説明

導電性ペースト

【課題】積層セラミック電子部品において使用する内部電極形成用の導電性ペーストであって、シートアタックを生じず、経時による粘度変化が少ない導電性ペースト組成物を提供する。
【解決手段】導電性金属粉末、セラミック粉末、有機ビヒクル、分散剤、有機溶剤等を含む導電性ペーストであって、有機ビヒクルを構成する樹脂が疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体で、有機溶剤がジヒドロターピニルアセテート、イソボニルアセテート、イソボニルプロピネート、イソボニルブチレート、イソボニルイソブチレートから選ばれる少なくとも1種以上からなり、さらに疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体におけるエトキシル基含有率が56%〜63%の範囲である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層セラミック電子部品において、シートアタックを生じず、経時による粘度変化が少ない導電性ペーストに関するものである。
【背景技術】
【0002】
携帯電話やデジタル機器などの電子機器の軽薄短小化に伴い、チップ部品である積層セラミックコンデンサ(Multilayered Ceramic Capacitor、以下MLCCと称す)についても小型化、高容量化及び高性能化が望まれている。これらを実現するための最も効果的な手段は、内部電極層と誘電体層を薄くして多層化を図ることである。
【0003】
MLCCは、一般に次のように製造される。まず誘電体層を形成するために、主成分のチタン酸バリウム(BaTiO)およびポリビニルブチラール等の有機バインダーからなる誘電体グリーンシートを形成し、その表面上に、導電性粉末を樹脂バインダーおよび溶剤を含むビヒクルに分散させた導電性ペーストを所定のパターンで印刷し、溶剤を除去するための乾燥を施し、内部電極となる乾燥膜を形成する。次に、乾燥膜が形成された誘電体グリーンシートを多層に積み重ねた状態で加熱圧着して一体化した後に、切断し、酸化性雰囲気または不活性雰囲気中にて500℃以下で脱バインダー処理を行う。その後、内部電極が酸化しないように還元雰囲気中にて1300℃程度で加熱焼成を行い、次いで、焼成チップを塗布、焼成後、外部電極上にニッケルメッキなどを施してMLCCが完成する。
【0004】
しかし、上記焼成工程における誘電体セラミック粉末が、焼結し始める温度は1200℃程度であり、ニッケル等の導電性金属粉末との焼結・収縮が開始する温度とは、かなりのミスマッチが生じるために、デラミネーション(層間剥離)やクラック等の構造欠陥が発生しやすかった。特に小型・高容量化に伴って、積層数が多くなるほど、またはセラミック誘電体層の厚みが薄くなるほど、構造欠陥の発生が顕著となっていた。
【0005】
その対策として、通常内部電極用ニッケルペーストには、少なくとも誘電体層の焼結・収縮を開始する温度付近まで焼結・収縮を制御するために、誘電体層の組成に類似したチタン酸バリウム系あるいはジルコン酸ストロンチウム系などのペロブスカイト型酸化物を主成分とするセラミック粉末が添加されているが、これは誘電体層の主成分の構成元素と電極ペーストに含まれる誘電体粉末の構成元素とが大きく異なる場合に生じる構造欠陥による誘電損失の増大などの電気特性の低下を抑制するものであり、すなわちニッケル粉末の焼結挙動を制御し、内部電極層と誘電体層の焼結収縮挙動のミスマッチをコントロールする。
【0006】
一方、内部電極用導電性ペーストは、バインダー樹脂を有機溶剤に溶解して得られる有機ビヒクル中に、導電性金属粉末を分散させ、その粘度を有機溶剤によって調整するものであるが、この有機ビヒクルを構成するバインダー樹脂には、一般にエチルセルロースなどが使用され、その有機溶剤には、一般にターピネオールなどが使用されてきている。
【0007】
しかしながら、有機溶剤にターピネオールを使用した導電性ペーストを、ブチラール樹脂をバインダー樹脂に用いたセラミックグリーンシートと組み合わせて使用した場合に、ターピネオールは印刷乾燥工程の途中において塗膜中に残存してしまい、その結果セラミックグリーンシートにバインダー樹脂として多用されるブチラール樹脂を溶解する作用をもたらすことがある。このような内部電極ペーストによるセラミックグリーンシート中の有機バインダーに対する溶解作用は、「シートアタック」と称されている。
【0008】
