説明

多孔膜の製造方法

【課題】 浄水処理、飲料水製造、工業用水製造、排水処理などの水処理に好適な透過性能、分画性能、強度、さらに工程制御性、コスト性、良孔形成性に優れた多孔膜を安価かつ容易に製造することが可能になる中空糸膜の製造方法を提供すること。
【解決手段】 少なくとも1種以上の塩を溶解させた塩水溶液を用いて凝固する工程を含むことを特徴とするフッ化ビニリデン多孔膜の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浄水処理、飲料水製造、工業用水製造、排水処理などの水処理に好適な透過性能や分画性能に優れ、さらに工程制御性、コスト性、良孔形成性に優れたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、選択透過性を有する分離膜を用いた分離手段の技術がめざましく進展している。このような分離操作の技術は、例えば飲料水、超純水および医薬品の製造工程、醸造製品の除菌・仕上げにおいて、分離手段、洗浄手段および殺菌手段等を含む一連の浄化システムとして実用化されている。これらの用途分野においては、水のファイン化(高度処理)や安全性向上、精度向上などが高いレベルで要求されており分離膜の利用が進んでいる。上記のような状況を鑑み、分離膜に求められる特性はより高度化している。膜特性の中で最も重要なものは、透過性能と分画性能である。両性能に関してはそのバランスが重要であり、より高い透過速度でより小さな粒子を除去できることが望ましく、この達成には膜の孔連通性と膜表面構造が大きなポイントとなる。
【0003】
このような状況のもと、様々な膜素材からなる分離膜が製造されている。分離膜の物理的強度、化学的強度の性能は膜素材の特性に由来するところが大きく、近年では、フッ化ビニリデン系樹脂樹脂を用いた多孔膜が開発され、使われている。
【0004】
一方、分離膜の透過性能や分画性能は、膜の製造方法に大きく依存する。透過性能や分画性能に優れた分離膜を製造する方法として、相分離を利用する場合が多い。そのような相分離を利用した製造方法は、非溶剤誘起相分離法と熱誘起相分離法に大きく分けることができる。
【0005】
非溶剤誘起相分離法では、ポリマーと溶剤からなる均一なポリマー溶液は、非溶剤の進入や溶剤の外部雰囲気への蒸発による濃度変化によって相分離を起こす。このような非溶剤誘起相分離法を利用した分離膜の製造方法として、フッ化ビニリデン系樹脂系樹脂を良溶媒に溶解したポリマー溶液を、フッ化ビニリデン系樹脂系樹脂の融点よりかなり低い温度で、口金から押出したり、ガラス板上にキャストしたりして成型した後、フッ化ビニリデン系樹脂系樹脂の非溶剤を含む液体に接触させて非溶剤誘起相分離により非対称多孔構造を形成させる方法が知られている(特許文献1)。しかし、一般に非溶剤誘起相分離法では、緻密な膜が形成しやすく、十分な表面細孔数と十分に大きい表面細孔径を達成するのは困難である。また、非溶剤中での相分離制御が難しく、非溶剤が必須であるため製造コストがかかり、マクロボイド(粗大孔)が発生しやすいなど、膜物性、工程制御性の面で問題がある。
【0006】
一方、熱誘起相分離法は通常、以下のステップよりなる。(1)ポリマーと高い沸点を持った溶剤の混合物を高温で溶融させる。(2)相分離を誘発させるために適当な速度で冷却させ,ポリマーを凝固させる。(3)用いた溶剤を抽出する。
【0007】
熱誘起相分離法では、(1)フッ化ビニリデン系樹脂系樹脂に無機微粒子と有機液状体を溶融混練し、フッ化ビニリデン系樹脂系樹脂の融点以上の温度で口金から押出したり、プレス機でプレスしたりして成型した後、冷却凝固し、その後有機液状体と無機微粒子を抽出することにより多孔構造を形成する方法がある(特許文献2)。該方法は、空孔性の制御が容易で、マクロボイドは形成せず比較的均質で高強度の膜が得られるものの、有機液状体の抽出工程において1,1,1−トリクロロエタンなどの溶剤を用いる必要があるため、製造コストが極めて高くなるといった欠点を有している製造方法である。
【0008】
また、(2)フッ化ビニリデン系樹脂に親水性多孔化剤と該樹脂の貧溶媒を溶解し、濃度が60〜100重量%の貧溶媒を含有する液体からなる冷却浴に吐出し凝固させる方法がある(特許文献3)。該方法は、マクロボイドは形成せず比較的均質で高強度の膜が得られるものの、冷却浴に高い濃度の貧溶媒を含有する液体を要するため、安全面、コスト性の面で問題を有している。
【0009】
