方向性電磁鋼板の製造方法
【課題】鉄損の低い方向性電磁鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】冷間圧延と巻取りとの間に、珪素鋼板の板幅方向にレーザビームを通板方向で所定の間隔をあけて複数回照射し溝を形成する溝形成工程を有し、前記レーザビームの平均強度をP(W)、前記レーザビームの集光スポットの前記通板方向の集光径をDl(mm)、前記板幅方向の集光径をDc(mm)、前記レーザビームの前記板幅方向の走査速度をVc(mm/s)、前記レーザビームの照射エネルギー密度Upを下記式1、前記レーザビームの瞬時パワー密度Ipを下記式2としたとき、下記の式3及び式4を満たす。Up=(4/π)×P/(Dl×Vc)…(式1)。Ip=(4/π)×P/(Dl×Dc)×(1/1000)…(式2)。1≦Up≦10(J/mm2)…(式3)。100(kW/mm2)≦Ip≦2000(kW/mm2)…(式4)。
【解決手段】冷間圧延と巻取りとの間に、珪素鋼板の板幅方向にレーザビームを通板方向で所定の間隔をあけて複数回照射し溝を形成する溝形成工程を有し、前記レーザビームの平均強度をP(W)、前記レーザビームの集光スポットの前記通板方向の集光径をDl(mm)、前記板幅方向の集光径をDc(mm)、前記レーザビームの前記板幅方向の走査速度をVc(mm/s)、前記レーザビームの照射エネルギー密度Upを下記式1、前記レーザビームの瞬時パワー密度Ipを下記式2としたとき、下記の式3及び式4を満たす。Up=(4/π)×P/(Dl×Vc)…(式1)。Ip=(4/π)×P/(Dl×Dc)×(1/1000)…(式2)。1≦Up≦10(J/mm2)…(式3)。100(kW/mm2)≦Ip≦2000(kW/mm2)…(式4)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスの鉄芯等に好適な方向性電磁鋼板の製造方法に関する。本願は、2010年9月9日に、日本に出願された特願2010−202394号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板の鉄損を低減するための技術として、地鉄の表面に歪みを導入して磁区を細分化する技術がある(特許文献3)。しかし、巻き鉄芯では、その製造工程で歪み取り焼鈍を行うため、焼鈍の際に、導入された歪みが緩和され、磁区の細分化が十分なものとならない。
【0003】
この欠点を補う方法として地鉄の表面に溝を形成する技術がある(特許文献1、2、4、5)。更に、地鉄の表面に溝を形成すると共に、この溝の底部から板厚方向に地鉄の裏面にわたる結晶粒界を形成する技術がある(特許文献6)。
【0004】
溝と粒界を形成する方法は鉄損改善効果が高い。しかし、特許文献6に記載された技術では、生産性が著しく低下する。これは、所望の効果を得るために溝の幅を30μm〜300μm程度とした上で、さらに結晶粒界の形成のために、溝へのSn等の付着及び焼鈍、溝への歪みの付加、又は溝への熱処理のためのレーザ光やプラズマ等の放射が必要となるからである。つまり、狭い溝に正確に合わせて、Snの付着、歪みの付加、レーザ光の放射等の処理を行うことは困難であり、これを実現するためには、少なくとも、通板速度を極めて遅くする必要があるからである。特許文献6には、溝を形成する方法として電解エッチングを行う方法が挙げられている。しかし、電解エッチングを行うためには、レジストの塗布、エッチング液を用いた腐食処理、レジストの除去、及び洗浄を行う必要がある。そのため、工数及び処理時間が大幅に増加する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】日本国特公昭62−53579号公報
【特許文献2】日本国特公昭62−54873号公報
【特許文献3】日本国特開昭56−51528号公報
【特許文献4】日本国特開平6−57335号公報
【特許文献5】日本国特開2003−129135号公報
【特許文献6】日本国特開平7−268474号公報
【特許文献7】日本国特開2000−109961号公報
【特許文献8】日本国特開平9−49024号公報
【特許文献9】日本国特開平9−268322号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、鉄損が低い方向性電磁鋼板を工業的に量産することができる方向性電磁鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決して係る目的を達成するために、本発明は以下の手段を採用した。
【0008】
(1)すなわち、本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、Siを含む珪素鋼板を通板方向に沿って移動させながら冷間圧延を行う冷間圧延工程と;前記珪素鋼板の脱炭及び一次再結晶を生じさせる第1の連続焼鈍工程と;前記珪素鋼板に焼鈍分離剤を塗布する焼鈍分離剤塗布工程と;前記珪素鋼板を巻き取って鋼板コイルを得る巻き取り工程と;前記冷間圧延工程から前記巻き取り工程にかけての間に、前記珪素鋼板の表面に対して、前記珪素鋼板の板幅方向の一端縁から他端縁にかけてレーザビームを前記通板方向で所定の間隔をあけて複数回照射して、前記レーザビームの軌跡に沿う溝を形成する溝形成工程と;前記鋼板コイルに二次再結晶を生じさせるバッチ焼鈍工程と;前記鋼板コイルを巻き解いて平坦化する第2の連続焼鈍工程と;前記珪素鋼板の表面に張力と電気的絶縁性を付与する連続コーティング工程と;をこの順に有し、前記バッチ焼鈍工程で、前記溝に沿って前記珪素鋼板の表裏を貫通する結晶粒界を生じさせ、前記レーザビームの平均強度をP(W)、前記レーザビームの集光スポットの前記通板方向の集光径をDl(mm)、前記板幅方向の集光径をDc(mm)、前記レーザビームの前記板幅方向の走査速度をVc(mm/s)、前記レーザビームの照射エネルギー密度Upを下記式1、前記レーザビームの瞬時パワー密度Ipを下記式2としたとき、下記の式3及び式4を満たす。
Up=(4/π)×P/(Dl×Vc)…(式1)
Ip=(4/π)×P/(Dl×Dc)×(1/1000)…(式2)
1≦Up≦10(J/mm2)…(式3)
100(kW/mm2)≦Ip≦2000(kW/mm2)…(式4)
【0009】
(2)上記(1)に記載の態様では、前記溝形成工程で、前記珪素鋼板の、前記レーザビームが照射される部分に10L/分以上500L/分以下の流量でガスを吹き付けてもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の上記態様によれば、工業的に量産することが可能な方法で鉄損の低い方向性電磁鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法を示す図である。
【図2】本発明の実施形態の変形例を示す図である。
【図3A】本発明の実施形態におけるレーザビームを走査する方法の他の例を示す図である。
【図3B】本発明の実施形態におけるレーザビームを走査する方法の他の例を示す図である。
【図4A】本発明の実施形態におけるレーザビーム集光スポットを示す図である。
【図4B】本発明の実施形態におけるレーザビーム集光スポットを示す図である。
【図5】本発明の実施形態において形成される溝及び結晶粒を示す図である。
【図6A】本発明の実施形態において形成される結晶粒界を示す図である。
【図6B】本発明の実施形態において形成される結晶粒界を示す図である。
【図7A】本発明の実施形態における珪素鋼板の表面の写真を示す図である。
【図7B】比較例の実施形態における珪素鋼板の表面の写真を示す図である。
【図8A】本発明の実施形態における結晶粒界の他の例を示す図である。
【図8B】本発明の実施形態における結晶粒界の他の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について、添付の図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法を示す図である。
