説明

持続性放出速度を有する治療用化合物の硬膜外投与

【課題】硬膜外投与された生理活性を有する治療用化合物の持続性放出送達用製剤を提供する。
【解決手段】硬膜外に単回投与されることを特徴とする、脊椎動物の術後又は分娩後の痛みを治療するためのリポソーム製剤であって、ジパルミトイルホスファチジルコリン、ジオレオイルホスファチジルコリンなどのリン脂質とコレステロールなどのステロイドより形成される多小胞性リポソーム中に封入された鎮痛化合物又は麻酔化合物を含み、該鎮痛化合物又は麻酔化合物が持続放出される前記リポソーム製剤に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドラッグデリバリーシステムからの治療用化合物の制御放出に関する。特に本発明は、リポソーム製剤からの持続性放出速度を有する治療用化合物の硬膜外投与に関する。本発明はさらに、生体脊椎動物に硬膜外カテーテルを装着する方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
術後痛の管理は患者及び医師にとって重大な問題であり、特に、患者が麻酔から覚める回復室において重要である。痛みを制御する目的で投与される全身性オピオイドは、その用量が多すぎると命にかかわる呼吸抑制を引き起こすおそれがある。他方、術後痛投薬の用量は少なすぎてもあるいは遅すぎても、麻酔から覚めかけた患者に耐え難い激しい痛みを与える。さらに、腹部または胸部の手術後に術後痛の制御が十分でないと、胸壁、腹部、横隔膜の換気動作が阻害され(P.R.Bromage,Textbook of Pain,P.D.Wallら(編)、Churchill Livingstone,1989,pp744-753)、無気肺が生じることも示されている。
【0003】
脊髄にオピオイド受容体が存在することは1970年代に発見された。1979年の初期臨床効果の報告(M.Beharら、Lancet 1:527-529,1979)以来、硬膜外オピオイド投与は術後痛の制御においてごく一般的なものとなった(T.I.Ionescuら、Act.Anaesth.Belg.40:65-77,1989;C.Jayrら、Anesthesiology 78:666-676,1993;S.Lurieら、European Journal of Obstetrics and Gynecology and Reproductive Biology 49:147-153,1993)。硬膜外オピオイドには、移動運動制御または血管運動制御の喪失あるいは意識の低下を招くことなく、脊髄レベルにおいて局所的に痛覚を消失させることができるという利点がある。
【0004】
注射用オピオイドは、術後及び分娩後の処置に広く硬膜外へ使用されている。術後痛及び分娩後痛は通常数日間続くが、注射用オピオイドでは作用の持続期間が比較的短い(W.G.Broseら、Pain 45:11-15,1991; R.H.Drostら、Arzneim-Forsch/Drug Res.38:1632-1634,1988; G.K.Gourlayら、Pain 31:297-305,1987)。従って、痛みの適切な制御を維持するためには、点滴を継続的に行うかまたは注入を繰り返す必要がある(J.W.Kwan,Am.J.Hosp.Pharm.47(Suppl 1):S18-23,1990; J.S.Anulty,International Anesthesiology Clinics 28:17-24,1990; R.S.Sinatra,The Yale Journal of Biology and Medicine 64:351-374,1991)。点滴を継続的に行ったりまたは注入を繰り返したりするためには、注入ポンプを備えたまたは備えていないカテーテルシステムの装着がさらに必要であり、その保守と維持に医師と看護婦の貴重な時間を消費することになる。さらに、ボーラス注入を繰り返したりまたは点滴を継続的に行ったりすれば、呼吸抑制が引き起こされる可能性がある。
【0005】
呼吸抑制や無呼吸が遅れて発症することは、初期研究において最も関心の高い副作用である(P.R.Bromage,Anesthesia and Analgesia 60:461-463,1981; E.M.Camporesiら、Anesthesia and Analgesia 62:633-640,1983; T.L.Yaksh,Pain 11:293-346,1981)。胸部、腹部、または整形外科手術を受けた1085人の患者における硬膜外モルヒネの最近の見込みのある非ランダム研究によれば、硬膜外モルヒネによる「呼吸抑制」の割合は0.9%であると推定された(R.Stensethら、Acta Anaesthesiol.Scand.29:148-156,1985)。
【0006】
比較として、860人の患者での全身性モルヒネ(PO、IV、IM、SC)による「命にかかわる呼吸抑制」の発生率は0.9%であった(R.R.Millerら、Drug Effects in Hospitalized Patients.John Wiley & Sons,New York, 1976)。危険度の高い患者において硬膜外オピオイドと全身性オピオイド(IMまたはIV)を比較した、見込みのあるランダム研究により、硬膜外オピオイドによる術後痛制御において、術後合併症の発生率の低下を伴う、より優れた痛覚消失が得られることが判明している(N.Rawalら、Anesth.Analg.63:583-592,1984; MP.Yeagerら、Anesth.60:729-736,1987)。
【0007】
