説明

希土類系酸化物超電導線材の製造方法

【課題】結晶化熱処理の昇温過程において水蒸気分圧を制御するとともに、酸化物超電導体中に磁束ピンニング点を導入する。
【解決手段】配向NiーW基板1上にGdZr層及びCeO層を形成した複合基板上に、Y、Ba、Cu及びDyの金属有機酸塩をDy/Y=0.1のモル比で含む原料溶液を塗布し、仮焼熱処理を施し、次いで、50Torr未満の圧力下で室温から結晶化温度730℃までの昇温過程と結晶化熱処理温度における恒温過程により結晶化熱処理を施した。昇温過程は、500℃で水蒸気分圧1.05vol%で炉内に導入され、690℃まで水蒸気分圧を4.2vol%に連続的に増加させることにより、磁束ピンニング点を均一に分散させることができ、このYBCO酸化物超電導体は100A/cm−widthのIc値及びJc,min/Jc,max=0.8(1T)の磁場印加角度依存性を示した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導マグネット、超電導ケーブル、電力機器等に有用な酸化物超電導線材の製造方法に係り、特に、超電導マグネット等の磁場下で使用する機器に利用可能でMOD法に好適する超電導線材の製造方法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物超電導体は、その臨界温度(Tc)が液体窒素温度を超えることから超電導マグネット、超電導ケーブル、電力機器及びデバイス等への応用が期待されており、多くの研究結果が報告されている。
【0003】
酸化物超電導体を上記の分野に適用するためには、臨界電流密度(Jc)が高く、かつ高い臨界電流(Ic)値を有する長尺の線材を製造する必要があり、一方、長尺テープを得るためには、強度及び可撓性の観点から金属テープ上に酸化物超電導体を形成する必要がある。また、NbSnやNbAl等の金属系超電導体と同等に実用レベルで使用可能とするためには、Ic値が500A/cm(77K、自己磁界中)程度の値が必要である。
【0004】
次世代酸化物超電導線材に用いられるRe系酸化物超電導体、即ち、ReBaCu系酸化物超電導体(以下、Re系123超電導体と称し、ここでReは、Y、Yb、Tm、Er、Ho、Dy、Gd、Eu、Sm、Nd及びLaから選択された少なくとも1種以上の元素を示し、x≦2及びy=6.2〜7である。以下同じ。)は、その結晶方位により超電導特性が変化することから、面内配向性を向上させることが必要であり、このためにも酸化物超電導体をテープ状の基板上に形成する必要がある。この場合、臨界電流密度(Jc)を向上させるためには、通電経路となるCu−O層を基板面に平行に配向させることが必要である。
【0005】
即ち、酸化物超電導体のc軸を基板面に垂直に配向させ、かつそのa軸(又はb軸)を基板面に平行に面内配向させて、超電導状態の量子的結合性を良好に保持する必要があり、このため、面内配向性の高い金属基板上に面内配向度と方位を向上させた中間層を形成し、この中間層の結晶格子をテンプレートとして用いることによって、超電導層の結晶の面内配向度と方位を向上させることが行われている。
【0006】
テープ状のRe系酸化物超電導体の製造方法として、MOD法(Metal Organic Deposition Processes:金属有機酸塩堆積法)が知られており、このMOD法は、金属有機酸塩を熱分解させるもので、金属成分の有機化合物が均一に溶解した原料溶液を基板上に塗布した後、これを加熱して熱分解させることにより基板上に薄膜を形成する方法であり、非真空プロセスであることから低コストで高速成膜が可能であるため長尺のテープ状酸化物超電導線材の製造に適する利点を有する。
【0007】
MOD法においては、出発原料である金属有機酸塩を熱分解させると通常アルカリ土類金属(Ba等)の炭酸塩が生成されるが、この炭酸塩を経由する固相反応による酸化物超電導体の形成には800℃以上の高温熱処理が必要となり、厚膜化に際し結晶成長のための核生成が基板界面以外の部分からも生じるため結晶成長速度を制御することが難しく、結果として、面内配向性に優れた超電導膜を得ることが困難である。
