説明

撥油剤溶液の塗布方法

【課題】
粘性が小さく溶媒の揮発性が極めて高い撥油剤溶液を、微小量域に、均一かつ正確に塗布する。
【解決手段】
先端に毛細開口部を有する塗布部材に撥油剤溶液を圧送することにより、塗布部材先端部に撥油剤溶液を滲出させ、微小な間隙を持って対向したワークの表面に非接触状態を保って撥油剤を塗布する。塗布部材とワークは相対的に回転し、少なくとも塗布開始点は二回以上繰返し塗布することで、均一性の高い塗膜が得られる。摩擦磨耗による塗布部材の損傷もないので、大量生産に適している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低粘度の液体を、特定の部材表面に塗布する方法に関する。特に、フッ素系撥油剤樹脂を揮発性の高い有機溶媒で溶かして得られる、低粘度の撥油剤溶液の塗布方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ素系樹脂を初めとする撥油剤樹脂の被膜を、機械装置の特定の部分に形成し、撥水、撥油性を付与する事は、従来から行われてきた。しかし、被膜を自由に形成する事は難しく、従来から様々の工夫がなされてきた。
【0003】
例えば、特許文献1乃至3には、刷け塗り、スプレーで吹き付ける、溶液中に浸漬したのち引き上げて乾燥させる、スピンコート、転写、筆などで特定の部位に溶液をたらす、等々の方法が記されている。さらには、真空蒸着や、プラズマ重合により、直接対象表面に撥油膜を形成する方法も提案されている。
【0004】
しかし、真空蒸着等の方法は、大掛かりな設備が必要になる。浸漬法やスピンコートは、特定の部分に塗布する事が難しい。刷け塗りは、刷け先が変形するため、特定の部位に塗る事が困難である。特に、刷け先端付近では、溶剤の蒸発によって撥油剤が固化してこびりつき、刷毛の可撓性を損なうと同時に固化した撥油剤の塊が、対象物に付着してしまうと言う問題があり、特に精密部品への適用は困難である。
【0005】
また、特許文献4において、見須らは、先端が近接した一対のノズルを用い、片方から撥油剤溶液を吐出供給する一方、他方から減圧吸収する事で、ノズルを対象物に非接触に保ったまま局部的に撥油剤を塗布するという独創的な方法を開示しているが、吐出ノズルによる供給方法について、その詳細は開示されていない。
【0006】
【特許文献1】特開平6−171081
【特許文献2】特開2002−48133
【特許文献3】特開2004−211851
【特許文献4】特開2004−289957
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
目標とする箇所に安定して正確に塗布する事が可能で、大量のワークを連続して処理できる大量生産に適した、撥油剤溶液の塗布方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の請求項1に記載の撥油剤溶液の塗布方法は、フッ素樹脂を主要な構成成分とする撥油剤樹脂を、低粘度で速乾性の溶剤に溶かして得た低粘度撥油剤溶液を、機械部品の所定の塗布部位に塗布する方法であって、低粘度撥油剤溶液が流通できる流通路を内部に有し、該流通路の一端が表面に開口する塗布部材と、塗布部材を保持して前記流通路の延長部分を内部に有する塗布具と、低粘度撥油剤溶液を貯え流通路の他端が接続する撥油剤貯留タンクとからなる塗布器を用いる。相対的に移動する塗布部材の先端部と塗布部位との間に形成された微小間隙を、塗布部材先端部の開口部から滲出した低粘度撥油剤溶液で満たした状態を表面張力によって維持せしめ、塗布部材側から前記塗布部位側に前記低粘度撥油剤溶液を連続的に転移させて塗布する非接触式塗布法である。なお、流通路は、低粘度撥油剤溶液が内部を流通する際に粘性抵抗を与え、低粘度撥油剤溶液の開口部からの滲出を、塗布作業を可能ならしめる程度にまで遅滞させるようにしている。
【0009】
本方法では、塗布部材が、非接触状態で塗布するために摩擦磨耗による劣化を起こさない。したがって、頻繁に交換することなく、連続して大量の製品を塗布処理することができる。また、塗布時にワークに大きな力を加えることがないので、塗布作業時にワークを傾けたり落下させるというトラブルが発生しにくく、大量生産・自動化に適している。さらに、塗布部材とワークの間に隙間が空いているために繰り返しの多重塗布が容易であり、安定した厚い膜厚を確保して高い撥油効果を得ることができる。加えて、微小間隙に撥油剤を満たした状態で転移塗布するので塗布ムラが発生しにくく、溶媒の蒸発による撥油剤の固化の影響も比較的受けにくい。滲出する撥油剤溶液の量も微量に精度良く制御されるので、高品質な撥油剤被膜を安定して得ることができる。
