説明

変異体トランスグルタミナーゼ

【課題】高分子基質に対する活性が向上したトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質を提供すること。
【解決手段】WTトランスグルタミナーゼに適切な変異を導入することによって得られる、高分子基質(特に、カゼイン、ゼラチン、コラーゲン及びケラチンなどのタンパク質基質)に対する活性が向上したトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放線菌由来トランスグルタミナーゼの変異体タンパク質に関する。トランスグルタミナーゼ(単にTGともいう)はタンパク質間に架橋結合を形成させることで、ゲル状物質を生じさせるので、食品加工等に幅広く利用されている。トランスグルタミナーゼ活性や熱安定性が向上した変異体TGはその必要量の低下に寄与し、基質特異性や至適pHが変化した変異体TGは新しい分野への本酵素の適用を可能にする。
【背景技術】
【0002】
トランスグルタミナーゼはタンパク質のペプチド鎖内にあるγ-カルボキシアミド基のアシル転移反応を触媒する酵素である。本酵素をタンパク質に作用させるとε-(γ-Glu)-Lys架橋形成反応、Glnの脱アミド化によるGluへの置換反応が起こりうる。トランスグルタミナーゼとしては、これまでに動物由来のものと微生物由来のものが知られている。前者は、Ca2+依存性の酵素で、動物の臓器、皮膚、血液などに分布している。例えば、モルモット肝臓トランスグルタミナーゼ(非特許文献1)、ヒト表皮ケラチン細胞トランスグルタミナーゼ(非特許文献2)、ヒト血液凝固因子XIII(非特許文献3)などがある。後者については、ストレプトマイセス属の菌から、Ca2+非依存性のものが発見されている。例えば、ストレプトマイセス・グリセオカルネウス(Streptomyces griseocarneus)NBRC 12776、ストレプトマイセス・シナモネウス(Streptomyces cinnamoneus)NBRC 12852、ストレプトマイセス・モバラエンシス(Streptomyces mobaraensis)NBRC 13819等が挙げられる。そのうちストレプトマイセス・モバラエンシスのvariantの培養上清から見出されたトランスグルタミナーゼをMTG(Microbial Transglutaminase)と称する。更に、ストレプトマイセス・リジクス (Streptomyces lydicus) NRRL B-3446からも、Ca2+非依存性トランスグルタミナーゼが発見されている(特許文献1)。これらの微生物が生産するトランスグルタミナーゼの一次構造はペプチドマッピング及び遺伝子構造解析の結果、動物由来のものとは相同性を全く持たないことが判明している(特許文献2)。
【0003】
MTGは331個のアミノ酸からなる分子量約38,000の単量体タンパク質である(非特許文献4)。MTGは、上記菌類等の培養物から精製操作を経て製造されているため、供給量、効率等の点で問題があった。また、遺伝子工学的手法によるトランスグルタミナーゼの製造も試みられている。エシェリヒア・コリ(E.coli)、酵母等による分泌発現による方法(特許文献3)や、エシェリヒア・コリでMTGをタンパク質封入体として発現させた後、この封入体をタンパク質変性剤で可溶化し、脱変性剤処理を経て再生させることにより活性をもつMTGを生産する方法(特許文献4)、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)でMTGを分泌発現する方法(特許文献5)が報告されている。動物由来のトランスグルタミナーゼとは異なり、MTGをはじめとする微生物由来のトランスグルタミナーゼは、Ca2+非依存性であるため、ゼリー等のゲル化食品、ヨーグルト、チーズ、あるいはゲル状化粧品などの製造や食肉の肉質改善等に利用されている(特許文献6)。また、熱に安定なマイクロカプセルの素材、固定化酵素の担体などの製造に利用されているなど、産業上利用性の高い酵素である。酵素反応条件については、例えば、ゲル化食品の場合、酵素反応時間が短いと固まらず、逆に反応時間が長過ぎると堅くなり過ぎて、商品とならない。そこで、ゼリー等のゲル化食品、ヨーグルト、チーズ、あるいはゲル状化粧品などの製造や食肉の肉質改善等にMTGを利用する場合、基質及び酵素の濃度、反応温度、反応時間を調節することによって、目的物を作製している。しかしながら、MTGを利用した食品や試薬などが多岐にわたるにつれて、濃度、温度、時間等を調節するだけでは、目的とする製品を作製できない場合があり、MTGの酵素活性を改質する必要性が生じている。
特許文献7はMTGの立体構造を開示し、活性中心が64位のCys残基であることを開示しているが、立体構造中で活性中心近傍にくるアミノ酸を変異させることにより酵素活性の向上がもたらされることを具体的に示してはいない。
【0004】
MTGはこれまで、主に食品分野で利用されてきた。繊維、化成品(写真フィルム、皮なめし)、飼料、香粧品、医薬など様々な用途での応用可能性が示唆されているものの、これらの分野で実用化されているものは少ない。その理由としては、当該分野で産業上利用するにあたり、MTGの反応性が低いことが原因として挙げられる。MTGは、タンパク質中のグルタミン残基に反応するが、タンパク質中の全てのグルタミン残基に反応するわけではなく、グルタミン残基の周りのアミノ酸の一次配列、立体構造によって反応するグルタミン残基と反応しないグルタミン残基が存在することが知られている。また、トランスグルタミナーゼの種類によって、反応するグルタミン残基と個々のグルタミン残基への反応性が異なることが知られている(特許文献8)。このグルタミン残基への反応性が変化した変異体トランスグルタミナーゼをタンパク質に作用させると、もとの(即ち野生型)トランスグルタミナーゼを作用させた場合と比べて、タンパク質の架橋度、すなわち、ゲル化の度合も変化することになる。
【0005】
繊維分野では、トランスグルタミナーゼによるウールの改質が知られている。すなわち、ウールをトランスグルタミナーゼで処理することによって、風合いを維持したまま防縮性、抗ピリング性および疎水性を付与できることが知られている(特許文献9)。しかしながら、トランスグルタミナーゼを繊維分野で使用する場合、その価格が高いことから、ウールのケラチンに対する活性を向上させることによってトランスグルタミナーゼの使用量を少なくすることができれば、ウールの改質にトランスグルタミナーゼを利用することが可能になると考えられる。
【0006】
写真フィルム、印画紙などには、化学架橋剤によって架橋されたゼラチンがコートされていることが知られている。ゼラチンは、食品素材でもあり、トランスグルタミナーゼで架橋されることが知られている。また、化学架橋剤の代替としてトランスグルタミナーゼを使用した写真フィルムが有用であることも知られている(特許文献10)。しかしながら、トランスグルタミナーゼを写真フィルムへ使用する場合、その価格が高いことから、ゼラチンに対する活性を向上させることによってトランスグルタミナーゼの使用量を少なくすることができれば、写真フィルムの製造にトランスグルタミナーゼを利用することが可能になると考えられる。
【0007】
皮なめしとは、動物の皮(hide/skin)に、複数の工程からなる処理、加工を施し、皮を、耐久性、柔軟性のある革にする加工のことであるが、この加工は、6価クロムで皮のコラーゲンを架橋することによって行われる。6価クロムは、有害で環境中への放出が好ましくないため、代替法の開発が強く求められている。皮なめしへのトランスグルタミナーゼの利用については、特許文献11で微生物由来トランスグルタミナーゼが皮なめしに使用できることが開示されているが、実際に皮に作用させた実施例はなく、いまだ実用化されていない。Jelenskaらは、動物由来トランスグルタミナーゼを使用した場合、天然型コラーゲンに対する活性は低いと報告している(非特許文献5)。微生物由来トランスグルタミナーゼにおいても、天然型コラーゲンに対する活性が低いために実用化されていないと考えられ、皮なめしにトランスグルタミナーゼを利用する場合、コラーゲンに対する活性が高い変異体トランスグルタミナーゼが必要と考えられる。コラーゲンは不溶性であるが、その熱変性物であるゼラチンは可溶性であり、トランスグルタミナーゼの基質として活性を評価しやすい。ゼラチンに対する活性の高い変異体トランスグルタミナーゼであれば、コラーゲンに対する活性も高いことが予測され、皮なめしに適用可能な変異体トランスグルタミナーゼと考えられる。
【0008】
革製品の仕上げでは、カゼイン仕上げという工程も存在し、皮革が化学架橋剤で硬化したカゼインの仕上がりをもって提供されることが知られている。カゼイン仕上げへの利用においても、実用化においては、カゼインに対する活性の向上による使用量低減が求められていると考えられる。
