説明

広帯域発光蛍光体及びその製造方法並びに母体の選択方法

【課題】広帯域な蛍光を発する蛍光体を開発する際の有効な材料設計のための指針を提供することを解決すべき課題とする。
【解決手段】結晶構造に著しい不規則性をもつ結晶を選択し、これを蛍光体の母体とすることによって、広帯域な蛍光を発する蛍光体が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、広帯域発光蛍光体及びその製造方法並びに母体の選択方法に関するもので、照明や表示媒体などに利用できる蛍光体の開発に関するものである。
【背景技術】
【0002】
照明用光源として広く普及している白色蛍光灯は、水銀含有による環境負荷という問題を抱えている。また、白熱電球はエネルギー効率が悪く、しかも寿命が短いという欠点を有している。表示用光源として普及しつつある白色発光ダイオードは、自動車ヘッドレンズの光源、液晶ディスプレイのバックライト等の照明用光源としての応用展開が進められている。しかし、白色発光ダイオードは、青色に発光するLEDと、青色と補色関係にある黄色に発光する蛍光体とを組み合わせて白色光を実現していることから、演色性に劣るという欠点を有している。
【0003】
一方、演色性に優れる太陽光は、約550 nmをピークとする広帯域な連続スペクトルからなり、約6000 Kの黒体放射を反映している。そこで、太陽光に近い広帯域な発光スペクトルを有し、環境に優しく、安価で効率的な、照明用白色光源の開発が求められている。そのためには、従来の蛍光体よりも広帯域な波長領域で蛍光を発する蛍光体を新たに開発する必要がある。
【0004】
ある種の蛍光体は、母体結晶中に賦活剤と呼ばれる不純物イオンが分散した構造をもつ。母体結晶の結晶構造の多様性と賦活剤の濃度や種類に対応して、多様な発光スペクトルを示すことが知られている。賦活剤としての発光イオン種は、一部のイオンに限定されるのに対し、母体結晶はリン酸塩や硫化物、酸化物、窒化物など多数報告されている。したがって、新規な蛍光体の開発には、母体結晶の適切な選択が最も重要である。しかし、現状においては、既存の母体結晶の類縁化合物や構成元素を一部置換した化合物を母体結晶の候補とするなど、要求性能に対応した母体の選択指針が明確に示されておらず、選択候補全ての母体結晶に種々の賦活剤を導入して、実際に蛍光体を作製することが必要であり、非効率的な研究・開発が行なわれてきた。
【0005】
一方、電子部品材料の開発に関しては、特許文献1のように最適材料を効率的、経済的に選択することができる開発・選択支援システムが開示されている。
【特許文献1】特開2002−350327
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1で開示された電子部品材料の開発・選択支援システムでは、対象になる材料が蛍光体材料とは本質的に異なっており、蛍光体の開発には適用できないという問題があった。
【0007】
また、現在までに蛍光体母体の結晶構造と発光イオン種が、発光スペクトルに及ぼす影響について、詳細に検討した報告例はほとんど無く、どのような結晶構造をもつ化合物群を母体結晶に用いれば、広帯域な蛍光を発する蛍光体が得られるのかについて、母体の選択指針が明確に示されたことはない。そのため、膨大な数量に及ぶ無機・有機化合物に対して、蛍光体母体としての特性を詳細に調査することが必要であり、時間的・経済的な観点から著しく非効率的である。
【0008】
そこで発明者らは、化合物の化学組成や結晶構造の型式には無関係で、全ての化合物にとって普遍的な特性であるところの結晶構造の不規則性に着目し、白色照明用の蛍光体として有望な、広帯域な蛍光を発する蛍光体を開発するための設計指針の提供を着想した。
【0009】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、結晶構造に著しい不規則性をもつ結晶を蛍光体の母体として選択する、という蛍光体母体の明確な選択方法を提供することによって、広帯域な蛍光を発する蛍光体を開発する際の有効な材料設計のための指針を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、結晶構造に著しい不規則性をもつ結晶を選択し、これを蛍光体の母体とすることによって、広帯域な蛍光を発する蛍光体が得られるというものである。
【0011】
請求項1記載の発明は、結晶構造に著しい不規則性をもつ結晶を蛍光体の母体とすることを特徴とする蛍光体及びその製造方法又はその母体の選択方法である。
【0012】
結晶には、一般に点欠陥や転位、ポリタイプ、双晶、ドメイン構造などの不規則性が内在する。本発明の、結晶構造に著しい不規則性をもつ結晶とは、周期構造における原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもつ結晶、あるいは原子価又は原子種の異なる複数の原子が一つの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性をもつ結晶、又はこれら二種類の不規則性の両方の不規則性を兼ね備えた結晶を含んでいる。
【0013】
本発明による母体の選択方法によれば、(1)結晶構造が未だに知られていない(未知構造)化合物であれば、回折法を用いた結晶構造解析の結果から、(2)結晶構造が既知の化合物であれば、その構造パラメータが記載されている文献又は結晶構造データベースから、広帯域な波長領域で蛍光を発する蛍光体を製造するための蛍光体母体の選択方法が提供される。
【0014】
具体的には、結晶の周期構造における原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性又は、原子価又は原子種の異なる複数の原子が一つの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性をもつ化合物群を広帯域で発光する蛍光体の母体として選択することである。
【0015】
未知構造化合物について、本発明による広帯域発光蛍光体の母体として有望か否かの選択方法を適用するためには、先ず結晶構造の決定が必要である。最近のX線回折装置と解析ソフト、パーソナルコンピュータの演算速度の進歩によって、著しい不規則性をもつ結晶の構造を、短時間で容易に解析できるようになった。
【0016】
未知構造化合物の結晶構造を決定する手順を例示すると、次の通りである。先ず未知構造化合物の粉末試料を準備し、粉末X線回折装置でプロフィルデータを収集する。回折データは、パーソナルコンピュータ上で動作する解析ソフトを用いて、結晶構造を解析することができる。具体的には、直接法(非特許文献1)で初期構造モデルを求め、リートベルト法(非特許文献2)で構造の精密化を行い、さらに最大エントロピー法(非特許文献3)とパターンフィッティング法(非特許文献4)を組み合わせて、結晶構造モデルのバイアスをできる限り取り除いた電子密度分布を得る。構造モデルに不備がある場合には、電子密度分布と比較して、原子位置分割モデルなどに改良する、という一連の方法がある。ただし、これらは未知構造化合物の結晶構造決定における一連の手順を例示したものであり、未知構造化合物の単結晶を育成して、これを単結晶X線回折法によって結晶構造を決定する方法や、中性子回折法又は電子線回折法など他の手法を併用あるいは単独で用いて、結晶構造を解析する方法もある。
【0017】
