説明

天然色素及び/又は香料の抽出方法

【課題】色素及び香料を含有する植物素材から簡易な方法によって安価に色素や香料を抽出できる天然色素及び/又は香料の抽出方法を提供する。
【解決手段】抽出方法は、色素及び香料を含有する植物素材に対して凍結処理を施す凍結処理工程と、凍結処理された植物素材を有機酸水溶液、有機酸塩水溶液、有機溶剤、有機酸水溶液と有機溶剤の混合物、有機酸塩水溶液と有機溶剤との混合物、水の内のいずれか1つの液体で浸透処理を行う浸透処理工程とを備える。凍結処理工程の前又は後に、植物素材に粉砕処理を施す粉砕処理工程を設けることができる。浸透処理工程における液体の温度を30℃以上とすることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、花、葉、茎等の植物素材から天然色素や香料を抽出する天然色素及び/又は香料の抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物素材から天然色素を抽出する抽出方法としては、例えば特許文献1に示すように、アントシアニン色素を含有するイモ類からギ酸を抽出溶媒に用いることによりアントシアニン色素を効率よく抽出するアントシアニン色素抽出方法が知られている。しかし、このアントシアニン色素抽出方法においては、抽出溶媒として引火性と毒性を有するギ酸を使用するものであるため使用が煩雑であり、引火性や毒性を避けるための安全性を配慮した高価な製造設備が必要になるという問題がある。また、このアントシアニン色素抽出方法は、イモ類に含有される色素を抽出するものであり、他の植物素材に適用することができない。
【特許文献1】特許第2884499号公報
【0003】
また、特許文献2には、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を基本とする各種処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程と、その処理後の植物素材から水蒸気蒸留法、有機溶媒抽出法等により香気成分を採取する香気成分採取工程とを備えた天然香料の製造方法について示されている。しかし、この製造方法によれば、香気処理するために蒸留法や溶媒法は、大規模な設備を要すると共にその維持管理にコストが掛かるため、抽出コストが高価になるという問題がある。
【特許文献2】特開2006−89543号公報
【0004】
また、例えば特許文献3には、赤キャベツや赤大根等から天然色素を抽出する際および/または抽出後に微生物を接触処理せしめ、夾雑物を除去する天然色素の生成方法について示している。しかし、この方法によれば、天然色素の抽出後に、微生物を接触処理する必要があり、処理が煩雑で高価になるという問題がある。
【特許文献3】特開2000−290525号公報
【0005】
また、上記従来技術は、色素と香料の内のいずれか一方のみを抽出するものであるが、一般に植物は天然色素と香料を共に有しており、これらの一方のみを抽出して他を廃棄するのでは、植物素材の利用効率が悪く、植物リサイクルの観点からも問題であり、できれば天然色素と香料を共に効率よく抽出できることが望ましい。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記問題を解決しようとするもので、色素及び香料を含有する植物素材から簡易な方法によって安価に色素や香料を抽出できる天然色素及び/又は香料の抽出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、色素及び香料を含有する植物素材に対して、予め凍結処理を施すことにより植物がもつ保護機能を無くすことで、その植物素材に有機酸塩、有機酸、水道水等が速やかに浸透し、色素や香料の抽出が可能になることを見出して、本発明を想到するに至ったのである。すなわち、本発明の構成上の特徴は、天然色素及び/又は香料の抽出方法であって、色素及び香料を含有する植物素材に対して凍結処理を施す凍結処理工程と、凍結処理された植物素材を有機酸水溶液、有機酸塩水溶液、有機溶剤、有機酸水溶液と有機溶剤の混合物、有機酸塩水溶液と有機溶剤との混合物、水の内のいずれか1つの液体で浸透処理を行う浸透処理工程とを備えたことにある。
【0008】
また、本発明において、凍結処理工程の前又は後に、植物素材に粉砕処理を施す粉砕処理工程を設けることができる。これにより、葉や茎のような硬い植物素材においても色素や香料の抽出が容易に行われるようになる。
【0009】