【0010】
本発明の請求項2に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、塗布器には、撥油剤貯留タンク内に貯留した低粘度撥油剤溶液を塗布具を通して塗布部材の開口部まで定量圧送する液体定量吐出バルブと、制御されたパルス状の圧縮空気を送付して液体定量吐出バルブを所定のタイミングで開閉させるディスペンサーと、ディスペンサーと液体定量吐出バルブと撥油剤貯留タンクとを連結して、駆動、圧送用の圧縮空気を送付するエア配管とを備えている。設定された前記塗布部材と前記塗布部位間の前記微小間隙を満たすに必要な量の前記低粘度撥油剤溶液を、前記ディスペンサーの制御によって前記撥油剤貯留タンクから圧送供給する。
【0011】
本方法では、高精度な塗布作業を行う上で特殊な設備を必要としないので、量産に使用できる設備を安価に得ることができる。
【0012】
本発明の請求項3に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、塗布部材は、塗布前に行う間隙設定作業時に機械部品の所定の部位に対して接近ならびに接触させることが可能な位置に配置され、塗布部位もしくはその近傍に流通路の一端が開口し、塗布作業前に所定の部位に対して接触させて行う間隙設定作業及び、塗布作業時に前記低粘度撥油剤溶液の圧送で発生する応力によって生ずる変形が実質的に無視できるだけの剛性を有すると共に、該応力を除去することで該変形は実質的に消失するだけの強度を有する。本方法では、塗布部材は十分な強度と剛性を有するので、初期設定や生産時の取り扱いで変形・損傷することはなく高精度な間隙設定が可能である。
【0013】
本発明の請求項4に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、塗布時における塗布部材と塗布部位との離間距離は、低粘度撥油剤溶液を滴下させた場合に形成する滴の大きさよりも小さく、かつ10回の繰り返し重ね塗布後の溶媒気化後の付着硬化皮膜厚さより大きく設定されている。従って、滲出した低粘度撥油剤溶液が滴下して塗布面や周囲を汚したり、繰り返し塗布時に塗布部材が塗布部位に接触して破損するようなことはない。
【0014】
本発明の請求項5に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、溶液を塗布し、溶媒が蒸発して流動性を失った後、同じ場所に再度塗布を行う。一度塗っただけでは塗膜が不均な場合があっても、複数回塗る事で均一性は高まり、また膜厚も厚くなるので安定した高い撥油効果を得る事ができる。また、何某かの理由で撥油剤の固化物が発生付着したとしても、複数回の塗布により、その悪影響は除去できる。
【0015】
本発明の請求項6に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、少なくとも撥油剤の塗布を開始した点を二度塗りする。塗布の開始点は、塗布部材先端で固化した撥油剤が付着するなど異常が発生する可能性が相対的に高い箇所であるが、少なくともその部分を二度塗りする事で、この問題の発生を改善する事ができる。
【0016】
本発明の請求項7に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、塗布終了時において、塗布部材と塗布部位の間が低粘度撥油剤溶液でつながっている間は、塗布部材と塗布部位塗布間の相対的移動を継続させる。これによって、塗布終了箇所の撥油剤が局部的に厚くなることを回避でき、略一様平滑な塗布膜を得ることができる。
【0017】
本発明の請求項8に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、塗布終了時には塗布部材を塗布部位から離間させる前に低粘度撥油剤溶液の圧送供給を停止する。これによって、液垂れによる塗布膜の不揃い、汚れを防止することができる。
【0018】
本発明の請求項9に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、撥油剤溶液の貯留する液体定量吐出バルブの内部、若しくは、毛細間隙に供給する流通路の途中に、流体の流動を制限する多孔質部材等を配置する。これによって、撥油剤溶液中に発生するコンタミを除去すると共に、毛細間隙開口からの撥油剤の流出速度を低下させる事ができる。
