説明

小角X線散乱の測定方法

【課題】 試料を固定しながら、小角X線散乱装置により実現可能な、薄膜状の試料に対する小角X線散乱の測定方法を提供する。
【解決手段】 X線発生装置によりX線を発生し、当該X線発生装置から発生したX線を光学系により所定のX線入射ビームに形成し、当該形成したX線入射ビームを、試料保持部に搭載した測定試料に照射し、当該試料からの小角散乱X線をX線検出器により検出する小角X線散乱の測定方法において、板状の基板表面に薄膜状に形成された当該試料に対し、前記X線入射ビームをその側端面から、当該薄膜状試料の表面に対して負の角度を有する入射角度で入射する小角X線散乱の測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線による小角散乱を利用して種々の物質構造を解析・評価するための小角X線散乱に関し、特に、測定試料によりX線の入射角度を縦又は横方向に可変な縦横小角X線散乱装置により、薄膜状の試料に対する小角X線散乱の測定方法にする。
【背景技術】
【0002】
近年、X線を利用した物質構造を解析・評価は、従来の結晶構造による広角度のX線回折に限られず、液体試料をも含め、例えば、ソフトマテリアルやバイオマテリアル、更には、薄膜状の試料等にも広く利用されてきており、その場合、特に、小角X線線散乱の測定を行なう小角X線散乱装置が利用されることが多くなっている。
【0003】
一般に、かかる小角X線散乱装置では、X線源やスリット又はピンホール、試料、真空X線パス、2次元X線検出器などを水平方向に配置した、所謂、縦型構造が一般的であるが、例えば、以下の特許文献1によれば、特に、液体試料等を対象とする小角X線散乱装置に関し、縦型の構造を備えたものが既に知られている。即ち、装置の底部に設けられたX線源から縦方向のX線は、水平方向に置かれた試料に対して垂直に照射され、当該試料の上方に配置された真空X線パスを通って2次元X線検出器へ至って検出される。
【0004】
なお、小角X線散乱装置とは異なるが、例えば、以下の特許文献2によれば、タンパク質の結晶構造を解析・評価するため、X線透過性の材料から構成された試料ホルダー内に多数の結晶化プレートを形成し、これら結晶化プレート内で生成したタンパク質の結晶に対して上方又は下方からX線を照射してその回折X線を検出するものが既に知られている。ところで、この特許文献1により知られた結晶評価装置では、その試料ホルダーを回転させることなく結晶試料による回折X線の積分強度を求めるため、即ち、球状に分布するタンパク質の結晶からの反射X線に対して複数の断面からピーク強度が得られるように、そのX線照射手段とX線検出手段を、上記の試料ホルダーに対して回転する構成を採用している。
【0005】
また、やはり小角X線散乱装置とは異なるが、例えば、以下の特許文献3によれば、測定対象である大型の単結晶ウェーハの着脱及びセッティング作業を容易にするため、縦方向に、上方位置から順に、X線源、試料(大型の単結晶ウェーハ)、X線照射体(蛍光板)が配置されたラングカメラにおいて、試料及び蛍光板を一体かつ水平に保持しながら、これらを水平方向へ往復直線移動が可能な試料ステージを備えたものが既に知られている。なお、このラングカメラでは、所謂、そのθ回転を可能にするため、その先端部にX線管を含むX線源を備えた回転アームを備えている。
【0006】
【特許文献1】米国特許公開公報2004/0223586号公報
【特許文献2】特開2004−20397号公報
【特許文献3】特開平7−140096号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、本発明が係る小角X線散乱装置では、通常の横型構造に加え、縦型のものも既知ではあるが、しかしながら、上記の特許文献1に知られる縦型構造の小角X線散乱装置によれば、その構造から、液体状の試料に対して垂直にX線を照射して形成される散乱X線による分析(即ち、透過小角X線回折)は可能であるが、しかしながら、例えば、ガラスやカプトンフィルム等の表面に形成された結晶や膜の分析に多く利用される反射小角X線回折やインプレーン小角X線回折と呼ばれる測定を行なうことは出来ない。
【0008】
また、上述した特許文献2により知られる結晶評価装置では、X線照射手段とX線検出手段を試料ホルダーに対して回転する構成を採用しているが、しかしながら、その目的は、球状に分布するタンパク質の結晶を多面的に検出可能にするためであり、本発明が係る小角X線散乱装置により実現可能とする、透過小角X線回折測定、反射小角X線回折測定、インプレーン小角X線回折測定など、複数の小角X線散乱を実現可能とする構成とはなっていない。更に、上記特許文献3により知られるラングカメラも、やはり、複数の小角X線散乱を実現可能とする構成とはなっていなかった。
