体フェライトからオーステナイトに一気に変態すると見なせる。それ故、強磁性体からオーステナイトへの変態による変態熱Q23(T)の予測値Q’23(T)は、式(21a)〜式(21c)で与えられ、図20に示すような変態熱が発生する。
【0104】
【数21】
【0105】
図20において、TA2〜TA3の間は常磁性体フェライトが安定であるため、オーステナイトへの変態は発生しない。TA3以上で過加熱により強磁性体フェライトがオーステナイトに変態する場合、ほとんど吸熱反応は発生せず、変態熱は発熱側にあるので、TA3以上の強磁性体フェライトは温度上昇を伴いつつ一気にオーステナイトへの変態が進むことが見込まれ、第8実施形態により実際の物理現象がよく表現され、温度予測あるいは温度制御の高精度化が実現できる。
[第9実施形態]
第9実施形態(実施例9)では、A1変態における変態発熱量Q、変態熱速度qをより正確に算出する手法について述べる。
【0106】
A1変態におけるオーステナイト〜パーライトの変態では、パーライト中のフェライトとセメンタイトの比率に応じて、変態熱Q1(T)の予測値Q’1(T)を、例えば、オーステナイトから一気に強磁性体フェライトに変態すると仮定した上で、式(22)で与える。
【0107】
【数22】
【0108】
但し、Q’c(T)はオーステナイト〜セメンタイトの変態熱Qc(T)の予測値であり、予測値Q’32(T)は式(20)で与えられている。xcはパーライトの質量比でありオーステナイトの炭素濃度によって決まる。また、セメンタイトの変態熱Qc(T)の予測値Q’c(T)は、式(5),式(4),式(7),あるいは式(12)同様に、式(23a)〜式(23c)と与える。
【0109】
【数23】
【0110】
ある温度TAでの予測値Q’c(TA)を決めておけば、任意の温度Tでの予測値を得ることができる。
また、式(22)のようにA1変態の変態熱をフェライトとセメンタイトの変態熱から算出するのではなく、式(21)〜式(23)からセメンタイトがxc%含んだパーライトの比熱をcXc(T)とし、式(24a)〜式(24c)と与えてもよい。
【0111】
【数24】
【0112】
第9実施形態ではオーステナイトに炭素が固溶しており、cγ(T)は、第7実施形態に基づいて算出できる炭素を固溶したオーステナイト比熱である。但し、炭素濃度が低いあるいは固溶体の比熱がほとんど変わらない場合には、固溶していないオーステナイト比熱を用いても問題ない。
[第10実施形態]
第1実施形態〜第9実施形態では、冷却あるいは加熱プロセスで温度予測する上で必須の比熱のみを用いて変態発熱量を変更することにより、簡便で高精度に変態熱を予測可能とすることとしていた。一方、変態の開始終了温度を予測するに際しCCT線図やTTT線図に基づく手法などもあり簡便ではあるが、今後、計算機パワーの向上により材質予測モデルに基づいて変態の開始終了温度を予測することも可能となる。
【0113】
第10実施形態(実施例10)では、材質予測モデルに基づいて変態の開始終了温度を予測可能な場合のことについて説明をする。
すなわち、材質予測モデルではギブスの自由エネルギを算出しており、このギブスの自由エネルギを用いると、式(14)は、次式で与えられる。
【0114】
【数25】
【0115】
式(14)において、変態温度TA3ではギブスの自由エネルギGα(TA3)とGγ(TA3)は等しく、またギブスの自由エネルギの傾きの差によって発生する潜熱と変態熱Qn(TA3)は一致する。加えて、潜熱はエントロピSγ(TA3)とSα(TA3)の差に温度かけたものとなるため、式(14)は、式(25)で与えられることとなる。
【0116】
【数26】
【0117】
それ故、式(14b)の代わりに式(25)を用いて(比熱の代わりに自由エネルギとエントロピを用いて)、予測値Q’n(T)を得ることが可能である。
さらに、式(14a)に式(25)、式(14c)を代入し整理すると、予測値Q’n(T)は、式(26)のように、ギブスの自由エネルギの差とエントロピの差によって与えられ、比熱の代わりに自由エネルギとエントロピを用いれば、式(26)から予測値Q’n(T)を直接算出することも可能である。
【0118】
【数27】
【0119】
但し、材質予測モデルは材質変化を予測することをメインとしたもので、エントロピなどが(温度制御あるいや温度予測を行う上で)十分な精度で実材料と一致していないことも多く、何も修正しないよりは精度は向上するが、やはり実測した比熱に基づいて変態熱を修正する方が精度向上を期待できる。
[第11実施形態]
第11実施形態(実施例11)では、鋼板WのTTT線図に基づいて、変態率、変態率の変化量、変態率の変化速度の少なくとも1つを算出し(変態率予測工程)、それを基に、変態発熱量Q、変態熱速度q、それらによる温度変化量Q/cの少なくとも一つを算出して、その上で、鋼板Wの予測温度を算出する方法について説明する。
【0120】
図21に、A3変態に対するTTT線図とそれに伴う変態率、変態率の変化速度(変態速度)、従来技術および第11実施形態による発熱量予測値を示す。
今、温度TAでの変態率当たりの変態熱、あるいは図21の温度TAでの変態熱の総和、あるいは図21の温度TAでの変態熱の発熱パターン(熱量と時間の関係)などが与えられているとする。
【0121】
変態率当たりの変態熱は、変態率が1(完全に変態が終了した)となった場合の変態熱の総和に相当し、図21の温度TAでの変態熱の総和(図中の発熱量の時間積分)と一致する。また、変態熱の発熱パターンは、変態率の変化速度のパターンと一致し、その時間積分は変態熱の総和や変態率当たりの変態熱と一致すると共に、変態率の変化速度に変態率当たりの変態熱を乗じた値とも一致している。すなわち、温度TAでの変態率当たりの変態熱あるいは変態熱の総和あるいは発熱パターンは等価であり、いずれか一つが与えられれば他は算出可能である。
【0122】
従来技術では、変態率当たりの変態熱あるいは変態熱の総和あるいは発熱パターンを温度に依存しない固定値としている。このため、温度TAでの値と温度Tでの値は同じである。すなわち、TAでの変態熱の総和(図中の発熱量の時間積分・面積)と、Tでの変態熱の総和(図中の発熱量の時間積分・面積)とは同じである。また変態率当たりの変態熱が同じため(変態率当たりの変態熱を変態率の変化速度にかけたものが熱量)変態率の変化速度のパターンと同じ形で発熱パターンが与えられる。またTAでの発熱パターンの時間軸(横軸)を伸ばし、面積が変わらないように縦軸を縮めたものがTでの発熱パターンとして与え、発熱パターンを一致させている。
【0123】
一方、第11実施形態では、過冷却あるいは過加熱度に応じて変態率当たりの変態熱(変態熱の総和)を修正するため、発熱パターン(変態率の変化速度パターンと同じ)は継承しつつ、その面積を(過冷却あるいは過加熱度に応じて変化する)変態率当たりの変態熱によって修正し、図21に示すようにTでの変態熱を与えることにより、温度予測あるいは温度制御を高精度化することを可能としている。
【0124】
発熱パターンとしては、図22のようなパターン関数PあるいはパターンテーブルPの形が好適である。すなわち、変態開始時間tSと終了時間tEが与えられた場合、時刻tでのパターン関数PあるいはテーブルPを(t−tS)/(tE−tS)の関数あるいはテーブルとして与える。このパターン関数Pが発熱パターンとして与えられているのであれば、従来技術では発熱速度q(T,t)は、式(27)で与えられる。
【0125】
【数28】
【0126】
当然、TTT線図上のtSとtEは温度Tの関数であり、上式ではtS(T)とtE(T)と記述している。またPをtE(T)−tS(T)で除しているのは、熱量総和(時間積分・面積)を一定にするためである。
第11実施形態では、過冷却度あるいは過加熱度に応じて発熱速度q(T,t)を修正するため、与えられたパターン関数Pがどの温度での発熱パターンであるかが重要であり、例えばパターン関数PがTAでの発熱パターンであるとすれば、発熱速度q(T,t)は、式(28)となる。
【0127】
【数29】
【0128】
また、パターン関数Pが変態率の変化速度パターンを与えているとすれば、変態率の変化速度g(T,t)は、式(29)となる。
【0129】
【数30】
【0130】
この場合、式(10a)から過冷却度あるいは過加熱度に応じた発熱速度q(T,t)を、式(10)b、式(10c)から発熱量Q(T,t,Δt)や温度変化量Q(T,t,Δt)/c(T)を得ることができる。
また、パターン関数Pが変態率自体のパターンを与えているとすれば、変態率の変化速度g(T,t))は当然ながら変態率パターンの時間微分となり、式(30)のようになる。
【0131】
【数31】
【0132】
[第12実施形態]
第12実施形態(実施例12)では、鋼板WのCCT線図に基づいて、変態率、変態率の変化量、変態率の変化速度の少なくとも1つを算出し(変態率予測工程)、それを基に、変態発熱量Q、変態熱速度q、それらによる温度変化量Q/cの少なくとも一つを算出して、その上で、鋼板Wの予測温度を算出する方法について説明する。
【0133】
図23にA3変態に対するCCT線図と、それに伴う変態率、変態率の変化速度(変態速度)、従来技術および本実施例による発熱量予測値を示す。
今、冷却速度VAでの変態率当たりの変態熱、あるいは図23の冷却速度VAでの変態熱の総和、あるいは図23の冷却速度VAでの変態熱の発熱パターン(熱量と時間の関係)などが与えられているとする。
【0134】
第11実施形態と同様に冷却速度VAでの変態率当たりの変態熱あるいは変態熱の総和あるいは発熱パターンは等価であり、いずれか一つが与えられれば他は算出可能である。
またパターン関数PあるいはテーブルPが与えられた場合の冷却速度Vにおける発熱速度qや発熱量Qや温度変化量Q/cの算出方法も第11実施形態と同様であるが、CCT線図では冷却速度一定としているため、時間よって温度が変化する。したがって例えばパターンPが冷却速度VAでの発熱パターンであるとすれば発熱速度q(T,t)は、式(31a),式(31b)となる。
