説明

抗原賦活化方法

【課題】本発明は、パラフィン包埋後の標本について、組織又は細胞に存在する目的抗原物質を認識する抗体を用いて免疫組織化学染色を行う場合に、より効果的に目的抗原物質の抗原賦活化を行う方法を提供することを課題とする。
【解決手段】パラフィン包埋後の標本についての免疫組織学的化学染色のための目的抗原物質の賦活化方法において、30〜130℃での加熱処理後、緩慢冷却処理及び緩衝液による洗浄処理を行わないことを特徴とする目的抗原物質の賦活化方法による。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗原賦活化方法に関する。より詳しくは、病理学などの分野において、ルーチンに処理された組織又は細胞のホルマリン固定、パラフィン包埋された標本を用いて、組織又は細胞に存在する特定の抗原について免疫組織化学染色を行う場合における抗原物質の抗原性を回復する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫組織化学(Immunohistochemistry; IHC)は、発現したタンパク質を認識する抗体を用いて、特定のタンパク質などを個々の症例において解析する方法であり、パラフィンブロック切片や凍結切片で解析が可能である。免疫組織化学染色は、病理学的に広く用いられる染色法であり、組織又は細胞に存在する特定の抗原を認識する抗体を用いて可視化し、その局在を光学顕微鏡あるいは電子顕微鏡下で観察するために考案された染色法である。
【0003】
組織や細胞の構造の観察や、組織内の生体高分子(タンパク質、多糖、mRNAなど)の分布を調べるためには、固定処理した試料を用いる必要がある。固定は、(1)組織内の物質を速やかに不動化し、生体に近い状態を保つ、(2)自己分解や腐敗を防ぎ、死後変化を最小にする、(3)再現性のある組織像を得る、(4)目的とする構造にコントラストを与える、などの目的のために行う。病理組織などの光学顕微鏡レベルでの評価のためには10%ホルマリン溶液が標準的な固定液であり、組織内で酵素活性や抗原を検出する酵素組織化学や免疫組織化学では、酵素活性や抗原性を保存する固定法が要求される。
【0004】
固定には化学固定と物理固定がある。化学固定では細胞、組織内の高分子物質を架橋することによって不動化する。なお、固定剤としては、ホルムアルデヒド、グルタールアルデヒド、四酸化オスミウムなどがある。ホルムアルデヒドやグルタールアルデヒドは主としてタンパク質を固定する。ホルムアルデヒドは、大きな組織片にも速やかに浸透する。物理固定には、(1)煮沸やマイクロウェーブ照射による変性(熱凝固)、(2)エタノールやアセトンなど有機溶媒による沈殿、(3)酢酸やトリクロロ酢酸などによる変性、沈殿、(4)凍結、などがある。凍結したものは、凍結中又は融解後に固定する必要がある。このような化学固定や物理固定処理により、目的タンパク質は著しく変性を受け、免疫組織化学での検出の不安定性や検出不能の結果に至る。
【0005】
抗原賦活化には主として、ペプシン、トリプシンなどのタンパク質分解酵素処理や、加熱処理がある。タンパク質分解酵素処理では、タンパク質の一部が消化、抽出され、抗体が抗原に接触しやすくなるが、抗原性の劇的な賦活化は期待できないことが多い。また、メチル無水マレイン酸(Citraconic anhydride)を用いた抗原賦活化方法について報告がある(特許文献1)。
【0006】
加熱処理ではホルムアルデヒドによるタンパク質の架橋が切断されるとともに、タンパク質や核酸の一部が抽出される。加熱処理法により検出可能となった抗原は非常に多い。加熱処理による抗原賦活化は、加熱処理によりタンパク質の高次構造を形成している疎水結合、水素結合、イオン結合が乖離して高次構造が変化し、続いて自然冷却などの緩慢冷却によりペプチド鎖が再フォールディングされ、抗原性が賦活化されると考えられる。ペプチド鎖の再フォールディングのために、自然冷却などの緩慢冷却処理も加熱処理に伴う抗原賦活化の重要な因子であると考えられている(非特許文献1)。緩慢冷却処理を伴う加熱処理では、再フォールディングに適合する抗原賦活化液を選択する必要がある。加熱処理液(抗原賦活化液)には、10mMクエン酸緩衝液(pH 6.0)や1mM ethylenediaminetetraacetic acid(EDTA)液(pH 8.0)などが多く使用されている。
【特許文献1】特許第3797418号公報
【非特許文献1】http://www.nichirei.co.jp/bio/tamatebako/pdf/tech_05_dr_fujita.pdf
