心不全を発生させる危険がある被検者を診断および/または処置するための手段および方法
本発明は、心不全を発生させる危険がある被検者を同定するための方法であって、(a)前記被検者の生物学的試料における1つ以上の生物学的マーカーのレベルを決定すること、(b)前記生物学的マーカーのレベルを同じ生物学的マーカーの標準レベルと比較すること、および(c)生物学的マーカーのレベルが心不全を発生させる危険を示すかどうかを決定することを含み、生物学的マーカーがクルッペル様因子15(KLF−15)、リソソーム内在性膜タンパク質2(LIMP−2)、それらのフラグメント、および/もしくは、それらの変異体であり、ならびに/または、生物学的マーカーがKLF15をコードスする遺伝子、LIMP−2をコードする遺伝子、それらのフラグメント、および/もしくは、それらの変異体である方法に関する。さらに本発明は、心不全を防止および/または処置するための予防および/または治療医薬品用の医薬品を調合するための、KLF15および/またはLIMP−2タンパク質、および/またはKLF15および/またはLIMP2をコードする遺伝子、および/または前記遺伝子および/またはタンパク質のフラグメントおよび/または変異体の使用に関する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概して、医学の分野に関し、より具体的には、心臓病学の分野に関する。本発明は、特に、心不全を発生させる危険がある被検者を診断および/または処置するための手段および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
長年にわたる高血圧、弁膜症または糖尿病のような他の慢性障害中に起こる慢性的な心負荷は、心不全の最も重要な危険因子の一つである心肥大を誘発することが一般に知られている。うっ血性心不全(HF)は一般的な症候群であるが、重症で複雑な臨床症候群でもあり、とりわけ高齢者にあっては、心収縮機能の低減および運動耐容能の低下に特徴づけられる。心不全の症状には、例えば肺水腫および末梢性浮腫、疲労および/または呼吸困難などが含まれる。重症心不全は、他の臓器が十分な血液を供給されていないので、それら他の臓器の機能低下にもつながり得る。
【0003】
しかし全ての肥大心が最終的に不全を起こすわけではない。つまり、生命を脅かす合併症を発生させるまで進行する患者はかなりの数に上るものの、他の患者は長期間にわたって安定した状態を保ち得る。この肥大から心不全への移行に先行し、その前ぶれとなる分子変化は、今のところ完全にはわかっていない。
【0004】
心不全などの高血圧性末端臓器損傷を発生させる危険がある患者の早期同定によって急速な進行を防止し得るので、心不全を起こしそうな患者を実際にそのようになる前に同定(診断)できることは好ましい。このようにして早期に診断された患者は、心不全の発症を防止するために、処置を受けることができる。また、重症合併症を発生させる危険がある心不全を患っている患者を同定できることも好ましい。
【0005】
現在の方法は、現に存在する心不全を確実に排除することはできるものの、心不全の存在を確実に証明することはできず、これらの方法では、確立した心不全の転帰を予言することも、心不全の出現を予言することもできない。
【0006】
したがって、心不全を発症する可能性を予言し、かつ/または既に確立した心不全の転帰を予言するための簡単で信頼できる方法が必要とされている。また、心不全を発生させる危険がある患者を心不全および/またはその合併症が出現する前に処置するための手段および方法の開発は、臨床上極めて重要である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、心不全を発生させる特別な危険がある患者および/または心不全の合併症を発生させる特別な危険がある患者を同定することができる診断方法を提供することである。心不全を発生させる危険がある患者および/または心不全の合併症を発生させる危険がある患者を処置するための手段および方法を提供することが、本発明のさらにもう一つの目的である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、心不全を発生させる危険がある被検者を診断するための方法であって、
(a)前記被検者の生物学的試料における1つ以上の生物学的マーカーのレベルを決定するステップ;
(b)前記生物学的マーカーのレベルを同じ生物学的マーカーの標準レベルと比較するステップ、および
(c)生物学的マーカーのレベルが心不全を発生させる危険を示すかどうかを決定するステップ、
を含み、生物学的マーカーがリソソーム内在性膜タンパク質2(LIMP−2)および/またはクルッペル様転写因子15(KLF15)である方法を提供することによって、この目的を達成する。
【0009】
本発明につながった研究では、心不全の発生に関与する遺伝子がいくつか同定された。同定された遺伝子を表2に列挙した。さらにまた、前記遺伝子によってコードされる特定のポリペプチドが実際に心不全と機構的に関連することも証明された。特に、表2の遺伝子によってコードされる特定のタンパク質は、心肥大から心不全への移行の原因となる分子機構に関与すること、したがって、心不全を発生させる危険がある患者を同定するための生物学的マーカーとして使用できることが証明された。また、これらのタンパク質、および/または前記タンパク質をコードする遺伝子、および/または前記タンパク質および/または遺伝子のポリペプチドおよび/またはポリヌクレオチドフラグメントまたは変異体は、危険に曝されている患者を処置するためのターゲットとして使用することもできる。
【0010】
特に、本発明によれば、特定の介在板コンポーネント、特にリソソーム内在性膜タンパク質2(LIMP−2)およびクルッペル様転写因子15(KLF15)は、心肥大から心不全への移行を予言する分子機構に関与し、心不全を発生させる危険がある個体を同定するための生物学的マーカー(バイオマーカー)として、適切に使用できることが証明された。
【0011】
このようにして、本発明によれば、心不全を発生させる危険がある被検者を、前記被検者の生物学的試料において、1つ以上の同定された生物学的マーカーのレベルを決定し、前記マーカーのレベルを標準レベルと比較することによって同定できることが見出された。前記標準レベルは健常な被検者から導き出される。すなわち標準レベルとは、健常な人(すなわち心疾患を持たない人)の前記生物学的試料における前記生物学的マーカーのレベルである。試験した生物学的マーカーのレベルが前記標準レベルと比較して変化している場合、例えば(当該特定の生物学的マーカーに依存して)上昇または下降している場合、その被検者はHFを発生させる危険および/または心不全の重症合併症を発生させる危険がある。
【0012】
心不全の(好ましくは臨床症状が出現する前の)早期診断は、診断された患者の処置などによって、例えば基礎疾患への対処を成功させたり、かつ/またはさらなる心筋機能障害および臨床症状の悪化を防止したりするのに不可欠である。
【0013】
本発明につながった研究では、高血圧による肥大を起こしていて、伝統的な技法(心エコー法)では十分に機能的であり代償性であるように見えたが、心不全を発生させることが後に判明した心臓から得られる数多くの遺伝子の遺伝子発現プロファイルが調べられた。この発現プロファイルは、やはり高血圧ゆえに肥大を起こしていて、伝統的な技法(心エコー法)では同様に十分に機能的で代償性であるように見えたが、心不全を発生させないことが後に判明し、安定した状態を保った心臓から得られる遺伝子発現プロファイルと比較された。この方法で、後に発生する心不全の出現を予言する遺伝子が同定され、これらは、本発明によれば、肥大および心不全への移行の新規で極めて重要なモジュレーターであることが明らかになった。これらの遺伝子を表2に列挙した。次に、特定の好ましい生物学的マーカー、特に特定の介在板関連生物学的マーカーが同定された。介在板(ID)は、心臓の心筋繊維を構成する心筋細胞間の結合部を形成する。すなわち介在板は、細胞間の機械的および電気的カップリングをもたらし、心臓組織の同期的収縮を支えている特殊な細胞間結合である。
【0014】
このように本発明によれば、標準発現レベルと比較したLIMP−2の心臓発現量の増加によって、顕性心不全に進行しやすい肥大心が同定されることが証明された。例えば、LIMP−2ヌルマウスにおける心臓発生は正常であるが(Gamp et al.,2003)、高血圧はこれらのマウスにおける拡張型心筋症を誘発した。LIMP−2は極めて重要な心臓アドヘレンスジャンクションタンパク質N−カドヘリンに結合し、N−カドヘリンとβ−カテニンの間の適正な相互作用を確保するために不可欠であることが示された。さらにまた、心不全に進行する寸前の肥大ラット心臓ではLIMP−2の発現量が増加することも見出されたので、心筋細胞によるLIMP−2発現量の増加は、その心筋が機械的な力を正常化できないことを予告していると考えられる。したがって、LIMP−2発現量の増加は、悪化しつつある負荷に応答しようとする心筋の絶望的な試みであるとみることができ、切迫した不全を示し得る。そのうえ、LIMP−2発現量は、臨床的に重症な圧負荷を持つ患者では有意に増加することも示された。したがって、高血圧被検者におけるLIMP−2タンパク質のレベルおよび/またはLIMP−2をコードする遺伝子の発現レベルを決定し、前記レベルを標準レベルと比較し、次に、そのレベルが心不全を発生させる危険を示すかどうかを決定することにより、今まさに圧力に屈しようとしている心筋を極めて初期の段階で同定することが可能である。特に、標準レベルと比較したLIMP−2タンパク質レベルの増加および/またはLIMP−2遺伝子発現レベルの増加は、心不全および/または心不全関連合併症を発生させる危険を示す。
【0015】
本発明につながった研究では、さらに、クルッペル様因子15(KLF15)をコードする遺伝子が、心不全へと急速に進行する肥大心を特徴づけることも示された。これはリアルタイムPCRによって確認され、このリアルタイムPCRは、KLF15が代償性LVHにおいてダウンレギュレートされるが、不全へと急速に進行する肥大心ではKLF−15が、より一層抑制されることを示した。さらに、KLF15は心筋細胞において心肥大の抑制因子としての役割を持つことが示された。したがって、KLF15タンパク質のレベルおよび/またはKLF15をコードする遺伝子の発現レベルを決定し、前記レベルを標準レベルと比較することも、心不全を発生させそうな患者を極めて初期の段階で同定するのに役立つ。KLF15の場合は、標準レベルと比較した、生物学的試料におけるKLF15タンパク質レベルの低下および/またはKLF15遺伝子発現量の低下が、心不全の発生を示す。
【0016】
本発明は、インビボ法、すなわち生物学的マーカーのレベルがインビボの生物学的試料において決定される方法にも、インビトロ法にも関係する。
【0017】
本発明の好ましい実施形態では、生物学的マーカーのレベルが、個体から得られる生物学的試料において、インビトロで決定される。本発明の生物学的マーカーのレベルをインビトロで決定するには、この研究によって同定された生物学的マーカーを含み得る任意の体液の適切な生物学的試料をどれでも使用することができる。好ましくは、生物学的試料は、血液、血漿、血清、心臓組織からなる群より選択される。より好ましくは、生物学的試料は、末梢血試料、または末梢血から得られる血漿もしくは血清試料である。末梢血試料は、例えば、患者から容易に採取することができ、カテーテル挿入などの複雑な侵襲的手技を必要としない。生物学的試料は、試験用試料を調製するために、周知の技法に従って処理することができる。
【0018】
本発明の生物学的マーカーのレベルを測定するには、当技術分野で知られる通常の方法を利用することができる。
【0019】
生物学的マーカーがタンパク質および/またはそのフラグメントおよび/または変異体である場合は、特定のタンパク質および/またはそのフラグメントおよび/または変異体のレベルを決定するための、当業者に周知の、いくつかの通常の方法を使用することができる。マーカーのレベルは、例えば、酵素結合免疫吸着アッセイ(ELISA)などの免疫学的アッセイを使って測定することができ、したがって、簡単で再現性があり信頼できる方法が得られる。そのようなアッセイで使用するための抗体は入手可能であり、抗体を発生させるための周知の標準的技法を使って追加の(ポリクローナルおよびモノクローナル)抗体を発生させてもよい。生物学的タンパク質マーカーのレベルを測定するための他の方法として、例えば(免疫)組織化学、ウェスタンブロット法、フローサイトメトリー、RIA、競合アッセイ、およびそれらの任意の組合せを、さらに挙げることができる。インビボでは、例えば非分泌タンパク質のレベルを、関心対象のタンパク質の一つに対する特異的抗体を標識およびタグ付けすることによって決定することができる。これにより、心臓中のタンパク質の量を、いわゆる「分子イメージング」技法によって可視化することができる。
【0020】
生物学的マーカーが遺伝子、および/またはそのポリヌクレオチドフラグメントおよび/または変異体、例えばDNA、cDNA、RNA、mRNAなど、例えば特定のタンパク質をコードする遺伝子、または転写されたmRNAである場合は、例えば心臓生検材料における生物学的マーカーを、例えば周知の分子生物学的アッセイ、例えばその特定ポリヌクレオチドを指向するプローブを用いたインサイチューハイブリダイゼーション技法などによって測定することができる。本発明に従って使用することができる、核酸に基づく他のアッセイには、例えばRT−PCR、核酸に基づくELISA、ノーザンブロット法、およびそれらの任意の組合せが含まれる。
【0021】
診断方法の特異性および/または感度を強化するために、本発明の方法は、1つ以上の他の(生物学的)マーカーのレベルの検出を含んでもよい。すなわち、本発明の生物学的マーカーの検出は、心不全の発生を示す他のマーカーの検出と適切に組み合わせることができる。
【0022】
さらに本発明は、上述の診断方法を実施するためのキットに関する。特に本発明は、心不全を発生させる危険がある被検者を同定するためのそのような診断キットであって、前記被検者の1つ以上の生物学的試料を受け取るための手段、および前記被検者の前記生物学的試料における生物学的マーカーのレベルを決定するための手段を含むキットに関する。このようにして、信頼できる簡便な診断ツールとして使用することができるキットが提供される。生物学的試料を受け取るための手段は、例えば、標準的なマイクロタイタープレートのウェルを含み得る。前記被検者の前記生物学的試料における介在板関連生物学的マーカーのレベルを決定するための手段は、例えば、本発明によって同定された生物学的マーカーを検出するのに適した1つ以上の特異的抗体、ポリヌクレオチドプローブ、プライマーなどを含み得る。これらのキットはさらに較正手段および使用説明書も含み得る。
【0023】
本発明は、心不全を防止および/または処置するための化合物を同定するためのスクリーニング方法における、本発明の生物学的マーカーおよび/またはそのフラグメントおよび/または機能的変異体の使用にも関係する。ある特定実施形態において、心不全を防止および/または処置するための化合物を同定するための方法は、
(a)1つ以上の化合物を、表2に列挙するポリヌクレオチドによってコードされるポリペプチド(好ましくはKLF15および/またはLIMP−2)、および/またはそのフラグメントおよび/または変異体と接触させること;
(b)前記ポリペプチドに対する化合物の結合アフィニティーを決定すること;
(c)哺乳動物細胞の集団を、少なくとも10μMの結合アフィニティーを示す化合物と接触させること;および
(d)心不全を防止および/または処置する能力を持つ化合物を同定すること、
を含む。
【0024】
本発明のスクリーニング方法で試験されるポリペプチドは、インビトロで、例えば溶液中に遊離した状態、固形支持体に固定された状態、細胞表面に担持された状態、もしくは細胞内に位置する状態で試験するか、またはインビボで試験することができる。
【0025】
これらの方法を実施するには、複合体を非複合体型のポリペプチドから容易に分離できるように、そしてまたアッセイの自動化に適応させるために、本発明のポリペプチドまたは化合物のどちらか一方を固定化することができる。本発明のポリペプチドと化合物との相互作用(例えば結合)は、反応物を入れるのに適した任意の容器中で達成することができる。そのような容器の例には、マイクロタイタープレート、試験管、および遠心分離管が含まれる。
【0026】
化合物とポリペプチドとの結合アフィニティーは、例えば、表面プラズモン共鳴バイオセンサー(Biacore)を使用するなどの当技術分野で知られる方法によって、標識化合物を使った飽和結合解析(例えばScatchardとLindmoの解析)によって、置換反応によって、示差UV分光測光器、蛍光偏光アッセイ、Fluorometric Imaging Plate Reader(FLIPR(登録商標))システム、蛍光共鳴エネルギー移動、および生物発光共鳴エネルギー移動によって測定することができる。化合物の結合アフィニティーは、解離定数(Kd)またはIC50もしくはEC50で表すこともできる。IC50は、そのポリペプチドへの別のリガンドの結合を50%阻害するのに必要な化合物の濃度を表す。EC50は、インビトロで最大効果の50%を得るのに必要な濃度を表す。解離定数Kdは、リガンドがポリペプチドにどのくらいよく結合するかの尺度であり、ポリペプチド上の結合部位の正確に半分を飽和させるのに必要なリガンド濃度に等しい。高アフィニティー結合をする化合物は低い(すなわち100nM〜1pMの範囲の)Kd、IC50およびEC50値を持ち、中〜低アフィニティー結合は、高い(すなわちμM領域の)Kd、IC50およびEC50値に関係づけられる。
【0027】
本発明は、心不全を防止および/または処置するための予防および/または治療医薬品用の医薬品を調合するための、表2に列挙する遺伝子および/またはタンパク質(好ましくはKLF15および/またはLIMP−2遺伝子および/またはタンパク質)の使用にも関係する。
【0028】
好ましくは、本発明は、心不全を防止および/または処置するための予防および/または治療医薬品を製造するための、表2に列挙する遺伝子および/またはタンパク質(好ましくはKLF15および/またはLIMP−2遺伝子および/またはタンパク質)のモジュレーターの使用に関する。
【0029】
本願において、モジュレーターは、本発明によって減少することが見出された生物学的マーカーの1つ以上の発現を刺激し、かつ/またはそのレベルを増加させる任意の化合物(例えばアゴニスト)、または本発明によって増加することが見出された生物学的マーカーの1つ以上の発現を抑制し、かつ/またはそのレベルを低下させる任意の化合物(例えばアンタゴニスト)であることができる。
【0030】
医薬品は、タンパク質に基づく分子、例えばタンパク質マーカーに対する抗体、および/またはそのフラグメントおよび/または変異体であることができる。本発明は、キメラ、単鎖およびヒト化抗体、ならびにFabフラグメント、Fab発現ライブラリーの産物、FvフラグメントおよびFv発現ライブラリーの産物も包含する。
【0031】
