説明

携帯機器用カバーガラスの製造方法

【課題】化学強化後のガラス基板の寸法精度を向上できる携帯機器用カバーガラスの製造方法を提供する。
【解決手段】ガラス基板100を化学強化処理液に接触させることにより、ガラス基板100の中に含まれる一部のイオンを、そのイオンよりも大きなイオン半径である化学強化処理液中のイオンとイオン交換することによりガラス基板を化学強化する化学強化工程を含む携帯機器用カバーガラスの製造方法であって、化学強化工程前のガラス基板100の寸法に基づいて、化学強化工程後のガラス基板100の寸法が携帯機器用カバーガラスに求められる寸法になる化学強化条件で、ガラス基板100を化学強化することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、携帯電話やスマートフォン、PDA(Personal Digital Assistant)などの携帯端末装置の表示画面の保護に用いられる携帯機器用カバーガラスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話やスマートフォン、PDAなどの携帯端末装置では、液晶などの表示装置を保護するために、表示装置の外側に透明な保護板が配置される。保護板としては、アクリルなどの樹脂が多く用いられているが、樹脂の保護板は撓み易いため、板厚を厚くしたり、表示装置との間隙を多く取ったりする必要がある。
【0003】
そこで、携帯端末装置の表示装置の保護のためには、ガラス素材からなるカバーガラスを用いることが好ましい。ガラスは、硬度が高いために撓みが少なく、薄型化に寄与することができる。
【0004】
一般に、カバーガラスは、大きい一枚板の板状ガラスから任意の形状のガラス基板を複数枚抜き出し、この抜き出されたガラス基板を加工することにより製造される。これにより、カバーガラスを1枚1枚製造する場合よりも高い生産性が得られる。板状ガラスからガラス基板を抜き出す方法としては、機械加工だけでなく、エッチングを用いた方法が知られている(例えば、特許文献1)。
【0005】
特許文献1では、レジストパターンを主表面に形成した板状ガラスをエッチャントでエッチングして、板状ガラスから所望の形状のガラス基板を抜き出している。このようにエッチングで外形を形成することにより、端面は鏡面となって非常に高い平滑性を有し、機械加工では必ず生じるマイクロクラックが生じない。このため、携帯端末用カバーガラスに求められる高い強度を得ることができる。また、機械加工では困難な複雑な形状であっても、エッチングであれば容易に加工することができるという利点もある。
【0006】
しかしながら、ガラスは割れるという特性を有しているため、強度を向上させる必要がある。これに対して、特許文献2では、カバーガラスの外形を抜き出した後に、抜き出されたガラス基板をイオン交換処理により化学強化することが提案されている。特許文献2によれば、化学強化して表面に圧縮応力が作用するイオン交換層を形成することで、撓みを抑え、また破損し難い携帯端末用のカバーガラスを製造できるとしている。また、特許文献2には、化学強化のために、例えば、硝酸カリウムや硝酸ナトリウムなどの化学強化処理液を用い、温度400℃〜550℃で処理を行うことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−167086号公報
【特許文献2】特開2007−99557号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、携帯機器の需要増加に伴い、携帯機器用のカバーガラスの需要も急増している。このような背景の下、携帯機器用カバーガラスには、例えば携帯機器の表示画面を保護するために強度を高めるだけでなく、より高い寸法精度も求められている。このような要求を満たすべく、本発明者らは、板状ガラスから小片のガラス基板を抜き出した後、化学強化を行い、携帯機器用カバーガラスを製造した。しかしながら、製造された携帯機器用カバーガラスは、製品として要求される所望の寸法を満たさない場合があるという問題が発生した。
【0009】
本発明は、上記の課題に鑑み、化学強化後のガラス基板の寸法精度を向上できる携帯機器用カバーガラスの製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討した。その結果、高温の化学強化処理液にガラス基板を浸漬する化学強化工程では、化学強化処理液の状態、すなわち化学強化条件に応じてガラス基板の寸法が伸びることを見出した。さらに検討した結果、本発明者らは、化学強化前のガラス基板の寸法に基づいて、化学強化条件を決定することで、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