【0019】
本発明の請求項10に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、前記塗布部材の周囲を鞘で覆って塗布具を構成する。鞘で覆うことで、撥油剤溶液の蒸発を抑制する事ができる。加えて、鞘に剛性若しくは強度を持たせることで、塗布部材としてより安定した構造にする事ができる。
【0020】
本発明の請求項11に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、塗布部材として微細なスリットが集合して中空空間を構成し、その一端は前記塗布部材の先端部に複数のスリットが結合した形状の開口を形成した中空な円筒状部材を用いる。この発明によれば、スリットの大きさを変更することによって、必要な塗布幅に応じた塗布部材を、比較的容易に入手できる。
【0021】
本発明の請求項12に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、塗布部材として中実な部材を用いる。毛細間隙は塗布部材と鞘の間に確保する。この発明によれば、接触面近傍まで伸びる流通路の形成が容易になる。
【0022】
本発明の請求項13に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、塗布部材として内部に微細な間隙を有するものを選択し、この間隙を撥油剤溶液の流通路とする。流通路の形成が容易になる。また、接触面への撥油剤溶液の供給が安定する。
【0023】
本発明の請求項14に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、塗布部材を多孔質材料から構成する。流通路の形成が容易になる。
【0024】
本発明の請求項15に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、塗布具は細長い形状を有するので、狭い場所、小さな物品への塗布が容易になる。また、塗布部材は交換可能であるので、トラブル時の対処や維持、あるいは塗布対象物の変更に伴う設備変更などへの対応が容易である。
【0025】
本発明の請求項16に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、複数の塗布部材をそれらの塗布部材の先端同士が近接するように組み合わせて使用することにより、先端部に安定した撥油剤溶液の溜り部を形成して、曲面に対しても幅広で均一な塗布膜を得ることができる。
【0026】
本発明の請求項17に記載の撥油剤溶液の塗布方法では、塗布部位に減圧吸引手段を併設することにより塗布膜形状を調整することができるので、何某かの理由で撥油剤溶液が異常に拡大するというトラブルが発生した場合でも、その余剰拡大部分を吸引除去することによって不良品となることを防止でき、歩留まりの向上が可能となる。
【発明の効果】
【0027】
本願発明による、撥油剤溶液の非接触塗布方法を利用することで、次の効果が得られる。
【0028】
接触塗布法に比べ、塗布部材が摩擦磨耗による劣化を起こさないので頻繁に塗布部材を交換する必要がなく、連続して大量の製品を塗布処理することができる。また、塗布部材とワークが接触したり離れたりする際に発生しやすい撥油剤飛沫の飛散による汚染がない。ワークに大きな力を加えることがないので、塗布作業時にワークを傾けたり落下させるというトラブルが起こりにくい。さらに、塗布部材とワークの間に隙間が空いているために繰り返しの多重塗布が容易であり、安定した厚い膜厚を確保して高い撥油効果を得ることができる。
【0029】
吹付け法に比べると、近接して特定の狙った部位に必要な量だけ限定して撥油剤溶液を塗布できるので、微小な範囲を精度良く、撥油剤溶液を無駄にすることなく塗布できる。また、接触面近くから撥油剤を供給する為、溶媒の蒸発による撥油剤の固化の影響も比較的受けにくく、安定した品質を得ることができる。
【0030】
なお、上記の特長に加え、本方法は、塗布部材が適度な剛性と強度を持つため、ワークとの離間距離設定作業等を容易に精度よく行うことができるなどの特長を有し、大量生産・自動化に適している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