また、結晶構造が明らかにされている化合物群の中から、著しい不規則性をもつ化合物を選択し、それらに的を絞って蛍光体の合成と蛍光評価を行うことで、本発明による母体結晶の選択及び広帯域蛍光体の製造を行うこともできる。
【非特許文献1】Journal of Applied Crystallography, Vol. 32, 339 (1999)
【非特許文献2】Journal of Applied Crystallography, Vol. 2, 65 (1969)
【非特許文献3】Zeitschrift fuer Kristallographie, Vol. 216, 71 (2001)
【非特許文献4】Materials Science Forum, Vol. 378-381, 59 (2001) 結晶には点欠陥や転位、ポリタイプ、双晶、ドメイン構造、固溶体にみられるような化学不秩序などの不規則性が内在する。不規則性が著しい結晶には、超イオン伝導性を示すα‐AgI(非特許文献5)や、リチウムイオン二次電池の正極材料として注目されているLiMn2O4(非特許文献6)があり、結晶構造の著しい不規則性によって、特異な物性が発現することがある。
【0018】
結晶化学的・分光学的な見地からの理論的な解明には現時点で至っていないが、発明者らは、著しい不規則構造をもつ化合物群を蛍光体の母体とすることで、広帯域な波長領域において蛍光を発する蛍光体が得られることを見出し、請求項1乃至請求項15に記載の発明をするに至った。
【非特許文献5】日本結晶学会誌、Vol. 48, No. 1, 30 (2006)
【非特許文献6】日本結晶学会誌、Vol. 48, No. 1, 17 (2006)
【発明の効果】
【0019】
現在までに蛍光体母体の結晶構造と発光イオン種が、発光スペクトルに及ぼす影響について、詳細に検討した報告例はほとんど無く、どのような結晶構造をもつ化合物群を母体結晶に用いれば、広帯域な蛍光を発する蛍光体が得られるのかについて、母体の選択指針が明確に示されたことはない。そのため、膨大な数量に及ぶ無機・有機化合物に対して、蛍光体母体としての特性を詳細に調査することが必要であり、時間的・経済的な観点から著しく非効率的である。
【0020】
そこで発明者らは、化合物の化学組成や結晶構造型には無関係で、全ての化合物にとって普遍的な特性であるところの結晶構造の不規則性に着目し、白色照明用の蛍光体として有望な、広帯域な蛍光を発する蛍光体を開発するための設計指針を提供することを着想した。
ある種の蛍光体は、母体結晶中に賦活剤と呼ばれる不純物イオンが分散した構造をもつ。賦活剤としての発光イオン種は、希土類など一部のイオンに限定されるのに対し、母体結晶は賦活剤の濃度や種類を変化させることによって、異なる用途に転用することが可能である。したがって、請求項1から請求項16によって提供するところの蛍光体母体又は蛍光体は、今回の実施例に用いた発光イオン種やその濃度に限った蛍光体ではなく、発光中心を生成しうる元素であれば、発光イオン種やその濃度に制限されることなく、これを賦活剤として用いることができる。さらに、請求項1から請求項16によって提供するところの蛍光体母体又は蛍光体は、波長200 nmから400 nmの紫外線励起に限った発光材料ではなく、真空紫外光や電子線、電界などの励起によって発光する表示媒体や照明用の蛍光体へ転用が可能であり、液晶ディスプレイやプラズマディスプレイ、電界放射ディスプレイ、フルカラー蛍光表示管、エレクトロルミネッセンスなどに応用できる材料である。さらに、安価であり、かつ揮発成分や環境・人体に有害な成分を使用しておらず、かつ容易に量産できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に、本発明の実施例(実施例1乃至4)について図面と表を参照して詳細に説明する。実施例では、結晶構造に著しい不規則性をもつ特定の化合物を蛍光体の母体として選択するが、これらは例示であり、結晶構造に著しい不規則性をもつ化合物であれば、現時点では蛍光体母体として使用されていない化合物群や未知化合物群を、これらの母体に置き換えて蛍光体の母体として選択しても、本発明が成立することはいうまでもない。
【実施例1】
【0022】
本実施例では、結晶構造に著しい不規則性をもつ結晶としてカルシウムジルコニウムアルミネートCa7ZrAl6O18を母体とする蛍光体の製造方法、及び母体として選択するに至った経緯について説明する。この母体結晶は、本発明者らによって初めてその結晶構造が決定され、周期構造における原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもっていることが初めて明らかにされた。
【0023】
出発原料として炭酸カルシウム(CaCO3)と酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化アルミニウム(Al2O3)を用い,7:1:3(モル比)で混合した。この出発原料比はCa7ZrAl6O18が生成する比である。次にこの混合粉末を直径約12mm×高さ約3mmのペレット状に一軸加圧成形し,電気炉中にて1400℃で80時間加熱後,電気炉から取り出して冷却した。得られた試料は粉砕して細かな粉末にした。CuKα1線(45 kV×40mA)を入射光とする 高分解能X線粉末回折装置を用いて,10.0012°から148.4958°の2θ範囲におけるプロフィル強度を測定した。得られたデータ点数は16576あり、測定に要した時間は29.5時間である。
【0024】
この化合物のX線粉末回折パターンは斜方晶系で指数付けが可能であり、格子定数の値は a = 1.08549 nmとb = 1.06012 nm、c = 0.76738 nmが得られた。回折線の強度から消滅則を検討したところ、h0l反射でh+ l ≠ 2nと、h00 反射でh ≠ 2n、00l反射でl≠ 2n の反射が系統的に消滅しており、この結晶の空間群としてPmn21とP21nm、Pmnmの可能性があることが示された。全ての可能な空間群について直接法で結晶構造を求めたところ、空間群Pmn21についてのみ有望な初期構造モデルが得られた。この初期構造モデルには単位胞内に21個の独立な原子位置があり、Wyckoff位置2aにはCa原子位置が3種類(これらの原子位置をCa1とCa2、Ca3で表す)とZr原子位置が1種類あり、Al原子位置が2種類(Al1とAl2)、O原子位置が4種類(O1とO4、O5、O6)あり、Wyckoff位置4bにはCa原子位置が2種類(Ca4とCa5)とAl原子位置が2種類(Al3とAl4)、O原子位置が7種類(O2とO3、O7、O8、O9、O10、O11)ある。
【0025】
初期モデルの構造パラメータを、プロフィルパラメータと共にリートベルト法で精密化した。O原子位置の等方性原子変位(B)パラメータは、全ての原子位置で等しいと仮定して、B(O)で表した。その結果、CaとO原子位置のBパラメータの値が異常に大きく(B(Ca1) = 2.3(2)×10-2 nm2とB(Ca2) = 1.6(2)×10-2 nm2、B(Ca3) = 12.8(6)×10-2nm2、B(Ca4) = 1.7(1)×10-2nm2、B(Ca5) = 1.7(1)×10-2nm2、B(O) = 2.3(1)×10-2nm2)、信頼度(R)因子も比較的大きな値を示しており(Rwp= 16.30% (S = Rwp/Re= 2.08)とRp= 12.52%、RB= 10.57%、RF= 3.66%)、満足できる結晶構造解析結果では無かった。
【0026】
