有機酸化物の製造方法
【課題】 有機酸化物を製造するに際し、特に反応後半における有機酸化物の生成速度を良好なものとし、収率を良好なものとし、簡便でかつ高効率な有機酸化物の製造方法を提供する。
【解決手段】 不飽和有機化合物を基質に用いた酸化反応によって有機酸化物を製造する方法であって、該製造方法は、金属元素含有触媒の存在下で、生成する水を除去しながら酸化反応を行う工程を含み、反応開始時から反応終了時までの金属元素含有触媒の平均価数が1.1〜1.8であることを特徴とする有機酸化物の製造方法。
【解決手段】 不飽和有機化合物を基質に用いた酸化反応によって有機酸化物を製造する方法であって、該製造方法は、金属元素含有触媒の存在下で、生成する水を除去しながら酸化反応を行う工程を含み、反応開始時から反応終了時までの金属元素含有触媒の平均価数が1.1〜1.8であることを特徴とする有機酸化物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機酸化物の製造方法に関する。より詳しくは、不飽和有機化合物を基質に用いた酸化反応によって、種々の工業用途において有用な有機材料である有機酸化物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
不飽和有機化合物を酸化することによって得られる有機酸化物としては、エステル類、ケトン類、アルデヒド類、環状不飽和化合物を始め、様々な有機化合物が挙げられ、種々の工業用途において有用な有機材料となり得るものが多く含まれている。
中でも、環状不飽和化合物は、その骨格内に環構造及び環構造の外側に不飽和結合構造を併せもち、多岐に渡る分野において有用な特性を付与する化合物として期待されている。例えば、該化合物の化学構造は生理活性発現骨格として知られており、抗腫瘍剤、抗ウイルス剤等の医農薬中間体として期待される他、蓄電材料や、不飽和結合の重合性を利用して、耐熱性、光学特性、UV硬化性、粘着性等の特性を有する重合体を製造するための単量体として適用されることが期待されるものである。このような単量体から得られる重合体は、電子情報材料、蓄電材料、光学材料、レジスト材料、液晶材料、フィルム材料、冷媒材料、塗料、接着剤、洗剤ビルダー等の各種化学製品の製造原料や医農薬原料に適用できる可能性があり、環状不飽和化合物は、化学、医農薬等の分野において有用な化合物である。このように、有機酸化物は、各種工業用途において利用が期待される有用な化合物である。
【0003】
従来の有機酸化物の製造方法としては、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させて環状不飽和化合物を製造する方法であって、該製造方法は、触媒の存在下で反応させる工程を含む環状不飽和化合物の製造方法が開示されている(例えば、特許文献1参照)。当該製造方法により、反応工程における非環状不飽和化合物の生成を低減し、反応速度及び環状不飽和化合物の収率を向上できることが記載されている。
【0004】
また特定の芳香族ヒドロキシ化合物を、酸化的にカルボニル化反応を行い得られる特定のジアリールカーボネート含有反応混合溶液より、カルボニル化反応で使用した触媒を分離して循環再利用する方法に関し、カルボニル化反応混合溶液中に存在する水を断熱蒸発せしめる触媒回収方法が開示されている(例えば、特許文献2参照)。更に、特定の芳香族ヒドロキシ化合物を酸化カルボニル化する反応において、生成する水分と共に反応混合物から留出することのできる不活性物質を共存させ、生成する水分を不活性物質と共に反応混合物から分離しつつ、特定のジアリールカーボネートを製造する方法が開示されている(例えば、特許文献3参照)。
【0005】
更に、触媒成分としてパラジウム化合物および配位性リン化合物を用いて共役アルカジエン類と水とを反応させてアルカジエノール類を製造する方法において、反応液から触媒成分を回収するに際し、予め、反応液中に含有されPd配位性である不飽和カルボン酸類をPd非配位性化合物に変換処理するアルカジエノール類の製造方法が開示されている(例えば、特許文献4参照)。変換処理方法は、例えば、不飽和カルボン酸類を分子内で環化させて異性体のラクトン類に変換する方法が挙げられる。
【0006】
そして、反応後分離回収した触媒を有機酸と共に加熱処理する桂皮酸エステルの製造法が開示されている(例えば、特許文献5参照)。有機酸で処理するという極めて簡単な方法により、触媒活性を付与しうることを見出したとされている。
なお、一般的なワッカー(Wacker)型反応の例が開示されている(例えば、非特許文献1参照)。当該刊行物のp650の左欄には、「一般には反応剤であるオレフィン、水、PdCl2、再酸化剤を共に溶かす有機溶媒を用いる。」と記載されている。
しかし、いずれの方法も、有機酸化物の製造方法に適用する際には反応を円滑に進行させるための更なる工夫の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2008/023823号パンフレット(第75、107頁)
【特許文献2】特開2002−302468号公報(第2、6頁)
【特許文献3】特開2002−338525号公報(第2、8頁)
【特許文献4】特開平8−176036号公報(第2、6、9頁)
【特許文献5】特開昭60−169441号公報(第1、3頁)
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】辻二郎、他2名「有機合成化学協会誌」、(日本)、有機合成化学協会、1989年、第47巻、第7号、p.649−659
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記現状に鑑みてなされたものであり、有機酸化物を製造するに際し、特に反応後半における有機酸化物の生成速度を良好なものとし、収率を良好なものとし、簡便でかつ高効率な有機酸化物の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した従来の有機酸化物の製造方法においては、水分除去を行うものではなかった。更に生成物の生成速度を高め、収率を優れたものとすることが望まれるところであった。
また上述した芳香族ヒドロキシ化合物含有反応混合溶媒中に存在する水を断熱蒸発させたり、水を反応混合液から分離する方法は、ジアリールカーボネートの加水分解を防ぐことを目的として行うものであり、それ以外の化合物の製造方法における水の影響を示唆するものではなかった。例えば、不飽和有機化合物を基質として用いた酸化反応による有機酸化物の製造方法において、触媒の不活性化を防ぐために水を除去することを示唆するものではなかった。
更に、上述したPd配位性である不飽和カルボン酸類をPd非配位性化合物に変換する方法は、基質としてα,β−不飽和カルボン酸類を用いるような場合には、適用することができない。
そして、上述した反応後分離回収した触媒を有機酸と共に加熱処理する方法は、触媒活性が徐々に失活するような系において、反応終了後に触媒を賦活化するために適用されるものであった。これとは異なって、本発明の課題とするところは、反応中における生成物の生成速度の低下を防止する、特に、有機酸化物の製造方法において、特に反応の後半における有機酸化物の生成速度の大幅な低下を防止することである。
上述したように、パラジウム/銅触媒を用いる一般的なWacker型反応においては反応剤として水が用いられ、例えばDMF/水の混合液中において反応が行われている(例えば、図1の式(1))。当該反応において、水の悪影響は想定していない。しかし、例えば、同様に金属元素含有触媒及び酸化剤の存在下で、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させて環状不飽和化合物を製造する系(例えば、図1の式(2))においては、生成物の生成速度が大幅に低下する。
このように、上述した従来技術は、有機酸化物の製造方法として、収率等の向上の点、また工業的生産に適したものとする点から工夫の余地があった。
【0011】
