説明

抵抗溶接用高張力鋼板及びその接合方法

【課題】1180MPa級以上の高張力鋼板でありながら、抵抗溶接による接合部の接合強度を確保することができる抵抗溶接性に優れた高張力鋼板と、このような高張力鋼板の接合方法を提供すること。
【解決手段】C含有量を0.15〜0.25%、Si含有量を0.1〜2.5%とすると共に、Mn含有量を0.10〜1.0%の範囲内に制御する一方、Crを0.5〜3.5%添加し、さらにMn/(Mn+Cr)比を0.50未満とする。さらに好ましくは、不純物成分としてのP及びSをそれぞれ0.02質量%以下及び0.01質量%以下に抑えると共に、Ni:0.1〜3.0%、Cu:0.01〜3.0%、Al:0.001〜0.1%を添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽量化を目指す自動車ボディ用として好適に使用される1180MPa級以上の高張力鋼板に係わり、特にその接合手段である抵抗溶接性に優れた抵抗溶接用高張力鋼板と、当該高張力鋼板の抵抗溶接による接合方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車用鋼板においては、車体の軽量化を目的に、従来から高張力化が進んでいるが、このような自動車用鋼板における高張力化の弊害として、スポット溶接などの抵抗溶接を行った際に、急熱、急冷により溶融部の靭性が失われ、接合強度が低くなったり、所期の強度が安定的に得られなかったりすることがあった。
そこで、従来の自動車用高張力鋼板においては、特にC含有量に上限を設けることによって抵抗溶接性を確保している(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平03−180445号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、添加元素、とりわけC含有量を押さえることは、鋼板の高張力化を抑制することにもなることから、自動車用高張力鋼板としては、980MPa級程度で留まっているのが現状であって、これ以上の高張力を得ることが難しいという問題があった。
【0004】
本発明は、従来の自動車用高張力鋼板におけるこのような実情に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、1180MPa級以上の高張力鋼板でありながら、抵抗溶接による接合部の接合強度を確保することができる抵抗溶接性に優れた高張力鋼板と、このような高張力鋼板の接合方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、Mnの添加量を抑えると共に、Mnの減少に応じてCrを添加することによって、Cを0.25%まで添加しても接合強度がほとんど低下せず、抵抗溶接部の強度と鋼板の高強度化を両立することができ、上記目的が達成されることを見出し本発明を完成するに到った。
【0006】
本発明は上記知見に基づくものであって、本発明の抵抗溶接用高張力鋼板は、1180MPa以上の引張強度を有し、C:0.15〜0.25質量%、Si:0.1〜2.5質量%、Mn:0.10〜1.0質量%、Cr:0.5〜3.5質量%を含有し、残部Fe及び不可避不純物から成り、Mn及びCrの含有量の比〔Mn/(Mn+Cr)〕が0.50未満であることを特徴とし、好ましくは、不純物成分であるP及びSをそれぞれ0.02質量%以下及び0.01質量%以下に抑えると共に、さらにNi:0.1〜3.0%、Cu:0.01〜3.0%、Al:0.001〜0.1%を含有することを特徴としている。
【0007】
また、本発明の接合方法においては、本発明の上記抵抗溶接用高張力鋼板を抵抗溶接し、好ましくはその後冷却し、Ac3点〜Ac3点+100℃の温度域に再加熱して冷却し、さらにその後、150℃〜Ac1点の温度域で焼き戻しすることを特徴とする。
【0008】