上記課題を解決するために、本発明にかかる携帯機器用カバーガラスの製造方法の代表的な構成は、ガラス基板を化学強化処理液に接触させることにより、ガラス基板の中に含まれる一部のイオンを、そのイオンよりも大きなイオン半径である化学強化処理液中のイオンとイオン交換することによりガラス基板を化学強化する化学強化工程を含む携帯機器用カバーガラスの製造方法であって、化学強化工程前のガラス基板の寸法に基づいて、化学強化工程後のガラス基板の寸法が携帯機器用カバーガラスに求められる寸法になる化学強化条件で、ガラス基板を化学強化することを特徴とする。
【0012】
ここで、製品として要求される携帯機器用カバーガラスの寸法は、製品毎に決められている。しかし、化学強化工程での化学強化条件に起因して、ガラス基板の寸法が変化してしまう。
【0013】
そこで、上記構成によれば、化学強化工程前のガラス基板の寸法に基づいて、化学強化工程後のガラス基板の寸法が携帯機器用カバーガラスに求められる寸法になるような化学強化条件を決定する。さらに、決定された化学強化条件で化学強化を行うことで、化学強化後のガラス基板の寸法精度を向上させている。
【0014】
化学強化条件と、化学強化条件で化学強化を行ったガラス基板の寸法の変化量との対応関係を予め把握しておき、化学強化工程前のガラス基板の寸法に基づいて、対応関係を参照して、化学強化条件を決定すると好ましい。この場合には、まず、化学強化工程前のガラス基板の寸法から、化学強化工程後のガラス基板の目標寸法との差分を把握する。次に、化学強化条件とガラス基板の寸法の変化量との対応関係を参照することで、化学強化工程でのガラス基板の寸法の変化量が、目標寸法との差分とほぼ一致するような化学強化条件を決定できる。この決定された化学強化条件で化学強化を行うことで、化学強化後のガラス基板の寸法精度を向上できる。
【0015】
化学強化工程の前に、板状ガラスの主表面に形成されたレジストパターンを用いて板状ガラスを等方性エッチングすることにより、携帯機器用カバーガラス形状のガラス基板に加工する形状加工工程を含み、化学強化工程では、形状加工工程後のガラス基板の寸法を化学強化工程前のガラス基板の寸法として、形状加工工程後のガラス基板の寸法に基づいて、化学強化条件を決定すると好ましい。この場合には、ガラス基板は、板状ガラスから等方性エッチングで抜き出されるので、機械加工とは異なりマイクロクラックが生じず、携帯端末用カバーガラスに求められる高い強度を得られる。
【0016】
ガラス基板は、Liイオンを含有するアルミノシリケートガラスであり、化学強化条件とは、化学強化処理液中に含まれるLiイオンの濃度であると好ましい。この場合には、アルミノシリケートガラスは、ガラスに含まれていたLiイオンをNaイオンと交換し、NaイオンをKイオンと交換することによって化学強化を行う。したがって、化学強化処理液に含まれるLiイオンの濃度が高いほど、化学強化処理液が疲労していて、化学強化の程度が小さくなる。そこで、例えば等方性エッチング後のガラス基板の寸法が、所望の寸法より小さいほど、Liイオンの濃度を低くすることで、化学強化の際のイオン交換度合いを高めて、化学強化によるガラス基板の寸法の伸びを大きくすることができる。このようにして、化学強化後のガラス基板の寸法精度を向上できる。
【0017】
化学強化条件は、ガラス基板を化学強化処理液と接触させる時間であると好ましい。この場合には、例えば接触させる時間を長くすれば、化学強化の際のイオン交換度合いを高めて、化学強化によるガラス基板の寸法の伸びを大きくすることができる。また、接触させる時間を短くすれば、化学強化の際のイオン交換度合いを低くして、化学強化によるガラス基板の寸法の伸びを小さくすることができる。このようにして、化学強化後のガラス基板の寸法精度を向上できる。
【0018】
