説明

多層絶縁電線及びそれを用いた変圧器

【課題】耐熱性向上の要求を満たすとともに、コイル用途として要求される耐放電特性も兼ね備えた多層絶縁電線を提供する。耐熱性と耐放電特性に優れた絶縁電線を巻回してなる、電気特性に優れ、信頼性の高い変圧器を提供する。
【解決手段】導体と前記導体を被覆する3層以上の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、最外層(A)を形成する樹脂が、ポリアミド樹脂からなり、最内層(B)を形成する樹脂が熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対して、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する樹脂を混和し、架橋させて成る樹脂からなり、最外層と最内層の間の絶縁層4b〜4d(C)が、ポリフェニレンスルフィド樹脂もしくはポリエーテルスルホン樹脂もしくはポリエーテルイミド樹脂のいずれかである多層絶縁電線、並びに該多層絶縁電線を有してなる変圧器。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁層が3層以上の押出被覆層からなる多層絶縁電線とそれを用いた変圧器に関する。
【背景技術】
【0002】
変圧器の構造は、IEC規格(International Electrotechnical Communication Standard)Pub.60950などによって規定されている。即ち、これらの規格では、巻線において一次巻線と二次巻線の間には少なくとも3層の絶縁層(導体を被覆するエナメル皮膜は絶縁層と認定しない)が形成されていること又は絶縁層の厚みは0.4mm以上であること、一次巻線と二次巻線の沿面距離は、印加電圧によっても異なるが、5mm以上であること、また一次側と二次側に3000Vを印加した時に1分以上耐えること、などが規定されている。
このような規格のもとで、従来、主流の座を占めている変圧器としては、図2の断面図に例示するような構造が採用されてきた。この変圧器は、フェライトコア1上のボビン2の周面両側端に沿面距離を確保するための絶縁バリヤ3が配置された状態でエナメル被覆された一次巻線4が巻回されたのち、この一次巻線4の上に、絶縁テープ5を少なくとも3層巻回し、更にこの絶縁テープの上に沿面距離を確保するための絶縁バリヤ3を配置したのち、同じくエナメル被覆された二次巻線6が巻回された構造である。
【0003】
しかし、近年、図2に示した断面構造の変圧器(トランス)に代わり、図1で示したように、絶縁バリヤ3や絶縁テープ層5を含まない構造の変圧器が用いられるようになった。この変圧器は図2の構造の変圧器に比べて、全体を小型化することができ、また、絶縁テープの巻回し作業を省略できるなどの利点を備えている。
図1で示した変圧器を製造する場合、用いる1次巻線4及び2次巻線6では、いずれか一方もしくは両方の導体4a(6a)の外周に少なくとも3層の絶縁層4b(6b)、4c(6c)、4d(6d)が形成されていることが前記したIEC規格との関係で必要になる。
【0004】
このような巻線として導体の外周に絶縁テープを巻回して1層目の絶縁層を形成し、更にその上に、絶縁テープを巻回して2層目の絶縁層、3層目の絶縁層を順次形成して互いに層間剥離する3層構造の絶縁層を形成するものが知られている。また、絶縁テープの代わりにフッ素樹脂を、導体の外周上に順次押出被覆して、全体として3層の絶縁層を形成したものも公知である(例えば、特許文献1参照。)。
【0005】
しかしながら、前記の絶縁テープ巻の場合は、巻回する作業が不可避である為、生産性は著しく低く、その為電線コストは非常に高いものになっている。
また、前記のフッ素樹脂押出しの場合では、絶縁層はフッ素系樹脂で形成されているので、耐熱性は良好であるという利点を備えているが、樹脂のコストが高く、さらに高剪断速度で引っ張ると外観状態が悪化するという性質があるために製造スピードを上げることも困難で、絶縁テープ巻と同様に電線コストが高いものになってしまうという問題点がある。
【0006】
こうした問題点を解決するため、導体の外周上に、1層目、2層目の絶縁層として結晶化を制御し分子量低下を抑制した変性ポリエステル樹脂を押出し、3層目の絶縁層としてポリアミド樹脂を押出被覆した多層絶縁電線が実用化されている(例えば、特許文献2及び3参照。)。さらに、巻線加工後の変圧器を機器に取り付け回路を形成する際には、変圧器から引き出した電線の先端で導体が露出され、はんだ付け処理後が行われるが、電気・電子機器の更なる小型化に伴い、変圧器から引き出した部分の被覆電線を折り曲げなどの加工を行った上、はんだ処理しても被覆層の割れ等を起こさず、また、はんだ処理後、被覆電線の折り曲げなど加工を良好に行うことができる多層絶縁電線が提案されている(特願2006−155402参照)。
