説明

抗ストレス性疾患剤

【課題】ストレス性胃潰瘍及び十二指腸潰瘍など、ストレス性疾患と総称される一群の疾患に有効な薬剤(抗ストレス性疾患剤)、特にそれを予防する薬剤を開発し、これを使用した医薬組成物を提供。
【解決手段】リジンを含有することを特徴とし、更にグルタミン酸、アルギニン及びアスパラギン酸の少なくとも1種を塩の形態でもよく含有した、抗ストレス性疾患剤、特にその予防剤の有効成分として使用した医薬品、飲食品、或いは飼料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規抗ストレス性疾患剤、及び抗ストレス性疾患、特にその予防のための医薬組成物(医薬品)、飲食品又は飼料に関する。更に詳しくは、その有効成分としてリジンを含有する薬剤、及びこれを使用した医薬品、飲食品、或いは飼料に関するものである。更に、本発明はストレス抑制方法(ストレス性疾患の治療、改善及び/又は予防方法等。)や、リジンの抗ストレス剤(ストレス抑制剤)への使用等にも関する。
【背景技術】
【0002】
リジンは我々が摂取する穀物の中の必須アミノ酸であるが、最も欠乏し易いアミノ酸である。我が国を含めコメを主に食べる人々は、動物性食品をあまり摂取せずにリジンやコムギを含む豆類を食べることによりリジン欠乏から逃れてきた。しかしながら、トウモロコシを主に食べる人々はミルクや畜肉を食べないとリジン欠乏に陥ることになる。今後、人口の増加に農業生産が追いつかなくなると、アジアを中心にリジン欠乏が起こることも想定される(非特許文献1参照。)。また、近年、飽食の時代と言われる反面、高齢者の偏食及び若年或いは青年の過激なダイエット等による栄養の偏りと病気との関係が栄養学的な側面から問題となっている。現状では、それ等のグループに含まれる人達がどのような栄養状態にあり、どのような疾病を発症し易いかに関する詳細な調査は無いが、それ等の人達はリジン欠乏に陥り易いことは容易に推測できる。
【0003】
本発明者等は、アミノ酸に関する栄養健康科学的研究を進める中で、上述のリジン欠乏が原因となり、外部環境からもたらされるストレスに対する抵抗性が著しく低下し、いわゆるストレス性疾患を誘発することを実験的に見出している。例えば、Graeff等の高架T字迷路試験(非特許文献2参照。)を用いると、リジン欠乏状態のラットが不安症状を悪化させることが判明した。また、水浸拘束ストレスモデルによる試験例では、リジン欠乏状態のラットでは胃潰瘍の症状が有意に増悪するのが確かめられている。
【0004】
一方、現代の複雑な社会環境の下では、リジンが欠乏していない栄養の状態であっても同様に外部環境からもたらされるストレス等に対して敏感になり易くストレス性疾患を患うことが多くなっていることも確認されている。
【0005】
ストレス性疾患とは心理的或いは身体的ストレス刺激(ストレッサー)が直接或いは脳の情動系を介して自律神経系や内分泌系に影響を与え、脳(精神)自体或いは末梢臓器に器質的病変をもたらすものである。ストレス性疾患と実際の病気との正確な関連付けはなされていないが、本件明細書においてストレス性疾患には、不安性障害(パニック障害及び全般性不安障害)、身体表現性障害、解離性障害、気分障害等の神経症、消化器運動異常、過敏性腸症候群、消化器潰瘍等の精神的ストレスに起因する疾患を包含するが、不整脈、狭心症、高血圧症等の循環器障害、リンパ球機能異常等の免疫障害、過食症・神経性拒食症、脱毛、インポテンツ等も含まれる。また、心身症と分類されるべきものも全て含まれる。
【0006】
これ等のストレス性疾患を治療する医薬品としては心理的ストレッサーの緩和を目的とした、抗不安薬(ベンゾジアゼピン誘導体等)、抗うつ薬(モノアミン取り込み阻害薬、三環系薬剤等)や、末梢臓器の気質的病変に対する対症療法的薬剤(例えば、胃潰瘍の場合は制酸剤、胃粘膜保護剤、酸分泌抑制剤等)の開発が多くなされている。しかし、これ等の医薬品は効果を発揮するものの、依存性や副作用等と表裏一体であり根本治療には到っていない。また、栄養的改善として、カルシウム、ある種のビタミン添加の試みもなされているが、明確な治療成績は得られていない。また、これ等のストレス性疾患の発症を予防する薬剤(医薬品)、飲食品、飼料等についても未だに開発されていないのが現状である。
【0007】
以上のような情況下に、安全に摂取でき、医薬品、飲食品、飼料等に広く使用できるストレス性疾患用の薬剤(抗ストレス性疾患剤)、特にその予防剤の開発が求められている。
【0008】
また、近年、生活の質の改善(Quality of Life; QOL)が医療の現場でも重要視されてきている。過度な精神ストレスは、個々人の病後のみならず日常生活のQOLを低下させている。これ等QOLの改善を目的とした生活改善薬、予防薬は近年待望され、多くの企業がその開発に取り組んでいるが、安全でしかも根本療法的なものにはたどりついていない。
【0009】
ストレス性疾患に対する医薬品、飲食品及び飼料の効果、特にその予防効果、改善効果、及び治療効果については、ラットを用いたモデル実験により、評価することができる。不安障害に対する効果については、抗不安薬の評価系にも取り入れられている高架T字迷路を用いた不安症状の評価モデルで評価される。過敏性腸症候群については、Wrap Stress resistant model(WRS)により評価することができる。また、消化器潰瘍に対する効果については、水浸拘束ラットによる評価方法が適用可能である。これ等の評価方法は消化器系医薬の薬効評価手法として広く用いられている(非特許文献2、非特許文献3、非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6、非特許文献7及び非特許文献8参照。)。
【0010】
