説明

多孔質炭素シート

【課題】熱伝導性複合材用充填材として優れた多孔質炭素シートを提供すること。
【解決手段】高分子化合物100重量部とピッチ系炭素繊維フィラー100〜2000重量部とを含む多孔質炭素シートであって、該ピッチ系炭素繊維フィラーのアスペクト比が3以上であり、該高分子化合物は、200℃以下で融点を持たず、かつ少なくとも1種類の溶媒に可溶であり、空隙率が30〜80%である多孔質炭素シート。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスペクト比が3以上であるピッチ系炭素繊維フィラー及び200℃以下で融点を持たない高分子化合物を含む多孔質炭素シートに関わるものである。さらに詳しくは、メルトブロー法によって作製したピッチ系炭素繊維フィラーの結晶子サイズや平均繊維径、繊維径分布、個数平均繊維長、表面状態を制御し、さらに高分子化合物と複合化した多孔質炭素シートであり、熱伝導性複合材の充填材に好適に使用される。
【背景技術】
【0002】
高性能の炭素繊維はポリアクリロニトリル(PAN)を原料とするPAN系炭素繊維と、一連のピッチ類を原料とするピッチ系炭素繊維に分類できる。そして炭素繊維は強度・弾性率が通常の合成高分子に比較して著しく高いという特徴を利用し、航空・宇宙用途、建築・土木用途、スポーツ・レジャー用途などに広く用いられている。
【0003】
近年、省エネルギーに代表されるエネルギーの効率的使用方法が注目されている一方で、高速化されたCPUや電子回路のジュール熱による発熱が問題になっている。これらを解決するためには、熱を効率的に処理するという、いわゆるサーマルマネジメントを達成する必要がある。
【0004】
炭素繊維は、通常の合成高分子に比較して熱伝導率が高く、放熱性に優れていると言われている。炭素繊維など炭素材料は、フォノンの移動により高い熱伝導率を達成すると言われている。このフォノンは、結晶格子が発達している材料において良く伝達する。実際は、市販のPAN系炭素繊維の熱伝導率は通常200W/(m・K)よりも小さく、サーマルマネジメントの観点からは必ずしも好適であるとは言い難い。これに対して、ピッチ系炭素繊維は黒鉛化性が高いために結晶格子が良く発達し、PAN系炭素繊維に比べて高熱伝導率を達成しやすいと認識されている。
【0005】
次にサーマルマネジメントに用いる複合材の特徴について考察する。炭素繊維の高い熱伝導率を効果的に利用するためには、何らかのマトリクスを介在させた状態において炭素繊維がネットワークを形成していることが好ましい。特にネットワークが三次元的に形成されている場合には、成形体の面内方向のみならず厚み方向に対しても炭素繊維の高い熱伝導が達成されることが予想される。しかし現実には、ピッチ系炭素繊維フィラーをマトリクスと複合した場合、ピッチ系炭素繊維フィラーはマトリクス中に分散してしまい、ネットワークが十分に成長せず、期待ほど熱伝導性が向上しない。
【0006】
そのため、ネットワーク形成を改善するため、予めネットワークを有するピッチ系炭素繊維のランダムマットを充填材として使用した複合材の検討がなされてきた(特許文献1、2)。
【0007】
【特許文献1】特開2000−228471号公報
【特許文献2】特開2007−84649号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、前述に示すランダムマットは嵩密度が非常に低いため、ハンドリング性に劣るという問題があった。炭素繊維、特にピッチ系炭素繊維の高熱伝導率という観点からサーマルマネジメント用途の開発が進みつつある。サーマルマネジメントの観点からは成形体としての熱伝導性が高くなっていることが必要とされている。
そこで、適切な熱伝導率を有し、さらに成形体の三次元的な熱伝導性が向上し、加えて成形性に優れる充填材が強く望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、複合材の熱伝導度を向上させること及び複合材の成形性の向上を鑑み、一つに炭素繊維の集合状態に着目し、その集合状態が3次元的にランダムな場合に、熱伝導性シートの熱伝導率が著しく改善されることを見出し、また、嵩密度を抑制しハンドリング性を向上させるために、ピッチ系炭素繊維フィラーを、樹脂で固定し多孔質炭素シートとすることで、熱伝導性及び成形性を併せ持った多孔質炭素シートを得ることに到達した。