本発明者は、有機酸化物の効率的な製造方法について種々検討したところ、不飽和有機化合物を基質として用い、金属元素含有触媒の存在下で酸化反応を行うことによって、有機酸化物を製造する方法が工業的な生産に用いられるが、この方法では生成物である有機酸化物の生成速度が大幅に低下してしまうことに着目した。そして、生成物である有機酸化物の生成速度が大幅に低下する原因について検討した結果、酸化反応を行うことにより生成する水に起因して金属元素含有触媒中の金属元素が還元されて金属元素含有触媒の構造が変化し、これによって酸化反応を促進することのできる(触媒活性を有する)金属元素含有触媒の濃度が低下することが原因であると考えられることを見出した。
そして本発明者は、生成する水を除去しながら反応を行い、反応開始時から反応終了時までの金属元素含有触媒の平均価数が1.1〜1.8となるように制御することによって、反応の後半においても当該生成速度の低下を充分に防ぐことができ、このようにすることによって、有機酸化物の製造に際して、収率を良好なものとし、簡便でかつ生成速度の速い高効率なものとすることができることを見出し、上記課題をみごと解決することができることに想到して、本発明に到達したものである。
【0012】
すなわち本発明は、不飽和有機化合物を基質に用いた酸化反応によって有機酸化物を製造する方法であって、上記製造方法は、金属元素含有触媒の存在下で、生成する水を除去しながら酸化反応を行う工程を含み、反応開始時から反応終了時までの金属元素含有触媒の平均価数が1.1〜1.8であることを特徴とする有機酸化物の製造方法である。
以下に本発明を詳述する。
【0013】
本発明の有機酸化物の製造方法は、生成する水を除去しながら酸化反応を行う工程を含むものである。
これにより、金属元素含有触媒の構造が変化して失活することに起因する、触媒活性能を有する金属元素含有触媒の濃度低下を抑えることができ、特に反応後半における有機酸化物の生成速度を充分に促進させることができる。よって、有機酸化物を製造するに際し、収率を良好なものとし、簡便かつ高効率な有機酸化物の製造方法とすることができる。
不飽和有機化合物を基質として用い、金属元素含有触媒の存在下で酸化反応を行うことによって、有機酸化物を製造する系において、反応後半における生成速度が大幅に低下する理由としては、以下のことが考えられる。反応において水が生成し、その量が多くなると、金属元素含有触媒(例えば、パラジウム種)中の金属元素が還元され、金属元素含有触媒の平均価数が低下し、触媒活性を有する金属元素含有触媒の濃度が低下する。後述する金属元素含有助触媒(例えば、銅種)を用いる場合には、金属元素含有助触媒中の金属元素も還元されて金属元素含有助触媒も構造が変化し、酸化能を失ってしまうために、金属元素含有触媒の再酸化能を有する金属元素含有助触媒の濃度が低下し、その結果、金属元素含有触媒が再酸化されにくくなり、触媒活性を有する金属元素含有触媒の濃度を上昇させることができなくなる。このように、酸化反応に伴い生成してくる水が原因であることから、特に反応の後半において触媒の失活が進むこととなり、有機酸化物の生成速度が大幅に低下してしまうこととなる。
これに対し、本発明の製造方法では、反応により生成する水を除去することにより、金属元素含有触媒の平均価数が低下することを抑制し、触媒の失活による生成速度の低下(特に反応後半における反応速度の低下)を充分に防止することができ、これにより反応を促進させることができると考えられる。
なお、本発明の有機酸化物の製造方法は、不飽和有機化合物を基質に用いた酸化反応によって有機酸化物を製造する方法であって、上記製造方法は、金属元素含有触媒の存在下で、生成する水を除去しながら酸化反応を行う工程を含むものである限り、その他の工程を含んでいてもよい。また、不飽和有機化合物、金属元素含有触媒を含む限り、その他の成分が反応系中に含まれていてもよく、不飽和有機化合物、金属元素含有触媒は、それぞれ1種を用いてもよく、2種以上を用いてもよい。
【0014】
本発明の製造方法は、生成する水を除去するために、水を留去する、及び/又は、脱水剤を用いることが好ましい。
これにより、生成する水をより効率的に除去することができ、金属元素含有触媒等の失活を充分に防ぐことができ、本発明の効果をより充分に発揮することができる。
先ず、本発明における水の留去方法について説明する。
上記水の留去は、液相反応・気相反応いずれの場合にも、反応を進行させながら水を揮発させることができる条件であればよく、常圧、加圧、減圧のいずれの条件で行ってもよい。温度条件は、例えば50℃〜500℃がより好ましい。50℃未満であると、反応が充分に進行しなくなるおそれがある。500℃を超えると、基質や生成物が熱重合をおこすおそれがある。下限については、更に好ましくは、60℃以上であり、特に好ましくは、70℃以上である。また、上限については、更に好ましくは、450℃以下であり、更に好ましくは、420℃以下であり、特に好ましくは、400℃以下である。
上記水の留去は、共沸除去によって行うことが本発明の製造方法における好ましい形態である。共沸蒸留に用いる有機溶媒は、後述する溶媒と同様である。また、基質や溶媒とは別の共沸剤を加えてもよい。共沸剤とは、水と共沸する物質である。
これにより、生成する水をより効率的に除去することができ、本発明の効果を更に充分に発揮することができる。
上記共沸除去は、例えば反応容器にディーンスタークを取り付けることにより、反応中に生成する水を連続的に除去して行うことが好ましい。系内に気体を送り込み、その気体が系外へ排出されるように同伴させて除去してもよい。
【0015】
次に、脱水剤を用いる方法であるが、上記脱水剤としては、有機溶媒を脱水するためのものを適宜用いることができる。例えば、モレキュラーシーブス、塩化カルシウム、硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、吸水性樹脂、無水酢酸、無水フタル酸、オルト蟻酸ジエチルフェニル、オルト蟻酸トリイソプロピル、オルト酢酸トリエチル、オルト酪酸トリメチル等が好ましい。これらの1種又は2種以上を用いることが可能である。脱水剤は液中に加えてもよいし、気相部にパレット等の装置を用いて設置してもよい。
これにより、本発明の製造方法をより簡便にすることができ、本発明の効果を更に顕著に発揮することができる。
上記共沸除去方法及び/又は脱水剤を用いる方法においては、反応系中から一部又は全量液を抜き出し、それに含まれる水分を除去した後、再度反応系に戻す系外での水分除去を行ってもよい。
【0016】
上記脱水剤の使用量は、基質や溶媒、触媒等をあわせた反応時に必要となる全質量の3質量%以上、90質量%以下が好ましく、5質量%以上、80質量%以下がより好ましく、7質量%以上、70質量%以下が更に好ましい。
これにより、生成する水を本発明の反応系において充分に除去することができることとなり、金属元素含有触媒等の失活を防ぐことができ、有機酸化物の収率を良好なものとするという本発明の効果を充分に発揮することが可能となる。
【0017】
本発明の製造方法における、酸化反応の反応開始時から反応終了時までの水分量としては、基質や溶媒、触媒、生成物等を合わせた反応系中に存在する化合物の総量において、1〜10000ppmであることが好ましい。酸化反応中の水分量がこのような範囲であると、金属元素含有触媒等の失活を充分に防ぐことができ、本発明の効果を更に充分に発揮することができる。反応中の水分量としてより好ましくは、10〜5000ppmであり、更に好ましくは、50〜3000ppmである。
なお、本発明において「酸化反応の反応開始時から反応終了時までの水分量が1〜10000ppmである」とは、酸化反応の反応開始時から反応終了時までの全期間において、水分量がこの範囲にあることを必ずしも意味するものではなく、反応開始時から反応終了時までの間に一部この水分量を満たさない期間があっても、水分量を1〜10000ppmとすることの効果、すなわち、金属元素含有触媒等の失活が充分に抑制され、その結果、生成する有機酸化物の収率を良好なものとして生成速度の速い高効率な反応とすることができる効果が実質的に得られるような形態も含むものである。
【0018】
本発明の製造方法は、金属元素含有触媒の存在下で反応させるものである。
本発明の製造方法において用いられる金属元素含有触媒は、不飽和有機化合物の酸化反応に用いることのできるものであれば特に制限されず、酸化反応の種類によって適宜好適な触媒を選択して用いることができる。
