説明

新規化合物

【課題】本発明は、DNA合成酵素阻害作用を有する化合物を見出すと共に、同化合物を利用した新たな医薬組成物(DNA合成酵素阻害剤及び抗癌剤)を提供する。
【解決手段】一般式(1)若しくは(2)で表される化合物、又はその薬学的に許容し得る塩、これらを有効成分として含有する医薬組成物(DNA合成酵素阻害剤、抗癌剤等)に関する。


(式中、R、R及びRは同一又は異なって、H又は保護基を示す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNA合成酵素阻害作用を有する化合物とその利用に関する。この化合物は、DNA合成酵素阻害剤として、例えば生化学試薬などに利用できるほか、抗癌剤、又はこれらのリード化合物として利用し得る。
【背景技術】
【0002】
真核生物のDNA合成酵素(DNAポリメラーゼ)は、これまでα、β、γ、δ、ε、ζ、η、θ、ι、κ、λ、μ、σ、TdT及びRev1の15種類の分子種が知られている。これらのDNA合成酵素群は、細胞の増殖、分裂、分化などに関与しているが、α型はDNA複製、β型、λ型及びTdTは修復と組換え、δ型及びε型は複製と修復の双方、ζ〜κ型は修復を担うといった具合にタイプによって異なる機能を有することが知られている。
【0003】
このようにDNA合成酵素は細胞の増殖等に関与することから、その酵素活性を阻害するDNA合成酵素阻害剤は、例えば、癌に対して癌細胞の増殖抑制作用を示し、エイズに対してHIV由来逆転写酵素に対する阻害作用を示し、また、免疫疾患に対して抗原に対する特異的抗体産生を抑制する免疫抑制作用を示すことが考えられる。このため、DNA合成酵素阻害剤を用いた癌、エイズ等のウイルス疾患、免疫疾患の予防・治療に効果のある医薬品の開発が期待されている。
【0004】
例えば、DNA合成酵素阻害活性を有する糖脂質が、制癌剤、HIV由来逆転写酵素阻害剤、免疫抑制剤として有用であることが報告されている(下記特許文献1参照)。現在、DNA合成酵素阻害剤として、ジデオキシTTP(ddTTP)、N−メチルマレイミド、ブチルフェニル−dGTPなどが知られている(下記非特許文献1参照)。また植物由来の糖脂質であるスルホキノボシルアシルグリセリドにもDNA合成酵素阻害作用が見出されている(下記特許文献2参照)。
【特許文献1】特開平11−106395号公報
【特許文献2】特開平2000−143516号公報
【非特許文献1】Annual Review of Biochemistry, 2002, 71, 133-163頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、DNA合成酵素阻害作用を有する新規な化合物を見出すと共に、同化合物を利用した新たな医薬組成物(DNA合成酵素阻害剤及び抗癌剤)を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、Penicillium daleae K.M. ZalesskyをPDB培地(ポテトデキストロース液体培地)で培養して得られた培養液から、新規物質である化合物1(「Penicilliol A」と命名した。)と化合物2(「Penicilliol B」と命名した。)を単離した(実施例1を参照)。
【0007】
本発明者らは、これらの化合物と、DNA合成酵素阻害作用の関連性について調査・検討を行ったところ、これらの化合物は、DNA代謝系酵素のうちDNA合成酵素を選択的に阻害することを確認した。かかる知見に基づきさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は下記化合物、該化合物を有効成分として含むDNA合成酵素阻害剤及び抗癌剤を提供する。
【0009】
項1 一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩。
【0010】
【化1】

【0011】
(式中、R、R及びRは同一又は異なって、H又は保護基を示す。)
項2 項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有する医薬組成物。
【0012】
項3 項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有するDNA合成酵素阻害剤。
【0013】
項4 項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有する抗癌剤。
【0014】
項5 項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を食品に配合してなる食用組成物。
