説明

抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜、抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品、および抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品の製造方法

【課題】 安価でありながら優れた抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜を具現すること、および、これを施した抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品を具現すること、さらには、環境負荷が高くない条件で確実かつ容易に抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品の製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜は、基材の素地上に形成される最外層の薄膜に含まれるSnとCuの含有比率が、100−x[原子%]:x[原子%](但し、xはCuの含有率であって、10≦x≦90である)であり、かつ、前記薄膜に1〜10[質量%]のSnO2を有する構成とした。また、本発明の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜は、前記Cuが、Cu6Sn5およびCu3Snの少なくとも一方を形成している形成率の合計値が10〜100%である構成としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Sn−Cu合金薄膜と、これを施したSn−Cu合金薄膜形成品、Sn−Cu合金薄膜形成品の製造方法に関する。より詳しくは、抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜と、これを施した抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品と抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
錫めっきなどの薄膜は、食品加工用の各種調理用の金属製器具を被覆するものとして多用されているが、錫めっき自体は細菌に対する明確な抗菌性を有していない。そのため、病院などにおいて発生しやすい高齢者に対する肺炎桿菌の伝染などを防止することができない。
【0003】
また、食品を加工する場合にあっては、黄色ブドウ球菌、病原性大腸菌O−157などの各種細菌による汚染と、それにより引き起こされる食中毒が重要な問題となる。そのため、錫めっきなどの薄膜に抗菌性を付与することが求められている。
【0004】
錫めっきに抗菌性を付与するため、従来は例えば、錫めっき上に抗菌剤を塗布するという手段が一般的に用いられている。
また、例えば、特許文献1には、抗菌性のある金属微粉末を錫めっき皮膜へ添加するという発明が開示されている。
【0005】
しかし、これらの手段によって抗菌性が付与されたとしても、その効果は著しく向上しないという問題があった。
また、抗菌性のある金属微粉末を錫めっき皮膜に添加する場合、その添加工程が加わることによって製品作製のプロセスが複雑になるという問題があった。
【0006】
一方、例えば、特許文献2に記載されているように、金属製品の表面を被覆する技術の一つに「合金めっき」というものがある。
合金めっきの技術とは、通常、水溶液から同時電析(合金電析)を行うことで合金めっき薄膜を形成するものである。つまり、この合金めっきは、水溶液から異なる種類の構成元素を、基材の素地上に同時に電析させることにより、一度の操作で合金めっき薄膜を形成するものである。
【0007】
そして、銅、銀、亜鉛、ニッケル、鉛、カドミウム、クロム、パラジウム、ビスマスなどの一部の金属元素は、特定の条件下で複雑な錯体等の化合物を生成したり、金属イオンを生じたりすることによって、黄色ブドウ球菌、大腸菌、肺炎桿菌などの生育環境を不都合な状態に変化させるものがある。
【0008】
したがって、基材に合金めっきを行う際に、これらの金属元素を一種または二種以上用いることによって、合金めっき自体に抗菌性を具備させることが可能であると思われる。また、このような合金めっきを具現できれば、めっきを電析させた後に特別な抗菌化処理が不要となるだけでなく、製品作製のプロセスを簡便化することもできることから、工業的に非常に有用であると思われる。
【特許文献1】特開平6−16509号公報(請求項3、段落0012〜0015、表1)
