説明

微生物とペプチド性薬物を含む新規製剤

【課題】本発明は、ペプチド性薬物を含むペプチド性の製剤であって、投与された場合でも、有効成分として機能しうるペプチド部分が、ぺプチダーゼなどの分解酵素により分解を受けることなく効果的に機能を発揮しうる新規製剤を提供することを課題とする。
【解決手段】細胞透過性ドメインと有効成分として機能しうるペプチド部分を含むペプチド性薬物を、微生物に担持させることにより、有効成分として機能しうるペプチド部分が分解されにくい製剤を提供しうる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペプチド性薬物が微生物に担持されていることを特徴とする新規製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
腸管組織には多くの免疫系細胞が集まっており、体外から取り込まれる異物や毒性物質に対する防御機構を備えている。腸管免疫は体内免疫系の60%をつかさどるともいわれ、生体防御システムの大きな役割を担っているといえる。腸管に浸入してきた毒物や病原体などの抗原は、腸管粘膜に存在するM細胞に取り込まれたのちに各種免疫担当細胞に認識され、これら抗原に対する防御および排除のための免疫機構が活性化される。
【0003】
最近の研究から癌細胞由来のタンパク質分解産物が抗原となり、このタンパク質を産生している癌細胞を自ら攻撃して死滅させる機構が生体内に備わっていることが科学的に実証された。このことを受け、該癌細胞由来のタンパク質分解産物からなる抗原部分を癌患者に投与し、腫瘍を消滅させようとする新しい治療法の開発が進められてきている(特許文献1、2)。
【0004】
このような自己の免疫システムを利用した治療は、ヒトに元来備わっている自然治癒力を利用する非常に巧妙な治療方法として大きな期待が寄せられているが、一方でペプチド製剤の効果が十分でない場合が多く、開発は困難を極めている。
【0005】
例えば、8〜10アミノ酸からなる癌抗原ペプチドを投与した場合、ターゲットとなるT細胞に抗原提示されるまでの間に、該抗原ペプチドはぺプチダーゼなどの酵素で分解されてしまうため、十分な治療効果が確認できないといった問題点が挙げられる。分解を受けることにより薬物の効果が発揮されないといった問題は、ウイルスタンパク質や細菌毒素などによるワクチネーションを目的とした経口ワクチン製剤の場合にも当てはまる。一方、腫瘍抗原を利用した癌免疫治療の投与方法としては、皮内ランゲルハンス細胞をターゲットとした皮内注射投与が主流である。
【特許文献1】WO2000/002907号パンフレット
【特許文献2】特開2005−34049号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ペプチド性薬物を含むペプチド性の製剤であって、投与された場合でもペプチド性薬物に含有される有効成分として機能しうるペプチド部分が、ぺプチダーゼなどの分解酵素により分解を受けることなく効果的に機能を発揮しうる新規製剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために、鋭意研究を重ねた結果、ペプチド性薬物を微生物に担持させることにより、有効成分として機能しうるペプチド部分が分解されにくい製剤を提供しうることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち本発明は以下よりなる。
1.有効成分として機能しうるペプチド部分と細胞透過性ドメインとを含むペプチド性薬物が、微生物に担持されていることを特徴とする新規製剤。
2.微生物が、乳酸菌または酵母である前項1に記載の新規製剤。
3.有効成分として機能しうるペプチド部分が、抗原性を有し、免疫系の活性化および/若しくは特異免疫賦活機能を有する前項1または2に記載の新規製剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明の製剤は、ペプチド性薬物が微生物に担持されているため、ペプチド性薬物に含有される有効成分として機能しうるペプチド部分が生体の標的部位に到達するまでに、ぺプチダーゼなどの分解酵素など分解されることを回避することができる。また該ペプチド性薬物は、有効成分として機能しうるペプチド部分の他に細胞透過性ドメインを含んでいるため、該細胞透過性ドメインの効果により有効成分として機能しうるペプチド部分の細胞への吸収が促進される。さらに、有効成分として機能しうるペプチド部分が抗原性を有し、その投与効果として、免疫系の活性化や特異免疫賦活効果を期待する場合は、担体である微生物由来成分がアジュバント的機能を付与しうることから、特異免疫賦活に関する投与促進効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、微生物とペプチド性薬物を含む新規製剤であり、有効成分として機能しうるペプチド部分の他に細胞透過性ドメインを含むペプチド性薬物が微生物に担持されていることを特徴とする新規製剤である。本発明の製剤の投与経路は、ペプチド性薬物の効果が発揮されるものであれば良く、特に限定されない。例えば、注射投与(皮内、皮下、筋肉内等)、経粘膜(経鼻、経肺、経膣、経口唾粘膜等)、経口および経皮吸収投与などあらゆる投与経路が考えられる。