ハードディスク等に搭載されるスピンドルモータにおいては、シャフトの表面にフッ素樹脂からなる撥油膜を形成し、潤滑油の漏出を防止する事が多い。この場合、シャフト表面に塗布される撥油剤溶液は、典型的にはフッ素樹脂の濃度は1%であり、しかも、非常に揮発性の高い溶媒が用いられる。このような溶液を塗布するに際して、以下の塗布装置を用いて、本発明の塗布方法を実施した。
【実施例1】
【0032】
図1に、ワーク1の周面に撥油剤溶液を塗布するための塗布装置2の全体構成概念図を示す。また、図2Aは、この装置の内、主に撥油剤溶液を塗布する部位の近傍を拡大した模式図であり、図2Bは、その先端の塗布部材近傍をさらに拡大した模式図である。
【0033】
本実施例では、ワーク1がシャフトの場合を示している。図1に示す塗布装置2において、ワーク受部7は、ワーク1を受け止めて、撥油剤を塗布する位置に保つ働きをする。この例では、ワーク受部7は樹脂で作られており、その中央部はワーク1のシャフトの直径4mmより若干大きい径で湾曲した形状をしている。塗布対象物であるワーク1は、一方から軸方向に押さえ治具23で押し付けられ、両端をチャック21で保持されて回転機構22に接続されており、塗布時には約30rpmの低速で回転させる事ができる。なお、非接触で塗布されるために大きな抵抗力は生じないので、比較的小さな保持力で支えればよく、本実施例ではエアーチャックを使用している。塗布部材4を先端に装着した塗布具3はホルダー26に取り付けられ、スライド機構26によって適正な位置に移動できるようになっている。また、撥油剤溶液10は所定の濃度に希釈された状態で撥油剤貯留タンク5に封入され、撥油剤貯留タンク5は定量吐ポンプ27に取り付けられている。撥油剤溶液10の圧送源である圧縮空気は工場設備(図示せず)として約0.3MPaで供給される。ゲージバルブ31を経て分岐され、一つは撥油剤溶液10の圧送用としてゲージバルブ31を介して約7KPaに減圧され、エア配管30で撥油剤貯留タンク5に供給される。また、一つは定量吐ポンプ27の駆動用として約0.3MPaの圧縮空気がエア配管30でディスペンサー29に入力される。塗布時には、ディスペンサー29によって制御されたパルス状のエア圧が定量吐ポンプ27に供給されて定量吐ポンプ27内の弁を開き、所定量の撥油剤溶液10がチューブ32を通って塗布具3に圧送される。塗布部材4の先端に設けた毛細間隙11から外部に滲出して、撥油剤溶液10の表面張力によって、回転しているワーク1の撥油剤塗布部位8との間に設定された微小な隙間を撥油剤溶液10で満たし続けることによって、撥油剤溶液10はワーク1の撥油剤塗布部位8に連続的に転移塗布される。本実施例では、連続して3周の重ね塗りを行っている。
【0034】
また、塗布停止時には、ディスペンサー29によるエア圧力制御によって定量吐ポンプ27の弁が閉じられ、撥油剤溶液10の供給が停止される。ワーク1をチャック21から取り外す際に当たらないように、塗布具3はスライド機構26によってワーク1から遠く離される。この間、ワーク1は回転しており、塗布部材4の内部及び塗布部材4の表面と撥油剤塗布部位8との間隙部に維持されて残っている撥油剤溶液10が引き続き連続的に重ねて転移塗布される。塗布部材4が離れて、塗布作業が完了後、約5秒間連続回転させることで撥油剤溶液10の平滑化と固化を行い、固化した後で回転を止め、当該ワークを取り外し、次のワークを取り付ける。次のワーク1が同様にチャック21でセッティングされた後、ワーク1を所定の回転数で回転させ、塗布部材4をスライド機構26によってワーク1と所定隙間を有する位置にセットする。
【0035】
なお、塗布中もしくは塗布完了後の回転中に塗布状態を検査確認し、良否判定する工程を加えても良い。
【0036】
なお、塗布部材4とワーク1の離間距離を事前に決定し、設定しておく必要がある。本発明の機構原理上は、撥油剤溶液10を滴下させた場合に形成する滴の大きさよりも小さく、10回の繰り返し重ね塗布後の溶媒気化後の付着硬化皮膜厚さより大きく設定されれば良いが、それらの最適値は撥油剤溶液10の仕様によって若干異なってくる。そこで、初期のセッティング作業時においては、塗布する幅の10%程度を一つの目安として塗布部材4とワーク1の離間空隙を仮設定し、実際に塗布した結果を確認することで、塗布部材4の先端毛細間隙11、撥油剤溶液10、ワーク1の撥油剤塗布部位8の表面性状などの使用条件に適切な離間空隙及び撥油剤溶液10の圧送圧力に設定するのが良い。具体的には、塗布部材4をワーク1に軽く接触させ、スライド機構25によって目安の位置まで離して仮設定する。実際に塗布した結果に基づく離間距離と圧力の調整は、スライド機構25あるいはストローク調整ねじ28などで行う。