【0010】
即ち、本発明の目的は、高分子化合物100重量部とピッチ系炭素繊維フィラー100〜2000重量部とを含む多孔質炭素シートであって、該ピッチ系炭素繊維フィラーのアスペクト比が3以上であり、該高分子化合物は、200℃以下で融点を持たず、かつ少なくとも1種類の溶媒に可溶であり、空隙率が30〜80%である多孔質炭素シートによって達成することができる。
【0011】
更に本発明の目的は、該ピッチ系炭素繊維フィラーがメソフェーズピッチを原料とし、ピッチ系炭素繊維フィラーの六角網面の成長方向に由来する結晶子サイズが20nm以上であり、炭素繊維の平均繊維径が5〜20μmであり、平均繊維径に対する繊維径分散の百分率(CV値)が5〜20であり、炭素繊維の個数平均繊維長が20〜1000μmであり、透過型電子顕微鏡によるフィラー端面観察においてグラフェンシートが閉じており、走査型電子顕微鏡での観察表面が実質的に平坦である多孔質炭素シート、該高分子化合物100重量部に対し、該ピッチ系炭素繊維フィラー200〜2000重量部含まれている多孔質炭素シート、高分子化合物が、芳香族ポリアミド類、ポリエステル類、ポリカーボネート類、ポリスルホン類、ポリエーテルスルホン類からなる群から選ばれる少なくとも1種である多孔質炭素シートによって達成される。
【0012】
更に本発明の目的は、上述の多孔質炭素シートと樹脂を複合させた熱伝導性複合材によって達成される。
【発明の効果】
【0013】
本発明の多孔質炭素シートは、アスペクト比、黒鉛結晶の広がり(六角網面の成長方向に由来する結晶子サイズ)、平均繊維径、繊維径分布、平均繊維長、表面状態を制御したピッチ系炭素繊維フィラーを200℃以下で融点を持たない高分子化合物で結合し空隙率を制御することで、高い熱伝導性とハンドリング性を有する複合材の充填材として機能することを可能にせしめている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明の実施の形態について順次説明する。
本発明の多孔質炭素シートは、アスペクト比が3以上であるピッチ系炭素繊維フィラーと200℃以下で融点を持たず、少なくとも1種類以上の溶媒に可溶な高分子化合物によって結合していることを特徴とする。
【0015】
ピッチ系炭素繊維フィラーのアスペクト比が3以上である場合、ピッチ系炭素繊維フィラー同士の交絡によってできる空隙が非常に多くなり、シートが多孔質になりやすくなる。アスペクト比は好ましくは5以上であり、更に好ましくは10以上である。逆にアスペクト比が3未満である場合、ピッチ系炭素繊維フィラーの交絡がほとんど無くなり、多孔質になりにくくなる。アスペクト比の上限はとくには無いが、アスペクト比が大きくなるとシートの空隙率は高くなる傾向になる。フィラーの含有量にもよるがアスペクト比が大きくなるとシートの空隙率が80%を超える場合があることから、アスペクト比は好ましくは1000以下である。
【0016】
200℃以下で融点を持たない高分子化合物によりピッチ系炭素繊維フィラーを結合させることにより、多孔質炭素シートを複合材の充填材として用いるに際し、多孔質炭素シートの形態及び炭素繊維のネットワークを維持し、熱伝導性や成形性を保つのに好適であるためである。特に、シリコーン類、エポキシ類、ウレタン類、フェノール類に例示される熱硬化性樹脂との複合化を行う場合、好適である。さらに好ましくは300℃以下で融点を持たないことである。また、少なくとも1種類以上の溶媒に可溶である場合、溶媒に希釈することで、高分子化合物に対し、多量のピッチ系炭素繊維フィラーを分散することができ、多孔質炭素シートとすることができる。ここで述べる溶媒に可溶であるとは、溶媒に対して完全に溶解している状態を意味し、ゲル化や部分溶解は含まない。好ましくは溶媒に対する溶解度が5以上である。この様な高分子化合物に特に限定は無いが、具体的には芳香族ポリアミド類、ポリエステル類、ポリカーボネート類、ポリスルホン類、およびポリエーテルスルホン類からなる群から選ばれる少なくとも1種を用いることができる。