該絶縁電線を用いた変圧器は電気・電子機器の中で課電中に用いられる。常温において課電中に放電しにくいことはもちろんのこと、近年の電気・電子機器の更なる小型化に伴い変圧器からの発熱量も増大している状況において、高温課電中においても放電しにくい多層絶縁電線が求められている。
【特許文献1】実開平3−56112号公報
【特許文献2】米国特許第5,606,152号明細書
【特許文献3】特開平6−223634号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような問題を解決するために、本発明は、耐熱性向上の要求を満たすとともに、コイル用途として要求される耐放電特性も兼ね備えた多層絶縁電線を提供することを目的とする。さらに本発明は、このような耐熱性と耐放電特性に優れた絶縁電線を巻回してなる、電気特性に優れ、信頼性の高い変圧器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の上記課題は、以下に示した多層絶縁電線及びこれを用いた変圧器によって達成された。
すなわち本発明は、以下の多層絶縁電線及び変圧器を提供するものである。
(1)導体と前記導体を被覆する3層以上の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、前記絶縁層の最外層(A)を形成する樹脂が、ガラス転移温度が140℃以上のポリアミド樹脂からなり、前記絶縁層の最内層(B)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対して、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する樹脂1〜20質量部を混和し、架橋させて成る樹脂からなり、最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、ポリフェニレンスルフィド樹脂もしくはポリエーテルスルホン樹脂もしくはポリエーテルイミド樹脂のいずれかであることを特徴とする多層絶縁電線。
(2)導体と前記導体を被覆する3層以上の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、前記絶縁層の最外層(A)を形成する樹脂が、ガラス転移温度が140℃以上のポリアミド樹脂からなり、前記絶縁層の最内層(B)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対し、側鎖にカルボン酸またはカルボン酸の金属塩を有するエチレン系共重合体5〜40質量部を混和して成る樹脂からなり、最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、ポリフェニレンスルフィド樹脂もしくはポリエーテルスルホン樹脂もしくはポリエーテルイミド樹脂のいずれかであることを特徴とする多層絶縁電線。
(3) 前記(1)または(2)に記載の絶縁電線を用いてなることを特徴とする変圧器。
【発明の効果】
【0009】
本発明の多層絶縁電線は、耐熱性向上の要求を満たすとともに、コイル用途として要求される耐放電特性も兼ね備える。
さらに本発明の変圧器は、このような耐熱性と耐放電特性に優れた絶縁電線を巻回してなり、電気特性に優れ、信頼性が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の多層絶縁電線において絶縁層は3層以上からなり、好ましくは3層からなる。近年の電気・電子機器の小型化に伴い、発熱による機器への影響が懸念され、より高い耐熱性を向上させた多層絶縁電線が要求されている。しかしながら、耐熱樹脂は汎用樹脂に比べ伸び特性に劣るため割れやすい。特にはんだ処理時の熱履歴によって樹脂が熱劣化を起こしやすく、特性低下が著しい。そこで、本発明者らは、はんだ処理後の曲げなどの変形加工性に優れる多層絶縁電線を見出し、特許出願している(特願2006−155402参照)。しかしながら、最外層がポリアミド6,6などでは、高温において課電すると放電が起こり、劣化が促進し電気特性の低下を促す可能性がある。そこで、ガラス転移温度が140℃以上のポリアミド樹脂を用いることで、高温課電中においても放電の開始を抑えることが可能となり、結果的に電気特性の低下も引きおこさなくなることを見出した。
【0011】
本発明の好ましい実施態様においては、最内層(B)は、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対し、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する樹脂1〜20質量部を混和し、架橋させて成る押出被覆層である。
【0012】
前記脂肪族アルコール成分として、脂肪族ジオール等が挙げられる。
前記酸成分として、芳香族ジカルボン酸、脂肪族ジカルボン酸、芳香族ジカルボン酸の一部が脂肪族ジカルボン酸で置換されているジカルボン酸等が挙げられる。
【0013】