【0008】
MOD法において、炭酸塩を経由せずにRe系123超電導体を形成する方法として、フッ素を含む有機酸塩(例えば、TFA塩:トリフルオロ酢酸塩)を出発原料とし、水蒸気雰囲気中で熱処理を行うことにより、フッ化物の分解を経由して超電導体を得る方法が近年精力的に行われている。このTFA塩を出発原料とするMOD法(以下、TFA−MOD法と称する。)では、塗布膜の仮焼後に得られるフッ素を含むアモルファス前駆体と水蒸気との反応によりHFガスを発生しつつ超電導膜が成長する界面にHFに起因する液相を形成することにより基板界面から超電導体がエピタキシャル成長する。
【0009】
この場合、アモルファス前駆体膜中に水蒸気を取り込み、BaFのFとHOが反応してHFガスを発生するため、このHFガスを速やかに膜面から排出する必要があり、排出が不十分であると超電導体の結晶成長速度が抑制される。
【0010】
TFA−MOD法においては、熱処理中の水蒸気分圧によりフッ化物の分解速度を制御できることから超電導体の結晶成長速度が制御でき、その結果、優れた面内配向性を有する超電導膜を形成することができる。また、同法では比較的低温で基板からRe系123超電導体をエピタキシャル成長させることかできる利点も有する。
【0011】
従来、厚膜化と高速仮焼プロセスを可能とするために、Re系123超電導体の場合、出発原料としてRe及びBaのTFA塩を、またCuのナフテン酸塩をRe:Ba:Cu=1:2:3のモル比で有機溶媒中に混合した溶液を用いることで仮焼プロセスにおけるHFガスの大量発生を抑制しているが、酸化物超電導層の形成には750℃以上の熱処理を必要とし、酸化物超電導層と中間層とが反応してBaCeOが生成してF元素を膜外に排出するのに多くの時間を有するという問題があり、これを回避するためにフッ素化合物を少なくすることが有効であることが知られており、Ba<2のモル比の範囲、好ましくは1.0≦Ba≦1.8のモル比の範囲、より好ましくは1.3≦Ba≦1.8のモル比の範囲が用いられ、例えば、Baモル比を約1.5の混合溶液を用いることにより、膜厚1.64μmのY系123超電導体について、所定の水蒸気分圧下の熱処理温度760℃においてJc=3.20MA/cm、Ic=525A/cmの結果が得られている(例えば、特許文献1参照)。
【0012】
一方、水蒸気分圧については、TFA−MOD法によるY系123超電導相の成長速度は、結晶化時の水蒸気分圧が上昇するにつれて増大し、Jc値も水蒸気分圧の上昇とともに増大するが、一定の値(PH2O=13.5%)を超えるとY系123超電導膜中のクラックの発生やポアの生成によりJc値が急激に低下するため、超電導特性上の点からはY系123超電導相の成長速度の増加には限界があり、この傾向は膜厚が増大するにつれて大きくなる。
【0013】
この場合、Y系123超電導相の膜厚が増大するに従ってクラックが発生しない臨界水蒸気分圧が低くなり、高速化の観点からは成長速度が遅い領域の水蒸気分圧下でしか厚膜が焼成できないため、仮焼熱処理と超電導体生成の熱処理との間に超電導体生成の熱処理温度より低い温度で中間熱処理を施し、この中間熱処理によりY系123超電導体の結晶化温度に至る前に仮焼での残存有機分あるいは剰余フッ化物を排出させている(例えば、特許文献2参照。)。
【0014】
以上のように、上記のTFA−MOD法により製造したテープ状Re系123超電導体は、溶液の組成及び水蒸気分圧を制御することにより、超電導体の粒界特性及び結晶性が改善され、自己磁場Jcが向上することが確認されているが、磁場印加角度依存性が大きく、印加磁場下で使用する機器に利用するためには、超電導体内に磁束ピンニング点を導入する必要がある。
【0015】
特に、Y系123超電導体は、他のRe系123超電導体に比較して低磁界下でIc値の低下率が大きく、超電導機器へ応用する際に磁場角度依存性を改善する必要がある。
【0016】
