説明

新規なアセン系有機シリル化合物およびその製造方法

【課題】 末端に反応性シリル基が結合した新規なアセン系有機シリル化合物(特に、導電性の高い大きな環構造を有するもの)およびその簡便かつ高収率な製造方法を提供する。
【解決手段】 末端にハロゲン置換基を有するアセン系化合物をヒドロシラン類と反応させることを特徴とする末端に反応性シリル基が結合したアセン系有機シリル化合物の製造方法。好ましくは、前記反応はロジウム触媒の如き周期律表第8A族の遷移金属触媒および塩基の存在下に行われる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なアセン系有機シリル化合物、およびその製造方法に関する。本発明のアセン系有機シリル化合物は、ガラス等の活性化水酸基を有する基板上に良質で安定な導電性有機単分子薄膜を構成することができるので、有機半導体デバイス、有機トランジスタデバイス等の広範な用途に用いられることができる。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体デバイスのパターンは微細化しており、回路の集積度も増々高くなっていく傾向にある。従って、数ナノメートル(nm)〜数十nmの薄い導電性薄膜を形成する技術の確立が望まれている。このような薄い導電性薄膜は、規則性の高い分子膜によって実現できる。これまで半導体上に導電性薄膜を形成する技術としては、薄膜の構成物質またはその前駆体を基板の表面に塗布して基板を回転させるスピンコート法、LB(Langmuir Blogett)法、真空中で処理ガスを熱、電界等で分解して気相反応を起こさせるCVD(Chemical Vapor Deposit(化学蒸着))法などが知られている。
【0003】
しかしながら、スピンコート法では、形成される膜厚は最小でも数百nmであり、また、形成される薄膜の分子構造を制御することが難しい。LB法では、薄膜の構成物質の分子内に親水性基と疎水性基の両方が存在する必要があり、これらを有さない分子にはLB法は適用できない。またCVD法は、比較的高分子量の化合物や熱安定性の低い化合物には適用できない。特に、分子が導電性を発現するには比較的長い共役系を必要とするため分子量が数百以上になることが一般的であるが、かかる場合にCVD法を適用することは極めて難しい。
【0004】
以上の理由からスピンコート法及びCVD法では、規則性の高い導電性単分子膜を形成することは実質的に不可能である。一方LB法では、一様な規則性のある膜を作成することは可能であるが、パターニング等の微細加工を分子レベルで行うことは不可能である。そこで近年、有機分子を用いて自己組織化(Self Assembling)薄膜(以下、SA薄膜と称する)を形成させる方法が提唱されている。この方法によって形成されるSA薄膜は有機シリル化合物などの有機分子の一部を基板の一部の表面の官能基と結合させたものであり、極めて欠陥が少なく、かつ高い秩序性をもった薄膜である。SA薄膜の場合、薄膜の構成分子と基板との相互作用により膜と基板との間の結合を形成するため、分子レベルでの微細加工が可能である。また、LB膜が物理吸着で基板に付着しているのに対し、SA膜は化学吸着又は化学結合により基板に結合しているため、膜は作成後も安定である。しかしながら、SA薄膜を形成することができる好適な有機シリル化合物およびその製造方法については研究が立ち遅れているのが実情である。
【0005】
本発明者らは、かかる有機シリル化合物の一例として、ベンゼン環が一次元方向に縮合したアセン系化合物を基本構造とし、末端に活性水酸基と化学的に結合可能な反応性シリル基が結合したアセン系有機シリル化合物に着目した。かかる化合物はその末端シリル基を介してガラス等の活性水酸基を有する基板材料と化学結合することができるので、良質で安定なSA薄膜を形成することができ、また、かかる化合物は基本構造のベンゼン環の縮合数を増大させて環構造を大きくすることにより、高い導電性を示すことができると考えられる。しかしながら、かかる化合物は従来の手法では合成が困難であった。
【0006】
例えば、下記の非特許文献1には2−ブロモナフタレンにグリニヤール試薬を反応させる2−トリエトキシシリルナフタレンの合成方法が記載されているが、この合成方法は反応時間が7日間と長く、収率も20%と低い。
【0007】
