説明

多面体グラファイトおよびその製造方法

【課題】 低圧力下で効率よく多面体グラファイトを合成できる方法の提供。
【解決手段】少量の硫黄を含有させた炭素ターゲットを作製し、不活性ガス雰囲気中で回転させながら、このターゲットに表面にレーザを照射して多面体グラファイトの製造を行なう。このとき、不活性ガス圧力が、0.1〜0.5MPaと、従来法に比べ低い圧力であっても効率よく多面体グラファイトを合成できることを明らかにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平成21年度 文部科学省地域科学技術振興事業委託事業「新世代全固体ポリマーリチウム二次電池の開発と高度部材イノベーションへの展開」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の提要を受ける特許出願であって、ナノメートルオーダーの球状体である多面体グラファイトの合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
研磨材あるは潤滑材等として、金属、セラミックスあるいは高分子からなるナノメートルオーダーの微細な球物質体が使用されている。
これらの微細な球状物質のうち、金属製のものは、製造が比較的容易で、適度な研磨あるいは潤滑特性を有しているものの、酸化されやすく、化学的安定性に乏しいといった欠点がある。また、セラミックス製のものは、脆いために割れやすく、大きさを制御して製造するのが難しいといった欠点を有している。さらに、高分子材料のものについては、柔らか過ぎて機械的な衝撃に弱いことや熱的な安定性に乏しいなどの欠点がある。これらの球状物質は、他の形状に変形させることが困難であり、また接着により一体化させるには、接着材等の使用や特別な熱処理等が必要である。
【0003】
以上の事情に鑑みて、従来技術の問題点を克服する新規な材料として、研磨特性あるいは潤滑特性に優れ、化学的にも安定なナノメートルオーダーの球状体である多面体グラファイトの発明がなされ、特許文献1および2に開示されるに至った。また、これら特許文献の記載によればグラファイト状多面体の製造パラメータを制御することで、サイズおよび形状もコントロールできる。
【0004】
この微細な球状体である多面体グラファイトは、複数の多角錐台状の多層グラファイトがその頂点を球状体中心側に一様に配向させ、球体表面全体を覆うように互いに隙間なく配列される構造を有し、全体として略球形で、しかも中心部に空隙を有する中空構造体になっている。
また、この多面体グラファイトの外形サイズは1〜1000nmであり、外観は、略楕円球状のもの、略半球状のもの、グラファイト層のc軸が、略球形の表面に対して90±30°であるものなど、様々な形状的特徴を有するものが知られている。
【0005】
文献1には、5〜10気圧の不活性ガス雰囲気中で炭酸ガスレーザを炭素ターゲットに照射することで、1000℃以上の高温状態の炭素原子あるいは炭素クラスターが、5〜10気圧の不活性ガス雰囲気中に放出され多面体構造物質となって析出し、多面体グラファイトが製造できる旨、開示されている。
また、文献2には二原子分子以上のガス雰囲気中で、ターゲットを回転および上下方向に往復運動させて、ターゲット表面にYAGレーザを照射し、多面体グラファイトを合成する発明が開示されている。
【0006】
これらの二つの先行発明で合成される多面体グラファイトは、アモルファスカーボン粒子等と一体に析出するものであって、炭素ターゲット表面から蒸発する炭素原子や、炭素クラスターが全て多面体グラファイトとして析出する訳ではない。炭素ターゲット表面からの蒸発量に対する多面体グラファイトの析出量、即ち多面体グラファイトの収率は、雰囲気ガス圧力に依存し、一般的には、雰囲気ガス圧力が高い程収率は高い。
また、一定量のレーザパワーが炭素ターゲット表面に照射される場合であっても、雰囲気ガス圧力により蒸発する炭素原子や、炭素クラスター量は変動する。一般には雰囲気ガス圧が高くなる程蒸発量が低減する。
【0007】
従って、投入されるレーザパワーに対する多面体グラファイトの収量は、「収率×蒸発量」と考えることができる。また、この収量を決定づける最大要因は雰囲気ガス圧力であり、しかも収率と蒸発量はトレイドオフの関係にある。ガス圧を高く設定すると収率は向上するが蒸発量が低下し、逆にガス圧を低く設定すると収率は低下するが蒸発量が増大する。従来技術では最大収率を得る雰囲気ガス圧のバランス条件として、ガス圧0.3MPa〜1.3MPaを選定していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−206120号公報
【特許文献2】特開2005−239518号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】F.Kokai etal.Appl.Phys.A84,391(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来技術では、高収量を得る雰囲気ガス圧力として0.3MPa〜1.3MPaを選定しているが、レーザパワーに対する収量として十分ではない。多面体グラファイトの製造コストを考える上で製造に必要とされる電力(レザーパワー)の低減化は必須要件である。
本発明の課題は、多面体グラファイト製造に要する消費電力を低減化できる新規な合成方法を提供することである。
具体的には、雰囲気ガス圧を下げて蒸発量を増大させ、しかも収率を高く維持できる新たな多面体グラファイトの製造方法の提供を行う。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、単なる炭素ターゲットでなく硫黄を含む炭素ターゲットを用い、0.1MPa〜0.5MPaの低圧力雰囲気ガス中でレーザを照射したところ、ターゲットの一部から原子およびクラスター状の炭素および硫黄が蒸発し、雰囲気ガス中に閉じ込められたままで冷却された。これを透過型電子顕微鏡やラマン分光などの分析装置で解析したところ。10〜1000nmの直径を有するほぼ球状の多面体グラファイトであることが確認でき、また、レーザ照射パワー密度あたりの収量が多く、高い収率で合成できていることを見出して本発明を完成させるに至った。