そこで、異常に大きなB値を示した原子位置に対して、それらの原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもっている結晶構造モデルを構築した。この原子位置分割モデルでは、5種類のCa原子位置に対して各原子位置を二つに分割(例えば原子位置Ca1をCa1AとCa1Bの二つに分割)して最終的に10種類のCa原子位置(Ca1AとCa1B、Ca2A、Ca2B、Ca3A, Ca3B、Ca4A、Ca4B、Ca5A、Ca5B)を設けている。さらに11種類のO原子に対しては、2a位置の3種類のO原子(O4とO5、O6)においては対称性を2aから4bへ低下させ、4b位置の5種類のO原子(O7とO8、O9、O10、O11)においては各原子位置を二つに分割して10種類のO原子位置(O7AとO7B、O8A、O8B、O9A, O9B、O10A、O10B、O11A、O11B)を設け、残りの3種類のO原子位置(O1とO2、O3)は分割せずそのままであるとした。この原子位置分割モデルの構造パラメータをリートベルト法で精密化したところ、全ての原子位置に対して妥当なBの値及び、より低いR因子の値(Rwp= 9.66% (S = 1.23)とRp= 7.20%、RB= 3.59%、RF= 2.27%)が得られた。Ca7ZrAl6O18の結晶学的データと構造パラメータの値、原子位置分割モデルをそれぞれ表1と表2、図1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】



【0029】
以上から発明者らは、Ca7ZrAl6O18結晶は周期構造における全てのCa原子位置と一部のO原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもっていることを初めて示し、これを確認した。
【0030】
そこで、発明者らは、周期構造における全てのCa原子位置と一部のO原子位置が、その平均位置からずれることによる不規則性をもっているCa7ZrAl6O18結晶が、本発明による母体の選択方法に照らして、広帯域発光蛍光体の母体として有望であるとの指針を得て、Biを賦活剤とする蛍光体の合成を試みた。
【0031】
出発原料として炭酸カルシウム(CaCO3)と酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化アルミニウム(Al2O3)、酸化ビスマス(Bi2O3)を用い,6.85:1:3:0.05(モル比)で混合した。この出発原料比はCa6.85Bi0.10ZrAl6O18が生成する比である。次にこの混合粉末を直径約12mm×高さ約3mmのペレット状に一軸加圧成形し,電気炉中にて1050℃で約1時間加熱後、さらに昇温して1300℃で約5時間加熱を行った。試料を電気炉から取り出して冷却し、粉砕して細かな粉末試料を得た。CuKα1線(45 kV×40mA)を入射光とする X線粉末回折装置を用いてプロフィル強度を測定した。得られたX線回折パターンから、合成して得られた試料はCa7ZrAl6O18と等価な結晶構造であることが確認できた。
【0032】
市販の分光蛍光光度計を用い、波長200 nmから400 nmの励起光を用いて、波長200 nmから800 nmの蛍光強度を測定した。得られたCa6.85Bi0.10ZrAl6O18粉末試料の励起スペクトル及び発光スペクトルについて評価した結果を図2に示す。
【0033】
図2に示す評価結果から明らかなように、得られたCa6.85Bi0.10ZrAl6O18は320 nm付近の紫外域に励起ピーク波長を有している。励起波長320 nmによりCa6.85Bi0.10ZrAl6O18の発光スペクトルを観測したところ、蛍光はピークが470 nmのブロードなスペクトルを観測し、350 nmから600 nmにわたる幅の広いスペクトルになった。すなわち、上記の方法により得られたビスマス賦活カルシウムジルコニウムアルミネート系蛍光体Ca6.85Bi0.10ZrAl6O18は、紫外線により励起されて広帯域な蛍光を発する蛍光体である。しかも、大気雰囲気下での加熱により容易に量産することができる。
【実施例2】
【0034】
本実施例では、結晶構造に著しい不規則性をもつ結晶としてバリウムカルシウムシリケート固溶体(BaxCa1-x)2SiO4 (0.6≦x≦0.775)を母体とする蛍光体の製造方法、及び母体として選択するに至った経緯について説明する。
【0035】
この母体結晶は、非特許文献7によって0.6≦x≦0.775の化学組成範囲で安定に存在することが報告されている。本発明者らによって、 (Ba0.65Ca0.35)2SiO4(x = 0.65)の結晶構造が初めて決定され、(BaxCa1-x)2SiO4(0.6≦x≦0.775)結晶には、周期構造における原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性と、原子種の異なる複数の原子が一つの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性の両方の不規則性を備えていることが初めて明らかにされた。

【非特許文献7】Ind. Ital. Cemento Vol.33, 397 (1963) 出発原料として炭酸バリウム(BaCO3)と炭酸カルシウム(CaCO3)、シリカ(SiO2)を用い,1.3:0.7:1(モル比)で混合した。この出発原料比は(Ba0.65Ca0.35)2SiO4が生成する比である。次にこの混合粉末を直径約12mm×高さ約3mmのペレット状に一軸加圧成形し,電気炉中にて1500℃で5時間加熱後,電気炉から取り出して冷却した。得られた試料は粉砕して細かな粉末にした。CuKα1線(45 kV×40mA)を入射光とする 高分解能X線粉末回折装置を用いて,17.0032°から148.4958°の2θ範囲におけるプロフィル強度を測定した。得られたデータ点数は15738あり、測定に要した時間は24.5時間である。
【0036】
この化合物のX線粉末回折パターンは六方晶系の単位胞で指数付けが可能であり、格子定数の値は a = 0.57554(5) nmとc = 1.4686(1) nmが得られた。回折線の強度から消滅則を検討したところ、反射の系統的な消滅は観察されなかった。非特許文献8によってこの結晶のラウエ対称が-3mであることが明らかにされているので、この結晶の空間群としてP321, P3m1, P-3m1, P312, P31m and P-31mの可能性があることが示された。全ての可能な空間群について直接法で結晶構造を求めたところ、空間群P-3mについてのみ有望な初期構造モデルが得られた。この初期構造モデルには単位胞内に11個の独立な原子位置がある。そのうち、Ba原子とCa原子がそれぞれ65%と35%の割合で存在すると仮定した原子位置が5種類あり、それらのWyckoff位置は2d(原子位置をM1で表す)と1a (M2)、2d (M3)、2c (M4)、1b (M5)である。さらに2dのSi原子位置が2種類(Si1とSi2)ある。O原子位置は4種類あり、それらは6i (O1)と2d (O2)、6i (O3)、2d (O4)位置である。