従って、従来の方法を採用すると、ベンゼン環が一次元方向に縮合したアセン系化合物を基本構造とし、末端に活性水酸基と化学的に結合可能な反応性シリル基が結合しているアセン系有機シリル化合物は合成自体が困難であり、収率も極めて低かった。また、合成されたアセン系有機シリル化合物の構造もナフタレンのように小さな環構造のものに限られていた。
【非特許文献1】J.Am.Chem.Soc.116,1027−1032(1994)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明はかかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は末端に反応性シリル基が結合した新規なアセン系有機シリル化合物(特に、大きな環構造を有するもの)およびその簡便かつ高収率な製造方法を提供することにある。
【0009】
本発明者らは、かかるアセン系有機シリル化合物を簡便かつ高収率で合成すべく鋭意研究を重ねた結果、前記の公知文献に記載された従来のシリル基導入法と異なるシリル基導入法を用いる新規な合成方法によって簡便かつ収率良く目的とするアセン系有機シリル化合物が得られることを見出した。
【0010】
本発明者らがまず、アセン系有機シリル化合物の原料であるアセン系化合物の反応性を予測するために分子軌道計算を行ったところ、アセン系化合物の構造が1次元的に長くなるほど中央部の原子軌道の係数は大きく、端末環の原子軌道は小さくなるという傾向があり、脱離基が置換している末端環の炭素原子の反応性は相対的に低下することが明らかになった。同時にアセン系化合物は1次元的に長くなるほど溶解性が大きく減少し、アセン系化合物を金属マグネシウムと直接反応させる、もしくは低級アルキル系のグリニヤール試薬と交換させる方法によっては有機マグネシウム試剤は生成し難く、仮に有機マグネシウム試剤が生成してもその反応性が弱いために目的物を収率良く与えることは困難であることが示唆された。
【0011】
そこで、原料のアセン系化合物から有機マグネシウム反応試剤を導き、これをXSi(OR)(式中、Rは低級アルキル基を表わす)で示されるシリルハライド類と反応させるような従来の反応手法とは逆に、シリル化合物から反応活性種を導き、これを原料のアセン系化合物と反応させるという手法を検討した。その結果、ヒドロシラン類をアセン系化合物と反応させるという手法を用いると環構造が大きくなっても反応性が維持され、目的とするアセン系有機シリル化合物が収率良く得られる可能性が確認された。この予測を元にヒドロシラン類を触媒的に反応させるという実験検討を行い、原料のアセン系化合物からアセン系有機シリル化合物が従来の手法より格段に高い収率で生成すること、また、従来の手法では合成することができなかった大きな環構造(アントラセン、テトラセンなど)を有するアセン系有機シリル化合物を合成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0012】
即ち、本発明によれば、一般式(1)

(式中、X、X、Xの少なくとも1つはC1〜C6の低級アルコキシ基を表わし、残りはC1〜C6の低級アルキル基を表わし;Xは水素、アルコキシ、アルキルチオ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルキル、アルケニル、アルキニル、ハロアルキル、アルコキシアルキルのいずれかを表わし;nは0以上の整数を表わす)で表されるアセン系有機シリル化合物(ただし、2−トリエトキシシリルナフタレンを除く)が提供される。
【0013】
また、本発明によれば、一般式(2)

(式中、Xは水素、アルコキシ、アルキルチオ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルキル、アルケニル、アルキニル、ハロアルキル、アルコキシアルキルのいずれかを表わし;Xはハロゲンを表わし;nは0以上の整数を表わす)のアセン系化合物を
一般式(3)
HSiX (3)
(式中、X、X、Xの少なくとも1つはC1〜C6の低級アルコキシ基を表わし、残りはC1〜C6の低級アルキル基を表わす)で表わされるヒドロシラン類と反応させることを特徴とする
一般式(1)