各種治療剤を多小胞性(multlvesicular)リポソーム等のリポソームへ封入すると該治療剤が持続的に放出されることが、in vitro並びにクモ膜下腔内、皮下及び腹腔内投与した動物だけでなく、クモ膜下腔内投与したヒト患者においても十分に証明されている(S.Kimら、J.Clin.Oncol.11:2186-2193,1993; V.Russackら、Ann Neurol.34:108-112,1993; M.C.Chamberlainら、Arch.Neurol.50:261-264,1993)。しかしながら、硬膜外投与された化合物の持続性放出は、当該技術分野ではこれまで知られていなかった。
【0008】
従って、オピオイド及び他の治療用化合物を単回投与で硬膜外へ投与し、治療上有効なレベルでの持続性放出速度を達成するための新規かつ優れた方法が必要である。本発明は、オピオイド等の治療剤の持続性放出製剤を提供することにより先行技術の限界に取り組むものであり、該製剤によれば、単回硬膜外投与直後に痛覚消失が最大となり、その後数日間にわたって痛覚消失が徐々に減少する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】P.R.Bromage,Textbook of Pain,P.D.Wallら(編)、Churchill Livingstone,1989,pp744-753
【非特許文献2】P M.Beharら、Lancet 1:527-529,1979
【非特許文献3】P T.I.Ionescuら、Act.Anaesth.Belg.40:65-77,1989
【非特許文献4】P C.Jayrら、Anesthesiology 78:666-676,1993
【非特許文献5】P S.Lurieら、European Journal of Obstetrics and Gynecology and Reproductive Biology 49:147-153,1993
【非特許文献6】P W.G.Broseら、Pain 45:11-15,1991
【非特許文献7】P R.H.Drostら、Arzneim-Forsch/Drug Res.38:1632-1634,1988
【非特許文献8】P G.K.Gourlayら、Pain 31:297-305,1987
【非特許文献9】P J.W.Kwan,Am.J.Hosp.Pharm.47(Suppl 1):S18-23,1990
【非特許文献10】P J.S.Anulty,International Anesthesiology Clinics 28:17-24,1990
【非特許文献11】P R.S.Sinatra,The Yale Journal of Biology and Medicine 64:351-374,1991
【非特許文献12】P P.R.Bromage,Anesthesia and Analgesia 60:461-463,1981
【非特許文献13】P E.M.Camporesiら、Anesthesia and Analesia 62:633-640,1983
【非特許文献14】P T.L.Yaksh,Pain 11:293-346,1981
【非特許文献15】P R.Stensethら、Acta Anaesthesiol.Scand.29:148-156,1985
【非特許文献16】P R.R.Millerら、Drug Effects in Hospitalized Patients.John Wiley & Sons,New York, 1976
【非特許文献17】P N.Rawalら、Anesth.Analg.63:583-592,1984
【非特許文献18】P MP.Yeagerら、Anesth.60:729-736,1987
【非特許文献19】P S.Kimら、J.Clin.Oncol.11:2186-2193,1993
【非特許文献20】P V.Russackら、Ann Neurol.34:108-112,1993
【非特許文献21】P M.C.Chamberlainら、Arch.Neurol.50:261-264,1993
【発明の概要】
【0010】
ドラッグデリバリーシステムにおける治療用化合物の硬膜外投与により、遊離の治療用化合物を用いるよりも格段に優れた持続性放出と治療効果の持続期間がもたらされた。
【0011】
従って、本発明の一つの態様では、ドラッグデリバリーシステムを用いることにより、このような治療が必要な脊椎動物へ硬膜外投与される治療用化合物の放出を持続させる方法が提供される。
【0012】
好ましくは、脊椎動物はヒト等の哺乳動物である。種々の好ましい態様では、ドラッグデリバリーシステムは、特に多小胞性リポソームを用いる態様では、脂質をベースとする。
本発明は、各種治療用化合物(好適な態様では、オピオイドまたはアヘン剤拮抗薬を含む)の送達を持続させ、痛覚消失のモジュレーションを可能にする能力を特徴とする。別の態様では、このような治療用化合物を神経栄養因子として送達することが可能である。
さらに、本発明の方法に従って持続性放出製剤を使用することにより、継続的な点滴、複数回に及ぶボーラス注入、またはカテーテルの装着の必要が無くなり、硬膜外痛覚消失にかかる全体的なコストが単純化かつ削減され、感染の可能性も減少する。硬膜外カテーテルを用いる場合でも、注入の頻度が減るという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、上から順に10、50、175または250μgの投与量でリポソーム封入硫酸モルヒネ(DTC401)(○)または遊離硫酸モルヒネ(●)を単回硬膜外投与した後、時間に対してラットの痛覚消失効果を記録した一連の4つのグラフである。痛覚消失の強さを「可能な最大痛覚消失の割合(%)(MPA(%))」で表す。各データポイントは、5または6匹の動物の平均及び標準誤差(SEM)を表す。
【図2】図2は、ラットにDTC401(○)若しくは遊離硫酸モルヒネ(●)を単回硬膜外投与した後または遊離硫酸モルヒネを単回皮下投与(■)した後に、ラットで測定した痛覚消失ピークの用量応答曲線を示すグラフである。平均ピークMPA(%)±SEMを5または6匹の動物から得た。