また、ストレス性疾患発症の指標の一つとして、神経伝達物質の一つであるセロトニンが知られている。セロトニンは脳の情動をつかさどる部位である扁桃核において喜怒哀楽を生み出す神経伝達物質の一つとして注目されているが、ラット等の動物において、扁桃核におけるセロトニン濃度の上昇は不安に対する閾値を下げ、不安症状を誘発し、セロトニン濃度の減少は不安様症状を軽減することが実験により確かめられている(非特許文献9、非特許文献10及び非特許文献11参照。)。更に、実験ストレス性胃潰瘍モデルにおいて脳内セロトニンシステムの異常が報告されており(非特許文献12参照。)、ストレス性胃潰瘍モデル及び過敏性腸症候群モデルにおいて、セロトニン拮抗作用を持つ薬剤は治療効果をもたらすことが確認されている(非特許文献13、非特許文献14及び非特許文献15参照。)。これ等の知見から、ストレス性疾患の予防効果を評価する方法として、脳内セロトニン濃度の測定が有効であると考えられる。
【0011】
また、畜産業、水産養殖等においては、以下の例のように飼養する動物に種々のストレスがかかることにより飼養成績の低下等の問題を引き起こすことが知られている。
【0012】
1. 高密度の飼育によるストレス
通常、生産性を高めるために、鶏、豚、魚等を高密度で飼育することが行われるが、飼育密度が高いと、ストレスとなり、飼料摂取量の低下、免疫力の低下等の原因となる。例えば、日本飼養標準(家禽)1997年版60ページでは以下のように記載されている。
過度の密飼いは鶏に対してストレスとなり、生産性の低下、破卵率の増加、悪癖(cannibalism)の発生、生存率の低下を招くので注意が必要である。
【0013】
2. 離乳によるストレス
豚の飼育では生産性を上げるため、早期離乳が行われている。離乳によって、餌が固形飼料に切り替わることによるストレスにより、飼料摂取量の低下等の問題が起きる。
【0014】
3. 移動、輸送時のストレス
飼養場所の移動ストレスにより、飼料摂取量の低下が引き起こされる。また、出荷時の際の輸送によるストレスは、肉質の低下等の問題の原因となる。
これらの畜産業、水産養殖におけるストレスの問題は大変大きいが、解決する手段としては、飼育環境の改善等の手段しか見当たらず、飼料の側からの解決手段が無いのが現状である。
【0015】
以上、医薬品や飲食品において、適用可能な抗ストレス性疾患作用物質が求められており、また、飼料においても、前記のようなストレスに対して抗ストレス効果を有する飼料配合成分が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】鳥居邦夫、臨床栄養、1997、90(3)、229-232
【非特許文献2】Graeff F. G. et al, J. Med. Biol. Res.、1993、26、67-70
【非特許文献3】Graeff F.G. et al.、Pharmacol. Biochem. Behav.、1996、54、129-141
【非特許文献4】Ito C. et al.、J. Pharmacol. Exp. Ther.、1997、280(1)、67-72
【非特許文献5】Kishibayashi N. et al.、Jpn. J. Pharmacol.、1993、63、495-502
【非特許文献6】Takenaka H. et al.、Planta. Med.、1993、59、421-4
【非特許文献7】Itoh Y. et al.、Digestion 1991、48、25-33
【非特許文献8】Tanaka T. et al.、Arzneimittelforschung 1993、43、558-62
【非特許文献9】Gardner C.R.、Pharmacol. Biochem. Behav.、1986、24、1479-85
【非特許文献10】Chung et al.、Neuroscience、2000、95、453-63
【非特許文献11】Kilt et al.、Psychopharmacology (Berl)、1981、74、290-6
【非特許文献12】Hellhammer et at.、Psychosom Med.、1983、45、115-22
【非特許文献13】Mertz HR、Curr Gastroenterol Rep.、1999、1、433-40
【非特許文献14】Camilleri M.、Am. J. Med. 1999、107、27S-32S
【非特許文献15】Erin N. et al.、Peptides、1997、18、893-8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明が解決しようとする課題は、前記に説明したようなストレス性疾患と総称される一群の疾患に有効な薬剤(抗ストレス性疾患剤)、特にそれを予防する薬剤を開発し、これを使用した医薬組成物、飲食品或いは飼料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者等は、上述のような背景の下に鋭意研究を行った結果、食糧事情を背景因子とするリジンの欠乏によりストレス性疾患が発症し易いこと、更にそれのみならずリジンが欠乏しない健常者においても現代の社会環境の下でストレス性疾患が多発する事実を見出した。更なる研究の結果、リジン欠乏の栄養状態の場合においては速やかにリジンを十分に補給すること、リジン欠乏でない場合でも、予めリジンを十分に摂取せしめることにより、抗ストレス性疾患に有効であることが見出された。特に、不安性障害(パニック障害及び全般性不安障害)、身体表現性障害、解離性障害、気分障害等の神経症、消化器運動異常、過敏性腸症候群、消化器潰瘍等を予防でき、また発症している場合でも容易に治療、改善できることを見出した。即ち、事前にリジンを十分に摂取することで、その予防効果が得られることや、また発症してもリジンの十分な摂取により治療、改善効果が得られることも見出された。