【0037】
また、使用開始の状態においては、流通路9の中に気泡が混入している場合があるので除去する必要がある。さらには、しばらくの時間使用しない場合には、撥油剤溶液10の溶媒気化に伴う撥油剤の固化を防止するために、塗布部材4にはキャップをすることが重要である。
【0038】
図2A及び図2Bでは、2式の塗布具3を、塗布部材4が鋭角をなす“V”字状に軸方向に並べて配置されている。各塗布具3には、図1で示したスライド機構25、定量吐出バルブ27他の塗布装置一式が各々に独立して付属しているが、省略して図示していない。このように配置することで、“V”字状に配置された塗布部材4の先端部分に撥油剤溶液10が保持されるので、幅広部の塗布を安定して行うことができる。塗布部材4同士の隙間、あるいは塗布部材4同士や塗布部材4とワーク間の取り付け角度を変更することで、塗布する場所の幅を調整することができる。この際、各々の塗布部材4の仕様は異なっても良いし、各々の塗布具3から塗布される撥油剤溶液10の濃度を、異ならせても良い。
【0039】
撥油剤溶液10の溶媒の気化は早いため、本実施例に比較してワーク1の径が大きく、回転速度が遅く、あるいは塗布量が少ないような条件によっては、ワーク1が一回転するうちに撥油剤溶液10は流動性を失って固化する場合もある。したがって、ワーク1の形状あるいは装置の配置等の都合から、異なる位置に複数個の塗布具3を設置することで、多数回の重ね塗りを行うタクトタイムを短縮しても良い。回転速度は塗布する径に応じて適当な速度に設定できる。
【0040】
また、本実施例では、塗布具を2式用いた例を示したが、塗布する幅が狭い場合には1式でも良い。さらに、曲面を広い幅で塗布するような場合には、塗布具3式を先端が三角錐を構成するように組み合わせて使用しても良い。また、ワーク1がシャフトで、塗布部位がその外周部である場合の例を示したが、スリーブやハブの内周部や軸方向の端面に適用してもよい。
【実施例2】
【0041】
図3Aは、ワーク受け部7に吸引機構を付加したものであり、撥油剤塗布部位8に対応した位置に吸引口35aを設け、吸引管35bを経由して吸引ポンプ36でワーク1を吸引しており、塗布膜形状の整形機能があるので、何らかの理由で撥油剤溶液10が過大に供給された場合でも、余分な塗布量を除去できる。なお、このような吸引機構を併用することによって、安全性が高まると共に、撥油剤溶液の圧送圧力を高く設定して滲出量を大きくしてタクトタイムを短縮できるというメリットがある。一方で、設備費の増加と撥油剤溶液10の無効な使用量が増えるというデメリットもあるので、ニーズに合わせて選択するのが良い。
図3Bでは、吸引機構をワーク受け部7とは別体構造にして、吸引ノズル35cの先端に開口した吸引口35aの穴径を小さくして、塗布部4に近い位置に配置しており、塗布幅が狭い場合にも、微妙なコントロールが可能となる。
【実施例3】
【0042】
図4A、図4Bは、塗布具3の例を示す拡大図であり、左側には断面図、右側には先端側から臨んだ場合の塗布部材4の先端部の形態を示している。
【0043】
塗布具3は、複数のスリット状の毛細間隙が組み合わさった流通路を内部に形成した樹脂製の中空円筒状の塗布部材4と、塗布部材4を内側に収容する鞘6とからなる。塗布部材4の先端部には複数のスリット状の毛細間隙が組み合わされた開口部46が形成されており、該開口部46から滲出して、先端部表面に液状膜を形成している撥油剤溶液10の様子が示されている。また、撥油剤貯留タンク5から塗布具3に撥油剤溶液10を流通させるチューブ32を鞘6に差し込むだけで、塗布部材4と漏れなく連結できるので、塗布部材4の仕様を変更する場合もワンタッチで簡単に交換できる。
【実施例4】
【0044】
図5A、図5Bは、塗布具3の他の例を示す拡大図であり、左側には断面図、右側には先端側から臨んだ場合の形態を示している。
【0045】
図5Aにおいて、塗布具3は、四角柱形状の塗布部材4と、塗布部材4を内側に収容する鞘6とからなっている。塗布部材4の周囲と鞘6の内周面との間には、周方向の4箇所で微小な毛細間隙11が形成されており、軸方向に延長している。毛細間隙11の中は撥油剤溶液10で満たされており、先端付近の開口部46で終端している。
【0046】
毛細間隙の開口部46に隣接して塗布部材先端部45が形成されており、開口部46から溢れ出た撥油剤溶液は、塗布部材4の表面に沿って拡がり、塗布作業時に塗布対象の表面に塗布される。
