説明

抗菌活性を有するビス第四アンモニウム塩化合物

【課題】 既知の第四アンモニウム塩化合物に比べて、極めて優れた殺菌効果と広い抗菌スペクトルを示し、かつ安全性の高いビス第四アンモニウム塩化合物を提供すること。
【解決手段】 式
【化1】


式中、2つのRは同一もしくは異なり、それぞれ炭素数1〜18のアルキル基又は炭素数2〜18のアルケニル基を表わし;2つのRは同一もしくは異なり、それぞれ水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を表わし;Rは炭素数1〜6のアルキル基、炭素数1〜6のアルコキシ基又は炭素数2〜6のアルコキシカルボニル基を表わし;Xはアニオンを表わす、で示されるビス第四アンモニウム塩化合物。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は抗菌活性を有するビス第四アンモニウム塩化合物、その製造方法及びその抗菌剤としての用途に関する。
【0002】
【従来の技術】細菌、真菌等に対して抗菌活性を発揮する第四アンモニウム塩化合物は古くから知られており、現在も広く一般に用いられている。しかしながら、このような化合物は、通常、抗菌活性に優れていると同時に人体に対する毒性も強く、実際の使用に際しては安全性を考慮し、その応用範囲には制限がある。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、既知の第四アンモニウム塩化合物に比べて、極めて優れた殺菌効果と広い抗菌スペクトルを示し、かつ安全性の高い新規なビス第四アンモニウム塩化合物及びその製造法を提供することにある。
【0004】本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を続けた結果、今回、抗菌活性に極めて優れ、かつ人体に対する安全性も高い下記一般式(I)で示されるビス第四アンモニウム塩化合物を見いだし、本発明を完成するにいたった。
【0005】
【課題を解決するための手段】かくして、本発明は式
【0006】
【化6】


【0007】式中、2つのRは同一もしくは異なり、それぞれ炭素数1〜18のアルキル基又は炭素数3〜18のアルケニル基を表わし、2つのRは同一もしくは異なり、それぞれ水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を表わし、Rは炭素数1〜6のアルキル基、炭素数1〜6のアルコキシ基又は炭素数2〜6のアルコキシカルボニル基を表わし、Xはアニオンを表わす、で示されるビス第四アンモニウム塩化合物を提供するものである。
【0008】本明細書において、「アルキル基」は直鎖状又は分枝鎖状であり、例えば、メチル、エチル、n−もしくはiso−プロピル、n−、iso−、sec−もしくはtert−ブチル、ペンチル、ヘキシル、オクチル、2−エチルヘキシル、などが挙げられる。「アルケニル基」は直鎖状又は分枝鎖状であり、例えば、アリル、などが挙げられる。
【0009】「アルコキシ基」はアルキル部分が上記の意味を有するアルキルオキシ基であり、例えば、メトキシ、エトキシ、n−もしくはiso−プロポキシ、n−、iso−、sec−もしくはtert−ブトキシなどが挙げられる。
【0010】「アルコキシカルボニル基」はアルキル部分が上記の意味を有するアルキルオキシカルボニル基であり、例えば、メトキシカルボニル、エトキシカルボニルなどが挙げられる。
【0011】「アニオン」としては、ハロゲンイオン(Cl-、Br-、I-など)硝酸根(NO3-)などの無機アニオンや、酢酸イオン(CH3COO-)、プロピオン酸イオン(C25COO-)などの有機酸アニオンが包含される。
【0012】上記式(I)において、中央のキシリレン部分はp−キシリレンであり、また、Rは炭素数8〜14のアルキル基が好適である。
【0013】本発明の式(I)の化合物は、例えば、式
【0014】
【化7】