【非特許文献8】Journal of the American Ceramics Society, Vol.75, 884 (1992) 初期モデルの構造パラメータを、プロフィルパラメータと共にリートベルト法で精密化したところ、M1とM2、O1、O2、O3における原子位置の等方性原子変位(B)パラメータの値が異常に大きく(B(M1) = 1.73(9)×10-2nm2とB(M2) = 7.1(3) ×10-2nm2、B(O1) = 6.3(3) ×10-2nm2、B(O2) = 11.2(10) ×10-2nm2、B(O3) = 1.7(2) ×10-2nm2)、信頼度(R)因子も比較的大きな値を示しており(Rwp=11.19% (S = Rwp/Re= 1.74)とRp= 8.66%、RB= 3.97%、RF= 2.00%)、満足できる結晶構造解析結果では無かった。
【0037】
そこで、異常に大きなB値を示したM1とM2、O1、O2、O3における原子位置に対して、これらの原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性と、5種類の原子位置(M1とM2、M3、M4、M5)をBaとCaがそれぞれ65%と35%の等しい割合では無く、各原子位置において異なる割合で統計的に占有することによる不規則性の両方の不規則性を備えている結晶構造モデルを構築した。
【0038】
M1とM2、O1、O2の原子位置に対してはその原子位置の対称性を低下させた。すなわち、2d位置のM1原子位置においては対称性を6iへ低下させ、1a位置のM2原子位置においては対称性を6gへ低下させ、6i位置のO1原子位置においては対称性を12jへ低下させ、2d位置のO2原子位置においては対称性を6iへ低下させた。これによって、周期構造における原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性を構造モデル中に導入した。
【0039】
上記の不規則性に加えて、原子種の異なる複数の原子が一つの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性を結晶構造モデルに導入するために、5種類のM位置におけるBa原子とCa原子の占有率が変化するように、これらの構造パラメータを設定した。
【0040】
以上の通りに構築した結晶構造モデルについて、構造パラメータをリートベルト法で精密化したところ、全ての原子位置に対して妥当なBの値及び、より低いR因子の値(Rwp= 9.64% (S = 1.50)とRp= 7.33%、RB= 3.19%、RF= 1.44%)が得られた。(Ba0.65Ca0.35)2SiO4の結晶学的データと構造パラメータの値、精密化した結晶構造モデルをそれぞれ表3と表4、図3に示す。
【0041】
【表3】

【0042】
【表4】



【0043】
表4から、M1とM2、M3、M4の4種類のM位置では、Ba原子とCa原子がこれらの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性をもっていることが示された。すなわち、M1原子位置のBa原子とCa原子の占有率はそれぞれ65.7%と34.3%であり、M2原子位置のBa原子とCa原子の占有率はそれぞれ85.2%と14.8%であり、M3原子位置のBa原子とCa原子の占有率はそれぞれ99.2%と0.8%であり、M4原子位置のBa原子とCa原子の占有率はそれぞれ2.4%と97.6%である。また、M5原子位置はBa原子によってのみ占有されていた。
【0044】
以上から本発明者らは、(Ba0.65Ca0.35)2SiO4結晶は、周期構造におけるBa原子とCa原子位置の一部とO原子位置の一部がその平均位置からずれることによる不規則性、及び原子種の異なるBa原子とCa原子が一つの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性の両方の不規則性を備えていることを初めて示し、これを確認した。
【0045】
そこで、本発明者らは、周期構造におけるBa原子とCa原子位置の一部とO原子位置の一部がその平均位置からずれることによる不規則性、及び原子種の異なるBa原子とCa原子が一つの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性の両方の不規則性を備えている(BaxCa1-x)2SiO4 (0.6≦x≦0.775)結晶が、本発明による母体の選択方法に照らして、広帯域発光蛍光体の母体として有望であるとの指針を得て、Euを賦活剤とする蛍光体の合成を試みた。
【0046】
出発原料として炭酸バリウム(BaCO3)と炭酸カルシウム(CaCO3)、シリカ(SiO2)、酸化ユーロピウム(Eu2O3)を用い,1.3:0.68:1:0.01(モル比)で混合した。この出発原料比は(Ba0.65Ca0.34Eu0.01)2SiO4が生成する比である。次にこの混合粉末を直径約12mm×高さ約3mmのペレット状に一軸加圧成形し,大気中にて1050℃で1時間加熱後、還元雰囲気中にて1400℃で2時間加熱し、電気炉の電源を切って炉内で約3時間かけて室温まで冷却した。試料は粉砕して細かな粉末試料を得た。CuKα1線(45 kV×40mA)を入射光とする X線粉末回折装置を用いてプロフィル強度を測定した。得られたX線回折パターンから、合成して得られた試料は(Ba0.65Ca0.35)2SiO4と等価な結晶構造であることが確認できた。
【0047】
市販の分光蛍光光度計を用い、波長200 nmから400 nmの励起光を用いて、波長200 nmから800 nmの蛍光強度を測定した。得られた(Ba0.65Ca0.34Eu0.01)2SiO4粉末試料の励起スペクトル及び発光スペクトルについて評価した結果を図4に示す。
図4に示す評価結果から明らかなように、得られた(Ba0.65Ca0.34Eu0.01)2SiO4は280 nm付近の紫外域に励起ピーク波長を有している。励起波長280 nmにより(Ba0.65Ca0.34Eu0.01)2SiO4の発光スペクトルを観測したところ、蛍光はピークが454nmのブロードなスペクトルを観測し、400nmから620nmにわたる幅の広いスペクトルになった。すなわち、上記の方法により得られたユーロピウム賦活バリウムカルシウムシリケート固溶体系蛍光体(Ba0.65Ca0.34Eu0.01)2SiO4は、紫外線により励起されて広帯域な蛍光を発する蛍光体である。
【実施例3】
【0048】
本実施例では、結晶構造に著しい不規則性をもつ結晶としてカルシウムストロンチウムリン酸塩β’-Ca3-xSrx(PO4)2(1.85≦x≦2.6)を母体とする蛍光体の製造方法、及び母体として選択するに至った経緯について説明する。
【0049】
この母体結晶は、非特許文献9によってその結晶構造が報告されており、それによると周期構造における原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性と、原子種の異なる複数の原子が一つの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性の両方の不規則性を備えていることが明らかにされている。
【0050】
発明者らは、β’-Ca3-xSrx(PO4)2(1.85≦x≦2.6)結晶が著しい不規則構造をもつ化合物であることを非特許文献9によって認識するに至り、広帯域発光蛍光体の母体として有望であるとの着想を得て、以下に記述するところの蛍光体の合成実験を行った。