(式中、X、X、Xの少なくとも1つはC1〜C6の低級アルコキシ基を表わし、残りはC1〜C6の低級アルキル基を表わし;Xは水素、アルコキシ、アルキルチオ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルキル、アルケニル、アルキニル、ハロアルキル、アルコキシアルキルのいずれかを表わし;nは0以上の整数を表わす)で表されるアセン系有機シリル化合物の製造方法が提供される。
【0014】
本発明の製造方法の好ましい態様によれば、上記反応はロジウム触媒の如き周期律表第8A族の遷移金属触媒および塩基の存在下に行われる。
【発明の効果】
【0015】
本発明のアセン系有機シリル化合物は、末端に反応性シリル基が結合しているため、活性な水酸基を有する基板材料表面に付与されると末端シリル基を介して基板材料と化学的に結合し、規則的な構造を有する薄膜を形成することができる。かかる薄膜は半導体やトランジスタ等の有機デバイスの構成要素として有用である。
【0016】
また、本発明の製造方法によれば、末端に反応性シリル基が結合したアセン系有機シリル化合物を簡便かつ高収率に製造することができる。特に、本発明の製造方法によれば、従来の手法では合成することができなかった導電性の高い大きな環構造を有するアセン系有機シリル化合物を合成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明のアセン系有機シリル化合物は下記一般式(1)を有する化合物であり、複数のベンゼン環が1次元的に連結したナフタレン、アントラセン、テトラセン、ペンタセン、ヘキサセン、ヘプタセン、オクタセン、ノナセン、デカセン等のアセン系化合物を基本骨格とし、一方の末端環にトリクロルシリル基、トリメトキシシリル基、トリエトキシシリル基などの有機シリル置換基を有することを構造的な特徴とする。他方の末端環は置換されていなくても置換されていてもよく、置換される場合、その置換基はアルコキシ、アルキルチオ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルキル、アルケニル、アルキニル、ハロアルキル、アルコキシアルキルのいずれかであることができる。
一般式(1)

(式中、X、X、Xの少なくとも1つはC1〜C6の低級アルコキシ基を表わし、残りはC1〜C6の低級アルキル基を表わし;Xは水素、アルコキシ、アルキルチオ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルキル、アルケニル、アルキニル、ハロアルキル、アルコキシアルキルのいずれかを表わし;nは0以上の整数を表わす)
【0018】
本発明のアセン系有機シリル化合物は一般式(2)

(式中、Xは水素、アルコキシ、アルキルチオ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルキル、アルケニル、アルキニル、ハロアルキル、アルコキシアルキルのいずれかを表わし;Xはハロゲンを表わし;nは0以上の整数を表わす)のアセン系化合物を
一般式(3)
HSiX (3)
(式中、X、X、Xの少なくとも1つはC1〜C6の低級アルコキシ基を表わし、残りはC1〜C6の低級アルキル基を表わす)で表わされるヒドロシラン類と反応させることによって製造することができる。
【0019】
本発明のアセン系有機シリル化合物の主原料である一般式(2)の化合物はフッ素、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン原子の脱離基Xを一方の末端環に有するアセン系化合物である。他方の末端環は置換されていなくても置換されていてもよく、置換される場合、その置換基はアルコキシ、アルキルチオ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルキル、アルケニル、アルキニル、ハロアルキル、アルコキシアルキルのいずれかであることができる。
【0020】
一般式(2)の化合物と反応させる一般式(3)のヒドロシラン類はトリメトキシヒドロシラン、トリエトキシヒドロシラン、トリブチルヒドロシラン等であることができる。一般式(3)のヒドロシラン類の使用割合は一般式(2)で表される原料化合物1重量部に対して1.0〜20重量部であることが好ましく、さらに好ましくは1.0〜10重量部である。
【0021】
