説明

患者の意識レベルの可聴化

患者の意識レベル(すなわち、催眠状態及び/又は麻酔のレベル)を音で表す。BIS指標値など、患者の意識レベルの測定値を求めて、音声信号をその測定値から合成し、次いで、スピーカを通して出力する。その音声信号のボリューム及びピッチの両方を、表されているBIS値に応じて変化させてもよい、その結果、臨床医は、単にBIS可聴化音を聞くだけで、表示された患者の意識レベルを求めることができる。音声信号は第1音声成分及び第2音声成分を有してもよい。第1成分は前回の測定値を表し、第2成分は現在の測定値を表す。音声信号の振幅又はピッチを変調して、患者の痛覚欠如又は麻痺の状態を表してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、患者の意識レベルの監視技術全般に関する。本発明は特に、臨床医が患者の意識レベルを音で監視できるように、その意識レベルを表す信号を可聴化する方法及び装置を対象とする。
【背景技術】
【0002】
[以下は先行技術の単なる参照に過ぎず、いかなる国においても、そのような先行技術が、適確な先行技術、又は当該技術分野においてありふれた一般的な知識を構成することを認めるものではない。]
【0003】
手術又はその他の形態の集中治療を受ける患者は適切なレベルの催眠状態又は麻酔状態にして、その患者が、その処理に関連する、精神的外傷を残すような経験でストレスを受けること、その経験を認識すること、及びその経験を想起することを防がなければならない。麻酔専門医などの臨床医は、そのような処置の間、その他に麻酔薬と鎮静剤とを投与するとき、患者の催眠状態及び/又は麻酔のレベルを継続的に監視して管理しなければならない。もし患者の意識レベルが高すぎれば、その患者が意識を回復し、又は、その処置における、精神的外傷を残すような状況を記憶に残すおそれがある。
【0004】
更に、患者を処置から戻すとき、その意識レベルの監視が必要である。なぜなら、急速な「覚醒」は有害になりかねない一方、遅い覚醒は麻酔薬の不必要に過剰な投与につながりかねないからである。
【0005】
心肺蘇生(CPR)の主目的は患者の脳の機能を維持することにあるので、患者にCPRを行うときにも、その患者の脳の活動レベルを監視することが多くの場合に望ましい。これらの状況では、患者の意識レベルの監視が困難を伴うことがあり、少なくとも、臨床医又は救急救命士が脳以外の機能から注意を逸らさずには、その監視はできない。
【0006】
この明細書の全体を通して、患者の「意識レベル」という用語は、その患者の催眠状態及び/又は麻酔のレベルを意味するものとする。
【0007】
以下では、矛盾しない限り、患者の「催眠レベル」、「催眠状態」などは、その患者の意識及び記憶力が低下したレベル、例えば無意識又は意識下である状態を意味することが理解されるであろう。同様に、以下では、矛盾しない限り、患者の「麻酔のレベル」は、その患者の認識力の低下若しくは欠如、又は外部刺激に対する無意識を意味することが理解されるであろう。
【0008】
低レベルの催眠状態では、患者の身体的な兆候、及び、例えば声や接触に対する反応を観察することによって、その患者の催眠状態を間接的に判定することができる。しかし、これらのような判定手法には、患者が反応できない状況では使えないという深刻な制限がある。これらの手法が使える状況であっても、その判定自体に起因する刺激が患者を覚醒させるかもしれない。いずれにしても、これらのやり方は、患者の催眠状態の主観的で、かつ瞬間的な判定でしかない。
【0009】
これらの制限を克服する目的で、催眠状態の客観的な測定値を、継続的に、かつ患者を煩わせることなく獲得するための手段の開発が試みられている。この目的に有用な測定の1つが、表面脳電図(EEG)である。EEGは、患者の大脳皮質によって生じた脳の活動の総和を表す、複雑な波形の生理学的信号である。
【0010】
患者のEEGが一般に、患者の意識がはっきりしている間における小振幅の高周波信号から、患者が深く麻酔をかけられているときにおける大振幅の低周波信号まで変化するということは、一般に認められている。報告されている、種々の催眠レベルを表すEEGが図1A〜図1Dに示されている。EEGはまた、患者の筋肉活動の欠如(麻痺)及び痛みの欠如(無痛覚)の程度に関する表示を与えるのにも利用できる。
【0011】