【図3】図3は、DTC401(○)または遊離硫酸モルヒネ(●)を単回硬膜外投与したラットにおいて、痛覚消失−時間曲線下の面積(AUC)により測定した痛覚消失効果の合計を比較したグラフである。各データポイントは、5または6匹の動物の平均及び標準誤差(SEM)を表す。
【図4】図4は、上から順に10、50、175、1000または2000μgの硬膜外DTC401(○)または遊離硫酸モルヒネ(●)を単回硬膜外投与したラットのヘモグロビン酸素飽和率(SpO)の経時変化を比較した一連の5つのグラフである。各データポイントは、5匹の動物の平均及び標準誤差(SEM)を表す。但し、50μg用量の群はn=3である。
【図5】図5は、DTC401(○)または遊離硫酸モルヒネ(●)を単回硬膜外投与したラットの最大呼吸抑制の用量応答曲線を示すグラフである。SpOの最低値を硬膜外モルヒネ用量に対してプロットした。各データポイントは、5匹の動物の平均及び標準誤差(SEM)を表す。但し、50μg用量の群はn=3である。
【図6】図6は、250μgのDTC401(○)または遊離硫酸モルヒネ(●)を硬膜外投与したラットにおける脳脊髄液(上段パネル)及び血清(下段パネル)での薬物動力学を比較した2つのグラフを示す。各データポイントは、3または4匹の動物の平均及び標準誤差(SEM)を表す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、オピオイド等の硬膜外効力を有する治療用化合物の硬膜外送達を目的とする、脂質ベースの持続性放出ドラッグデリバリーシステムを提供するものである。硬膜外投与により、硬膜に穴をあけることなく治療用化合物が中枢神経系や脳脊髄液へ持続性放出速度で放出される。
【0015】
「持続放出」とは、治療用化合物を脂質ベースの製剤に封入してボーラス投与した場合に、同じ薬剤を遊離状態で硬膜外へボーラス注入するよりも長期間にわたって放出されることを意味する。治療用化合物の濃度が持続期間中一定であることを意味する必要はない。一般的に、手術後または分娩後、日が経つにつれて患者の痛みは減少していく。従って、患者の痛覚消失の必要性も時間の経過と共に減少していく。本発明の硬膜外ドラッグデリバリーの方法を用いることにより、数日間(好ましくは約2日〜約7日)にわたって脳脊髄液及び/または血清中で治療用化合物の治療上有効なレベルを維持することが可能である。
【0016】
本明細書中でいう「治療用化合物」という用語は、生物学的なプロセスをモジュレートし、生物における望ましくない現症状のモジュレーションまたは治療において所望の効果を達成するのに有用な化学化合物を意味する。治療用化合物という用語には、抗生物質及び鎮痛剤等の非タンパク質系の化学薬剤、並びにサイトカイン、インターフェロン、増殖因子等のタンパク質系薬剤が含まれる。
【0017】
ドラッグデリバリーシステムは当該技術分野では公知である。本発明は、巨大分子複合体、ナノカプセル、マイクロスフェアまたはビーズの形状の合成または天然高分子、並びに水中油エマルション、ミセル、混合ミセル、合成膜小胞及び再封入赤血球(resealed erythrocyte)等の脂質ベースの系といった任意の持続性放出製剤に関する。これらの系は、総じて分散系として知られている。分散系は二相系であり、一方の相が粒子または液滴としてもう一方の相中に分散している。典型的には、系を構成する粒子は直径が約20nm〜50μmである。この粒子の粒径により粒子の医薬溶液への懸濁が可能になり、針またはカテーテル及びシリンジを用いて硬膜外腔へ導入することができる。
【0018】
分散系の調製に使用される材料は、典型的には無毒かつ生分解性である。例えば、コラーゲン、アルブミン、エチルセルロース、カゼイン、ゼラチン、レシチン、リン脂質、及び大豆油を用いることができる。コアセルベーションまたはマイクロカプセル化と同様の処理により、高分子分散系を調製することも可能である。所望ならば、比重を変えて分散体を高比重化または低比重化させることにより、分散系の密度を改変することもできる。例えば、イオヘキソール、イオジキサノール(iodixanol)、メトリザマイド、ショ糖、トレハロース、グルコース、または他の高比重生体適合性分子を添加することにより、分散体材料をさらに高比重化させることが可能である。
【0019】
本発明で使用可能な分散系のタイプの一つは、治療剤を高分子マトリックスへ分散させたものである。治療剤は高分子マトリックスとして放出され、生体外へ排泄される可溶性物質へと分解または生分解される。この目的に適う合成高分子のいくつかの種類については既に研究されている(ポリエステル(Pittら、In Controlled Release of Bioactive Materials,R.Baker編、Academic Press,New York,1980)、ポリアミド(Sidmanら、Journal of Membrane Science,7:227,1979)、ポリウレタン(Masterら、Journal of Polymer Science,Polymer Symposium 66:259,1979)、ポリオルトエステル(Hellerら、Polymer Engineering Science,21:727,1981)、及びポリ酸無水物(Leongら、Biomaterials,7:364,1986))。
【0020】
PLA及びPLA/PGAよりなるポリエステルについてはかなりの検討がなされている。疑いなく、これは利便性と安全性を考慮した結果である。これらの高分子は生分解性縫合糸として既に使用されているため入手が容易であり、無毒の乳酸とグリコール酸へ分解される(米国特許第4,578,384号、同第4,785,973号参照、これらの記載内容も本明細書中に参考として含まれるものとする)。
