説明

延伸ロール

【課題】延伸ロール上において、走行する糸条にダメージを与えることがなく毛羽の発生を抑制することができ、且つ、長期間の仕様に耐えうる延伸ロールを提供する。
【解決手段】産業用ポリエステルを直接紡糸延伸する製造装置の延伸ロールにおいて、母材の一部または全面にブラスト処理を施した後、硬質クロムメッキ2を施工し球面上の梨地表面に仕上げたロール表面に、さらに硬質クロムメッキとの密着性に優れたDLCコーティング3を施したことを特徴とする延伸ロール。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、産業用の熱可塑性合成繊維、例えばポリエステル繊維、ポリアミド繊維、全芳香族ポリアミド繊維などを口金パックから紡出後に一旦巻き取ることなく延伸する直接紡糸延伸装置などに好適な延伸ロールに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、ポリエステル繊維、ポリアミド繊維、全芳香族ポリアミド繊維などの熱可塑性合成繊維の製造工程、特に、タイヤコード、シートベルト、エアバック等の産業資材用繊維の製造工程において、例えば紡糸した糸条を一旦巻き取ることなく、直接延伸する直接紡糸延伸方法が盛んに行われている。
【0003】
このような製糸工程においては、一方では製糸速度が2000m/min以上と高速化し、他方、高強力、高タフネスなどの高品質の糸条を製造するための過酷な延伸熱処理が要求される。このため、過酷でかつ高速な延伸熱処理によって単繊維切れ(以下“毛羽”)が発生しやすい状況にある。このような毛羽の発生は生産工程調子の悪化を招くばかりでなく、産業資材用繊維としての品質面においても問題となる。
【0004】
従来、産業用ポリエステル繊維を直接紡糸延伸するための装置に使用される延伸ロールの表面処理としては、硬質クロムメッキ(以下、“HCrメッキ”とも言う)や各種セラミックの溶射皮膜が使用されてきた。
【0005】
このとき、延伸ロールの表面処理に使用される硬質クロムメッキは、その上を走行する糸条との巻付きを防止するために適正な摩擦係数を得ることが要求される。そこで、これを目的として、その表面形態を鏡面と梨地の組み合わせ、または梨地のみからなる凹凸を形成して、表面粗さの調整を行っている。その際、凹凸が形成された梨地部は、適度なメッキ厚みまで硬質クロムメッキ施工することにより、表面を走行する糸条へのダメージが少ない滑らかな凹凸形態とすることが要求される。
【0006】
以上に説明した理由よって、糸条に毛羽が発生するのを抑制するためには、延伸ロールの表面皮膜として硬質クロムメッキを施すことが適当であるとされている。しかしながら、硬質クロムメッキは、その表面硬度が各種セラミックなどに比べ低く、しかも、特に加熱すると常温時よりも更に硬度が低下する熱延伸ロールを使用して産業用ポリエステル繊維を製造する際に、硬質クロムメッキ膜の耐摩耗性が低くなって耐久性の点で大きな問題があった。
【0007】
そこで、前記のようなロール表面の経時的な磨耗の進行を抑制するために、硬質クロムメッキに代えて高硬度の各種セラミック皮膜を溶射法により施工することが行われるようになっている。しかし、この場合、均一な厚さで精度良く平滑にセラミック皮膜を形成することは非常に困難である。
【0008】
したがって、均一な厚さとするために、溶射製膜の後、研削加工を施工することが行なわれている。しかしながら、研削加工を施すとセラミック溶射膜の表面は、微細で鋭利な突起が無数に分布するものとなってしまうので、通常、この研削加工の後に所定の表面粗度になるように研磨加工を行う。
【0009】
ところが、この微細で鋭利な突起を完全には除去出来ず、ロール上を走行する糸条にダメージを与えて単糸切れを起こし毛羽を生成する。このような問題が障害となって、各種セラミック皮膜の形成は優れた性能を有する反面、2000m/min以上の製糸速度においてセラミック溶射皮膜を形成したロールを採用できない延伸装置が存在する。
【0010】
以上に説明した背景から、糸条へのダメージを抑えることができ、しかも、滑らかな表面形態を有し、更には耐久性を有する高硬度の皮膜の形成技術が提案されている。例えば、特許文献1などにおいて、基材にCrO3を化学変化させて微細なCr2O3からなる硬質皮膜を形成する技術が提案されており、また、特許文献2などにおいて、基材上に硬質クロムメッキ等の硬質層を形成し、その硬質層上に中間層を介してアモルファス水素化炭素コーティング膜(以下、“DLCコーティング膜”という)を形成する技術などが提案されている。
【0011】
