説明

摩擦撹拌コーティング方法

【課題】摩擦撹拌技術を用いて穴部の内面にコーティングを容易に施すことができる摩擦撹拌コーティング方法を提供する。
【解決手段】本発明の摩擦撹拌コーティング方法は、基材1に形成され円筒内面形状の内周面1Sで区画され断面形状が円形の穴部1Hに、穴部1Hの内周部1Sよりも高温変形抵抗が低い材料からなる表層をもち外径が穴部1Hの内径より大きい棒状体2を穴部1Hの軸方向Xに圧入しつつ基材1と棒状体2とを相対回転させる。
棒状体2の表層は摩擦による発熱で軟化・流動するため、少なくとも棒状体2の表層は、穴部1Hの内周面1S上にコーティングされる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、穴部の内周面に厚肉コーティングを施す技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種構造部材の表面部の機能および特性を向上させる表面改質技術として、一般に、めっきやCVDプロセス・PVDプロセスなどの蒸着法による薄膜形成技術、溶射や肉盛などの厚膜形成技術が知られている。
【0003】
溶射や肉盛では、1〜2mm程度の厚肉の接合層を容易に形成できる。しかし、いずれの方法も、溶融状態で高温で処理されるため、被処理材が劣化する問題がある。そこで、摩擦攪拌接合技術が最近注目されてきている。摩擦撹拌接合技術は、材料を溶融させず固相状態で接合可能であることから、様々な応用が期待されている。
【0004】
たとえば、特許文献1では、円柱孔の底部に配置したコーティング材料を加圧ロッドで塑性流動させることで、円柱内面にコーティング層を形成するコーティング方法が開示されている。このコーティング方法では、円柱孔の底部にコーティング材料を配置し、次いで円柱孔よりも外径の小さい加圧ロッドを挿入する。加圧ロッドをコーティング材料に対して加圧しつつ回転することで、コーティング材料は摩擦発熱により軟化する。その結果、コーティング材料は、加圧ロッドと円柱内面との間に沿って塑性流動し、円柱内面にコーティング層が形成される。
【0005】
特許文献2には、アルミニウム合金製の母材に設けられた円形の孔の内周面に肉盛層を形成する方法が記載されている。肉盛層は、アルミニウム合金製の溶接棒を自転させながら孔の内側に向けて加圧挿入することで形成される。溶接棒の先端周面はテーパ状に形成され、孔の内周面と溶接棒のテーパ面とが摺接することで摩擦熱が発生する。この摩擦熱により、母材および溶接棒が塑性化するとともに流動して、孔の内周面に母材の成分と溶接棒の成分とが混合した肉盛層が形成される。
【0006】
また、コーティング層を形成する技術とは異なるが、特許文献3には、金属部材の円柱内面に改質層を形成する方法が記載されている。円柱内面に沿って加圧ロッドを加圧接触させながら相対回転運動させることにより円柱内面を発熱させる。このとき、加圧ロッドは、金属部材の軟化温度よりも高い軟化温度をもつため、円柱内面の表層が発熱により軟化し塑性流動する。その結果、円柱内面の表層には、緻密で欠陥の少ない組織からなる改質層が形成される。
【特許文献1】特開2000−312981号公報
【特許文献2】特開平11−197860号公報
【特許文献3】特開2000−312980号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献を挙げて説明した以上の方法は、いずれも、摩擦撹拌技術を用いている。摩擦撹拌技術は、高速回転させた工具を押し付けることで発生する摩擦熱により軟化させた部材を塑性流動させて他の部材の表面に作用させ、接合などを行う技術である。摩擦撹拌技術によれば材料は、摩擦熱により軟化するのみであって溶融しないため歪の発生が低減され、また、塑性流動により組織が微細化される。
【0008】
ところが、特許文献1のコーティング方法では、特に、コーティング材料の融点(もしくは軟化温度)が高い場合には、摩擦撹拌の発熱だけでは熱量不足となり塑性流動しにくく、加圧ロッドと円柱孔の内面との間にコーティング層が形成されない場合がある。
【0009】
また、特許文献2に記載の方法で形成される肉盛層は、母材の成分と溶接棒の成分とが混合してなる。そのため、材料の組み合わせによっては、金属間化合物を生成するなどして、母材や肉盛層の特性が劣化する場合がある。