【0013】
本実施形態では、図1に示すように、例えば2質量%〜4質量%のSiを含む珪素鋼板1に対して冷間圧延を行う。この珪素鋼板1は、例えば、溶鋼の連続鋳造、連続鋳造により得られたスラブの熱間圧延、及び熱間圧延により得られた熱間圧延鋼板の焼鈍等を経て作製される。この焼鈍の温度は、例えば約1100℃である。冷間圧延後の珪素鋼板1の厚さは、例えば0.2mm〜0.3mm程度とし、例えば、冷間圧延後に珪素鋼板1はコイル状に巻き取って冷延コイルとしておく。
【0014】
次いで、コイル状の珪素鋼板1を巻き解きながら、脱炭焼鈍炉3に供給し、焼鈍炉3内で第1の連続焼鈍、いわゆる脱炭焼鈍を行う。この焼鈍の温度は、例えば700℃〜900℃である。この焼鈍の際に、脱炭及び、一次再結晶が生じる。その結果、圧延方向に磁化容易軸が揃ったゴス方位の結晶粒が、ある程度の確率で形成される。その後、冷却装置4を用いて、脱炭焼鈍炉3から排出された珪素鋼板1を冷却する。続いて、MgOを主成分とする焼鈍分離剤の珪素鋼板1の表面への塗布5を行う。そして、焼鈍分離剤が塗布された珪素鋼板1をコイル状に巻き取って鋼板コイル31とする。
【0015】
本実施形態では、コイル状の珪素鋼板1を巻き解いてから脱炭焼鈍炉3に供給するまでの間に、レーザビーム照射装置2を用いて珪素鋼板1の表面に溝を形成する。その際、珪素鋼板1の板幅方向の一端縁から他端縁に向けてレーザビームを、所定の集光パワー密度Ip、かつ所定の集光エネルギー密度Upで通板方向に関して所定の間隔で複数回照射する。図2に示すように、レーザビーム照射装置2を冷却装置4よりも通板方向の下流側に配置し、冷却装置4による冷却から焼鈍分離剤の塗布5までの間に、珪素鋼板1の表面にレーザビームを照射してもよい。レーザビーム照射装置2を、焼鈍炉3よりも通板方向の上流側、冷却装置4よりも通板方向の下流側の双方に配置し、双方でレーザビームを照射してもよい。焼鈍炉3と冷却装置4との間にてレーザビームを照射してもよく、焼鈍炉3内又は冷却装置4内で照射してもよい。レーザビームによる溝の形成では、機械加工における溝形成と異なり、後述する溶融層を生じる。この溶融層は、脱炭焼鈍等では消失しないため、2次再結晶前のいずれの工程でレーザを照射してもその効果は得られる。
【0016】
レーザビームの照射は、例えば、図3Aに示すように、光源であるレーザ装置から出射されたレーザビーム9を、走査装置10が、珪素鋼板1の圧延方向であるL方向にほぼ垂直な板幅方向であるC方向に、所定の間隔PLで走査することにより行われる。この際、空気又は不活性ガス等のアシストガス25が珪素鋼板1のレーザビーム9が照射される部位に吹き付けられる。これらの結果、珪素鋼板1の表面のレーザビーム9が照射された部分に溝23が形成される。圧延方向は通板方向と一致している。
【0017】
レーザビームの珪素鋼板1の全幅にわたる走査は、1台の走査装置10により行われてもよく、図3Bに示すように、複数台の走査装置20により行われてもよい。複数台の走査装置20が用いられる場合、各走査装置20に入射してくるレーザビーム19の光源であるレーザ装置は1台のみ設けられていてもよく、走査装置20毎に1台ずつ設けられていてもよい。光源が1台の場合、この光源から出射されたレーザビームを分割してレーザビーム19とすればよい。複数台の走査装置20を用いることで、板幅方向に照射領域を複数に分割することが可能となるため、レーザビーム1本当たりに要する走査及び照射の時間が短縮される。従って、特に高速の通板設備に適している。
【0018】
レーザビーム9又は19は走査装置10又は20内のレンズで集光される。図4A及び図4Bに示すように、珪素鋼板1の表面におけるレーザビーム9又は19のレーザビーム集光スポット24の形状は、例えば、板幅方向であるC方向の径がDc、圧延方向であるL方向の径がDlの円形又は楕円形である。レーザビーム9又は19の走査は、例えば、走査装置10又は20内のポリゴンミラー等を用いて速度Vcで行われる。例えば、板幅方向の径であるC方向径Dcは0.4mm、圧延方向の径であるL方向径Dlは0.05mmとすることができる。
【0019】
光源であるレーザ装置としては、例えばCO2レーザを用いることができる。YAGレーザ、半導体レーザ、ファイバレーザ等の一般的に工業用に用いられる高出力レーザを使用してもよい。用いるレーザは、溝23と結晶粒26が安定して形成されればパルスレーザ及び連続波レーザのいずれでもよい。
【0020】
レーザビームの照射を行う際の珪素鋼板1の温度は特に限定しない。例えば、室温程度の珪素鋼板1に対してレーザビームの照射を行うことができる。レーザビームを走査する方向は板幅方向であるC方向と一致している必要はない。しかし、作業効率等の観点及び圧延方向に長い短冊状に磁区を細分する点から、走査方向と板幅方向であるC方向がなす角は45°以内であることが好ましい。20°以内であることがより好ましく、10°以内であることが更に一層好ましい。
【0021】
溝23の形成に好適なレーザビームの瞬時パワー密度Ip及び照射エネルギー密度Upについて説明する。本実施形態では、以下に示す理由により、式2で定義されるレーザビームのピークパワー密度すなわち瞬時パワー密度Ipが式4を満たしていることが好ましく、式1で定義されるレーザビームの照射エネルギー密度Upが式3を満たしていることが好ましい。
Up=(4/π)×P/(Dl×Vc) ・・・(式1)
Ip=(4/π)×P/(Dl×Dc)×(1/1000) ・・・(式2)
1≦Up≦10J/mm2 ・・・(式3)
100kW/mm2≦Ip≦2000kW/mm2 ・・・(式4)
ここで、Pはレーザビームの平均強度、すなわちパワー(W)を示し、Dlはレーザビームの集光スポットの圧延方向の径(mm)を示し、Dcはレーザビームの集光スポットの板幅方向の径(mm)を示し、Vcはレーザビームの板幅方向の走査速度(mm/s)を示す。
【0022】
珪素鋼板1にレーザビーム9が照射されると、照射された部分が溶融し、その一部が飛散又は蒸発する。その結果、溝23が形成される。溶融した部分のうち、飛散又は蒸発しなかった部分はそのまま残留し、レーザビーム9の照射終了後に凝固する。この凝固の際に、図5に示すように、溝の底部から珪素鋼板の内部に向かって長く伸びる柱状晶及び/又はレーザ非照射部に比べて粒径が大きい結晶粒、すなわち、一次再結晶により得られた結晶粒27とは形状の異なる結晶粒26が形成される。この結晶粒26が二次再結晶の際の結晶粒界成長の起点となる。
【0023】
上述の瞬時パワー密度Ipが100kW/mm2未満であると、珪素鋼板1の溶融及び飛散又は蒸発を十分に生じさせることが、困難になる。つまり、溝23を形成しにくくなる。一方、瞬時パワー密度Ipが2000kW/mm2を超えると、溶融した鋼の多くが飛散又は蒸発して、結晶粒26が形成されにくくなる。照射エネルギー密度Upが10J/mm2を超えると、珪素鋼板1の溶融する部分が多くなり、珪素鋼板1が変形しやすくなる。一方、照射エネルギー密度が1J/mm2未満であると、磁気特性に改善がみられない。これらの理由により、上記の式3及び式4が満たされていることが好ましい。
【0024】
レーザビームが照射される際、アシストガス25が、珪素鋼板1から飛散又は蒸発した成分をレーザビーム9の照射経路から除去するために吹き付けられる。この吹き付けにより、レーザビーム9が安定して珪素鋼板1に到達するため、溝23が安定して形成される。また、アシストガス25が吹き付けられることにより、当該成分の珪素鋼板1への再付着を抑制できる。これらの効果を十分に得るためには、アシストガス25の流量は、10L(リットル)/分以上とすることが好ましい。一方で、500L/分を超えると効果が飽和し、コストも高くなる。そのため、上限は、500L/分とすることが好ましい。
【0025】
上述してきた好ましい条件は、脱炭焼鈍と仕上焼鈍との間にレーザビームの照射を行う場合、並びに、脱炭焼鈍の前及び後にレーザビームの照射を行う場合も、同様である。
【0026】