このうち、熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂としては、芳香族ジカルボン酸またはその一部が脂肪族ジカルボン酸で置換されているジカルボン酸と脂肪族ジオールとのエステル反応で得られたものが好ましく用いられる。例えば、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)、ポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)、ポリエチレンナフレート樹脂などが具体例としてあげられる。
【0014】
前記熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂の合成時に用いる芳香族ジカルボン酸としては、例えば、テレフタル酸、イソフタル酸、テレフタルジカルボン酸、ジフェニルスルホンジカルボン酸、ジフェノキシエタンジカルボン酸、ジフェニルエーテルカルボン酸、メチルテレフタル酸、メチルイソフタル酸などをあげることができる。これらのうち、とくにテレフタル酸は好適なものである。
【0015】
芳香族ジカルボン酸の一部を置換する脂肪族ジカルボン酸としては、例えば、コハク酸、アジピン酸、セバシン酸などをあげることができる。これらの脂肪族ジカルボン酸の置換量は、芳香族ジカルボン酸の30モル%未満であることが好ましく、とくに20モル%未満であることが好ましい。一方、エステル反応に用いる脂肪族ジオールとしては、例えば、エチレングリコール、トリメチレングリコール、テトラメチレングリコール、ヘキサンジオール、デカンジオールなどをあげることができる。これらのうち、エチレングリコール、テトラメチルグリコールは好適である。また、脂肪族ジオールとしては、その一部がポリエチレングリコールやポリテトラメチレングリコールのようなオキシグリコールになっていてもよい。
【0016】
本発明において好ましく用いることができる市販の樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)系樹脂は、バイロペット(東洋紡社製、商品名)、ベルペット(鐘紡社製、商品名)、帝人PET(帝人社製、商品名)等が挙げられる。ポリエチレンナフタレート(PEN)系樹脂は帝人PEN(帝人社製、商品名)、ポリシクロヘキサンジメチレンテレフタレート(PCT)系樹脂はエクター(東レ社製、商品名)等が挙げられる。
次に、最内層(B)を構成する樹脂混和物中の、前記エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する前記樹脂について説明する。
上記の官能基は、前記ポリエステル系樹脂と反応性を有する官能基である。前記最内層(B)は、押出被覆時に、この反応性官能基と前記ポリエステル系樹脂とが反応し架橋してなる。この反応性を有する樹脂としては、特にエポキシ基を含有することが好ましい。上記の官能基を含有する樹脂は、該官能基含有単量体成分を1〜20質量%有することが好ましく、2〜15質量%有することがより好ましい。このような樹脂としては、エポキシ基含有化合物成分を含む共重合体であることが好ましい。反応性を有するエポキシ基含有化合物としては、例えば、下記一般式(1)に示される不飽和カルボン酸のグリシジルエステル化合物が挙げられる。
【0017】
【化1】

【0018】
[式中、Rは炭素数2〜18のアルケニル基を、Xはカルボニルオキシ基を表す。]
【0019】
不飽和カルボン酸グリシジルエステルの具体的な例としては、グリシジルアクリレート、グリシジルメタクリレート、イタコン酸グリシジルエステル等が挙げられ、中でもグリシジルメタクリレートが好ましい。
【0020】
上記のポリエステル系樹脂と反応性を有する樹脂の代表的な例としては、市販の樹脂では、例えば、ボンドファースト(住友化学工業社製、商品名)、ロタダー(アトフィナ社製、商品名)等が挙げられる。
【0021】
この実施態様の最内層(B)を構成する樹脂混和物において、熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂と上記の官能基を有する樹脂との配合割合は、前者100質量部に対し、後者は1〜20質量部の範囲に設定されることが好ましい。後者の配合量が少なすぎると、熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂の結晶化抑制効果は小さくなり、そのため、曲げ加工などのコイル加工時に絶縁層の表面に微小クラックが発生する、いわゆるクレージング現象が多発する。また、絶縁層の経時劣化が進んで絶縁破壊電圧の著しい低下を引き起こすようになる。他方、後者の配合量が多すぎると、絶縁層の耐熱性が著しく低下してしまう。両者の配合割合は、前者100質量部に対し、後者は2〜15質量部であることがより好ましい。
【0022】
