説明

巻線絶縁の劣化診断方法及び巻線絶縁の劣化診断装置

【課題】回転電機の一種である電動機における巻線絶縁の劣化診断方法及び巻線絶縁の劣化診断装置に関し、特にキャンドモータポンプにおける巻線絶縁の劣化診断方法及び巻線絶縁の劣化診断装置を提供する。
【解決手段】劣化診断装置10は、電動機14のステータ15について劣化診断を行うことから、被測定対象の電動機14単体で測定を行う。劣化診断装置10は、電動機外筒28のステータ15近傍に配置された振動センサ5と、振動センサ5の信号を増幅する振動計アンプ6と、振動計アンプ6からの信号を周波数分析するFFTアナライザ7と、経過年数とともに劣化情報を記憶する劣化情報DBと、さまざま情報を表示する表示器8と、電磁振動を発生させる電源4と、これらを制御する制御装置2とを有している。なお、制御装置2はネットワーク9を介して他のコンピュータとの通信が可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転電機における巻線絶縁の劣化診断方法及び劣化診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
回転電機の一種である低電圧の電動機は、工場設備のさまざまな場所で10年〜30年にわたり長期間使用される。例えば、化学プラント工場の産業機械に用いられる電動機では、一旦絶縁劣化等による故障が発生すると、当該機器の復旧に要する時間と費用以外にプラント停止等、社会的に莫大な損失が発生することがある。このため、従来からこの故障を未然に防ぐための絶縁劣化診断の開発が行われている。
【0003】
特に、キャンドモータポンプは、遠心ポンプを駆動する電動機のステータ部の内部及びロータ部の外部をキャンで覆い、その間を取扱い液で満たすことで、ポンプの回転部分は取扱い液中となり、回転部分のシールが不要となる。しかし、ステータは、キャン・電動機外筒・エンドプレートで密封されていることから、ステータの巻線交換には密封された電動機の分解等が伴う。これらの作業は、多大な費用と工数を要するため、巻線の寿命を適切に判断する必要がある。
【0004】
従来より、このような電動機の劣化診断方法として、目視点検、電気的診断、機械的診断及び定期的な巻線の絶縁抵抗診断による傾向管理が行われている。しかし、このような傾向管理が行われている管理下において、突発的な巻線に係る電気故障が発生した場合、電気故障が発生した電動機を分解して巻線の状態を観察しても、ショートによる損傷部以外では、汚損、亀裂、緩み等は発見されないため、従来の診断方法では、絶縁物の電気的な劣化の兆候を把握することは困難であった。
【0005】
これに対し、大容量のターボポンプを駆動する高電圧電動機においては、精密絶縁診断方法、交流電圧電流特性診断方法、部分放電診断方法等の複数の診断方法を総合して劣化診断を行う手法が開発され、一応の成果が出ている。
【0006】
しかし、低電圧電動機では高電圧電動機のような劣化診断方法が確立されていないのが現状である。このような問題を解決するために、特許文献1には、巻線絶縁抵抗値の加湿特性を把握して行う%Mg−m値管理手法を改良した技術が開示されている。前記特許文献1においては、交流の低電圧電動機の巻線に対して、多数の試験電動機群から試験データを測定して加湿特性のデータベースを構築し、このデータベースから、湿度依存性(m値)及び絶縁抵抗値(%Mg値)と、経年劣化と、の関係を用いて巻線の劣化度合いを診断することが示されている。
【0007】
特許文献2には、巻線を大電流サージにより直接的又は間接的に加振し、その振動ピーク値、周波数及び波形減衰率から巻線の緩みを検出する方法が開示されている。さらに、特許文献3には、ハンマリングや加振器等の機械的外力により巻線を振動させ、このときの加速度と固有値振動を測定し、両パラメータから得られる巻線絶縁特有の特性から劣化を診断する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−162481号公報
【特許文献2】特公昭58−26261号公報
【特許文献3】特公平1−26500号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に記載されている技術は、劣化診断を行うに際して、この交流電動機に対する破壊試験用の複数のサンプル群を準備し、このサンプル群における各電動機を、従来の測定条件より湿度の高い高湿度雰囲気を上側の測定ポイントとして、絶縁抵抗を高湿度と低湿度との2つのポイントで測定することにより湿度依存性(m値)を算出し、絶縁抵抗値(%Mg値)と、湿度依存性(m値)と、の関係を用いて巻線の劣化度合いを診断するものである。