【0010】
本発明は、上記問題点に鑑み、摩擦撹拌技術を用いて穴部の内面にコーティングを容易に施すことができる摩擦撹拌コーティング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の摩擦撹拌コーティング方法は、基材に形成され円筒内面形状および/または軸方向で径が異なるテーパ面形状の内周面で区画され断面形状が円形の穴部に、該穴部の内周部よりも高温変形抵抗が低い材料からなる表層をもち外径が該穴部の内径より大きい棒状体を該穴部の軸方向に圧入しつつ該基材と該棒状体とを相対回転させ、
前記棒状体の前記表層を摩擦による発熱で軟化・流動させて少なくとも該表層を前記穴部の内周面上にコーティングすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の摩擦撹拌コーティング方法によれば、穴部の内周面と棒状体の外周面とが相対的なすべり摩擦をするため、棒状体の表層が、摩擦による発熱で軟化して塑性流動する。棒状体の表層が軟化・流動し、摩擦面に凝着するとともに発熱現象にともなう固相拡散により、少なくとも表層が穴部の内周面上にコーティングされる。このとき、棒状体の表層は穴部の内周部よりも高温変形抵抗の低い材料からなるため、塑性流動による基材の成分と棒状体の成分との混合が回避され、良好な接合状態でコーティングされる。
【0013】
なお、本明細書における良好な接合状態とは、コーティング後の基材の穴部の内周部に大きな変形や変質が無く、内周面に棒状体の表層が隙間無く接合されている状態を指す。また、接合部位において、金属間化合物や異常粒成長組織などの特性を劣化させる異常層の生成が無い状態を想定している。
【0014】
また、棒状体の外周面を粗面とすることにより、摩擦による発熱が促進されてコーティングに十分な熱量が発熱する。そのため、基材が鉄または鋼、棒状体が銅または銅合金といった融点の高い材料の組み合わせからなる場合であっても、穴部の内周面にコーティングが可能となる。
【0015】
棒状体の外周面は、ネジ状突起部を有するのが好ましい。特に、ネジ状突起部が、摩擦撹拌コーティングにおいて棒状体が回転する方向に回すと棒状体が圧入される方向に進むネジ形状をもつのであれば、棒状体の表層が軟化・流動するのに十分な発熱と、撹拌に必要な駆動力が付与され、軟化・流動が促進される。また、穴部の内周面から酸化物や付着物が除去されてなる新生面の形成を促進する効果により、棒状体の少なくとも表層が穴部の内周面に良好に接合する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、図1を用いて、本発明の摩擦撹拌コーティング方法を実施するための最良の形態を説明する。なお、図1は、本発明の摩擦撹拌コーティング方法の一例を示す説明図であって、一部を破断して示した斜視図である。
【0017】
本発明の摩擦撹拌コーティング方法は、前述の摩擦撹拌技術を用い、基材に形成された円形の穴部の内周面にコーティングを施す方法である。形成されるコーティングは、望ましくは、ミリメートルオーダーのコーティングであって、具体的には0.2mm以上5mm以下、さらに好ましくは0.5mm以上3mm以下の厚さのコーティング層が得られる。
【0018】
本発明の摩擦撹拌コーティング方法では、棒状体を穴部の軸方向に圧入しつつ、基材と棒状体とを相対回転させる。このとき、棒状体の外周面が穴部の内周面と擦れ合うため、棒状体の表層は摩擦により発熱する。摩擦による発熱により、棒状体の表層は軟化して流動し、その結果、少なくとも表層が穴部の内周面上にコーティングされる。なお、図1は、本発明の摩擦撹拌コーティング方法を実施する直前の状態を示す。たとえば図1に示すように、基材1の穴部1Hに、棒状体2を矢印X方向に圧入しつつ矢印Y方向に回転させればよい。
【0019】
基材は、断面形状が円形の穴部を有する。基材は、あらかじめ穴部をもつ形状に成形された部材であっても、あとから穴部を加工した部材であっても、いずれであってもよい。たとえば、基材が金属製であれば、鋳造、塑性加工などの一般的な成形方法により作製された金属製部材であればよい。穴部は、たとえば、穴部に相当する凸部をもつ金型によりあらかじめ成形されてもよいし、後から切削などの一般的な加工法を用いて作製してもよい。
