説明

摩擦係合装置および摩擦係合装置の組立治具

【課題】 コイル状のリターンスプリングを支持するスプリングリテーナをピストンガイドにバヨネット結合する際に、リターンスプリングの倒れを防止する。
【解決手段】 切欠き20bおよび突起22bよりなるバヨネット結合部25でピストンガイド17の円筒部22にスプリングリテーナ20を結合するとき、スプリングリテーナ20がリターンスプリング19を圧縮しながら軸線L方向に移動して切欠き20bを突起22bが通過した後に、スプリングリテーナ20が軸線Lまわりに回転してピストンガイド17の円筒部22に係止される。このとき、治具Jによってスプリングリテーナ20に設けた第1凹凸係合部20dとピストン16に設けた第2凹凸係合部16eとが一定の位相関係を保つので、ピストン16に対してスプリングリテーナ20が相対回転してリターンスプリング19が円周方向に倒れるのを防止し、スプリングリテーナ20の組付け作業を容易かつ確実に行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸線を共有するアウター部材およびインナー部材間に配置した複数の摩擦係合要素を押圧する円環状のピストンをピストンガイドに軸線方向摺動自在に支持し、前記ピストンガイドに円環状のスプリングリテーナをバヨネット結合部で結合し、前記ピストンおよび前記スプリングリテーナ間に円周方向に並置された複数のコイル状のリターンスプリングを軸線方向に縮設した摩擦係合装置と、その摩擦係合装置の組立治具とに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のオートマチックトランスミッションに用いられる多板型のクラッチやブレーキは、アウター部材およびインナー部材間に配置した複数の摩擦係合要素と、これらの摩擦係合要素を押圧して相互に係合させるピストンと、このピストンを係合解除方向に付勢するリターンスプリングとを備えており、前記リターンスプリングを皿ばねで構成したものが、下記特許文献1により公知である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第2807542号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、多板型のクラッチやブレーキに用いられるリターンスプリングとして、前記皿ばねに代えてコイルスプリングを用いた場合、円環状のピストンに均一な付勢力を作用させるために、複数のコイルスプリングをピストンに沿って円周方向に並置する必要がある。このような場合、複数のコイルスプリングはピストンの一側面と、ピストンガイドに係止されたスプリングリテーナの一側面との間に縮設されるが、スプリングリテーナをピストンガイドにバヨネット結合により係止するものでは、バヨネット結合時にスプリングリテーナを回転させると、前記コイルスプリングが円周方向に倒れて正しく組み付けられなくなる問題がある。
【0005】
本発明は前述の事情に鑑みてなされたもので、コイル状のリターンスプリングを支持するスプリングリテーナをピストンガイドにバヨネット結合する際に、リターンスプリングの倒れを防止することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1に記載された発明によれば、軸線を共有するアウター部材およびインナー部材間に配置した複数の摩擦係合要素を押圧する円環状のピストンをピストンガイドに軸線方向摺動自在に支持し、前記ピストンガイドに円環状のスプリングリテーナをバヨネット結合部で結合し、前記ピストンおよび前記スプリングリテーナ間に円周方向に並置された複数のコイル状のリターンスプリングを軸線方向に縮設した摩擦係合装置であって、前記バヨネット結合部は、前記ピストンガイドの外周面および前記スプリングリテーナの内周面の一方に形成された切欠きと他方に形成された突起とからなり、前記スプリングリテーナが前記リターンスプリングを圧縮しながら軸線方向に移動して前記切欠きを前記突起が通過した後に、前記スプリングリテーナが軸線まわりに回転して前記ピストンガイドに係止されるものにおいて、前記スプリングリテーナが前記ピストンガイドに係止されるとき、前記スプリングリテーナに設けた第1凹凸係合部と前記ピストンに設けた第2凹凸係合部とが一定の位相関係を保つことを特徴とする摩擦係合装置が提案される。
【0007】
また請求項2に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記第1凹凸係合部は前記スプリングリテーナの背面に形成された凹部であり、前記第2凹凸係合部は前記ピストンの押圧部を径方向に横切る溝であることを特徴とする摩擦係合装置が提案される。
【0008】