【0017】
本発明の多孔質炭素シートの製造法に限定はないが、具体的な成型体作成方法としては、湿式製膜法などが挙げられる。
【0018】
本発明の多孔質炭素シートの空隙率は30〜80%である。空隙率が30%より下回る場合、空隙の大きさが小さくなり樹脂と複合化するのが困難になる。これに対し、空隙率が80%を上回る場合、嵩密度が小さくなりハンドリング性が低下する。更に、樹脂と複合化した場合、複合材における樹脂の比率が高くなり熱伝導性が低下する。空隙率は、多孔質炭素シートの密度を測定し、理論値に対する比率及びその差を求めることで空隙率を測定することができる。具体的には(1−(シート密度)/(シート理論密度))×100で求めることができる。空隙率を制御する手法として特に限定はないが、具体的にはピッチ系炭素繊維フィラーの繊維長及びピッチ系炭素繊維フィラーの添加量を制御することで達成できる。ピッチ系フィラーの繊維長を長くしたり、ピッチ系炭素繊維フィラーの添加量を多くすることで、空隙率が高くなる傾向にある。
【0019】
ピッチ系炭素繊維フィラーと高分子化合物の混合比は特に限定されないが、樹脂100重量部に対して、100〜2000重量部のピッチ系炭素繊維フィラーが含まれる。より好ましくは樹脂100重量部に対してピッチ系炭素繊維フィラーが200〜2000重量部であり、更に好ましくは400〜2000重量部である。ピッチ系炭素繊維フィラーの添加量が100重量部より小さいと、複合材とした時に十分な熱伝導度が得られない。逆に、ピッチ系炭素繊維フィラーの添加量が2000重量部より大きくなると、樹脂が少なくなりシートの強度が低下する。また、多孔質炭素シートの厚みは用途によって自由に設定することができるが、0.1〜10mmが成形歩留まりを向上させる上で好ましい。0.1mm以下は均一な成形が困難であり、10mm以上は厚みムラの制御が困難になる。
【0020】
本発明で用いられるピッチ系炭素繊維フィラーは、平均繊維径が2〜20μmであることが好ましい。2μm以下の場合には、多孔質炭素シートとした場合、嵩密度が高くなりハンドリング性が低下する。逆に、平均繊維径が20μmを超えると、不融化工程でのムラが大きくなり部分的に融着が起こったりするところが発生することがある。より好ましくは5〜15μmであり、さらに好ましくは7〜13μmである
なお、平均繊維径に対する繊維径分散の百分率として求められるCV値は、5〜20であることが好ましい。CV値が5を下回ることは工程上あり得ない。また、CV値が20を超えると、不融化でトラブルを起こす直径20μm以上の繊維が増える可能性が高くなり、生産性の観点から好ましくない。
【0021】
本発明で用いるピッチ系炭素繊維フィラーの個数平均繊維長は20〜1000μmであることが好ましい。20μmを下回ると繊維としての特徴が失われ、十分な熱伝導度を発揮できない。一方1000μmを超えると繊維の交絡が増大し、多孔質炭素シートとした時に空隙率が大きくなる。そのような場合、充填材として使用し高分子化合物と複合した際に炭素繊維の充填率が大きく低下してしまう。より好ましくは30〜400μmである。
【0022】
本発明で用いるピッチ系炭素繊維フィラーは、六角網面の成長方向に由来する結晶子サイズが20nm以上であることが好ましい。六角網面の成長方向に由来する結晶子サイズは公知の方法によって求めることができ、X線回折法にて得られる炭素結晶の(110)面からの回折線によって求めることができる。結晶子サイズが重要になるのは、熱伝導が主としてフォノンによって担われており、フォノンを発生するのが結晶であることに由来している。結晶子サイズはより好ましくは、30nm以上である。
【0023】
本発明で用いるピッチ系炭素繊維フィラーは、透過型電子顕微鏡でフィラー端面の形状を観察すると、グラフェンシートが閉じた構造になっていることが好ましい。フィラーの端面がグラフェンシートとして閉じている場合には、余分な官能基の発生や、形状に起因する電子の局在化が起こらないので、水のような不純物の濃度を低減することができ、例えば、縮合系ポリマーの様に加水分解の影響を受ける様な樹脂と複合化する際に、耐加水分解性が向上するという点から好ましい。また、黒鉛化の際炭素繊維の収縮により立て割れが発生しやすくなるが、端面が閉じているとこれを抑制するため、複合材としたとき機械強度が低下するのを抑制する。特に、本発明のように、繊維長が1mmよりも短いフィラーにおいては、フィラー表面積に占める端面の割合が高くなることより、グラフェンシートが閉じている構造が特に好ましい。
