説明

有機単結晶の形成方法

【課題】 結晶性の優れた大型の有機単結晶の形成方法及びその有機単結晶を提供することを目的とする。
【解決手段】 有機単結晶を構成する有機物が溶解した溶液中から有機単結晶を育成する方法において、前記溶液中にゲル化剤を投入することによりゲルを形成し、ゲル中で結晶成長を行う。4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレート、4−ジメチルアミノベンズアルデヒド−4−ニトロフェニルヒドラゾン、または(−)−4−(4’−ジメチルアミノフェニル)−2−(2−ヒドロキシプロピルアミノ)シクロブテン−3,4−ジオン等において好適に実施される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機単結晶の形成方法に関し、特に、非線形光学効果を有する有機単結晶の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレート(4-dimethylamino-N-methyl-4-stilbazolium tosylate:以下、DASTとする)単結晶は、大きな非線形性を示し、光通信用赤外光の波長変換デバイス、電界センサー、光サンプリング、光メモリー用フォトクロミック材料及び超高速ICの計測ブローブなどの電子部品への応用が期待されている。このような有機単結晶の代表的な形成方法としては、自然核成長及び種結晶成長法がある。
【0003】
自然核成長法による有機単結晶の形成は、以下のようにして行う。最初に有機単結晶を構成する有機物をメタノールなどに溶解した後、この溶液温度を降下し前記有機物が過飽和になるようにする。溶液が過飽和になると溶液から前記有機物が核発生し、その核がさらに成長することにより、有機単結晶が得られる。
【0004】
一方、種結晶成長法は前記自然核成長法によって得られた有機単結晶を種結晶とし、この種結晶を溶液中に投入し、温度を降下させることにより前記種結晶をさらに成長させ、大型の有機単結晶を得るというものである。したがって、上記応用に供することができる大型のDAST単結晶を得るためには種結晶成長法が用いられてきた。
【0005】
そこで、特開2000−256100号公報には、4−フッ化エチレン樹脂製の傾斜板の表面に溝部を形成し、傾斜面上で有機物の結晶核を析出させ、傾斜面を滑り落ちる結晶核を溝部で捕捉して大型の単結晶に成長させる方法が開示されている。
【特許文献1】特開2000−256100号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、自然核成長法は結晶性の高い単結晶を形成することができるが、核発生位置の制御が困難であるという問題がある。このため、成長過程において接近した箇所に発生した結晶同士が付着して多結晶化したり、育成容器の底に接して成長した場合は、結晶内部に大きな応力が加わり結晶欠陥が発生する場合があった。
【0007】
一方、種結晶成長法は、自然核成長法によって得た単結晶を種結晶として、さらに単結晶の育成を行うもので、自然核成長法によって得られた種結晶の欠陥をそのまま引き継ぐ傾向が強い。このため、最終的に得られるDAST結晶が多結晶化したり、内部に多くの結晶欠陥が導入されやすく、結晶性の高い大型DAST結晶を得ることは極めて困難であった。
【0008】
さらに、特許文献1に記載の方法では、成長して得られる単結晶の下端部が、結晶場所を提供する4−フッ化エチレン樹脂製の部材表面に設けられた溝部と接しており、この溝部との接触箇所およびその周辺において発生しやすいという問題がある。
さらに、特許文献1に記載の方法においては、ある程度成長した結晶同士が接触する可能性があり、前述のように多結晶化することも避けられない。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するものであって、全体において均一で結晶性の優れた大型の有機単結晶の形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、有機単結晶の形成に関する前記問題を解決するものであって、有機単結晶を構成する有機物が溶解した溶液中にゲル化剤を投入することによりゲルを形成し、ゲル中で結晶成長を行うことを特徴とする、有機単結晶の形成方法である。
【0011】
