抗ウイルス剤
【課題】リグナンの9位と2´位とがエーテル環を形成したリグナン誘導体の提供、および該リグナン誘導体を使用した抗インフルエンザウイルス剤の提供。
【解決手段】梅干から抽出された下記化学式で示される化合物。
【解決手段】梅干から抽出された下記化学式で示される化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗ウイルス剤、より具体的には抗インフルエンザウイルス剤に関する。
【背景技術】
【0002】
梅(Prunus mume)の果実は数々の生理活性作用を有することが知られている。例えば、特許文献1には、梅の果実の抽出物が抗ヘリコバクターピロリ作用を示し、リグナンの一種であるシリガレシノール、ヤンガビンなどがその活性成分であることが記載されている。特許文献2にはその活性本体は不明であるが梅の果実の抽出物がα−グルコシダーゼ阻害作用を示すことが記載されている。特許文献3には梅肉エキスがオートファジー誘導作用を示し、この作用による炎症抑制効果や病原体による感染防御効果等が期待されることが記載されている。
【0003】
一方、近年、新型インフルエンザウイルスによる世界的な大流行(パンデミック)が起こり、これに対する治療薬が望まれるところである。抗インフルエンザウイルス剤として、これまでにアマンタジン、オセルタミビル(商品名「タミフル」)、ザナミビル(商品名「リベンザ」)などの各種薬剤が提供されているが、アマンタジンはA型インフルエンザに対してのみ効果を奏するがB型やC型には作用を奏しない、オセルタミビルやザナミビルはC型インフルエンザには効果を奏しないなどそれぞれ短所を有している。また、いずれの薬剤に対しても耐性株、特にアマンタジンには多くの耐性株が見つかっており、耐性株に対しても有効な抗インフルエンザウイルス剤が求められている。
【0004】
このような状況下において、非特許文献1には梅果実の抽出物が抗インフルエンザウイルス作用を示すことが記載されているが、具体的な活性成分は報告されていない。また、Lyoniresinol(次の化学式3で示される)等のリグナン類がこれまでに数多く報告されているが、リグナンの9位と2´位がエーテル環を形成したリグナンの報告はない。
【化3】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−352652号公報
【特許文献2】特開2006−29921号公報
【特許文献3】特開2003−113088号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Sangchai Yingsakmongkon et al., Biol. Pharm. Bull. 31(3)511-515(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本願発明は上記の背景技術に鑑みてなされたものであって、インフルエンザウイルスに対して増殖抑制作用を示す新規な抗ウイルス剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は次の式1で示される化合物を提供するものであり、本発明の抗ウイルス剤は次の式1で示される化合物を有効成分とする。ただし、式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7は、それぞれ水素原子、炭素数1〜6の直鎖若しくは分岐を有するアルキル基又は炭素数1〜6の直鎖若しくは分岐を有するアシル基であって、R1〜R7はそれぞれ同一又は異なってもよい。
【化1】
【発明の効果】
【0009】
本発明によると抗ウイルス作用が期待される新規化合物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は本発明の化合物を取得するための抽出法を示す説明図である。
【図2】図2は図1に示した各分画の抗ウイルス作用(定濃度)を示す図である。c-2は精製された化合物I、pm-1は図1におけるヘキサン抽出物、pm-2は図1におけるジクロロメタン抽出物、pm-3は図1における酢酸エチル抽出物、pm-4は図1におけるブタノール抽出物の作用を示す。
【図3】図3は精製された化合物I(c-2)の抗ウイルス作用(濃度依存性)を示す図である。
【図4】図4はインフルエンザウイルス感染細胞の形態変化における抗ウイルス作用を示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の抗ウイルス剤は化学式1又は化学式2で示される化合物を有効成分とするものであり、本発明の抗インフルエンザウイルス剤はこれらの化合物を有効成分とするものである。ただし、化学式1中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7はそれぞれ、水素原子、炭素数2〜6の直鎖若しくは分岐を有するアルキル基又は炭素数2〜6の直鎖若しくは分岐を有するアシル基のいずれかであって、R1〜R7はそれぞれ同一又は異なってもよい。化学式1で示される化合物のうち、R1、R3、R5、R7がそれぞれメチル基、残るR2、R4、R6がそれぞれ水素原子である化合物が、化学式2で示される化合物である。