化学強化条件は、化学強化処理液の温度であると好ましい。この場合には、例えば温度を高くすれば、化学強化の際のイオン交換度合いを高めて、化学強化によるガラス基板の寸法の伸びを大きくすることができる。また、温度を低くすれば、化学強化の際のイオン交換度合いを低くして、化学強化によるガラス基板の寸法の伸びを小さくすることができる。このようにして、化学強化後のガラス基板の寸法精度を向上できる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、化学強化後のガラス基板の寸法精度を向上できる携帯機器用カバーガラスの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本実施形態における携帯機器用カバーガラスの製造方法を適用したガラス基板を説明する図である。
【図2】本実施形態における携帯機器用カバーガラスの製造システムの機能ブロック図である。
【図3】等方性エッチングで抜き出されたガラス基板の断面を示す図である。
【0021】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。かかる実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能、構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略し、また本発明に直接関係のない要素は図示を省略する。
【0022】
図1は、本実施形態における携帯機器用カバーガラスの製造方法を適用したガラス基板を説明する図である。ガラス基板100は、携帯端末の表示画面を保護する携帯機器用カバーガラス(以下、カバーガラス)として用いられる。ガラス基板100は、矩形の外形部分102を有する板状である。また、ガラス基板100には、マイクやスピーカー用の開口104が設けられている。ガラス基板100は、必要に応じて例えば、印刷等の加飾を施すことでカバーガラスとなる。カバーガラスは、携帯端末のフレーム等に装着され、表示画面を保護することから、強度だけでなく高い寸法精度が求められている。
【0023】
本実施形態では、カバーガラスを製造する際に、後述する化学強化工程でガラス基板の寸法が変化することに着目し、化学強化後のガラス基板の寸法が製品として要求される所望の目標寸法となるような高い寸法精度を得ることを目的としている。以下、化学強化工程などを含む一連の工程を実施可能なカバーガラスの製造システムを説明する。
【0024】
図2は、本実施形態における携帯機器用カバーガラスの製造システムの機能ブロック図である。なお図中、太線の矢印は製造の流れを示し、細線の矢印は情報の流れを示している。製造システム110は、大きい一枚板の板状ガラス120から小片のガラス基板を抜き出した後、化学強化を行い、カバーガラスに用いられる上記ガラス基板100を製造する。製造システム110は、エッチング加工装置130と、化学強化処理槽140と、強化条件決定装置150と、把握装置160と、テーブルを記憶するメモリ170とを備える。
【0025】
板状ガラス120は、溶融ガラスから直接シート状に成型したもの、あるいは、ある厚さに成型されたガラス体を所定の厚さに成型し、主表面を研磨して所定の厚さに仕上げたものを使用することができる。特に、溶融ガラスから直接シート状に成型する場合には、板状ガラス120の主表面がマイクロクラックのない表面状態となるため好ましい。溶融ガラスから直接シート状に成型する方法としては、ダウンドロー法、フロート法などが挙げられる。また、プレス法によって板状ガラスを形成してもよい。
【0026】
板状ガラス120としては、アルミノシリケートガラス、ソーダライムガラス、ボロシリケートガラス等が挙げられ、強い圧縮応力を形成できる観点からアルミノシリケートガラスがより好ましい。中でも、SiO、Al、LiO及び/又はNaOを含有するアルミノシリケートガラスであることが好ましい。Alは、後述する化学強化においてイオン交換性能を向上させるために有用である。LiOは、化学強化においてNa+イオンとイオン交換させるための成分である。NaOは、化学強化においてK+イオンとイオン交換させるための成分である。ZrOは、機械的強度を高めるために有用である。
【0027】
エッチング加工装置130は、板状ガラス120から等方性エッチングによって、カバーガラス形状の小片のガラス基板を抜き出すエッチング工程を行う。エッチング工程では、板状ガラス120の主表面にレジストパターンを形成し、このレジストパターンを用いて、エッチャントでエッチングして、小片のガラス基板の外形および開口を形成する。エッチングにより外形および開口が形成されることで、ガラス基板の端面および開口の内壁面は鏡面で非常に高い平滑性を有し、機械加工では必ず生じるマイクロクラックが生じず、カバーガラスに求められる高い強度を得ることができる。また、機械加工では困難な複雑な形状であっても、容易に加工することができる。
