説明

有機酸の製造方法

【課題】多価陽イオンの水酸化物によるカチオン交換膜の性能低下や破壊を有効に防止しながら、電気透析装置を用いての有機酸塩から有機酸の製造を連続的に行うことが可能な有機酸の製造方法を提供する。
【解決手段】電気透析装置を使用し、通電しながら塩室17に有機酸塩水溶液を循環供給することにより、アルカリ室19にアルカリを生成しながら塩室17に循環供給されている有機酸塩を有機酸に転換していく有機酸の製造方法において、通電下において、一部の塩室17について、有機酸塩水溶液の循環を停止し、該塩室17内の液のpHが1未満となるように鉱酸水溶液を供給して、該塩室17を形成しているカチオン交換膜Cの洗浄を行い、この洗浄とともに、他の塩室17については、有機酸塩水溶液を循環供給しながらの有機酸塩からの有機酸への転換を連続して行っていく。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイポーラ膜を用いた電気透析法により有機酸塩から有機酸を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
バイポーラ膜は、カチオン交換膜とアニオン交換膜が貼り合わされた複合膜であり、水をプロトンと水酸イオンに解離することができる機能を有する。
バイポーラ膜のこの特殊機能を利用して、カチオン交換膜及び/またはアニオン交換膜とともに電気透析装置に組み込み、電気透析を行うことにより、各種の塩から酸とアルカリとが生成することから、種々の酸及び/またはアルカリの製造に利用されている。
【0003】
ところで、上記のようなバイポーラ膜を用いて酸やアルカリの製造に用いる電気透析装置では、陽極と陰極との間に、バイポーラ膜とカチオン交換膜とが交互に配置された構造を有しており、バイポーラ膜と陽極側に隣接するカチオン交換膜とで塩室が形成され、バイポーラ膜と陰極側に隣接するカチオン交換膜とでアルカリ室が形成されている。即ち、このような構造の電気透析装置を使用し、陽極と陰極との間に電圧を印加して通電を行いながら、上記の塩室に塩の水溶液を循環供給すると、この塩はカチオンとアニオンとに解離しているため、カチオンはカチオン交換膜を透過してアルカリ室に移行し、バイポーラ膜から供給された水酸化物イオン(OH)と結合してアルカリが生成し、アニオンは、塩室に残り、バイポーラ膜から供給されたプロトン(H)と結合して酸が生成することとなる。このようにして塩室では酸濃度が次第に上昇し、アルカリ室ではアルカリ濃度が上昇していき、塩室から酸を取り出し、アルカリ室からはアルカリを取り出すことにより、塩室に供給された塩から酸、アルカリが得られることとなる。
【0004】
上記のようにして酸やアルカリを製造する場合、塩室に循環供給する塩の水溶液には、カルシウムやマグネシウム等の多価陽イオンが不純物として存在していることがあり、このような場合に、通電して酸、アルカリの製造を行っていくと、多価陽イオンの水酸化物がカチオン交換膜の表面或いは内部で析出してしまい、電極間の抵抗増大により通電効率が次第に低下し、場合によってはカチオン交換膜が破壊されてしまうこともある。
【0005】
このような問題を解決するための手段として、特許文献1には、塩水溶液中の多価陽イオンを除去した後に電気透析を行うという方法が提案されている。また、特許文献2には、塩室に供給する塩水溶液に酸を添加し、塩室のpHを、常時、1未満に保持することにより、多価陽イオンの水酸化物の析出を防止する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭63−65912号公報
【特許文献2】特許第3151042号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の方法は、塩水溶液から多価陽イオンを除去するための設備が必要となってしまい、多大なコストの増大やポットイールドの低下などが発生してしまい、工業的な実施には無理がある。
【0008】
また、特許文献2で提案されている方法は、電気透析装置内で実施されるため、新たな設備等は不要であり、工業的実施という観点からは極めて有用な方法である。しかしながら、かかる方法は、無機酸塩から酸やアルカリを製造する際の方法としては極めて有利であるが、有機酸塩から有機酸を製造する場合には、その適用が困難であるという問題がある。
【0009】
