説明

外装部材の耐候劣化診断方法

【課題】屋外環境に曝露される外装部材の耐候劣化を、非接触で、且つ、高い信頼性、精度で診断する方法を提供する。
【解決手段】有機物と無機物とからなる外装部材の表面層における有機物由来の元素濃度と無機物由来の元素濃度とを蛍光X線分析装置により測定し、ピーク強度の比をもって耐候劣化を診断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、屋外環境に曝露される建築物の屋根材や外壁塗装といった外装部材の耐用限界年数(寿命)を推定するために、該外装部材の耐候劣化を定量的に診断する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
住宅や各種施設といった建築物の外壁は、一般的には塗料による塗装が施されているが、日光や風雨、風雪に曝露される当該塗装は経時的に耐候劣化するため、通常、10年を過ぎると塗り替えが必要である。外壁の塗り替えは経済的な負担が大きいため、塗装の耐候劣化を正確に診断し、塗り替え時期までの年数を正確に把握する方法が望まれている。一般に塗装の耐候劣化を診断する方法としては、鏡面光沢度測定(JIS−Z8741)に基づく光沢保持率(JIS−A6909)や、色差(JIS−Z8730)を測定し、初期の状態との変動により診断する方法が挙げられる。また、特許文献1には、硬度を測定して塗膜の耐候劣化を診断する方法が提案されている。
【0003】
【特許文献1】特開平6−241970号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、光沢保持率の変動による耐候劣化の診断は、艶消し塗料などの光沢値の小さい塗料の場合には、光沢低下が劣化現象として認識されにくいため、正確性に欠ける。また、色差の変化による耐候劣化の診断は、具体的には白化現象を劣化として捉えるものであるため、白色塗料の場合には診断が困難である。また、複数色の顔料が混在する多彩塗料の場合には、測定箇所によって測定値に誤差を生じやすく、診断結果の信頼性が低い。さらに、硬度を測定して耐候劣化を診断する場合、実際の建築物の外壁塗装から測定用の塗膜を採取する必要があり、建築物の外観を損ねたり、下層に硬度の異なる物質を含む材料(いわゆる下塗材等)があると、劣化診断をしたい上塗の硬度が正確に測定できないという問題があった。
【0005】
本発明の課題は、上記問題を解決し、屋外環境に曝露される外装部材の耐候劣化を、非接触で、且つ、高い信頼性、精度で診断する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、無機物と有機物とからなる外装部材の表面層における特定の元素濃度を測定することにより、該外装部材の耐候劣化を診断することを特徴とする外装部材の耐候劣化診断方法である。
【0007】
本発明においては、下記の構成が好ましく適用される。
上記特定の元素が、C、Ti、Ca、S、Si、Al、Feのうちのいずれか一種、または2種以上であることが好ましい。
上記特定の元素濃度の測定を、蛍光X線分析装置により行う。
上記蛍光X線分析装置により測定された有機物由来のピーク強度と無機物由来のピーク強度の比率を耐候劣化の指標とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、特定の元素濃度の測定により屋外環境に曝露される建物の外装部材の表面層の元素組成が把握できるので、耐候劣化診断、及び外装部材の耐用限界年数(寿命)を推定することができる。また、白色塗料や艶消し塗料、さらには複数色の顔料が含有される多彩塗料であっても、定量的に精度良く、且つ、再現性良く耐候劣化を診断することができる。
【0009】
また、測定に蛍光X線分析装置を用いることにより、直径50mm程度の広範囲を測定できるため、局部的に発生しているミクロな劣化現象を過剰に評価することなく、人が感じる外装材全体に起きている僅かな劣化現象を定量的に測定することができる。
【0010】
また、蛍光X線分析装置を用いることにより、元素によって異なるものの表面から数μm〜数百μm程度の深さの元素濃度を非接触で測定することができるため、測定結果が外装部材表面の凹凸形状や塗装下地の種類に影響されにくく、精度良く、再現性の良い外装部材の劣化診断をすることができる。
【0011】
