説明

曲げ性に優れた超高強度冷延鋼板

【課題】曲げ性および耐遅れ破壊特性に優れた薄物の超高強度冷延鋼板を提供する。
【解決手段】C:0.15〜0.30%、Si:0.01〜1.8%、Mn:1.5〜3.0%、P:0.05%以下、S:0.005%以下、Al:0.005〜0.05%、N:0.005%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、以下の式を満たす鋼板表層軟質部を有し、Hv(S)/Hv(C)≦0.8・・・・・(1)Hv(S):鋼板表層軟質部の硬度、Hv(C):鋼板中心部の硬度0.10≦t(S)/t≦0.30・・・・・(2)t(S):鋼板表層軟質部の厚さ、t:板厚かつ前記鋼板表層軟質部は焼戻しマルテンサイトが体積率90%以上であり、前記鋼板中心部の組織は焼戻しマルテンサイトであり、引張強度が1270MPa以上であることを特徴とする曲げ性に優れる超高強度冷延鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた曲げ性および耐遅れ破壊特性が要求される自動車用部品の強度部材等に好適な鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保全につながる燃費向上の観点から、自動車用鋼板の高強度化が強く求められている。自動車会社では、CO排出量規制強化に対応するため、引張強度で1270MPaを超える鋼板の適用検討も開始している。部品をより軽量化する観点からはさらなる鋼板の薄肉化が指向されており、板厚0.8〜1.6mmの薄物に対する要望も強くなってきている。一般的に、引張強度1270MPa以上の超高強度冷延鋼板では、絞り成形や張出し成形といった軟鋼板で適用される成形手法は適用できず、成形手法としては曲げ成形および伸びフランジ成形が主体となる。したがって、自動車の構造部品として超高強度冷延鋼板を用いる場合、良好な曲げ性および伸びフランジ性を備えることが重要な選定基準となる。さらに、引張強度1270MPa以上の超高強度冷延鋼板では、遅れ破壊が懸念されることから、良好な耐遅れ破壊特性を具備する必要もある。
【0003】
加工性の良い超高強度冷延鋼板として、軟らかいフェライト地に硬質のマルテンサイトを分散させて強度と加工性とを同時に高めたDP鋼が知られており、広く用いられている。しかし、このDP鋼は、確かに延性は良好であるものの曲げ性に問題があり、厳しい曲げ加工を行われて製造される部品には適用できない。また軟質なフェライトの存在のため、1270MPaを超える引張強度の確保は困難である。
【0004】
ところで、鋼板の曲げ加工においては、曲げ外周表層部の円周方向に大きな引張応力が、また、曲げ内周表層部に大きな圧縮応力がかかるため、超高強度冷延鋼板の曲げ性には表層部の状態も大きく影響し、表層に軟質層を有することで、曲げ加工時に鋼板表面に生じる引張応力、圧縮応力を緩和し、曲げ性が改善されることが知られている。このような表層に軟質層を有する高強度鋼板に関しては、特許文献1〜4に以下のような鋼板および製造方法が開示されている。
【0005】
まず、特許文献1では、曲げ加工性とスポット溶接性を改善することを目的とし、表層を脱炭焼鈍し、表層に10vol%の軟質層と内層に10vol%以上の残留オーステナイトを含む硬質中心層を有する高強度鋼板およびその製造方法が開示されている。しかしながら、中心層に残留オーステナイトを10vol%以上も含有させるため、成形時にマルテンサイトを形成し、軟質なフェライトと硬質相の界面でボイドを生成し、亀裂発生、亀裂の伝播が容易に起こるため、曲げ性に悪影響を及ぼす場合がある。
【0006】
特許文献2では、表層にC:0.1wt%以下の軟質層を両面に3〜15%有し、残部を10%未満の残留オーステナイトと低温変態相あるいはフェライトとの複合組織とする冷延鋼板および製造方法が開示されている。しかしながら、表層にC:0.1wt%以下の軟質層を有することは、鋼板の表面硬度が極端に低下し疲労特性が低下するので好ましくない。また、遅れ破壊に関する記載も一切無い。
【0007】
特許文献3では、表層10μm〜200μmの部分がフェライト主体からなり、内層部分が、ベイナイト、マルテンサイトを主体とする冷延鋼板およびその製造方法が記載されている。しかしながら、表層10μm〜200μmの部分はフェライト主体であり、疲労特性が劣位となる問題があり好ましくない。
【0008】