上記金属元素含有触媒とは、反応の活性化エネルギーを低くする作用を持つ物質で、基質と短寿命の中間体を形成することにより新しい反応経路を可能にし、反応速度を増大させる物質である。触媒は基質よりも相対的に少量である方が好ましいが、基質と当量若しくはそれ以上加えて反応させ、反応後に回収した後、2回目以降の反応にも使用することができる場合にも、ここでは触媒と呼ぶ。後述する金属元素含有助触媒についても同様であり、助触媒は基質よりも相対的に少量である方が好ましいが、基質と当量若しくはそれ以上加えて反応させ、反応後に回収した後、2回目以降の反応にも使用することができる場合にも、ここでは助触媒と呼ぶ。このとき、1回目の反応終了後に触媒活性を戻すために処理を施しても良いし、施さなくても良い。なお、金属元素含有触媒を、本明細書中、単に触媒ともいう。
上記金属元素含有触媒により、本発明の製造方法の反応速度及び有機酸化物の収率をより高いものとすることができ、有機酸化物の高収率かつ高効率な製造方法とすることができる。
【0019】
上記金属元素含有触媒は、酸化反応の反応開始時から反応終了時までの平均価数が、1.1〜1.8であるものである。酸化反応中の触媒の平均価数がこのような範囲であれば、該触媒は、反応期間中全般に渡って、充分に触媒活性を有する金属元素含有触媒であるということができ、これにより、高収率に、かつ、高効率に有機酸化物を製造することが可能となる。上記金属元素含有触媒の平均価数として好ましくは、1.11〜1.75であり、より好ましくは、1.15〜1.7である。更に好ましくは、1.15〜1.65である。
なお、上記平均価数は、X線吸収微細構造解析(XAFS)により、後述する実施例と同様にして測定することができる。
上記金属元素含有触媒の平均価数は、酸化反応の反応開始時から反応終了時まで全期間において、上述した範囲内となっていることが好ましいが、生成する有機酸化物の収率を良好なものとし、生成速度の速い高効率な反応とすることができる限り、一部の期間が当該範囲外となっていてもよい。
【0020】
本発明の製造方法において用いられる上記金属元素含有触媒は、第8〜12族元素からなる群より選ばれる少なくとも一つの元素を含む化合物を必須とするものであることが好ましい。上記元素は1種若しくは2種以上を使用することができる。
上記金属元素含有触媒がこのようなものであると、本発明の製造方法の反応速度及び有機酸化物の収率をより高いものとする効果がより顕著に発揮される。
上記金属元素含有触媒は、第10族元素からなる群より選ばれる少なくとも一つの元素を含む化合物を必須とするものであることが更に好ましい。
上記第10族元素からなる群より選ばれる少なくとも一つの元素を含む化合物としては、特に限定されないが、例えば、ニッケルを含む化合物、パラジウムを含む化合物、白金を含む化合物が挙げられる。その中でも、本発明に用いるものとしては、パラジウムを含む化合物が特に好ましい。すなわち、上記金属元素含有触媒は、パラジウム元素含有触媒であることが好ましい。
【0021】
上記パラジウム元素含有触媒は、パラジウムを含む化合物であって触媒作用を有するものであればよいが、例えば2価パラジウム化合物が好ましく、中でも、酢酸パラジウムやトリフルオロ酢酸パラジウム等に代表されるパラジウムカルボキシラート、硝酸パラジウム、硫酸パラジウム、フッ化パラジウム、塩化パラジウム、臭化パラジウム、ヨウ化パラジウム、水酸化パラジウム、炭酸パラジウム、ビス(アセトニトリル)ビス(ベンゾニトリル)塩化パラジウム、テトラクロロパラジウム酸ナトリウム、テトラクロロパラジウム酸カリウム、テトラキス(アセトニトリル)パラジウムテトラフルオロボレート等に代表されるカチオン性パラジウム、ビス(アセチルアセトナート)パラジウム等に代表される酸素配位性有機基を有するパラジウム、ジクロロ(オクタジエン)パラジウム等に代表される不飽和結合含有有機基を有するパラジウム、窒素原子含有有機化合物が配位したパラジウム、リン原子含有有機化合物が配位したパラジウム、カルベン含有有機化合物が配位したパラジウム、ニトロ基及び/又はニトロソ基が配位したパラジウム、酸化パラジウム等に代表される2価のパラジウムが好ましい。その他、[Pd4(CO)4(OCOCH3)4]・2CH3COOHに代表される1価のパラジウム、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム、パラジウム黒等に代表される0価のパラジウムでもよく、3価若しくは4価のパラジウムでもよい。0価のパラジウムを使用した場合には、反応系中で酸化状態のパラジウムを形成することになる。上記パラジウム化合物の中でも、酢酸パラジウムやトリフルオロ酢酸パラジウム等に代表されるカルボキシラート系錯体、塩化パラジウム、硝酸パラジウム、テトラクロロパラジウム酸ナトリウム、テトラクロロパラジウム酸カリウム、テトラキス(アセトニトリル)パラジウムテトラフルオロボレート等に代表されるカチオン性パラジウム(カチオン性錯体)、ビス(アセチルアセトナート)パラジウム等に代表される酸素配位性有機基を有するパラジウム(アセチルアセトナート系錯体ともいう)、ジクロロ(オクタジエン)パラジウム等に代表される不飽和結合含有有機基を有するパラジウム、[Pd4(CO)4(OCOCH3)4]・2CH3COOHが特に好ましい。中でも、カルボキシラート系錯体、アセチルアセトナート系錯体、及びカチオン性錯体が更に好ましい。言い換えれば、カルボキシラート系錯体、アセチルアセトナート系錯体及びカチオン性錯体からなる群より選択される少なくとも1種が更に好ましい。錯体の配位子を選択することにより、酸化還元電位やパラジウムの電子状態及び電子軌道エネルギー準位を任意に調整することができ、反応に適した触媒を設計することができる。パラジウムが配位子を有する場合には、該配位子は単座配位子でもよいし、二座以上の多座配位子でもよい。光学活性な配位子を有するパラジウムを触媒に用いた場合には、例えば、基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いることで、β位及び/又はγ位に光学活性点を有するα−メチレン−γ−ブチロラクトン類を合成することが可能となる。上記触媒は、1種又は2種以上を使用することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0022】
本発明の製造方法における上記金属元素含有触媒は、均一系触媒、不均一系触媒にかかわらず、単核化合物でもよいし、2核以上の化合物であってもよく、予め合成することにより得られた単核化合物や2核以上の化合物を触媒として用いるものであってもよいが、反応開始時には金属元素含有触媒が単核化合物や2核以上の化合物を含まないで、反応中に単核化合物や2核以上の化合物が生成して、それらが触媒として作用するものであってもよい。
上記触媒は、1種又は2種以上を使用することができ、助触媒を含めて、反応前に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0023】
本発明の有機酸化物の製造方法において、反応工程内における触媒中にしめる金属元素の使用量が、不飽和有機化合物に対して、50mol%以下であることが好ましい。より好ましくは、20mol%以下であり、更に好ましくは、10mol%以下であり、特に好ましくは、5mol%以下である。
また、1×10−8mol%以上であることが好ましい。より好ましくは、5×10−6mol%以上であり、更に好ましくは、5×10−4mol%以上であり、特に好ましくは、1×10−4mol%以上である。
上記触媒中にしめる金属元素の使用量が、50mol%を超えると、生成物の収率が向上せず、経済的に不利となる場合がある。1×10−8mol%未満であると、触媒の量が少ないことから、反応が充分に進行しなくなるおそれがある。
上記触媒の濃度、すなわち反応させる液相中における上記金属元素の濃度は、好ましくは、1×10−8M以上、1M以下であり、より好ましくは、1×10−7M以上、5×10−1M以下であり、更に好ましくは、1×10−6M以上、2×10−1M以下である。特に好ましくは、5×10−6M以上、1×10−1M以下である。