図1を用いた説明に戻る。焼鈍分離剤の塗布5及び巻き取りの後、図1に示すように、鋼板コイル31を焼鈍炉6内に搬送し、鋼板コイル31の中心軸をほぼ鉛直方向にして載置する。その後、バッチ処理で鋼板コイル31のバッチ焼鈍、いわゆる仕上焼鈍を行う。このバッチ焼鈍の最高到達温度は、例えば1200℃程度とし、保持時間は、例えば20時間程度とする。このバッチ焼鈍の際に、二次再結晶が生じると共に、珪素鋼板1の表面にグラス皮膜が形成される。その後、焼鈍炉6から鋼板コイル31を取り出す。
上述の態様によって得られたグラス皮膜は、方向性電磁鋼板表面の溝部以外のMgの特性X線強度の平均値を1とした場合における溝部のMgの特性X線強度のX線強度比Irが0≦Ir≦0.9の範囲内であることが望ましい。この範囲であれば、良好な鉄損特性が得られる。
上記X線強度比は、EPMA(Electron Probe MicroAnalyser)等を用いて、測定することで得られる。
【0027】
続いて、鋼板コイル31を巻き解きながら、焼鈍炉7に供給し、焼鈍炉7内で第2の連続焼鈍、いわゆる平坦化焼鈍を行う。この第2の連続焼鈍の際に、仕上焼鈍時に発生した巻癖及び歪み変形が取り除かれ、珪素鋼板1が平坦になる。焼鈍条件としては、例えば、700℃以上900℃以下の温度で10秒以上120秒以下の保持とすることができる。次いで、珪素鋼板1の表面へのコーティング8を行う。コーティング8では、電気的絶縁性の確保、及び鉄損を低減する張力の作用が可能なものが塗布される。これらの一連の処理を経て方向性電磁鋼板32が製造される。コーティング8で皮膜が形成された後、例えば、保管及び搬送等の便宜のために、方向性電磁鋼板32をコイル状に巻き取る。
【0028】
上述の方法で方向性電磁鋼板32を製造すると、二次再結晶の際に、図6A及び図6Bに示すように、溝23に沿って珪素鋼板1の表裏を貫通する結晶粒界41が生じる。これは、結晶粒26がゴス方位の結晶粒に侵食されにくいために二次再結晶の終期まで残存することと、最終的にはゴス方位の結晶粒に吸収されるものの、その際には、溝23の両側から大きく成長してきた結晶粒が互いに侵食できないことが原因である。
【0029】
上記の実施形態に沿って製造された方向性電磁鋼板において、図7Aに示す結晶粒界が観察された。これら結晶粒界には、溝に沿って形成された結晶粒界41が含まれていた。また、レーザビームの照射を省略したことを除き上記の実施形態に沿って製造された方向性電磁鋼板において、図7Bに示す結晶粒界が観察された。
【0030】
図7A及び図7Bは、方向性電磁鋼板の表面からグラス皮膜等を除去し、地鉄を露出させた後に、その表面の酸洗を行って撮影された写真である。これらの写真には、二次再結晶により得られた結晶粒及び結晶粒界が現れている。
【0031】
上述の方法により製造された方向性電磁鋼板では、地鉄の表面に形成されている溝23によって、磁区細分化の効果が得られる。また、溝23に沿って珪素鋼板1の表裏を貫通する結晶粒界41によっても磁区細分化の効果が得られる。これらの相乗効果により鉄損をより低くすることができる。
【0032】
溝23は、所定のレーザビームの照射によって形成されているため、結晶粒界41の形成は、極めて容易である。即ち、溝23の形成後に、結晶粒界41の形成のための溝23の位置を基準にした位置合わせ等を行う必要がない。従って、通板速度の著しい低下等が必要なく、方向性電磁鋼板を工業的に量産することが可能である。
【0033】
レーザビームの照射は高速で行うことが可能であり、微小空間に集光して高エネルギー密度が得られる。従って、レーザビームの照射を行わない場合と比較しても処理に要する時間の増加は少ない。すなわち、レーザビームの照射の有無にかかわらず、冷延コイルを巻き解きながらの脱炭焼鈍等を行う処理における通板速度を、ほとんど変化させる必要がない。更に、レーザビームの照射を行う温度が制限されないため、レーザ照射装置の断熱機構等が不要である。従って、高温炉内での処理が必要となる場合と比較して、装置の構成を簡素なものにできる。
【0034】
溝23の深さは特に限定しないが、1μm以上30μm以下であることが好ましい。溝23の深さが1μm未満であると、磁区の細分化が十分とならないことがある。溝23の深さが30μmを超えると、磁性材料である珪素鋼板すなわち地鉄の量が低下し、磁束密度が低下する。より好ましくは、10μm以上、20μm以下である。溝23は、珪素鋼板の片面のみに形成されていてもよく、両面に形成されていてもよい。
【0035】
溝23の間隔PLは特に限定されないが、2mm以上10mm以下であることが好ましい。間隔PLが2mm未満であると、溝による磁束形成の阻害が顕著となり、トランスとして必要な十分な高磁束密度が形成され難くなる。一方、間隔PLが10mmを超えると、溝及び粒界による磁気特性改善効果が大きく減少する。
【0036】
上述の実施形態では、1つの溝23に沿って1つの結晶粒界41が形成されている。しかし、例えば、溝23の幅が広く、結晶粒26が圧延方向の広範囲にわたって形成されている場合には、二次再結晶の際に、一部の結晶粒26が他の結晶粒26よりも比較的早くに成長することがある。この場合、図8A及び図8Bに示すように、溝23の板厚方向下方に、ある程度の幅を持って溝23に沿った複数の結晶粒53が形成される。結晶粒53の圧延方向の粒径Wclは、0mm超であればよく、例えば1mm以上となるが、10mm以下となりやすい。粒径Wclが10mm以下となりやすいのは、二次再結晶時に最優先で成長する結晶粒がゴス方位の結晶粒54であり、結晶粒54によって成長が妨げられるからである。結晶粒53と結晶粒54との間には、溝23と略平行な結晶粒界51が存在する。隣り合う結晶粒53の間には、結晶粒界52が存在する。結晶粒53の板幅方向の粒径Wccは、例えば10mm以上となりやすい。結晶粒53は、板幅全体にわたって幅方向に一つの結晶粒として存在してもよく、その場合には、結晶粒界52は存在しなくてもよい。粒径については、例えば、以下の方法で測定することができる。グラス皮膜を除去し、酸洗を行って、地鉄を露出させた後に、圧延方向に300mm板幅方向に100mmの視野を観察し、目視または画像処理で結晶粒の圧延方向および板厚方向の寸法を測定し、その平均値を得る。
【0037】
溝23に沿って延びる結晶粒53は必ずしもゴス方位の結晶粒ではない。しかし、その大きさは限られているため、磁気特性への影響は極めて小さい。
【0038】
特許文献1〜9には、上記の実施形態のように、レーザビームの照射により溝を形成し、更に、二次再結晶の際にこの溝に沿って延びる結晶粒界を生じさせることは記載されていない。即ち、レーザビームを照射することが記載されていても、その照射のタイミング等が適当なものではないため、上記の実施形態で得られる効果を得ることはできない。
【実施例】
【0039】
(第1の実験)
第1の実験では、方向性電磁鋼用の鋼材の熱間圧延、焼鈍、及び冷間圧延を行い、珪素鋼板の厚さを0.23mmとし、これを巻き取って冷延コイルとした。冷延コイルは5個作製した。続いて、実施例No.1、No.2、No.3にあたる3個の冷延コイルについては、レーザビームの照射による溝の形成を行い、その後に、脱炭焼鈍を行って一次再結晶を生じさせた。レーザビームの照射は、ファイバレーザを使用して行った。いずれもパワーPは2000W、集光形状は、実施例No.1、No.2については、L方向径Dlが0.05mm、C方向径Dcが0.4mmである。実施例No.3については、L方向径Dlが0.04mm、C方向径Dcが0.04mmである。走査速度Vcは、実施例No.1とNo.3が10m/s、実施例No.2が、50m/sとした。従って、瞬時パワー密度Ipは実施例No.1、No.2が127kW/mm2であり、実施例No.3が1600kW/mm2である。照射エネルギー密度Upは、実施例No.1が5.1J/mm2、実施例No.2が1.0J/mm2、実施例No.3が6.4J/mm2である。照射ピッチPLは4mmとし、アシストガスとして空気を15L/分の流量で吹き付けた。この結果、形成された溝の幅は、実施例No.1、No.3が約0.06mmすなわち60μmで、実施例No.2が0.05mmすなわち50μmであった。溝の深さは実施例No.1が約0.02mmすなわち20μmで、実施例No.2が3μm、実施例No.3が30μmであった。幅のばらつきは±5μm以内、深さのばらつきは±2μm以内であった。