【0020】
また、基材の材質に特に限定はないが、純金属または合金からなる金属製であるのが望ましい。必ずしも基材全体が同じ材質からなる必要はなく、たとえば、穴部の内周部とその周辺とで異なる材質であってもよい。
【0021】
基材が有する穴部は平面視で円形であって、穴部を区画する内周面は、円筒内面形状および/または軸方向で径が異なるテーパ面形状であればよい。穴部は、図1に示すような基材1に形成され軸方向の断面形状が矩形である円筒内面形状をもつ内周面1Sにより区画された穴部1Hのほか、軸方向の断面形状が台形であって軸方向に拡径する円錐面形状をもつ内周面、円錐面形状と円筒内面形状とが組み合わさってなる内周面の他、球面の一部からなる内周面など、いずれの形状の内周面で区画された穴部であってもよい。なお、円錐面形状をもつ内周面であれば、軸方向において棒状体が圧入される開口と逆側が先細であるとよい。また、図1に示す穴部1Hのように両端が開口していてもよいし、一端のみが開口する有底形状であってもよい。
【0022】
穴部は、そのサイズに特に限定はない。次に述べる棒状体のサイズ、材質、穴部に棒状体を圧入する際の条件などを適宜選択することで、穴部のサイズを問わずコーティングが可能となる。
【0023】
棒状体は、穴部の内周部よりも高温変形抵抗が低い材料からなる表層をもつのであれば、その材質に特に限定はない。すなわち棒状体の表層は、摩擦による発熱の際の変形抵抗が穴部の内周部よりも小さいため、穴部の内周面を変化させることなく棒状体の表層部の軟化による塑性流動が生じる。本明細書において高温変形抵抗は、所定の温度のもとでの引張試験から求められる0.2%耐力によって相対比較するものとする。棒状体と穴部の内周部とで高温変形抵抗の異なる材質を選択して用いることにより、コーティング層の接合状態が良好となる。具体的には、摩擦攪拌が生じると予測される温度において、0.2%耐力の差が20MPa以上であるのが望ましい。0.2%耐力の差が20MPa未満であると、棒状体の表層と穴部の内周部とが塑性流動により混合する可能性があるため、良好な接合状態が得られ難い。また、摩擦攪拌が生じると予測される温度を規定するのであれば、棒状体の材料の融点(固相線温度[K])の60〜98%さらには70〜95%が一般的である。基材および棒状体の具体的としては、基材がステンレス鋼などの鋼製であれば、棒状体に銅または銅合金を用いることで、600〜900℃における両者の0.2%耐力の差が20〜50MPaとなる組合せを選定するのが望ましい。
【0024】
なお、棒状体は、棒状体の少なくとも表層の高温変形抵抗が穴部の少なくとも内周部の高温変形抵抗よりも低くなるような材質からなればよく、必ずしも基材全体、棒状体全体が同じ材質からなる必要はない。
【0025】
棒状体は、その外径が穴部の内径より大きければ、穴部および棒状体の寸法に特に限定はない。ここで、本明細書において「径」とは直径である。棒状体を穴部の軸方向に押し込むときの両者の差をあえて規定するのであれば、穴部の内径(直径)を100%としたとき、圧入代t(圧入代t:棒状体の外径(直径)と穴部の内径(直径)との差)が2〜12%さらには3〜10%であるのが望ましい。以下、この値を「比圧入代」とする。比圧入代が2%未満では十分に発熱せず、得られるコーティング層と穴部の内周面との密着性が低下する。比圧入代が12%を超えると、摩擦により発熱しすぎて上述の金属間化合物や異常粒成長組織などが生成し易くなる他、棒状体の表層や穴部の内周部が溶融する場合があり、接合不良となることがあるため望ましくない。なお、内径が上記の比圧入代の範囲であれば、基材の穴部の直径に特に限定はない。あえて規定するのであれば、望ましい基材の穴部の内径の範囲は、10mm以上100mm以下である。
【0026】
特に、ネジ状突起部を有する棒状体(後述)を内径が23mm以上26mm以下の穴部の軸方向に押し込むときの圧入代tは、0.5mmを超え2.5mm未満さらには0.6mm以上2.4mm以下とするとよい。
【0027】
