説明

多層膜ラミナー型回折格子及び分光器

【課題】広い波長帯域で使用できる多層膜ラミナー型回折格子を得る。
【解決手段】この多層膜ラミナー型回折格子10における回折面には、低密度物質層と高密度物質層とが交互に積層された多層膜構造20が一様に形成されている。この多層膜構造20は、膜厚方向で複数(5つ)に階層化されており、上側から第1層21、第2層22、第3層23、第4層24、第5層25が順次形成されている。第1層21〜第5層25の各々が低密度物質層と高密度物質層で構成されるが、第1層21〜第5層25のそれぞれにおいて、多層膜の周期長(低密度物質層と高密度物質層の厚さ)が異なり、第1層21側(入射光が入射する側)でこの周期長が大きく、第5層25側(基板11側)でこの周期長が小さくなるように設定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線領域での分光を行うことのできる多層膜ラミナー型回折格子の構造、及びこれを用いた分光器に関する。
【背景技術】
【0002】
回折格子は、例えば赤外線からX線にわたる広い波長領域の光を分光する機能をもち、単一の波長の光を出力する単色計、ある範囲の波長の光を波長毎に応じた位置で同時に出力する多色計等、分光器に用いられている。特にX線領域においては、この波長領域で有効なレンズやプリズム等の光学材料となる物質が存在しないため、回折格子は有効である。この場合、表面での反射率が高くとれるラミナー型回折格子が広く用いられている。ラミナー型回折格子は、断面が矩形形状の多数の溝が平面(回折面)上に形成された構成をもつ。ラミナー型回折格子においては、回折格子構造における格子定数(溝が形成された周期長)、溝深さ、山部の幅と格子定数との比率(デューティ比)、回折面の反射物質によってその特性が決定される。
【0003】
ラミナー型回折格子の回折効率を特に高めたものとして、多層膜(光学多層膜)をその表面(回折面)に形成した構成をもつ多層膜ラミナー型回折格子が知られている。多層膜とは、光学定数の異なる2つの物質層を交互に周期的に積層した構造をもつ膜であり、X線領域において用いられる多層膜は、低密度物質(例えばSiO)層と、これよりも密度の高い高密度物質(例えばCo)層とを交互に多層形成した構成からなる。多層膜はX線反射光学系において高い反射率を得るために用いられているが、この場合には、ラミナー型回折格子における回折効率を高めるために用いられる。X線反射光学系において反射効率を高めるためにはこの多層膜における低密度物質層と高密度物質層の膜厚構成がブラッグ反射を起こす(ブラッグ条件を満たす)ように最適化される。これに対して、非特許文献1に記載されるように、多層膜ラミナー型回折格子においては、回折格子の構成に適合するように、この膜厚構成は設定される(拡張ブラッグ条件)。
【0004】
しかしながら、この拡張ブラッグ条件を満たす入射角、回折角は波長によって異なるため、広い波長帯域で使用することのできる多層膜ラミナー型回折格子を得ることは一般には困難であった。これに対して、回折面を分割して、それぞれの領域を異なる波長に対する拡張ブラッグ条件に適合させることによって、実質的に使用できる帯域を広げた構成が非特許文献2に記載されている。また、格子間隔を等間隔とせず、不等間隔とすることによって、特に軟X線領域における広い帯域(波長0.2〜2nm)で使用することのできる多層膜ラミナー型回折格子が、特許文献1に記載されている。
【0005】
また、こうした多層膜ラミナー型回折格子を分光器(単色計)に用いた構成は特許文献1に記載されている。この構成を図9に示す。この単色計90においては、入射スリット91を通過した入射光(軟X線)101は、凹面鏡92で反射され、多層膜ラミナー型回折格子93に入射し、波長毎に異なる回折角で回折される。その後、回折された軟X線は、平面鏡94で反射され、出射光102となって出射スリット95から出力される。ここで、多層膜ラミナー型回折格子93を回転させ、軟X線の入射角及び出射角を変化させることによって出力される波長が走査され、平面鏡94をこの回転に同期して回転させることによって、この波長の軟X線が出力光102となって出射スリット95から出力される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】W.K.Warburton、”On the diffraction properties of multilayer coated plane gratings”、 Nuclear Instruments and Methods in Physics Research、A291、p.278、1990年
