説明

微小化学分析システム及びこれを用いた試料成分の分離、分析方法

【課題】外部動力式のマイクロポンプを用いることなく液体試料を微小流路に導くことのできる微小化学分析システムを提供する。
【解決手段】流路溝2が形成された基板1と、流路溝2上で基板1と接して基板1上に傾斜して載置されたカバープレート3と、基板1とカバープレート3の最大隙間付近に液体を滴下する滴下手段としての点滴針5とを備えた。外部動力式のマイクロポンプを用いることなく、基板1とカバープレート3の間の毛細管現象を利用することで、液体試料を流路溝2に導くことができる。したがって、液体を流路溝2に導入するための基板1面上の面内送液を動力を使わず行うことができ、システムの構成をコンパクトにすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小流路が形成された基板上で試料成分の分離、分析等を行うための微小化学分析システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、試料成分の分離、分析等を行うためのシステムとして、μ−TAS(Total Analysis System)又はラボオンチップなどと呼ばれている微小化学分析システムの開発が盛んである(非特許文献1)。このシステムは、基板上に形成された微小流路に液体試料を流し込み、基板上で試料成分の分離、抽出を行い、又は試料成分の反応、合成を行い、さらには、分離後や反応後の試料成分の分析を行うことができるように構成されている。
【0003】
そして、この微小化学分析システムは、ごく微量の試料を用いて効率的に分離、分析等を行うことができるという特徴を有し、あらゆる分野において、試料成分の分離、分析等の効率を大幅に向上させることができるものと期待されている。
【非特許文献1】マイクロ・ナノ熱流体ハンドブック編集委員会編「マイクロ・ナノ熱流体ハンドブック」エヌ・ティー・エス 2006年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、この微小化学分析システムには、液体試料を微小流路に導くためのマイクロポンプが必須である。そして、このマイクロポンプの開発も盛んに行われている。しかし、このマイクロポンプは外部動力式であり、システムの構成がやや大掛かりになってしまうという問題があった。
【0005】
そこで、本発明は、外部動力式のマイクロポンプを用いることなく液体試料を微小流路に導くことのできる微小化学分析システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以上のような実状に鑑み、鋭意検討の結果、基板上に形成された微小流路の上に、カバープレートを基板に対してわずかに傾斜をつけて配置し、基板とカバープレート間の最大隙間付近に液体を滴下すると、毛細管現象によって液体が微小流路に導かれることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明の微小化学分析システムは、微小流路が形成された基板と、前記微小流路上で前記基板と接して前記基板上に傾斜して載置されたカバープレートと、前記基板と前記カバープレートの最大隙間付近に液体を滴下する滴下手段とを備えたことを特徴とする。
【0008】
また、前記カバープレートは、前記基板上に載置されたスペーサ上に載置されたことを特徴とする。
【0009】
また、前記滴下手段は、重力により液体を間欠的に滴下するように構成された点滴針と、この点滴針に供給される液体を貯留する液溜め部とを備えたことを特徴とする。
【0010】
また、前記微小流路の少なくとも一部がカバー部材により覆われ、このカバー部材の端部において前記基板と前記カバープレートが接していることを特徴とする。
【0011】
また、前記基板と前記カバープレートの最大隙間付近に滴下された液体が、毛細管現象により前記微小経路に導入されるように構成されたことを特徴とする。
【0012】
本発明の試料成分の分離方法は、本発明の微小化学分析システムを用いて、前記基板と前記カバープレートの間に試料を配置し、前記滴下手段から溶媒を滴下し前記試料を前記溶媒に溶解させるとともに、試料成分を溶解した溶液を毛細管現象により前記微小経路に選択的に導き、前記微小経路上で前記試料成分を分離することを特徴とする。
【0013】
また、本発明の微小化学分析システムを用いて、前記滴下手段から試料成分を溶解した溶液を滴下し、前記溶液を毛細管現象により前記微小経路に選択的に導き、前記微小経路上で前記試料成分を分離することを特徴とする。
【0014】
本発明の試料成分の分析方法は、本発明の試料成分の分離方法を用いて前記微小経路上で分離された試料成分を、マイクロプローブを使用して分析することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の微小化学分析システムによれば、外部動力式のマイクロポンプを用いることなく、基板とカバープレートの間の毛細管現象を利用することで、液体試料を微小流路に導くことができる。したがって、システムの構成をコンパクトにすることができる。