【0009】
そこで、本発明では、上述した従来技術における問題点に鑑み、即ち、試料を固定しながら、当該試料に対応して、透過小角X線回折、反射小角X線回折、インプレーン小角X線回折などの複数のX線回折測定が可能な小角X線散乱装置により実現可能な、薄膜状の試料に対する小角X線散乱の測定方法を提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するため、本発明によれば、まず、X線発生装置によりX線を発生し、当該X線発生装置から発生したX線を光学系により所定のX線入射ビームに形成し、当該形成したX線入射ビームを、試料保持部に搭載した測定試料に照射し、当該試料からの小角散乱X線をX線検出器により検出する小角X線散乱の測定方法において、板状の基板表面に薄膜状に形成された当該試料に対し、前記X線入射ビームをその側端面から、当該薄膜状試料の表面に対して負の角度を有する入射角度で入射する小角X線散乱の測定方法が提供される。
【0011】
なお、本発明では、上記に記載した小角X線散乱の測定方法において、前記光学系の一部にはCMFミラーを備えており、当該X線発生装置から発生したX線を集光し、かつ、単色化することが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
以上に述べたように、本発明になる小角X線散乱の測定方法によれば、薄膜状の試料に対しても、良好な小角分解能が得られるという優れた効果を発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態になる縦横小角X線散乱装置ついて、添付の図面を参照しながらその詳細を説明する。
【0014】
まず、図1は、以下に説明する小角X線散乱装置の各要素をその上に固定するための固定台である、所謂、ベンチ100の構造を中心として、その一例を示している。このベンチ100は、外形略三角形の一対の回転支持台110、110を備えており、これら支持台の図示しない底辺は、例えば、実験室等の床面に配置・固定される。そして、これら支持台110、110の三角形の頂点付近には、それぞれ、後にも詳細に説明するが、試料保持部120から延びて形成された一対の回転軸121、121の先端が挿入される軸挿入孔111、111が形成されている。
【0015】
一方、このベンチ100は、その上に、以下にその詳細を説明する小角X線散乱装置を構成するの各光学要素を固定するための固定台である板状の部材130、130を備えており、更に、これら板状部材の両側には、板状部材130、130を機械的に支持すると共に、これらを回動可能に支えるための支持枠140、140が取り付けられている。即ち、これら支持枠140、140のそれぞれは、その長手方向の略中央部には略円形の凸状部141、141が形成されており、その中心部には、上記試料保持部120から延びて形成された一対の回転軸121、121が挿入される軸挿入孔142、142が形成されている。これにより、固定台である板状の部材130、130は支持枠140、140と共に、上記試料保持部120の回転支持台110、110(回転軸)を中心として、回動可能になっている。なお、図中の符号143、143は、上記支持枠140、140に取り付けられた強度補強用の梁部であり、また、符号144、144…は、上記支持枠140、140と板状部材130、130とを一体に固定するための、例えば、ボルトとナットなどの固定部材を示している。
【0016】
次に、添付の図2には、上述した試料保持部120の詳細が、断面を含む斜視図で示されている。図からも明らかなように、この試料保持部120は、略円板又は円筒形状の本体部122と、その中央部に上下に移動可能な円筒形状の試料搭載台123とから構成されている。なお、円板又は円筒形状の本体部121の対向する側面からは、上記一対の回転軸121、121が一体に延長して形成されており、かつ、その内周面には螺旋(ネジ)溝が形成されている。一方、試料搭載台123の円筒外周面も螺旋(ネジ)溝が形成されており、これにより、試料搭載台123を回転することにより、試料搭載台123(その上面の搭載面)が本体部121に対して上下に移動・調整可能となっている。また、図からも明らかなように、この試料搭載台123の中央部、即ち、その回転軸に沿って、X線の通過孔124が形成されている。