積層セラミックコンデンサの高容量化に伴い、セラミックグリーンシートの薄層化が進み、従来10〜20μmであった比較的厚いシート厚では、「シートアタック」は実用上問題とならない。しかし、セラミックグリーンシートの厚みが、例えば5μm以下と薄い場合に、このシートアタックが生じると、セラミックグリーンシート中のブチラールが溶解し、セラミックグリーンシートを膨潤・溶解させる。このシートアタックが大きい場合、誘電体グリーンシートの積層時に導電性ペースト印刷部分に穴が生じたり、焼成時に誘電体層と内部電極層が層間剥離(デラミネーション)したりするという不具合を生じる。これはセラミックグリーンシートが薄いほどシートアタックによる影響は顕著である。
【0009】
このようなシートアタックの影響により、MLCCの耐電圧性、絶縁性が低下し、目的とする静電容量が得られなかったり、負荷寿命特性が劣化したりする。そのために、従来から、このようなシートアタックを回避するために、導電性ペーストに使用する有機溶剤についての検討がなされてきた。
たとえば、内部電極を形成するための導電性ペーストに使用する有機溶剤として、ブチラール樹脂との相溶性が比較的低い溶剤を使用することが提案されている(例えば、特許文献1、特許文献2、特許文献3参照)。具体的には、特許文献1ではジヒドロターピネオールを用いた導電性ペーストが、特許文献2ではジヒドロターピニルアセテートを用いた導電性ペーストが、特許文献3ではイソボニルプロピネート、イソボニルブチレート、イソボニルイソブチレートなどのボルナン骨格含有カルボン酸付加物を含有する導電性ペーストがそれぞれ提案されている。
【0010】
しかし、これらのアセテート系溶剤は、シートアタック回避性については有効性が認められるが、一般的に導電性ペースト用有機溶剤として用いられているターピネオールよりSP値(Solubility Parameter;溶解度パラメーター)が低く、そのためバインダーとの相性、すなわち、相溶性が低いためにペースト組成物のレオロジカルな性質は影響を受ける。
一般に、バインダーと溶剤のSP値の相違が大きいほど、高粘度化したり、あるいは溶解しない。また、有機ビヒクル中の有機バインダーとして、一般的に用いられているエチルセルロースはターピネオールよりアセテート系溶剤に対して溶解性が良くなく、そのビヒクルを用いた導電性ペーストは経時による粘度変化が生じやすい。すなわち、このようにペースト粘度が変化すると、印刷性の変動が生じるため、印刷時に適正な膜厚や形状が得られなくなり、品質が安定した電極等を製造できなくなる問題点があった。
【0011】
これに対して、粘度変化を抑制する手法として、例えば、ターピニルアセテートを導電性ペーストの主溶剤として用いることで粘度変化を抑制するものが提案されている(例えば、特許文献4参照)。また、硫黄含有量が100ppm未満であるニッケル粉末とジヒドロターピネオール誘導体または石油系溶剤を用いて粘度上昇を抑えるものが提案されている(例えば、特許文献5参照)。
【0012】
特許文献4では、エチルセルロースをターピニルアセテートで溶解したビヒクルを用いた導電性ペーストが提案されている。しかし、特許文献4、段落0023に記載される分散剤の含有に関し、もし分散剤が添加されない場合には、ニッケルなどの導電性金属粉末のような無機粉末表面への分散剤の吸着量が不十分であるため、その分散性が低下し、導電性ペーストの経時による粘度変化が制御できないあるいは不十分となるため、電極膜の薄層化には不適切である。
また特許文献5では、使用するニッケル粉末の硫黄含有量を100ppm未満とするものであり、この硫黄は、ペースト粘度の経時変化を抑制する働きを持つと同時にニッケルの触媒活性を低下させる働きを有していることから、含まれる硫黄量が少なくなると脱バインダー処理時にバインダー樹脂の部分的な熱分解による急激なガスの発生を引き起こし、品質の低下を招いてしまう。
【0013】
さらに、厚みが薄くかつ均一で、しかもシートアタックを起こしにくい導電性ペーストとして、バインダー樹脂にエチルヒドロキシエチルセルロースを使用し、有機溶剤に脂肪族系アルコールとミネラルオイルを使用した有機ビヒクルに、導電性金属粉末を分散させた導電性ペーストが提案されている(例えば、特許文献6参照)。
しかし、特許文献6に開示された導電性ペーストは、シートアタックは起こしにくいが粘度の経時変化が大きく、長期間にわたって安定した導電膜が得られにくい難点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平9−17687号公報
【特許文献2】特許第2976268号公報
【特許文献3】特開2006−202502号公報
【特許文献4】特開2006−12690号公報
【特許文献5】特開2009−37974号公報
【特許文献6】特開平7−326534号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
このような状況に鑑み、本発明は積層セラミック電子部品に用いられる、シートアタックを生じず、かつ経時による粘度変化が少ない導電性ペーストを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するため、本発明の導電性ペーストの一つは、導電性金属粉末、セラミック粉末、有機ビヒクル、分散剤、有機溶剤等を含む導電性ペーストであって、