臨床医に患者の催眠状態に関する情報を与える目的で、EEG測定に基づく患者の催眠状態の定量的な測定値を所定の時点に与えるための種々の指標が開発されている。そのような指標の1つがBispectral Index(BIS)である。患者のBISを示す値は0から100までの数であり、その患者の催眠レベルを示す。100に近いBIS値は、患者が「覚醒した」臨床状態にあることを示す一方、約10より低いBIS値は、測定された脳活動が消失して等電位のEEGに到ることを示す。従って、このように低いBIS値は、非常に深い催眠状態を示す。BIS指標はまた、患者の麻痺及び/又は痛覚欠如のレベルの表示にも利用できる。
【0012】
BIS値又は同様な指標に基づく患者の催眠状態の測定値は、現在、数字やグラフによる視覚的な表示によって、臨床医に提示されている。そのような数字やグラフによる表示の重大な欠点は、その表示の有用性、すなわち、その表示に表されている情報の価値が、患者の要求に気を配りながらも、提示された情報を度々目で監視できるという臨床医の能力に左右されるということである。状況によっては、そのような視覚的な表示を適切に監視することは、臨床医にとって困難であり、又は不可能である。従って、臨床医が患者の意識レベルの重要な変化を見落とすおそれがあり、極端な場合、患者が侵襲的な医療処置をかなりのレベルで認識し、又は想起することにつながりかねない。
【0013】
患者の意識レベルが所定の範囲から外れた場合に警報を発するシステムは、既に提案されている。しかし、そのような警報システムは、患者の意識レベルの推移に関する情報を連続的に提供することはしない。
【0014】
「可聴化(ソニフィケーション)」という用語は一般に、音で表されるべきパラメータの測定値に応じた音声信号の生成を記述するのに用いられる。国際特許出願WO03/017838には、呼吸動作の可聴化が開示されている。その方法では、異なるピッチの音を用いて、呼吸流量や二酸化炭素濃度等、測定された呼吸に関するパラメータの異なるレベルが表されている。
【0015】
特許文献1には、生理学的なデータ、特に、血中酸素濃度計の示度値を可聴化するための方法及び装置が開示されている。音声信号は、脈拍ごとに、酸素濃度計の示す測定値に応じて生成される。その測定値が、ある範囲内に予め定められた複数の転移点の1つに一致した場合、その転移点に対応する周波数の音が生成される。1対の転移点の間に位置する示度値に対しては、デュアルトーン信号が生成される。デュアルトーン信号は2つの周波数成分を有し、各成分の振幅が、一対の転移点のそれぞれに対する示度値の近さに応じたファクターで変調されている。この可聴化システムについては評価データが示されていないが、周波数の間隔が狭い音や異なる振幅の音を、特に典型的な脈拍の速さで聞き分けることの難しさに臨床医が気付くように思われる。
【特許文献1】米国特許第6947780号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
可聴化の概念は知られているが、現在のところ、可聴化の成功を保証する方法はない。このことは、現在に至るまで、可聴化が成功裡に利用されたのがわずかであることから明らかである。
【0017】
可聴化は、容易に測定可能な生理学的動作又はパラメータの表現に対しては、容易に適用される。パルス酸素濃度計の可聴化において用いられる、酸素飽和度又は心拍数などのパラメータには通常の範囲があり、臨床医は、これらのパラメータがその範囲にあることを期待する。意識レベルについては、可聴化に特に適しているとして広く認められ、かつ測定が容易である患者の催眠状態の定量的測定値が、従来はなかった。更に、意識レベルは個々の瞬間に依存するだろう。意識レベルは通常、グラフで視覚的に表され、警報で補われている。研究では、多くの警報がしばしば無視され、又は、うるさいものと見なされていることが示されている。
【0018】
外科的処置の間では、複数の生理学的パラメータが音で表示されて監視されるかもしれないので、異なる音声出力が容易に識別可能であることが重要である。それぞれの可聴化は、それが表すデータを、背景音に抗して効果的に伝えるように設計されなければならない。場合によっては、会話、警報、又は他の可聴化音などの他の音が重要な情報を与えるので、データを音に変換する新たな可聴化の設計は非常に困難な課題である。
【0019】
一見、意識レベルの可聴化には、特に利点があるようには見えない。外科的処置の間、外科医による手術中に起こっていることに患者が気づかないことが望ましい。これは、通常、意識を表す尺度上の中央の範囲によって示される。その選択された範囲から患者が外れた場合にのみ、臨床医は意識に関する情報を必要とする。それ故、設定された境界の外に患者が移ったときを示すように、警報は用いられている。可聴化は連続的な音でデータを表すので、正常な状態を表すのに可聴化を使用することは通常、余分な雑音を加えて、パルス酸素濃度計等、他の可聴化と競って注意を引くことになる。ほとんどの処置において、患者は大部分の時間を無意識状態で過ごすので、連続的なフィードバックを与える可聴化は、手術室内のスタッフの気を過度に散らすことになるであろう。