【非特許文献9】Chemistry of Materials, Vol.14, 3197 (2002) 非特許文献9によると、β’-Ca0.71Sr2.29(PO4)2結晶(x = 2.29)は空間群がR-3mに属しており、その格子定数の値はa =1.07015(2) nmとc = 1.95787(2) nmであり、単位胞内に11個の独立な原子位置が存在している。O原子は2種類のWyckoff位置36i及び2種類のWyckoff位置18hという結晶学的位置を占有している。このうちWyckoff位置36iを占有する1種類のO原子は、その占有率が1/3であり、周期構造における原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもっている。また、Wyckoff位置18hを占有するSr原子とCa原子も、周期構造における原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもっている。これに加えて、3種類のWyckoff位置18h及び1種類のWyckoff位置6cを、原子種の異なるCa原子とSr原子が統計的に占有しており、原子種の異なるCa原子とSr原子が一つの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性も存在する。すなわち、β’-Ca0.71Sr2.29(PO4)2結晶は、周期構造におけるO原子及びSr/Ca原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性、及び原子種の異なるCa原子とSr原子が一つの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性の両方の不規則性を備えていることが明らかにされている。
【0051】
β’相が安定に存在する化学組成範囲を決定するために、xの値が1.5と1.8、1.9、2.0、2.5、2.6、2.61、2.65の8種類の試料を作製し、その粉末X線回折パターンを得た。その結果、xの値が1.85≦x≦2.6の範囲において、β’相が単一相として得られることが明らかとなった。
【0052】
そこで、発明者らは、周期構造におけるO原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性、及び原子種の異なるCa原子とSr原子が一つの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性の両方の不規則性を備えているβ’-Ca3-xSrx(PO4)2(1.85≦x≦2.6)結晶が、本発明による母体の選択方法に照らして、広帯域発光蛍光体の母体として有望であるとの指針を得て、Euを賦活剤とする蛍光体の合成を試みた。
【0053】
出発原料として炭酸カルシウム(CaCO3)と炭酸ストロンチウム(SrCO3)、リン酸二水素アンモニウム(NH4H2PO4)、酸化ユーロピウム(Eu2O3)を用い,1.0:1.98:2:0.01(モル比)で混合した。この出発原料比はCa1.0Sr1.98Eu0.02(PO4)2が生成する比である。次にこの混合粉末を直径約12mm×高さ約3mmのペレット状に一軸加圧成形し,大気中にて400℃で1時間加熱し、さらに昇温して1050℃で1時間加熱した後、還元雰囲気中にて1300℃で6時間加熱し、電気炉の電源を切って炉内で約3時間かけて室温まで冷却した。
【0054】
得られた試料は粉砕して細かな粉末にした。CuKα1線(45 kV×40mA)を入射光とする X線粉末回折装置を用いて,10.0°から75.0°の2θ範囲におけるプロフィル強度を測定した。得られたX線回折パターンから、合成して得られた試料はβ’-Ca0.71Sr2.29(PO4)2と等価な結晶構造であることが確認できた。
【0055】
市販の分光蛍光光度計を用い、波長200 nmから400 nmの励起光を用いて、波長200 nmから800 nmの蛍光強度を測定した。得られたCa1.0Sr1.98Eu0.02(PO4)2粉末試料の励起スペクトル及び発光スペクトルについて評価した結果を図5に示す。
図5に示す評価結果から明らかなように、得られたCa1.0Sr1.98Eu0.02(PO4)2は280 nm付近の紫外域に励起ピーク波長を有している。励起波長280 nmによりCa1.0Sr1.98Eu0.02(PO4)2の発光スペクトルを観測したところ、蛍光はピークが515 nmのブロードなスペクトルを観測し、350 nmから700 nmにわたる幅の広いスペクトルになった。すなわち、上記の方法により得られたユーロピウム賦活カルシウムストロンチウムリン酸塩系蛍光体Ca1.0Sr1.98Eu0.02(PO4)2は、紫外線により励起されて広帯域な蛍光を発する蛍光体である。
【実施例4】
【0056】
本実施例では、結晶構造に著しい不規則性をもつ結晶として、ユーリタイトに類似した結晶構造をもつアルカリ土類希土類リン酸塩固溶体結晶を母体とする蛍光体の製造方法、及び母体として選択するに至った経緯について説明する。
【0057】
この母体結晶の一般式はCa3-x-yMxLn1+y(P3-ySiy)O12(但し、Mはアルカリ土類金属元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、Lnは希土類元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、xは0≦x≦3の範囲の数であり、yは0≦y≦0.3の範囲の数である。)で表される。
【0058】
非特許文献10によると、ユーリタイトに類似した結晶構造をもつCa3Y(PO4)3をその生成温度領域である1215℃以上の温度から水中へ投入するなどの方法で急速に冷却すると、Ca3Y(PO4)3の単一相を室温で得ることができる。しかし、電気炉から取り出して空気中で冷却するか、もしくは電気炉内で冷却するなどの方法で比較的ゆっくりと冷却すると、高温で生成したCa3Y(PO4)3は冷却過程でCa3(PO4)2とYPO4の二相に分解することが示されている。したがって、生成温度からの冷却過程で分解してしまうCa3Y(PO4)3は、蛍光体の母体結晶として不向きであった。
【0059】
さらにLn=Y以外のカルシウム希土類リン酸塩Ca3Ln(PO4)3についても同様に、高温で生成したCa3Ln(PO4)3をその生成温度領域から水中へ投入するなどの方法で急速に冷却すると、Ca3Ln(PO4)3の単一相を室温で得ることができる。しかし、電気炉から取り出して空気中で冷却するか、もしくは電気炉内で冷却するなどの方法で比較的ゆっくりと冷却すると、高温で生成したCa3Ln(PO4)3は冷却過程でCa3(PO4)2とLnPO4などに分解する。したがって、生成温度からの冷却過程で分解してしまうCa3Ln(PO4)3は、蛍光体の母体結晶として不向きであった。
【非特許文献10】Journal of Solid State Chemistry, Vol.179, 3420 (2006) 発明者らは、Ca3Y(PO4)3のCa原子位置の一部をアルカリ土類金属元素から選択された少なくとも1種類以上の元素で部分置換する方法、もしくはCa3Y(PO4)3のP原子位置の一部をSi原子で部分置換する方法、もしくはCa3Y(PO4)3のCa原子位置の一部をアルカリ土類金属元素から選択された少なくとも1種類以上の元素で部分置換し、さらにP原子位置の一部をSi原子で部分置換する方法によって、冷却過程での分解反応を抑止できることを見出した。
【0060】