【0010】
しかし、キャンドモータポンプでは、巻線はキャン・電動機外筒・エンドプレートで密閉されており、湿度変化が発生しにくい状況であるため、上述した技術を用いることは難しい。また、特許文献2に記載されている技術では、絶対評価のためには電動機の種類や巻線の仕様毎に予め基礎データを求めておく必要があるが、本発明者の知見によると、特に三相誘導電動機の診断においては、膨大な量の基礎実験が必要であるため、運用が困難であった。さらに、特許文献3における巻線部分が密閉されているキャンドモータポンプのような回転電機では、巻線に直接触れることができないため、介在する部品により理論上の特性が得られず、利用が困難であった。
【0011】
そこで、本発明は、巻線絶縁の劣化診断方法及び巻線絶縁の劣化診断装置に関し、特にキャンドモータポンプ等の低電圧の電動機における巻線絶縁の劣化診断方法及び巻線絶縁の劣化診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
以上のような目的を達成するために、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断方法は、巻線絶縁を有する電気機器の巻線絶縁の劣化診断方法において、巻線に交流電圧を印加して通電し、加振力を発生させるとともに、巻線絶縁の劣化に伴って増加する振動を検出し、通電量と振動値との関係から巻線絶縁の劣化を判定することを特徴とする。ここで、振動値は振幅値、速度値及び加速度値を含む概念である。
【0013】
また、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断方法において、巻線絶縁を有する電気機器がステータとロータとを含む回転電機であり、被診断対象である巻線を有するステータ又はロータを分離して診断することを特徴とする。
【0014】
また、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断方法において、巻線に予め設定された交流電圧を印加することにより、定格値を超える電流を巻線に通電させることを特徴とする。
【0015】
また、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断方法において、巻線に予め設定された交流電圧を印加することにより、巻線の磁界により鉄心を過励磁し、定格値を超える電流を巻線に通電させることを特徴とする。
【0016】
また、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断方法において、巻線に印加した交流電圧の周波数のn倍(nは自然数)、すなわち巻線に印加した交流電圧のn倍周波数(nは自然数)における振動を検出することを特徴とする。
【0017】
また、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断方法において、通電量と振動値との関係から絶縁物の劣化を判定することが、通電量に対する振動の絶対値若しくは通電量の変化に対する振動の変化から、又は通電量に対する振動の絶対値及び通電量の変化に対する振動の変化の両パラメータから判定すること、であることを特徴とする。
【0018】
また、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断方法において、巻線が、回転電機の巻線であり、好ましくは巻線に印加した交流電圧の2倍周波数における振動を検出すること、を特徴とする。
【0019】
また、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断方法において、回転電機は、キャンドモータポンプ用の電動機であることを特徴とする。
【0020】
さらに、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断装置は、巻線絶縁を有する電気機器の巻線絶縁の劣化診断装置において、定格値を超える電流を供給するために交流電圧を回転電機の巻線に印加する電源供給手段と、交流電圧の印加により発生する電磁振動を振動センサにより検出する振動検出手段と、振動センサによって検出された信号を周波数分析して交流電圧のn倍周波数(nは自然数)の振動値を求める周波数分析手段と、周波数分析手段により求められたn倍周波数(nは自然数)の振動値が予め記憶された同年代経過品のしきい値より大きい場合には、巻線被覆の結合劣化に伴う絶縁劣化を診断する診断手段と、を有することを特徴とする。
【0021】
