説明

導電性ポリロタキサン

【課題】
本発明は環状分子の抜け落ちのない導電性ポリロタキサンを提供することを目的とする。
【解決手段】
上記発明を解決するために、導電性ポリロタキサンは、繰り返し単位ごとに電子受容性環状分子が含有されてなる手段を採用した。また、導電性ポリロタキサンにおいて、前記電子受容性環状分子がπ共役オリゴマー分子と相互作用をもつ手段を採用し、導電性ポリロタキサンにおいて、π共役オリゴマーと電子受容性環状分子からなるロタキサンの重合体であることを特徴とする手段を採用することとした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロタキサンが重合されてなる導電性ポリロタキサンに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、導電性ポリロタキサンの合成は、非特許文献1,非特許文献2,特許文献1に示されているように、包接錯体から直接ポリロタキサンを合成しているために、包接錯体が解離した瞬間に重合反応が起きると、導電性高分子内に環状分子の抜けた繰り返し単位ができる。
また、非特許文献3、4では環状分子と導電性高分子との包接錯体を形成させるために遷移金属イオンを用いており、導電性高分子主鎖の中に遷移金属イオンと相互作用する配位子部位を組み込まなければならないが、これは配位子部位で導電性高分子のπ共役が切れてしまうために導電性の低下を招いていた。
電子受容性環状分子と電子供与性オリゴマー分子との包接錯体形成では、電荷移動相互作用やπ−πスタッキング相互作用が包接錯体の安定化に重要な役割を果たしている。オリゴマー分子を酸化重合して導電性高分子とする際には、オリゴマー分子は一旦ラジカルカチオンとなって電子供与性を失うとともに、正の電荷を持つようになるため、正電荷を有する電子受容性環状分子との間に反発力が生じる。そのために包接錯体は解離してしまう。従って、包接錯体から重合を行ってポリロタキサンを得る従来の手法は導電性高分子内に環状分子の抜けた繰り返し単位ができることとなった。
包接錯体の形成・解離の平衡定数は温度、溶媒、溶液濃度、溶液組成のわずかな条件の違いで変化するため、従来の手法では品質を均一に保つのは困難であった。

【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、このような実情に鑑み、環状分子の抜け落ちのない導電性ポリロタキサンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
発明1の導電性ポリロタキサンは、繰り返し単位ごとに電子受容性環状分子が含有されてなることを特徴とする。
発明2は、発明1の導電性ポリロタキサンにおいて、前記電子受容性環状分子がπ共役オリゴマー分子と相互作用をもつことを特徴とする。
発明3は、発明1の導電性ポリロタキサンにおいて、π共役オリゴマーと電子受容性環状分子からなるロタキサンの重合体であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
π共役オリゴマー(図1の1)と電子受容性環状分子(図1の2)からなるロタキサンを合成することにより、環状分子はπ共役オリゴマーに導入された側鎖(図1の3)によってπ共役オリゴマーからの脱離を立体的に阻止されるとの知見に基づき、本発明(図1の4参照)を実現したものである。

【図面の簡単な説明】
【0006】
【図1】本発明の概念を示す模式図
【図2】ロタキサンの合成スキームを示す化学構造系統図
【図3】ロタキサンのNMRスペクトルを示すグラフ
【図4】ポリロタキサンの合成スキームを示す化学構造系統図
【図5】ロタキサンの電気化学的重合を示すサイクリックボルタモグラム
【図6】ITO(Indium Tin Oxide (酸化インジウム錫))電極上に作成したポリロタキサン膜の写真
【図7】ロタキサンとポリロタキサン膜の紫外・可視吸収スペクトルを示すグラフ
【図8】ポリロタキサン膜のサイクリックボルタモグラム
【発明を実施するための形態】
【0007】
本実施例では電子受容性環状分子として4,4′−ビピリジニウム塩部位を2つ含む環状分子(化1)を用いている。ロタキサンの合成は電子受容性部位の4,4′−ビピリジニウム塩と電子供与性のチオフェンオリゴマーとの間に分子間相互作用があるためにうまくいく。

【化1】

【0008】
本実施例ではπ共役オリゴマーとしてチオフェン誘導体を用いているが、酸化的に重合できるπ共役オリゴマーは多数知られている。酸化重合で合成される導電性高分子として具体的には複素環系π共役オリゴマー(化2)、オリゴフェニレン(化3)、オリゴフルオレン(化4)、オリゴアニリン(化5)、オリゴフェニレンスルフィド(化6)誘導体や、これらを部分的に含む誘導体、混合誘導体が知られている。これらのオリゴマーはチオフェン誘導体と同様に電子供与性であるため、本実施例と同様に、ロタキサンの合成、酸化的重合反応によるポリロタキサンの合成が可能であることは容易に想像できる。また、本実施例ではチオフェン6量体を用いているが、より長いオリゴマーや短いオリゴマーでも同様な結果が得られることは容易に想像できる。