【0012】
【化1】
【0013】
【化2】
【0014】
化学式2で示される2´,9−エポキシリオニレシノールは梅干から抽出精製された物質である。当該化合物はメタノールや水・エタノール混合液、ヘキサン、酢酸エチル、ジクロロメタンなどの各種溶媒、好ましくはメタノールなどの親水性溶媒を用いて梅干の果肉から抽出され、その後ジクロロメタンなどの溶媒を用いた溶媒分配やシリカゲルカラムクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィーなどの適切な分離精製手段によって精製される。また、化学式2で示される化合物は梅干に限らず、梅の果実(青梅)からも抽出精製される。
【0015】
化学式1で示される化合物は、化学式2で示される2´,9−エポキシリオニレシノールの誘導体であり、2´,9−エポキシリオニレシノールが有する水酸基の水素原子をアルキル基やアシル基に置換したり、2´,9−エポキシリオニレシノールが有するメトキシ基のメチル基を脱アルキル化したり、他のアルキル基やアシル基に置換するなど通常行われる化学的置換を行うことにより製造される。
【0016】
本発明においては、化学式1で示される化合物(R1〜R7が、それぞれ水素原子、炭素数1〜6のアルキル基又はアシル基の何れか)が抗ウイルス剤として用いられる。また、化学式1で示される化合物中、R1、R3、R5、R7が同一のアルキル基、R2、R4、R6が水素原子である化合物が抗ウイルス剤として好ましく用いられ、さらに化学式2で示される化合物が抗ウイルス剤として最も望ましく用いられる。
【0017】
本発明の化合物は抗ウイルス剤として用いられる。本発明の抗ウイルス剤が適用されうるウイルスとして、例えば、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、ヘルペスウイルス、サイトメガロウイルス、狂犬病ウイルス、インフルエンザウイルス、ヒトパピローマウイルス、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、センダイウイルス、ネコ白血病ウイルス、レオウイルス、ポリオウイルス、水痘帯状疱疹ウイルス、デング熱ウイルス、風疹ウイルス、はしかウイルス、アデノウイルス、ヒトT細胞白血病ウイルス、流行性耳下腺炎ウイルス、水疱性口内炎ウイルス、シンドビスウイルス、リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスなどが挙げられる。これらのウイルスのうち、インフルエンザウイルスが好ましい対象であり、本発明の抗インフルエンザウイルス剤はA型インフルエンザウイルス、B型インフルエンザウイルス、C型インフルエンザウイルスなど各種のインフルエンザウイルスに適用される。
【0018】
本発明の抗ウイルス剤又は抗インフルエンザウイルス剤は担持体や賦形剤を用いることなく化合物単独で使用することもできるが、通常はデンプンや乳糖、マンニットなどの賦形剤、カルボキシメチルセルロースやカルボキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどの結合剤、結晶セルロースやカルボキシメチルセルロースカルシウムなどの崩壊剤、タルク、ステアリン酸マグネシウムなどの滑沢剤、精製水などの各種製剤製造用の補助成分を用いて、錠剤や顆粒剤、カプセル剤、液剤などの経口的に投与できる剤型又は注射剤や軟膏剤などの非経口的に投与できる剤型として提供される。また、チューインガムやキャンディ、錠菓、飲料等の飲食物に添加し、抗インフルエンザウイルス作用を有する飲食物として提供される。
【0019】
本発明の抗ウイルス剤又は抗インフルエンザウイルス剤は、経口剤の場合、化学式1又は化学式2に示される化合物として成人において0.001〜1000mg/kgであり、1日乃至数回に分けて投与される。また、投与量は、症状や患者の年齢、性別、動物種等に応じて適宜決定される。さらに、本発明のウイルス剤等は本発明の化合物以外の各種主薬や佐薬が加えられた抗ウイルス剤等として提供してもよい。
【0020】
以下、下記の実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する
【実施例1】
【0021】
〔化合物の単離精製〕