【0019】
一方、飼料に対するリジンの配合量を高めに設定することにより、動物特有の前記ストレスに対抗する効果が得られることも見出された。
【0020】
以上の各種の知見に基づいて本発明が完成されるに到った。
【0021】
本発明においては、ストレス性疾患用の薬剤(治療、改善、予防等の薬剤。)、特にその予防剤の有効成分としてリジンを使用し、更にこの薬剤を使用又は配合してそのような薬効や効果を有する医薬組成物、飲食品或いは飼料を提供するものである。
【0022】
即ち、本発明は、一つの形態として、リジンを含有することに特徴を有する抗ストレス性疾患のための医薬組成物、飲食品又は飼料に、また別の形態として、リジンを含有することに特徴を有する抗ストレス性疾患剤(動物に対して、抗ストレス性疾患効果(作用)を有する物質(組成物)で、医薬品、飲食品、飼料等に使用又は配合する。)に存する。
【0023】
リジンは遊離体で使用することができるが、塩の形態、或いはその混合物(複数の塩の混合物、1種以上の塩と遊離体の混合物等を含む。)の形態でも使用することができる(本明細書中では、遊離体と塩の形態を併せて、「リジン」と称する。)。また、体内で代謝されるL−体が採用される。
【0024】
「抗ストレス性疾患のための」とは抗ストレス性疾患のために広く使用するものでストレス性疾患の予防、改善、進展防止、治療等が含まれる。特に、ストレス性疾患の予防のために好適に使用することができる。
【0025】
含有成分としては、少なくともリジンを含み前記のような薬理効果を奏するものであればよい。従って、本発明の前記効果を阻害しない限り、他の成分を更に含むことができる。
【0026】
他の成分としては、アミノ酸(1種又は複数種)が好適である。アルギニン(L−アルギニン)、グルタミン酸(L−グルタミン酸)、アスパラギン酸(L−アスパラギン酸)等の特定のアミノ酸(塩の形態でもよい。)を特に好適に含有、使用することができる。この場合1種又は複数種使用することができる。特に、抗潰瘍や抗不安症に対して有用である。リジン、及び使用する場合のアルギニンについてはグルタミン酸、アスパラギン酸との塩の形態で使用することもできる。
【0027】
リジンは前記の如く、遊離体の形態で使用することができるが、塩の形態で使用することもできる。その場合塩を構成する酸には特に制限は無いが、例えば塩酸、硫酸、炭酸等の無機酸や、グルタミン酸、アスパラギン酸等のアミノ酸、酢酸、アセチルサリチル酸等の有機酸を使用することができる。
【0028】
有効成分としてのリジンがグルタミン酸との塩の形態にあり、その他成分としてアルギニン(塩の形態を含む。)を含有するものが、特に好ましい。
【0029】
また、カルシウム等の無機物を含有せしめることも、抗ストレス性疾患剤に好適である。
【0030】
本発明品はストレス性疾患に対して広く使用できるが、特に、予防的効果に優れているため、ストレス負荷時又はその前に摂取することが好ましい。その結果、予防効果を発揮することができるし、ストレス性疾患を発症しても、本発明品によりその改善、治療等が極めて容易である。
【0031】
本発明品を適用する対象としては抗ストレス性疾患を求める動物でああれば特に制限は無い。人(ヒト)に限らず、その他の動物、特に家畜類や水産養殖用動物等が挙げられる。ストレスを受ける前又はストレスを受けている間に摂取することが有効であり、好ましい。飼料に関しては、動物が適用対象であり、各種の動物、特に家畜、水産養殖用動物、例えば豚、鶏、養殖魚等に対しては、運搬や輸送等のストレス負荷時又はその前に摂取するのが好ましい。更に、狭い飼育場や養殖場において高密度で飼育又は養殖するような場合のストレスに対しても好適である。
【0032】
リジン欠乏に起因するストレス性疾患を予防する場合にも、本発明品を好適に使用することができるし、これに起因しないストレス性疾患に対しても同様に使用することができる。
【0033】
本発明においてストレス性疾患とは、心理的ストレッサーにより発症する疾患の総称であり、前記に記載の各種疾患に加えて、いわゆる心身症と呼ばれる疾患も全て含まれる。
【0034】
前記、各種のストレス性疾患には、少なくとも不安性障害、身体表現性障害、解離性障害、気分障害、消化器運動異常、過敏性腸症候群及び消化器潰瘍が含まれる。
【0035】
当該リジンの摂取量としては、リジン遊離体換算で一日当り0.001〜13g/体重kg程度、好ましくは0.01〜6.5g/体重kg程度とすることができる。
【0036】
リジンは本発明品以外からも摂取されるので、リジンの総摂取量を考慮して、本発明品によるリジンの摂取量を管理するのが好ましい。この場合、リジンの総摂取量が遊離体換算で一日当り0.001〜13g/体重kg程度、好ましくは0.01〜6.5g/体重kg程度となるように、本発明品からの当該リジンを摂取するのが好ましい。
【0037】
以上の1日当りのリジン摂取量については、医薬品、飲食品、及び飼料に共通した摂取量であるが、ヒト用の医薬品或いは飲食品に限っては下記の如く、上限値に関し、より少な目の摂取量が奨められる。
【0038】
リジン遊離体換算で一日当り0.001〜1.0g/体重kg程度、好ましくは0.01〜0.5g/体重kg程度とすることができる。この摂取量は特にリジン欠乏者には効果的である。
【0039】
前記の如く、リジンは本発明品以外からも摂取されるので、リジンの総摂取量を考慮して、本発明品によるリジンの摂取量を管理するのが好ましい。この場合、リジンの総摂取量が遊離体換算で一日当り0.001〜1.0g/体重kg程度、好ましくは0.01〜0.5g/体重kg程度となるように、本発明品からの当該リジンを摂取するのが好ましい。
【0040】