【0040】
比較例No.1にあたる他の1個の冷延コイルについては、エッチングによる溝の形成を行い、その後に、脱炭焼鈍を行って一次再結晶を生じさせた。この溝の形状は、上記のレーザビームの照射により形成された実施例No.1の溝の形状と同様のものとした。比較例No.2にあたる残りの1個の冷延コイルについては、溝の形成を行わずに、その後に、脱炭焼鈍を行って一次再結晶を生じさせた。
【0041】
実施例No.1、実施例No.2、実施例No.3、比較例No.1、比較例No.2のいずれにおいても、脱炭焼鈍後に、これらの珪素鋼板に、焼鈍分離剤の塗布、仕上焼鈍、平坦化焼鈍、及びコーティングを行った。このようにして、5種類の方向性電磁鋼板を製造した。
【0042】
これらの方向性電磁鋼板の組織を観察したところ、実施例No.1、実施例No.2、実施例No.3、比較例No.1、比較例No.2のいずれにおいても、二次再結晶により形成された二次再結晶粒が存在した。実施例No.1、実施例No.2、実施例No.3では、図6Aまたは図6Bに示す結晶粒界41と同様に、溝に沿った結晶粒界が存在したが、比較例No.1及び比較例No.2では、このような結晶粒界は存在しなかった。
【0043】
上記の各方向性電磁鋼板から、圧延方向の長さが300mm、板幅方向の長さが60mmの単板をそれぞれ30枚サンプリングし、単板磁気測定法(SST:Single Sheet Test)にて磁気特性の平均値を測定した。測定方法は、IEC60404−3:1982に準拠して実施した。磁気特性としては、磁束密度B8(T)及び鉄損W17/50(W/kg)を測定した。磁束密度B8は磁化力800A/mにおいて方向性電磁鋼板に発生する磁束密度である。磁束密度B8の値が大きい方向性電磁鋼板ほど、一定の磁化力で発生する磁束密度が大きいため、小型で効率の優れたトランスに適している。鉄損W17/50は、最大磁束密度が1.7T、周波数が50Hzの条件下で方向性電磁鋼板を交流励磁したときの鉄損である。鉄損W17/50の値が小さい方向性電磁鋼板ほど、エネルギー損失が低くトランスに適している。磁束密度B8(T)及び鉄損W17/50(W/kg)の各平均値を下記表1に示す。また、上記の単板サンプルについてEMPAを用いてX線強度比Irの測定を行った。各平均値を併せて下表1に示す。
【0044】
【表1】
【0045】
表1に示すように、実施例No.1、No.2、No.3では、比較例No.2と比較して、溝が形成された分だけ磁束密度B8が低かったが、溝及びこの溝に沿った結晶粒界が存在するため、著しく鉄損が低かった。実施例No.1、No.2、No.3では、比較例No.1と比較しても、溝に沿った結晶粒界が存在するため、鉄損が低かった。
【0046】
(第2の実験)
第2の実験では、レーザビームの照射条件に関する検証を行った。ここでは、下記の4種の条件でレーザビームの照射を行った。
【0047】
第1の条件では、連続波ファイバレーザを使用した。パワーPは2000W、L方向径Dlは0.05mm、C方向径Dcは0.4mm、走査速度Vcは5m/sとした。従って、瞬時パワー密度Ipは127kW/mm2であり、照射エネルギー密度Upは10.2J/mm2である。つまり、第1の実験の条件よりも、走査速度を半減させ、照射エネルギー密度Upを2倍にした。従って、第1の条件は式3を満たさない。この結果、照射部を起点にして鋼板の反り変形が発生した。反り角度が3°〜10°に達したため、コイル状に巻き取ることが困難であった。
【0048】
第2の条件でも、連続波ファイバレーザを使用した。また、パワーPは2000W、L方向径Dlは0.10mm、C方向径Dcは0.3mm、走査速度Vcは10m/sとした。従って、瞬時パワー密度Ipは85kW/mm2であり、照射エネルギー密度Upは2.5J/mm2である。つまり、第1の実験の条件よりも、L方向径Dl、C方向系Dcを変化させ、瞬時パワー密度Ipを小さくした。第2の条件は式4を満たさない。この結果、貫通する粒界を形成することが困難であった。
【0049】
第3の条件でも、連続波ファイバレーザを使用した。パワーPは2000W、L方向径Dlは0.03mm、C方向径Dcは0.03mm、走査速度Vcは10m/sとした。従って、瞬時パワー密度Ipは2800kW/mm2、照射エネルギー密度Upは8.5J/mm2である。つまり、第1の実験の条件よりも、L方向径Dlを小さくし、瞬時パワー密度Ipを大きくした。従って、第3の条件も式4を満たさない。この結果、溝に沿った結晶粒界を十分に形成することが困難であった。
【0050】
第4の条件でも、連続波ファイバレーザを使用した。パワーPは2000W、L方向径Dlは0.05mm、C方向径Dcは0.4mm、走査速度Vcは60m/sとした。従って、瞬時パワー密度Ipは127kW/mm2、照射エネルギー密度Upは0.8J/mm2である。つまり、第1の実験の条件よりも、走査速度を大きくし、照射エネルギー密度Upを小さくした。第4の条件は式3を満たさない。この結果、第4の条件は、深さが1μm以上の溝を形成することが困難であった。
【0051】
(第3の実験)
第3の実験では、アシストガスの流量を10L/分未満とした条件、及びアシストガスを供給しないという条件の2種類の条件でレーザビームの照射を行った。この結果、溝の深さを安定させることが困難であり、溝の幅のばらつきが±10μm以上、深さのばらつきが±5μm以上であった。このため、実施例と比較して磁気特性のばらつきが大きかった。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の態様によれば、工業的に量産することが可能な方法で鉄損の低い方向性電磁鋼板を得ることができる。
【符号の説明】
【0053】
1 珪素鋼板
2 レーザビーム照射装置
3、6、7 焼鈍炉
31 鋼板コイル
32 方向性電磁鋼板
9、19 レーザビーム
10、20 走査装置
23 溝
24 レーザビーム集光スポット
25 アシストガス
26、27、53、54 結晶粒
41、51、52 結晶粒界
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスの鉄芯等に好適な方向性電磁鋼板の製造方法に関する。本願は、2010年9月9日に、日本に出願された特願2010−202394号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板の鉄損を低減するための技術として、地鉄の表面に歪みを導入して磁区を細分化する技術がある(特許文献3)。しかし、巻き鉄芯では、その製造工程で歪み取り焼鈍を行うため、焼鈍の際に、導入された歪みが緩和され、磁区の細分化が十分なものとならない。
【0003】
この欠点を補う方法として地鉄の表面に溝を形成する技術がある(特許文献1、2、4、5)。更に、地鉄の表面に溝を形成すると共に、この溝の底部から板厚方向に地鉄の裏面にわたる結晶粒界を形成する技術がある(特許文献6)。
【0004】
溝と粒界を形成する方法は鉄損改善効果が高い。しかし、特許文献6に記載された技術では、生産性が著しく低下する。これは、所望の効果を得るために溝の幅を30μm〜300μm程度とした上で、さらに結晶粒界の形成のために、溝へのSn等の付着及び焼鈍、溝への歪みの付加、又は溝への熱処理のためのレーザ光やプラズマ等の放射が必要となるからである。つまり、狭い溝に正確に合わせて、Snの付着、歪みの付加、レーザ光の放射等の処理を行うことは困難であり、これを実現するためには、少なくとも、通板速度を極めて遅くする必要があるからである。特許文献6には、溝を形成する方法として電解エッチングを行う方法が挙げられている。しかし、電解エッチングを行うためには、レジストの塗布、エッチング液を用いた腐食処理、レジストの除去、及び洗浄を行う必要がある。そのため、工数及び処理時間が大幅に増加する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】日本国特公昭62−53579号公報