【0009】
以上、述べてきたように、TGを汎用的な領域(繊維加工、写真フィルムの製造、皮なめしなど)で使用する場合、TGの酵素活性を向上させ、使用量を少なくする必要があり、MTGの酵素活性の向上が不可避である。
【0010】
MTGの酵素活性を改質するためには、MTGの変異体を作製し、その活性等を評価し、優良な変異体を探し出す必要がある。変異体を作製するには、野生型の遺伝子を操作する必要があり、したがって、遺伝子組換えタンパク質が調製可能なことが必要条件となる。MTGの場合は、コリネバクテリウム・グルタミカムを用いての分泌発現系が確立されている(特許文献5)。優良な変異体とは、カゼイン、ゼラチン、コラーゲン、ケラチンなどの高分子基質に対する活性が向上した変異体である。
【特許文献1】特表平10-504721号公報
【特許文献2】欧州特許公開公報0 481 504 A1
【特許文献3】特開平5-199883号公報
【特許文献4】特開平6-30771号公報
【特許文献5】国際公開第2002/081694号パンフレット
【特許文献6】特開昭64-27471号公報
【特許文献7】国際公開第2002/014518号パンフレット
【特許文献8】特開2001-321192号公報
【特許文献9】特開平3-213574号公報
【特許文献10】特開2004-29383号公報
【特許文献11】米国特許6,849,095号明細書
【非特許文献1】K.Ikura et al., Biochemistry, 27, 2898, 1988
【非特許文献2】M.A. Phillips et al., Proc. Natl.Acad. Sci. U.S.A, 87, 9333, 1990
【非特許文献3】A. Ichinose et al., Biochemistry, 25, 6900, 1990
【非特許文献4】T. Kanaji et al., Journal of Biological Chemistry. 268, 11565, 1993
【非特許文献5】M.M. Jelenska et al., Biochimica et Biophysica Acta, 616, 167-178, 1980
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、野生型(以下単にWTとも略す)トランスグルタミナーゼと比較して高分子基質(特にタンパク質基質)に対する活性が向上したトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質を提供することである。特に、カゼイン、ゼラチン、コラーゲン、ケラチンを架橋する活性が向上したトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質を提供することにより、酵素の使用量を低下させ、それによってウールの改質、写真フィルムの製造、皮なめしなどにトランスグルタミナーゼを適用することを可能とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意検討した結果、WTトランスグルタミナーゼに適切な変異を導入することによって、カゼイン、ゼラチン、コラーゲン及びケラチンなどのタンパク質基質に対する活性が向上したトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質を作製し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
本発明を概説すれば、以下に列挙するとおりである。
[1] トランスグルタミナーゼ活性を有し、下記A、B、C又はDのアミノ酸配列を有するタンパク質:
(A)配列番号2において、3、5、10、12、14、16、26、28、30、32、34、38、42、49、58、59、65、74、75、77、199、238、241、248、284、289、299、303、312及び320位から選択される少なくとも1の位置に変異を有するアミノ酸配列;
(B)(A)の配列において、3、5、10、12、14、16、26、28、30、32、34、38、42、49、58、59、65、74、75、77、199、238、241、248、284、289、299、303、312又は320位以外の位置に、1〜数残基の置換、欠失、付加及び/又は挿入を有するアミノ酸配列;
(C)配列番号4、6、8、10及び12から選択されるアミノ酸配列、または、配列番号2、4、6、8、10及び12から選択されるアミノ酸配列と70%以上の相同性を有しトランスグルタミナーゼ活性を有するタンパク質のアミノ酸配列中の、配列番号2の3、5、10、12、14、16、26、28、30、32、34、38、42、49、58、59、65、74、75、77、199、238、241、248、284、289、299、303、312及び320位に対応する位置から選択される少なくとも1つの位置に変異を有するアミノ酸配列;又は
(D)(C)の配列において、配列番号2の3、5、10、12、14、16、26、28、30、32、34、38、42、49、58、59、65、74、75、77、199、238、241、248、284、289、299、303、312又は320位に対応する位置以外の位置に、1〜数残基の置換、欠失、付加及び/又は挿入を有するアミノ酸配列。
[2] 前記変異の位置が、10、12、14、16、30、32、34、38、42、49、65、77、199、299、312及び320位から選択される、上記[1]に記載のタンパク質。
[3] 前記変異が以下の変異から選択される、上記[1]または[2]に記載のタンパク質:
1)3位:フェニルアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン又はアスパラギンへの置換;
2)5位:リジンへの置換;
3)10位:セリンへの置換;
4)12位:セリンへの置換;
5)14位:アスパラギンへの置換;
6)16位:スレオニン、セリン、ロイシン、リジン又はアスパラギンへの置換;
7)26位:フェニルアラニンへの置換;
8)28位:アスパラギン酸への置換;
9)30位:アスパラギン酸への置換;
10)32位:アスパラギン酸への置換;
11)34位:フェニルアラニンへの置換;
12)38位:フェニルアラニンへの置換;
13)42位:ヒスチジンへの置換;
14)49位:アルギニンへの置換;
15)58位:アスパラギン酸への置換;
16)59位:ロイシン又はフェニルアラニンへの置換;
17)65位:イソロイシンへの置換;
18)74位:アスパラギン、アラニン又はセリンへの置換;
19)75位:フェニルアラニン、アラニン、ヒスチジン、イソロイシン、トリプトファン、バリン又はプロリンへの置換;
20)77位:セリン、アラニン、フェニルアラニン、ロイシン、バリン、アスパラギン、トリプトファン、チロシン又はプロリンへの置換;
21)199位:アラニン、ロイシン又はスレオニンへの置換;
22)238位:フェニルアラニン又はロイシンへの置換;
23)241位:アラニンへの置換;
24)248位:セリンへの置換;
25)284位:グリシン又はスレオニンへの置換;
26)289位:フェニルアラニン又はチロシンへの置換;
27)299位:ロイシンへの置換;
28)303位:フェニルアラニンへの置換;
29)312位:バリンへの置換;及び
30)320位:アスパラギン酸への置換。
[4] 上記[1]〜[3]のいずれか1項に記載のタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
[5] 上記[4]に記載のポリヌクレオチドを含む組換えベクター。
[6] 上記[5]に記載の組換えベクターで形質転換された宿主細胞。
[7] 上記[6]に記載の宿主細胞を培養し、トランスグルタミナーゼ活性を有するタンパク質を採取することを特徴とする、上記[1]〜[3]のいずれか1項に記載のタンパク質の製造方法。
[8] 上記[1]〜[3]のいずれか1項に記載のタンパク質、上記[7]に記載の方法によって製造されたタンパク質、又は上記[6]に記載の宿主細胞を高分子基質に作用させる工程を含む、当該高分子基質の加工方法。
[9] 前記高分子基質が基質タンパク質である、上記[8]に記載の方法。
[10] 前記基質タンパク質が、コラーゲン、ゼラチン、カゼイン又はケラチンである、上記[9]に記載の方法。