【化2】


【化3】


【化4】


【化5】

【化6】

【0009】
電気化学重合でポリロタキサンを合成するために用いる作用極は導電性のものであれば何でもよい。作用極電圧はロタキサンが酸化されるのに十分な電圧が系に加えられればよく、実際に+1.0V(Saturated Calomel electrode (SCE)参照電極に対して)以上の電圧で膜が形成されることを確認している。ロタキサン溶液の濃度も重合が起きるのに十分な濃度であればよく、5.0×10−5M以上の濃度で膜が形成可能であることを確かめている。これらの条件を変えても同様の結果が得られることは容易に想像できる。

【0010】
化学的酸化によってポリロタキサンを合成するために利用する酸化剤は、ロタキサンのπ共役オリゴマーが酸化されるのに十分な酸化力を有していれば何でもよい。例えばSbCl5, SbF5, NOSbF6, O2SbF6, O2AsF6, NOAsF6, NOBF4, NOClO4, NOPF6, FeCl3, FeBr3, FeI3, Fe(ClO4)3, Fe(BF4)3, Fe(PF6)3, FePO4,Fe(CH3C6H4SO3)3, Fe(CF3SO3)3, MoCl5, RuCl3, CuCl2などが挙げられる。よって酸化剤の種類を変えても同様の結果が得られることは容易に想像できる。

【0011】
<図1に関して>
図1中の(1)は、π共役オリゴマーを表し、(2)は電子受容性部位を含む環状分子を表している。図1中の(3)は、π共役オリゴマーに修飾された側鎖を表し、π共役オリゴマー(1)からの環状分子の脱離を防ぐ役目をしており、環状分子の内径(5オングストローム×11オングストローム)よりも大きければ側鎖の数や形態は問わない。(電気)化学的に酸化重合すると、π共役オリゴマー(1)は導電性高分子(4)となり、ポリロタキサンが得られる。

【実施例1】
【0012】
<ロタキサンの合成>
π共役オリゴマー(表1のチオフェン6量体誘導体)と環状分子前駆体(表1の環状分子前駆体)と環化剤α,α′−ジブロモ−p−キシレン(α,α′-dibromo-p-xylene, 表1の環化剤)を溶媒(表1の溶媒の種類と表1の溶媒量)に溶解し、室温、アルゴン雰囲気下で攪拌(表1の時間)した(図2)。
溶液の極性を下げるために反応溶液に酢酸エチルを30mL加え、直接シリカゲルカラムに流し込んで、一旦ロタキサンをシリカゲル(Silica gel 60N, spherical neutral (関東化学))に吸着させた。未反応原料やロタキサンにならなかった副生成物を除去するために、酢酸エチルを100mL、次にジクロロメタン/メタノール9:1の混合溶媒をシリカゲルカラムから出てくる溶液の色が無色になるまで流し続けた。メタノール/2M塩化アンモニウム水溶液/ニトロメタンの6:3:1溶液でロタキサンをシリカゲルカラムから溶出させた。溶出液をエバポレーターで濃縮した後、ロタキサンを対イオン交換により沈殿させるために、ヘキサフルオロリン酸アンモニウム水溶液(1M)を新たな沈殿が出なくなるまで加えた。減圧濾過により沈殿物を回収した後、減圧乾燥して緑色固体のロタキサン(化7)を得た。合成はNMR(Nuclear Magnetic Resonance(核磁気共鳴))(図3)と高分解能質量分析により確認した。

HNMRの結果(溶媒:CDCN)
δ=1.01(6H),3.41(4H),3.58(4H),3.67(4H),3.76(4H),3.79(4H),4.38(8H),4.48(4H),5.57(2H),5.78(8H),5.89(2H),6.69(2H),6.78(2H),7.79(8H),7.88(8H),8.95(8H)ppm.
13CNMRの結果(溶媒:CDCN)
δ=15.4,65.5,65.6,66.3,66.8,67.5,70.3,71.16,71.22,71.4,101.7,108.1,125.5,126.3,126.5,127.6,131.8,134.4,135.0,136.0,138.0,138.2,140.4,143.0,146.0,148.5ppm
高分解能質量分析の結果
実測値m/z=522.4530[M+PF3+
理論値C787810PS:m/z=522.4561.
【化7】