もう一つの選択肢として、医薬品は、核酸に基づく分子であることもできる。例えば、遺伝子のダウンレギュレーションは、翻訳レベルまたは転写レベルで、アンチセンス核酸などを使って達成することができる。アンチセンス核酸は、あるタンパク質をコードする核酸および/または対応するmRNAの全部または一部と特異的にハイブリダイズする能力を持つ核酸である。アンチセンス核酸、アンチセンスRNAをコードするDNAの製造は、当技術分野では知られている。医薬品は低分子干渉(ヘアピン)RNA(siRNA)も含み得る。siRNAは、サイレンシングを受けるRNAに配列が相同な二本鎖DNA(dsDNA)による遺伝子サイレンシングの翻訳後プロセスを媒介する。siRNAの製造は当技術分野では知られている。同様に、遺伝子のアップレギュレーション(または過剰発現)も、当技術分野で知られるいくつかの方法によって達成することができる。
【0032】
本発明の好ましい実施形態では、モジュレーターがTGFβの阻害剤である。本発明によれば、KLF−15の抑制が不全易発型肥大の発生において、極めて重要なステップであること、およびTGFβがKLF−15を強く抑制することが示された。したがって、現在さまざまな分野で開発されているTGFβの阻害剤は、心不全を防止および/または処置するための予防および/または治療医薬品の開発に適切に使用し得る。本発明に従って使用することができるTGFβの適切な阻害剤の例はScios Inc.(Los Angeles,U.S.A.)が製造するTGFβ受容体阻害剤であり、この会社はそのウェブサイト(http://www.sciosinc.com/scios/tgf)に、「SciosはTGF−ベータのその受容体における作用を阻害するように設計された強力な新規小分子阻害剤を開発した。これらの小分子は、動物に経口投与した場合、瘢痕形成(線維症)を減少させるのに有効であることが明らかになった。Sciosは、異なる化合物クラスを代表する2つのリード分子を、未だ有効な治療方法がない医療ニーズを持つ患者における疾患状態を処置するために使用できる可能性を持つ前臨床開発へと推し進めるつもりである」と表示している。
【0033】
さらに本発明は、本発明に従って同定されたタンパク質の使用であって、同定されたタンパク質の1つ以上のレベルを評価し、よって心不全を発生させる危険がある被検者を同定する目的で、同定されたタンパク質の1つ以上の(分子)イメージングに使用される診断手段を作製するための使用に関する。診断手段は、例えば、生物学的タンパク質マーカーに対する標識された抗体を含み得る。
【0034】
以下の図面および実施例によって、本発明をさらに詳しく説明する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】Ren−2ラットにおけるLIMP−2の発現量の増加である。図1Aは、Ren−2ラットが同等の心肥大を示し、短縮率では心不全に進行するラットまたは代償性に留まるラットを識別することができない10週齢時に、左室心臓生検材料を採取した。15〜18週齢時にRen−2ラットの一部が心不全を発生させ、残りは21週齢時に屠殺するまで代償性に留まった。*、P<5e-6。図1Bは、10週齢肥大Ren−2ラットにおけるマイクロアレイ解析により、不全易発性ラット(HF易発性LVH、n=4)では、代償性に留まった肥大LV(comp LVH、n=6)および対照群(n=4)と比較して、LIMP−2 mRNAが特異的に過剰発現されることが見出された。図1Cは、末期不全Ren−2ラット(HF、n=9)では、代償性Ren−2ラット(comp、n=6)と比較して、LIMP−2タンパク質がアップレギュレートされた。不全性および代償性Ren−2ラットはどちらも、LIMP−2タンパク質のレベルが、対照ラット(n=6)と比較して有意に上昇していた。*、対照に対してP<0.05;**、対照に対してP<0.01;$、compに対してP<0.05;Mwm、分子量マーカー;au、任意単位。
【図2】AgnII処置したLIMP−2 KO(KO Ang)マウスは拡張型心筋症を持つ。図2Aは、WT Angマウス(n=14)がそのLV重量を有意に増加させるのに対して、KO Ang(n=14)マウスはLV重量を増加させなかった(*、WT(n=8)およびKO Angに対してP<0.01)。KO Angマウスにおいて、個々の筋細胞はその体積を増加させることができなかった(WTおよびKO、n=4;WT AngおよびKO Ang、n=5;筋細胞面積(au):WT Angにおける308±14に対して、264±42;*、P<0.01)。バーは50μmを表す。図2Bは、LIMP−2 KO(n=3)およびWT(n=4)マウスは、AngIIに対して同等の血圧応答を示した。図2Cは、AngII処置したWT(n=8)およびKO(n=8)はBNPおよびANF mRNA発現量に同等の増加を示したが(*、ベースライン(n=4)に対してP<0.05)、aska mRNA発現の誘導はKO Angマウスの方が、それらの減少した筋細胞体積と合致して、有意に少なかった(*、KO(n=4)に対してP<0.05;$、WT Angに対してP<0.05)。図2Dは、WT(n=10)マウスとKO(n=11)マウスとはベースライン心エコーパラメータが類似していた(0日目)。14日間および28日間のAngII後に、野生型LV壁は有意に肥大したのに対して、ノックアウトは肥大を示さず、それどころか拡張していた(*、ベースラインおよびKO Angに対してP<0.005;$、ベースラインおよびWT Angに対してP<0.005)。図2Eは、KO Angマウスでは、ドブタミンに対するベータ−アドレナリン作動性応答が減少した(WTおよびKO、n=4;WT Ang、n=14;KO Ang、n=9;*、P<0.005)。LVW/BW、体重に関して補正したLV重量。
【図3】AngII処置したLIMP−2 KOマウスは広範な間質性線維症を持つ。AngII処置したLIMP−2ノックアウトマウス(n=4)および野生型マウス(n=5)のLVのシリウスレッド染色はノックアウトマウスにおける著しい間質性線維症を示し(*、WT AngおよびKOベースラインに対してP<0.02)、AngIIで処置したノックアウトマウスおよび野生型マウスはどちらも同程度の血管周囲線維症を示す。バーは250μmを表す。
【図4】AngII処置したLIMP−2 KOマウスは筋細胞の錯綜配列を示す。AngII処置したLIMP−2 KOマウスのデスミン染色心筋細胞は、これらのマウスにおける、より多量で、より不規則なデスミン発現が示すように、錯綜配列を示し、乱された内部構造を持つ。バーは250μmを表す。
【図5】LIMP−2発現は他の形態の心臓ストレスにおいてアップレギュレートされる。図5Aは、新生仔ラット心筋細胞では、6時間伸展によってLIMP−2 mRNA発現量が上昇した(各群n=4)。図5Bは、LIMP−2 mRNAは、10週間の運動訓練を受けたラット(週5日、n=6)から得られる肥大心筋でも、非肥大対照ラット(n=7)と比較してアップレギュレートされた。図5Cは、大動脈狭窄を患う患者(LVH、n=20)から得られる肥大心筋でも、非肥大対照患者(n=7)と比較してアップレギュレートされた。(*、対照に対してP<0.05;**、対照に対してP<0.01;LVH;LV肥大)
【図6】LIMP−2は心筋細胞の形質膜に存在し、介在板機能にとって重要である。図6Aは、抗LIMP−2で染色した圧過負荷マウスLVのパラフィン包埋組織切片は、細胞内コンパートメント(*)だけでなく、心筋細胞の形質膜(黒い三角形)上でも陽性染色を示す。スケールバーは250μmを表す。図6Bは、圧過負荷ラットLV組織切片における抗LIMP−2を使った免疫電子顕微鏡法も、形質膜におけるLIMP−2の存在を示す(黒い三角形)。スケールバーは1μmを表す。図6Cは、AngII処置した野生型マウスでは電子顕微鏡法が正常な介在板を示すのに対して、AngII処置したLIMP−2 KOマウスでは、介在板がより高度な屈曲およびより高濃度なアドへレンスジャンクション(右側のパネル中の濃い黒色スポットに注目)を持ち、それがこれらのマウスにおける拡張型心筋症と並行する。バーは2μmを表す。M、ミトコンドリア;ID、介在板;a、アドへレンスジャンクション;d、デスモソーム。
【図7】LIMP−2はカドヘリン分布を調節する。図7Aは、LIMP−2は新生仔ラット心室筋細胞中のカドヘリンに結合する。LIMP−2を免疫沈降(IP)させ、総細胞溶解物(インプット)、上清(sup)および沈降したタンパク質溶解物(IP)中のカドヘリンを免疫ブロット(IB)した。心筋細胞中のカドヘリンタンパク質含有量の一部がLIMP−2によって結合される。図7Bは、対照被検者および2人の心不全患者の組織切片を、抗パンカドヘリン(赤)および抗LIMP−2(緑)で免疫蛍光的に染色した。矢印(黒い三角形)は、心筋細胞のIDにおけるLIMP−2とカドヘリンの共局在を示す。バーは50μmを表す。図7Cは、AngII処置したLIMP−2ノックアウトLVおよび野生型LVの組織切片を、抗パンカドヘリンで免疫染色した。野生型マウスではカドヘリン分布が介在板に限定されてカドヘリンの規則的な外観をもたらしているのに対して、LIMP−2 KOマウスではカドヘリンの局在が、厳密な介在板への配置によってもたらされる典型的パターンを失っている。バーは250μmを表す。
【図8】LIMP−2は、リン酸化ベータ−カテニンのカドヘリンへの結合を調節することによって、介在板の完全性を調節する。図8Aは、LIMP−2に対するshRNA(shLIMP−2)または対照shRNAのどちらか一方で処置した新生仔ラット心筋細胞の溶解物の免疫ブロット(IB)。10日間の培養後に、心筋細胞はLIMP−2タンパク質の92%ノックダウンを示す。タンパク質負荷量が等しいことはGAPDHによって確認した。図8Bは、免疫ブロット(IB)により、shLIMP−2溶解物では、対照溶解物と比較して、抗パンカドヘリンによる免疫沈降(IP)後のP−ベータ−カテニンのレベルが低減することが示される。対照IP溶解物およびshLIMP−2 IP溶解物におけるカドヘリン負荷量は同等だった。総shLIMP−2タンパク質溶解物および対照タンパク質溶解物におけるベータ−カテニンのリン酸化は同等だった。*、P=O.0006。図8Cは、抗パンカドヘリンによる免疫沈降の特異性を示す免疫ブロット。パンカドヘリン抗体の代わりにIgGをタンパク質溶解物に加ると、P−ベータ−カテニンは結合されない。
【図9】図9Aは、10週齢時点のRen−2ラットから得た左室生検材料におけるリアルタイムCRで評価したKLF15発現。生検後はラットを回復させ、それらが不全に進行するか代償性のまま留まるかを決定するために追跡した。KLF15の発現は、代償性のまま留まった肥大心では有意にダウンレギュレートされるが、顕性不全に急速に進行した肥大心では、有意に、より一層抑制されることから、不全易発型の心肥大はKLF15抑制のレベルによって同定されることが示される。図9Bは、肥大心筋と比較した、正常圧対照心臓における、KLF15に関するインサイチューハイブリダイゼーション。正常心臓における広範囲にわたる核染色が多数の心筋細胞では失われ、非筋細胞核には残存染色があることから、KLF15発現は心筋細胞で特異的に出現することが示される。図9Cは、低分子ヘアピンRNAのレンチウイルス導入によるKLF15の安定ノックダウンは培養NRVMにおけるBNPの発現を誘導した。
【図10】図10Aは、培養心筋細胞へのTGFβ(10ng/ml)の添加はKLF15 mRNA発現をほぼ完全に抑制した。低分子ヘアピンRNAのレンチウイルス導入によるTGFβI型受容体の安定ノックダウンはこの効果を打ち消したことから、TGFβはそのTGFβI型受容体を介してKLF15発現を抑制する能力を持つことが証明された。図10Bは、TgfβI型受容体に対して免疫ブロットした全心臓ホモジネートは、TgfβI型受容体の発現量の本質的かつ有意な低下を示すが、この受容体の完全な喪失は示さない。図10Cは、WT心臓をMerCreMer−TGFβI型マウスと比較すると、creの筋細胞特異的活性化は、心筋細胞からの明確でロバストなTGFβI型受容体の喪失をもたらしたことが、免疫組織化学によって証明される。図10Dは、アンギオテンシンII注入は、Wtマウスにおいて有意な肥大応答を誘発し、MerCreMer−TGFβI型マウスではこれが弱められた。図10Eは、アンギオテンシンII注入は、心機能の喪失の指標である短縮率の有意な低下を誘発し、これはMerCreMer−TGFβ受容体マウスでは弱められた。図10Fは、アンギオテンシンII注入とそれに続く肥大はKLF15のダウンレギュレーションを誘発し、これはMerCreMer−TGFβ受容体マウスでは弱められた。
【図11】上側の図は、緑色蛍光タンパク質(AAV9−GFP)注射と比較して、AAV9−KLF15注射後のマウス心臓では、KLF15 mRNAが有意にアップレギュレートされることを示す。**:GFP群との比較でp<0.05。*:GFP群との比較でp<0.05。#:GFP+AngII群との比較でp<0.05。下側の図は、AngII刺激後のAAV9−GFP群と比較して、AngII刺激後のAAV9−KLF15群では、肥大が有意に少ないことを示す(#:p<0.05)。スチューデントのt検定による統計解析、n=3〜5匹/群。
【発明を実施するための形態】
【0036】
(実施例1)
リソソーム内在性膜タンパク質2は介在板の新規コンポーネントであり、心筋症を防止する
(材料と方法)
Ren−2ラット、マイクロアレイ解析および免疫ブロッティング
10週齢のRen−2ラットおよびSprague−Dawley(SD)ラット(Moellegard、デンマーク国Lille Skensveld)から、LVの生検材料を、以前記述されたように採取した(Van Haaften et al.,2006)。ラットを10、12、15、16、18、19および21週齢で一連の心エコー法によって追跡し、心不全の臨床徴候があった場合(心不全易発性/HF易発性ラット)は15〜18週で、また、不全の臨床徴候が現れなかった場合(代償性/compラット)は21週齢で屠殺した。全RNAを、以前記述されたように、LV生検材料から単離、増幅し(Schroen et al.,2004;Heymans et al.,2005)、Affymetrixラット230 2.0 GeneChipsにハイブリダイズさせ、Microarray Analysis Suite Software 5.0で解析した。LVタンパク質抽出物(50μg)をポリクローナルウサギ抗LIMP−2(Novus Biologicals,Littleton,Co,1:500)およびポリクローナルウサギ抗GAPDH(Abcam,Leusden,Netherlands;1:10,000)で免疫ブロットした。
【0037】
LIMP−2ノックアウトマウス、RNA単離および定量PCR解析
体重20〜25グラムの10〜12週齢雄LIMP−2 KOおよびWT C57/B16マウスを使用した。AngIIの血圧効果を調べるために、毎分0.5、1.5、5、15、および50ngという用量での静脈内注入中に、動脈圧を監視した。LV肥大の発生を調べるために、浸透圧ミニポンプ2004(Alzet浸透圧ポンプ、Cupertino,CA)により、28日間にわたってAngII(1.5μg/g/日)を皮下注入した。
【0038】
心エコー法を0日目、14日目および28日目に行った。28日目に、Millar(登録商標)を使って、基礎条件下およびドブタミン刺激条件下で、マウスを血行動態学的に監視し(dP/dt)、その後にLVを摘出した。RNAをRNeasyミニキット(Qiagen,Valencia,CA)を使って単離し、BioRad iCyclerでSYBR Green定量PCR解析を行うことにより、BNP、ANFおよびアルファ−骨格アクチン(aska)発現量を決定した(表1)。LV切片を、以前記述されたように、ヘマトキシリン−エオシン(HE)およびピクロシリアスレッド(Picro serious red)(SR)で染色するか(Junqueira et al.,1979)、モノクローナルマウス抗パンカドヘリン(Sigma,Saint Louis,USA;1:500)およびモノクローナルマウス抗ヒトデスミン(Dako Cytomation,Denmark,1:50)で免疫組織学的に染色した。超微細構造解析を、透過型電子顕微鏡法により、以前記述されたように行った(Schroen et al.,2004)。
【0039】
大動脈狭窄および心不全患者におけるLIMP−2
以前記述されたように(Heymans et al.,2005)、20人の大動脈狭窄患者および7人の非肥大対照患者から得た経壁生検材料からRNAを単離し、SYBR Green定量PCR解析を行うことにより、LIMP−2発現量を決定した(表1)。
【0040】
ウサギ抗LIMP−2(1:250、Cy2)およびマウス抗パンカドヘリン(1:500、Cy3)による二重免疫蛍光染色を、対照被検者1人および35%未満の駆出率と定義される顕性心不全で死亡した患者2人の切片で行った。核対応物をTopro−3(Invitrogen,Breda,The Netherlands)で染色した。切片をレーザースキャン共焦点システム(Leica,Rijswijk,The Netherlands)で画像化し、Leica Confocal Softwareにより、×126の最終倍率でデジタル化して解析した。この研究はAcademic Hospital MaastrichtおよびUniversity Hospital Leuvenの各倫理委員会によって承認され、全ての患者からインフォームドコンセントを得た。
【0041】
細胞培養およびレンチウイルスベクター
相補的なshLIMP−2オリゴヌクレオチド(表1)をアニールさせ、それらをHpaIXhoI消化したpLL3.7puroベクターDNA(Massachusetts Institute of Technology,Cambridge,USA)のLuk van Parijsの厚意で提供されたものから改変)中にライゲートすることにより、ラット−LIMP−2 shRNA発現レンチウイルスベクターを作製した。3μgのshLIMP−2/pLL3.7puroまたは空のpLL3.7puroとパッケージングベクターとを293FT細胞にLipofectamine 2000(Invitrogen)で同時トランスフェクトすることによってレンチウイルス産生を行い、ウイルス含有上清を48時間後に収集した。以前記述されたように(De Windt et al.,1997)、1〜2日齢新生児ラットの酵素的解離によって、ラット心室心筋細胞(RCM)を単離した。レンチウイルス感染のために、ゼラチン処理した6ウェルプレートに1ウェルあたり5×105細胞の密度でRCMを入れ、10%ウマ血清、5%新生仔ウシ血清、グルコース、ゲンタマイシンおよびAraCを補足したDMEM/M199(4:1)培地中で一晩培養し、翌日、shLIMP−2レンチウイルスまたは空レンチウイルスに感染させ、ポリブレン(Sigma)で促進した。ピューロマイシン選択(3μg/ml)後に、感染効率は80%を上回った。10日間の培養後に、細胞タンパク質を単離し、抗LIMP−2(1:100)、モノクローナルマウス抗パンカドヘリン(Sigma、1:100)またはIgGによる免疫沈降(IP)に付した。IP溶解物を、モノクローナル抗パンカドヘリン(1:5000)、ポリクローナル抗ホスホ−ベータ−カテニン(Ser33/37/Thr41;Cell Signaling Technology,Danvers,MA,USA,1:1000)およびモノクローナル抗ベータ−カテニン(BD Transduction Laboratories,Franklin Lakes,USA,1:1000)で免疫ブロットした。
【0042】