また、本発明において、浸透処理工程における液体の温度を30℃以上とすることが好ましい。これにより、液体の浸透が促進され、色素や香料の抽出速度が高められる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、色素及び香料を含有する植物素材に対して凍結処理を施し、凍結処理された植物素材を常温以上に加温した有機酸水溶液、有機酸塩水溶液、有機溶剤、有機酸水溶液と有機溶剤の混合物、有機酸塩水溶液と有機溶剤との混合物、水の内のいずれか1つの液体で浸透処理を行うことにより、短時間で天然色素や香料を抽出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本実施形態では、色素及び香料を含有する植物素材に対して凍結処理を施され、凍結処理された植物素材に必要に応じて粉砕処理が施され、粉砕処理された植物素材に水、有機酸水溶液、有機酸塩水溶液、有機溶剤、有機酸水溶液と有機溶剤の混合物、有機酸塩水溶液と有機溶剤との混合物の内のいずれか1つの液体で浸透処理が施される。
【0012】
本発明に使用する色素及び香料を含有する植物素材としては、薔薇、桜(ソメイヨシノ、八重桜等)、ラベンダー、ぶどう、メロン、リンゴ、イチジク、桃、ハーブ、紫陽花等の花、葉、茎、果実や、赤キャベツ、紫キャベツ、紫いも等の野菜の葉、茎等の部位が適用可能である。
【0013】
(1)凍結処理
植物素材は、植物全体で保護する機能を有し、例えば草本性裸子植物や落葉木本植物の葉部で多く見られる表皮細胞を守る毛と称される突起物で覆われ、形状は植物によって様々であるが、防傷効果、防寒効果、防水効果といった役割を果たし固有に保護している。植物素材を氷点下で凍結処理を施すことにより、植物素材が有する上記保護機能を失効させ、かつ香料成分の逃避を防止し、単子葉類や双子葉類、花部を含めて次の浸透処理が効率よく行われ、また抽出液中の夾雑物の増加が抑えられるのである。なお、凍結処理としては、例えば、瞬間冷凍、冷凍庫保管、瞬間冷凍粉砕乾燥等がある。また、凍結処理を行う植物素材については、できる限り採取した直後の生の状態のものを使用することが好ましい。完全に乾燥したものは、香料が抜けてしまうし、防腐効果も低下するので問題である。
【0014】
(2)粉砕処理
植物素材の粉砕処理は、公知の粉砕装置や粉砕器具等を用いて行われる。例えば、常緑性のある針葉樹や広葉樹の葉を用いる場合、凍結処理を施しても改質が少ないことから、このような植物素材については粉砕処理が非常に有効になる。ただし、粉砕による植物素材の細分化によって、抽出液中の夾雑物が増加する可能性もあることから、細分化の程度について適宜調整する必要がある。なお、粉砕処理については、植物素材の凍結処理の後に限らず、凍結処理の前に行うこともある。また、花等の柔らかい素材については、粉砕処理は不要となる。
【0015】
(3)浸透処理
凍結処理、粉砕処理の施された植物素材を、有機酸水溶液、有機酸塩水溶液、有機溶剤、有機酸水溶液と有機溶剤の混合物、有機酸塩水溶液と有機溶剤との混合物、水の内のいずれか1つの液体に浸漬して浸透処理が行われる。これにより、植物素材の色素成分組織や香料成分組織が改質されて色素や香料が抽出される。なお、有機酸としては、クエン酸、りんご酸、酒石酸、グルコン酸等であり、特にクエン酸が好ましい。有機酸塩としては、上記有機酸のナトリウム塩等の塩である。有機溶剤としては、プロピレングリコール、エタノール等である。水としては水道水が好ましく、蒸留水は水道水に比べて抽出効果が小さく、さらに軟水は抽出効果がほとんど無い。浸透処理に使用する液体の種類としては、植物素材の性質や形態に応じて適正に選択して使用されることが必要になる。また、浸透処理での液体の温度は、30℃以上とすることにより、浸透が促進されて抽出が短時間で行われる。
【0016】
つぎに、具体的実施例について説明する。
実施例1
本実施例1は、薔薇の花部を予め24時間の凍結処理を施した後に、粉砕処理無しで浸透処理を行ったものである。
浸透処理に用いられる液体は、クエン酸ナトリウム5重量%水溶液、クエン酸5重量%水溶液、りんご酸5重量%水溶液、酒石酸5重量%水溶液の4種類である。これら液体200ccに葉部を10gr混合して処理される。処理温度は30℃であり、処理時間が1時間、3時間、5時間、6時間毎に、吸収スペクトル分析によりピークの吸光度(Abs)が測定された。吸収スペクトル分析としては、WPA社製の商品名カラーウエイブ(Color Wave)が用いられた。また、各処理時間で、人の臭覚による官能検査によって匂い評価を行った。官能検査の基準は、◎:強い、○:やや強い、□:普通、△:やや弱い、×:弱い、の5種類であり、以下も同様である。その結果を、下記表1に示す。なお、表1中に示す吸光度については波長520nmでの値であるが、()内の値のみは波長440nmでの値であり、以下同様である。
【0017】
【表1】