また、本発明の別の好ましい実施態様においては、最内層(B)は、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対し、側鎖にカルボン酸またはカルボン酸の金属塩を有するエチレン系共重合体5〜40質量部を配合して成る押出被覆層である。熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂としては、上記の実施態様におけるものと同様で好ましい範囲も同様である。
【0023】
最内層(B)を構成する樹脂混和物には、例えば、ポリエチレンの側鎖にカルボン酸もしくはカルボン酸の金属塩を結合させたエチレン系共重合体を含有させることが好ましい。このエチレン系共重合体は、前記した熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂の結晶化を抑制する働きをする。
【0024】
結合させるカルボン酸としては、例えば、アクリル酸,メタクリル酸,クロトン酸のような不飽和モノカルボン酸や、マレイン酸,フマル酸,フタル酸のような不飽和ジカルボン酸をあげることができ、またこれらの金属塩としては、Zn,Na,K,Mgなどの塩をあげることができる。このようなエチレン系共重合体としては、例えば、エチレン−メタアクリル酸共重合体のカルボン酸の一部を金属塩にし、一般にアイオノマーと呼ばれる樹脂(例えば、ハイミラン;商品名、三井ポリケミカル(株)製),エチレン−アクリル酸共重合体(例えば、EAA;商品名、ダウケミカル社製),側鎖にカルボン酸を有するエチレン系グラフト重合体(例えば、アドマー;商品名、三井石油化学工業(株)製)をあげることができる。
【0025】
この実施態様の最内層(B)を構成する樹脂混和物において、熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂とエチレン系共重合体との配合割合は、前者100質量部に対し、後者は5〜40質量部の範囲に設定されることが好ましい。後者の配合量が少なすぎると、形成された絶縁層の耐熱性に問題はないが、熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂の結晶化抑制効果は小さくなり、そのため、曲げ加工などのコイル加工時に絶縁層の表面に微小クラックが発生する、いわゆるクレージング現象が多発する。また、絶縁層の経時劣化が進んで絶縁破壊電圧の著しい低下を引き起こすようになる。他方、配合量が多すぎると、絶縁層の耐熱性は著しく劣化してしまう。両者のより好ましい配合割合は、前者100質量部に対し、後者は7〜25質量部である。
【0026】
最外層(A)には、ガラス転移温度が140℃以上のポリアミド樹脂が用いられる。なかでも、ガラス転移温度が、140℃〜200℃のポリアミド樹脂が好ましい。
前記ガラス転移温度が140℃以上のポリアミド樹脂としては、例えば、脂肪族ジカルボン酸成分と少なくとも1つのシクロへキシレン基を有する脂肪族ジアミン成分とを結合して形成されるナイロン等が挙げられる。なかでも、下記一般式(2)で表されるナイロンが好ましい。下記一般式(2)で表される、シクロヘキシレン基を含んだナイロンの代表例として、トロガミドCX7323(商品名、ダイセルデグサ社製;ガラス転移温度:140℃)が市販されている。
【0027】
【化2】

【0028】
[式中、sは正の整数である。]
本発明の好ましい実施態様においては、最内層(C)は、ポリフェニレンスルフィド樹脂が好ましい。
例えば、代表例として、DICPPS FZ2200A8(大日本インキ化学工業社製、商品名)が挙げられる。
【0029】
ポリフェニレンスルフィド系樹脂は多層絶縁電線の被覆層として良好な押出性を得ることができる架橋度の低いポリフェニレンスルフィド樹脂が好ましい。しかしながら、樹脂特性を阻害しない範囲で、架橋型ポリフェニレンスルフィド樹脂を組み合わせることや、ポリマー内部に架橋成分、分岐成分などを含有することは可能である。
【0030】
架橋度の低いポリフェニレンスルフィド樹脂として好ましいのは、窒素中、1rad/s、300℃における初期のtanδ(損失弾性率/貯蔵弾性率)の値が1.5以上であり、最も好ましいのは2以上の樹脂である。上限としての制限は特にないが、上記tanδの値を400以下とするが、これより大きくてもよい。本発明に用いられるtanδは、窒素中、上記の一定周波数と一定温度における損失弾性率および貯蔵弾性率の時間依存性測定から容易に評価でき、特に測定開始直後の初期の損失弾性率および貯蔵弾性率から計算されたものである。測定には直径24mm、厚さ1mmの試料を用いる。これらの測定が可能な装置の一例として、ティーエイ・インスツルメント・ジャパン社製ARES(Advanced Rheometric Expansion System、商品名)装置があげられる。上記tanδが架橋レベルの目安となり、tanδが2未満を示すポリフェニレンスルフィド樹脂では、十分な可とう性が得られにくく、また良好な外観を得ることが難しくなる。
【0031】
また、本発明の別の好ましい実施態様においては、最内層(C)は、ポリエーテルイミド樹脂が挙げられる。例えば、代表例として、ウルテム1010(日本GEプラスチック社製、商品名)が挙げられる。