【0135】
【数32】
【0136】
つまり、式(29)のTAの代わりに、時間変化するTVA(t)とした式(31)で与えられる。式(31b)のTVA(t)は、冷却速度Vの時の時刻tに相当する冷却速度VAの時の状態の温度を与えている。
つまり、第11実施形態では、TTT線図を用い、パターンを(t−tS)/(tE−tS)のパターン関数あるいはテーブルとしたが、第12実施形態では、CCT線図を用い、変態開始温度TSと終了温度TEが与えられた場合、パターンを(T−TS)/(TE−TS)の関数としてもよい。
【0137】
ところで、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
例えば、実施形態の説明においては、冷却装置3における鋼板Wの冷却プロセスを念頭に置きつつ、鋼板Wの温度予測手法について説明を行ったが、加熱装置で行われる加熱プロセスも関しても全く同じモデル、同様の考え方が採用可能である。
【0138】
また、第1実施形態〜第12実施形態において、変態発熱量Qあるいは変態熱速度qあるいはそれらによる温度変化量Q/cを、過冷却度あるいは過加熱度に応じて修正する技術について示してきた。しかしながら、冷却制御などの場合、冷却履歴を制御することによって、変態温度域が限定される場合がある。その際は、これら実施形態の計算を随時行うのではなく、鋼板Wを冷却する前、あるいは鋼種毎に予め発熱速度q(T,t)や発熱量Q(T,t,Δt)や温度変化量Q(T,t,Δt)/c(T)などを計算し、与えておけばよい。
【符号の説明】
【0139】
1 熱間連続圧延装置
2 圧延機(最終圧延機)
3 冷却装置
4 巻き取り装置
5 ワークロール
6 バックアップロール
7 冷却バンク
8 入側温度計
9 中間温度計
10 出側温度計
11 制御部
W 鋼板
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板を加熱又は冷却する際に精度よく板温度を予測する温度予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、薄鋼板等の鋼板は、加熱装置で加熱された鋳片を複数の圧延機で連続的に圧延することで製造されており、最終圧延機の下流側には鋼板を巻き取るための巻き取り機が設けられている。また、最終圧延機と巻き取り機との間には、鋼板の温度を制御しつつ冷却を行う冷却装置が備えられ、加熱装置と圧延機との間には、搬送装置が備えられている。
【0003】
加熱装置は、熱間圧延プロセス投入前の加熱炉や圧延機入側の誘導加熱手段などが該当し、鋳片を所定温度に加熱するものである。搬送装置は、例えば加熱装置で加熱された鋳片を圧延機に搬送する装置であったり、冷却装置で冷却後の鋼板を下工程に搬送するものであり、搬送中の鋼板には自然冷却による温度低下が発生する。冷却装置は、圧延機で圧延後の鋼板に冷却水を吹き付けることで、所望の冷却速度で鋼板を冷却するものとなっている。
【0004】
このように、鋼板の熱間圧延プロセスにおいては、鋼板を加熱したり冷却したりする装置・工程が多数あり、いずれの工程においても、正確な鋼板の温度(板温度)の予測や制御が不可欠である。
例えば、冷却装置での板温度予測及び温度制御に関しては、特許文献1〜特許文献3に示されるような様々な技術が開発されている。
【0005】
特許文献1は、圧延材を冷却する冷却装置を制御するための冷却制御モデルを、操業の実績値に基づいて修正してゆく冷却制御モデルの学習方法において、前記冷却制御モデル内の熱伝達率と圧延材の板温度との非線形性関係を当該冷却制御モデルに反映させるべく、前記熱伝達率が補正パラメータを備えるものとし、該補正パラメータを板温度と学習パラメータとの関数で表現し、該学習パラメータの最適値を板温度の実績値を基に推定し、該推定結果を冷却制御モデルに適用する冷却制御モデルの学習方法を開示する。
【0006】
特許文献2は、鋼板のAe3温度以上からの冷却工程で冷却終点温度を制御するに際して、それぞれの温度におけるオーステナイト相、フェライト相のエンタルピー(Hγ、Hα)をあらかじめ求めておき、目標温度パターンに対応して求めたオーステナイトの未変態分率(Xγ)から、Hsys=Hγ(Xγ)+Hα(1-Xγ)で定義される動的エンタルピー(Hsys)を求め、この動的エンタルピーの温度に対する傾きを動的比熱として用いて温度を予測する鋼板の冷却制御方法を開示する。
【0007】
特許文献3は、熱間圧延機で圧延された金属の圧延材を、圧延機出側の搬送テーブルに設置された冷却手段で冷却し、巻取機前の巻取温度計で測定した圧延材の巻取温度を所定の温度目標値に制御する巻取温度制御装置において、前記圧延材が相変態を起こすことにより発生する変態発熱の量を予測して、その変態発熱の量を補償しながら、巻取温度を所定の温度目標値に一致させるように制御し、また、変態発熱の量を予測するための変態発熱モデルを学習する変態発熱モデル学習手段を備えた巻取温度制御装置を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−44715号公報
【特許文献2】特開2006−193759号公報
【特許文献3】特開2005−297015号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述した冷却装置を制御する制御部では、鋼板の搬送途中で計測された板温度の実績値を基に出側板温度の予測を行った上で、冷却制御を行っている。
しかしながら、板温度の予測誤差がフィードフォワード制御の精度を左右するなど、予測誤差が温度制御に与える影響は大きい。係る状況を回避するために、制御部において予測結果の学習を行う手段が採用されることがあり、特許文献1は冷却装置を高精度に制御するための冷却制御モデルの学習方法を開示している。
【0010】
特許文献1の技術は、冷却装置を高精度に制御するに際し非常に好適なものである。とはいえ、実際の現場で発生する全ての状況に柔軟に対応できるものとは言い難い。
例えば、実際の現場における冷却装置では、種々の要因により圧延速度が変化し、それに伴い冷却装置での搬送速度も変化する。搬送速度が変わると、鋼板の先端部と尾端部とで冷却時間が異なるようになり、ひいては鋼板の冷却温度履歴も変化するようになる。
【0011】
冷却温度履歴が変化すると、鋼板の変態温度域も変化することは当業者間では知られており、より高精度の温度予測や冷却装置の制御を行うために、この変態温度域の変化を加味した板温度予測の技術が必要である。特許文献1に代わり、係る技術を開示するのが、特許文献2,特許文献3である。
しかしながら、変態に伴う発熱のメカニズムは複雑であり、実際の現場において特許文献2,3の技術を採用しようとしたとしても、変態発熱量の推定は困難を極めるのが実情である。特に、変態発熱量が大きい高シリコン鋼や高炭素鋼ではその影響が大きい。
【0012】
前述した特許文献2の技術は、変態による発熱温度域を固定し、変態熱を比熱換算してフェライト比熱を予め足しこんでいるため、発熱温度域が変化した場合など、上記したような実際の操業に柔軟に対応できないものとなっている。
特許文献3においては、発熱モデルとして温度に依存するモデルを与えているが、それがどのようにして求められるのか全く記述が無く、実際の操業に適用しようとしても困難を極める。
【0013】
そこで、本発明は、上記問題点を鑑み、熱間圧延プロセスにおける加熱設備、搬送装置、冷却装置での温度予測に非常に好適なものであって、冷却温度履歴が変わるなどして発熱温度域が変化した場合などでも変態発熱量を正確に予想すると共に、高精度の温度予測を行うことのできる温度予測方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上述の目的を達成するため、本発明においては以下の技術的手段を講じた。
すなわち、本発明に係る変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法は、熱間圧延プロセスにて冷却又は加熱される鋼板の板温度を予測する温度予測方法において、前記鋼板の変態に伴う変態発熱量(単位変態率当たりの変態発熱量)又は変態熱速度から算出される発熱量を加味した上で、鋼板と外部との熱収支を計算し、鋼板の板温度の予測値を算出する板温度予測工程と、前記した板温度予測工程を行うにあたり、前記変態発熱量又は変態熱速度を、前記鋼板の過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正する変態因子変更工程と、を有することを特徴とする。
【0015】
なお、前記した板温度予測工程が、変態発熱量に基づく温度変化量又は変態熱速度から算出される温度変化量を加味した上で、鋼板と外部との熱収支を計算し、鋼板の板温度の予測値を算出する場合には、前記した変態因子変更工程は、前記変態発熱量に基づく温度変化量又は変態熱速度から算出される温度変化量を、前記鋼板の過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正するとよい。
【0016】
これにより、鋼板の様々な変態における変態発熱量を正確に予測することができ、ひいては、鋼板の温度を正確に予測することができるようになる。
なお、本発明における変態とは、A3やA1,Ar’,Ar”変態などの鉄の同素変態や、Acm変態などのセメンタイト変態、鉄の同素変態とセメンタイト変態が同時に起こるパーライト変態やベイナイト変態、A2やA0変態などが該当し、これら変態に伴う変態発熱量(単位変態率当たりの変態発熱量)あるいは変態熱速度を、過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて変更することで、冷却温度履歴あるいは加熱温度履歴の違いによる変態温度域の変化に対応した高精度な温度予測あるいは制御が可能となる。