【表1】



【0013】
<ポリロタキサンの合成1>
上記で得られたロタキサンを電気化学的重合することでポリロタキサンを得た(図4)。支持電解質として(表2の(2)*)を0.1Mを含むアセトニトリル溶液を用いて(表2の(1)*)の濃度のロタキサン溶液を調製した。作用極として透明電極である酸化インジウム錫(ITO)電極を用いた。対極、参照極には白金ワイヤー、飽和キャロメル電極(SCE)を用いた。作用極の電圧を(表2の電圧範囲(V))で表2の掃引速度で往復させると、1回目の酸化ピークは0.8V以上に見られるが、2回目からは0.6V付近に新たな酸化ピークが見られるようになり、電圧の掃引を繰り返すにつれて0.6V付近のピークが大きくなる(図5)。これは電極表面で電解重合が起こり、ロタキサンに含まれるチオフェンが重合していることを意味している。ITO電極上に赤紫色の膜の形成が確認された(図6)。

【化8】



【表2】

【0014】
<ポリロタキサンの合成2>
電気化学重合を行う代わりに酸化剤を外部から加えることでポリロタキサンを合成することもできる。
ロタキサン10mgを0.8mLのアセトニトリルに溶解し、Fe(ClO3)4を7mg加えると、溶液の色が暗い赤紫色から緑色、そして青色に変わる。1時間攪拌した後に反応溶液を50mLのメタノールに滴下し、1時間攪拌した。遠心分離器によってポリロタキサンを沈殿させたのち、デカンテーションによって上澄み溶液を取り除いて減圧乾燥することでポリロタキサンの粉末を得た。
【0015】
<ポリロタキサンフィルムの光学特性>
電気化学重合によりITO基板上に形成させたポリロタキサン膜の光学特性を紫外−可視吸収スペクトル測定装置にてポリロタキサ膜のついたITO基板を光路上に設置することで解析した。ロタキサンが電気化学重合によってポリロタキサンとなることでπ−π*遷移の吸収極大波長が435nmから515〜525nmへシフトしていることを確認した(図7)。π−π*遷移の吸収極大波長の長波長シフトはπ共役の拡張を意味し、π共役オリゴマーが重合してポリマーとなっていることを意味する。得られたポリチオフェンポリロタキサンのπ−π*遷移の吸収極大波長は電気化学重合の条件によらず、515〜525nmの狭い範囲にそろっており、均一な品質の膜が得られていることが分かる。
【0016】
<ポリロタキサンフィルムの電気化学測定>
電気化学重合によりITO基板上に形成させたポリロタキサンフィルムの電気化学的特性をサイクリックボルタンメトリーにより測定した。酸化領域(作用極の電圧が正)にはポリチオフェンに由来する酸化・還元ピークが観測され、還元領域(作用極の電圧が負)には電子受容性環状分子の4,4′−ビピリジニウム塩部位に由来する酸化・還元ピークが観測された(図8)。このことからポリロタキサンフィルムにポリチオフェンと電子受容性環状分子が含まれていることが分かる。

【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開2004-273881
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】Nature Materials1巻 3号, 160-164頁 発行日(online):2002年10月20日 Franco Cacialli, Joanne S. Wilson, Jasper J. Michels, Clement Daniel, Carlos Silva, Richard H. Friend, Nikolai Severin, Paolo Samori, Jurgen P. Rabe, Michael J. O'Connell, Peter N. Taylor, Harry L. Anderson.
【非特許文献2】Chemistry-A European Journal 9巻 24号, 6167-6176頁 発行日:2003年12月15日 Jasper J. Michels, Michael J. O. Connell, Peter N. Taylor, Joanne S. Wilson,Franco Cacialli, Harry L. Anderson.
【非特許文献3】Inorganic Chemistry 38巻 19号, 4203-4210頁 発行日:1999年8月27日 Pierre-Louis Vidal, Bernadette Divisia-Blohorn, Grard Bidan,Jean-Marc Kern, Jean-Pierre Sauvage, Jean-Louis Hazemann.
【非特許文献4】Journal of the American Chemical Society 119巻 51号, 12568-12577頁 発行日:1997年12月24日 S. Sherry Zhu, Timothy M. Swager

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロタキサンが重合されてなる導電性ポリロタキサンであって、その繰り返し単位ごとに電子受容性環状分子が含有されてなることを特徴とする導電性ポリロタキサン。
【請求項2】
請求項1に記載の導電性ポリロタキサンにおいて、前記電子受容性環状分子がπ共役オリゴマー分子と相互作用をもつことを特徴とする導電性ポリロタキサン。
【請求項3】
請求項1に記載の導電性ポリロタキサンにおいて、π共役オリゴマーと電子受容性環状分子からなるロタキサンの重合体であることを特徴とする導電性ポリロタキサン。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−254778(P2010−254778A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−105010(P2009−105010)
【出願日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】