一般式がCa3-xSrxY(PO4)3で表される組成物について、ユーリタイト型構造の単一相が安定に存在する化学組成範囲を決定するために、xの値が0.1と0.3、0.9、1.5、2.4、3.0の6種類の試料を作製し、その粉末X線回折パターンを得た。その結果、xの値が0≦x≦3の全ての範囲において、ユーリタイト型構造の化合物が単一相として得られることが明らかとなった。すなわち、Ca3Y(PO4)3とSr3Y(PO4)3は連続固溶体を形成する。上記と同じ実験をCa3-xBaxY(PO4)3で表される組成物についても行なったところ、Ca3Y(PO4)3とBa3Y(PO4)3は連続固溶体を形成し、xの値が0≦x≦3の全ての範囲において、ユーリタイト型構造の化合物が単一相として得られることが明らかとなった。
【0061】
次に、一般式がCa3-yY1+y(P3-ySiy)O12で表される組成物について、ユーリタイト型構造の単一相が安定に存在する化学組成範囲を決定するために、yの値が0.25と0.27、0.3、0.35の4種類の試料を作製し、その粉末X線回折パターンを得た。その結果、yの値が0≦y≦0.3の範囲において、ユーリタイト型構造の化合物が単一相として得られることが明らかとなった。
【0062】
以上から、一般式がCa3-x-yMxLn1+y(P3-ySiy)O12(但し、Mはアルカリ土類金属元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、Lnは希土類元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、xは0≦x≦3の範囲の数であり、yは0≦y≦0.3の範囲の数である。)で表されるアルカリ土類希土類リン酸塩固溶体は、電気炉から取り出して空気中で冷却するか、もしくは電気炉内で冷却するなどの方法で比較的ゆっくりと冷却しても分解反応を起こさないことを見出した。
【0063】
非特許文献10によると、生成温度から急速に冷却したCa3Y(PO4)3には、周期構造におけるO原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもっていることが示されている。そこで発明者らは、一般式がCa3-x-yMxLn1+y(P3-ySiy)O12(但し、Mはアルカリ土類金属元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、Lnは希土類元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、xは0≦x≦3の範囲の数であり、yは0≦y≦0.3の範囲の数である。)で表される結晶が、本発明による広帯域発光蛍光体の母体として有望であるとの着想を得て、以下に記述するところの結晶構造解析と蛍光体の合成実験を行った。
【0064】
上記のアルカリ土類希土類リン酸塩固溶体結晶が、結晶構造に著しい不規則性をもつことを確認するために、Ca2.7Sr0.3Y(PO4)3とCa2.85Y1.15(P2.85Si0.15)O12の結晶構造解析を行なった。これらの結晶は、本発明者らによって初めてその結晶構造が決定され、周期構造における原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもっていることが初めて明らかにされた。
【0065】
Ca2.7Sr0.3Y(PO4)3の出発原料として炭酸カルシウム(CaCO3)と炭酸ストロンチウム(SrCO3)、酸化イットリウム(Y2O3)、リン酸二水素アンモニウム(NH4H2PO4)を用い,2.7:0.3:1:3(モル比)で混合した。この出発原料比はCa2.7Sr0.3Y(PO4)3が生成する比である。次にこの混合粉末を直径約12mm×高さ約3mmのペレット状に一軸加圧成形し,大気中にて400℃で1時間加熱し、さらに昇温して1000℃で1時間加熱した後、1400℃で6時間加熱し、電気炉の電源を切って炉内で約3時間かけて室温まで冷却した。得られた試料は粉砕して細かな粉末にした。CuKα1線(45 kV×40mA)を入射光とする 高分解能X線粉末回折装置を用いて,20.00318から148.49613°の2θ範囲におけるプロフィル強度を測定した。得られたデータ点数は15739あり、測定に要した時間は3.25時間である。
【0066】
この化合物のX線粉末回折パターンは立方晶系で指数付けが可能であり、格子定数の値は a = 0.98596(4) nmが得られた。X線回折パターンの強度分布がユーリタイト(Bi4(SiO4)3)と良く似ていることから、Bi4(SiO4)3の結晶構造(空間群I-43d)を初期構造モデルとした。この初期構造モデルには単位胞内に3個の独立な原子位置があり、Wyckoff位置16cにはCa原子とSr原子、Y原子の全ての原子によって占有される原子位置が1種類(これらの原子位置をMで表す)とWyckoff位置12aにはP原子位置が1種類、Wyckoff位置48eにはO原子位置が1種類ある。
【0067】
初期モデルの構造パラメータを、プロフィルパラメータと共にリートベルト法で精密化したところ、O原子位置の等方性原子変位(B)パラメータの値が異常に大きく(B(O) = 12.9(2)×10-2nm2)、信頼度(R)因子も比較的大きな値を示しており(Rwp= 10.25% (S = Rwp/Re= 1.52)とRp= 8.28%、RB= 9.62%、RF= 8.41%)、満足できる結晶構造解析結果では無かった。
【0068】
そこで、異常に大きなB値を示したO原子位置に対して、それらの原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもっている結晶構造モデルを構築した。この原子位置分割モデルでは、1種類のO原子位置を二つに分割して最終的に2種類のO原子位置(O1とO2)を設けている。この原子位置分割モデルの構造パラメータをリートベルト法で精密化したところ、全ての原子位置に対して妥当なBの値及び、より低いR因子の値(Rwp= 9.25% (S = 1.37)とRp= 7.14%、RB= 6.13%、RF= 7.77%)が得られた。Ca2.7Sr0.3Y(PO4)3の結晶学的データと構造パラメータの値、原子位置分割モデルをそれぞれ表5と表6、図6に示す。
【0069】
【表5】


【0070】
【表6】



【0071】
以上から発明者らは、Ca2.7Sr0.3Y(PO4)3結晶は、周期構造におけるO原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもっていることを初めて示し、これを確認した。
【0072】
次に発明者らは、Ca2.85Y1.15(P2.85Si0.15)O12の結晶構造に著しい不規則性をもつことを確認するために、Ca2.85Y1.15(P2.85Si0.15)O12の結晶構造解析を行なった。
【0073】
Ca2.85Y1.15(P2.85Si0.15)O12の出発原料として炭酸カルシウム(CaCO3)と酸化イットリウム(Y2O3)、リン酸二水素アンモニウム(NH4H2PO4)、シリカ(SiO2)を用い,2.85:1.15:2.85:0.15(モル比)で混合した。この出発原料比はCa2.85Y1.15(P2.85Si0.15)O12が生成する比である。次にこの混合粉末を直径約12mm×高さ約3mmのペレット状に一軸加圧成形し,大気中にて400℃で1時間加熱し、さらに昇温して1000℃で1時間加熱した後、1400℃で6時間加熱し、電気炉の電源を切って炉内で約3時間かけて室温まで冷却した。得られた試料は粉砕して細かな粉末にした。CuKα1線(45 kV×40mA)を入射光とする 高分解能X線粉末回折装置を用いて,10.00536から148.49164°の2θ範囲におけるプロフィル強度を測定した。得られたデータ点数は8288あり、測定に要した時間は3.7時間である。