【0021】
固体高分子分散系は、塊状重合、界面重合、溶液重合、及び開環重合等の重合方法を用いて合成することができる(Odian,G.,Principles of Polymerization,第2版,John Wiley & Sons,New York,1981)。これらの方法のいずれを用いても、幅広い機械特性、化学特性および生分解特性を有する多種多様な合成高分子が得られる。反応温度、反応体濃度、溶剤の種類、及び反応時間といったパラメーターを変えることにより、特性及び特徴の相違を制御する。所望ならば、固体高分子分散系を最初に大きな塊として製造し、次いで粉砕または他の処理によって、適切な生理学的緩衝液中で分散可能な粒径の粒子とすることができる(例えば、米国特許第4,452,025号、同第4,389,330号、同第4,696,258号参照、これらの記載内容も本明細書中に参考として含まれるものとする)。
【0022】
所望であれば、治療用化合物を非分散構造中に含ませて、手術または機械的手段によって硬膜外へ移植することもできる。非分散構造は、板状、円柱状または球形等の特定の形状を有するものである。生分解性材料からなる板、円柱及び球から治療剤が放出されるメカニズムは、Hopfenbergによって述べられている(in Controlled Release Polymeric Formulations,pp.26-32,Paul,D.R.及びHarris,F.W.編、American Chemical Society,Washington,D.C.,1976)。主にマトリックスの分解によって放出を制御するこれらのデバイスからの相加放出(additive release)を簡単な式で表すと
t/M=1−[1−k0t/C0α]n
となり、式中において、n=3は球の場合であり、n=2は円柱の場合であり、n=1は板の場合である。αは球または円柱の半径あるいは板の厚さの半分を表す。Mt及びMは、それぞれ時間t及び無限大において放出される薬剤の質量である。
【0023】
脂質ベースの公知のドラッグデリバリーシステムはいずれも本発明の実施に用いることができる。例えば、封入された治療用化合物の持続放出速度が確立されるのであれば、多小胞性リポソーム(MVL)、多層リポソーム(多層小胞または「MLV」としても知られる)、小単層リポソーム(単層小胞または「SUV」としても知られる)及び大単層リポソーム(大単層小胞または「LUV」としても知られる)を含む単層リポソームのいずれをも用いることができる。しかしながら、好ましい態様では、脂質ベースのドラッグデリバリーシステムは多小胞性リポソーム系である。制御放出多小胞性リポソームドラッグデリバリーシステムの作製方法は、1994年12月7日出願の米国特許出願第08/352,342号及び1995年2月23日出願の米国特許出願第08/393,724号、並びにPCT出願US94/12957及びUS94/04490に十分に記載されている(これらの記載内容は全て本明細書中に参考として含まれるものとする)。
【0024】
合成膜小胞の組成物は、通常リン脂質を組み合わせたものであり、一般的にはステロイド、特にコレステロールと組み合わせたものである。他のリン脂質または脂質を使用してもよい。
【0025】
合成膜小胞の製造に有用な脂質の例としては、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴ脂質、セレブロシド、及びガングリオシドが挙げられる。リン脂質の具体例としては、卵ホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリン、ジステアロイルホスファチジルコリン、ジオレオイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルグリセロール及びジオレオイルホスファチジルグリセロールが挙げられる。
【0026】
治療剤を含む小胞の調製では、薬剤封入の効率、薬剤の易変性、得られる小胞集団の均一性とサイズ、薬剤−脂質比、透過性、調製物の不安定性、及び製剤の医薬的な許容性といった変量を考慮しなければならない(Szokaら、Annual Reviews of Biophysics and Bioengineering,9:467,1980; Deamerら、in Liposomes,Marcel Dekker,New York,1983,27; Hopeら、Chem.Phys.Lipids,40:89,1986)。
【0027】
脂質ベースのオピオイド製剤の使用は他の研究者によって研究されてきたが成功せず、硬膜外投与の研究に至っては未だなされていない。例えば、オピオイドを封入したリポソームの調製とin vitro活性は研究されているが(F.Reigら、J.Microencapsulation 6:277-283,1989)、硬膜外in vivoでの研究はなされていない。さらに、リポソーム製剤に封入し、脊髄送達によってラットに導入したアルフェンタニールの抗侵害受容(antinociception)効果と副作用は検討されているが(M.S.Wallaceら、Anesth.Analg.79:778-786,1994; C.M.Bernardsら、Anesthesiology 77:529-535,1992)、薬物動力学の面でも薬力学の面でも、これらの化合物は臨床実務において認可されるほど標準的なオピオイドと相違してはいなかった。これらの研究では、硬膜外経路を介して投与されるオピオイドの持続性放出製剤は検討されていない。
【0028】
治療用化合物を包含する脂質ベースのドラッグデリバリーシステムは、例えば硬膜外カテーテルを介して単回投与で送達することができる。しかしながら、好ましい態様では、脂質ベースのドラッグデリバリーシステムを、ゲージの小さい針を用いて脊髄を取り囲む硬膜外腔へ単回投与で注入するため、カテーテルを装着する必要がない。好ましくは、18ゲージ〜25ゲージの針を使用する。