【0028】
レジストパターンを形成する際には、まず、板状ガラス120の両主表面上にレジスト材をコーティングする。レジスト材としては、エッチングする際に使用するエッチャントに対して耐性を有する材料であればよい。一例として、フッ酸を含む水溶液の湿式エッチング(ウェットエッチング)による等方性エッチングで板状ガラス120を食刻する場合には、フッ酸耐性に優れたレジスト材などを用いることができる。
【0029】
次に、所望のマスクパターンを有するフォトマスクを板状ガラス120の両主表面と平行に配置して、レジスト材の両面から光を照射して露光する。なお、ここでのレジスト材は、ネガ型であり、露光されると変質し、現像液で溶解しないようになる。露光後のレジスト材を現像すると、エッチングされる領域以外の領域(残る領域)にレジストパターンが形成される。
【0030】
ウェットエッチングに使用するエッチャントは、板状ガラス120を食刻できるものであればよい。例えば、フッ酸を主成分とする酸性溶液や、フッ酸に硫酸、硝酸、塩酸、ケイフッ酸のうち少なくとも一つの酸を含む混酸などを用いることができる。
【0031】
ウェットエッチングでは、板状ガラス120は等方的にエッチングされる。したがってレジストパターンによってマスクされていない領域は、両面から溝が掘り下げられるように溶解し、やがて板厚のほぼ中央部で両面の溝同士が繋がることによって分離および開口する。このようにして、エッチング加工装置130によるエッチング工程が実施される。
【0032】
図3は、等方性エッチングで抜き出されたガラス基板の断面を示す図である。ここでは、板状ガラス120がウェットエッチングにより等方的にエッチングされた場合のガラス基板100Aの断面形状を示している。図中、ガラス基板100Aの両主表面に形成されたレジストマスク204aを斜線で示している。フォトマスクを用いた露光工程で形成されたレジストパターンの上記レジストマスク204aの主表面の寸法(主表面方向の幅)を、Laで示している。さらに、ガラス基板100Aの板厚を、図示のようにDaで示している。
【0033】
ガラス基板100Aの端面には、図3に示すように、中央部が外方に向かって突出する突出部106aが形成されており、その突出部106aから両方の主表面側に向かって緩やかに湾曲するように傾斜面106b、106cが形成されている。なお、傾斜面106b、106cと主表面との境界、および突出部106aは、半径数十μmの丸みを帯びた形状にすることが好ましい。このような端面形状とすることで、携帯端末装置のフレーム等に当該カバーガラスを装着する際、カジリや欠けが生じることなく容易に装着することができる。
【0034】
また、ガラス基板100Aの外形寸法は、両端面の突出部106a、106a間の距離で規定される。ここでは、ガラス基板100Aの外形寸法を、図示のようにWaで示している。
【0035】
エッチング後には、レジスト剥離が行われる。例えばレジストパターンをガラス基板100Aから剥離するための剥離液としては、KOHやNaOHなどのアルカリ溶液を用いることが好ましい。なお、レジスト材、エッチャント、剥離液の種類は、被エッチング材料である板状ガラス120の材料に応じて適宜選択することができる。
【0036】
次に、エッチング工程後の小片のガラス基板に対して実施される化学強化工程について説明する。図2に示す化学強化処理槽140は、エッチングによる形状加工工程の後に、板状ガラス120から抜き出されたガラス基板に対して、イオン交換処理により化学強化を行う。化学強化は、ガラスの表層面のイオンをイオン半径の大きな他のイオンと交換することにより、ガラス表面に圧縮応力層を形成し、機械的強度をさらに高める処理である。化学強化には、例えば、硝酸カリウムや硝酸ナトリウムなどの化学強化処理液が用いられ、温度300〜450(℃)、1〜30時間の処理が行われる。これにより、ガラス中のLi+イオンが化学強化処理液中のNa+イオンと交換されるとともに、ガラス中のNa+イオンが化学強化処理液中のK+イオンと交換される。
【0037】
化学強化により形成する圧縮応力層は5(μm)以上あればよい。好ましくは、圧縮応力層の厚みは、35(μm)以上、より好ましくは50(μm)以上、さらに好ましくは100(μm)以上が望ましい。また、ガラス基板を抜き出した後に化学強化を行うことで、ガラス基板の端面も化学強化される。このため、図1に示すガラス基板100を携帯端末装置に装着する際、ガラス基板100の欠けや割れが生じることを抑制できる。