【非特許文献2】T.Imazono、M.Ishino、M.Koike、H.Sakai、and K.Sano、”Fabrication and evaluation of a wide−band multilayer−type holographic grating for use with a soft X−ray flat field spectrograph in the region of 1.7keV.”、 Applied Optics、 vol.46、p.7054、2007年
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−133280号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、こうした多層膜ラミナー型回折格子においては、単一の多層膜ラミナー型回折格子が対応できる波長帯域が未だに充分ではない。例えば、これを用いた分光器においては、入射角、回折角は波長毎に設定されるため、入射角を全ての波長について一定として用いることができない。このため、単色計として用いるためには、図9に示されたように、多層膜ラミナー型回折格子93と平面鏡94を同期して回転させ、入射角と出射角を調整するという複雑な機構が必要となる。
【0009】
すなわち、広い波長帯域で使用できる多層膜ラミナー型回折格子を得ることは困難であった。
【0010】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の多層膜ラミナー型回折格子は、基板上の回折面において断面が矩形形状の複数の溝が配列して形成された回折格子構造が形成され、低密度物質層と、前記低密度物質層よりも密度が高い高密度物質層とが交互に周期的に積層されて形成された多層膜構造が前記回折面上に設けられ、前記回折面側に向かって入射する入射光を回折した回折光を出力する多層膜ラミナー型回折格子であって、前記多層膜構造は、前記低密度物質層と前記高密度物質層が積層された周期長が異なり各々が前記回折格子構造上の拡張ブラッグ条件を満たす複数の階層から構成され、当該複数の階層における前記周期長は、前記基板側で小さく、前記入射光が入射する側で大きくなるように設定されたことを特徴とする。
本発明の多層膜ラミナー型回折格子において、前記複数の階層は、一つの階層による回折効率と、前記一つの階層よりも前記入射光側にある全ての階層による前記入射光及び前記回折光の透過率との積が、均一となるように設定されたことを特徴とする。
本発明の多層膜ラミナー型回折格子において、前記回折格子構造における前記溝の間隔が前記回折面上で不等間隔であり、前記多層膜ラミナー型回折格子が用いられる分光器の出力光の結像特性に応じて前記溝の間隔が設定されたことを特徴とする。
本発明の多層膜ラミナー型回折格子は、前記回折面が凹形状であることを特徴とする。
本発明の分光器は、前記多層膜ラミナー型回折格子が用いられたことを特徴とする。
本発明の分光器は、少なくとも一方向に広がりをもつ単色でない入射光を、出力面上において波長毎に結像するように出力することを特徴とする。
本発明の分光器は、回折面が平面状である前記多層膜ラミナー型回折格子と、凹面鏡とが組み合わされて構成されたことを特徴とする。
本発明の分光器において、前記凹面鏡における反射面には、膜厚方向の構成が前記多層膜構造と同一の構造が形成されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明は以上のように構成されているので、広い波長帯域で使用できる多層膜ラミナー型回折格子を得ることができ、これを用いて広い波長帯域の光を出力することのできる分光器を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の第1の実施の形態となる多層膜ラミナー型回折格子の断面構造を示す図である。
【図2】本発明の第1の実施の形態となる多層膜ラミナー型回折格子の回折面に設けられた多層膜構造の断面構造を示す図である。
【図3】単純化したモデルで算出された、本発明の第1の実施の形態となる多層膜ラミナー型回折格子の回折効率のスペクトルである。
【図4】シミュレーションにより算出された、本発明の第1の実施の形態となる多層膜ラミナー型回折格子の回折効率のスペクトルである。
【図5】第2の実施の形態となる分光器の構成を示す図である。
【図6】第2の実施の形態となる分光器の出力面における波長毎の光線分布と強度分布を光線追跡法で求めた結果である。
【図7】第2の実施の形態となる分光器における多層膜ラミナー型球面回折格子について算出された回折効率のスペクトルである。
【図8】第3の実施の形態となる分光器の構成を示す図である。