【0024】
なお、グラフェンシートが閉じているとは、炭素繊維を構成するグラフェンシートそのものの端部が炭素繊維端部に露出することなく、グラファイト層が略U字上に湾曲し、湾曲部分が炭素繊維端部に露出している状態である。
【0025】
また、本発明のピッチ系炭素繊維フィラーは走査型電子顕微鏡での観察表面が実質的に平坦であることが好ましい。ここで、実質的に平坦であるとは、フィブリル構造のような激しい凹凸を表面に有しないことを意味し、フィラーの表面に激しい凹凸が存在する場合には、高分子化合物との混練に際して表面積の増大に伴う粘度の増大を引き起こし、成形性を悪化させる。よって、表面凹凸はできるだけ小さい状態が望ましい。実質的に平滑であることを定義するのに特に制限は無いが、具体的には走査型電子顕微鏡での観察において、視野中(倍率1000)に凹凸が10箇所以下であれば含まれていてもよいことを意味する。
【0026】
端面のグラフェンシートが閉じており、観察表面が平滑なピッチ系炭素繊維フィラーは、後で詳述するが炭素繊維フィラーを粉砕後に黒鉛化することにより得ることができる。黒鉛後に粉砕すると、端面のグラフェンシートが開き、ピッチ系炭素繊維フィラーの凹凸が多くなり、走査型電子顕微鏡での観察表面に凹凸が観察される。
【0027】
以下本発明のピッチ系炭素繊維フィラーの好ましい製造法について述べる。
本発明で用いられるピッチ系炭素繊維の原料としては、例えば、ナフタレンやフェナントレンといった縮合多環炭化水素化合物、石油系ピッチや石炭系ピッチといった縮合複素環化合物等が挙げられる。その中でもナフタレンやフェナントレンといった縮合多環炭化水素化合物が好ましく、特に光学的異方性ピッチ、すなわちメソフェーズピッチが好ましい。メソフェーズピッチは、黒鉛化処理を行った際に黒鉛化度が向上しやすため、炭素繊維の熱伝導性を向上させる上で特に好ましいためである。
【0028】
原料ピッチとなる光学異方性ピッチの軟化点はメトラー法により求めることができ、250℃以上350℃以下が好ましい。軟化点が250℃より低いと、不融化の際に繊維同士の融着や大きな熱収縮が発生する。また、350℃より高いとピッチの熱分解が生じ糸状になりにくくなる。
【0029】
光学異方性ピッチは溶融後、ノズルより吐出しこれを冷却することによる溶融紡糸によって繊維化できる。紡糸方法としては、具体的には口金から吐出したピッチをワインダーで引き取る通常の紡糸法、熱風をアトマイジング源として用いるメルトブロー法、遠心力を利用してピッチを引き取る遠心紡糸法などが挙げられる。中でも、曲率半径の制御、生産性の高さなどの理由からメルトブロー法を用いるのが好ましい。
【0030】
光学異方性ピッチは溶融紡糸された後、不融化、焼成、必要に応じて粉砕を経て最後に黒鉛化することによってピッチ系炭素繊維フィラーとする。本発明のピッチ系炭素繊維フィラーは透過型電子顕微鏡で観察したグラフェンシートが閉じていることを特徴とするが、このようなピッチ系炭素繊維フィラーはミリングを行った後に黒鉛化処理を実施することによって、好ましく得ることができる。以下、メルトブロー法を例にとって、各工程の好ましい態様について説明する。
【0031】
本発明においては、紡糸時の温度は、光学異方性ピッチの粘度が3〜25Pa・S(30〜250ポイズ)の範囲にある温度であることが望ましい。更に好ましくは5〜20Pa・S(50〜200ポイズ)の範囲にある温度である。紡糸ノズルは、導入角αが10〜90°であり、吐出口長さLと吐出口の径Dの比L/Dが6〜20の範囲にあるノズルが好ましく用いられる。紡糸条件がこの範囲にある時、光学異方性ピッチにかかるせん断力が、芳香環をある程度配列させることできる。紡糸条件がこの条件から外れる時、例えば、粘度がより大きい、もしくは導入角がより小さい、もしくはL/Dがより大きい時などせん断力がより強くかかる条件では、配列が進みすぎて黒鉛化した際に、炭素繊維が割れやすくなる。逆に粘度がより小さい、もしくは導入角がより大きい、もしくはL/Dがより小さいなどせん断力がより小さいなどせん断力が小さくかかる条件では、芳香環があまり配列しないため、黒鉛化処理しても黒鉛化度がそれほど向上せず、高い熱伝導性が得られない。