棒状体は、その外周面に摩擦による発熱を促進させる粗面を有するのが好ましい。棒状体の表面を表面粗さがJISに規定される十点平均粗さRzで300μm以上に粗面化すると発熱の促進に効果的であるが、さらに粗い凹凸であってもよい。たとえば、軸方向または周方向に並べて形成された平行溝、規則的あるいはランダムに形成された複数の突起、などであってもよい。なかでも、図1に示すように、棒状体2の外周面2Sにネジ状突起部26を形成するとよい。ネジ状突起部をもつ棒状体を基材と相対回転させながら穴部に圧入すると、棒状体の先端部側のネジ状突起部が消滅したあと連続的に後続部のネジ状突起部が回転しつつ圧入され、最終的にはネジ状突起部は完全に消滅し、良好な接合状態が得られる。このとき、ネジ状突起部が形成されていることで、棒状体を穴部に圧入する際の摩擦面の面圧が高く維持され、短時間で摩擦による発熱が促進される。また、ネジ状突起部のネジ山部が塑性変形することでネジ山部がネジ谷部(空間)へ充填され、摩擦攪拌による塑性流動が促進される。さらに、ネジ山部は空間へ充填されるので圧入代tを大きく設定でき、摩擦面の面圧をより高く維持でき、より短時間で摩擦発熱が促進される。つまり、ネジ状突起部をもつ棒状体を用いることで、棒状体が穴部へ圧入されるときの圧入荷重や回転力が小さくても、棒状体の少なくとも表層が穴部の内周面に良好に接合する。また、ネジの先端は、テーパ面となっているため、圧入開始時に棒状体を穴部に圧入しやすい。なお、ネジ状突起部は、機械加工のほか鋳造あるいは転造により容易に形成できる。
【0028】
特に、ネジ状突起部は、棒状体の回転方向に回すと棒状体が圧入される方向に進むネジ形状(正ネジ形状)をもつとよい。正ネジ形状であれば、既に述べたように、ネジ状突起部が逆方向である場合に比べ、接合が促進される。正ネジ形状のネジ状突起部であれば、圧入される先端部から後続部にかけての全ストロークにおいて、回転力を連続的に圧入方向の推進力として付加できる。その結果、より短時間で摩擦発熱を促進させるとともに、摩擦攪拌による塑性流動自体が促進する。
【0029】
なお、基材の穴部の内径が10mm以上100mm以下であれば、棒状体のもつネジ状突起部は、頂角60°でピッチが0.5mm以上2.5mm以下とするのが好ましい。
【0030】
本発明の摩擦撹拌コーティング方法では、棒状体の少なくとも表層が穴部の内周面上にコーティングされる。つまり、棒状体の形状および材質によっては、棒状体全体が穴部の内周面に接合されることもある。その場合には、筒状のコーティング部材と、コーティング部材の中空部分に取り付けられコーティング部材と一体的に相対回転する治具と、からなる棒状体を用いるとよい。
【0031】
コーティング部材は、穴部の形状に対応し、コーティング層として穴部の内周面上に接合したときに十分な厚みを有する筒状の形状であるとよい。コーティング部材は、棒状体の表層に位置するため、その外周面形状や材質は既に述べた通りである。
【0032】
治具は、コーティング部材が穴部の内周面上にコーティングされた後にコーティング部材から取り外される。治具は、棒状体を圧入する前にコーティング部材に取り付けられ、圧入の際にはコーティング部材と一体的に、基材に対して相対回転し、圧入終了後にコーティング部材から取り外すことができればよい。治具をコーティング部材へ取り付ける方法に特に限定はなく、たとえば、軸方向に垂直方向の断面が多角形形状の治具であれば、コーティング部材の中空部分の断面形状を同様の形状とすることで、両者は嵌合して一体的に相対回転可能となる。また、治具の外周面に雄ネジを形成し、コーティング部材の中空部分の内壁を雌ネジとすることで、両者は螺合する。ただし、棒状体を圧入する際の回転方向に対してゆるみが生じない方向に両者を螺合させる。両者を螺合させることで、棒状体を穴部に圧入する際にコーティング部材の軸方向への移動も規制される。
【0033】
治具の材質に特に限定はないが、コーティング部材よりも高温変形抵抗が高いとよい。また、治具は、コーティング部材よりも熱伝導性および熱膨張係数の低い材料からなるのが好ましい。熱伝導性が低いのが好ましいのは、摩擦による発熱が治具を伝わりにくくなり、熱が外部に逃げにくくなるためである。熱膨張率係数が低いのが好ましいのは、高温での形状や寸法が安定し、圧入代tを確保しやすいためである。
【0034】