このような問題に対して、PLD法(Pulse Laser Deposition Processes:パルスレーザ堆積法)により、Re系123超電導体中にRe、BaZrO、YSZ(イットリウム安定化ジルコニア)等の化合物を磁束ピンニング点として膜中に分散させることにより、磁場中におけるピン止め力を改善し、Jcを大きく改善する方法が検討されている。
【0017】
しかしながら、TFA−MOD法は、気相成長と異なり前駆体からの相変態で結晶成長するため、導入した磁束ピンニング点は粗大化し易く、微細人工ピンニング点の導入は難しいという問題がある。
【0018】
この問題を解決する方法として、TFA−MOD法による原料溶液として、[Re]([Re]=Y、Nd、Sm、Gd又はEuから選択された1種の金属元素を示す。)、Ba及びCuを含む有機金属錯体溶液とBaと親和性の大きいZr、Ce、Sn又はTiから選択された少なくとも1種以上の金属を含む有機金属錯体溶液からなる混合溶液を用い、Baのモル比をx<2の範囲内とするとともに、760℃の結晶化熱処理温度において、[Re]BaCu系超電導体中にZr、Ce、Sn又はTiを含む50nm以下の酸化物粒子を磁束ピンニング点として分散させることが知られている(例えば、特許文献3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開2008−50190号公報
【特許文献2】特開2007−165153号公報
【特許文献3】特開2009−164010号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
以上のように、TFA−MOD法において、酸化物超電導層と中間層との反応によるBaCeOの生成を抑制するために、Ba濃度の低減や中間熱処理の導入が検討され、かつ磁場特性を改善するためにBaと親和性の大きいZr等の酸化物粒子を磁束ピンニング点として分散させることが検討されているが、いずれも760℃程度の温度で超電導体生成の熱処理が施されており、BaCeO生成の問題は残されている。
【0021】
さらに、ReとしてYよりもイオン半径が大きいGd、Sm、Nd等の元素を用いたRe系超電導体の場合には、Y系超電導体よりも磁場特性に優れているが、同様に750℃以上の超電導体形成の熱処理を必要とするため、BaCeO生成の問題が残されている上、元素の種類により結晶の成長速度が異なり、例えば、Y元素を用いた場合に比較してDyやGd元素を用いた場合では、その成長速度は約2倍となり、面内配向に優れた酸化物超電導層を形成させることが一層困難となるという問題がある。
【0022】
このため、酸化物超電導層と中間層との反応によるBaCeOの生成を抑制するとともに、超電導層中に人工的にピンニング点を導入し、磁場印加角度依存性を改善することが有効であるが、MOD法でピンニング点を導入するためには、原料溶液にピンニング点を形成する元素を含む溶液を用いる必要があり、これにより結晶化熱処理時に基板界面からの酸化物超電導層のエピタキシャル成長を阻害し、超電導特性を低下させるおそれがあるため、ピンニング点を形成する元素を含む溶液を原料溶液に均一に分散させなければならない。
【0023】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたもので、Re123超電導体を構成する金属有機酸塩の原料溶液中に、磁束ピンニング点となる元素を含む金属有機酸塩溶液を均一に混合し、結晶化熱処理の昇温過程において水蒸気分圧を制御することにより、酸化物超電導体中に磁束ピンニング点を分散させる方法を提供することをその目的とする。
【0024】
一方、本出願人は、超電導体生成の熱処理過程で結晶成長速度の制御因子である水蒸気分圧を制御する(変化させる)ことにより高Jc値を有する酸化物超電導線材を製造する方法を先に出願している(特願2009−087669)。
【0025】
この発明によれば、配向性を乱す結晶粒子の成長を抑制し、その結果として、厚膜全域に亘って配向成長を可能とすることができるという特徴を有するものであり、本出願は、この利点を生かしつつ、酸化物超電導体中に磁束ピンニング点を分散させるものである。