【特許文献2】日本国特公昭62−54873号公報
【特許文献3】日本国特開昭56−51528号公報
【特許文献4】日本国特開平6−57335号公報
【特許文献5】日本国特開2003−129135号公報
【特許文献6】日本国特開平7−268474号公報
【特許文献7】日本国特開2000−109961号公報
【特許文献8】日本国特開平9−49024号公報
【特許文献9】日本国特開平9−268322号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、鉄損が低い方向性電磁鋼板を工業的に量産することができる方向性電磁鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決して係る目的を達成するために、本発明は以下の手段を採用した。
【0008】
(1)すなわち、本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、Siを含む珪素鋼板を通板方向に沿って移動させながら冷間圧延を行う冷間圧延工程と;前記珪素鋼板の脱炭及び一次再結晶を生じさせる第1の連続焼鈍工程と;前記珪素鋼板に焼鈍分離剤を塗布する焼鈍分離剤塗布工程と;前記珪素鋼板を巻き取って鋼板コイルを得る巻き取り工程と;前記冷間圧延工程から前記巻き取り工程にかけての間に、前記珪素鋼板の表面に対して、前記珪素鋼板の板幅方向の一端縁から他端縁にかけてレーザビームを前記通板方向で所定の間隔をあけて複数回照射して、前記レーザビームの軌跡に沿う溝を形成する溝形成工程と;前記鋼板コイルに二次再結晶を生じさせるバッチ焼鈍工程と;前記鋼板コイルを巻き解いて平坦化する第2の連続焼鈍工程と;前記珪素鋼板の表面に張力と電気的絶縁性を付与する連続コーティング工程と;をこの順に有し、前記バッチ焼鈍工程で、前記溝に沿って前記珪素鋼板の表裏を貫通する結晶粒界を生じさせ、前記レーザビームの平均強度をP(W)、前記レーザビームの集光スポットの前記通板方向の集光径をDl(mm)、前記板幅方向の集光径をDc(mm)、前記レーザビームの前記板幅方向の走査速度をVc(mm/s)、前記レーザビームの照射エネルギー密度Upを下記式1、前記レーザビームの瞬時パワー密度Ipを下記式2としたとき、下記の式3及び式4を満たす。
Up=(4/π)×P/(Dl×Vc)…(式1)
Ip=(4/π)×P/(Dl×Dc)×(1/1000)…(式2)
1≦Up≦10(J/mm2)…(式3)
100(kW/mm2)≦Ip≦2000(kW/mm2)…(式4)
【0009】
(2)上記(1)に記載の態様では、前記溝形成工程で、前記珪素鋼板の、前記レーザビームが照射される部分に10L/分以上500L/分以下の流量でガスを吹き付けてもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の上記態様によれば、工業的に量産することが可能な方法で鉄損の低い方向性電磁鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法を示す図である。
【図2】本発明の実施形態の変形例を示す図である。
【図3A】本発明の実施形態におけるレーザビームを走査する方法の他の例を示す図である。
【図3B】本発明の実施形態におけるレーザビームを走査する方法の他の例を示す図である。
【図4A】本発明の実施形態におけるレーザビーム集光スポットを示す図である。
【図4B】本発明の実施形態におけるレーザビーム集光スポットを示す図である。
【図5】本発明の実施形態において形成される溝及び結晶粒を示す図である。
【図6A】本発明の実施形態において形成される結晶粒界を示す図である。
【図6B】本発明の実施形態において形成される結晶粒界を示す図である。
【図7A】本発明の実施形態における珪素鋼板の表面の写真を示す図である。
【図7B】比較例の実施形態における珪素鋼板の表面の写真を示す図である。
【図8A】本発明の実施形態における結晶粒界の他の例を示す図である。
【図8B】本発明の実施形態における結晶粒界の他の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について、添付の図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法を示す図である。
【0013】
本実施形態では、図1に示すように、例えば2質量%〜4質量%のSiを含む珪素鋼板1に対して冷間圧延を行う。この珪素鋼板1は、例えば、溶鋼の連続鋳造、連続鋳造により得られたスラブの熱間圧延、及び熱間圧延により得られた熱間圧延鋼板の焼鈍等を経て作製される。この焼鈍の温度は、例えば約1100℃である。冷間圧延後の珪素鋼板1の厚さは、例えば0.2mm〜0.3mm程度とし、例えば、冷間圧延後に珪素鋼板1はコイル状に巻き取って冷延コイルとしておく。
【0014】
次いで、コイル状の珪素鋼板1を巻き解きながら、脱炭焼鈍炉3に供給し、焼鈍炉3内で第1の連続焼鈍、いわゆる脱炭焼鈍を行う。この焼鈍の温度は、例えば700℃〜900℃である。この焼鈍の際に、脱炭及び、一次再結晶が生じる。その結果、圧延方向に磁化容易軸が揃ったゴス方位の結晶粒が、ある程度の確率で形成される。その後、冷却装置4を用いて、脱炭焼鈍炉3から排出された珪素鋼板1を冷却する。続いて、MgOを主成分とする焼鈍分離剤の珪素鋼板1の表面への塗布5を行う。そして、焼鈍分離剤が塗布された珪素鋼板1をコイル状に巻き取って鋼板コイル31とする。
【0015】
本実施形態では、コイル状の珪素鋼板1を巻き解いてから脱炭焼鈍炉3に供給するまでの間に、レーザビーム照射装置2を用いて珪素鋼板1の表面に溝を形成する。その際、珪素鋼板1の板幅方向の一端縁から他端縁に向けてレーザビームを、所定の集光パワー密度Ip、かつ所定の集光エネルギー密度Upで通板方向に関して所定の間隔で複数回照射する。図2に示すように、レーザビーム照射装置2を冷却装置4よりも通板方向の下流側に配置し、冷却装置4による冷却から焼鈍分離剤の塗布5までの間に、珪素鋼板1の表面にレーザビームを照射してもよい。レーザビーム照射装置2を、焼鈍炉3よりも通板方向の上流側、冷却装置4よりも通板方向の下流側の双方に配置し、双方でレーザビームを照射してもよい。焼鈍炉3と冷却装置4との間にてレーザビームを照射してもよく、焼鈍炉3内又は冷却装置4内で照射してもよい。レーザビームによる溝の形成では、機械加工における溝形成と異なり、後述する溶融層を生じる。この溶融層は、脱炭焼鈍等では消失しないため、2次再結晶前のいずれの工程でレーザを照射してもその効果は得られる。
【0016】
レーザビームの照射は、例えば、図3Aに示すように、光源であるレーザ装置から出射されたレーザビーム9を、走査装置10が、珪素鋼板1の圧延方向であるL方向にほぼ垂直な板幅方向であるC方向に、所定の間隔PLで走査することにより行われる。この際、空気又は不活性ガス等のアシストガス25が珪素鋼板1のレーザビーム9が照射される部位に吹き付けられる。これらの結果、珪素鋼板1の表面のレーザビーム9が照射された部分に溝23が形成される。圧延方向は通板方向と一致している。
【0017】
レーザビームの珪素鋼板1の全幅にわたる走査は、1台の走査装置10により行われてもよく、図3Bに示すように、複数台の走査装置20により行われてもよい。複数台の走査装置20が用いられる場合、各走査装置20に入射してくるレーザビーム19の光源であるレーザ装置は1台のみ設けられていてもよく、走査装置20毎に1台ずつ設けられていてもよい。光源が1台の場合、この光源から出射されたレーザビームを分割してレーザビーム19とすればよい。複数台の走査装置20を用いることで、板幅方向に照射領域を複数に分割することが可能となるため、レーザビーム1本当たりに要する走査及び照射の時間が短縮される。従って、特に高速の通板設備に適している。
【0018】