伸展実験のために、RCMをコラーゲンI型被覆シラスティック膜(Specialty Manufacturing,Inc.,USA)上で培養し、6時間の間、静的等二軸伸展に付した。RNeasyミニキット(Qiagen)を使ってRNAを単離し、LIMP−2 SYBR Green定量RT−PCRを行った(表1)。動物実験を伴う試験プロトコルは全て、Universiteit Maastrichtの動物実験委員会によって承認され、実験動物の管理および使用に関するオランダ法に記載の公定規則(NIHの規則と極めてよく似たもの)に従って行われた。
【0043】
(統計解析)
データを平均±SEMとして表す。適宜、マン−ホイットニー検定またはスチューデントのt検定を使って、各試験群についてのデータを比較した。P<0.05を統計的に有意であるとみなした。
【0044】
(結果)
表2に、代償性Ren−2ラットと比較して不全易発性Ren−2ラットにおいて差次的に発現される遺伝子の一覧を示す。これは、全てのラットがまだ代償性肥大を持っている10週齢で採取した心臓生検材料から導き出されたものであるから、これらの遺伝子の差次的発現は、Ren−2ラットにおける心不全の発生に先行して起こる。
【0045】
表3に、ベースライン時ならびに14日間および28日間のAngII処置後のLIMP−2 WTおよびKOマウスの詳細な心エコーデータを示す。
【0046】
(不全易発性LV肥大の遺伝子発現プロファイル)
10匹のホモ接合Ren−2ラットにおいて、10週齢時の代償性LV肥大段階で、心臓生検材料を得た。4匹のラットは、生検材料を採取した後、5週間以内に、心不全へと急速に進行し、残り6匹のラットは生検後11週間にわたって代償性のままだった(図1A)。これらの生検材料で、T7に基づく線形増幅と、それに続くAffymetrix 230 2.0遺伝子発現解析を行うことにより(GEO番号GSE4286)、心不全へと急速に進行する肥大心でのみアップレギュレートまたはダウンレギュレートされる143個の差次的発現遺伝子が同定された(表2)。リソソーム膜タンパク質LIMP−2は、心不全易発性ラットにおいてアップレギュレートされるmRNAの一つであり(図1B)、トロンボスポンジン(TSP)1(Crombie et al.,1998)およびトロンボスポンジン2(データ未掲載)(後者は肥大から心不全への移行において極めて重要であることが先に示されている)と相互作用するというその能力を考えると、これは特に興味深い。図1Cは、LIMP−2タンパク質がRen−2ラットにおける末期心不全でも役割を持つことを示している。
【0047】
(アンギオテンシンIIはLIMP−2ノックアウトマウスにおける拡張型心筋症を誘発する)
リソソームタンパク質における機能喪失型突然変異は心不全と関連づけられているので(Eskelinen et al.,2003;Nishino et al.,2000;Stypmann et al.,2002)、アンギオテンシンII(AngII)誘発性高血圧のマウスモデルにおけるLIMP−2の役割をさらに調べた。LIMP−2ノックアウトマウスおよび対照マウスに、4週間にわたってAngIIを皮下投与した。AngII処置は、野生型マウスおいてLV重量係数を30%増加させたが、AngII処置したLIMP−2ノックアウトマウスでは肥大応答が弱くなった(14%のLV重量係数増加;P<0.01)(図2a)。これは個々の心筋細胞面積の測定によって確認された。AngII処置ノックアウトマウスでは、AngII処置WT対照よりも、LV筋細胞面積が有意に小さかった(任意単位の筋細胞面積:AngII処置野生型における308±14に対して、AngII処置ノックアウトマウスでは264±42;P<0.01)。また、AngIIが、LIMP−2ノックアウトマウスと野生型マウスにおいて、血管周囲線維症の同等な増加を誘発したのに対し(データ未掲載)、AngIIは、野生型対照同腹仔とは対照的にLIMP−2ノックアウトマウスのLVにおいて広範な間質性線維症応答を誘発した(間質性線維症:AngII処置ノックアウトマウスにおける15.0±6.0%対AngII処置対照における1.8±0.1%;P<0.002)(図3)。
【0048】
デスミンに関する免疫組織化学的染色は、AngII処置したLIMP−2ヌルマウスにおける筋細胞錯綜配列を示した(図4)。
【0049】
AngIIは野生型マウスでもノックアウトマウスでも同じような血圧応答を誘発することが確認された(図2B)。LV肥大の減少にもかかわらず、LIMP−2ヌルマウスは、肥大に関する古典的マーカーである脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)および心房性ナトリウム利尿因子(ANF)の通常の応答を示したことから(図2C)、肥大遺伝子発現プログラムはAngII処置時に正常に開始されることが示唆された。これとは対照的に、構造細胞肥大マーカーアルファ−骨格アクチンは、心筋細胞の肥大応答の減少(Stilli et al.,2006)を反映して、AngII処置LIMP−2ノックアウトではAngII処置野生型と比較して、誘導される度合が有意に低かった(図2C)。一連の心エコー法により、AngIIは、AngII処置LIMP−2ヌルマウスにおける有意な心拡張を誘発することが明らかになったのに対して、AngII処置野生型は拡張を伴わない求心性LV肥大を示した(図2Dおよび表3)。また、AngIIはLIMP−2ヌルマウスにおける収縮予備能の喪失を誘発することが、ドブタミン注入に対する収縮応答の減少によって証明された(+dP/dt AngII処置ノックアウトマウスでは79.8/秒±5.1、対してAngII処置対照では100.0/秒±4.0;P<0.005)(図2e)。
【0050】
これらを総合すると、LIMP−2ヌルマウスでは、高血圧が通常の肥大応答を誘発せず、むしろ反応性間質性線維症および心機能の喪失を伴う拡張型心筋症を誘発した。
【0051】
(LIMP−2発現は心臓ストレスによって調節される)
AngII処置したLIMP−2ヌルマウスが肥大応答を開始できなかったにもかかわらず、BNPおよびANFの発現は通常どおり誘導したという知見から、LIMP−2は機械的負荷に対する正常な応答の極めて重要な部分であることが示唆された。実際、LIMP−2発現はインビトロで心筋細胞伸展後に有意に増加し(P=0.02)、運動誘発性の生理的肥大でも増加する(P=0.04)ということも示された(図5Aおよび5B)。LIMP−2が心圧負荷に対するヒトの適応にも関与することを確かめるために、顕性心肥大を持つ大動脈狭窄患者20人および対照7人の心臓生検材料におけるLIMP−2の発現を定量RT−PCRによって解析した。この実験では、対照との比較で、大動脈狭窄患者の肥大心における有意なLIMP−2アップレギュレーションが、マン・ホイットニー検定によって示された(1.23倍;p=2.3e-4)(図5C)。
【0052】
(LIMP−2は心臓介在板に存在する)
次に、圧過負荷マウス心筋におけるLIMP−2の発現パターンを、免疫組織化学によって解析した。このタンパク質は、予想どおり、心筋細胞および内皮細胞の液胞状細胞内区画に発現されるが、心筋細胞の形質膜上に非定型的に分布することも見出された(図6A)。この知見は免疫電子顕微鏡法によって確認された(図6B)。目を引くことに、AngII処置したLIMP−2ノックアウトおよび対照左室切片の電子顕微鏡法では、LIMP−2ヌルマウスにおけるIDの異常な形態が明らかになったことから、LIMP−2は正常なID生物学に関与し得ることが示唆される。細胞間接触部において、AngII処置KO−IDの膜は、より高濃度のアドへレンスジャンクションタンパク質を持つ、より高度な屈曲を示したことから(図6C)、ID構造の乱れが示唆された(Perriard et al.,2003)。IDの変化は拡張型心筋症の原因になることが示されているので(Periard et al.,2003)、LIMP−2はIDの適正な機能にとって極めて重要であり得ると推測された。
【0053】
新生仔ラット心筋細胞タンパク質の免疫沈降により、LIMP−2はアドヘレンスジャンクションの極めて重要な構成要素であるN−カドヘリンと物理的に相互作用することが示された(図7A)。この知見はヒトも当てはまった。というのも、対照ならびに不全ヒト心筋の共焦点顕微鏡法では、カドヘリンとLIMP−2の間の相互作用が確認され、カドヘリンとLIMP−2が共局在するID部位でこの相互作用が起こることが示されたからである(図7B)。このことから、LIMP−2は、カドヘリンの役割を媒介することで、適正なID機能にとって重要になり得ることが示唆された。実際、LIMP−2ヌルマウスの心臓におけるカドヘリンの組織化学的解析は、異常なカドヘリン分布を示したが(図7C)、AngII処置した野生型では分布は正常だった。AngII処置した野生型マウスは2つの縦走心筋細胞の間の接触部位にカドヘリン発現を示すが、AngII処置したLIMP−2ノックアウトマウスの心筋細胞におけるこの発現は、それほど組織化されておらず、より散漫である。これらのデータは、LIMP−2が介在板の適切な構造的組織化にとって極めて重要であることを立証している。
【0054】
(LIMP−2は介在板の完全性を調節する)
どの調節機構がLIMP−2に依存するかを同定するために、レンチウイルスを利用して導入される、LIMP−2に対する低分子ヘアピンRNA(shLIMP−2)を使って、新生仔ラット心筋細胞における別個のLIMP−2不活化モデルを得た。10日間の培養後に、shLIMP−2処理心筋細胞では、対照処理心筋細胞と比較して、LIMP−2タンパク質発現量が92%低減した(図8A)。介在板の機能的完全性はP(Ser37)−β−カテニンとカドヘリンの間の適正な相互作用に依存すると報告されている。そこで、LIMP−2の欠如がカドヘリンへのP−β−カテニンの結合に影響を及ぼすかどうかを調べた。
【0055】
心筋細胞の溶解物におけるカドヘリンの免疫沈降により、LIMP−2のノックダウンは、P−β−カテニンとカドヘリンの間の相互作用を実際に減少させることが示された(図8B)。免疫沈降はカドヘリンに特異的だった(図8C)。
【0056】
この研究では、リソソームタンパク質LIMP−2が、心筋細胞介在板、特にアドへレンスジャンクションの重要で新規なコンポーネントであることが証明された。本発明によれば、LIMP−2はN−カドヘリンに結合すること、およびLIMP−2ヌルマウスはAngII誘発性高血圧時に拡張型心筋症を発生させ、心臓におけるN−カドヘリンの局在の乱れを伴うことが示された。これを裏付けるように、インビトロでは、培養筋細胞におけるLIMP−2のノックダウンが、N−カドヘリンとβ−カテニンの間の相互作用を乱すことが示された。これは、当初リソソームタンパク質として知られていたLIMP−2が、介在板の重要な一部であることを示唆している。
【0057】
(LIMP−2は圧過負荷時の心臓に役割を持つ)
LIMP−2はIDタンパク質の中でも際立っている。IDの他の主要構成要素(カドヘリン、β−カテニン、プラコグロビン)の完全な喪失は致死的な発生的心臓障害をもたらすことから、IDのこれらのコンポーネントは、正常な心臓発生にとって不可欠であることが示唆される。対照的に、本発明によれば、LIMP−2ヌルマウスは正常な心臓発生を持ち、その喪失は生後の心臓リモデリングに影響を及ぼすに過ぎないことが見出された。これは、LIMP−2が、主に負荷増加状態において不可欠な役割を持つ異なるタイプのIDタンパク質に相当することを示唆している。LIMP−2のこの特異的役割は、不全に進行する寸前の肥大ラット心ではLIMP−2の発現量がさらに上昇する(これは負荷状態を正常化することができないと思われる心筋細胞ではLIMP−2発現量が特に増加することを示唆している)という知見によって強調される。これらを総合すると、LIMP−2はID機能の新規媒介物質であり、IDおよび筋細胞が負荷増加状態に応答するのに不可欠な今までに同定されていなかったクラスの媒介物質に相当することが示唆された。
【0058】
(LIMP−2ヌルマウスは増加した負荷に対して異常な応答をする)
代償性のまま留まった肥大心と比較して、後に不全に進行する肥大心では、LIMP−2が特に増加した。これは、心臓LIMP−2発現が過剰負荷の早期分子サインであり得ることを示している。LIMP−2が過剰負荷に対する防御機構を構成することは、LIMP−2ヌルマウスを長期アンギオテンシンII注入による圧力負荷にさらした場合に、それらは心拡張および心臓線維症を発生させたが、心筋細胞肥大は極めてわずかであったという知見によって示唆される。ナトリウム利尿ペプチドが正常に誘導されたことは、LIMP−2ヌルマウスの心筋細胞が負荷増加状態を感知するにもかかわらず、アルファ−骨格アクチンの発現量の減少からも明らかなように、適当な肥大応答を開始することはできないことを示唆している。これは、LIMP−2が心負荷に対する正常な応答にとって不可欠であること、および負荷状態が代償機構の限度を超えた場合にLIMP−2発現量が著しく増加することを示唆している。これらの知見はヒトにも当てはまり、LIMP−2は臨床的に重度の圧負荷を持つ患者でもロバストに増加することが示されている。これらを総合すると、LIMP−2はIDの新規構成要素であり、正常な心機能というよりもむしろ負荷に対する応答にとって不可欠な、新規なタイプのIDタンパク質に相当するようである。
【0059】
(負荷に対するLIMP−2応答の機構)
圧負荷LIMP−2ヌルマウスにおいて、常態では隣接する筋細胞を組織化するように作用する心臓介在板の障害を特徴とする介在板異常が記録された。代償性LV肥大から心不全への移行時に起こる介在板のリモデリングが以前に示され、一方、介在板の構造の乱れは、ヒト、ハムスターおよびブタにおける拡張型心筋症に関連づけられている。LIMP−2はN−カドヘリンを結合することが示されたことから、このID構成要素を介したLIMP−2の役割が示唆される。実際、圧過負荷LIMP−2 KOマウスは電子顕微鏡法で異常な介在板を示し、そのN−カドヘリン分布が乱れていることから、アドヘレンスジャンクションの欠陥が示唆される。アドへレンスジャンクションの強さは、N−カドヘリンとβ−カテニンの間の結合アフィニティーによって決定され(Gumbiner et al.,2000)、それはβ−カテニンのリン酸化によって調節される。LIMP−2の喪失はこのN−カドヘリン/β−カテニン複合体を乱すことが、培養筋細胞におけるLIMP−2のノックダウンによって、インビトロで示された。筋原線維へのアドヘレンスジャンクションの結合を考えると、LIMP−2の喪失は形質膜をまたぐ力伝達の効率低下につながると予想される(Ferreira et al.,2002)。
【0060】
LIMP−2はβ−カテニンへのN−カドヘリンの適正な結合にとって不可欠であること、そして負荷状態ではこの役割が特に重要であることが示唆された。しかし、LIMP−2がβ−カテニンへのN−カドヘリンの結合を保証する正確な方法は、まだ解明されていない。LIMP−2は、2つの膜貫通ドメイン、細胞質ループおよび2つの内腔グリコシル化ドメインを含有する。リソソーム膜タンパク質はリソソームと形質膜の間を往復できることが知られ、形質膜においてLIMP−2はTSP1およびTSP2に結合することができる(データ未掲載)。このうち後者は興味をそそる。というのは、TSP2も心圧負荷に対する応答には不可欠であり、不全易発型のLV肥大において増加することが、以前に記録されているからである(Schroen et al.,2004)。これは、LIMP−2とTSP2がどちらも、心筋細胞が負荷に対する適応応答を開始するのに必要な複合体の一部であり得ることを示唆する。
【0061】
(考察)
本発明によれば、心筋が負荷増加状態に直面した時のIDの重要な媒介物質としての、LIMP2の新規な役割が明らかになった。この新規な生物学的洞察とは別に、不全に進行する寸前の肥大ラット心においてLIMP−2の発現量が上昇するという知見から、心筋細胞によるLIMP−2発現量の増加はそれらが負荷状態を正常化できないことを示しているという推測が導き出される。したがって、LIMP−2発現量の増加は、切迫した不全の現れであり得る。LIMP−2発現量は臨床的に重症な圧負荷を持つ患者でもロバストに増加し、形質膜に位置することが示されているので、LIMP−2は、今まさに圧力に屈しようとしている心筋を極めて初期の段階でいち早く同定するための分子イメージングにとって魅力的なターゲットになり得る。
【0062】
(実施例2)
TGF−ベータは心肥大の新規阻害因子クルッペル様因子15を抑制することによって心肥大を促進する
(材料と方法)
(トランスジェニックラット、左室生検材料および血行動態研究)
18匹の雄ホモ接合Ren−2ラットおよび5匹の同齢Sprague−Dawley(SD)(Moellegard Breeding Center,Lille Skensveld,Denmark)を調べた。3匹のRen−2ラットは、心不全の臨床徴候を認めて、10〜12週齢で屠殺し、この研究から除外した。残りの健常な15匹のRen−2ラットと5匹のSD対照から、10週齢時に、左室の生検材料を先に述べたように採取した。ラットを、上述のように、10、12、15、16、18、19および21週齢における一連の心エコーによって追跡した。9匹のRen−2ラットは、心不全の臨床徴候を認めて、15〜18週齢で屠殺し、これらを「心不全易発性」ラットと名付けた。残り6匹のRen−2ラットを監視し、21週時に屠殺したが、この時点で不全の臨床徴候は出現しておらず、これらを「代償性」ラットと名付けた。
【0063】
(マイクロアレイ解析)
SD対照4匹、代償性のまま留まったラット6匹、および心不全易発性ラット4匹のLV生検材料(10週齢時に採取したもの)から、先に述べたように全RNAを単離し、増幅した。次に、増幅されたcRNAをAffymetrixラット230 2.0 GeneChipにハイブリダイズさせた。SD対照、代償性ラットおよびHFラットの遺伝子転写物レベルを、Microarray Analysis Suite Softwareバージョン5.0(MAS5.0)で決定した。
【0064】
(レンチウイルスshKLF15の作製)
相補的なshKLF−15オリゴヌクレオチド(センス5’−GATGTACACCA
AGAGCAGC−3’およびアンチセンス5’−GCTGCTCTTGGTGTACAT−3’)をアニーリングし、それらを、消化したpLL3.7puroベクターDNA(Luk van Parijs,Department of Biology,Massachusetts Institute of Technology,Cambridge,USA)の厚意で提供されたもの)にクローニングすることにより、大腸菌DH5αコンピテント細胞を使って、レンチウイルスベクターを作製した。Qiagen Plasmid Midiキットを使ってコンストラクトを精製した。10%FCS、2mM L−Glut、10mM非必須アミノ酸、1mMピルビン酸ナトリウムおよびpen/strep抗生物質を添加したDMEMで、293FT細胞を培養した。レンチウイルス産生は、3μgのshKLFI5またはshTgfbr1/pLL3.7puroまたは空pLL3.7puroとパッケージングベクターとを293FT細胞にLipofectamine 2000(Invitrogen Life Technology,Breda,The Netherlands)で同時トランスフェクトすることによって行い、48時間後にウイルス含有上清を収集し、濾過し、瞬間凍結した。
【0065】
(新生仔ラット心室筋細胞実験)