【0016】
また、本発明の微小化学分析システムを用いることによって、試料成分の分離、分析を簡便に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明の微小化学分析システムの一実施例の概略を示す図1において、1は基板であり、微小流路としての流路溝2が形成されている。基板1は、流路溝2が形成された面が平坦になっており、例えば、ガラス、シリコンウエハー、ZnSe、ステンレスなどの金属から形成されている。なお、この基板1の大きさは、一辺が1cm〜10cm程度のものが取り扱いの上からも適している。また、後述するように、分離した試料成分をそのままマイクロプローブを使用して分析する場合には、そのマイクロプローブに対して擾乱となるシグナルが出ない材料からなる基板1を用いるのが好ましい。例えば、赤外分光とラマン分光を併用する場合には、シリコンウエハーに金などの金属を蒸着又はスパッタしたものが好適に用いられる。
【0019】
基板1上には、流路溝2上で基板1と接してカバープレート3が傾斜して載置されている。そして、基板1とカバープレート3の最大隙間は1mm以下、好ましくは0.1〜0.8mmの範囲に調整されており、基板1とカバープレート3の最大隙間付近に滴下された液体が、毛細管現象により流路溝2に導入されるように構成されている。基板1上には小粒状のスペーサ4が載置されており、スペーサ4上にカバープレート3が載置されている。なお、スペーサ4がカバープレート3の中心から少しずれた位置に接しており、これによりカバープレート3が傾斜している。
【0020】
カバープレート3は、基板1に面する側、すなわち、液体が接する面が平坦なものであれば特定のものに限定されないが、透明で基板1上の液体の様子や、後述する試料、試料溶液の挙動が観察できるものが望ましい。例えば、光学顕微鏡観察に用いられるカバーグラスが好適に用いられる。また、カバープレート3には加工が施されていても構わない。例えば、カバープレート3の種類やコーティングを変化させてやることで、基板1上の液体の移動速度を変化させることができる。
【0021】
基板1とカバープレート3の最大隙間付近、すなわち、カバープレート3の基板1と接した端部とは反対側の端部付近には、点滴針5の先端が位置している。また、点滴針5の基端には、点滴針5に供給される液体を貯留する液溜め部6が接続している。そして、これら点滴針5と液溜め部6により、基板1上に液体を滴下するための滴下手段が構成されている。なお、この滴下手段は、重力により液体を間欠的に滴下するように構成されている。また、点滴針5の先端は、基板1とカバープレート3の間に確実に液体を導くために、基板1とカバープレート3の最大隙間から水平方向に0.1〜1mm離れ、かつ、基板1の上面から垂直方向に0.3〜1.1mm離れた位置に配置されている。
【0022】
また、流路溝2の両端を除く部分は、カバー部材7により覆われている。カバー部材7の一方の端部において、基板1とカバープレート3が接している。また、カバー部材7の一方の端部には、カバープレート3が接している。これにより、基板1とカバープレート3の間にある液体が毛細管現象により流路溝2に移動し、さらに、流路溝2中の液体が、毛細管現象によりカバープレート3側の流路溝2の端部から、その反対側の端部へ向けて移動するようになっている。なお、流路溝2の端部がカバー部材7で覆われていないのは、液体の移動を妨げないようにするためである。
【0023】
つぎに、この微小化学分析システムを用いた試料成分の分離方法及び分析方法について説明する。
【0024】
まず、基板1とカバープレート3の間に試料Sを配置する。なお、試料Sを配置することによって基板1とカバープレート3の隙間を調整できるときは、スペーサ4を省略してもよい。また、後述の操作により試料Sの成分を流路溝2に導くために、試料Sは図1に示すように流路溝2の端部付近に配置するか、流路溝2中に配置するのが好ましい。試料Sを基板1とカバープレート3の最大隙間付近に配置すると、後述の溶媒の滴下の操作を行ったときにマランゴニ効果によって試料Sからの溶出成分が流路溝2と反対の向きに逆流してしまい、好ましくないからである。
【0025】
そして、点滴針5から溶媒を滴下する。この溶媒は、分析する試料に応じて選択したものを用いるのが好ましい。溶媒を滴下すると、基板1上に落ちた溶媒の液滴は、基板1とカバープレート3の隙間から毛細管現象によって吸い込まれて行く。吸い込まれた溶媒はカバープレート3の下に留まる。滴下する液滴の数を順次増やしていき、基板1とカバープレート3の間が溶媒でほぼ満たされた状態になると、溶媒は毛細管現象によって流路溝2に移動するとともに、カバープレート3の周縁部及び流路溝2の隙間のある端部で生じる気化によって減少する。このとき、基板1とカバープレート3の間が溶媒でほぼ満たされた状態に保つように、溶媒の滴下量を調節する。