収穫した青梅を塩付けした後3日間天日干しを行い、さらに梅酢に約14日漬け込んで梅干を得た。得られた梅干の果肉3.7kgをメタノール1.8Lに24時間漬け込み、ろ過してろ液を得た。また残渣にメタノール1.8Lを加え24時間の漬け込み、ろ過する操作を2回繰り返した。得られたろ液を併せて減圧下で濃縮することにより、メタノール抽出物343.5gを得た。このメタノール抽出物を水に懸濁後、ヘキサン、ジクロロメタン、酢酸エチル、ブタノールで順次抽出し、それぞれの抽出物を調製した(図1)。各抽出物について抗ウイルス活性を測定し、活性の強かったジクロロメタン抽出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶出溶媒:ジクロロメタン/アセトン混合溶媒)で繰り返し処理することにより、化合物Iを単離した。
【0022】
〔化合物の構造決定〕
次に単離された化合物Iの構造決定を行った。構造決定は、高分解能EI−MSを用いた1次元及び2次元NMR測定により行った。この結果、単離された化合物Iは化学式2で示される2´,9−エポキシリオニレシノールであると同定された。なお、NMR測定データは次のとおりである。
(1)分子量:418.1674(理論値:418.1663、組成式C22H26O8)
(2)1HNMR:2.23(1H,m,H−8'),2.27(1H,m,H−8),2.89(1H,dd,J=16Hz,H−7),3.08(1H,dd,J=7.0,16.0Hz,H−7),3.44(3H,S,OMe−3'),3.65(1H,dd,J=7.0,11.0,H−9'),3.76(3H,S,OMe−5'),3.77(1H,m,H−9'),3.82(1H,m,H−9),3.83(3H,S,OMe−5),3.99(3H,S,OMe−3),4.44(1H,dd,J=3.0,11.8,H−9),4.61(1H,S,H−7'),5.19(1H,S,OH−4),5.34(1H,S,OH−4'),6.27(1H,S,H−6'),6.37(1H,SH−6)
(3)13C−NMR:29.3(C−7),29.9(C−7'),33.9(C−8),43.4(C−8'),55.8(OMe−5),55.9(OMe−5'),59.7(OMe−3'),61.6(OMe−3),64.9(C−9),80.3(C−9'),101.1(C−6'),105.3(C−6),122.4(C−2),123.8(C−1'),134.7(C−4'),136.4(C−4),144.6(C−3),145.3(C−3'),145.4(C−5'),146.1(C−5),152.9(C−2')
【0023】
〔抗ウイルス活性〕
図1に示す各抽出物及び精製された化合物I(図1におけるc-2成分)についてウイルス増殖抑制作用を調べた。
(細胞とウイルス)
細胞はMDCK細胞を用いた。10%FCS添加MEM培地を入れたシャーレにて培養し、confluentのものを実験に用いた。ウイルスはインフルエンザウイルスAoRP8(e94422B)株を用いた。ウイルスはMDCK細胞で増殖させ、遠心分離して得られた上清をウイルス液(約1×105pfu/ml)として実験に用いた。
【0024】
(各抽出物のインフルエンザウイルス増殖への影響)
上記で得られたウイルス液0.1mlを上記と同様にシャーレ培養したMDCK細胞に37℃で50分吸着させた。そこに、サンプル0.1mlを含む10%FCS添加MEM培地を追加して、37℃、5%CO2の環境下で5時間培養した。培養後、培養細胞を回収し、−80℃に保存した。陰性対照として、DMSOを含む10%FCS添加EME培地を追加したものを用いた。サンプルには各抽出物及び化合物Iをそれぞれ40μg/ml、100μg/ml、200μg/mlを含むように10%FCS添加MEM培地で溶解した溶液を用いた。
【0025】
(ウイルスの定量)
ウイルスの定量はRT-real-timePCR法により行った。凍結保存した感染細胞を室温で融解し、BioRupture(XOSMOBIO社)を用い超音波破壊し、遠心分離後、上清からRNAを抽出した。RNAの抽出・精製はQIAamp Viral RNA Mini Kit(QIAGEN社)により行われた。抽出RNAのRNA量はQbit fluoreometer(Invitrogen社)を用いて定量した。精製したRNAは、抽出後凍結保存することなくRT反応に用いた。RT反応にはiScript Select cDNA Synthesis Kit(BioRad社)を用い、添付のプロトコールに従って操作を行った。RT反応後、反応液2μlを用いてreal-timePCRによりウイルスRNA量の定量を行った。Real-timePCR法には、iTaq Supermix With ROX(BioRad社)を用いた。その結果を図2及び図3に示す。図2にはサンプル濃度200μg/mlにおけるウイルス増殖抑制効果を、図3にはサンプル(化合物I)の濃度40μg/ml、100μg/ml、200μg/mlにおけるウイルス増殖抑制効果を示す。なお、各図の縦軸は、Amplification cycles(time)を示す。
【0026】
(インフルエンザウイルス感染に対する細胞の形態変化)