この発明に関連する先行技術文献としては次のものがある。
【特許文献1】特開昭56−56202
【特許文献2】特開平3−215535
【特許文献3】特開2003−138422
【特許文献4】特開昭60−97001
【特許文献5】特開2003−138422
【特許文献6】特開2005−146230
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、従来技術の上述した問題点に鑑み、浄水処理、飲料水製造、工業用水製造、排水処理などの水処理に好適な透過性能、分画性能、強度、さらに工程制御性、コスト性、良孔形成性に優れた多孔膜を安価かつ容易に製造することが可能になる中空糸膜の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、相分離に寄与する因子に着目し、鋭意検討した結果、凝固する工程に塩水溶液を用いることで、非溶剤(水)と溶剤との交換速度を制御し、多孔膜表面の緻密層形成を抑制し得ることを見出した。
【0012】
上記課題は、下記(1)〜(3)によって解決される。
(1)少なくとも1種以上の塩を溶解させた塩水溶液を用いて凝固する工程を含むことを特徴とするフッ化ビニリデン多孔膜の製造方法。
(2)塩水溶液の塩濃度が、重量濃度30g/L以上でかつ、飽和水溶液濃度に対して10〜100%の範囲にあることを特徴とする上記のフッ化ビニリデン多孔膜の製造方法。
(3)多孔膜が中空糸膜であることを特徴とする上記のフッ化ビニリデン多孔膜の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明では、機械的強度、化学的強度の高いフッ化ビニリデン系樹脂を用いて、高透水性能、高分離性能を有し、かつ工程制御性、コスト性に優れる多孔膜の製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の製造方法を示す。フッ化ビニリデン系樹脂溶液の凝固工程以外の製造方法は、公知の技術を適用することが可能であり、樹脂含有溶液の製造、凝固、抽出の各工程があり、熱処理等を適宜行ってもよい。例えば特許文献4〜6に記載の方法にてフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を製造することができる。
【0015】
本発明において用いられる溶剤は、フッ化ビニリデン系樹脂を溶解させることができる溶剤であって水溶性のものである。例えば、シクロヘキサノン、イソホロン、γ−ブチロラクトン、ε−カプロラクトン、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、メチルエチルケトン、アセトン、テトラヒドロフラン、リン酸トリメチル等が挙げられる。
【0016】
本発明において用いられる塩は、ハロゲン化物、硫酸塩、硝酸塩、塩素酸塩、乳酸塩及び酢酸塩などのような1価又は多価のものであって、無水塩または含水塩を使用することができる。
【0017】
本発明の塩水溶液は、少なくとも1種以上の塩を溶解させたものであり、複数の塩からなる混合液であっても構わない。凝固する工程に塩水溶液を用いることにより、水(非溶剤)と水溶性溶剤の交換速度を低下させることが可能となる。すなわち、急速な構造固定による膜表面への緻密層形成を抑制した多孔膜の成形が可能となる。塩濃度が高くなるほど、水と水溶性溶剤との交換速度は低くなり、得られる膜の表面細孔数及び表面細孔径は大きくなる。
【0018】
塩水溶液の濃度は、重量濃度30g/L以上でかつ、飽和水溶液濃度に対して10〜100%の範囲にすることが好ましく、10〜60%の範囲にすることがより好ましい。飽和溶液濃度に対して60%を超えると取扱い性の面で好ましくない。
【0019】
目的とする多孔膜の孔径により、製膜原液の組成、製造方法、及び凝固工程の塩濃度を適宜選択することができ、限外ろ過膜、精密濾過膜、更に大きな大孔径膜を製造することが可能となる。
【0020】
また、本発明において多孔膜の純水透過速度、強度を向上させるために延伸処理を行なうことも可能である。延伸の方法としては、熱延伸、冷延伸、熱固定などの方法を、目的とする強度に応じて適宜組み合わせて実施することができる。但し、延伸の程度が過ぎると、得られる多孔膜全体がフィブリル化を起こして微細孔がスリット状となり、分離精度が低くなったり、円周方向に対する強度が逆に低下してしまうために好ましくない。膜の濾過においては円周方向の強度も重要であるため、膜の表面がスリット状微細孔にならず円形または楕円形を保持する範囲内で延伸比率を制御する必要がある。延伸は形成後に溶剤等が存在している状態で行なう、溶剤等を抽出した後に行なうなど、任意の方法で行なって良い。