【0026】
溶媒に溶解した試料Sからの溶出成分は、流路溝2に向かって選択的に流れて行く。これは、カバープレート3の周縁部における溶媒の気化量よりも、毛細管現象及び流路溝2の隙間のある端部で生じる気化による流路溝2への溶媒の移動量の方が大きいからである。
【0027】
細長い流路溝2中を移動するにしたがって、試料Sの溶出成分は、クロマト効果により流路溝2中で流路溝2の長さ方向に分離する。流路溝2に溶媒が満ちたところで、点滴針5からの滴下を終了する。このまま放置して溶媒を蒸発させると、流路溝2の異なった部分に試料Sの異なった成分が分布した状態となる。
【0028】
カバープレート3を取り外した後、基板1上の流路溝2に析出した試料Sの成分を、そのままマイクロプローブを用いて分析する。このマイクロプローブとしては、顕微赤外分光分析、ラマン分光、蛍光X線分析、X線マイクロアナライザー分析、光電子分光分析、オージェ電子分光などをもちいることができ、或いは飛行時間型質量分析装置を用いることができる。これにより、試料Sの成分の組成や化学構造などを解析することが可能である。
【0029】
以上のように、本実施例の微小化学分析システムは、微小流路としての流路溝2が形成された基板1と、前記流路溝2上で前記基板1と接して前記基板1上に傾斜して載置されたカバープレート3と、前記基板1と前記カバープレート3の最大隙間付近に液体を滴下する滴下手段としての点滴針5とを備えている。したがって、外部動力式のマイクロポンプを用いることなく、基板1とカバープレート3の間の毛細管現象を利用することで、液体試料を流路溝2に導くことができる。したがって、液体を流路溝2に導入するための基板1面上の面内送液を動力を使わず行うことができ、システムの構成をコンパクトにすることができる。
【0030】
また、前記カバープレート3は、前記基板1上に載置されたスペーサ4上に載置されており、基板1とカバープレート3の隙間を簡便に調整することができる。
【0031】
また、前記滴下手段は、重力により液体を間欠的に滴下するように構成された点滴針5と、この点滴針5に供給される液体を貯留する液溜め部6とを備えており、簡便に液体を基板1上に供給することができる。
【0032】
また、前記流路溝2の少なくとも一部がカバー部材7により覆われ、このカバー部材7の端部において前記基板1と前記カバープレート3が接しており、確実に液体を流路溝2に導くことができる。
【0033】
また、前記基板1と前記カバープレート3の最大隙間付近に滴下された液体が、毛細管現象により前記流路溝2に導入されるように構成されており、システムを簡単な構成とすることができる。
【0034】
本実施例の試料成分の分離方法は、本実施例の微小化学分析システムを用いて、前記基板1と前記カバープレート3の間に試料Sを配置し、前記滴下手段としての点滴針5から溶媒を滴下し前記試料Sを前記溶媒に溶解させるとともに、試料成分を溶解した溶液を毛細管現象により前記流路溝2に選択的に導き、前記流路溝2上で前記試料成分を分離するものであり、試料成分の分離を簡便に行うことができる。
【0035】
本実施例の試料成分の分析方法は、本実施例の試料成分の分離方法を用いて前記流路溝2上で分離された試料成分を、マイクロプローブを使用して分析するものであり、試料成分の分析を簡便に行うことができる。
【0036】
以上、本発明の一実施例について説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものでなく、種々の変形実施が可能である。
【0037】
例えば、上記のように基板1とカバープレート3の隙間に試料を配置し溶媒を導入する代わりに、予め試料S中の可溶成分を溶媒抽出して調製した試料溶液を基板1とカバープレート3の隙間に導入してもよい。
【0038】
この場合、前記点滴針5から試料成分を溶解した溶液を滴下し、前記溶液を毛細管現象により前記流路溝2に選択的に導き、前記流路溝2上で前記試料成分を分離することになるが、上記実施例と同様に試料成分を分離することができる。このようにすることによって、不溶成分の割合が多い試料であっても、効率よく試料成分の分離を行うことができる。
【0039】
また、本発明の微小化学分析システムは、上記の試料成分の分離、分析に限らず、試料成分の反応、合成などにも用いることができる。したがって、基板上の流路溝は上記実施例で示したものに限られず、例えば、流路溝を複数形成してもよく、枝分かれした形状としてもよい。
【0040】
以下、より具体的に本発明の微小化学分析システム及びこれを用いた試料成分の分離、分析方法について説明する。
【実施例1】
【0041】
健康補助食品として市販されているカプセル状の「ブルーベリーエキス」を割ると、中から粘度の高い液状物が出てきた。その様子を図2に示す。この液状物を試料とし、図1に示す構成の装置を用いて、分離操作を行った。なお、基板1には、表面に幅1mm、深さ0.3mmの流路溝2を形成し、その上にクロミウム膜をスパッタにより形成したものを用いた。
