希土類金属の抽出剤及び抽出分離法
【課題】複数種の希土類金属が混在する系から所望の希土類金属を選択的に分離する能力が高い溶媒抽出用抽出剤を提供することを目的とする。
【解決手段】4-イソプロピルトロポロンと、1,10-フェナントロリンとを組み合わせて溶媒抽出を行うことにより、高効率かつ選択的に希土類金属の抽出を行うことができる。抽出に用いる溶媒はトルエンが好ましい。
【解決手段】4-イソプロピルトロポロンと、1,10-フェナントロリンとを組み合わせて溶媒抽出を行うことにより、高効率かつ選択的に希土類金属の抽出を行うことができる。抽出に用いる溶媒はトルエンが好ましい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は希土類金属の相互分離に使用することができる抽出剤及び当該抽出剤を用いた希土類金属の抽出分離法を提供する。
【背景技術】
【0002】
元素周期表において原子番号57のLaから原子番号71のLuまでの15元素をランタノイド(Ln)といい、永久磁石やレーザー、蛍光体、水素吸蔵合金、紫外線吸収レンズ、光ファイバー、磁気記録用ディスクなどに利用されている有用な元素である。原子番号の小さなLaからEuまでは軽ランタノイド、原子番号の大きなGdからLuまでは重ランタノイドとよばれる。ランタノイド元素は化学的性質が相互に類似するため、Ln間の分離は困難である[非特許文献1]。
【0003】
溶媒抽出はお互いにほとんど混和しない二種類の溶媒間に溶質が分配することを利用した分離法であり、簡単な操作で微量から大量の物質の分離・精製が出来るため、湿式冶金や資源回収、核燃料再処理などに広く応用されている[非特許文献2]。
【0004】
テノイルトリフルオロアセトンのようなβ-ジケトンや4-イソプロピルトロポロン(Hipt)によるLnの抽出は古くから行われている [非特許文献3-5]。近年、Hipt系ではβ-ジケトン系では見られないLn2(ipt)6Hiptなどの試薬自身の付加(自己付加)を含む多核錯体の抽出が報告されている[非特許文献6, 7]。更に、複数の希土類が存在する条件ではLaLu(ipt)6やLaLu(ipt)6Hiptのような異種Lnの多核錯体が抽出される共抽出が起こり、分離の妨げとなることが明らかになってきた[非特許文献8]。ある抽出系によるLn(III)の相互分離能は各元素単独での実験結果から予測される。しかしながら、複数の希土類金属が存在する系から実際に相互分離を行うと共抽出の影響により予測とは異なる結果が得られることがある。
【0005】
一方、協同効果とは2種類の異なる抽出試薬を併用した際に、それぞれを単独で用いた時と比べて抽出が飛躍的に向上する現象である。この現象は、1954年にテノイルトリフルオロアセトンとリン酸トリブチルによる硝酸溶液からのLn(III)の抽出で初めて見出された[非特許文献9]。一般に、酸性二座配位子(HA)を用いてLn(III)を抽出する場合、配位数8 から9のLn(III)に3分子のHAが結合した錯体は電荷は中和されているが2〜3分子の配位水を有しているため疎水性が低く、抽出性が低い。これに対して酸性二座配位子(HA)と中性配位子(B)を抽出試薬として用いた際のLn(III)の協同効果抽出では、水分子が中性配位子(B)によって置換される混合配位子錯体は疎水性が高く、抽出性に優れる。
【0006】
Hiptを用いたLn(III)の抽出系に中性配位子を加えた協同効果抽出系の例は少ないが、Hiptとトリオクチルホスフィンオキシド(TOPO)を用いた二価遷移金属のクロロホルムへの抽出が知られており、TOPOの存在下で単核錯体の抽出[非特許文献10]が知られている。しかし、TOPOを用いたLn(III)の協同効果抽出[非特許文献11]において分離の悪化が報告されている。一方、1,10-フェナントロリン(phen)を用いたLn(III)の協同効果抽出[非特許文献12, 13]においては分離の向上が報告されている。
【0007】
溶媒抽出により水相中から希土類金属を分離するための抽出剤に関しては種々の特許出願がされている(例えば特許文献1及び2)。しかしながら、従来の抽出剤は希土類金属の相互分離性能に関して満足できるものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007-327085号公報
【特許文献2】特開平7-34151号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】足立 吟也, 希土類の化学, 化学同人 (1999)
【非特許文献2】井村 久則, 別冊 最新の分離・精製・検出法〜原理から応用まで〜
【非特許文献3】T. Sekine, D. Dyrssen, J. Inorg. Nucl. Chem., (1967) 29, 1489 - 1498
【非特許文献4】J. Alstad, J.H. Augusuton, L. Farbu, J. Inorg. Nucl. Chem., (1974) 36, 899 - 903
【非特許文献5】雄鹿 梓, 山岡 一晃, 板野 和幸, 長谷川 佑子, 分析化学, (2004) 53, 1199 - 1206
【非特許文献6】J. Noro, Anal. Sci., (1998) 14, 1099 - 1105
【非特許文献7】J. Noro, Anal. Sci, (1999) 15, 1265 - 1268
【非特許文献8】井村久則, 海老沢 三千恵, 大橋 朗, 大橋 弘三郎, 野呂 純二, 石垣 知紀, 希土類, (2006) 48, 180 - 181
【非特許文献9】赤岩秀夫, 抽出分離分析法, 講談社 (1972)
【非特許文献10】T. Sekine, I. Ninomiya, M. Tebakari, J. Noro, Bull. Chem. Soc. Jpn., (1997) 70 1385 - 1392
【非特許文献11】T. Shigematsu, M. Tabushi, M. Matui, T. Honjyo, Bull. Chem. Soc. Jpn., (1967) 40, 2807 - 2812
【非特許文献12】S. Nakamura, N. Suzuki, Polyhedron, (1986) 5, 1805 - 1813
【非特許文献13】S. Nakamura, N. Suzuki, Bull. Chem. Soc. Jpn., (1993) 66, 98 - 102
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、複数種の希土類金属が混在する系から目的とする希土類金属を選択的に分離する能力が高い溶媒抽出用抽出剤、及び該当該抽出剤を用いた希土類金属の抽出分離法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、4-イソプロピルトロポロン(以下「Hipt」と称することがある。また、4-イソプロピルトロポロンからプロトンが解離して生じる陰イオンを「ipt」と称することがある)を抽出剤として用いるランタノイドイオンLn(III)の溶媒抽出系において、中性配位子である1,10-フェナントロリン(以下、「phen」と称することがある)を併用した抽出系では、単核錯体Ln(ipt)3phenが抽出種として生じること、協同効果により抽出効率が高いこと、並びに希土類金属間相互の選択的分離能が高いことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
本発明は以下の発明の形態を包含する。
(1) 4-イソプロピルトロポロンと、1,10-フェナントロリンとの組み合わせであることを特徴とする希土類金属の抽出剤。
(2) 水中に希土類金属を含有する水相と、有機溶媒中に(1)の抽出剤を含有する有機相とを、目的の希土類金属が抽出されるpH条件下で接触させ、有機相中に目的の希土類金属を抽出する抽出工程と、
抽出工程後の有機相から希土類金属を回収する回収工程とを含む、希土類金属の抽出分離法。
(3) 有機溶媒がトルエンである、(2)の抽出分離法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、希土類金属を水相中から効率的に抽出することが可能である。また、水相中のpH条件を適宜設定することにより、複数種の希土類金属が混在する水相から目的とする希土類金属を選択的に分離することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例での抽出操作の概要を示す。
【図2】Hipt-phen-トルエン系によるLa(III)の抽出結果を示す。
【図3】Hipt-phen-トルエン系によるEu(III)の抽出結果を示す。