そして、本発明の高強度自動車用部材は、本発明の上記抵抗溶接用高張力鋼板から成るものであって、本発明の上記接合方法によって接合されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、質量比で、C含有量を0.15〜0.25%、Si含有量を0.1〜2.5%とすると共に、Mn含有量を0.10〜1.0%の範囲内に制御する一方、Crを0.5〜3.5%添加し、さらにMn/(Mn+Cr)比を0.50未満としたため、焼入れ性を確保することができ、高張力鋼板として1180MPa以上の高い引張強度が得られると同時に、抵抗溶接部の強度を確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に、本発明の抵抗溶接用高張力鋼板及びその接合方法について、各合金成分の作用及びその数値限定理由などと共に、さらに詳細に説明する。なお、本明細書において「%」は、特記しない限り、質量百分率を意味するものとする。
【0011】
本発明は、上記したように、Mnの添加量を制御することによって、Cを0.25%まで添加しても接合強度がほとんど低下しないことを見出す一方、Mnの減量によって焼入れ性が低下することが懸念されることから、Mnに代る添加元素であって、しかも抵抗溶接部強度の確保に寄与することができる元素としてCrを見出したことに基づくものであって、これによって焼入れ性を確保し、抵抗溶接部の強度と鋼板の高強度化を両立させることができるようになる。
【0012】
以下に、本発明における各成分元素の限定理由について説明する。
【0013】
C:0.15〜0.25%
Cは、鋼板の強度増加に最も有効な成分であって、0.15%以上、0.25%以下の範囲内で添加することが必要であり、好ましくは0.18〜0.22%、より好ましくは0.19〜0.21%添加する。
すなわち、C含有量が0.15%に満たない場合には、所望の強度を確保することができなくなる一方、C含有量が0.25%を超えると抵抗溶接部の靭性劣化を招くことから、本発明では上記範囲に規定する。
【0014】
Si:0.1〜2.5%
Siは、脱酸及び強度増加に有効な元素であって、このような効果を得るには0.1%以上を添加することが必要である。
一方、Si含有量が2.5%を超えると、靭性劣化を起す場合があるため、本発明ではSi含有量を上記範囲に規定する。
【0015】
Mn:0.10〜1.0%
Mnは、本発明における最も重要な成分であり、オーステナイト化温度を低下させオーステナイトの微細化に有効であると共に、焼入れ性及び焼戻軟化抵抗の向上に有効な元素であって、0.10以上、1.0%以下の範囲内で添加することが必要であって、好ましくは0.1〜0.5%、より好ましくは0.1〜0.3%程度添加する。
すなわち、Mn含有量が0.1%未満では所望の効果が得られず、一方、1.0%を超えて過剰に添加すると、抵抗溶接部の靭性劣化を起す場合があるため、本発明では上記範囲に規定する。
【0016】
Cr:0.5〜3.5%
Crは、焼入れ性向上に有効な元素であると共に、セメンタイト中に固溶して焼戻しによる軟化を遅滞させる作用が強い元素である。したがって、このような効果を得るためには、少なくとも0.5%、好ましくは1%以上を含有させる必要があるが、Cr含有量が3.0%を超えて過剰に添加すると、その効果が飽和するばかりでなく、靭性が低下してしまうため、本発明では0.5〜3.0%の範囲に規定する。
【0017】
Ni:0.1〜3.0%
Niは、オーステナイト化温度を低下させ、オーステナイトの微細化に有効であると共に、耐食性の向上に有効な元素であるが、その含有量が0.1%未満では所望の効果が得られない一方、3.0%を越えて添加してもその効果が飽和する傾向がある。
したがって、Niを添加する場合、とくに高価な元素でもあるため、本発明ではその含有量を0.1〜3.0%の範囲に規定する。
【0018】
Cu:0.01〜3.0%
Cuは、組織の強化に有効であると共に、微細析出することによって水素脆性の抑制に寄与する元素であることから、必要に応じて0.01%以上を添加する。しかしながら、過剰な添加は加工性の劣化を招くことから、Cuを添加する場合には、その含有量を本発明では0.01〜3.0%の範囲に規定する。
【0019】
Al:0.001〜0.1%
Alは、脱酸に有効な元素であるため、必要に応じて0.001%以上を添加する。一方、過剰な添加は介在物生成の原因となり、加工性の劣化を招くことから、本発明では、Alを添加するにしても、0.001〜0.1%の範囲に規定する。
【0020】
P:0.02%以下
Pは、粒界強度を低下させるため、極力取り除きたい元素であることから、その上限を0.02%とすることが望ましい。
【0021】
S:0.01%以下