棒状体を穴部に圧入する際の温度や雰囲気に特に限定はなく、室温で大気中であってもコーティングが可能である。ただし、棒状体の少なくとも表層が活性な材料からなる場合には、窒素やアルゴン等の不活性ガス雰囲気や真空中でコーティングを行うとよい。また、温度に関しては、室温で圧入を開始しても、摩擦による発熱で基材および棒状体の温度は経時的に上昇する。このとき、摩擦面の温度を、棒状体の融点(固相線温度[K])の80〜98%さらには85〜95%に抑えて、棒状体の高温変形抵抗以上融点以下の温度領域で圧入を行うのが望ましい。なお、摩擦面の温度は、穴部の内周面直下に熱電対を装着できるような加工を基材に施して、圧入中に測定することができる。さらに、必要に応じて、基材および/または棒状体を加熱・冷却する加熱・冷却手段などを備えてもよい。
【0035】
また、棒状体を圧入する際の回転速度、摩擦攪拌時間(圧入速度および圧入時間)は、少なくとも棒状体の表層が溶融しない条件を適宜選択して行うのが望ましい。あえて規定するのであれば、たとえば、内径が10mm以上100mm以下の範囲にある基材の穴部に対して、棒状体の相対回転速度を300〜2000rpmさらには800rpm以上1600rpm未満とするとよい。回転速度が300rpm以上であれば、摩擦により十分な熱が発生する。回転速度が2000rpmを超えると、摩擦による発熱の変動を制御しにくくなるため、望ましくない。
【0036】
本発明の摩擦攪拌コーティングによれば、機械部品、自動車・鉄道車両部品、航空機部品、船舶用機器部品、OA機器部品、医療機器部品等のベアリング、軸受摺動部材などに適用して好適な構造体のコーティングを行うことができる。
【0037】
以上、本発明の摩擦撹拌コーティング方法の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0038】
以下に実施例を挙げて、本発明の摩擦撹拌コーティング方法を具体的に説明する。
【0039】
[実施例1]
本実施例の摩擦撹拌コーティング方法を、図2および図3を用いて説明する。なお、図2は、圧入前の基材と棒状体とを模式的に示す断面図である。また、図3は、以下に説明する摩擦攪拌コーティング方法により得られるコーティング層を模式的に示す断面図である。
【0040】
ステンレス鋼(SUS304展伸材)製の基材10を準備した。基材10は円筒形状で、内周面1sで区画された穴部1hをもち、内径24mmφ、外径35mmφ、高さ20mmであった。
【0041】
また、銅合金(Cu−18質量%Ni合金鋳造材)からなる棒状体20を準備した。棒状体20は、外周面にネジ状突起21をもつ最大外径25mmφ、ピッチ1.0mmで長さ50mmのメートルねじ(M25−P1.0)とした。すなわち、圧入代tは1.0mm(図2に示すt/2は0.5mm、比圧入代:4.2%)であった。なお、図2に示すネジ状突起21はイメージであり、実際の寸法とは異なる。
【0042】
一般的な縦型摩擦撹拌実験装置のステージに基材10を回転しないように固定し、基材10の上方に棒状体20を両者が同軸的になるよう配置した。そして、大気中・室温のもと、棒状体20を矢印Y’方向に回転させつつ基材10の穴部1hへ矢印X’方向に圧入した。このとき、棒状体20の回転数を1000rpm(回転方向Y’は右回りであって、ネジ状突起21が圧入方向X’に向かって進む方向)、最大荷重を10kNとした。棒状体20の先端が基材10の穴部1hの一端に圧入され始めて(圧入開始)から棒状体20の先端が穴部1hの他端に到達する(圧入終了)までの圧入時間は25秒であった。
【0043】
その後、棒状体20を穴部から引き抜くと、棒状体20の表層部22が穴部1hに残存した。こうして、ステンレス鋼製の基材10の穴部1hの内周面1sに、銅合金からなる厚さ2mmのコーティング層22が形成された。
【0044】
なお、実施例1においては、圧入の初期段階では、棒状体20と基材10との摩擦面が最も高温となる温度分布をもつ。この温度分布は、経時的に棒状体20の中心方向へとシフトし、それにともない、棒状体20の外周面よりも中心側に高温部が移ると予測される。そのため、圧入終了後に棒状体20を穴部1hから引き抜くと、最も軟性な高温部で剪断流動が生じ、棒状体20の表層部22のみが穴部1hに残存したものと考えられる。
【0045】
[実施例2]