【特許文献2】特開2005−139474号公報(請求項1〜請求項3、段落0015〜0029、図1および図2)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、このような合金めっきには以下のような問題があるために、実用化するのは極めて複雑かつ困難なものである。(1)二つの異なる金属の電析を同一の電位で行う必要がある、(2)合金めっきに使用できる金属が限定される、(3)めっき浴に用いられる化学種がシアン系の毒物や劇物、強酸性溶液、強アルカリ性溶液を用いることが多く、環境負荷が高い。
また、(4)黄色ブドウ球菌、大腸菌、肺炎桿菌などは多くの金属に対して通性があり、これらを制菌できる金属が多くない、(5)合金電析を行って作製した合金めっきが必ず抗菌性を有するとは限らない、(6)水溶液中からの電析によって形成される合金めっきは、熱的に非平衡である場合があり、加熱などして使用されると変質するおそれがある。
【0010】
本発明は、前記問題に鑑みてなされたものであり、安価でありながら優れた抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜を具現すること、および、これを施した抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品を具現すること、さらには、環境負荷が高くない条件で確実かつ容易に抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決した本発明に係る抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜は、基材の素地上に形成された薄膜に含まれるSnとCuの含有比率が、100−x[原子%]:x[原子%](但し、xはCuの含有率であって、10≦x≦90である)であり、かつ、薄膜に1〜10[質量%]のSnO2を有する構成としている。
【0012】
このように、Sn−Cu合金薄膜中のCuとSnの含有比率を特定の範囲で含有させることによって、Sn−Cu合金薄膜からCu2+が発生してオリゴダイナミー(Oligodynamie;微量金属作用)の効果が得られるために、当該Sn−Cu合金薄膜に抗菌性を具備させることができる。
【0013】
本発明の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜は、Cuが、Cu6Sn5およびCu3Snの少なくとも一方を形成している形成率の合計値が10〜100%であるのがよい。
このように、薄膜に含有されるCuが形成するCu6Sn5とCu3Snの形成率を合計した値が特定の範囲となるよう規定したことによって、これらの化合物の相乗効果で黄色ブドウ球菌、大腸菌、肺炎桿菌などの細菌に対して生育環境を不都合な状態に変化させることができる。
【0014】
本発明の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜は、Cu層とSn層を積層して、200〜400℃の熱処理を行って形成されたSn−Cu熱処理合金化めっき薄膜、Sn−Cu熱処理合金化スパッタ薄膜またはSn−Cu熱処理合金化蒸着薄膜とするのがよい。
【0015】
ここで、本明細書において、Sn−Cu熱処理合金化めっき薄膜における「合金化」とは、複数の異なる元素や化合物を用いて予め積層したものを熱処理等することで合金にすることをいう。したがって、例えば、めっき処理によって複数の層を積層し、これに熱処理を施して合金化した薄膜を「合金化めっき薄膜」といい、前述したような、同時電析して得られる「合金めっき」とは異なるものである。これは、Sn−Cu熱処理合金化スパッタ薄膜やSn−Cu熱処理合金化蒸着薄膜についても同様である。
【0016】
このような薄膜であれば、その薄膜にCu6Sn5およびCu3Snを含有しているので、黄色ブドウ球菌、大腸菌、肺炎桿菌などの生育環境を不都合な状態に変化させることができる。
【0017】
また、前記課題を解決した本発明の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品は、前記した抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜を基材に施すことで得ることができる。
そして、本発明の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜を形成された基材は、鉄鋼製材、アルミニウム製材、アルミニウム合金製材、銅製材、銅合金製材、プラスチック製材、またはガラス製材、またはこれらの混合製材とするのがよい。
【0018】
さらに、前記課題を解決した本発明の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品の製造方法は、基材の素地上に、層厚1〜50μmのCu層を形成するCu層形成工程と、Cu層上に、層厚1〜50μmのSn層を形成するSn層形成工程と、Cu層およびSn層を形成した基材を200〜400℃、0.5〜5時間の条件で加熱し、SnとCuの合金化薄膜を形成する合金化薄膜形成工程と、加熱され、合金化薄膜が形成された基材を400℃/時間〜50℃/分間の速度で冷却し、Sn−Cu合金薄膜形成品とする冷却工程と、を含んでなる。