【課題を解決するための手段】
【0026】
以上の目的を達成するために、本発明の希土類系酸化物超電導線材の製造方法は、基板上に、中間層を介して原料溶液を塗布した後、仮焼熱処理を施し、水蒸気雰囲気下で超電導体生成の結晶化熱処理を施すことによりRe系123超電導体を形成する方法において、原料溶液として、Re、Ba及びCuをそれぞれ含む金属有機酸塩溶液とRx(Rxは、Y、Dy、Zr、Ce、Sn、Ti、Yb、Tm、Er、Ho、Gd、Eu、Sm、Nd及びLaから選択された少なくとも1種以上の元素であってReと異なる元素を示す。以下同じ。)を含む金属有機酸塩溶液の混合溶液を用いるとともに、Re系123超電導体の結晶化熱処理における結晶化熱処理温度到達前の昇温過程の際に、少なくとも水蒸気分圧を増加させることにより、Re系123超電導体中にRxの酸化物からなる磁束ピンニング点を分散させるようにしたものである。
【0027】
本発明において、混合溶液中のBaのモル比を1.3<y<1.7の範囲内とすることが好ましい。Baのモル比をその標準モル比(2)より小さくすることにより、Baの偏析が抑制され、結晶粒界でのBaべ一スの不純物の析出が抑制される結果、クラックの発生が抑制されるとともに、結晶粒間の電気的結合性が向上する。また、Baモル比を低減することにより、磁束ピンニング点であるYCu2OやCuOが形成される利点もある。
【0028】
また、本発明の目的は、上記の結晶化熱処理が、少なくとも水蒸気分圧が増加する雰囲気中で行われる結晶化熱処理温度到達前の昇温過程及び結晶化熱処理温度の恒温過程を含むようにしても達成することができる。
【0029】
本発明においては、結晶化熱処理が、少なくとも水蒸気分圧が増加する雰囲気中で行われる結晶化熱処理温度到達前の昇温過程又は少なくとも水蒸気分圧が増加する雰囲気中で行われる結晶化熱処理温度到達前の昇温過程及び結晶化熱処理温度の恒温過程を含むことにより、膜厚全域に亘って配向成長が可能となるうえ、膜厚中に均一に磁束ピンニング点を導入することができる。
【0030】
以上の発明において、結晶化熱処理温度到達前の昇温過程における水蒸気分圧は、13.5vol%以下の範囲内で、特に、2vol%以下から4vol%以上の範囲内で増加するようにすることが好ましい。
【0031】
この場合、結晶化熱処理温度の恒温過程は、700〜800℃の温度範囲内で行われ、一方、結晶化熱処理温度到達前の昇温過程、又は結晶化熱処理温度到達前の昇温過程及び結晶化熱処理温度の恒温過程において増加する水蒸気分圧は、連続的にあるいは階段的に増加するように雰囲気が制御される。
【0032】
この場合、特に、550℃未満から680℃以上の温度範囲内で水蒸気分圧が増加する結晶化熱処理雰囲気を含むことが好ましく、750℃未満の結晶化熱処理温度で結晶化を達成することも可能である。
【0033】
以上の結晶化熱処理は、1〜760Torrの全圧下で施され、特に、1〜100Torrの全圧下で施されることが好ましく、その熱処理雰囲気は、水蒸気、酸化物超電導体と反応しないガス、及び酸素により構成される。
【0034】
本発明におけるRe系123超電導体は、前述のMOD法により形成されるが、この場合の溶液は、Re、Ba及びCuの金属有機酸塩の少なくとも一つはF元素を含み、特にBaの金属有機酸塩がF元素を含む溶液を用いることがことが好ましい。
【0035】
例えば、(a)Reを含む金属有機酸塩溶液として、Reを含むトリフルオロ酢酸塩、ナフテン酸塩、オクチル酸塩、レブリン酸塩、ネオデカン酸塩のいずれか1種以上を含む溶液、特に、Reを含むトリフルオロ酢酸塩溶液、(b)Baを含む金属有機酸塩溶液として、Baを含むトリフルオロ酢酸塩の溶液及び(c)Cuを含む金属有機酸塩溶液として、Cuを含むナフテン酸塩、オクチル酸塩、レブリン酸塩、ネオデカン酸塩のいずれか1種以上を含む溶液が用いられる。
【0036】