【0032】
ノズル孔から出糸されたピッチ繊維は、100〜350℃に加温された毎分100〜10000mの線速度のガスを細化点近傍に吹き付けることによって短繊維化される。吹き付けるガスは空気、窒素、アルゴンを用いることができるが、コストパフォーマンスの点から空気が好ましい。
【0033】
ピッチ繊維は、金網ベルト上に捕集され連続的なマット状になり、さらにクロスラップされることで3次元ランダムマットとなる。
3次元ランダムマットとは、クロスラップされていることに加え、ピッチ繊維が三次元的に交絡しているマットをいう。この交絡は、ノズルから、金網ベルトに到達する間にチムニと呼ばれる筒において達成される。線状の繊維が立体的に交絡するために、通常一次元的な挙動しか示さない繊維の特性が立体においても反映されるようになる。
【0034】
このようにして得られたピッチ繊維よりなる3次元ランダムマットは、公知の方法で不融化する。不融化は、空気、或いはオゾン、二酸化窒素、窒素、酸素、ヨウ素、臭素を空気に添加したガスを用いて200〜350℃で達成される。安全性、利便性を考慮すると空気中で実施することが好ましい。
【0035】
不融化したピッチ繊維は、真空中、或いは窒素、アルゴン、クリプトン等の不活性ガス中で600〜1500℃で焼成される。焼成は常圧で、且つコストの安い窒素中で実施される場合が多い。
不融化後或いは焼成後、得られた繊維を粉砕する。粉砕は公知の方法によって行うことができる。具体的には、カッター、ボールミル、ジェットミル、クラッシャーなどを用いることができる。
【0036】
粉砕された炭素繊維を次いで黒鉛化する。黒鉛化は使用する炉の形式に応じて、不活性ガスの種類を変更する事が一般的である。黒鉛化温度は、炭素繊維としての熱伝導率を高くするためには、2000〜3500℃にすることが好ましい。より好ましくは2300〜3500℃である。黒鉛化の際に黒鉛性のルツボに入れ処理すると、外部からの物理的、化学的作用を遮断でき好ましい。黒鉛製のルツボは上記の炭素繊維を、所望の量入れることが出来るものであるならば大きさ、形状に制約はないが、黒鉛化処理中または冷却中に炉内の酸化性のガス、または水蒸気との反応による当該炭素繊維の損傷を防ぐために、フタ付きの気密性の高いものが好適に利用できる。
【0037】
また、本発明の多孔質炭素シートにおいて炭素繊維以外の熱伝導性フィラーも必要に応じて使用する事もできる。具体的にはシリカ、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、酸化亜鉛などの金属酸化物、水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウムなどの金属水酸化物、窒化ホウ素、窒化アルミニウムなどの金属窒化物、銀、金、銅、アルミニウムなどの金属もしくは合金、グラファイト、膨張黒鉛、ダイヤモンドなどの炭素材料などが挙げられる。
【0038】
本発明で用いられる多孔質炭素シートには、本発明の効果を損なわない範囲で、ガラス繊維、チタン酸カリウムウィスカ、酸化亜鉛ウィスカ、硼酸アルミニウムウィスカ、アラミド繊維、アルミナ繊維、炭化珪素繊維、セラミック繊維、アスベスト繊維、石コウ繊維、金属繊維などの繊維状充填材、ワラステナイト、ゼオライト、セリサイト、カオリン、マイカ、クレー、パイロフィライト、ベントナイト、アスベスト、タルク、アルミナシリケートなどの珪酸塩、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、ドロマイトなどの炭酸塩、硫酸カルシウム、硫酸バリウムなどの硫酸塩、ガラスビーズ、ガラスフレーク、セラミックビーズ、炭化珪素およびシリカなどの非繊維状充填材が挙げられ、これらは中空であってもよく、さらにはこれらを2種類以上併用することも可能である。
【0039】