(1)有機ビヒクルを構成する樹脂が、疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体で、
(2)有機溶剤が、ジヒドロターピニルアセテート、イソボニルアセテート、イソボニルプロピネート、イソボニルブチレート、イソボニルイソブチレートから選ばれる少なくとも1種以上からなり、さらに疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体におけるエトキシル基含有率が56%〜63%の範囲であることを特徴とするものである。
【0017】
本発明の導電性ペーストのもう一つは、導電性金属粉末、セラミック粉末、有機ビヒクル、分散剤、有機溶剤等を含む導電性ペーストであって、
(1)有機ビヒクルを構成する樹脂が、疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体で、
(2)有機溶剤が、
(A)ジヒドロターピニルアセテート、イソボニルアセテート、イソボニルプロピネート、イソボニルブチレート、イソボニルイソブチレートから選ばれる少なくとも1種の主溶剤と、
(B)エチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、又はジプロピレングリコールメチルエーテルアセテートから選ばれる少なくとも1種以上の副溶剤を、
混合した混合溶剤からなり、さらに疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体におけるエトキシル基含有率が56%〜63%の範囲であることを特徴とするものである。
【0018】
さらには、本発明の導電性ペーストでは、導電性金属粉末がNi、Pd、Pt、Au、Ag、Cu、およびこれらの合金から選ばれる1種の金属粉末であることが好ましい。
【0019】
また、本発明の導電性ペーストでは、セラミック粉末がペロブスカイト型酸化物である強誘電体のチタン酸バリウム(BaTiO)、チタン酸バリウムにあるいはチタン酸バリウムのBaまたはTiを他原子で置換したようなペロブスカイト型酸化物強誘電体、もしくは積層セラミックデバイスのグリーンシートを形成する酸化物からなるセラミック粉末である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、有機溶剤に可溶な疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体をバインダー樹脂に用いた有機ビヒクルと、そのバインダー樹脂を可溶かつシートアタックを生じない有機溶剤の組み合わせにより構成される導電性ペーストで、積層セラミック電子部品に用いた場合に、シートアタックを生ぜず、しかも経時による粘度変化が少ない優れた効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体のH−NMR法によるH−NMRスペクトルの測定例を示す図で、有機溶剤に不溶性の場合である。
【図2】疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体のH−NMR法によるH−NMRスペクトルの測定例を示す図で、有機溶剤に可溶性の場合である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明における積層セラミックコンデンサ用の導電性ペーストは、内部電極形成用に用いられる導電性ペーストであって、バインダー樹脂を有機溶剤に溶解した有機ビヒクル(以下、ビヒクルと称する場合もある)、導電性金属粉末およびセラミック粉末を有機溶剤中に分散せしめて粘度調製した導電性ペーストで、本発明者は積層セラミック電子部品において、シートアタックが導電性ペーストを構成する有機溶剤から派生する特性であり、導電性ペーストの経時粘度変化が有機ビヒクルのバインダー樹脂と導電性ペーストを構成する有機溶剤との組み合わせにより派生する問題であることから、有機ビヒクルのバインダー樹脂と有機溶媒との関係について、鋭意研究開発を進めた結果、本発明で用いている有機溶剤は導電性ペースト用の有機溶剤としては公知のものであるが、シートアタックの問題と経時粘度変化の問題を同時に解決するバインダー樹脂との組み合わせは知られておらず、本発明に至ったものである。
【0023】
本発明では、有機ビヒクルを構成するバインダー樹脂に疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体を用い、このバインダー樹脂を良く溶解する有機溶剤との好適な組み合わせによって、シートアタックの問題を完全に解消し、しかも粘度の経時変化の少ない使い易い導電性ペーストを得ているものである。