また、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断装置において、電源供給手段は、予め設定された印加電圧で定格値を超える電流を回転電機の巻線に供給することを特徴とする。
【0022】
また、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断装置において、周波数分析手段は、交流電圧の周波数を基準として、好ましくは2倍周波数における振動値を求めることを特徴とする。
【0023】
また、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断装置において、電磁振動を検出する振動センサは、回転電機のステータコア外周部又は内周部に配置し、軸方向をZ方向として、回転電機の断面方向のX方向、Y方向及びZ方向のうち少なくとも1方向の振動を検出することを特徴とする。
【0024】
また、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断装置において、振動検出手段により検出された複数の信号のうち最も大きい振動値、又は合成された振動値のいずれかと予め記憶されたしきい値とを比較することを特徴とする。
【0025】
また、本発明に係る巻線絶縁の劣化診断装置において、回転電機はポンプを駆動するキャンドモータポンプ用の電動機であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係る巻線絶縁の劣化診断方法及び巻線絶縁の劣化診断装置は、定期点検時にステータの電磁振動を測定するとともに、そのデータを蓄積することで経年変化を読み取ることが可能となる。また、そのデータが徐々に増加傾向にあるならば、コイルを固定しているワニス等の固着が低下していると考えられ、電動機の絶縁状態が悪化していると判断できる。したがって、定期的にデータを取得することにより、電動機の健全性を把握し、予防保全に役立たせることができる。さらに、計画的な保全が可能となり、化学プラント工場への影響も小さくすることができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施形態に係る劣化診断装置の全体構成を示す構成図である。
【図2】本実施形態の劣化診断装置で診断するキャンドモータポンプの構造を説明する説明図である。
【図3】本実施形態の電磁振動を測定する位置と振動レベルの関係を説明する説明図である。
【図4】本実施形態の劣化診断装置で診断する電磁振動の発生要因となる絶縁層の劣化の進行を説明する説明図である。
【図5】本実施形態の劣化診断装置で測定した電磁振動の振幅を説明する説明図である。
【図6】本実施形態の劣化診断装置で測定した振幅値と定格電流の倍率との関係を説明する説明図である。
【図7】本実施形態の劣化診断装置の処理の流れを示すフローチャート図である。
【図8】本実施形態の劣化診断方法を適用した機器の劣化状態の一例を説明する説明図である。
【図9】図6の説明図で求めた機器の劣化状態の一例に基づく、劣化判定曲線である。
【図10】本実施形態の劣化診断装置で測定した電磁振動の速度を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を実施するための最良の形態(以下、実施形態という)を、図面に従って説明する。
【0029】
図2は、劣化診断装置で診断するキャンドモータポンプ1の構造を示している。キャンドモータポンプ1は、ポンプ部12と電動機14とが一体として形成され、電動機はスタンド42と三相交流を入力する端子部11とを有している。なお、本キャンドモータポンプ1は、例えば、三相交流440V,60Hzのかご型誘導電動機を内蔵するキャンドモータポンプを用いている。
【0030】
ポンプ部12は、取扱い流体に速度を与えるインペラ16と、これを納めるケーシング18とを含む。電動機14は、円筒形状のステータ15と、このステータ15の内側に配置されているロータ22を有している。ロータ22は、シャフト24に固定され、このシャフト24はポンプ部12まで伸び、そこにインペラ16が固定されている。キャン26は、ステータ15とロータ22の間を仕切るように配置されており、ステータ15の外側は電動機外筒28で覆われている。キャン26と電動機外筒28の両端は、円環状のエンドプレート31,32にて固定されている。これにより、巻線23と鉄心20を有するステータ15は、キャン26と、電動機外筒28により外部から密閉された構造となっている。
【0031】