しかしながら、前者(特許文献1)の技術は、500〜600℃の高温に加熱する処理をくり返し行い表面に緻密な皮膜を形成し、硬度を高めていく技術であるが、前記高温加熱のくり返し処理により、材質によっては基材自体にダメージを与える危険性がある。特に、皮膜の磨耗に伴い、皮膜の除去・再施工を前提としたロールに対しては好ましくない。
【0012】
一方、後者(特許文献2)の技術では、従来DLCコーティング膜の施工方法としてプラズマCVD法が一般的な方法である。このプラズマCVD法は、導入したガスを高周波でプラズマ化させ、活性化したカーボン元素をコーティングする表面部で化学的に反応させ堆積させる手法である。
【0013】
しかしながら、部材表面とDLCコーティング膜との間の化学結合力が弱く密着性が乏しいという問題を有している。よって、コーティング対象の表面が梨地形態のような凹凸形状に対して密着性が低くなって、皮膜欠落が発生するという問題がある。この問題のために、通常、1〜2μm程度の膜厚までしか施工できないので、皮膜が形成されないピンホールが発生する可能性がある。また、DLCコーティング膜は、高硬度であるが剥れやすく割れやすいなどの課題がある。
【0014】
【特許文献1】特開昭63−317680号公報
【特許文献2】特開平10−29762号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、前記従来技術が有する諸問題を解決することを目的とするものであって、熱可塑性合成繊維を直接紡糸延伸する装置に使用する熱延伸ロールなどにおいて、その上を走行する糸条にダメージを与えることがなく、しかも、毛羽の発生を抑制することができ、かつ、長期間の仕様に耐えうる延伸ロールを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、前記課題を達成するために鋭意検討した結果、以下の延伸ロールによって解決できることを見出した。
ここに、前記課題を解決するための請求項1に係る本発明として、「産業用ポリエステルを直接紡糸延伸する製造装置の延伸ロールにおいて、前記延伸ロールの母材の少なくとも接糸面を形成する部分に対してブラスト処理を施した後硬質クロムメッキを施工して前記接糸面の表面凹凸形状を球面状を有する梨地表面に仕上げたロール表面にプラズマベースイオン注入・成膜法により形成されたダイヤモンドライク・カーボン・コーティング膜を有することを特徴とする延伸ロール」が提供される。
【0017】
このとき、本発明は、請求項2に記載のように、「前記硬質クロムメッキの厚みが10〜100μmであり、かつ、前記ダイヤモンドライク・カーボン・コーティング膜の厚みが2〜50μmであることを特徴とする請求項1に記載の延伸ロール」とすることが好ましい。
【0018】
また、本発明は、請求項3に記載のように、「前記DLCコーティング膜のピッカーズ硬度が1000〜4000Hvであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の延伸ロール」とすることが好ましい。
【0019】
更に、本発明は、請求項4に係る本発明のように、「産業用の熱可塑性合成繊維を製造する直接紡糸延伸装置の加熱延伸ロールに使用することを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の延伸ロール」であることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
以上に述べたように、本発明に係る延伸ロールは、プラズマベースイオン注入・成膜法により形成されたダイヤモンドライク・カーボン・コーティング膜を有する。それ故に、このDLCコーティング膜が形成された延伸ロールを用いることにより、この延伸ロールに対して、均一かつ強固な皮膜を形成することができる。したがって、例えば過酷な熱延伸条件下などで使用される延伸ロール上を高張力でマルチフィラメント糸条が走行したり、繰返し熱応力が作用しても、剥れなどが生じず、それ故に、長期間にわたって製糸しても、十分な耐磨耗性を有する。
【0021】
しかも、延伸ロールの母材に、従来方のようにサンドブラストを施して研磨することによって、鋭利な突起部のない滑らかな球面状を有する梨地表面からなる凹凸を形成した硬質クロームメッキによる皮膜の上に、その表面の凹凸形態を維持したままでDLCコーティング膜を施工可能である。したがって、その接糸面を走行する糸条が受けるダメージを大幅に低下させることができ、それ故に、毛羽の発生を極めて低く抑制できるという顕著な効果も奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施の態様について、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は本発明の延伸ロールを模式的に例示した正断面図であって、図中の参照記号において、1はロールシェル、2はロール接糸面に形成された硬質クロム膜、3はDLCコーティング膜である。