【0017】
上記した各変態の詳細は、以下の通りである。
・A3変態:α鉄〜γ鉄の変態(加熱時はAc3、冷却時はAr3)
・A2変態:鉄の磁気変態
・A1変態:オーステナイト〜パーライトの変態
(加熱時はAc1、冷却時はAr1)
・Ar’変態:過冷時のオーステナイト→微細パーライトの変態
・Ar”変態:過冷時のオーステナイト→マルテンサイトの変態
・A0変態:セメンタイトの磁気変態
好ましくは、前記した変態因子変更工程は、過冷却の度合い又は過加熱の度合いが大きいほど、変態発熱量又は変態熱速度が大きくなるように修正するとよい。
【0018】
詳しくは、単位変態率当たりの変態熱量又は変態熱速度を、冷却時には過冷却の度合いが高いほど発熱量あるいは発熱速度を大きくし、加熱時には過加熱の度合いが高いほど吸熱量あるいは吸熱速度を小さくし、更には、吸熱量あるいは吸熱速度が負になった場合には、過加熱の度合いが高いほど加熱量あるいは加熱速度を大きくする方向に変更するとよい。
【0019】
さらには、前記した変態因子変更工程は、オーステナイト比熱がフェライト比熱よりも低い温度域において、過冷却の度合い又は過加熱の度合いが大きいほど、A3変態による変態発熱量が大きくなるように修正するとよい。
また、前記した変態因子変更工程は、温度A(例えばT2)で変態した場合の単位変態率当たりの変態発熱量と温度B(例えばT3)で変態した場合の単位変態率当たりの変態発熱量との差を、変態前の比熱と変態後の比熱との差を温度区間A〜B(T2〜T3)で積分した積分値に応じて増加減する操作を行うことで、前記変態発熱量又は変態熱速度を修正するようにしてもよい。
【0020】
前記した変態因子変更工程は、過冷却時又は過加熱時の比熱を求める際に、過冷却あるいは過加熱以外の比熱曲線を一次以上の直線や曲線で近似し、該近似曲線を延長することによって、過冷却又は過加熱時の比熱を算出し、算出された過冷却又は過加熱時の比熱を基に前記積分値を求めるようにしてもよい。
前記した変態因子変更工程は、鋼板のCCT線図、TTT線図、あるいは材質モデルに基づいて、変態率、変態率の変化量、変態率の変化速度の少なくとも1つを算出する変態率予測工程を有し、前記変態率予測工程により算出された値を基に、前記変態発熱量、変態熱速度、温度変化量の少なくとも1つを算出する操作を行うことで、前記変態発熱量、変態熱速度、温度変化量のいずれかを修正してもよい。
【0021】
詳しくは、変態率予測工程により算出された変態率の変化量や変化速度に、単位変態率当たりの変態発熱量又は変態発熱量による温度変化量を乗じて、変態発熱量や変態熱速度、それらによる温度変化量を算出するとよい。
前記した変態因子変更工程は、所定の鋼種に関する比熱曲線、変態発熱量の曲線、変態熱速度の曲線を予め与えておくと共に、所定の鋼種に関しては、与えられた前記曲線を基に請求項1〜7のいずれかに記載された温度予測方法で板温度の予測を行い、前記曲線が与えられていない鋼種に対しては、前記所定の鋼種の内、成分あるいは圧延条件の近い鋼種を選ぶと共に、選ばれた鋼種の前記曲線を基に請求項1〜7のいずれかに記載された温度予測方法で、前記曲線が与えられていない鋼種の板温度の予測を行うものであってもよい。
【0022】
前記した変態因子変更工程は、磁気変態を考慮した上で、前記変態発熱量、変態熱速度を算出するものであってもよい。
なお、磁気変態を考慮するに際しては、常磁性体に対して強磁性体の比熱を大きく与えると共に、強磁性体への変態はフェライト、セメンタイト、マルテンサイトのいずれかの組織に限定し、A2点(セメンタイトではA0点)以下で存在する前記限定した組織が、直ちにあるいはある時間遅れを伴って強磁性体に変態するものとし、該組織の組織分率に応じて強磁性体への変態率、変態熱量、変態熱速度の少なくとも一つを算出することは非常に好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法によれば、熱間圧延プロセスにおける加熱設備、搬送装置、冷却装置などでの温度予測において、冷却温度履歴が変わるなどして発熱温度域が変化した場合などでも変態発熱量を正確に予想すると共に、高精度で温度予測を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の温度予測方法を適用可能な冷却装置を模式的に示した図である。
【図2】板温度と熱伝達率との変化を示した図である(水冷時)。
【図3】板温度と熱伝達率との変化を示した図である(空冷時)。
【図4】フェライトとオーステナイトの比熱の変化を示した図である。
【図5】高温域で変態した場合の比熱を示した図である。
【図6】低温域で変態した場合の比熱を示した図である。
【図7】高温域で変態した場合の抜熱量を示した図である。
【図8】低温域で変態した場合の抜熱量を示した図である。
【図9】第1実施形態で予測される見かけ上の比熱を示した図である。
【図10】低温域で変態した場合の第1実施形態による抜熱量予測値を示した図である。
【図11】第1実施形態における発熱量予測値を示した図である。
【図12】第2実施形態における発熱量予測値を示した図である。
【図13】第3実施形態における発熱量予測値を示した図である。
【図14】第4実施形態における発熱量予測値を示した図である。
【図15】第5実施形態における過冷却あるいは過加熱時の比熱を示した図である。
【図16】デバイ模型における温度とモル比熱との関係を示した図である。
【図17】実測比熱を一次あるいは二次式により近似した図である(従来例)。
【図18】A3変態における単位変態率当たりの変態熱を示した図である。
【図19】A2変態における単位変態率当たりの変態熱を示した図である。
【図20】オーステナイト〜強磁性体フェライト変態における単位変態率当たりの変態熱を示した図である。
【図21】TTT線図とそれに基づく変態率及び変態発熱量を示した図である。
【図22】CCT線図とそれに基づく変態率及び変態発熱量を示した図である。
【図23】CCT線図とそれに基づく変態率及び変態発熱量を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法を適用可能な圧延装置を、薄鋼板の熱間連続圧延装置を例示して説明する。
図1は、熱間連続圧延装置1の圧延機2(最終圧延機)から冷却装置3、巻き取り装置4に至るまでの装置構成を示した図である。なお、鋼板W(圧延材)の移送方向において、巻き取り装置4側を下流側、その圧延機2側を上流側と呼ぶ。
【0026】
圧延機2は、鋼板Wを圧下する一対のワークロール5,5を有すると共に、このワークロール5,5を背後から支持する一対のバックアップロール6,6を供えている。
圧延機2の下流側には、冷却装置3が備えられている。冷却装置3は、複数の冷却バンク7を鋼板Wの上下(表裏)面に備え、この冷却バンク7が鋼板移送方向に複数個連なるように配置される構成となっている。冷却バンク7には、鋼板Wに向けて冷却水を吹き付けて鋼板Wの温度を下げる複数の冷却ノズルが備えられ、各冷却ノズルには冷却水の流量をオン・オフ制御可能な冷却バルブが設けられている。この冷却バルブを開状態にすると冷却水が冷却ノズルから噴出するため、開状態の冷却バルブ数を変更することで、冷却ノズルから鋼板Wに吹き付けられる冷却水の量が変わり、板温度の温度降下量が変化する。
【0027】
冷却バルブの開閉は、鋼板Wの制御対象ポイントが冷却装置3に投入される前に事前に決定しておく初期設定計算により決定される初期設定値と、板温度実測値などに基づきオンラインでバルブ開閉を変更するオンライン制御修正量によって、制御対象ポイントに噴射される冷却バルブが最終的に決定される。
冷却装置3で所定の板温度まで冷却された鋼板Wは、巻き取り装置4によりコイル状に巻き取られる。
【0028】
圧延機2の出側、即ち冷却装置3の入側には、鋼板Wの温度を計測可能な入側温度計8が配置されている。さらに、冷却装置3の中途部には、鋼板Wの温度を計測可能な中間温度計9が設けられており、圧延装置1の出側と巻き取り装置4との間には、出側温度計10が設けられている。
上述した入側温度計8、中間温度計9、出側温度計10での板温度、ワークロール5,5の周速(通板速度)等の様々な実績値は、熱間連続圧延装置1を制御する制御部11に入力されるようになっている。
【0029】
制御部11は冷却装置3を制御可能となっており、本発明に係る変態発熱量を考慮した鋼板Wの温度予測方法を用い、出側温度計10の位置における板温度の予測を行い、例えば、出側温度計10での鋼板Wの板温度が目標温度になるように、各冷却バンク7おいて開閉する冷却バルブの本数等を決定し冷却バルブを開閉するように動作する。制御部11は、プロコン等で構成されており、本発明の温度予測方法は、プロコンで実行されるソフトウエアという形で実現されている。
【0030】
以下、制御部11で行われる変態発熱量を考慮した鋼板Wの温度予測方法の詳細について、第1実施形態〜第12実施形態に亘り説明を行う。
[第1実施形態]
第1実施形態(実施例1)の温度予測方法は、熱間圧延プロセスにて冷却又は加熱される鋼板Wの板温度を予測するものであり、鋼板Wの変態に伴う変態発熱量又は変態熱速度から算出される発熱量を加味した上で、鋼板Wと外部との熱収支を計算し、鋼板Wの板温度の予測値を算出する板温度予測工程と、この板温度予測工程を行うにあたり、鋼板Wの変態発熱量又は変態熱速度を、鋼板Wの過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正する変態因子変更工程と、を有することを特徴とする。
【0031】
以下、図1に示す冷却装置3における鋼板Wの冷却プロセスを念頭に置きつつ、変態発熱を考慮した鋼板Wの温度予測手法について、その詳細を説明する。