次に、インフルエンザウイルスを感染した培養細胞の形態変化を観察することにより、化合物Iによる抗ウイルス作用(感染抑制効果)を確認した。培養したMDCK細胞に上記ウイルス液を37℃で30〜60分吸着させ、培養細胞1個当たり6〜9個のウイルスを感染させた。次に、上記サンプル(200μg/ml含有)を20μl/ml(培地)で加え、37℃、5%CO2の環境下で6時間培養して位相差顕微鏡で観察撮影した。その結果を図4に示す。化合物Iを加えた場合にはそれを加えなかった場合に比べて明らかにウイルス感染による影響が抑えられていた。
【0027】
以上のように、梅干果肉から抽出された2´,9−エポキシリオニレシノールは抗インフルエンザウイルス作用を有することが理解された。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明によると新規な抗ウイルス剤が提供される。
【技術分野】
【0001】
本発明は抗ウイルス剤、より具体的には抗インフルエンザウイルス剤に関する。
【背景技術】
【0002】
梅(Prunus mume)の果実は数々の生理活性作用を有することが知られている。例えば、特許文献1には、梅の果実の抽出物が抗ヘリコバクターピロリ作用を示し、リグナンの一種であるシリガレシノール、ヤンガビンなどがその活性成分であることが記載されている。特許文献2にはその活性本体は不明であるが梅の果実の抽出物がα−グルコシダーゼ阻害作用を示すことが記載されている。特許文献3には梅肉エキスがオートファジー誘導作用を示し、この作用による炎症抑制効果や病原体による感染防御効果等が期待されることが記載されている。
【0003】
一方、近年、新型インフルエンザウイルスによる世界的な大流行(パンデミック)が起こり、これに対する治療薬が望まれるところである。抗インフルエンザウイルス剤として、これまでにアマンタジン、オセルタミビル(商品名「タミフル」)、ザナミビル(商品名「リベンザ」)などの各種薬剤が提供されているが、アマンタジンはA型インフルエンザに対してのみ効果を奏するがB型やC型には作用を奏しない、オセルタミビルやザナミビルはC型インフルエンザには効果を奏しないなどそれぞれ短所を有している。また、いずれの薬剤に対しても耐性株、特にアマンタジンには多くの耐性株が見つかっており、耐性株に対しても有効な抗インフルエンザウイルス剤が求められている。
【0004】
このような状況下において、非特許文献1には梅果実の抽出物が抗インフルエンザウイルス作用を示すことが記載されているが、具体的な活性成分は報告されていない。また、Lyoniresinol(次の化学式3で示される)等のリグナン類がこれまでに数多く報告されているが、リグナンの9位と2´位がエーテル環を形成したリグナンの報告はない。
【化3】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−352652号公報
【特許文献2】特開2006−29921号公報
【特許文献3】特開2003−113088号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Sangchai Yingsakmongkon et al., Biol. Pharm. Bull. 31(3)511-515(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本願発明は上記の背景技術に鑑みてなされたものであって、インフルエンザウイルスに対して増殖抑制作用を示す新規な抗ウイルス剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は次の式1で示される化合物を提供するものであり、本発明の抗ウイルス剤は次の式1で示される化合物を有効成分とする。ただし、式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7は、それぞれ水素原子、炭素数1〜6の直鎖若しくは分岐を有するアルキル基又は炭素数1〜6の直鎖若しくは分岐を有するアシル基であって、R1〜R7はそれぞれ同一又は異なってもよい。
【化1】
【発明の効果】
【0009】
本発明によると抗ウイルス作用が期待される新規化合物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は本発明の化合物を取得するための抽出法を示す説明図である。
【図2】図2は図1に示した各分画の抗ウイルス作用(定濃度)を示す図である。c-2は精製された化合物I、pm-1は図1におけるヘキサン抽出物、pm-2は図1におけるジクロロメタン抽出物、pm-3は図1における酢酸エチル抽出物、pm-4は図1におけるブタノール抽出物の作用を示す。
【図3】図3は精製された化合物I(c-2)の抗ウイルス作用(濃度依存性)を示す図である。