【0020】
以上の理由により、患者の意識レベルの表示には、可聴化は従来、採用されていない。
【0021】
しかし、外科的処置が終了し、患者が無意識から脱しつつあるときには、意識の程度が安定して上昇することが重要である。この点において、患者が回復しつつあることを臨床医に確認させるための変化の速さに関する情報、更に、患者の意識が戻る速さに関する情報があることが望ましい。
【0022】
本発明の目的は、患者の意識レベルを音で監視できるように、その意識レベルを表す信号を可聴化するための方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0023】
一つの広い態様において、本発明は、患者の意識レベルを音で示す方法を提供する。その方法は、
(a)患者の意識レベルを表す測定値、典型的には患者のBIS値を求めるステップ、
(b)その測定値から音声信号を合成するステップ、及び、
(c)その音声信号を出力するステップ、
を有する。
ステップ(a)〜(c)は周期的に繰り返される。
【0024】
音声信号の可聴特性の少なくとも1つは、患者の意識レベルに依存させる。それにより、臨床医は、単にBIS値の可聴化音を聞くだけで、患者の意識レベルの示度を取得できる。すなわち、従来の方法とは異なり、視覚的に表示された情報を臨床医に調べさせるために、彼等が行っている他の作業を中断させる必要がない。
【0025】
患者の意識レベルに関する情報を表す音声出力信号の可聴特性は、振幅(ラウドネス又はボリューム)、周波数(ピッチ)、信号の持続時間、音系列、ピッチの繰り返し及び/又は変動の系列、及びそれらの組み合わせ、並びに、ビブラート、トレモロ、クレッシェンド、ディミヌエンド、エコーなどの効果を含んでもよい。尚、それらに限られるわけではない。典型的には、音声信号の周波数(ピッチ)及び/又は振幅(ボリューム)を、BIS値に応じて変化させる。音声信号はまた、2つ以上の周波数(ピッチ)の組み合わせを有してもよい。その場合、それら2つ以上の周波数の組み合わせによって生成される音声信号の音質には、別の可聴特性を持たせる。
【0026】
BIS指標が患者の意識レベルの測定値として用いられる場合、音声信号によって臨床医に音で示された情報は、患者の現在のBIS値、又は、患者の現在の催眠状態が属するBIS値の範囲を示す。本発明は、BIS指標を用いた操作には限られず、EEG測定値又はその他の生理学的パラメータのいずれに基づくかにかかわらず、患者の意識レベルの同様な又は類似の測定値を用いた操作であってもよい。
【0027】
臨床医は、患者に対して所望の意識レベルを定義してもよい。本発明がBIS指標を用いる場合、その所望の意識レベルがBIS値の範囲によって特定されてもよい。医療処置に適した程度に麻酔がかけられた患者にとって望しい催眠状態では、BIS値が、典型的には、約45〜約75の間であろう。
【0028】
好ましくは、患者の意識レベルが所望の範囲内にあるとき、合成された音声信号の振幅を、ほとんど聞き取れない程、小さくする。しかし、患者の意識レベルが変化して、定義された所望の範囲から外れたとき、合成された音声信号の振幅を可聴域まで増大させて、臨床医にその変化を警報として伝える。
【0029】
患者のBIS測定値は、所望のBIS値の範囲から上下し得る。本発明の実施形態の一つでは、BIS値が所定の範囲から外れる程度に応じて(すなわち、その所定の範囲より上か下かに関わらず)、音声信号の振幅を増大させる。それにより、音声信号のボリュームで、臨床医に、患者の意識レベルが所望の範囲から外れている程度を示す。その他に、別の音のパラメータ(例えば周波数又は音質)を利用して、患者の意識レベルが所望の範囲から外れている程度を示してもよい。
【0030】
BIS値が所定の範囲から外れた程度を示すのに振幅を用いる実施形態では、その外れた量にラウドネスの変化を、線形、非線形、階段状、又はその他のいずれの関係で依存させてもよいが、好ましくは等ラウドネス関係で依存させる。あくまでも例示にすぎないが、等ラウドネス関係が利用される場合、患者のBIS値が75から76に変化するときに臨床医によって識別されるボリュームの増大量は、74から75への変化に伴って識別されるボリュームの増大量と同じである。
【0031】