まず、鋼板Wの温度予測に用いる温度予測モデル(板温度予測工程で用いられる温度予測モデル)に関しては、様々なものが採用可能である。例えば精緻なモデルとして、熱伝達による鋼板W表面からの熱流束、鋼板Wの変態発熱に加え、厚み方向の温度分布を考慮した式(1a)〜式(1c)を考えることができる。
【0032】
なお、以降の説明において、式(1a)〜式(1c)等をまとめて呼ぶ際には、式(1)と表現し、他の式番でも同様とする。
【0033】
【数1】
【0034】
ただし、熱伝達率αd,αuは、空冷や水冷などワークロール5,5から抜熱時などの状況毎に変化する。図2に示す如く、水冷時には鋼板Wの表面温度や水量によっても変化することが知られている。
輻射による放熱については、熱伝達とは別に記述することも可能であるが、輻射による上下面の熱流束QRu(0,t),QRd(0,t)をT(0,t)−Tu(t),T(h,t)−Td(t)で除したものをそれぞれ上下面の熱伝達率αd,αuに加算し、熱伝達に含めることができる(図3参照)。それ故、ここではαd,αuに輻射による熱流束も加算し、表現を簡易にしておくこととする。
【0035】
また、熱伝達率は、冷却バルブのON/OFFや水量によって変化するものの、冷却バルブのON/OFFや水量が決定(冷却条件が決定)すれば、熱伝達率の関数系が決定される。
一方、温度予測モデルとして、厚み方向の温度分布を考慮しない簡易なモデル(式(2)を採用することもできる。
【0036】
【数2】
【0037】
温度予測モデルとして、さらに簡易な式:「冷却時間Δtの間に冷却バルブ1本あたりΔTだけ温度降下する、すなわち、温度降下量ΔT=一定量(K/冷却バルブ本数)」を採用することも可能である。
以降、第1実施形態では、板温度予測工程で用いられる温度予測モデルとして、厚み方向の温度分布を考慮しない簡易なモデルを考えることとする。この式を基に、板温度の降下量ΔTを求めるためには、式(2)を積分することで得られる式(3)を利用するとよい。
【0038】
【数3】
【0039】
式(3)や他の温度予測モデルを見るとわかるように、鋼板Wの変態に伴い発生する変態熱速度qや変態発熱量Qはq/cやQ/cの形(cは比熱)で式の中に存在し、温度予測の精度に直接影響を与えており、変態発熱の影響を高精度に見積もることが鋼板Wの温度予測及び温度制御にとって非常に重要であることがわかる。
しかしながら、特許文献2に示した如く、変態による発熱温度域を固定した上で変態発熱の算出を行う従来技術はあったものの、発熱温度域が変化するなど実際の状況に即しつつ正確に変態発熱を求めたものはなかった。そこで、第1実施形態では、より正確に変態発熱量を求める技術を開示する。
【0040】
第1実施形態にて採用される「変態熱速度qや変態発熱量Qを正確に求める手法」、言い換えるならば「鋼板Wの変態発熱量又は変態熱速度を、鋼板Wの過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正する変態因子変更工程」は、冷却あるいは加熱時の温度予測に不可欠な比熱cのみを使用するものであり、特に、鋼板Wの過冷却又は過加熱の状況下で起こる変態での「比熱cの変化」を基に、変態熱速度qや変態発熱量Qを正確に予測するものである。これにより、温度予測あるいは温度制御精度を飛躍的に向上させることができるようになる。
【0041】
具体的には、巻き取り温度を制御する上で最も重要なA3(Ar3)変態を例にとり、説明を行う。
まず、図4には、A3変態前後における、最も一般的な鋼種(S45C)におけるフェライトとオーステナイトの比熱(実線にて示され且つ上側に位置する線)と、オーステナイトステンレス鋼の比熱(破線で示され且つ下側に位置する線)とを示す。
【0042】
図4から明らかなように、高温域では一般的な鋼種のオーステナイトとオーステナイトステンレス鋼の比熱がほぼ一致し、低温域では一般的な鋼種のフェライトとオーステナイトステンレス鋼の比熱がほぼ一致しているように見える。
また、図5に、変態発熱を含めた見かけ上の比熱を示す。この図は、図4のA2変態温度TA2以下の箇所を拡大した図であり、高温域で変態した場合の見かけ上の比熱を示している。この図から判るように、一般的に冷却時には冷却速度が緩やかな場合、変態温度域は高くなる。一方、冷却速度が速い場合、変態温度域は低温側に移動する。
【0043】
しかしながら、特許文献2などの従来技術では、高温域での変態発熱量も低温域での変態発熱量も同一としているため、見かけ上の比熱における変態発熱量による増分は同じになる。すなわち、図5の高温域での見かけ上の比熱をもとに、低温域での見かけ上の比熱を従来技術で算出すると図6のような見かけ上の比熱が得られる。従来技術では図5,6の変態発熱による見かけ上の比熱の増分1、増分2は等しくなる。
【0044】
しかしながら、従来技術では、高温域で変態する(緩冷する)場合と低温域で変態(急冷する)場合とで不合理が発生する。たとえば温度T0から温度T1に冷却するために必要な抜熱量は見かけ上の比熱の区間[T0,T1]での積分値に相当し、図7,図8に示すように抜熱量1,2が大きく異なってしまう。T0からT1に冷却する際に、冷却速度が異なる(急冷か緩冷か)だけで、必要な抜熱量(エネルギ)が異なるのは不条理である。なお、図8に示すように、抜熱量1と抜熱量2の熱量差は2つの変態温度域(高温域と低温域)の間の比熱の積分値に相当する。
【0045】
上記した不条理を解消すべく、まず、第1実施形態では、ある温度TAにおける単位変態率当たりの変態発熱量Qn(TA)が分かっているものとする。ここで任意の温度Tの関数を式(4)のように考える。
【0046】
【数4】
【0047】
式(4)におけるTは、過冷却時での変態開始温度であり、TAは平衡状態での変態開始温度である。したがって、φ(T)は、鋼板Wの過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて変態発熱量を修正するためのファクタと考えることができる。ゆえに、φ(T)を用いることで、温度T時の単位変態率当たりの変態発熱量Qn(T)を予測することができる。
【0048】
式(4)を用いた単位変態率当たりの変態発熱量Qn(T)の予測値Q’n(T)を式(5)で与える。
【0049】
【数5】
【0050】
式(5)から温度TA における予測値Q’n(TA)は式(6)で与えられることとなる。
【0051】
【数6】
【0052】
ここで、定数項a,bが式(7)を満足していれば、Qn(TA)に予測値Q’n(TA)を一致させることができる。
【0053】
【数7】
【0054】
また、式(5)で単位変態率当たりの変態発熱量予測値Q’n(TA)を与えた場合、任意の温度T2とT3に対して、T2時の予測値Q’n(T2)とT3時の予測値Q’n(T3)の差(T2とT3の間での発熱量の修正量の差)は、式(8)で表される。
【0055】
【数8】
【0056】
式(8)から明らかなように、T2とT3の間での発熱量修正量の差Q’n(T2)−Q’n(T3)は、cα−cγのT2〜T3の積分値となっている。これは、変態前の比熱と変態後の比熱との差を温度区間T2〜T3で積分した積分値であり、その積分値に応じて単位変態率当たりの変態発熱量予測値Q’n(T)を増加減させている。
なお、式(7)を満たすように定数項を与えた場合、式(9)のように、既知の単位変態率当たりの変態発熱量Qn(TA)に対して、係る積分値(あるいは積分値+定数項)で修正し、単位変態率当たりの変態発熱量予測値を与えていると見ることもできる。
【0057】
【数9】
【0058】
式(5)から変態率当たりの変態発熱量の予測値が与られた場合、温度予測モデルすなわち式(1)〜式(3)の変態発熱量Q、変態熱速度q、変態発熱量Qによる温度変化量Q/cは、式(10a)〜式(10c)で与えられる。
【0059】
【数10】
【0060】
なお、変態率G(T,t)は、鋼板WのCCT線図やTTT線図あるいは材質予測モデルから算出可能であって、式(11a),式(11b)からg(T,t)やΔG(T,t)を計算することができる。
【0061】
【数11】
【0062】
図9に、第1実施形態の手法で得られた「変態率当たりの変態発熱量の予測値」を基にした見かけ上の比熱の変化を示す。図9の「比熱の差の積分による増分」は、図8の「抜熱量2と抜熱量1の熱量差」と一致し、熱収支の観点から非常に妥当な発熱量予測値を得ることができたと考えられる。
第1実施形態を使用して、冷却装置3での鋼板Wの巻取り温度(CT)を予測したところ、冷却温度履歴に依存しない温度予測が可能になったことを、本願出願人らは確認している。
【0063】
また、式(5)による過冷却度あるいは過加熱度に応じた変態発熱量の修正は、過冷却の度合い(過冷却度)、あるいは過加熱の度合い(過加熱度)が異なる温度(例えばT2とT3)間の変態発熱量の差が、cα−cβのT2〜T3の積分値と一致し、変態前の比熱と変態後の比熱との差を温度区間T2〜T3で積分した積分値に応じて増加減するように修正していることになる。
【0064】
ところで、ここまでの説明においては、ある温度TAにおいて単位変態率当たりの変態発熱量Qn(TA)が分かっているものとしてきたが、分かっていなくても変態発熱量予測値Q’n(TA)が与えられていれば、式(7)の代わりに式(12)を使用することにより、全く同様の議論が成立する。その場合、図9の「比熱の差の積分による増分」は、図8の「抜熱量2と抜熱量1の熱量差」と一致し、熱収支の観点から非常に妥当な発熱量予測値を得ることができる。
【0065】
【数12】
【0066】
なお、式(7)で定数項を与えた場合、式(9)は、式(13)のようになる。
【0067】
【数13】
【0068】
要は、ある温度TAに対して式(4)で与えられる関数φ(T)を用い、式(5)で変態発熱量予測値を与えれば、定数項a,bに関係なく(a,bが0でも)、図9の「比熱の差の積分による増分」は、図8の「抜熱量2と抜熱量1の熱量差」と一致し、熱収支の観点での不条理を解消することができる。