[11] 皮なめし用、繊維加工用または写真フィルムの製造用である、上記[8]〜[10]のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、WTトランスグルタミナーゼの改変によって、高分子基質に対する活性が向上したトランスグルタミナーゼを提供することができる。更に、高分子基質に対する活性が向上したトランスグルタミナーゼを用いることにより、新規製品、及び新規技術を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を具体的に説明する。トランスグルタミナーゼは、ゼラチン、チーズ、ヨーグルト、豆腐、蒲鉾、ハム、ソーセージ、麺類などの食品の製造や食肉の肉質改善等に広く利用されている(特開昭64-27471号)。また、熱に安定なマイクロカプセルの素材、固定化酵素の担体などの製造に利用されているなど、産業上種々の目的に使用されている酵素である。トランスグルタミナーゼは、タンパク質分子のペプチド鎖内にあるグルタミン残基のγ−カルボキシアミド基のアシル転移反応を触媒する。タンパク質分子中のリジン残基のε−アミノ基がアシル受容体として作用するとタンパク質分子中及び分子間においてε−(γ−Glu)−Lys結合が形成される。
【0016】
トランスグルタミナーゼは、動物由来のCa2+依存性のものと微生物由来のCa2+非依存性のものとに大別される。微生物由来のTGとしては、放線菌由来のものが知られている。各種放線菌由来のTGのヌクレオチド配列及びアミノ酸配列の代表例を、下記表に示す。
【0017】
【表1】

【0018】
これら以外のトランスグルタミナーゼホモログを用いても、本明細書中に記載される方法に従って、トランスグルタミナーゼ活性(特に、タンパク質基質などの高分子基質に対する活性)が向上した変異体タンパク質を得ることができる。すなわち、トランスグルタミナーゼは、微生物種や株によってはその配列が若干異なる場合もあるため、本発明の変異体タンパク質を得るために改変され得るトランスグルタミナーゼのアミノ酸配列は、上記アミノ酸配列2、4、6、8、10及び12に限定されず、トランスグルタミナーゼ活性を有するタンパク質であれば、配列番号2、4、6、8、10又は12とそれぞれ70%、好ましくは80%、更に好ましくは90%、とりわけ好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の相同性を有するタンパク質であれば、後述する方法と同様にしてアラインメントを実施し、対応するアミノ酸残基を特定することによって、当該アミノ酸残基に変異を導入し、本発明の変異体を得ることができる。なお、ここにいう「相同性」とは同一性をいう。
相同性の解析は、例えば、「Genetyx ver. 7(Genetyx Corporation)」のデフォルトパラメーターを用いて計算することができる。
さらに、前記配列番号1、3、5、7、9もしくは11に記載のヌクレオチド配列と相補的な配列又はこれらの配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、トランスグルタミナーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドもまた本発明の変異体タンパク質の作成に用いることが出来る。
ここに、「ストリンジェントな条件」とは、例えば、相同性が高いヌクレオチド配列同士、例えば80、90、95、97または99%以上の相同性を有するヌクレオチド配列同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いヌクレオチド配列同士がハイブリダイズしない条件、具体的には通常のサザンハイブリダイゼーションの洗浄条件である60℃、1xSSC,0.1%SDS、好ましくは、0.1xSSC、0.1%SDS、さらに好ましくは、68℃、0.1xSSC、0.1%SDSに相当する塩濃度及び温度で、1回、より好ましくは2〜3回洗浄する条件が挙げられる。
プローブとして、配列番号1、3、5、7、9又は11のヌクレオチド配列の部分配列を用いることもできる。そのようなプローブは、該ヌクレオチド配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとし、配列番号1、3、5、7、9又は11のヌクレオチド配列を含むDNA断片を鋳型とするPCRによって作製することができる。例えば、プローブとして、300bp程度の長さのDNA断片を用いる場合には、ハイブリダイゼーションの洗いの条件としては、50℃、2xSSC、0.1%SDSが挙げられる。
【0019】
「トランスグルタミナーゼ活性」とは、上記のように、タンパク質中のグルタミン残基とリジン残基との間に架橋を形成する活性を意味する。本明細書中では、特に、基質タンパク質(例えば、カゼイン、ゼラチン、コラーゲン、ケラチンなど)間に架橋を形成すること、即ち基質タンパク質をゲル化する活性をいう。即ち、タンパク質に対する活性とは、タンパク質を架橋(ゲル化)する活性をいう。
【0020】
「WT(野生型)トランスグルタミナーゼ」とは、アミノ酸配列の変異が導入されていない天然に存在するトランスグルタミナーゼを意味する。このWTトランスグルタミナーゼ活性と比較してトランスグルタミナーゼ変異体の活性が「向上」したとき、この変異体は本発明の好ましい変異体である。
【0021】
「トランスグルタミナーゼ変異体タンパク質(本発明のトランスグルタミナーゼ変異体又は単に本発明の変異体などと呼ぶ)」は、配列番号2において、(A)3、5、10、12、14、16、26、28、30、32、34、38、42、49、58、59、65、74、75、77、199、238、241、248、284、289、299、303、312及び320位から選択される少なくとも1の位置に変異を有するアミノ酸配列;或いは(B)これらの位置以外の位置に、1〜数残基の置換、欠失、付加及び/又は挿入を有するアミノ酸配列、を有するタンパク質である。さらに、(C)配列番号4、6、8、10及び12から選択されるアミノ酸配列中の、上記位置に対応する位置から選択される少なくとも1つの位置に変異を有するアミノ酸配列;或いは(D)そのような対応する位置以外の位置に、1〜数残基の置換、欠失、付加及び/又は挿入を有するアミノ酸配列、を有するタンパク質もまた、本発明の範囲内である。
【0022】
上記変異の位置は、10、12、14、16、30、32、34、38、42、49、65、77、199、299、312及び320位(上記(C)及び(D)の配列中の対応する位置を含む)から選択してもよい。これらの位置での変異は活性の面からも好ましい。
【0023】
本明細書において、配列番号4、6、8、10及び12から選択されるアミノ酸配列中の、上記位置に「対応する」位置は、これらの配列と配列番号2のアミノ酸配列とをアラインさせて決定される。また、本明細書中に示されたもの以外のトランスグルタミナーゼホモログのアミノ酸配列を配列番号2のアミノ酸配列とアラインメントさせて「対応する」位置を決定し、その位置に変異を導入することも可能である。例えば、配列番号2と他の配列とをアラインさせる際にギャップが導入される場合は、上で言及した位置は前後にずれる可能性があることに留意すべきである。対応する位置については、例えば図3を参照のこと。
【0024】
アミノ酸配列のアラインメントに使用されるアルゴリズムとしては、NCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)、Karlinら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877 (1993)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはNBLAST及びXBLASTプログラム(version 2.0)に組み込まれている(Altschulら, Nucleic Acids Res., 25: 3389-3402 (1997))]、Needlemanら, J. Mol. Biol., 48: 444-453 (1970)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のGAPプログラムに組み込まれている]、Myers及びMiller, CABIOS, 4: 11-17 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはCGC配列アラインメントソフトウェアパッケージの一部であるALIGNプログラム(version 2.0)に組み込まれている]、Pearsonら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85: 2444-2448 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のFASTAプログラムに組み込まれている]などが挙げられる。
【0025】