【0015】式中、R及びRは前記と同義である、で示されるビスチオピリジン化合物を式R1X (III)
式中、Rは前記と同義である、で示される化合物と反応させることにより製造することができる。
【0016】上記の反応は、通常、有機溶媒中、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類に加えて、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルホルムアミド、ニトロメタン、ニトロエタン、アセトニトリル、メチルセロセルブ、エチルセロソルブ等の中で、約50〜約120℃の温度で行うことができる。反応時間は2〜48時間程度とすることができる。
【0017】或いは別法として、上記の反応は、上記の如き有機溶媒の存在下に、オートクレーブ中で、加圧下、好ましくは約10〜約100Mpaにおいて約50〜約100℃の温度で行うこともできる。この時の反応時間は10〜120時間程度とすることができる。
【0018】式(II)の化合物と式(III)の化合物との反応割合は厳密に制限されるものではないが、通常、式(II)の化合物1モルに対して式(III)の化合物を2〜6モル、特に2.1〜3モルの割合で使用するのが好適である。
【0019】上記の反応により生成する式(I)の化合物は、再結晶などの手段により容易に精製することができる。
【0020】上記の反応において原料として使用される上記式(II)の化合物は、従来の文献に未記載の新規化合物であり、例えば、式
【0021】
【化8】