【0017】
なお、上記図2にも明らかなように、上記本体部121の対向側面から延びた回転軸121、121の先端部には切欠部125、125が形成されており、そのため、これら先端部を上記回転支持台110、110の頂点付近に形成した軸挿入孔111、111に挿入することにより、当該試料保持部120、即ち、その試料保持面(具体的には、試料搭載台123上面の搭載面)を水平に保持することが出来る。
【0018】
しかしながら、上記の試料保持部120は、必ずしも上記図2に示した構造に限られるものではなく、例えば、添付の図3に示す構造のものであってもよい。即ち、この試料保持部120’では、図からも明らかように、その略中央部にX線の通過孔124が形成された矩形板状の下側基台126の両側に腕部127、127が取り付けられ、これらの腕部に上記の回転軸121、121が、それぞれ、固定されている。そして、一方の腕部127(図の右側)には、外形が略「T」字状の上下ステージ128が取り付けられており、このステージ128は、やはり、その略中央部にX線の通過孔124を形成して平行に配置された試料台129を有している。また、このステージは、図示しないが、腕部に形成したスライド溝などによって、上下に移動可能となっており、これにより、試料台の上面が上記回転軸121、121の軸心と一致するように調整することが可能な構造となっている。また、上記試料保持部120’の下側基台126の上面に、例えば、図示の各軸に回転又は移動可能なステージを配置し、反射インプレーンの測定及び試料を置き換えることにより、従来の透過での小角測定も可能となる。
【0019】
ここで、再び、上記図1に戻り、上記にその詳細構造を説明した回動可能なベンチ100には、更に、当該ベンチ100を回動するための回動機構150と、当該ベンチ100の回動角度を検出する検出部RSとが取り付けられている。なお、この例では、更には、添付の図4からも明らかなように、一方の支持枠140の長手方向略中央部に形成した円形凸状部141の外面には、平歯車151が取り付けられており、この平歯車には、例えば、パルスモータPMの回転軸152に取り付けられたウォームギア153が噛み合って取り付けられている。即ち、かかる構成により、パルスモータPMにより回転駆動してベンチ100の角度を自動的に可変可能にする回動機構150を構成している。
【0020】
一方、他方の円形凸状部141には、例えば、回転角度センサーRSを取り付けることにより、当該可動可能なベンチ100の傾斜角度を検出している。かかる構成によれば、この回転角度センサーRSからの回転角度信号を基に、制御部200では上記パルスモータPMを制御するための制御信号を生成し、ドライバ回路210を介して上記パルスモータPMの回転を制御する。そして、当該制御部200に対し、例えば、装置の制御用コンピュータ300等から所望の傾斜角度を入力することにより、自動的に、当該ベンチ100を所望の角度で傾斜することが可能となる。又は、コンピュータ300のディスプレイ上に、検出したベンチ100の傾斜角度を表示することも出来る。
【0021】
更に、添付の図5には、上記図1に一例として示したベンチ100の変形例が示されている。なお、この変形例になるベンチ100も、基本的には、上記図1に示しと同様の構成を有している。しかしながら、図からも明らかなように、この変形例の構造によれば、小角X線散乱装置を構成するの各光学要素を固定するための固定台を1枚の板状部材130’により形成しており。なお、かかる変形に伴い、この板状部材130’の両側に取り付けられる板状部材130、130、その高さが大きくなっており、これにより、上記ベンチ100が回転しても、1枚の板状部材130’が上記の試料保持部120と当接することはない。
【0022】
次に、添付の図6には、上記に詳細構造を説明した回動可能なベンチ100上に取り付けられる小角X線散乱装置の光学要素の概略を、ブロック図で示す。図からも明らかなように、上記ベンチ100上には、図の左側から順に、X線の発生源を含むX線発生装置11、CMFミラー12、例えば、第1スリット13、第2スリット14、第3スリット15から構成された3スリットピンホール光学系16が配置されている。即ち、これにより、上記X線発生装置11からのX線は、上記CMFミラー12やピンホール光学系16によって、所望のX線入射ビームとなって、上記試料保持部120の上に搭載された試料に対して、所望の入射角度で照射することが出来る。そして、当該試料からの小角X線散乱(small angle X-ray scattering)は、上記X線入射ビームと同軸上に配置された真空パス17を通って、二次元のX線検出器18に至り、もって、試料の分析が行なわれる。