また、混合溶液中のRxの金属モル濃度は、Reの金属モル濃度100mol%に対して、1〜50mol%、特に5〜35mol%の範囲であることが好ましい。Rxの金属モル濃度が1mol%未満であると、磁束ピンニング点の導入による磁場印加角度依存性の向上の効果が認められず、一方、Rxの金属モル濃度が50mol%を超えると、通電阻害が生じJc値等が低下するという問題が生ずる。
【0037】
Re系123超電導体の仮焼膜は、超電導体を構成する金属元素を含む原料溶液を中間層上に塗布し、仮焼熱処理を施す工程を複数回繰り返して、結晶化熱処理後に所定の膜厚を有するように積層して形成される。
【0038】
本発明における水蒸気雰囲気は、RTR(Reel to Reel)方式の電気炉又はバッチ式電気炉のいずれにおいても制御することができる。RTR方式では、所定長さの温度勾配を設けた炉心管内部に仮焼膜を形成したテープを走行させ、結晶化熱処理温度まで昇温速度を制御するが、物理的形状に限界があるため、製造速度も制限されるという問題がある。バッチ式電気炉の場合にはこのような問題はないが、反応ガスが同時に発生するため、前述のように、発生した有害ガス(HF)を効率よく炉外に排出する必要がある。
【発明の効果】
【0039】
本発明においては、超電導体生成の熱処理過程で結晶成長速度の制御因子である水蒸気分圧を増加させることにより、配向性を乱す結晶粒子の成長を抑制することができ、膜厚全域に亘って配向成長が可能となるため、超電導特性を向上させることができるとともに、原料溶液中に磁束ピンニング点となる元素を含む金属有機酸塩溶液を均一に混合することにより、酸化物超電導体中に磁束ピンニング点を均一に分散させることができ、磁場印加角度依存性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の方法により製造された希土類系酸化物超電導線材の一実施例を示す軸方向に垂直な断面図である。
【図2】本発明の一実施例における結晶化熱処理の熱処理温度及び水蒸気分圧プロファイルを示すグラフである。
【図3】本発明の他の実施例における結晶化熱処理の熱処理温度及び水蒸気分圧プロファイルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0041】
本発明において使用される基板としては、2軸配向性の多結晶基板又は無配向の多結晶基板のいずれも用いることができる。配向性Ni基板としては、冷間で強圧延加工したNi基板を真空中で熱処理を施して高配向させたRABiTS(商標:rolling-assisted biaxially textured-substrates)を用いることができ、この配向性Ni基板の上にCeOのエピタキシャル層の薄膜及びYSZの厚膜が順次形成される。
【0042】
一方、無配向の多結晶基板を用いる場合には、IBAD法(Ion Beam Assisted Deposition)を用いることができる。このIBAD法を用いた複合基板は、非磁性で高強度のテープ状Ni系基板(ハステロイ等)に対して斜め方向からイオンを照射しながら、ターゲットから発生した粒子を堆積させて形成した高配向性を有し超電導体を構成する元素との反応を抑制する中間層(CeO、Y、YSZ等)を設けたもので、上記の中間層を2層構造としたもの(YSZ又はZrx2/CeO又はY等:Rは、Y、Nd、Sm、Gd、Ei、Yb、Ho、Tm、Dy、Ce、La又はErを示す。)もよく適合する(特開平4−329867号、特開平4−331795号,特願2000−333843号)。
【0043】
以上のNi基合金としては、NiにW、Mo、Cr、Fe、Cu、V、Sn及びZnから選択された1以上の元素を含むものを用いることができる。
【0044】
以下、本発明の実施例について説明する。
【実施例】
【0045】
実施例1
図1に示すように、配向NiーW基板1上に、GdZr層2a及びCeO層2bからなる中間層2を順次形成した複合基板3(IBAD基板)を用い、この複合基板上に原料溶液を塗布し、仮焼熱処理を施した。
【0046】
この複合基板3上の第1中間層であるGdZr層2aは、バッファ層としての機能を有し、超電導層との反応を抑制して超電導特性の低下を防止し、一方、第2中間層であるCeO層2bは、超電導層との整合性を維持するために配置される。