なお、ストレプトマイセス・モバラエンシス由来トランスグルタミナーゼ(MTG)以外でも、本酵素とアミノ酸配列の相同性が認められるトランスグルタミナーゼ活性を有する酵素、あるいは、本酵素と類似の立体構造を持つと予想されるトランスグルタミナーゼ活性を有する酵素の改変を、MTGの立体構造を基に行うことは十分可能である。MTGにおいて、基質特異性等の改変に有効であるアミノ酸置換は、ストレプトマイセス・シナモネウスやストレプトマイセス・リジクス(特表平10-504721号)等の微生物に由来する類縁酵素においても有効であることが予測される。
【0026】
上記各々の位置における変異はアミノ酸残基の置換であることが好ましく、得られるトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質がトランスグルタミナーゼ活性を有している限り、特にWTトランスグルタミナーゼよりも高い活性を有している限り、どんな置換であってもよい。
【0027】
このような変異は、以下の変異から選択されることが好ましい:
1)3位:フェニルアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン又はアスパラギンへの置換;
2)5位:リジンへの置換;
3)10位:セリンへの置換;
4)12位:セリンへの置換;
5)14位:アスパラギンへの置換;
6)16位:スレオニン、セリン、ロイシン、リジン又はアスパラギンへの置換;
7)26位:フェニルアラニンへの置換;
8)28位:アスパラギン酸への置換;
9)30位:アスパラギン酸への置換;
10)32位:アスパラギン酸への置換;
11)34位:フェニルアラニンへの置換;
12)38位:フェニルアラニンへの置換;
13)42位:ヒスチジンへの置換;
14)49位:アルギニンへの置換;
15)58位:アスパラギン酸への置換;
16)59位:ロイシン又はフェニルアラニンへの置換;
17)65位:イソロイシンへの置換;
18)74位:アスパラギン、アラニン又はセリンへの置換;
19)75位:フェニルアラニン、アラニン、ヒスチジン、イソロイシン、トリプトファン、バリン又はプロリンへの置換;
20)77位:セリン、アラニン、フェニルアラニン、ロイシン、バリン、アスパラギン、トリプトファン、チロシン又はプロリンへの置換;
21)199位:アラニン、ロイシン又はスレオニンへの置換;
22)238位:フェニルアラニン又はロイシンへの置換;
23)241位:アラニンへの置換;
24)248位:セリンへの置換;
25)284位:グリシン又はスレオニンへの置換;
26)289位:フェニルアラニン又はチロシンへの置換;
27)299位:ロイシンへの置換;
28)303位:フェニルアラニンへの置換;
29)312位:バリンへの置換;及び
30)320位:アスパラギン酸への置換。
これらの位置は、上記(C)及び(D)の配列中の「対応する位置」でもある。本発明の変異体は、これらのアミノ酸変異を1個だけ又は複数個組み合わせて有していてもよい。このような変異体タンパク質は、当該分野で公知の部位特異的変異の導入方法を用いることによって作製できる。例えば、変異の導入は、Stratagene社のQuikChange II Site-Directed Mutagenesis Kitなどを用い、TG発現プラスミド(例えばpPSPTG11)に変異を導入し、目的の変異が入ったプラスミドを、各種宿主細胞(例えば、E.coliやコリネ型細菌)にエレクトロポレーションにより導入することにより、トランスグルタミナーゼ変異体タンパク質の産生株(以下、変異体TG産生株ともいう)が得られる。得られた変異体TG産生株を培養し、タンパク質を産生・取得することによって、トランスグルタミナーゼ変異体タンパク質が得られる。
【0028】
上記位置以外の位置における置換、欠失、付加及び/又は挿入は、得られるトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質がトランスグルタミナーゼ活性を有している限り、特にWTトランスグルタミナーゼよりも高い活性を有している限り、特に限定されない。このような変異体タンパク質が有する置換、欠失、付加及び/又は挿入の数は、1〜数残基(1〜30、好ましくは1〜15、更に好ましくは1〜5、4、3若しくは2残基)であることが望ましいが、その変異体タンパク質がトランスグルタミナーゼ活性を有している限り、特にWTトランスグルタミナーゼよりも高い活性を有している限り、任意の数のアミノ酸の置換、挿入、付加、欠失を含んでもよい。例えば、この変異が置換の場合、類似アミノ酸による置換(即ち、保存的アミノ酸置換)はタンパク質の機能に影響を与え難いことが予測されるので、類似アミノ酸による置換が好ましい。ここで「類似アミノ酸」とは、物理化学的性質において類似したアミノ酸を意味し、例えば、芳香族アミノ酸(Phe、Trp、Tyr)、脂肪族アミノ酸(Ala、Leu、Ile、Val)、極性アミノ酸(Gln、Asn)、塩基性アミノ酸(Lys、Arg、His)、酸性アミノ酸(Glu、Asp)、水酸基を有するアミノ酸(Ser、Thr)、側鎖の小さいアミノ酸(Gly、Ala、Ser、Thr、Met)などの同じグループに分類されるアミノ酸が挙げられる。保存的アミノ酸置換の具体例は当該技術分野で周知である。
【0029】
本発明はまた、本発明のトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質をコードするポリヌクレオチド(本発明のポリヌクレオチドと呼ぶ)を提供する。このようなポリヌクレオチドは、当該分野で公知の方法(例えば、本明細書中に記載した方法)を用いて取得可能である。適切な制限酵素を用いて、このポリヌクレオチドをベクターに挿入し、組換えベクターを得ることができる。
【0030】
本発明の組換えベクターに使用するベクター骨格は、その目的(例えば、クローニング、タンパク質の発現)に応じて、或いはこのベクターを導入すべき宿主細胞、好ましくは微生物に適したものを適宜選択し、使用することができる。この組換えベクターが発現ベクターである場合、この発現ベクターは、適切なプロモーターに機能可能に連結された本発明のポリヌクレオチドを含み、好ましくは本発明のポリヌクレオチドの下流に転写終結シグナル、すなわちターミネーター領域を含む。さらに、形質転換体を選択するための選択マーカー遺伝子(薬剤耐性遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子等)をさらに含むこともできる。また、発現したタンパク質の分離・精製に有用なタグ配列をコードする配列等を含んでもよい。また、ベクターは、対象宿主細胞のゲノムに組み込まれるものであってもよい。
【0031】
ベクターは、例えば、コンピテント細胞法、プロトプラスト法、リン酸カルシウム共沈法、ポリエチレングリコール法、リチウム法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、リポソーム融合法、パーティクル・ガン法等の、公知の形質転換技術を用いて、対象宿主細胞内に導入することができる。
【0032】
本発明は、このような組換えベクターで形質転換された宿主細胞(以下、本発明の形質転換体ともいう)もまた提供する。宿主細胞としては、大腸菌及び放線菌等の原核細胞並びに酵母等の真核細胞が挙げられる。タンパク質を発現させることを所望する場合、この宿主細胞は、タンパク質の産生に適し、且つ本発明の変異体タンパク質を機能的な形態で発現できる宿主細胞である。本発明の形質転換体は、上記形質転換技術を使用して得ることができる。使用可能な組換えベクター系の開発された微生物であれば、いずれの微生物であっても宿主細胞として利用可能であるが、好ましい宿主細胞としては、E. coli、コリネバクテリウム・グルタミカム、酵母、バチルス属細菌、各種放線菌などが挙げられるがこれらに限定されない。
【0033】
本発明の形質転換体は、当該分野で通常使用されている条件で培養することができる。例えば、培養の温度、時間、培地組成、pH、攪拌条件などは、培養する形質転換体に応じて適宜選択できる。
【0034】
本発明のトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質は、本発明の形質転換体によって発現される。トランスグルタミナーゼ変異体タンパク質は、当該形質転換体から分泌されるか、当該形質転換体から分離・精製して使用してもよく、当該変異体タンパク質を含んだ形質転換体としてそのまま使用してもよい。タンパク質の分離・精製は自体公知の方法に従って実施され得る。
【0035】
また、本発明のトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質は、プロ体として発現させ、その後適切なプロテアーゼ(例、サチライシン)で処理して成熟体としてもよく、或いはプロ体とプロテアーゼとを対象宿主細胞中で同時に発現させて成熟体を得てもよい。
【0036】