【図4】Hipt-phen-トルエン系によるLu(III)の抽出結果を示す。
【図5】Hipt-phen-トルエン系におけるlogD vs log[Hipt]orgプロット(La(III))を示す。
【図6】Hipt-phen-トルエン系におけるlogD vs log[Hipt]orgプロット(Eu(III))を示す。
【図7】Hipt-phen-トルエン系におけるlogD vs log[Hipt]orgプロット(Lu(III))を示す。
【図8】トルエン-水相間でのphenの分配比を示す。
【図9】Hipt-phen-トルエン系におけるlogD - log[phen]orgプロット(La(III))を示す。
【図10】Hipt-phen-トルエン系におけるlogD - log[phen]orgプロット(Eu(III))を示す。
【図11】Hipt-phen-トルエン系におけるlogD - log[phen]orgプロット(Lu(III))を示す。
【図12】Hipt濃度(5.0 x 10-3 M又は1.0 x 10-2M)とphen濃度(2.0 x 10-5M又は1.0 x 10-4 M)とを変化させてHipt-phen-トルエン系によりEu(III)を抽出した結果を示す。
【図13】Hipt単独-トルエン系によるLn(III)の抽出結果を示す。
【図14】Hipt-phen-トルエン系によるLn(III)の抽出結果を示す。
【図15】Hipt-phen-トルエン系による軽Ln(III)の抽出結果を示す。
【図16】Hipt-phen-トルエン系による重Ln(III)の抽出結果を示す。
【図17】LogD vs pHプロットの実測値と計算値を示す。
【図18】Hipt-phen-トルエン系におけるEu(III)に対する他のLn(III)の分離係数を示す。
【図19】Hipt-phen-トルエン系におけるLa(III)に対する他のLn(III)の分離係数を示す。
【図20】Hipt-phen-トルエン系による、原子番号が隣接するLn(III)間の分離係数を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1. 抽出分離対象元素
本発明の抽出剤により抽出される金属は、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)及び15種のランタノイド(Ln)からなる希土類金属であり、好ましくはランタノイドである。
本発明の抽出剤は、ランタノイドの抽出性が高いうえに、ランタノイド間での抽出分離能が高い。このため、ランタノイドを含む希土類金属を他の金属元素から分離することが可能であるのに加えて、水相のpHを調節することにより特定の希土類金属を選択的に分離することも可能である。
【0016】
2. 抽出剤
本発明では、抽出剤として酸性二座配位子である4-イソプロピルトロポロン(Hipt)と、中性配位子である1,10−フェナントロリン(phen)とを組み合わせて用いる。Hiptはヒノキチオールとも呼ばれる。
【0017】
Hipt及びphenの有機相中での濃度は特に限定されないが、典型的にはHiptは1x10-3〜1x10-2 M、phenは1x10-3〜1x10-2 Mである。
Hiptとphenとの比は特に限定されないが、モル濃度比が10:1〜1:10の範囲であることが好ましい。
【0018】
抽出剤の希土類金属に対する使用量は特に限定されないが、抽出しようとする希土類金属イオンの水相中でのモル濃度に対して、有機相中でのHiptとphenとのモル濃度の和は好ましくは10倍以上、より好ましくは100倍以上である。
【0019】
3. 抽出分離法
本発明の抽出分離法は、
水中に希土類金属を含有する水相と、有機溶媒中に上記抽出剤を含有する有機相とを、目的の希土類金属が抽出されるpH条件下で接触させ、有機相中に目的の希土類金属を抽出する抽出工程と、
抽出工程後の有機相から希土類金属を回収する回収工程と
を含む。
【0020】
水相中には、希土類金属が3価の陽イオンの形態で含まれることが好ましい。
水相と有機相との比は特に限定されない。例えば水相と有機相とを10:1〜1:10の容積比で用いることができる。
【0021】
pH条件は、抽出しようとする希土類金属に応じて適宜設定することができる。例えば図14から示唆されるように、pH値6.50〜7.00程度の中性付近の条件で抽出をした場合、全ての希土類金属を効率よく抽出することが可能であるが、複数の希土類金属の混合系から特定の金属を選択的に抽出するには適さない。一方、pH値を4.0〜6.00の範囲で抽出を行うと希土類金属間での選択的な抽出が可能となる(図14〜16、図18〜20参照)。
【0022】
有機溶媒は本発明の抽出剤を溶解することができるものであれば特に限定されないが、無極性溶媒であることが好ましく、特にトルエン、ベンゼン,キシレン,クロロベンゼン,ジクロロベンゼンが好ましい。
【0023】
水相と有機相との接触は、両者の混合物を十分に攪拌又は振とうすることにより行う。接触時間は30〜60分間であることが好ましい。接触温度は20〜30℃であることが好ましい。
【0024】
希土類金属を有機相に抽出した後、通常の手段により有機相と水相とを分離する。
有機相からの希土類金属を回収する方法としては、上記抽出工程におけるpH条件よりもより酸性側のpH条件において有機相と別の水相とを接触させ、当該別の水相中に希土類金属を逆抽出する方法が挙げられる。逆抽出のための水相としては硫酸、塩酸、硝酸,過塩素酸等の希釈液が使用できる。
【実施例】
【0025】
1. 実施例1:単一種のランタノイド(III)を含有する系からの中性配位子(phen) による協同抽出
1.1. 目的
本実施例では、Ln(III)の多核錯体が抽出されるHipt - トルエン系において中性配位子である1,10-フェナントロリン(phen)の効果を明らかにした。
【0026】
1.2. 実験
1.2.1. 試薬
Hipt(半井化学, 98%)、アルセナゾIII(同仁化学, 試験研究用)、トルエン(ナカライテスク, 試薬特級)、phen(ALDRICH, 99%)は特に精製を行わず使用した。水は超純水精製装置(MILLIPORE Elix3/milli-Q gradient A10)により精製したものを用いた。pH緩衝剤として酢酸(関東化学, 特級)と2-モルホリノエタンスルホン酸(MES)(同仁化学, 試験研究用)を、pH調整には水酸化ナトリウム(シグマアルドリッチ, 特級)を用いた。
【0027】
Ln(III)標準液は高純度の酸化物(La2O3 ; 日本イットリウム株式会社, 99.9%、Eu2O3 ; 日本イットリウム株式会社, 99.9%、Lu2O3 ; 日本イットリウム株式会社, 99.9%)を電気炉を用いて800℃で3時間加熱した後、秤量した。濃硝酸に加熱溶解後、蒸発乾固した。残渣に過塩素酸を加え、蒸発乾固を3回繰り返した後、過塩素酸と水でメスアップして1.0 x 10-2M Ln(III)の1.0 x 10-1 M過塩素酸溶液を調製した。
【0028】
1.2.2. 装置
溶液の振盪には、振盪機(TAITEC RECIPRO SHAKER SR1)を用い、水相と有機相の相分離には遠心機(TOMY LC 100)を用いた。pHはガラス電極(HORIBA 9678-10D)を備えたpHメーター(HORIBA F52)を用いて測定した。pHメーターの校正にはシュウ酸塩標準液(シグマアルドリッチ, pH 1.68)、フタル酸塩標準液(シグマアルドリッチ, pH 4.01)、中性リン酸塩標準液(シグマアルドリッチ, pH 6.86)、ホウ酸塩標準液(シグマアルドリッチ, pH 9.18)を用いた。Ln(III)の定量には紫外可視吸光光度計(Shimadzu UV-160)と誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)(Seiko Instruments SPQ 8000)を用いた。
【0029】
1.2.3. 抽出操作
抽出操作の概要を図1に示す。以下に各操作について詳述する。
2.0 x 10-5MのLn(III)、pH緩衝剤(1.0 x 10-2 M MES あるいは1.0 x 10-3M 酢酸)を含み、NaClもしくはNaClO4でイオン強度を1.0 x 10-1Mに調整した水相と、Hipt、phenを含む等体積の有機相を1時間振盪した後、2000 rpmで5分間遠心分離した。水相のpHは遠心分離後ただちに測定した。イオン強度1.0 x 10-1Mにおける活量係数は0.83であり、pHと水素イオン濃度[H+]の関係は以下の式で表される。
【0030】
【数1】
【0031】