【0011】
本発明の製剤において、微生物とは、ペプチド性薬物の担体として機能しうる微生物であり、例えば上記の投与経路等により人体または動物などの生体への投与が可能であればよく、特に限定されない。そのような微生物として、例えば乳酸菌や酵母の類に属するものが好適である。乳酸菌の具体例としては乳酸桿菌(Lactobacillus属の菌種)であるL. caseiL. acidophilusや、乳酸菌の一種であるビフィズス菌(Bifidobacterium属の菌種)のB. infantis等が挙げられる。また酵母(Saccharomyces属の菌種)では、S. serevisiae 等が挙げられる。ひとくちに乳酸菌、酵母といっても、使用する菌株によって生体に及ぼす作用は異なるという報告もあり、本発明において使用される薬剤と菌株の組み合わせは各々の関係で適宜決定される。上記に例示される微生物は、一般的に健康のために良いと認識されている。このような微生物であれば、原核生物であってもよいし、真核生物であってもよく、上記に例示される菌種、菌株に限定されるものでもない。
【0012】
本発明の製剤において、ペプチド性薬物とは、有効成分として機能しうるペプチド部分の他に細胞透過性ドメインを含む。ペプチド性薬物のアミノ酸残基数は、3〜50個、好ましくは5〜40個である。
有効成分として機能しうるペプチド部分は、抗原性を有し、免疫系の活性化や特異免疫賦活効果を有するもの、例えばワクチンとして機能しうるものが好適である。このようなペプチド部分のアミノ酸残基の数は、3〜50個、好ましくは5〜15個である。このようなペプチドとして、癌免疫ペプチドや弱毒化したウイルスタンパク質や細胞毒素などのペプチドが例示されるが、これらに限定されるものではない。
【0013】
ペプチド性薬物は、有効成分として機能するペプチド部分の他に、さらには細胞透過性ドメインを含むことが必須である。細胞透過性ドメインとして、TAT48-60、Penetratin、Transportan、Amphiphatic model peptide、Magainin、Calcitonin-derived peptide、Oligoarginineの各ペプチド配列やこれらのアナログ等が挙げられる。各ペプチドの具体的な配列は表1に示す。その他、PTD(Protein Transduction Domain)やCPP(Cell Penetrating Peptides)と呼ばれる細胞透過性ペプチド部分の配列や、PNA(Peptide Nucleic acid)やこれらのアナログ等も挙げられるが、これらに限定されるものではない。これらのペプチドを構成するアミノ酸残基の数は、4〜40個、好ましくは4〜30個である。
【0014】
【表1】

【0015】
有効成分として機能するペプチド部分と前記細胞透過性ドメインは、自体公知の方法により結合することができる。例えば、化学結合による結合や静電気的な力での弱い結合が考えられる。結合の様式は、個々に選択されるべきで、その薬物の効果が最も発揮される形態であることが望ましい。
【0016】
また、本発明のペプチド性薬物が微生物に担持されるとは、ペプチド性薬物が微生物の表面に吸着されていても良いし、微生物の内部に導入されていても良い。ペプチド性薬物のうち、特に細胞透過性ドメインが微生物の表面に現れているのが好適である。該細胞透過性ドメインが微生物の表面に現れていることにより、投与した製剤が細胞に透過されやすくなり、有効成分の機能が細胞内で発揮され、有効である。
【0017】
本発明の製剤は、次のように調製することができる。まず、微生物を増殖培地で増殖させた後生理食塩水等で洗浄し、その後担持させるペプチド性薬物を該微生物と十分に混和してペプチド性薬物を微生物に担持することができる。微生物にペプチド性薬物を担持したものをそのまま液剤として使用することもでき、乾燥させて粉末状製剤として使用することもできる。微生物−ペプチド性薬物複合体を単離せずに微生物とペプチド性薬物の混合物をそのまま製剤化しても良いし、微生物−ペプチド性薬物複合体に製剤化に必要な担体を加えて製剤化してもよい。有効成分の保存安定性、薬効および安全性等が保証される剤型であればよく、特に限定されるものではない。
【0018】
微生物とペプチド性薬物の混合比率は、ペプチドの種類や微生物の種類によっても変動しうるものであり、特に限定されるものではないが、微生物−ペプチド性薬物複合体をそのまま製剤として使用する場合は、必要とされるペプチド性薬物を担持可能な菌体量が最低限必要とされる。
【0019】
有効成分として機能するペプチド部分が抗原性を有し、その投与効果として、免疫系の活性化や特異免疫賦活効果を期待する場合は、担体である微生物由来成分がアジュバント的機能を付与しうることから、特異免疫賦活に関する投与促進効果がえられる。
【実施例】
【0020】
以下に実施例を列記して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲内で種々の応用が可能である。
【0021】
(実施例1)