【0023】
なお、この図6には、上記ベンチ100を横に、即ち、略水平(傾斜角0度)に設定した状態における本発明の縦横小角X線散乱装置の側面図を示しているが、添付の図7には、このベンチ100を縦に、即ち、略垂直(傾斜角+90度又は傾斜角−90度)に設定した状態における装置の側面図を示している。
【0024】
即ち、図7(a)には、ベンチ100を回転して略垂直(傾斜角+90度)に直立させた状態、即ち、X線発生装置11が上方に位置するように設定した状態における装置の側面図を示している。なお、この図では、外形略三角形の上記支持台110は、破線で示されている。但し、試料の小角散乱X線による分析動作は、試料によって小角散乱されたX線は、上記試料保持部120の試料搭載台123の中央(回転軸に沿って)に開口されたX線通過孔124を通過することを除いて、上記図6と同様である。また、図7(b)には、ベンチ100を反対方向に回転して略垂直(傾斜角−90度)に直立させた状態、即ち、X線発生装置11が下方に位置するように設定した状態を示している。また、ここで図示しないが、上記X線検出器18をスライド機構の上に取り付け、もって、X線入射ビームの前後方向に移動可能とすることも可能である。
【0025】
次に、上記のように、その傾斜角を略水平に(傾斜角=略0度)又は略垂直(傾斜角=±略90度)に設定可能なベンチ100の固定台である板状部材130の上面に取り付けられる、小角X線散乱装置を構成する光学要素について、更に、その詳細構造を添付の図8を参照しながら説明する。まず、図のX線発生装置11は、X線管位置調整用の4軸ステージ11−1であり、このステージは、手動操作により、X軸方向(左右)、Y軸方向(前後)、Z軸方向(上下)、θ軸方向(X線源を中心に水平方向に回転)に移動調整することが出来、その上部にX線管11を取り付けて構成されている。また、CMFミラー12も、X線と水平方向の傾き調整機構を備えたCMFミラー固定支柱12−1の上に取り付けられている。また、上記第1スリット13、第2スリット14、第3スリット15は、それぞれ、Y軸方向(前後)及びZ軸方向(上下)の調整機構を備えたスリット固定支柱13−1、14−1、15−1の上に取り付けられた真空のスリットボックス13−2、14−2、15−2の内部に配置されており、更に、これらボックスの間には、その内部に真空パスを形成する管16−1が取り付けられている。即ち、これにより、X線入射側の真空パスを形成している。
【0026】
一方、検出器側の上記真空パス17も、固定用の支柱17−1の上に固定されており、その出射側(図の右側)には、ダイレクトビームストッパーボックス17−2を介して、上記二次元のX線検出器18が取り付けられている。なお、この検出器18も、同様に、固定用の支柱18−1の上に取り付けられている。
【0027】
続いて、上記にその構造を説明した本発明になる縦横小角X線散乱装置を用いた測定方法について、以下に、具体的に説明する。
(1)透過小角による測定
これは、図9に示すように、縦横小角X線散乱装置を縦に、即ち、ベンチ100を(傾斜角=略±90度)に設定して(上記図7(a)及び図7(b)を参照)、試料Sからの小角X線散乱を測定する方法である。特に、液体試料に対して有効であり、試料Sの上方から垂直にX線入射ビームを照射して、試料からの小角X線散乱を測定する。
【0028】
なお、図9(a)には、通常の小角での透過法による測定方法を、また、図9(b)及び(c)には、特に、本発明になる縦横小角X線散乱装置を用いることにより可能になる測定方法を示す。まず、透過の小角測定において、膜の間隔(厚さ)が大きい場合には、小角領域に回折線が観察されるが(これは、比較的厚い膜内では、以下の角度θだけ傾斜した膜が存在することによる)、しかしながら、膜厚が原子レベルの精度で製作された薄膜では、試料Sに垂直にX線を入射すると、回折ピークが観測されない。そこで、この回折ピークを観測するため、本発明のように入射角を変える機構を持った小角X線散乱装置を用いることにより、試料の回折面法線を満足する角度でX線を入射することが可能になる。
【0029】
例えば、膜の間隔(厚さ)をd(nm)、入射X線の波長をλ(nm)とすると、回折角度θは、Braggの式から、以下の式で計算できる。