【0047】
図5Bにおいて、塗布部材41には、軸方向に延長し塗布部材先端部45の中央部に開口する、毛細間隙11が形成されている。図示範囲の外で、この毛細間隙は貯留部に接続されており、撥油剤溶液を供給されている。図5Aの方法と異なり、塗布部材の中央に開口があるため、塗布作業の最中に、毛細間隙の開口部で固化した撥油剤が生ずる事は、稀である。
【0048】
図5A、図5B共に十分な剛性を備えた鞘6を有しているため、塗布具3全体としても剛性が大きく、精密な塗布作業を安定して実施する事ができる。また、鞘6は、發油剤溶液が塗布部材先端部に達する前の蒸発も抑制する。
【実施例5】
【0049】
図6A、図6Bは、塗布具3のさらに他の例を示す拡大図であり、左側には断面図、右側には先端側から臨んだ場合の形態を示している。
【0050】
図6Aにおいて、塗布部材42は、微細な繊維状材料を束ねて構成され、軸方向に液体が流通可能な微小間隙を有する。この塗布部材42は、鞘6の内側に収容されており、鞘6によって剛性が確保されている。塗布部材42の他端は、図示していない流通路に繋がっており、そこから撥油剤溶液の供給を受ける。微小間隙自体も、流通路の末梢を構成する。撥油剤溶液10は、この場合、塗布部材42の先端部に滲出して、先端部を覆う。
【0051】
図6Bは、より簡易な塗布具の構成の例である。図6Bにおいて、塗布部材42は、やはり、微細な繊維状材料を束ねて構成され、軸方向に液体が流通可能な微小間隙を有する。しかし、図6Aと異なり、鞘6を備えていない。塗布具3の剛性は、塗布部材42のみで確保する。このため、図6Aの構成よりも、万一接触した際の塗布具3の変形は大きい。しかし、材質を選択することにより、十分な弾性を塗布部材に持たせることが可能である。通常は非接触で使用するので、強度・剛性面での余裕は大きい。このため、図5Bの構成でも、塗布作業を円滑に行う事ができる。
【0052】
また、図6Bの構成では、鞘6が無いために、塗布部材42の側面からの溶媒の蒸発も多い。ただし、蒸発後に残る固化した撥油剤が、それ以上に溶媒が蒸発する事を抑制するため、無制限に溶媒が気化する事は無い。
【実施例6】
【0053】
図7は、塗布具3にフィルター50を配置した例である。塗布具3にはチューブ32と鞘6に収められた塗布部材4が取り付けられており、撥油剤溶液10が供給される流通路9の途中に流路抵抗を大きくするためにフィルター50が配置されている。フィルター50は吸着繊維を束ねて作られており、内部には微細な毛細管が形成されて、撥油剤溶液10が大量に流出することを防止している。また、空気の逆流も防止できるので、塗布部材4に近い部分での撥油剤溶液10の保持が可能となり、ワーク交換後の再塗布の立ち上げ時間が短縮できる。また、コンタミ等によって目詰まりが発生した場合にも、容易に交換が可能である。
【0054】
図7のフィルター50は化学繊維製のものであるが、金属製の多孔質材で製作されたものであっても良いし、微小粒子で構成されたものであっても良い。
【実施例7】
【0055】
上述した実施例1、2では、撥油剤溶液10の塗布対象は円柱形状をしたシャフトであるが、本発明の塗布方法は円柱形状をした部品に限定されるものではない。円筒形状をした軸受スリーブの内周面であっても、塗布先端を近接できる限りは本発明による塗布方法の適用が可能である。また、言うまでもなく、機械部品の平坦面等、曲面ではない部位への適用も容易である。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の用途は、撥油剤溶液の塗布に限定されるものではない。粘性が低く、かつ、容易に溶媒が蒸発して失われて固形部分を生ずる樹脂溶液を塗布する用途において、広く利用する事が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】撥油剤溶液を塗布するための塗布装置の例。
【図2A】塗布装置の拡大図。
【図2B】塗布具の拡大図。
【図3A】吸引装置を併用した塗布装置の例。
【図3B】吸引装置を併用した塗布装置の他の例。
【図4】塗布具の例。
【図5】塗布具の他の例。
【図6】塗布具の更に他の例。
【図7】塗布具の更に他の例。
【符号の説明】
【0058】
1 ワーク
2,12 塗布装置
3 塗布具
4,41,42 塗布部材
5 撥油剤貯留タンク
6 鞘
7 ワーク受部
7aワーク受面
8 撥油剤塗布部位
9 流通路
10 撥油剤溶液
11 毛細間隙