レーザビーム9又は19は走査装置10又は20内のレンズで集光される。図4A及び図4Bに示すように、珪素鋼板1の表面におけるレーザビーム9又は19のレーザビーム集光スポット24の形状は、例えば、板幅方向であるC方向の径がDc、圧延方向であるL方向の径がDlの円形又は楕円形である。レーザビーム9又は19の走査は、例えば、走査装置10又は20内のポリゴンミラー等を用いて速度Vcで行われる。例えば、板幅方向の径であるC方向径Dcは0.4mm、圧延方向の径であるL方向径Dlは0.05mmとすることができる。
【0019】
光源であるレーザ装置としては、例えばCO2レーザを用いることができる。YAGレーザ、半導体レーザ、ファイバレーザ等の一般的に工業用に用いられる高出力レーザを使用してもよい。用いるレーザは、溝23と結晶粒26が安定して形成されればパルスレーザ及び連続波レーザのいずれでもよい。
【0020】
レーザビームの照射を行う際の珪素鋼板1の温度は特に限定しない。例えば、室温程度の珪素鋼板1に対してレーザビームの照射を行うことができる。レーザビームを走査する方向は板幅方向であるC方向と一致している必要はない。しかし、作業効率等の観点及び圧延方向に長い短冊状に磁区を細分する点から、走査方向と板幅方向であるC方向がなす角は45°以内であることが好ましい。20°以内であることがより好ましく、10°以内であることが更に一層好ましい。
【0021】
溝23の形成に好適なレーザビームの瞬時パワー密度Ip及び照射エネルギー密度Upについて説明する。本実施形態では、以下に示す理由により、式2で定義されるレーザビームのピークパワー密度すなわち瞬時パワー密度Ipが式4を満たしていることが好ましく、式1で定義されるレーザビームの照射エネルギー密度Upが式3を満たしていることが好ましい。
Up=(4/π)×P/(Dl×Vc) ・・・(式1)
Ip=(4/π)×P/(Dl×Dc)×(1/1000) ・・・(式2)
1≦Up≦10J/mm2 ・・・(式3)
100kW/mm2≦Ip≦2000kW/mm2 ・・・(式4)
ここで、Pはレーザビームの平均強度、すなわちパワー(W)を示し、Dlはレーザビームの集光スポットの圧延方向の径(mm)を示し、Dcはレーザビームの集光スポットの板幅方向の径(mm)を示し、Vcはレーザビームの板幅方向の走査速度(mm/s)を示す。
【0022】
珪素鋼板1にレーザビーム9が照射されると、照射された部分が溶融し、その一部が飛散又は蒸発する。その結果、溝23が形成される。溶融した部分のうち、飛散又は蒸発しなかった部分はそのまま残留し、レーザビーム9の照射終了後に凝固する。この凝固の際に、図5に示すように、溝の底部から珪素鋼板の内部に向かって長く伸びる柱状晶及び/又はレーザ非照射部に比べて粒径が大きい結晶粒、すなわち、一次再結晶により得られた結晶粒27とは形状の異なる結晶粒26が形成される。この結晶粒26が二次再結晶の際の結晶粒界成長の起点となる。
【0023】
上述の瞬時パワー密度Ipが100kW/mm2未満であると、珪素鋼板1の溶融及び飛散又は蒸発を十分に生じさせることが、困難になる。つまり、溝23を形成しにくくなる。一方、瞬時パワー密度Ipが2000kW/mm2を超えると、溶融した鋼の多くが飛散又は蒸発して、結晶粒26が形成されにくくなる。照射エネルギー密度Upが10J/mm2を超えると、珪素鋼板1の溶融する部分が多くなり、珪素鋼板1が変形しやすくなる。一方、照射エネルギー密度が1J/mm2未満であると、磁気特性に改善がみられない。これらの理由により、上記の式3及び式4が満たされていることが好ましい。
【0024】
レーザビームが照射される際、アシストガス25が、珪素鋼板1から飛散又は蒸発した成分をレーザビーム9の照射経路から除去するために吹き付けられる。この吹き付けにより、レーザビーム9が安定して珪素鋼板1に到達するため、溝23が安定して形成される。また、アシストガス25が吹き付けられることにより、当該成分の珪素鋼板1への再付着を抑制できる。これらの効果を十分に得るためには、アシストガス25の流量は、10L(リットル)/分以上とすることが好ましい。一方で、500L/分を超えると効果が飽和し、コストも高くなる。そのため、上限は、500L/分とすることが好ましい。
【0025】
上述してきた好ましい条件は、脱炭焼鈍と仕上焼鈍との間にレーザビームの照射を行う場合、並びに、脱炭焼鈍の前及び後にレーザビームの照射を行う場合も、同様である。
【0026】
図1を用いた説明に戻る。焼鈍分離剤の塗布5及び巻き取りの後、図1に示すように、鋼板コイル31を焼鈍炉6内に搬送し、鋼板コイル31の中心軸をほぼ鉛直方向にして載置する。その後、バッチ処理で鋼板コイル31のバッチ焼鈍、いわゆる仕上焼鈍を行う。このバッチ焼鈍の最高到達温度は、例えば1200℃程度とし、保持時間は、例えば20時間程度とする。このバッチ焼鈍の際に、二次再結晶が生じると共に、珪素鋼板1の表面にグラス皮膜が形成される。その後、焼鈍炉6から鋼板コイル31を取り出す。
上述の態様によって得られたグラス皮膜は、方向性電磁鋼板表面の溝部以外のMgの特性X線強度の平均値を1とした場合における溝部のMgの特性X線強度のX線強度比Irが0≦Ir≦0.9の範囲内であることが望ましい。この範囲であれば、良好な鉄損特性が得られる。
上記X線強度比は、EPMA(Electron Probe MicroAnalyser)等を用いて、測定することで得られる。
【0027】
続いて、鋼板コイル31を巻き解きながら、焼鈍炉7に供給し、焼鈍炉7内で第2の連続焼鈍、いわゆる平坦化焼鈍を行う。この第2の連続焼鈍の際に、仕上焼鈍時に発生した巻癖及び歪み変形が取り除かれ、珪素鋼板1が平坦になる。焼鈍条件としては、例えば、700℃以上900℃以下の温度で10秒以上120秒以下の保持とすることができる。次いで、珪素鋼板1の表面へのコーティング8を行う。コーティング8では、電気的絶縁性の確保、及び鉄損を低減する張力の作用が可能なものが塗布される。これらの一連の処理を経て方向性電磁鋼板32が製造される。コーティング8で皮膜が形成された後、例えば、保管及び搬送等の便宜のために、方向性電磁鋼板32をコイル状に巻き取る。
【0028】
上述の方法で方向性電磁鋼板32を製造すると、二次再結晶の際に、図6A及び図6Bに示すように、溝23に沿って珪素鋼板1の表裏を貫通する結晶粒界41が生じる。これは、結晶粒26がゴス方位の結晶粒に侵食されにくいために二次再結晶の終期まで残存することと、最終的にはゴス方位の結晶粒に吸収されるものの、その際には、溝23の両側から大きく成長してきた結晶粒が互いに侵食できないことが原因である。
【0029】
上記の実施形態に沿って製造された方向性電磁鋼板において、図7Aに示す結晶粒界が観察された。これら結晶粒界には、溝に沿って形成された結晶粒界41が含まれていた。また、レーザビームの照射を省略したことを除き上記の実施形態に沿って製造された方向性電磁鋼板において、図7Bに示す結晶粒界が観察された。
【0030】
図7A及び図7Bは、方向性電磁鋼板の表面からグラス皮膜等を除去し、地鉄を露出させた後に、その表面の酸洗を行って撮影された写真である。これらの写真には、二次再結晶により得られた結晶粒及び結晶粒界が現れている。
【0031】
上述の方法により製造された方向性電磁鋼板では、地鉄の表面に形成されている溝23によって、磁区細分化の効果が得られる。また、溝23に沿って珪素鋼板1の表裏を貫通する結晶粒界41によっても磁区細分化の効果が得られる。これらの相乗効果により鉄損をより低くすることができる。
【0032】
溝23は、所定のレーザビームの照射によって形成されているため、結晶粒界41の形成は、極めて容易である。即ち、溝23の形成後に、結晶粒界41の形成のための溝23の位置を基準にした位置合わせ等を行う必要がない。従って、通板速度の著しい低下等が必要なく、方向性電磁鋼板を工業的に量産することが可能である。
【0033】