本実施例の摩擦撹拌コーティング方法を、図4および図5を用いて説明する。なお、図4は、圧入前の基材と棒状体とを模式的に示す断面図である。また、図5は、以下に説明する摩擦攪拌コーティング方法により得られるコーティング層を模式的に示す断面図である。
【0046】
本実施例では、筒状のコーティング部材31と、コーティング部材31を保持するボルト形状の治具32と、からなる棒状体30を用いたほかは、実施例1と同様にしてコーティングを行った。
【0047】
コーティング部材31は、銅合金(Cu−18質量%Ni合金鋳造材)からなる円筒形状で、最大内径25mmφ、最大外径20mmφ、高さ20mmであった。コーティング部材31の外周面は、M25−P1.0で表されるメートルねじ形状のネジ状突起33をもつ。すなわち、圧入代tは1.0mm(比圧入代:4.2%)であった。また、コーティング部材31の内周面は、M20−P1.0で表されるメートルねじ形状のネジ状突起34をもつ。
【0048】
治具32は、コーティング部材31の内周面(ネジ状突起34)と螺合するネジ状突起35を有するボルト状治具である。なお、図4および図5に示すネジ状突起33〜35は凹凸形状を省略して示す。
【0049】
摩擦撹拌コーティングを行う場合には、治具32をコーティング部材31に螺合させて一体とした状態で、実施例1と同様の条件のもと、棒状体30を基材10の穴部1hに圧入させた。なお、棒状体30の回転方向Y’は右回りであって、コーティング部材31の外周面に形成されたネジ状突起33が圧入方向X’に向かって進む方向である。また、治具32が有するネジ状突起35は、棒状体30の回転・圧入の際に、ネジ状突起34との螺合が緩まない方向に形成した。
【0050】
25秒間の回転・圧入の後、基材10および棒状体30の温度が低下した後、棒状体30から治具32を取り外すと、コーティング部材31が穴部1hに残存した。こうして、ステンレス鋼製の基材10の穴部1hの内周面11に、銅合金からなる厚さ1mmのコーティング層31が形成された。
【0051】
[高温変形抵抗の測定]
上記のステンレス鋼(SUS304展伸材)および銅合金(Cu−18質量%Ni合金鋳造材)の高温変形抵抗を測定した。測定は、JISZ2241およびJISG0567に規定された方法に従って、各材料の0.2%耐力を引張試験より求めた。室温〜900℃(SUS304については1000℃まで)での0.2%耐力を図6に示す。摩擦攪拌が生じると予測される600℃以上において、両者の0.2%耐力に20MPa以上の差があることが認められた。
【0052】
[接合面の観察]
実施例1および実施例2の摩擦撹拌コーティング方法により得られたコーティング層と基材との接合面を光学顕微鏡により観察した。光学顕微鏡により、コーティング後の部材を軸方向に切断した断面において接合面付近を観察した。観察結果を図7に示す。図7では、写真中央の接合面を挟んで上側が基材、下側がコーティング層である。本発明の摩擦攪拌コーティング方法により得られたコーティング層は、図7の写真からわかるように、基材の穴部の内周面に棒状体の表層(コーティング層)が隙間無く接合された。また、基材側の表面に変形は見られず、接合面付近において、金属間化合物の生成や異常粒成長組織からなる特性が劣化した異常層の生成は観察されなかった。
【0053】
[比較例1]
比較例として、摩擦攪拌コーティングの際の摩擦による発熱が不足し、棒状体の表層の軟化・流動が十分ではない場合を以下に示す。
【0054】
棒状体のサイズを変更することで圧入代tを0.5mm(比圧入代:2.1%)とした他は実施例1と同様にして摩擦攪拌コーティングをおこない、穴部の内周面に棒状体をコーティングした。
【0055】
上記と同様の手順で、接合面を光学顕微鏡により観察した。観察結果を図8に示す。図8では、写真中央の接合面を挟んで上側が基材、下側が棒状体の表層である。接合面に隙間が観察された。
【0056】
[比較例2]
比較例として、摩擦攪拌コーティングの際の摩擦による発熱が過剰な場合を以下に示す。
【0057】
棒状体のサイズを変更することで圧入代tを2.5mm(比圧入代:10.4%)とした他は実施例1と同様にして摩擦攪拌コーティングをおこない、穴部の内周面に棒状体をコーティングした。
【0058】