【0019】
このように、Cu層形成工程およびSn層形成工程によって、基材の素地上に適切な厚さのCu層とSn層を形成し、合金化薄膜形成工程によってCu層とSn層を軟化・溶融して合金化薄膜を形成することができる。また、合金化薄膜形成工程で加熱することでCu6Sn5とCu3Snを生成させる。そして、適度な冷却速度で当該基材を冷却するだけでSn−Cu合金薄膜形成品を製造することができる。その結果、このようにして製造されたSn−Cu合金薄膜形成品は、Cu6Sn5とCu3Snを含有しているので、抗菌性を有する。
【0020】
本発明の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品の製造方法は、Cu層形成工程およびSn層形成工程を、各々、めっき処理、スパッタ処理、または蒸着処理によってそれぞれを単層として積層させるのがよい。
このように、Cu層形成工程およびSn層形成工程をめっき処理、スパッタ処理、または蒸着処理とすることで容易に適切な厚さのCu層およびSn層を形成することができる。特に、めっき処理による場合、一般的な条件でそれぞれを単層として形成するため、環境負荷の高い薬品などを用いないでもCu層とSn層を形成することができる。スパッタ処理や蒸着処理による場合も同様に環境負荷の高い薬品などを用いないでもCu層とSn層を形成することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、錫(Sn)および銅(Cu)を用いてSn−Cu合金薄膜を形成するので、安価でありながら優れた抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜を提供することができる。
本発明によれば、Sn−Cu合金薄膜を形成することによって、抗菌性を有する形成品を提供することができる。
本発明によれば、環境負荷が高くない条件で確実かつ容易に抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品を製造する方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
まず、本発明に係る抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜について説明する。
[Sn−Cu合金薄膜]
本発明のSn−Cu合金薄膜は、基材の素地上に形成された薄膜に含まれるSn(錫元素)とCu(銅元素)の含有比率が、100−x[原子%]:x[原子%]であり、かつ、薄膜に1〜10[質量%]のSnO2を有する。
但し、前記の含有比率において、「x」はCuの含有率であって、10≦x≦90、好ましくは20≦x≦80、より好ましくは30≦x≦70、さらに好ましくは40≦x≦60である。
【0023】
ここで、前記したように、SnとCuの含有比率を100−x[原子%]:x[原子%]、つまり、SnとCuの含有比率を90[原子%]:10[原子%]〜10[原子%]:90[原子%]としたのは、当該薄膜において、抗菌性を有するために必要な量のCu6Sn5およびCu3Snと、SnO2とを生成させるためである。
【0024】
Cuの含有率が10[原子%]よりも少ないと、Cuが少なすぎるために、十分な量のCu6Sn5およびCu3Snを生成することができなくなる。そのため、発生するCu2+も少なくなり、所望する抗菌性を得られないおそれがある。
一方、Cuの含有率が10[原子%]を超えると、Cuが多すぎるために、Sn−Cu合金薄膜を安価に作製することができない。
【0025】
なお、SnとCuの含有比率は、Sn−Cu合金薄膜を形成する際に用いる溶液の濃度や温度、電流や電圧などの諸条件を適宜変更することによって調節することができる。
【0026】
そして、本発明のSn−Cu合金薄膜が含有しているCuが、Cu6Sn5およびCu3Snの少なくとも一方を形成するものであり、その形成率の合計値が、Sn−Cu合金薄膜に含有されているCu量の10〜100%としている。
つまり、Cuの含有率x[原子%]が、前記の含有比率において10≦x≦90を満たす場合、Sn−Cu合金薄膜に含有されるCuは、Sn−Cu合金薄膜全体に対して、少なくとも1[原子%]のCuが、Cu6Sn5およびCu3Snを形成していることになる。
【0027】
なお、Cu6Sn5およびCu3Snは、少なくともいずれか一方を含有していれば、Cu2+を生じることが可能であり、抗菌性を有し得る。したがって、Cu6Sn5およびCu3Snの含有比率は、特に限定されるものではなく、0:100〜100:0の含有比率で有していればよい。