2dsinθ=λ
ここでθは入射X線と回折線がなす角度の半分の角度であり。より具体的には、特に、図9(b)に示すように、上記のベンチ100を垂直(傾斜角=略+90度)に設定し、更に、必要に応じ、本発明の入射角を変える機構を利用して、その傾斜角度を、例えば、±0度〜3度程度変更することにより、上述した基板上の薄膜試料等について、有効な測定が可能となる。
【0030】
(2)反射小角による測定
図10に示すように、縦横小角X線散乱装置をほぼ横に、即ち、ベンチ100を略水平に設定して(上記図6を参照)、試料Sに対して微小な入射角度(傾斜角0度〜±3度)でX線ビームを照射して、その反射した小角X線の位置を検出する測定方法であり、特に、基板上の薄膜試料の分析等に有効な測定方法である。なお、この測定では、上記試料保持部120における上下に移動可能な試料搭載台123を調整することにより、試料Sの表面位置がX線ビームの高さになるようにすることが出来る。
【0031】
(3)インプレーン小角による測定
図11(a)及び図11(b)に示すように、縦横小角X線散乱装置をほぼ横に、即ち、ベンチ100を略水平に設定して(上記図6を参照)、試料Sに対して微小な入射角度(傾斜角0度〜±3度)でX線ビームを照射して、その反射した小角X線の位置を検出する測定方法であり、やはり、基板上の薄膜試料の分析等に有効な測定方法である。特に、上記(2)の反射小角で測定することの出来ない、例えば、2θ=0.5度以下(q=4πsinθ/λ=0.356nm)の薄膜の小角測定に有効である。なお、この測定でも、上記上下に移動可能な試料搭載台123を調整することにより、試料Sの表面位置がX線ビームの高さになるようにすることが出来る。なお、ここで、上記の図11(a)は側面図、そして、図11(b)は、その上面図である。
【0032】
なお、ここでは、更に、上述した縦横小角X線散乱装置により実現可能な、本発明になる、薄膜状の試料に対する小角X線散乱の測定方法について、以下に詳細に説明する。
【0033】
上述したように、薄膜試料の小角X線散乱を測定する方法は、既に知られている(例えば、“Characterization of Polymer Thin Films with Small-Angle X-ray Scattering under Grazing Incidence (GISAXS)”,SYNCHROTRON RADIATION NEWS, Vol.15, No.5, 2002, pp35-42)。しかしながら、かかる方法では、基本的には入射X線の反射小角を測定することによることから、その入射角度が、特に、0.4°以下になると、試料内を通過するX線のパスが長くなり、試料内での散乱反射X線が弱く、その測定が出来なくなる場合がある。これについて、以下、添付の図15(a)及び15(b)を参照しながら説明する。
【0034】
なお、この図に示す例では、板状の基板STの表面に薄膜状の試料Sを形成し、入射角を「α」とすると、入射側のパスL1と反射側のパスL2は、以下のようになる。なお、試料の厚さ(t=1μm=0.001mm)とし、CuKα線を使用する。
L1=L2=t/sinα(mm)
【0035】
例えば、上記入射角度が0.5°の場合、L1=L2=0.001/sin0.5=0.11(mm)となる。なお、この値は、CuKα線が透過する高分子材料の最適の厚さ(1mm前後)の約1/10となる。即ち、入射角度αが大きい場合には、試料S内で発生した散乱線が試料S内を通過する距離が短くなるが、他方、この入射角度αが小さい場合には、散乱線が試料S内を通過する距離が長くなって弱くなり、その結果、測定が出来なくなる。
【0036】
更に、試料からの散乱体積を考慮すると、入射角度αを小さくすれば良いが、しかしながら、入射X線の試料表面での全反射が大きくなると同時に、更には、散乱線が試料内で吸収される量が多くなり、インプレーン方向での散乱強度が低下することとなる。他方、この入射角度αを大きくすれば、試料の散乱体積が小さくなってしまい、やはり、散乱強度が弱くなる原因となる。従って、発明者等による種々の実験の結果によれば、上記の小角X線散乱の測定方法では、限界があり、特に、2θ=0.4°以下での測定は困難であった。
【0037】