【0038】
化学強化後のガラス基板は、化学強化処理槽140から取り出され、空中と水中で冷却された後、ガラス基板に付着している溶融塩やその他の付着物を取り除くために洗浄され、図1に示すガラス基板100となる。洗浄方法としては、水などの洗浄液で洗い流す方法や、洗浄液に浸漬する浸漬法、洗浄液を流しながら回転するロール体をガラス基板に接触させるスクラブ洗浄法などを利用することができる。浸漬法では、洗浄液に超音波を印加した状態で実施してもよい。その後、ガラス基板100に、必要に応じて印刷等の加飾を施すことでカバーガラスが製造される。
【0039】
ここで、本発明者らは、化学強化工程での化学強化条件により、ガラス基板100の外形寸法が変わることに着目した。化学強化では、ガラスの表層面のイオンをイオン半径の大きな他のイオンと交換することにより、ガラス表面に圧縮応力層を形成する。この圧縮応力層は、ガラス基板を膨張させるため基板寸法は大きくなる。
【0040】
つまり、化学強化によるガラス基板100の寸法変化量(伸びの度合い)は、化学強化に伴う化学強化条件によって変化する。そこで、化学強化条件と化学強化によるガラス基板の外形寸法の伸びとの対応関係を示すテーブルを用意すればよい。なお、テーブルが示す対応関係は、実施例の表1、表2にて詳述する。
【0041】
テーブルは、図2に示すようにメモリ170に格納されており、化学強化に伴う化学強化条件とガラス基板の外形寸法の伸びとの対応関係を示している。化学強化条件としては、例えば、化学強化処理液中に含まれるLiイオンの濃度(ppm)、ガラス基板を化学強化処理液と接触させる時間である浸漬時間(時間)、化学強化処理液の温度(℃)が挙げられる。
【0042】
化学強化工程では、ガラス基板に含まれているLiイオンをNaイオンと交換するとともに、NaイオンをKイオンと交換する。このため、化学強化処理液に含まれるLiイオンの濃度が高いほど、化学強化処理液が疲労し、イオン交換の速度が低下することで、化学強化の程度が小さくなる。なお、Li濃度の変更は、化学強化処理液の交換、溶融塩の継ぎ足しなどによって実行可能である。
【0043】
また、化学強化工程では、浸漬時間が長いほど、また化学強化処理液の温度が高いほどイオン交換が進行しガラス基板の外形寸法の伸びが大きくなる傾向がある。ただし、時間、温度に関する上記の傾向は、ガラス基板の応力緩和現象などにより単調に外形寸法の伸びが大きくならない場合もある。なお、温度の変更は、化学強化処理槽のヒーターを調整することで実施できる。
【0044】
次に、製造システム110での情報の流れ(細線の矢印参照)について説明する。上記したテーブルを記憶しているメモリ170は、図2に示す把握装置160の要求に応じてテーブルの内容を参照させる。把握装置160は、テーブルから化学強化工程に伴う化学強化条件とガラス基板の外形寸法の伸びとの対応関係を把握する。さらに、把握装置160は、強化条件決定装置150の要求に応じて上記対応関係を参照させる。
【0045】
強化条件決定装置150は、エッチング加工装置130によるエッチング工程後のガラス基板の寸法に基づいて、テーブルの対応関係を参照し、化学強化工程後のガラス基板の外形寸法が所望の外形寸法、すなわち製品として要求される目標寸法になるように、化学強化条件を決定する。なお、ガラス基板の目標寸法は、例えばメモリ170に適宜記憶させてよい。
【0046】
具体的には、強化条件決定装置150は、寸法測定装置(図示せず)によって測定されたエッチング工程後のガラス基板100の外形寸法を取得し、さらに、メモリ170からガラス基板の目標寸法を読み出して、ガラス基板100の外形寸法と目標寸法との差分を把握する。ここでの差分は、目標寸法に対する外形寸法の不足分を想定している。
【0047】
続いて、強化条件決定装置150は、テーブルを参照して、化学強化工程で上記差分とほぼ一致するガラス基板の寸法変化量を得るための化学強化条件を選択し決定する。そして、化学強化処理槽140では、決定された化学強化条件でガラス基板100を化学強化する。このようにすれば、化学強化工程後のガラス基板の外形寸法が目標寸法とほぼ一致するようになる。
【0048】