【0021】
乾燥後の多孔膜を所定本数ずつ束ねて所定形状のケースに収納した後、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂等で端部を固定することによって膜モジュールが得られる。例えば中空糸膜の場合、膜モジュールとしては、中空糸膜の両端が開口固定されているタイプのもの、中空糸膜の一端が開口固定されかつ他端が密封されているが固定はされていないタイプのもの等、種々の形態のものが公知である。
【0022】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。なお、本発明はこれによってなんら限定を受けるものではない。
【実施例1】
【0023】
フッ化ビニリデン系樹脂としてポリフッ化ビニリデン(以下、PVDFと略記することがある)(ソルベイアドバンストポリマーズ株式会社製、SOLEF6010)と、溶剤としてγ−ブチロラクトン(以下、γ−BLと略記することがある)と、無機粒子としてシリカと、凝集剤としてグリセリンとを、重量比でそれぞれ30:39:15:16の割合となるように混合液を調製した。この混合液の組成を表1に示す。
【0024】
上記した混合液を、二軸混練押出機中で加熱混練(温度150℃)して、押出したストランドをペレタイザーに通すことでチップ化した。このチップを、外径1.6mm、内径0.8mmの二重環構造のノズルを装着した押出機(150℃)を用いて押出した。このときテトラエチレングリコールを押出物の中空部内に注入した。
【0025】
紡口から空気中に押し出した押出成形物を、3cmの空中走行距離を経て、重量パーセント濃度10%硫酸ナトリウム水溶液からなる水浴中(温度60℃)に入れ、約100cm水浴中を通過させて凝固させた。用いた硫酸ナトリウム水溶液は、60℃の飽和水溶液濃度に対して32%である。次いで、得られた中空糸状物を80℃の熱水中で繊維方向に原長の約2倍長となるよう延伸処理をした後に、枠に巻き、80℃の温水中で120分流水洗浄を行い、溶剤(γ-ブチロラクトン)と凝集剤(グリセリン)、さらに注入液(テトラエチレングリコール)を抽出除去した。
【0026】
このようにして得られた中空糸状物を40℃の重量パーセント濃度5%水酸化ナトリウム水溶液中で120分浸漬して無機粒子(シリカ)を抽出除去した後に、水洗、乾燥工程を経て中空糸膜を得た。製造した中空糸膜について以下の手法に従って試験を行った。試験結果を表2に示す。また膜表面構造を観察するにあたって撮影した走査型電子顕微鏡写真を図1に示す。
【0027】
各種の測定(分析)方法および装置
(1)分画粒子径
異なる粒子径を有する少なくとも2種類の粒子の阻止率を測定し、その測定値を元にして下記の近似式(1)において、Rが90となるSの値を求め、これを分画粒子径とした。
R=100/(1−m×exp(−a×log(S))) ・・・(1)
(1)式中、aおよびmは中空糸膜によって定まる定数であって、2種類以上の阻止率の測定値をもとに算出される。ただし、0.1μm径の粒子の阻止率が90%以上の場合の分画粒子径は、<0.1μmと表記される。
【0028】
(2)純水透過速度
有効長が3cmの片端開放型の中空糸膜モジュールを用いて、原水として純水を利用し、濾過圧力が50kPa、温度が25℃の条件で中空糸膜の外側から内側に濾過(外圧濾過)して時間当たりの透水量を測定し、単位膜面積、単位時間、単位圧力当たりの透水量に換算した数値で算出した。
【0029】
比較例1
押出成形物を60℃の水を用いて冷却凝固した以外は、実施例1と同様にして中空糸膜を得た。製造した中空糸膜の製造に用いた混合液の組成を表1に、試験結果を表2に示す。また膜表面構造を観察するにあたって撮影した走査型電子顕微鏡写真を図2に示す。
【実施例2】
【0030】
フッ化ビニリデン系樹脂としてポリフッ化ビニリデン(ソルベイアドバンストポリマーズ株式会社製、SOLEF6010)と、溶剤としてγ−ブチロラクトンと、凝集剤としてテトラエチレングリコール(以下、TEGと略記することがある)とを、重量比で35:40:25の割合となるように混合液を調製した。
【0031】