【図9】従来の多層膜ラミナー型回折格子を用いた分光器の一例の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態に係る多層膜ラミナー型回折格子について説明する。ここでは、この多層膜ラミナー型回折格子の基本構造を第1の実施の形態、この多層膜ラミナー型回折格子の変形例を多色計(分光器)に適用した例を第2の実施の形態、更にこの多色計の変形例を第3の実施の形態として、以下に説明する。
【0015】
(第1の実施の形態)
第1の実施の形態は、回折面が平面状である多層膜ラミナー型回折格子である。この多層膜ラミナー型回折格子10の回折面に形成された溝に垂直な方向の断面構造を図1に、そのうちの多層膜構造20の拡大断面図を図2に示す。この多層膜ラミナー型回折格子10は、軟X線領域の光を回折面で回折し、分光する。なお、以下では、回折面において回折格子の溝(刻線)が形成される前の形状が平面である場合を平面状と呼称し、この形状が凹状(曲面状)である場合を凹状(曲面状)等と呼称する。
【0016】
図1において、基板11の上面(回折面)には複数の溝が形成されており、そのピッチ(格子定数:溝の谷部の長さgと山部の長さgの和)はσ、溝深さはhとする。αは、回折面の法線(一点鎖線)から測定した入射光15(軟X線)の入射角であり、βはその回折光16の回折角である。α、βにおいては、法線から左回りの場合を正、右回りの場合を負とする。この場合の回折の次数はmで表される。ここで、格子定数σは、刻線密度(単位長さ当たりの溝の数)の逆数となる。この構成は、一般的な回折格子構造である。
【0017】
ここで、基板11の材質としては石英等を用いることができる。これに上記の構造(回折格子構造)を形成するためには、例えば溝のパターンをフォトリソグラフィを用いてフォトレジストで形成した後に、これをマスクとしてイオンビームエッチング法等を行ってhの深さだけ基板11のエッチングを行う。また、回折面上においてσが均一である場合には、2光束のレーザー光による干渉パターンを用いてフォトレジストを感光させ、上記のマスクとして用いることもできる。
【0018】
この多層膜ラミナー型回折格子10における回折面には、特許文献1に記載されるものと同様に、低密度物質層31と高密度物質層32とが交互に積層された多層膜構造20が一様に形成されている。低密度物質層31を構成する材料、高密度物質層32を構成する材料は、共に、単体元素であっても、化合物であってもよい。ただし、高密度物質層32と低密度物質層31の密度比は大きいことが回折効率を高める上では好ましい。この多層膜構造20は、図1、2に示されるように、膜厚方向で複数(5つ)に階層化されており、上側から第1層21、第2層22、第3層23、第4層24、第5層25が順次形成されている。第1層21〜第5層25の各々が低密度物質層31と高密度物質層32で構成されるが、第1層21〜第5層25のそれぞれにおいて、多層膜の周期長(低密度物質層31と高密度物質層32の厚さ)が異なり、第1層21側(入射光が入射する側)でこの周期長が大きく、第5層25側(基板11側)でこの周期長が小さくなるように設定される。第1層21〜第5層25の各々の階層内においては、この周期長は一定となっている。なお、図2は多層膜構造の概要を示す図であるため、各階層における周期長や層数は実際のものとは異なる。
【0019】
この多層膜構造20(第1層21〜第5層25)は、例えばスパッタリング法によって形成することができる。この場合、低密度物質層31を構成する材料(例えばSiO)からなるターゲットと、高密度物質層32を構成する材料(例えばCo)からなるターゲットと適宜切替え、各々のスパッタリング時間を調整することで、各層の厚さを調整することが可能である。
【0020】
仮に、多層膜構造20が階層化されておらず、膜厚方向の全てにわたって単一の周期長で構成された場合の上記のパラメータの設定については、例えば非特許文献1、特許文献1に記載されている。まず、この場合、回折格子構造における回折条件は、以下の式で与えられる。ここで、λは入射光(軟X線)の波長である。
【0021】
【数1】

【0022】
多層膜ラミナー型回折格子の場合、多層膜構造20による回折の効果も加わるため、更に、以下の式も満たされる必要がある(拡張ブラッグ条件)。ここで、mは多層膜の干渉次数である。
【0023】
【数2】

【数3】

【数4】

【0024】
ここで、Dは多層膜構造20における多層膜の周期長であり、δは、多層膜構造20の平均屈折率(膜厚比を考慮した低密度物質層31と高密度物質層32の複素屈折率の実部の加重平均)をnとしてδ=1−nである。なお、軟X線領域における屈折率nは、1よりも小さくかつ1に極めて近い値である。