得られた形質転換体の培養、トランスグルタミナーゼ変異体タンパク質の分離・精製は、例えば以下のように行うことができる。カナマイシンを含むCM2G培地を試験管に分注する。形質転換体を植菌し、30℃、24時間前培養する。カナマイシンとCaCO3を含むMM培地を50mlずつ坂口フラスコに分注し、前培養液を継代し、培養する。培養液を遠心後、上清をフィルター濾過し、Sephadex G25(M)を用いて、溶媒を20 mM リン酸緩衝液,pH 7.0に置換する。サチライシンをトランスグルタミナーゼの1/100量添加し、30℃、16時間反応させ、トランスグルタミナーゼを活性化する。活性化した溶液を、Sephadex G25(M)を用いて、陽イオン交換クロマトグラフィーの平衡化用緩衝液に交換する。次に、同緩衝液で十分平衡化された陽イオン交換カラム(リソースS 6 ml;GEヘルスケアバイオサイエンス社製)に全量を負荷する。同緩衝液で再平衡化後、波長280nmでのUV吸収を指標に0→0.5 M NaClの直線濃度勾配により溶出される、NaCl濃度が200 mM近辺に溶出してくるタンパク質画分を分画する。画分の活性、タンパク量を測定し、比活性が低い画分を除いた比活性がほぼ同等なピークトップ近傍の画分を回収する。回収した画分をSephadex G25(M)を用いて、溶媒を20 mM リン酸緩衝液, pH 6.0に置換する。得られたサンプルは濃度を20 mM リン酸緩衝液, pH 6.0で約1mg/mlに希釈し、使用時まで-80℃で保存する。
【0037】
本発明は、本発明のトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質、又は当該タンパク質を発現している形質転換体を使用して、高分子基質(特に基質タンパク質)を加工する方法もまた提供する。トランスグルタミナーゼの基質となり得るタンパク質としては、トランスグルタミナーゼがアクセス可能なグルタミン残基及び/又はリジン残基を有するタンパク質が挙げられる。特に、本発明の好ましい基質タンパク質は、コラーゲン、ゼラチン、カゼイン及びケラチンである。この方法は、タンパク質の架橋工程を含む種々の用途(例えば、皮なめし、写真フィルムの製造、繊維(例、ウール)の加工)に適用できるが、特に皮なめしに好適である。
【0038】
本発明者らにより得られた前記知見に基づいて、トランスグルタミナーゼの上記残基に選択的に変異を導入することによって、高分子基質(例えば、カゼイン、ゼラチン、コラーゲン、ケラチンなどの基質タンパク質)を架橋(即ちゲル化)する活性を向上させたトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質が得られる。
【0039】
本発明のトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質は、さらにランダム変異や部位特異的変異を導入し、スクリーニングを実施することによって、同程度の活性、ないしは、さらに高活性の変異体トランスグルタミナーゼを得ても良い。
【0040】
例えば、MTG遺伝子へのランダム変異の導入とMTG変異体の一次スクリーニングは、以下のように行うことができる。S. mobaraense由来トランスグルタミナーゼ遺伝子(即ちMTG遺伝子)の配列は既に決定されている(Eur. J. Biochem.,257, 570-576, 1998)。この配列を参考にして、MTG活性本体をコードしている成熟体領域(約1,000bp)に変異が塩基配列レベルで2から3箇所となるように変異を導入する。変異を導入したPCR産物とMTG発現ベクターpPSPTG1(App. Env. Micro., 2003, 69, 358-366)を制限酵素で処理し、ライゲーションすることにより、pPSPTG1のMTG遺伝子部分を変異を導入したMTG遺伝子と置換することが容易にできる。ライゲーションによって作成したプラスミドで、E.coliを形質転換し、得られたコロニーをミックスカルチャーし、プラスミド抽出を行う。エレクトロポレーションによって、得られたプラスミドとプロ体切断酵素発現プラスミドpVSSIでコリネバクテリウム・グルタミカムAJ12036(FERM BP-734)(WO 2002 / 081694)を形質転換する。
【0041】
また、特定のアミノ酸残基を選択し、選択した各残基を異なる数種のアミノ酸へ置換した変異体を作成してもよい。この際、活性中心の64番目のCys残基近傍に変異を導入しても良い。変異の導入は、各種公知の部位特異的変異の導入方法(例えばStratagene社のQuikChange II Site-Directed Mutagenesis Kitを用いることができる)によって、プロTG発現プラスミド(例えばpPSPTG11)に変異を導入してもよい。目的の変異が入ったプラスミドを、コリネ菌にエレクトロポレーションにより導入する。
【0042】
また、スクリーニングで得られた株の塩基配列を確認することで、変異点の解析を行うことができる。変異点が確認されたものに関して、活性、タンパク量を測定することによって、比活性を算出することができる。活性、タンパク量は、文献(Prot. Exp. Puri., 2002, 26, 329-335)記載の方法で測定できる。
【0043】
塩基配列を確認することで、高活性となる変異部位を同定した後、複数の変異の入っている変異体が存在していた場合は、変異点を一つだけ導入した変異体を作成し、変異点の活性に及ぼす効果を正確に評価することもできる。変異の導入は、Stratagene社のQuikChange II Site-Directed Mutagenesis Kitなどを用いることによって簡便に行える。
【0044】
形質転換体は、プレートアッセイ法(実施例1に記載)でアッセイでき、活性の高い変異体は、さらなるスクリーニングに供することができる。通常のハイドロキサメート法(J.Biol.Chem., 241, 5518-5525,1966)でアッセイすることもできる。アッセイは、96穴ウエルを用いても、試験管を用いてもよい。変異を導入していない株をコントロールとすると、吸光度がコントロールと同等以上のものを選抜することができる。
【0045】
ハイドロキサメート法におけるトランスグルタミナーゼの活性単位は、次のように定義される。すなわち、ベンジルオキシカルボニル−L−グルタミニルグリシンとヒドロキシルアミンを基質として反応を行い、生成したヒドロキサム酸をトリクロル酢酸存在下で鉄錯体に変換させた後、525nmの吸光度で、その量を測定する。このようにしてヒドロキサム酸の量より検量線を作製し、1分間に1μモルのハイドロキサメートを生成させる酵素量をトランスグルタミナーゼの活性単位、1ユニットと定義する。この測定法の詳細は既に報告されている通り(例えば、特開昭64-27471号公報等参照)である。
【0046】
実施例6で具体的に述べるが、基質がカゼインやゼラチンといった高分子の場合、低分子(ベンジルオキシカルボニル−L−グルタミニルグリシンとヒドロキシルアミン)を基質としてハイドロキサメート法で測定したTG活性は、このような高分子のゲル化によって測定したTG活性と必ずしも一致しない。従って、TG活性は、高分子基質(基質タンパク質)のゲル化によって直接測定することが好ましい。
【0047】
分離・精製した変異体タンパク質の活性はカゼインゲル化、ゼラチンゲル化によっても評価することができる。カゼインゲル化時間の測定は下記のように行う。試験管に10%カゼインナトリウム溶液(pH 7.5)1mlを分注し、37℃でプレインキュベートする。0.2mg/mlのTG溶液100μlを添加し、37℃でインキュベートし、転倒しても5秒間ゲルが流れなくなった時点をゲル化時間とする。ゼラチンゲル化時間の測定は下記のように行える。試験管に10%ゼラチン溶液(pH 5.0)1mlを分注し、37℃でプレインキュベートする。0.2mg/mlのTG溶液100μlを添加し、37℃でインキュベートし、転倒しても5秒間ゲルが流れなくなった時点をゲル化時間とする。ゲル化時間は基質品質、溶解状態によって変化するため、ゲル化能は、同時に同じロットの基質で測定した精製MTG標品(コントロール)のゲル化時間と対比することで決定することができる。すなわち、変異体のゲル化能=精製MTG標品のゲル化時間/変異体のゲル化時間とする。この値が、1より大きい場合、変異体は、精製MTG標品よりゲル化時間が早いことになる。
【0048】
コラーゲンは不溶性タンパク質であるが、トランスグルタミナーゼによって架橋され、貯蔵弾性率が向上することが知られている(Tissue Eng. 12(6), 1467-74, 2006)。それぞれ変異体と天然型トランスグルタミナーゼによって架橋されたコラーゲンの貯蔵弾性率を比較することによって、コラーゲンに対する活性を評価することができる。
【0049】