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、パラフィン包埋後の標本について、組織又は細胞に存在する目的抗原物質を認識する抗体(一次抗体)を用いて免疫組織化学染色を行う場合に、短時間かつ効果的に目的抗原物質の抗原賦活化を行う方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するために、鋭意検討を重ねた結果、加熱処理後の緩慢冷却工程及び緩衝液による洗浄工程の省略により、抗原性が維持され、さらに抗原賦活化作用が増強されることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.パラフィン包埋後の標本についての免疫組織化学染色のための目的抗原物質の賦活化方法において、70〜130℃での加熱処理後、緩慢冷却処理及び緩衝液による洗浄処理を行わないことを特徴とする目的抗原物質の賦活化方法。
2.加熱処理後、過酸化水素水処理、過酸化水素・アルコール処理、アルコール処理、還元剤処理、キレート剤処理、界面活性剤処理もしくは緩衝液処理による急速冷却処理を行うことを特徴とする前項1に記載の目的抗原物質の賦活化方法。
3.過酸化水素・アルコール処理が、過酸化水素・メタノール処理である前項2に記載の目的抗原物質の賦活化方法。
4.前項1〜3の何れかに記載の賦活化方法と、タンパク質分解酵素処理を組み合わせて行うことを特徴とする目的抗原物質の賦活化方法。
5.前項1〜4の何れかに記載の賦活化方法と、還元剤処理を組み合わせて行うことを特徴とする目的抗原物質の賦活化方法。
6.前項1〜5の何れかに記載の賦活化方法と、界面活性剤処理を組み合わせて行うことを特徴とする目的抗原物質の賦活化方法。
7.前項1〜6の何れかに記載の賦活化方法により処理したパラフィン包埋後の標本を、免疫組織化学染色により分析することを特徴とする組織又は細胞の分析方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の目的抗原物質の賦活化方法によると、加熱処理後の緩慢冷却工程及び緩衝液による洗浄工程を省略することができる。これにより、抗原賦活化工程に要する時間が、約45分間短縮でき、さらに抗原タンパク質の染色感度も上昇させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明において、パラフィン包埋標本の作製方法は、自体公知の方法を適用することができる。組織や細胞の固定には化学固定と物理固定がある。化学固定に用いられる固定剤としては、ホルムアルデヒド(ホルマリン)、グルタールアルデヒド、四酸化オスミウムなどが挙げられる。ホルムアルデヒドやグルタールアルデヒドは主としてタンパク質を固定する。ホルムアルデヒドは大きな組織片にも速やかに浸透する。物理固定には、(1)煮沸やマイクロウェーブ照射による変性(熱固定)、(2)エタノールやアセトンなど有機溶媒による沈殿、(3)酢酸やトリクロロ酢酸などによる変性、沈殿、(4)凍結などが挙げられる。
【0012】
固定後に、組織や細胞などの検体の性質に応じて、さらに脱脂操作や脱灰操作を行うことができる。例えば、乳腺、皮下組織、骨髄などの、検体に脂肪成分の多い組織のパラフィン包埋に際しては、固定後にアセトン、クロロホルム、メタノール・クロロホルム混合液(1:1もしくは1:2)などで処理することにより脱脂操作を行うことができる。また、骨、歯、石灰化した病巣、結石を含む腎臓や胆嚢などの、検体に石灰が含まれる場合は、そのまま包埋したのでは薄切が困難である。包埋に先立って、石灰化組織からミクロトームで薄切を容易にするためにあらかじめ石灰を除去する脱灰操作を行うことができる。一般には、硝酸、ギ酸、三塩化酢酸などの酸類により処理する方法が挙げられる。
【0013】
次に、脱水のために通常エタノールを用いる。急に濃度の濃いエタノールに入れると組織の強い収縮と硬化が起きるので、例えば70%→80%→90%→100%のように低濃度のエタノールから高濃度のエタノールに移して処理することができる。さらに、検体にパラフィンを浸透させるために、例えばキシレンを用いて処理することができる。まず、1:1キシレン・パラフィン混合液に浸し、次にパラフィン液に検体を浸すことができる。
【0014】
以上の処理した検体を型に入れ、溶かしたパラフィンを注ぎ固め、パラフィン包埋し、パラフィン包埋標本を作製することができる。パラフィンの処理温度は、パラフィンの種類、検体、目的に応じて適宜選択することができる。パラフィンで包埋した検体を、顕微鏡下で組織を観察する場合に、厚い組織片を薄く切り、透過光線を充分通す必要がある。上記の如く、固定、脱水、包埋の操作を加えて一定の硬さを与えた後に組織片などの検体を例えばミクロトームを用いて薄く切ることができる。
【0015】
上述のパラフィン包埋組織の薄切切片を、例えばキシレンで脱パラフィン処理した後、免疫組織化学染色のため、目的抗原を認識する抗体で抗原抗体反応をさせる。
【0016】