また、ポンプ側のエンドプレート31は、ケーシング18に固定された接続プレート34に固定される。反対側のエンドプレート32には軸受けホルダ36が固定され、キャン26と、二つのエンドプレート31,32と、軸受けホルダ36にて、ロータ22が配置されたキャン26の内側の空間が密閉されるとともに、ポンプ部12と連通されている。シャフト24は、接続プレート34及び軸受けホルダ36にそれぞれ固定された軸受け38,40に支持されている。
【0032】
図2に示すキャンドモータポンプ1の巻線に通電すると、ロータ22の回転に伴う振動と、巻線の電磁力による振動が発生する。キャンドモータポンプ1の製作時には、これらの振動に対する対策は十分になされているため問題となることはないが、経年変化により巻線被覆の絶縁物に剥離やボイドが発生して絶縁性能が低下するとともに、その機械的強度が低下することで巻線の振動が増加することが知られている。そこで、本実施形態では、劣化診断装置を用いて、絶縁物の劣化に伴って増加する電磁振動を検出し、その加振力を発生させる通電量と振動量とに基づいて巻線劣化を診断するものである。
【0033】
図1は、劣化診断装置の全体構成を示している。本実施形態では、電動機14(ロータ22を除く)のステータ15について劣化診断を行うことから、被測定対象の電動機14と劣化診断装置10とを使用した。劣化診断装置10は、電動機外筒28のステータ15近傍に配置された振動センサ5と、振動センサ5の信号を増幅する振動計アンプ6と、振動計アンプ6からの信号を周波数分析するFFTアナライザ7と、経過年数とともに劣化情報を記憶する劣化情報DBと、さまざま情報を表示する表示器8と、電磁振動を発生させる電源4と、これらを制御する制御装置2とを有している。なお、制御装置2はネットワーク9を介して他のコンピュータとの通信が可能である。
【0034】
本実施形態のように、かご型ロータ又は巻線型ロータを有する誘導電動機の診断においては、二次巻線となるロータを取り外し、被診断対象であるステータの一次巻線に単独で電圧を印加するとよい。これは、ロータを挿入した状態で交流電圧を印加すると、ロータが回転することで発生する振動レベル、及びロータとステータ相互間に働く電磁力により発生する振動レベルを含むことになり、巻線自体の緩みによる振動を測定しにくいためである。
【0035】
また、ロータを挿入した状態で、ステータ一次巻線に定格値を超える大電流を通電するためには、負荷率を強制的に上昇させることが一般に必要であり、負荷率を増減することのできる専用装置が必要となる。これに対し、本実施形態のようにロータを取り外せば、ステータ一次巻線に電圧を印加することで定格値を超える大電流を、定格値以内の印加電圧で通電することが可能となる。これは、ステータ一次巻線への電圧印加により発生する磁束に、本来は鎖交する目的を担う二次巻線を無くすことで発生する現象と考えられる。また、作用により、鉄心の磁気飽和状態を容易に形成し、磁束による加振影響を一定に抑えることができると考えられる。
【0036】
本実施形態では、ステータ一次巻線に電圧を印加した時の巻線の通電量と、巻線に働く加振力との間に相関関係を得ることで、ある通電量における振動振幅値を求め、この振幅値の経年変化を予め記憶し、記憶したデータと、実際に測定したデータとの比較により巻線絶縁の劣化を診断可能である。
【0037】
図3は、電磁振動を測定する位置と振動レベルとの関係を示している。本実施形態では、振動センサ5の振動測定方向はシャフトが伸びる方向(軸方向)をZ方向とし、X方向,Y方向及びZ方向の振動を3軸加速度センサである振動センサ5で測定した。図中上段は、電動機14(ロータ22を除く)の上半分を示し、図中下段は、測定位置における複数方向の振動レベルのうち最大値をプロットしたグラフである。なお、本実施形態に限定するものではなく、X方向,Y方向及びZ方向の振動をそれぞれ単独で測定してもよく、また、前記各方向の振動を組み合わせて測定してもよい。
【0038】
被測定対象の電動機14(ロータ22を除く)は、使用年月が明らかなキャンドモータポンプの電動機を使用した。振動測定において、最初に60Hz交流電圧を端子部に印加し、電動機外筒28に沿って振動センサ5を移動させながら測定したところ、図3に示すように鉄心20近傍の測定位置における振動レベルが大きいことが分かった。なお、本実施形態では振動センサ5を電動機14(ロータ22を除く)の外周部に配置したが、電動機の内周部に配置してもよく、また、振動レベルの最大値以外に、X,Y,Z方向の振動レベルを合成してもよい。
【0039】