特許文献4では、表層10μm以内を除き、金属組織が実質的にマルテンサイト単相とした伸びフランジ性に優れた冷延鋼板および製造方法が記載されている。厚さが10μm以内の最表層にフェライトが生成することがある、と記載されているが、表層軟質層を積極的に生成させ、生成量を制御し加工性を向上するという技術ではなく、しかも曲げ性が不充分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平2−175839号公報
【特許文献2】特開平5−195149号公報
【特許文献3】特開平10−130782号公報
【特許文献4】特開2002−161336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以上のように、現状では、良好な曲げ性と1270MPa以上の高強度を両立し、かつ耐遅れ破壊特性に優れた超高強度冷延鋼板は得られていない。
本発明は、上記問題点を解決するためになされたもので、曲げ性および耐遅れ破壊特性に優れた板厚0.8〜1.6mmの超高強度冷延鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋼成分及び金属組織などの面から鋭意研究した。その結果、鋼成分を適正範囲に制御し、かつ組織を最適化することにより、優れた曲げ性と1270MPa以上の引張強度を有すると同時に、成形後の遅れ破壊特性に優れた薄物の超高強度冷延鋼板が得られることを見出した。
【0012】
本発明は、以上の知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
(1) mass%で、C:0.15〜0.30%、Si:0.01〜1.8%、Mn:1.5〜3.0%、P:0.05%以下、S:0.005%以下、Al:0.005〜0.05%、N:0.005%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、以下の(1)および(2)で規定する式を満たす鋼板表層軟質部を有し、
Hv(S)/Hv(C) ≦ 0.8 ・・・・・(1)
Hv(S):鋼板表層軟質部の硬度、Hv(C):鋼板中心部の硬度
0.10 ≦ t(S)/t ≦ 0.30 ・・・・・(2)
t(S):鋼板表層軟質部の厚さ、t:板厚
かつ前記鋼板表層軟質部は焼戻しマルテンサイトが体積率90%以上であり、
前記鋼板中心部の組織は焼戻しマルテンサイトであり、
引張強度が1270MPa以上であることを特徴とする曲げ性に優れる超高強度冷延鋼板。
(2)さらに、mass%で、Ti:0.001〜0.10%、Nb:0.001〜0.10%、V:0.01〜0.50%のうちから1種以上を含有することを特徴とする(1)に記載の曲げ性に優れる超高強度冷延鋼板。
(3)さらに、mass%で、B:0.0001〜0.005%を含有することを特徴とする(1)または(2)に記載の曲げ性に優れる超高強度冷延鋼板。
(4)さらに、mass%で、Cu:0.01〜0.50%、Ni:0.01〜0.50%、Mo:0.01〜0.50%、Cr:0.01〜0.50%のうちから1種以上を含有することを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の曲げ性に優れる超高強度冷延鋼板。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、引張強度1270MPa以上の超高強度を有し、しかも曲げ性と耐遅れ破壊特性にも優れた薄物の超高強度冷延鋼板を得ることができ、従来、高強度鋼板の適用が困難であった、例えば自動車構造部材等の難成形の部材として適用することが可能となる。さらに、自動車構造部材として本発明の超高強度冷延鋼板を用いた場合、自動車の軽量化、安全性向上などに寄与し、産業上極めて有益である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
まず、本発明にかかる化学成分および金属組織に分けて具体的に説明する。また、以下、化学成分の%表示は特に言及しない限り、すべて質量%(mass%)を意味する。
【0015】
[化学成分]
C:0.15〜0.30%
Cは低温変態相を利用して鋼を強化するために必要不可欠である。一般に、低温変態相の強度はC量に比例する傾向にある。鋼板表層に軟質部が存在し、1270MPa以上の引張強度を得るにはCは0.15%以上必要である。しかし、Cを0.30%超えて含有すると、溶接部靭性が著しく劣化する。また、鋼板の強度が大きくなりすぎ、鋼板の延性など加工性も著しく低下する傾向にある。以上より、Cは0.15%以上0.30%以下とする。好ましくは、0.15%以上0.25%以下が望ましい。