【0028】
また、SnO2は、多く含有されると表面が白色化する。そのため、外観の点からは少ないほど好ましく、その含有量が1〜10[質量%]であれば優れた外観を得ることができる。一方、SnO2の含有量が10[原子%]を超えると、本来のSn−Cu合金薄膜の諸特性、特に色調など外観が劣るおそれがある。
【0029】
このように、Sn−Cu合金薄膜におけるSnおよびCuの含有比率や、Cu6Sn5およびCu3Snの形成率の合計値が、特定の範囲を満たすことによって、Sn−Cu合金薄膜からCu2+を生じさせてオリゴダイナミー(Oligodynamie;微量金属作用)の効果を得ることができる。なお、一般的にはCu6Sn5やCu3SnからCu2+を生じさせるのは容易ではないが、かかる化合物に細菌等が接触すると局所的にCu2+が生じ易くなることが示唆されている。また、Sn−Cu合金薄膜とCu6Sn5やCu3Snとの間に生じる電位差などによってCu2+をさらに生じやすくさせていると考えられる。これらの作用や相乗効果によって、細菌のタンパク質の活性を低下させたり、細胞毒である活性酸素を生成したりして制菌することができ、Sn−Cu合金薄膜に抗菌性を備えることができる。
【0030】
特に、このような作用を具備したSn−Cu合金薄膜としては、Cu層とSn層を積層して、200〜400℃の熱処理を行って形成されたSn−Cu熱処理合金化めっき薄膜、Sn−Cu熱処理合金化スパッタ薄膜、またはSn−Cu熱処理合金化蒸着薄膜とするのがよい。なお、かかるSn−Cu合金薄膜を得るための手段については後述する。
【0031】
[Sn−Cu合金薄膜形成品]
次に、本発明の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品について説明する。
本発明の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品は、前記したSn−Cu合金薄膜を基材に施すことで得ることができる。
Sn−Cu合金薄膜を被覆する基材としては、導電性と耐熱性を有するものが好ましいが、導電性と耐熱性を有しないものであっても構わない。このような基材としては、例えば、鉄鋼製材、アルミニウム製材、アルミニウム合金製材、銅製材、銅合金製材などの金属製材を好適に用いることができるが、これに限られず、例えば、エンジニアリングプラスチックなどのプラスチック製材や、ガラス製材、またはこれらの混合製材も好適に用いることができる。
【0032】
また、これらの基材とSn−Cu合金薄膜とによって形成されるSn−Cu合金薄膜形成品としては、例えば、食器、鍋、流し台、三角コーナーといった調理器材などのほか、ドアノブ、手すりなど、人が接触する物品に適用することができることは勿論のこと、上水道管や下水道管、さらには、エアーコンディショナーなどの空調機器をあげることができる。
これらのSn−Cu合金薄膜形成品は、以下のようにして製造することができる。
【0033】
[Sn−Cu合金薄膜形成品の製造方法]
次に、本発明のSn−Cu合金薄膜形成品の製造方法について説明する。
本発明のSn−Cu合金薄膜形成品の製造方法は、Cu層形成工程と、Sn層形成工程と、合金化薄膜形成工程と、冷却工程とを含んでなる。
以下、各工程の内容について説明する。
【0034】
(Cu層形成工程)
Cu層形成工程では、基材の素地上に、1〜50μm、好ましくは1〜20μm、より好ましくは1〜10μmのCu層を形成する。このような層厚でCu層を形成すれば、Sn−Cu合金薄膜を安定的に得ることが可能である。
ここで、形成するCu層の層厚が1μm未満であると、層厚が薄すぎるために、形成されたSn−Cu合金薄膜の機械的強度が弱く、剥離等しやすくなる可能性があり好ましくない。また、十分な量のCu6Sn5およびCu3Snが生成されないおそれもある。
一方、Cu層の層厚がこれ以上厚くなると製品の寸法精度に影響を与えるおそれがある。また、成膜過程においても作製時間が長くなるため、工業的なメリットが低下する。
したがって、本発明においては、Cu層形成工程で形成するCu層の層厚を1〜50μmとする。
【0035】
(Sn層形成工程)
Sn層形成工程では、Cu層上に、さらに層厚1〜50μm、好ましくは1〜20μm、より好ましくは1〜10μmのSn層を形成する。このような層厚でSn層を形成すれば、Sn−Cu合金薄膜を安定的に得ることが可能である。
ここで、形成するSn層の層厚が1μm未満であると、層厚が薄すぎるために、形成されたSn−Cu合金薄膜の機械的強度が弱く、剥離等しやすくなる可能性があり好ましくない。また、十分な量のCu6Sn5およびCu3Snが生成されないおそれもある。