絶縁抵抗の低下は、ワニス等の有機絶縁材料が熱の影響や経年劣化により進行する。ワニスの劣化が進行すると、ひび割れや微小な空洞であるボイド及び小さな剥離により、巻線を固定するという本来の機能が損なわれ、電磁振動等から巻線同士の接触による絶縁層の損傷が発生する。さらに、このような状態が継続すると、最終的には絶縁破壊に至り、電動機は焼損する。そこで、本発明の特徴的な事項の一つは、絶縁抵抗の劣化を直接診断するのではなく、絶縁抵抗劣化の要因となる電磁振動の振動レベルの上昇に着目し、同年代経過品の振動レベルを効率良く収集可能な構成としたことである。
【0040】
図4は巻線の表面に形成されている絶縁層の劣化の進行を示し、図中左から、(A)初期状態、(B)劣化進行状態及び(C)末期状態の拡大図を示している。(A)初期状態では導体、導体被覆、ワニス及び絶縁材料において微小な空洞(気孔)であるボイド又は剥離は発生していない。電磁力による繰り返し疲労、ロータやポンプの回転による機械的振動、ヒートサイクルによる熱的劣化及び絶縁材料の吸湿等の各種ストレスの蓄積により、(B)劣化進行状態となり、ワニスにおいて小さなボイドやひび割れが発生する。さらに、各種ストレスにより劣化が進行して(C)末期状態では、ボイドの拡大や大きな剥離が発生することで巻線を固定する機能が損なわれ、絶縁低下、漏れ電流増加、放電電荷増大等の状況に陥ることになる。
【0041】
図5は劣化診断装置で測定した電磁振動の振幅を示し、横軸に周波数(Hz)と縦軸に振幅値(μm)とを示している。電動機に60Hzの交流電圧を印加したところ、交流電圧の周波数fのn倍(nは自然数)にピークが現れ、特に2fの値が高い振幅値を示すことが分かった。また、図10は劣化診断装置で測定した電磁振動を振幅値(μm)ではなく、速度値(mm/s)で示したものである。電磁振動を速度で測定することにより、振幅値に比べて各n倍周波数における測定感度が増加することにより精密な測定が可能になる。これは、測定対象である巻線の振動が約10Hzから約1kHzでは、振幅よりも速度による測定の方が、感度が高いことによるものである。なお、図5,図10に示す電磁振動は、電動機にロータを挿入しない状態で測定している。これは、ロータを挿入した状態で交流電圧を印加すると、ロータが回転し、ロータに接続されたポンプ等の振動レベルも含むことになり、巻線自体の緩みによる振動を測定しにくいためである。
【0042】
図6は劣化診断装置で測定した複数経過品の振幅値と定格電流の倍率との関係を示し、横軸に定格電流の倍率と縦軸に交流電圧の2倍周波数における振幅値とを示している。定格電流は、電動機の抵抗値が一定であることから、交流電圧を調整することで定格電流の50%〜300%を通電している。なお、電流が小さすぎると振幅値が小さく、電流が大きすぎると電動機が焼損するおそれがあることから、定格電流の200%程度とすれば振幅値と発熱のバランスが取れるため好適である。
【0043】
図8は、実際に工場で使用した11台のキャンドモータポンプの調査結果を示している。図8の表において、左から機器を識別する番号、電動機容量、使用年数、巻線絶縁の異常の有無、耐熱クラス、振動振幅値(μm)と電流値(%)をy軸とx軸にとり、数値化(y=a・e^b・x)した振動振幅の絶対値a、振動振幅の変化率bを示している。
【0044】
図8の表において、11番のキャンドモータは新品であり、10番は14年経過品、8番及び9番は19年経過品であり、7番は21年経過品である。なお、これらの巻線絶縁の状態は良好であった。また、図8の表において、2番、4番及び5番のキャンドモータは約20年経過品であり、1番、3番及び6番のキャンドモータは約30年経過品である。なお、これらの巻線絶縁には異常が認められた。
【0045】
図6には、15年以下の経過品、20年経過品及び30年経過品の合計11台のキャンドモータポンプを測定した平均値を示している。通電量に対する振動の絶対値は、図6に示したように2番及び4番の19年経過品と21年経過品では異常なほど高い振幅値を示し、経年品の平均的な振幅値の2倍から3倍を超える振幅値となり、劣化品と判定することができる。また、劣化した巻線は通電量の2乗に比例して増大する電磁力の作用から、劣化していない巻線より振動量が増加すると考えられるため、振動の変化量が大きいものは劣化が進行していると判定することができる。このように、通電量に対する振動の絶対値及び通電量の変化に対する振動の変化から劣化を判定することができる。
【0046】
図9は、図6で描いた曲線から求めた絶対値を縦軸に、変化率を横軸にとり、機器の劣化状態に基づいて求めた劣化判定曲線を示している。例えば、巻線絶縁の状態が良好であった7番〜11番のキャンドモータは劣化判定曲線の良品側に位置するが、1番〜6番のキャンドモータは劣化品側に位置するので、絶対値と変化率から劣化品であると判定できる。また、過去の蓄積データがない場合でも、図9の劣化判定曲線により判定が可能となる。さらに、年次毎にデータを蓄積することで、巻線絶縁の余寿命を推定することが可能となる。