抽出後の有機相(4 mL)を分取して1.0 x 10-1 M HClO4 (4 mL)と1時間振盪し、Lnを逆抽出した。アルセナゾIIIを用いた吸光光度法、またはICP-MSによって正抽出および逆抽出後の水相のLnを定量して水相-有機相間のLn(III)の分配比(D)、抽出率(%E)、回収率(%R)、を求めた。D, %E, %Rの定義は以下の通りである。添え字のorgは有機相、添え字無しは水相を示し、iniは初濃度を表す。
【0032】
【数2】
【0033】
【数3】
【0034】
【数4】
【0035】
1.2.4. アルセナゾIIIを用いたLn(III)の定量
正抽出および逆抽出後の水相を分取してアルセナゾIII濃度0.01 % (w/w)、過塩素酸濃度5.0 x 10-2 Mとなるようにメスアップして、試薬ブランクを対照として655 nmの吸光度を測定した。
【0036】
1.2.5. ICP-MSを用いたLn(III)の定量
ICP-MSの装置設定を表1に示す。正抽出および逆抽出後の水相を分取して硝酸濃度を1.0 x 10-1 Mになるように20倍から200倍に希釈して試料溶液とした。検量線用のLn溶液に、Lnを加えていないブランク溶液に対して試料と同様の抽出操作を行った、水相を加えることで測定試料とマトリクスを一致させた。
【0037】
【表1】
【0038】
1.2.6. phenの分配実験
1.0 x 10-3Mのphenを含むトルエン(5 mL)と水相(5 mL)を1時間振盪した後、2000 rpmで5分間遠心分離した。水相(2.5 mL)を分取して1.0 M H2SO4 0.5 mLと水2mLを加えた後、ヘプタン1 mLと1時間振盪してトルエンを除去し、水相のphen濃度についての測定試料とした。トルエン相(4 mL)を分取して、1.0 x 10-1 M H2SO4 (4 mL)と1時間振盪した後2000 rpmで5分間遠心分離した(逆抽出)。逆抽出後の水相(3 mL)を分取した後、同様の手順でトルエン除去を行い、有機相のphen濃度についての測定試料とした。測定試料として得られた水相を1.0 x 10-1M H2SO4で希釈した後、272 nmの吸光度を測定して両相中のphenを定量した。
【0039】
1.3. 結果と考察
1.3.1. HiptとphenによるLn(III)の協同効果抽出
Hiptとphenを同時に用いたLn(III)の協同効果抽出を行った。結果を図2〜4に示す。Hipt のみを抽出試薬として用いた場合と比較してphenを共存させることによってLa(III)でDが102倍前後、Eu(III)で103倍前後、Lu(III)で104倍前後の抽出の増大が見られ、協同効果が現れた。
【0040】
以下、HiptをHA、ipt をA、phenをBと表記する。ランタノイド(III)は、元素を特定のものに限定しない場合にはLnあるいは水和イオンをLn3+と表記する。
n核の混合配位子錯体LnnA3nHAmBpの抽出は (1-1)式で表され、抽出定数Kex,s,nmpは(1-2)式で表される。
【0041】
【数5】
【0042】
【数6】
【0043】
主要な抽出種がLnnA3nHAmBpであるとき、分配比Dは(1-3)式で表される。
【0044】
【数7】
【0045】
ここで,βkは水相での錯生成定数であり以下のように定義される。
【0046】
【数8】
【0047】
水相中のLnの全濃度は次のように書ける。
【0048】
【数9】
【0049】
(1-3)式は(1-2)式と(1−5)式を用いて次のように変形できる。
【0050】
【数10】
【0051】
(1-6)式の対数をとると(1-7)式が得られる。
【0052】
【数11】
【0053】
図2〜4に示した協同効果系のlogD vs pHプロットの傾きは2.6から3.8であった。このことから、(1-7)式における-log[H+]の係数3nが3、すなわちnが1である。Lu(III)で見られた傾き3.8は、後述するように、phenのプロトネーションによる、[phen]orgの変化のためである。従って、いずれのLnも単核錯体(n=1)として抽出されていると推測される。抽出種について以下の節で更に詳細に議論する。
【0054】
1.3.2. Hiptの結合数
(1-7)式からpH, [phen]org一定でのlogD vs log[Hipt]orgプロットの傾きがHiptの結合数と抽出種中の金属の数を示すことが分かる。有機相中のHipt濃度は次式を用いて求めた。
【0055】
【数12】
【0056】
ここでKd,HAは分配定数であり、次式で定義され、Kd,Hipt = 102.41 [1]である。
【0057】
【数13】
【0058】
Ka,HAは酸解離定数であり、次式で定義され、Ka,Hipt = 10-7.04 [2]である。
【0059】
【数14】
【0060】
図5、6、7にLa(III),Eu(III), Lu(III)の一定pHにおけるlogD vs log[Hipt]orgプロットを示す。傾きが2.9から3.0であることから、n = 1, m = 0, すなわち抽出種は中心金属数1、Hipt配位数3であると考えられる。
【0061】
1.3.3. phenの結合数
(1-7)式からpH, [Hipt]org一定でのlogD vs log[phen]orgプロットの傾きがLn - ipt錯体へのphenの結合数を示すことが分かる。(1-7)式中の[B]orgは(1-8)式で表され、式中のKd,BとKa,Bは以下のように定義される。なお,Ka,phen = 10-4.98[6]である。
【0062】
【数15】
【0063】
【数16】
【0064】
【数17】
【0065】
Kd,phenを求めるために水-トルエン系におけるphenの分配比Dphenを求め、解析した。Dphenは(1-9)式で表され、(1-18)式、(1-19)式から(1-10)式のように変形でき、対数を取ると(1-11)式が得られる。
【0066】
【数18】
【0067】
【数19】
【0068】
【数20】
【0069】
logDphen vs pHプロットを図8に示す。Ka,phen = 10-4.98[6]を用いてKd,phenについて(1-11)式に基づく最小二乗フィッティングを行い、Kd,phen = 100.60±0.003を得た。
【0070】
図9、10、11にLa(III), Eu(III), Lu(III)のlogD - log[phen]orgプロットを示す。傾きが0.91から0.95であることから、抽出種には1分子のphenが結合していると考えられる。
【0071】
以上からHipt-phen協同効果系におけるLn(III)の抽出種はLn(ipt)3phenであることが分かった。よって抽出反応は(1-12)式で表され抽出定数は(1-13)式で定義される。
【0072】
【数21】
【0073】
【数22】
【0074】
LaについてKex,s,101(La) = 10-5.43±0.07、EuについてKex,s,101(Eu)= 10-0.84±0.06、LuについてKex,s,101(Lu) = 101.57±0.03が得られる。
【0075】
抽出定数Kex,s,101の比から求められる分離係数αはLa - Eu間で104.59、Eu - Lu間で102.41、La - Lu間で107.00であった。得られた抽出定数と分離係数を表2に示す。
【0076】
得られた結果をテノイルトリフルオロアセトン(Htta)、ピバロイルトリフルオロアセチルアセトン(Hpta)やアセチルアセトン(Hacac)などのβ-ジケトンとphenを用いた協同効果抽出系と比較した。Hipt - phen系はLa - Luの分離に関して極めて高い性能を示した。
【0077】
【表2】
【0078】
続いて、先に示したlogD vs pHプロットについて考察した。分配比Dは 水相中でのipt錯体の生成を考慮すると(1-14)式で表され、対数をとると(1-15)式が得られる。
【0079】
【数23】
【0080】
【数24】
【0081】
更に水相中でのphenのプロトネーションを考慮すると(1-8)式を用いて(1-16)式のように変形できる。
【0082】
【数25】
【0083】
[H+]が十分に大きい、すなわち抽出条件が十分に酸性であるとき、(1-16)式は(1-17)式に近似できる。
【0084】
【数26】
【0085】
従って、Hipt - phen系のlogD vs pHプロットは酸性領域において傾き4となる。図4に示されたLu(III)の傾き3.8はこの効果によるものである。得られた定数を評価するため、Hipt濃度を5.0 x 10-3 Mから1.0 x 10-2 M、phen濃度を2.0 x 10-5 Mから1.0 x 10-4Mまで変化させてEu(III)を抽出した。結果を図12に示す。実験値と(1-15)式に基づく計算値が良い一致を示している。計算には測定したpHから求めた水素イオン濃度を用いた。以上からこの抽出条件の範囲で抽出種はEu(ipt)3phenであることが確かめられた。