即ち、特許文献2においては、塩室内のpHを常に1未満に調整する必要があるため、電気透析の開始時から酸が添加される。従って、有機酸塩から有機酸を製造する場合には、かかる添加される酸として、生成する有機酸と同種の酸が使用されることとなる。しかるに、この場合には、同種の酸である有機酸が弱酸であるため、塩室内のpHを常に1未満に調整するには、循環供給に供する有機酸塩(即ち原料)に対して著しく多量の有機酸が必要となってしまうばかりか、pHが1未満となった場合においても、多価陽イオンの水酸化物の析出を効果的に防止することができなくなってしまう。
【0010】
また、この場合、塩室内のpHを常に1未満に調整するために塩室内に鉱酸を添加することも考えられるが、電気透析中に鉱酸の添加を行うと、生成する有機酸の強酸による汚染という問題が生じてしまう。従って、鉱酸を用いて特許文献2の方法を適用する場合には、装置の稼動を停止し、塩室内に鉱酸水溶液を供給して、塩室内の塩液のpHを1未満にしてカチオン交換膜の洗浄(即ち、析出した水酸化物の除去)を行った後に、装置を再稼動しなければならず、その間、連続して有機酸塩から有機酸の製造を行うことができず、生産効率が大きく低下してしまうこととなる。
【0011】
従って、本発明の目的は、多価陽イオンの水酸化物によるカチオン交換膜の性能低下や破壊を有効に防止しながら、電気透析装置を用いての有機酸塩から有機酸の製造を連続的に行うことが可能な有機酸の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によれば、それぞれ複数枚のバイポーラ膜とカチオン交換膜とを備え、陽極と陰極との間に、これらのバイポーラ膜とカチオン交換膜とが交互に配置され、各バイポーラ膜とその陰極側に配置されたカチオン交換膜との間にそれぞれ塩室が形成され、且つ各バイポーラ膜とその陽極側に配置されたカチオン交換膜との間にそれぞれアルカリ室が形成されている電気透析装置を使用し、通電しながら該塩室に有機酸塩水溶液を循環供給することにより、アルカリ室にアルカリを生成しながら該塩室に循環供給されている有機酸塩を有機酸に転換していく有機酸の製造方法において、
前記通電を連続して行いながら、前記塩室の一部について、有機酸塩水溶液の循環を停止し、該塩室内の液に鉱酸を存在せしめ、且つ、該塩室内の液のpHを1未満に保持することにより、該塩室を形成しているカチオン交換膜の洗浄を行い、この洗浄とともに、他の塩室については、有機酸塩水溶液を循環供給しながらの有機酸塩からの有機酸への転換を連続して行っていくことを特徴とする有機酸の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明の製造方法は、多数存在している塩室のうちの一部について、該塩室への有機酸塩水溶液の循環供給を停止して他の塩室への循環供給ラインと切り離し、この塩室のみに鉱酸水溶液の供給等によって該塩室内に鉱酸が存在するようにし、且つpHを1未満に保持せしめることにより、該塩室を形成しているカチオン交換膜の表面や内部に析出している多価陽イオンの水酸化物を酸洗浄して除去するというものであり、このような一部の塩室についてのカチオン交換膜の鉱酸による洗浄は、他の塩室には、そのまま有機酸塩水溶液を循環供給しながら且つ通電下により行われる。即ち、強酸である鉱酸により多価陽イオンの水酸化物の除去が行われるため、酸を大量に使用せずに多価陽イオンの水酸化物の除去を行うことができる。しかも、装置の稼動を停止せず、通電下で且つ他の塩室への有機酸塩水溶液の循環供給を行いながら酸によるカチオン交換膜の洗浄が行われるため、有機酸の製造を連続して行うことができ、極めて生産効率が高く、さらには、酸による洗浄が行われる塩室は、他の塩室への循環系を切り離されているため、生成する有機酸の鉱酸による汚染も有効に回避することができる。
【0014】
また、本発明の製造方法においては、前記カチオン交換膜の洗浄終了後には、該塩室への有機酸塩の循環供給を再開し、他の塩室については、例えば、鉱酸水溶液の供給に切り替えて、該他の塩室を形成しているカチオン交換膜の洗浄を行うことができる。即ち、このようにして順次、塩室を形成しているカチオン交換膜の酸による洗浄を行っていくことにより、多価陽イオンの水酸化物の析出によるカチオン交換膜の性能低下や破壊を効果的に防止しながら、長時間にわたって効率よく連続的に有機酸を製造することができる。
【0015】
さらに本発明の製造方法では、バイポーラ膜を備えた電気透析装置を用いての公知の酸の製造方法と同様、アルカリ室にはアルカリが生成していくため、有機酸と同時にアルカリを得ることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の有機酸の製造方法の実施に適用される代表的な電気透析装置を示す概略図。