また請求項3に記載された発明によれば、請求項1または請求項2に記載の摩擦係合装置を組み立てるための摩擦係合装置の組立治具であって、治具本体と、前記治具本体に形成されて前記第1凹凸係合部に係合可能な第1係合部と、前記治具本体に形成されて前記第2凹凸係合部に係合可能な第2係合部とを備えることを特徴とする摩擦係合装置の組立治具が提案される。
【0009】
尚、実施の形態のクラッチアウター11は本発明のアウター部材に対応し、実施の形態のクラッチインナー12は本発明のインナー部材に対応し、実施の形態の係合溝16eは本発明の第2凹凸係合部に対応し、実施の形態の係合凹部20dは本発明の第1凹凸係合部に対応し、実施の形態の第1係合突起26aは本発明の第1係合部に対応し、実施の形態の第2係合突起26cは本発明の第2係合部に対応する。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の構成によれば、切欠きおよび突起よりなるバヨネット結合部でピストンガイドにスプリングリテーナを結合するとき、スプリングリテーナがリターンスプリングを圧縮しながら軸線方向に移動して切欠きを突起が通過した後に、スプリングリテーナが軸線まわりに回転してピストンガイドに係止される。このとき、スプリングリテーナに設けた第1凹凸係合部とピストンに設けた第2凹凸係合部とが一定の位相関係を保って回転するので、ピストンに対してスプリングリテーナが相対回転してリターンスプリングが円周方向に倒れるのを防止し、スプリングリテーナの組付け作業を容易かつ確実に行うことができる。
【0011】
また請求項2の構成によれば、第1凹凸係合部をスプリングリテーナの背面に形成された凹部で構成したので、この凹部をオイル溜めとして機能させて摩擦係合要素の潤滑性能を高めることができ、また第2凹凸係合部をピストンの押圧部を径方向に横切る溝で構成したので、摩擦係合要素を潤滑したオイルを前記溝を通して排出することで潤滑性能を更に高めることができる。
【0012】
また請求項3の構成によれば、摩擦係合装置の組立治具の治具本体に、スプリングリテーナの第1凹凸係合部に係合可能な第1係合部と、ピストンの第2凹凸係合部に係合可能な第2係合部とを設けたので、スプリングリテーナおよびピストンを一体に回転させてバヨネット結合部を結合する作業を容易かつ確実に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】オートマチックトランスミッションのクラッチの縦断面図。
【図2】図1からクラッチインナー、摩擦係合要素およびサークリップを取り外した状態を示す図。
【図3】図2の3−3線矢視図。
【図4】ピストン、スプリングリテーナ、リターンスプリング、ピストンガイドおよび治具の斜視図。
【図5】スプリングリテーナの組付け時の作用説明図(治具をセットした状態)。
【図6】図5の6−6線矢視図(治具をセットした状態)。
【図7】前記図6に対応する図(治具を回転させた状態)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図1〜図7に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
【0015】
図1に示すように、自動車のオートマチックトランスミッションに用いられる湿式多板型の油圧クラッチCは、クラッチアウター11と、クラッチインナー12と、クラッチアウター11に回転不能かつ軸線L方向摺動自在に嵌合する複数の摩擦係合要素13…と、クラッチインナー12に回転不能かつ軸線L方向摺動自在に嵌合する複数の摩擦係合要素14…と、摩擦係合要素13…,14…を脱落不能に保持すべくクラッチアウター11に係止されるサークリップ15と、摩擦係合要素13…,14…をサークリップ15に向けて係合方向に押圧するピストン16と、ピストン16を摺動自在に案内するピストンガイド17と、ピストン16を油圧で係合方向に駆動する作動油室18と、ピストン16を係合解除方向に付勢する複数のコイル状のリターンスプリング19…と、リターンスプリング19…の一端を支持するスプリングリテーナ20とを備える。
【0016】
ピストンガイド17は円環状の部材であって、クラッチアウター11の軸線L方向の一端部から径方向内向きに延びる円板部21と、円板部21の径方向内端に連なって軸線L方向に延びる円筒部22とを備える。円板部21に形成した第1シリンダ面21aと、円筒部22に形成した第2シリンダ面22aとに、ピストン16のピストン本体部16aが2個のシール部材23,24を介して摺動自在に嵌合しており、これらのシール部材23,24によってピストン16およびピストンガイド17間に液密な作動油室18が区画される。
【0017】