免疫組織化学染色は、目的抗原物質に対する抗体を用いてその局在を可視化する方法である。抗体は、目的抗原物質、つまり目的タンパク質のごく一部のペプチドをエピトープとして認識するので、タンパク質に本来備わっている、又は固定処理により形成されたS-S結合は、抗体の認識には不利な構造となりうる。免疫組織化学染色の際、固定された組織や細胞に存在する目的タンパク質を生体の状態に戻すのではなく、抗体が作製されたときに認識される直線的なペプチドの状態に近づけることにより、目的抗原物質の抗原性を回復することができる。
【0017】
本発明の目的抗原物質の賦活化方法では、加熱処理による抗原賦活化処理を行うことが必要である。本発明において、加熱処理は70〜130℃の範囲で行うことができ、好ましくは70〜125℃の範囲で行うことができ、さらに好ましくは95〜121℃の範囲で行うことができる。加熱処理時間は、5〜120分程度行うことができ、好ましくは5〜90分程度行うことができ、より好ましくは約10〜60分程度とすることができる。
【0018】
ここで、加熱処理工程で用いられる溶液は、特に限定されないが、例えば10mMクエン酸緩衝液(pH 6.0, 7.0)、1mM EDTA液(pH 8.0)、10mM EDTA液(pH 8.0)、Tris-EDTA液(pH9.0)、10mM Tris(pH 10.0)、100mMホウ酸(pH 7.0)、PBS(Phosphate Buffered Saline:リン酸緩衝液)、TBS(Tris-Buffered Saline: トリス緩衝液)、生理的食塩水、蒸留水等を用いることができる。
【0019】
本発明は、加熱処理後の試料を緩慢冷却、洗浄する工程を省略するものである。従来の脱パラフィン処理後の加熱処理による抗原賦活化方法は、以下のように、緩慢冷却、洗浄工程を必要としていた。抗原賦活化後の緩慢冷却工程で、ペプチドやタンパク質等の再フォールディングが行われることが考えられ、そのために加熱処理に用いられる抗原賦活化処理液は、ペプチドやタンパク質に応じて、再フォールディングに合った緩衝液を選択することが必要であった。本明細書において、緩慢冷却とは、70〜130℃の加熱処理後、30分以上かけて室温または室温以下の温度に徐々に冷却していくことをいい、自然冷却や機器のプログラム等により設定されて行われる緩慢な冷却が含まれる。ここで、自然冷却とは、加熱処理後にそのまま室温に放置し、室温にて徐々に自然に冷却させていくことをいい、プログラム等により設定されて行われる緩慢冷却の場合は、プログラムの温度設定により徐々に冷却させつつ、同時に洗浄工程等が組み合わされている場合がある。
【0020】
加熱処理による抗原賦活化工程では、通常は以下の1)〜3)の工程が行われる。
1)加熱処理工程
2)緩慢冷却工程(約30分〜1時間以上)
3)緩衝液、例えばPBSによる洗浄(約5分×3)
【0021】
従来では、上記1)〜3)の工程の後、過酸化水素水処理もしくは、過酸化水素・アルコール(H・アルコール)処理を行い、その後一次抗体及び二次抗体処理を行い、発色させて検出していたのに対し、本発明の抗原賦活化方法では、上記工程のうち、1)の加熱処理後に、加熱処理後の試料を緩慢冷却、洗浄する工程を省略して、過酸化水素水処理、H・アルコール処理、アルコール処理、還元剤処理、キレート剤処理、界面活性剤処理もしくは緩衝液処理による急速冷却処理を行い、そのまま、又は引き続き過酸化水素処理を行い、その後一次抗体及び二次抗体処理を行い、発色させて検出することができる。ここで、急速冷却とは、加熱処理後の高温状態(70〜100℃)から急速に低温状態に冷却することをいう。急速冷却処理に用いるこれらの処理液は、4〜40℃で処理することができ、好ましくは10〜37℃とすることができる。
【0022】
パラフィン包埋組織の薄切切片を脱パラフィン処理した後の試料について、上記2)の緩慢冷却工程、3)の洗浄工程を省略し、加熱処理工程の直後に過酸化水素水処理、H・アルコール処理、還元剤処理、キレート剤処理、界面活性剤処理もしくは緩衝液処理による急速冷却処理を行うことにより、抗原性が回復・賦活化した状態で固定されていると考えられる。
【0023】
上記1)の加熱処理後の試料を急速冷却処理する場合に、H・アルコールもしくはアルコールを用いる場合の、アルコールは特に限定されないが、使用の簡便さ及び費用の観点から、メタノールを用いるのが最も効果的である。還元剤を用いる場合は、シュウ酸、クエン酸、システイン、アスコルビン酸、ヨウ化カリウム、ヨウ化水素酸、金属水酸化物から選択されるいずれかを用いることができ、キレート剤を用いる場合は、クエン酸、グルコン酸、ヘプトグルコン酸、EDTAに代表されるアミノカルボン酸系キレート剤、ホスホン酸系キレート剤、キレート金属塩から選択されるいずれかを用いることができる。