【0086】
1.4. 結論
中性配位子であるphenを共存させることにより、Hipt - トルエン系におけるLn(III)の抽出種を多核錯体から単核錯体に変化させることができた。Hipt - phen系はLn(III)の分離に優れた性能を示し、La - Lu間の分離係数は107.00にも達した。
【0087】
2. 実施例2: 複数種のランタノイド(III)の混合系からの抽出分離
2.1. 目的
実施例1ではHiptを用いたLn(III)の抽出にphenを加えた系において単核錯体Ln(ipt)3phenが抽出種として得られることが確認された。
本実施例では更に、Pmを除く14種類のLn(III)を混在させた溶液から抽出分離を行い、実際に得られる分離度について実施例1の結果と比較し検討する。
【0088】
2.2. 実験
実施例1で用いた試薬に加えて、Pm以外の14種のLn(III)の標準溶液を用いた。標準溶液の調製は上記と同様の方法で行った。抽出操作、定量操作も実施例1と同様に行った。
ICP-MSによるLn(III)の定量に用いた、142Nd, 152Sm, 158Gd, 164Dyについて、それぞれ142Ce, 152Gd, 158Dy, 164Erの同重体が存在するため、以下のように補正した。測定値として得られる係数率(cps)をcn,d, 測定する同位体の係数率をcn,x妨害する同位体の同位体存在度をan,iとして次の補正を行った。
【0089】
【数27】
【0090】
特定の元素について同位体間で感度はほぼ等しいとみなすことができ、測定した溶液についてcm,iが得られているので、この補正によって測定値からcn,xが得られ、この値を用いて測定元素を定量した。
【0091】
2.3. 結果と考察
2.3.1. 14種のLn(III)の同時抽出
Pmを除く14種類のLn(III)をそれぞれ1.0 x 10-6 M含む溶液からHipt単独系およびHipt - phen系を用いてLn(III)の抽出を行った。結果を図13,14に示す。図14の結果については、図15にLaからEuまでの軽ランタノイドのプロットを、図16にGdからLuまでの重ランタノイドのプロットを分けて示す。軽ランタノイド(La - Eu)間、重ランタノイド(Gd - Lu)間でそれぞれ分配曲線の形が相互に類似していることが分かる。
【0092】
図14に示したLa(III), Eu(III), Lu(III)の抽出の結果と、実施例1で求めた抽出定数Kex,s,101と文献値のβ1を用いた計算値との比較を図17に示す。
La(III)とEu(III)について計算値と実験結果が良い一致を示したことから、複数のLn(III)が共存する系においても抽出種はLn(ipt)3phenであり、多核錯体の生成による共抽出は抑えられたと考えられる。また、分配曲線が類似の形状を示す軽Lnの抽出においても同様の抽出が考えられる。
一方、Lu(III)は計算値と実験結果が大きく異なっており、phen付加錯体に比べて抽出性が劣る異種Ln多核錯体生成の影響が推察される。
【0093】
2.3.2. Hipt系とHipt - phen系における分離係数
図13及び14の結果を用いて、分配比Dの比から実際の分離係数αを算出した。Eu(III)に対する他のLn(III)の分離係数を図18に示す。軽Ln (La - Eu)ではHipt - phen系は実際のLn(III)混合物の分離においてもpHに関係なくHipt単独系より大きな分離係数を示した。一方、重LnについてはpHの変化によってHipt - phen系の分離性能が大きく変化した。重Ln (Gd - Lu)の分離の挙動がHipt - phen系とHipt単独系で類似していることと、前節で述べたLu(III)についての計算値と実験値の不一致から重Lnの抽出は、重Ln間の多核錯体生成による共抽出が大きく影響していると考えられる。
【0094】
図19にHipt - phen系でのLa(III)に対する他のLn(III)の分離係数αを示す。pH 4.97でEu(III), Ho(III), Tm(III), Yb(III), Lu(III)の分離係数αは104.00を超えており、この抽出条件においてこれらのLn(III)は1回のバッチ抽出でLa(III)から定量的に分離することが出来る。また、La(III)とEu(III)について得られた分離係数αは104.65であり、実施例1で抽出定数の比から求めた分離係数104.59 (表2) と良い一致を示した。
【0095】
一方La(III)とLu(III)について得られた分離係数は104.95であり、抽出定数の比から求めた分離係数107.00 (表2) と大きく異なっている。これは既に述べたように重Ln間の多核錯体生成による抽出種の変化によるものである。
【0096】
2.3.3. 原子番号が隣接するLn(III)間の分離
図13及び14の結果から、原子番号が隣接するLn(III)間の分離係数αを求めた。結果を図20に示す。Hipt - phen協同効果系はLa - Ce (57 - 58), Eu - Gd (63 - 64), Er - Tm (68 - 69)についてα = 102.00に迫る、極めて高い分離性能を示すことが分かった。
【0097】
通常、Ln(III)のキレート抽出においてその抽出性はLn(III)の電荷密度に比例して増大するため、原子番号順に高くなる。ところが、Hipt - phen系においてはEu - Gd (63 - 64)とHo - Er (68 - 69) で抽出性の順序が原子番号の順序と大きく逆転する特異な挙動を示した。Eu - Gd間での逆転は特に大きい。Hipt - phen系においてEu(III)の抽出種はEu(ipt)3phen であるのに対し、Gdの抽出種は多核錯体を含むと考えられる。このために、類似の化学種同士の分離では通常は得られない特異な挙動を示したと考えられる。
【0098】
2.4. 結論
Hipt - phen系はLnの相互分離においても優れた性能を示し、La(III)とEu(III), Ho(III), Tm(III), Yb(III), Lu(III)の組み合わせについてα > 104.00の定量的な分離を達成した。また、La(III)とEu(III)の挙動が金属単独での実験結果からの予測と良く一致したことから、複数のLn(III)が混在する条件でも抽出種はLa(ipt)3phenおよびEu(ipt)3phenであると考えられる。更にLa - Ce, Eu - Gd, Er - Tmなどの一般に分離が困難な、原子番号が隣接するLn(III)の組み合わせについても分離係数は102.00程度の良好な値を示す。
【0099】
3. 参考文献一覧
[1] J. Noro, Anal. Sci., (1998) 14, 1099 - 1105
[2] J. Noro, Anal. Sci., (1999) 15, 1265 - 1268
[3] S. Nakamura, N. Suzuki, Polyhedron, (1986) 5, 1805 - 1813
[4] S. Nakamura, N. Suzuki, Bull. Chem. Soc. Jpn., (1993) 66, 98 - 102
[5] 海老沢 三千恵, 修士学位論文, 茨城大学理工学研究科 (2006)
[6] H. Irving, D.H. Mellor, J. Chem. Soc., (1962) 5222
【技術分野】
【0001】
本発明は希土類金属の相互分離に使用することができる抽出剤及び当該抽出剤を用いた希土類金属の抽出分離法を提供する。
【背景技術】
【0002】
元素周期表において原子番号57のLaから原子番号71のLuまでの15元素をランタノイド(Ln)といい、永久磁石やレーザー、蛍光体、水素吸蔵合金、紫外線吸収レンズ、光ファイバー、磁気記録用ディスクなどに利用されている有用な元素である。原子番号の小さなLaからEuまでは軽ランタノイド、原子番号の大きなGdからLuまでは重ランタノイドとよばれる。ランタノイド元素は化学的性質が相互に類似するため、Ln間の分離は困難である[非特許文献1]。
【0003】
溶媒抽出はお互いにほとんど混和しない二種類の溶媒間に溶質が分配することを利用した分離法であり、簡単な操作で微量から大量の物質の分離・精製が出来るため、湿式冶金や資源回収、核燃料再処理などに広く応用されている[非特許文献2]。
【0004】