【0016】
Si:0.01〜1.8%
Siは延性を改善するとともに強度向上に寄与する元素であり、その効果は0.01%未満では発揮されない。一方、1.8%を越えて含有してもその効果は飽和する。また過度に含有することにより抵抗溶接時の電気抵抗の増加を伴い溶接性を阻害し、また、化成処理、塗装後耐食性を劣化させる傾向がある。以上より、Siは0.01%以上1.8%以下とする。好ましくは、0.01%以上1.0%以下とする。
【0017】
Mn:1.5〜3.0%
Mnは、Ar変態点を低下させる作用を通じ、結晶粒の微細化に寄与し、延性や穴拡げ率λを大きく低下させることなく強度を高める作用を有する。また、Mnは、Sによる熱間脆性に起因する表面割れを抑制する重要な元素でもある。さらに、Mnはオ−ステナイト安定化元素であり、強度確保の点から加熱焼鈍時に存在するオ−ステナイトから冷却過程において安定的に低温変態相を得るには、Mnは1.5%以上必要である。一方、3.0%を越えて含有すると、Mnの偏析などに起因し組織は不均一化し、加工性や成形後の耐遅れ破壊特性が劣化する傾向にある。以上より、Mnは1.5%以上3.0%以下とする。
【0018】
P:0.05%以下
Pは、鋼中に固溶して鋼板の強化に寄与する元素である。一方で、粒界への偏析により粒界の結合力を低下させ加工性を劣化させ、また鋼板表面への濃化により化成処理性、耐食性などを低下させる元素でもある。Pが0.05%を超えると、上記悪影響は顕著に現れる。このため、Pは0.05%以下にする必要がある。なお、Pの過度の低減は製造コストの増加を伴うため、この観点を考慮し、Pは0.001%以上とすることができる。
【0019】
S:0.005%以下
Sは加工性に悪影響を及ぼす元素である。Sが増加するとMnSの介在物として存在し、特に材料の局部的な延性を低下させ、加工性を低下させる。また硫化物の存在により溶接部靭性も悪くなる。Sを0.005%以下とすることにより、このような悪影響を避けることができ、プレス加工性を顕著に改善することが可能となる。このため、Sを0.005%以下とする。なお、Sの過度の低減は製造コストの増加を伴うため、この観点を考慮して、Sは0.0001%以上とすることができる。
【0020】
Al:0.005〜0.05%
Alは、脱酸および炭化物形成元素の歩留りを向上させるために有効な元素であり、この効果を十分に発揮するためには、Alとして、0.005%以上が必要である。また、鋼板清浄度を向上させるために必須の元素でもあり、この点からもAlとして、0.005%以上必要である。Alが0.005%未満の場合、Si系介在物の除去が不完全となり、遅れ破壊の起点が多数存在することになり、遅れ破壊しやすくなる。一方、Alを0.05%を超えて添加した場合、効果が飽和するのみでなく、加工性が劣化し、表面欠陥の発生傾向の増大などの問題を生じる。以上より、Alは0.005%以上0.05%以下とする。
【0021】
N:0.005%以下
Nの含有量が多い場合、窒化物を多数形成し、遅れ破壊の起点となり遅れ破壊しやすくなる。そのためにNは0.005%以下に制限する必要がある。なお、Nの過度の低減は製造コストの増加を伴うため、この観点を考慮して、Nは0.0001%以上とすることができる。
【0022】
また、本発明鋼では上記成分範囲に加えて、下記の元素を含有することができる。
Ti、Nb、Vは、添加すれば、結晶粒を微細化し組織の均一化に寄与することにより、遅れ破壊を抑制する効果がある。この効果が発揮されるのは、Ti、Nbでは0.001%以上であり、Vは0.01%以上である。しかし、いずれも多量に含有すると炭窒化物を形成するため好ましくない。したがって、Ti、Nbは0.001%以上0.10%以下の範囲で、Vは0.01%以上0.50%以下の範囲で一種以上を含有することができる。
【0023】
また、Bは添加すれば結晶粒界への優先偏析による粒界強化などを通じて遅れ破壊を抑制する効果を発現する。この効果を得る場合、Bは0.0001%以上が必要である。一方、0.005%を超えて多量に含有しても、その効果は飽和する傾向にある。よって、Bは0.0001〜0.005%の範囲で含有することが好ましい。
【0024】