【0025】
溝深さhは、溝の底部と上部からの回折光における位相整合条件により、以下の式で表される。
【0026】
【数5】

【0027】
例えば、格子定数σを1/2400(mm)とし、回折格子の回折次数mGを+1次、多層膜構造20の回折次数mを+1次とし、波長λを0.33nm(3757eV)、入射角αを88.65°とした場合を考える。多層膜構造20における低密度物質層31はSiOとし、高密度物質層32はCoとし、多層膜構造20における周期長に対する高密度物質層32の厚さ比を0.4とする。この場合、(1)式と(2)式の両方を満たす周期長は5.00nm、回折角βは−87.361°となり、溝深さhは2.341nmとなる。
【0028】
シミュレーションによると、多層膜構造20における周期数を24とし、溝深さhを3.0nmとした場合の回折効率は、波長λが0.33nmのときに最大で42.4%となり、その半値幅は、0.018nm(208eV)となる。半値幅でなく、最大の10%の回折効率が得られる幅としても0.028nm(321eV)となる。これらの値は、波長の1/10以下であり、実用上は極めて小さい。このように、周期長が単一である場合、回折効率のピーク値は高いものの、回折効率の半値幅が小さくなるため、使用できる波長帯域は極めて狭くなる。
【0029】
そこで、この多層膜ラミナー型回折格子10においては、多層膜構造20を階層化し、第1層21〜第5層25における多層膜の周期長を変化させている。ここで、各階層(第1層21〜第5層25)は、出力(回折)すべき波長において拡張ブラッグ条件(2)式が満たされるように設定される。ここで、図2に示されるように、周期長は、上側にある第1層21側で大きく、下側にある第5層25で小さくなるように設定される。これにより、第1層21、第2層22、第3層23、第4層24、第5層25によってそれぞれ最適化された波長は、それぞれλ、λ、λ、λ、λ(λ>λ>λ>λ>λ)となる。この構成においては、多層膜構造20中での吸収が大きい長波長の光は表面近くの階層で回折され、多層膜構造20中での吸収が小さな短波長の光は下側の階層で回折される。
【0030】
ただし、多層膜構造20がこうした階層構造をとる場合、例えば第5層25へ入射する光は第1層21〜第4層24を透過した光であり、第5層25で回折された光は第1層21〜第4層24を透過して出射する。従って、この場合には、第5層25へ入射する光及び第5層で回折された光に対しては、第1層21〜第4層24の影響を考慮する必要がある。すなわち、第i層の入射光、回折光に対しては、第1層〜第(i−1)層までによる吸収の影響を考慮する必要がある。すなわち、ある一つの階層による特定の波長の回折効率を考慮するに際しては、この階層単体による回折効率と、この階層よりも上側(入射光側)にある全ての階層による入射光及び回折光の透過率との積を算出し、これが各階層において均一であることが好ましい。このためには、以下の式が成立することが必要である。
【0031】
【数6】

【0032】
ここで、各階層への入射角は一定(=α)であるとし、第i層からの回折角をβとしている。Rは、第i層が単独で存在した場合の回折効率、ηは、低密度物質層31と高密度物質層32の波長λにおける消衰係数の膜厚比に応じた加重平均値である。Dは、第i層の厚さ(=周期数×周期長)である。ここで、多層膜構造20表面での入射光、回折光の屈折、第j層(j≠i)における波長λの光の反射、屈折は無視している。なお、(6)式中の左辺のexp()で表される部分は、第i層よりも上側にある全ての階層(上層)における波長λの光の透過率を示す。
【0033】
実際に、上記の条件を設定した具体例について説明する。回折格子のパラメータは、前記の通り、σ=1/2400(mm)、入射角α=88.65°、溝深さh=3.0nmとし、回折次数m=+1、干渉次数m=+1とした。低密度物質層31はSiO、高密度物質層32はCoとし、周期長に対する高密度物質層32の比率は0.4と固定し、周期長を5つの階層で異ならせ、λを異ならせた。各階層における回折効率Ri、(6)式における上層の透過率、(6)式の値を計算した一例の結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1の結果を元に、各波長毎に各階層の回折効率及びこの階層よりも上側の階層による吸収率を算出し、各階層毎の総和をとれば、単純化して計算された回折効率のスペクトルを得ることができる。この特性を図3に示す。一方、第1層〜第5層を図2のように順次形成した構成についてシミュレーションを行って算出した回折効率のスペクトルを図4に示す。シミュレーションにより算出されたスペクトル(図4)においては、単純化して算出したスペクトル(図3)と比べて山と谷との差分が大きくなっているものの、0.32〜6.0nmの帯域において2%以上の回折効率を得ることができることが確認できる。