成形する前にピッチ系炭素繊維フィラーは、電解酸化などによる酸化処理やカップリング剤やサイジング剤で処理することで、表面を改質させたものを用いることもできる。また、無電解メッキ法、電解メッキ法、真空蒸着、スパッタリング、イオンプレーティングなどの物理的蒸着法、化学的蒸着法、塗装、浸漬、微細粒子を機械的に固着させるメカノケミカル法などの方法によって金属やセラミックスを表面に被覆させたものでもよい。
【0040】
このようにして得られた多孔質炭素シートは、樹脂と複合化し熱伝導性複合材として用いることができる。複合化する手法としては特に限定はないが、具体的には多孔質炭素シートを、樹脂もしくは樹脂を溶解させたドープに含浸させ、多孔に樹脂を充填する方法が挙げられる。中でも、熱硬化樹脂は含浸した状態のまま硬化できるので、使用にあたって好適である。また、この際に上記で示したような添加剤を加えることもできる。
【0041】
当該複合材は、電子機器等において半導体素子や電源、光源などの電子部品が発生する熱を効果的に外部へ放散させるための放熱部材、伝熱部材あるいはそれらの構成材料等として用いることができる。
【実施例】
【0042】
以下に実施例を示すが、本発明はこれらに制限されるものではない。
なお、本実施例における各値は、以下の方法に従って求めた。
(1)ピッチ系炭素繊維フィラーの平均繊維径は、黒鉛化を経たピッチ系炭素繊維フィラーをJIS R7607に準じ、光学顕微鏡下でスケールを用いて60本測定し、その平均値から求めた。
(2)ピッチ系炭素繊維フィラーの平均繊維長は、黒鉛化を経たピッチ系炭素繊維フィラーを抜き取り、光学顕微鏡下で測長器で2000本(10視野、200本ずつ)測定し、その平均値から求めた。
(3)ピッチ系炭素繊維フィラーの結晶子サイズは、X線回折に現れる(110)面からの反射を測定し、学振法にて求めた。
(4)多孔質炭素シートの空隙率は、シートの質量、面積、厚みからシートの密度を測定し、(1−(シート密度)/(シート理論密度))×100の式から求めた。
(5)多孔質炭素シートの膜厚は、触針式膜厚計を用いて求めた。
(6)複合材の熱伝導率は、京都電子製QTM−500を用いプローブ法で求めた。
(7)ピッチ系炭素繊維フィラーの端面は、透過型電子顕微鏡で100万倍の倍率で観察し、400万倍に写真上で拡大し、グラフェンシートを確認した。
(8)ピッチ系炭素繊維フィラーの表面は走査型電子顕微鏡で1000倍の倍率で観察し、凹凸を確認した。
【0043】
[実施例1]
縮合多環炭化水素化合物よりなるピッチを主原料とした。光学的異方性割合は100%、軟化点が283℃であった。直径0.2mmφの孔のキャップを使用し、スリットから加熱空気を毎分5500mの線速度で噴出させて、溶融ピッチを牽引して平均直径14.5μmのピッチ系短繊維を作製した。この時の紡糸温度は325℃であり、溶融粘度は18.5Pa・S(185poise)であった。紡出された繊維をベルト上に捕集してマットとし、さらにクロスラッピングで目付320g/mのピッチ系短繊維からなる3次元ランダムマットとした。
【0044】
この3次元ランダムマットを空気中で170℃から285℃まで平均昇温速度2℃/分で昇温して不融化、更に800℃で焼成を行った。この3次元ランダムマットをカッター(ターボ工業製)で700rpmで粉砕し、3000℃で黒鉛化した。
黒鉛化後のピッチ系炭素繊維フィラーの平均繊維径は9.8μm、平均繊維径に対する繊維直径分散の比は12%であった。平均繊維長は250μmであった。アスペクト比は25.5であった。六角網面の成長方向に由来する結晶サイズは70nmであった。
【0045】
ピッチ系炭素繊維フィラーの端面は透過型顕微鏡の観察によりグラフェンシートが閉じていることを確認した。また、表面は走査型電子顕微鏡の観察により、凹凸は1個であり実質的に平滑であった。
ピッチ系炭素繊維フィラー900重量部、ポリカーボネート(帝人化成製商品名「L−1225WP」、融点230℃)100重量部、塩化メチレン9000重量部を混合した後、ドクターブレードで0.5mmの厚みに成形した。更に、これを100℃で1時間乾燥することで、多孔質炭素シートを作成した。
作成した多孔質炭素シートの膜厚は350μm、空隙率は70%であった。
【0046】
[実施例2]