【図4】図4はインフルエンザウイルス感染細胞の形態変化における抗ウイルス作用を示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の抗ウイルス剤は化学式1又は化学式2で示される化合物を有効成分とするものであり、本発明の抗インフルエンザウイルス剤はこれらの化合物を有効成分とするものである。ただし、化学式1中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7はそれぞれ、水素原子、炭素数2〜6の直鎖若しくは分岐を有するアルキル基又は炭素数2〜6の直鎖若しくは分岐を有するアシル基のいずれかであって、R1〜R7はそれぞれ同一又は異なってもよい。化学式1で示される化合物のうち、R1、R3、R5、R7がそれぞれメチル基、残るR2、R4、R6がそれぞれ水素原子である化合物が、化学式2で示される化合物である。
【0012】
【化1】
【0013】
【化2】
【0014】
化学式2で示される2´,9−エポキシリオニレシノールは梅干から抽出精製された物質である。当該化合物はメタノールや水・エタノール混合液、ヘキサン、酢酸エチル、ジクロロメタンなどの各種溶媒、好ましくはメタノールなどの親水性溶媒を用いて梅干の果肉から抽出され、その後ジクロロメタンなどの溶媒を用いた溶媒分配やシリカゲルカラムクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィーなどの適切な分離精製手段によって精製される。また、化学式2で示される化合物は梅干に限らず、梅の果実(青梅)からも抽出精製される。
【0015】
化学式1で示される化合物は、化学式2で示される2´,9−エポキシリオニレシノールの誘導体であり、2´,9−エポキシリオニレシノールが有する水酸基の水素原子をアルキル基やアシル基に置換したり、2´,9−エポキシリオニレシノールが有するメトキシ基のメチル基を脱アルキル化したり、他のアルキル基やアシル基に置換するなど通常行われる化学的置換を行うことにより製造される。
【0016】
本発明においては、化学式1で示される化合物(R1〜R7が、それぞれ水素原子、炭素数1〜6のアルキル基又はアシル基の何れか)が抗ウイルス剤として用いられる。また、化学式1で示される化合物中、R1、R3、R5、R7が同一のアルキル基、R2、R4、R6が水素原子である化合物が抗ウイルス剤として好ましく用いられ、さらに化学式2で示される化合物が抗ウイルス剤として最も望ましく用いられる。
【0017】
本発明の化合物は抗ウイルス剤として用いられる。本発明の抗ウイルス剤が適用されうるウイルスとして、例えば、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、ヘルペスウイルス、サイトメガロウイルス、狂犬病ウイルス、インフルエンザウイルス、ヒトパピローマウイルス、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、センダイウイルス、ネコ白血病ウイルス、レオウイルス、ポリオウイルス、水痘帯状疱疹ウイルス、デング熱ウイルス、風疹ウイルス、はしかウイルス、アデノウイルス、ヒトT細胞白血病ウイルス、流行性耳下腺炎ウイルス、水疱性口内炎ウイルス、シンドビスウイルス、リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスなどが挙げられる。これらのウイルスのうち、インフルエンザウイルスが好ましい対象であり、本発明の抗インフルエンザウイルス剤はA型インフルエンザウイルス、B型インフルエンザウイルス、C型インフルエンザウイルスなど各種のインフルエンザウイルスに適用される。
【0018】
本発明の抗ウイルス剤又は抗インフルエンザウイルス剤は担持体や賦形剤を用いることなく化合物単独で使用することもできるが、通常はデンプンや乳糖、マンニットなどの賦形剤、カルボキシメチルセルロースやカルボキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどの結合剤、結晶セルロースやカルボキシメチルセルロースカルシウムなどの崩壊剤、タルク、ステアリン酸マグネシウムなどの滑沢剤、精製水などの各種製剤製造用の補助成分を用いて、錠剤や顆粒剤、カプセル剤、液剤などの経口的に投与できる剤型又は注射剤や軟膏剤などの非経口的に投与できる剤型として提供される。また、チューインガムやキャンディ、錠菓、飲料等の飲食物に添加し、抗インフルエンザウイルス作用を有する飲食物として提供される。
【0019】
本発明の抗ウイルス剤又は抗インフルエンザウイルス剤は、経口剤の場合、化学式1又は化学式2に示される化合物として成人において0.001〜1000mg/kgであり、1日乃至数回に分けて投与される。また、投与量は、症状や患者の年齢、性別、動物種等に応じて適宜決定される。さらに、本発明のウイルス剤等は本発明の化合物以外の各種主薬や佐薬が加えられた抗ウイルス剤等として提供してもよい。
【0020】