さらに、Cu、Ni、Mo、Crは、添加すれば、強度に寄与する元素であり、この効果を得るには、各々0.01%以上とすることが好ましい。一方、各々0.50%超えて多量に含有してもその効果は飽和するので、いずれも、0.01%以上0.50%以下の範囲であればこの群から一種以上を含有することができる。
【0025】
なお、本発明の鋼板において、上記の成分以外はFeおよび不可避的不純物である。ただし、本発明の効果を損なわない範囲内であれば上記以外の成分の含有を拒むものではない。
[金属組織]
本発明に係る高張力鋼板は、実質的に焼戻しマルテンサイト単相組織である。ここで、実質的にとしたのは、残部組織は不可避的に存在する未変態の残留オーステナイトおよびフェライト組織等を含む場合があるからである。組織の特定は光学顕微鏡観察(400倍〜600倍)および走査型電子顕微鏡(以下「SEM」と略す)による1000倍の観察を組み合わせ適宜確認できるが、その他の方法によることもできる。以下、金属組織の割合は、画像処理装置を用いて金属組織の面積率を求めこの値を体積率として%表示した。
【0026】
・中心部の組織は焼戻しマルテンサイト
中心部の組織は、強度および成形性を確保するため、実質的に焼戻しマルテンサイト単相とする。微量のフェライトが生成した場合にはそこが応力集中の起点となり耐遅れ破壊特性が急激に低下するため、フェライトは含んではならない。ただし、中心部の組織は完全に焼戻しマルテンサイトである必要は無く、3%未満であればフェライトおよび/または残留オーステナイトを含んでもよい。この範囲内であれば、鋼板の機械的性質に及ぼす影響は無視できるからである。ここで、中心部の組織は板厚1/2部のミクロ組織を光学顕微鏡およびSEMにて観察して特定することができる。
【0027】
・鋼板表層軟質部の硬度と厚さ
鋼板の硬度を板厚断面を表面部分から中心部に渡って20μm間隔で荷重50g(試験力;0.49N)のビッカース試験機により測定し、下記(1)式および下記(2)式の条件を具備する鋼板表層軟質部の硬度および厚さを求めることができる。
【0028】
本発明の鋼板は、鋼板表層部に鋼板中心部よりも軟質な領域を有する。該軟質な領域は、上記のようにして鋼板表層部から中心部に向けて硬度測定を行うことにより確認される。本発明における鋼板表層軟質部は、上記軟質な領域のうち、下記(1)式により定義される領域である。
【0029】
すなわち、本発明において、鋼板表層軟質部は、以下の式で規定する中心部に対する硬度比を満足する必要がある。
【0030】
Hv(S)/Hv(C) ≦ 0.8・・・・(1)
Hv(S):鋼板表層軟質部の硬度、Hv(C):鋼板中心部の硬度
すなわち、鋼板表層軟質部は0.8×Hv(C)以下の硬度を有する領域である。Hv(S)/Hv(C)が0.8を超える場合には中心部の硬度との差が小さく、鋼板の曲げ性および耐遅れ破壊特性に対し向上効果を有しないため、Hv(S)/Hv(C)は0.8以下とする。また、この範囲とすることで、鋼板の疲労特性が改善される。
なお、ここで鋼板中心部の硬度Hv(C)は板厚1/2部の領域の5点測定の平均を用いる。
【0031】
また、上記(1)式により規定される鋼板表層軟質部の厚さは下記(2)式を満足する必要がある。
【0032】
0.10 ≦ t(S)/t ≦ 0.30・・・・・・・・(2)
t(S):鋼板表層軟質部の厚さ、t:板厚
ここで、鋼板表層軟質部の厚さt(S)は、鋼板表層部から板厚中心方向にかけて硬度を測定し、鋼板表層部における0.8×Hv(C)以下の硬度を有する領域の厚さを求め、鋼板の表裏面に存在する当該層の厚さの和を表したものである。鋼板表層軟質部の厚さt(S)が板厚tの0.10未満の場合には、鋼板の曲げ性の著しい向上効果は認められず、また耐遅れ破壊特性の向上効果も認められないことから、0.10以上とする。また、0.30を超える場合には、鋼板強度が著しく低下し1270MPaを越える高強度を維持することが極めて困難となるため、0.30以下とする。
【0033】
・鋼板表層軟質部の組織
上記(1)式および(2)式の両方の条件で規定される鋼板表層軟質部の組織は、焼戻しマルテンサイトが鋼板表層軟質部の組織全体に対する体積率で90%以上である。鋼板表層軟質部を焼戻しマルテンサイト90%以上にすることにより上述した曲げ加工性等の成形性を確保することができる。
【0034】
