説明

摩擦装置

【課題】 高摩擦係数と耐摩耗性を備えた摩擦装置を提供する。
【解決手段】 本発明の摩擦装置の典型例となるディスクブレーキ装置10は、タングステンカーバイドを有するサーメット層が表面に形成された相手材としてのロータ20および炭化ケイ素を含む摩擦材としてのパッド30を備える。より好ましくは、パッド30は、5〜35体積%の炭化ケイ素を含む。また、より好ましくは、パッド30は、平均粒径5〜80μmの炭化ケイ素を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高摩擦係数および耐摩耗性が要求される摩擦装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、回転する相手材に摩擦材を挟み込んで制動力を発生させる摩擦装置が知られている。摩擦装置の典型例としては、ディスクブレーキが挙げられる。従来の摩擦装置では、無機および有機物の混合物をフェノール樹脂等の有機結合材で固めた複合材で形成された摩擦材と、金属もしくはそれに無機物を分散させた複合材で形成された相手材とを組み合わせることが一般的であった。
【0003】
摩擦装置の高性能化の要素として、軽量化、小型化が挙げられる。このために必要な摩擦装置の特性として、高摩擦係数および耐摩耗性が必要とされている。
【0004】
たとえば、摩擦係数を上げる手段として、摩擦材の研削力を上げる手段(特許文献1参照)があるが、摩擦材の研削力が上がると、相手材の摩耗量が増大するという問題が生じる。
【0005】
この解決手段として、摩擦材の相手材に金属の代わりにSiC系の繊維強化複合材を用いた例もあるが、非常にコストが高い上、状況によっては摩耗が小さくならないという問題もあった。
【0006】
また、摩擦材の相手材の表面に硬質のサーメット層を設けた例もある(特許文献2参照)。これにより耐摩耗性が向上するが、具体的な摩擦係数の向上手段には触れておらず、高摩擦係数と耐摩耗性の両立手段が不明であった。
【特許文献1】特開2004−35871号公報
【特許文献2】特開2001−317573号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の摩擦装置では、摩擦係数と摩耗は相補的な関係にあり、従来の技術では高摩擦係数と耐摩耗性とを両立さえることは困難であった。たとえば、摩擦係数を上げるために摩擦材の研削力を上げると、相手材側の摩耗を大きくするという問題がある。この他、摩擦材に金属原料を多量に添加し、凝着力を上げて摩擦力を上げる手段があるが、摩擦係数の温度依存性が大きく、かつ焼き付きが生じるという問題があった。
【0008】
本発明はこうした課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、高摩擦係数と耐摩耗性とを兼ね備えた摩擦装置の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の摩擦装置のある態様は、互いに接触する少なくとも一対の摺動面を有する摩擦装置であって、炭化ケイ素を含む摩擦材と、タングステンカーバイドを有するサーメット層が摺動面に形成された相手材と、を備えることを特徴とする。
【0010】
ここで、摩擦装置とは、摩擦材と相手材とが摺動することにより摩擦を発生する装置をいう。
【0011】
この構成によれば、摩擦材に含まれる炭化ケイ素により高摩擦係数を実現するとともに、相手材の表面に形成されたサーメット層により、摩擦装置を構成する摩擦材および相手材の両方の摩耗を抑制することができる。
【0012】
上述の構成において、摩擦材が、5〜35体積%の炭化ケイ素を含むことが好ましい。これによれば、製造容易性を保つとともに、摩擦係数を高く、良好な状態にすることができる。
【0013】
また、上述の構成において、摩擦材が、平均粒径5〜80μmの炭化ケイ素を含むことが好ましい。これによれば、製造コストを抑制しつつ、相手材の摩耗量を低減することができる。
【0014】
また、上述の構成において、摩擦に350〜700℃の熱処理が施されていてもよい。
【0015】
これによれば、不要な有機成分が除去されるので、500℃程度の高温時でも摩擦係数を高い状態に保つことができるとももに、他の条件下でも摩擦係数の安定化を達成することができる。
【0016】