この方法によれば、有機単結晶を成長させるのに、結晶成長の場所として育成容器壁や4−フッ化エチレン樹脂製の部材を用いる代わりに、ゲル中で自主的に成長させることで、成長中の結晶がこの育成容器の底などの異種部材と接触することがないので、この異種部材との接触による結晶内部へ加わる大きな応力に起因する結晶欠陥が発生することがなく、結晶全体で均質で結晶性の優れた大型の有機単結晶が得られる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の有機単結晶の形成方法によれば、全体において均一で結晶性の優れた大型の有機単結晶を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の有機単結晶の形成方法の実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0014】
(第1実施形態)
本実施形態の有機単結晶の形成方法は、有機単結晶を構成する有機物が溶解した溶液中から有機単結晶を育成する方法において、前記溶液中にゲル化剤を投入することによりゲルを形成し、ゲル中で結晶成長を行うことを特徴としている。
【0015】
図1は、本発明の形成方法の原理として有機単結晶の育成過程を説明するための図である。
図1においては、有機単結晶を構成する有機物の溶液1中にゲル化剤2を投入する(図1(a))ことによりゲル3を作製する(図1(b))。続いて、ゲル3を冷却することにより有機物が過飽和となり、この有機物の結晶核4がゲル3の中間に発生する。そして、このようなゲル3の中間に形成された自然核から結晶成長が進行する(図1(c))。
【0016】
この結晶成長は、図1(b)に示したように、ゲル3の中で結晶核4が固定されるため、近接した結晶同士が付着して多結晶化したりすることがなく、また育成容器または核成長部材に結晶が接することがないため、結晶欠陥の少ない結晶性に優れた単結晶4Aを得ることができる。また、結晶化をゲル中で行うことで、通常溶液中で行う結晶化に比べて溶液の対流が抑制され、結晶成長速度の制御が容易となり、結晶性に優れた単結晶を得ることができる。
【0017】
特に、ここで有機物単結晶として、DAST単結晶およびその誘導体の単結晶の形成に対して、本実施形態の方法を実施する場合には、図1(b),(c)に示すように、ゲル3の中間において、DAST単結晶およびその誘導体の単結晶の全ての結晶面に対し、異種部材への接触による応力の発生を抑えることができる。このため、DAST単結晶およびその誘導体の単結晶の形成においても、結晶欠陥などの発生する割合を低くすることができ、結晶性の優れた単結晶を得ることができる。
【0018】
本実施形態では、前述のように、有機単結晶を構成する有機物を溶解させた溶液中にゲル化剤2を投入する(図1(a))。
【0019】
ここで、溶液1に用いる溶媒は、有機物を溶解させるものであれば特に限定されない。
例えば、DAST単結晶の形成の場合には、水の存在が単結晶の性質を悪くさせるので、ゲルの作製および結晶成長の際に、水系溶液を用いないようにすることが好ましく、例えばメタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール類、アセトニトリルなどの有機物を溶解させることができる有機溶媒を用いることができる。
【0020】
また、ゲル化剤は溶液1がゲル化するものであれば特に限定されない。ゲル化剤の投入量としては、用いられる溶液の種類などにより適宜決定することができ、本実施形態の方法によって有機単結晶を形成できる量であれば、特に限定されない。
【0021】
有機物としては、あらゆる種類の有機物を用いることができるが、本実施形態の方法は、特に4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレート(DAST)またはトシレートを他のカウンターイオンで置き換えた誘導体、4−ジメチルアミノベンズアルデヒド−4−ニトロフェニルヒドラゾン(DANPH:(4-dimethylaminobenzaldehyde-4-nitorophenyl-hydrazone)または(−)−4−(4’−ジメチルアミノフェニル)−2−(2−ヒドロキシプロピルアミノ)シクロブテン−3,4−ジオン(DAD:((-)-4-(4'-dimethylaminophenyl)-2-(2-hydroxypropylamino)cyclobutene-3,4-dione)などの単結晶の形成に好適に使用することができる。