この領域の焼戻しマルテンサイトの体積率を求めるには、硬度を測定した近傍の領域の鋼板表層軟質部を表層から板厚中心部に渡って全域に光学顕微鏡観察(400倍〜600倍)およびSEM観察(1000倍)を行い、さらに画像処理により定量化を行ないその領域の平均の体積率を求めることにより行う。表層から5μm未満の範囲においては一部フェライトが存在してもよいが、その体積率は10%未満が好ましい。表層部においてフェライトが主体の組織となる場合、疲労特性が大幅に劣化し、引張強度の低下も大きくなるため、フェライト組織は少ないほど好ましい。例えば鋼板の板厚が0.8〜1.6mmの場合には、鋼板の表層から5μm以上板厚中心部方向の領域においてフェライトが生成した場合、1270MPa以上の強度を維持することが困難となるため、この領域ではフェライトは存在しないことが好ましい。
【0035】
以上のように成分、組織を限定することにより、曲げ加工時に表層軟質部が鋼板表層に生じる応力を緩和しつつ板厚内部層とバランスよく変形し、すぐれた曲げ加工性を有し、しかも、耐遅れ破壊特性にも優れた超高強度鋼板とすることができる。耐遅れ破壊特性に優れる理由について詳細はわかっていないが、プレス加工による残留応力、特に表層部の応力が低下したこと、板厚方向中心部において組織が焼戻しマルテンサイトを主体にした均一組織としたことで、亀裂の起点となるボイドが発生し難くなったためと推定している。
【0036】
本発明鋼を製造するには、例えば脱炭焼鈍により鋼板表層軟質部の硬度を鋼板中心部の硬度に比して軟質とし、前記(1)式を満足するようにできる。具体的にはまず、上記鋼板の組成と同様の組成を有する鋼を素材とし、熱間圧延、酸洗後に脱炭焼鈍し冷間圧延、あるいは熱間圧延、酸洗、冷間圧延後脱炭焼鈍する。次いで、続く連続焼鈍でAr点以上に加熱・均熱した後、Ms点以下まで急速冷却する。もしくは、熱間圧延、酸洗、冷間圧延、続く連続焼鈍で脱炭焼鈍した後、Ar点以上に加熱・均熱した後、Ms点以下まで急速冷却する。脱炭量は特に規定するものではないが、例えば鋼板の板厚が0.8〜1.6mmの場合には、最表層からの距離30μmの位置におけるC量が0.10%未満の場合、表層軟質部はフェライト主体の組織となりやすく強度が大幅に低下するため好ましくない。
【0037】
脱炭焼鈍の方法は特に規定するものではないが、例えば、酸素含有雰囲気や高露点雰囲気中で焼鈍することにより鋼板中の炭素濃度を下げることができる。製造工程のうち、連続焼鈍でAr点以上に加熱・均熱した工程から急速冷却する工程までは、本発明を実施する上で特に重要であり、急速冷却の方法としては、板幅方向での温度ムラを少なくし、容易に冷却速度を確保できる点で水冷が好ましい。しかし、急冷方法は、水冷に限定されるわけではなく、ガスジェット冷却、ミスト冷却、ロール冷却などを単独または併用して用いることもできる。
【0038】
その後、150〜400℃の範囲で焼戻し処理を行う。なお、焼戻し温度は300℃を超える場合強度が大きく低下し、1270MPa確保するためには合金元素を多量に添加する必要があるため、150〜300℃が好ましい。本発明に係る鋼を製造する方法にはその他公知の製造方法を用いることができる。
【実施例1】
【0039】
以下に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0040】
表1に示す成分の鋼を溶製し連続鋳造でスラブとした。そして、加熱炉中で1200℃まで加熱し、850℃以上の仕上げ温度で、熱間圧延を行い、500〜650℃の温度範囲で巻取り、次いで、酸洗、冷間圧延を行った後、脱炭焼鈍し、連続焼鈍を行い、超高強度冷延鋼板となした。また、鋼板表層軟質部の脱炭焼鈍条件は脱炭焼鈍条件は高露点雰囲気下にて700−800℃×15〜60分の熱処理を実施した。なお、連続焼鈍では表2に示す条件にて、均熱、冷却、焼戻しを行った。また、得られた鋼板の成分を分析したが表1と同じであった。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【0043】
【表3】

【0044】
表2は脱炭焼鈍条件を露点30℃、700℃×30minと一定にして、鋼板化学成分の影響を主として調査したものであり、また、表3は、脱炭条件、均熱温度、焼き戻し温度、を適宜変化させ軟質部厚さ(μm)、中心部組織を変化させ、機械的特性(引張特性、穴広げ率、曲げ特性)および耐遅れ破壊特性を調査した結果である。各表において鋼板表層軟質部および鋼板中心部をそれぞれ単に「軟質部」および「中心部」と略している。
【0045】