患者の意識レベルが所望の範囲の上下のいずれに外れたのかを臨床医に示す目的で、音声信号の周波数をそれに応じて変化させてもよい。例えば、患者の意識レベルが所望の範囲より上に外れれば、音声信号を比較的高い可聴周波数(すなわち、比較的高いピッチ)にする。逆に、患者の意識レベルが所望の範囲より下に外れれば、音声信号を比較的低いピッチにする。
【0032】
患者の痛覚欠如及び/又は麻痺の状態に応じて音声信号を変調することは有利である。それによって変調された音声信号は、臨床医に、意識レベルに加えて、患者の感じている痛みのレベルを音で示す。実施形態の一つでは、臨床医にとって望しいレベルよりも高いレベルの痛みを患者が感じ始めれば、そのことを、音声信号におけるトレモロ(すなわち、ボリュームの急激な上げ下げ)で臨床医に示してもよい。同様に、患者の麻痺レベルが臨床医にとって望しいレベルから変化すれば、そのことを、音声信号におけるビブラート(すなわち、ピッチの急激な上げ下げ)で示してもよい。患者の痛覚欠如のレベルが、臨床医の意図した、又は臨床医にとって望しいレベルから外れた程度を、そのトレモロの大きさで示してもよく、患者の麻痺レベルが、臨床医の意図した、又は臨床医にとって望しいレベルから外れた程度を、そのビブラートの大きさで示してもよい。
【0033】
典型的な外科的処置では、臨床医によって患者の他の生理学的パラメータの監視に利用される視覚的な表示など、患者を監視するための他の表示と同時に、かつ、それと連動して、合成された音声信号を出力してもよい。また、医療環境で検出される他の警報や背景雑音のみならず、患者のパルス酸素濃度計の示度値、呼吸(「呼吸の可聴化音」)、血圧(「血圧イアコン」)に関する情報を与える音による表示など、音による他の表示と同時に、かつ、それと連動して、合成された音声信号を出力してもよい。合成された音声信号は、他の音による表示とは聴覚で識別可能であるので、そのように複数の音による表示が同時に生じたときであっても、臨床医はそれらを聴き取り、識別し、理解できる。
【0034】
臨床医に、合成された音声信号を、音による他の表示及び雑音から更に容易に識別させるために、合成された音声信号に音声パルスを複数持たせてもよい。好ましい実施形態では、音声信号は、間隔の空いたダブルパルス(すなわち、2つの異なる音声パルス)を有する。音声信号の「ダブルパルス」特性は、その音声信号を他の音声から識別するのに更に役立つ。
【0035】
ダブルパルスを利用する実施形態では、好ましくは、2番目のパルスを最初のパルスの後端のすぐ後に続けることで、それら2つのパルスが関連して同じ音による表示の各部を構成することを明らかにする。それらのパルスは同一でなくても、両方とも「競合する」音による表示及び雑音からは適切に識別可能である。
【0036】
ダブルパルスの形で音声信号を利用する実施形態では、両方のパルスを同じにして、それらのパルスに符号化された情報が臨床医に正しく理解されることを確実にしてもよい。特に、最初のパルスで臨床医の注意を引き、臨床医がその最初のパルスからは情報を識別できない場合には、2番目のパルスでその情報を確実に伝えるようにしてもよい。
【0037】
ダブルパルスの形で音声信号を利用する他の実施形態では、特に、患者の意識レベルに関する情報の履歴又は傾向の提供が望まれる場合、それら2つのパルスを異なるものにしてもよい。例えば、最初のパルスで前回の測定値を表す一方、2番目のパルスで現在の測定値を表してもよい。それら2つのパルスの間で周波数を変えることにより、患者の意識レベルの変化の速さを音で示してもよい。例えば、患者の意識レベルのBIS値が、前回読み取ったときの値よりも高い場合、それらのパルスの2番目に、最初のパルスより高い周波数(すなわち、ピッチ)を持たせてもよい。従って、患者の意識レベルのBIS値が、前回読み取ったときの値よりも低い場合には、2番目のパルスは最初のパルスよりピッチが低い。それ故、(但し、必然ではない)異なる周波数で異なるBIS値又はBIS値の範囲を表すように、音声出力のピッチはBIS値と直接相関する。
【0038】
実施形態によっては、音声出力のパルスを臨床医に送出する速さ、すなわち音声出力のパルスの時間間隔を、患者の意識レベルの変化の速さに比例して変化させてもよい。
【0039】
救急車、緊急処置室、及び集中治療室など、背景雑音や他の雑音が大量に存在する環境では、音声信号を臨床医にイヤホンで伝えてもよい。これは、他の音による表示用の信号の伝達に用いられるイヤホンと同じであっても、別であってもよい。
【0040】
別の広い態様において、本発明は、患者の意識レベルを音で示す装置を提供する。その装置は、
患者の意識レベルを表す測定値を受信する入力部、