また、ポータブルの蛍光X線分析装置を用いれば、既存の建物の外装部材であっても試料採取することなく非破壊で診断可能なため傷をつけて外観を損ねる恐れがない。
【0012】
よって、無機物と有機物とからなる外装部材であれば、種類や場所を問わずに耐候劣化を診断することができる。特に有機物由来のピーク強度と無機物由来のピーク強度の比率を耐候劣化の指標とすると変動幅がより大きくなるため、耐候劣化診断の診断結果の信頼性が高い。
【0013】
さらに従来技術による評価法との比較をしながら本発明の効果を説明すると以下の通りである。
【0014】
光沢保持率での評価では、建築物の外装部材のように表面に凹凸がある場合、凹凸形状の違いにより光沢値に違いが生じるため、実際に屋外環境に暴露する(実曝)前後で同一箇所を測定する必要があり、実曝前には測定対象物件ごとに必ず実際の建築物に施工した外装部材の初期値の測定(評価)が必要となる。
【0015】
しかし、蛍光X線分析装置を使用して分析する場合、外装部材の種類ごとに製造時の表面の元素組成さえわかっていれば良い。測定値は、建築物の外装部材の表面の凹凸の影響を受けることがないため、測定対象物件ごとに必ず実際の建築物に施工した外装部材の初期値を測定(評価)する必要がない。
【0016】
また、色差による評価では、外装部材の表面が多彩模様塗料の場合、一般に色差計の測定範囲が直径10mm程度と狭く、測定範囲内の着色粒子の分布状態の違いによって測色値に違いが生まれるため、上記光沢保持率での評価と同様に実曝前後で同一箇所を測定する必要があり、実曝前に測定対象物件ごとに必ず実際の建築物に施工した外装部材の初期値の測定(評価)が必要となる。
【0017】
しかし、蛍光X線分析装置を使用して分析する場合は、測定範囲が広く、測定範囲内の着色粒子の分布状態の影響を受けにくいため、多彩塗料の種類ごとに表面の元素濃度さえわかっていれば良く、測定対象物件ごとに初期値を測定しておく必要がない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明により耐候劣化を診断する対象は、無機物と有機物とからなる外装部材であり、具体的には、外壁や屋根の塗料、高分子系防水シート、石綿スレート瓦、樋など、屋外環境に曝露される建物の外装仕上げ材である。
【0019】
無機物と有機物とからなる複合部材を屋外環境に曝露した場合、経時的に表面層の有機物が分解することによって、該表面層の元素組成が変化する。例えば、樹脂中に顔料や充填材を含有せしめてなる塗料においては、有機物である樹脂成分中に、無機物である顔料粒子や充填材粒子が内包されており、塗装直後の塗膜は最表面に樹脂の薄い膜が形成され、顔料粒子や充填材粒子は表面に露出していない。しかしながら、この塗膜を屋外環境に曝露した場合、樹脂成分の分解により、顔料粒子や充填材粒子が表面に露出し始め、表面層における元素組成が変動する。従って、係る塗膜の表面層に含まれる元素濃度を測定することによって、塗膜の耐候劣化を診断することができる。特に、経時的に濃度が増加する元素濃度と、経時的に濃度が低下する元素濃度の比を指標とすれば、変動幅がより大きくなるため、診断結果の信頼性が高くなる。
【0020】
本発明において、外装部材の表面層の元素濃度を測定する具体的な手段としては、蛍光X線分析装置が好ましく用いられる。この装置は、測定対象にX線を照射して出射される蛍光X線の強度を検出する装置であり、外装部材の表面層を構成する各元素の濃度をピーク強度で得ることができる。係る装置によれば、測定対象に非接触で、元素によって測定できる深さが異なるが、表面より数μm〜数百μm程度の表面層の元素濃度を測定することができる。本発明においては特に波長分散型蛍光X線分析法による装置が好ましく用いられる。ここに言うピーク強度とは、蛍光X線分析装置での測定によって得られる、元素に固有な特性X線(蛍光X線)の波長とその強度のことであり、例えば、図7に示すCのデータチャートのようなデータチャートとして得られる。
【0021】
本発明において、耐候劣化を診断するために濃度を測定する元素としては、外装部材の構成成分にもよるが、経時的に濃度が変化する元素であれば耐候劣化の診断に用いることができる。例えば塗料の場合、有機物である樹脂に、無機物である顔料や充填材が添加されており、好ましくは、これらの成分に由来する、C、Ti、Ca、S、Si、Al、Feのうちのいずれか一種、または2種以上である。Cは有機物である樹脂由来であり、Fe、Ti、Alは顔料由来、Caは充填材由来である。Siは有機物である樹脂由来の場合と無機物である顔料由来の場合がある。このうち、Cは経時的に濃度が低下し、C以外は全て経時的に濃度が増加する。よって、Cと他の元素の濃度をそれぞれ測定してその比をとれば、経時的な変動がより大きく得られる。