【図2】本発明の有機酸の製造方法において、特に量産に適した電気透析装置を示す概略図。
【図3】本発明の有機酸の製造方法の実施に適用される図1とは異なるタイプの電気透析装置を概略図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<有機酸塩>
本発明は、有機酸塩を原料として用い、この有機酸塩の水溶液から有機酸を製造するものであるが、このような有機酸塩としては、電気透析による有機酸塩からの有機酸の製造に使用されている従来公知のものを何ら制限なく用いることができる。
例えば、ギ酸塩、酢酸塩、シュウ酸塩、トリクロロ酢酸塩、ジクロロ酢酸塩、モノクロロ酢酸塩、チオグリコロール酸塩、モノクロロ酢酸塩、マロン酸塩、プロピオン酸塩、L−乳酸塩、D−乳酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、コハク酸塩、酒石酸塩、酪酸塩、フェノール酸塩、クエン酸塩、アスコルビン酸塩、ピクリン酸塩、ピコリン酸塩、安息香酸塩、サリチル酸塩などを用いることができ、塩を形成するカチオンとしては、Na、K、NHなどが好適である。
【0018】
<電気透析装置及び電気透析>
本発明の製造方法を実施するために使用される電気透析装置の代表的な構造を概略して示す図1を参照して、この装置には、全体として1で示す電気透析槽が設けられており、また、原料である有機酸塩の水溶液が収容される塩液タンク3と共に、アルカリ液タンク5及び洗浄用の酸液タンク7が設けられ、これらは、所定の循環配管を介して電気透析槽1の内部の所定の室に、各液が循環されるようになっている。
【0019】
電気透析槽1は、それぞれ複数毎のバイポーラ膜BP及びカチオン交換膜Cを備えており、陽極10及び陰極11との間に、バイポーラ膜BPとカチオン交換膜Cとが交互に配置されている。図1の例では、4枚のバイポーラ膜BPと3枚のカチオン交換膜Cとが設けられており、陽極10が収容されている領域は、バイポーラ膜BPによって陰極11側と仕切られており、陽極室13が形成され、また、陰極11が収容されている領域は、やはりバイポーラ膜BPによって陽極11側と仕切られており、陰極室15が形成されており、陽極室13及び陰極室15には、それぞれ、所定の極液タンク(図示せず)から極液が循環供給されるようになっている。
尚、バイポーラ膜BPは、陰イオン交換体側が陽極10側に面するようにして配置される。
【0020】
上記のように交互に配置されたバイポーラ膜BPとカチオン交換膜Cとによって塩室17及びアルカリ室19が、それぞれ隣接するように交互に形成されている。即ち、この構造は、陽極−(B−C)n−B−陰極で示され、バイポーラ膜BP及びカチオン交換膜Cで構成される最小の繰返単位をセルと称し、nはセルの繰返積層数である。図1は、セル数nが3の例であり、バイポーラ膜BPと、陰極11側に隣接するカチオン交換膜Cとによって、陽極10から陰極11に向かって順に、3つの塩室17a,17b,17cが形成されており、また、バイポーラ膜BPと、陽極10側に隣接するカチオン交換膜Cとによって、陽極10から陰極11に向かって順に、3つのアルカリ室19a,19b,19cが形成されており、塩室17とアルカリ室19とがカチオン交換膜Cを間に挟んで隣接するように配置されている。勿論、セル数nは3に限定されるものではなく、工業的に実施する場合には、実施の規模によっても異なるが、かなり多数のセル数nに設定される。
【0021】
尚、図1の例では、陽極10及び陰極11にはバイポーラ膜BPが面するように配置されているが、本発明においては、塩室17が複数形成されている限り、バイポーラ膜BPとカチオン交換膜Cとの配置は制限されず、例えばカチオン交換膜Cが陽極10或いは陰極11に対面するような構造となっていてもよい。
【0022】
このような構造を有する電気透析装置において、陽極室13及び陰極室15に極液を循環しながら、陽極10と陰極11との間に電圧を印加しての通電下で、前述した有機酸塩の水溶液(即ち原料液)を、塩液タンク3から塩液循環配管20を介して各塩室17a〜17cに循環供給し、且つアルカリ液タンク5からアルカリ液循環配管21を介して、アルカリ水溶液をアルカリ室19a〜19cに循環供給することにより、電気透析による有機酸の製造が行われることとなる。電極間の通電は、電流密度3〜50A/dm、より好ましくは5〜20A/dm程度でよい。