これにより、生成物の収率を更に向上させることが可能である。
なお、上記触媒中にしめる金属元素の使用量、濃度は、単独で触媒反応を示す主触媒、すなわちパラジウム触媒の使用量、濃度であり、触媒反応を補助的に強化する助触媒(例えば、銅種)を含んだ使用量、濃度ではない。気相反応を行う場合には、SV=1h−1以上であることが好ましい。
【0024】
上記金属元素含有触媒は、反応系中で単独に存在してもよいし、助触媒(金属元素含有助触媒)や酸化剤と2核以上の化合物や合金を形成してもよい。また、1種又は2種以上を使用することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0025】
つまり、一つの実施形態を例示して説明すると以下のようになる。
図2は、本発明の実施形態の一つを示すものであり、基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いた場合について、本発明の製造方法における一つの反応工程の概略を示した図である。ここでは、触媒反応により触媒活性種(例えば、パラジウム種)が酸化数の高い状態から酸化数の低い状態に還元されることを示している。反応を進行させるためには、触媒活性種を再酸化する必要がある。
図2において、Pd(酸化状態)は酸化状態のパラジウム(例えば、1〜4価のパラジウム種や、プラスに電荷を帯びたパラジウム種等)であり、Pd(還元状態)は還元状態のパラジウム(例えば、0価のパラジウム)である。例えば、実施例1において、α,β−不飽和カルボン酸はアクリル酸であり、α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物は1−オクテンである。α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物がパラジウムに配位した後、α,β−不飽和カルボン酸(イオン)がα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物の不飽和結合を求核的に攻撃(若しくはパラジウム−アクリレート種に1−オクテンが挿入)して結合し、続いてα,β−不飽和カルボン酸の不飽和結合が、生成したパラジウム−炭素結合に挿入反応を起こし、β−ヒドリド脱離を経て生成物である環状不飽和化合物を与えることになる。この時反応に関与するパラジウムは、1原子以上である。その他、基本的な経路としては相違ないが、パラジウムが酸化状態(例えば2価)を保持したまま反応が進行する場合や、還元状態のパラジウム種が活性種として働き、反応が進行する場合もある。
【0026】
本発明の製造方法は、金属元素含有助触媒の存在下で反応を行うものであることが好ましい。
上記金属元素含有助触媒を用いて反応させる形態によって、有機酸化物を製造するに際し、反応速度や収率を良好なものとしたうえで、触媒効率等の点で優れるものとすることができる。なお、金属元素含有助触媒を、本明細書中、単に助触媒ともいう。
上記金属元素含有助触媒とは、それ自体単独では直接に基質と中間体を形成することは無いが、中間体を形成することが出来る(主)触媒(例えば、パラジウム触媒)と同時に使用することで、単独で反応することが出来る(主)触媒の効果を著しく促進することが出来る触媒のことを言う。本明細書中では、単に触媒と記載した場合には、主触媒を指し、助触媒は含まれない。また、金属元素含有触媒と金属元素含有助触媒とからなる多成分系において、金属元素含有触媒が単独で示す触媒反応を強化する作用を持つ補助成分となるものであって、再酸化工程を円滑にする機能を有し、下記に例示されるようなものであることが好ましい。これら金属元素含有助触媒は、反応に関与するが、反応した後は元の価数に戻るとされるものである。再酸化工程を円滑にする機能とは、金属元素含有触媒が再酸化する際に酸化還元機構の一部に組み込まれて自ら酸化還元し、それにより酸化還元機構において金属元素含有触媒がより再酸化されやすくする機能をいう。金属元素含有助触媒は、無機物でもよいし有機物であってもよく、実施する反応条件に即して適宜選択することができ、また、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。なお、このような金属元素含有助触媒は、反応系中で単独に存在してもよいし、主成分となる触媒や他の触媒成分と2核以上の化合物や合金等を形成してもよい。また、金属元素含有助触媒は、1種を用いてもよく、2種以上を用いてもよい。
再酸化は、通常は反応系中で行われるものである。金属元素含有助触媒を含む化合物1種以上を、系中に単独で存在させること若しくは触媒に共存させることが好ましい。このとき、上記金属元素含有助触媒を含む化合物は、反応系中で単独に存在してもよいし、主成分となる金属元素含有触媒や他の触媒成分と2核以上の化合物や合金等を形成してもよい。
【0027】
上記金属元素含有助触媒は、酸化反応の反応開始時から反応終了時までの平均価数は、反応に用いる溶媒の種類によっても変化する場合があるため、溶媒の種類に応じて適宜設定することができるが、1.3〜2.1であることが好ましい。酸化反応中の助触媒の平均価数がこのような範囲であれば、該助触媒は、反応期間中全般に渡って、上述した金属元素含有触媒の再酸化工程を円滑にする機能を充分に発揮することができるものであるということができ、これにより、金属元素含有触媒の酸化触媒能が低下するのを抑制することで、更に高収率に、かつ、高効率に有機酸化物を製造することが可能となる。上記金属元素含有助触媒の平均価数として好ましくは、1.4〜2.05であり、より好ましくは、1.5〜2.0である。更に好ましくは、1.55〜1.95である。
このように、本発明の有機酸化物の製造方法は、酸化反応工程が金属元素含有触媒と共に金属元素含有助触媒の存在下で行われ、反応開始時から反応終了時までの金属元素含有助触媒の平均価数が1.3〜2.1であることもまた、本発明の好適な実施形態の1つである。
なお、上記平均価数は、上述した金属元素含有触媒の平均価数の測定と同様にして測定することができる。
また、上記金属元素含有助触媒の平均価数は、酸化反応の反応開始時から反応終了時まで全期間において、上述した範囲内となっていることが好ましいが、生成する有機酸化物の収率を良好なものとし、生成速度の速い高効率な反応とすることができる限り、一部の期間が当該範囲外となっていてもよい。
【0028】
上記金属元素含有助触媒に含まれる金属元素としては、例えば、バナジウム、モリブデン、タングステン、鉄、ルテニウム、コバルト、マンガン、銅、銀、金、ホウ素、アルミニウム、錫、鉛、アンチモン、ビスマス、セレン、テルル等が挙げられ、これらの1種又は2種以上を使用することができる。より好ましくは、バナジウム、モリブデン、鉄、コバルト、マンガン、銅、銀、金、アンチモン、ビスマス、セレン及びテルルからなる群より選ばれる少なくとも一つの元素を含む化合物である。
上記金属元素含有助触媒は、実施する反応条件に即して適宜選択することができ、無機物でもよいし有機物を含んでいてもよい。上記化合物の形態としては、酸化物、ポリオキソメタレート化合物、水酸化物、ハロゲン化物(例えば、フッ化物)、合金化合物、有機基含有化合物、塩、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩等が挙げられ、より好ましくは、酸化物、ポリオキソメタレート化合物、ハロゲン化物、合金化合物、有機基含有化合物、塩である。すなわち、上記化合物の形態としては、酸化物、ポリオキソメタレート化合物、ハロゲン化物、合金化合物、有機基含有化合物及び塩からなる群より選ばれる少なくとも1種以上であることがより好ましい。ポリオキソメタレート化合物は、構成元素の選択やカウンターカチオンの選択により、一方、有機基含有化合物は、配位子の選択により、酸化還元電位や元素の電子状態及び電子軌道エネルギー準位を任意に調整することができる。中でも、銅を含む化合物であることがより好ましい。言い換えれば、上記金属元素含有助触媒は、銅元素含有助触媒であることが本発明の有機酸化物の製造方法における好ましい形態である。