レーザビームの照射は高速で行うことが可能であり、微小空間に集光して高エネルギー密度が得られる。従って、レーザビームの照射を行わない場合と比較しても処理に要する時間の増加は少ない。すなわち、レーザビームの照射の有無にかかわらず、冷延コイルを巻き解きながらの脱炭焼鈍等を行う処理における通板速度を、ほとんど変化させる必要がない。更に、レーザビームの照射を行う温度が制限されないため、レーザ照射装置の断熱機構等が不要である。従って、高温炉内での処理が必要となる場合と比較して、装置の構成を簡素なものにできる。
【0034】
溝23の深さは特に限定しないが、1μm以上30μm以下であることが好ましい。溝23の深さが1μm未満であると、磁区の細分化が十分とならないことがある。溝23の深さが30μmを超えると、磁性材料である珪素鋼板すなわち地鉄の量が低下し、磁束密度が低下する。より好ましくは、10μm以上、20μm以下である。溝23は、珪素鋼板の片面のみに形成されていてもよく、両面に形成されていてもよい。
【0035】
溝23の間隔PLは特に限定されないが、2mm以上10mm以下であることが好ましい。間隔PLが2mm未満であると、溝による磁束形成の阻害が顕著となり、トランスとして必要な十分な高磁束密度が形成され難くなる。一方、間隔PLが10mmを超えると、溝及び粒界による磁気特性改善効果が大きく減少する。
【0036】
上述の実施形態では、1つの溝23に沿って1つの結晶粒界41が形成されている。しかし、例えば、溝23の幅が広く、結晶粒26が圧延方向の広範囲にわたって形成されている場合には、二次再結晶の際に、一部の結晶粒26が他の結晶粒26よりも比較的早くに成長することがある。この場合、図8A及び図8Bに示すように、溝23の板厚方向下方に、ある程度の幅を持って溝23に沿った複数の結晶粒53が形成される。結晶粒53の圧延方向の粒径Wclは、0mm超であればよく、例えば1mm以上となるが、10mm以下となりやすい。粒径Wclが10mm以下となりやすいのは、二次再結晶時に最優先で成長する結晶粒がゴス方位の結晶粒54であり、結晶粒54によって成長が妨げられるからである。結晶粒53と結晶粒54との間には、溝23と略平行な結晶粒界51が存在する。隣り合う結晶粒53の間には、結晶粒界52が存在する。結晶粒53の板幅方向の粒径Wccは、例えば10mm以上となりやすい。結晶粒53は、板幅全体にわたって幅方向に一つの結晶粒として存在してもよく、その場合には、結晶粒界52は存在しなくてもよい。粒径については、例えば、以下の方法で測定することができる。グラス皮膜を除去し、酸洗を行って、地鉄を露出させた後に、圧延方向に300mm板幅方向に100mmの視野を観察し、目視または画像処理で結晶粒の圧延方向および板厚方向の寸法を測定し、その平均値を得る。
【0037】
溝23に沿って延びる結晶粒53は必ずしもゴス方位の結晶粒ではない。しかし、その大きさは限られているため、磁気特性への影響は極めて小さい。
【0038】
特許文献1〜9には、上記の実施形態のように、レーザビームの照射により溝を形成し、更に、二次再結晶の際にこの溝に沿って延びる結晶粒界を生じさせることは記載されていない。即ち、レーザビームを照射することが記載されていても、その照射のタイミング等が適当なものではないため、上記の実施形態で得られる効果を得ることはできない。
【実施例】
【0039】
(第1の実験)
第1の実験では、方向性電磁鋼用の鋼材の熱間圧延、焼鈍、及び冷間圧延を行い、珪素鋼板の厚さを0.23mmとし、これを巻き取って冷延コイルとした。冷延コイルは5個作製した。続いて、実施例No.1、No.2、No.3にあたる3個の冷延コイルについては、レーザビームの照射による溝の形成を行い、その後に、脱炭焼鈍を行って一次再結晶を生じさせた。レーザビームの照射は、ファイバレーザを使用して行った。いずれもパワーPは2000W、集光形状は、実施例No.1、No.2については、L方向径Dlが0.05mm、C方向径Dcが0.4mmである。実施例No.3については、L方向径Dlが0.04mm、C方向径Dcが0.04mmである。走査速度Vcは、実施例No.1とNo.3が10m/s、実施例No.2が、50m/sとした。従って、瞬時パワー密度Ipは実施例No.1、No.2が127kW/mm2であり、実施例No.3が1600kW/mm2である。照射エネルギー密度Upは、実施例No.1が5.1J/mm2、実施例No.2が1.0J/mm2、実施例No.3が6.4J/mm2である。照射ピッチPLは4mmとし、アシストガスとして空気を15L/分の流量で吹き付けた。この結果、形成された溝の幅は、実施例No.1、No.3が約0.06mmすなわち60μmで、実施例No.2が0.05mmすなわち50μmであった。溝の深さは実施例No.1が約0.02mmすなわち20μmで、実施例No.2が3μm、実施例No.3が30μmであった。幅のばらつきは±5μm以内、深さのばらつきは±2μm以内であった。
【0040】
比較例No.1にあたる他の1個の冷延コイルについては、エッチングによる溝の形成を行い、その後に、脱炭焼鈍を行って一次再結晶を生じさせた。この溝の形状は、上記のレーザビームの照射により形成された実施例No.1の溝の形状と同様のものとした。比較例No.2にあたる残りの1個の冷延コイルについては、溝の形成を行わずに、その後に、脱炭焼鈍を行って一次再結晶を生じさせた。
【0041】
実施例No.1、実施例No.2、実施例No.3、比較例No.1、比較例No.2のいずれにおいても、脱炭焼鈍後に、これらの珪素鋼板に、焼鈍分離剤の塗布、仕上焼鈍、平坦化焼鈍、及びコーティングを行った。このようにして、5種類の方向性電磁鋼板を製造した。
【0042】
これらの方向性電磁鋼板の組織を観察したところ、実施例No.1、実施例No.2、実施例No.3、比較例No.1、比較例No.2のいずれにおいても、二次再結晶により形成された二次再結晶粒が存在した。実施例No.1、実施例No.2、実施例No.3では、図6Aまたは図6Bに示す結晶粒界41と同様に、溝に沿った結晶粒界が存在したが、比較例No.1及び比較例No.2では、このような結晶粒界は存在しなかった。
【0043】
上記の各方向性電磁鋼板から、圧延方向の長さが300mm、板幅方向の長さが60mmの単板をそれぞれ30枚サンプリングし、単板磁気測定法(SST:Single Sheet Test)にて磁気特性の平均値を測定した。測定方法は、IEC60404−3:1982に準拠して実施した。磁気特性としては、磁束密度B8(T)及び鉄損W17/50(W/kg)を測定した。磁束密度B8は磁化力800A/mにおいて方向性電磁鋼板に発生する磁束密度である。磁束密度B8の値が大きい方向性電磁鋼板ほど、一定の磁化力で発生する磁束密度が大きいため、小型で効率の優れたトランスに適している。鉄損W17/50は、最大磁束密度が1.7T、周波数が50Hzの条件下で方向性電磁鋼板を交流励磁したときの鉄損である。鉄損W17/50の値が小さい方向性電磁鋼板ほど、エネルギー損失が低くトランスに適している。磁束密度B8(T)及び鉄損W17/50(W/kg)の各平均値を下記表1に示す。また、上記の単板サンプルについてEMPAを用いてX線強度比Irの測定を行った。各平均値を併せて下表1に示す。
【0044】
【表1】
【0045】
表1に示すように、実施例No.1、No.2、No.3では、比較例No.2と比較して、溝が形成された分だけ磁束密度B8が低かったが、溝及びこの溝に沿った結晶粒界が存在するため、著しく鉄損が低かった。実施例No.1、No.2、No.3では、比較例No.1と比較しても、溝に沿った結晶粒界が存在するため、鉄損が低かった。
【0046】
(第2の実験)
第2の実験では、レーザビームの照射条件に関する検証を行った。ここでは、下記の4種の条件でレーザビームの照射を行った。
【0047】
第1の条件では、連続波ファイバレーザを使用した。パワーPは2000W、L方向径Dlは0.05mm、C方向径Dcは0.4mm、走査速度Vcは5m/sとした。従って、瞬時パワー密度Ipは127kW/mm2であり、照射エネルギー密度Upは10.2J/mm2である。つまり、第1の実験の条件よりも、走査速度を半減させ、照射エネルギー密度Upを2倍にした。従って、第1の条件は式3を満たさない。この結果、照射部を起点にして鋼板の反り変形が発生した。反り角度が3°〜10°に達したため、コイル状に巻き取ることが困難であった。