また、化学強化工程では、テーブルに示したように、Liイオンの濃度、化学強化処理液へのガラス基板の浸漬時間および化学強化処理液の温度と、ガラス基板の外形寸法の伸びとがそれぞれ対応関係を有している。このため、強化条件決定装置150は、Li濃度、浸漬時間、温度のうち1つの化学強化条件に限らず、これらの群から選択された2以上の化学強化条件を変更して、ガラス基板の外形寸法の伸びを調整することで、化学強化後のガラス基板の外形寸法を目標寸法に近付けるようにしてもよい。
【0049】
ここで、化学強化条件の選択基準について説明する。Liイオンの濃度は、化学強化処理液の寿命に影響を与えるため、化学強化処理液の寿命を考慮してLiイオンの濃度を調整しない場合には、化学強化条件として、浸漬時間および温度のいずれか一方または両方を調整すればよい。
【0050】
また、浸漬時間は、その調整をすることによって化学強化の終了時刻が変わるため、製造工程全体の時間コントロールを考慮して、浸漬時間の調整をしない場合には、化学強化条件として、Li濃度および温度のいずれか一方または両方を調整すればよい。
【0051】
さらに、加熱温度は、化学強化処理槽140や化学強化処理液の使用可能温度の制約を受けるため、加熱温度の調整をしない場合には、化学強化条件として、Li濃度および浸漬時間のいずれか一方または両方を調整すればよい。
【0052】
上記のような本実施形態における携帯機器用カバーガラスの製造方法では、化学強化に伴う化学強化条件とガラス基板の外形寸法の伸びとの対応関係を参照して、化学強化前のガラス基板の寸法に基づいて、化学強化条件を決定する。よって、化学強化前のガラス基板の外形寸法のバラツキを、化学強化によって調整することになり、化学強化後のガラス基板の寸法精度を向上できる。
【0053】
なお、ガラス基板の開口寸法に関しても、上記の調整を同様に適用できる。よって、化学強化前のガラス基板の開口寸法のバラツキを、化学強化によって調整することができ、ガラス基板の開口の寸法精度が向上する。これに加えて、ガラス基板の外形寸法及び開口寸法の両方を調整することによって、ガラス基板の外周端面と開口の内壁面との間で生じうる寸法変化を小さくすることができ、開口の位置ずれが抑えられることから、開口の位置精度が向上する。
【0054】
[実施例]
以下、本発明の実施例を挙げて説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。
【0055】
例1〜例6は、化学強化条件と基板寸法の対応関係を把握するための実験結果を示す例である。この対応関係は上記実施形態でのテーブルに相当する。
【0056】
板状ガラスのガラス組成は、62.5〜64.5重量%のSiOと、13〜15重量%のAlと、5〜7重量%のLiOと、9.5〜11.5重量%のNaOと、5〜7重量%のZrOとを含むものである。
【0057】
本例のサンプルは、まず上記組成の板状ガラスの両面にレジストを塗布し、所定のフォトマスクを使用して露光、現像を行って、レジストパターンを形成した。そして、このレジストパターンをマスクとして、ガラス素材をエッチングするエッチング液(フッ酸を含有する酸性溶液)を用いて、各板状ガラスに対してウェットエッチングを行った。ウェットエッチングにより各板状ガラスからガラス基板を切り出し、残ったレジストを除去し洗浄した。
【0058】
つぎに化学強化工程前にガラス基板の基板寸法を測定した。この携帯機器用カバーガラスに用いる矩形状のガラス基板での、製品として要求される目標寸法は長辺101(mm)、短辺48(mm)であり、本例では短辺寸法を測定した。測定は(株)ニコン製のCNC画像測定システム「NEXIV」を使用した。
【0059】
例1〜例3は、化学強化工程を化学強化処理液のLi濃度を、0(ppm)、900(ppm)、1800(ppm)の条件で実施した。化学強化処理液は硝酸カリウムと硝酸ナトリウムの混合塩、温度360(℃)、浸漬時間は3時間である。Li濃度はイオンクロマトクラフィー(Dionex製 ICS−2000)により測定した。使用した交換カラムはCS−12A、また溶離液はメタンスルホン酸である。化学強化後、所定の洗浄を実施し、ガラス基板寸法を測定した。基板寸法の測定枚数は例1〜3ともに各10枚である。結果を表1に示す。表中の基板寸法変動比は、化学強化によるガラス基板の寸法変化量を表すための比である。また、基板寸法変動比は、化学強化後基板寸法/化学強化前基板寸法であり、測定した10枚の平均値である。なお以降の化学強化は全て硝酸カリウムと硝酸ナトリウムの混合塩で行い、浸漬時間は3時間である。