以前記述されたように(Schroen et al.,2004)、1〜3日齢新生児ラット心臓の酵素的解離によって、新生仔ラット心室筋細胞(NRVM)を単離した。ゼラチン処理した6ウェルプレートで、10%ウマ血清(HS)、5%新生仔ウシ血清(NBCS)、グルコース、ゲンタマイシンおよび2%抗生物質/抗真菌剤を補足したDMEM/M199(4:1)培地中、1ウェルあたり5×105細胞の密度で、NRVMを培養した。shKLF15感染のために、NRVMを一晩培養し、翌日、shKLF15および空レンチウイルス対照ベクターに感染させ、ポリブレン(Sigma)で促進した。48時間後に、細胞を洗浄してベクターを除き、さらに48時間、ピューロマイシン選択下に置いた。次に細胞を、DMEM/M199(4:1)、グルコース、ゲンタマイシンおよび10%抗生物質/抗真菌剤中で、一晩、静止条件下に保った。翌日、培地を、DMEM/M199、グルコース、ゲンタマイシン、5%抗生物質/抗真菌剤、インスリン、L−カルニチンおよびBSAを含有する培地で置き換えた。1時間後にTGF−b(10ng/ml培地)を1時間加え、その後、RNeasyミニプロトコル(Qiagen)を使ってRNAを単離し、それを、KLF15またはBNPプライマー(F 5’−GCT GCT TTG GGC AGA AGA TAG A−3’、R 5’−GCC AGG AGG TCT TCC TAA AAC A−3’)によるSYBR Green定量PCRに供した。shKLF15のノックダウン効率は、空レンチウイルスベクターに感染させたNRVMにおけるレベルと比較して、約80%である。
【0066】
(MEF2ルシフェラーゼプロモーターアッセイ)
NRVMを上述のように単離した。ゼラチン処理した6ウェルプレートで、10%ウマ血清(HS)、5%新生仔ウシ血清(NBCS)、グルコース、ゲンタマイシンおよび2%抗生物質/抗真菌剤を補足したDMEM/M199(4:1)培地中、1ウェルあたり5×105細胞の密度で、細胞を培養した。shKLF15感染のために、NRVMを一晩培養し、翌日、shKLF15および空レンチウイルス対照ベクターに感染させ、ポリブレン(Sigma)で促進した。48時間後に、細胞を洗浄してベクターを除き、さらに48時間、ピューロマイシン選択下に置いた。Tataボックスおよびルシフェラーゼの上流にクローニングされた3つのMef2結合部位を含有するMef2レポータープラスミド(pGL2−3xMEF2−ルシフェラーゼ)を、一過性トランスフェクションによって、細胞に導入した。細胞を洗浄し、1ウェルあたり1.6μgのMEFコンストラクトをOpti−MEM I培地(Invitrogen)およびlipofectamine 2000、ならびに抗生物質非含有培地と一緒に加えた。翌朝、細胞を洗浄し、さらに2日間、通常の培養培地下に置いた。細胞を一晩、低血清条件(上記参照)下に保ち、翌朝、AngII(xグラム/ml)を4日間加えた。ルシフェラーゼアッセイプロトコル(Promega)を使ってルシフェラーゼアッセイを行った。
【0067】
(二重トランスジェニックマウスの作出)
TGFβRIのエクソン3の側面にlox−P部位を配置することによって作出されたTGFβRIf/fマウス(C57Bl/6バックグラウンド)(Sohal et al.,2001)を、α−MHCプロモーターの制御下にあるcre−リコンビナーゼを含有するマウス(C57Bl/6 FVBバックグラウンド)(MerCreMercre/wt(Larsson et al.))と交雑させて、TGFβRIfl/wtcre遺伝子を含有するヘテロ接合二重トランスジェニックマウスを作出した。次に、これらのマウスを、TGFβR1f/fマウスと戻し交雑して、C57Bl/6 FVBとC57BL/6の混合バックグラウンドにTGFβRIf/creおよびTGFβR1f/wcreを持つコロニーを得た。
【0068】
(DNA単離およびジェノタイピング)
ゲノムDNA精製キット(Promega)を製造者の指示に従って使用することにより、マウス尾からDNAを単離した。本発明者らは、TβRI floxマウスの遺伝子型を評価するために、以前記述されたように(Sohal et al.,2001)、3つのプライマー、5−ATG AGT TAT TAG AAG TTG TTT、3’−ACC CTC TCA CTC TTC CTG AGT、および3’−GGA ACT GGG AAA GGA GAT AACを用いるPCRを使用した。MerCreMer導入遺伝子を検出するために、本発明者らは、creから400bpフラグメントを増幅するプライマー5−CCT GGA AAA TGC TTC TGT CCGおよび5−CAG GGT GTT ATA AGC AAT CCCを使用した。
【0069】
(Cre組換えプロトコル)
心筋細胞においてα−MHC共役creリコンビナーゼを誘導するために、成体TGFβRIf/fcreおよびTGFβR1f/wtcre二重トランスジェニックマウスを、ミニ浸透圧ポンプ(ALZET、モデル200 1)の皮下挿入により、用量が1日あたり20mg/kgのタモキシフェン(Sigma)で、7日間にわたって処置した。タモキシフェン自体が心臓の形態および機能に何らかの影響を持つかどうかをチェックするために、一群の野生型マウスをタモキシフェンで処置した。タモキシフェンは10%エタノールおよび90%ポリエチレングリコール−400に溶解してから、短時間の超音波処理にかけた。マウスを2週間回復させてから、AngIIまたはビヒクルによる処置を行った。
【0070】
(ミニ浸透圧ポンプの皮下植込みおよびAngII注入)
体重24〜32gの両性のマウスを2.5%イソフルオランで麻酔した。滅菌条件下で、肩甲骨中央切開(midscapular incision)を施し、鈍的剥離によって皮下組織にポケットを作り、食塩水またはAngII(0.5mg/kg/日)を充填したミニ浸透圧ポンプ(ALZETモデル2004;ALZACorp,Palo Alto,California,USA)を挿入した。ミニ浸透圧ポンプの内容物は、4週間にわたって0.25μl/時の速度で、局所皮下腔に送達された。各群において、7〜9匹のマウスを実験に動員し、各群から少なくとも5匹のマウスが実験を完了した。離脱したマウスは、LVカテーテル挿入が成功しなかった3匹を除いて、いずれも麻酔が原因で死亡したためである。
【0071】
(心エコー法)
野生型、TGFβRI−/−およびTGFβR1−/+マウスにおいて、手術前および4週間のAngII注入後に、2.5%イソフルオラン麻酔下で、経胸壁心エコー法を行った。2D−心エコー法で標準像を得て、拡張末期内径および収縮末期内径を測定し、駆出率および短縮率を算出した。
【0072】
(血行動態測定)
ウレタンの腹腔内注射によってマウスを麻酔した。ミラー(1.4F)カテーテル(Millar Instruments Inc.,Houston,Texas,USA)を右総頚動脈に入れ、左心室内圧を測定するために左室内へと前進させた。体温は温度制御された手術台を使って37℃に維持し、直腸プローブで監視した。次に、マウスを30分間安定させてから、血行動態測定を行った。
【0073】
(組織調達および心筋形態計測)
血行動態測定に続いて、心臓を素早く切除し、0.9%塩化ナトリウム溶液で洗浄し、心房を取り除き、心室を細断した。RNAおよびタンパク質単離のために、試料を液体窒素中で瞬間凍結し、−80℃で保存した。組織学的分析用に、左室をパラホルムアルデヒド(1%)で固定し、パラフィンに包埋した。総コラーゲンを可視化するために、以前記述されたように、ピクロシリウス染色を行った。抗P38抗体を使った免疫染色を製造者の指示(Cell Signaling Technology,Leusden,the Netherlands)に従って行うことにより、P38の位置を特定した。
【0074】
(タンパク質単離およびウェスタンブロット法)
凍結した左室を破砕し、標準的プロトコルに従って(SantaCruz Biotechnology,Leiden,the Netherlands)、ラジオイムノアッセイ緩衝液中でホモジナイズした。ウェスタンブロット法は、TβRIに対する特異的抗体(1:1000)、総およびホスホ(P)−Smad2、総およびP−P38抗体(1:1000,Cell Signaling Technology,Leusden,the Netherlands)、P−Smad3抗体(1:5000,E.Leof教授およびM.Wilkes博士(Mayo Clinic Cancer Research(Rochester,Minnesota,USA))から厚意により供与されたもの)、コラーゲン1抗体(1:3000)およびIII抗体(1:500)(Abcam,Leusden,the Netherlands)を使って行った。
【0075】
(TGFβ1型受容体免疫組織化学)
心臓組織切片を脱パラフィンし、再水和抗原回復組織を一次抗体(ウサギ抗TGFβ受容体1(Santa Cruz SC−398))と共に一晩インキュベートし、次に、二次抗体(ヤギ抗ウサギ−ビオチン(DakoCytomation E0432)と共にインキュベートした後、それらをストレプトアビジン−セイヨウワサビペルオキシダーゼ(Renaissance TSA(商標)Biotin System,Perkin Elmer Precisely,Tyramide Signal Amplificationキット)で処理した。
【0076】
動物実験を伴う上述の試験プロトコルは全て、Maastricht Universityの動物実験委員会によって承認され、実験動物の管理および使用に関するオランダ法に記載の公定規則(NIHの規則と極めてよく似たもの)に従って行われた。
【0077】
(統計解析)
データを平均±SEMとして表す。AngII/TGFβ/shKLF15およびビヒクル処置動物および細胞の平均間の相違を比較するために、対応のないt検定を行った。≦0.05のP値を統計的に有意であるとみなした。
【0078】
(結果)
非近交系ホモ接合高血圧TGR(mRen2)27ラット(Ren−2)は、肥大から心不全への移行の研究を可能にすることが、以前に示されている(Schroen et al.,2004)。10週齢の時点で得た心筋生検材料を使って、どのラットが後に心不全に進行するかを変化した遺伝子発現によって予言することができるかどうかを調べた。
【0079】
これらの生検材料の発現プロファイリングにより、急速に不全へと進行する肥大心を特徴づけるクルッペル様因子15(KLF15)をコードする遺伝子の抑制が明らかになった。このことは、代償性LVHではKLF15がダウンレギュレートされるが、不全へと急速に進行する肥大心ではKLF15が有意に、より一層抑制されることを示すリアルタイムPCRによって確認された(図9A)。インサイチューハイブリダイゼーションは、KLF15の発現が心筋細胞において特にダウンレギュレートされることを示した(図9B)。これらの知見は、心臓ではKLF15が構成的に発現されるが、肥大においてはダウンレギュレートされるという、以前の観察結果を拡大するものである。心不全への移行に先だって起こるKLF15のより著しい抑制は、KLF15が重要な防御特性を持つという示唆をもたらした。KLF15の機能的役割を探るために、KLF15に対する低分子ヘアピンRNA(shRNA)を安定に導入した。肥大遺伝子プログラムの分子特徴であるBNPの自発的発現は、培養心筋細胞では、shRNAを媒体としたKLF15の抑制時に、10倍以上誘導された(図9C)。これは、KLF15の構成的存在が、肥大遺伝子プログラムの発現を防止するために重要であることを示唆している。
【0080】
並行して行われた研究では、KLF15ヌルマウスが圧負荷時に肥大および心機能喪失を発生させることが示され、不適応型LVHからの防御にとって構成的に発現されるKLF15は不可欠であることが強調された。
【0081】
KLF15が肥大遺伝子プログラムを抑止できる機構を探るために、MEF2の活性化におけるその役割を研究した。MEF2は、カルシニューリンおよびMAPK経路によって伝達される肥大シグナリングのターゲットであり、肥大遺伝子プログラムの極めて重要な転写活性化因子の一つであると認識されている。MEF2レポーターコンストラクトを使って、KLF15レベルの変化が、心筋細胞におけるMEF2活性に影響を及ぼすかどうかを検討した。このレポーターは、MEF2による刺激には弱くしか応答しない(Creemers,Olson未公表データ)。実際、アンギオテンシンIIに呼応してMEF2活性のごくわずかな増加が観察されたにすぎない。しかし、KLF15のノックダウンはMEF2活性を有意に増加させたことから(図9C)、KLF15はMEF2のリプレッサーとして作用することが示唆される。
【0082】
次に、心筋細胞においてどの機構がKLF15を抑制するのかを探ろうと試みた。そこで、心肥大の既知の媒介物質を、心筋細胞におけるKLF15発現を抑制するその能力についてスクリーニングした。培養心筋細胞では、TGFβが極めてロバストにKLF15を抑制し、TGFβの添加後は、KLF15の発現がほとんど完全に消失するほどだった。阻害RNAによるTGFβI型受容体のノックダウンはTGFβによるKLF15の抑制を防止したので(図10A)、そのI型受容体が関わる古典的なTGFβシグナリングは、この効果にとっては不可欠であることが証明された。
【0083】
そこで、インビボでのTGFβI型受容体によるKLF15の調節を検討するために、loxPが導入された(floxed)TGFβ受容体I型遺伝子をMerCreMer対立遺伝子と組み合わせて保有するマウスを作出した(これにより、creをタモキシフェンの投与によって心筋細胞で特異的に活性化することが可能になる)(Larsson et al.,Sohal et al.,2001)。これにより、胚におけるTGFβI受容体の喪失が持つ発生上の影響を避けつつ、成体マウスの心筋細胞で特異的にTGFβI型受容体を欠失させることが可能になった。肥大およびKLF15のダウンレギュレーションを惹起するために、上述のように長期アンギオテンシンII注入を行うことにより、これらのマウスにおいて高血圧を誘発した。全心臓ホモジネートのウェスタンブロット法により、TGFβI型受容体の有意なダウンレギュレーションが明らかになった(図10B)。免疫組織化学により、TGFβI型受容体の筋細胞特異的なダウンレギュレーションが確認され、全心臓ホモジネート中に見出されるTGFβI型受容体の残存シグナルを説明する他の細胞タイプにおけるこの受容体の発現が示された(図10C)。アンギオテンシンIIは野生型マウスではLVHを誘発したが、MerCreMer−TGFβI型マウスではLVHの発生が防止された(図10F)。WTマウスではアンギオテンシンIIが短縮率を低下させたが、MerCreMer−TGFβI型マウスでは短縮率は保たれたままだった。これは、心筋細胞からのTGFβI型受容体の喪失によって高血圧誘発性肥大および機能喪失が防止され得ることを示している。予想どおり、KLFI5の発現はWTマウスの肥大心では抑制されたが、この抑制はMerCreMer−TGFβI型マウスの心臓には存在しなかった(図10G)。これは、心筋細胞上のTGFβI型受容体が高血圧性肥大の発生にとって重要であると同時に、KLF15の抑制にとっても重要であることを示している。
【0084】
これらを総合すると、KLF15は、心筋細胞において心肥大の抑制因子としての役割を持つ初めてのクルッペル様因子である。KLF15はMEF2を阻害し、並行して行われた研究では、これがGAT4のような他の肥大促進性転写因子も同様に阻害することが示されている。したがって、KLF15の喪失は肥大遺伝子発現を極めてロバストに誘発し、有害な転帰に関係すると考えられる。したがってKLF15の抑制は、不全易発型肥大の発生における新規で極めて重要なステップであり得る。TGFβは極めてロバストにKLF15を抑制できることが示された。したがって、現在さまざまな分野で開発されているTGFβの阻害剤は、心肥大が心不全へと進行するのを防止するというような予想外の治療的潜在能力を持ち得る。
【0085】
(結論)
心臓は負荷および傷害に応答して肥大し、それはしばしば顕性心不全へと進行する。本発明によれば、サイトカインTGFβが肥大の新規阻害因子クルッペル様因子15(KLF−15)を抑制するという、この過程における新規な機構が明らかになる。TGFβI型受容体の喪失は、インビボおよびインビトロで、KLF−15の抑制ならびに心肥大および心不全の発生を防止する。心肥大を抑制するこの新規機構をTGFβは妨害することができるという知見は、TGFβシグナリングの阻害によって有害な形態の心肥大を防止するという刺激に満ちた可能性を切り開くものである。
【0086】
(実施例3)
心肥大の転写リプレッサー、クルッペル様因子15
本発明によれば、ジンクフィンガー転写因子であるクルッペル様因子−15(KLF−15)は、LV肥大の強力な転写リプレッサーであることが示された。遺伝子ターゲティング研究により、KLF15ヌルマウスは正常に発生するが、圧過負荷に応答して、心臓重量の増加、肥大遺伝子の発現量の増加、筋細胞サイズの増大を伴う左室内腔拡張、および左室収縮機能の低下を特徴とする過度の心肥大を発生させる。全体として、これらの研究は、インビボでのLV肥大におけるKLF15の役割を証明している。
【0087】
興味深いことに、KLF15は、いくつかの形態の病的肥大ではダウンレギュレートされるが、生理的肥大ではダウンレギュレートされないことから、KLF15は病的肥大の調節物質ではあるが、生理的肥大の調節物質ではないことが示される。KLF15が肥大に対抗するという事実、ならびにKLF15が病的肥大および心不全において有意にダウンレギュレートされるというもう一つの観察結果は、KLF15レベルの低下を防止することを狙った介入によって病的成長を防止し、さらには逆転させることさえできるかもしれないという刺激に満ちた可能性をもたらした。
【0088】
(インビボ実験)
病的肥大時のKLF15の喪失を防止することによって心臓の病的成長を制限し得るという魅力的な可能性を検証するために、心筋トロポニンIプロモーターの制御下に、組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)による遺伝子送達を使って、KLF15をマウス心臓で特異的に過剰発現させた(Vandedriessche et al.,2007)。特に、rAAV9ベクターは、静脈内投与後の数週間は心臓組織において導入遺伝子発現のロバストな増加を達成することが示されている。
【0089】
マウスに1×1010vgのAAV9−KLF15またはAAV9−GFPを静脈内注射した後、アンギオテンシンII(AngII)処置(4週間、浸透圧ポンプによる)によって肥大を誘発した。図11(上側の図)に示すように、KLF15は心臓で過剰発現された。目を引くことに、AAV9−KLF15遺伝子導入に割り当てられたマウスは、AngII刺激時に、AAV9−GFPを投与されたAngII処置マウスと比較して、有意に少ない肥大を発生させた。(図11、下側の図を参照。)これらのデータは、全体として、心筋細胞におけるKLF−15の強制的発現は、心肥大を減少させるのに十分であることを示している。
【0090】
(結論)
KLF15の喪失は、肥大の発生および心不全への移行における極めて重要なステップである。心臓におけるKLF15の過剰発現が病的肥大の発生を阻害するという観察結果は、肥大と続発する心不全とを防止するためにインビボでKLF15のダウンレギュレーションを防止するという戦略に関して刺激に満ちた可能性を切り開くものである。
【0091】
【表1】
【0092】
【表2A】
【表2B】
【表2C】
【表2D】
【表2E】
【表2F】
【0093】
【表3】
【0094】
[文献]
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Vandendriessche et al., J. Thromb. Haemost. 5(1): 16-24, 2007.