テノイルトリフルオロアセトンのようなβ-ジケトンや4-イソプロピルトロポロン(Hipt)によるLnの抽出は古くから行われている [非特許文献3-5]。近年、Hipt系ではβ-ジケトン系では見られないLn2(ipt)6Hiptなどの試薬自身の付加(自己付加)を含む多核錯体の抽出が報告されている[非特許文献6, 7]。更に、複数の希土類が存在する条件ではLaLu(ipt)6やLaLu(ipt)6Hiptのような異種Lnの多核錯体が抽出される共抽出が起こり、分離の妨げとなることが明らかになってきた[非特許文献8]。ある抽出系によるLn(III)の相互分離能は各元素単独での実験結果から予測される。しかしながら、複数の希土類金属が存在する系から実際に相互分離を行うと共抽出の影響により予測とは異なる結果が得られることがある。
【0005】
一方、協同効果とは2種類の異なる抽出試薬を併用した際に、それぞれを単独で用いた時と比べて抽出が飛躍的に向上する現象である。この現象は、1954年にテノイルトリフルオロアセトンとリン酸トリブチルによる硝酸溶液からのLn(III)の抽出で初めて見出された[非特許文献9]。一般に、酸性二座配位子(HA)を用いてLn(III)を抽出する場合、配位数8 から9のLn(III)に3分子のHAが結合した錯体は電荷は中和されているが2〜3分子の配位水を有しているため疎水性が低く、抽出性が低い。これに対して酸性二座配位子(HA)と中性配位子(B)を抽出試薬として用いた際のLn(III)の協同効果抽出では、水分子が中性配位子(B)によって置換される混合配位子錯体は疎水性が高く、抽出性に優れる。
【0006】
Hiptを用いたLn(III)の抽出系に中性配位子を加えた協同効果抽出系の例は少ないが、Hiptとトリオクチルホスフィンオキシド(TOPO)を用いた二価遷移金属のクロロホルムへの抽出が知られており、TOPOの存在下で単核錯体の抽出[非特許文献10]が知られている。しかし、TOPOを用いたLn(III)の協同効果抽出[非特許文献11]において分離の悪化が報告されている。一方、1,10-フェナントロリン(phen)を用いたLn(III)の協同効果抽出[非特許文献12, 13]においては分離の向上が報告されている。
【0007】
溶媒抽出により水相中から希土類金属を分離するための抽出剤に関しては種々の特許出願がされている(例えば特許文献1及び2)。しかしながら、従来の抽出剤は希土類金属の相互分離性能に関して満足できるものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007-327085号公報
【特許文献2】特開平7-34151号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】足立 吟也, 希土類の化学, 化学同人 (1999)
【非特許文献2】井村 久則, 別冊 最新の分離・精製・検出法〜原理から応用まで〜
【非特許文献3】T. Sekine, D. Dyrssen, J. Inorg. Nucl. Chem., (1967) 29, 1489 - 1498
【非特許文献4】J. Alstad, J.H. Augusuton, L. Farbu, J. Inorg. Nucl. Chem., (1974) 36, 899 - 903
【非特許文献5】雄鹿 梓, 山岡 一晃, 板野 和幸, 長谷川 佑子, 分析化学, (2004) 53, 1199 - 1206
【非特許文献6】J. Noro, Anal. Sci., (1998) 14, 1099 - 1105
【非特許文献7】J. Noro, Anal. Sci, (1999) 15, 1265 - 1268
【非特許文献8】井村久則, 海老沢 三千恵, 大橋 朗, 大橋 弘三郎, 野呂 純二, 石垣 知紀, 希土類, (2006) 48, 180 - 181
【非特許文献9】赤岩秀夫, 抽出分離分析法, 講談社 (1972)
【非特許文献10】T. Sekine, I. Ninomiya, M. Tebakari, J. Noro, Bull. Chem. Soc. Jpn., (1997) 70 1385 - 1392
【非特許文献11】T. Shigematsu, M. Tabushi, M. Matui, T. Honjyo, Bull. Chem. Soc. Jpn., (1967) 40, 2807 - 2812
【非特許文献12】S. Nakamura, N. Suzuki, Polyhedron, (1986) 5, 1805 - 1813
【非特許文献13】S. Nakamura, N. Suzuki, Bull. Chem. Soc. Jpn., (1993) 66, 98 - 102
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、複数種の希土類金属が混在する系から目的とする希土類金属を選択的に分離する能力が高い溶媒抽出用抽出剤、及び該当該抽出剤を用いた希土類金属の抽出分離法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、4-イソプロピルトロポロン(以下「Hipt」と称することがある。また、4-イソプロピルトロポロンからプロトンが解離して生じる陰イオンを「ipt」と称することがある)を抽出剤として用いるランタノイドイオンLn(III)の溶媒抽出系において、中性配位子である1,10-フェナントロリン(以下、「phen」と称することがある)を併用した抽出系では、単核錯体Ln(ipt)3phenが抽出種として生じること、協同効果により抽出効率が高いこと、並びに希土類金属間相互の選択的分離能が高いことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
本発明は以下の発明の形態を包含する。
(1) 4-イソプロピルトロポロンと、1,10-フェナントロリンとの組み合わせであることを特徴とする希土類金属の抽出剤。
(2) 水中に希土類金属を含有する水相と、有機溶媒中に(1)の抽出剤を含有する有機相とを、目的の希土類金属が抽出されるpH条件下で接触させ、有機相中に目的の希土類金属を抽出する抽出工程と、
抽出工程後の有機相から希土類金属を回収する回収工程とを含む、希土類金属の抽出分離法。
(3) 有機溶媒がトルエンである、(2)の抽出分離法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、希土類金属を水相中から効率的に抽出することが可能である。また、水相中のpH条件を適宜設定することにより、複数種の希土類金属が混在する水相から目的とする希土類金属を選択的に分離することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例での抽出操作の概要を示す。
【図2】Hipt-phen-トルエン系によるLa(III)の抽出結果を示す。
【図3】Hipt-phen-トルエン系によるEu(III)の抽出結果を示す。
【図4】Hipt-phen-トルエン系によるLu(III)の抽出結果を示す。
【図5】Hipt-phen-トルエン系におけるlogD vs log[Hipt]orgプロット(La(III))を示す。
【図6】Hipt-phen-トルエン系におけるlogD vs log[Hipt]orgプロット(Eu(III))を示す。
【図7】Hipt-phen-トルエン系におけるlogD vs log[Hipt]orgプロット(Lu(III))を示す。
【図8】トルエン-水相間でのphenの分配比を示す。
【図9】Hipt-phen-トルエン系におけるlogD - log[phen]orgプロット(La(III))を示す。
【図10】Hipt-phen-トルエン系におけるlogD - log[phen]orgプロット(Eu(III))を示す。
【図11】Hipt-phen-トルエン系におけるlogD - log[phen]orgプロット(Lu(III))を示す。
【図12】Hipt濃度(5.0 x 10-3 M又は1.0 x 10-2M)とphen濃度(2.0 x 10-5M又は1.0 x 10-4 M)とを変化させてHipt-phen-トルエン系によりEu(III)を抽出した結果を示す。
【図13】Hipt単独-トルエン系によるLn(III)の抽出結果を示す。
【図14】Hipt-phen-トルエン系によるLn(III)の抽出結果を示す。
【図15】Hipt-phen-トルエン系による軽Ln(III)の抽出結果を示す。
【図16】Hipt-phen-トルエン系による重Ln(III)の抽出結果を示す。
【図17】LogD vs pHプロットの実測値と計算値を示す。
【図18】Hipt-phen-トルエン系におけるEu(III)に対する他のLn(III)の分離係数を示す。
【図19】Hipt-phen-トルエン系におけるLa(III)に対する他のLn(III)の分離係数を示す。