【0023】
本発明の延伸ロールにおいては、まず、その材質がクロムモリブテン鋼などからなる母材で形成されたロールシェル1の外周面(接糸面)に対して、脱脂などによって清浄化処理を行なう。更に、従来技術と同様にサンドブラスト処理とバフ研磨仕上げなどを施して滑らかな球面状を有する微小凹凸からなり且つ適当な表面粗さを有する梨地表面を前記接糸面に形成する。これらの仕上げは例えば特開2005−68618号公報に記載のような表面形態を採用することもでき、これらの表面仕上げによって、糸条との間の摩擦係数も低減させる。
【0024】
次に、電解メッキ法による硬質クロムメッキをロールシェルの接糸面に施工し、硬質クロムメッキ膜2を形成する。このとき、硬質クロムメッキ膜2の膜厚は20〜80μmであることが望ましく、特に好ましくは30〜50μmである。この膜厚と前記サンドブラスト処理と研磨仕上げ処理などを組合わせた粗面化処理のバランスにより、好ましい球面状を有する表面形態が梨地部に形成される。なお、硬質クロムメッキ膜2のピッカーズ硬度は900Hv以上であることが望ましい。
【0025】
以上に説明したようにして形成した硬質クロム膜2の上に、更にDLCコーティング膜3を形成させる。このとき、滑らかな球面状を有する好ましい表面形態を有する前述の硬質クロムメッキ膜2の表面形態を維持したままで、DLCコーティング膜3を形成させることが肝要である。
【0026】
本発明は、このような滑らかな球面状を有する表面形態からなるDLCコーティング膜3を形成することを一台特徴とするものである。そこで、以下、このDLCコーティング膜3の形成方法について、更に詳しく説明する。
【0027】
まず、プラズマベースイオン注入・成膜装置の概略図を図2に示す。この図2において、符号4はDLCコーティング膜3を成膜する硬質クロムメッキ膜2を施工済みの延伸ロールを示す。また、符号5は真空チャンバー、符号6は前記真空チャンバー5の内部を所定の真空度に保持するための排気装置である。更に、符号7は炭化水素系ガスを導入する導入口、符号8は炭化水素系ガスプラズマを形成させるための高周波方式プラズマ源、符号9はDLCコーティング膜3の密着性を向上させるために金属元素をイオン注入するための金属プラズマ源である。
【0028】
次に、符号10は対象とする延伸ロール1に対して高電圧の負電荷を印加する高電圧負パルス電源、符号11は高周波(RF)電源である。ここで、前記高電圧負パルス電源10では、所定のエネルギーの負電荷を発生させ、高電圧用のフィードスルー12を通じて、延伸ロール1に負電荷のパルスを印加する。このフィードスルー12は設置台(図示せず)と繋がっており、この設置台は絶縁碍子13で、電気的に浮いた状態となっている。
【0029】
更に、DLCコーティング膜を成膜する時には、高電圧パルスと高周波を重ね合わせる重畳装置14を通じて高電圧用フィードスルー12から電力を供給して、供給ガスをプラズマ化させ成膜することができるように構成されている。なお、前記高電圧用フィードスルー12にはシールドカバー15が取り付けられフィードスルー12を防護している。
【0030】
以下、成膜方法を順を追って説明する。排気装置6により真空チャンバー5内を成膜に適した所定の真空度とし、アルゴンガスを投入し、アルゴンプラズマを発生させアルゴンイオンによるロール表面のクリーニングを行う。その後、皮膜の密着力向上のためのSiイオン投入し、炭素イオンの投入を高エネルギーで行っていく。
【0031】
このような施工方法で投入された炭素イオンは、延伸ロール1の対象表面より50nm以上の深さまで注入されるのに対し、プラズマCVD法やPVD法では、表面より炭素原子は10nm以上の深さまで注入されることはない。したがって、この差がDLCコーティング膜3の密着性能の差に繋がっている。最後に、炭素イオン注入しながら比較的低エネルギーでDLCコーティング膜3を成膜していき、DLCコーティング膜3の成膜を完了する。
【0032】
このとき、図1のDLCコーティング膜3の厚みとしては、2〜50μm、更に好ましくは5ミクロン以上であることが望ましい。更に、DLCコーティング膜3のピッカーズ硬度は、1000〜4000Hv程度があることが望ましい。
【0033】
なお、DLCコーティングは、成膜プロセス、使用原料、成膜条件などにより5000Hv以上の高硬度皮膜が得られる。しかしながら、その反面で、内部応力も高く、剥れやすく割れやすいなどの問題が発生する。この問題を回避するためには内部応力を低減するため硬度を適当な範囲に落とした方が、皮膜の寿命、性能は向上する。したがって、本発明においては、DLCコーティング膜3のピッカーズ硬度として、1000〜4000Hv程度があることが望ましいのである。