【0023】
即ち、塩室17a〜17cに供給された有機酸塩の水溶液では、有機酸塩がカチオンとアニオンとに解離しており、このアニオンがバイポーラ膜から供給されたプロトン(H)と結合して有機酸が生成し、一方、Na等のカチオンは、カチオン交換膜Cを透過して隣接するアルカリ室19に移行し、このアルカリ室19でバイポーラ膜BPから供給された水酸化物イオン(OH)と結合してアルカリを生成する。従って、このようにして有機酸塩の水溶液及びアルカリ水溶液を塩室17及びアルカリ室19に循環していくと、塩室17では、有機酸の濃度が次第に上昇し、アルカリ室19では、アルカリ濃度が次第に上昇していくことになる。従って、各塩室17a〜17cでの有機酸濃度が所定の濃度に達した段階で、塩液循環配管20の排液側からの回収により、目的とする有機酸の水溶液を得ることができる。また、各アルカリ室19a〜19cでのアルカリ濃度が所定の濃度に達した段階で、アルカリ液循環配管21の排液側からの回収により、高濃度のアルカリ水溶液を得ることもできる。
【0024】
尚、アルカリ液タンク5から各アルカリ室19に循環供給するアルカリ水溶液としては、塩室17からカチオン交換膜Cを通ってアルカリ室19に移行するカチオンの水溶液、例えば水酸化ナトリウム水溶液が使用される。
【0025】
上記のような電気透析によって有機酸塩から有機酸を製造する場合において、陽極10及び陰極11として使用される電極は、水電解や食塩電解など、電気化学工業の分野で使用される公知の電極であってよい。例えば、陽極10としては、一般に、ニッケル、鉄、鉛、白金、黒鉛等で形成されているものが使用され、陰極11としては、一般に、ニッケル、鉄、ステンレススチールなどで形成されているものが使用される。
【0026】
また、陽極室13や陰極室15に循環供給される極液としては、陽極10や陰極11を形成している電極材料に応じて適宜の電解液が使用される。その組み合わせの一例を挙げると、以下の通りである。
陽極液;
ニッケルまたは鉄−水酸化ナトリウム水溶液
鉛−硫酸水溶液
白金−硫酸または硫酸ナトリウム水溶液
黒鉛−食塩水溶液
陰極液;
ニッケル、鉄またはステンレススチール−水酸化ナトリウム、硫酸ナトリウムまたは食塩水溶液
【0027】
さらに、カチオン交換膜Cは、公知のものであってよく、例えば、カチオン交換基として、スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基、硫酸エステル基、リン酸エステル基等を有するものや、これらのイオン交換基の複数種類が混在したものを使用できる。また、カチオン交換膜Cは、重合型、縮合型、均一型、不均一型の何れでもよく、適宜、補強心材を有していてもよいし、炭化水素系、フッ素系等、公知の材質材料のもの、材料・製造方法に由来するカチオン交換膜の種類、型式などの別なく如何なるものであってもよい。さらには、2N−食塩水溶液を5A/dm2の電流密度で電気透析し、電流効率が70%以上の実質的にカチオン交換膜として機能するものであれば、一般に両性イオン交換膜と称されるものも使用することができる。また、陽極10にカチオン交換膜Cを対面させる場合には、酸に対して耐性の高いフッ素系のカチオン交換膜Cが好適に使用される。
【0028】
バイポーラ膜BPは、カチオン交換膜とアニオン交換膜とが張り合わされた構造を有している複合イオン交換膜であり、先にも述べたように、通常、アニオン交換膜側を陽極10側に、また、カチオン交換膜側を陰極11側に向けて配置される。このようなバイポーラ膜BPとしては、特に制限されず公知の膜を使用することができる。その製造方法としては、次のようなものが知られている。例えば、カチオン交換膜とアニオン交換膜とをポリエチレンイミン−エピクロルヒドリンの混合物で張り合わせ硬化接着する方法(特公昭32−3962号公報)、カチオン交換膜とアニオン交換膜とをイオン交換性接着剤で接着させる方法(特公昭34−3961号公報)、カチオン交換膜とアニオン交換膜とを微粉のイオン交換樹脂、アニオンまたはカチオン交換樹脂と熱可塑性物質とのペースト状混合物を塗布し圧着させる方法(特公昭35−14531号公報)、カチオン交換膜の表面にビニルピリジンとエポキシ化合物とからなる糊状物質を塗布し、これに放射線照射することによって製造する方法(特公昭38−16633号公報)、アニオン交換膜の表面にスルホン酸型高分子電解質とアリルアミン類を付着させた後、電離性放射線を照射架橋させる方法(特公昭51−4113号公報)、イオン交換膜の表面に反対電荷を有するイオン交換樹脂の分散系と母体重合体との混合物を沈着させる方法(特開昭53−37190号公報)、ポリエチレンフィルムにスチレン、ジビニルベンゼンを含浸重合したシート状物をステンレス製の枠にはさみつけ、一方の側をスルホン化させた後、シートを取り外して残りの部分にクロルメチル化、次いでアミノ化処理する方法(米国特許3562139号明細書)、またアニオン交換膜とカチオン交換膜との界面を無機化合物で処理し、両膜を接合する方法(特開昭59−47235号公報)などである。