一般式(2)のアセン系化合物と一般式(3)のヒドロシラン類との上記反応は触媒の不存在下でも進行するが、目的とする本発明のアセン系有機シリル化合物を高収率で得るためには、反応を遷移金属触媒の存在下で行うことが好ましい。遷移金属触媒は周期律表第8A族の金属錯体であり、中心金属種はFe,Co,Ni,Ru,Rh,Pd,Os,Ir,Pt等であり、好ましい配位子はCl,Br,I等のハロゲン原子、トリフェニルホスフィン、トリ−o−トリルホスフィン等のホスフィン系配位子、ジベンジリデンアセトン(dba)、シクロオクタジエン(cod)等のジエン系配位子、アセトニトリル、ベンゾニトリル等の配位性溶媒分子、テトラフルオロボレート等のルイス酸などである。錯体は単核錯体、多核錯体のいずれでも良く、遷移金属の価数は配位子の構成によって0価、1価、2価のいずれかである。これらの中でも、[Rh(cod)(CHCN)]BF等のロジウム触媒が特に効果的であり、他の遷移金属触媒よりも顕著に高い収率を得ることができる。遷移金属触媒の使用割合は一般式(2)で表される原料化合物1重量部に対して0.0001〜0.2重量部であることが好ましく、さらに好ましくは0.0005〜0.1重量部である。遷移金属触媒の使用割合が0.0001重量部未満であると反応が十分に進行しなくなるおそれがあり、一方0.2重量部を超えると経済的ではなくなるおそれがある。
【0022】
反応を遷移金属触媒の存在下で行う場合、触媒上で形成された酸H−Xを脱離させるために反応系中に塩素の存在が必要である。使用される塩基としてはトリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリブチルアミン等の3級有機アミン、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等を挙げることができる。これらの塩基は1種単独で使用しても2種以上を同時に使用してもよい。塩基の使用割合は一般式(2)で表される原料化合物1重量部に対して0.9〜100重量部であることが好ましく、さらに好ましくは1.0〜10重量部である。
【0023】
本発明の製造方法では、必要に応じて溶媒を使用する。溶媒としては、例えばベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、ジエチルベンゼン等の芳香族炭化水素系溶媒;クロルベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼン、フルオロベンゼン、ジフルオロベンゼン、ヘキサフルオロベンゼン、α、α、α−トリフルオロトルエン等のハロゲン化芳香族炭化水素系溶媒;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジグライム、アニソール、ジエチレンクリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールメチルエチルエーテル等のエーテル系溶媒;N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン等のアミド系溶媒、アセトニトリル、ブチロニトリル等のニトリル系溶媒などを使用することができる。これらの溶媒は十分に乾燥、脱酸素して用いることが好ましい。これらの溶媒は1種単独で使用しても2種以上を同時に使用してもよい。溶媒の使用割合は、一般式(2)で表される原料化合物1重量部に対して3〜300重量部であることが好ましく、さらに好ましくは、6〜100重量部である。
【0024】
一般式(1)の化合物の製造に関する反応は一般的には常圧〜加圧の条件下、0〜200℃、好ましくは10〜150℃、1〜100時間、多くは2〜50時間で行うことができる。
【0025】
反応生成物の単離方法としては抽出、蒸留、晶析、昇華もしくはこれらを組み合わせた操作を用いることができる。場合によっては濃縮や溶媒置換を行ってから抽出、蒸留、晶析、昇華操作を行なうことが適当である。このように精製を繰り返し行うことにより容易に高純度の目的物を得ることができる。また、必要な場合には単離物にさらにカラムクロマトグラフィー、晶析、再結晶、昇華などの精製操作を加えることができる。
【0026】
一般式(1)の化合物の主原料である一般式(2)のアセン系化合物は市販試薬として入手することができ、あるいは以下に示す公知の文献(a)〜(c)を参考に以下のスキーム(A)又は(B)に従って合成することができる。