鋼板中心部組織は、板厚1/2位置にて、研磨、ナイタールエッチング後、光学顕微鏡観察(400倍)およびSEM観察(1000倍)を行い、フェライト組織の有無を確認し、フェライト組織が存在した場合には画像処理によりフェライト分率(面積分率)を測定しこれを体積分率とした。表層軟質部の組織観察するにあたっては事前に硬度分布測定により、表層軟質部に該当する厚みを表裏層で測定し和を求め、その後、研磨、ナイタールエッチングし、光学顕微鏡観察、SEM観察(1000倍)にて、表層軟質部の組織観察を実施した。なお、鋼板の硬度は荷重50g(試験力;0.49N)のビッカース試験により5点平均により20μm間隔で測定し、板厚方向の断面の硬度分布を得た。また、板厚中心部の硬度は板厚1/2部の領域の5点平均の値である。すなわち、ここで得た板厚方向の断面の硬度分布から前記したように硬度が0.8×Hv(C)以下を満足する鋼板表層の領域を鋼板軟質部としてその厚さを求め、その領域の観察を行った。
【0046】
引張試験は、JIS Z 2241に準拠して、圧延直角方向を長手方向として採取したJIS 5号試験片を用いて行った。穴拡げ試験は、日本鉄鋼連盟規格JFS T 1001に準拠して実施した。曲げ試験はJIS Z 2248に基づき、圧延方向と垂直に、短冊試験片を切り出し、曲げ半径を変えて180°U曲げを行い、臨界曲げ半径で評価した。なお、臨界曲げ半径が、5.0mm以下であれば曲げ性に優れると言える。
【0047】
遅れ破壊試験は、曲げ試験と同様の試験片を用い、曲げ半径Rを5mmとしてU曲げした試験片をpH3の塩酸に浸漬し割れ時間により評価した。最大浸漬時間は96hrとし、この時点で割れ発生有無を耐遅れ破壊性の指標とした。なお、限界曲げ半径Rが5mm以上の材料については、限界曲げ半径R値+1mmの曲げ半径Rにて試験片を作製した。ここで、浸漬時間が96hrで割れの発生が認められない場合(>96hrの場合)耐遅れ破壊性に優れていると言える。
【0048】
以上の結果を上述したように表2〜表3に併記する。表2〜表3から明らかなように、比較例と本発明例を比較すると、本発明例は1270MPa以上の引張強度を有し、曲げ性及び耐遅れ破壊特性に優れていることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
mass%で、C:0.15〜0.30%、Si:0.01〜1.8%、Mn:1.5〜3.0%、P:0.05%以下、S:0.005%以下、Al:0.005〜0.05%、N:0.005%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、以下の(1)および(2)で規定する式を満たす鋼板表層軟質部を有し、
Hv(S)/Hv(C) ≦ 0.8 ・・・・・(1)
Hv(S):鋼板表層軟質部の硬度、Hv(C):鋼板中心部の硬度
0.10 ≦ t(S)/t ≦ 0.30 ・・・・・(2)
t(S):鋼板表層軟質部の厚さ、t:板厚
かつ前記鋼板表層軟質部は焼戻しマルテンサイトが体積率90%以上であり、
前記鋼板中心部の組織は焼戻しマルテンサイトであり、
引張強度が1270MPa以上であることを特徴とする曲げ性に優れる超高強度冷延鋼板。
【請求項2】
さらに、mass%で、Ti:0.001〜0.10%、Nb:0.001〜0.10%、V:0.01〜0.50%のうちから1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の曲げ性に優れる超高強度冷延鋼板。
【請求項3】
さらに、mass%で、B:0.0001〜0.005%を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の曲げ性に優れる超高強度冷延鋼板。
【請求項4】
さらに、mass%で、Cu:0.01〜0.50%、Ni:0.01〜0.50%、Mo:0.01〜0.50%、Cr:0.01〜0.50%のうちから1種以上を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の曲げ性に優れる超高強度冷延鋼板。

【公開番号】特開2011−179030(P2011−179030A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−41715(P2010−41715)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】