【0095】
DNA配列KLF15ホモサピエンス
出典:NCBI
ホモサピエンスクルッペル様因子15、mRNA(cDNAクローンMGC:45113 IMAGE:5526657)、全cds。
アクセッション:BC036733
【化1】
【0096】
アミノ酸配列KLF15ホモサピエンス
出典:NCBI
ホモサピエンスクルッペル様因子15、mRNA(cDNAクローンMGC:45113 IMAGE:5526657)、全cds。
アクセッション:BC036733
【化2】
【0097】
LIMP−2ゲノム配列
網かけおよび下線の部分:他のエクソンの位置
下線の部分:選択されたエクソンの位置
>染色体:NCBI36:4:77298918:77354059:−1
【化3A】
【化3B】
【化3C】
【化3D】
【化3E】
【化3F】
【化3G】
【化3H】
【化3I】
【化3J】
【化3K】
【化3L】
【化3M】
【化3N】
【化3O】
【化3P】
【化3Q】
【0098】
LIMP−2転写物:
下線の部分:エクソン
【化4A】
【化4B】
【0099】
LIMP−2タンパク質配列
【化5】
【図1A】
【図1B】
【図1C】
【図2A】
【図2B】
【図2C】
【図2D】
【図2E】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概して、医学の分野に関し、より具体的には、心臓病学の分野に関する。本発明は、特に、心不全を発生させる危険がある被検者を診断および/または処置するための手段および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
長年にわたる高血圧、弁膜症または糖尿病のような他の慢性障害中に起こる慢性的な心負荷は、心不全の最も重要な危険因子の一つである心肥大を誘発することが一般に知られている。うっ血性心不全(HF)は一般的な症候群であるが、重症で複雑な臨床症候群でもあり、とりわけ高齢者にあっては、心収縮機能の低減および運動耐容能の低下に特徴づけられる。心不全の症状には、例えば肺水腫および末梢性浮腫、疲労および/または呼吸困難などが含まれる。重症心不全は、他の臓器が十分な血液を供給されていないので、それら他の臓器の機能低下にもつながり得る。
【0003】
しかし全ての肥大心が最終的に不全を起こすわけではない。つまり、生命を脅かす合併症を発生させるまで進行する患者はかなりの数に上るものの、他の患者は長期間にわたって安定した状態を保ち得る。この肥大から心不全への移行に先行し、その前ぶれとなる分子変化は、今のところ完全にはわかっていない。
【0004】
心不全などの高血圧性末端臓器損傷を発生させる危険がある患者の早期同定によって急速な進行を防止し得るので、心不全を起こしそうな患者を実際にそのようになる前に同定(診断)できることは好ましい。このようにして早期に診断された患者は、心不全の発症を防止するために、処置を受けることができる。また、重症合併症を発生させる危険がある心不全を患っている患者を同定できることも好ましい。
【0005】
現在の方法は、現に存在する心不全を確実に排除することはできるものの、心不全の存在を確実に証明することはできず、これらの方法では、確立した心不全の転帰を予言することも、心不全の出現を予言することもできない。
【0006】
したがって、心不全を発症する可能性を予言し、かつ/または既に確立した心不全の転帰を予言するための簡単で信頼できる方法が必要とされている。また、心不全を発生させる危険がある患者を心不全および/またはその合併症が出現する前に処置するための手段および方法の開発は、臨床上極めて重要である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、心不全を発生させる特別な危険がある患者および/または心不全の合併症を発生させる特別な危険がある患者を同定することができる診断方法を提供することである。心不全を発生させる危険がある患者および/または心不全の合併症を発生させる危険がある患者を処置するための手段および方法を提供することが、本発明のさらにもう一つの目的である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、心不全を発生させる危険がある被検者を診断するための方法であって、
(a)前記被検者の生物学的試料における1つ以上の生物学的マーカーのレベルを決定するステップ;
(b)前記生物学的マーカーのレベルを同じ生物学的マーカーの標準レベルと比較するステップ、および
(c)生物学的マーカーのレベルが心不全を発生させる危険を示すかどうかを決定するステップ、
を含み、生物学的マーカーがリソソーム内在性膜タンパク質2(LIMP−2)および/またはクルッペル様転写因子15(KLF15)である方法を提供することによって、この目的を達成する。
【0009】
本発明につながった研究では、心不全の発生に関与する遺伝子がいくつか同定された。同定された遺伝子を表2に列挙した。さらにまた、前記遺伝子によってコードされる特定のポリペプチドが実際に心不全と機構的に関連することも証明された。特に、表2の遺伝子によってコードされる特定のタンパク質は、心肥大から心不全への移行の原因となる分子機構に関与すること、したがって、心不全を発生させる危険がある患者を同定するための生物学的マーカーとして使用できることが証明された。また、これらのタンパク質、および/または前記タンパク質をコードする遺伝子、および/または前記タンパク質および/または遺伝子のポリペプチドおよび/またはポリヌクレオチドフラグメントまたは変異体は、危険に曝されている患者を処置するためのターゲットとして使用することもできる。
【0010】
特に、本発明によれば、特定の介在板コンポーネント、特にリソソーム内在性膜タンパク質2(LIMP−2)およびクルッペル様転写因子15(KLF15)は、心肥大から心不全への移行を予言する分子機構に関与し、心不全を発生させる危険がある個体を同定するための生物学的マーカー(バイオマーカー)として、適切に使用できることが証明された。
【0011】
このようにして、本発明によれば、心不全を発生させる危険がある被検者を、前記被検者の生物学的試料において、1つ以上の同定された生物学的マーカーのレベルを決定し、前記マーカーのレベルを標準レベルと比較することによって同定できることが見出された。前記標準レベルは健常な被検者から導き出される。すなわち標準レベルとは、健常な人(すなわち心疾患を持たない人)の前記生物学的試料における前記生物学的マーカーのレベルである。試験した生物学的マーカーのレベルが前記標準レベルと比較して変化している場合、例えば(当該特定の生物学的マーカーに依存して)上昇または下降している場合、その被検者はHFを発生させる危険および/または心不全の重症合併症を発生させる危険がある。
【0012】
心不全の(好ましくは臨床症状が出現する前の)早期診断は、診断された患者の処置などによって、例えば基礎疾患への対処を成功させたり、かつ/またはさらなる心筋機能障害および臨床症状の悪化を防止したりするのに不可欠である。
【0013】
本発明につながった研究では、高血圧による肥大を起こしていて、伝統的な技法(心エコー法)では十分に機能的であり代償性であるように見えたが、心不全を発生させることが後に判明した心臓から得られる数多くの遺伝子の遺伝子発現プロファイルが調べられた。この発現プロファイルは、やはり高血圧ゆえに肥大を起こしていて、伝統的な技法(心エコー法)では同様に十分に機能的で代償性であるように見えたが、心不全を発生させないことが後に判明し、安定した状態を保った心臓から得られる遺伝子発現プロファイルと比較された。この方法で、後に発生する心不全の出現を予言する遺伝子が同定され、これらは、本発明によれば、肥大および心不全への移行の新規で極めて重要なモジュレーターであることが明らかになった。これらの遺伝子を表2に列挙した。次に、特定の好ましい生物学的マーカー、特に特定の介在板関連生物学的マーカーが同定された。介在板(ID)は、心臓の心筋繊維を構成する心筋細胞間の結合部を形成する。すなわち介在板は、細胞間の機械的および電気的カップリングをもたらし、心臓組織の同期的収縮を支えている特殊な細胞間結合である。
【0014】
このように本発明によれば、標準発現レベルと比較したLIMP−2の心臓発現量の増加によって、顕性心不全に進行しやすい肥大心が同定されることが証明された。例えば、LIMP−2ヌルマウスにおける心臓発生は正常であるが(Gamp et al.,2003)、高血圧はこれらのマウスにおける拡張型心筋症を誘発した。LIMP−2は極めて重要な心臓アドヘレンスジャンクションタンパク質N−カドヘリンに結合し、N−カドヘリンとβ−カテニンの間の適正な相互作用を確保するために不可欠であることが示された。さらにまた、心不全に進行する寸前の肥大ラット心臓ではLIMP−2の発現量が増加することも見出されたので、心筋細胞によるLIMP−2発現量の増加は、その心筋が機械的な力を正常化できないことを予告していると考えられる。したがって、LIMP−2発現量の増加は、悪化しつつある負荷に応答しようとする心筋の絶望的な試みであるとみることができ、切迫した不全を示し得る。そのうえ、LIMP−2発現量は、臨床的に重症な圧負荷を持つ患者では有意に増加することも示された。したがって、高血圧被検者におけるLIMP−2タンパク質のレベルおよび/またはLIMP−2をコードする遺伝子の発現レベルを決定し、前記レベルを標準レベルと比較し、次に、そのレベルが心不全を発生させる危険を示すかどうかを決定することにより、今まさに圧力に屈しようとしている心筋を極めて初期の段階で同定することが可能である。特に、標準レベルと比較したLIMP−2タンパク質レベルの増加および/またはLIMP−2遺伝子発現レベルの増加は、心不全および/または心不全関連合併症を発生させる危険を示す。
【0015】
本発明につながった研究では、さらに、クルッペル様因子15(KLF15)をコードする遺伝子が、心不全へと急速に進行する肥大心を特徴づけることも示された。これはリアルタイムPCRによって確認され、このリアルタイムPCRは、KLF15が代償性LVHにおいてダウンレギュレートされるが、不全へと急速に進行する肥大心ではKLF−15が、より一層抑制されることを示した。さらに、KLF15は心筋細胞において心肥大の抑制因子としての役割を持つことが示された。したがって、KLF15タンパク質のレベルおよび/またはKLF15をコードする遺伝子の発現レベルを決定し、前記レベルを標準レベルと比較することも、心不全を発生させそうな患者を極めて初期の段階で同定するのに役立つ。KLF15の場合は、標準レベルと比較した、生物学的試料におけるKLF15タンパク質レベルの低下および/またはKLF15遺伝子発現量の低下が、心不全の発生を示す。
【0016】
本発明は、インビボ法、すなわち生物学的マーカーのレベルがインビボの生物学的試料において決定される方法にも、インビトロ法にも関係する。
【0017】
本発明の好ましい実施形態では、生物学的マーカーのレベルが、個体から得られる生物学的試料において、インビトロで決定される。本発明の生物学的マーカーのレベルをインビトロで決定するには、この研究によって同定された生物学的マーカーを含み得る任意の体液の適切な生物学的試料をどれでも使用することができる。好ましくは、生物学的試料は、血液、血漿、血清、心臓組織からなる群より選択される。より好ましくは、生物学的試料は、末梢血試料、または末梢血から得られる血漿もしくは血清試料である。末梢血試料は、例えば、患者から容易に採取することができ、カテーテル挿入などの複雑な侵襲的手技を必要としない。生物学的試料は、試験用試料を調製するために、周知の技法に従って処理することができる。
【0018】
本発明の生物学的マーカーのレベルを測定するには、当技術分野で知られる通常の方法を利用することができる。
【0019】
生物学的マーカーがタンパク質および/またはそのフラグメントおよび/または変異体である場合は、特定のタンパク質および/またはそのフラグメントおよび/または変異体のレベルを決定するための、当業者に周知の、いくつかの通常の方法を使用することができる。マーカーのレベルは、例えば、酵素結合免疫吸着アッセイ(ELISA)などの免疫学的アッセイを使って測定することができ、したがって、簡単で再現性があり信頼できる方法が得られる。そのようなアッセイで使用するための抗体は入手可能であり、抗体を発生させるための周知の標準的技法を使って追加の(ポリクローナルおよびモノクローナル)抗体を発生させてもよい。生物学的タンパク質マーカーのレベルを測定するための他の方法として、例えば(免疫)組織化学、ウェスタンブロット法、フローサイトメトリー、RIA、競合アッセイ、およびそれらの任意の組合せを、さらに挙げることができる。インビボでは、例えば非分泌タンパク質のレベルを、関心対象のタンパク質の一つに対する特異的抗体を標識およびタグ付けすることによって決定することができる。これにより、心臓中のタンパク質の量を、いわゆる「分子イメージング」技法によって可視化することができる。
【0020】
生物学的マーカーが遺伝子、および/またはそのポリヌクレオチドフラグメントおよび/または変異体、例えばDNA、cDNA、RNA、mRNAなど、例えば特定のタンパク質をコードする遺伝子、または転写されたmRNAである場合は、例えば心臓生検材料における生物学的マーカーを、例えば周知の分子生物学的アッセイ、例えばその特定ポリヌクレオチドを指向するプローブを用いたインサイチューハイブリダイゼーション技法などによって測定することができる。本発明に従って使用することができる、核酸に基づく他のアッセイには、例えばRT−PCR、核酸に基づくELISA、ノーザンブロット法、およびそれらの任意の組合せが含まれる。
【0021】
診断方法の特異性および/または感度を強化するために、本発明の方法は、1つ以上の他の(生物学的)マーカーのレベルの検出を含んでもよい。すなわち、本発明の生物学的マーカーの検出は、心不全の発生を示す他のマーカーの検出と適切に組み合わせることができる。
【0022】
さらに本発明は、上述の診断方法を実施するためのキットに関する。特に本発明は、心不全を発生させる危険がある被検者を同定するためのそのような診断キットであって、前記被検者の1つ以上の生物学的試料を受け取るための手段、および前記被検者の前記生物学的試料における生物学的マーカーのレベルを決定するための手段を含むキットに関する。このようにして、信頼できる簡便な診断ツールとして使用することができるキットが提供される。生物学的試料を受け取るための手段は、例えば、標準的なマイクロタイタープレートのウェルを含み得る。前記被検者の前記生物学的試料における介在板関連生物学的マーカーのレベルを決定するための手段は、例えば、本発明によって同定された生物学的マーカーを検出するのに適した1つ以上の特異的抗体、ポリヌクレオチドプローブ、プライマーなどを含み得る。これらのキットはさらに較正手段および使用説明書も含み得る。
【0023】
本発明は、心不全を防止および/または処置するための化合物を同定するためのスクリーニング方法における、本発明の生物学的マーカーおよび/またはそのフラグメントおよび/または機能的変異体の使用にも関係する。ある特定実施形態において、心不全を防止および/または処置するための化合物を同定するための方法は、
(a)1つ以上の化合物を、表2に列挙するポリヌクレオチドによってコードされるポリペプチド(好ましくはKLF15および/またはLIMP−2)、および/またはそのフラグメントおよび/または変異体と接触させること;
(b)前記ポリペプチドに対する化合物の結合アフィニティーを決定すること;
(c)哺乳動物細胞の集団を、少なくとも10μMの結合アフィニティーを示す化合物と接触させること;および
(d)心不全を防止および/または処置する能力を持つ化合物を同定すること、
を含む。
【0024】
本発明のスクリーニング方法で試験されるポリペプチドは、インビトロで、例えば溶液中に遊離した状態、固形支持体に固定された状態、細胞表面に担持された状態、もしくは細胞内に位置する状態で試験するか、またはインビボで試験することができる。
【0025】
これらの方法を実施するには、複合体を非複合体型のポリペプチドから容易に分離できるように、そしてまたアッセイの自動化に適応させるために、本発明のポリペプチドまたは化合物のどちらか一方を固定化することができる。本発明のポリペプチドと化合物との相互作用(例えば結合)は、反応物を入れるのに適した任意の容器中で達成することができる。そのような容器の例には、マイクロタイタープレート、試験管、および遠心分離管が含まれる。
【0026】
化合物とポリペプチドとの結合アフィニティーは、例えば、表面プラズモン共鳴バイオセンサー(Biacore)を使用するなどの当技術分野で知られる方法によって、標識化合物を使った飽和結合解析(例えばScatchardとLindmoの解析)によって、置換反応によって、示差UV分光測光器、蛍光偏光アッセイ、Fluorometric Imaging Plate Reader(FLIPR(登録商標))システム、蛍光共鳴エネルギー移動、および生物発光共鳴エネルギー移動によって測定することができる。化合物の結合アフィニティーは、解離定数(Kd)またはIC50もしくはEC50で表すこともできる。IC50は、そのポリペプチドへの別のリガンドの結合を50%阻害するのに必要な化合物の濃度を表す。EC50は、インビトロで最大効果の50%を得るのに必要な濃度を表す。解離定数Kdは、リガンドがポリペプチドにどのくらいよく結合するかの尺度であり、ポリペプチド上の結合部位の正確に半分を飽和させるのに必要なリガンド濃度に等しい。高アフィニティー結合をする化合物は低い(すなわち100nM〜1pMの範囲の)Kd、IC50およびEC50値を持ち、中〜低アフィニティー結合は、高い(すなわちμM領域の)Kd、IC50およびEC50値に関係づけられる。
【0027】
本発明は、心不全を防止および/または処置するための予防および/または治療医薬品用の医薬品を調合するための、表2に列挙する遺伝子および/またはタンパク質(好ましくはKLF15および/またはLIMP−2遺伝子および/またはタンパク質)の使用にも関係する。
【0028】
好ましくは、本発明は、心不全を防止および/または処置するための予防および/または治療医薬品を製造するための、表2に列挙する遺伝子および/またはタンパク質(好ましくはKLF15および/またはLIMP−2遺伝子および/またはタンパク質)のモジュレーターの使用に関する。
【0029】
本願において、モジュレーターは、本発明によって減少することが見出された生物学的マーカーの1つ以上の発現を刺激し、かつ/またはそのレベルを増加させる任意の化合物(例えばアゴニスト)、または本発明によって増加することが見出された生物学的マーカーの1つ以上の発現を抑制し、かつ/またはそのレベルを低下させる任意の化合物(例えばアンタゴニスト)であることができる。
【0030】
医薬品は、タンパク質に基づく分子、例えばタンパク質マーカーに対する抗体、および/またはそのフラグメントおよび/または変異体であることができる。本発明は、キメラ、単鎖およびヒト化抗体、ならびにFabフラグメント、Fab発現ライブラリーの産物、FvフラグメントおよびFv発現ライブラリーの産物も包含する。
【0031】
もう一つの選択肢として、医薬品は、核酸に基づく分子であることもできる。例えば、遺伝子のダウンレギュレーションは、翻訳レベルまたは転写レベルで、アンチセンス核酸などを使って達成することができる。アンチセンス核酸は、あるタンパク質をコードする核酸および/または対応するmRNAの全部または一部と特異的にハイブリダイズする能力を持つ核酸である。アンチセンス核酸、アンチセンスRNAをコードするDNAの製造は、当技術分野では知られている。医薬品は低分子干渉(ヘアピン)RNA(siRNA)も含み得る。siRNAは、サイレンシングを受けるRNAに配列が相同な二本鎖DNA(dsDNA)による遺伝子サイレンシングの翻訳後プロセスを媒介する。siRNAの製造は当技術分野では知られている。同様に、遺伝子のアップレギュレーション(または過剰発現)も、当技術分野で知られるいくつかの方法によって達成することができる。
【0032】
本発明の好ましい実施形態では、モジュレーターがTGFβの阻害剤である。本発明によれば、KLF−15の抑制が不全易発型肥大の発生において、極めて重要なステップであること、およびTGFβがKLF−15を強く抑制することが示された。したがって、現在さまざまな分野で開発されているTGFβの阻害剤は、心不全を防止および/または処置するための予防および/または治療医薬品の開発に適切に使用し得る。本発明に従って使用することができるTGFβの適切な阻害剤の例はScios Inc.(Los Angeles,U.S.A.)が製造するTGFβ受容体阻害剤であり、この会社はそのウェブサイト(http://www.sciosinc.com/scios/tgf)に、「SciosはTGF−ベータのその受容体における作用を阻害するように設計された強力な新規小分子阻害剤を開発した。これらの小分子は、動物に経口投与した場合、瘢痕形成(線維症)を減少させるのに有効であることが明らかになった。Sciosは、異なる化合物クラスを代表する2つのリード分子を、未だ有効な治療方法がない医療ニーズを持つ患者における疾患状態を処置するために使用できる可能性を持つ前臨床開発へと推し進めるつもりである」と表示している。
【0033】
さらに本発明は、本発明に従って同定されたタンパク質の使用であって、同定されたタンパク質の1つ以上のレベルを評価し、よって心不全を発生させる危険がある被検者を同定する目的で、同定されたタンパク質の1つ以上の(分子)イメージングに使用される診断手段を作製するための使用に関する。診断手段は、例えば、生物学的タンパク質マーカーに対する標識された抗体を含み得る。
【0034】