【0029】
<酸洗浄>
ところで、上記のようにして塩液タンク3から循環配管20を介して有機酸塩の水溶液を循環供給しての電気透析により有機酸を製造していくと、有機酸塩の水溶液にはカルシウムやマグネシウム等の多価陽イオンが不純物として存在していることがあり、このような場合に、多価陽イオンの水酸化物がカチオン交換膜Cの表面や内部に析出し、この結果、カチオン交換膜Cの性能低下を引き起こし、電極間の抵抗増大により通電効率が次第に低下し、場合によってはカチオン交換膜Cが破壊されてしまう。このために、本発明では、酸液タンク7から酸水溶液を塩室17に循環供給してカチオン交換膜Cを酸洗浄することにより、析出した多価陽イオンの水酸化物を除去する。
【0030】
本発明において、このような酸洗浄に用いる酸としては、塩酸、硝酸、硫酸等の鉱酸、好ましくは、不溶性のカルシウム塩を形成しない塩酸、硝酸、最も好適には塩酸が使用される。即ち、電気透析により各種の塩から酸を製造する場合には、通常、洗浄用の酸による汚染を回避するために、製造される酸と同種の酸を用いて酸洗浄を行うことが一般的であり、従って、有機酸を製造するときには、有機酸による洗浄を行うことが一般に採用される手法である。しかるに、有機酸は弱酸であるため、析出した多価陽イオンの水酸化物を効果的に除去することが困難であり、また、洗浄には著しく多量の有機酸を用いることが必要となってしまう。本発明では、鉱酸を用いるため、格別多量の酸を使用せずに、多価陽イオンの水酸化物を効果的に除去することが可能となる。
さらに、本発明では、通電下で酸洗浄を行うため、原理的には、鉱酸塩、例えば硫酸ソーダなどの水溶液を循環供給することにより塩室17に鉱酸を存在せしめることも可能である。即ち、通電により、有機酸塩水溶液を供給する場合と全く同様にして、塩室17内の鉱酸濃度は次第に上昇していくからである。しかしながら、この場合には、当然、洗浄に時間がかかることになるので、上記のように鉱酸水溶液を循環供給することが好適である。
【0031】
一方、塩室17内に鉱酸を存在せしめての洗浄は、生成する有機酸の鉱酸による汚染を生じるおそれがある。このために、本発明においては、複数の塩室17の内、一部の塩室17を形成しているカチオン交換膜Cについて酸洗浄を行い、順次、他の塩室17を形成しているカチオン交換膜Cの酸洗浄を行うようにする。
【0032】
例えば、図1では、塩室17cについて酸洗浄を行う例が示されているが、この酸洗浄は、具体的には、以下のようにして行われる。
【0033】
即ち、塩室17cについては、所定のバルブを閉じ、塩液循環配管20からの有機酸塩水溶液の供給を停止し、酸液循環配管23のバルブを開放し、酸液タンク7から鉱酸水溶液を塩室17cに循環供給する。一方、他の塩室17a,17bについては、継続して塩液循環配管20からの有機酸塩水溶液を循環供給し、各アルカリ室19a,19b,19cへの循環供給も継続して行い、且つそのまま通電も行っておく。
【0034】
このような手法を採用することにより、装置の稼動を停止せず、連続して有機酸を製造しながら塩室17cを形成しているカチオン交換膜Cの洗浄を行うことができる。また、酸液循環配管23が塩液循環配管20と切り離されて独立しているため、生成する有機酸が洗浄用の鉱酸によって汚染されることもない。
【0035】
上記の酸洗浄は、洗浄すべきカチオン交換膜Cが形成している塩室17(図1の例では塩室17c)内に鉱酸を存在せしめると同時に、該塩室17内のpHを1未満、特に0.9以下に保持することが必要である。即ち、このような低pH領域で鉱酸が多価陽イオンの水酸化物と接触することにより、該水酸化物が速やかに鉱酸と反応し、カチオン交換膜Cの表面や内部から除去されることとなる。この場合において、塩室17内の鉱酸濃度は、少なくとも0.1規定以上とするのがよい。即ち、塩室17内には、有機酸塩から生成した有機酸が存在しているため、単にpHを上記範囲内としただけでは、洗浄に必要な鉱酸量を確保することができず、析出した多価陽イオンの水酸化物を十分に除去することが困難となるおそれがある。例えば、塩室17内のpHが既に1未満に到達していることもあるが、このような場合においても、塩室17内の鉱酸濃度が上記範囲であれば、カチオン交換膜Cの表面や内部に析出した多価陽イオンの水酸化物を効果的に除去するに十分な量の鉱酸根を確保することができ、効果的に酸洗浄を行なうことができる。