【図20】Hipt-phen-トルエン系による、原子番号が隣接するLn(III)間の分離係数を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1. 抽出分離対象元素
本発明の抽出剤により抽出される金属は、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)及び15種のランタノイド(Ln)からなる希土類金属であり、好ましくはランタノイドである。
本発明の抽出剤は、ランタノイドの抽出性が高いうえに、ランタノイド間での抽出分離能が高い。このため、ランタノイドを含む希土類金属を他の金属元素から分離することが可能であるのに加えて、水相のpHを調節することにより特定の希土類金属を選択的に分離することも可能である。
【0016】
2. 抽出剤
本発明では、抽出剤として酸性二座配位子である4-イソプロピルトロポロン(Hipt)と、中性配位子である1,10−フェナントロリン(phen)とを組み合わせて用いる。Hiptはヒノキチオールとも呼ばれる。
【0017】
Hipt及びphenの有機相中での濃度は特に限定されないが、典型的にはHiptは1x10-3〜1x10-2 M、phenは1x10-3〜1x10-2 Mである。
Hiptとphenとの比は特に限定されないが、モル濃度比が10:1〜1:10の範囲であることが好ましい。
【0018】
抽出剤の希土類金属に対する使用量は特に限定されないが、抽出しようとする希土類金属イオンの水相中でのモル濃度に対して、有機相中でのHiptとphenとのモル濃度の和は好ましくは10倍以上、より好ましくは100倍以上である。
【0019】
3. 抽出分離法
本発明の抽出分離法は、
水中に希土類金属を含有する水相と、有機溶媒中に上記抽出剤を含有する有機相とを、目的の希土類金属が抽出されるpH条件下で接触させ、有機相中に目的の希土類金属を抽出する抽出工程と、
抽出工程後の有機相から希土類金属を回収する回収工程と
を含む。
【0020】
水相中には、希土類金属が3価の陽イオンの形態で含まれることが好ましい。
水相と有機相との比は特に限定されない。例えば水相と有機相とを10:1〜1:10の容積比で用いることができる。
【0021】
pH条件は、抽出しようとする希土類金属に応じて適宜設定することができる。例えば図14から示唆されるように、pH値6.50〜7.00程度の中性付近の条件で抽出をした場合、全ての希土類金属を効率よく抽出することが可能であるが、複数の希土類金属の混合系から特定の金属を選択的に抽出するには適さない。一方、pH値を4.0〜6.00の範囲で抽出を行うと希土類金属間での選択的な抽出が可能となる(図14〜16、図18〜20参照)。
【0022】
有機溶媒は本発明の抽出剤を溶解することができるものであれば特に限定されないが、無極性溶媒であることが好ましく、特にトルエン、ベンゼン,キシレン,クロロベンゼン,ジクロロベンゼンが好ましい。
【0023】
水相と有機相との接触は、両者の混合物を十分に攪拌又は振とうすることにより行う。接触時間は30〜60分間であることが好ましい。接触温度は20〜30℃であることが好ましい。
【0024】
希土類金属を有機相に抽出した後、通常の手段により有機相と水相とを分離する。
有機相からの希土類金属を回収する方法としては、上記抽出工程におけるpH条件よりもより酸性側のpH条件において有機相と別の水相とを接触させ、当該別の水相中に希土類金属を逆抽出する方法が挙げられる。逆抽出のための水相としては硫酸、塩酸、硝酸,過塩素酸等の希釈液が使用できる。
【実施例】
【0025】
1. 実施例1:単一種のランタノイド(III)を含有する系からの中性配位子(phen) による協同抽出
1.1. 目的
本実施例では、Ln(III)の多核錯体が抽出されるHipt - トルエン系において中性配位子である1,10-フェナントロリン(phen)の効果を明らかにした。
【0026】
1.2. 実験
1.2.1. 試薬
Hipt(半井化学, 98%)、アルセナゾIII(同仁化学, 試験研究用)、トルエン(ナカライテスク, 試薬特級)、phen(ALDRICH, 99%)は特に精製を行わず使用した。水は超純水精製装置(MILLIPORE Elix3/milli-Q gradient A10)により精製したものを用いた。pH緩衝剤として酢酸(関東化学, 特級)と2-モルホリノエタンスルホン酸(MES)(同仁化学, 試験研究用)を、pH調整には水酸化ナトリウム(シグマアルドリッチ, 特級)を用いた。
【0027】
Ln(III)標準液は高純度の酸化物(La2O3 ; 日本イットリウム株式会社, 99.9%、Eu2O3 ; 日本イットリウム株式会社, 99.9%、Lu2O3 ; 日本イットリウム株式会社, 99.9%)を電気炉を用いて800℃で3時間加熱した後、秤量した。濃硝酸に加熱溶解後、蒸発乾固した。残渣に過塩素酸を加え、蒸発乾固を3回繰り返した後、過塩素酸と水でメスアップして1.0 x 10-2M Ln(III)の1.0 x 10-1 M過塩素酸溶液を調製した。
【0028】
1.2.2. 装置
溶液の振盪には、振盪機(TAITEC RECIPRO SHAKER SR1)を用い、水相と有機相の相分離には遠心機(TOMY LC 100)を用いた。pHはガラス電極(HORIBA 9678-10D)を備えたpHメーター(HORIBA F52)を用いて測定した。pHメーターの校正にはシュウ酸塩標準液(シグマアルドリッチ, pH 1.68)、フタル酸塩標準液(シグマアルドリッチ, pH 4.01)、中性リン酸塩標準液(シグマアルドリッチ, pH 6.86)、ホウ酸塩標準液(シグマアルドリッチ, pH 9.18)を用いた。Ln(III)の定量には紫外可視吸光光度計(Shimadzu UV-160)と誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)(Seiko Instruments SPQ 8000)を用いた。
【0029】
1.2.3. 抽出操作
抽出操作の概要を図1に示す。以下に各操作について詳述する。
2.0 x 10-5MのLn(III)、pH緩衝剤(1.0 x 10-2 M MES あるいは1.0 x 10-3M 酢酸)を含み、NaClもしくはNaClO4でイオン強度を1.0 x 10-1Mに調整した水相と、Hipt、phenを含む等体積の有機相を1時間振盪した後、2000 rpmで5分間遠心分離した。水相のpHは遠心分離後ただちに測定した。イオン強度1.0 x 10-1Mにおける活量係数は0.83であり、pHと水素イオン濃度[H+]の関係は以下の式で表される。
【0030】
【数1】
【0031】
抽出後の有機相(4 mL)を分取して1.0 x 10-1 M HClO4 (4 mL)と1時間振盪し、Lnを逆抽出した。アルセナゾIIIを用いた吸光光度法、またはICP-MSによって正抽出および逆抽出後の水相のLnを定量して水相-有機相間のLn(III)の分配比(D)、抽出率(%E)、回収率(%R)、を求めた。D, %E, %Rの定義は以下の通りである。添え字のorgは有機相、添え字無しは水相を示し、iniは初濃度を表す。
【0032】
【数2】
【0033】
【数3】
【0034】
【数4】
【0035】
1.2.4. アルセナゾIIIを用いたLn(III)の定量
正抽出および逆抽出後の水相を分取してアルセナゾIII濃度0.01 % (w/w)、過塩素酸濃度5.0 x 10-2 Mとなるようにメスアップして、試薬ブランクを対照として655 nmの吸光度を測定した。
【0036】
1.2.5. ICP-MSを用いたLn(III)の定量
ICP-MSの装置設定を表1に示す。正抽出および逆抽出後の水相を分取して硝酸濃度を1.0 x 10-1 Mになるように20倍から200倍に希釈して試料溶液とした。検量線用のLn溶液に、Lnを加えていないブランク溶液に対して試料と同様の抽出操作を行った、水相を加えることで測定試料とマトリクスを一致させた。
【0037】
【表1】
【0038】
1.2.6. phenの分配実験
1.0 x 10-3Mのphenを含むトルエン(5 mL)と水相(5 mL)を1時間振盪した後、2000 rpmで5分間遠心分離した。水相(2.5 mL)を分取して1.0 M H2SO4 0.5 mLと水2mLを加えた後、ヘプタン1 mLと1時間振盪してトルエンを除去し、水相のphen濃度についての測定試料とした。トルエン相(4 mL)を分取して、1.0 x 10-1 M H2SO4 (4 mL)と1時間振盪した後2000 rpmで5分間遠心分離した(逆抽出)。逆抽出後の水相(3 mL)を分取した後、同様の手順でトルエン除去を行い、有機相のphen濃度についての測定試料とした。測定試料として得られた水相を1.0 x 10-1M H2SO4で希釈した後、272 nmの吸光度を測定して両相中のphenを定量した。