【0022】
本発明により、既存の建物の外装部材の耐用限界年数(寿命)を推定する方法を、下記に説明する。
【0023】
(1)対象となる外装部材と同じ試料に促進劣化試験を施す。促進劣化試験は、通常の屋外環境より過酷な条件の環境に試料を置くことで、短期間で試料を耐候劣化させる試験である。この促進劣化試験前、及び、促進劣化試験中に経時的に試料の表面層の元素濃度を測定し、促進劣化時間に対する元素濃度(蛍光X線ではピーク強度)をプロットして検量線を作成する。
【0024】
(2)促進劣化試験を施した試料(促進劣化試料)の外観評価より、耐用限界と判断される促進劣化時間を割り出す。
【0025】
(3)上記試料を実際に屋外環境に長期間曝露した実曝試料について、表面層の元素濃度を測定し、その数値を上記検量線にプロットすることにより、促進劣化時間と実際の屋外環境に曝露した実曝時間との相関性を割り出す。
【0026】
(4)上記相関性に基づいて、上記耐用限界の促進劣化時間を実曝時間に換算し、該外装部材の実際の耐用限界年数を算出する。該耐用限界年数から、既に経過した年数を除けば、該外装部材の耐用限界までの年数が得られる。
【0027】
また、本発明によれば、既存の外装部材と構成成分が共通する外装部材であれば、新規なものであってもその耐候性を評価することができる。例えば、樹脂と顔料と充填材からなる塗料において、既存の塗料とは顔料と充填材とが同じで樹脂の異なる塗料であれば、樹脂と顔料または充填材に由来する元素の濃度を測定することによって、既存の塗料の耐候性に基づいて新規な塗料の耐候性を評価することができる。以下に評価の手順(工程)を説明する。
【0028】
既存の外装部材について、上記(1)〜(3)の工程によって、耐用限界年数、及び、促進劣化時間と実曝時間との相関性を割り出す。
【0029】
(4)新規の外装部材について、上記(1)の促進劣化試験を施し、外観評価より耐用限界と判断される促進劣化時間を割り出し、上記促進劣化時間と実曝時間との相関性に基づいて、実際の屋外環境に曝露した場合の耐用限界年数を算出する。
【0030】
また、新規の外装部材についても、促進劣化試験において経時的に表面層の元素濃度を測定して検量線を作成しておくことにより、該外装部材を実際の建物に用いた場合の、将来的な耐用限界年数の算出に用いることができる。即ち、上記(3)の工程で促進劣化時間と実曝との相関性を得る際に用いた実際の曝露条件とは大幅に異なる環境で用いた場合でも、係る外装部材の表面層の元素濃度を測定することにより、実際の耐用限界年数を容易に推定することができる。
【実施例】
【0031】
外装部材試料1として、アクリルシリコーン樹脂エマルジョン、着色顔料、充填材、添加剤を含有する多彩塗料「セラミトーンフレック」(藤倉化成社製)を用い、促進劣化試験を行う(促進劣化試料)と同時に、該塗料を実際に塗装して屋外環境に曝露した実曝試料とを比較した。促進劣化試験の内容は以下の通りである。
【0032】
試験機:メタルハライド促進耐候性試験機(ダイプラウィンテス社製)
光照射4時間、結露4時間、乾燥20分間を1サイクルとして30サイクル(250時間)毎に試料の観察及び表面層の元素濃度測定を行った。尚、促進劣化試験の各条件の詳細は以下の通りである。
・光照射条件
温度:63℃
湿度:50%
照射強度:750W/mm2
紫外線領域:300〜400nm
・結露条件
温度:30℃
湿度:98%
散水:結露開始時に30秒間
・乾燥条件
温度:63℃
湿度:10%
散水:乾燥開始時に30秒間
【0033】
試料の表面層の元素濃度測定は、リガク社製の波長分散型蛍光X線分析装置「ZSX−100e」を用い、分析径を20mmφとして全元素定性分析を行った。
【0034】
促進劣化試料のC,Ti,Siのピーク強度の変化を図1、図2、図3にそれぞれ示す。また、この結果より、CとTiのピーク強度比を促進劣化時間に対してプロットした検量線を図4に示す。
【0035】
一方、同じ試料を実際の屋外環境に5年間曝露した実曝試料について元素濃度を測定したところ、CとTiのピーク強度比は0.497であり、これを図4の検量線上にプロットすると、促進劣化時間480時間に相当した。