以下、各構成要素について詳しく説明する。
【0024】
1.導電性金属粉末
導電性金属粉末としては、Ni、Cu、Ag、Pd、Au、Pt、あるいはこれらの合金からなる金属粉末を適宜選択して使用する。なかでも導電性、耐食性、価格等を考慮するとNi粉末が最適である。なお、Ni粉末を用いる場合には、脱バインダー処理時のバインダー樹脂の部分的な熱分解による急激なガス発生を抑制するために、数百ppm程度のS(硫黄)を含むNi粉末が好ましい。
その導電性金属粉末の粒径は、0.05〜1.0μmの分散性が良好な微粉末が適当で、導電性ペーストにおける導電性金属粉末の含有量は、40〜60mass%が好ましい。
【0025】
2.セラミック粉末
導電性ペーストのセラミック粉末としては、使用する積層セラミック部品により適宜選択できるが、強誘電体のペロブスカイト型酸化物を用いると良く、その中でも特にチタン酸バリウム(BaTiO、以下BTと称す場合がある)が望ましい。また、このチタン酸バリウムを主成分に酸化物(例えばMn、Cr、Si、Ca、Ba、Mg、V、W、Ta、Nbおよび1種類以上の希土類元素の酸化物)を副成分として含むセラミック粉末、チタン酸バリウム(BaTiO)のBa原子やTi原子を他原子、Sn、Pb、Zrなどで置換したようなペロブスカイト型酸化物強誘電体のセラミック粉末でも良い。さらには積層セラミックデバイスのグリーンシートを形成するセラミック粉末であるZnO、フェライト、PZT、BaO、Al、Bi、R(希土類元素)、TiO、Ndなどの酸化物も選択できる。
そのセラミック粉末の粒径は、0.01〜0.5μmの範囲が望ましい。
【0026】
3.有機ビヒクル
有機ビヒクルは、バインダーとなる樹脂(以下、バインダー樹脂と称す)を有機溶剤に溶解させたものである。
3−1.バインダー樹脂
導電性ペースト用のバインダー樹脂に使用されているエチルヒドロキシエチルセルロース(以下、EHECと略記する)は、3つのヒドロキシ基の水素がエチル基(−CHCH)、ヒドロキシエチル基(−(CHCHO−)−R’)に置換されるが、エチル基よりヒドロキシエチル基が多く存在するため親水性となる。そのため、EHECは水系やアルコール系溶剤には溶解するが、有機溶剤系には一部しか溶解しない。
例えば、特許文献6では、EHECと脂肪族系アルコールを使用した導電性ペーストが報告されているが、EHECはジヒドロターピニルアセテートやイソボニルプロピネート等の有機溶剤には溶解しないため、本発明では使用できない。
【0027】
そこで本発明においては、バインダー樹脂として疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体(以下、a−EHECと略記することがある。)を用いている。この疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体におけるエトキシル基の含有率は、56%から63%の範囲が適当である。
【0028】
このエチルヒドロキシエチルセルロース誘導体には、エトキシル基の含有率が40%以下の親水性のエチルヒドロキシエチルセルロース誘導体と、エトキシル基の含有率が56%以上の疎水性のエチルヒドロキシエチルセルロース誘導体があり、本発明では有機溶剤に溶ける疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体を用いるものである。
ところで、疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体は、有機溶剤に溶けることから、耐シートアタック性を有し、かつ経時粘度変化率が少ない有機溶剤の選択が重要である。
【0029】
バインダー樹脂として使用するエチルヒドロキシエチルセルロース誘導体(a−EHEC)の構造式は、下記化1により示される。化1において、R=水素(H)、エチル基(−CHCH)、ヒドロキシエチル基(−(CHCHO−)−R’)、m=1以上の整数、R’=水素(H)またはエチル基(−CHCH)である。
【0030】
【化1】

【0031】
a−EHECは、化1の構造式においてOR結合しているRが、水素(H)、エチル基(−CHCH)、ヒドロキシエチル基((−CHCHO−)−R’)のいずれかに置換したものである。さらに、ヒドロキシエチル基(−CHCHO−)−R’の‘R’は、水素(H)またはエチル基(−CHCH)に置換するものである。
このエチル基(−CHCH)の置換割合は、ヒドロキシエチル基((−CHCHO−)−R’)の水素(H)が、エチル基(−CHCH)に置換されたり、(−CHCHO−)の長さmを調整することで変化する。
本発明で用いられるバインダー樹脂のa-EHECは、ヒドロキシエチル基よりエチル基の置換割合が多く存在するもので、エチル基が多いために疎水性となる。