(a)米国特許公開2003−0100779号公報
上記文献には2−クロロペンタセン、2−ブロモペンタセンの合成方法が記載されており、類似する2−ヨードペンタセンも同様の方法により合成可能である。
(b)J.Org.Chem.39,770−774(1997)
上記文献には2−クロロアントラセンの合成方法が記載されており、類似する2−ブロモアントラセンや2−ヨードアントラセンも同様の方法により合成可能である。
(c)J.Org.Chem.38,2675(1973)
上記文献にはトリエチルヒドロシランを用いるフェニルケトン類の還元方法が記載されている。
【0027】
また、一般式(2)の化合物と反応させる一般式(3)のヒドロシラン類は、市販試薬として入手することができる。
【0028】
本発明のアセン系有機シリル化合物は、ガラス等の基板材料上に付与すると、その末端シリル基が基板材料中の活性な水酸基と化学的に結合して分子が基板材料上に配向され、規則的な構造を有する薄膜を形成することができる。この薄膜の上にさらにn−型又はp−型の導電性材料を塗布又は蒸着して積層化すれば、多用な機能を有するデバイス材料を製造することができる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の内容を実施例により具体的に示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0030】
参考例
2−ハロアセン類の合成例として以下に2−ブロモテトラセンの合成例を示す。
(A)上記スキーム(A)に従った2−ブロモテトラセン(化合物IV:m=1,X=Br)の合成
(1)中間体(I−a:m=1,X=Br)の合成
窒素で置換した四つ口フラスコに6−ブロモ−2、3−ナフタレンカルボン酸無水物27.7g(100mmol)およびベンゼン350mlを入れ、ここに塩化アルミニウム(III)33.3g(250mmol)を添加した。次いで45〜50℃に6時間加熱した。反応後、冷却して水および塩酸水を加え、抽出操作を行なった。抽出液を濃縮し、濃縮物を塩化メチレンで懸濁精製することにより白色粉末状の目的物25.6g(収率72%)を得た。そのNMRデータを以下に示す。
H−NMR](DMSO-d:δ)7.43−7.54(m,3H),7.66−7.88(m,3H),7.98−8.10(d,2H),8.20(m,H),8.64(s,H)
なお、上記6−ブロモ−2、3−ナフタレンカルボン酸無水物は以下の文献(d)に従って合成したものを使用した。
(d)J.Med.Chem.36,3417−3423(1993)
【0031】
(2)中間体(II−a:m=1,X=Br)の合成
窒素で置換した四つ口フラスコに前記の中間体(I−a)5.68g(16mmol)およびトリフルオロ酢酸(70ml)を入れ、ここにトリエチルシラン(26ml)を添加した。次いで50℃に24時間加熱した。反応後、反応液を冷却すると白色結晶が析出し、ろ過、水洗、および乾燥をおこなうことにより白色粉末状の目的物3.71g(単離収率68%)を得た。そのNMRデータを以下に示す。
H−NMR](DMSO-d:δ)4.48(s,2H),7.08−7.28(m,4H),7.50−7.66(m,2H),7.76−7.91(m,2H),8.04(s,H),8.48(s,H)
【0032】
(3)中間体(III−a:m=1,X=Br)の合成
窒素で置換した四つ口フラスコにトリフルオロ酢酸(20ml)を入れ、0〜2℃に冷却してから前記の中間体(II−a)2.15g(6.3mmol)およびトリフルオロ酢酸(5ml)を添加した。次いで室温で3時間反応した。反応後、反応液を氷水200mlの中に注入し、黄色の析出物をろ過、水洗した。得られた粗体結晶をアセトンで懸濁精製することにより微黄色粉末状の目的物1.73g(収率85%)を得た。そのNMRデータを以下に示す。
H−NMR](CDCl3:δ)4.45(s,2H),7.38−7.42(m,2H),7.48−7.65(m,3H),7.76−7.80(m,H),7.95(s,H),8.00−8.05(m,H),8.48(s,H)
【0033】
(4)化合物(IV:m=1,X=Br)の合成