その測定値から音声信号を合成する音声シンセサイザ、及び、
その音声信号を出力するスピーカ、
を有する。
その音声信号の可聴特性の少なくとも1つで患者の意識レベルの測定値を示す。
【0041】
その音声シンセサイザは、患者の痛覚欠如又は麻痺の検出レベルに応じて、音声信号の振幅及び/又は周波数を変化させる手段を、適宜含んでもよい。
【0042】
典型的には、その音声シンセサイザはコンピュータの一部であり、音声信号はコンピュータのソフトウェアによって合成される。
【0043】
本発明の装置は、ユーザインターフェースを搭載して、臨床医に、所望のボリュームレベル、ピッチレベル、その他、ユーザの好みに合った設定(例えば、履歴による傾向に関する情報と、現在の催眠状態に関する情報のみとのいずれが提示されるべきか)と共に、所望の催眠状態を示すBIS値の範囲、麻痺及び/又は痛覚欠如の所望のレベルを、他のものの中から選択させてもよい。そのユーザインターフェースは典型的には電子制御装置である。
【0044】
本発明が更に良く理解されて実施されることを目的として、以下、添付の図面を参照しながら、本発明の好ましい実施形態について説明する。但し、それはあくまでも例示にすぎない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0045】
本発明では、患者の意識レベルの測定値が音声信号によって音で表現される。以下に説明する好ましい実施形態においては、利用される意識レベルの測定値がBIS指標であるので、音による意識レベルの表現をBIS可聴化という。しかし、患者の意識レベルの他の測定値を利用してもよいことは理解されるであろう。
【0046】
本発明の実施に用いられる装置は、典型的にはコンピュータ又は他の信号処理装置(図示せず)であり、EEGの示度値から得られる信号の受信に適合した入力部を持つ。これらの信号は患者の意識レベルの測定値である。そのコンピュータ又は他の信号処理装置は、各示度値に応じて音声信号を合成するようになっている。このプロセスはしばしば、受信された信号からBIS可聴化による音声出力への「マッピング」と呼ばれる。典型的には、その音声信号はソフトウェアによって合成される。音声信号を合成するための装置は当該技術分野では知られているので、本明細書においてその詳細を説明する必要はない。
【0047】
音声信号はスピーカで、又はイヤホンを通して出力される。そのスピーカは、コンピュータに設置されても、離れた場所に設置されてもよい。
【0048】
好ましい実施形態では、受信される信号の形式は、患者のBIS値又はBIS値の範囲を表す。他の実施形態では、受信される信号が別の「未処理」の形式であってもよく、コンピュータが、受信された信号から、患者のBIS値又はBIS値の範囲を表す信号への変換に必要な処理を実行する。そのコンピュータはまた、前回受信された信号を記憶するためのメモリを含んでもよく、それにより、患者の意識レベル、すなわち、患者の催眠状態及び/又は麻酔のレベルに関する情報の履歴及び傾向を提供できる。これらの信号は、BIS値として、又は他の形式で記憶されてもよい。
【0049】
好ましい実施形態では、音声信号は、第1音声成分及び第2音声成分を有するダブルパルスとして合成される。各音声成分は、短いビープ音ではなく、比較的長い音である。第1音声成分は、患者の意識レベルの直前の測定値を表し、第2音声成分は、患者の意識レベルの現在の測定値を表す。こうして、臨床医は、患者の意識レベルの変化を容易に検出できる。
【0050】
図2は、医療環境においてよく提示される、多くの典型的な音による表示用の音声出力の振幅特性をグラフにプロットして示している。各音による表示の振幅特性は時間の関数としてマップされる。図2(a)、図2(b)、図2(c)、及び図2(d)は順に、パルス酸素濃度計の示度値を表す音声信号、呼吸の可聴化音、血圧イアコン、及び、好ましい実施形態によるBIS可聴化音を示す。図2(e)は、図2(a)〜(d)に表された各振幅特性を互いに重ね合わせたものを示す。
【0051】
図2(e)からは、たとえ、これらの表示がすべて同時に生じても、臨床医が異なる表示を識別できるほど、各表示の振幅特性が十分に特徴的であることがわかるであろう。血圧イアコン(多くの場合、他の表示より大きな振幅を示す)が、BIS可聴化音と一緒に生じる場合、BIS可聴化音のパルスを繰り返すことは、BIS可聴化音を臨床医に確実に聞かせるのに役立つ。BIS可聴化による表示と他の表示との間の別の相違点、例えば他の音声パラメータ(ピッチ、音質など)についての相違点もまた、BIS可聴化による表示を他の表示から識別するのに役立つであろう。