21 チャック
22 回転機構
23 抑え治具
25 スライド機構
26 ホルダー
27 定量吐出バルブ
28 ストローク調整ネジ
29 ディスペンサー
30 エア配管
31 ゲージバルブ
32 チューブ
35a吸引口
35b吸引管
35c吸引ノズル
36 吸引ポンプ
45 塗布部材先端部
46 毛細間隙開口
50 フィルター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素樹脂を主要な構成成分とする撥油剤樹脂を、低粘度で速乾性の溶剤に溶かして得た低粘度撥油剤溶液を、機械部品の所定の塗布部位に塗布する方法であって、
前記低粘度撥油剤溶液が流通できる流通路を内部に有し、該流通路の一端が表面に開口する、塗布部材と、
前記塗布部材を保持して前記流通路の延長部分を内部に有する、塗布具と、
前記低粘度撥油剤溶液を貯え、前記流通路の他端が接続する、撥油剤貯留タンクと、
からなる塗布器を用いて、
相対的に移動する前記塗布部材の先端部と前記塗布部位との間に形成された微小間隙を、前記塗布部材先端部の開口部から滲出した前記低粘度撥油剤溶液で満たした状態を表面張力によって維持せしめ、前記塗布部材側から前記塗布部位側に前記低粘度撥油剤溶液を連続的に転移させて塗布する方法であり、
前記流通路は、前記低粘度撥油剤溶液が内部を流通する際に粘性抵抗を与え、該低粘度撥油剤溶液の前記開口部からの滲出を、塗布作業を可能ならしめる程度にまで遅滞させるものである、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項2】
前記塗布器には、
前記撥油剤貯留タンク内に貯留した低粘度撥油剤溶液を、前記塗布具を通して前記塗布部材の前記開口部まで定量圧送する、液体定量吐出バルブと、
制御されたパルス状の圧縮空気を送付して前記液体定量吐出バルブを所定のタイミングで開閉させる、ディスペンサーと、
前記ディスペンサーと前記液体定量吐出バルブと前記撥油剤貯留タンクとを連結して、駆動、圧送用の圧縮空気を送付する、エア配管と、
を備え、
塗布時には、設定された前記塗布部材と前記塗布部位間の前記微小間隙を満たすに必要な量の前記低粘度撥油剤溶液を、前記ディスペンサーの制御によって前記撥油剤貯留タンクから圧送供給する、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の撥油剤溶液の塗布方法であって、
前記塗布部材は、塗布前に行う間隙設定作業時に前記機械部品の所定の部位に対して接近ならびに接触させることが可能な位置に配置され、前記塗布部位もしくはその近傍に前記流通路の一端が開口し、塗布作業前に所定の部位に対して接触させて行う間隙設定作業及び、塗布作業時に前記低粘度撥油剤溶液の圧送で発生する応力によって生ずる変形が実質的に無視できるだけの剛性を有すると共に、該応力を除去することで該変形は実質的に消失するだけの強度を有する、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れかに記載の撥油剤溶液の塗布方法であって、
塗布時における前記塗布部材と前記塗布部位との離間距離は、前記低粘度撥油剤溶液を滴下させた場合に形成する滴の大きさよりも小さく、かつ前記低粘度撥油剤溶液を10回の繰り返し重ね塗布後に溶媒を気化させて硬化させた被膜厚さより大きく設定されている、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れかに記載の撥油剤溶液の塗布方法によって、前記機械部品の前記塗布部位に前記低粘度撥油剤溶液を塗布し、
塗布された溶液の溶媒が気化して該溶液の流動性が失われた後で、該塗布された領域の少なくとも一部に対して、前記の塗布方法によって、再度低粘度撥油剤溶液を塗布し、
該低粘度撥油剤溶液が2回以上塗布された領域を前記所定の部位内に形成する、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項6】
機械部品表面上の所定の閉じた経路に沿って、撥油剤溶液を塗布する方法であって、
請求項1乃至5の何れかに記載の撥油剤溶液の塗布方法によって、前記経路上の一点から塗布を開始し、
該経路に沿って連続して前記低粘度撥油剤溶液を塗布し、
少なくとも前記一点に再度前記低粘度撥油剤溶液を塗布した後、塗布を終了する、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項7】