【0036】
従って、この多層膜ラミナー型回折格子10が回折、分光できる光の波長帯域は広くなる、すなわち、この多層膜ラミナー型回折格子10を広い波長帯域で使用することができる。これを用いて、広い波長帯域の光を出力することのできる分光器を得ることができる。
【0037】
(第2の実施の形態)
第2の実施の形態は、前記の多層膜ラミナー型回折格子における回折面を曲面(球面形状)とし、かつ格子定数σがこの面上で均一ではない多層膜ラミナー型球面回折格子と、これを用いた多色計(分光器)である。回折面を、集光能力がある凹形状とする構成については、例えば非特許文献2に記載されているものと同様である。
【0038】
格子定数σを不均一とする、すなわち、溝間隔を不等とする構成については、特許文献1に記載されたものと同様である。この場合、前記の凹形状を球面形状とした多層膜ラミナー型球面回折格子(多層膜ラミナー型回折格子)40を用いて、図5に示すように多色計50を構成することができる。この多色計50においては、入射スリット51を通過した単色でない入射光61が、この多層膜ラミナー型球面回折格子40に入射する。多層膜ラミナー型球面回折格子40で回折、分光された回折光62は、ここでは平面状の検出面をもつ検出器63に入射する。入射スリット51におけるスリットは図5中の上下方向に形成され、この方向に広がる入射光61を、波長毎にこの検出面(出力面)上で結像するように設定される。すなわち、この検出面がこの多色計の出力光の結像部となるように設定される。
【0039】
ここで、多層膜ラミナー型球面回折格子40中心における回折面の法線方向をx軸とし、入射光61及び回折光62を含む面上においてx軸と直交する方向をy軸とし、x軸及びy軸と直交する方向をz軸とする。多層膜ラミナー型球面回折格子40における溝(刻線)はz軸に平行に形成され、y軸方向に並んで形成されているものとする。この場合、光軸上の入射角α、回折角(出射角)β、検出器63の検出面(出力面)と多層膜ラミナー型球面回折格子40の接平面とのなす角θは、それぞれ図示するように表される。また、多層膜ラミナー型球面回折格子40における回折面中心での接平面と結像面との交点と、回折面中心との距離をLとする。図中のr(入射スリット51と多層膜ラミナー型球面回折格子40までの距離)とr’(多層膜ラミナー型球面回折格子40と検出器63までの距離)、凹形状の曲率半径Rは、α、β、θ、L等との関係より、結像点が検出器63の検出面上になるように設定される。
【0040】
この結像特性は、多層膜ラミナー型球面回折格子40の曲率半径R、格子定数σ等を用いて表される。この際、その溝間隔は不等であり、σは均一ではない。この場合、特許文献1に記載されている場合と同様に、多層膜ラミナー型球面回折格子40におけるy軸方向における位置をwで表した場合、位置wにおける溝は原点から見て何番目の溝であるかを示すn(w)を、以下に示すように、wの多項式として表すことができる。ここで、n、n、nは、不等間隔を規定するパラメータであり、σは格子定数の基準値である。
【0041】
【数7】

【0042】
、n、nは、結像特性が最適となる、すなわち、所定の波長領域の光が検出器63上に結像されるように設定される。この設定は、光学シミュレーションを用いて行うことができる。なお、n(w)は、結像特性を調整するために適宜設定することができ、他の近似式を用いてもよい。
【0043】
具体例として、y=0での格子定数をσとして1/2400(mm)、αを88.65°、rを236.756mm、θ=90°、L=233.5mmとする。多層膜ラミナー型球面回折格子40の大きさは、幅(y軸方向)50mm、高さ(z軸方向)30mmとする。この場合、最適な不等間隔パラメータは、n=−3.32729×10−3mm−1、n=1.26818×10−5mm−2、n=−7.49441×10−8mm−3、であった。
【0044】
この場合の検出器63上の光線分布とその強度分布を光線追跡法を用いて求めた結果を図6に示す。ここで、波長(λ)は0.3nm、0.4nm、0.5nm、0.6nmの4種類と、これらの各波長に対して、λ±λ/100の波長に対しても算出している。この場合、横(Width)方向が分散方向となり、強度(Intensity)は、これと垂直な方向(Height)にわたる光線の積分値を示す。入射光61においては、入射スリット51によって横方向の広がりは制限されているが、縦方向には広がりをもっている。しかしながら、どの波長においても、出力面(検出面)においては、有限の大きさに結像されている。このように、この多色計50は、少なくとも一方向に広がりをもつ単色でない入射光を、検出面(出力面)上において波長毎に結像することができる。