請求項1に記載の発明は、ヘリウム、アルゴン、キセノン、クリプトン、窒素の何れか1つ、又はこれらの混合ガスからなる不活性ガス雰囲気の不活性ガス圧力を0.1MPa〜0.5MPaに調整し、この不活性ガス雰囲気中に少なくとも硫黄を含む炭素ターゲットを配置し、該炭素ターゲット表面にYAGまた炭酸ガスレーザを照射させ析出させた多面体グラファイトの発明である。
【0012】
また、請求項2に記載の発明は炭素ターゲットに含まれる硫黄の含有量を0.1〜15原子量%とする発明で、これにより析出効果が一層高められた多面体グラファイトが得られる。
【0013】
請求項3に記載の発明は、圧力が0.1MPa〜0.5MPaに調整された不活性ガス中に硫黄を含む炭素ターゲットを設置し、この硫黄を含む炭素ターゲット表面にレーザを照射することで粒径10〜1000nmの多面体グラファイトが作成できる多面体グラファイトの製造方法の発明である。
なお本製造方法では、不活性ガスにヘリウム、アルゴン、キセノン、クリプトンまたは、窒素の何れか1つ又はこれらの混合ガスを使用し、レーザ源にはYAGまた炭酸ガスレーザを使用する。
また、炭素ターゲット表面へのレーザの照射に当たっては、ターゲットを回転させたり、上下方向にスライドさせたり、或は、回転と上下スライドを組合せる。これはレーザが照射されるターゲット表面上の位置を連続的に変化させ、ターゲット全表面からの一様な蒸発を促すためである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、炭素ターゲットとして硫黄を含む炭素ターゲットを用いることで、低い不活性ガス圧力下であっても、高い収率で多面体グラファイトを合成できる。また、不活性ガス圧が低くなると蒸発量は増大するので、結果的に本発明では従来技術と比べ、レーザパワー密度当たりの多面体グラファイトの収量が増す。従って、従来製造方法に比べ量産化が可能で、低コスト化も可能になる。
本発明による多面体グラファイトは、化学的および熱的安定性等に優れ、リチウムイオン電池負極材としての用途が検討されている。更には、従来から検討されてきた研磨材、潤滑材、電磁波遮蔽材、有害物質の吸着剤などの用途にも適する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】硫黄粉末とArガス圧力をパラメータとした多面体グラファイトの合成実験結果。
【図2】図1におけるサンプルAの透過型電子顕微鏡。
【図3】図1におけるサンプルBの透過型電子顕微鏡。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の硫黄を含む炭素ターゲットは、グラファイト粉末と所定量の硫黄粉末を一様に混合し、成型器を用い円柱状に成型して作成する。本発明の実施例では市販のグラファイト粉末(平均粒子径は約4マイクロメートル)と、市販の硫黄粉末(粒子径
は150マイクロメートル以下)を使用した。
多面体グラファイトの合成工程では、まず硫黄を含む炭素ターゲットをステンレス容器内に収納する。次いで真空ポンプでステンレス容器内を一旦真空にした後、Arガス等でパージし、ステンレス容器内を不活性ガスで置換し、次いで不活性ガス圧力を逐次上昇させて所定の圧力(0.1MPa〜0.5MPa)にする。
その後、YAGレーザ発振器を作動させ、ステンレス容器に設けられた石英ガラス窓を通してステンレス容器内部に設置された硫黄を含む炭素ターゲットにレーザを照射する。このとき、円柱状ターゲットは回転させる。また、レーザには炭酸ガスレーザや、YAGレーザを用いる。
【0017】
ステンレス容器内の不活性ガスの圧力は0.1MPa〜0.5MPaに維持することが重要である。不活性ガス圧力が0.1MPa以下では、ナノメートルオーダーの多面体グラファイトの収率は著しく低下し、生成物の殆どはアモルファス状の炭素粒子となる。逆に0.5MPa以上の圧力では、レーザ照射により硫黄を含む炭素ターゲット表面から蒸発する炭素と硫黄の原子やクラスター量が減少し、多面体グラファイトの収量が大幅に減少するのみならず、外形も球形とは程遠く、中空部が形成されず内部欠陥が多く所望の多面体グラファイトは合成されない。
また、本発明では硫黄の含有量に依存して多面体グラファイトの収率が変化する。最適な硫黄含有量は、2〜7原子量%であり、この条件下での多面体グラファイトの収率は、40〜70%である。多面体グラファイトはステンレス製の容器内の堆積物として回収されるが、これには多面体グラファイト以外の生成物である、アモルファスカーボン粒子、カーボンナノホーン粒子、プレートレットグラファイト粒子などが混合状態で含まれている。
従って混合物中から多面体グラファイトだけを分離する作業が必要になる。
典型的には、大気圧下で酸素ガスを流しながら550℃で約一時間熱処理し、アモルファスカーボン粒子など多面体グラファイト以外の不純物を燃焼除去して、多面体グラファイトだけを残留させる。
以下に本発明の実施例を示すが、
本発明はこの具体例により限定されるものではない。
【0018】
[実施の形態]
次の2要因をパラメータとして、多面体グラファイトの収率を測定する実験を行なった。
要因1:グラファイト粉末に対する硫黄粉末の混合量を1〜7原子量%とした。
要因2:Arガス圧力を0.1〜0.4MPaの範囲とした。
上記以外の実験条件は次の通り。
グラファイト粉末:平均粒子径は約4マイクロメートルの市販品を使用
硫黄粉末:粒子径
150マイクロメートル以下の市販品を使用
グラファイトターゲット:成型器を用い、直径14mm、長さ30mmの丸棒に成型
ステンレス製の反応容器容積:容積2.8リットル、材質ステンレス
レーザ装置:YAGレーザ、出力500W、スポット径1mm
レーザ照射条件:パワー密度25kW/cm、照射時間2秒、照射回数30回、ターゲットを回転
Arガス圧力をパラメータとし、硫黄含有量と収率との関係について実施した実験結果を図1
に示す。
図1から次が結論づけられる。
・硫黄の添加量が多い程収率が高い。
・不活性ガス圧力が高い程収率は高くなるが、0.4MPaで飽和する傾向にあり上限は0.5MPaと考えられる。
なお、硫黄は多面体グラファイトの不純物になり添加量は少ない程好ましい。添加量の上限は実用的には15原子量%と考えられる。
【0019】
図1により合成された多面体グラファイトのうち、サンプルA、サンプルBの性状は次のようであった。
<サンプルA>
硫黄含有量:3原子量%
Arガス圧力:0.2MPa
収量:9.5mg
収率:45%(副生成物はアモルファスカーボン粒子、カーボンナノホーン粒子等)
形状:図2に透過型電子顕微鏡写真を示す。コントラストの強い部分が球状の多面体グラファイト。