尚、先にも述べたように、鉱酸塩の水溶液を用いて酸洗浄を行う場合には、塩室17内の鉱酸濃度が上記範囲に達するまでに時間がかかってしまうこととなる。
【0036】
上記のようにして行われる酸洗浄に要する時間は、一般に、塩室17の容積や酸洗浄に供する鉱酸水溶液の供給速度等によっても異なるが、一般に、塩室17内の鉱酸濃度が上記範囲に達した時点から5分乃至1時間程度である。
【0037】
尚、上記のようにして塩室17に鉱酸水溶液を循環供給して酸洗浄を行うと同時に、この塩室17にカチオン交換膜Cを介して隣接しているアルカリ室19(図1の例では、アルカリ室19c)についても、同様にしてアルカリ液の循環供給を停止して洗浄用の酸液タンク7から鉱酸水溶液を循環供給することにより、カチオン交換膜Cの反対側の面の酸洗浄を行うことも可能である。即ち、有機酸塩水溶液に含まれる多価陽イオンは、塩室17からカチオン交換膜Cを通ってアルカリ室19に移行し得るため、アルカリ室19側で水酸化物の沈澱を生じることもある。このような場合、アルカリ室19にも鉱酸水溶液を循環供給することにより、カチオン交換膜Cのアルカリ室19側の面で析出した水酸化物の除去をも効果的に行うことができる。アルカリ室19での酸洗浄は、このアルカリ室19のpHを1未満に低下せしめて維持する程度の量で鉱酸水溶液を循環供給すればよい。
【0038】
洗浄終了後は、酸液循環配管23からの無機酸水溶液の供給を停止し、再び、塩液循環配管20より、この塩室17cへの有機酸塩水溶液の循環供給を再開し、通電を続けながら常法に従って有機酸の製造が行われる。この場合、この塩室17cが有機酸塩の水溶液で充満するまで、塩室17cから排出される液をパージすることが、回収される有機酸の鉱酸による汚染を防止する上で好ましい。
【0039】
このようにして塩室17cを形成するカチオン交換膜Cの酸洗浄が行われた後は、適宜、他の塩室17(例えば塩室17a或いは塩室17b)について、同様の操作で酸洗浄が行われる。
【0040】
尚、上記のようにして行われる酸洗浄の開始のタイミングは、例えば各セル毎にセル間電圧をモニタリングしておき、一定の電圧上昇が観察されたときに、当該塩室17についてカチオン交換膜Cの洗浄を開始するようにすることが一般的であるが、例えば装置の稼動開始後、一定時間が経過した後に、各塩室17に、順次、鉱酸水溶液を循環供給するようにして、ルーチン的に酸洗浄を行うこともできる。
【0041】
実際、塩室容積が40cm、アルカリ室容積が40cmであり、且つバイポーラ膜BPの膜及びカチオン交換膜の膜有効面積が550cmである図1に示されている装置を使用し、L−乳酸Naの20%水溶液(Ca含量:1000ppm)及び2規定水酸化ナトリウムを、それぞれ2.5リットル循環供給しながら、電流密度10A/dmで電気透析を連続的に行い、セル間の電圧上昇が観察されたときに、塩室17cへのL−乳酸Na水溶液への循環供給を停止し1規定塩酸水溶液の循環供給に切り替えて通電下に酸洗浄を30分間行ったところ、塩室17cを含むセル間の電圧は初期状態に戻った。次いで、塩室17b、17aの酸洗浄を、同様にして有機酸を連続的に製造しながら順次行ったところ、塩室17b、17aを含む各セルでのセル間電圧も初期状態に戻り、安定して電気透析を連続して実施することができた。
【0042】
このように、本発明においては、装置の稼動を停止せず、連続しての電気透析により有機酸を製造しながら、しかも鉱酸による有機酸の汚染を生じることなく、カチオン交換膜Cの酸洗浄を行い、多価陽イオンの水酸化物の析出によるカチオン交換膜Cの性能低下や破壊を効果的に防止し、長期間にわたって効率よく有機酸を製造することができる。
【0043】
<他の態様>
本発明は、上述した図1に示されている電気透析装置を用いての実施に限定されるものではなく、種々のタイプの電気透析装置を用いての有機酸の製造に適用される。
【0044】