ケラチンも不溶性タンパク質であるが、ウール(ケラチンが主要成分)をトランスグルタミナーゼで処理することによって、引っ張り強度が増加することが知られている(J. Biotechnol. 6, 116(4), 379-86, 2005)。それぞれ変異体と天然型トランスグルタミナーゼによって架橋されたウールの引っ張り強度を比較することによって、ケラチンに対する活性を評価することができる。
【0050】
選抜した株は、試験管培養、サチライシンでの活性化後、セリンプロテアーゼ阻害剤を添加することで、そのまま、カゼインゲル化、ゼラチンゲル化などで評価することができる。あるいは、坂口フラスコで培養、陽イオン交換クロマトグラフィーで精製することで、精製した変異体を評価することもできる。
【実施例】
【0051】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
【0052】
本明細書及び図面において、アミノ酸等を略号で表示する場合、各表示は、IUPAC−IUB Commission on Biochemical Nomenclatureによる略号或いは当該分野における慣用略号に基づくものである。
【0053】
実施例1 プレートアッセイ法の確立
MTG遺伝子にランダム変異を導入した際、高活性の変異体を効率よくアッセイする必要がある。そのために、ニトロセルロース膜を用いたプレートアッセイ法を構築することとした。MTGの酵素活性は、ハイドロキサメート法(J.Biol.Chem., 241, 5518-5525,1966)で測定することができる。ハイドロキサメート法は、ベンジルオキシカルボニル-L-グルタミルグリシンと塩化ヒドロキシルアンモニウムを基質としてMTGの酵素反応を行い、生成したヒドロキサム酸と鉄との錯体(赤色を呈する)を定量することによって酵素活性を測定する。プレートアッセイ法では、ハイドロキサメート法を応用し、ニトロセルロース膜上で、菌株を生育させ(MTGを分泌)、基質を噴霧し、TG反応によってコロニーの周りが赤色を呈する菌株を活性型MTG分泌株と視覚的に判断することとした。TG発現プラスミドpPSPTG1とプロ体切断酵素発現プラスミドpVSS1を保持し、TGを活性型で分泌発現することができるコリネ菌(App. Env. Micro., 2003, 69, 358-366)とTG発現プラスミドを保持しないコリネ菌(ベクターpPK4とpVSS1を保持、コントロール)を25μg/mlのカナマイシンと5μg/mlのクロラムフェニコールを含むCM2Gプレート(Glucose 5g, Polypepton 10g, Yeast extract 10g, NaCl 5g, DL-Met 0.2g, Agar 1.5g, pH7.2/1L)で、30℃、24時間培養し、ニトロセルロース膜に転写した。そのニトロセルロース膜を上記と同じ濃度のカナマイシン、クロラムフェニコールを含むMM分泌プレート(Glucose 60g, MgSO4・7H2O 1g, FeSO4・7H2O 0.01g, MnSO4・5H2O 0.01g, (NH4)2SO4 30g, KH2PO4 1.5g, VB1-HCl 0.45mg, Biotin 0.45mg, DL-Met 0.15g, pH 7.5/1L)に乗せ、30℃、24時間培養した。培養後、プレートからニトロセルロース膜を剥がし、ガラス噴霧器で基質を含む試薬A(0.2M MES, 0.4M NH2OH, 0.04M Glutathion, 0.12M CBZ-Gln-Gly, pH 6.0)を噴霧し、37℃、45分間反応後、反応停止剤と発色剤を含む試薬B(1N HCl, 4% TCA, 1.67% FeCl3・6H2O)を噴霧した。その結果、酵素活性のあるものはコロニーの周りが赤く発色し、酵素活性のないものは、黄色のまま(コリネ菌は黄色を呈している)であった(図1)。
【0054】
実施例2 MTG遺伝子へのランダム変異の導入とMTG変異体の一次スクリーニング
MTG遺伝子は、プレ領域、プロ領域、成熟体領域の三領域からなる。MTG活性本体をコードしている成熟体領域(約1000bp)にエラープローンPCRにより、変異を導入した。 S. mobaraense DSMZ株由来トランスグルタミナーゼ遺伝子の配列は既に決定されている(Eur. J. Biochem., 257, 570-576, 1998)。この配列を参考にして、成熟体領域の上流と下流にそれぞれ、Forward primer、Reverse primerを合成し、下記の反応液組成、条件にて、エラープローンPCRを実施した。反応液組成は、変異が塩基配列レベルで2から3箇所の変異が導入されるように設定した。得られたPCR産物とベクターpPSPTG1をライゲーションするために、BamHIで処理(37℃、2時間)後、BstEIIで処理(60℃、3時間)した。ベクターの方は、切り出して60μlのddH2Oに溶かした。PCR産物はフェノールクロロホルムとエタノール沈殿で精製した。ベクター:PCR産物=1:5になるように混合したのち、2×ligation mix(ニッポンジーン)で16℃、5min反応させ、ライゲーションさせた。ライゲーションによって作成したプラスミドで、E.coli DH5αを形質転換し、得られたコロニー8,000個を100個単位でミックスカルチャーし、プラスミド抽出を行った。エレクトロポレーションによって、得られた80種類のプラスミドとプロ体切断酵素発現プラスミドpVSSIでコリネバクテリウム・グルタミカムAJ12036(FERM BP-734)(WO 2002 / 081694)を形質転換し、1種類につき、300個の形質転換体をCM2G培地で培養(30℃、24時間)後、ニトロセルロース膜に移して、MM分泌プレートに乗せ培養(30℃、24時間)した。エレクトロポレーションは、文献(FEMS Microbiol. Lett., 53, 299-303, 1989)記載の方法で実施した。約24,000株をプレートアッセイ法でアッセイし、活性のある変異体約5,000株を選抜し、二次スクリーニングに供した。
・PCR反応液組成
Template DNA(1 ng/μl) 10μl
100 mM Tris-HCl (pH8.8) 10μl
500 mM KCl 10μl
1 mg/ml BSA 10μl
50mM MgCl2 10μl
2.5mM dNTPmix 10μl
Forward primer(1 pmol/l) 2.5μl
Reverce primer(1 pmol/l) 2.5μl
DMSO 10μl
rTaq polymerase(TAKARA) 0.5μl
ddH2O 24.5μl
100μl
PCR条件
(1) 94℃ 3 min
(2) 94℃ 2 min
58℃ 30 sec
72℃ 3 min ×25サイクル
(3) 4℃
【0055】
実施例3 変異体の二次、三次スクリーニング
25μg/mlカナマイシン、5μg/mlクロラムフェニコールを含むCM2G培地(Glucose 5g, Polypepton 10g, Yeast extract 10g, NaCl 5g, DL-Met 0.2g, pH7.2/1L)を1mlずつ96穴ディープウエルに分注した。実施例2で選抜した変異株(約5000株)を植菌し、1,500rpmで、30℃、24時間前培養した。25μg/mlカナマイシン、5μg/mlクロラムフェニコールと50g/LのCaCO3を含むMM培地(Glucose 60g, MgSO4・7H2O 1g, FeSO4・7H2O 0.01g, MnSO4・5H2O 0.01g, (NH4)2SO4 30g, KH2PO4 1.5g, VB1-HCl 0.45mg, Biotin 0.45mg, DL-Met 0.15g, pH 7.5/1L)を1mlずつ96穴ディープウエルに分注し、前培養液を50μlずつ継代した。1,500rpmで、30℃、48時間培養した。培養液を20mMリン酸緩衝液, pH6で10倍に希釈し、ハイドロキサメート法で活性を測定することによって二次スクリーニングを行った。活性測定では、96穴ウエルに、10倍希釈した培養液30μlを分注し、あらかじめ37℃で5分間加温した。あらかじめ37℃で5分間加温したA液(0.05M MES, 0.1M NH2OH, 0.01M Glutathion, 0.03M CBZ-Gln-Gly, pH 6.0)を各ウエルに50μlずつ分注し、37℃、20分反応後、B液(1N HCl, 4% TCA, 1.67% FeCl3・6H2O)を各ウエルに50μlずつ分注し、反応を停止させた後、プレートリーダーにて、525nmの吸光度を測定した。変異を導入していない株をコントロールとして、吸光度がコントロールと同等以上のもの約200株を選抜した。次に、25μg/mlカナマイシン、5μg/mlクロラムフェニコールを含むCM2G培地を3mlずつ試験管に分注した。二次スクリーニングで選抜した変異株(約200株)を植菌し、30℃、24時間前培養した。25μg/mlカナマイシン、5μg/mlクロラムフェニコールと50g/LのCaCO3を含むMM培地を4mlずつ試験管に分注し、前培養液を50μlずつ継代し、30℃で48時間培養した。培養液を適宜希釈し、ハイドロキサメート法で活性を測定することによって三次スクリーニングを行った。活性測定は、試験管に希釈した培養液100μlを分注し、あらかじめ37℃で5分間加温して行なった。あらかじめ37℃で5分間加温したA液(0.05M MES, 0.1M NH2OH, 0.01M Glutathion, 0.03M CBZ-Gln-Gly, pH 6.0)を1mlずつ分注し、37℃、10分反応後、B液(1N HCl, 4% TCA, 1.67% FeCl3・6H2O)を1mlずつ分注し、反応を停止させた後、525nmの吸光度を測定した。変異を導入していない株をコントロールとして、吸光度がコントロールと同等以上のもの80株を選抜した。