また、酸化バナジウム、酸化モリブデン、酸化タングステン、酸化鉄、酸化銅、酸化アンチモン、酸化ビスマス、二酸化セレン、二酸化テルル、ポリオキソメタレート系化合物等の酸化物の他、カルボキシラート類、アセチルアセトナート類、窒素含有有機化合物類、リン含有有機化合物類、不飽和有機化合物類、カルベン類、ハロゲン等を配位子として有する配位金属化合物が好ましい。より好ましくは、カルボキシラート類、アセチルアセトナート類、窒素含有有機化合物類、不飽和有機化合物類、ハロゲンを配位子として有する配位金属化合物であり、更に好ましくは、カルボキシラート類、アセチルアセトナート類、窒素含有有機化合物類、不飽和有機化合物類、ハロゲンを配位子として有する銅化合物である。このような化合物を用いることにより、触媒の再酸化工程が円滑になり、本発明の有機酸化物の製造方法をより効率のよいものとすることができる。この理由としては、(1)上記配位子の配位により、助触媒が触媒を再酸化しやすい形態となる(2)酸化剤が金属に配位しやすくなる、(3)還元状態となった触媒の凝集を抑制できる(4)副反応が抑制される(5)基質と触媒と助触媒との間で配位子交換が起こり得ること等が考えられる。助触媒が配位子を有する場合には、該配位子は単座配位子でもよいし、二座以上の多座配位子でもよい。光学活性な配位子を有する化合物を用いた場合には、例えば、基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いることで、配位子交換を通じて、β位及び/又はγ位に光学活性点を有するα−メチレン−γ−ブチロラクトン類を合成することが可能となる。
【0029】
本発明の有機酸化物の製造方法において、反応工程内における助触媒中にしめる金属元素の使用量が、不飽和有機化合物に対して、1×10−7mol%以上、500mol%以下が好ましい。上限は200mol%以下であることがより好ましい。更に好ましくは、100mol%以下であり、特に好ましくは、50mol%以下である。また、下限は5×10−5mol%以上であることがより好ましい。更に好ましくは、5×10−3mol%以上であり、特に好ましくは、1×10−3mol%以上である。助触媒中にしめる金属元素の使用量が、500mol%を超えると、生成物の収率が特に向上しないことから経済的に不利となる場合がある。1×10−7mol%未満であると、助触媒の量が少ないことから、反応が充分に進行しなくなるおそれがある。気相反応を行う場合には、SV=1h−1以上であることが好ましい。
なお、上記助触媒中にしめる金属元素の使用量は、触媒反応を補助的に強化する助触媒(例えば、銅種)の使用量であり、単独で触媒反応を示す主触媒、すなわちパラジウム触媒を含んだ使用量ではない。
本発明の有機酸化物の製造方法の好ましい形態としては、例えば、パラジウム元素含有触媒としての酢酸パラジウム又はトリフルオロ酢酸パラジウムに加えて、銅元素含有助触媒として酢酸銅又はトリフルオロ酢酸銅を用いる形態が挙げられる。
【0030】
上記助触媒(例えば、銅種)が再酸化工程を円滑にする機能を有する場合は、触媒活性種が再酸化されやすくなる。助触媒が触媒と2核以上の錯体(例えば、パラジウム−銅錯体)を形成して酸化数の高い状態が維持される場合等には、触媒活性種が失活しないことになる。いずれの場合も、触媒が失活した凝集粒子になることが充分に抑制され、酸化・還元のサイクルや、高酸化数触媒活性種の維持が効率的に起こることになる。同時に、Wacker型反応では再酸化を効率的に行うために、触媒や系中に塩酸を導入することが知られているが、上記酸化方法はこのような化合物を特に使用することなく、上記再酸化が進行するため、腐食、生成物の異性化、塩素含有副生物、環境汚染等の問題も回避できることになる。
【0031】
本発明の製造方法は、酸化剤の存在下で反応させるものであることが好ましい。特に、酸化剤を用いて金属元素含有触媒を再酸化する工程を含むものであることが好ましい。
上記再酸化とは、反応系中、若しくは、反応後において、触媒の還元された成分を、還元される前、若しくは、それに近い酸化状態に酸化することを意味する。つまり、触媒活性種である金属元素含有触媒が、反応工程において還元されて酸化数が低くなったものを、再び高い酸化数に酸化することを意味する。例えば、1価〜4価のパラジウム種、又は、ややプラス電荷を帯びたパラジウム種が、反応工程において還元されてそれよりも低い価数になったものを、再び元の状態や価数、若しくは、それに近い価数や状態に酸化することを意味する。
上記酸化剤は、触媒の酸化を行う酸化剤を意味するが、反応機構上、触媒が低酸化数や低酸化状態に落ちることなく、高酸化数や高酸化状態を保持して反応が進行する経路も考えられ、上記高酸化数や高酸化状態を保持する役目を担う剤も、ここでは酸化剤という。また、上記「触媒の酸化を行う酸化剤」とは、触媒を酸化したり触媒の高酸化数や高酸化状態を保持する酸化剤に加えて、助触媒を用いる場合には、酸化剤が助触媒を酸化したり助触媒の高酸化数や高酸化状態を保持し、当該助触媒が触媒を酸化したり触媒の高酸化数や高酸化状態を保持するような酸化剤も含むものである。
【0032】
上記酸化剤としては、反応に悪影響を及ぼさない限り特に限定されるものではなく、有機系酸化剤及び/又は無機系酸化剤のいずれも使用することができ、1種又は2種以上使用することができる。有機系酸化剤とは、金属元素や半金属元素を含まず、主に炭素からなる酸化剤を指し、無機系酸化剤とは、炭素以外の元素からなる酸化剤を指す。有機配位子を含有する金属化合物や半金属化合物は、ここでは無機系酸化剤に分類する。中でも、キノン類、過酸化物、酸素、酸化物、亜硝酸エステル類、鉱酸、一酸化窒素、一酸化二窒素等が好ましい。より好ましくは、ベンゾキノン、アントラキノン、2−(シクロヘキシルスルフィニル)−ベンゾキノン、2−(フェニルスルフィニル)−ベンゾキノン、過酸化水素、過酸化水素水、過酢酸、酸素存在下で過酸化物を発生し得るイソブチルアルデヒド等のアルデヒド類、クメンハイドロパーオキシド、エチルベンゼンハイドロパーオキシド、t−ブチルハイドロパーオキシド、ヨードシルベンゼン、過ヨウ素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、オキソン、分子状酸素(O2)、原子状酸素、オゾン、酸化ルテニウム、酸化アンチモン、酸化ビスマス、酸化セレン、酸化テルル、ポリオキソメタレート、酸化バナジウム、バナジルアセチルアセトナート等のバナジウム含有化合物、二酸化マンガン、酢酸マンガン等のマンガン含有化合物、亜硝酸メチル、亜硝酸エチル、亜硝酸ブチル、亜硝酸t−ブチル、塩酸、硝酸、硫酸、一酸化窒素等が好ましい。キノン類は、系中で発生させてもよく、ヒドロキノン類を前駆体として使用することも可能である。遷移金属含有化合物を使用する場合は、反応系中で単独に存在してもよいし、金属元素含有触媒と2核以上の化合物を形成してもよい。上記酸化剤は、実施する反応条件に即して適宜選択することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0033】
上記分子状酸素は、圧力調整や気相部組成の管理目的、重合禁止剤としても用いることが可能である。
本明細書中、分子状酸素を酸素ともいう。
上記酸化剤の一つは、少なくとも酸素であることが特に好ましい。中でも、酸化剤が実質的に酸素だけからなる形態が本発明の特に好ましい実施形態である。当該形態により、有機酸化物を効率よく製造することができ、コスト面、環境面等において有利となる。
【0034】
本発明の有機酸化物の製造方法は、酸化剤を用いて触媒を再酸化する工程を含むものとすることにより、触媒が好適に再酸化されることで触媒の酸化・還元のサイクルが効率的に行われたり、触媒が高酸化状態で保持されたりすることになり、生成物である有機酸化物の収率を高めることができ、工業的製造に適用する際に有用なものとなる。
【0035】
上記有機系酸化剤を用いて触媒を再酸化する場合であっても、無機系酸化剤を用いて触媒を再酸化する場合であっても、回分式、半回分式、流通式(固定床・流動床)、高速ジェットを利用したループリアクター等のような拡散律速反応に適した反応形式等いずれの反応様式においても、反応工程内における酸化剤の使用量が、不飽和有機化合物に対して1×107mol%以下であることが好ましい。また、不飽和有機化合物に対して、1×10−7mol%以上であることが好ましい。不飽和有機化合物に対して、1×107mol%を超えたり、1×10−7mol%未満となると、本発明の製造方法の生成物である有機酸化物の収率が低くなるおそれがある。反応の進行状況により、反応中に酸化剤を適宜加えてもよい。気相反応を行う場合には、SV=1h−1以上であることが好ましい。
