説明

天然赤色色素及び当該色素を含む食品並びに食品素材

【構成】ヘモグロビン及びミオグロビンの金属ポルフィリン部位が亜鉛プロトポルフィリンである天然赤色色素。
【効果】酸化に対して安定であり、良好な色調を呈する天然赤色色素及び当該色素で着色された食品と食品素材ができた。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、酸化に対して安全であり、良好な色調を呈する天然赤色色素及び当該色素で着色された食品と食品素材、更には原料肉中に存在するヘム色素を当該色素に変換した食肉製品,鯨肉製品,魚肉製品及び魚肉練り製品に関する。
【0002】
【従来の技術】
食品へ応用可能な赤色天然色素としては、赤キャベツの葉から抽出した赤キャベツ色素,クチナシの果実から抽出したクチナシ赤色素,エンジムシから抽出したコチニール色素,パプリカの果実から抽出したパプリカ色素,ビートの根から抽出したビートレッド,ブドウの果皮から抽出したブドウ果皮色素,ベニコウジ菌から抽出したベニコウジ色素等が挙げられる。これらはいずれも特有の色調を呈するが、pHによって色調が異なるものや、酸化に対する安定性を欠くものなど、共通した難点がある。
【0003】
同様に、畜肉や鯨肉の赤色色素の本体であるヘム色素も酸化に対して不安定であり、例えば加熱によって容易にメト化する。ヘム色素の加熱メト化を防止する唯一の手段は、ヘムの中心鉄の第6配位座に一酸化窒素を配位させ、ニトロソ化することである。この目的のため、食肉製品と鯨肉製品では一酸化窒素の供給源である亜硝酸ナトリウム等の発色剤の使用が認められている。ニトロソ化したヘム色素は加熱後も酸化に対して安定であり、良好な桃赤色の色調を呈する。
【0004】
しかし、亜硝酸塩は非常に反応性の高い物質であり、還元性物質を酸化してニトロソ化,ジアゾ化,脱アミノ作用をする。特に、第2級アミンと反応したニトロソアミンは強力な発癌性を有することでその使用が問題視されている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、酸化に対して安定であり、良好な色調を呈する天然赤色色素及び当該色素で着色された食品と食品素材の提供、更には亜硝酸塩等の発色剤を用いなくても、酸化に対して安定であるばかりか、良好な色調を呈する食肉製品,鯨肉製品,魚肉製品及び魚肉練り製品を提供することを目的としている。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、ヘモグロビン及びミオグロビンの金属ポルフィリン部位が亜鉛プロトポルフィリンIX錯体であれば、酸化に対して安定で良好な色調を呈する天然赤色色素及び当該色素で着色した食品と食品素材を提供でき、更には食肉製品,鯨肉製品,魚肉製品及び魚肉練り製品中のヘム色素を当該色素に変換することによって、亜硝酸塩等の発色剤を用いなくても、酸化に対して安定で良好な色調を呈することを見出し、更にこの知見に基づき本発明を完成した。
【0007】
本発明における天然赤色色素は次の性状を有する。即ち、その0.1%水溶液の波長650〜350nmにおける吸収スペクトルは、可視部で587と549nmの2個所に、ソーレー帯で423nmに最大吸収を示す。又、該水溶液からHCl加2−butanoneあるいは75%アセトンで抽出した亜鉛プロトポルフィリンIX錯体の吸収スペクトルは、可視部で584と543nmの2個所に、ソーレー帯で417nmに最大吸収を示す。質量分析ではm/e624.20の位置に亜鉛プロトポルフィリンIX錯体特有のピークを示す。
【0008】
そして、構造は図1に示す通りであり、亜鉛プロトポルフィリンの第5配位座でグロビンと結合し、亜鉛ヘモグロビン及び亜鉛ミオグロビンを形成している。これまでに、亜鉛ヘモグロビンはオキシ型,デオキシ型共にT状態(tensestate)に固定されていることから、例えば一部亜鉛に位換したハイブリッドヘモグロビン[Zn(II),Fe(II)]をつくり、ヘム中心金属の電子状態とタンパク分子の構造の相互作用の研究に使われてきた経緯がある。
【0009】
しかし、亜鉛ヘモグロビン及び亜鉛ミオグロビンを食品や食品素材の着色目的に使用するという発想は一切見当たらず、しかも、これらの色素が食品や食品素材中極めて安定な色調を維持することは、本発明において初めて明らかにされた事実である。
【0010】
本発明で使用する天然赤色色素の割合は、食品,食品素材の重量に対して0.05〜0.5%の範囲が好ましい。色調の目安は0.1%添加で豚肉の、0.3%添加で牛肉のオキシ型の色調を呈する。
【0011】
一方、本発明者らは食肉,鯨肉および魚肉中に存在する正常なヘム色素の中心鉄が、その後の製造条件を制御することによって亜鉛に置換し、置換後は酸化やpHの変化に対して極めて安定な色調を維持することも見出した。例えば、食肉,鯨肉および魚肉を5日間37℃に保持すると、ヘム色素の中心鉄は亜鉛に置換する。食肉,鯨肉および魚肉の筋肉中には本来、ある一定条件下でヘム色素の中心鉄を亜鉛に置換する機構が存在することも本発明において初めて明らかにされた事実である。
【0012】
食肉,鯨肉および魚肉中の亜鉛置換はpHに依存し、37℃での反応の場合、その至適pHは5.5である。置換に必要な亜鉛は筋肉中に存在する亜鉛が利用されるが、別途、グルコン酸亜鉛や酢酸亜鉛を添加すると置換反応は促進される。一般食品用の亜鉛添加物が存在しない現状では、亜鉛を多く含む食品素材、例えば牡蠣肉エキス等の添加が有効である。更に、食肉,鯨肉および魚肉中の亜鉛置換はリン酸塩の添加によって促進される。食品添加物ではリン酸,リン酸三カリウム,リン酸三カルシウム,リン酸水素二アンモニウム,リン酸二水素アンモニウム,リン酸水素二カリウム,リン酸二水素カリウム,リン酸一水素カルシウム,リン酸二水素カルシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸三ナトリウム等の添加が効果的である。
【0013】
一方、本発明者らは食肉,鯨肉および魚肉の心臓や肝臓等にも、筋肉より数倍高い活性を示す亜鉛置換機構が存在することも見出した。特に肝臓における反応の至適温度は高く、55℃で反応させると亜鉛置換は3時間で完了する。この場合、反応の至適pHは6.0にシフトする。
【0014】
肝臓の活性画分はミクロソーム画分にあり、限外ろ過による分画では分子量20万以上に存在する。このミクロソーム画分を80℃で30分間加熱したり、反応系にアザイドを添加すると亜鉛置換は起こらない。活性本体は酵素と推定されるが、肝臓に代わり、類似の酵素を産生する微生物を利用することも十分に考えられる。
【0015】
【実施例】
以下に実施例により本発明を更に詳細に説明する。
実施例1(色素の光安定性)
金属ポルフィリン部位を亜鉛プロトポルフィリンIX錯体に置換したミログロビン(試験区),オキシミオグロビン(対照区1)及び還元型ミログロビンに一酸化窒素ガスを吹き込んで調整したニトロソミオグロビン(対照区2)を、0.02Mリン酸緩衝液(pH5.5)に各0.1%濃度で溶解し、10℃、2500Luxの蛍光灯照射下で1週間退色試験を実施した。退色度合いは波長423nmにおける吸光度の変化として表した(表1)。
【0016】
【表1】