【発明の効果】
【0015】
本発明の新規な化合物1(Penicilliol A)、化合物2(Penicilliol B)、及びそれらの誘導体化合物は、DNA合成酵素阻害作用を有する。特に、化合物2は哺乳類のDNA合成酵素のうちYファミリーに属するDNA合成酵素η、ι及びκを選択的に阻害する。
【0016】
そのため、これらの化合物は、医薬組成物、例えば、DNA合成酵素阻害剤、抗癌剤等として利用できる。
【0017】
また、これらの化合物は、上記の活性を有することを利用して生化学試薬として用いることもできる。さらに、これらの化合物は、食品に配合して食用組成物として利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.本発明の化合物及びその単離・精製
本発明は、一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩に関する。
【0019】
【化2】

【0020】
(式中、R、R及びRは同一又は異なって、H又は保護基を示す。)
、R及びRで示される保護基としては、水酸基の保護基であれば特に限定はなく、例えば、アシル基(アセチル、プロパノイル、ベンゾイル基等)、シリル基(トリメチルシリル、トリエチルシリル、トリイソプロピルシリル、tert−ブチルジメチルシリル基等)、アルキル基(メチル、エチル、プロピル、ブチル基等)、アルケニル基(アリル、クロチル基等)、アラルキル基(ベンジル、フェネチル基等)、アルコキシメチル基(メトキシメチル基等)、スルホニル基(メタンスルホニル、ベンゼンスルホニル基等)等が挙げられる。
【0021】
一般式(1)及び(2)で表される化合物は、複数の不斉炭素(sp炭素)を有しており、該化合物は複数の不斉炭素の立体構造がR又はSのいずれのものも包含される。例えば、エナンチオマー、ジアステレオマー、これらの混合物のいずれも包含される。
【0022】
一般式(1)で表される化合物のうち好ましくは、RがHである化合物1(Penicilliol A)である。また、一般式(2)で表される化合物のうち好ましくは、RがHである化合物2(Penicilliol B)である。
【0023】
本発明における「その薬学的に許容し得る塩」の塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩;アンモニウム塩;1級、2級又は3級アミンの塩;4級アンモニウム塩;アミノ酸塩などが挙げられる。なお、一般式(1)及び(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩は、水等の溶媒和物であってもよい。
【0024】
一般式(1)及び(2)で表される化合物のうちR=Hで示される化合物は、菌株Penicillium daleae K.M. Zalesskyを培養して得られる培養物から単離・精製することができる。具体的には、Penicillium daleae K.M. ZalesskyをPDB培地(ポテトデキストロース液体培地)で静置培養し、培養液から菌体を除去して得られる濾液を溶媒で抽出する。抽出溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類、1,3−ブチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール等のグリコール類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、エチルエーテル、プロピルエーテル、イソプロピルエーテル,テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類、塩化メチレン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素等の極性有機溶媒;ヘキサン、シクロヘキサン、石油エーテル等の無極性有機溶媒等を用いることができるこれらの溶媒を単独で又は2種以上の混合溶媒として用いることもできる。
【0025】
これらの内で、塩化メチレン等のハロゲン化炭化水素、及び酢酸エチル等のエステル類からなる群から選ばれる少なくとも一種の抽出溶媒を用いることが好ましい。溶媒を混合して用いる場合には、各溶媒の混合比は、溶媒の種類に応じて適宜調整すればよい。
【0026】