【0036】
上記有機系酸化剤は、金属元素や半金属元素を含まず、主に炭素から構成される酸化剤であれば特に限定されず、一般に使用されるものを適宜用いることができる。
上記有機系酸化剤を用いる場合は、有機系酸化剤の一つが、ベンゾキノン類及び/又は過酸化物類であることが好ましい。
ベンゾキノン類とすると、それが金属元素含有触媒に配位し、基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いた場合に、生成物である有機酸化物のうち、環状不飽和化合物の生成選択率を高める効果も発現し得る。
【0037】
上記分子状酸素は、酸化剤として作用するものであるため、触媒や基質が存在するいわゆる反応場に存在することが好ましい。すなわち、分子状酸素が酸化剤として作用することになるように、不飽和有機化合物が酸化されて有機酸化物が得られる反応が起こる場に分子状酸素が存在するようにすることが好ましい。酸化剤としての作用は、触媒に対する再酸化剤としての作用となる。したがって、本発明においては、分子状酸素が実質的かつ主体的に触媒に対する再酸化剤として作用することになるように分子状酸素を反応場に存在させて反応を行うことになることが好ましい。このように反応場に酸素を存在させることにより、有機酸化物を製造するに際し、反応速度や収率を良好なものとし、簡便でかつ効率のよいものとしたうえで、特に触媒効率等の点で優れる有機酸化物の製造方法とすることができる。なお、分子状酸素は、本発明の製造方法にいう助触媒には該当しない。
【0038】
上記のことから、本発明の製造方法における好ましい形態としては、分子状酸素を用いて酸化する工程を含む形態である。
上述したように、本発明における酸化とは、反応工程において還元された触媒を、分子状酸素を酸化剤として用いて再酸化すること、つまり、反応系中等において、触媒の還元された成分を、還元される前又はそれに近い酸化状態に酸化することであることが好ましい。例えば、触媒活性種(パラジウム原子等)が、反応工程において還元されて酸化数が低くなったものを、再び高い酸化数に酸化することを意味する。例えば、1〜4価の触媒活性種、又は、ややプラス電荷を帯びた触媒活性種が、反応工程において還元されてそれよりも低い価数になったものを、再び元の状態や価数、若しくは、それに近い価数や状態に酸化することを意味する。これにより、反応において還元され、失活した触媒が、反応前と同等又はそれに近い状態に戻ることになる。
【0039】
上記触媒が好適に再酸化されることで触媒の酸化・還元のサイクルが効率的に行われたり、触媒が高酸化状態で保持されたりすることになり、生成物である有機酸化物の収率を高めることができ、工業的製造に適用する際に有用なものとなる。
【0040】
本発明の製造方法は、反応させる液相部に接触する気相部の分子状酸素分圧が0.0001MPa以上となるようにして酸化する工程を含むものであることが好ましい。より好ましくは、0.001MPa以上であり、更に好ましくは、0.005MPa以上である。このような条件下で反応させることにより、触媒サイクルの回転数が増大し、本発明において有機酸化物を製造するに際し、反応速度や収率、触媒効率等を優れたものとすることができる。上記分子状酸素分圧の上限は、反応装置の耐圧性向上のために費用がかかるなど経済的に不利になることから、10MPa以下であることが好ましい。気相反応を行う場合には、SV=1h−1以上であることが好ましい。
【0041】
本発明の製造方法は、上述したように酸化剤として実質的に分子状酸素だけを用いる形態であることが好ましいが、本発明の効果が充分に発揮される限り、分子状酸素以外の酸化剤の存在下で反応を行うものであってもよい。
上記分子状酸素以外の酸化剤としては、反応に悪影響を及ぼさないものが好適であり、有機系酸化剤及び/又は無機系酸化剤のいずれも使用することができ、1種又は2種以上使用することができる。上記酸化剤は、実施する反応条件に即して適宜選択することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0042】
上記製造方法は、溶媒の存在下で反応させる工程を含むものであることが好ましい。このようにすることにより、有機酸化物の収率及び生成速度を高めることができる。上記理由としては、金属周りの配位環境や電子状態に変化が起きることにより、例えば、基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いた場合において、α,β−不飽和カルボン酸がα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物の二重結合を求核的に攻撃した後に続くβ−ヒドリド脱離が抑制されて、α,β−不飽和カルボン酸由来の不飽和部位の金属への配位と挿入反応が効率よく進行することになり、環状不飽和化合物が生成しやすくなることや、有機酸化物合成に有効な触媒活性種(例えば、単核パラジウム種、異核パラジウム種、複核パラジウム種、パラジウムクラスター、パラジウムナノ粒子、パラジウム含有金属ナノ粒子等)の生成及び安定化を助けたり、触媒同士の凝集を抑制したり、触媒活性種の活性を高めたり、再酸化が進行しやすくなったりする結果、触媒活性種を高酸化状態とすることに有利に働く等が推察される(図1参照)。基質が反応条件において液体である場合には、それ自体を溶媒とすることも可能である。
上記溶媒は、反応の進行を阻害しないものであればよいが、例えば、炭化水素化合物、芳香族化合物、エステル基含有化合物、エーテル基含有化合物、水酸基含有化合物、アミド基含有化合物、及びカーボネート基含有化合物からなる群より選択される少なくとも1種を含有するものを用いて反応させるものであることが好ましい。より好ましくは、炭化水素化合物、芳香族化合物、エステル基含有化合物及びカーボネート基含有化合物からなる群より選択される少なくとも1種を含有するものであることであり、特に好ましくは、炭化水素化合物、芳香族化合物及びエステル基含有化合物からなる群より選択される少なくとも1種を含有する溶媒である。
これら有機溶媒の存在下で反応させることにより、例えば、再酸化剤として実質的に酸素だけを用いて、またより少ない触媒量で、環状不飽和化合物を効率よく製造するという効果がより充分に発揮されることになる。またコスト削減、環境面においても有利となる。更に、反応速度及び有機酸化物の収率が大幅に向上することになる。
上記炭化水素化合物は、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタン、オクタン等が好適なものとして挙げられる。
上記芳香族化合物は、ベンゼン、トルエン、ベンゾニトリル、キシレン、エチルベンゼン、クメン、アニソール、安息香酸メチル、フタル酸ジメチル、フタル酸ジエチル、フタル酸ジブチル、フタル酸ジオクチル、メシチレン、プソイドクメン及びトリフルオロトルエン等が好適なものとして挙げられる。
上記エステル基含有化合物は、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸n−ブチル、酢酸t−ブチル、アセトキエトキシエタン、プロピオン酸エチル、ギ酸エチル、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、β−ブチロラクトン、γ−ブチロラクトン、α−メチレン−γ−ブチロラクトン類、α−ビニル−γ−ブチロラクトン類、マレイン酸ジメチル、オレイン酸メチル、ステアリン酸メチル、フェニル酢酸メチル、酢酸ベンジル等が好適なものとして挙げられる。
【0043】
上記有機溶媒は、炭化水素化合物、芳香族化合物、エステル基含有化合物、エーテル基含有化合物及びカーボネート基含有化合物からなる群より選択され、かつ炭素、水素、酸素及びハロゲン以外の元素が含まれていないことが好ましい。言い換えれば、上記有機溶媒は、実質的に炭素、水素、酸素及びハロゲン以外の元素が含まれていないことが本発明の製造方法における好ましい形態である。