請求項1乃至6の何れかに記載の撥油剤溶液の塗布方法であって、
前記低粘度撥油剤溶液を塗布した後、前記塗布部材を前記塗布部位から離間させ、前記低粘度撥油剤溶液が前記塗布部材と前記塗布部位の間をつなぐ気液境界面を形成している間は、前記塗布部材と前記塗布部位は相対的移動を継続している、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項8】
請求項7に記載の撥油剤溶液の塗布方法であって、
前記低粘度撥油剤溶液を塗布した後、前記塗布部材を前記塗布部位から離間させる前に、前記低粘度撥油剤溶液の圧送を停止する、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項9】
請求項1乃至8の何れかに記載の撥油剤溶液の塗布方法において、
前記撥油剤貯留タンクから前記塗布部材の開口部に至る、撥油剤溶液の前記流通路のいずれかの位置に、多孔質部材、繊維状部材、粒状部材の内の何れか1種類以上を充填し、撥油剤溶液の流通に抵抗を加えた、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項10】
請求項1乃至9の何れかに記載の撥油剤溶液の塗布方法において、
前記塗布具は、前記塗布部材周囲の少なくとも一部を覆い、前記撥油剤溶液を透過しない鞘からなる、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項11】
請求項10に記載の撥油剤溶液の塗布方法において、
前記塗布部材は中空の筒状体であって、微細なスリットが集合して中空空間を構成し、その一端は前記塗布部材の先端部に複数のスリットが結合した形状の前記開口を形成し、前記筒状体の側面は前記撥油剤溶液を透過しないように構成され、
前記塗布部材外周と前記鞘は、前記撥油剤溶液が漏出しないように締結され、
前記塗布部材と前記流通路は、前記撥油剤溶液が漏出なく流通するように連結されている、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項12】
請求項10に記載の撥油剤溶液の塗布方法において、
前記塗布部材は中実の部材であって、前記撥油剤溶液を透過しないものであり、
前記塗布部材外周と前記鞘の間に確保された間隙により、前記微細な流通路の少なくとも一部が構成されている、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項13】
請求項10に記載の撥油剤溶液の塗布方法において、
前記塗布部材は、内部に撥油剤溶液が流通可能な微細な間隙を有し、該間隙は前記塗布具の流通路を構成する、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項14】
請求項1乃至8の何れかに記載の撥油剤溶液の塗布方法において、
前記塗布具及び前記塗布部材は、多孔質材料からなる一体の部品であり、
前記流通路は該多孔質素材が有する細孔から構成される、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項15】
請求項1乃至14の何れかに記載の撥油剤溶液の塗布方法において、
前記塗布具は一方向に延長した形状を有し、その先端に前記塗布部材が交換可能に取り付けられている、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項16】
請求項1乃至15の何れかに記載の撥油剤溶液の塗布方法において、複数の前記塗布部材を近接させて配置し、各々の塗布部材と前記塗布部位との間に保持される前記發油剤溶液が、連続した状態とする、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。
【請求項17】
請求項1乃至16の何れかに記載の撥油剤溶液の塗布方法において、塗布された前記低粘度撥油剤溶液に吸引気流を作用させる減圧吸引手段を前記塗布部位の近傍に併設している、
事を特徴とする、撥油剤溶液の塗布方法。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−36536(P2008−36536A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−214216(P2006−214216)
【出願日】平成18年8月7日(2006.8.7)
【出願人】(000232302)日本電産株式会社 (697)
【Fターム(参考)】