【0029】
硬膜外送達に有用な治療用化合物の代表的な例としては、アヘン剤モルヒネ、ヒドロモルホン、コデイン、ヒドロコドン、レボルファノール、オキシコドン、オキシモルホン、ジアセチルモルヒネ、ブプレノルフィン、ナルブフェン(nalbupine)、ブトルファノール、ペンタゾシン、メタドン、フェンタニール、サフェンタニール及びアルフェンタニールが挙げられる。さらに、ナロキソン及びナルトレキソン等のアヘン剤拮抗薬を本発明の方法を用いて硬膜外へ投与し、アヘン剤の作用を打ち消したり拮抗したりすることもできる。
δ−オピオイド受容体、μ−オピオイド受容体、κ−オピオイド受容体及びε−オピオイド受容体等の1以上の神経受容体に結合するペプチド及びペプチド疑似体はオピオイドと見なされ、治療効果を上げるために本発明の方法に従って投与することができる。このような化合物としては、エンケファリン、エンドルフィン、カソモルフィン(casomorphin)、キオトルフィン(kyotorphin)、及びそれらの生理活性断片が挙げられる。本明細書中における「生理活性断片」とは、完全体の治療用分子の生理活性を実質的に保持した治療用化合物の任意の部分を意味する。当業者であれば、断片が完全分子の生理活性を実質的に保持しているかどうかは明らかであり、また容易に判定することができる。
【0030】
オピオイド以外にも、持続的な速度で硬膜外へ投与した際に治療上の有用性を有する多数の化合物を本発明の実施に用いることができる。このような化合物としては、インシュリン様増殖因子、毛様体神経栄養因子及び神経増殖因子等の神経栄養因子;ドーパミン、エピネフリン、ノルエピネフリン及びγ−アミノ酪酸等の神経伝達物質及びその拮抗薬;テトラカイン、リドカイン、ブピバカイン及びメピバカイン等の局所麻酔薬;P物質及び関連するペプチド;並びにクロニジン及びデキスメデトミジン(dexmedetomidine)等のα−2−受容体作用薬が挙げられる。さらに、リドカイン、ブピバカイン及びテトラカイン等の局所麻酔薬をオピオイドと同時に投与して硬膜外オピオイドの効力を増大させることもできる。
【0031】
本発明では、最大血中酸素飽和または薬剤を投与する前の基準値からヘモグロビン酸素飽和(SpO)が減少した割合(%)を測定したところ、硫酸モルヒネ等のオピオイドを包含する脂質ベースのドラッグデリバリーシステムが、遊離の薬剤を硬膜外投与した場合に比べて呼吸抑制を引き起こす可能性が最も低いことを示す。当業者であれば、パルスオキシメーター等の市販の装置によって血中酸素含有量が容易に測定できることは明らかであろう。
【0032】
本発明はまた、多小胞性リポソーム組成物に製剤化し、硬膜外投与した持続性放出オピオイドの単回投与により、痛覚消失の期間が持続することをも示す。治療薬の槽(cisternal)CSF濃度は硬膜外投与後60分以内にピークを迎え、その後数日間(例えば8日間まで)にわたって徐々に減少する。CSF濃度のピークは遊離硫酸モルヒネを硬膜外投与した場合よりも低いものの、送達された痛覚消失の合計(例えば、図1、3の曲線下の面積(AUC)及び表1参照)は、硬膜外へ送達された遊離硫酸モルヒネに比べて何倍にも増加した。例えば、多小胞性リポソームに封入した硫酸モルヒネ(DTC401)250μgを硬膜外投与した後では、同一用量の未封入硫酸モルヒネに比べて血清及びCSFモルヒネ濃度のピークはラットでそれぞれ17倍及び1.3倍に減少したが、CSF AUCは2.8倍に増加した。
【0033】
モルヒネの血清及びCSF濃度のピークが減少したため、硬膜外投与したモルヒネの制御放出による呼吸抑制は認められなかった。一方、硬膜外投与した遊離モルヒネは、高投与量で呼吸抑制を引き起こした。
【0034】
本発明の主な利点は3つある。第一に、持続性放出化合物の硬膜外送達を単回投与で行うことにより、通常治療用化合物の硬膜外ボーラス注入または点滴に付随して起こる呼吸抑制等の用量関連性の副作用の危険が減少する。第二に、治療用化合物を脳脊髄液へ直接投与するよりも硬膜外へ投与することにより、治療用化合物が脳及び脊髄全体に移行せず、治療用化合物の治療上有効な投与量が硬膜外腔へ局所的に長期間にわたって(例えば8日間まで)放出される。最後に、複数回の注入又は継続的な点滴を行わなくても、痛覚消失が持続される。
【0035】
当業者であれば、本発明の実施において治療上有効な放出速度が維持される期間を、治療すべき病状、治療用化合物及び持続性放出ドラッグデリバリーシステムの特徴、並びに封入して患者に投与する化合物の総量に応じて変えることができるであろう。
【0036】
本発明の組成物対して「治療上有効な」とは、治療用化合物が、意図する個々の医療効果を達成できる濃度でドラッグデリバリーシステムから放出されることを意味する。例えば、治療用化合物がオピオイドである場合には、所望の医療効果は呼吸抑制を伴わない痛覚消失である。正確な投与量は、個々の治療用化合物と所望の医療効果等の要因、並びに年齢、性別、平常時の状態などの患者側の要因に応じて変化する。当業者であれば、これらの要因を容易に考慮に入れて、必要以上の実験を行うことなく有効な治療濃度を確立することができる。
【0037】
例えば、硫酸モルヒネをヒトの硬膜外へ投与するのに適した投与量の範囲としては、1mg〜60mgが挙げられる。効力の優れた化合物であれば投与量は0.01mgで十分であり、効力の低い化合物であれば5000mgが必要である。前記の用量範囲以外の用量を用いることがあるにしても、この範囲で、硬膜外投与を意図した治療用物質の実質的に全てをまかなえる。
【0038】