【0032】
ここで、a−EHECの官能基末端にエチル基が導入されたことは、例えば、H-NMR法により確認することができる。すなわち、H-NMR法による測定においてエチル基ピーク高さに対するヒドロキシエチル基ピーク高さの比率が小さい事が確認された場合には、官能基末端にエチル基が導入されたと判断することができる。そのようなa−EHECは、溶剤系溶媒に溶解するものとなり、本発明で使用することができる。
【0033】
参考までに図1、図2に、H-NMR法によるH−NMRスペクトルのエチル基ピーク高さに対するヒドロキシエチル基ピーク高さの比率の変化を示す。
図1は、有機溶剤に不溶解なa−EHECのエチル基ピーク高さ、およびヒドロキシエチル基ピーク高さを示す図で、1点鎖線で示すようにヒドロキシエチル基ピーク高さは、破線で示したエチル基ピーク高さよりも高くなっている。すなわち、「ヒドロキシエチル基ピーク高さ」が「エチル基ピーク高さ」より大きくなる場合には、ヒドロキシエチル基の割合が多いと判定する。
【0034】
これに対して、図2に示す有機溶剤に可溶解なa−EHECのエチル基ピーク高さ、およびヒドロキシエチル基ピーク高さの比較では、1点鎖線で示すヒドロキシエチル基ピーク高さは、破線で示したエチル基ピーク高さよりも低くなっている。すなわち、「エチル基ピーク高さ」が「ヒドロキシエチル基ピーク高さ」より大きくなる場合には、エチル基の割合が多いと判定する。
このように、a−EHECの疎水性の判定は、H-NMR法を用いてヒドロキシエチル基とエチル基の含有割合が既知のa−EHECのピークを測定しておけば、それと比較することにより推定することができる。
【0035】
ところで、エトキシル基含有率は、ASTM D4794−94で規定されるようなガスクロマトグラフ法によって測定するが、この分析法ではヒドロキシエチル基に由来するもの(−CHCHO−C)とエトキシル基に由来するもの(−OC)が区別無く測定されることから、本発明では、単位構造あたりにおける、これら「ヒドロキシエチル基に由来するもの」および「エトキシル基に由来するもの」の両者の分子量の総量の、総分子量に対する割合を「エトキシル基含有率」として定義している。
【0036】
そこで、エトキシル基含有率の異なるa−EHECについて、そのエトキシル基含有率を調べてみると、表1に示すようにエトキシル基含有率が57.2mass%(以下、特に指示がない場合は「%」は「mass%」を意味する)、60.35%、および62.4%のa−EHECでは有機溶媒に良く溶解するが、エトキシル基含有率が34.9%のa−EHECでは有機溶媒に溶解しなかった。また、エトキシル基含有率が増えると、有機溶剤に対するa−EHECの溶解性も向上した。
なお、a−EHECのエトキシル基含有率、すなわちエトキシエチル基とエトキシル基の含有率の合計が56%未満である場合、(−CHCHO−)の長さとエトキシル基のバランスが低下し、有機溶剤との相溶性が悪くなるため、高粘度化したり、あるいは溶解しなくなる。
したがって、溶剤系に溶解する疎水性a−EHECとしては、エトキシル基含有率、すなわちエトキシエチル基とエトキシル基の含有率の合計が56%以上、63%以下のa−EHECを選択する必要がある。
【0037】
【表1】

【0038】
a−EHECの分子量は、上記溶剤に溶解するのであれば特に問わない。一般的には10000〜1000000の分子量の樹脂を用いる。なお、ペースト中の樹脂量は、1.0〜5.0mass%が望ましく、特に2.0〜4.0mass%がより好ましい。1.0mass%未満ではスクリーン印刷に適した粘度を得ることが困難であり、5.0mass%を超えると脱バインダー時に残留カーボン量が増え、積層チップのデラミネ−ションを引き起こすので好ましくない。
【0039】
3−2.ビヒクル用有機溶剤
ビヒクルを調製するためのバインダー樹脂を溶解させる有機溶剤には、ビヒクルの馴染みをよくするために、導電性ペーストを構成する有機溶剤と同じものを用いるのが好ましい。そこで本発明では、ジヒドロターピニルアセテートやイソボニルプロピネート等を用いている。
これらの有機溶剤は、セラミックグリーンシートに対してシートアタックを生じないので、例えばセラミックグリーンシートの厚みが5μm以下と薄い場合でも、セラミックグリーンシート中のブチラールが溶解して、セラミックグリーンシートを膨潤・溶解させることを抑制することができる。
【0040】
4.有機溶剤
導電性ペーストにおける有機溶剤は、導電性金属粉末、セラミック粉末、および有機ビヒクルを分散せしめ、その粘度を調製し、所定のパターンで印刷できるようにするものである。
本発明の有機溶剤は、有機ビヒクルのバインダー樹脂と組み合わせてシートアタックを生じさせることがなく、バインダー樹脂を良く溶解させ、かつ経時粘度変化を起こさない溶剤が用いられる。