上記と同様の手順で、接合面を光学顕微鏡により観察した。観察結果を図9および図10に示す。図9および図10では、写真中央の接合面を挟んで上側が基材、下側が棒状体の表層である。図9および図10には、接合面に隙間や反応生成物が見られた。このような接合不良は、発熱が過剰であったために、反応生成物が生成されたり、棒状体の表層が溶融したり、基材側の表面が変質したりして生じたと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の摩擦撹拌コーティング方法において、コーティングを行う前の状態を示す説明図であって、一部を破断して示した斜視図である。
【図2】実施例1の摩擦撹拌コーティング方法を示す説明図であって、圧入前の基材と棒状体とを模式的に示す断面図である。
【図3】実施例1の摩擦攪拌コーティング方法により得られるコーティング層を模式的に示す断面図である。
【図4】実施例2の摩擦撹拌コーティング方法を示す説明図であって、圧入前の基材と棒状体とを模式的に示す断面図である。
【図5】実施例2の摩擦攪拌コーティング方法により得られるコーティング層を模式的に示す断面図である。
【図6】ステンレス鋼(SUS304)および銅合金(Cu−18%Ni)の高温変形抵抗を示すグラフである。
【図7】実施例1で得られたコーティング層の接合面を光学顕微鏡により観察した結果を示す図面代用写真である。
【図8】摩擦攪拌コーティングにおいて、摩擦による発熱が不足した場合の接合面を光学顕微鏡により観察した結果を示す図面代用写真である。
【図9】摩擦攪拌コーティングにおいて、摩擦による発熱が過剰な場合の接合面を光学顕微鏡により観察した結果を示す図面代用写真である。
【図10】摩擦攪拌コーティングにおいて、摩擦による発熱が過剰な場合の接合面を光学顕微鏡により観察した結果を示す図面代用写真である。
【符号の説明】
【0060】
1,10:基材
1H,1h:穴部 1S,1s:内周面
2,20,30:棒状体
31:コーティング部材 32:治具
21,26,33,34,35:ネジ状突起部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材に形成され円筒内面形状および/または軸方向で径が異なるテーパ面形状の内周面で区画され断面形状が円形の穴部に、該穴部の内周部よりも高温変形抵抗が低い材料からなる表層をもち外径が該穴部の内径より大きい棒状体を該穴部の軸方向に圧入しつつ該基材と該棒状体とを相対回転させ、
前記棒状体の前記表層を摩擦による発熱で軟化・流動させて少なくとも該表層を前記穴部の内周面上にコーティングすることを特徴とする摩擦撹拌コーティング方法。
【請求項2】
前記棒状体は、その外周面に形成され摩擦による発熱を促進させる粗面を有する請求項1記載の摩擦撹拌コーティング方法。
【請求項3】
前記粗面は、ネジ状突起部を有する請求項2記載の摩擦撹拌コーティング方法。
【請求項4】
前記ネジ状突起部は、前記棒状体の回転方向に回すと該棒状体が圧入される方向に進むネジ形状をもつ請求項3記載の摩擦撹拌コーティング方法。
【請求項5】
前記棒状体は、筒状のコーティング部材と、該コーティング部材の中空部分に取り付けられ該コーティング部材と一体的に前記基材に対して相対回転する治具と、からなり、
前記治具は、前記コーティング部材が前記穴部の前記内周面上にコーティングされた後に該コーティング部材から取り外される請求項1記載の摩擦撹拌コーティング方法。
【請求項6】
前記基材および前記棒状体は、それぞれ、純金属または合金からなる金属製である請求項1〜5のいずれかに記載の摩擦撹拌コーティング方法。
【請求項7】
前記基材は鉄または鋼、前記棒状体は銅または銅合金からなる請求項6記載の摩擦撹拌コーティング方法。
【請求項8】
前記棒状体の前記表層は、0.2mm以上5mm以下の厚さで前記穴部の前記内周面上にコーティングされる請求項1記載の摩擦撹拌コーティング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−161793(P2009−161793A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−339950(P2007−339950)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】