一方、Sn層の層厚が厚すぎるために、Sn層の層厚がこれ以上厚くなると、製品の寸法精度に影響を与えるおそれがある。また、成膜過程においても作製時間が長くなるため、工業的なメリットが低下する。さらに、SnO2が多く生成されるるおそれもあり、色調など外観に劣る可能性もある。
したがって、本発明においては、Sn層形成工程で形成するSn層の層厚を1〜50μmとする。
【0036】
前記したCu層形成工程およびSn層形成工程は、所定の範囲の層厚でそれぞれを単層として形成することができれば、その手段について特に限定されるものではない。これらの層を形成する手段としては、従来公知のめっき処理(参考文献:日刊工業新聞社 表面処理工学 基礎と応用 表面技術協会編 ISBN4-526-04522-5 最新表面処理技術総覧 産業技術サービスセンター編)によって行うことができる。このようなめっき処理としては、電気めっき法(電解めっき法)や化学めっき法などの湿式めっき法、あるいは溶融めっき法などの乾式めっき法をあげることができる。かかるめっき処理によれば、環境負荷の高い薬品等を使用せず、かつコストも安く、大量生産を行う観点から特に好ましい。特に、条件制御が簡単である電気めっき法はシアン化合物を使用せず、硫化化合物や塩化化合物で行える点で好ましい。なお、導電性を有しない基材に対しては、無電解めっき法によってめっきすることも可能である。
【0037】
また、Cu層とSn層を形成する他の手段として、例えば、従来公知のスパッタ処理や蒸着処理によっても行うことができる(参考文献:日刊工業新聞社 表面処理工学 基礎と応用 表面技術協会編 ISBN4-526-04522-5 最新表面処理技術総覧 産業技術サービスセンター編)。スパッタ処理や蒸着処理は大量生産の点ではめっき処理に劣るものの、環境負荷の高い薬品等を使用しない点で有利である。
また、めっき処理では、環境負荷の高い薬品を使用しなければならないことから、同時電析による合金めっきの形成は困難である。これに対して、スパッタ処理や蒸着処理では、前記したように環境負荷が高い薬品を使用しないことから、CuとSnを同時スパッタ処理や同時蒸着処理によって一度の操作で薄膜を形成することが可能である。
【0038】
(合金化薄膜形成工程)
合金化薄膜形成工程では、Cu層およびSn層を順次形成した基材を200〜400℃、0.5〜5時間の条件で加熱する。かかる条件で加熱することによりCu層とSn層を軟化・溶融し、SnとCuの合金化薄膜を形成する。
すなわち、Cu層中のCu(銅元素)とSn層中のSn(錫元素)とを反応させることでCu6Sn5とCu3Snを生成させる。また、このとき、大気中のO2と接触するとSnO2を生成してしまうので、これを防止するために、例えば、脱気して加熱したり、ヘリウムガスやアルゴンガスなどの不活性ガス雰囲気中で加熱したりしてもよい。このようにすると、SnO2の含有率を確実に1〜10[原子%]の範囲とすることができる。
【0039】
このとき、加熱温度が200℃よりも低い場合や加熱時間が0.5時間よりも少ない場合は、Cu層とSn層が十分に軟化・溶融せず合金化薄膜を形成することができないおそれがある。また、十分な量のCu6Sn5およびCu3Snを生成できないおそれがある。
一方、加熱温度が400℃を超える場合や加熱時間が5時間を超える場合は、溶融したSnが蒸散するなどして十分な量のCu6Sn5およびCu3Snを生成できないおそれがある。
【0040】
(冷却工程)
冷却工程では、加熱され、合金化薄膜が形成された基材を400℃/時間〜50℃/分間の速度で冷却し、Sn−Cu合金薄膜形成品とする。
このとき、冷却速度が400℃/時間よりも遅いと、Snの酸化が進んでSnO2の含有量が増加してしまうおそれがある。
一方、冷却速度が50℃/分間よりも速いと、冷却速度が速すぎるために形成した合金化薄膜にしわが入るなどするため好ましくない。
【実施例】
【0041】
次に、本発明の要件を満たす実施例と本発明の要件を満たさない比較例とを具体的に示して説明する。
まずJIS SS 400の炭素鋼板を用いて、25℃の硫酸銅浴(硫酸銅150g/L、硫酸40g/L)に浸漬し、1A/dm2の電流密度で3分間の電解時間という条件下で電解することで、当該炭素鋼板上に層厚10μmのCu層をめっきして形成した。
【0042】
その後、20℃の硫酸錫(30g/L)−硫酸(180g/L)浴にて1A/dm2の電流密度で電解時間を2分から20分の間で変化させ、Cu層を形成した炭素鋼板上に、層厚1μm(電解時間2分)、5μm(電解時間10分)、10μm(電解時間20分)のSn層をめっきして形成した。
【0043】
これらの試料をそれぞれ、200℃(図2(a))、250℃(図2(b))、300℃(図3(a))、350℃(図3(b))の温度条件で、それぞれ1時間、3時間、5時間加熱することでSn−Cu合金化めっき薄膜を形成した。熱処理後、Sn−Cu合金化めっき薄膜の表面をX線回折法により同定した。
【0044】