以下の図面および実施例によって、本発明をさらに詳しく説明する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】Ren−2ラットにおけるLIMP−2の発現量の増加である。図1Aは、Ren−2ラットが同等の心肥大を示し、短縮率では心不全に進行するラットまたは代償性に留まるラットを識別することができない10週齢時に、左室心臓生検材料を採取した。15〜18週齢時にRen−2ラットの一部が心不全を発生させ、残りは21週齢時に屠殺するまで代償性に留まった。*、P<5e-6。図1Bは、10週齢肥大Ren−2ラットにおけるマイクロアレイ解析により、不全易発性ラット(HF易発性LVH、n=4)では、代償性に留まった肥大LV(comp LVH、n=6)および対照群(n=4)と比較して、LIMP−2 mRNAが特異的に過剰発現されることが見出された。図1Cは、末期不全Ren−2ラット(HF、n=9)では、代償性Ren−2ラット(comp、n=6)と比較して、LIMP−2タンパク質がアップレギュレートされた。不全性および代償性Ren−2ラットはどちらも、LIMP−2タンパク質のレベルが、対照ラット(n=6)と比較して有意に上昇していた。*、対照に対してP<0.05;**、対照に対してP<0.01;$、compに対してP<0.05;Mwm、分子量マーカー;au、任意単位。
【図2】AgnII処置したLIMP−2 KO(KO Ang)マウスは拡張型心筋症を持つ。図2Aは、WT Angマウス(n=14)がそのLV重量を有意に増加させるのに対して、KO Ang(n=14)マウスはLV重量を増加させなかった(*、WT(n=8)およびKO Angに対してP<0.01)。KO Angマウスにおいて、個々の筋細胞はその体積を増加させることができなかった(WTおよびKO、n=4;WT AngおよびKO Ang、n=5;筋細胞面積(au):WT Angにおける308±14に対して、264±42;*、P<0.01)。バーは50μmを表す。図2Bは、LIMP−2 KO(n=3)およびWT(n=4)マウスは、AngIIに対して同等の血圧応答を示した。図2Cは、AngII処置したWT(n=8)およびKO(n=8)はBNPおよびANF mRNA発現量に同等の増加を示したが(*、ベースライン(n=4)に対してP<0.05)、aska mRNA発現の誘導はKO Angマウスの方が、それらの減少した筋細胞体積と合致して、有意に少なかった(*、KO(n=4)に対してP<0.05;$、WT Angに対してP<0.05)。図2Dは、WT(n=10)マウスとKO(n=11)マウスとはベースライン心エコーパラメータが類似していた(0日目)。14日間および28日間のAngII後に、野生型LV壁は有意に肥大したのに対して、ノックアウトは肥大を示さず、それどころか拡張していた(*、ベースラインおよびKO Angに対してP<0.005;$、ベースラインおよびWT Angに対してP<0.005)。図2Eは、KO Angマウスでは、ドブタミンに対するベータ−アドレナリン作動性応答が減少した(WTおよびKO、n=4;WT Ang、n=14;KO Ang、n=9;*、P<0.005)。LVW/BW、体重に関して補正したLV重量。
【図3】AngII処置したLIMP−2 KOマウスは広範な間質性線維症を持つ。AngII処置したLIMP−2ノックアウトマウス(n=4)および野生型マウス(n=5)のLVのシリウスレッド染色はノックアウトマウスにおける著しい間質性線維症を示し(*、WT AngおよびKOベースラインに対してP<0.02)、AngIIで処置したノックアウトマウスおよび野生型マウスはどちらも同程度の血管周囲線維症を示す。バーは250μmを表す。
【図4】AngII処置したLIMP−2 KOマウスは筋細胞の錯綜配列を示す。AngII処置したLIMP−2 KOマウスのデスミン染色心筋細胞は、これらのマウスにおける、より多量で、より不規則なデスミン発現が示すように、錯綜配列を示し、乱された内部構造を持つ。バーは250μmを表す。
【図5】LIMP−2発現は他の形態の心臓ストレスにおいてアップレギュレートされる。図5Aは、新生仔ラット心筋細胞では、6時間伸展によってLIMP−2 mRNA発現量が上昇した(各群n=4)。図5Bは、LIMP−2 mRNAは、10週間の運動訓練を受けたラット(週5日、n=6)から得られる肥大心筋でも、非肥大対照ラット(n=7)と比較してアップレギュレートされた。図5Cは、大動脈狭窄を患う患者(LVH、n=20)から得られる肥大心筋でも、非肥大対照患者(n=7)と比較してアップレギュレートされた。(*、対照に対してP<0.05;**、対照に対してP<0.01;LVH;LV肥大)
【図6】LIMP−2は心筋細胞の形質膜に存在し、介在板機能にとって重要である。図6Aは、抗LIMP−2で染色した圧過負荷マウスLVのパラフィン包埋組織切片は、細胞内コンパートメント(*)だけでなく、心筋細胞の形質膜(黒い三角形)上でも陽性染色を示す。スケールバーは250μmを表す。図6Bは、圧過負荷ラットLV組織切片における抗LIMP−2を使った免疫電子顕微鏡法も、形質膜におけるLIMP−2の存在を示す(黒い三角形)。スケールバーは1μmを表す。図6Cは、AngII処置した野生型マウスでは電子顕微鏡法が正常な介在板を示すのに対して、AngII処置したLIMP−2 KOマウスでは、介在板がより高度な屈曲およびより高濃度なアドへレンスジャンクション(右側のパネル中の濃い黒色スポットに注目)を持ち、それがこれらのマウスにおける拡張型心筋症と並行する。バーは2μmを表す。M、ミトコンドリア;ID、介在板;a、アドへレンスジャンクション;d、デスモソーム。
【図7】LIMP−2はカドヘリン分布を調節する。図7Aは、LIMP−2は新生仔ラット心室筋細胞中のカドヘリンに結合する。LIMP−2を免疫沈降(IP)させ、総細胞溶解物(インプット)、上清(sup)および沈降したタンパク質溶解物(IP)中のカドヘリンを免疫ブロット(IB)した。心筋細胞中のカドヘリンタンパク質含有量の一部がLIMP−2によって結合される。図7Bは、対照被検者および2人の心不全患者の組織切片を、抗パンカドヘリン(赤)および抗LIMP−2(緑)で免疫蛍光的に染色した。矢印(黒い三角形)は、心筋細胞のIDにおけるLIMP−2とカドヘリンの共局在を示す。バーは50μmを表す。図7Cは、AngII処置したLIMP−2ノックアウトLVおよび野生型LVの組織切片を、抗パンカドヘリンで免疫染色した。野生型マウスではカドヘリン分布が介在板に限定されてカドヘリンの規則的な外観をもたらしているのに対して、LIMP−2 KOマウスではカドヘリンの局在が、厳密な介在板への配置によってもたらされる典型的パターンを失っている。バーは250μmを表す。
【図8】LIMP−2は、リン酸化ベータ−カテニンのカドヘリンへの結合を調節することによって、介在板の完全性を調節する。図8Aは、LIMP−2に対するshRNA(shLIMP−2)または対照shRNAのどちらか一方で処置した新生仔ラット心筋細胞の溶解物の免疫ブロット(IB)。10日間の培養後に、心筋細胞はLIMP−2タンパク質の92%ノックダウンを示す。タンパク質負荷量が等しいことはGAPDHによって確認した。図8Bは、免疫ブロット(IB)により、shLIMP−2溶解物では、対照溶解物と比較して、抗パンカドヘリンによる免疫沈降(IP)後のP−ベータ−カテニンのレベルが低減することが示される。対照IP溶解物およびshLIMP−2 IP溶解物におけるカドヘリン負荷量は同等だった。総shLIMP−2タンパク質溶解物および対照タンパク質溶解物におけるベータ−カテニンのリン酸化は同等だった。*、P=O.0006。図8Cは、抗パンカドヘリンによる免疫沈降の特異性を示す免疫ブロット。パンカドヘリン抗体の代わりにIgGをタンパク質溶解物に加ると、P−ベータ−カテニンは結合されない。
【図9】図9Aは、10週齢時点のRen−2ラットから得た左室生検材料におけるリアルタイムCRで評価したKLF15発現。生検後はラットを回復させ、それらが不全に進行するか代償性のまま留まるかを決定するために追跡した。KLF15の発現は、代償性のまま留まった肥大心では有意にダウンレギュレートされるが、顕性不全に急速に進行した肥大心では、有意に、より一層抑制されることから、不全易発型の心肥大はKLF15抑制のレベルによって同定されることが示される。図9Bは、肥大心筋と比較した、正常圧対照心臓における、KLF15に関するインサイチューハイブリダイゼーション。正常心臓における広範囲にわたる核染色が多数の心筋細胞では失われ、非筋細胞核には残存染色があることから、KLF15発現は心筋細胞で特異的に出現することが示される。図9Cは、低分子ヘアピンRNAのレンチウイルス導入によるKLF15の安定ノックダウンは培養NRVMにおけるBNPの発現を誘導した。
【図10】図10Aは、培養心筋細胞へのTGFβ(10ng/ml)の添加はKLF15 mRNA発現をほぼ完全に抑制した。低分子ヘアピンRNAのレンチウイルス導入によるTGFβI型受容体の安定ノックダウンはこの効果を打ち消したことから、TGFβはそのTGFβI型受容体を介してKLF15発現を抑制する能力を持つことが証明された。図10Bは、TgfβI型受容体に対して免疫ブロットした全心臓ホモジネートは、TgfβI型受容体の発現量の本質的かつ有意な低下を示すが、この受容体の完全な喪失は示さない。図10Cは、WT心臓をMerCreMer−TGFβI型マウスと比較すると、creの筋細胞特異的活性化は、心筋細胞からの明確でロバストなTGFβI型受容体の喪失をもたらしたことが、免疫組織化学によって証明される。図10Dは、アンギオテンシンII注入は、Wtマウスにおいて有意な肥大応答を誘発し、MerCreMer−TGFβI型マウスではこれが弱められた。図10Eは、アンギオテンシンII注入は、心機能の喪失の指標である短縮率の有意な低下を誘発し、これはMerCreMer−TGFβ受容体マウスでは弱められた。図10Fは、アンギオテンシンII注入とそれに続く肥大はKLF15のダウンレギュレーションを誘発し、これはMerCreMer−TGFβ受容体マウスでは弱められた。
【図11】上側の図は、緑色蛍光タンパク質(AAV9−GFP)注射と比較して、AAV9−KLF15注射後のマウス心臓では、KLF15 mRNAが有意にアップレギュレートされることを示す。**:GFP群との比較でp<0.05。*:GFP群との比較でp<0.05。#:GFP+AngII群との比較でp<0.05。下側の図は、AngII刺激後のAAV9−GFP群と比較して、AngII刺激後のAAV9−KLF15群では、肥大が有意に少ないことを示す(#:p<0.05)。スチューデントのt検定による統計解析、n=3〜5匹/群。
【発明を実施するための形態】
【0036】
(実施例1)
リソソーム内在性膜タンパク質2は介在板の新規コンポーネントであり、心筋症を防止する
(材料と方法)
Ren−2ラット、マイクロアレイ解析および免疫ブロッティング
10週齢のRen−2ラットおよびSprague−Dawley(SD)ラット(Moellegard、デンマーク国Lille Skensveld)から、LVの生検材料を、以前記述されたように採取した(Van Haaften et al.,2006)。ラットを10、12、15、16、18、19および21週齢で一連の心エコー法によって追跡し、心不全の臨床徴候があった場合(心不全易発性/HF易発性ラット)は15〜18週で、また、不全の臨床徴候が現れなかった場合(代償性/compラット)は21週齢で屠殺した。全RNAを、以前記述されたように、LV生検材料から単離、増幅し(Schroen et al.,2004;Heymans et al.,2005)、Affymetrixラット230 2.0 GeneChipsにハイブリダイズさせ、Microarray Analysis Suite Software 5.0で解析した。LVタンパク質抽出物(50μg)をポリクローナルウサギ抗LIMP−2(Novus Biologicals,Littleton,Co,1:500)およびポリクローナルウサギ抗GAPDH(Abcam,Leusden,Netherlands;1:10,000)で免疫ブロットした。
【0037】
LIMP−2ノックアウトマウス、RNA単離および定量PCR解析
体重20〜25グラムの10〜12週齢雄LIMP−2 KOおよびWT C57/B16マウスを使用した。AngIIの血圧効果を調べるために、毎分0.5、1.5、5、15、および50ngという用量での静脈内注入中に、動脈圧を監視した。LV肥大の発生を調べるために、浸透圧ミニポンプ2004(Alzet浸透圧ポンプ、Cupertino,CA)により、28日間にわたってAngII(1.5μg/g/日)を皮下注入した。
【0038】
心エコー法を0日目、14日目および28日目に行った。28日目に、Millar(登録商標)を使って、基礎条件下およびドブタミン刺激条件下で、マウスを血行動態学的に監視し(dP/dt)、その後にLVを摘出した。RNAをRNeasyミニキット(Qiagen,Valencia,CA)を使って単離し、BioRad iCyclerでSYBR Green定量PCR解析を行うことにより、BNP、ANFおよびアルファ−骨格アクチン(aska)発現量を決定した(表1)。LV切片を、以前記述されたように、ヘマトキシリン−エオシン(HE)およびピクロシリアスレッド(Picro serious red)(SR)で染色するか(Junqueira et al.,1979)、モノクローナルマウス抗パンカドヘリン(Sigma,Saint Louis,USA;1:500)およびモノクローナルマウス抗ヒトデスミン(Dako Cytomation,Denmark,1:50)で免疫組織学的に染色した。超微細構造解析を、透過型電子顕微鏡法により、以前記述されたように行った(Schroen et al.,2004)。
【0039】
大動脈狭窄および心不全患者におけるLIMP−2
以前記述されたように(Heymans et al.,2005)、20人の大動脈狭窄患者および7人の非肥大対照患者から得た経壁生検材料からRNAを単離し、SYBR Green定量PCR解析を行うことにより、LIMP−2発現量を決定した(表1)。
【0040】
ウサギ抗LIMP−2(1:250、Cy2)およびマウス抗パンカドヘリン(1:500、Cy3)による二重免疫蛍光染色を、対照被検者1人および35%未満の駆出率と定義される顕性心不全で死亡した患者2人の切片で行った。核対応物をTopro−3(Invitrogen,Breda,The Netherlands)で染色した。切片をレーザースキャン共焦点システム(Leica,Rijswijk,The Netherlands)で画像化し、Leica Confocal Softwareにより、×126の最終倍率でデジタル化して解析した。この研究はAcademic Hospital MaastrichtおよびUniversity Hospital Leuvenの各倫理委員会によって承認され、全ての患者からインフォームドコンセントを得た。
【0041】
細胞培養およびレンチウイルスベクター
相補的なshLIMP−2オリゴヌクレオチド(表1)をアニールさせ、それらをHpaIXhoI消化したpLL3.7puroベクターDNA(Massachusetts Institute of Technology,Cambridge,USA)のLuk van Parijsの厚意で提供されたものから改変)中にライゲートすることにより、ラット−LIMP−2 shRNA発現レンチウイルスベクターを作製した。3μgのshLIMP−2/pLL3.7puroまたは空のpLL3.7puroとパッケージングベクターとを293FT細胞にLipofectamine 2000(Invitrogen)で同時トランスフェクトすることによってレンチウイルス産生を行い、ウイルス含有上清を48時間後に収集した。以前記述されたように(De Windt et al.,1997)、1〜2日齢新生児ラットの酵素的解離によって、ラット心室心筋細胞(RCM)を単離した。レンチウイルス感染のために、ゼラチン処理した6ウェルプレートに1ウェルあたり5×105細胞の密度でRCMを入れ、10%ウマ血清、5%新生仔ウシ血清、グルコース、ゲンタマイシンおよびAraCを補足したDMEM/M199(4:1)培地中で一晩培養し、翌日、shLIMP−2レンチウイルスまたは空レンチウイルスに感染させ、ポリブレン(Sigma)で促進した。ピューロマイシン選択(3μg/ml)後に、感染効率は80%を上回った。10日間の培養後に、細胞タンパク質を単離し、抗LIMP−2(1:100)、モノクローナルマウス抗パンカドヘリン(Sigma、1:100)またはIgGによる免疫沈降(IP)に付した。IP溶解物を、モノクローナル抗パンカドヘリン(1:5000)、ポリクローナル抗ホスホ−ベータ−カテニン(Ser33/37/Thr41;Cell Signaling Technology,Danvers,MA,USA,1:1000)およびモノクローナル抗ベータ−カテニン(BD Transduction Laboratories,Franklin Lakes,USA,1:1000)で免疫ブロットした。
【0042】
伸展実験のために、RCMをコラーゲンI型被覆シラスティック膜(Specialty Manufacturing,Inc.,USA)上で培養し、6時間の間、静的等二軸伸展に付した。RNeasyミニキット(Qiagen)を使ってRNAを単離し、LIMP−2 SYBR Green定量RT−PCRを行った(表1)。動物実験を伴う試験プロトコルは全て、Universiteit Maastrichtの動物実験委員会によって承認され、実験動物の管理および使用に関するオランダ法に記載の公定規則(NIHの規則と極めてよく似たもの)に従って行われた。
【0043】
(統計解析)
データを平均±SEMとして表す。適宜、マン−ホイットニー検定またはスチューデントのt検定を使って、各試験群についてのデータを比較した。P<0.05を統計的に有意であるとみなした。
【0044】
(結果)
表2に、代償性Ren−2ラットと比較して不全易発性Ren−2ラットにおいて差次的に発現される遺伝子の一覧を示す。これは、全てのラットがまだ代償性肥大を持っている10週齢で採取した心臓生検材料から導き出されたものであるから、これらの遺伝子の差次的発現は、Ren−2ラットにおける心不全の発生に先行して起こる。
【0045】
表3に、ベースライン時ならびに14日間および28日間のAngII処置後のLIMP−2 WTおよびKOマウスの詳細な心エコーデータを示す。
【0046】
(不全易発性LV肥大の遺伝子発現プロファイル)
10匹のホモ接合Ren−2ラットにおいて、10週齢時の代償性LV肥大段階で、心臓生検材料を得た。4匹のラットは、生検材料を採取した後、5週間以内に、心不全へと急速に進行し、残り6匹のラットは生検後11週間にわたって代償性のままだった(図1A)。これらの生検材料で、T7に基づく線形増幅と、それに続くAffymetrix 230 2.0遺伝子発現解析を行うことにより(GEO番号GSE4286)、心不全へと急速に進行する肥大心でのみアップレギュレートまたはダウンレギュレートされる143個の差次的発現遺伝子が同定された(表2)。リソソーム膜タンパク質LIMP−2は、心不全易発性ラットにおいてアップレギュレートされるmRNAの一つであり(図1B)、トロンボスポンジン(TSP)1(Crombie et al.,1998)およびトロンボスポンジン2(データ未掲載)(後者は肥大から心不全への移行において極めて重要であることが先に示されている)と相互作用するというその能力を考えると、これは特に興味深い。図1Cは、LIMP−2タンパク質がRen−2ラットにおける末期心不全でも役割を持つことを示している。
【0047】
(アンギオテンシンIIはLIMP−2ノックアウトマウスにおける拡張型心筋症を誘発する)
リソソームタンパク質における機能喪失型突然変異は心不全と関連づけられているので(Eskelinen et al.,2003;Nishino et al.,2000;Stypmann et al.,2002)、アンギオテンシンII(AngII)誘発性高血圧のマウスモデルにおけるLIMP−2の役割をさらに調べた。LIMP−2ノックアウトマウスおよび対照マウスに、4週間にわたってAngIIを皮下投与した。AngII処置は、野生型マウスおいてLV重量係数を30%増加させたが、AngII処置したLIMP−2ノックアウトマウスでは肥大応答が弱くなった(14%のLV重量係数増加;P<0.01)(図2a)。これは個々の心筋細胞面積の測定によって確認された。AngII処置ノックアウトマウスでは、AngII処置WT対照よりも、LV筋細胞面積が有意に小さかった(任意単位の筋細胞面積:AngII処置野生型における308±14に対して、AngII処置ノックアウトマウスでは264±42;P<0.01)。また、AngIIが、LIMP−2ノックアウトマウスと野生型マウスにおいて、血管周囲線維症の同等な増加を誘発したのに対し(データ未掲載)、AngIIは、野生型対照同腹仔とは対照的にLIMP−2ノックアウトマウスのLVにおいて広範な間質性線維症応答を誘発した(間質性線維症:AngII処置ノックアウトマウスにおける15.0±6.0%対AngII処置対照における1.8±0.1%;P<0.002)(図3)。
【0048】
デスミンに関する免疫組織化学的染色は、AngII処置したLIMP−2ヌルマウスにおける筋細胞錯綜配列を示した(図4)。
【0049】
AngIIは野生型マウスでもノックアウトマウスでも同じような血圧応答を誘発することが確認された(図2B)。LV肥大の減少にもかかわらず、LIMP−2ヌルマウスは、肥大に関する古典的マーカーである脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)および心房性ナトリウム利尿因子(ANF)の通常の応答を示したことから(図2C)、肥大遺伝子発現プログラムはAngII処置時に正常に開始されることが示唆された。これとは対照的に、構造細胞肥大マーカーアルファ−骨格アクチンは、心筋細胞の肥大応答の減少(Stilli et al.,2006)を反映して、AngII処置LIMP−2ノックアウトではAngII処置野生型と比較して、誘導される度合が有意に低かった(図2C)。一連の心エコー法により、AngIIは、AngII処置LIMP−2ヌルマウスにおける有意な心拡張を誘発することが明らかになったのに対して、AngII処置野生型は拡張を伴わない求心性LV肥大を示した(図2Dおよび表3)。また、AngIIはLIMP−2ヌルマウスにおける収縮予備能の喪失を誘発することが、ドブタミン注入に対する収縮応答の減少によって証明された(+dP/dt AngII処置ノックアウトマウスでは79.8/秒±5.1、対してAngII処置対照では100.0/秒±4.0;P<0.005)(図2e)。