【0052】
好ましい実施形態では、例えば図3に示されている通り、音声信号は、その振幅(すなわち、ボリューム)及び周波数(すなわち、ピッチ)がBIS値に比例するように合成される。音声信号の周波数(すなわち、ピッチ)は、(実線で示されているように)BIS値に対してほぼ線形に変化する。より具体的には、患者のBIS値が低いとき(0付近)、BIS可聴化音は(可聴域の中でも)比較的低い出力周波数で生成される。患者のBIS値が増加するに従って、BIS可聴化音の出力周波数は患者のBIS値の線形関数として増加し、患者のBIS値の最大値100まで増加する。他の好ましい実施形態においては、BIS可聴化音は、患者のBIS値に応じて階段状に変化してもよい。
【0053】
(図3に破線で示されている)音声信号の振幅は、患者のBIS値の非線形関数として変化する。この曲線は、等ラウンドネス曲線を近似的に表す。患者のBIS値が、臨床医によって定義された所望の範囲内にあるとき、BIS値の可聴化による音声信号のボリュームは最小になる。好ましい実施形態では、患者のBIS値がこの所望の範囲内(「A」で印されている)にあるとき、BIS可聴化音のボリュームは、臨床医に聞こえる最小レベル(Vmin)より小さくなるので、BIS可聴化音は臨床医には聞こえない。しかし、患者のBIS値が所望の範囲から外れると、BIS可聴化音のボリュームは、臨床医に聞こえる最小レベルより大きく増加するので、BIS可聴化音は臨床医に聞こえる。典型的には、BIS値が所定の範囲から外れた程度に応じてボリュームは増加する。
【0054】
患者のBIS値が所望の範囲から(いずれかの方向に)わずかに外れたとき、ボリュームの初期の増加はかなり小さい。このことは、その所望の領域のいずれのすぐ外側でも破線が比較的平坦であることに表れている。しかし、患者のBIS値がその所望の範囲から更に外れるに従って、ボリュームの増加率は著しく上昇する。このことは、破線がその所望の領域から外れるに従って、その破線の勾配が増大することに表れている。患者のBIS値が更に外れると、BIS可聴化音のボリュームは平坦、すなわち横ばい状態になってもよい。万一、患者のBIS値が所望の領域より著しく増大した場合に、横ばい状態を患者の催眠状態の減少及び意識の初期段階に対応させてもよい。従って、患者が意識を回復しつつあるときに、BIS可聴化音のボリュームを更に増加させて臨床医に警報を与えなくてもよい。
【0055】
逆に、患者のBIS値が所望の領域より著しく減少したとき、横ばい状態になるのを、BIS値が増大した場合よりも多少遅くしてもよい。それにより、患者の催眠状態が回復する度合いに合わせて緊急性の度合いが増す警報を臨床医に与えるために、患者のBIS値が所望の領域より著しく減少したときは、患者のBIS値が所望の領域より増大した場合よりも、BIS可聴化音のボリュームを長時間、増大させ続けてもよい。このことはまた、ピッチと振幅との間に生じる知覚上での相互作用を補償する。それでもやはり、患者のBIS値が減少し続けるときにボリュームを横ばい状態にしてもよい。それにより、BIS可聴化音の音量は過大にはならず、臨床医が他の音による表示などを監視することを妨げるおそれがない。
【0056】
患者の意識レベルが予想外に変わるときに、上記の実施形態は臨床医の注意を引きつける。処置の間、患者は無意識であるように意図されているが、その意識レベルが上昇し、又は変動するとき、生成された音がその予想外の変化に臨床医の注意を引く。このように、その生成された音は、情報を伝達する警報として機能する。その生成された音は、予想外の事態の種類及びその重大さに関する情報を与える。処置の終わりに意識レベルが上昇して患者が目を覚ます場合、その音は臨床医に、患者の状態の予想された変化を確認させるように機能する。この可聴化音はまた、既存の可聴化音及び警報をかき消すことも、それらによってかき消されることもなく、それらとともに機能するように設計される点でも革新的である。
【0057】
好ましい実施形態の更なる利点は、音声信号を変調して、患者の痛覚欠如の現在のレベルを音で示すことができることにある。これは、その信号の振幅を変調することによってトレモロ効果を生成するようにして行われてもよい。
【0058】
図4は、BIS可聴化において、トレモロを使って患者の痛覚欠如の現在のレベルを表示する方法をグラフで示している。図4(a)は、患者が「正常に」覚醒した臨床状態にあって、その患者が感じる痛みのレベルが低い(痛覚欠如のレベルが十分であることを示す)ときに典型的なBIS可聴化音の振幅特性を示す。先に図3を参照しながら説明した理由により、患者の覚醒によってBIS値が比較的高いときは、図4(a)に表されている、患者のBIS可聴化音の振幅(すなわち、ボリューム)は比較的大きい。また、患者の感じる痛みのレベルが低いので、図4(a)に表示されたトレモロ(すなわち、ボリュームの急激な変化)の量は小さい。