上記した方法によって抽出物を得た後、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、クロロホルム、酢酸エチル、トルエン、ヘキサン、ベンゼン等の有機溶媒;水を1種又は2種以上用いた溶媒分画操作によって、得られた抽出液から活性画分(化合物1及び2)を分取することができる。更に、アルミナカラムクロマトグラフィーやシリカゲルクロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等の適当な分離精製手段を1種若しくは2種以上組み合わせて精製することもできる。なお、培養液からの活性化合物の単離及び同定は、具体的には実施例1の記載に従い行うことができる。
【0027】
さらに、単離された化合物1又は2に、公知の方法を用いて各種保護基を導入することにより、一般式(1)で表される化合物のうちR=保護基で示される化合物、及び一般式(2)で表される化合物のうちR及びR=同一又は異なる保護基で示される化合物を得ることができる。または、単離された化合物1に、公知の方法を用いて保護基(R)を導入するとともに、C7位の二重結合に公知の方法、例えばマイケル付加反応等を用いてORを導入することにより、一般式(2)で表される化合物のうちR及びR=同一又は異なる保護基で示される化合物を得ることができる。
【0028】
2.本発明の化合物の用途
本発明の一般式(1)又は(2)で表される化合物は、DNA合成酵素選択的阻害作用を有することから、医薬品への利用が可能である。例えば、DNA合成酵素選択的阻害剤、抗癌剤等の医薬組成物として有用である。本発明の化合物は、さらに医薬品開発過程におけるリード化合物として利用することもできる。
【0029】
本発明の化合物を体内投与する際は経口投与よりも非経口投与が好ましく、またリポソームなどの運搬体に封入して投与することが好ましい。このとき癌細胞を特異的に認識する運搬体などを利用すれば、標的部位(病変部位)に本発明の化合物を効率よく運ぶことができ効果的である。
【0030】
次に、本発明の化合物を配合してなる医薬用組成物について説明する。本発明の化合物を有効成分とする抗癌剤は、これをそのまま、あるいは慣用の医薬製剤担体とともに医薬用組成物となし、動物およびヒトに投与することができる。医薬用組成物の剤形としては特に制限されるものではなく必要に応じて適宜選択すればよいが、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤等の経口剤、注射剤、坐剤等の非経口剤が挙げられ、好適には非経口剤を挙げることができる。
【0031】
本発明において錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤としての経口剤は、例えば、デンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等を用いて常法に従って製造される。これらの製剤中の本発明の化合物の配合量は特に限定されるものではなく適宜設計できる。この種の製剤には本発明の化合物の他に、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料等を適宜に使用することができる。
【0032】
ここに、結合剤としてデンプン、デキストリン、アラビアゴム末、ゼラチン、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、結晶セルロース、エチルセルロース、ポリビニルピロリドン、マクロゴール等を例示できる。崩壊剤としてはデンプン、ヒドロキシプロピルスターチ、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、カルボキシメチルセルロース、低置換ヒドロキシプロピルセルロース等を例として挙げることができる。界面活性剤の例としてラウリル硫酸ナトリウム、大豆レシチン、蔗糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル等を挙げることができる。滑沢剤では、タルク、ロウ類、水素添加植物油、蔗糖脂肪酸エステル、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸アルミニウム、ポリエチレングリコール等を例示できる。流動性促進剤では、軽質無水ケイ酸、乾燥水酸化アルミニウムゲル、合成ケイ酸アルミニウム、ケイ酸マグネシウム等を例として挙げることができる。また、本発明の化合物は懸濁液、エマルション剤、シロップ剤、エリキシル剤としても投与することができ、これらの各種剤形には、矯味矯臭剤、着色剤を含有させてもよい。
【0033】