本発明の摩擦装置の具体例としては、ディスクブレーキが挙げられる。この場合、本発明の相手材をディスクブレーキ用のロータに用い、摩擦材をディスクブレーキ用のパッドに用いることが好ましい。これによれば、高摩擦係数と耐摩耗性を備えたディスクブレーキが実現される。
【発明の効果】
【0017】
本発明の摩擦装置によれば、高摩擦係数を達成しつつ、摩耗の抑制を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の摩擦装置の適用例として、ディスクブレーキ装置が挙げられる。図1は、ディスクブレーキ装置の概要を示す。ディスクブレーキ装置10は、液圧またはモータでピストン16を駆動し、タイヤ18と共に回転するロータ20を、パッド30で両側から挟み付けることで制動する。ディスクブレーキ装置10では、本発明に係る摩擦材の具体例はパッド30であり、本発明に係る相手材の具体例はロータ20である。ロータ20の一方の摺動面と一方のパッド30の摺動面が制動時に接触し、ロータ20の他方の摺動面と他方のパッド30の摺動面が制動時に接触する。
【0019】
ロータ20は、鋳鉄、チタン材などの金属で形成された基材22と、基材22の摺動面に形成されたWC(タングステンカーバイド)−Co系のサーメット層24とを含む。
【0020】
一方、パッド30は、研削材として炭化ケイ素を含む他は、公知の成分を含む複合材により形成され得る。本実施形態のパッド30は、骨格を形成する繊維基材、炭化ケイ素を含む研削材、繊維基材と研削材とを結合させる結合材、ならびに繊維基材、研削材および結合材とのマトリックス中に分散して充填される充填材で主に形成される。
【0021】
繊維基材としては、アラミド繊維などの有機繊維、スチール繊維などの金属繊維が用いられる。繊維基材は、銅粉などの金属粉等を含んでもよい。
【0022】
結合材としては、フェノール系樹脂などの熱硬化性樹脂が用いられる。
【0023】
また、充填材としては、硫酸バリウム、水酸化カルシウムなどの無機充填剤、黒鉛、コークスなどの固体潤滑剤、カシュー油硬化物であるカシューダストなどの有機高分子粉末、シリカなどのアブレッシブ剤、あるいはその他の摩擦調整のための添加剤等が使用される。
【0024】
研削材として用いられる炭化ケイ素は、パッド30を構成する成分中、5〜35体積%を占めることが好ましい。炭化ケイ素の分量が5体積%未満だと、摩擦係数が不十分となり、炭化ケイ素の分量が35体積%より大きいと、結着性が低下し、製造が困難となる。
【0025】
また、研削材として用いられる炭化ケイ素の平均粒径は、5〜80μmであることが好ましい。炭化ケイ素の粒径が5μm未満だと、炭化ケイ素の粉砕が困難になるため、製造コストが増加し、炭化ケイ素の粒径が80μmより大きいとロータ20の摩耗量が増大する。
【0026】
(実施例および比較例)
図2に示す各成分の配合に基づいて、実施例1〜7および比較例1〜8の摩擦装置を作製した。
【0027】
各摩擦装置を構成する摩擦材としてのパッドの製造方法を説明する。まず、パッドの各原料を、アイリッヒミキサーにて5分間乾式均一に混合して、原料混合物を得た。この原料混合物を所定の形状になるように仕切り板を設置した金型に投入し、金型を10分間、160℃、200kg/cmで加圧および加熱して、熱成形を行った。その後、熱成形によって得られた成形体を230℃で3時間硬化させた。硬化後の各成形体に対して、適宜350〜700℃の熱処理を行った。熱処理は、Ar雰囲気中にて6時間所定温度を保持することによって行われた。得られた各パッドは、バッキングプレートにフェノール系樹脂にて接着して形状を整えた。なお、研削材として用いた炭化ケイ素の硬度は、2600(Hv)である。
【0028】
次に、各摩擦装置を構成する相手材としてのロータの製造方法を説明する。実施例1〜7および比較例3〜8に係るロータは、鋳鉄製の基材上にWC−Co粉を溶射した後、表面を研磨して約300μm厚になるように仕上げることによって得られた。なお、WC−Co粉の溶射は少なくともパッドと接する摺動面に対して行えばよく、基材全体に対して行う必要はない。
【0029】
(評価)
各実施例および各比較例のロータおよびパッドの摩擦特性をJASO試験時の摩擦・摩耗を指標として評価した。図3は、各実施例および各比較例の評価結果を示す。なお、図3中、「minmin μ」とは、平均摩擦係数の最も低い制動中における瞬間摩擦係数の最低値を意味する。図4は、各実施例および各比較例の試験結果の判定基準を示す。各実施例および各比較例の試験結果の総合的な判定に関しては下記に従った。