【0060】
【表1】

【0061】
例4〜例6は、例1〜3と同様に作成したエッチング工程後のガラス基板を使用した。化学強化工程前のガラス基板の寸法を測定後、化学強化処理液の温度を、340(℃)、360(℃)、380(℃)の3条件でガラス基板を化学強化した。ここでLi濃度は900(ppm)である。化学強化後、所定の洗浄を実施し、ガラス基板寸法を測定した。基板寸法の測定枚数は例1〜3と同じである。結果を表2に示す。表中の基板寸法変動比は、化学強化後基板寸法/化学強化前基板寸法であり、測定した10枚の平均値である。
【0062】
【表2】

【0063】
表1の例1〜例3から、化学強化処理液のLi濃度と基板寸法変動比の対応関係が得られた。化学強化処理溶液のLi濃度が小さいと、化学強化による基板寸法の伸びは大きくなり、Li濃度が大きいと、基板寸法の伸びは小さくなることが分かる。
【0064】
また、表2の例4〜例6から、化学強化処理液の温度と基板寸法変動比の対応関係が得られた。化学強化処理溶液の温度が高いと、化学強化による基板寸法の伸びは大きくなり、温度が低いと、基板寸法の伸びは小さくなることが分かる。
【0065】
(実施例)
実施例は、化学強化工程前のガラス基板の寸法に基づいて、表1、表2の化学強化処理液のLi濃度、化学強化処理液の温度と化学強化によるガラス基板の基板寸法の伸びの対応関係を参照し化学強化した。
【0066】
実施例は、化学強化工程前のガラス基板の寸法を測定した。そして化学強化工程前のガラス基板の寸法が、47.97(mm)未満、47.97(mm)以上47.99(mm)未満、47.99(mm)以上の、3段階に仕分け(ソーティング)した。
【0067】
実施例1は上記の寸法で仕分けしたガラス基板を、表1を参照してLi濃度を調整(選択)して化学強化した。化学強化工程前の基板寸法が大きいガラス基板については、基板寸法の伸びが小さくなる条件で化学強化し、また化学強化工程前の基板寸法が小さいガラス基板については、基板寸法の伸びが大きくなる条件で化学強化した。具体的には、基板寸法が47.97(mm)未満のガラス基板は、Li濃度0(ppm)で化学強化した。また、基板寸法が47.97(mm)以上47.99(mm)未満のガラス基板はLi濃度900(ppm)で化学強化した。さらに、基板寸法が47.99(mm)以上のガラス基板はLi濃度1800(ppm)で化学強化した。ここで、化学強化処理液の温度は360(℃)である。化学強化後のガラス基板の寸法を表3に示す。ガラス基板の寸法測定数は3段階の仕分け毎に700枚、合計2100枚である。
【0068】
実施例2では、上記の基板寸法で仕分けしたガラス基板を、表2を参照して化学強化処理液の温度を調整(選択)して化学強化した。化学強化工程前の寸法が大きいガラス基板は伸びが小さくなる条件で、また化学強化前の寸法が小さいガラス基板は伸びが大きくなる条件で化学強化した。具体的には、基板寸法が47.97(mm)未満のガラス基板は、化学強化処理液の温度380(℃)で化学強化した。また、基板寸法が47.97(mm)以上47.99(mm)未満のガラス基板は360(℃)で化学強化した。さらに、基板寸法が47.99(mm)以上のガラス基板は340(℃)で化学強化した。ここで化学強化処理液のLi濃度は900(ppm)である。化学強化後のガラス基板の寸法を表3に示す。ガラス基板の寸法測定数は3段階の仕分け毎に700枚、合計2100枚である。
【0069】
(比較例)
比較例は、上記の寸法で仕分けしたガラス基板を、すべて同じ化学強化条件、具体的には化学強化処理液のLi濃度は900(ppm)、化学強化処理液の温度360(℃)で化学強化した。化学強化後のガラス基板の寸法を表3に示す。ガラス基板の寸法測定数は2100枚である。
【0070】
【表3】

【0071】
表3から、化学強化工程前のガラス基板の寸法に基づいて、表1、表2の化学強化条件とガラス基板の寸法の変化の対応関係を参照して化学強化条件を調整した実施例1と実施例2のガラス基板の寸法の標準偏差値は、0.013(mm)、0.014(mm)となった。一方、化学強化条件とガラス基板の寸法の変化の対応関係を参照せず化学強化を実施した比較例のガラス基板寸法の標準偏差値は、0.027(mm)となった。よって、実施例1、2は、比較例に対してバラツキが小さいことが分かる。
【0072】
このように、化学強化工程前のガラス基板の寸法に基づいて、予め把握した化学強化条件とガラス基板の寸法変化量を参照して化学強化工程を実施した実施例では、ガラス基板の寸法精度がより向上することが確かめられた。