医薬組成物、飲食品又は飼料中に占める当該リジンの含有量に関しては特に制限は無い。製品の種類やその形態に応じて適宜選択することができるが、遊離体換算で90〜0.1%(重量)程度、好ましくは10〜1%(重量)程度が選択される。
【0041】
本発明品の形態としては特に制限は無く、例えば医薬組成物の場合、顆粒剤、錠剤、輸液、注射剤等が採用される。飲食品の場合、顆粒剤、錠剤の外、飲料、栄養剤、健康食品の形態が考えられる。飼料の場合、リジンが飼料として使用される形態、即ち通常の飼料の形態にリジンを混合しておればよい。
【0042】
前記他の成分として、更にビタミン及び/又はカルシウム等の無機質を必要により添加、使用することができる。
【0043】
本発明は、もう一つ別の形態として、リジンを生体内に摂取又は投与することに特徴を有するストレス抑制方法に存する。リジンは塩の形態でもよい。
【0044】
当該摂取又は投与する形態については、前記本発明の各種医薬組成物、飲食品及び飼料等(前記抗ストレス性疾患剤を含む。)の何れかの形態で摂取又は投与することができる。
【0045】
本発明は、更に別の形態として、リジンの抗ストレス剤への使用にも存する。リジンは塩の形態でもよい。
【0046】
抗ストレス剤(ストレス性疾患用の薬剤;抗ストレス性疾患剤や、その予防剤等含む。)については前記説明の通りであり、また前記の如く、本発明の各種の医薬組成物、飲食品及び飼料等(前記抗ストレス性疾患剤を含む。)の何れかの形態或いはこれ等に使用された形態をその好ましい例として挙げることができる。
【発明の効果】
【0047】
本発明によれば、有効成分としてリジンを使用し、ストレス性疾患の予防、改善、治療等に対して、特にその予防に対して有効な医薬品(医薬組成物)、飲食品、或いは飼料を提供することができる。また、これ等に使用可能なリジン含有の抗ストレス性疾患剤を提供する。更に、本発明によりストレス抑制方法(抗ストレス方法)やこれ等の薬剤等へのリジンの使用も提供される。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】実施例1においてラットの箱内停留時間と探索行動回数を図示したものである。 (リジン)+:リジン添加食;−:低リジン食。 (ストレス)+:ストレス負荷有り;−:ストレス負荷無し。 *:p<0.05 対リジン添加食/ストレス負荷無し、及び対リジン添加食/ストレス負荷有り。
【図2】実施例1においてラット脳(扁桃体)のセロトニン濃度変化を図示したものである。●:低リジン食を摂取したラットのセロトニン放出量;○:リジン不足分を補ったリジン添加食を摂取したラットのセロトニン放出量。*:p<0.05;**:p<0.01 対リジン添加食。
【図3】実施例2においてラップストレス負荷後のラットの排便数及び排便重量を図示したものである。
【図4】実施例3においてラットの胃内出血面積及びその写真を図示したものである。 (グラフ)■:リジン添加食;□:低リジン食。 (写 真) A)リジン添加食;B)低リジン食。
【図5】実施例4においてラットによる総摂食量及び体重の経日変化を図示したものである。 ■:コントロール食(正常食);□:リジン添加食
【図6】実施例5においてラットのストレス性胃潰瘍実験結果を図示したものである。
【図7】実施例6においてラットの探索行動時間についての実験結果を図示したものである。
【図8】実施例8においてブロイラーの高密度飼育結果を図示したものである。 ■:通常密度飼育;□:高密度飼育;*:p<0.05 v.s. コントロール群。
【発明を実施するための形態】
【0049】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0050】
前記の如く、本発明は一つの形態としてリジンを含有することに特徴を有する抗ストレス性疾患のための医薬組成物、飲食品又は飼料に、また別の形態としてリジンを含有することに特徴を有する抗ストレス性疾患剤に存する。従って、医薬組成物、飲食品、飼料及び抗ストレス性疾患剤の4種類が存在するが、リジンを有効成分として含有する点は共通であり、ストレス性疾患の予防、改善、進展防止、治療等、抗ストレス性疾患に対する何等かの薬理効果を奏する目的で使用される点も共通である。最終製品の種類・形態を異にするのでこれに関する相違点はそれぞれ考慮する必要があるが、特にそのために特定して説明をしない限り、本明細書中では、前記4種の発明に共通して説明がなされている。
【0051】
本発明の製品を摂取(飲食、投与等を含む。)する対象については、前記の如く各種動物(ヒト、家畜、水産養殖用動物、その他の動物でストレス性疾患を発症する可能性のある動物が含まれる。)で、ストレス性疾患の予防、改善、治療等を求めるものであれば特に制限は無いが、通常は哺乳動物、特にヒトに対して適用される(飼料については動物、特に畜産動物や水産養殖用動物(魚類等)が対象となる。)。
【0052】
リジン欠乏に起因するストレス性疾患の場合には、リジン含有量の少ないトウモロコシ等を主食とし、他の食物からのリジンの摂取も少ない食生活を継続的に送る場合に発症することが考えられる。また、高齢者の偏食及び若年或いは青年の過激なダイエット等により栄養が著しく偏った場合にもリジン欠乏に到り、ストレス性疾患を発症し易くなることが想定される。このような食生活をしている人達に対しては、遊離体換算で一日当り好ましくは0.001〜1.0g/体重kg程度、より好ましくは0.01〜0.5g/体重kg程度の量のリジンを顆粒剤や散剤の形態に製剤化し、摂取(服用)することで、効果的にストレス性疾患の発症を予防することができる。
【0053】