【0022】式中、Rは前記と同義である、で示されるピリジンチオール化合物を式
【0023】
【化9】


【0024】式中、Rは前記と同義であり、Yは脱離基、例えば、ハロゲン原子、トシル基等を表わす、で示されるキシリレン化合物と反応させることにより製造することができる。
【0025】式(IV)の化合物と式(V)の化合物との反応は、通常、前述の如き適当な有機溶媒中、室温〜約110℃の温度において実施することができる。式(IV)の化合物に対する式(V)の化合物の使用割合は特に制限されないが、通常、式(IV)の化合物1モルに対して式(V)の化合物2〜4モル、特に2.1〜2.5モルの割合で用いるのが好適である。
【0026】上記反応により生成する式(II)の化合物は、再結晶などの手段により容易に精製することができる。
【0027】上記の反応において用いられる式(IV)のピリジンチオール化合物としては、例えば、2−メルカプトピリジン、3−メルカプトピリジン、4−メルカプトピリジン、メルカプトピコリン類などが挙げられ、また、式(V)のキシリレン化合物としては、例えばα,α′−ジクロロキシリレン、α,α′−ジブロモキシリレン、α,α′−ジヨードキシリレン、α,α′−キシリレンジトシレートなどを挙げることができる。
【0028】一方、式(II)の化合物と反応せしめられる式(III)の化合物としてはハロゲン化アルキル類が好適であり、その具体例としては、ヨードメタン、ヨードエタン、ヨードプロパン、ヨードブタン、ヨードペンタン、ヨードヘキサン、ヨードオクタン、ヨードデカン、ヨードドデカン、ヨードテトラデカン、ヨードヘキサデカン、ヨードオクタデカン、ブロモエタン、ブロモプロパン、ブロモブタン、ブロモペンタン、ブロモヘキサン、ブロモオクタン、ブロモデカン、ブロモドデカン、ブロモテトラデカン、ブロモヘキサデカン、ブロモオクタデカン、クロロブタン、クロロペンタン、クロロヘキサン、クロロオクタン、クロロデカン、クロロドデカン、クロロテトラデカン、クロロヘキサデカン、クロロオクタデカン等が挙げられる。また、天然油脂に由来する炭素数の異なるハロゲン化アルキル混合物等も式(III)の化合物として用いることができる。
【0029】以上述べた方法で製造される式(I)の化合物におけるアニオン(X)は、必要に応じて、一般的な化学処理方法で所望の他のアニオンと交換することができる。アニオンは、特に制限されるものではなく、例えば、ヨウ素、臭素、塩素、フッ素、ヨウ素酸、臭素酸、塩素酸、過ヨウ素酸、過塩素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の無機酸のアニオン;蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、ピバル酸、オクタン酸、オクチル酸、デカン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、イソクロトン酸、ソルビン酸、オレイン酸、エライジン酸、マレイン酸、シトラコン酸、メサコン酸;乳酸、リンゴ酸、クエン酸、グルコン酸等のヒドロキシ酸類、ピリビン酸等のオキソ酸類;安息香酸類、フタル酸類、ナフタレンカルボン酸等の炭素環式カルボン酸類;フランカルボン酸、ピリジンカルボン酸等の複素環式カルボン酸類;アミノ酸類等の有機酸アニオン;メタン(アルキル)スルフォン酸、メチルベンゼンスルフォン酸等の有機スルフォン酸類;さらにアルコラート及びフェノラート類、水酸基等のアニオンを挙げることができる。
【0030】本発明の式(I)の化合物は、後記の試験例1〜4に示すとおり、種々の細菌、真菌に対して広い抗菌スペクトルを有しており、しかも、従来の市販の第四アンモニウム塩等に比べて、約1/10〜約1/100の最小殺菌濃度という優れた殺菌活性を示す、特に、現在一般に広く使用されている抗菌剤である塩化ベンザルコニウムと比較して約4〜約100倍の抗菌活性を有している。さらに代表的な抗真菌剤であるチアベンダゾールと比較し、同等ないし約4倍の抗真菌活性を有している。
【0031】従って、本発明の式(I)の化合物は、従来の市販の同種の殺菌剤よりもはるかに少ない使用濃度で従来の殺菌剤と同等の殺菌効果を期待することができ、したがって、経済的であると同時にヒトに対する安全性もそれだけ向上する。
【0032】本発明の化合物は、特に腐敗菌及び変敗菌に対する抗菌力が強く、従って、例えば、防菌防臭加工繊維製品、皮革製品、建材、木材、塗料、接着剤、プラスチック、フィルム、紙、パルプ、金属加工油、食品、医薬品、化粧品、文房具、畜産分野等における抗菌剤として幅広くその応用が期待される。
【0033】
【実施例】以下、実施例及び試験例により本発明をさらに具体的に説明する。
【0034】合成例1:4,4′−(p−キシリルジチオ)ビスピリジン[式(II)の化合物]の合成4−メルカプトピリジン222g(2モル)をアセトン500mlに溶解し、キシリレンジクロライド175g(1モル)のアセトン500ml中の溶液を室温で滴下した後、混合物を5時間還流した、室温まで冷却後、析出した結晶を濾取し、アセトンで洗浄した。結晶を水道水に溶解し、0.5N−NaOHでpH10とし、トルエンで抽出した。有機層を水洗、乾燥後、トルエンを減圧留去し、結晶として4,4′−(p−キシリルジチオ)ビスピリジン320gを得た。収率98.8%。これは特に精製することなく次工程の原料として使用することができる。
【0035】合成例2:4,4′−(p−キシリルジチオ)ビス(1−オクチルピリジニウムアイオダイド)[式(I)の化合物]の合成324g(1 mol)の4,4′−(p−キシリルジチオ)ビスピリジンをN,N−ジメチルホルムアミド350mlに溶解し、528g(2.2 mol)のヨードオクタンを投入し、約100℃で15時間加熱した。反応物を酢酸エチルエステル1500mlに投入し、析出した結晶を濾取後、メタノール/アセトン/酢酸エチルエステルの3種類の溶剤を組み合わせて、繰り返し再結晶を行い、減圧乾燥し、融点158〜160℃の黄色粉末として4,4′−(p−キシリルジチオ)ビス(1−オクチルピリジニウム アイオダイド)[以下(I)−8以下と略記)]を得た。得量700g。収率87.1%。
【0036】1H−NMR(CDCl3):(1)−8(δppm)0.89(6H,t,)、1.30(16H,m)、1.36(4H,m)、1.95(4H,m)、4.43(4H,t)、4.58(4H,s)、7.53(4H,m)、7.88(4H,d)、8.61(4H,d)。
【0037】合成例3〜9合成例2と同様の方法で、下記表1に示す化合物が得られた。
【0038】
【表1】