上記した混合液を、二軸混練押出機中で加熱混練(温度150℃)して、押出したストランドをペレタイザーに通すことでチップ化した。このチップを、外径1.6mm、内径0.8mmの二重環構造のノズルを装着した押出機(150℃)を用いて押出した。このときγ−ブチロラクトンを押出物の中空部内に注入した。
【0032】
紡口から空気中に押し出した押出成形物を、3cmの空中走行距離を経て、重量パーセント濃度10%硫酸ナトリウム水溶液からなる水浴中(温度30℃)に入れ、約100cm水浴中を通過させて凝固させた。次いで、得られた中空糸状物を80℃の熱水中で繊維方向に原長の約2倍長となるよう延伸処理をした後に、枠に巻き、80℃の温水中で120分流水洗浄を行い、溶剤(γ-ブチロラクトン)と凝集剤(テトラエチレングリコール)、さらに注入液(γ-ブチロラクトン)を抽出除去した。製造した中空糸膜の試験結果を表2に示す。
【0033】
比較例2
押出成形物を30℃の水を用いて冷却凝固した以外は、実施例2と同様にして中空糸膜を得た。製造した中空糸膜の試験結果を表2に示す。
【実施例3】
【0034】
フッ化ビニリデン系樹脂としてポリフッ化ビニリデン(ソルベイアドバンストポリマーズ株式会社製、SOLEF6010)と、溶剤としてε−カプロラクトンと、無機粒子として無機粒子として疎水性シリカ(日本アエロジル株式会社製、R−972)シリカと、凝集剤としてグリセリンとを、重量比で35:47:10:8の割合となるように混合液を調製した。
【0035】
上記した混合液を、二軸混練押出機中で加熱混練(温度150℃)して、押出したストランドをペレタイザーに通すことでチップ化した。このチップを、外径1.6mm、内径0.8mmの二重環構造のノズルを装着した押出機(150℃)を用いて押出した。このときテトラエチレングリコールを押出物の中空部内に注入した。
【0036】
紡口から空気中に押し出した押出成形物を、3cmの空中走行距離を経て、重量パーセント濃度10%硫酸ナトリウム水溶液からなる水浴中(温度80℃)に入れ、約100cm水浴中を通過させて凝固させた。次いで、得られた中空糸状物を80℃の熱水中で繊維方向に原長の約2倍長となるよう延伸処理をした後に、枠に巻き、80℃の温水中で120分流水洗浄を行い、溶剤(γ-ブチロラクトン)と凝集剤(グリセリン)、さらに注入液(テトラエチレングリコール)を抽出除去した。製造した中空糸膜の試験結果を表2に示す。
【0037】
比較例3
押出成形物を80℃の水を用いて冷却凝固した以外は、実施例1と同様にして中空糸膜を得た。製造した中空糸膜の試験結果を表2に示す。
【実施例4】
【0038】
押出成形物を重量パーセント濃度18%硫酸ナトリウム水溶液(温度60℃)用いて冷却凝固した以外は、実施例1と同様にして中空糸膜を得た。製造した中空糸膜の製造に用いた混合液の組成を表1に、試験結果を表2に示す。
【実施例5】
【0039】
押出成形物を重量パーセント濃度28%硫酸ナトリウム水溶液(温度60℃)用いて冷却凝固した以外は、実施例1と同様にして中空糸膜を得た。製造した中空糸膜の製造に用いた混合液の組成を表1に、試験結果を表2に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】実施例1の方法により製造したフッ化ビニリデン樹脂多孔膜の外表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】比較例1の方法により製造したフッ化ビニリデン樹脂多孔膜の外表面の走査型電子顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種以上の塩を溶解させた塩水溶液を用いて凝固する工程を含むことを特徴とするフッ化ビニリデン多孔膜の製造方法。
【請求項2】
塩水溶液の塩濃度が、重量濃度30g/L以上でかつ、飽和水溶液濃度に対して10〜100%の範囲にあることを特徴とする請求項1に記載のフッ化ビニリデン多孔膜の製造方法。
【請求項3】
多孔膜が中空糸膜であることを特徴とする請求項1に記載のフッ化ビニリデン多孔膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−62228(P2008−62228A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−209476(P2007−209476)
【出願日】平成19年8月10日(2007.8.10)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】