【0022】
続いて、有機物およびゲル化剤2を含む溶液1を昇温して、溶液1をゲル化する(図1(b))。このゲル化は、結晶成長中に溶液の対流を抑えるという観点から、完全に行われることが好ましい。さらに、作製されたゲル3を降温することにより、前述したように有機物が過飽和となり、結晶核4がゲル3中に形成される。さらに、この温度でゲル3を保持することにより、結晶核4がゲル3の中で成長して、単結晶4Aとなる。
【0023】
ここで、溶液1のゲル化にかかる温度としては、溶液1をゲル化することができれば特に限定されることはないが、例えば40℃〜60℃にすることが好ましい。また、ゲルの降温については、ゲル化にかかる温度よりも低い温度、例えば室温程度まで徐々に降温させることが、安定した結晶化を行う観点から好ましい。
【0024】
以下、本実施形態の方法による単結晶の形成の具体例として、DAST単結晶の形成について説明する。
所定量のDAST原料の粉末を、恒温槽内において40〜60℃で保温されたメタノールなどの有機溶媒に溶解して図1(a)に示すようなDASTの溶液1を作製する。次いで、溶液1の中にゲル化剤2を投入してゲル3を作製する(図1(a),(b))。さらに、恒温水槽中において40〜60℃に保持することによって前記溶液1を完全にゲル化させた後、溶液温度を降下させる。すると、過飽和になったゲルからDASTの結晶核4がゲル3の中間に析出し、前述したように、ゲル3の中間にDASTの単結晶4Aが成長する。最終的には溶液温度を0.1〜 1.5℃/dayの割合で25〜35℃にまで低下させる。また、このようにして単結晶4Aを形成するために要する時間は24〜1000時間である。
【0025】
(第2実施形態)
本実施形態の有機単結晶の形成方法は、有機単結晶を構成する有機物が溶解した溶液中に種結晶を配置し有機単結晶を育成する方法において、前記溶液中にゲル化剤を投入することによりゲルを形成し、ゲル中で結晶成長を行うことを特徴としている。
【0026】
本実施形態では、第1実施形態において、有機物を含む溶液をゲル化した後に、当該有機物から別途形成した種結晶を投入する以外は、第1実施形態と同様である。
【0027】
種結晶の形成は、通常の自然成長法によるものを用いてもよいし、第1実施形態を適用してゲル中で形成させた結晶核を用いてもよい。また、種結晶のゲルへの投入方法は、いかなる方法でもよく、例えばゲルの表面に載せてもよいし、ゲルの中に埋め込んでもよい。均一に結晶成長を行うという観点からは、ゲルに中に埋め込む方法が好ましい。
【0028】
以上説明した実施形態によれば、例えばDAST単結晶またはその誘導体の単結晶を形成した場合に、(001)面のX線ロッキングカーブ半値幅が100arcsec以下の優れた結晶性を有する有機単結晶を得ることができる。
【0029】
図2は、DAST単結晶の(001)面のX線回折ロッキングカーブを示す図である。本実施形態の方法によって得られたDAST結晶のX線回折ロッキングカーブは、カーブ5の形状を有し、半値幅(以下、FWHMとする)は小さい。一方で、自然核成長法によって容器底部より得られたDAST結晶のX線回折ロッキングカーブは、カーブ6の形状を有し、FWHMはカーブ5よりも大きい。したがって、本実施形態の方法によって得られたDAST単結晶の結晶性の方が、従来の方法により得られたものよりも優れていることが分かる。このように、本発明によればその全体において均一で結晶性に優れた有機単結晶を形成できる。
【0030】
以上、説明したように、本実施形態によれば、有機単結晶をゲル中で成長させることで、通常結晶成長の場所を提供するものとして用いられる育成容器の底や、特許文献1のような傾斜板の溝部といった異種部材と接触することがないので結晶内部に大きな応力が加わり結晶欠陥が発生することがなく、また、近接した箇所で育成した結晶同士が付着して多結晶化することを抑制できるので、結晶全体で均質で結晶性の優れた大型の有機単結晶が得られる。
【実施例1】
【0031】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明する。
【0032】
(実施例1)