実施例1で得られた多孔質炭素シートを二液硬化性エポキシ系樹脂(ジャパンエポキシレジン社製「エピコート871」、硬化剤「エピキュア113」)に含浸し、バーで余分な樹脂を落とした後、150℃で1時間硬化することで、熱伝導性シートを作成した。
作成した熱伝導性シートの熱伝導率は7.2W/(m・K)であった。
【0047】
[実施例3]
縮合多環炭化水素化合物よりなるピッチを主原料とした。光学的異方性割合は100%、軟化点が283℃であった。直径0.2mmφの孔のキャップを使用し、スリットから加熱空気を毎分5500mの線速度で噴出させて、溶融ピッチを牽引して平均直径14.5μmのピッチ系短繊維を作製した。この時の紡糸温度は325℃であり、溶融粘度は18.5Pa・S(185poise)であった。紡出された繊維をベルト上に捕集してマットとし、さらにクロスラッピングで目付320g/mのピッチ系短繊維からなる3次元ランダムマットとした。
【0048】
この3次元ランダムマットを空気中で170℃から285℃まで平均昇温速度2℃/分で昇温して不融化、更に800℃で焼成を行った。この3次元ランダムマットをカッター(ターボ工業製)で700rpmで粉砕し、その後ボールミル(レッチェ製)で粉砕し、で3000℃で黒鉛化した。
黒鉛化後のピッチ系炭素繊維フィラーの平均繊維径は9.8μm、平均繊維径に対する繊維直径分散の比は12%であった。平均繊維長は60μmであった。アスペクト比は6.1であった。六角網面の成長方向に由来する結晶サイズは65nmであった。
【0049】
ピッチ系炭素繊維フィラーの端面は透過型顕微鏡の観察によりグラフェンシートが閉じていることを確認した。また、表面は走査型電子顕微鏡の観察により、凹凸は1個であり実質的に平滑であった。
ピッチ系炭素繊維フィラー900重量部、ポリカーボネート(帝人化成製商品名「L−1225WP」)100重量部、塩化メチレン9000重量を混合した後、ドクターブレードで0.5mmの厚みに成形した。更に、これを100℃で1時間乾燥することで、多孔質炭素シートを作成した。
作成した多孔質炭素シートの膜厚は150μm、空隙率は30%であった。
【0050】
[実施例4]
実施例3で得られた多孔質炭素シートを二液硬化性エポキシ系樹脂(ジャパンエポキシレジン社製商品名「エピコート871」、硬化剤「エピキュア113」)に含浸し、バーで余分な樹脂を落とした後、150℃で1時間硬化することで、熱伝導性シートを作成した。
作成した熱伝導性シートの熱伝導率は6.8W/(m・K)であった。
【0051】
[比較例1]
実施例1と同様の手法でピッチ系炭素繊維フィラーを作製した。
ピッチ系炭素繊維フィラー900重量部、ポリエチレンオキシド(関東化学製、分子量200000、融点65℃)100重量部、メタノール9000重量を混合した後、ドクターブレードで0.5mmの厚みに成形した。更に、これを100℃で1時間乾燥することで、多孔質炭素シートを作成した。
作成した多孔質炭素シートの膜厚は350μm、空隙率は70%であった。
【0052】
[比較例2]
比較例1で得られた多孔質炭素シートを二液硬化性エポキシ系樹脂(ジャパンエポキシレジン社製「エピコート871」、硬化剤「エピキュア113」)に含浸し、バーで余分な樹脂を落とした後、150℃で1時間硬化するが、硬化中多孔質炭素シートが変形してしまい、平面性が大きく低下した。
【0053】
[比較例3]
カッターの回転数を400rpmにした以外は実施例1と同様の手法でピッチ系炭素繊維フィラーを作製した。
黒鉛化後のピッチ系炭素繊維フィラーの平均繊維径は9.8μm、平均繊維径に対する繊維直径分散の比は12%であった。平均繊維長は700μmであった。アスペクト比は71.4であった。六角網面の成長方向に由来する結晶サイズは70nmであった。
ピッチ系炭素繊維フィラーの端面は透過型顕微鏡の観察によりグラフェンシートが閉じていることを確認した。また、表面は走査型電子顕微鏡の観察により、凹凸は1個であり実質的に平滑であった。
ピッチ系炭素繊維フィラー900重量部、ポリカーボネート(帝人化成製商品名「L−1225WP」、融点230℃)100重量部、塩化メチレン9000重量部を混合した後、ドクターブレードで0.5mmの厚みに成形した。更に、これを100℃で1時間乾燥することで、多孔質炭素シートを作成した。