【0041】
このような条件を満たす有機溶剤としては、ジヒドロターピニルアセテート、イソボニルアセテート、イソボニルプロピネート、イソボニルブチレート、イソボニルイソブチレートから選ばれる少なくとも1種以上の有機溶剤を使用する。
【0042】
あるいは、ジヒドロターピニルアセテート、イソボニルアセテート、イソボニルプロピネート、イソボニルブチレート、イソボニルイソブチレートから選ばれる少なくとも1種の主溶剤と、エチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、ジプロピレングリコールメチルエーテルアセテートから選ばれる少なくとも1種以上の溶剤を副溶剤として選択し、これらの混合溶剤を使用することもできる。なお、これらの副溶剤もセラミックグリーンシートに対しては、シートアタックを引き起こす恐れは無いものである。
この主溶剤と副溶剤の混合溶剤を用いる場合は、導電性ペーストの粘度特性の調製がより容易となり、乾燥スピードが速くなる利点を有するものである。
【0043】
ところで、本発明において用いる有機溶剤は、導電性ペースト用の有機溶剤としては公知のものを使用するが、本発明の特徴とするところは、シートアタックの問題と経時粘度変化の問題を同時に解決する、有機溶剤と有機ビヒクルのバインダー樹脂との適切な組み合わせにあり、本発明ではバインダー樹脂に疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体を選択し、有機溶剤としてジヒドロターピニルアセテート、イソボニルアセテート、イソボニルプロピネート、イソボニルブチレート、イソボニルイソブチレートから選ばれる少なくとも1種以上、あるいはこれらを主溶剤としシートアタックのない有機溶剤を副溶剤として選択し、このバインダー樹脂と有機溶剤との組み合わせによりシートアタックの問題を完全に解決し、しかも粘度の経時変化の少ない使い易い導電性ペーストを得ることにある。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例と比較例に基づき詳細に説明する。なお、本発明の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0045】
[導電性ペーストの特性]
(1)導電性ペーストの粘度
導電性ペーストの粘度は、ブルックフィールド社製B型粘度計を用いて10rpm(ずり速度=4sec−1)の条件で測定した。
【0046】
(2)導電性ペーストの経時粘度変化率
導電性ペーストの経時粘度変化率は、導電性ペースト製造後の粘度をそれぞれ測定し、常温(25℃)で30日間静置した後、再度それぞれ測定して粘度変化量を製造後の粘度で割り、百分率(%)で表している。なお、導電性ペーストの経時粘度変化率は少ないほど好ましい。
【0047】
(3)乾燥膜密度
本発明の導電性ペーストは、誘電体セラミックグリーンシート上に所定のパターンで印刷し、乾燥して溶剤を飛ばして乾燥膜を形成する。その後、酸化性雰囲気又は不活性雰囲気中にて500℃以下で脱バインダーを行い、酸化しないように還元雰囲気中にて1300℃程度で加熱焼成を行って内部電極とする。
この時、得られた乾燥膜の密度が高ければ緻密な導電膜が得られ、静電容量が設計値に近くなる。導電性金属粉末やセラミック粉末の凝集や、バインダー樹脂の安定性が悪ければ、乾燥膜密度は低下する。したがって、導電性ペーストを印刷して乾燥させた後の乾燥膜密度を測定することにより、導電膜の特性を推定することが可能となる。
【0048】
(4)有機ビヒクルの作製
(4−1)本発明の有機ビヒクルの作製
本発明の有機ビヒクルは、バインダー樹脂成分としてエトキシル基含有率が57.2%、60.35%、62.40%と異なる3種類のa−EHECを18mass%、有機溶剤としてイソボニルプロピネートまたはジヒドロターピニルアセテートのいずれかを82mass%配合し、60℃に加熱して実施例に用いた有機ビヒクルを作製した。
【0049】
(4−2)比較の有機ビヒクルの作製
比較のため、樹脂成分として従来から使用されているECを18mass%、有機溶剤としてターピネオール、イソボニルプロピネートまたはジヒドロターピニルアセテートのいずれかを82mass%配合し、60℃に加熱して比較例に用いた有機ビヒクルを作製した。
【0050】
作製した各有機ビヒクルの配合条件と粘度値を一覧にして表2に示す。
なお、使用した樹脂溶液粘度は、トルエン/エタノール=80/20(重量比)の混合溶液にバインダー樹脂を溶解した時の粘度(単位:Pa・s)を示している。また、ビヒクル粘度の測定は、全てブルックフィールド社製B型粘度計を用いて10rpm(ずり速度=4sec−1 )の条件で測定した値である。
【0051】
【表2】

【0052】