界面活性剤としては、ポリオキシエチレン(9)オクチルフェニルエーテル (NP-40, IgepalCA630)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート (Tween20)、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル (Triton-X-100)、ポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレン縮合物 (Pluronic F68)などの非イオン系界面活性剤、3-(1-ピリジニオ)-1-プロパンスルホン酸 (NDSB 201)などの両性界面活性剤、ドデシル硫酸ナトリウム (SDS) などの陰イオン性界面活性剤、Cetyltrimethylammonium Bromide (CTAB) などの陽イオン性界面活性剤から選択されるいずれかを用いることができる。緩衝液で処理する場合は、加熱処理工程で使用する緩衝液と同様のものを用いることができ、例えばPBS(リン酸緩衝液)もしくはTBS(トリス緩衝液)を用いることができる。緩衝液には、上記還元剤やキレート剤、界面活性剤を混入してもよい。
【0024】
従来の免疫染色の工程において、Hが用いられるのは、試料中に含まれる内因性のペルオキシダーゼを不活化し、ジアミノベンチジン(DAB)によるペルオキシダーゼ基質の発色の際のバックグラウンドを抑制するためである。従来法では、内因性ペルオキシダーゼの不活化処理のために、過酸化水素水処理もしくは、H・メタノール処理を行い、その後さらにPBSなどの緩衝液で洗浄(約5分×3)を行う。本賦活化法は、内因性ペルオキシダーゼ不活化処理と、抗原性が賦活化した状態での固定処理を同時に行う。このことにより、発色感度の増強作用が得られるのと同時に時間短縮をはかることができる。この場合において、ペルオキシダーゼ基質の発色により免疫組織化学染色する場合は、内因性ペルオキシダーゼ不活化処理が染色工程内に必ず含まれるため、単純に上記2)の緩慢冷却工程、3)の洗浄工程をスキップすることで、抗原性が賦活化した状態での固定処理が実現される。一方、ペルオキシダーゼ基質の発色によらない場合において、染色工程内に含まれない過酸化水素水処理、H・アルコール処理、アルコール処理、還元剤処理、キレート剤処理、界面活性剤処理もしくは緩衝液処理による急速冷却処理工程を、上記1)の加熱処理工程後にあえて行うことで、抗原性が賦活化した状態での固定処理をすることができ、発色感度の増強と染色時間の短縮をはかることができる。ペルオキシダーゼ基質の発色により免疫組織化学染色する場合は、過酸化水素水処理もしくは、H・アルコール処理を約15分程度行うことができ、免疫組織化学染色がペルオキシダーゼ基質の発色によらない場合は、過酸化水素水処理、H・アルコール処理、アルコール処理、還元剤処理、キレート剤処理、界面活性剤処理もしくは緩衝液処理による急速冷却処理を1〜15分程度とすることができる。
【0025】
本発明の目的抗原物質の賦活化処理は、目的抗原物質に対する抗体を適用する前であればよく、特に限定されないが、薄切切片を作製した後に処理するのが望ましい。具体的には、薄切切片をプレパラート上に配置し、脱パラフィン処理した後であってもよい。
【0026】
本発明の抗原賦活化方法は、自体公知、又は今後開発される新たな抗原賦活化方法とともに組み合わせて処理してもよい。具体的には、タンパク質分解酵素処理、還元剤処理や界面活性剤処理などと組み合わせることができる。組み合わせる抗原賦活化処理は、本発明の加熱処理の前後であってもよいし、加熱処理と同時であってもよく、いずれの工程で組み合わせてもよい。
【0027】
タンパク質分解酵素処理を組み合わせる場合、タンパク質分解酵素は、免疫賦活化法に使用可能な酵素であればよく、特に限定されないが、例えばペプシンやトリプシンなどの自体公知の酵素を使用することができる。
【0028】
還元剤処理を組み合わせる場合、還元剤は、免疫賦活化法に使用可能な還元剤であればよく、特に限定されないが、例えばタンパク質中のS−S結合を切断可能なものであればよい。具体的にはメルカプト系還元剤、芳香族チオール系還元剤、有機リン酸化合物及び/又はピルビン酸アミド系還元剤が挙げられる。メルカプト系還元剤としては、メルカプトエタノールが挙げられ、さらに具体的には2-メルカプトエタノール及び/又は2-メルカプトエタノールアミンなどが挙げられる。芳香族チオール系還元剤としては、ジチオスレイトール(Dithiothreitol, DTT)が挙げられ、有機リン酸化合物としてはTCEP(Tris[2-carboxyethyl]phosphine)が挙げられる。さらに、チオグリコール酸及びその塩類、システイン及びその塩類、亜硫酸塩などの還元剤に、アンモニア、モノエタノールアミン、炭酸水素アンモニウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ剤を併用して用いてもよい。
【0029】