ただし、a,bは過冷却度あるいは過加熱度に関係のない定数項であり、定数項a、bが式(7)を満たしていない場合、全温度域において変態発熱量予測値のオフセット誤差として現れる。定数項a,bをなるべく適切に設定しようとすれば、式(7)を満たすように与えればよい。
【0069】
また、鋼板Wの比熱cを知るためには、鋼板Wを緩冷却あるいは緩加熱しながら実際に測定するとよく、A3変態温度TA3前後での見かけ上の比熱から変態発熱量Qn(TA3)を算出することができる。したがって上述のTAの代わりにTA3を使用すれば、A3変態温度TA3以下の任意の温度Tでの発熱量予測値Q’n(T)は式(14a)〜式(14c)で与えられ、図11に示されるような温度の関数となる。
【0070】
【数14】
【0071】
ここで、Qn(TA3)はA3変態に伴う変態潜熱であり、TA3でのエントロピ変化ΔSA3による熱量でΔSA3×TA3で与えられる。
ところで、上記では、式(4)で示されるように、変態前の結晶構造あるいは磁性における比熱(cγ(T))と、変態後の結晶構造あるいは磁性における比熱(cα(T))との差を随時積分し、発熱量予測値Q’n(T)を算出する手順を述べたが、それら比熱は、鋼種毎に(温度依存特性を含め)固定しており、毎回計算する必要はない。
【0072】
予め、図11に示されるような温度の関数あるいはテーブルを求めておき、関数値あるいはテーブル値に定数項を加えたものを用い、Q’n(T)を算出したり、関数値あるいはテーブル値が直接Q’n(T)となるように、関数やテーブルを持っておいてもよい。その上で、温度予測あるいは温度制御を行う都度、関数やテーブルを参照し、Q’n(T)を算出してもよい。
[第2実施形態]
前述した第1実施形態では、cα−cγの積分値によって発熱量予測値Q’n(T)を定めることとしていた。しかしながら、第2実施形態(実施例2)では、cα−cγを厳密に積分値で与えずに、例えば、図12の破線の如く、第1実施形態の発熱量予測値Q’n(T)を区間線形近似した曲線(関数又はテーブル)で与えるようにしている。このような「線形近似曲線」を採用したとしても、従来技術よりも格段に正確な板温度の予測を行えることを本願出願人は確認している。
[第3実施形態]
第2実施形態における発熱量予測値Q’n(T)の線形近似の際には、過冷却度あるいは過加熱度が大きいほどQ’n(T)を発熱方向に増加するように曲線(関数又はテーブル)を与えていた。しかしながら、第3実施形態(実施例3)では、図13のように、過冷却度が増加する領域において発熱がより減少する(吸熱方向に向かう)ように曲線を与えることとしている。この実施形態であっても第2実施形態とほぼ同等の効果を得ることができることを本願出願人は確認している。
[第4実施形態]
第4実施形態(実施例4)では、図14に示す如く、cα>cγの区間においては、過冷却度あるいは過加熱度が大きいほどQ’n(T)を発熱方向に向かうように曲線(関数又はテーブル)を与えてるいる。逆に、cα<cγの区間においては、過冷却度あるいは過加熱度が大きいほどQ’n(T)を吸熱方向に向くように曲線を与えている。
【0073】
このような近似を行うことで、第1実施形態の結果(図11)に近づけることができ、第2実施形態及び第3実施形態よりも高精度な発熱量予測値Q’n(T)が得られ、温度予測あるいは温度制御精度の向上が期待できる。
[第5実施形態]
第5実施形態(実施例5)では、過冷却時又は過加熱時の比熱を求める際に、過冷却時以外あるいは過加熱時以外の比熱曲線を一次以上の直線や曲線で近似し、該近似曲線を延長することによって、過冷却又は過加熱時の比熱を算出し、算出された過冷却時又は過加熱時の比熱を基に前記積分値を求めるようにしている。
【0074】
以下詳しく説明する。
まず、図15には、一般的な鋼種のフェライト及びオーステナイトの定圧比熱が示されている。この図における実線部分は計測した比熱であり、緩冷却・緩加熱による比熱計測により計測可能な値である。
一方、過冷却や過加熱では図15の実線部以外の温度域の比熱も必要となる。一般に比熱は格子振動による格子比熱、電子振動による電子比熱、磁気エネルギエネルギによる比熱などの和で表わされる。
【0075】
通常の材料では低温部(デバイ温度以下)では格子比熱が支配的で、格子比熱の近似モデルであるデバイモデル(図16)により定積モル比熱を精度良く近似可能で、モデルパラメータであるデバイ温度は、フェライトやオーステナイトなどに対して概略値が与えられており、低温部での定積比熱は算出可能である。
特に、オーステナイトは比熱測定で実測可能な温度域がTA3からTA4の高温域しかなく、低温域での比熱はデバイモデルによって与える。また低温部での定圧比熱を得るためには、デバイ比熱に加え、下記に記述するP×ΔVや電子比熱や磁気エネルギによる比熱変化の影響分を加える必要がある。それら影響分は低温部では微少であり、省略しても良い。但しオーステナイトでは極低温で反強磁性体となる磁気変態点が存在し比熱ジャンプを起こすが、鉄鋼の製造プロセスにおける鋼板Wの冷却・加熱温度域外であり、上述の実施例では必要としない温度域での比熱であり、本実施例では考慮する必要はない。
【0076】
また、デバイ温度以上の高温域での定圧比熱では、定積比熱であるデバイ比熱に加え、定積比熱と定圧比熱の差である熱膨張による体積増分ΔV×圧力Pの影響、温度に比例する電子比熱の影響、鉄では磁気エネルギの影響による比熱変化の影響を強く受けている。P×ΔVは熱膨張モデルから算出可能で、電子比熱も電子比熱定数から算出可能である。
磁気エネルギによる比熱変化の定量的なモデルは与えられていない。一般に高温域での比熱は、温度範囲を区切ると一次式あるいは二次式で近似可能とされており、上記デバイ模型とP×ΔVと電子比熱を合算した比熱と実測した比熱を滑らかに結ぶように磁気エネルギによる比熱変化を与えると、図15のオーステナイト比熱の破線部のような曲線を得る。同様に常磁性体フェライトの比熱も、図15の破線部のように与えることができる。
【0077】
また、常磁性体から強磁性体に変化する磁気変態では、磁気変態温度TA2前後で比熱がステップ変化し、TA2近傍で、よりTA2低い温度では常磁性体と強磁性体の比熱増分が温度に比例し、TA2から遠ざかると比熱増分の影響は小さくなるとされており、常磁性体フェライトと強磁性体フェライトの比熱は、図15の破線部のように与えることができる。また、過加熱時の強磁性体フェライトの比熱は一次式で近似し、図15ではTA2以上の過加熱時の強磁性体の比熱を与えている。
【0078】
このように、比熱の実測値と既知モデルに基づき、それらを滑らかに結ぶよう一次式あるいは二次式にて近似することにより、各組織の過冷却及び過加熱時の比熱を与えることが可能で、これら比熱を用いて変態発熱を予測修正することで高精度な鋼板温度予測あるいは温度制御が可能となる。
なお、第5実施形態によらない比熱算出方法としては、熱力学データベースに基づくソフトウエアを活用した比熱や、比熱実測値の一次式あるいは二次式による近似モデルが存在する。しかしながら、係るソフトウエアによる比熱は、成分が異なる各種鋼板Wにおいて実測値と乖離する場合がある。これに対して本実施形態では各種鋼板Wの実測値を使用し、それらを滑らかに結ぶため、比較的正確な比熱を得ることができる。
【0079】
一方、実測値を一次式あるいは二次式で近似した近似比熱を図17に示す。
図17から、オーステナイト(γ鉄)では高温での比熱測定であるため、比熱測定値にも誤差があるため、温度依存性の影響を表現できず、低温部において本実施例と大きく乖離している。それに対して本実施例ではデバイモデルによる近似式に基づいているため、より実際に近い近似となっている。また常磁性体ではα鉄とδ鉄それぞれに対して一次あるいは二次式近似を与えているため、その間のTA3からTA4の間の比熱において、本実施例と乖離している。本実施例ではTA3からTA4の間を滑らかに結んでおり、より実際に近い比熱を与えている。
[第6実施形態]
ところで、第5実施形態で説明した手法においては、成分の違いによるデバイモデルや電子比熱の違いを考慮していなかった。第6実施形態(実施例6)では、その違いを考慮することにする。
【0080】
すなわち、成分の違いによるデバイモデルや電子比熱の違いは、添加された材料のデバイモデルや電子比熱との比で与えることができる。例えば、カーボンをx%(質量比)添加した材料のデバイ比熱cDx(T)は、鉄のデバイ比熱cDFe(T)と炭素のデバイ比熱cDC(T)から式(15)で与えられる。
【0081】
【数15】
【0082】
電子比熱cEx(T)についても同様に、鉄の電子比熱cEFe(T)と炭素の電子比熱cEC(T)から式(16)のように成分比で与えることができる。
【0083】
【数16】
【0084】
添加材料が2成分以上の場合も同様に成分比で与えることができる。このように与えられた各成分に対応したデバイ温度や電子比熱に基づく比熱と実測比熱を滑らかに結ぶことで、各種成分に対応した過冷却あるいは過加熱時の比熱を高精度に与えることができる。
また、特殊な添加成分を含み、そのデバイ比熱や電子比熱が不明な場合、その添加材のカーボン等度に応じてカーボン濃度を増加減させ、デバイ比熱や電子比熱を算出することで特殊な添加材にも対応可能である。
[第7実施形態]
以上、第1実施形態〜第6実施形態に亘り、変態熱速度qや変態発熱量Qを正確に求める手法を説明してきたが、現実には、少しずつ成分が異なる全ての鋼種について、比熱を実測するのは非常に手間と時間を要し、事実上困難である。
【0085】
第7実施形態(実施例7)では、いくつかの鋼種Aで前述の実施形態に基づく比熱曲線を与え、比熱曲線が与えられていない鋼種Bの比熱を鋼種Aの比熱から算出する手法を説明する。
今、比熱曲線が与えられていない鋼種Bと選ぶと共に、成分、強度、冷却停止温度の少なくとも一つ以上が近い鋼種Aを選ぶ。
【0086】