【0047】
図7は、劣化診断装置の処理の流れを示している。最初に、ステップS10において、劣化診断をする電動機の経時情報を確認し、測定する電動機の経過品のグループを制御装置に入力する。次に、ステップS12において、電動機からステータを分離して測定に必要な準備作業を実施する。本実施形態では、定格電流の50%〜300%まで50%ステップで測定することから、制御装置は、ステップS14において、電源に対する定格電流の設定を行う。次に、ステップS16において、制御装置は振動センサの信号をFFTアナライザにて分析する。制御装置は、ステップS18において、交流電圧の周波数fのn倍にピークが現れた分析結果から2f成分の振幅値を取り出し、ステップS20において、劣化DBに格納する。
【0048】
制御装置は、ステップS22において、定格電流の300%に達していない場合には、上述したステップS14からステップS20の処理を繰り返し実行する。制御装置は、ステップS22において、定格電流の300%まで測定が終了したことを確認すると、ステップS24にて劣化DBから格納した測定データを読み出し、ステップS26において、予め記憶されている各経過品の振幅値と比較して劣化診断を実施し、判定した結果を表示器に表示して処理を終了する。
【0049】
さらに、劣化診断を行うに際して、キャンドモータポンプにおける密閉されたステータの劣化診断装置は、定期点検時にステータの電磁振動を測定するとともに、そのデータを蓄積することで経年変化を読み取ることができる。もし、そのデータが徐々に増加傾向にあるならば、絶縁コイルを固定しているワニス等の固着が低下していると考えられ、電動機の絶縁状態が悪化していると判断できる。したがって、定期的にデータを取得することにより、電動機の健全性を把握し、予防保全に役立たせることが可能となる。
【0050】
なお、本実施形態において、二次巻線となるロータを取り外し、一次巻線に60Hzの交流電圧を印加したが、これに限定するものではなく、50Hzの交流電圧又はそれ以外でもよい。また、本実施形態では振幅値を用いて説明したが、振幅値に限定するものではなく、速度及び加速度に置き換えて用いてもよい。また、二次巻線となるロータを取り外すことなく、経年変化に伴い振動測定を定期的に実施することにより、軸受け及び構造上の劣化によるキャンドモータの振動発生量を個別管理することで、劣化の進行及び傾向を診断することも可能である。さらに、電磁加振方法を改良することにより、キャンドモータポンプを分解することなく劣化診断を好適に実施することも可能である。
【0051】
また、変圧器等の二次巻線を取り除くことが困難な機器においては、定格電圧値及び定格電流値以内の条件で診断するほか、機器の鉄心の磁気飽和現象を利用し、定格値を超える電流を通電することが可能である。鉄心の磁気飽和を形成させるには、電源の周波数を低減するか、又は巻線に定格電圧の入力範囲を超え、かつ、巻線絶縁を損傷させない範囲で電圧を印加し、磁束量を変化させ、鉄心を過励磁にするとよい。最後に、絶縁状態が悪化した巻線に対して絶縁を修復後、振動レベルを測定したところ、振動レベルが大幅に低下したことから、本実施形態に係る劣化診断方法は有効であることが確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明に係る劣化診断技術は、電磁振動を用いた回転電機の巻線絶縁の劣化診断方法及び劣化診断装置に関するものであり、特にキャンドモータポンプにおける巻線絶縁の劣化診断装置に利用することが可能である。
【符号の説明】
【0053】
1 キャンドモータポンプ、2 制御装置、3 劣化情報データベース、4 電源、5 振動センサ、6 振動計アンプ、7 FFTアナライザ、8 表示器、9 ネットワーク、10 劣化診断装置、11 端子部、12 ポンプ部、14 電動機、15 ステータ、16 インペラ、18 ケーシング、20 鉄心、22 ロータ、23 巻線、24 シャフト、26 キャン、28 電動機外筒、31,32 エンドプレート、34 接続プレート、36 軸受けホルダ、38,40 軸受け、42 スタンド。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
巻線絶縁を有する電気機器の巻線絶縁を診断する巻線絶縁の劣化診断方法において、
巻線に交流電圧を印加して通電し、加振力を発生させるとともに、巻線絶縁の劣化に伴って増加する振動を検出し、通電量と振動値との関係から巻線絶縁の劣化を判定することを特徴とする巻線絶縁の劣化診断方法。
【請求項2】