【0045】
図6の結果から算出された各波長における分解能は、最高で0.4nmのときの1471、最低でも0.6nmの場合でも389である。従って、これらの波長範囲で充分な分解能を有していることが確認できる。また、単一の入射光から同時にこれらの波長の光を出力することができるため、多色計として用いることができる。
【0046】
この多層膜ラミナー型球面回折格子40においては、回折面が球面形状であることと、格子間隔が不等であることのため、入射光の多層膜ラミナー型球面回折格子40に対する入射位置によって、その入射角は異なる。この影響について以下に説明する。前記のパラメータを用いた場合、z=0におけるこの多層膜ラミナー型球面回折格子40の回折面上の入射角と、この箇所におけるn(w)から求めた刻線密度(本/mm)の値を、yの値毎に表2に示す。
【0047】
【表2】

【0048】
この特性より、入射位置が異なれば、入射角度及び刻線密度も異なる。従って、一般には、回折条件も異なる。実際に検出器63における検出面において検出されるのは、多層膜ラミナー型球面回折格子40の回折面におけるこうした各点で回折された光の総和である。この場合の検出面におけるスペクトルを、図4と同様に、図7に示す。平面型の多層膜ラミナー型回折格子であった図4の場合と比べて、スペクトルの山部と谷部との差が小さくなっており、より平坦になっている。これは、こうした多層膜ラミナー型球面回折格子40を用いた場合には、検出面において検出される光は、回折面において異なる回折条件で回折された光の総和となり、そのスペクトルが平均化されるためである。
【0049】
従って、この多層膜ラミナー型球面回折格子40は、広い波長帯域で使用でき、その回折光のスペクトルを平面型の場合と比べてより平均化することができる。これを用いた多色計(分光器)の出力光についても同様である。
【0050】
また、図5の構成においては、光学系における可動部を多層膜ラミナー型球面回折格子40のみとして、上記の特性を実現している。これに対して、従来の回折格子を用いた単色計においては、図9に示されたように、2つの光学系を連動させるという複雑な機構が必要になる。図5の構成においてこうした良好な特性が得られる理由は、多層膜構造における階層構造を用い、かつ回折面を凹形状とし、格子間隔を不等としたことに起因する。
【0051】
(第3の実施の形態)
第3の実施の形態は、第2の実施の形態における多層膜ラミナー型球面回折格子40の代わりに、集光能力のない多層膜ラミナー型平面回折格子80を用いて同様の多色計(分光器)70を構成した例である。図8は、この構成を示す図である。
【0052】
この多色計70においては、第1の実施の形態における多層膜構造をもち、かつ第2の実施の形態における不等間隔の回折格子をもった多層膜ラミナー型平面回折格子(多層膜ラミナー型回折格子)80が用いられる。第2の実施の形態における多層膜ラミナー型球面回折格子40と異なり、その回折面は平面であるため、多層膜ラミナー型平面回折格子80自身の結像能力はない。
【0053】
この多色計70においては、入射スリット71を通過した単色でない入射光61が、凹形状の反射面をもつ凹面鏡72に入射する。その後、この光は多層膜ラミナー型平面回折格子80で回折され、その回折光62が、平面上の検出面をもった検出器63に入射する。多層膜ラミナー型平面回折格子80に対する入射角は、多層膜ラミナー型平面回折格子80を図示されるように回動させることによって調整できる。
【0054】
この多色計70においては、結像作用は凹面鏡72によってもたらされ、多層膜ラミナー型平面回折格子80は、回折、分光のみを行う。こうした構成を用いても、第2の実施の形態と同様の効果を奏することは明らかである。また、この場合には、回折、分光作用の最適化(スペクトルの広帯域化等)は多層膜ラミナー型平面回折格子80の設計によって行い、結像作用は凹面鏡72の設計によって独立に調整することができるため、多色計70の設計の自由度が高くなる。
【0055】
なお、凹面鏡72の反射率を高くするためには、凹面鏡72の表面を、軟X線に対して高い反射率をもつ金や白金でコーティングすることが好ましい。また、多層膜ラミナー型平面回折格子80と同様の多層膜構造と膜厚方向の構造が同様の構造、すなわち、図2の構造をこの凹面鏡72の表面に設ければより好ましい。
【0056】