鋼種選定の際には、各成分の差、強度の差、冷却停止温度の差等を説明変数とする類似度関数を、類似度関数の値が大きいあるいは小さいものほど比熱曲線が近くなるように定めておく。具体的には、各成分の差、強度の差、冷却停止温度の差などの絶対値又は二乗の線形和として類似度関数を与え、既に測定されている複数の比熱曲線の差ができるだけ小さくなるように最小自乗法などで説明変数の係数を与えることにより求められる。
【0087】
類似度関数を用いず、成分、強度、冷却停止温度に応じて層別し、層別毎に参照する鋼種Aを決めておいてもよい。
上記により、鋼種Bに近い鋼種Aが選ばれれば、鋼種Aの比熱曲線を鋼種Bの比熱曲線とする。更に鋼種Aの比熱曲線をデバイ比熱モデルや電子比熱の差分だけ増加減し、鋼種Bの比熱曲線とすれば、より実際に近い比熱を得ることができる。デバイ比熱の差ΔcD(T)や電子比熱の差ΔcE(T)は、鋼種Bのデバイ比熱cDB(T)及び電子比熱cEB(T)、鋼種Aのデバイ比熱cDA(T)及び電子比熱cEA(T)を用い、式(17)で与えられる。なお、デバイ比熱cDB(T)、電子比熱cEB(T)、デバイ比熱cDA(T)、電子比熱cEA(T)は、式(15)、式(16)などから算出可能である。
【0088】
【数17】
【0089】
式(17)で得られたΔcD(T)とΔcE(T)とを鋼種Aの比熱曲線に加算することで、鋼種Bの比熱曲線を得ることが可能となる。
なお、鋼板Wに添加された添加物が固溶したオーステナイト比熱も、何も固溶していないオーステナイト比熱が分かっていれば、上記にて算出可能である。
[第8実施形態]
次に、第8実施形態(実施例8)について述べることとする。第8実施形態では、磁気変態を考慮した上で、変態発熱量Q、変態熱速度qを算出し、鋼板Wの予測温度を算出する方法について説明する。
【0090】
例として、磁気変態A2について詳しく述べる。
A4あるいはA3あるいはA1変態で起こるオーステナイト〜フェライトの相変態は一次相転移と呼ばれ、変態温度TA4あるいはTA3あるいはTA1で潜熱による冷却時発熱あるいは加熱時吸熱が発生する。加えて、組織変化に伴い比熱が不連続に変化する。
また、A2あるいはA0変態(あるいはオーステナイトの反強磁性体への磁気変態)などの磁気変態は固体物理学において二次相転移と呼ばれ、潜熱は発生せず比熱だけが変態温度TA4あるいはTA3で比熱が不連続変化するとされている。
【0091】
一方、実際の鋼板Wの比熱測定では、炭素濃度などによって磁気変態温度TA2近傍での(変態熱を含めた)見かけ上の比熱が変化している。このため熱物性測定や熱力学データベースでは磁気変態では比熱変化するのではなく変態熱が発生しているとして扱われており、比熱と変態熱の関係が明確に分離できていないのが現状である。
鋼板冷却あるいは加熱プロセスにおける従来の鋼板度予測あるいは温度制御分野では、熱物性測定や熱力学データベースに沿ってモデル構築を行っており、実測された見かけ上の比熱を真とするのみで、過冷却あるいは過加熱時の挙動はモデル化されていない。
【0092】
第8実施形態では熱物性測定や熱力学データベースに基づく固定化された見かけ上比熱を用いて変態熱で全てを説明するのではなく、固体物理学に基づく潜熱は発生せず、比熱だけが変態温度TA4あるいはTA3で比熱が不連続変化するとし、炭素濃度や課冷却度や過加熱度などによる磁気変態温度TA2近傍での(変態熱を含めた)見かけ上の比熱の変化を表現可能にした。
【0093】
その際の条件は、以下の通りである。
・過冷却時にA2点以下に存在する常磁性フェライトは直ちにあるいはある時間遅れを伴って強磁性フェライトに変態する。
・あるいは、過加熱時にA2点以上に存在する強磁性フェライトは直ちに、あるいはある時間遅れを伴って常磁性フェライトに変態する。
・過冷却時にA2点より低いAr3点でオーステナイトからフェライトに変態する際は、直ちに強磁性フェライトに、あるいは一旦常磁性フェライトに変態した後にある時間遅れを伴って強磁性フェライトに変態する。
・あるいは過加熱時にA2点より高いAc3点でオーステナイトからフェライトに変態する際は、直ちに強磁性フェライトに、あるいは一旦常磁性フェライトに変態した後にある時間遅れを伴って強磁性フェライトに変態する。
【0094】
まず、炭素濃度については、炭素濃度によってA3点がA2点以下になることがあり、冷却時にはオーステナイト→常磁性体フェライト→強磁性体フェライト、あるいはオーステナイト→強磁性体フェライトへの変態が発生する。オーステナイト→常磁性体フェライトの際のA3変態による変態熱Q3(T)の予測値Q’3(T)は、第1実施形態の式(14)と同様に、式(18a)〜式(18c)で与えられ、
【0095】
【数18】
【0096】
常磁性体フェライト→強磁性体フェライトの際のA2変態による変態熱Q2(T)の予測値Q’2(T)は、式(19a)〜式(19c)で与えられる。
【0097】
【数19】
【0098】
ここで、固体物理学に基づいて二次相転移であるA2変態の潜熱を0とし、式(19c)を0としている。
以上の結果として、図18に、式(18)に基づくA3変態における過冷却及び過加熱時の変態熱予測値を示す。図19に、式(19)に基づくA2変態における過冷却及び過加熱時の変態熱予測値を示す。
【0099】
またTA2以下の温度Tで過冷却によりオーステナイトから一気に強磁性体フェライトに変態し、A2変態とA3変態が同時発生し、その際の変態熱Q32(T)の予測値Q’32(T)は、式(20a)〜式(20c)で与えられる。
【0100】
【数20】
【0101】
これらは、式(5)、式(4)、式(7)のQ’n(T)と一致し、図11の変態熱になる。また、TA2以下で過冷却によりオーステナイトから一気に強磁性体フェライトに変態する、又は、常磁性体フェライトに変態した後、直ちに強磁性体フェライトに変態する場合の予測値も、式(20)で与えられ、第1実施形態と略同様になる。
一方、TA2以下で過冷却によりオーステナイトが常磁性体フェライトに変態し、その後、ある時間後に強磁性体フェライトに変態するとすれば、A3変態で式(18)の変態熱が発生した後、A2変態で式(19)の変態熱が発生することになる。
【0102】
強磁性体への変態は、電子のスピンの向きが揃うことによって強磁性体に変態し、その際に体積の縮小や膨張はせず、炭素の拡散などの影響も受けないため、一気に磁気変態が行われるとされているが、緩冷却時と緩加熱時の見かけ上の比熱を比較すると若干の差が存在し、いくらかの時間遅れを伴って磁気変態が発生していると思われる。そのため正確には、TA2以下で過冷却によりオーステナイトが強磁性体フェライトに変態する際は、一旦常磁性体フェライトに変態した後、ある時間後に強磁性体フェライトに変態するとすべきであるが、その時間間隔が十分小さい(すなわちTA2以下常磁性体フェライトは直ちに強磁性体フェライトに変態する)として、式(20)のように変態熱を与えても問題ない。
【0103】
また、TA3以上で過加熱により強磁性体フェライトがオーステナイトに変態する場合、一旦常磁性体フェライトに変態し、ある時間後にオーステナイトに変態すると考えることができるが、図19の磁気変態(A2)による変態熱が、過加熱時でも常に発熱方向に発熱し、過加熱時にA3変態で必要な吸熱(潜熱)分を補い一気にオーステナイトに変態するため、見かけ上、強磁性体フェライトからオーステナイトに一気に変態すると見なせる。それ故、強磁性体からオーステナイトへの変態による変態熱Q23(T)の予測値Q’23(T)は、式(21a)〜式(21c)で与えられ、図20に示すような変態熱が発生する。
【0104】
【数21】
【0105】
図20において、TA2〜TA3の間は常磁性体フェライトが安定であるため、オーステナイトへの変態は発生しない。TA3以上で過加熱により強磁性体フェライトがオーステナイトに変態する場合、ほとんど吸熱反応は発生せず、変態熱は発熱側にあるので、TA3以上の強磁性体フェライトは温度上昇を伴いつつ一気にオーステナイトへの変態が進むことが見込まれ、第8実施形態により実際の物理現象がよく表現され、温度予測あるいは温度制御の高精度化が実現できる。
[第9実施形態]
第9実施形態(実施例9)では、A1変態における変態発熱量Q、変態熱速度qをより正確に算出する手法について述べる。
【0106】
A1変態におけるオーステナイト〜パーライトの変態では、パーライト中のフェライトとセメンタイトの比率に応じて、変態熱Q1(T)の予測値Q’1(T)を、例えば、オーステナイトから一気に強磁性体フェライトに変態すると仮定した上で、式(22)で与える。
【0107】
【数22】
【0108】
但し、Q’c(T)はオーステナイト〜セメンタイトの変態熱Qc(T)の予測値であり、予測値Q’32(T)は式(20)で与えられている。xcはパーライトの質量比でありオーステナイトの炭素濃度によって決まる。また、セメンタイトの変態熱Qc(T)の予測値Q’c(T)は、式(5),式(4),式(7),あるいは式(12)同様に、式(23a)〜式(23c)と与える。
【0109】
【数23】
【0110】
ある温度TAでの予測値Q’c(TA)を決めておけば、任意の温度Tでの予測値を得ることができる。
また、式(22)のようにA1変態の変態熱をフェライトとセメンタイトの変態熱から算出するのではなく、式(21)〜式(23)からセメンタイトがxc%含んだパーライトの比熱をcXc(T)とし、式(24a)〜式(24c)と与えてもよい。
【0111】
【数24】
【0112】
第9実施形態ではオーステナイトに炭素が固溶しており、cγ(T)は、第7実施形態に基づいて算出できる炭素を固溶したオーステナイト比熱である。但し、炭素濃度が低いあるいは固溶体の比熱がほとんど変わらない場合には、固溶していないオーステナイト比熱を用いても問題ない。
[第10実施形態]