作成した多孔質炭素シートの膜厚は400μm、空隙率は85%であった。
【0054】
[比較例4]
比較例3で得られた多孔質炭素シートを二液硬化性エポキシ系樹脂(ジャパンエポキシレジン社製「エピコート871」、硬化剤「エピキュア113」)に含浸し、バーで余分な樹脂を落とした後、150℃で1時間硬化することで、熱伝導性シートを作成した。
作成した熱伝導性シートの熱伝導率は2.3W/(m・K)であった。
【0055】
[比較例5]
粉砕工程を用いなかった以外は実施例1と同様の方法でピッチ系炭素繊維ランダムマットを作成した。
黒鉛化後のピッチ系炭素繊維ランダムマットの平均繊維径は9.8μm、平均繊維径に対する繊維直径分散の比は12%であった。平均繊維長は150mmであった。アスペクト比は15000であった。六角網面の成長方向に由来する結晶サイズは70nmであった。
ピッチ系炭素繊維ランダムマットの端面は透過型顕微鏡の観察によりグラフェンシートが閉じていることを確認した。また、表面は走査型電子顕微鏡の観察により、凹凸は1個であり実質的に平滑であった。
このピッチ系炭素繊維ランダムマットの膜厚は15mm、空隙率は90%であった。
【0056】
[比較例6]
このピッチ系炭素繊維ランダムマットを二液硬化性エポキシ系樹脂(ジャパンエポキシレジン社製「エピコート871」、硬化剤「エピキュア113」)に含浸し、バーで余分な樹脂を落とした後、150℃で1時間硬化することで、熱伝導性シートを作成した。
作成した熱伝導性シートの熱伝導率は3.8W/(m・K)であった。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の多孔質炭素シートは、ピッチ系炭素繊維フィラーを200℃以下で融点を持たない高分子化合物で結合し、空隙率を制御することで、複合材の充填材としたときに、複合材が高い熱伝導性を発現することを可能にせしめている。また、嵩密度をある程度抑制できることで、高いハンドリング性を維持している。これにより、高い放熱特性が要求される場所に用いることが可能になり、サーマルマネージメントを確実なものとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子化合物100重量部とピッチ系炭素繊維フィラー100〜2000重量部とを含む多孔質炭素シートであって、該ピッチ系炭素繊維フィラーのアスペクト比が3以上であり、該高分子化合物は、200℃以下で融点を持たず、かつ少なくとも1種類の溶媒に可溶であり、空隙率が30〜80%である多孔質炭素シート。
【請求項2】
該ピッチ系炭素繊維フィラーがメソフェーズピッチを原料とし、ピッチ系炭素繊維フィラーの六角網面の成長方向に由来する結晶子サイズが20nm以上であり、炭素繊維の平均繊維径が2〜20μmであり、平均繊維径に対する繊維径分散の百分率(CV値)が5〜20であり、炭素繊維の個数平均繊維長が20〜1000μmであり、透過型電子顕微鏡によるフィラー端面観察においてグラフェンシートが閉じており、走査型電子顕微鏡での観察表面が実質的に平坦である請求項1記載の多孔質炭素シート。
【請求項3】
該高分子化合物100重量部に対し、該ピッチ系炭素繊維フィラー200〜2000重量部含まれている請求項1〜2のいずれか1項に記載の多孔質炭素シート。
【請求項4】
該高分子化合物が、芳香族ポリアミド類、ポリエステル類、ポリカーボネート類、ポリスルホン類、およびポリエーテルスルホン類からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1〜3に記載のいずれか1項に記載の多孔質シート。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の多孔質炭素シートと樹脂を複合させた熱伝導性複合材。

【公開番号】特開2009−132775(P2009−132775A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−308708(P2007−308708)
【出願日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)
【Fターム(参考)】