更に、リジンが必ずしも欠乏していない環境下において、本発明品によりリジンを事前に(ストレス負荷の前)或いはストレスの環境下において十分摂取することで、予防効果を奏することもできるし、一度ストレス性疾患が発症しても容易に回復することができる。その場合のリジンの総摂取量として、遊離体換算で一日当り好ましくは0.001〜1.0g/体重kg程度、より好ましくは0.01〜0.5g/体重kg程度となるよう本発明品を摂取すればよい。
【0054】
一方、動物用の飼料用には、前記使用量(ヒトの場合)と比較して下限値はそのままで、その上限値を上げることができる。飼料用に好ましい数値範囲は次の通りである。
【0055】
遊離体換算で一日当り好ましくは0.001〜13g/体重kg程度、より好ましくは0.01〜6.5g/体重kg程度の量のリジンを与える。他からリジンを与えられているような場合には、リジンの総摂取量として、遊離体換算で一日当り好ましくは0.001〜13g/体重kg程度、より好ましくは0.01〜6.5g/体重kg程度となるように飼料に配合してこれを目的とする動物に与えるとよい。
【0056】
特に、飼料用のリジンの配合量については従来使用されていた配合量に比較して、かなり高含量に配合することが目的とする効果を十分に確保する上で望ましい。例えば、リジンについての栄養要求量推奨値(NRC、日本飼養標準等参照。)に対して1.1〜3.0倍のリジンを配合することが奨められる。この場合もリジンは塩の形態で使用されてもよい。
【0057】
現在考えられている最適なリジン摂取量としては動物種と、その生育ステージにより異なっており、例えば米国のNational Research Council (NRC) の推奨値に基いてリジン摂取量を算出すると下記の通りである。
豚:790mg/kg/day(体重5-10kg);160mg/kg/day(体重80-100kg)、
ブロイラー:1360mg/kg/day(生後1週);560mg/kg/day(生後8週)、
魚(マス):900mg/kg/day(体重1-2g);160mg/kg/day(体重40g)。
【0058】
上記の数値は各動物について、小さいステージと大きくなったステージについてのデータを示しているが、その間のステージについては、その中間の数値となる。
【0059】
本発明品の製剤化に際しては、医薬品の場合、甘味剤やフレーバーを添加してその味や風味を改善することができる。製剤の形態は、これに限らず、懸濁剤やシロップ剤等の液剤とすることも可能である。この場合にも前述のように甘味剤やフレーバーの添加により、味や風味の改善ができることは同様である。必要に応じて、ビタミンや無機質を添加することも可能である。また、注射剤として静脈内投与することも可能である。これ等の製剤を製造するには、製薬工業で一般に用いられている技術を使用すれば容易である。
【0060】
飲食品の場合、各種の飲食品の種類や形態に応じてその製造段階或いは製造後に適宜リジンを所定量添加、混合することができる。リジン含量を強化した飲食品として調製することもできる。例えば、リジン含量の少ないトウモロコシ等の穀物に予めリジンを添加しておき、これを主食として食すればストレス性疾患の発症は有意に抑制できることになる。摂取量としては、遊離体換算で一日当たり好ましくは0.001〜1.0g/体重kg程度、より好ましくは0.01〜0.5g/体重kg程度が適当である。前記の如く一日当たりの総リジン摂取量として上記数値範囲となるように、本発明品からのリジンを摂取することがより望ましい。
【0061】
飼料の調製に関しては、既に知られているリジン添加飼料の技術等に基づいて、より好ましくはリジン含有量を前記の如く高めに配合することにより、容易に実施することができる。
【0062】
更に、飲食品の場合リジンを有効成分とする飲料や、医療用食品、或いは健康食品の形態で、健常者、当該疾患発症者或いはそのおそれのある者に対して、リジンの摂取を増加させることも有効であるが、前述の如くその予防目的でストレス負荷前及び負荷時に本発明品を与えるのが有効であり、特にリジン欠乏に起因するストレス性疾患の予防手段として特に有効である。
【0063】
前記の通り本発明は、もう一つ別の形態として、リジンを生体内に摂取又は投与することに特徴を有するストレス抑制方法(抗ストレス方法)や、更に別の形態としてリジンの抗ストレス剤への使用にも存する。これ等の場合、リジンは塩の形態でもよい。
これ等の発明については、何れも前記本発明の各種医薬組成物、飲食品及び飼料等、或いは前記本発明の抗ストレス性疾患剤についての説明や、後述の実施例等に基づいて、また必要により従来の公知技術を参考にすることにより、容易に実施をすることができる。
【実施例】
【0064】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。尚、実施例中に使用したアミノ酸は全てL−体である。
【0065】
(実施例1)(不安症の評価モデル)
リジン含有量の少ない小麦グルテンを主原料に用いて低リジン食を調製した。これはリジンの理想要求量の1/4を含み、なおラットの体重増加を維持できるリジン含有食である。一方、この低リジン食にリジンを理想要求量にまで添加したリジン添加食(窒素源を均一するためにグルタミンに代えてリジンを相当量添加)を調製した。表1にこの実験に用いた、低リジン食及びリジン添加食の組成を示した。ウイスター(Wistar)系ラット(雄、5週齢)を各実験食で2週間飼育後実験に用いた(各郡n=6)。高架T字迷路試験はGraeff等の方法を参考にして行った。
【0066】