【0056】
実施例4 三次スクリーニング株の変異点解析
三次スクリーニングで得られた株の塩基配列を確認することで、変異点の解析を行った。三次スクリーニングで得られた株を25μg/mlカナマイシン、5μg/mlクロラムフェニコールを含むCM2G培地で、30℃、24時間培養後、QIAGEN社のQIAprepSpin Miniprep Kitにてプラスミドを抽出し、E.coli JM109株に形質転換した。形質転換したE.coli JM109株をLB培地で、37℃、16時間培養後、同様にプラスミドを抽出した。ABI PRISM Cycle Sequencing Kitを用い、業者の推奨する方法に従い、塩基配列の解析を行った。その結果、34株において、変異点の存在が確認された(表2)。変異点が確認されたものに関しては、活性、タンパク量を測定し、比活性を算出した。活性、タンパク量は、文献(Prot. Exp. Puri., 2002, 26, 329-335)記載の方法で測定した。ここで、コントロールのハイドロキサメート比活性は22〜24(U/mg)であり、25以上の比活性を示した変異体の変異点を解析した。
【0057】
【表2】

【0058】
実施例5 シングル変異導入株の構築と変異酵素の精製
実施例4で高活性となる変異部位が同定されたが、複数の変異の入っている変異体が存在していること、プロ配列切断が起こらずプロ体のままのTGが存在していること(プロ配列切断酵素の活性が弱いために生じると考えられる)、天然の成熟型N末端配列以外の配列も含まれていること(N末端アミノ酸配列解析による)等が分かった。そこで、変異点を一つだけ導入した変異体を作成し、培養、プロ配列切断活性化後、精製を行い、変異点の活性に及ぼす効果を正確に評価することとした。変異の導入には、Stratagene社のQuikChange II Site-Directed Mutagenesis Kitを用い、業者の推奨する方法に従い、プロTG発現プラスミドpPSPTG11(App. Env. Micro., 2003, 69, 3011-3014)に変異を導入した。変異が導入されているかどうかは、前述の方法と同様に、塩基配列を解析することによって確認した。作成した変異体のリストを表3に示した。なお、16番目のメチオニンのオリジナルな変異はスレオニンであるが、他のアミノ酸に置換した変異体も作成した。同様に、199番目のセリンのオリジナルな変異はアラニンであるが、他のアミノ酸に置換した変異体も作成した。目的の変異が入ったプラスミドを、前述のコリネ菌にエレクトロポレーションにより導入した。なお、コリネ菌で共発現させたプロ配列切断酵素は活性が弱かったため、プロ体切断酵素発現プラスミドは同時には形質転換しなかった。
25μg/mlカナマイシンを含むCM2G培地を3ml試験管に分注した。変異株を植菌し、30℃、24時間前培養した。25μg/mlカナマイシンと50g/LのCaCO3を含むMM培地を50mlずつ坂口フラスコに分注し、前培養液2.5mlを継代し、30℃で48時間培養した。培養液を遠心(10,000rpm、10分間)後、上清をフィルター濾過し、SephadexG25(M)を用いて、溶媒を20mM リン酸緩衝液,pH7.0に置換した。サチライシンをMTGの1/100量添加し、30℃、16時間反応させ、MTGを活性化した。活性化した溶液を、SephadexG25(M)を用いて、陽イオン交換クロマトグラフィーの平衡化用緩衝液(20mM 酢酸ナトリウム緩衝液,pH5.5)に交換した。次に、同緩衝液で十分平衡化された陽イオン交換カラム(リソースS 6 ml;GEヘルスケアバイオサイエンス社製)に全量を負荷した。同緩衝液で再平衡化後、波長280nmでのUV吸収を指標に0→0.5 M NaClの直線濃度勾配により溶出される、NaCl濃度が200 mM近辺に溶出してくるタンパク質画分を分画した。前述の方法で、画分の活性、タンパク量を測定し、比活性が低い画分を除いた比活性がほぼ同等なピークトップ近傍の画分を回収した。回収した画分をSephadexG25(M)を用いて、溶媒を20 mM リン酸緩衝液, pH 6.0に置換した。なお、クロマトグラフィーは全て室温で行った。得られたサンプルは濃度を20 mM リン酸緩衝液, pH 6.0で約1mg/mlに希釈し、使用時まで-80℃で保存した。
【0059】
【表3】

【0060】
実施例6 カゼインゲル化能、ゼラチンゲル化能評価
カゼインゲル化時間の測定は下記のように行った。0.1M トリス塩酸緩衝液,pH7.5に、10%(W/W)になるように、カゼインナトリウムを溶解する(一昼夜攪拌)。試験管に10%カゼインナトリウム溶液1mlを分注し、37℃でプレインキュベートした。0.2mg/mlのTG溶液100μlを添加した。37℃でインキュベートし、転倒しても5秒間ゲルが流れなくなった時点をゲル化時間とした。精製MTG標品を用いた場合、約85分でゲル化する。
ゼラチンゲル化時間の測定は下記のように行った。50mM 酢酸ナトリウム緩衝液,pH5.0に、10%(W/W)になるように、牛皮由来のゼラチンを溶解した(50〜55℃で加温して溶解する)。試験管に10%ゼラチン溶液1mlを分注し、37℃でプレインキュベートした。0.2mg/mlのTG溶液100μlを添加した。37℃でインキュベートし、転倒しても5秒間ゲルが流れなくなった時点をゲル化時間とした。精製MTG標品を用いた場合、約85分でゲル化する。
ゲル化時間は基質品質、溶解状態によって変化するため、ゲル化能は、同時に同じロットの基質で測定した精製MTG標品のゲル化時間と対比することで決定することとした。すなわち、変異体のゲル化能=精製MTG標品のゲル化時間/変異体のゲル化時間とした。この値が、1より大きい場合、変異体は、精製MTG標品よりゲル化時間が早いことになる。
ゲル化能評価の結果は、表4にまとめたが、ハイドロキサメート法で比活性の高い変異体(例えば199S→Aの変異体)が必ずしもゲル化能が高いわけではなく、カゼインやゼラチンの高分子基質でアッセイを行う重要性が確認できた。TGの酵素活性は、通常、ハイドロキサメート法(特許文献6等参照)で測定されるが、低分子(ベンジルオキシカルボニル−L−グルタミニルグリシンとヒドロキシルアミン)を基質としているため、ハイドロキサメート法での活性向上が、必ずしも高分子基質に対する活性の向上と一致しているわけではない。実際、本実施例において、ハイドロキサメート法で測定した比活性の向上とカゼインゲル化、ゼラチンゲル化能の向上とが一致していないことが分かった。また、ゲル化能を向上させる優良変異は、N末端近傍に集中していることが分かった。
【0061】
【表4】

【0062】
実施例7 活性中心近傍の改変による変異体の作成と一次、二次評価
その立体構造において活性中心の64番目のCysから15Å以内にあり、溶媒露出度の高い残基43残基を抽出した。抽出した各残基を異なる数種のアミノ酸へ置換した変異体を作成した。変異の導入は、実施例5と同様に、Stratagene社のQuikChange II Site-Directed Mutagenesis Kitを用い、プロTG発現プラスミドpPSPTG11に変異を導入した。変異が導入されているかどうかは、前述の方法と同様に、塩基配列を解析することによって確認した。目的の変異が入ったプラスミドを、コリネ菌にエレクトロポレーションにより導入した。
25μg/mlカナマイシンを含むCM2G培地を1mlずつ96穴ディープウエルに分注した。変異株(約220株)を植菌し、1,500rpmで、30℃、24時間前培養した。25μg/mlカナマイシンと50g/LのCaCO3を含むMM培地を1mlずつ96穴ディープウエルに分注し、前培養液を50μlずつ継代した。1,500rpmで、30℃、48時間培養した。培養液を20mMリン酸緩衝液(pH7)で10倍に希釈し、サチライシンをMTGの1/100量添加し、30℃、16時間反応させ、MTGを活性化した。実施例3と同様に、96穴ウエルを用いて、ハイドロキサメート法により活性測定を行うことで一次評価を行った。変異を導入していない株をコントロールとして、吸光度がコントロールと同等以上のもの約100株を選抜した。