既に刊行されているラットでの硬膜外装着方法は、腰椎骨にドリルで穴をあけ、カテーテルを硬膜外腔へ1cm押し込むものである。本発明は、手術による外傷を伴わずに上方(即ち、頚部)からのカテーテル装着を可能にする。また、カテーテルの先端を、先行技術に記載さているように腰椎部に制限するのではなく、脊柱に沿った任意の場所に設置できる。上方からカテーテルを装着する方法は、ウサギ、イヌ及びヒト等のラット以外の動物にも適用できる。
【0039】
以下、実施例を挙げて本発明を実施する方法を説明するが、以下の実施例が例示のためのものであり、本発明を該実施例中に示される特定の材料または条件に限定するものではないことを理解されたい。
【実施例】
【0040】
実施例1
A.塩酸塩の存在下における硫酸モルヒネを封入する多小胞性リポソーム(DTC401)の調製
工程1)清浄な1ドラムガラスバイアル(内径1.3cm×高さ4.5cm)に、9.3μmolのジオレオイルレシチン(Avanti Polar Lipids,Alabaster,AL)、2.1μmolのジパルミトイルホスファチジルグリセロール(Avanti Polar Lipids)、15μmolのコレステロール(Avanti Polar Lipids)及び1.8μmolのトリオレイン(Sigma)を含むクロロホルム(Spectrum Corp.,Gardena,CA)溶液1mlを入れた。この溶液を脂質成分と呼ぶ。
【0041】
工程2)20mg/mlの硫酸モルヒネ(Sigma Chemical Co.,St.Louis,MO)および0.1Nの塩酸を含む水溶液1mlを、脂質成分を含む上記1ドラムガラスバイアルへ添加した。
【0042】
工程3)油中水エマルションを作製するため、「工程2」の混合物を含むガラスバイアルを密封し、ボルテックスシェーカー(Catalogue #S8223-1,American Scientific Products,McGaw Park,IL.)の頭部へ水平に設置し、最大速度で6分間振とうした。
【0043】
工程4)水に懸濁したクロロホルム小球を作製するため、「工程3」で得られた油中水エマルションを等容量に分割し、2.5mlの水、グルコース(32mg/ml)及び遊離塩基リジン(40mM)(Sigma)を含む2個の1ドラムガラスバイアル(内径1.3cm×高さ4.5cm)の各々へ先端の細くなったパスツールピペットを用いて素早く注入した。次いで各バイアルを密封し、「工程3」で使用したのと同じボルテックスシェーカーの頭部へ設置し、最大速度で3秒間振とうしてクロロホルム小球を形成させた。
【0044】
工程5)多小胞性リポソームを得るため、「工程4」の2個のバイアル内に調製したクロロホルム小球懸濁液を、5mlの水、グルコース(32mg/ml)及び遊離塩基リジン(40mM)を含む250mlのエーレンマイヤーフラスコの底部へ注入した。振とう湯浴中でフラスコを37℃に保ちながら、7L/分の窒素ガス気流をフラスコへ吹き込んでクロロホルムを10〜15分間にわたってゆっくりと蒸発させた。次いで600×gで5分間遠心分離し、0.9%NaCl溶液で3回洗浄することにより、リポソームを単離した。
B.製剤の調製
硬膜外注入を行う前に、未封入(「遊離」)硫酸モルヒネからなる対照とDTC401を、50μl中に10、50、175、250または1000μgの用量が含まれるように調整した。さらに、呼吸抑制の研究に使用するための、2000μg用量の硫酸モルヒネを含むMVL調製物を75μl容量の注射剤へ製剤化した。各種リポソーム製剤中のモルヒネ濃度は、各調製物50μlを1mlのイソプロピルアルコールに溶解し、次いで水で希釈して求めた。モルヒネ濃度は、既知の方法(S.P.Joelら、Journal of Chromatography 430:394-399,1988)を用いてHPLCを使用してアッセイした。偽薬対照としては、硫酸モルヒネをグルコースに置き換えたブランク多小胞性リポソーム組成物を作製した。
実施例2
A.動物の準備
6〜8週齢のオスのSprague-Dawleyラット(体重205〜254g)(Harlan Sprague-Dawley,San Diego,CA)をケージ当たり1または2匹ずつ、昼と夜を12時間ずつのサイクルとする恒温環境下にて、餌と水を制限せずに与えて飼育した。各試験を行う前に、動物を環境に慣れさせた。動物にはそれぞれ1回だけ試験を行った。実験動物供給協会、国際調査会議(Institute of Laboratory Animal Resources,National Research Council)の実験動物の管理と使用に関する委員会(Committee on Care and Use of Laboratory Animals)のガイドラインに従って全ての動物を飼育した。
B.硬膜外カテーテル法
ラットの尾方硬膜外カテーテル法を以下のように行った。ハロタン性痛覚消失を誘導し、動物を7cmの高さに定位横臥させた。頭は動くようにして、動物が正常な呼吸を維持するよう注意した。斜面の短い19ゲージの針を脊椎の尾方に対して約170°の角度で、針の斜面を下に向けながら後頭稜の正中へ挿入した。
【0045】
針の先端が棘突起またはC1椎骨の後板(posterior lamina)に到達するまで、針をC1椎骨に向けて尾方へ進めた。針の先端を後板の腹側端部へ慎重に移動させた。この点でわずかに弾力を感じ、針をさらに1〜2mm進めた。針が硬膜へ貫入しないように注意した。硬膜への偶発的な侵入は、針の中心からまたは針につないだカテーテルから脳脊髄液(CSF)が吹き出すかどうかで判定できる。ポリエチレンカテーテル(PE-10、長さ12cm、内径0.28mm、容積7.4μl(Becton Dickinson,Sparks,MD))を、針を通して背面硬膜外腔へ挿入した。カテーテルを針を通してゆっくりと進ませ、L1の適切なレベル(C1から8cm)で止めた。カテーテルの露出部分を頭皮下へ通し、3−0絹縫合糸で巾着縫合して固定した。最後に、カテーテルを10μlの通常生理食塩溶液で洗浄し、ステンレススチールワイヤーで縛った。痛覚消失の開始から縫合までの処置を約10〜15分で行った。動物の意識を回復させ、60分間観察した。処置から完全に意識を回復した動物のみを以下の試験に用いた。