窒素で置換した四つ口フラスコにジエチレングリコールジメチルエーテル(25ml)および前記の中間体(III−a)1.62g(5mmol)を入れ、0〜5℃に冷却してから水素化ホウ素ナトリウム0.57g(15mmol)を添加した。室温で23時間攪拌してからさらに水素化ホウ素ナトリウム0.19g(5mmol)を添加し、室温で4時間攪拌した。その後、氷水冷却下にメタノール(12ml)を添加し、室温で1.5時間攪拌した。次いでこの反応液を酢酸35mlの中に注入し、60℃で1.5時間攪拌した。さらに35%塩酸(12ml)を滴下し、60℃で1時間攪拌した。この反応液を室温まで冷却し、水100mlを加えてから橙色の析出物をろ過、洗浄、乾燥することにより目的物1.40g(収率91%)を得た。この目的物はCDCl3に難溶性であり、TOFF−Massスペクトルの測定により目的物に相当する分子量308のピークを検出した。
【0034】
(B)上記スキーム(B)に従った2−ブロモテトラセン(化合物IV:m=1,X=Br)の合成
化合物IVを上記スキーム(B)に従って合成し、以下の物性を確認した。
(1)中間体(I−b:m=1,X=Br)
H−NMR](DMSO-d:δ)7.46−7.55(m,H),7.57−7.78(m,5H),8.00−8.12(d,2H),8.22(s,H),8.65(s,H)
(2)中間体(II−b:m=1,X=Br)の合成
H−NMR](DMSO-d:δ)4.49(s,2H),7.09−7.28(m,4H),7.50−7.65(m,2H),7.78−7.92(m,2H),8.02(s,H),8.46(s,H)
(3)中間体(III−b:m=1,X=Br)
H−NMR](CDCl3:δ)4.45(s,2H),7.36−7.39(d,H),7.46−7.64(m,3H),7.83−7.93(m,H),7.69−7.74(m,H),8.02−8.05(d,H),8.50(s,H),8.91(s,H)
(4)化合物(IV)
この化合物はCDCl3に難溶性であり、TOFF−Massスペクトルの測定により化合物(IV)に相当する分子量308のピークを検出した。
【0035】
実施例1
化合物(1a):2−トリエトキシシリルナフタレンの合成
窒素で置換した四つ口フラスコに[Rh(cod)(CHCN)]BF 2.56g(0.73mmol)およびジメチルホルムアミド(85ml)を入れ、ここに2−ブロモナフタレン5.0g(24.2mmol)、トリエトキシヒドロシラン7.95g(48.4mmol)、トリエチルアミン7.35g(72.6mmol)を添加した。次いで75〜85℃に2時間加温し、反応の終了を確認した。反応液を冷却してからろ過を行い、不溶物を除去した。ろ液中の目的物をガスクロマトグラフにより定量し、反応収率81%を確認した。さらにろ液を濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフによりオイル状の目的物3.77g(単離収率54%)を得た。そのNMRデータを以下に示す。
H−NMR](CDCl3:δ)1.28(t,9H),3.92(q,6H),7.46−7.54(m,2H),7.68−7.73(m,H),7.78−7.90(m,3H),8.21(s,H)
なお、上記2−ブロモナフタレン及びトリエトキシヒドロシランは東京化成工業(株)から購入したものを使用した。
【0036】
実施例2
化合物(1b):2−トリエトキシシリルアントラセンの合成
窒素で置換した四つ口フラスコに[Rh(cod)(CHCN)]BF 44mg(0.12mmol)およびジメチルホルムアミド(20ml)を入れ、ここに2−ブロモアントラセン1.00g(3.9mmol)、トリエトキシヒドロシラン1.28g(7.8mmol)、トリエチルアミン1.18g(11.7mmol)を添加した。次いで75〜85℃に7時間加温し、反応の終了を確認した。反応液を冷却してからろ過を行い、不溶物を除去した。さらにろ液を濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフにより白色結晶状の目的物0.96g(単離収率72%)を得た。そのNMRデータを以下に示す。
H−NMR](CDCl3:δ)1.30(t,9H),3.94(q,6H),7.43−7.50(m,2H),7.64−7.68(m,H),7.96−8.05(m,3H),8.40(s,2H),8.47(s,H)