これにより、本発明の反応速度や収率を良好なものとする効果を更に充分に発揮することができる。
上記「実質的に炭素、水素、酸素及びハロゲン以外の元素が含まれていない」とは、わずかに他の元素が含まれていても、本発明の反応速度や収率を良好なものとする効果を奏することができるものであればよい。
より好ましくは、実質的に炭素、水素及び酸素以外の元素が含まれていないことである。
上記溶媒は、1種類を用いてもよく、また、2種類以上を適宜混合して用いてもよく、その種類及び使用量は、基質や触媒に応じて適宜設定することができる。
上記溶媒の好ましい使用量は、基質や溶媒、触媒をあわせた反応時に必要となる全質量の5質量%以上、99質量%以下が好ましく、10質量%以上、98質量%以下がより好ましく、20質量%以上、95質量%以下が更に好ましい。
これにより、本発明の効果をより充分に発揮することが可能である。
【0044】
本発明の有機酸化物の製造方法において、上述した反応工程における反応条件としては、例えば、反応温度は、0℃以上が好ましく、また、300℃以下が好ましい。より好ましくは、20℃以上、200℃以下である。更に好ましくは、50℃以上、170℃以下である。反応時間は、1時間以上が好ましく、また、96時間以下が好ましい。より好ましくは、2時間以上、90時間以下である。更に好ましくは、4時間以上、60時間以下である。
なお、本発明の有機酸化物の製造方法が水を留去する形態においては、上述した留去のための好ましい温度を反応温度とすることが好ましい。
また、反応初期の反応釜内の圧力としては、常圧以上、ゲージ圧25MPa以下が好ましい。上限は、20MPaがより好ましく、18MPaが更に好ましい。
圧力調整や気相部組成の管理が必要な場合には、それに使用する気体としては、反応に悪影響を及ぼさないものであればよく、例えば窒素、酸素、空気、酸素/窒素標準ガス、二酸化炭素、ヘリウム、アルゴン等が好ましい。上記気体は、1種を用いてもよく、また、2種以上を適宜混合して用いてもよい。
【0045】
本発明の有機酸化物の製造方法における不飽和化合物は、目的とする生成物に応じて適宜選択することができ、特に制限されないが、α,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを含むことが好ましい。このような化合物を基質として用いることによって本発明の製造方法により環状不飽和化合物を製造することが可能となる。
すなわち、本発明の製造方法は、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを酸化剤の存在下で酸化反応させて有機酸化物を製造することもまた、本発明の好適な実施形態の1つである。
【0046】
上記α,β−不飽和カルボン酸及び上記α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物としては、α,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを反応させることにより環状不飽和化合物を得ることができるものであればよい。
基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いた場合の、本発明の製造方法における環状不飽和化合物合成反応式は、例えば下記式(1)のように表される。
【0047】
【化1】
【0048】
上記式(1)で表されるものについて以下に説明する。
式中、上記R1及びR2は、同一若しくは異なって、水素原子、炭素数1以上30以下のアルキル基、シクロアルキル基、芳香族基含有基であることが好ましい。これらは、エステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、ハロゲン基、イソニトリル基、シアナート基、イソシアナート基、チオシアナート基、イソチオシアナート基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホキシド基、スルホン基、ニトロ基、ニトロソ基、スルホン酸基、カルボニル基(例えば、ケトンやアルデヒド)、アミノ基、アミンオキシド基、ニトロン基、アミド基、アジド基、アセタール基、アゾ基、アゾキシ基、アジン基、イミノ基、イミド基、エナミン基、エナミド基、オルトエステル基、ジアゾ基、ジアゾニウム基、ケタール基、オニウム塩基、複素環式化合物、ヘテロ元素含有基(P、S、Si、B等)等の原子団を有していてもよい。R1及びR2としてより好ましくは、水素原子、炭素数1以上20以下のアルキル基、炭素数4以上20以下のシクロアルキル基、炭素数6以上20以下の芳香族基含有基である。更に好ましくは、水素原子、炭素数1以上12以下のアルキル基、炭素数4以上12以下のシクロアルキル基、フェニル基、メチルフェニル基、ベンジル基、ナフチル基である。特に好ましくは、水素原子、炭素数1以上8以下のアルキル基、フェニル基、メチルフェニル基である。最も好ましくは水素原子である。すなわち、α,β−不飽和カルボン酸がアクリル酸であることが特に好ましい。
上記R1、R2は、結合し、環構造を形成してもよい。
【0049】
上記R3、R4、R5及びR6としては、同一若しくは異なって、水素原子、水酸基、炭素数1以上60以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、芳香族基含有基、直鎖不飽和アルキル基、分岐不飽和アルキル基若しくは脂環式不飽和アルキル基、又は、炭素数0以上60以下のエステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、ハロゲン基、イソニトリル基、シアナート基、イソシアナート基、チオシアナート基、イソチオシアナート基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホキシド基、スルホン基、ニトロ基、ニトロソ基、スルホン酸基、カルボニル基(例えば、ケトンやアルデヒド)、アミノ基、アミンオキシド基、ニトロン基、アミド基、アジド基、アセタール基、アゾ基、アゾキシ基、アジン基、イミノ基、イミド基、エナミン基、エナミド基、オルトエステル基、ジアゾ基、ジアゾニウム基、ケタール基、オニウム塩基、複素環式化合物、ヘテロ元素含有基(P、S、Si、B等)等を有する原子団が好ましい。より好ましくは、水素原子、水酸基、炭素数1以上30以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、芳香族基含有基、直鎖不飽和アルキル基、分岐不飽和アルキル基若しくは脂環式不飽和アルキル基、又は、炭素数0以上30以下のエステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、カルボニル基、アミノ基、アミド基若しくはオニウム塩を有する原子団を表す。更に好ましくは、水素原子、水酸基、炭素数1以上18以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基若しくは脂環式飽和アルキル基、又は、炭素数0以上18以下のエステル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、カルボニル基若しくはアミノ基を有する原子団を表す。特に好ましくは、水素原子、水酸基、炭素数1以上18以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基若しくは脂環式飽和アルキル基、又は、炭素数0以上18以下のエステル基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、カルボニル基若しくはアミノ基を有する原子団を表す。
上記R3、R4、R5、R6は、結合し、環構造を形成してもよい。
【0050】
上記α,β−不飽和カルボン酸は、α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物と反応して環状不飽和化合物を製造することができるものであれば特に制限されるものではないが、下記一般式(2)で表されるものが好ましい。
【0051】