ピストン16は、ピストン本体部16aから径方向外側に延びて図中右端の摩擦係合要素13に対向する押圧部16bと、ピストン本体部16aから軸線L方向に延びる円筒部16cとを備える。ピストンガイド17の円筒部22とピストン16の円筒部16cとの間に嵌合する円環状のスプリングリテーナ20は、ピストンガイド17の円筒部22にバヨネット結合部25により係止される。ピストン本体部16aに凹設したスプリングシート16d…と、スプリングリテーナ20に凹設したスプリングシート20a…とに、圧縮状態にある複数のリターンスプリング19…の軸線L方向両端部が係止される。
【0018】
図2〜図4から明らかなように、バヨネット結合部25は、円環状のスプリングリテーナ20の内周面に60°間隔で形成された6個の切欠き20b…と、スプリングリテーナ20の内周面と連通するように背面(リターンスプリング19…と反対側の面)に凹設された12個の位置決め溝20c…と、ピストンガイド17の円筒部22の外周面に60°間隔で径方向外向きに突設された6個の突起22b…とで構成される。スプリングリテーナ20の切欠き20b…はピストンガイド17の円筒部22の突起22b…が通過可能な形状であり、スプリングリテーナ20の位置決め溝20c…はピストンガイド17の円筒部22の突起22b…が嵌合可能な形状である。
【0019】
ピストンガイド17の円筒部22にスプリングリテーナ20を組付けるための治具Jは、十文字状に交差する2本の棒状の治具本体26,26と、治具本体26,26の中間部から軸線L方向に突出する4個の第1係合突起26a…と、治具本体26,26の先端から軸線L方向に突出する4個の腕部26b…と、4個の腕部26b…の先端から軸線L方向に突出する4個の第2係合突起26c…とを備える。
【0020】
スプリングリテーナ20の背面、つまりリターンスプリング19…と反対側の面には、治具Jの4個の第1係合突起26a…がそれぞれ係合可能な4個の係合凹部20d…が90°間隔で形成されるとともに、ピストン16の押圧部16bには、治具Jの4個の第2係合突起26c…がそれぞれ係合可能な4個の係合溝16e…が90°間隔で形成される。
【0021】
次に、油圧クラッチCのピストンガイド17にスプリングリテーナ20を組付ける手順を説明する。
【0022】
先ず、クラッチアウター11と一体のピストンガイド17に形成された第1シリンダ面21aおよび第2シリンダ面22aにピストン16のピストン本体部16aを嵌合させ、ピストン本体部16に凹設したスプリングシート16d…にそれぞれリターンスプリング19…の一端部を挿入する。続いて、スプリングリテーナ20の内周面をピストンガイド17の円筒部22の外周面に嵌合させ、スプリングリテーナ20に凹設したスプリングシート20a…に前記リターンスプリング19…の他端部を挿入する。
【0023】
続いて、治具Jの4個の第1係合突起26a…をスプリングリテーナ20の背面に形成した4個の係合凹部20d…に係合させるとともに、治具Jの4個の第2係合突起26c…をピストン16の押圧部16bに形成した4個の係合溝16e…に係合させる。この状態で治具Jを軸線L方向に押し込みながら回転させることで、スプリングリテーナ20の6個の切欠き20b…の位相をピストンガイド17の円筒部22の6個の突起22b…の位相に一致させ、前記突起22b…が前記切欠き20b…を通過する位置まで治具Jを更に押し込むことで、図5および図6に示す状態とする。治具Jを回転させたとき、スプリングリテーナ20およびピストン16は一体に回転するため、スプリングリテーナ20およびピストン16間に装着したリターンスプリング19…が円周方向に倒れることはない。
【0024】
続いて、治具Jを時計方向あるいは反時計方向に更に所定角度回転させると、図7に示すように、円筒部22の6個の突起22b…はスプリングリテーナ20の6個の切欠き20b…に対向する位置からずれ、スプリングリテーナ20の何れかの6個の位置決め溝20c…に対向する。この状態から治具Jを手前に引くと、圧縮されたリターンスプリング19…の弾発力でスプリングリテーナ20が手前に押され、スプリングリテーナ20の6個の位置決め溝20c…に円筒部22の6個の突起22b…が嵌合し、スプリングリテーナ20がピストンガイド17にバヨネット結合される。この場合も、治具Jの回転に伴ってスプリングリテーナ20およびピストン16は一体に回転するため、スプリングリテーナ20およびピストン16間に装着したリターンスプリング19…が円周方向に倒れることはない。
【0025】
以上のように、本実施の形態によれば、ピストンガイド17にスプリングリテーナ20をバヨネット結合部25により組付けるとき、治具Jによってスプリングリテーナ20およびピストン16を一体に回転させるので、スプリングリテーナ20およびピストン16が相対回転して両者間に装着したリターンスプリング19…が円周方向に倒れることが防止され、スプリングリテーナ20の面倒な組付け作業を簡単かつ確実に行うことができる。
【0026】