Sも、Pと同様に、粒界強度を低下させるため、極力取り除きたい元素であり、その上限を0.01%とすることが望ましい。
【0022】
Mn/(Mn+Cr)<0.50
Mn及びCrは、それぞれ上記の範囲内で添加されるが、この範囲内においてMn含有量をCr含有量よりも少なくすることが必要である。すなわち、この比が0.50以上となると、抵抗溶接部の靭性劣化を起すため好ましくない。
【0023】
本発明の抵抗溶接用高張力鋼板は、上記の化学成分を有し、熱間圧延によって1180MPa以上の引張強度を備えたものとなる。
【0024】
本発明の抵抗溶接用高張力鋼板には、亜鉛めっきを施すことができ、これによって当該鋼板を防錆性に優れた亜鉛めっき鋼板とすることができる。
このような亜鉛めっき鋼板は、例えば電気めっき法や溶融めっき法、溶射法などの常法によって製造することができ、めっき方法にとくに限定はない。
【0025】
本発明の上記抵抗溶接用高張力鋼板は、抵抗溶接性に優れ、抵抗スポット溶接や抵抗シーム溶接などによって、各種の機械部品、例えば、自動車用部品に組立てることができ、車体の高強度化、軽量化に寄与することができる。
【0026】
そして、上記抵抗溶接用高張力鋼板の抵抗溶接部について、抵抗溶接された溶融部を再度Ac3点〜Ac3点+100℃の温度域に加熱し、冷却するようになすことができ、これによって、抵抗溶接部の接合強度をより安定的なものとすることができる。
【0027】
すなわち、上記温度域に加熱したのち、冷却することによって、溶融部の旧オーステナイト粒径を微細にすることができる。
【0028】
さらに、上記抵抗溶接による溶融部には、再加熱して冷却した後、150℃〜Ac1点の温度域で焼き戻しすることもでき、これによって溶融部を靭延性に優れたさらに好ましいものとし、接合部強度をより安定的なものとすることができる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例に基づいて、さらに詳述するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0030】
表1に示す化学成分及び機械的性質を有する熱間圧延により製造された板厚2.0mmの各鋼板から、JIS Z 3136及びJIS Z 3137に準拠した引張せん断試験片及び十字形引張試験片を切削加工により作製し、その溶接接合面を脱脂後、加圧力4950〜6450kN、通電時間19〜23cyc、電流値10〜14kAの条件で、スポット溶接を行った。
このとき、鋼板の機械的特性は、JIS Z 2201に規定される5号試験片を用いて引張試験を行い、母材および溶融部、熱影響部の組織観察は、断面を研磨後、ナイタール溶液によりエッチングし、光学顕微鏡による100〜1000倍観察と共に、SEMによる1000〜5000倍観察をそれぞれ行った。
【0031】
得られたスポット溶接試験片は、各々、上記各規格に準拠し、引張せん断試験及び十字引張り試験を実施した。断面試験は、JIS Z 3139に準拠し、ナゲット径を計測した。
【0032】
抵抗溶接部強度については、母材強度が590MPa級を超えると、TSS(引張せん断強度)は上昇するが、CTS(十字形引張強度)は上昇しない傾向がある。
そこで、構造体の接点強度としては、CTSについて比較が必要である。しかしながら、TSS、CTSは荷重であるため、ナゲット面積(π・(ND/2)、ND=ナゲット径)で割ることで、TSS’:引張せん断応力、CTS’:十字引張応力とし、継手強度を比較するために、TSS’及びCTS’の各CTS成分を足し合わせた値CTSSにて評価した。すなわち、TSS’、CTS’及びCTSSは、次の各式によって算出したものである。
引張せん断応力:TSS’=TSS/π・(ND/2)
十字引張断応力:CTS’=CTS/π・(ND/2)
CTSS=CTS’+TSS’(sinθ)、θ=30°
【0033】
その結果、図2に示すように、1180MPa以上の高張力鋼板において、590MPa級での強度水準を越えるものは、実施例に係る鋼板のみとなる。
【0034】
また、抵抗溶接することにより溶融部の周りに、溶接熱による影響を受け組織的に変化する熱影響部が形成されることが知られており、これによって母材が軟化し、接合強度を低下させるため、抵抗溶接による溶融部及びその周辺を板厚方向に切断し、樹脂に埋め込んだ後、鏡面研磨し、JIS Z 2244に準拠し硬さを計測し、軟化の有無を確認した。