図1は、炭素鋼板上に層厚15μm(Cu層:10μm、Sn層:5μm)のSn−Cu熱処理合金化めっき薄膜を形成した後、250℃で5時間加熱した後に行っためっき表面のX線回折図であり、図2の(a)および(b)と図3の(a)および(b)は、Sn層の層厚を変更した各種合金化薄膜形成試料を種々の温度で熱処理したときの表面皮膜組成を示している。
【0045】
そして、三種類の細菌、大腸菌Escherichia coli ATCC25032、肺炎桿菌Klebsiella pneumoniae ST101、黄色ブドウ球菌Staphylococcus aureus 209Pを10mLのブイヨンとともに、35℃、18時間の条件で前培養した。その後、0.9%NaCl溶液で105/mLに希釈し、バクテリア浮遊液を作成した。
【0046】
Sn−Cu合金化めっき薄膜を形成した炭素鋼板の試験片(5×5cm)(以下、試験片という)に、前記のバクテリア浮遊液を400μLのせ、直ちに滅菌したポリエチレンフィルム(4×4cm)をバクテリア浮遊液上に被せた。
【0047】
その後、各試験片を滅菌したシャーレの中に移し、相対湿度99%以上の環境下で35℃、24時間保持した。ポリエチレンフィルムと試験片に付着したバクテリアは、0.2%Tween 80を含む0.9%NaClを10mL加えた後、プラスチック製のシャーレにピペットで洗い流した。
【0048】
洗い出された100μLのバクテリア浮遊液を板状寒天培地に接種して、ガラス製のスプレッダーを用いて広げた。35℃で一晩保持した後、バクテリアのコロニーの数を数えた。
表1は、フィルム密着法によるSn−Cu層を積層しただけで未加熱処理の薄膜(比較例)の抗菌性試験の結果を表している。また、表2は、フィルム密着法による熱処理後のSn−Cu熱処理合金化めっき薄膜(実施例)の抗菌性試験の結果を表している。
【0049】
【表1】

【0050】
【表2】

【0051】
これらの結果によると、表1に示すように、Sn−Cu層を積層しただけの比較例に係る薄膜は、めっきの外層にSnが単体として積層されているだけであるので抗菌効果が認められなかった。
これに対して、表2に示すように、熱処理を行った実施例に係るSn−Cu熱処理合金化めっき薄膜は、熱処理を行うことによって、めっきの外層にCu6Sn5およびCu3Snが生成されたために、顕著な抗菌効果が認められた。
【0052】
(実施例2)
炭素鋼板に10μmのCu層を形成した後に、1μm、5μm、10μmの層厚にSn層を形成した。これらの試験片を、200℃、250℃、300℃、350℃の条件で5時間の熱処理を行った後に、30℃/分間の冷却速度で冷却した後、表面層近傍を蛍光X線分析にて分析した。
分析した結果をSn層の層厚ごとに図4から図6に示す。図4から図6において、横軸は、各熱処理温度を示し、縦軸は、Fe,Cu,Snの表面付近の濃度(mass%)を示す。
【0053】
図4は、Sn層の層厚が最も薄い1μmである試験片に対する蛍光X線分析の分析結果を示すグラフである。図4に示すように、熱処理温度を異ならせても、Fe,Cu,Snの濃度比に大きな差が認められなかった。
【0054】
一方、図5は、Sn層の層厚が5μmである試験片に対する蛍光X線分析の分析結果を示すグラフである。図5に示すように、200℃〜250℃では、Cuが表面に拡散するとともに、Snが内部へと拡散するためにSn濃度が減少し、Cu濃度が増加する結果となっている。
【0055】
そして、図6は、Sn層の層厚が最も厚い10μmである試験片に対する蛍光X線分析の分析結果を示すグラフである。図6に示すように、図5よりもCuとSnの濃度の変化が激しく進行することがわかった。また、熱処理温度が220℃付近でSnとCuの主従が逆転するほど溶融がすすむことがわかる。これは、十分かつ適切な量のSnとCuを含有し、適切な熱処理条件で熱処理を行うことで、Cu6Sn5およびCu3Snを生成できることを意味している。
【0056】
なお、かかる分析結果は、薄膜の深さ方向における分析限度が約20μmである蛍光X線分析を用いたことから、その分析結果に若干のFeが検出されている。これは、基板を構成するFeが反映されたものである。そのため、図6に示すように、Sn層とCu層を合わせると略20μmの層厚となる当該試験片の分析結果においては、Feの濃度が非常に少ないものとなっている。また、これは、薄膜の厚さが約20μm程度あれば確実な抗菌性を備え得ることをも意味している。
【0057】
以上、本発明のSn−Cu合金薄膜、Sn−Cu合金薄膜形成品およびSn−Cu合金薄膜形成品の製造方法を実施するための最良の形態、および、その実施例を示して具体的に説明してきたが、本発明の内容はこれらの記載内容に限定されることなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で広く変更・改変等することができる。
【0058】