【0032】
ポリエーテルイミド樹脂としては、下記一般式(3)で表わされるものが好ましく用いられる。
【0033】
【化3】

【0034】
[式中、R及びRは置換基を有していてもよい、フェニレン基、ビフェニリレン基、
【0035】
【化4】

【0036】
(式中、Rは好ましくは炭素数1〜7のアルキレン基であり、好ましくは、メチレン、エチレン、プロピレン(特に好ましくはイソプロピリデン)である)又はナフチレン基を示し、これらの基が置換基を有する場合の置換基としてはアルキル基(メチル、エチルなど)などがあげられる。mは正の整数である。]
【0037】
また、本発明の別の好ましい実施態様においては、最内層(C)は、ポリエーテルスルホン樹脂が挙げられる。例えば、代表例として、スミカエクセルPES4100(住友化学工業社製、商品名)が挙げられる。
【0038】
ポリエーテルスルホン樹脂としては、下記一般式(4)で表わされるものが好ましく用いられる。
【0039】
【化5】

【0040】
[式中、Rは単結合又は−R−O−(Rはフェニレン基、ビフェニリレン基、又は
【0041】
【化6】

【0042】
(Rは−C(CH−、−CH−などのアルキレン基を示す)であり、Rの基はさらに置換基を有していてもよい。)を示す。nは正の整数を示す。]
【0043】
この樹脂の製造方法自体は公知であり、一例としてジクロルジフェニルスルホン、ビスフェノールS及び炭酸カリウムを高沸点溶媒中で反応して製造する方法があげられる。市販の樹脂としてはスミカエクセルPES(住友化学工業社製、商品名)、レーデルA・レーデルR(Amoco社製、商品名)等がある。
【0044】
本発明における絶縁層には、求められる特性を損なわない範囲で、他の耐熱性樹脂、通常使用される添加剤、無機充填剤、加工助剤、着色剤なども添加することができる。
【0045】
本発明に用いられる導体としては、金属裸線(単線)、または金属裸線にエナメル被覆層や薄肉絶縁層を設けた絶縁電線、あるいは金属裸線の複数本またはエナメル絶縁電線もしくは薄肉絶縁電線の複数本を撚り合わせた多心撚り線を用いることができる。これらの撚り線の撚り線数は、高周波用途により随意選択できる。また、線心(素線)の数が多い場合(例えば19−、37−素線)、撚り線ではなくてもよい。撚り線ではない場合、例えば複数の素線を略平行に単に束ねるだけでもよいし、または束ねたものを非常に大きなピッチで撚っていてもよい。いずれの場合も断面が略円形となるようにすることが好ましい。
【0046】
本発明の多層絶縁電線は、常法により、導体の外周に所望の厚みの1層目の絶縁層を押出被覆し、次いで、この1層目の絶縁層の外周に所望の厚みの2層目の絶縁層を押出被覆するという方法で、順次絶縁層を押出被覆することで製造される。このようにして形成される押出絶縁層の全体の厚みは3層では60〜180μmの範囲内にあるようにすることが好ましい。このことは、絶縁層の全体の厚みが薄すぎると得られた耐熱多層絶縁電線の電気特性の低下が大きく、実用に不向きな場合があり、逆に厚すぎると小型化に不向きであり、コイル加工が困難になるなどの場合があることによる。さらに好ましい範囲は70〜150μmである。また、上記の3層の各層の厚みは20〜60μmにすることが好ましい。
【実施例】
【0047】
次に本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0048】
実施例1〜4及び比較例1、2
導体として線径1.0mmの軟銅線を用意した。表1に示した各層の押出被覆用樹脂の配合(組成の数値は質量部を示す)及び厚さで、導体上に順次押出し被覆して多層絶縁電線を製造した。得られた多層絶縁電線につき、下記の仕様で各種の特性を試験した。
【0049】
A.可とう性(電線外観)
電線自身の周囲に線と線が接触するように緊密に10回巻きつけ、顕微鏡にて観察を行い皮膜にクラックやクレージングなどの異常が見られなければ合格とした。
【0050】
B.電気的耐熱性
IEC規格60950の2.9.4.4項の付属書U(電線)に準拠した下記の試験方法で評価した。
直径10mmのマンドレルに多層絶縁電線を、荷重118MPa(12kg/mm)をかけながら10ターン巻付け、B種:225℃30分加熱し、その後3000Vにて1分間電圧を印加し短絡しなければ、B種合格と判定した。(判定はn=5にて評価。1つでもNGになれば不合格となる)。
【0051】
C.放電開始電圧
該絶縁電線を用いた変圧器は電気・電子機器の中で課電中に用いられる。認証機関Bsiの評価項目の一つに、課電圧500Vの課電中にヒートサイクルをかけて絶縁電線の劣化を評価する項目がある。ヒートサイクルの最高温度は、B種(130℃)の定格温度+10℃の140℃である。そこで、140℃における放電開始電圧を測定し、放電開始電圧が500V以上であれば課電中での劣化は抑制されるとの判断から合格とし、500V以下であれば放電が開始しているため劣化は促進されると判断し不合格と判定した。測定は菊水社製KPD2050を使用した。測定条件として、昇圧速度は50V/secとし10pC以上の電荷を検知した電圧を放電開始電圧とした。