非経口剤として本発明の所望の効果を発現せしめるには、患者の年齢、体重、疾患の程度により異なるが、通常、成人で本発明の化合物の重量として1日あたり1〜60mgの静注、点滴静注、皮下注射、筋肉注射が適当である。この非経口投与剤は常法に従って製造され、希釈剤として一般に注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、注射用植物油、ゴマ油、ラッカセイ油、大豆油、トウモロコシ油、プロピレングリコール等を用いることができる。さらに必要に応じて、殺菌剤、防腐剤、安定剤を加えてもよい。また、この非経口剤は安定性の点から、バイアル等に充填後冷凍し、通常の凍結乾燥処理により水分を除き、使用直前に凍結乾燥物から液剤を再調製することもできる。さらに必要に応じて、等張化剤、安定剤、防腐剤、無痛化剤を加えてもよい。これら製剤中の本発明の化合物の配合量は特に限定されるものではなく任意に設定できる。その他の非経口剤の例として、外用液剤、軟膏等の塗布剤、直腸内投与のための坐剤等が挙げられ、これらも常法に従って製造される。
【0034】
また、本発明の化合物は、医薬品への利用以外に、食品への利用が可能である。例えば、飲食品へ添加・配合することにより抗癌効果をもった食用組成物(例えば、健康食品等)として利用することも可能である。
【0035】
即ち、本発明の化合物は、これをそのまま液状、ゲル状あるいは固形状の食品、例えばジュース、清涼飲料、茶、スープ、豆乳、サラダ油、ドレッシング、ヨーグルト、ゼリー、プリン、ふりかけ、育児用粉乳、ケーキミックス、粉末状または液状の乳製品、パン、クッキー等に添加したり、必要に応じてデキストリン、乳糖、澱粉等の賦形剤や香料、色素等とともにペレット、錠剤、顆粒等に加工したり、またゼラチン等で被覆してカプセルに成形加工して健康食品や栄養補助食品等として利用できる。
【0036】
なお、ヒトと他の哺乳類のDNA合成酵素の構造は殆ど同じであるため、本発明のDNA合成酵素阻害剤は、ヒト以外の哺乳類由来のDNA合成酵素阻害剤としても利用可能である。
【0037】
したがって、本発明の化合物をリードとして、DNA合成酵素に対する阻害活性を調べることにより、抗癌剤の候補化合物の効率的なスクリーニングが期待できる。本発明には、このようなスクリーニング方法も含まれる。なお、本スクリーニング方法において、DNA合成酵素に対する阻害活性を調べる方法は前述の実施例記載の方法に限定されるものではなく、公知の試験方法の中から適した方法を選択すればよい。
【実施例】
【0038】
次に、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
実施例1
(1)菌株の単離と培養
宮崎県日南市の浜辺にて採取した苔を60%酢酸で処理した後、CMA+ローズベンガル培地(コーンミール寒天培地にローズベンガルを加えた培地)の上で培養し、本菌株を単離した。本菌株は菌株同定の結果、Penicillium daleae K.M. Zalesskyと同定した。本菌株は、1LのPDB培地(ポテトデキストロース培地)を入れた3L三角フラスコ3個(合計3L)で、18日間暗所で静置培養した。
【0039】
(2)抽出と精製
本菌株を培養した培養液はガーゼを用いて菌体を取り除いた。得られた濾液を塩化メチレンで抽出し、ロータリーエバポレーターを用いて溶媒を留去し、粗抽出物(22.9 mg)を得た。この粗抽出物はシリカゲルを担体とし、展開溶媒としてクロロホルム−メタノール(99:1→0:100)を用いたカラムクロマトグラフィーによって図1に示すように6つのフラクション(Fr.A〜Fr.G)に分画した。
【0040】
クロロホルム−メタノール(98:2)で溶出したFr.B(5.7 mg)は、シリカゲルを担体として、展開溶媒をヘキサン−酢酸エチル(4:1→2:1)を用いたカラムクロマトグラフィーによって3つのフラクション(Fr.B-A〜Fr.B-C)に分画した。そして、ヘキサン−酢酸エチル(2:1)で溶出したFr.B-Aから化合物1(1.8 mg)を得た。
【0041】
また、クロロホルム−メタノール(98:2)で溶出したFr.F(7.1 mg)は、シリカゲルを担体として、展開溶媒をヘキサン−酢酸エチル(2:1→1:1)を用いたカラムクロマトグラフィーによって3つのフラクション(Fr.F-A〜Fr.F-C)に分画した。そして、ヘキサン−酢酸エチル(2:1)で溶出したFr.F-Bから化合物2(4.5 mg)を得た。
【0042】
(3)構造決定
化合物1及び化合物2はMS、IR、1H-NMR、13C-NMR、DEPT、1H-1H COSY、1H-13C HMQC、1H-13C HMBCによって構造決定した。図2の(A)に化合物1の炭素番号を、(B)には化合物1の1H-1H COSY、1H-13C HMBC相関を示した。また、図3にはCDCl3中で測定した化合物1の1H-NMR、13C-NMRデータを示した。図4の(A)に化合物2の炭素番号を、(B)には化合物2の1H−1H COSY、1H-13C HMBC相関を示した。また、図5にはCDCl3中で測定した化合物2の1H-NMR、13C-NMRデータを示した。