【0018】
クエン酸5重量%水溶液で処理したものについては、各処理時間でアントシアニン色素を示す520nmピークで非常に高い吸光度(Abs)が記録され、鮮やかな赤色を呈しまた匂いも普通程度であった。この処理液については、色素及び香料の両方での利用が可能である。
【0019】
また、クエン酸ナトリウム5重量%水溶液で処理したものについては、処理時間によらず匂いが非常に強い結果が得られているが、クエン酸5重量%水溶液で処理したものに比べて吸光度大幅に低く、また5時間処理後は吸光スペクトルのピークが420nmに移動し、アントシアニン色素を示す赤色が濃い赤褐色に変化した。この処理液は、香料として利用することが好ましい。
【0020】
りんご酸5重量%水溶液で処理したものについては、各処理時間でアントシアニン色素を示す520nmピークでクエン酸5重量%水溶液よりさらに高い吸光度(Abs)が記録されて鮮やかな赤色を呈しているが、匂いはクエン酸5重量%水溶液よりも弱い結果であった。酒石酸5重量%水溶液で処理したものについては、各処理時間でアントシアニン色素を示す520nmピークでりんご酸5重量%水溶液よりさらに高い吸光度(Abs)が記録されて鮮やかな赤色を呈しているが、匂いはりんご酸5重量%水溶液と同等で弱い結果であった。したがって、りんご酸、酒石酸処理液については、アントシアニン色素を利用することが好ましい。以上の結果、薔薇の色素抽出効果については、酒石酸>りんご酸>クエン酸>クエン酸ナトリウムの順であり、香料抽出効果については、クエン酸ナトリウム>クエン酸>りんご酸>酒石酸の順となる。
【0021】
なお、上記薔薇抽出液については、アントシアニン色素の基体であるアントシアニジンの分析が財団法人日本食品分析センターで行われ、花部2g中に0.01gのアントシアニジンが含まれているという分析結果が出されている。分析法は、検体3〜6gに2%塩酸/メタノール60mlを加えて、加熱還流(100℃、30分)1回を行った後、放冷し、2%塩酸/メタノールを加えて100ml定容し、適宜希釈して、吸光度を測定(530nm)する手順により行われた。
【0022】
実施例2
本実施例2は、桜(ソメイヨシノ)の葉部に予め24時間の凍結処理を施した後、5〜10mmに粉砕して浸透処理を行ったものである。
浸透処理に用いる液体は、蒸留水、水道水、クエン酸ナトリウム5重量%水溶液、クエン酸5重量%水溶液の4種類である。これら液体50ccに葉部を1.1gr混合して処理される。処理時間は24℃で1時間処理、24℃で1時間処理後さらに35℃で3時間(合計4時間)、6時間(合計7時間)、8時間(合計9時間)である。各処理時間で、吸収スペクトル分析によりアントシアニン色素の吸光度(Abs)を測定した。また、各処理時間で、上記官能検査により匂い評価を行った。その結果を、下記表2に示す。
【0023】
【表2】

【0024】
クエン酸ナトリウム5重量%水溶液で処理したものについては、各処理時間でアントシアニン色素を示す520nmピークで吸光度(Abs)が記録され、普通程度の赤色を呈しまた匂いも普通程度であった。この処理液については、色素及び香料としての利用可能性がある。また、クエン酸5重量%水溶液で処理したものについては、吸光度が非常に低くほとんど着色しない結果であり、匂いは普通程度であった。また、水道水で処理したものは、クエン酸ナトリウム5重量%水溶液で処理したものに比べて各処理時間でアントシアニン色素を示す520nmピークでほぼ半分の吸光度(Abs)が記録され、匂いは同等程度であった。水道水に比べて蒸留水で処理したものは、520nmピークでの吸光度(Abs)が60%程度と低く、匂いについては同等であった。
【0025】
実施例3
本実施例3は、ラベンダーの葉部と茎を予め24時間の凍結処理を施した後に、粉砕処理して浸透処理を行ったものである。
浸透処理に用いられる液体は、クエン酸ナトリウム5重量%水溶液、クエン酸ナトリウム5重量%+プロピレングリコール1重量%水溶液、クエン酸ナトリウム5重量%+プロピレングリコール5重量%水溶液、プロピレングリコール5重量%水溶液、クエン酸5重量%水溶液、クエン酸ナトリウム5重量%水溶液(凍結無し)の6種類である。これら液体50ccに葉部を1.1gr混合して処理される。処理温度は30℃であり、処理時間が9時間、24時間、34時間、48時間毎に、吸収スペクトル分析によりピークの吸光度(Abs)が測定された。また、各処理時間で、上記官能検査により匂い評価を行った。その結果を、下記表3に示す。
【0026】
【表3】