【0047】
原料溶液として、Y及びBaのトリフルオロ酢酸塩とCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cu=1:1.5:3となるように2−オクタノン中に溶解した溶液とDyのトリフルオロ酢酸塩溶液の混合溶液を用い、この混合溶液中のDyのモル濃度をYのモル濃度に対し10、30及び50%とした3種類の混合溶液を用いた。
【0048】
仮焼熱処理は、最高加熱温度400℃で施し、結晶化熱処理後の超電導層(YBCO層)4の膜厚が1.0μmとなるように、塗布〜加熱〜室温までの炉冷を8回繰り返した。
【0049】
次いで、複合基板3上の仮焼膜を、図2に示す熱処理温度及び水蒸気分圧プロファイルに従ってYBCO超電導体の結晶化熱処理を施した。この結晶化熱処理は、室温から最高熱処理温度(結晶化熱処理温度)730℃までの昇温過程と結晶化熱処理温度における恒温過程及びこれに続く室温までの炉冷過程により構成され、炉内雰囲気圧力は50Torr未満に保持された。
【0050】
結晶化熱処理時の雰囲気は、導入開始温度500℃で水蒸気分圧1.05vol%の条件で炉内に導入され、最高熱処理温度到達前の690℃まで水蒸気分圧を4.2vol%に連続的に増加させて恒温過程でこの水蒸気分圧が維持された。
【0051】
このようにして複合基板上に形成したYBCO酸化物超電導体(通常は、この上にAg等の安定化層が被覆される。)のIc値を測定した結果、Dyのモル濃度をYのモル濃度に対し10、30及び50%とした混合溶液に対して、それぞれ100A、70A及び60A/cm−widthの値を示した。
【0052】
これらの超電導膜について、その磁場印加角度依存性、即ち、1Tの外部磁場を印加し、ab面に対する角度を変化させたときのJc値(77K)を測定した結果、Jc値の磁場印加角度依存性は、Dyのモル濃度をYのモル濃度に対し10、30及び50%とした混合溶液に対して、それぞれJc,min/Jc,max=0.8、0.7、及び0.5であった。
【0053】
また、これらの超電導膜に垂直な断面におけるTEM像を観察した結果、その膜厚方向にほぼ均一に分散していることが確認された。
【0054】
実施例2
原料溶液として、Gd及びBaのトリフルオロ酢酸塩とCuのナフテン酸塩をGd:Ba:Cu=1:1.5:3となるように2−オクタノン中に溶解した溶液とDyのトリフルオロ酢酸塩溶液の混合溶液を用い、この混合溶液中のDyのモル濃度をGdのモル濃度に対し10、30及び50%とした3種類の混合溶液を用いた他は実施例1と同様にして複合基板上に仮焼膜を形成した。
【0055】
次いで、複合基板上の仮焼膜を、図2に示す熱処理温度及び水蒸気分圧プロファイルに従ってGdBCO超電導体の結晶化熱処理を施した。
【0056】
この結晶化熱処理は、室温から最高熱処理温度(結晶化熱処理温度)730℃までの昇温過程と結晶化熱処理温度における恒温過程及びこれに続く室温までの炉冷過程により構成され、炉内雰囲気圧力は50Torr未満に保持された。
【0057】
水蒸気は、導入開始温度500℃で水蒸気分圧1.05vol%の条件で炉内に導入され、最高熱処理温度到達前の690℃まで水蒸気分圧を4.2vol%に連続的に増加させ、恒温過程でこの水蒸気分圧が維持された。
【0058】
このようにして複合基板上に形成したGdBCO酸化物超電導体のIc値及びJc,min/Jc,maxは、共に実施例1と同様の結果を示した。
【0059】
また、これらの超電導膜に垂直な断面におけるTEM像を観察した結果、その膜厚方向にほぼ均一に分散していることが確認された。
【0060】
実施例3
複合基板上の仮焼膜を、図3に示す熱処理温度及び水蒸気分圧プロファイルに従ってYBCO超電導体の結晶化熱処理を施した他は実施例1と同様の方法によりYBCO酸化物超電導線材を製造した。
【0061】