例えば、大規模で有機酸の製造を実施する場合には、図2に示されているように、一定数のセルを備えたセルスタックSを用い、複数のセルスタックSを、液透過性の多孔膜などを挟んで、陽極10と陰極11との間に直列に配置し、セルスタックS毎に、塩液タンク3から循環配管20を介しての有機酸塩水溶液の塩室17への循環供給、アルカリ液タンク5から循環配管21を介してのアルカリ水溶液のアルカリ室19への循環供給、及び酸洗浄用の酸液タンク7から循環配管23を介しての鉱酸水溶液の塩室17への循環供給を管理することもできる。この場合において、各セルスタックS内には、複数の塩室17とアルカリ室19が形成された構造となっている。
【0045】
即ち、このような電気透析装置を用いる場合には、カチオン交換膜Cの酸洗浄を行うときには、一のセルスタックS内の塩室17への有機酸塩水溶液の循環供給を全て停止し、酸液タンク7から循環配管23を介しての鉱酸水溶液の循環供給が行われ、複数の塩室17を形成しているカチオン交換膜17の酸洗浄が同時に行われることとなる。勿論、この場合にも、該セルスタックS内のアルカリ室19へのアルカリ水溶液の循環供給、及び他のセルスタックS内の塩室17への有機酸塩水溶液の循環供給、及び通電は継続して行われる。このようにして酸洗浄が行われた後は、順次、他のセルスタックS内の塩室17を形成するカチオン交換膜Cの酸洗浄が行われるわけである。
【0046】
また、上述した例では、セルが塩室17とアルカリ室19との2室で構成されているが、所謂3室構造のセルを備えた電気透析槽1を用いての有機酸の製造に本発明を適用することもできる。
【0047】
このような3室構造のセルを備えた電気透析槽1では、図3に示されているように、バイポーラ膜BPとカチオン交換膜Cとにより形成されている塩室17が、その間に配置されたアニオン交換膜Aによって、陰極11側に位置する塩室(原料室)17−1と陽極10側に位置する酸室17−2とに分割された構造となっており、塩室(原料室)17−1には、バイポーラ膜BPを介して隣接しているセルのアルカリ室19が位置している。
【0048】
このような電気透析槽1を備えた装置においては、塩室(原料室)17−1に有機酸塩水溶液が塩液タンク3から循環配管20を介して供給され、且つ酸室17−2には、有機酸液タンク25から循環配管30を介して、製造目的の有機酸と同種の有機酸の希薄水溶液が供給され、且つアルカリ室19には、アルカリ液タンク5から循環配管21を介してアルカリ水溶液が供給されて、通電下での電気透析によって有機酸が製造されることとなる。
【0049】
即ち、塩室17−1に供給された有機酸塩は、解離しているため、通電することによって、カチオンがカチオン交換膜Cを通過してアルカリ室19に移行し、アニオンがアニオン交換膜Aを通過して酸室17−2に移行する。従って、酸室17−2においては、アニオンがバイポーラ膜BPから生成したプロトン(H)と結合して有機酸を生成し、酸室17−2に循環供給される有機酸水溶液の有機酸濃度が次第に上昇し、一定濃度に上昇した時点で、これを回収することにより、目的とする有機酸を得ることができる。また、アルカリ室19では、2室法の場合と全く同様に、カチオンがバイポーラ膜BPから生成した水酸化物イオン(OH)と結合してアルカリが生成し、アルカリ室19に循環されるアルカリ水溶液のアルカリ濃度は次第に上昇し、一定濃度に上昇した時点で、これを回収することにより、目的とするアルカリを得ることができるわけである。
【0050】
上記のようなアニオン交換膜Aとしても従来公知のものを使用することができ、例えば、4級アンモニウム基、1級アミノ基、2級アミノ基、3級アミノ基、さらにこれらのイオン交換基が複数混在したアニオン交換膜を使用できる。また該アニオン交換膜は重合型、縮合型、均一型、不均一型の別なく、また、補強心材の有無や、炭化水素系のもの、フッ素系のもの、材料・製造方法に由来するアニオン交換膜の種類、型式などの別なく如何なるものであってもよい。さらに2N−食塩溶液を5A/dm2の電流密度で電気透析し、電流効率が70%以上の実質的にアニオン交換膜として機能するものであれば、一般に両性イオン交換膜と称されるものであっても使用できる。尚、アニオン交換膜は酸を透過させ易い傾向があるので、酸を透過させにくいものを使用することが好適である。
【0051】