乳酸菌(Lactobacillus casei NBRC 15883)は、MRSブロス(DifcoTM Lactobacilli MRSBroth 288130)にて37℃の環境下で嫌気培養を行い、乳酸菌培養液とした。この乳酸菌培養液0.4mL、MRSブロス0.5mL、1mM蛍光(FITC)標識R7−OVA(配列:FITC-RRRRRRRSIINFEKL、配列番号8)溶液0.1mLを混和し、37℃で1時間インキュベートした。本菌液は、リン酸緩衝液(PBS(−))で3回遠心分離(5000rpm×5分間)を行い、洗浄し、3回目の遠心分離後、上清を除いて得た乳酸菌を含む沈殿物に300μLのPBS(−)を加え、乳酸菌懸濁液を得た。この乳酸菌懸濁液とマウンティングミディアム(DakoCytomation S3023)をスライドグラスに滴下し、カバーグラスで被覆後、蛍光顕微鏡(PLYMPUS BX51)で、FITC蛍光の有無を観察した(図1:対物×100)。
【0022】
図1の結果より、乳酸菌からのFITCの蛍光が検出された。このことから、R7−OVAと乳酸菌の複合体が形成されていることが示された。
【0023】
(実施例2)
酵母(Sacchatomyces cerevisiae NBRC10217)を、YMブロス(DifcoTM YM Broth 271120)にて20〜25℃の環境下で2日間振とう培養を行い、酵母培養液とした。この酵母培養液を実施例1と同様の方法でFITC標識R7−OVAとともにインキュベートし、蛍光顕微鏡で観察した。その結果、酵母よりFITCの蛍光が検出され、酵母とFITC標識R7−OVAの複合体が形成されていることが確認された(図2:対物×40)。
【0024】
(実施例3)
以下に示す(1)液200μLを、マウス(C57BL/6、7週齢、♀)に皮内注射で導入した。投与は7日おきに計2回実施し、一回あたりの投与量は200μL/マウスとした。最終投与日から1週間後にマウスリンパ球を採取し、OVA抗原特異的CTL活性レベルをELISPOTにより評価した。その結果、投与したOVAペプチド特異的CTLが高いレベルで活性化されていることを確認した(表2参照)。
【0025】
(1)液:4.56μmol/mLのOVA(配列:RRRRRRRSIINFEKL、配列番号8)を含むリン酸緩衝液(pH7.4)とOD600約0.7を示す乳酸菌(Lactobacillus casei NBRC 15883)懸濁リン酸緩衝液(pH7.4)を1:1の割合で混合したもの。
【0026】
(比較例1)
実施例3と同じ方法で、以下の(2)、(3)液200μLをそれぞれマウスに皮内注射投与し、OVA抗原特異的CTL活性レベルをELISPOTにより評価した。その結果、投与したOVAペプチド特異的CTL活性は実施例2の結果に示されるCTL活性レベルよりも低いレベルであることが確認された(表2参照)。
【0027】
(2)液:4.56μmol/mL OVA (配列:SIINFEKL、配列番号9)を含むリン酸緩衝液(pH7.4)とOD600約0.7を示す乳酸菌(Lactobacillus casei NBRC 15883)懸濁リン酸緩衝液(pH7.4)を1:1の割合で混合したもの。
【0028】
(3)液:4.56μmol/mL OVA (配列:RRRRRRRSIINFEKL、配列番号8)を含むリン酸緩衝液(pH7.4)。
【0029】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0030】
以上説明したように、本発明の製剤は、ペプチド性薬物が微生物に担持されているため、有効成分として機能するペプチド部分が生体の標的部位に到達するまでに、ぺプチダーゼなどの分解酵素などによる分解を回避することができる。また、細胞透過性ドメインの効果により、有効成分としてのペプチド部分の細胞への吸収が促進される。さらに、有効成分としてのペプチド部分が抗原性を有し、その投与効果として、免疫系の活性化や特異免疫賦活効果を期待する場合は、担体である微生物由来成分がアジュバント的機能を付与しうることから、特異免疫賦活に関する投与促進効果がえられる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例1の結果を示す図である。(乳酸菌由来FITC蛍光)
【図2】実施例2の結果を示す図である。(酵母由来FITC蛍光)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効成分として機能しうるペプチド部分と細胞透過性ドメインとを含むペプチド性薬物が、微生物に担持されていることを特徴とする新規製剤。
【請求項2】
微生物が、乳酸菌または酵母である請求項1に記載の新規製剤。
【請求項3】
有効成分として機能しうるペプチド部分が、抗原性を有し、免疫系の活性化および/若しくは特異免疫賦活機能を有する請求項1または2に記載の新規製剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−174489(P2008−174489A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−9388(P2007−9388)
【出願日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【Fターム(参考)】