【0048】
第2の条件でも、連続波ファイバレーザを使用した。また、パワーPは2000W、L方向径Dlは0.10mm、C方向径Dcは0.3mm、走査速度Vcは10m/sとした。従って、瞬時パワー密度Ipは85kW/mm2であり、照射エネルギー密度Upは2.5J/mm2である。つまり、第1の実験の条件よりも、L方向径Dl、C方向系Dcを変化させ、瞬時パワー密度Ipを小さくした。第2の条件は式4を満たさない。この結果、貫通する粒界を形成することが困難であった。
【0049】
第3の条件でも、連続波ファイバレーザを使用した。パワーPは2000W、L方向径Dlは0.03mm、C方向径Dcは0.03mm、走査速度Vcは10m/sとした。従って、瞬時パワー密度Ipは2800kW/mm2、照射エネルギー密度Upは8.5J/mm2である。つまり、第1の実験の条件よりも、L方向径Dlを小さくし、瞬時パワー密度Ipを大きくした。従って、第3の条件も式4を満たさない。この結果、溝に沿った結晶粒界を十分に形成することが困難であった。
【0050】
第4の条件でも、連続波ファイバレーザを使用した。パワーPは2000W、L方向径Dlは0.05mm、C方向径Dcは0.4mm、走査速度Vcは60m/sとした。従って、瞬時パワー密度Ipは127kW/mm2、照射エネルギー密度Upは0.8J/mm2である。つまり、第1の実験の条件よりも、走査速度を大きくし、照射エネルギー密度Upを小さくした。第4の条件は式3を満たさない。この結果、第4の条件は、深さが1μm以上の溝を形成することが困難であった。
【0051】
(第3の実験)
第3の実験では、アシストガスの流量を10L/分未満とした条件、及びアシストガスを供給しないという条件の2種類の条件でレーザビームの照射を行った。この結果、溝の深さを安定させることが困難であり、溝の幅のばらつきが±10μm以上、深さのばらつきが±5μm以上であった。このため、実施例と比較して磁気特性のばらつきが大きかった。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の態様によれば、工業的に量産することが可能な方法で鉄損の低い方向性電磁鋼板を得ることができる。
【符号の説明】
【0053】
1 珪素鋼板
2 レーザビーム照射装置
3、6、7 焼鈍炉
31 鋼板コイル
32 方向性電磁鋼板
9、19 レーザビーム
10、20 走査装置
23 溝
24 レーザビーム集光スポット
25 アシストガス
26、27、53、54 結晶粒
41、51、52 結晶粒界
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Siを含む珪素鋼板を通板方向に沿って移動させながら冷間圧延を行う冷間圧延工程と;
前記珪素鋼板の脱炭及び一次再結晶を生じさせる第1の連続焼鈍工程と;
前記珪素鋼板に焼鈍分離剤を塗布する焼鈍分離剤塗布工程と;
前記珪素鋼板を巻き取って鋼板コイルを得る巻き取り工程と;
前記冷間圧延工程から前記巻き取り工程にかけての間に、前記珪素鋼板の表面に対して、前記珪素鋼板の板幅方向の一端縁から他端縁にかけてレーザビームを前記通板方向で所定の間隔をあけて複数回照射して、前記レーザビームの軌跡に沿う溝を形成する溝形成工程と;
前記鋼板コイルに二次再結晶を生じさせるバッチ焼鈍工程と;
前記鋼板コイルを巻き解いて平坦化する第2の連続焼鈍工程と;
前記珪素鋼板の表面に張力と電気的絶縁性を付与する連続コーティング工程と;
をこの順に有し、
前記バッチ焼鈍工程で、前記溝に沿って前記珪素鋼板の表裏を貫通する結晶粒界を生じさせ、
前記レーザビームの平均強度をP(W)、前記レーザビームの集光スポットの前記通板方向の集光径をDl(mm)、前記板幅方向の集光径をDc(mm)、前記レーザビームの前記板幅方向の走査速度をVc(mm/s)、前記レーザビームの照射エネルギー密度Upを下記式1、前記レーザビームの瞬時パワー密度Ipを下記式2としたとき、下記の式3及び式4を満たす
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
Up=(4/π)×P/(Dl×Vc)…(式1)
Ip=(4/π)×P/(Dl×Dc)×(1/1000)…(式2)
1≦Up≦10(J/mm2)…(式3)
100(kW/mm2)≦Ip≦2000(kW/mm2)…(式4)
【請求項2】
前記溝形成工程で、前記珪素鋼板の、前記レーザビームが照射される部分に10L/分以上500L/分以下の流量でガスを吹き付けることを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項1】
Siを含む珪素鋼板を通板方向に沿って移動させながら冷間圧延を行う冷間圧延工程と;
前記珪素鋼板の脱炭及び一次再結晶を生じさせる第1の連続焼鈍工程と;
前記珪素鋼板に焼鈍分離剤を塗布する焼鈍分離剤塗布工程と;
前記珪素鋼板を巻き取って鋼板コイルを得る巻き取り工程と;
前記冷間圧延工程から前記巻き取り工程にかけての間に、前記珪素鋼板の表面に対して、前記珪素鋼板の板幅方向の一端縁から他端縁にかけてレーザビームを前記通板方向で所定の間隔をあけて複数回照射して、前記レーザビームの軌跡に沿う溝を形成する溝形成工程と;
前記鋼板コイルに二次再結晶を生じさせるバッチ焼鈍工程と;
前記鋼板コイルを巻き解いて平坦化する第2の連続焼鈍工程と;
前記珪素鋼板の表面に張力と電気的絶縁性を付与する連続コーティング工程と;
をこの順に有し、
前記バッチ焼鈍工程で、前記溝に沿って前記珪素鋼板の表裏を貫通する結晶粒界を生じさせ、
前記レーザビームの平均強度をP(W)、前記レーザビームの集光スポットの前記通板方向の集光径をDl(mm)、前記板幅方向の集光径をDc(mm)、前記レーザビームの前記板幅方向の走査速度をVc(mm/s)、前記レーザビームの照射エネルギー密度Upを下記式1、前記レーザビームの瞬時パワー密度Ipを下記式2としたとき、下記の式3及び式4を満たす
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
Up=(4/π)×P/(Dl×Vc)…(式1)
Ip=(4/π)×P/(Dl×Dc)×(1/1000)…(式2)
1≦Up≦10(J/mm2)…(式3)
100(kW/mm2)≦Ip≦2000(kW/mm2)…(式4)
【請求項2】
前記溝形成工程で、前記珪素鋼板の、前記レーザビームが照射される部分に10L/分以上500L/分以下の流量でガスを吹き付けることを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図4A】
【図4B】
【図5】
【図6A】
【図6B】
【図8A】
【図8B】
【図7A】
【図7B】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図4A】
【図4B】
【図5】
【図6A】
【図6B】
【図8A】
【図8B】
【図7A】
【図7B】
【公開番号】特開2013−36121(P2013−36121A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−203630(P2012−203630)
【出願日】平成24年9月14日(2012.9.14)
【分割の表示】特願2012−502792(P2012−502792)の分割
【原出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年9月14日(2012.9.14)
【分割の表示】特願2012−502792(P2012−502792)の分割
【原出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】
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