この結晶化熱処理は、室温から最高熱処理温度(結晶化熱処理温度)730℃までの昇温過程と結晶化熱処理温度における恒温過程及びこれに続く室温までの炉冷過程により構成され、炉内雰囲気圧力は50Torr未満に保持された。
【0062】
水蒸気は、導入開始温度500℃で水蒸気分圧1.05vol%の条件で炉内に導入され、最高熱処理温度到達前の690℃で水蒸気分圧を2.6vol%に増加させ、次いで、最高熱処理温度の730℃に到達後30min経過した時にさらに水蒸気分圧を4.2vol%に階段状に増加させ、恒温過程でこの水蒸気分圧が維持された。
【0063】
このようにして複合基板上に形成したYBCO酸化物超電導体のIc値を測定した結果、Dyのモル濃度をYのモル濃度に対し10、30及び50%とした混合溶液に対して、それぞれ90A、65A及び50A/cm−widthの値を示した。
【0064】
これらの超電導膜について、その磁場印加角度依存性、即ち、1Tの外部磁場を印加し、ab面に対する角度を変化させたときのJc値(77K)を測定した結果、Jc値の磁場印加角度依存性は、Dyのモル濃度をYのモル濃度に対し10、30及び50%とした混合溶液に対して、それぞれJc,min/Jc,max=0.75、0.6、及び0.5であった。
【0065】
また、これらの超電導膜に垂直な断面におけるTEM像を観察した結果、その膜厚方向にほぼ均一に分散していることが確認された。
【0066】
比較例
結晶化熱処理時の雰囲気を、水蒸気分圧1.05vol%に保持した他は実施例1と同様にして、複合基板上に形成したYBCO酸化物超電導体を製造した。
【0067】
このようにして複合基板上に形成したYBCO酸化物超電導体のIc値を測定した結果、Dyのモル濃度をYのモル濃度に対し10、30及び50%とした混合溶液に対して、それぞれ65A、30A及び0A/cm−widthの値を示した。
【0068】
これらの超電導膜について、その磁場印加角度依存性、即ち、1Tの外部磁場を印加し、ab面に対する角度を変化させたときのJc値(77K)を測定した結果、Jc値の磁場印加角度依存性は、Dyのモル濃度をYのモル濃度に対し10、30及び50%とした混合溶液に対して、それぞれJc,min/Jc,max=0.7、0.4、及び0であった。
【0069】
また、これらの超電導膜に垂直な断面におけるTEM像を観察した結果、その分散状態は均一とは言えず、その理由は配向性を乱す結晶粒子の成長を抑制することができないため、膜厚全域に亘って配向成長が不均一となる結果に起因するものと思われる。
【0070】
以上の実施例1乃至3及び比較例の結果から明らかなように、結晶化熱処理を室温から最高熱処理温度(結晶化熱処理温度)までの昇温過程と結晶化熱処理温度における恒温過程及びこれに続く室温までの炉冷過程により構成し、水蒸気分圧を一定に保持した場合には、Ic値が著しく低下するが、結晶化熱処理における結晶化熱処理温度到達前の昇温過程、又は結晶化熱処理温度到達前の昇温過程及び結晶化熱処理温度の恒温過程を水蒸気分圧が連続的にあるいは階段的に増加するような雰囲気で施すことにより、厚膜全域に亘って配向成長が可能となり、高いIc値を達成することができる。
【0071】
また、原料溶液中に磁束ピンニング点となる元素を含む金属有機酸塩溶液を均一に混合することにより、酸化物超電導体中に磁束ピンニング点を均一に分散させることができ、磁場印加角度依存性を向上させることができる
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明により高いIc値を有する希土類系酸化物超電導線材を製造することができ、非真空プロセスであるTFA−MOD法により超電導層を形成することにより長尺線材の製造に適する上、その製造コストを著しく低減させることができ、電導マグネット、超電導ケーブル及び電力機器等へ適用することができる。
【符号の説明】
【0073】
1 配向NiーW基板
2 中間層
2a GdZr
2b CeO
3 複合基板(IBAD基板)