【0027】
クエン酸ナトリウム5重量%水溶液と、クエン酸ナトリウム5重量%にプロピレングリコールを含んだものについては、各処理時間でアントシアニン色素を示す520nmピークでほぼ同等の低い吸光度(Abs)が記録され、また時間の経過により匂いが強くなっている。特に、クエン酸ナトリウム5重量%+プロピレングリコール1重量%水溶液で浸透したものの匂いが非常に強くなっている。また、プロピレングリコール5重量%水溶液で処理したものは、クエン酸ナトリウム5重量%と混合したものに比べて吸光度のピークは半分程度であるが、甘みのある強い匂いが得られた。これら4種類の抽出液については、特に香料としての利用が好ましい。
【0028】
また、クエン酸5重量%水溶液で処理したものについては、吸光度が非常に小さく、匂いも普通程度で強いものではなかった。凍結処理を行わなかったクエン酸ナトリウム5重量%水溶液で処理したものについては、吸光度が小さく匂いも普通程度の結果が得られた。なお、凍結処理しなかったものを除いて、48時間経過後には液に濁りが生じており、ラベンダーの腐敗が原因であった。なお、薔薇花部、桜葉部については、48時間以上の浸透処理によっても腐敗は生じなかった。
【0029】
実施例4
本実施例4は、赤キャベツに予め24時間と1週間の凍結処理を施した後、10mmに粉砕して浸透処理を行ったものである。
浸透処理に用いる液体は、24時間凍結処理のものはクエン酸5重量%水溶液、1週間凍結処理のものは水道水であり、液体100ccに葉部を5.5gr混合して処理される。参考として、凍結処理を行わなかったものをクエン酸5重量%水溶液で処理したものも含めた。処理温度は30℃であり、処理時間が1時間、24時間毎に、吸収スペクトル分析によりピークの吸光度(Abs)が測定された。また、各処理時間で、上記官能検査により匂い評価を行った。その結果を、下記表4に示す。
【0030】
【表4】

【0031】
クエン酸5重量%水溶液で処理したものについては、各処理時間でアントシアニン色素を示す520nmピークで高い吸光度(Abs)が記録され、また匂いはやや弱かった。また、水道水で処理したものについては、クエン酸5重量%水溶液と比べて吸光度(Abs)は半分程度であり、匂いは普通程度であった。従って、これらの処理品については、色素を利用することが好ましい。なお、凍結処理を行わないものについては、吸光度が非常に低くほとんど着色しない結果であり、匂いは普通程度であった。
【0032】
以上の実施例1−4では、典型的な植物素材を用いた抽出処理の具体例について示したが、本発明の利用により、各種の植物素材を用いて凍結処理、浸透処理を行うことにより、高いアントシアニン色素の抽出と、強い匂いの抽出の可能性がある。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、色素及び香料を含有する植物素材に対して凍結処理を施し、凍結処理された植物素材をそのまま又は粉砕した状態で常温以上に加温した有機酸水溶液、有機酸塩水溶液、有機溶剤、有機酸水溶液と有機溶剤の混合物、有機酸塩水溶液と有機溶剤との混合物、水の内のいずれか1つの液体で浸透処理を行うことにより、短時間で天然色素や香料を抽出することができるので、有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
色素及び香料を含有する植物素材に対して凍結処理を施す凍結処理工程と、凍結処理された該植物素材を有機酸水溶液、有機酸塩水溶液、有機溶剤、有機酸水溶液と有機溶剤の混合物、有機酸塩水溶液と有機溶剤との混合物、水の内のいずれか1つの液体で浸透処理を行う浸透処理工程とを備えたことを特徴とする天然色素及び/又は香料の抽出方法。
【請求項2】
前記凍結処理工程の前又は後に、前記植物素材に粉砕処理を施す粉砕処理工程を設けたことを特徴とする請求項1に記載の天然色素及び/又は香料の抽出方法。
【請求項3】
前記浸透処理工程における液体の温度を30℃以上とすることを特徴とする請求項1又は2に記載の天然色素及び/又は香料の抽出方法。

【公開番号】特開2008−74920(P2008−74920A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−254107(P2006−254107)
【出願日】平成18年9月20日(2006.9.20)
【出願人】(505338844)有限会社ヨシノ洗化研究所 (3)
【Fターム(参考)】