界面活性剤処理を組み合わせる場合、免疫賦活化法に使用可能な界面活性剤処理であればよく、特に限定されないが、例えば加熱処理液中に界面活性剤を混入する手法が知られている。界面活性剤は、非イオン性界面活性剤、両イオン性界面活性剤のほか、陰イオン性界面活性剤であってもよい。具体的には、ポリオキシエチレン(9)オクチルフェニルエーテル (NP-40, IgepalCA630)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート (Tween20)、 ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル (Triton-X-100)、ポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレン縮合物 (Pluronic F68)、3-(1-ピリジニオ)-1-プロパンスルホン酸 (NDSB 201)などを加熱処理溶液に加え、処理することができる。
【0030】
上記目的抗原物質の賦活化処理後に、目的抗原物質に対して、目的抗原物質を認識する抗体(一次抗体)を作用させ、抗原抗体反応をさせる。一次抗体は、目的抗原物質に応じて用いることができ、自体公知の一次抗体、特に既に市販されている抗体などを使用することができる。さらに、一次抗体を認識可能であり、標識された二次抗体を用いて抗原抗体反応させ標識を検出することにより、目的抗原物質を検出することができる。
【0031】
本発明は、上記賦活化方法により処理したパラフィン包埋後の標本を免疫組織化学染色により分析する組織又は細胞の分析方法にも及ぶ。
【実施例】
【0032】
以下に本発明の実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲内で種々の応用が可能である。
【0033】
(実施例1)乳癌組織におけるCyclinD1の免疫組織化学染色
1)乳癌組織について、一般的な手法に従ってパラフィン包埋による標本を作製し、ミクロトームを用いて薄切切片を作製した。
2)作製した薄切切片について、キシレン100%-5分、100%-5分、100%-5分、メタノール100%-5分、100%-5分、100%-5分で処理し、脱パラフィン操作行った。その後、流水で5分間洗浄し、前処理試料を得た。
【0034】
3)加熱による抗原賦活化処理
上記により得た前処理試料について、加熱処理を行った。加熱処理は、前記前処理試料(スライドガラス)を、10mMクエン酸緩衝液(pH 7.0)+界面活性剤(IgepalCA630)0.5%(v/v)溶液の入ったバット中に浸し、121℃で15分間オートクレーブを行った。
【0035】
4)緩慢冷却工程の有無による分類
その後、a)自然冷却による緩慢冷却工程30分及びリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いた各々5分ずつ3回の洗浄工程あり、又はb)緩慢冷却工程及び洗浄なし、の各試料に分類した。
【0036】
5)H・メタノール処理
上記a)又はb)の各試料を、内因性ペルオキシダーゼの抑制操作のために、3% H(30% H 15mL+メタノール135mL)150mLを含むバット中に15分間静置した。再度、PBSを用いて各々5分ずつ3回洗浄した。洗浄処置後、組織が乾かないよう注意して、ティッシュペーパーで周囲のPBSをよく拭った。
【0037】
6)免疫組織化学染色
免疫組織化学染色用キット(UltraTech HRP Streptavidin-Biotin Detection System(Beckman Coulter社))に含まれるブロッキング液を上記試料に滴下し、室温で10分間静置した。その後、ブロッキング剤を除き、一次抗体を試料に加えた。抗CyclinD1マウスモノクローナル抗体(Dako社、クローン:DCS−6、40倍希釈)を用い、抗体溶液100μLずつを試料にかけ、室温で60分間静置した。
【0038】
その後、PBSを用いて各々5分ずつ3回洗浄し、上記免疫組織化学染色用キットに含まれるビオチン標識二次抗体を加えて室温で10分間静置した。PBSを用いて各々5分ずつ3回洗浄し、酵素標識ストレプトアビジン液を加えて室温で10分間静置した。PBSを用いて各々5分ずつ3回洗浄し、ジアミノベンチジン(DAB)発色液を加えて室温で1〜5分間で発色を確認した。PBSにて発色停止後、流水で5分間洗浄し、ヘマトキシリンを用いて20秒間染色を行った。50℃で1分間発色し、流水で1分間洗浄、脱水透徹(メタノール100%-5分、100%-5分、100%-5分、キシレン100%-5分、100%-5分、100%-5分)し、封入した。
【0039】
組織は、光学顕微鏡により観察した。その結果を図1に示した。
【0040】
(実施例2)マントル細胞リンパ腫のリンパ節組織におけるbcl-6の免疫組織化学染色
マントル細胞リンパ腫のリンパ節組織について、a)緩慢冷却工程及び洗浄工程あり、又はb)緩慢冷却工程及び洗浄なし、の各試料に分類し、処理を行った。