【0017】
表1の通り、対照区1が3日目で、対照区2が4日目でほとんど退色したのに対して、試験区の退色速度は極めて遅く、7日目においてもまだ赤色の色調を維持していた。
【0018】
実施例2(色素のpH安定性)
実施例1で用いた各溶液のpHを、1N塩酸あるいは1N水酸化ナトリウムでpH3.0〜10.0の範囲に調整し、波長650〜350nmにおける吸収スペクトルを測定した。この結果を示したものが図2である。
【0019】
図2に示した通り、試験区の色素はpH5.0〜10.0の範囲において安定であり、スペクトル上の変化はほとんど認められなかった。pH3.0〜5.0の範囲では徐々に沈殿が生じたが、沈殿物の色調は赤色を維持していた。一方、図には示していないが、対照区1及び2ではpH5.0以下で著しい沈殿が生じ、沈殿物の色調はメト型の茶褐色を呈した。
【0020】
実施例3(色素の加熱安定性)
実施例1で用いた試験区の溶液を、70℃で30分間加熱した。加熱前後で、75%アセトン抽出液の吸収スペクトルに変化はなく、いずれも584,543及び417nmの位置に亜鉛プロトポルフィリンIX錯体特有のピークを示した。又、加熱沈殿物の色調も鮮やかな赤色を維持していた。
【0021】
実施例4(豚肉ミオグロビンのヘム中心鉄の亜鉛への置換)
脂肪,結合組織をできる限り取り除いた豚ロース肉をミンチ後、0.2Mリン酸緩衝液(pH5.5)でホモジナイズし、37℃で5日間保持した。保持後、ヘムを75%アセトンで抽出し、波長650〜350nmにおける吸収スペクトル及びHPLC分析を行ない、試薬の亜鉛プロトポルフィリンIX(アルドリッチ社製)と比較した。HPLC条件は次の通りである。