C.抗侵害受容
動物をM.S.Wallaceら(Anesth.Analg.79:778-786,1994)に記載されている標準的なホットプレート試験(52.5±0.5℃)に供することにより、硬膜外カテーテル装着後の侵害受容の基準値を求めた。侵害受容までの応答時間(秒)を、動物をホットプレート上へ乗せてから後ろ足をなめるかまたは飛び上がるまでの時間により測定した。各実験動物の応答時間の基準値(治療前)を、可能な最大痛覚消失(MPA)の0%とした。次いで各動物にDTC401(硬膜外モルヒネの用量が10μg〜250μg)、未封入硫酸モルヒネ溶液、または対照MVLブランクのいずれかを50μl硬膜外注入した。皮下投与された硫酸モルヒネ(用量250μg〜1mg)の抗侵害受容効果も測定した。上述のようにして装着したカテーテルにより試験溶液を硬膜外へ投与した後、硬膜外カテーテルを10μlの0.9%塩化ナトリウム溶液で洗浄した。
【0046】
次いで動物にホットプレート試験を再度行い、特定の時点で抗侵害受容効果を測定した(未封入硫酸モルヒネの場合は投与から0.5、1、2、3、4、6、12及び24時間後、DTC401とMVLブランクの場合は投与から0.5、1、6時間並びに1、2、3、4、5、6、7及び8日後に測定)。抗侵害受容は各用量及び各薬剤について5または6匹の動物より求めた。フットパッド(foot pads)の組織損傷を防ぐため、測定時間の限界を60秒とした。従って、60秒以上続く抗侵害受容を100%MPAとした。0%MPA〜100%MPAに対応する10±2〜60秒の応答時間は、試験した用量範囲において用量応答性であることが証明できる感度であった。
【0047】
各投与用量について、効力及び呼吸抑制曲線を時間の関数としてプロットした。ホットプレート応答性を、Wallaceら(前掲)に記載されているように可能な最大痛覚消失の割合(%)(MPA(%))として計算した。
【0048】
【数1】

RSTRIPコンピュータプログラム(Micromath,Salt Lake City,UT)を用いて台形の公式により、最後のデータポイントまで曲線下の全面積を計算した。
【0049】
一方向変動分析(ANOVA)を用いて、各種薬剤製剤と投与経路について用量依存性をそれぞれ別々に求めた。一方、同一用量における製剤間の比較には二方向ANOVAを用いた。全てのANOVA分析に対してNewman-Keuls試験を行い、統計的な有意性を求めた。全ての試験に対してp<0.05を統計的に有意であるとした。全てのデータを平均±標準誤差(SEM)として示す。
【0050】
図1に示すデータから明らかなように、DTC401の硬膜外投与では、遊離硫酸モルヒネを硬膜外投与した場合と比較して痛覚消失の開始は同等であるが、痛覚消失の持続期間が有意に延長された。対照MLVブランクの硬膜外注入では、抗侵害受容効果は認められなかった(データは示さない)。硬膜外DTC401並びに硬膜外及び皮下硫酸モルヒネによる鎮痛効果のピークは、図2に示すように用量依存性を示し、硬膜外遊離硫酸モルヒネの痛覚消失効力のピークは硬膜外DTC401のピークよりも高かった。硬膜外DTC401のピークは、皮下投与された遊離硫酸モルヒネのピークよりも実質的に高い(各比較ともp<0.05)。
【0051】
硬膜外DTC401を投与された動物において鎮痛効果が実質的に延長されることは、図1並びに図3のDTC401に対する曲線下の面積値(AUC)が大きいことから容易に見て取れる。DTC401と遊離硫酸モルヒネの両者に対して100%MPAに近いピーク効果をもたらした250μgの用量では、50%MPAへ減少するまでの時間が硫酸モルヒネでは0.17日であったのに比べてDTC401では3.4日であった。
D.呼吸抑制
呼吸抑制をパルス酸素飽和度測定法(pulse oximetry)により定量した。動物をケージから取り出し、ポリスチレン製のラット囲い(Plas Labs,Lansing,MI)に入れ、5分間慣れさせた。パルスオキシメータープローブ(Ohmeta Medical Systems,model 3740,Madison,WI)を右側の後ろ足へ装着し、基準状態での酸素飽和と硫酸モルヒネまたはDTC401を硬膜外ボーラス単回投与した後の特定の時点での酸素飽和を求めた。DTC401と遊離硫酸モルヒネの用量は10〜2000μgの範囲とした。各データポイントでパルス酸素飽和度測定法を5〜6匹の動物に行ったが、50μg用量では3匹の動物を使用した。ヘモグロビン酸素飽和率(SpO)であるパルス酸素飽和度測定値をリアルタイムで連続的にモニターした。3分間の記録時間内に得られた最大値を酸素飽和とした。
【0052】
図4に、DTC401及び硫酸モルヒネの各用量についてパルスオキシメーターで測定したヘモグロビンの酸素飽和率(SpO)の経時変化を示す。図5に示すように、硫酸モルヒネの場合には用量が増加すると呼吸抑制も用量依存的に増大するが、DTC401では同一用量で呼吸抑制が最小に抑えられた。一方、SpOは、遊離硫酸モルヒネまたはDTC401を硬膜外投与してから1時間以内に最も減少し、いずれの製剤においても遅延性の呼吸抑制は認められなかった。呼吸抑制のピークにおける硫酸モルヒネとDTC401の差は、統計的に有意であった(p<0.01)。
E.薬物動力学