【0073】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は係る例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0074】
特に、実施例では短辺寸法の測定結果を示したが、このほかにガラス基板の長辺寸法および開口寸法などを必要に応じて測定し、長辺寸法および開口寸法のいずれかの寸法とこの寸法の化学強化工程に伴うガラス基板の寸法変化量(ガラス基板の寸法の伸び)との対応関係を参照して、化学強化条件を決定してもよい。あるいは、各種寸法を複数組み合わせて、この組み合わせと各種寸法の化学強化工程に伴うガラス基板の寸法変化量との対応関係を参照して、化学強化条件を決定してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明は、携帯電話やスマートフォン、PDAなどの携帯端末装置やデジタルスチルカメラ等の携帯機器(携帯型電子機器)の表示画面の保護や、携帯機器の筐体に用いられる携帯機器用カバーガラスの製造方法に利用することができる。
【符号の説明】
【0076】
100、100A…ガラス基板、102…外形部分、104…開口、106a…突出部、106b、106c…傾斜面、110…製造システム、120…板状ガラス、130…エッチング加工装置、140…化学強化処理槽、150…強化条件決定装置、160…把握装置、170…メモリ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス基板を化学強化処理液に接触させることにより、ガラス基板の中に含まれる一部のイオンを、そのイオンよりも大きなイオン半径である前記化学強化処理液中のイオンとイオン交換することによりガラス基板を化学強化する化学強化工程を含む携帯機器用カバーガラスの製造方法であって、
化学強化工程前のガラス基板の寸法に基づいて、化学強化工程後のガラス基板の寸法が携帯機器用カバーガラスに求められる寸法になる化学強化条件で、前記ガラス基板を化学強化することを特徴とする携帯機器用カバーガラスの製造方法。
【請求項2】
前記化学強化条件と、当該化学強化条件で化学強化を行ったガラス基板の寸法の変化量との対応関係を予め把握しておき、化学強化工程前のガラス基板の寸法に基づいて、前記対応関係を参照して、化学強化条件を決定することを特徴とする請求項1記載の携帯機器用カバーガラスの製造方法。
【請求項3】
前記化学強化工程の前に、板状ガラスの主表面に形成されたレジストパターンを用いて当該板状ガラスを等方性エッチングすることにより、携帯機器用カバーガラス形状のガラス基板に加工する形状加工工程を含み、
前記化学強化工程では、形状加工工程後のガラス基板の寸法を化学強化工程前のガラス基板の寸法として、形状加工工程後のガラス基板の寸法に基づいて、化学強化条件を決定することを特徴とする請求項1または2に記載の携帯機器用カバーガラスの製造方法。
【請求項4】
前記ガラス基板は、Liイオンを含有するアルミノシリケートガラスであり、
前記化学強化条件とは、化学強化処理液中に含まれるLiイオンの濃度であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の携帯機器用カバーガラスの製造方法。
【請求項5】
前記化学強化条件は、ガラス基板を化学強化処理液と接触させる時間であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の携帯機器用カバーガラスの製造方法。
【請求項6】
前記化学強化条件は、化学強化処理液の温度であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の携帯機器用カバーガラスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−87031(P2013−87031A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−231002(P2011−231002)
【出願日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【出願人】(511099951)エイチオーイーブイ カンパニー リミテッド (10)
【Fターム(参考)】