【0022】
測定結果を図3及び図4に示したが、肉ホモジネートから抽出したヘムは吸収スペクトルの最大吸収ピーク及びHPLCの溶出ピーク共に、試薬の亜鉛プロトポルフィリンIXのそれと一致した。
【0023】
実施例5(肉ホモジネートの退色試験)
実施例4において調整した豚ロース肉のホモジネートを折径20mmのポリエチレン系ケーシングに充填し、温浴中で70℃、30分間加熱後、5mm厚にスライスした(試験区)。対照は同ホモジネートに亜硝酸ナトリウム200ppmとアスコルビン酸ナトリウム0.2%を用いて肉中のミオグロビンをニトロソ化し、同様に加熱後スライスした(対照区)。退色試験は10℃、2500Luxの蛍光灯照射下で3日間行ない、この間の色調の変化を色差計(スガ試験機株式会社製、カラーテスター)で測定し、Hunter a値として表した(表2)。
【0024】
【表2】

【0025】
表2の通り、対照区は36時間目に完全に退色したのに対し、試験区の退色速度は極めて遅く、72時間目においてもまだ赤色の色調を維持していた。
【0026】
実施例6(高濃度亜鉛ヘモグロビン溶液の調整)
脂肪,結合組織をできる限り取り除いた豚心臓をミンチ後、10%豚ヘモグロビン,0.01%グルコン酸亜鉛を含む0.2Mリン酸緩衝液(pH5.5)でホモジナイズし、37℃で15時間保持した。保持後、実施例4で示した方法で吸収スペクトルを測定し、添加した豚ヘモグロビンが亜鉛置換されたことを確認した。
【0027】
実施例7(豚肝臓による豚肉ミオグロビンの亜鉛置換)
豚肝臓に2倍量の0.2Mリン酸緩衝液(pH6.0)を加えホモジナイズ後、豚肝臓と当量の豚ロース肉,0.01%グルコン酸亜鉛を加え、更にホモジナイズし、55℃で3時間保持した。保持後、実施例4で示した方法で吸収スペクトルを測定し、反応系中の豚ミオグロビンが亜鉛置換したことを確認した。更に、保持後のホモジネートを75℃で30分間加熱し、加熱後のホモジネートの色調が良好な桃赤色を呈することを確認した。
【0028】
実施例8(豚肝臓のミクロソーム画分を用いた新規な食肉製品の製造)
豚肝臓に2倍量のピックル(食塩5%,調味料2%,香辛料0.5%を含む、pH7.0)を加えホモジナイズ後、10,000×gで20分間遠心分離した。遠心上清を豚ロース肉に対して35%注入後、常法に従いロースハムを製造した。加熱は温浴中で50℃−2時間、55℃−2時間、72℃−1時間の順で行い、中心温度が68℃に達した時点で終了した。1晩2℃で冷却後、実施例4で示した方法で吸収スペクトルを測定し、ロースハム中のミオグロビンが亜鉛置換したことを確認した。更に、ロースハムの色調が良好な桃赤色を呈することを確認した。
【0029】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明によれば酸化に対して安定であり、良好な色調を呈する天然赤色色素及び当該色素で着色された食品と食品素材が提供でき、更には亜硝酸塩等の発色剤を用いなくても、酸化やpHの変化に対して安定であり、良好な色調を呈する食肉製品,鯨肉製品,魚肉製品及び魚肉練り製品が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】亜鉛プロトポルフィリンIX錯体とグロビン中のヒスチジン残基との結合部位を示す図。
【図2】亜鉛ミオグロビンの吸収スペクトルの変化に及ぼすpHの影響を示す図。
【図3】肉ホモジネートから抽出したヘムと試薬亜鉛プロトポルフィリンIXの吸収スペクトル。
【図4】肉ホモジネートから抽出したヘムと試薬亜鉛プロトポルフィリンIXのHPLCパターン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘモグロビン及びミオグロビンの金属ポルフィリン部位が亜鉛プロトポルフィリンIX錯体であることを特徴とする天然赤色色素。
【請求項2】
請求項1記載の天然赤色色素で着色された食品及び食品素材。
【請求項3】
原料肉中に存在するヘモグロビン及びミオグロビンが請求項1記載の天然赤色色素に変換することを特徴とする食肉製品,鯨肉製品,魚肉製品及び魚肉練り製品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−56908(P2006−56908A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−15807(P2003−15807)
【出願日】平成15年1月24日(2003.1.24)
【出願人】(000118497)伊藤ハム株式会社 (57)
【Fターム(参考)】