<サンプルB>
硫黄含有量:7原子量%
Arガス圧力:0.3MPa
収量:15mg
収率:70%(副生成物はアモルファスカーボン粒子、カーボンナノホーン粒子等)
形状:図3に透過型電子顕微鏡写真を示す。コントラストの強い部分が球状の多面体グラファイト。
【産業上の利用可能性】
【0020】
リチウム二次電池負極材料の候補として、様々な材料が検討されているが、本発明に係る多面体状グラファイトは内部に空隙があり、この空隙にLiイオンを保持できる。また、多面体状グラファイトはナノメートルオーダーと微小であるので体積当たりの表面積が大きく、急速充電を可能とするリチウム二次電池電極材料としての利用が期待できる。
また、他の用途として研磨材や潤滑材等にも使用できる。






【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性ガス中で炭素ターゲットにレーザを照射して作成する粒径10〜1000nmの多面体グラファイトであって、
前記不活性ガスがヘリウム、アルゴン、キセノン、クリプトンまたは、窒素の何れか1つ又はこれらの混合ガスであって、圧力が0.1MPa〜0.5MPaに調整され、
前記炭素ターゲットが少なくとも硫黄を含み、
前記レーザとしてYAGまた炭酸ガスレーザが使用されて作製されることを特徴とする多面体グラファイト。
【請求項2】
前記炭素ターゲットに含まれる硫黄の含有量が0.1〜15原子量%であることを特徴とする請求項1に記載の多面体グラファイト。
【請求項3】
不活性ガス中で炭素ターゲットにレーザを照射して作成する粒径10〜1000nmの多面体グラファイトの製造方法であって、
前記不活性ガスがヘリウム、アルゴン、キセノン、クリプトンまたは、窒素の何れか1つ又はこれらの混合ガスであって、圧力が0.1MPa〜0.5MPaに調整され、
前記炭素ターゲットが0.1〜15原子量%の硫黄を含み、
前記レーザの前記ターゲット上の照射位置を連続的に変化させ、前記レーザにYAGまた炭酸ガスレーザを使用して製造することを特徴とする多面体グラファイトの製造方法。










【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−168435(P2011−168435A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−33160(P2010−33160)
【出願日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20―21年度 文部科学省 「新規負極材料の探索」、産業技術強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】