以下、下記の実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する
【実施例1】
【0021】
〔化合物の単離精製〕
収穫した青梅を塩付けした後3日間天日干しを行い、さらに梅酢に約14日漬け込んで梅干を得た。得られた梅干の果肉3.7kgをメタノール1.8Lに24時間漬け込み、ろ過してろ液を得た。また残渣にメタノール1.8Lを加え24時間の漬け込み、ろ過する操作を2回繰り返した。得られたろ液を併せて減圧下で濃縮することにより、メタノール抽出物343.5gを得た。このメタノール抽出物を水に懸濁後、ヘキサン、ジクロロメタン、酢酸エチル、ブタノールで順次抽出し、それぞれの抽出物を調製した(図1)。各抽出物について抗ウイルス活性を測定し、活性の強かったジクロロメタン抽出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶出溶媒:ジクロロメタン/アセトン混合溶媒)で繰り返し処理することにより、化合物Iを単離した。
【0022】
〔化合物の構造決定〕
次に単離された化合物Iの構造決定を行った。構造決定は、高分解能EI−MSを用いた1次元及び2次元NMR測定により行った。この結果、単離された化合物Iは化学式2で示される2´,9−エポキシリオニレシノールであると同定された。なお、NMR測定データは次のとおりである。
(1)分子量:418.1674(理論値:418.1663、組成式C22H26O8)
(2)1HNMR:2.23(1H,m,H−8'),2.27(1H,m,H−8),2.89(1H,dd,J=16Hz,H−7),3.08(1H,dd,J=7.0,16.0Hz,H−7),3.44(3H,S,OMe−3'),3.65(1H,dd,J=7.0,11.0,H−9'),3.76(3H,S,OMe−5'),3.77(1H,m,H−9'),3.82(1H,m,H−9),3.83(3H,S,OMe−5),3.99(3H,S,OMe−3),4.44(1H,dd,J=3.0,11.8,H−9),4.61(1H,S,H−7'),5.19(1H,S,OH−4),5.34(1H,S,OH−4'),6.27(1H,S,H−6'),6.37(1H,SH−6)
(3)13C−NMR:29.3(C−7),29.9(C−7'),33.9(C−8),43.4(C−8'),55.8(OMe−5),55.9(OMe−5'),59.7(OMe−3'),61.6(OMe−3),64.9(C−9),80.3(C−9'),101.1(C−6'),105.3(C−6),122.4(C−2),123.8(C−1'),134.7(C−4'),136.4(C−4),144.6(C−3),145.3(C−3'),145.4(C−5'),146.1(C−5),152.9(C−2')
【0023】
〔抗ウイルス活性〕
図1に示す各抽出物及び精製された化合物I(図1におけるc-2成分)についてウイルス増殖抑制作用を調べた。
(細胞とウイルス)
細胞はMDCK細胞を用いた。10%FCS添加MEM培地を入れたシャーレにて培養し、confluentのものを実験に用いた。ウイルスはインフルエンザウイルスAoRP8(e94422B)株を用いた。ウイルスはMDCK細胞で増殖させ、遠心分離して得られた上清をウイルス液(約1×105pfu/ml)として実験に用いた。
【0024】
(各抽出物のインフルエンザウイルス増殖への影響)
上記で得られたウイルス液0.1mlを上記と同様にシャーレ培養したMDCK細胞に37℃で50分吸着させた。そこに、サンプル0.1mlを含む10%FCS添加MEM培地を追加して、37℃、5%CO2の環境下で5時間培養した。培養後、培養細胞を回収し、−80℃に保存した。陰性対照として、DMSOを含む10%FCS添加EME培地を追加したものを用いた。サンプルには各抽出物及び化合物Iをそれぞれ40μg/ml、100μg/ml、200μg/mlを含むように10%FCS添加MEM培地で溶解した溶液を用いた。
【0025】
(ウイルスの定量)
ウイルスの定量はRT-real-timePCR法により行った。凍結保存した感染細胞を室温で融解し、BioRupture(XOSMOBIO社)を用い超音波破壊し、遠心分離後、上清からRNAを抽出した。RNAの抽出・精製はQIAamp Viral RNA Mini Kit(QIAGEN社)により行われた。抽出RNAのRNA量はQbit fluoreometer(Invitrogen社)を用いて定量した。精製したRNAは、抽出後凍結保存することなくRT反応に用いた。RT反応にはiScript Select cDNA Synthesis Kit(BioRad社)を用い、添付のプロトコールに従って操作を行った。RT反応後、反応液2μlを用いてreal-timePCRによりウイルスRNA量の定量を行った。Real-timePCR法には、iTaq Supermix With ROX(BioRad社)を用いた。その結果を図2及び図3に示す。図2にはサンプル濃度200μg/mlにおけるウイルス増殖抑制効果を、図3にはサンプル(化合物I)の濃度40μg/ml、100μg/ml、200μg/mlにおけるウイルス増殖抑制効果を示す。なお、各図の縦軸は、Amplification cycles(time)を示す。