【0074】
この化合物のX線粉末回折パターンは立方晶系で指数付けが可能であり、格子定数の値は a = 0.983283(5) nmが得られた。X線回折パターンの強度分布がユーリタイト(Bi4(SiO4)3)と良く似ていることから、Bi4(SiO4)3の結晶構造(空間群I-43d)を初期構造モデルとした。この初期構造モデルには単位胞内に3個の独立な原子位置があり、Wyckoff位置16cにはCa原子とSr原子、Y原子の全てが共通に占有する原子位置が1種類(これらの原子位置をMで表す)とWyckoff位置12aにはP原子位置が1種類、Wyckoff位置48eにはO原子位置が1種類ある。
【0075】
初期モデルの構造パラメータを、プロフィルパラメータと共にリートベルト法で精密化したところ、O原子位置の等方性原子変位(B)パラメータの値が異常に大きく(B(O) = 13.3(2)×10-2nm2)、信頼度(R)因子も比較的大きな値を示しており(Rwp= 9.11% (S = Rwp/Re= 1.72)とRp= 7.18%、RB= 8.23%、RF= 5.01%)、満足できる結晶構造解析結果では無かった。
【0076】
そこで、異常に大きなB値を示したO原子位置に対して、それらの原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもっている結晶構造モデルを構築した。この原子位置分割モデルでは、1種類のO原子位置を二つに分割して最終的に2種類のO原子位置(O1とO2)を設けている。この原子位置分割モデルの構造パラメータをリートベルト法で精密化したところ、全ての原子位置に対して妥当なBの値及び、より低いR因子の値(Rwp= 7.49% (S = 1.41)とRp= 5.79%、RB= 3.63%、RF= 3.93%)が得られた。Ca2.85Y1.15(P2.85Si0.15)O12の結晶学的データと構造パラメータの値、原子位置分割モデルをそれぞれ表7と表8、図7に示す。
【0077】
【表7】


【0078】
【表8】



【0079】
以上から発明者らは、Ca2.85Y1.15(P2.85Si0.15)O12結晶は、周期構造におけるO原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもっていることを初めて示し、これを確認した。
【0080】
以上から、一般式がCa3-x-yMxLn1+y(P3-ySiy)O12(但し、Mはアルカリ土類金属元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、Lnは希土類元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、xは0≦x≦3の範囲の数であり、yは0≦y≦0.3の範囲の数である。)で表されるアルカリ土類希土類リン酸塩固溶体は、電気炉から取り出して空気中で冷却するか、もしくは電気炉内で冷却するなどの方法で比較的ゆっくりと冷却しても分解反応を起こさないこと、及び周期構造におけるO原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもっていることを確認した。
【0081】
そこで、発明者らは、周期構造におけるO原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもつ結晶であるところの、一般式がCa3-x-yMxLn1+y(P3-ySiy)O12(但し、Mはアルカリ土類金属元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、Lnは希土類元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、xは0≦x≦3の範囲の数であり、yは0≦y≦0.3の範囲の数である。)で表されるアルカリ土類希土類リン酸塩固溶体結晶が、本発明による母体の選択方法に照らして、広帯域発光蛍光体の母体として有望であるとの指針を得て、Euを賦活剤とする蛍光体の合成を試みた。
【0082】
賦活剤の濃度が発光スペクトルに与える影響も明らかにするために、アルカリ土類希土類リン酸塩固溶体を母体とし、賦活剤の濃度の異なる6種類の蛍光体を作製した。作製した蛍光体は、一般式がCa3-xSr0.3EuxY(PO4)3で表され、xの値は0.001と0.01、0.025、0.03、0.05、0.1である。
【0083】
Ca3-xSr0.3EuxY(PO4)3(但し、x = 0.001、0.01、0.025、0.03、0.05、0.1である)の出発原料として炭酸カルシウム(CaCO3)と炭酸ストロンチウム(SrCO3)、酸化イットリウム(Y2O3)、リン酸二水素アンモニウム(NH4H2PO4)、酸化ユーロピウム(Eu2O3)を用いた。これらを所定の割合で混合し、得られた混合粉末を直径約12mm×高さ約3mmのペレット状に一軸加圧成形し,大気中にて400℃で1時間加熱し、さらに昇温して1000℃で1時間加熱した後、還元雰囲気中にて1400℃で6時間加熱し、電気炉の電源を切って炉内で約3時間かけて室温まで冷却した。試料は粉砕して細かな粉末試料を得た。CuKα1線(45 kV×40mA)を入射光とする X線粉末回折装置を用いてプロフィル強度を測定した。得られたX線回折パターンから、合成して得られた全ての試料はCa2.7Sr0.3Y(PO4)3と等価な結晶構造であることが確認できた。
【0084】
市販の分光蛍光光度計を用い、波長200 nmから400 nmの励起光を用いて、波長200 nmから800 nmの蛍光強度を測定した。
【0085】
得られたCa2.67Sr0.3Eu0.03Y(PO4)3(x=0.03)粉末試料の励起スペクトル及び発光スペクトルについて評価した結果を図8に示す。図8に示す評価結果から明らかなように、得られたCa2.67Sr0.3Eu0.03Y(PO4)3は280 nm付近の紫外域に励起ピーク波長を有している。励起波長280 nmによりCa2.67Sr0.3Eu0.03Y(PO4)3の発光スペクトルを観測したところ、蛍光はピークが450 nmのブロードなスペクトルを観測し、370 nmから650 nmにわたる幅の広いスペクトルになった。
【0086】
一連のCa3-xSr0.3EuxY(PO4)3(但し、x = 0.001、0.01、0.025、0.03、0.05、0.1である)粉末試料の励起スペクトル及び発光スペクトルについて評価した結果をまとめて図9に示す。図9に示す評価結果から明らかなように、得られたCa3-xSr0.3EuxY(PO4)3を励起波長280 nmの紫外線により発光スペクトルを観測したところ、全ての発光スペクトルはブロードであった。さらに、賦活剤であるEuの濃度がx = 0.001からx = 0.1まで増加するに従い、発光スペクトルのピーク位置が444 nmから492 nmへ一様に増加した。
【0087】
すなわち、上記の方法により得られたユーロピウム賦活アルカリ土類希土類リン酸塩固溶体系蛍光体Ca3-xSr0.3EuxY(PO4)3(但し、x = 0.001、0.01、0.025、0.03、0.05、0.1である)は、紫外線により励起されて広帯域な蛍光を発する蛍光体である。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明の蛍光体は照明や表示媒体などに利用可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】図1は本発明の一実施形態に係るビスマス賦活カルシウムジルコニウムアルミネート系蛍光体の母体結晶であるCa7ZrAl6O18の結晶構造をc軸方向からみた図である。