第1実施形態〜第9実施形態では、冷却あるいは加熱プロセスで温度予測する上で必須の比熱のみを用いて変態発熱量を変更することにより、簡便で高精度に変態熱を予測可能とすることとしていた。一方、変態の開始終了温度を予測するに際しCCT線図やTTT線図に基づく手法などもあり簡便ではあるが、今後、計算機パワーの向上により材質予測モデルに基づいて変態の開始終了温度を予測することも可能となる。
【0113】
第10実施形態(実施例10)では、材質予測モデルに基づいて変態の開始終了温度を予測可能な場合のことについて説明をする。
すなわち、材質予測モデルではギブスの自由エネルギを算出しており、このギブスの自由エネルギを用いると、式(14)は、次式で与えられる。
【0114】
【数25】
【0115】
式(14)において、変態温度TA3ではギブスの自由エネルギGα(TA3)とGγ(TA3)は等しく、またギブスの自由エネルギの傾きの差によって発生する潜熱と変態熱Qn(TA3)は一致する。加えて、潜熱はエントロピSγ(TA3)とSα(TA3)の差に温度かけたものとなるため、式(14)は、式(25)で与えられることとなる。
【0116】
【数26】
【0117】
それ故、式(14b)の代わりに式(25)を用いて(比熱の代わりに自由エネルギとエントロピを用いて)、予測値Q’n(T)を得ることが可能である。
さらに、式(14a)に式(25)、式(14c)を代入し整理すると、予測値Q’n(T)は、式(26)のように、ギブスの自由エネルギの差とエントロピの差によって与えられ、比熱の代わりに自由エネルギとエントロピを用いれば、式(26)から予測値Q’n(T)を直接算出することも可能である。
【0118】
【数27】
【0119】
但し、材質予測モデルは材質変化を予測することをメインとしたもので、エントロピなどが(温度制御あるいや温度予測を行う上で)十分な精度で実材料と一致していないことも多く、何も修正しないよりは精度は向上するが、やはり実測した比熱に基づいて変態熱を修正する方が精度向上を期待できる。
[第11実施形態]
第11実施形態(実施例11)では、鋼板WのTTT線図に基づいて、変態率、変態率の変化量、変態率の変化速度の少なくとも1つを算出し(変態率予測工程)、それを基に、変態発熱量Q、変態熱速度q、それらによる温度変化量Q/cの少なくとも一つを算出して、その上で、鋼板Wの予測温度を算出する方法について説明する。
【0120】
図21に、A3変態に対するTTT線図とそれに伴う変態率、変態率の変化速度(変態速度)、従来技術および第11実施形態による発熱量予測値を示す。
今、温度TAでの変態率当たりの変態熱、あるいは図21の温度TAでの変態熱の総和、あるいは図21の温度TAでの変態熱の発熱パターン(熱量と時間の関係)などが与えられているとする。
【0121】
変態率当たりの変態熱は、変態率が1(完全に変態が終了した)となった場合の変態熱の総和に相当し、図21の温度TAでの変態熱の総和(図中の発熱量の時間積分)と一致する。また、変態熱の発熱パターンは、変態率の変化速度のパターンと一致し、その時間積分は変態熱の総和や変態率当たりの変態熱と一致すると共に、変態率の変化速度に変態率当たりの変態熱を乗じた値とも一致している。すなわち、温度TAでの変態率当たりの変態熱あるいは変態熱の総和あるいは発熱パターンは等価であり、いずれか一つが与えられれば他は算出可能である。
【0122】
従来技術では、変態率当たりの変態熱あるいは変態熱の総和あるいは発熱パターンを温度に依存しない固定値としている。このため、温度TAでの値と温度Tでの値は同じである。すなわち、TAでの変態熱の総和(図中の発熱量の時間積分・面積)と、Tでの変態熱の総和(図中の発熱量の時間積分・面積)とは同じである。また変態率当たりの変態熱が同じため(変態率当たりの変態熱を変態率の変化速度にかけたものが熱量)変態率の変化速度のパターンと同じ形で発熱パターンが与えられる。またTAでの発熱パターンの時間軸(横軸)を伸ばし、面積が変わらないように縦軸を縮めたものがTでの発熱パターンとして与え、発熱パターンを一致させている。
【0123】
一方、第11実施形態では、過冷却あるいは過加熱度に応じて変態率当たりの変態熱(変態熱の総和)を修正するため、発熱パターン(変態率の変化速度パターンと同じ)は継承しつつ、その面積を(過冷却あるいは過加熱度に応じて変化する)変態率当たりの変態熱によって修正し、図21に示すようにTでの変態熱を与えることにより、温度予測あるいは温度制御を高精度化することを可能としている。
【0124】
発熱パターンとしては、図22のようなパターン関数PあるいはパターンテーブルPの形が好適である。すなわち、変態開始時間tSと終了時間tEが与えられた場合、時刻tでのパターン関数PあるいはテーブルPを(t−tS)/(tE−tS)の関数あるいはテーブルとして与える。このパターン関数Pが発熱パターンとして与えられているのであれば、従来技術では発熱速度q(T,t)は、式(27)で与えられる。
【0125】
【数28】
【0126】
当然、TTT線図上のtSとtEは温度Tの関数であり、上式ではtS(T)とtE(T)と記述している。またPをtE(T)−tS(T)で除しているのは、熱量総和(時間積分・面積)を一定にするためである。
第11実施形態では、過冷却度あるいは過加熱度に応じて発熱速度q(T,t)を修正するため、与えられたパターン関数Pがどの温度での発熱パターンであるかが重要であり、例えばパターン関数PがTAでの発熱パターンであるとすれば、発熱速度q(T,t)は、式(28)となる。
【0127】
【数29】
【0128】
また、パターン関数Pが変態率の変化速度パターンを与えているとすれば、変態率の変化速度g(T,t)は、式(29)となる。
【0129】
【数30】
【0130】
この場合、式(10a)から過冷却度あるいは過加熱度に応じた発熱速度q(T,t)を、式(10)b、式(10c)から発熱量Q(T,t,Δt)や温度変化量Q(T,t,Δt)/c(T)を得ることができる。
また、パターン関数Pが変態率自体のパターンを与えているとすれば、変態率の変化速度g(T,t))は当然ながら変態率パターンの時間微分となり、式(30)のようになる。
【0131】
【数31】
【0132】
[第12実施形態]
第12実施形態(実施例12)では、鋼板WのCCT線図に基づいて、変態率、変態率の変化量、変態率の変化速度の少なくとも1つを算出し(変態率予測工程)、それを基に、変態発熱量Q、変態熱速度q、それらによる温度変化量Q/cの少なくとも一つを算出して、その上で、鋼板Wの予測温度を算出する方法について説明する。
【0133】
図23にA3変態に対するCCT線図と、それに伴う変態率、変態率の変化速度(変態速度)、従来技術および本実施例による発熱量予測値を示す。
今、冷却速度VAでの変態率当たりの変態熱、あるいは図23の冷却速度VAでの変態熱の総和、あるいは図23の冷却速度VAでの変態熱の発熱パターン(熱量と時間の関係)などが与えられているとする。
【0134】
第11実施形態と同様に冷却速度VAでの変態率当たりの変態熱あるいは変態熱の総和あるいは発熱パターンは等価であり、いずれか一つが与えられれば他は算出可能である。
またパターン関数PあるいはテーブルPが与えられた場合の冷却速度Vにおける発熱速度qや発熱量Qや温度変化量Q/cの算出方法も第11実施形態と同様であるが、CCT線図では冷却速度一定としているため、時間よって温度が変化する。したがって例えばパターンPが冷却速度VAでの発熱パターンであるとすれば発熱速度q(T,t)は、式(31a),式(31b)となる。
【0135】
【数32】
【0136】
つまり、式(29)のTAの代わりに、時間変化するTVA(t)とした式(31)で与えられる。式(31b)のTVA(t)は、冷却速度Vの時の時刻tに相当する冷却速度VAの時の状態の温度を与えている。
つまり、第11実施形態では、TTT線図を用い、パターンを(t−tS)/(tE−tS)のパターン関数あるいはテーブルとしたが、第12実施形態では、CCT線図を用い、変態開始温度TSと終了温度TEが与えられた場合、パターンを(T−TS)/(TE−TS)の関数としてもよい。
【0137】
ところで、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
例えば、実施形態の説明においては、冷却装置3における鋼板Wの冷却プロセスを念頭に置きつつ、鋼板Wの温度予測手法について説明を行ったが、加熱装置で行われる加熱プロセスも関しても全く同じモデル、同様の考え方が採用可能である。
【0138】
また、第1実施形態〜第12実施形態において、変態発熱量Qあるいは変態熱速度qあるいはそれらによる温度変化量Q/cを、過冷却度あるいは過加熱度に応じて修正する技術について示してきた。しかしながら、冷却制御などの場合、冷却履歴を制御することによって、変態温度域が限定される場合がある。その際は、これら実施形態の計算を随時行うのではなく、鋼板Wを冷却する前、あるいは鋼種毎に予め発熱速度q(T,t)や発熱量Q(T,t,Δt)や温度変化量Q(T,t,Δt)/c(T)などを計算し、与えておけばよい。
【符号の説明】
【0139】
1 熱間連続圧延装置
2 圧延機(最終圧延機)
3 冷却装置
4 巻き取り装置
5 ワークロール
6 バックアップロール
7 冷却バンク
8 入側温度計
9 中間温度計
10 出側温度計
11 制御部
W 鋼板
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間圧延プロセスにて冷却又は加熱される鋼板の板温度を予測する温度予測方法において、
前記鋼板の変態に伴う変態発熱量又は変態熱速度から算出される発熱量を加味した上で、鋼板と外部との熱収支を計算し、鋼板の板温度の予測値を算出する板温度予測工程と、
前記した板温度予測工程を行うにあたり、前記変態発熱量又は変態熱速度を、前記鋼板の過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正する変態因子変更工程と、