【0026】
(インフルエンザウイルス感染に対する細胞の形態変化)
次に、インフルエンザウイルスを感染した培養細胞の形態変化を観察することにより、化合物Iによる抗ウイルス作用(感染抑制効果)を確認した。培養したMDCK細胞に上記ウイルス液を37℃で30〜60分吸着させ、培養細胞1個当たり6〜9個のウイルスを感染させた。次に、上記サンプル(200μg/ml含有)を20μl/ml(培地)で加え、37℃、5%CO2の環境下で6時間培養して位相差顕微鏡で観察撮影した。その結果を図4に示す。化合物Iを加えた場合にはそれを加えなかった場合に比べて明らかにウイルス感染による影響が抑えられていた。
【0027】
以上のように、梅干果肉から抽出された2´,9−エポキシリオニレシノールは抗インフルエンザウイルス作用を有することが理解された。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明によると新規な抗ウイルス剤が提供される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の化学式1で示される化合物。
【化1】
ただし、式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7は、それぞれ水素原子、炭素数1〜6の直鎖若しくは分岐を有するアルキル基又は炭素数1〜6の直鎖若しくは分岐を有するアシル基であって、R1〜R7はそれぞれ同一又は異なってもよい。
【請求項2】
次の化学式2で示される化合物。
【化2】
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の化合物を有効成分とする抗ウイルス剤。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の化合物を有効成分とする抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項1】
次の化学式1で示される化合物。
【化1】
ただし、式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7は、それぞれ水素原子、炭素数1〜6の直鎖若しくは分岐を有するアルキル基又は炭素数1〜6の直鎖若しくは分岐を有するアシル基であって、R1〜R7はそれぞれ同一又は異なってもよい。
【請求項2】
次の化学式2で示される化合物。
【化2】
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の化合物を有効成分とする抗ウイルス剤。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の化合物を有効成分とする抗インフルエンザウイルス剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図2】
【図3】
【図4】
【公開番号】特開2011−246419(P2011−246419A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−123642(P2010−123642)
【出願日】平成22年5月30日(2010.5.30)
【出願人】(308038613)公立大学法人和歌山県立医科大学 (4)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(596033174)株式会社紀州ほそ川 (9)
【出願人】(500285347)株式会社 岡畑農園 (4)
【出願人】(501105990)株式会社トノハタ (2)
【出願人】(594144795)南紀梅干株式会社 (3)
【出願人】(302035201)有限会社丸惣 (3)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年5月30日(2010.5.30)
【出願人】(308038613)公立大学法人和歌山県立医科大学 (4)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(596033174)株式会社紀州ほそ川 (9)
【出願人】(500285347)株式会社 岡畑農園 (4)
【出願人】(501105990)株式会社トノハタ (2)
【出願人】(594144795)南紀梅干株式会社 (3)
【出願人】(302035201)有限会社丸惣 (3)
【Fターム(参考)】
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