◎:図4に示す各判定基準を全て満たし、かつ判定基準近傍の試験結果がない場合
○:図4に示す各判定基準を全て満たし、かつ判定基準近傍の試験結果がある場合
×:図4に示す判定基準のいずれかを満たさない場合
実施例1〜7に関しては、いずれの判定基準も満たすことが確認された。一方、比較例1〜8では、摩擦係数の低下や、摩擦装置の摩耗悪化が見られた。したがって、摩擦材であるパッドに炭化ケイ素を加えることにより、研削力が向上し、摩擦係数が増大することが確認された。さらに、相手材となるロータの表面に硬質のサーメット層を設けることにより、摩擦装置を構成する摩擦材および相手材の両方の摩耗が低減することが確認された。
【0030】
より詳細には、実施例4のように、炭化ケイ素の分量が5体積%の場合には、各判定基準が全て満たされるのに対して、比較例6のように炭化ケイ素の分量が1体積%の場合には、摩擦係数が低下することが確認された。
【0031】
また、実施例7のように炭化ケイ素の粒径が80μmの場合には、各判定基準が全て満たされるのに対して、比較例7、8のように、炭化ケイ素の粒径が80μmより大きくなると、ロータの摩耗が増大することが確認された。
【0032】
さらに、摩擦材であるパッドの熱処理温度による評価結果の違いを検討すると、比較例3のようにロータ表面にWC−Co系のサーメット層が設けられていても、熱処理を行わない場合には、摩擦係数の安定性が不良となることが確かめられた。すなわち、摩擦材であるパッドを高温処理することにより、不要な有機成分が除去されるので、500℃程度の高温時でも摩擦係数が高い状態に保つことができるとももに、他の条件下でも摩擦係数の安定化を達成することができる。なお、上述の性能をさらに向上させるには、不活性雰囲気中で350〜700℃の熱処理を摩擦材に施すことが望ましい(実施例2、3参照)。
【0033】
本発明は、上述の各実施の形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて各種の設計変更等の変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうるものである。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】ディスクブレーキ装置の概要を示す図である。
【図2】各実施例および各比較例の成分を示す表である。
【図3】各実施例および各比較例の評価結果を示す表である。
【図4】評価結果の判定基準を示す表である。
【符号の説明】
【0035】
10 ディスクブレーキ装置、16 ピストン、18 タイヤ、20 ロータ、22 基材、24 サーメット層、30 パッド。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに接触する少なくとも一対の摺動面を有する摩擦装置であって、
炭化ケイ素を含む摩擦材と、
タングステンカーバイドを有するサーメット層が摺動面に形成された相手材と、
を備えることを特徴とする摩擦装置。
【請求項2】
前記摩擦材が、5〜35体積%の炭化ケイ素を含むことを特徴とする請求項1に記載の摩擦装置。
【請求項3】
前記摩擦材が、平均粒径5〜80μmの炭化ケイ素を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の摩擦装置。
【請求項4】
前記摩擦材に350〜700℃の熱処理が施されていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の摩擦装置。
【請求項5】
前記相手材がディスクブレーキ用のロータに用いられ、
前記摩擦材が前記ディスクブレーキ用のパッドに用いられたことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の摩擦装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−153136(P2006−153136A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−344250(P2004−344250)
【出願日】平成16年11月29日(2004.11.29)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】