この結果を同じく表1中に、軟化のないものを「○」、軟化が確認されたものを「×」として示した。
【0035】
抵抗溶接部の破断形態については、接合強度の安定性に最も影響を及ぼす要因と言うことができ、JIS Z 3136に記載されるプラグ破断の形態を取る場合が安定的な強度であることから、プラグ破断の場合を「○」、界面破断の場合を「×」として、表1中に示した。
【0036】
【表1】

【0037】
図2は、横軸にMn/(Mn+Cr)を、縦軸にC含有量をとって、表1に示した各鋼板の成分をプロットしたものであって、当該図中のハッチング領域内に位置する本発明鋼板のスポット溶接後の各性能は、表1に示すように、接合強度と共に、当該強度に影響がある溶融部周辺の母材軟化の有無、接合強度のばらつき要因となる破断形態、すべての性能に優れ、しかも母材の引張強度が1180MPa級以上を示しており、本発明の抵抗溶接用高張力鋼板は、高強度と抵抗溶接性の両立を可能としたこれまでない優れた性能を示していることが確認された。
【0038】
また、実施例1の鋼板を用いた抵抗溶接部に対して、高周波加熱によって、800℃に再加熱し、冷却することにより焼き戻し処理に相当する熱履歴を簡易的に与えたところ、旧オーステナイト平均粒径で3μmのマルテンサイト組織を持ち、各性能も同等以上を得たことから、高い靭性を有することが推測された。
このとき、旧オーステナイト粒径は、JIS G 0551に準拠して測定した。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の抵抗溶接用高張力鋼板のC、Mn及びCrに関する成分範囲を図示するグラフである。
【図2】本発明の接合強度と材料強度に関する実施例の範囲を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量比で、C:0.15〜0.25%、Si:0.1〜2.5%、Mn:0.10〜1.0%、Cr:0.5〜3.5%を含有し、残部Fe及び不可避不純物から成り、1180MPa以上の引張強度を有すると共に、Mn及びCrの含有量が次式(1)を満足することを特徴とする抵抗溶接用高張力鋼板。
Mn/(Mn+Cr)<0.50 ・・・ (1)
【請求項2】
質量比で、C:0.15〜0.25%、Si:0.1〜2.5%、Mn:0.10〜1.0%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、Cr:0.5〜3.5%、Ni:0.1〜3.0%、Cu:0.01〜3.0%、Al:0.001〜0.1%を含有し、残部Fe及び不可避不純物から成り、1180MPa以上の引張強度を有すると共に、Mn及びCrの含有量が次式(1)を満足することを特徴とする抵抗溶接用高張力鋼板。
Mn/(Mn+Cr)<0.50 ・・・ (1)
【請求項3】
亜鉛めっきが施してあることを特徴とする請求項1又は2に記載の抵抗溶接用高張力鋼板。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の抵抗溶接用高張力鋼板を抵抗溶接することを特徴とする接合方法。
【請求項5】
抵抗溶接した後、冷却し、Ac3点〜Ac3点+100℃の温度域に再加熱して冷却することを特徴とする請求項4に記載の接合方法。
【請求項6】
再加熱して冷却した後、150℃〜Ac1点の温度域で焼き戻しすることを特徴とする請求項4又は5に記載の接合方法。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の抵抗溶接用高張力鋼板から成ることを特徴とする高強度自動車用部材。
【請求項8】
請求項4〜6のいずれか1つの項に記載の接合方法により接合されていることを特徴とする高強度自動車用部材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2007−332452(P2007−332452A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−43384(P2007−43384)
【出願日】平成19年2月23日(2007.2.23)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】