【0052】
D.耐溶剤性
巻線加工として20D巻き付けを行った電線をエタノール、及びイソプロピルアルコール溶媒に30秒間浸漬し、乾燥後試料表面の観察を行い、クレージング発生の有無判定を行った。
【0053】
【表1】

【0054】
表1中、「−」は添加しないことを表す。また、合否の、○は好ましい、×は不適切を表す。
また、各樹脂を示す略号は以下の通りである。
PET:帝人PET(帝人社製、商品名)ポリエチレンテレフタレート樹脂
エチレン/グリシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル共重合体:ボンドファースト7M(住友化学工業社製、商品名)
エチレン系共重合体:ハイミラン1855(三井デュポン社製、商品名)アイオノマー樹脂
PPS:DICPPS FZ2200A8(大日本インキ化学工業社製、商品名)ポリフェ二レンスルフィド樹脂
PEI:ウルテム1010(日本GEプラスチック社製、商品名)
PES:スミカエクセルPES4100(住友化学工業社製、商品名)
PA66:FDK−1(ユニチカ社製、商品名)ポリアミド66樹脂(Tg=50℃)
Tgが140℃以上のPA:トロガミドCX7323(ダイセルデグサ社製、商品名)(Tg=140℃)
また、導体から順に第1層、第2層、第3層が被覆されたものであり、第3層が最外層である。
【0055】
表1で示した結果から以下のことが明らかになった。
比較例1では電気的耐熱性に乏しい。比較例2では電気的耐熱性は満足するが、140℃におけるコロナ開始電圧が460Vであり、500Vの課電では放電してしまうため劣化が促進される。一方で実施例1〜4は電気的耐熱性を満足しさらに140℃におけるコロナ開始電圧が600Vであり、500Vの課電では放電せず劣化も抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】図1は、3層絶縁電線を巻線とする構造の変圧器の例を示す断面図である。
【図2】図2は、従来構造の変圧器の1例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0057】
1 フェライトコア
2 ボビン
3 絶縁バリヤ
4 一次巻線
4a 導体
4b,4c,4d 絶縁層
5 絶縁テープ
6 二次巻線
6a 導体
6b,6c,6d 絶縁層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と前記導体を被覆する3層以上の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、前記絶縁層の最外層(A)を形成する樹脂が、ガラス転移温度が140℃以上のポリアミド樹脂からなり、前記絶縁層の最内層(B)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対して、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する樹脂1〜20質量部を混和し、架橋させて成る樹脂からなり、最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、ポリフェニレンスルフィド樹脂もしくはポリエーテルスルホン樹脂もしくはポリエーテルイミド樹脂のいずれかであることを特徴とする多層絶縁電線。
【請求項2】
導体と前記導体を被覆する3層以上の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、前記絶縁層の最外層(A)を形成する樹脂が、ガラス転移温度が140℃以上のポリアミド樹脂からなり、前記絶縁層の最内層(B)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対し、側鎖にカルボン酸またはカルボン酸の金属塩を有するエチレン系共重合体5〜40質量部を混和して成る樹脂からなり、最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、ポリフェニレンスルフィド樹脂もしくはポリエーテルスルホン樹脂もしくはポリエーテルイミド樹脂のいずれかであることを特徴とする多層絶縁電線。
【請求項3】
請求項1または2に記載の絶縁電線を用いてなることを特徴とする変圧器。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−243738(P2008−243738A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−85880(P2007−85880)
【出願日】平成19年3月28日(2007.3.28)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】