このような3室構造のセルを用いての電気透析に本発明を適用する場合には、洗浄すべきカチオン交換膜Cを有する塩室(原料室)17−1への有機酸塩水溶液の循環供給を停止すると同時に、酸室17−2への有機酸液タンク25からの有機酸水溶液の循環供給を停止し、前述した2室法による場合と同様、他の塩室17−1や酸室17−2への各液の供給は継続し且つ通電下で、洗浄用の酸液タンク7から循環配管23を介しての鉱酸水溶液の循環供給により、前述した2室構造のセルを用いた場合と全く同様にしてカチオン交換膜Cの酸洗浄が行われる。
【0052】
かかる酸洗浄においては、アニオンがアニオン交換膜Aを通過するため、鉱酸水溶液を酸室17−2及び塩室17−1の何れに供給してもよく、勿論、酸室17−2及び塩室17−1の両方に鉱酸水溶液を供給することもできる。また、酸洗浄は、カチオン交換膜Cが形成している塩室17−1内の液のpHが1未満、特に0.9以下となり、このような低pHの液にカチオン交換膜Cが所定時間(5分乃至1時間程度)接触するように行われることも、前述した2室構造のセルを用いた場合と全く同様である。
【0053】
このようにして酸洗浄が行われた後は、通電下で、無機酸水溶液の循環供給を停止し、再び、塩室17−1への有機酸塩水溶液の循環供給及び酸室17−2への有機酸水溶液の循環供給を再開する。この場合、酸室17−2が有機酸水溶液で充満し、且つ塩室17−1が有機酸塩の水溶液で充満されるまで、各室から排出される液をパージするのがよい。このようにして、順次、他のカチオン交換膜Cの酸洗浄が行われる。
【0054】
尚、上記のような3室構造のセルを備えた電気透析槽1においても、2室構造の場合と全く同様、複数のセルによりセルスタックSを形成し、複数のセルスタックを電極間に配しての電気透析に際して、本発明の方法を適用し得ることは言うまでもない。
【0055】
このように本発明においては、種々のタイプの電気透析槽を用いての電気透析により有機酸塩から有機酸を製造するに際して、多価陽イオンの水酸化物の析出によるカチオン交換膜Cの性能低下や破壊を有効に回避し、長期間にわたって効率よく有機酸を製造することができる。例えば、原料として用いる有機酸塩水溶液中の多価陽イオンの濃度が1ppm以上、更に10ppm以上であっても長期に亙ってカチオン交換膜を破壊することなく、また電圧の上昇もなく電気透析を継続することが出来る。
【符号の説明】
【0056】
1:電気透析槽
3:塩液タンク
5:アルカリ液タンク
7:酸洗浄用酸液タンク
10:陽極
11:陰極
17:塩室
19:アルカリ室
BP:バイポーラ膜
C:カチオン交換膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
それぞれ複数枚のバイポーラ膜とカチオン交換膜とを備え、陽極と陰極との間に、これらのバイポーラ膜とカチオン交換膜とが交互に配置され、各バイポーラ膜とその陰極側に配置されたカチオン交換膜との間にそれぞれ塩室が形成され、且つ各バイポーラ膜とその陽極側に配置されたカチオン交換膜との間にそれぞれアルカリ室が形成されている電気透析装置を使用し、通電しながら該塩室に有機酸塩水溶液を循環供給することにより、アルカリ室にアルカリを生成しながら該塩室に循環供給されている有機酸塩を有機酸に転換していく有機酸の製造方法において、
前記通電を連続して行いながら、前記塩室の一部について、有機酸塩水溶液の循環を停止し、該塩室内の液に鉱酸を存在せしめ、且つ、該塩室内の液のpHを1未満に保持することにより、該塩室を形成しているカチオン交換膜の洗浄を行い、この洗浄とともに、他の塩室については、有機酸塩水溶液を循環供給しながらの有機酸塩からの有機酸への転換を連続して行っていくことを特徴とする有機酸の製造方法。
【請求項2】
前記塩室に鉱酸水溶液を循環供給することにより、該塩室に鉱酸を存在せしめる請求項1に記載の有機酸の製造方法。
【請求項3】
前記洗浄を、塩室内の鉱酸濃度が0.1規定以上に維持されるように行う請求項1または2に記載の有機酸の製造方法。
【請求項4】
前記カチオン交換膜の洗浄終了後には、該塩室への有機酸塩の循環供給を再開し、他の塩室について、鉱酸水溶液の供給に切り替えて、該他の塩室を形成しているカチオン交換膜の洗浄を行う請求項1乃至3の何れかに記載の有機酸の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−269288(P2010−269288A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−125682(P2009−125682)
【出願日】平成21年5月25日(2009.5.25)
【出願人】(503361709)株式会社アストム (46)
【Fターム(参考)】