次に、25μg/mlカナマイシンを含むCM2G培地を3mlずつ試験管に分注した。一次評価で選抜した変異株を植菌し、30℃、24時間前培養した。25μg/mlカナマイシンと50g/LのCaCO3を含むMM培地を4mlずつ試験管に分注し、前培養液を50μlずつ継代し、30℃で48時間培養した。培養液を20mMリン酸緩衝液, pH 7で10倍に希釈し、サチライシンをMTGの1/100量添加し、30℃、16時間反応させ、MTGを活性化した。培養液を適宜希釈し、ハイドロキサメート法で活性を測定することによって三次評価を行った。変異を導入していない株をコントロールとして、吸光度がコントロールと同等以上のもの80株を選抜した。
【0063】
【表5】

【0064】
実施例8 カゼインゲル化能、ゼラチンゲル化能評価
実施例6と同様、実施例7で選抜した変異体のカゼインゲル化能、ゼラチンゲル化能の評価を行った。評価は下記のように行った。25μg/mlカナマイシンを含むCM2G培地を3mlずつ試験管に分注した。実施例7で選抜した変異株を植菌し、30℃、24時間前培養した。25μg/mlカナマイシンと50g/LのCaCO3を含むMM培地を4mlずつ試験管に分注し、前培養液を50μlずつ継代し、30℃で48時間培養した。培養液をSephadexG25(M)を用いて、20mMリン酸緩衝液(pH7)に交換した。サチライシンをMTGの1/100量添加し、30℃、16時間反応させ、MTGを活性化した。活性化したMTGに終濃度5mMになるようにセリンプロテアーゼ阻害剤PMSFを添加し、実施例6と同じ方法で、カゼインゲル化能、ゼラチンゲル化能を測定した。測定の結果、MTGと同等以上のゲル化能を持つと考えられた変異体は、実施例4記載の陽イオン交換クロマトグラフィーを用いる方法で精製品を調製し、実施例6と同じ方法で、カゼインゲル化能とゼラチンゲル化能を測定した。得られた結果を表6に示す。
【0065】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、WTタンパク質と比較して高分子基質(特に、カゼイン、ゼラチン、コラーゲン、ケラチンのようなタンパク質基質)に対する活性が向上したトランスグルタミナーゼ変異体タンパク質を提供することができるので、ウールの改質、写真フィルムの製造、皮なめしなどを含む種々の用途におけるこの酵素の使用量を低下させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】実施例1に示されるプレートアッセイの例示的な結果を示す図である。TG発現プラスミドを保持する菌株は発色し(赤色を呈する)、TG発現プラスミドを保持しない菌株は発色しない。
【図2】MTGの立体構造(左)とアミノ酸配列(右)を示す図である。
【図3】MTGと各種放線菌由来TGのアミノ酸配列のアラインメントを表した図である。保存されているアミノ酸残基を*で示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トランスグルタミナーゼ活性を有し、下記A、B、C又はDのアミノ酸配列を有するタンパク質:
(A)配列番号2において、3、5、10、12、14、16、26、28、30、32、34、38、42、49、58、59、65、74、75、77、199、238、241、248、284、289、299、303、312及び320位から選択される少なくとも1の位置に変異を有するアミノ酸配列;
(B)(A)の配列において、3、5、10、12、14、16、26、28、30、32、34、38、42、49、58、59、65、74、75、77、199、238、241、248、284、289、299、303、312又は320位以外の位置に、1〜数残基の置換、欠失、付加及び/又は挿入を有するアミノ酸配列;
(C)配列番号4、6、8、10及び12から選択されるアミノ酸配列、または、配列番号2、4、6、8、10及び12から選択されるアミノ酸配列と70%以上の相同性を有しトランスグルタミナーゼ活性を有するタンパク質のアミノ酸配列中の、配列番号2の3、5、10、12、14、16、26、28、30、32、34、38、42、49、58、59、65、74、75、77、199、238、241、248、284、289、299、303、312及び320位に対応する位置から選択される少なくとも1つの位置に変異を有するアミノ酸配列;又は
(D)(C)の配列において、配列番号2の3、5、10、12、14、16、26、28、30、32、34、38、42、49、58、59、65、74、75、77、199、238、241、248、284、289、299、303、312又は320位に対応する位置以外の位置に、1〜数残基の置換、欠失、付加及び/又は挿入を有するアミノ酸配列。
【請求項2】
前記変異の位置が、10、12、14、16、30、32、34、38、42、49、65、77、199、299、312及び320位から選択される、請求項1に記載のタンパク質。
【請求項3】
前記変異が以下の変異から選択される、請求項1または2に記載のタンパク質:
1)3位:フェニルアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン又はアスパラギンへの置換;
2)5位:リジンへの置換;
3)10位:セリンへの置換;
4)12位:セリンへの置換;
5)14位:アスパラギンへの置換;
6)16位:スレオニン、セリン、ロイシン、リジン又はアスパラギンへの置換;
7)26位:フェニルアラニンへの置換;
8)28位:アスパラギン酸への置換;
9)30位:アスパラギン酸への置換;
10)32位:アスパラギン酸への置換;
11)34位:フェニルアラニンへの置換;
12)38位:フェニルアラニンへの置換;
13)42位:ヒスチジンへの置換;
14)49位:アルギニンへの置換;
15)58位:アスパラギン酸への置換;
16)59位:ロイシン又はフェニルアラニンへの置換;
17)65位:イソロイシンへの置換;
18)74位:アスパラギン、アラニン又はセリンへの置換;
19)75位:フェニルアラニン、アラニン、ヒスチジン、イソロイシン、トリプトファン、バリン又はプロリンへの置換;
20)77位:セリン、アラニン、フェニルアラニン、ロイシン、バリン、アスパラギン、トリプトファン、チロシン又はプロリンへの置換;
21)199位:アラニン、ロイシン又はスレオニンへの置換;
22)238位:フェニルアラニン又はロイシンへの置換;
23)241位:アラニンへの置換;
24)248位:セリンへの置換;
25)284位:グリシン又はスレオニンへの置換;
26)289位:フェニルアラニン又はチロシンへの置換;
27)299位:ロイシンへの置換;
28)303位:フェニルアラニンへの置換;
29)312位:バリンへの置換;及び
30)320位:アスパラギン酸への置換。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項5】
請求項4に記載のポリヌクレオチドを含む組換えベクター。
【請求項6】
請求項5に記載の組換えベクターで形質転換された宿主細胞。
【請求項7】
請求項6に記載の宿主細胞を培養し、トランスグルタミナーゼ活性を有するタンパク質を採取することを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のタンパク質、請求項7に記載の方法によって製造されたタンパク質、又は請求項6に記載の宿主細胞を高分子基質に作用させる工程を含む、当該高分子基質の加工方法。
【請求項9】
前記高分子基質が基質タンパク質である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記基質タンパク質が、コラーゲン、ゼラチン、カゼイン又はケラチンである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
皮なめし用、繊維加工用または写真フィルムの製造用である、請求項8〜10のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−194004(P2008−194004A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−34915(P2007−34915)
【出願日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】