【0050】
これらを総合すると、LIMP−2ヌルマウスでは、高血圧が通常の肥大応答を誘発せず、むしろ反応性間質性線維症および心機能の喪失を伴う拡張型心筋症を誘発した。
【0051】
(LIMP−2発現は心臓ストレスによって調節される)
AngII処置したLIMP−2ヌルマウスが肥大応答を開始できなかったにもかかわらず、BNPおよびANFの発現は通常どおり誘導したという知見から、LIMP−2は機械的負荷に対する正常な応答の極めて重要な部分であることが示唆された。実際、LIMP−2発現はインビトロで心筋細胞伸展後に有意に増加し(P=0.02)、運動誘発性の生理的肥大でも増加する(P=0.04)ということも示された(図5Aおよび5B)。LIMP−2が心圧負荷に対するヒトの適応にも関与することを確かめるために、顕性心肥大を持つ大動脈狭窄患者20人および対照7人の心臓生検材料におけるLIMP−2の発現を定量RT−PCRによって解析した。この実験では、対照との比較で、大動脈狭窄患者の肥大心における有意なLIMP−2アップレギュレーションが、マン・ホイットニー検定によって示された(1.23倍;p=2.3e-4)(図5C)。
【0052】
(LIMP−2は心臓介在板に存在する)
次に、圧過負荷マウス心筋におけるLIMP−2の発現パターンを、免疫組織化学によって解析した。このタンパク質は、予想どおり、心筋細胞および内皮細胞の液胞状細胞内区画に発現されるが、心筋細胞の形質膜上に非定型的に分布することも見出された(図6A)。この知見は免疫電子顕微鏡法によって確認された(図6B)。目を引くことに、AngII処置したLIMP−2ノックアウトおよび対照左室切片の電子顕微鏡法では、LIMP−2ヌルマウスにおけるIDの異常な形態が明らかになったことから、LIMP−2は正常なID生物学に関与し得ることが示唆される。細胞間接触部において、AngII処置KO−IDの膜は、より高濃度のアドへレンスジャンクションタンパク質を持つ、より高度な屈曲を示したことから(図6C)、ID構造の乱れが示唆された(Perriard et al.,2003)。IDの変化は拡張型心筋症の原因になることが示されているので(Periard et al.,2003)、LIMP−2はIDの適正な機能にとって極めて重要であり得ると推測された。
【0053】
新生仔ラット心筋細胞タンパク質の免疫沈降により、LIMP−2はアドヘレンスジャンクションの極めて重要な構成要素であるN−カドヘリンと物理的に相互作用することが示された(図7A)。この知見はヒトも当てはまった。というのも、対照ならびに不全ヒト心筋の共焦点顕微鏡法では、カドヘリンとLIMP−2の間の相互作用が確認され、カドヘリンとLIMP−2が共局在するID部位でこの相互作用が起こることが示されたからである(図7B)。このことから、LIMP−2は、カドヘリンの役割を媒介することで、適正なID機能にとって重要になり得ることが示唆された。実際、LIMP−2ヌルマウスの心臓におけるカドヘリンの組織化学的解析は、異常なカドヘリン分布を示したが(図7C)、AngII処置した野生型では分布は正常だった。AngII処置した野生型マウスは2つの縦走心筋細胞の間の接触部位にカドヘリン発現を示すが、AngII処置したLIMP−2ノックアウトマウスの心筋細胞におけるこの発現は、それほど組織化されておらず、より散漫である。これらのデータは、LIMP−2が介在板の適切な構造的組織化にとって極めて重要であることを立証している。
【0054】
(LIMP−2は介在板の完全性を調節する)
どの調節機構がLIMP−2に依存するかを同定するために、レンチウイルスを利用して導入される、LIMP−2に対する低分子ヘアピンRNA(shLIMP−2)を使って、新生仔ラット心筋細胞における別個のLIMP−2不活化モデルを得た。10日間の培養後に、shLIMP−2処理心筋細胞では、対照処理心筋細胞と比較して、LIMP−2タンパク質発現量が92%低減した(図8A)。介在板の機能的完全性はP(Ser37)−β−カテニンとカドヘリンの間の適正な相互作用に依存すると報告されている。そこで、LIMP−2の欠如がカドヘリンへのP−β−カテニンの結合に影響を及ぼすかどうかを調べた。
【0055】
心筋細胞の溶解物におけるカドヘリンの免疫沈降により、LIMP−2のノックダウンは、P−β−カテニンとカドヘリンの間の相互作用を実際に減少させることが示された(図8B)。免疫沈降はカドヘリンに特異的だった(図8C)。
【0056】
この研究では、リソソームタンパク質LIMP−2が、心筋細胞介在板、特にアドへレンスジャンクションの重要で新規なコンポーネントであることが証明された。本発明によれば、LIMP−2はN−カドヘリンに結合すること、およびLIMP−2ヌルマウスはAngII誘発性高血圧時に拡張型心筋症を発生させ、心臓におけるN−カドヘリンの局在の乱れを伴うことが示された。これを裏付けるように、インビトロでは、培養筋細胞におけるLIMP−2のノックダウンが、N−カドヘリンとβ−カテニンの間の相互作用を乱すことが示された。これは、当初リソソームタンパク質として知られていたLIMP−2が、介在板の重要な一部であることを示唆している。
【0057】
(LIMP−2は圧過負荷時の心臓に役割を持つ)
LIMP−2はIDタンパク質の中でも際立っている。IDの他の主要構成要素(カドヘリン、β−カテニン、プラコグロビン)の完全な喪失は致死的な発生的心臓障害をもたらすことから、IDのこれらのコンポーネントは、正常な心臓発生にとって不可欠であることが示唆される。対照的に、本発明によれば、LIMP−2ヌルマウスは正常な心臓発生を持ち、その喪失は生後の心臓リモデリングに影響を及ぼすに過ぎないことが見出された。これは、LIMP−2が、主に負荷増加状態において不可欠な役割を持つ異なるタイプのIDタンパク質に相当することを示唆している。LIMP−2のこの特異的役割は、不全に進行する寸前の肥大ラット心ではLIMP−2の発現量がさらに上昇する(これは負荷状態を正常化することができないと思われる心筋細胞ではLIMP−2発現量が特に増加することを示唆している)という知見によって強調される。これらを総合すると、LIMP−2はID機能の新規媒介物質であり、IDおよび筋細胞が負荷増加状態に応答するのに不可欠な今までに同定されていなかったクラスの媒介物質に相当することが示唆された。
【0058】
(LIMP−2ヌルマウスは増加した負荷に対して異常な応答をする)
代償性のまま留まった肥大心と比較して、後に不全に進行する肥大心では、LIMP−2が特に増加した。これは、心臓LIMP−2発現が過剰負荷の早期分子サインであり得ることを示している。LIMP−2が過剰負荷に対する防御機構を構成することは、LIMP−2ヌルマウスを長期アンギオテンシンII注入による圧力負荷にさらした場合に、それらは心拡張および心臓線維症を発生させたが、心筋細胞肥大は極めてわずかであったという知見によって示唆される。ナトリウム利尿ペプチドが正常に誘導されたことは、LIMP−2ヌルマウスの心筋細胞が負荷増加状態を感知するにもかかわらず、アルファ−骨格アクチンの発現量の減少からも明らかなように、適当な肥大応答を開始することはできないことを示唆している。これは、LIMP−2が心負荷に対する正常な応答にとって不可欠であること、および負荷状態が代償機構の限度を超えた場合にLIMP−2発現量が著しく増加することを示唆している。これらの知見はヒトにも当てはまり、LIMP−2は臨床的に重度の圧負荷を持つ患者でもロバストに増加することが示されている。これらを総合すると、LIMP−2はIDの新規構成要素であり、正常な心機能というよりもむしろ負荷に対する応答にとって不可欠な、新規なタイプのIDタンパク質に相当するようである。
【0059】
(負荷に対するLIMP−2応答の機構)
圧負荷LIMP−2ヌルマウスにおいて、常態では隣接する筋細胞を組織化するように作用する心臓介在板の障害を特徴とする介在板異常が記録された。代償性LV肥大から心不全への移行時に起こる介在板のリモデリングが以前に示され、一方、介在板の構造の乱れは、ヒト、ハムスターおよびブタにおける拡張型心筋症に関連づけられている。LIMP−2はN−カドヘリンを結合することが示されたことから、このID構成要素を介したLIMP−2の役割が示唆される。実際、圧過負荷LIMP−2 KOマウスは電子顕微鏡法で異常な介在板を示し、そのN−カドヘリン分布が乱れていることから、アドヘレンスジャンクションの欠陥が示唆される。アドへレンスジャンクションの強さは、N−カドヘリンとβ−カテニンの間の結合アフィニティーによって決定され(Gumbiner et al.,2000)、それはβ−カテニンのリン酸化によって調節される。LIMP−2の喪失はこのN−カドヘリン/β−カテニン複合体を乱すことが、培養筋細胞におけるLIMP−2のノックダウンによって、インビトロで示された。筋原線維へのアドヘレンスジャンクションの結合を考えると、LIMP−2の喪失は形質膜をまたぐ力伝達の効率低下につながると予想される(Ferreira et al.,2002)。
【0060】
LIMP−2はβ−カテニンへのN−カドヘリンの適正な結合にとって不可欠であること、そして負荷状態ではこの役割が特に重要であることが示唆された。しかし、LIMP−2がβ−カテニンへのN−カドヘリンの結合を保証する正確な方法は、まだ解明されていない。LIMP−2は、2つの膜貫通ドメイン、細胞質ループおよび2つの内腔グリコシル化ドメインを含有する。リソソーム膜タンパク質はリソソームと形質膜の間を往復できることが知られ、形質膜においてLIMP−2はTSP1およびTSP2に結合することができる(データ未掲載)。このうち後者は興味をそそる。というのは、TSP2も心圧負荷に対する応答には不可欠であり、不全易発型のLV肥大において増加することが、以前に記録されているからである(Schroen et al.,2004)。これは、LIMP−2とTSP2がどちらも、心筋細胞が負荷に対する適応応答を開始するのに必要な複合体の一部であり得ることを示唆する。
【0061】
(考察)
本発明によれば、心筋が負荷増加状態に直面した時のIDの重要な媒介物質としての、LIMP2の新規な役割が明らかになった。この新規な生物学的洞察とは別に、不全に進行する寸前の肥大ラット心においてLIMP−2の発現量が上昇するという知見から、心筋細胞によるLIMP−2発現量の増加はそれらが負荷状態を正常化できないことを示しているという推測が導き出される。したがって、LIMP−2発現量の増加は、切迫した不全の現れであり得る。LIMP−2発現量は臨床的に重症な圧負荷を持つ患者でもロバストに増加し、形質膜に位置することが示されているので、LIMP−2は、今まさに圧力に屈しようとしている心筋を極めて初期の段階でいち早く同定するための分子イメージングにとって魅力的なターゲットになり得る。
【0062】
(実施例2)
TGF−ベータは心肥大の新規阻害因子クルッペル様因子15を抑制することによって心肥大を促進する
(材料と方法)
(トランスジェニックラット、左室生検材料および血行動態研究)
18匹の雄ホモ接合Ren−2ラットおよび5匹の同齢Sprague−Dawley(SD)(Moellegard Breeding Center,Lille Skensveld,Denmark)を調べた。3匹のRen−2ラットは、心不全の臨床徴候を認めて、10〜12週齢で屠殺し、この研究から除外した。残りの健常な15匹のRen−2ラットと5匹のSD対照から、10週齢時に、左室の生検材料を先に述べたように採取した。ラットを、上述のように、10、12、15、16、18、19および21週齢における一連の心エコーによって追跡した。9匹のRen−2ラットは、心不全の臨床徴候を認めて、15〜18週齢で屠殺し、これらを「心不全易発性」ラットと名付けた。残り6匹のRen−2ラットを監視し、21週時に屠殺したが、この時点で不全の臨床徴候は出現しておらず、これらを「代償性」ラットと名付けた。
【0063】
(マイクロアレイ解析)
SD対照4匹、代償性のまま留まったラット6匹、および心不全易発性ラット4匹のLV生検材料(10週齢時に採取したもの)から、先に述べたように全RNAを単離し、増幅した。次に、増幅されたcRNAをAffymetrixラット230 2.0 GeneChipにハイブリダイズさせた。SD対照、代償性ラットおよびHFラットの遺伝子転写物レベルを、Microarray Analysis Suite Softwareバージョン5.0(MAS5.0)で決定した。
【0064】
(レンチウイルスshKLF15の作製)
相補的なshKLF−15オリゴヌクレオチド(センス5’−GATGTACACCA
AGAGCAGC−3’およびアンチセンス5’−GCTGCTCTTGGTGTACAT−3’)をアニーリングし、それらを、消化したpLL3.7puroベクターDNA(Luk van Parijs,Department of Biology,Massachusetts Institute of Technology,Cambridge,USA)の厚意で提供されたもの)にクローニングすることにより、大腸菌DH5αコンピテント細胞を使って、レンチウイルスベクターを作製した。Qiagen Plasmid Midiキットを使ってコンストラクトを精製した。10%FCS、2mM L−Glut、10mM非必須アミノ酸、1mMピルビン酸ナトリウムおよびpen/strep抗生物質を添加したDMEMで、293FT細胞を培養した。レンチウイルス産生は、3μgのshKLFI5またはshTgfbr1/pLL3.7puroまたは空pLL3.7puroとパッケージングベクターとを293FT細胞にLipofectamine 2000(Invitrogen Life Technology,Breda,The Netherlands)で同時トランスフェクトすることによって行い、48時間後にウイルス含有上清を収集し、濾過し、瞬間凍結した。
【0065】
(新生仔ラット心室筋細胞実験)
以前記述されたように(Schroen et al.,2004)、1〜3日齢新生児ラット心臓の酵素的解離によって、新生仔ラット心室筋細胞(NRVM)を単離した。ゼラチン処理した6ウェルプレートで、10%ウマ血清(HS)、5%新生仔ウシ血清(NBCS)、グルコース、ゲンタマイシンおよび2%抗生物質/抗真菌剤を補足したDMEM/M199(4:1)培地中、1ウェルあたり5×105細胞の密度で、NRVMを培養した。shKLF15感染のために、NRVMを一晩培養し、翌日、shKLF15および空レンチウイルス対照ベクターに感染させ、ポリブレン(Sigma)で促進した。48時間後に、細胞を洗浄してベクターを除き、さらに48時間、ピューロマイシン選択下に置いた。次に細胞を、DMEM/M199(4:1)、グルコース、ゲンタマイシンおよび10%抗生物質/抗真菌剤中で、一晩、静止条件下に保った。翌日、培地を、DMEM/M199、グルコース、ゲンタマイシン、5%抗生物質/抗真菌剤、インスリン、L−カルニチンおよびBSAを含有する培地で置き換えた。1時間後にTGF−b(10ng/ml培地)を1時間加え、その後、RNeasyミニプロトコル(Qiagen)を使ってRNAを単離し、それを、KLF15またはBNPプライマー(F 5’−GCT GCT TTG GGC AGA AGA TAG A−3’、R 5’−GCC AGG AGG TCT TCC TAA AAC A−3’)によるSYBR Green定量PCRに供した。shKLF15のノックダウン効率は、空レンチウイルスベクターに感染させたNRVMにおけるレベルと比較して、約80%である。
【0066】
(MEF2ルシフェラーゼプロモーターアッセイ)
NRVMを上述のように単離した。ゼラチン処理した6ウェルプレートで、10%ウマ血清(HS)、5%新生仔ウシ血清(NBCS)、グルコース、ゲンタマイシンおよび2%抗生物質/抗真菌剤を補足したDMEM/M199(4:1)培地中、1ウェルあたり5×105細胞の密度で、細胞を培養した。shKLF15感染のために、NRVMを一晩培養し、翌日、shKLF15および空レンチウイルス対照ベクターに感染させ、ポリブレン(Sigma)で促進した。48時間後に、細胞を洗浄してベクターを除き、さらに48時間、ピューロマイシン選択下に置いた。Tataボックスおよびルシフェラーゼの上流にクローニングされた3つのMef2結合部位を含有するMef2レポータープラスミド(pGL2−3xMEF2−ルシフェラーゼ)を、一過性トランスフェクションによって、細胞に導入した。細胞を洗浄し、1ウェルあたり1.6μgのMEFコンストラクトをOpti−MEM I培地(Invitrogen)およびlipofectamine 2000、ならびに抗生物質非含有培地と一緒に加えた。翌朝、細胞を洗浄し、さらに2日間、通常の培養培地下に置いた。細胞を一晩、低血清条件(上記参照)下に保ち、翌朝、AngII(xグラム/ml)を4日間加えた。ルシフェラーゼアッセイプロトコル(Promega)を使ってルシフェラーゼアッセイを行った。
【0067】
(二重トランスジェニックマウスの作出)
TGFβRIのエクソン3の側面にlox−P部位を配置することによって作出されたTGFβRIf/fマウス(C57Bl/6バックグラウンド)(Sohal et al.,2001)を、α−MHCプロモーターの制御下にあるcre−リコンビナーゼを含有するマウス(C57Bl/6 FVBバックグラウンド)(MerCreMercre/wt(Larsson et al.))と交雑させて、TGFβRIfl/wtcre遺伝子を含有するヘテロ接合二重トランスジェニックマウスを作出した。次に、これらのマウスを、TGFβR1f/fマウスと戻し交雑して、C57Bl/6 FVBとC57BL/6の混合バックグラウンドにTGFβRIf/creおよびTGFβR1f/wcreを持つコロニーを得た。
【0068】
(DNA単離およびジェノタイピング)
ゲノムDNA精製キット(Promega)を製造者の指示に従って使用することにより、マウス尾からDNAを単離した。本発明者らは、TβRI floxマウスの遺伝子型を評価するために、以前記述されたように(Sohal et al.,2001)、3つのプライマー、5−ATG AGT TAT TAG AAG TTG TTT、3’−ACC CTC TCA CTC TTC CTG AGT、および3’−GGA ACT GGG AAA GGA GAT AACを用いるPCRを使用した。MerCreMer導入遺伝子を検出するために、本発明者らは、creから400bpフラグメントを増幅するプライマー5−CCT GGA AAA TGC TTC TGT CCGおよび5−CAG GGT GTT ATA AGC AAT CCCを使用した。
【0069】
(Cre組換えプロトコル)
心筋細胞においてα−MHC共役creリコンビナーゼを誘導するために、成体TGFβRIf/fcreおよびTGFβR1f/wtcre二重トランスジェニックマウスを、ミニ浸透圧ポンプ(ALZET、モデル200 1)の皮下挿入により、用量が1日あたり20mg/kgのタモキシフェン(Sigma)で、7日間にわたって処置した。タモキシフェン自体が心臓の形態および機能に何らかの影響を持つかどうかをチェックするために、一群の野生型マウスをタモキシフェンで処置した。タモキシフェンは10%エタノールおよび90%ポリエチレングリコール−400に溶解してから、短時間の超音波処理にかけた。マウスを2週間回復させてから、AngIIまたはビヒクルによる処置を行った。
【0070】
(ミニ浸透圧ポンプの皮下植込みおよびAngII注入)
体重24〜32gの両性のマウスを2.5%イソフルオランで麻酔した。滅菌条件下で、肩甲骨中央切開(midscapular incision)を施し、鈍的剥離によって皮下組織にポケットを作り、食塩水またはAngII(0.5mg/kg/日)を充填したミニ浸透圧ポンプ(ALZETモデル2004;ALZACorp,Palo Alto,California,USA)を挿入した。ミニ浸透圧ポンプの内容物は、4週間にわたって0.25μl/時の速度で、局所皮下腔に送達された。各群において、7〜9匹のマウスを実験に動員し、各群から少なくとも5匹のマウスが実験を完了した。離脱したマウスは、LVカテーテル挿入が成功しなかった3匹を除いて、いずれも麻酔が原因で死亡したためである。
【0071】
(心エコー法)
野生型、TGFβRI−/−およびTGFβR1−/+マウスにおいて、手術前および4週間のAngII注入後に、2.5%イソフルオラン麻酔下で、経胸壁心エコー法を行った。2D−心エコー法で標準像を得て、拡張末期内径および収縮末期内径を測定し、駆出率および短縮率を算出した。
【0072】
(血行動態測定)
ウレタンの腹腔内注射によってマウスを麻酔した。ミラー(1.4F)カテーテル(Millar Instruments Inc.,Houston,Texas,USA)を右総頚動脈に入れ、左心室内圧を測定するために左室内へと前進させた。体温は温度制御された手術台を使って37℃に維持し、直腸プローブで監視した。次に、マウスを30分間安定させてから、血行動態測定を行った。
【0073】
(組織調達および心筋形態計測)
血行動態測定に続いて、心臓を素早く切除し、0.9%塩化ナトリウム溶液で洗浄し、心房を取り除き、心室を細断した。RNAおよびタンパク質単離のために、試料を液体窒素中で瞬間凍結し、−80℃で保存した。組織学的分析用に、左室をパラホルムアルデヒド(1%)で固定し、パラフィンに包埋した。総コラーゲンを可視化するために、以前記述されたように、ピクロシリウス染色を行った。抗P38抗体を使った免疫染色を製造者の指示(Cell Signaling Technology,Leusden,the Netherlands)に従って行うことにより、P38の位置を特定した。
【0074】
(タンパク質単離およびウェスタンブロット法)