【0059】
対照的に、図4(b)は、患者が覚醒した臨床状態にあって、その患者が感じる痛みのレベルが高い(痛覚欠如のレベルが不十分であることを示す)ときに典型的なBIS可聴化音の振幅特性を示す。患者の感じる痛みのレベルは、比較的大きいトレモロで表示されることによって、BIS可聴化音から認識可能である。
【0060】
図4(c)は、患者の催眠状態、すなわち意識レベルが、臨床医によって定義された所望の範囲内にあり、その患者の痛覚欠如のレベルが十分であるときにおけるBIS可聴化音の振幅特性を示す。これに表されているように、BIS可聴化音の振幅は臨床医に聞こえる最小レベルよりも小さく、トレモロのレベルは小さい。
【0061】
最後に、図4(d)は、患者の催眠状態は所望の範囲内にあるが、痛覚欠如のレベルは不十分であるときにおけるBIS可聴化音の振幅特性を示す。これに表されているように、BIS可聴化音の振幅は一般に、臨床医に聞こえる最小レベルよりも小さいが、(患者の感じる痛みを示す)トレモロの量は、BIS可聴化音を臨床医の可聴範囲まで「変動させる」。
【0062】
同じように、音声信号のピッチを変調して、患者の現在の麻痺レベルの音による表示としてビブラートを与えるようにできる。
【0063】
先に使った専門用語は説明のためのものであって、限定と見なされるものではないことは理解されるべきである。
【0064】
上記の実施形態は、本発明の範囲を限定することなく、本発明の例示を意図するものである。本発明の実施形態に対し、当業者は種々の修正及び追加を容易に加えることができる。例えば、患者の痛覚欠如又は麻痺のレベルは、意識レベルとは独立に可聴化されてもよい。
【0065】
従って、本発明の範囲は、説明され、例示された操作そのものに限定されるべきではなく、適用可能な法律が許す限り、本発明の精神及び概念の範囲内で適切に修正されたもの及び均等なものを含むことを意図する、添付の特許請求の範囲によってのみ限定されるべきことは理解されるべきである。
【0066】
その特許請求の範囲を含め、この明細書全体にわたって、「有する」、及び「有している」などの「有する」の変化形は、必ずしも他の整数を排除することなく、記載された一つ又は複数の整数を含む意味に解釈されるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1A】BISモニタで測定された催眠レベルが上昇している間における、患者のEEGの典型的な変化を、理想化して示した図
【図1B】BISモニタで測定された催眠レベルが上昇している間における、患者のEEGの典型的な変化を、理想化して示した図
【図1C】BISモニタで測定された催眠レベルが上昇している間における、患者のEEGの典型的な変化を、理想化して示した図
【図1D】BISモニタで測定された催眠レベルが上昇している間における、患者のEEGの典型的な変化を、理想化して示した図
【図2】医療環境において現れる音による表示をグラフで示した図
【図3】本発明の特に好ましい実施形態において、患者の催眠状態の変化に応じて生成される音声出力の周波数(すなわち、ピッチ)及び振幅(すなわち、ボリューム)の変化をグラフで示した図
【図4】本発明の特に好ましい実施形態において、患者の痛覚欠如のレベルの変化によって生成される音声出力の急激な振幅変化(すなわち、トレモロ)をグラフで示した図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者の意識レベルを音で示す方法であって、
(a)患者の意識レベルを表す測定値を求めるステップ、
(b)前記測定値から音声信号を合成するステップ、
(c)前記音声信号を出力するステップであって、前記音声信号の可聴特性の少なくとも1つを患者の意識レベルに依存させるステップ、及び、
(d)ステップ(a)〜(c)を周期的に繰り返すステップ、
を有する方法。
【請求項2】
前記患者の意識レベルを表す測定値は、BIS値である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記音声信号のピッチをBIS値に依存させる、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記音声信号の振幅をBIS値に依存させる、請求項2又は請求項3に記載の方法。