また油圧クラッチCの摩擦係合要素13…,14…は、ピストンガイド17の円筒部22に嵌合するミッション軸27(図1参照)の内部から供給されるオイルで潤滑されるが、スプリングリテーナ20の背面に形成した係合凹部20d…がオイル溜めとして機能することで、摩擦係合要素13…,14…にオイルを途切れることなく供給することを可能にして潤滑性能を高めることができる。
【0027】
またピストン16の押圧部16bに形成された4個の係合溝16e…と、端部に位置する摩擦係合要素13との間に径方向に延びる通路が形成されるため、摩擦係合要素13…,14…の潤滑を終えて温度上昇したオイルを遠心力で前記通路を通して排出することで、摩擦係合要素13…,14…の潤滑性能を更に高めることができる。
【0028】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
【0029】
例えば、実施の形態のバヨネット結合部25は、スプリングリテーナ20側の切欠き20b…と円筒部22側の突起22b…とで構成されているが、切欠きおよび突起の関係を入れ換え、スプリングリテーナ20側に突起を設けて円筒部22側に切欠きを設けても良い。
【0030】
また実施の形態では治具J側に第1、第2係合突起26a…,26c…を設け、スプリングリテーナ20側およびピストン16側に係合凹部20d…および係合溝16e…を設けているが、突起および溝の関係は逆であっても良い。つまり、治具Jはスプリングリテーナ20およびピストン16に凹凸係合可能であれば良い。
【0031】
また本発明の摩擦係合装置は実施の形態の油圧クラッチCに限定されず、油圧ブレーキであっても良く、電磁クラッチや電磁ブレーキであっても良い。
【符号の説明】
【0032】
11 クラッチアウター(アウター部材)
12 クラッチインナー(インナー部材)
13 摩擦係合要素
14 摩擦係合要素
16 ピストン
16b 押圧部
16e 係合溝(第2凹凸係合部)
17 ピストンガイド
19 リターンスプリング
20 スプリングリテーナ
20b 切欠き
20d 係合凹部(第1凹凸係合部)
22b 突起
25 バヨネット結合部
26 治具本体
26a 第1係合突起(第1係合部)
26c 第2係合突起(第2係合部)
L 軸線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸線(L)を共有するアウター部材(11)およびインナー部材(12)間に配置した複数の摩擦係合要素(13,14)を押圧する円環状のピストン(16)をピストンガイド(17)に軸線(L)方向摺動自在に支持し、前記ピストンガイド(17)に円環状のスプリングリテーナ(20)をバヨネット結合部(25)で結合し、前記ピストン(16)および前記スプリングリテーナ(20)間に円周方向に並置された複数のコイル状のリターンスプリング(19)を軸線(L)方向に縮設した摩擦係合装置であって、
前記バヨネット結合部(25)は、前記ピストンガイド(17)の外周面および前記スプリングリテーナ(20)の内周面の一方に形成された切欠き(20b)と他方に形成された突起(22b)とからなり、前記スプリングリテーナ(20)が前記リターンスプリング(19)を圧縮しながら軸線(L)方向に移動して前記切欠き(20b)を前記突起(22b)が通過した後に、前記スプリングリテーナ(20)が軸線(L)まわりに回転して前記ピストンガイド(17)に係止されるものにおいて、
前記スプリングリテーナ(20)が前記ピストンガイド(17)に係止されるとき、前記スプリングリテーナ(20)に設けた第1凹凸係合部(20d)と前記ピストン(16)に設けた第2凹凸係合部(16e)とが一定の位相関係を保つことを特徴とする摩擦係合装置。
【請求項2】
前記第1凹凸係合部(20d)は前記スプリングリテーナ(20)の背面に形成された凹部であり、前記第2凹凸係合部(16e)は前記ピストン(16)の押圧部(16b)を径方向に横切る溝であることを特徴とする、請求項1に記載の摩擦係合装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の摩擦係合装置を組み立てるための摩擦係合装置の組立治具であって、
治具本体(26)と、前記治具本体(26)に形成されて前記第1凹凸係合部(20d)に係合可能な第1係合部(26a)と、前記治具本体(26)に形成されて前記第2凹凸係合部(16e)に係合可能な第2係合部(26c)とを備えることを特徴とする摩擦係合装置の組立治具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−169422(P2011−169422A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−35002(P2010−35002)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】