【0041】
a)に関しては、実施例1と同様に1)の操作を行った後、自動染色機(ベンタナXTシステム ベンチマーク、ベンタナ社製)を用いて、実施例1の2)〜6)に該当する操作を自動で行い、免疫組織化学染色を行った。各処理は、以下の手順で行った。加熱処理は、1mM EDTA液(pH 8.5)を用いて、95℃38分+100℃64分行ったのち、自動染色機内のプラグラムによる緩慢冷却・洗浄工程→過酸化水素(H)水処理→洗浄→ブロッキング→一次抗体→ストレプトアビジン、ビオチンブロック→洗浄→二次抗体→ストレプトアビジン結合HRP(Horseradish peroxidase)→DAB発色→ヘマトキシリン染色を自動で行った。
【0042】
b)に関しては、実施例1と同様に1)〜2)の操作を行って前処理試料を得、同様に3)の加熱処理、5)H・メタノール処理、及び6)免疫組織化学染色を行い、封入した。
【0043】
a)及びb)について、免疫組織化学染色のための一次抗体に、抗bcl-6マウスモノクローナル抗体(Dako社、クローン:PG−B6p、20倍希釈)を用いた。
組織の観察は、実施例1と同手法により行った。その結果を、図2に示した。
【0044】
(実施例3)乳癌組織におけるAndrogen Receptor(AR)の免疫組織化学染色
乳癌組織について、a)緩慢冷却工程及び洗浄工程あり、又はb)緩慢冷却工程及び洗浄なし、の各試料に分類し、処理を行った。
a)に関しては、実施例2と同様に、1)の操作を行った後、自動染色機(ベンタナHXシステム・ディスカバリー/XT)を用いて染色した。b)に関しては、実施例1と同様に1)〜2)の操作を行い、前処理試料を得、同様に3)の加熱処理、5)H・メタノール処理、及び6)免疫組織化学染色を行い、封入した。
【0045】
a)及びb)について、免疫組織化学染色のための一次抗体に、抗ARマウスモノクローナル抗体(Dako社、クローン:AR441、50倍希釈)を用いた。
組織の観察は、実施例1と同手法により行った。その結果を、図3に示した。
【0046】
(実施例4)乳癌組織におけるCyclinD1の免疫組織化学染色
乳癌組織について、a)自然冷却による緩慢冷却工程及び洗浄工程あり、又はb)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、の各試料に分類し、処理を行った。
実施例1と同様に1)〜2)の操作を行い、前処理試料を得、同様に3)の加熱処理、4)a)緩慢冷却工程及び洗浄工程あり、又はb)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、の各試料に分類し、処理した。5)H水処理には、上記a)又はb)の各試料を、内因性ペルオキシダーゼの抑制操作のために、3% H水(30% H 15mL+蒸留水135mL)150mLを含むバット中に15分間静置した。再度、PBSを用いて各々5分ずつ3回洗浄した。さらに6)免疫組織化学染色を行い、封入した。
【0047】
a)及びb)について、免疫組織化学染色のための一次抗体に、抗CyclinD1マウスモノクローナル抗体(Dako社、クローン:DCS−6、40倍希釈)を用いた。 組織の観察は、実施例1と同手法により行った。その結果を、図4に示した。
【0048】
(実施例5)乳癌組織におけるCyclinD1の免疫組織化学染色
乳癌組織について、a)自然冷却による緩慢冷却工程及び洗浄工程あり、b)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後5%(w/v)シュウ酸水による急速冷却処理、およびc)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後10mM EDTA(pH 8)による急速冷却処理、の各試料に分類し、処理を行った。
【0049】
実施例1と同様に1)〜2)の操作を行い、前処理試料を得、同様に3)の加熱処理、4)a)緩慢冷却工程及び洗浄工程あり、b)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後5%(w/v)シュウ酸水による急速冷却処理1分間、およびc)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後10mM EDTA(pH 8)による急速冷却処理1分間、の各試料に分類し、処理した。5)H・メタノール処理には、上記a)、b)又はc)の各試料を、内因性ペルオキシダーゼの抑制操作のために、3% Hメタノール(30% H 15mL+メタノール135mL)150mLを含むバット中に15分間静置した。再度、PBSを用いて各々5分ずつ3回洗浄した。さらに6)免疫組織化学染色を行い、封入した。
【0050】