また、多層膜ラミナー型平面回折格子80において、回折格子構造における溝間隔を均一としてもよい。この場合でも、スペクトルの広帯域化が図れることは明らかである。
【0057】
上記のいずれの実施の形態においても、分光する光の波長域は軟X線領域であるとしたが、他の波長域の光でも同様の効果を奏することは明らかである。こうした場合においては、多層膜を構成する2つの物質層を、その波長域における光学定数(屈折率)が異なる2つの物質層とし、刻線密度等もこの波長域に適合させて、上記と同様の構成とすることができる。ただし、多層膜構造におけるブラッグ回折の効果が大きく、かつ格子定数が製造容易な範囲の値となる軟X線領域において、この多層膜ラミナー型回折格子、及びこれを用いた分光器は特に有効である。特に、シミュレーションで示されたような、従来良好な分光器を得ることが困難であった、エネルギーが2keV〜4keV(波長0.31nm〜0.62nm)程度のX線に対して特に有効である。
【0058】
また、多層膜構造における階層の数は5つであるとしたが、この数も任意である。この数を多くすることによってより広帯域化が図れ、スペクトルがより平坦化されることは明らかである。一方、この数が大きいと、多層膜構造による吸収が大きくなる、製造が困難であるという問題も生ずる。これらの点を考慮した上で、階層の数は適宜設定される。
【0059】
また、上記の例では、特に対応できる波長範囲が広いことが求められる多色計について記載したが、この多層膜ラミナー型回折格子を用いて単色計を構成できることも明らかである。
【符号の説明】
【0060】
10、93 多層膜ラミナー型回折格子
11 基板
15、61、101 入射光
16、62 回折光
20 多層膜構造
21 第1層
22 第2層
23 第3層
24 第4層
25 第5層
31 低密度物質層
32 高密度物質層
40 多層膜ラミナー型球面回折格子(多層膜ラミナー型回折格子)
50、70 多色計(分光器)
51、71、91 入射スリット
63 検出器
72、92 凹面鏡
80 多層膜ラミナー型平面回折格子(多層膜ラミナー型回折格子)
90 単色計(分光器)
94 平面鏡
95 出射スリット
102 出射光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上の回折面において断面が矩形形状の複数の溝が配列して形成された回折格子構造が形成され、低密度物質層と、前記低密度物質層よりも密度が高い高密度物質層とが交互に周期的に積層されて形成された多層膜構造が前記回折面上に設けられ、前記回折面側に向かって入射する入射光を回折した回折光を出力する多層膜ラミナー型回折格子であって、
前記多層膜構造は、前記低密度物質層と前記高密度物質層が積層された周期長が均一でなく、所望波長域内の一波長の入射角、回折角が拡張ブラッグ条件を満たす周期長を持つ複数の階層から構成され、
当該複数の階層における前記周期長は、前記基板側で小さく、前記入射光が入射する側で大きくなるように設定されたことを特徴とする多層膜ラミナー型回折格子。
【請求項2】
前記複数の階層は、
一つの階層による回折効率と、前記一つの階層よりも前記入射光側にある全ての階層による前記入射光及び前記回折光の透過率との積が、均一となるように設定されたことを特徴とする請求項1に記載の多層膜ラミナー型回折格子。
【請求項3】
前記回折格子構造における前記溝の間隔が前記回折面上で不等間隔であり、前記多層膜ラミナー型回折格子が用いられる分光器の出力光の結像特性に応じて前記溝の間隔が設定されたことを特徴とする請求項1又は2に記載の多層膜ラミナー型回折格子。
【請求項4】
前記回折面が凹形状であることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の多層膜ラミナー型回折格子。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の多層膜ラミナー型回折格子が用いられたことを特徴とする分光器。
【請求項6】
少なくとも一方向に広がりをもつ単色でない入射光を、出力面上において波長毎に結像するように出力することを特徴とする請求項5に記載の分光器。
【請求項7】
回折面が平面状である請求項3に記載の多層膜ラミナー型回折格子と、凹面鏡とが組み合わされて構成されたことを特徴とする分光器。
【請求項8】
前記凹面鏡における反射面には、膜厚方向の構成が前記多層膜構造と同一の構造が形成されたことを特徴とする請求項7に記載の分光器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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