即ち、地上から0.9メートル(m)の所に、一箇所が箱に、残る2箇所がオープン環境になるようにしたT字迷路を設置した。最初にラットを箱内に置き、その後の探索行動を、テレビモニターを通じて観察した。単純な高架T字迷路試験での探索行動時間、探索行動回数はリジン添加食飼育ラットと低リジン食飼育ラットでは差は認められなかった。しかし、実験を開始する直前に軽度のストレス(フットショックストレス)を負荷するとリジン添加食飼育ラットでは探索行動時間及び探索行動回数共に低下は認められなかったが、低リジン食飼育ラットでは有意(p<0.05)な低下が認められた(図1参照。)。即ち、不安症状の悪化が観察された。フットショック後のラット脳(扁桃体)のセロトニン濃度をマイクロダイアリシス法により経時的に測定したところ、低リジン食飼育ラットではリジン添加食飼育ラットと比べて有意に増加することが分かった(図2参照。)。扁桃体は情動等の感情の中枢で、セロトニンはその伝達物質の一つと一般的に考えられている。これ等より、リジン欠乏は不安状態を増強することが行動科学、神経化学的に示され、食餌中のリジンを補うことでそれ等の状態が改善されることが明らかとなった。
【0067】
【表1】

*1:Smriga et al.、J. Nutrition 130、1641-1643、2000参照。
*2:(組成)澱粉79.6%、セルロース8.9%、無機物混合8.9%、ビタミン混合2.2%、コリンCl-0.4%。
これらの内容は後記表2にも適用される。
【0068】
(実施例2)(過敏性腸症候群のモデル)
電車に乗るとトイレに行きたくなる、或いは重要な会議でのプレゼンテーションの前にトイレに行きたくなる、等の経験をする人も多い。これは、消化管運動、特に排便運動が精神的ストレスにより亢進した結果である。より強いストレスが加わると、下痢様症状となる。これ等の症状がひどい人達は、過敏性腸症候群と呼ばれ、治療を要する。
【0069】
ラット等の小動物も、軽度ストレスを加えると、排便活動が亢進することが知られている。具体的には、ラットの両前足をテープで体に緩く固定し(ラップストレス)、自然な行動ができなくさせた後、排便量を観察する。これはWrap Stress resistant model (WRS)と呼ばれ、過敏性腸症候群の治療を目的とした医薬品の探索に用いられている。
【0070】
ウイスター(Wistar)系ラット(雄、5週齢)を2週間リジン添加食及び低リジン食(リジン欠乏食;表1参照。)で飼育した(各群10匹)。WRSモデルはIto C.(J. Pharmacol. Exp. Ther.、1997、280、67-72)及びKishibayashi N.(Jpn. J. Pharmacol.、1993、63、495-502)等の方法を参考に行った。即ち、ラットの前肢を綿テープで体に縛り、飼育ブラケットケージに放置し、排泄される糞を10分間隔で採取した。図3にラップストレス負荷後150分までの排便数及び排便重量を30分毎に集計した結果を示した。リジン添加食及び低リジン食摂取ラット共に、WRS開始30分以内に排便活動のピークが見られ、その後沈静化し、1−2時間にかけて緩やかな排便活動のピークが認められるという2相性の反応を示した。第1相に観察される急激なストレス性排便の排便数・排便重量は両者に差は認められなかった。しかし、遅れて出てくる第2相の緩序ストレス性排便の排便数及び排便量は共に低リジン食摂取ラットの方が有意(p<0.05)に多かった。即ち、心理的ストレスによる排便をリジン欠乏は増強させ、リジン添加食摂取によりこれ等は改善されることが示された。
【0071】
(実施例3)(ストレス性胃潰瘍のモデル)
ラットを低リジン食及びリジン不足分を補ったリジン添加食(表1参照。)で3週間飼育した。18時間絶食後、ラットをストレスゲージ(夏目製作所、KN-468)に入れて6時間、胸部まで浸水(温度22−25度)させた。その後、胃を摘出し、胃内出血の度合いを、NHIイメージソフトウエアを用いて胃内出血面積を算出した。図4にその結果を示した。低リジン食飼育ラットではリジン添加食飼育ラットと比べ、水浸拘束による胃内出血面積比(総胃内面積に対する出血部位面積の割合)が有意に増加していた。本モデルでは、胃内出血と胃潰瘍の発生には相関が認められている。即ち、低リジン食で発症するストレス性胃潰瘍は食餌中へのリジン添加で防ぐことができると判断される。
【0072】
(実施例4)(ストレス性食欲不振モデルを用いたリジン添加食の効果)
ウィスター系ラット(雄性、13週齢、400g前後、N=16)を実験に用いた。実験を始める前4日からストレス実験中にわたり、正常食(コントロール食;リジン13.4g/kg)、及びリジン添加食(27g/kg)で飼育した。自由摂水条件下で給餌は9−11時に行った。飼育4日目にフットショックストレス(1mA/3分、19:00−次日7:00にかけて1時間に1回)、5日目にフットショックストレス(1mA/3分、19:00−次日7:00にかけて2時間に1回)、6日目にフットショックストレス(1mA/3分、7:00に1回)を行い、各日の総摂食量及び体重の経日変化を計測した。結果を図5に示した。
【0073】
尚、ここで使用したコントロール食及びリジン添加食の組成は下記表2に示した通りである。
【0074】
【表2】

【0075】
この結果から、リジンのストレス負荷前投与により予防効果を発揮することや、リジン投与によるストレス性疾患発症後の改善、治療効果も示唆されている。即ち、リジンのストレス負荷前投与が予防的にもより好ましいが、発症後にリジン投与することにより回復を容易にすること、この場合もストレス負荷前のリジンの投与により効果をより高めることができる。
【0076】
(実施例5)(ストレス性胃潰瘍実験)
実験には7週齢ウィスター系ラット(雄、日本チャールズリバー)を用いた。7日間、正常食(CRF-1:オリエンタル酵母)自由摂取させて予備飼育を行った。その後、ストレス実験に備えて、絶食条件下に、1)コントロール純水投与群(N=8)、2)リジン水溶液(40mg/mL)投与群(N=8)、リジングルタミン酸塩(40mg/mL)及びアルギニン(40mg/mL)混合水溶液投与群(N=4)、の計3群に分けて3日間追加飼育した。各群の水溶液投与は朝9時1日1回、5mLを、経口ゾンデを使っての強制投与により行った。