250μgのDTC401または遊離硫酸モルヒネを硬膜外へ単回投与した後適切な時点にて末梢血及びCSFにおけるモルヒネ濃度を測定することにより、薬物動力学の検討を行った。DTC401の場合には硬膜外投与後0.5、1時間及び1、3、5、8日目に、遊離硫酸モルヒネの場合には硬膜外投与後0.5、1、3、6、12、24時間目にサンプルを採取した。3または4匹の動物を一群とし、ハロタンを用いて麻酔し、CSF及び血液サンプルをそれぞれ槽穿刺及び心臓穿刺により採取した。次いでハロタンを過剰投与して動物を致死させた。遠心分離にて血液から血清を分離し、ラジオイムノアッセイ(RIA)にてさらに分析を行うまでCSFサンプルと共に−80℃で保存した。
【0053】
血清及びCSFのモルヒネ濃度は、モルヒネに対して特異性の高い市販のRIAキット(Coat-A-CountTMSerum Morphine,Diagnostic Products Corp.,Los Angeles,CA)を用い、製造者の指示に従って求めた。測定は全て2回ずつ行った。
【0054】
図6に、250μgの遊離硫酸モルヒネまたはDTC401を注入した動物における槽CSF及び血清モルヒネの濃度を示す。表1に薬物動力学パラメーターをまとめる。DTC401を硬膜外投与した後のCSF及び血清モルヒネ濃度のピークは、それぞれ硫酸モルヒネを投与した場合の32%及び5.9%であった。DTC401の場合、CSF中の最終半減期(β)は、硫酸モルヒネの場合には2.6時間であるのに比べ82時間であった。CSFでの曲線下面積(AUC)は、硫酸モルヒネに比べてDTC401では2.7倍に増加したが、血漿でのAUCはほぼ同一であった。半減期は、薬物動力学曲線を二次指数関数(biexponential function)にフィッティングさせることにより計算した。RSTRIPプログラムを用いて反復非線形回帰によりカーブフィッティングを行った。
実施例3
DTC401の大規模調製
工程1)清浄なステンレススチール50ml遠心管に、46.5μmolのジオレオイルホスファチジルコリン(Avanti Polar LiPids)、10.5μmolのジパルミトイルホスファチジルグリセロール(Avanti Polar Lipids)、75μmolのコレステロール(Sigma Chemical Co.)、9.0μmolのトリオレイン(Avanti Polar Lipids)を含むクロロホルム溶液5mlを入れた。この溶液を脂質成分と呼ぶ。
【0055】
工程2)20mg/mlの硫酸モルヒネ5水和物(Mallinckrodt Chemical Inc.)と0.1Nの塩酸を含む水溶液5mlを、脂質成分を含む上記ステンレススチール遠心管へ添加した。
【0056】
工程3)油中水エマルションを作製するため、工程2の混合物をTKミキサー(AutoHomoMixer,Model M,Tokushu Kika Osaka,Japan)を用いて速度9000回転/分(rpm)で9分間撹拌した。
【0057】
工程4)水に懸濁したクロロホルム小球を作製するため、4%グルコース及び40mMリジンを含む水溶液25mlを、工程3で得られた油中水エマルションへ添加し、次いで速度3500rpmで120秒間混合した。
【0058】
工程5)多小胞性リポソームを得るため、遠心管内のクロロホルム小球懸濁液を、4%グルコース及び40mMリジンの水溶液25mlを含む1000mlエーレンマイヤーフラスコの底部へ注入した。振とう湯浴中で容器を37℃に保ちながら、7L/分の窒素ガス気流をフラスコへ吹き込んでクロロホルムを20分間にわたってゆっくりと蒸発させた。次いで懸濁液を通常生理食塩溶液で4倍に希釈し、600×gで5分間遠心分離し、上清を捨て、リポソームペレットを通常生理食塩溶液50mlに再度懸濁させることによりリポソームを単離した。600×gで再度5分間遠心分離してリポソームを単離した。上清を再度捨て、ペレットを通常生理食塩溶液に再度懸濁させた。
【0059】
以上、本発明を説明してきたが、これは発明の例示及び説明を目的とするものである。本発明の精神及び範囲を逸脱することなく様々な改変が可能であることは理解されるべきである。従って、以下の請求の範囲は、そのような改変の全てを包含するものと理解されたい。
【0060】
【表1】

MSは硫酸モルヒネを表し、Cmaxは最大濃度を表し、t1/2αは初期半減期を表し、t1/2βは最終半減期を表し、AUCは曲線下面積を表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
治療用化合物を脊椎動物の硬膜外に単回投与するための製剤であって、ドラッグデリバリーシステムに封入された治療用化合物を含み、ドラッグデリバリーシステムが、卵ホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリン、ジステアロイルホスファチジルコリン、ジオレオイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルグリセロール、ジオレオイルホスファチジルグリセロール、またはこれらの好適な組み合わせから製造された多小胞性リポソームを含み、かつ治療用化合物を約2日〜約7日にわたって持続的に放出させるものである、前記製剤。
【請求項2】
多小胞性リポソームが少なくとも1種のステロイドをさらに含む、請求項1記載の製剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−43104(P2010−43104A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230419(P2009−230419)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【分割の表示】特願2008−13960(P2008−13960)の分割
【原出願日】平成8年7月12日(1996.7.12)
【出願人】(500104532)パシラ ファーマシューティカルズ インコーポレーテッド (8)
【Fターム(参考)】