【0036】
促進劣化試料を子細に観察したところ、外観上、耐用限界と判断される促進劣化時間は1440時間であり、上記促進劣化試料と実曝試料との相関性から、これは15年実曝に相当することがわかった。即ち、当該試料の塗料の耐用限界年数はおよそ15年である。
【0037】
さらに、試料1と同様の顔料と充填材を用いた新規な塗料を外装部材試料2として上記と同様の促進劣化試験を行い、一定時間毎にCとTiの濃度を測定し、ピーク強度比の検量線を作成し、上記試料1の検量線と比較した。図5に、試料1、試料2のそれぞれのCとTiのピーク強度比の検量線を示す。
【0038】
試料1と試料2の構成要素は表1の通りである。表1から明らかなように、試料1と試料2の相違点は樹脂と添加剤のみであり、顔料及び充填材は物質も含有率も同じである。従って、塗膜中のTiの濃度は同じであるため、図5を使った耐用限界年数の推定が可能となる。
【0039】
【表1】

【0040】
上記したように、試料1の耐用限界年数は15年であり、促進劣化試験においては1440時間である。これに対し、試料1の促進劣化時間1440時間に相当するピーク強度比を示す試料2の促進劣化時間は3590時間であり、試料2は試料1に比較して寿命が2.5倍であることがわかった。また、上記試料1における促進劣化時間と実曝時間との相関性より、試料2の耐用限界年数は37年であることがわかった。
【0041】
尚、本実験ではCとTiのピーク強度比の検量線を用いて耐用限界年数の推定を行ったが、Cのピーク強度のみを使用しても同様に耐用限界年数の推定を行うことは可能である(図6)。
【産業上の利用可能性】
【0042】
屋外環境に曝露される建築物の屋根材や外壁塗装といった外装部材の耐用限界年数の推定に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の実施例における試料1の促進劣化時間に対するCのピーク強度を示す図である。
【図2】本発明の実施例における試料1の促進劣化時間に対するTiのピーク強度を示す図である。
【図3】本発明の実施例における試料1の促進劣化時間に対するSiのピーク強度を示す図である。
【図4】本発明の実施例における試料1の促進劣化時間に対するC/Tiのピーク強度比を示す図である。
【図5】本発明の実施例における試料1及び試料2の促進劣化時間に対するC/Tiのピーク強度比を示す図である。
【図6】本発明の実施例における試料1及び試料2の促進劣化時間に対するCのピーク強度を示す図である。
【図7】本発明で用いる蛍光X線分析装置での測定によって得られる、元素のピーク強度を示すデータチャート(Cのデータチャート例)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機物と有機物とからなる外装部材の表面層における特定の元素濃度を測定することにより、該外装部材の耐候劣化を診断することを特徴とする外装部材の耐候劣化診断方法。
【請求項2】
上記特定の元素が、C、Ti、Ca、S、Si、Al、Feのうちのいずれか一種、または2種以上である請求項1に記載の外装部材の耐候劣化診断方法。
【請求項3】
上記特定の元素濃度の測定を、蛍光X線分析装置により行う請求項1または2に記載の外装部材の耐候劣化診断方法。
【請求項4】
上記蛍光X線分析装置により測定された有機物由来のピーク強度と無機物由来のピーク強度の比率を耐候劣化の指標とする請求項1乃至4のいずれかに記載の外装部材の耐候劣化診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−122170(P2008−122170A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−304799(P2006−304799)
【出願日】平成18年11月10日(2006.11.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「マテリアルライフ学会 第17回 研究発表会・特別講演会予稿集」第17ページ乃至第18ページ 平成18年6月8日、マテリアルライフ学会発行
【出願人】(303046244)旭化成ホームズ株式会社 (703)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【Fターム(参考)】