【0034】
以下、本発明に係る延伸ロールについて行った実験例により、更に本発明を具体的に説明する。なお、一連の実験例に記載した特性は、下記の方法に従って測定した。
(1) ピッカーズ硬度(Hv):テストピースを作成し、JIS Z2244に準拠して荷重300gを測定対象に負荷して測定した。
(2) 表面粗さ(Ry):施工したロール表面をJIS B0601-1982に準拠して触診走査式試験方法により測定した。
(3) 毛羽カウント:走行している糸条に対して毛羽測定装置(Enka tecnica社製、型式:FraytecV)を使用して、糸条の長さ10000m当りに発生した毛羽数をカウントした。
(4) 磨耗度:予め実施した磨耗テストにおいて、測定サンプルの表面磨耗状態を時系列にレプリカ写真をとり、磨耗等級を設定し、磨耗度を等級分けすることで耐磨耗性の評価を行った。なお、等級については、「1」が最も優れ、その等級差については、磨耗無〜完全磨耗状態(梨地がほぼ消滅)の間を10段階にランク設定したものである。
【0035】
本実験に用いるサンプルとして、本発明の皮膜構成のもの(サンプル1)、硬質クロム(HCr)メッキのみを施工したもの(サンプル2)、サンプル1と同様の構成で、DLCコーティングをプラズマCVDで施工したもの(サンプル3)の3種類を準備し、これらサンプルを200℃に加熱した状態において糸条との間の擦過実験を5時間実施した。実験は、表面粗度6S狙いの評価ピン(φ12)をテスト延伸機のローラ間に設置し(張力3000g)、75°程度の角度分糸条を接触させ、実験後、糸条が接触していた位置の表面の拡大写真を観察することにより磨耗の評価を行った。
【0036】
【表1】

【0037】
表1から明らかなように、本発明の施工方法により作製された延伸ロールは、毛羽の発生は硬質クロムメッキを施したものと同等でありながら、磨耗は格段に少なく、ロール更新寿命は画期的に延長できる可能性が確認された。また、プラズマCVD法によるDLCコーティング膜において課題であった成膜不良や剥れの発生は起きないことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明に係る延伸ロールを模式的に例示した正断面図である。
【図2】本発明に係る延伸ロールへの皮膜施工方法であるプラズマベースイオン注入・成膜装置の概略図である。
【符号の説明】
【0039】
1 ロールシェル
2 硬質クロム膜
3 DLCコーティング膜
4 ロール
5 真空チャンバー
6 排気装置
7 ガス導入口
8 高周波式プラズマ源
9 金属プラズマ源
10 高電圧負パルス電源
11 高周波(RF)電源
12 フィードスルー
13 絶縁碍子
14 重畳装置
15 シールドカバー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
産業用ポリエステルを直接紡糸延伸する製造装置の延伸ロールにおいて、前記延伸ロールの母材の少なくとも接糸面を形成する部分に対してブラスト処理を施した後硬質クロムメッキを施工して前記接糸面の表面凹凸形状を球面状を有する梨地表面に仕上げたロール表面にプラズマベースイオン注入・成膜法により形成されたダイヤモンドライク・カーボン・コーティング膜を有することを特徴とする延伸ロール。
【請求項2】
前記硬質クロムメッキの厚みが10〜100μmであり、かつ、前記ダイヤモンドライク・カーボン・コーティング膜の厚みが2〜50μmであることを特徴とする請求項1に記載の延伸ロール。
【請求項3】
前記DLCコーティング膜のピッカーズ硬度が1000〜4000Hvであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の延伸ロール。
【請求項4】
産業用の熱可塑性合成繊維を製造する直接紡糸延伸装置の加熱延伸ロールに使用することを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の延伸ロール。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−70877(P2010−70877A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−239313(P2008−239313)
【出願日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(302011711)帝人ファイバー株式会社 (1,101)
【Fターム(参考)】