なお、上記2−ブロモアントラセンは上述の文献(b)(J.Org.Chem.39,770−774(1997))に従って合成したものを使用し、上記トリエトキシヒドロシランは東京化成工業(株)から購入したものを使用した。
【0037】
実施例3
化合物(1c):2−トリエトキシシリルテトラセンの合成
窒素で置換した四つ口フラスコに[Rh(cod)(CHCN)]BF 63mg(0.17mmol)、ジメチルホルムアミド、およびα、α、α−トリフルオロトルエンを入れ、ここに2−ブロモテトラセン1.01g(3.3mmol)、トリエトキシヒドロシラン1.64g(10mmol)、トリエチルアミン2.02g(20mmol)を添加した。次いで75〜85℃に30時間加温した。反応液を冷却してからろ過を行い、不溶物を除去した。さらにろ液を濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフにより橙色結晶状の目的物0.58g(単離収率45%)を得た。そのNMRデータを以下に示す。
H−NMR](CDCl3:δ)1.31(t,9H),3.94(q,6H),7.42−7.50(m,2H),7.62−7.68(m,H),7.95−8.10(m,5H),8.41(s,2H),8.45(s,H)
なお、上記2−ブロモテトラセンは上述の参考例で得たものを使用し、上記トリエトキシヒドロシランは東京化成工業(株)から購入したものを使用した。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明のアセン系有機シリル化合物は、末端に反応性シリル基が結合しているため、規則性の高い導電性薄膜を大量に作成するための基本原料として、極めて有用である。また、本発明の製造方法は、かかるアセン系有機シリル化合物を簡便かつ収率良く製造するために有効に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)

(式中、X、X、Xの少なくとも1つはC1〜C6の低級アルコキシ基を表わし、残りはC1〜C6の低級アルキル基を表わし;Xは水素、アルコキシ、アルキルチオ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルキル、アルケニル、アルキニル、ハロアルキル、アルコキシアルキルのいずれかを表わし;nは0以上の整数を表わす)で表されるアセン系有機シリル化合物(ただし、2−トリエトキシシリルナフタレンを除く)。
【請求項2】
一般式(2)

(式中、Xは水素、アルコキシ、アルキルチオ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルキル、アルケニル、アルキニル、ハロアルキル、アルコキシアルキルのいずれかを表わし;Xはハロゲンを表わし;nは0以上の整数を表わす)のアセン系化合物を
一般式(3)
HSiX (3)
(式中、X、X、Xの少なくとも1つはC1〜C6の低級アルコキシ基を表わし、残りはC1〜C6の低級アルキル基を表わす)で表わされるヒドロシラン類と反応させることを特徴とする
一般式(1)

(式中、X、X、Xの少なくとも1つはC1〜C6の低級アルコキシ基を表わし、残りはC1〜C6の低級アルキル基を表わし;Xは水素、アルコキシ、アルキルチオ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルキル、アルケニル、アルキニル、ハロアルキル、アルコキシアルキルのいずれかを表わし;nは0以上の整数を表わす)で表されるアセン系有機シリル化合物の製造方法。
【請求項3】
反応が周期律表第8A族の遷移金属触媒および塩基の存在下に行われることを特徴とする請求項2に記載のアセン系有機シリル化合物の製造方法。
【請求項4】
遷移金属触媒がロジウム触媒であることを特徴とする請求項3に記載のアセン系有機シリル化合物の製造方法。

【公開番号】特開2007−277168(P2007−277168A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−105980(P2006−105980)
【出願日】平成18年4月7日(2006.4.7)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【出願人】(394004860)ダイトーケミックス株式会社 (14)
【Fターム(参考)】