表2から樹脂溶液粘度が10.1mPa・sであるECをターピネオールに溶解した比較ビヒクルNo.11のビヒクル粘度が約300Pa・sであるのと比較して、同じ樹脂溶液粘度のECをイソボニルプロピネートに溶解した比較ビヒクルNo.12、およびジヒドロターピニルアセテートに溶解した比較例ビヒクルNo.13のビヒクルの粘度は、それぞれ約450、380Pa・sと1.3倍から1.5倍の高い値を示すことから、有機溶剤に対するECの溶解性が異なることがわかる。つまり、ECとの相溶性はターピネオール、ジヒドロターピニルアセテート、イソボニルプロピネートの順に低下していることが、ビヒクル粘度から伺える。
【0053】
また、樹脂溶液粘度が120mPa・sのa−EHEC(a−EHEC2:エトキシル基含有率60.35mass%)をイソボニルプロピネートに溶解した本発明ビヒクルNo.1のビヒクル粘度が、比較ビヒクルNo.12のビヒクル粘度と同じ程度の値を示すことから、イソボニルプロピネートに対するa−EHECとECの相溶性が異なることがわかる。
さらに、エトキシル基含有率の異なるa−EHEC(a−EHEC1〜3)を、イソボニルプロピネートに溶解した本発明ビヒクルNo.1、2、4のビヒクル粘度の違いからは、エトキシル基含有率により、相溶性が変化することもわかる。
すなわち、イソボニルプロピネートに対して、ECは相溶性が低く、一方、a−EHECは相溶性が高いと言える。
【0054】
このように、イソボニルプロピネートやジヒドロターピニルアセテートのような有機溶剤は、ターピネオールに比べて、エチルセルロース(EC)に対する溶解力が低いため、ビヒクルの状態で保存しておくと、ビヒクルが物理的に経時変化を起こし易いと言える。
一方、本発明ビヒクルは、ビヒクル中に含まれる樹脂と有機溶剤の相溶性が良好であるため、ビヒクルが物理的に経時変化を起こし難く、その結果優れたペースト安定性を保つことができる。
以下、実施例を用いて本発明の導電性ペーストを詳細する。
【実施例1】
【0055】
導電性金属粉末として粒径0.4μmのニッケル粉末(Ni)を47.0mass%、セラミック粉末に粒径0.1μmのチタン酸バリウム(BT)を4.7mass%、有機ビヒクルとして表2のビヒクルNo.3を13.06mass%、および0.3mass%の分散剤を、34.94mass%の有機溶剤ジヒドロターピニルアセテートに溶解して導電性ペーストを作製した。
【実施例2】
【0056】
導電性金属粉末に粒径0.4μmのニッケル粉末(Ni)を47.0mass%、セラミック粉末として粒径0.1μmのチタン酸バリウム(BT)を4.7mass%、ビヒクルとして表2のビヒクルNo.4を13.0 6mass%、および0.3mass%の分散剤を、34.94mass%の有機溶剤イソボニルプロピネートに溶解して導電性ペーストを作製した。
【実施例3】
【0057】
導電性金属粉末に粒径0.2μmのニッケル粉末(Ni)を47.0mass%、セラミック粉末として粒径0.04μmのチタン酸バリウム(BT)を4.7mass%、ビヒクルとして表2のビヒクルNo.1を13.0 6mass%、および0.4mass%の分散剤を、主溶剤にイソボニルプロピネートを27.87mass%、副溶剤にエチレングリコールモノブチルエーテルを6.97mass%からなる混合有機溶剤中に溶解して導電性ペーストを作製した。
【0058】
(比較例1)
導電性金属粉末に粒径0.4μmのニッケル粉末(Ni)を47.0mass%、セラミック粉末として粒径0.1μmのチタン酸バリウム(BT)を4.7mass%、ビヒクルとして表2のビヒクルNo.13を13.06 mass%、および0.3mass%の分散剤を、34.94mass%の有機溶剤ジヒドロターピニルアセテートに溶解して導電性ペーストを作製した。
【0059】
(比較例2)
導電性金属粉末に粒径0.2μmのニッケル粉末(Ni)を47.0mass%、セラミック粉末として粒径0.04μmのチタン酸バリウム(BT)を4.7mass%、ビヒクルとして表2のビヒクルNo.12を13.0 6mas%、および0.4mass%の分散剤を、27.8mass%の主溶剤イソボニルプロピネートと、6.97mass%の副溶剤エチレングリコールモノブチルエーテルからなる混合有機溶剤中に溶解して導電性ペーストを作製した。
表3に実施例1、2、3および比較例1、2の成分組成を示す。
【0060】
【表3】

【0061】
作製した導電性ペーストの経時粘度変化率と、乾燥膜密度を測定し、その結果を表3に示す。
導電性ペーストの粘度変化率は、導電性ペースト製造後の粘度をそれぞれ測定し、常温(25℃)で30日間まで静置した後、再度それぞれ測定して粘度変化量を製造後の粘度で割り、百分率で求めた値である。
導電性ペーストの粘度は、ブルックフィールド社製B型粘度計を用いて10rpm(ずり速度=4sec−1 )の条件で測定した。