4 超電導層(YBCO層)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、中間層を介して原料溶液を塗布した後、仮焼熱処理を施し、水蒸気雰囲気下で超電導体生成の結晶化熱処理を施すことによりReBaCu(x≦2及びy=6.2〜7)系酸化物超電導体を形成する方法において、前記原料溶液として、Re(Reは、Y、Yb、Tm、Er、Ho、Dy、Gd、Eu、Sm、Nd及びLaから選択された少なくとも1種以上の元素を示す。以下同じ。)、Ba及びCuをそれぞれ含む金属有機酸塩溶液とRx(Rxは、Y、Dy、Zr、Ce、Sn、Ti、Yb、Tm、Er、Ho、Gd、Eu、Sm、Nd及びLaから選択された少なくとも1種以上の元素であってReと異なる元素を示す。以下同じ。)を含む金属有機酸塩溶液の混合溶液を用いるとともに、前記結晶化熱処理における結晶化熱処理温度到達前の昇温過程の際に、少なくとも水蒸気分圧を増加させることにより、前記ReBaCu系酸化物超電導体中にRxの酸化物からなる磁束ピンニング点を分散させることを特徴とする希土類系酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項2】
ReがYであり、かつRxがDyである請求項1記載の希土類系酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項3】
Baのモル比は1.3<Ba<1.7の範囲である請求項1又は2記載の希土類系酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項4】
混合溶液中のRxの金属モル濃度は、Reの金属モル濃度100mol%に対して、1〜50mol%であることを特徴とする請求項1乃至3いずれか1項記載の希土類系酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項5】
水蒸気雰囲気下の結晶化熱処理は、少なくとも水蒸気分圧が増加する雰囲気中で行われる結晶化熱処理温度到達前の昇温過程及び結晶化熱処理温度の恒温過程を含むことを特徴とする請求項1乃至4いずれか1項記載の希土類系酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項6】
結晶化熱処理温度到達前の昇温過程における水蒸気分圧は、13.5vol%以下の範囲内で増加することを特徴とする請求項1乃至5いずれか1項記載の希土類系酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項7】
結晶化熱処理温度到達前の昇温過程は、550℃未満から680℃以上の温度範囲内で水蒸気分圧が増加することを特徴とする請求項1乃至6いずれか1項記載の希土類系酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項8】
結晶化熱処理温度は、700〜800℃の温度範囲内にあることを特徴とする請求項1乃至7いずれか1項記載の希土類系酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項9】
ReBaCu系酸化物超電導体は、TFA―MOD法により形成されることを特徴とする請求項1乃至8いずれか1項記載の希土類系酸化物超電導線材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−113665(P2011−113665A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−266450(P2009−266450)
【出願日】平成21年11月24日(2009.11.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「イットリウム系超電導電力機器技術開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(391004481)財団法人国際超電導産業技術研究センター (144)
【出願人】(306013120)昭和電線ケーブルシステム株式会社 (218)
【Fターム(参考)】