本実施例では、図1に示すようなゲルを用いて、DAST単結晶の育成を行った。DAST粉末0.5gを恒温水槽内において40℃に保持された20mlメタノール中に入れてDAST溶液を作製した。次いで、この溶液にゲル化剤としてヒドロキシプロピルセルロース0.6gを投入した。そして、恒温水槽中において40℃に保持することによって前記溶液を完全にゲル化させた後、6日間かけて35℃まで降温させた。その結果、ゲルの中間からDAST結晶が得られた。このDAST結晶の大きさを実測したところ幅が約2mm、縦が約2mm、厚さが約0.2mmであった。次いで、得られたDAST結晶の(001)面のX線回折ロッキングカーブを、日本フィリップ社製X’Pert PROMRD型にて測定したところ、X線回折ロッキングカーブは図2のカーブ5の形状を有し、そのFWHMを求めたところ、30arcsecであった。
【0033】
(実施例2)
実施例1と同様の条件でゲルを調製した。その後、ゲルの中間に、通常の方法で作製した1.5mm角で0.1mm厚さの種結晶を埋め込み、実施例1と同様の条件でDAST単結晶の育成を行った。得られたDAST結晶の大きさを実測したところ、幅が5mm、縦が3.5mm、厚さが1.5mmであった。また、実施例1と同様にして測定した、得られたDAST結晶の(001)のX線回折ロッキングカーブは、図2のカーブ5の形状を有し、そのFWHMを求めたところ、35arcsecであった。
【0034】
(比較例1)
ゲルは調製せず、それ以外は実施例1と同様の条件でDAST単結晶の育成を行った。得られたDAST結晶の大きさを実測したところ、幅が3mm、縦が2.5mm、厚さが0.2mmであった。また、実施例1と同様にして測定した、得られたDAST結晶の(001)面からのX線回折ロッキングカーブは、図2のカーブ6の形状を有し、そのFWHMを求めたところ、150arcsecであった。
【0035】
以上の結果から明らかなように、本発明の有機単結晶の形成方法によれば結晶性に優れたDAST単結晶を得ることができる。
【0036】
以上、具体的に示しながら発明の実施の形態に基づいて本発明を詳細に説明してきたが、本発明は上記内容に限定されるものではなく、本発明の範疇を逸脱しない範囲においてあらゆる変形や変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本実施形態の形成方法による有機単結晶の育成過程を説明するための図である。
【図2】DAST単結晶の(001)面のX線回折ロッキングカーブを示す図である。
【符号の説明】
【0038】
1 溶液
2 ゲル化剤
3 ゲル
4 結晶核
4A 単結晶

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機単結晶を構成する有機物が溶解した溶液中から有機単結晶を育成する方法において、前記溶液中にゲル化剤を投入することによりゲルを形成し、ゲル中で結晶成長を行うことを特徴とする、有機単結晶の形成方法。
【請求項2】
有機単結晶を構成する有機物が溶解した溶液中に種結晶を配置し有機単結晶を育成する方法において、前記溶液中にゲル化剤を投入することによりゲルを形成し、ゲル中で結晶成長を行うことを特徴とする、有機単結晶の形成方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の有機単結晶の形成方法において、
前記有機物は、4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレートまたはトシレートを他のカウンターイオンで置き換えた誘導体であることを特徴とする有機単結晶の形成方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の有機単結晶の形成方法において、
前記有機物は、4−ジメチルアミノベンズアルデヒド−4−ニトロフェニルヒドラゾンまたは(−)−4−(4’−ジメチルアミノフェニル)−2−(2−ヒドロキシプロピルアミノ)シクロブテン−3,4−ジオンであることを特徴とする有機単結晶の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−265074(P2006−265074A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−89317(P2005−89317)
【出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年3月10日 応用物理学会発行の「応用物理 Vol.74 No.3」に発表
【出願人】(000165974)古河機械金属株式会社 (211)
【Fターム(参考)】