乾燥膜密度の測定方法は、導電性ペーストをPETフィルム上に5×10cmの面積で膜厚30μmとなるように印刷後、120℃で40分間空気中で乾燥させた。その乾燥した導電性ペーストの乾燥膜を1×1cmに切断し、その厚みと質量を測定して、乾燥膜密度を算出した。
なお、本発明では乾燥膜密度の測定は、PETフィルム上に導電性ペーストを印刷して行ったが、導電性ペーストをセラミック誘電体層グリーンシートに印刷した場合でも同様の特性が得られる。
【0062】
【表4】

【0063】
表4からも明らかなように、本発明の導電性ペーストを用いた実施例1、2、3では、乾燥膜密度も従来より緻密なものとなり、かつ経時の粘度変化も大きく改善されていることがわかる。
すなわち、本発明の導電性ペーストに用いられた有機溶剤のジヒドロターピニルアセテートやイソボニルプロピネートのようなアセテート系溶剤と、エチルセルロース(EC)の相溶性(SP値)の差が大きいため、エチルセルロース(EC)をバインダー樹脂として用いた場合の有機溶剤に対する溶解性が低く、得られた導電性ペーストは経時による粘度変化が大きいことが比較例から伺える。一方、疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体(a−EHEC)とのSP値の差は小さいため、有機溶剤に対する溶解性が高く、得られた導電性ペーストは経時による粘度変化が少ないと言える。
また、有機溶剤に対するバインダー樹脂の相溶性の良し悪しが乾燥膜密度と関係する理由はわからないが、本発明で使用するアセテート系溶剤に溶解する樹脂が、エトキシル基含有率が56%以上、63%以下の疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体(a−EHEC)であれば、エチルセルロース(EC)を使用する場合より乾燥膜密度が高くなり、焼成時に緻密な電極膜の形成が期待できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性金属粉末、セラミック粉末、有機ビヒクル、分散剤、有機溶剤等を含む導電性ペーストであって、
(1)有機ビヒクルを構成する樹脂が、疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体で、
(2)有機溶剤が、ジヒドロターピニルアセテート、イソボニルアセテート、イソボニルプロピネート、イソボニルブチレート、イソボニルイソブチレートから選ばれる少なくとも1種以上からなることを特徴とする導電性ペースト。
【請求項2】
導電性金属粉末、セラミック粉末、有機ビヒクル、分散剤、有機溶剤等を含む導電性ペーストであって、
(1)有機ビヒクルを構成する樹脂が、疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体で、
(2)有機溶剤が、
(A)ジヒドロターピニルアセテート、イソボニルアセテート、イソボニルプロピネート、イソボニルブチレート、イソボニルイソブチレートから選ばれる少なくとも1種の主溶剤と、
(B)エチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、又はジプロピレングリコールメチルエーテルアセテートから選ばれる少なくとも1種以上の副溶剤を、
混合した混合溶剤からなることを特徴とする導電性ペースト。
【請求項3】
前記疎水性エチルヒドロキシエチルセルロース誘導体におけるエトキシル基含有率が56%〜63%の範囲であることを特徴とする請求項1または2に記載の導電性ペースト。
【請求項4】
前記導電性金属粉末が、Ni、Pd、Pt、Au、Ag、Cu、およびこれらの合金から選ばれる1種の金属粉末であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の導電性ペースト。
【請求項5】
前記セラミック粉末が、ペロブスカイト型酸化物であるチタン酸バリウム(BaTiO)である請求項1から4のいずれか1項に記載の導電性ペースト。
【請求項6】
前記セラミック粉末が、ペロブスカイト型酸化物強誘電体である請求項1から4のいずれか1項に記載の導電性ペースト。
【請求項7】
前記セラミック粉末が、積層セラミックデバイスのグリーンシートを構成する酸化物である請求項1から4のいずれか1項に記載の導電性ペースト。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−159393(P2011−159393A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−17721(P2010−17721)
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】