【0039】試験例1:殺菌活性に対する本発明の化合物(I)におけるアルキル側鎖の長さの影響供試菌としてEscherichia coli K12W3110を用い最小殺菌濃度(MBC)を測定した。
【0040】最小殺菌濃度(MBC)の測定は、一般的な無菌水希釈法に従い、ニュトリエントブロスを用いて、菌縣濁濃度が106cell/mlとなるように調整した対数増殖期状態の菌液を段階希釈した薬剤溶液に、30℃で、30分間接触後、ニュトリエントブロスに移植し、37℃で、24時間静置培養後、増殖の有無により、MBC値を決定した。その結果を図1に示す。
【0041】試験例2:本発明の化合物(I)の各種細菌に対する殺菌活性本発明の化合物として、アルキル側鎖の炭素数が8である前記の化合物(I)−8を用いた。対照化合物には塩化ベンザルコニウムを用いた。
【0042】供試菌として、グラム陰性菌5種及びグラム陽性菌4種を用いてMBC値を測定した。その結果を下記表2に示す。
【0043】
【表2】


【0044】試験例3:本発明の化合物(I)の各種細菌に対する静菌活性本発明の化合物として前記化合物(I)−8を用いた。対照化合物には塩化ベンザルコニウムを用いて最小発育阻止濃度(MIC)を測定した。
【0045】最小発育阻止濃度(MIC)の測定は、一般的なブロス希釈法に従い、ニュトリエントブロスを用いて、菌縣濁濃度が106cell/mlとなるように調整した定常期状態の菌液を段階希釈した薬剤溶液と混合し、37℃、24時間静置培養後、増殖の有無により、MIC値を決定した。
【0046】供試菌として、グラム陰性菌10種及びグラム陽性菌6種を用いた。結果を下記表3に示す。
【0047】
【表3】


【0048】試験例4:真菌に対する最小発育阻止濃度(MIC)の測定本発明の化合物として前記の化合物(I)−8を用いた。対照化合物にはチアベンダゾールを用いた。
【0049】最小発育阻止濃度(MIC)の測定は、一般的なブロス希釈法に従い、前培養した供試菌を湿潤剤添加殺菌水で胞子液を調整した。希釈薬剤溶液1mlと胞子液1mlを混合し、インキュベーター中で27℃/一週間培養後、増殖の有無を濁度で判定し、濁度を生じていない所をMICとした。結果を下記表4に示す。
【0050】
【表4】


【0051】
【発明の効果】本発明の抗菌活性を有するビス第四アンモニウム塩化合物は、上記試験例から明らかなように、既知の第四アンモニウム塩化合物に比べて、極めて優れた殺菌効果と広い抗菌スペクトルを示し、かつ安全性も高い。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の式(I)の化合物の殺菌活性に対するアルキル側鎖(R1)の長さの影響を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 式
【化1】


式中、2つのRは同一もしくは異なり、それぞれ炭素数1〜18のアルキル基又は炭素数3〜18のアルケニル基を表わし、2つのRは同一もしくは異なり、それぞれ水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を表わし、Rは炭素数1〜6のアルキル基、炭素数1〜6のアルコキシ基又は炭素数2〜6のアルコキシカルボニル基を表わし、Xはアニオンを表わす、で示されるビス第四アンモニウム塩化合物。
【請求項2】 式
【化2】


式中、R及びRは請求項1に記載したと同義である、で示されるビスチオピリジン化合物を式R1X (III)
式中、Rは請求項1に記載したと同義である、で示される化合物と反応させることを特徴とする請求項1に記載の式(I)のビス第四アンモニウム塩化合物の製造方法。
【請求項3】 式
【化3】


式中、R及びRは請求項1に記載したと同義である、で示されるビスチオピリジン化合物。
【請求項4】 式
【化4】


式中、Rは請求項1に記載したと同義である、で示されるピリジンチオール化合物を式
【化5】


式中、Rは請求項1に記載したと同義であり、Yは脱離基を表わす、で示されるキシリレン化合物と反応させることを特徴とする請求項3に記載の式(II)のビスチオピリジン化合物の製造方法。
【請求項5】 請求項1に記載の式(I)のビス第四アンモニウム塩化合物を有効成分として含有することを特徴とする抗菌剤。

【図1】
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【公開番号】特開2000−95763(P2000−95763A)
【公開日】平成12年4月4日(2000.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平10−282071
【出願日】平成10年9月18日(1998.9.18)
【出願人】(000102016)イヌイ株式会社 (4)
【Fターム(参考)】