【0043】
化合物1の諸性質及びスペクトルデータ(NMRデータは除く)を次の通りである。無色油状、[α]D26 +60.7 (c 0.09, CHCl3); IR νmax(film): 3450, 2973, 1693, 1643, 1587, 1441, 1390, 1201, 1128, 1043, 991 cm-1(NaCl); HRESI-MS m/z found 293.13859 [M+H]+
化合物2の諸性質及びスペクトルデータ(NMRデータは除く)は次の通りである。無色油状、[α]D26 +62.8 (c 0.23, CHCl3); IR νmax(film): 3421, 2974, 1708, 1643, 1581, 1442, 1394, 1205, 1126, 1043, 993 cm-1(NaCl); HRESI-MS m/z found 311.14924 [M+H]+
【0044】
化合物1はMS、1H-NMR、13C-NMR及びDEPTから分子式をC16H20O5と決定した。1H-1H COSY相関から図2(B)の太線で示された部分構造の存在が示唆された。H-16→C-15、C-14のHMBC相関とC-15の化学シフトからC-11からC-16までの部分構造を決定した。また、H-10→C-2、C-3、C-11のHMBC相関より、4級のC-2にメチル基とケトン基、先ほどの部分構造が結合していることが示唆された。ここで、H-9→C-8、C-7とH-7→C-6のHMBC相関とH-7とH-8のCOSY相関よりC-9からC-6までの部分構造を決定した。Me-17→C-5のHMBC相関、そしてC-5の化学シフトが大きく低磁場シフトしていたことから、図のような環を形成していることが示唆された。
【0045】
以上より化合物1は、4-[(2E)-ブタ-2-エノイル]-2-[(1E,3E)-5-ヒドロキシヘキサ-1,3-ジエン-1-イル]-5-メトキシ-2-メチルフラン-3(2H)-オン〔4-[(2E)-but-2-enoyl]-2-[(1E,3E)-5-hydroxyhexa-1,3-dien-1-yl]-5-methoxy-2-methylfuran-3(2H)-one〕(ペニシリオールA;Penicilliol Aと命名した)と決定した。
【0046】
化合物2はMS、1H−NMR、13C-NMR及びDEPTから分子式をC16H22O6と決定した。化合物2は化合物1よりH2Oだけ分子量が大きく、NMRシフトも化合物1とよく似ていたことから、化合物2は化合物1の二重結合が還元された上ヒドロキシル化されていることが示唆された。ここでH-7、H-8が化合物1よりも高磁場シフトしており、C-8の化学シフトよりC-8にヒドロキシル基が結合していることが示唆された。
【0047】
以上より化合物2は、4−(3−ヒドロキシブタノイル)−2−[(1E,3E)−5−ヒドロキシヘキサ−1,3−ジエン−1−イル]−5−メトキシ−2−メチルフラン−3(2H)−オン〔4−(3−hydroxybutanoyl)−2−[(1E,3E)−5−hydroxyhexa−1,3−dien−1−yl]−5−metoxy−2−methylfuran−3(2H)−one〕(ペニシリオールB;Penicilliol Bと命名した)と決定した。
【0048】
実施例2(DNA合成酵素阻害活性の検証)
上記実施例で得た化合物1(Penicilliol A)及び化合物2(Penicilliol B)のDNA合成酵素群に対する活性を以下の方法で測定した。
【0049】
DNA合成酵素として、哺乳類由来のDNA合成酵素α、β、γ、δ、ε、η、ι、κ、λ及びターミナル・デオキシヌクレオチジル・トランスフェラーゼ(TdT)、魚類由来のDNA合成酵素δ、昆虫由来のDNA合成酵素α、δ、ε、植物由来のDNA合成酵素α、λ、原核生物由来のDNA合成酵素について試験を行った。DNA合成酵素αは、子牛の胸腺から常法により抽出精製した標品を用いた。DNA合成酵素βは、ラット由来の該当遺伝子を、DNA合成酵素γ、η、κ、λは、ヒト由来の該当遺伝子を、DNA合成酵素ιは、マウス由来の該当遺伝子を、それぞれ通常の遺伝子組み換え法により大腸菌に組み込み、生産させた標品を用いた。DNA合成酵素δ、εは、ヒト癌細胞抽出液から抗体カラムを使用して精製した標品を用いた。TdTは子牛由来の該当遺伝子を、通常の遺伝子組み換え法により大腸菌に組み込み、生産させた試薬(製品コード:2230A)をタカラバイオ(株)から購入して使用した。魚DNA合成酵素δおよび植物DNA合成酵素αは、それぞれサクラマス精巣およびカリフラワーの花序組織から常法により抽出精製した標品を用いた。昆虫DNA合成酵素α、δ、εは、ショウジョウバエ初期胚の抽出液から抗体カラムを使用して精製した標品を用いた。植物DNA合成酵素λは、イネ由来の該当遺伝子を、通常の遺伝子組み換え法により大腸菌に組み込み、生産させた標品を用いた。原核生物DNA合成酵素群は、タカラバイオ(株)から購入して(大腸菌DNA合成酵素Iの製品コード:2130A、T4DNA合成酵素の製品コード:2040A、TaqDNA合成酵素の製品コード:RR001A)使用した。