そこで、本発明では、上記の図11(a)及び11(b)、更には、以下の図12(a)〜12(c)にも示すように、薄膜状の試料Sに対して照射されるX線を、その表面に対して負の角度を有する入射角度(−α)で入射する小角X線散乱の測定方法が提案される。なお、このことによれば、図13(b)や13(c)からも明らかなように、X線を上記薄膜状の試料Sの側端面から照射する。その結果、入射X線が試料S内を通過する距離Lは、試料の厚さ「t」と上記入射角度(−α)だけにより、以下のように、簡単に得られる。
L=t/sinα
そのため、散乱強度が一番強いμ・L=1を満たす透過距離Lを簡単に設定することが出来る(ここで、「μ」は、膜材の線吸収係数)。換言すれば、最適な透過距離Lと試料の膜厚「t」とにより、間単に、入射角度(−α)を設定することが可能となる。
【0038】
なお、上記の図からも明らかなように、本発明の小角X線散乱の測定方法によれば、従来の小角X線散乱の測定方法とは異なり、薄膜状の試料Sをその上面に形成した基板ST表面での反射を伴うことがなく、かつ、入射角度を小さくした場合の全反射による悪影響を受けることなく、良好な小角分解能が得られこととなる。例えば、以下のように、従来の測定方法では不可能であった、2θ=0.4°以下(但し、2θ=0.1°まで)の測定が可能であった。
<例1> 入射角度の計算
試料厚さ:t=0.001mm
透過距離:L=1mm
入射角度:α=sin−1(t/L)=0.057°
【0039】
更に、以上に詳述した本発明の小角X線散乱の測定方法では、上述したように、薄膜状の試料Sの側端面からX線を照射するが、その場合、当該試料の近傍において強度の強い、かつ、細い入射X線を得る必要がある。そこで、以下には、かかる入射X線を得るための光学系について、添付の図13(a)及び13(b)を参照しながら詳細に説明する。
【0040】
まず、図13(a)には、以下にも詳細に説明するが、傾斜(graded)面間隔の人工多層膜X線光学素子である、所謂、CMFミラー12を利用した小角X線散乱装置の全体構成が、その光学系を中心に示されている。即ち、この光学系では、X線源11から発生した発散X線ビームを、例えば、上記CMFミラー12により集光し、単色化する。なお、このCMFミラーは、例えば、米国特許第6,249,566号や特開2001−356197号公報などにも開示されるように、マルチレイヤー(人工多層膜)のX線ミラーを2個、互いに、側縁を接して直角に配置して構成された複合モノクロメータであり、所定の角度で傾斜して配置される(例えば、米国Osmic社製のConfocal Max-Flux)。更に、3つのスリット13、14、15(図6を参照)により入射X線を更に細くすることにより、最適な小分解能を、選択的に得ることを可能にするものである。なお、図13(b)には、上記の光学系において、特に、スリットS1とS2により得られる入射X線の発散角度の一例が示されており、これによれば、発散角度は、以下のようにして得られる。
発散角度=tan−1{(S1+S2)/(2×L2)}
ここで、「S1」は、第1のスリット13のピンホール径、「S2」は、第2のスリット14のピンホール径を、そして、「L2」は、第1のスリット13と第2のスリット14との間の距離を、それぞれ、示している。
【0041】
<例2>
例えば、L2=470mm、S1=0.2mm、S2=0.1mmの場合には、得られる発散角は、略0.02°となる。
【0042】
即ち、以上に詳述した本発明の小角X線散乱の測定方法では、特に、クリスタルモノクロメータであるCMFミラー200を利用することにより、当該試料の近傍において強度の強い、かつ、細い入射X線が得られることから、特に、薄膜状の試料の小角X線散乱による良好な測定が可能になる。
【0043】
上記各種の測定方法に加えて、上記縦横小角X線散乱装置によれば、例えば、図14に示すような調整方法にも利用することが出来る。即ち、上記(2)反射小角による測定や(3)インプレーン小角による測定の際、X線ビームが半割位置になるように試料Sの上下方向の位置を調整することであり、なお、この半割位置とは、試料Sで入射X線ビームを遮り、その入射X線ビームの強度(検出器の出力)が半分となる位置を意味するものである。上記縦横小角X線散乱装置では、ベンチ100を横に、即ち、試料Sの表面に対して水平に設定して(上記図6を参照)入射X線ビームを照射し、上記上下に移動可能な試料搭載台123を調整することによって、試料を半割位置にセットすることが出来る。
【0044】