a)、b)及びc)について、免疫組織化学染色のための一次抗体に、抗CyclinD1マウスモノクローナル抗体(Dako社、クローン:DCS−6、40倍希釈)を用いた。 組織の観察は、実施例1と同手法により行った。その結果を、図5に示した。
【0051】
(実施例6)乳癌組織におけるARの免疫組織化学染色
乳癌組織について、a)自然冷却による緩慢冷却工程及び洗浄工程あり、b)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、c)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後0.05%(w/v)シュウ酸・0.1%(v/v)Tween20−Tris-Buffered Saline(TBS)による急速冷却処理、d)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後0.1%(v/v)Tween20−TBSによる急速冷却処理、e)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後0.05%(w/v)シュウ酸−PBSによる急速冷却処理、f)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後0.05%(w/v)EDTA・0.1%(v/v)Tween20−TBSによる急速冷却処理、g)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後0.05%(w/v)EDTA−PBSによる急速冷却処理、h)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後10mM EDTA(pH 8)による急速冷却処理、i)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後0.1%(v/v)Tween20-Tris-EDTA(pH 9)による急速冷却処理、j)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後PBSによる急速冷却処理、k)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後5%(w/v)スキムミルク(森永乳業株式会社)による急速冷却処理、又はl)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後水道水による急速冷却処理、の各試料に分類し、処理を行った。
【0052】
実施例1と同様に1)〜2)の操作を行い、前処理試料を得、同様に3)の加熱処理、4)a)緩慢冷却工程及び洗浄工程あり、b)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、c)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後0.05%(w/v)シュウ酸・0.1%(v/v)Tween20−TBSによる急速冷却処理1分、d)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後0.1%(v/v)Tween20−TBSによる急速冷却処理1分、e)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後0.05%(w/v)シュウ酸−PBSによる急速冷却処理1分、f)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後0.05%(w/v)EDTA・0.1%(v/v)Tween20−TBSによる急速冷却処理1分、g)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後0.05%(w/v)EDTA−PBSによる急速冷却処理1分、h)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後10mM EDTA(pH 8)による急速冷却処理1分、i)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後0.1%(v/v)Tween20-Tris-EDTA(pH 9)による急速冷却処理1分、j)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後PBSによる急速冷却処理1分、k)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後5%(w/v)スキムミルクによる急速冷却処理1分、又はl)緩慢冷却工程及び洗浄工程なし、加熱処理後水道水による急速冷却処理1分、の各試料に分類し、処理した。5)H・メタノール処理には、上記a)、b)、c)、d)、e)、f)、g)、h)、i)、j)、k)又はl)の各試料を、内因性ペルオキシダーゼの抑制操作のために、3% Hメタノール(30% H 15mL+メタノール135mL)150mLを含むバット中に15分間静置した。再度、PBSを用いて各々5分ずつ3回洗浄した。さらに6)免疫組織化学染色を行い、封入した。