【0042】
基板1の流路溝2の端部から3mm程度離れた位置に試料Sを直径0.5mm程度の大きさに取り分け、放置して固めた。その様子を図3に示す。そして、さらに基板1上にスペーサ4を置き、その上にカバープレート3を載置した。そして、点滴針5から溶媒としてエタノールを滴下した。
【0043】
このとき、試料Sから溶出した成分が移動する様子を図4に示す。なお、図4中、左上が溶媒を基板1とカバープレート3の間に充填した初期状態で、その後の経過を左上から右上、さらに左下から右下の順に示している。時間の経過とともに、溶出した試料成分が流路溝2の端部に吸い込まれて様子が確認できる。
【0044】
そして、点滴針5からの滴下を終了し、このまま放置して溶媒を蒸発させた。このとき、流路溝2には、赤色に着色した部分と、黄色に着色した部分が分離していた。カバープレート3を取り外した後、基板1上の流路溝2に析出した試料Sの成分を、そのままマイクロプローブを用いて分析した。
【0045】
図5に、流路溝2に残った赤色に着色した部分をラマン分光分析した結果を示す。赤色に着色した部分は、アントシアニン成分であることが確認された。
【0046】
また、図6には、黄色に着色した部分をラマン分光分析した結果を示す。黄色に着色した部分は、カロテノイドであることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の微小化学分析システムの一実施例を示す概略図である。
【図2】実施例1において用いた試料の写真である。
【図3】実施例1における基板上に固化させた試料の写真である。
【図4】実施例1における試料の溶出の様子を示す写真である。
【図5】実施例1における赤色に着色した部分のラマン散乱スペクトルのチャートである。
【図6】実施例1における黄色に着色した部分のラマン散乱スペクトルのチャートである。
【符号の説明】
【0048】
1 基板
2 流路溝(微小流路)
3 カバープレート
4 スペーサ
5 点滴針(滴下手段)
6 液溜め部
7 カバー部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微小流路が形成された基板と、前記微小流路上で前記基板と接して前記基板上に傾斜して載置されたカバープレートと、前記基板と前記カバープレートの最大隙間付近に液体を滴下する滴下手段とを備えたことを特徴とする微小化学分析システム。
【請求項2】
前記カバープレートは、前記基板上に載置されたスペーサ上に載置されたことを特徴とする請求項1記載の微小化学分析システム。
【請求項3】
前記滴下手段は、重力により液体を間欠的に滴下するように構成された点滴針と、この点滴針に供給される液体を貯留する液溜め部とを備えたことを特徴とする請求項1又は2記載の微小化学分析システム。
【請求項4】
前記微小流路の少なくとも一部がカバー部材により覆われ、このカバー部材の端部において前記基板と前記カバープレートが接していることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の微小化学分析システム。
【請求項5】
前記基板と前記カバープレートの最大隙間付近に滴下された液体が、毛細管現象により前記微小経路に導入されるように構成されたことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の微小化学分析システム。
【請求項6】
前記請求項1〜5のいずれか1項記載の微小化学分析システムを用いて、前記基板と前記カバープレートの間に試料を配置し、前記滴下手段から溶媒を滴下し前記試料を前記溶媒に溶解させるとともに、試料成分を溶解した溶液を毛細管現象により前記微小経路に選択的に導き、前記微小経路上で前記試料成分を分離することを特徴とする試料成分の分離方法。
【請求項7】
前記請求項1〜5のいずれか1項記載の微小化学分析システムを用いて、前記滴下手段から試料成分を溶解した溶液を滴下し、前記溶液を毛細管現象により前記微小経路に選択的に導き、前記微小経路上で前記試料成分を分離することを特徴とする試料成分の分離方法。
【請求項8】
前記請求項7又は8記載の試料成分の分離方法を用いて前記微小経路上で分離された試料成分を、マイクロプローブを使用して分析することを特徴とする試料成分の分析方法。

【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−198332(P2009−198332A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−40597(P2008−40597)
【出願日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【出願人】(508053854)
【Fターム(参考)】