【0077】
この間、水は自由摂取できるようにした。4日目に実施例3と同様に、ラットをストレスゲージ(夏目製作所、KN-468)に入れて5時間、胸部まで浸水(温度22−25度)させ、ストレス性胃潰瘍を発症させた。その結果を、図6に示す。コントロールの純水投与群に比べて、リジン水溶液投与群、及びリジングルタミン酸塩及びアルギニン混合水溶液投与群では、有意に胃内出血範囲の縮小が観察された。これにより、正常食飼育下においても、更に、リジンを水溶液として添加することで、ストレス性疾患の予防が期待できる。
【0078】
(実施例6)(elevated T-mazeテストにおけるリジン及びリジン含有アミノ酸製剤の効果)
[方法]
実験には7週齢ウィスター系ラット(雄、日本チャールズリバー)を用いた。7日間、正常食(CRF-1:オリエンタル酵母)自由摂取させて予備飼育を行った。その後、ストレス実験に備えて、絶食条件下に、1)グルタミン水溶液(120mg/mL)投与群(N=14)、2)リジン水溶液(120mg/mL)投与群(N=14)、リジングルタミン酸塩(120mg/mL)及びアルギニン(120mg/mL)混合水溶液投与群(N=14)、の計3群に分けて3日間追加飼育した。各群の水溶液投与は朝9時1日1回、5mLを、経口ゾンデを使っての強制投与により行った。この間、水は自由摂取できるようにした。4日目に、ラットをストレスゲージ(夏目製作所、KN-468)に入れて4時間、胸部まで浸水(温度22−25度)させ、ストレス負荷を行った後、高架T字迷路(実施例1参照。)試験を行い、探索行動時間を計測した。
【0079】
[結果]
結果を図7に示す。グルタミン投与群に比べて、リジン投与群、並びにリジングルタミン酸塩及びアルギニン混合水溶液投与群では有意に探索行動時間の延長が認められた。また、別途生理食塩水投与群とグルタミン投与群を作成し、グルタミンの効果を検討したところ、両者間に有意な差は認められなかった。以上の結果より、リジン単独或いはリジン含有アミノ酸製剤はストレス負荷後の不安過敏を予防することが確認された。
【0080】
(実施例7)(水産養殖時の密飼いストレス)
モジャコ(ブリ/ Yellow tailの幼魚)におけるリジンの栄養学的な要求量は飼料乾物中、1.78%であることが報告されている。(T. Ruchimat et at.、Aquaculture 158 (1997) 331-339参照。)
【0081】
通常、この要求量を超える過剰量のリジンを投与しても、飼養成績は改善されない。しかし、ストレスがかかっている状況においては、栄養学的には過剰なレベルのリジンを投与することにより、ストレスによる飼料摂取量の低下を防止することができ、その結果飼養成績を改善することができる。以下の実験はその一例である。
【0082】
試験飼料は市販のモジャコ用マッシュ飼料に、リジン塩酸塩を下記表3に示す割合で添加した。これにより飼料乾物中のリジン含量は4.8%となり、これは栄養学的要求量(1.78%)を大きく超えるレベルである。また、比較のためにリジン塩酸塩の代わりにアルギニン塩酸塩を同レベル添加した飼料もテストした。
供試魚として平均魚体重約35gのモジャコを40尾ずつ800L容水槽に収容し、午前8時 と午後4時の2回上記飼料を飽食給餌し、合計4週間飼育した。その間毎週体重測定した。尚、体重測定前日の午後4時の給餌は行わなかった。
【0083】
【表3】

【0084】
飼養成績を表4に示す。
【0085】
【表4】

【0086】
この飼育試験のような水槽における飼育では、通常の海での飼育に比べより高いストレスがかかるものと想定される。更に、この飼育試験では魚体重が大きくなるに従って、同じ体積の水槽での飼育における密飼いによるストレスは高まるものと予想される。リジン添加区では、3週〜4週にかけて飼料摂取量が他の実験区よりも高くなり、増体重も高かった。(試験終了時ではコントロールと比較して17%増。)
アルギニンを添加した区ではそのような効果は得られなかったことから、この効果は、ストレス条件下におけるリジンに固有の効果であると考察される。
【0087】
(実施例8)(ブロイラーの密飼いストレス)
[実験方法]
ブロイラー(品種:アーバーエーカー)を暑熱条件下で飼育した。飼料組成は表5及び表6に示す通りである。
【0088】
【表5】

【0089】
【表6】

【0090】
飼育密度は1平方メートル当たり8羽(通常密度)、及び12羽((高密度)の2区、また飼料は 1.通常飼料、2.通常飼料+リジン(リジン含量が飼料1の倍量、3.通常飼料+リジン+アルギニン(リジン、アルギニン含量がそれぞれ飼料1の倍量)の3群とし、飼育密度と飼料の組み合わせとして合計6実験例を設けた。21日令から試験を開始(この時点での平均体重は722g)し、48日令時点での飼養成績(増体重、飼料要求量)を比較した。また48日令時に屠殺し、肉質(腹腔脂肪率)に対する評価を行った。飼料要求量は総摂取飼料を増加体重で割り、体重1gを上げるための必要飼料量で表した。飼育の結果を図8に示した。
【0091】
[結 果]
通常飼料群では、高密度飼育区で飼料摂取量、増体重の低下が観られ、これは密飼いストレスによるものと推定された。リジン添加飼料群では、通常密度飼育、高密度飼育区共に体重、飼料要求量の改善は認められなかったが、腹腔脂肪率は低下傾向が認められた。一方、(リジン+アルギニン)添加飼料群では、通常密度飼育下での体重増加は認められなかった。この結果は、(リジン+アルギニン)飼料給与により、密飼いストレスが軽減されたためであると推定される。一方、肉質の比較では、(リジン+アルギニン)添加飼料群で腹腔脂肪率、飼料要求量の有意な低減が認められ、肉質改善、飼料効率の向上が観察された。これ等の実験結果から、リジンを含有するアミノ酸製剤(リジン+アルギニン)は猛暑下のブロイラーの飼育効率(体重増加、飼料要求量の低減、腹腔脂肪率の低下)を明らかに向上させることが判明した。