【0053】
a)、b)、c)、d)、e)、f)、g)、h)、i)、j)、k)又はl)について、免疫組織化学染色のための一次抗体に、抗ARマウスモノクローナル抗体(Dako社、クローン:AR441、50倍希釈)を用いた。
組織の観察は、実施例1と同手法により行った。a)、b)又はc)の結果を、図6に示した。
【産業上の利用可能性】
【0054】
以上詳述したように、本発明の目的抗原物質の賦活化方法によると、加熱処理後の緩慢冷却工程及び緩衝液による洗浄工程を省略することができる。これにより、抗原賦活化工程に要する時間が、約45分間短縮でき、さらに抗原タンパク質の染色感度も上昇させることができる。本方法により、組織又は細胞の病理学的分析のための標本作製の自動装置において、機械を単純化することができる。また、手動の場合には、標本作製に要する時間の短縮により、効率的に免疫組織化学染色による検査を遂行することができる。従って、より効果的な免疫組織化学染色を行うことができ、組織又は細胞の病理学的分析を正確に行うことができる。さらに、本発明の免疫賦活化方法は、病理学的分析機関や医療の基礎的研究分野において利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】乳癌組織におけるCyclinD1の免疫組織化学染色結果を示す図である。a)に比べてb)の方が劇的な染色性の増加が観察された(実施例1)。
【図2】マントル細胞リンパ腫のリンパ節におけるbcl-6の免疫組織化学染色結果を示す図である。a)に比べてb)の方が劇的な染色性の増加が観察された。マントル細胞リンパ腫の症例は合計8症例施行し、3/8で明らかな感度増加を認めた(実施例2)。
【図3】乳癌組織における抗アンドロゲンレセプター抗体による免疫組織化学染色結果を示す図である。a)に比べてb)の方が劇的な染色性の増加が観察された。乳癌の症例は合計5症例施行し、4/5で明らかな感度増加を認めた(実施例3)。
【図4】乳癌組織におけるCyclinD1の免疫組織化学染色結果を示す図である。a)に比べてb)の方が劇的な染色性の増加が観察された(実施例4)。
【図5】乳癌組織におけるCyclinD1の免疫組織化学染色結果を示す図である。a)に比べてb)、c)の方が劇的な染色性の増加が観察された(実施例5)。
【図6】乳癌組織におけるARの免疫組織化学染色結果を示す図である。a)に比べてb)、c)の方が劇的な染色性の増加が観察された(実施例6)。d)、e)、f)、g)、h)、i)、j)は、b)、c)と同程度の染色性の増加が観察された。l)はa)よりも染色性が低下し、k)は染色性の低下の程度が強く観察された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パラフィン包埋後の標本についての免疫組織化学染色のための目的抗原物質の賦活化方法において、70〜130℃での加熱処理後、緩慢冷却処理及び緩衝液による洗浄処理を行わないことを特徴とする目的抗原物質の賦活化方法。
【請求項2】
加熱処理後、過酸化水素水処理、過酸化水素・アルコール処理、アルコール処理、還元剤処理、キレート剤処理、界面活性剤処理もしくは緩衝液処理による急速冷却処理を行うことを特徴とする請求項1に記載の目的抗原物質の賦活化方法。
【請求項3】
過酸化水素・アルコール処理が、過酸化水素・メタノール処理である請求項2に記載の目的抗原物質の賦活化方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の賦活化方法と、タンパク質分解酵素処理を組み合わせて行うことを特徴とする目的抗原物質の賦活化方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載の賦活化方法と、還元剤処理を組み合わせて行うことを特徴とする目的抗原物質の賦活化方法。
【請求項6】
請求項1〜5の何れかに記載の賦活化方法と、界面活性剤処理を組み合わせて行うことを特徴とする目的抗原物質の賦活化方法。
【請求項7】
請求項1〜6の何れかに記載の賦活化方法により処理したパラフィン包埋後の標本を、免疫組織化学染色により分析することを特徴とする組織又は細胞の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−78379(P2010−78379A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−244925(P2008−244925)
【出願日】平成20年9月24日(2008.9.24)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】