【0039】
1.3. 結果と考察
1.3.1. HiptとphenによるLn(III)の協同効果抽出
Hiptとphenを同時に用いたLn(III)の協同効果抽出を行った。結果を図2〜4に示す。Hipt のみを抽出試薬として用いた場合と比較してphenを共存させることによってLa(III)でDが102倍前後、Eu(III)で103倍前後、Lu(III)で104倍前後の抽出の増大が見られ、協同効果が現れた。
【0040】
以下、HiptをHA、ipt をA、phenをBと表記する。ランタノイド(III)は、元素を特定のものに限定しない場合にはLnあるいは水和イオンをLn3+と表記する。
n核の混合配位子錯体LnnA3nHAmBpの抽出は (1-1)式で表され、抽出定数Kex,s,nmpは(1-2)式で表される。
【0041】
【数5】
【0042】
【数6】
【0043】
主要な抽出種がLnnA3nHAmBpであるとき、分配比Dは(1-3)式で表される。
【0044】
【数7】
【0045】
ここで,βkは水相での錯生成定数であり以下のように定義される。
【0046】
【数8】
【0047】
水相中のLnの全濃度は次のように書ける。
【0048】
【数9】
【0049】
(1-3)式は(1-2)式と(1−5)式を用いて次のように変形できる。
【0050】
【数10】
【0051】
(1-6)式の対数をとると(1-7)式が得られる。
【0052】
【数11】
【0053】
図2〜4に示した協同効果系のlogD vs pHプロットの傾きは2.6から3.8であった。このことから、(1-7)式における-log[H+]の係数3nが3、すなわちnが1である。Lu(III)で見られた傾き3.8は、後述するように、phenのプロトネーションによる、[phen]orgの変化のためである。従って、いずれのLnも単核錯体(n=1)として抽出されていると推測される。抽出種について以下の節で更に詳細に議論する。
【0054】
1.3.2. Hiptの結合数
(1-7)式からpH, [phen]org一定でのlogD vs log[Hipt]orgプロットの傾きがHiptの結合数と抽出種中の金属の数を示すことが分かる。有機相中のHipt濃度は次式を用いて求めた。
【0055】
【数12】
【0056】
ここでKd,HAは分配定数であり、次式で定義され、Kd,Hipt = 102.41 [1]である。
【0057】
【数13】
【0058】
Ka,HAは酸解離定数であり、次式で定義され、Ka,Hipt = 10-7.04 [2]である。
【0059】
【数14】
【0060】
図5、6、7にLa(III),Eu(III), Lu(III)の一定pHにおけるlogD vs log[Hipt]orgプロットを示す。傾きが2.9から3.0であることから、n = 1, m = 0, すなわち抽出種は中心金属数1、Hipt配位数3であると考えられる。
【0061】
1.3.3. phenの結合数
(1-7)式からpH, [Hipt]org一定でのlogD vs log[phen]orgプロットの傾きがLn - ipt錯体へのphenの結合数を示すことが分かる。(1-7)式中の[B]orgは(1-8)式で表され、式中のKd,BとKa,Bは以下のように定義される。なお,Ka,phen = 10-4.98[6]である。
【0062】
【数15】
【0063】
【数16】
【0064】
【数17】
【0065】
Kd,phenを求めるために水-トルエン系におけるphenの分配比Dphenを求め、解析した。Dphenは(1-9)式で表され、(1-18)式、(1-19)式から(1-10)式のように変形でき、対数を取ると(1-11)式が得られる。
【0066】
【数18】
【0067】
【数19】
【0068】
【数20】
【0069】
logDphen vs pHプロットを図8に示す。Ka,phen = 10-4.98[6]を用いてKd,phenについて(1-11)式に基づく最小二乗フィッティングを行い、Kd,phen = 100.60±0.003を得た。
【0070】
図9、10、11にLa(III), Eu(III), Lu(III)のlogD - log[phen]orgプロットを示す。傾きが0.91から0.95であることから、抽出種には1分子のphenが結合していると考えられる。
【0071】
以上からHipt-phen協同効果系におけるLn(III)の抽出種はLn(ipt)3phenであることが分かった。よって抽出反応は(1-12)式で表され抽出定数は(1-13)式で定義される。
【0072】
【数21】
【0073】
【数22】
【0074】
LaについてKex,s,101(La) = 10-5.43±0.07、EuについてKex,s,101(Eu)= 10-0.84±0.06、LuについてKex,s,101(Lu) = 101.57±0.03が得られる。
【0075】
抽出定数Kex,s,101の比から求められる分離係数αはLa - Eu間で104.59、Eu - Lu間で102.41、La - Lu間で107.00であった。得られた抽出定数と分離係数を表2に示す。
【0076】
得られた結果をテノイルトリフルオロアセトン(Htta)、ピバロイルトリフルオロアセチルアセトン(Hpta)やアセチルアセトン(Hacac)などのβ-ジケトンとphenを用いた協同効果抽出系と比較した。Hipt - phen系はLa - Luの分離に関して極めて高い性能を示した。
【0077】
【表2】
【0078】
続いて、先に示したlogD vs pHプロットについて考察した。分配比Dは 水相中でのipt錯体の生成を考慮すると(1-14)式で表され、対数をとると(1-15)式が得られる。
【0079】
【数23】
【0080】
【数24】
【0081】
更に水相中でのphenのプロトネーションを考慮すると(1-8)式を用いて(1-16)式のように変形できる。
【0082】
【数25】
【0083】
[H+]が十分に大きい、すなわち抽出条件が十分に酸性であるとき、(1-16)式は(1-17)式に近似できる。
【0084】
【数26】
【0085】
従って、Hipt - phen系のlogD vs pHプロットは酸性領域において傾き4となる。図4に示されたLu(III)の傾き3.8はこの効果によるものである。得られた定数を評価するため、Hipt濃度を5.0 x 10-3 Mから1.0 x 10-2 M、phen濃度を2.0 x 10-5 Mから1.0 x 10-4Mまで変化させてEu(III)を抽出した。結果を図12に示す。実験値と(1-15)式に基づく計算値が良い一致を示している。計算には測定したpHから求めた水素イオン濃度を用いた。以上からこの抽出条件の範囲で抽出種はEu(ipt)3phenであることが確かめられた。
【0086】
1.4. 結論
中性配位子であるphenを共存させることにより、Hipt - トルエン系におけるLn(III)の抽出種を多核錯体から単核錯体に変化させることができた。Hipt - phen系はLn(III)の分離に優れた性能を示し、La - Lu間の分離係数は107.00にも達した。
【0087】
2. 実施例2: 複数種のランタノイド(III)の混合系からの抽出分離
2.1. 目的
実施例1ではHiptを用いたLn(III)の抽出にphenを加えた系において単核錯体Ln(ipt)3phenが抽出種として得られることが確認された。
本実施例では更に、Pmを除く14種類のLn(III)を混在させた溶液から抽出分離を行い、実際に得られる分離度について実施例1の結果と比較し検討する。
【0088】
2.2. 実験
実施例1で用いた試薬に加えて、Pm以外の14種のLn(III)の標準溶液を用いた。標準溶液の調製は上記と同様の方法で行った。抽出操作、定量操作も実施例1と同様に行った。
ICP-MSによるLn(III)の定量に用いた、142Nd, 152Sm, 158Gd, 164Dyについて、それぞれ142Ce, 152Gd, 158Dy, 164Erの同重体が存在するため、以下のように補正した。測定値として得られる係数率(cps)をcn,d, 測定する同位体の係数率をcn,x妨害する同位体の同位体存在度をan,iとして次の補正を行った。
【0089】
【数27】
【0090】
特定の元素について同位体間で感度はほぼ等しいとみなすことができ、測定した溶液についてcm,iが得られているので、この補正によって測定値からcn,xが得られ、この値を用いて測定元素を定量した。
【0091】
2.3. 結果と考察
2.3.1. 14種のLn(III)の同時抽出