【0092】
ブロイラーにおいては、リジンとアルギニンの拮抗作用が知られており、飼料中リジンとアルギニンの比率を適正レベルに維持させる必要があると報告されている。従って、本実験ではリジンとアルギニンの比率が一定になるようにリジン区にはアルギニンも添加した。即ち、ブロイラーは成長期に飼料アミノ酸組成の中で、その成長にアルギニン/リジン比が重要であり、その比率が低い程成長阻害を引き起こすことが知られており、その作用はラット、イヌ、ブタ等の哺乳類と比べて著しく顕著であると報告されている(J. Am. Coll. Nutrition 16, 1997, 7-21; J. Nutrition 115, 1985, 743-752; FASEB Special Publications Office, pp22,59, 1992参照。)。今回の試験では少なくともリジン単独負荷により飼料中のアルギニン/リジン比が低下しているにもかかわらず、成長抑制は認められていない。これは、リジンの抗ストレス作用による体重増加がアルギニン/リジン比の低下による体重減少でマスクされた結果と考えることができ、その効果が実質的には観られるということができる。
【0093】
以上、ブロイラーの密飼いストレスによる飼養成績低下の問題を、リジン・アルギニン添加によって解決できることが確認された。
【0094】
[技術的背景]
ブロイラーをなるべく安価にしかも高品質に食材として提供するためには、一定飼育面積に対する飼育数を上げると同時に、飼料効率を上げる必要がある。しかしながら、縄張り意識を持つブロイラーをある一定密度以上で飼育することは、鶏にとって強いストレスとなり、摂食量の低下を引き起こす(いわゆるストレス性食欲不振)。また、高密度飼育ストレスが闘争本能の引き金を引き、互いを傷害する(いわゆる悪癖(cannibalism)と呼ばれる現象)。そして、結果的に、体重増加の遅延、飼料効率の低下、ひいては肉質の低下を伴い、食材としての価値が低下する。密飼いによるストレスの問題は、特に暑熱条件下で、より深刻である。
【0095】
近年、動物福祉の観点からも、食材用の飼育動物は食肉として処分される時まで、限りなくストレスを軽減した状態で飼育することが望まれている。また、食肉中の残留製剤(ペニシリン等の抗生物質やある種のホルモン剤)の人への影響が次第と明らかにされるにつれ、食材として将来提供されるであろう飼育動物にストレス軽減作用を有する合成医薬品を処方することは困難である。この発明の技術はアミノ酸(リジン+アルギニン)を用いることで、密飼いストレスの問題が生じることなく、ブロイラーの飼育密度を上げ、高い生産性で安全な食材を世の中に提供することができるので、産業上極めて有用である。
【0096】
以上の実施例の結果から、リジンが抗ストレス性疾患剤、特にその予防剤として有効であり、その効果を得るために医薬組成物、飲食品、飼料等において広く使用できることが理解される。更に、他の特定のアミノ酸、例えばグルタミン酸、アルギニン等を併用することにより一層その効果を高められることも理解される。
【産業上の利用可能性】
【0097】
従って、本発明は医薬品、食品、飼料、医療等の分野で広く実施可能であり、故に産業上極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リジンを含有することを特徴とするストレス性胃潰瘍及び十二指腸潰瘍、ストレス性胃炎、並びに機能性胃腸症のための医薬組成物、但し、リジンは塩の形態でもよい。
【請求項2】
更に、他のアミノ酸(塩の形態でもよい。)を含有する請求項1記載の医薬組成物。
【請求項3】
リジンがグルタミン酸又はアスパラギン酸との塩の形態にある請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
当該他のアミノ酸がグルタミン酸、アルギニン及びアスパラギン酸の少なくとも1種である請求項2記載の医薬組成物。
【請求項5】
リジンがグルタミン酸との塩の形態にあり、アルギニンを含有する請求項2又は3記載の医薬組成物。
【請求項6】
ストレス負荷時又はその前に摂取するためのものである請求項1記載の医薬組成物。
【請求項7】
リジン欠乏に起因するストレス性胃潰瘍及び十二指腸潰瘍、ストレス性胃炎、並びに機能性胃腸症を予防するためのものである請求項1記載の医薬組成物。
【請求項8】
当該リジンの摂取量が、リジン遊離体換算で一日当り0.001〜13g/体重kgである請求項1〜5何れか記載の医薬組成物。
【請求項9】
リジンの総摂取量が遊離体換算で一日当り0.001〜13g/体重kgとなるように当該リジンを摂取するようにした請求項1〜5何れか記載の医薬組成物。
【請求項10】
当該リジンを、その遊離体換算で90〜0.1%(重量)含有する請求項1〜5何れか記載の医薬組成物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−167195(P2009−167195A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−54833(P2009−54833)
【出願日】平成21年3月9日(2009.3.9)
【分割の表示】特願2002−574960(P2002−574960)の分割
【原出願日】平成14年3月19日(2002.3.19)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】