凍結した左室を破砕し、標準的プロトコルに従って(SantaCruz Biotechnology,Leiden,the Netherlands)、ラジオイムノアッセイ緩衝液中でホモジナイズした。ウェスタンブロット法は、TβRIに対する特異的抗体(1:1000)、総およびホスホ(P)−Smad2、総およびP−P38抗体(1:1000,Cell Signaling Technology,Leusden,the Netherlands)、P−Smad3抗体(1:5000,E.Leof教授およびM.Wilkes博士(Mayo Clinic Cancer Research(Rochester,Minnesota,USA))から厚意により供与されたもの)、コラーゲン1抗体(1:3000)およびIII抗体(1:500)(Abcam,Leusden,the Netherlands)を使って行った。
【0075】
(TGFβ1型受容体免疫組織化学)
心臓組織切片を脱パラフィンし、再水和抗原回復組織を一次抗体(ウサギ抗TGFβ受容体1(Santa Cruz SC−398))と共に一晩インキュベートし、次に、二次抗体(ヤギ抗ウサギ−ビオチン(DakoCytomation E0432)と共にインキュベートした後、それらをストレプトアビジン−セイヨウワサビペルオキシダーゼ(Renaissance TSA(商標)Biotin System,Perkin Elmer Precisely,Tyramide Signal Amplificationキット)で処理した。
【0076】
動物実験を伴う上述の試験プロトコルは全て、Maastricht Universityの動物実験委員会によって承認され、実験動物の管理および使用に関するオランダ法に記載の公定規則(NIHの規則と極めてよく似たもの)に従って行われた。
【0077】
(統計解析)
データを平均±SEMとして表す。AngII/TGFβ/shKLF15およびビヒクル処置動物および細胞の平均間の相違を比較するために、対応のないt検定を行った。≦0.05のP値を統計的に有意であるとみなした。
【0078】
(結果)
非近交系ホモ接合高血圧TGR(mRen2)27ラット(Ren−2)は、肥大から心不全への移行の研究を可能にすることが、以前に示されている(Schroen et al.,2004)。10週齢の時点で得た心筋生検材料を使って、どのラットが後に心不全に進行するかを変化した遺伝子発現によって予言することができるかどうかを調べた。
【0079】
これらの生検材料の発現プロファイリングにより、急速に不全へと進行する肥大心を特徴づけるクルッペル様因子15(KLF15)をコードする遺伝子の抑制が明らかになった。このことは、代償性LVHではKLF15がダウンレギュレートされるが、不全へと急速に進行する肥大心ではKLF15が有意に、より一層抑制されることを示すリアルタイムPCRによって確認された(図9A)。インサイチューハイブリダイゼーションは、KLF15の発現が心筋細胞において特にダウンレギュレートされることを示した(図9B)。これらの知見は、心臓ではKLF15が構成的に発現されるが、肥大においてはダウンレギュレートされるという、以前の観察結果を拡大するものである。心不全への移行に先だって起こるKLF15のより著しい抑制は、KLF15が重要な防御特性を持つという示唆をもたらした。KLF15の機能的役割を探るために、KLF15に対する低分子ヘアピンRNA(shRNA)を安定に導入した。肥大遺伝子プログラムの分子特徴であるBNPの自発的発現は、培養心筋細胞では、shRNAを媒体としたKLF15の抑制時に、10倍以上誘導された(図9C)。これは、KLF15の構成的存在が、肥大遺伝子プログラムの発現を防止するために重要であることを示唆している。
【0080】
並行して行われた研究では、KLF15ヌルマウスが圧負荷時に肥大および心機能喪失を発生させることが示され、不適応型LVHからの防御にとって構成的に発現されるKLF15は不可欠であることが強調された。
【0081】
KLF15が肥大遺伝子プログラムを抑止できる機構を探るために、MEF2の活性化におけるその役割を研究した。MEF2は、カルシニューリンおよびMAPK経路によって伝達される肥大シグナリングのターゲットであり、肥大遺伝子プログラムの極めて重要な転写活性化因子の一つであると認識されている。MEF2レポーターコンストラクトを使って、KLF15レベルの変化が、心筋細胞におけるMEF2活性に影響を及ぼすかどうかを検討した。このレポーターは、MEF2による刺激には弱くしか応答しない(Creemers,Olson未公表データ)。実際、アンギオテンシンIIに呼応してMEF2活性のごくわずかな増加が観察されたにすぎない。しかし、KLF15のノックダウンはMEF2活性を有意に増加させたことから(図9C)、KLF15はMEF2のリプレッサーとして作用することが示唆される。
【0082】
次に、心筋細胞においてどの機構がKLF15を抑制するのかを探ろうと試みた。そこで、心肥大の既知の媒介物質を、心筋細胞におけるKLF15発現を抑制するその能力についてスクリーニングした。培養心筋細胞では、TGFβが極めてロバストにKLF15を抑制し、TGFβの添加後は、KLF15の発現がほとんど完全に消失するほどだった。阻害RNAによるTGFβI型受容体のノックダウンはTGFβによるKLF15の抑制を防止したので(図10A)、そのI型受容体が関わる古典的なTGFβシグナリングは、この効果にとっては不可欠であることが証明された。
【0083】
そこで、インビボでのTGFβI型受容体によるKLF15の調節を検討するために、loxPが導入された(floxed)TGFβ受容体I型遺伝子をMerCreMer対立遺伝子と組み合わせて保有するマウスを作出した(これにより、creをタモキシフェンの投与によって心筋細胞で特異的に活性化することが可能になる)(Larsson et al.,Sohal et al.,2001)。これにより、胚におけるTGFβI受容体の喪失が持つ発生上の影響を避けつつ、成体マウスの心筋細胞で特異的にTGFβI型受容体を欠失させることが可能になった。肥大およびKLF15のダウンレギュレーションを惹起するために、上述のように長期アンギオテンシンII注入を行うことにより、これらのマウスにおいて高血圧を誘発した。全心臓ホモジネートのウェスタンブロット法により、TGFβI型受容体の有意なダウンレギュレーションが明らかになった(図10B)。免疫組織化学により、TGFβI型受容体の筋細胞特異的なダウンレギュレーションが確認され、全心臓ホモジネート中に見出されるTGFβI型受容体の残存シグナルを説明する他の細胞タイプにおけるこの受容体の発現が示された(図10C)。アンギオテンシンIIは野生型マウスではLVHを誘発したが、MerCreMer−TGFβI型マウスではLVHの発生が防止された(図10F)。WTマウスではアンギオテンシンIIが短縮率を低下させたが、MerCreMer−TGFβI型マウスでは短縮率は保たれたままだった。これは、心筋細胞からのTGFβI型受容体の喪失によって高血圧誘発性肥大および機能喪失が防止され得ることを示している。予想どおり、KLFI5の発現はWTマウスの肥大心では抑制されたが、この抑制はMerCreMer−TGFβI型マウスの心臓には存在しなかった(図10G)。これは、心筋細胞上のTGFβI型受容体が高血圧性肥大の発生にとって重要であると同時に、KLF15の抑制にとっても重要であることを示している。
【0084】
これらを総合すると、KLF15は、心筋細胞において心肥大の抑制因子としての役割を持つ初めてのクルッペル様因子である。KLF15はMEF2を阻害し、並行して行われた研究では、これがGAT4のような他の肥大促進性転写因子も同様に阻害することが示されている。したがって、KLF15の喪失は肥大遺伝子発現を極めてロバストに誘発し、有害な転帰に関係すると考えられる。したがってKLF15の抑制は、不全易発型肥大の発生における新規で極めて重要なステップであり得る。TGFβは極めてロバストにKLF15を抑制できることが示された。したがって、現在さまざまな分野で開発されているTGFβの阻害剤は、心肥大が心不全へと進行するのを防止するというような予想外の治療的潜在能力を持ち得る。
【0085】
(結論)
心臓は負荷および傷害に応答して肥大し、それはしばしば顕性心不全へと進行する。本発明によれば、サイトカインTGFβが肥大の新規阻害因子クルッペル様因子15(KLF−15)を抑制するという、この過程における新規な機構が明らかになる。TGFβI型受容体の喪失は、インビボおよびインビトロで、KLF−15の抑制ならびに心肥大および心不全の発生を防止する。心肥大を抑制するこの新規機構をTGFβは妨害することができるという知見は、TGFβシグナリングの阻害によって有害な形態の心肥大を防止するという刺激に満ちた可能性を切り開くものである。
【0086】
(実施例3)
心肥大の転写リプレッサー、クルッペル様因子15
本発明によれば、ジンクフィンガー転写因子であるクルッペル様因子−15(KLF−15)は、LV肥大の強力な転写リプレッサーであることが示された。遺伝子ターゲティング研究により、KLF15ヌルマウスは正常に発生するが、圧過負荷に応答して、心臓重量の増加、肥大遺伝子の発現量の増加、筋細胞サイズの増大を伴う左室内腔拡張、および左室収縮機能の低下を特徴とする過度の心肥大を発生させる。全体として、これらの研究は、インビボでのLV肥大におけるKLF15の役割を証明している。
【0087】
興味深いことに、KLF15は、いくつかの形態の病的肥大ではダウンレギュレートされるが、生理的肥大ではダウンレギュレートされないことから、KLF15は病的肥大の調節物質ではあるが、生理的肥大の調節物質ではないことが示される。KLF15が肥大に対抗するという事実、ならびにKLF15が病的肥大および心不全において有意にダウンレギュレートされるというもう一つの観察結果は、KLF15レベルの低下を防止することを狙った介入によって病的成長を防止し、さらには逆転させることさえできるかもしれないという刺激に満ちた可能性をもたらした。
【0088】
(インビボ実験)
病的肥大時のKLF15の喪失を防止することによって心臓の病的成長を制限し得るという魅力的な可能性を検証するために、心筋トロポニンIプロモーターの制御下に、組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)による遺伝子送達を使って、KLF15をマウス心臓で特異的に過剰発現させた(Vandedriessche et al.,2007)。特に、rAAV9ベクターは、静脈内投与後の数週間は心臓組織において導入遺伝子発現のロバストな増加を達成することが示されている。
【0089】
マウスに1×1010vgのAAV9−KLF15またはAAV9−GFPを静脈内注射した後、アンギオテンシンII(AngII)処置(4週間、浸透圧ポンプによる)によって肥大を誘発した。図11(上側の図)に示すように、KLF15は心臓で過剰発現された。目を引くことに、AAV9−KLF15遺伝子導入に割り当てられたマウスは、AngII刺激時に、AAV9−GFPを投与されたAngII処置マウスと比較して、有意に少ない肥大を発生させた。(図11、下側の図を参照。)これらのデータは、全体として、心筋細胞におけるKLF−15の強制的発現は、心肥大を減少させるのに十分であることを示している。
【0090】
(結論)
KLF15の喪失は、肥大の発生および心不全への移行における極めて重要なステップである。心臓におけるKLF15の過剰発現が病的肥大の発生を阻害するという観察結果は、肥大と続発する心不全とを防止するためにインビボでKLF15のダウンレギュレーションを防止するという戦略に関して刺激に満ちた可能性を切り開くものである。
【0091】
【表1】
【0092】
【表2A】
【表2B】
【表2C】
【表2D】
【表2E】
【表2F】
【0093】
【表3】
【0094】
[文献]
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Van Haaften et al., BMC Bioinformatics 7: onine, 2006-09-21.
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Larsson et al., Embo J. 20: 1663-1673
Vandendriessche et al., J. Thromb. Haemost. 5(1): 16-24, 2007.
【0095】
DNA配列KLF15ホモサピエンス
出典:NCBI
ホモサピエンスクルッペル様因子15、mRNA(cDNAクローンMGC:45113 IMAGE:5526657)、全cds。
アクセッション:BC036733
【化1】
【0096】
アミノ酸配列KLF15ホモサピエンス
出典:NCBI
ホモサピエンスクルッペル様因子15、mRNA(cDNAクローンMGC:45113 IMAGE:5526657)、全cds。
アクセッション:BC036733
【化2】
【0097】
LIMP−2ゲノム配列
網かけおよび下線の部分:他のエクソンの位置
下線の部分:選択されたエクソンの位置
>染色体:NCBI36:4:77298918:77354059:−1
【化3A】
【化3B】
【化3C】
【化3D】
【化3E】
【化3F】
【化3G】
【化3H】
【化3I】
【化3J】
【化3K】
【化3L】
【化3M】
【化3N】
【化3O】
【化3P】
【化3Q】
【0098】
LIMP−2転写物:
下線の部分:エクソン
【化4A】
【化4B】
【0099】
LIMP−2タンパク質配列
【化5】
【図1A】
【図1B】
【図1C】
【図2A】
【図2B】
【図2C】
【図2D】
【図2E】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
心不全を発症させる危険がある被検者を同定するための方法であって、
(a)前記被検者の生物学的試料において、1つまたは複数の生物学的マーカーのレベルを測定すること、
(b)前記生物学的マーカーのレベルを同じ生物学的マーカーの標準レベルと比較すること、および
(c)前記マーカーのレベルが心不全を発症させる危険を示しているかどうかを決定すること
を含み、前記生物学的マーカーがクルッペル様因子15(KLF−15)、リソソーム内在性膜タンパク質2(LIMP−2)、これらのフラグメント、および/もしくは、これらの変異体より選択され、ならびに/または、生物学的マーカーがKLF15をコードする遺伝子、LIMP−2をコードする遺伝子、これらのフラグメント、および/もしくは、これらの変異体より選択される方法。
【請求項2】
前記方法がインビトロで実施される請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記生物学的試料が血液、血漿、血清、心臓組織からなる群より選択される請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
標準レベルと比較して、低下したKLF15タンパク質レベルおよび/または低下したKLF15遺伝子発現レベルが心不全の発症の危険を示す請求項1、2または3に記載の方法。
【請求項5】
標準レベルと比較して、増加したLIMP−2タンパク質レベルおよび/または増加したLIMP−2遺伝子発現レベルが心不全の発症の危険を示す請求項1、2または3に記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5に記載の方法を実施するための診断キット。
【請求項7】
被検者の1つまたは複数の生物学的試料を受け取るための手段、および前記生物学的試料における1つまたは複数の生物学的マーカーのレベルを測定するための手段を含む、請求項6に記載のキット。
【請求項8】
心不全を防止または処置するための予防化合物または治療化合物を同定するためのスクリーニング方法における、KLF15タンパク質、LIMP−2タンパク質、KLF15をコードする遺伝子、LIMP−2をコードする遺伝子、前記タンパク質のフラグメント、前記タンパク質の変異体、前記遺伝子のフラグメント、および/または、前記遺伝子の変異体の使用。
【請求項9】
心不全を防止または処置するための予防医薬品用または治療医薬品用の医薬品を調合するための、KLF15タンパク質、LIMP−2タンパク質、KLF15をコードする遺伝子、LIMP−2をコードする遺伝子、前記タンパク質のフラグメント、前記タンパク質の変異体、前記遺伝子のフラグメント、および/または、前記遺伝子の変異体の使用。
【請求項10】
心不全を防止または処置するための予防医薬品用または治療医薬品用の医薬品を調合するための、KLF15タンパク質、LIMP−2タンパク質、KLF15をコードする遺伝子、LIMP−2をコードする遺伝子、前記タンパク質のフラグメント、前記タンパク質の変異体、前記遺伝子のフラグメント、および/または、前記遺伝子の変異体のモジュレーターの使用。
【請求項11】
前記モジュレーターがTGFβの阻害剤である請求項10に記載の使用。
【請求項1】
心不全を発症させる危険がある被検者を同定するための方法であって、
(a)前記被検者の生物学的試料において、1つまたは複数の生物学的マーカーのレベルを測定すること、
(b)前記生物学的マーカーのレベルを同じ生物学的マーカーの標準レベルと比較すること、および
(c)前記マーカーのレベルが心不全を発症させる危険を示しているかどうかを決定すること
を含み、前記生物学的マーカーがクルッペル様因子15(KLF−15)、リソソーム内在性膜タンパク質2(LIMP−2)、これらのフラグメント、および/もしくは、これらの変異体より選択され、ならびに/または、生物学的マーカーがKLF15をコードする遺伝子、LIMP−2をコードする遺伝子、これらのフラグメント、および/もしくは、これらの変異体より選択される方法。
【請求項2】
前記方法がインビトロで実施される請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記生物学的試料が血液、血漿、血清、心臓組織からなる群より選択される請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
標準レベルと比較して、低下したKLF15タンパク質レベルおよび/または低下したKLF15遺伝子発現レベルが心不全の発症の危険を示す請求項1、2または3に記載の方法。
【請求項5】
標準レベルと比較して、増加したLIMP−2タンパク質レベルおよび/または増加したLIMP−2遺伝子発現レベルが心不全の発症の危険を示す請求項1、2または3に記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5に記載の方法を実施するための診断キット。
【請求項7】
被検者の1つまたは複数の生物学的試料を受け取るための手段、および前記生物学的試料における1つまたは複数の生物学的マーカーのレベルを測定するための手段を含む、請求項6に記載のキット。
【請求項8】
心不全を防止または処置するための予防化合物または治療化合物を同定するためのスクリーニング方法における、KLF15タンパク質、LIMP−2タンパク質、KLF15をコードする遺伝子、LIMP−2をコードする遺伝子、前記タンパク質のフラグメント、前記タンパク質の変異体、前記遺伝子のフラグメント、および/または、前記遺伝子の変異体の使用。
【請求項9】
心不全を防止または処置するための予防医薬品用または治療医薬品用の医薬品を調合するための、KLF15タンパク質、LIMP−2タンパク質、KLF15をコードする遺伝子、LIMP−2をコードする遺伝子、前記タンパク質のフラグメント、前記タンパク質の変異体、前記遺伝子のフラグメント、および/または、前記遺伝子の変異体の使用。
【請求項10】
心不全を防止または処置するための予防医薬品用または治療医薬品用の医薬品を調合するための、KLF15タンパク質、LIMP−2タンパク質、KLF15をコードする遺伝子、LIMP−2をコードする遺伝子、前記タンパク質のフラグメント、前記タンパク質の変異体、前記遺伝子のフラグメント、および/または、前記遺伝子の変異体のモジュレーターの使用。
【請求項11】
前記モジュレーターがTGFβの阻害剤である請求項10に記載の使用。
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8A.8B】
【図8C】
【図9A】
【図9B】
【図9C】
【図9D】
【図10A.10B】
【図10C−10E】
【図10G】
【図11】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8A.8B】
【図8C】
【図9A】
【図9B】
【図9C】
【図9D】
【図10A.10B】
【図10C−10E】
【図10G】
【図11】
【公表番号】特表2010−504089(P2010−504089A)
【公表日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−528743(P2009−528743)
【出願日】平成19年9月25日(2007.9.25)
【国際出願番号】PCT/EP2007/060173
【国際公開番号】WO2008/037720
【国際公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【出願人】(506119165)ユニフェルジテイト・マーストリヒト (4)
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITEIT MAASTRICHT
【Fターム(参考)】
【公表日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年9月25日(2007.9.25)
【国際出願番号】PCT/EP2007/060173
【国際公開番号】WO2008/037720
【国際公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【出願人】(506119165)ユニフェルジテイト・マーストリヒト (4)
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITEIT MAASTRICHT
【Fターム(参考)】
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