以上に詳述したように、本特許になる縦横小角X線散乱装置によれば、従来は試料を水平から垂直に取り付け直さ(付け替え)なければ測定できなかった透過小角測定と、反射及びインプレーン測定を、光学系を横及び縦方向に自由に調整することが出来ることから、試料の付け替え作業を伴うことなく簡単な作業で実施することが可能となる。また、特に、溶液試料を測定する場合にも、試料を固定したままで、試料を中心に測定系を回転することが可能であり、即ち、液体試料は試料台上に保持されたままであることから、試料を攪拌することなく、試料への入射角度を変えて測定することが出来ることから好適である。更には、光学系を横にして調整することも出来ることから、光学系の調整も簡単に行なうことが出来る。加えて、特に、薄膜状の試料Sに対しては、その側端面からX線を入射することによって、かかる薄膜状の試料に対しても、良好な小角分解能が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の一実施の形態になる縦横小角X線散乱装置の、特に回動可能なベンチの構造を中心として、その全体構成の一例を示す展開斜視図である。
【図2】上記縦横小角X線散乱装置の回動可能なベンチにおける試料保持部の詳細構造を示す一部断面を含む斜視図である。
【図3】上記縦横小角X線散乱装置における試料保持部の変形例を示す一部拡大斜視図である。
【図4】上記縦横小角X線散乱装置における回動機構の詳細構造を示す一部拡大斜視図である。
【図5】上記縦横小角X線散乱装置におけるベンチの他の変形例を示す展開斜視図である。
【図6】上記縦横小角X線散乱装置を構成する、回動可能なベンチ上に取り付けられる各要素を示し、特に、ベンチを横に設定した状態を示す側面図である。
【図7】上記縦横小角X線散乱装置において、上記ベンチを縦に設定した状態を示す側面図である。
【図8】上記縦横小角X線散乱装置を構成するベンチ上に配置される光学要素その詳細構造を示す側面図である。
【図9】上記縦横小角X線散乱装置により透過小角による測定を行なう原理を説明する図である。
【図10】上記縦横小角X線散乱装置により反射小角による測定を行なう原理を説明する図である。
【図11】上記縦横小角X線散乱装置によりインプレーン小角による測定を行なう原理を説明する図である。
【図12】本発明になる小角X線散乱を測定する方法の原理を説明するための説明図である。
【図13】上記本発明になる小角X線散乱を測定する方法に好適な光学系の一例を示す図である。
【図14】上記縦横小角X線散乱装置により調整(半割位置)を行なう原理を説明する図である。
【図15】従来の小角X線散乱を測定する方法における問題点を説明するための図である。
【符号の説明】
【0046】
11…X線発生装置
12…CMFミラー
13…第1スリット
14…第2スリット
15…第3スリット
16…3スリットピンホール光学系
17…真空パス
18…X線検出器
100…ベンチ
110…回転支持台
111…軸挿入孔
120…試料保持部
121…回転軸
122…本体部
123…試料搭載台
124…X線の通過孔
125…切欠部
130…板状部材
140…支持枠
141…円形凸状部
142…軸挿入孔
S…試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線発生装置によりX線を発生し、当該X線発生装置から発生したX線を光学系により所定のX線入射ビームに形成し、当該形成したX線入射ビームを、試料保持部に搭載した測定試料に照射し、当該試料からの小角散乱X線をX線検出器により検出する小角X線散乱の測定方法において、板状の基板表面に薄膜状に形成された当該試料に対し、前記X線入射ビームをその側端面から、当該薄膜状試料の表面に対して負の角度を有する入射角度で入射することを特徴とする小角X線散乱の測定方法。
【請求項2】
前記請求項1に記載した小角X線散乱の測定方法において、前記光学系の一部にはCMFミラーを備えており、当該X線発生装置から発生したX線を集光し、かつ、単色化することを特徴とする小角X線散乱の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2008−157968(P2008−157968A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−62724(P2008−62724)
【出願日】平成20年3月12日(2008.3.12)
【分割の表示】特願2007−533127(P2007−533127)の分割
【原出願日】平成18年7月4日(2006.7.4)
【出願人】(000250339)株式会社リガク (206)
【Fターム(参考)】