請求項1に記載の巻線絶縁の劣化診断方法において、
巻線絶縁を有する電気機器がステータとロータとを含む回転電機であり、被診断対象である巻線を有するステータ又はロータを分離して診断することを特徴とする巻線絶縁の劣化診断方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の巻線絶縁の劣化診断方法において、
巻線に予め設定された交流電圧を印加することにより、定格値を超える電流を巻線に通電させることを特徴とする巻線絶縁の劣化診断方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の巻線絶縁の劣化診断方法において、
巻線に予め設定された交流電圧を印加することにより、巻線の磁界により鉄心を過励磁し、定格値を超える電流を巻線に通電させることを特徴とする巻線絶縁の劣化診断方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の巻線絶縁の劣化診断方法において、
巻線に印加した交流電圧のn倍周波数(nは自然数)における振動を検出することを特徴とする巻線絶縁の劣化診断方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の巻線絶縁の劣化診断方法において、
通電量と振動値との関係から絶縁物の劣化を判定することが、通電量に対する振動の絶対値、若しくは通電量の変化に対する振動の変化から、又は通電量に対する振動の絶対値及び通電量の変化に対する振動の変化の両パラメータから判定すること、であることを特徴とする巻線絶縁の劣化診断方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の巻線絶縁の劣化診断方法において、
巻線が、回転電機の巻線であり、好ましくは巻線に印加した交流電圧の2倍周波数における振動を検出すること、を特徴とする巻線絶縁の劣化診断方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載の巻線絶縁の劣化診断方法において、
回転電機は、キャンドモータポンプ用の電動機であることを特徴とする巻線絶縁の劣化診断方法。
【請求項9】
巻線絶縁を有する電気機器の巻線絶縁の劣化診断装置において、
定格値を超える電流を供給するために交流電圧を回転電機の巻線に印加する電源供給手段と、
交流電圧の印加により発生する電磁振動を振動センサにより検出する振動検出手段と、
振動センサによって検出された信号を周波数分析して交流電圧のn倍周波数(nは自然数)の振動値を求める周波数分析手段と、
周波数分析手段により求められたn倍周波数(nは自然数)の振動値が予め記憶された同年代経過品のしきい値より大きい場合には、巻線被覆の結合劣化に伴う絶縁劣化を診断する診断手段と、
を有することを特徴とする巻線絶縁の劣化診断装置。
【請求項10】
請求項9に記載の巻線絶縁の劣化診断装置において、
電源供給手段は、予め設定された印加電圧で定格値を超える電流を回転電機の巻線に供給することを特徴とする巻線絶縁の劣化診断装置。
【請求項11】
請求項9に記載の巻線絶縁の劣化診断装置において、
周波数分析手段は、交流電圧の周波数を基準として、好ましくは2倍周波数における振動値を求めることを特徴とする巻線絶縁の劣化診断装置。
【請求項12】
請求項9に記載の巻線絶縁の劣化診断装置において、
電磁振動を検出する振動センサは、回転電機のステータコア外周部又は内周部に配置し、軸方向をZ方向として、回転電機の断面方向のX方向,Y方向及びZ方向のうち少なくとも1方向の振動を検出することを特徴とする巻線絶縁の劣化診断装置。
【請求項13】
請求項12に記載の巻線絶縁の劣化診断装置において、
振動検出手段により検出された複数の信号のうち最も大きい振動値、又は合成された振動値のいずれかと予め記憶されたしきい値とを比較することを特徴とする巻線絶縁の劣化診断装置。
【請求項14】
請求項9から13のいずれか1項に記載の巻線絶縁の劣化診断装置において、
回転電機はポンプを駆動するキャンドモータポンプ用の電動機であることを特徴とする巻線絶縁の劣化診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−256348(P2010−256348A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−78941(P2010−78941)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【出願人】(000226242)日機装株式会社 (383)
【Fターム(参考)】