Pmを除く14種類のLn(III)をそれぞれ1.0 x 10-6 M含む溶液からHipt単独系およびHipt - phen系を用いてLn(III)の抽出を行った。結果を図13,14に示す。図14の結果については、図15にLaからEuまでの軽ランタノイドのプロットを、図16にGdからLuまでの重ランタノイドのプロットを分けて示す。軽ランタノイド(La - Eu)間、重ランタノイド(Gd - Lu)間でそれぞれ分配曲線の形が相互に類似していることが分かる。
【0092】
図14に示したLa(III), Eu(III), Lu(III)の抽出の結果と、実施例1で求めた抽出定数Kex,s,101と文献値のβ1を用いた計算値との比較を図17に示す。
La(III)とEu(III)について計算値と実験結果が良い一致を示したことから、複数のLn(III)が共存する系においても抽出種はLn(ipt)3phenであり、多核錯体の生成による共抽出は抑えられたと考えられる。また、分配曲線が類似の形状を示す軽Lnの抽出においても同様の抽出が考えられる。
一方、Lu(III)は計算値と実験結果が大きく異なっており、phen付加錯体に比べて抽出性が劣る異種Ln多核錯体生成の影響が推察される。
【0093】
2.3.2. Hipt系とHipt - phen系における分離係数
図13及び14の結果を用いて、分配比Dの比から実際の分離係数αを算出した。Eu(III)に対する他のLn(III)の分離係数を図18に示す。軽Ln (La - Eu)ではHipt - phen系は実際のLn(III)混合物の分離においてもpHに関係なくHipt単独系より大きな分離係数を示した。一方、重LnについてはpHの変化によってHipt - phen系の分離性能が大きく変化した。重Ln (Gd - Lu)の分離の挙動がHipt - phen系とHipt単独系で類似していることと、前節で述べたLu(III)についての計算値と実験値の不一致から重Lnの抽出は、重Ln間の多核錯体生成による共抽出が大きく影響していると考えられる。
【0094】
図19にHipt - phen系でのLa(III)に対する他のLn(III)の分離係数αを示す。pH 4.97でEu(III), Ho(III), Tm(III), Yb(III), Lu(III)の分離係数αは104.00を超えており、この抽出条件においてこれらのLn(III)は1回のバッチ抽出でLa(III)から定量的に分離することが出来る。また、La(III)とEu(III)について得られた分離係数αは104.65であり、実施例1で抽出定数の比から求めた分離係数104.59 (表2) と良い一致を示した。
【0095】
一方La(III)とLu(III)について得られた分離係数は104.95であり、抽出定数の比から求めた分離係数107.00 (表2) と大きく異なっている。これは既に述べたように重Ln間の多核錯体生成による抽出種の変化によるものである。
【0096】
2.3.3. 原子番号が隣接するLn(III)間の分離
図13及び14の結果から、原子番号が隣接するLn(III)間の分離係数αを求めた。結果を図20に示す。Hipt - phen協同効果系はLa - Ce (57 - 58), Eu - Gd (63 - 64), Er - Tm (68 - 69)についてα = 102.00に迫る、極めて高い分離性能を示すことが分かった。
【0097】
通常、Ln(III)のキレート抽出においてその抽出性はLn(III)の電荷密度に比例して増大するため、原子番号順に高くなる。ところが、Hipt - phen系においてはEu - Gd (63 - 64)とHo - Er (68 - 69) で抽出性の順序が原子番号の順序と大きく逆転する特異な挙動を示した。Eu - Gd間での逆転は特に大きい。Hipt - phen系においてEu(III)の抽出種はEu(ipt)3phen であるのに対し、Gdの抽出種は多核錯体を含むと考えられる。このために、類似の化学種同士の分離では通常は得られない特異な挙動を示したと考えられる。
【0098】
2.4. 結論
Hipt - phen系はLnの相互分離においても優れた性能を示し、La(III)とEu(III), Ho(III), Tm(III), Yb(III), Lu(III)の組み合わせについてα > 104.00の定量的な分離を達成した。また、La(III)とEu(III)の挙動が金属単独での実験結果からの予測と良く一致したことから、複数のLn(III)が混在する条件でも抽出種はLa(ipt)3phenおよびEu(ipt)3phenであると考えられる。更にLa - Ce, Eu - Gd, Er - Tmなどの一般に分離が困難な、原子番号が隣接するLn(III)の組み合わせについても分離係数は102.00程度の良好な値を示す。
【0099】
3. 参考文献一覧
[1] J. Noro, Anal. Sci., (1998) 14, 1099 - 1105
[2] J. Noro, Anal. Sci., (1999) 15, 1265 - 1268
[3] S. Nakamura, N. Suzuki, Polyhedron, (1986) 5, 1805 - 1813
[4] S. Nakamura, N. Suzuki, Bull. Chem. Soc. Jpn., (1993) 66, 98 - 102
[5] 海老沢 三千恵, 修士学位論文, 茨城大学理工学研究科 (2006)
[6] H. Irving, D.H. Mellor, J. Chem. Soc., (1962) 5222
【特許請求の範囲】
【請求項1】
4-イソプロピルトロポロンと、1,10-フェナントロリンとの組み合わせであることを特徴とする希土類金属の抽出剤。
【請求項2】
水中に希土類金属を含有する水相と、有機溶媒中に請求項1の抽出剤を含有する有機相とを、目的の希土類金属が抽出されるpH条件下で接触させ、有機相中に目的の希土類金属を抽出する抽出工程と、
抽出工程後の有機相から希土類金属を回収する回収工程とを含む、希土類金属の抽出分離法。
【請求項3】
有機溶媒がトルエンである、請求項2の抽出分離法。
【請求項1】
4-イソプロピルトロポロンと、1,10-フェナントロリンとの組み合わせであることを特徴とする希土類金属の抽出剤。
【請求項2】
水中に希土類金属を含有する水相と、有機溶媒中に請求項1の抽出剤を含有する有機相とを、目的の希土類金属が抽出されるpH条件下で接触させ、有機相中に目的の希土類金属を抽出する抽出工程と、
抽出工程後の有機相から希土類金属を回収する回収工程とを含む、希土類金属の抽出分離法。
【請求項3】
有機溶媒がトルエンである、請求項2の抽出分離法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図2】
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【図12】
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【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【公開番号】特開2010−270359(P2010−270359A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−122263(P2009−122263)
【出願日】平成21年5月20日(2009.5.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第45回 修士論文審査会(開催日:平成21年2月13日・14日)にて発表 刊行物名 :第45回 修士論文審査会 講演要旨集 要旨集発行日:平成21年2月13日 発行者 :国立大学法人金沢大学 掲載ページ :第85〜88ページ 発表日 :平成21年2月14日
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年5月20日(2009.5.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第45回 修士論文審査会(開催日:平成21年2月13日・14日)にて発表 刊行物名 :第45回 修士論文審査会 講演要旨集 要旨集発行日:平成21年2月13日 発行者 :国立大学法人金沢大学 掲載ページ :第85〜88ページ 発表日 :平成21年2月14日
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)
【Fターム(参考)】
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