【0050】
これらのDNA合成酵素に対する化合物1及び2の阻害作用の測定には、一般的なDNA合成酵素反応系(日本生化学会編、新生化学実験講座2、核酸IV、東京化学同人、63〜66頁)を用いた。すなわち、放射性同位元素で標識した[3H]-TTPを含む系においてDNA合成反応を行い、放射比活性を生成物(合成DNA鎖)量の指標とするものである。
【0051】
阻害率は、(a)コントロールでの合成DNA量、(b) 被検物質存在下での合成DNA量について、
b / a × 100 = DNA合成酵素残存活性(%)
として評価した。化合物1及び2の100μMにおけるDNA合成酵素残存活性の結果を図6(A)〜(C)に示した。図6に示したデータは3回の測定値の平均であり、各DNA合成酵素について、上のグラフ(黒色)が化合物1の結果であり、下のグラフ(灰色)が化合物2の結果である。
【0052】
図6(A)は、化合物1及び2の哺乳類由来のDNA合成酵素に対する阻害活性を示すグラフである。図6(A)に示すように、真核生物のDNA合成酵素は、その遺伝子配列の相同性や活性機能の違いからA、B、X、Yの4つのファミリーに分類される。化合物1及び化合物2は、哺乳類のDNA合成酵素のうちYファミリーと呼ばれるDNA合成酵素η、ι及びκを選択的に阻害した。調査したDNA合成酵素の中では、DNA合成酵素ιを最も強く阻害したので、図7に化合物1及び2のヒトDNA合成酵素ιに対する活性阻害曲線を示す。これより、DNA合成酵素ιに対する化合物1の50%阻害濃度(IC50値)は19.8μM、化合物2の50%阻害濃度は32.6μMであった。図7の結果から、化合物1の阻害活性は化合物2よりも強いことが分かった。
【0053】
一方で、化合物1及び2は、Aファミリーに属するDNA合成酵素γ、Bファミリーに属するDNA合成酵素α、δ、ε、Xファミリーに属するDNA合成酵素β、λ、TdTを、いずれも阻害しなかった。
【0054】
図6(B)は、化合物1及び2のさまざまな生物由来のDNA合成酵素に対する阻害活性を示すグラフである。図6(B)の結果から、化合物1及び2は、調査したDNA合成酵素のいずれも阻害しないことが分かった。
【0055】
図6(C)は、化合物1及び2の、DNA合成酵素以外のDNA代謝系酵素に対する阻害活性を示すグラフである。図6(C)の結果から、化合物1及び2は、子牛プライマーゼ、HIV-1逆転写酵素、ヒト由来テロメラーゼ、T7 RNA合成酵素、マウスIMP脱水素酵素、ヒトDNAトポイソメラーゼI及びII、T4ポリヌクレオチド・キナーゼ、牛DNA分解酵素I(DNase I)のいずれも阻害しないことが分かった。
【0056】
これらの結果から、化合物1及び2は、YファミリーのDNA合成酵素η、ι及びκを選択的に阻害することが分かった。
【0057】
DNA合成酵素は、癌細胞のような細胞分裂が盛んな細胞や組織に対して酵素活性が高い。従って、化合物1及び2は抗癌剤としての作用を有することが期待される。
【0058】
特に、YファミリーのDNA合成酵素はDNA修復を担っているため、癌組織に放射線や化学物質でDNAに傷を生じさせながら、これらの化合物を投与することにより、癌細胞を死滅させることができる。すなわち、本発明の化合物による癌の放射線治療や化学療法への併用効果が期待できる。
【0059】
実施例3(細胞増殖阻害活性の検証)
化合物1(Penicilliol A)及び化合物2(Penicilliol B)の癌細胞増殖阻害効果を次の方法を用いて評価した。
【0060】
本実験に用いた細胞は、ヒト大腸癌由来HCT116細胞である。培地としてはRPMI1640培地(日水製薬(株)製)に、牛胎児血清10%(v/v)を添加したものを用いた。培養は、5%CO2インキュベーターにて37℃で行った。
【0061】
上記に示した培地に、さまざまな濃度の化合物1及び2を溶解した。ただし、これらの化合物は水に難溶であるため、一度DMSO(ジメチルスルホキシド)に溶解し、そのものを上記の培地に溶かした。なお、培地中の培地内に存在するDMSOの終濃度は、すべての試験区で1%以下になっており、本測定例で用いたHCT116細胞の増殖の抑制にDMSOが関わる可能性は否定できる状態である。本試験のための培養は、96穴マイクロプレートで行った。各ウェルに3.0×105個の細胞を植え込み、1つの試験濃度に対し5ウェルずつ与えた。またポジティブコントロールとして、培地に1%のDMSOを含むものを用いた。