を有することを特徴とする変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項2】
前記した板温度予測工程が、変態発熱量に基づく温度変化量又は変態熱速度から算出される温度変化量を加味した上で、鋼板と外部との熱収支を計算し、鋼板の板温度の予測値を算出する場合には、
前記した変態因子変更工程は、前記変態発熱量に基づく温度変化量又は変態熱速度から算出される温度変化量を、前記鋼板の過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正することを特徴とする請求項1に記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項3】
前記した変態因子変更工程は、過冷却の度合い又は過加熱の度合いが大きいほど、変態発熱量又は変態熱速度が大きくなるように修正することを特徴とする請求項1又は2に記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項4】
前記した変態因子変更工程は、オーステナイト比熱がフェライト比熱よりも低い温度域において、過冷却の度合い又は過加熱の度合いが大きいほど、A3変態による変態発熱量が大きくなるように修正することを特徴とする請求項3に記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項5】
前記した変態因子変更工程は、温度Aで変態した場合の単位変態率当たりの変態発熱量と温度Bで変態した場合の単位変態率当たりの変態発熱量との差を、変態前の比熱と変態後の比熱との差を温度区間A〜Bで積分した積分値に応じて増加減する操作を行うことで、前記変態発熱量又は変態熱速度を修正することを特徴とする請求項1又は2に記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項6】
前記した変態因子変更工程は、
過冷却時又は過加熱時の比熱を求める際に、過冷却あるいは過加熱以外の比熱曲線を一次以上の直線や曲線で近似し、該近似曲線を延長することによって、過冷却又は過加熱時の比熱を算出し、算出された過冷却又は過加熱時の比熱を基に前記積分値を求めることを特徴とする請求項5に記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項7】
前記した変態因子変更工程は、
鋼板のCCT線図、TTT線図、あるいは材質モデルに基づいて、変態率、変態率の変化量、変態率の変化速度の少なくとも1つを算出する変態率予測工程を有し、
前記変態率予測工程により算出された値を基に、前記変態発熱量、変態熱速度、温度変化量の少なくとも1つを算出する操作を行うことで、前記変態発熱量、変態熱速度、温度変化量のいずれかを修正することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項8】
前記した変態因子変更工程は、
所定の鋼種に関する比熱曲線、変態発熱量の曲線、変態熱速度の曲線を予め与えておくと共に、所定の鋼種に関しては、与えられた前記曲線を基に請求項1〜7のいずれかに記載された温度予測方法で板温度の予測を行い、
前記曲線が与えられていない鋼種に対しては、前記所定の鋼種の内、成分あるいは圧延条件の近い鋼種を選ぶと共に、選ばれた鋼種の前記曲線を基に請求項1〜7のいずれかに記載された温度予測方法で、前記曲線が与えられていない鋼種の板温度の予測を行うことを特徴とする変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項9】
前記した変態因子変更工程は、
磁気変態を考慮した上で、前記変態発熱量、変態熱速度を算出することを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項10】
磁気変態を考慮するに際しては、
常磁性体に対して強磁性体の比熱を大きく与えると共に、強磁性体への変態はフェライト、セメンタイト、マルテンサイトのいずれかの組織に限定し、
A2点(セメンタイトではA0点)以下で存在する前記限定した組織が、直ちにあるいはある時間遅れを伴って強磁性体に変態するものとし、該組織の組織分率に応じて強磁性体への変態率、変態熱量、変態熱速度の少なくとも一つを算出することを特徴とする請求項9に記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項1】
熱間圧延プロセスにて冷却又は加熱される鋼板の板温度を予測する温度予測方法において、
前記鋼板の変態に伴う変態発熱量又は変態熱速度から算出される発熱量を加味した上で、鋼板と外部との熱収支を計算し、鋼板の板温度の予測値を算出する板温度予測工程と、
前記した板温度予測工程を行うにあたり、前記変態発熱量又は変態熱速度を、前記鋼板の過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正する変態因子変更工程と、
を有することを特徴とする変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項2】
前記した板温度予測工程が、変態発熱量に基づく温度変化量又は変態熱速度から算出される温度変化量を加味した上で、鋼板と外部との熱収支を計算し、鋼板の板温度の予測値を算出する場合には、
前記した変態因子変更工程は、前記変態発熱量に基づく温度変化量又は変態熱速度から算出される温度変化量を、前記鋼板の過冷却の度合い又は過加熱の度合いに応じて修正することを特徴とする請求項1に記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項3】
前記した変態因子変更工程は、過冷却の度合い又は過加熱の度合いが大きいほど、変態発熱量又は変態熱速度が大きくなるように修正することを特徴とする請求項1又は2に記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項4】
前記した変態因子変更工程は、オーステナイト比熱がフェライト比熱よりも低い温度域において、過冷却の度合い又は過加熱の度合いが大きいほど、A3変態による変態発熱量が大きくなるように修正することを特徴とする請求項3に記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項5】
前記した変態因子変更工程は、温度Aで変態した場合の単位変態率当たりの変態発熱量と温度Bで変態した場合の単位変態率当たりの変態発熱量との差を、変態前の比熱と変態後の比熱との差を温度区間A〜Bで積分した積分値に応じて増加減する操作を行うことで、前記変態発熱量又は変態熱速度を修正することを特徴とする請求項1又は2に記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項6】
前記した変態因子変更工程は、
過冷却時又は過加熱時の比熱を求める際に、過冷却あるいは過加熱以外の比熱曲線を一次以上の直線や曲線で近似し、該近似曲線を延長することによって、過冷却又は過加熱時の比熱を算出し、算出された過冷却又は過加熱時の比熱を基に前記積分値を求めることを特徴とする請求項5に記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項7】
前記した変態因子変更工程は、
鋼板のCCT線図、TTT線図、あるいは材質モデルに基づいて、変態率、変態率の変化量、変態率の変化速度の少なくとも1つを算出する変態率予測工程を有し、
前記変態率予測工程により算出された値を基に、前記変態発熱量、変態熱速度、温度変化量の少なくとも1つを算出する操作を行うことで、前記変態発熱量、変態熱速度、温度変化量のいずれかを修正することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項8】
前記した変態因子変更工程は、
所定の鋼種に関する比熱曲線、変態発熱量の曲線、変態熱速度の曲線を予め与えておくと共に、所定の鋼種に関しては、与えられた前記曲線を基に請求項1〜7のいずれかに記載された温度予測方法で板温度の予測を行い、
前記曲線が与えられていない鋼種に対しては、前記所定の鋼種の内、成分あるいは圧延条件の近い鋼種を選ぶと共に、選ばれた鋼種の前記曲線を基に請求項1〜7のいずれかに記載された温度予測方法で、前記曲線が与えられていない鋼種の板温度の予測を行うことを特徴とする変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項9】
前記した変態因子変更工程は、
磁気変態を考慮した上で、前記変態発熱量、変態熱速度を算出することを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【請求項10】
磁気変態を考慮するに際しては、
常磁性体に対して強磁性体の比熱を大きく与えると共に、強磁性体への変態はフェライト、セメンタイト、マルテンサイトのいずれかの組織に限定し、
A2点(セメンタイトではA0点)以下で存在する前記限定した組織が、直ちにあるいはある時間遅れを伴って強磁性体に変態するものとし、該組織の組織分率に応じて強磁性体への変態率、変態熱量、変態熱速度の少なくとも一つを算出することを特徴とする請求項9に記載の変態発熱量を考慮した鋼板の温度予測方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2011−212743(P2011−212743A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−86234(P2010−86234)
【出願日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】
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