【図2】図2は本発明の一実施形態に係るビスマス賦活カルシウムジルコニウムアルミネート系蛍光体の製造方法により得られたCa6.85Bi0.10ZrAl6O18の励起スペクトルと発光スペクトルを示した図である。
【図3】図3は本発明の一実施形態に係るユーロピウム賦活バリウムカルシウムシリケート固溶体系蛍光体の母体結晶である(Ba0.65Ca0.35)2SiO4の結晶構造を示す図である。
【図4】図4は本発明の一実施形態に係るユーロピウム賦活バリウムカルシウムシリケート固溶体系蛍光体の製造方法により得られた(Ba0.65Ca0.34Eu0.01)2SiO4の励起スペクトルと発光スペクトルを示した図である。
【図5】図5は本発明の一実施形態に係るユーロピウム賦活カルシウムストロンチウムリン酸塩系蛍光体の製造方法により得られたCa1.0Sr1.98Eu0.02(PO4)2の励起スペクトルと発光スペクトルを示した図である。
【図6】図6は本発明の一実施形態に係るユーロピウム賦活アルカリ土類希土類リン酸塩固溶体系蛍光体の母体結晶であるCa2.7Sr0.3Y(PO4)3の結晶構造を[001]方向からみた図である。
【図7】図7は本発明の一実施形態に係るユーロピウム賦活カルシウム希土類リン酸塩固溶体系蛍光体の母体結晶であるCa2.85Y1.15(P2.85Si0.15)O12の結晶構造を[001]方向からみた図である。
【図8】図8は本発明の一実施形態に係るユーロピウム賦活アルカリ土類希土類リン酸塩固溶体系蛍光体の製造方法により得られたCa2.67Sr0.3Eu0.03Y(PO4)3の励起スペクトルと発光スペクトルを示した図である。
【図9】図9は本発明の一実施形態に係るユーロピウム賦活アルカリ土類希土類リン酸塩固溶体系蛍光体の製造方法により得られた一般式Ca3-xSr0.3EuxY(PO4)3(但し、xは0.001≦x≦0.1の範囲の数である。)の、Eu濃度に対する発光スペクトルの変化を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶構造に著しい不規則性をもつ結晶を蛍光体の母体とすることを特徴とする蛍光体及びその製造方法又はその母体の選択方法。
【請求項2】
前記の母体が、希土類元素及びビスマスから選択された少なくとも1種類以上の元素を賦活剤として含むことを特徴とする蛍光体及びその製造方法又はその母体の選択方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の母体が、周期構造における原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性及び、原子価又は原子種の異なる複数の原子が一つの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性をもつ結晶であることを特徴とする請求項1又は2に記載の蛍光体及びその製造方法又はその母体の選択方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の母体が、周期構造における原子位置がその平均位置からずれることによる不規則性をもつ結晶であることを特徴とする請求項1又は2に記載の蛍光体及びその製造方法又はその母体の選択方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の母体が、原子価又は原子種の異なる複数の原子が一つの結晶学的位置を統計的に占有することによる不規則性をもつ結晶であることを特徴とする請求項1又は2に記載の蛍光体及びその製造方法又はその母体の選択方法。
【請求項6】
請求項1乃至5に記載の母体が、化学式Ca7ZrAl6O18で表されることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の蛍光体及びその製造方法。
【請求項7】
請求項6の母体が、Biを賦活剤として含むことを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の蛍光体及びその製造方法。
【請求項8】
請求項1乃至5に記載の母体が、一般式(BaxCa1-x)2SiO4(但し、xは0.6≦x≦0.775の範囲の数である。)で表されることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の蛍光体及びその製造方法。
【請求項9】
請求項8の母体が、Euを賦活剤として含むことを特徴とする請求項1乃至5又は8のいずれかに記載の蛍光体及びその製造方法。
【請求項10】
請求項1乃至5に記載の母体が、一般式Ca3-xSrx(PO4)2(但し、xは1.85≦x≦2.6の範囲の数である。)で表されることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の蛍光体及びその製造方法。
【請求項11】
請求項10の母体が、Euを賦活剤として含むことを特徴とする請求項1乃至5又は10のいずれかに記載の蛍光体及びその製造方法。
【請求項12】
請求項1乃至5に記載の母体が、一般式Ca3-x-yMxLn1+y(P3-ySiy)O12(但し、Mはアルカリ土類金属元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、LnはSc、Y、希土類元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、xは0≦x≦3の範囲の数であり、yは0≦y≦0.3の範囲の数である。)で表されることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の蛍光体及びその製造方法。
【請求項13】
請求項12の母体が、Euを賦活剤として含むことを特徴とする請求項1乃至5又は12のいずれかに記載の蛍光体及びその製造方法。
【請求項14】
請求項12又は13に記載の母体が、一般式Ca3-xMxLn(PO4)3(但し、MはSrとBaから選択された少なくとも1種類以上の元素であり、LnはSc、Y、希土類元素から選択された少なくとも1種類以上の元素であり、xは0≦x≦3の範囲の数である。)で表されることを特徴とする請求項1乃至5又は12又は13のいずれかに記載の蛍光体及びその製造方法。
【請求項15】
請求項12乃至14に記載の母体が、Euを賦活剤として含むことを特徴とする請求項1乃至5又は12乃至14のいずれかに記載の蛍光体及びその製造方法。
【請求項16】
請求項12乃至15に記載の蛍光体が、一般式Ca3-x-ySrxEuyY(PO4)3(但し、xは0≦x≦3の範囲の数であり、yは0.001≦y≦0.1の範囲の数である。)で表されることを特徴とする請求項1乃至5又は12乃至15のいずれかに記載の蛍光体及びその製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2008−222988(P2008−222988A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−67851(P2007−67851)
【出願日】平成19年3月16日(2007.3.16)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】