【0062】
化合物を添加後は、5%CO2インキュベーター内、37℃で24時間培養し、各試験区の細胞生存率の判定を行った。生存率の判定は、文献[「Rapid Colorimetric Assay for Cellular Growth and Surviva1: Application to Proliferation and Cytotoxicity Assays」、Tim Mosmann, J. Immunol. Methods、65巻、55頁(1983)]に記載されているMTTアッセイ法を用いた。即ち、上記24時間後テトラゾリウム塩MTTを添加し、更に4時間培養した。生細胞による還元を経て生産するホルマザン量を生細胞に比例するとみなし、570nmの光学密度(O.D.)で定量した。
【0063】
細胞生存率は次の式により算出した。
細胞生存率(%) = 試験区のO.D. [570 nm] / 対照区のO.D. [570 nm]
得られた結果を図8に示す。なお、図8に示したデータは5ウェルの平均である。
【0064】
図8の阻害曲線より、化合物1及び2は、ヒト大腸癌細胞HCT116の増殖を濃度依存的に阻害した。また、その50%増殖阻害濃度(LD50値)は、それぞれ38.1μM、54.3μMであった。この結果から、化合物1は化合物2よりも強いヒト癌細胞増殖抑制活性を有することが分かった。このことにより、YファミリーのDNA合成酵素を選択的に阻害する化合物1及び2が、実際にヒト癌細胞株に対する細胞増殖抑制効果を発揮し、抗癌剤として利用し得ることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】Penicillium daleae K.M. Zalesskyの培養液からシリカゲルカラムクロマトグラフィーによる化合物1及び2の単離・精製の工程を示す。
【図2】化合物1の化学構造である。
【図3】化合物1の1H-NMR、13C-NMRデータである。
【図4】化合物2の化学構造である。
【図5】化合物2の1H-NMR、13C-NMRデータである。
【図6−1】化合物1及び2の各100μMにおけるDNA合成酵素やDNA代謝系酵素に対する残存活性を示すグラフであって、(A)は哺乳類由来のDNA合成酵素に関するグラフである。
【図6−2】化合物1及び2の各100μMにおけるDNA合成酵素やDNA代謝系酵素に対する残存活性を示すグラフであって、(B)はさまざまな生物由来のDNA合成酵素に関するグラフであり、(C)はさまざまなDNA代謝系酵素に関するグラフである。
【図7】化合物1及び2のマウスDNA合成酵素ιに対する活性阻害曲線を示すグラフである。
【図8】化合物1及び2のヒト大腸癌細胞(HCT116 cells)に対する増殖阻害曲線を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩。
【化1】

(式中、R、R及びRは同一又は異なって、H又は保護基を示す。)
【請求項2】
請求項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有する医薬組成物。
【請求項3】
請求項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有するDNA合成酵素阻害剤。
【請求項4】
請求項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有する抗癌剤。
【請求項5】
請求項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を食品に配合してなる食用組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6−1】
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【図6−2】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−120882(P2010−120882A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−296396(P2008−296396)
【出願日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【出願人】(503218182)
【Fターム(参考)】