【請求項5】
BIS値が所定の範囲に含まれる場合には前記音声信号の振幅を低くし、BIS値が前記所定の範囲から外れる程度に応じて前記音声信号の振幅を可聴域まで増大させる、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記音声信号は、時間的に離れた位置に第1音声成分と第2音声成分とを有する、請求項1から請求項5までのいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記第2音声成分は、現在の測定値から合成された音声信号であり、前記第1音声成分は、前回の測定値から合成された音声信号である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
(a)患者の麻痺レベルを検出するステップ、及び、
(b)検出された麻痺レベルに応じて前記音声信号を変調するステップであって、変調された音声信号の可聴特性の少なくとも1つを患者の麻痺状態に依存させるステップ、
を更に有する、請求項1から請求項7までのいずれかに記載の方法。
【請求項9】
(a)患者の痛覚欠如レベルを検出するステップ、及び、
(b)検出された痛覚欠如レベルに応じて前記音声信号を変調するステップであって、変調された音声信号の可聴特性の少なくとも1つを患者の痛覚欠如状態に依存させるステップ、
を更に有する、請求項1から請求項8までのいずれかに記載の方法。
【請求項10】
前記音声信号を変調するステップは、前記音声信号の振幅又は周波数の少なくともいずれかの変調処理を有する、請求項8又は請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記音声信号は、患者の他の生理学的なパラメータを表す複数の音声信号の1つとして出力され、前記複数の音声信号の他の信号とは聴覚で識別可能である、請求項1から請求項10までのいずれかに記載の方法。
【請求項12】
前記音声信号は、イヤホンを通して出力される、請求項1から請求項12までのいずれかに記載の方法。
【請求項13】
患者の意識レベルを音で表す方法であって、
(a)患者の意識レベルを表す測定値を周期的に求めるステップ、
(b)少なくとも第1音声成分と第2音声成分とを含む音声信号を合成するステップであって、前記第2音声成分は現在の測定値に依存させ、前記第1音声成分は直前の測定値に依存させ、前記音声信号の各成分の可聴特性の少なくとも1つで各測定値を示すステップ、及び、
(c)前記音声信号を出力するステップ、
を有する方法。
【請求項14】
患者の麻痺又は痛覚欠如の検出レベルに応じて、前記音声信号の振幅又は周波数の少なくともいずれかを変化させるステップを有する、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
患者の意識レベルを音で示す装置であって、
患者の意識レベルを表す測定値を受信する入力部、
前記測定値から音声信号を合成する音声シンセサイザ、及び、
前記音声信号を出力するスピーカ、
を有し、前記音声信号の可聴特性の少なくとも1つで患者の意識レベルの測定値を示す装置。
【請求項16】
前記音声シンセサイザは、患者の麻痺又は痛覚欠如の検出レベルに応じて、前記音声信号の振幅又は周波数の少なくともいずれかを変化させる手段を含む、請求項15に記載の装置。
【請求項17】
前記音声シンセサイザはコンピュータの一部であり、前記音声信号はコンピュータのソフトウェアによって合成される、請求項15又は請求項16に記載の装置。
【請求項18】
前記スピーカはイヤホンの一部である、請求項15から請求項17までのいずれかに記載の装置。

【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図1D】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2009−520522(P2009−520522A)
【公表日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−546042(P2008−546042)
【出願日】平成18年12月22日(2006.12.22)
【国際出願番号】PCT/AU2006/002009
【国際公開番号】WO2007/070987
【国際公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【出願人】(500020760)ザ・ユニバーシティ・オブ・クイーンズランド (20)
【Fターム(参考)】