例えば、Sn−Cu合金薄膜形成品の製造方法の説明において、Cu層の形成とSn層形成順序を入れ替えて行うこともできる。
【0059】
また、Sn‐Cu合金薄膜形成品の製造方法のCu層形成工程とSn層形成工程は、めっき処理と、スパッタ処理と、蒸着処理とを同種の処理で形成することもできるが、これに限定されない。例えば、Cu層形成工程はめっき処理で行い、Sn層形成工程は蒸着処理で行うというように、異種の処理で行うことも可能である。
【0060】
また、本発明のSn−Cu合金薄膜が有する機能を阻害しない範囲で、通常用いられる界面活性剤や錯化剤、光沢剤、半光沢剤、酸化防止剤、平滑剤、pH調整剤、導電性塩、防腐剤、消泡剤などの各種添加剤を添加または塗布等することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】Sn−Cu熱処理合金化めっき薄膜を形成した後、250℃で5時間加熱した後に行っためっき表面のX線回折図である。
【図2】(a)および(b)は、Sn層の層厚を変更した各種合金化薄膜形成試料を種々の温度で熱処理したときの表面皮膜組成を示す図である。
【図3】(a)および(b)は、Sn層の層厚を変更した各種合金化薄膜形成試料を種々の温度で熱処理したときの表面皮膜組成を示す図である。
【図4】Sn層の層厚が1μmである試験片に対する蛍光X線分析の分析結果を示すグラフである。
【図5】Sn層の層厚が5μmである試験片に対する蛍光X線分析の分析結果を示すグラフである。
【図6】Sn層の層厚が10μmである試験片に対する蛍光X線分析の分析結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の素地上に形成される最外層の薄膜に含まれるSnとCuの含有比率が、100−x[原子%]:x[原子%](但し、xはCuの含有率であって、10≦x≦90である)であり、かつ、
前記薄膜に1〜10[質量%]のSnO2を有することを特徴とする抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜。
【請求項2】
前記Cuが、Cu6Sn5およびCu3Snの少なくとも一方を形成している形成率の合計値が10〜100%であることを特徴とする請求項1に記載の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜。
【請求項3】
前記薄膜が、Cu層とSn層を積層して、200〜400℃の熱処理を行って形成されたSn−Cu熱処理合金化めっき薄膜、Sn−Cu熱処理合金化スパッタ薄膜またはSn−Cu熱処理合金化蒸着薄膜であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜を基材に施してなる抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品。
【請求項5】
前記抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜を形成された前記基材が、鉄鋼製材、アルミニウム製材、アルミニウム合金製材、銅製材、銅合金製材、プラスチック製材、またはガラス製材、またはこれらの混合製材であることを特徴とする請求項4に記載の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品。
【請求項6】
基材の素地上に、層厚1〜50μmのCu層を形成するCu層形成工程と、
前記Cu層上に、層厚1〜50μmのSn層を形成するSn層形成工程と、
前記Cu層および前記Sn層を形成した前記基材を200〜400℃、0.5〜5時間の条件で加熱し、SnとCuの合金化薄膜を形成する合金化薄膜形成工程と、
加熱され、前記合金化薄膜が形成された前記基材を400℃/時間〜50℃/分間の速度で冷却し、Sn−Cu合金薄膜形成品とする冷却工程と、
を含んでなる抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品の製造方法。
【請求項7】
前記Cu層形成工程および前記Sn層形成工程が、各々、めっき処理、スパッタ処理、または蒸着処理によって、それぞれを単層として積層させることを特徴とする請求項6に記載の抗菌性を有するSn−Cu合金薄膜形成品の製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−342418(P2006−342418A)
【公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−171670(P2005−171670)
【出願日】平成17年6月10日(2005.6.10)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【Fターム(参考)】