【化2】
【0052】
上記一般式(2)中、R1及びR2は、上記反応式(1)におけるR1及びR2と同様である。
上記α,β−不飽和カルボン酸の中でも、アクリル酸が特に好ましい。
【0053】
本発明の製造方法において、基質としてα,β−不飽和カルボン酸を用いる場合には、α,β−不飽和カルボン酸を添加して反応を行うことが好ましい。
これにより、α,β−不飽和カルボン酸の影響によって触媒が失活・析出してしまうことを抑制することができ、有機酸化物の生成速度をより優れたものとすることができる。
上記「α,β−不飽和カルボン酸を添加して反応を行う」とは、仕込みの段階で使用するα,β−不飽和カルボン酸を全て反応容器内に入れて反応を行う形態ではなく、使用するα,β−不飽和カルボン酸を加えながら反応を行うことをいう。
上記α,β−不飽和カルボン酸の添加は、α,β−不飽和カルボン酸を連続的に添加するものであってもよいし、α,β−不飽和カルボン酸を小分けしたものを時間間隔をあけてそれぞれ一括添加するものであってもよい。本明細書中、連続的に添加するものは、連続添加という。小分けしたものを時間間隔をあけてそれぞれ一括添加するものは、逐次添加という。中でも、α,β−不飽和カルボン酸を連続添加して反応を行う形態が、本発明の製造方法における特に好ましい形態である。これにより、α,β−不飽和カルボン酸の影響を更に小さくすることが可能となる。
【0054】
上記α,β−不飽和カルボン酸の連続添加は、例えば反応で用いられるα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物の全量に対して、0.001mol%/時間以上、10000mol%/時間以下で行うことが好ましい。上記上限は、より好ましくは、5000mol%/時間であり、更に好ましくは、3000mol%/時間であり、更に好ましくは、1000mol%/時間である。上記下限は、より好ましくは、0.1mol%/時間であり、更に好ましくは、0.5mol%/時間であり、更に好ましくは、1mol%/時間である。更に好ましくは、10mol%/時間である。5mol%/時間〜500mol%/時間が特に好ましい形態である。
【0055】
上記α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物、すなわち、二重結合含有化合物は、上記α,β−不飽和カルボン酸と反応して環状不飽和化合物を製造することができるものであれば特に制限されるものではないが、下記一般式(3)で表されるものが好ましい。
【0056】
【化3】
【0057】
上記一般式(3)中、R3、R4、R5及びR6は、上記一般式(1)が有するR3、R4、R5及びR6と同様である。
上記α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物は、炭素数が2〜20の二重結合含有化合物であることが好ましい。
上記α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物としては、例えば、エチレン、フッ素含有エチレン、プロピレン、フッ素含有プロピレン、1−ブテン、2−ブテン、イソブテン、ブタジエン、イソプレン、1−ペンテン、2−ペンテン、シクロペンテン、シクロペンタジエン、ジシクロペンタジエン、1−ヘキセン、2−ヘキセン、3−ヘキセン、シクロヘキセン、1−ヘプテン、1−オクテン、1,7−オクタジエン、1−デセン、ジシクロペンタジエン、ノルボルネン、ノルボルナジエン、酢酸ビニル、エチルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル、スチレン、メチルスチレン、アクリル酸、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルへキシル、(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシエチル等の(メタ)アクリル酸エステル類等が挙げられる。
【0058】
上記α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物は、炭素数が12以下であることが特に好ましい。この場合、環状不飽和化合物の反応速度や収率、触媒効率及び選択率等を優れたものとし、非環状不飽和化合物に対する環状不飽和化合物の選択性を大幅に向上させることができ、生産性と経済性が格段に向上することになる。特に炭素数12以下のα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物を原料として環状不飽和化合物を製造する際、環状不飽和化合物への反応が進みにくい場合があるが、本発明の製造方法では充分にこの反応が進むことになる。より好ましくは、α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物の炭素数は10以下であり、更に好ましくは、炭素数は8以下である。中でも、エチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテン、ブタジエン、1−ヘキセン、シクロヘキセン、1−オクテン、1,7−オクタジエン、1−デセン、ノルボルネン、酢酸ビニル、4−フェニル−1−ブテン、1−ブテニル酸メチル、エチルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル、スチレン、メチルスチレン、(メタ)アクリル酸エステル類が特に好ましく、エチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテン、ブタジエン、1−ヘキセン、シクロヘキセン、1−オクテン、1−デセン、ノルボルネン、ノルボルナジエン、酢酸ビニル、エチルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル、スチレン及びメチルスチレンからなる群より選択される少なくとも1種が更に好ましく、本発明の有利な効果を顕著に発揮することになる。そして、環状不飽和化合物の生成選択率を高めるためには、プロピレン、1−ブテン、ブタジエン、1−ヘキセン、1−オクテン、ノルボルネン、酢酸ビニル、ブチルビニルエーテル、スチレンが更に好ましく、プロピレン、1−ブテン、1−ヘキセン、1−オクテン、ノルボルネン、酢酸ビニルが最も好ましい。例えばエチレンでは選択率が高くなりにくい系においても、これらの化合物を用いた場合は目的とする環状不飽和化合物の選択率を高めることができる。
【0059】
反応工程における上記α,β−不飽和カルボン酸は、α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物に対して、0.05mol%以上、10000mol%以下であることが好ましい。0.05mol%未満であっても、10000mol%を超えても、充分な収率や選択率を得ることができなくなるおそれがある。上記下限は、0.1mol%がより好ましく、0.5mol%が更に好ましい。特に好ましくは、1mol%である。上記上限は、5000mol%がより好ましく、2000mol%が更に好ましい。特に好ましくは、1500mol%である。これにより、目的物の収率を更に向上させることが可能である。上記α,β−不飽和カルボン酸やα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物は、1種又は2種以上を使用することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0060】
本発明の製造方法においては、反応を更に促進させることを目的として、また触媒活性の向上及び安定化を目的として、添加剤を反応液に添加しても良い。添加剤としては、反応に悪影響を及ぼさないものであればよく、例えばブレンステッド酸、ルイス酸、第15〜17族元素含有化合物、不飽和結合含有有機化合物、塩等が好ましい。より好ましくは、ブレンステッド酸としては、鉱酸類、カルボン酸類、チオカルボン酸類、スルホン酸類、スルフィン酸類、アミノ酸類、リン化合物類、芳香環に結合した水酸基含有化合物、ゼオライトや粘土化合物に代表される無機固体類、イオン交換樹脂等であり、ルイス酸としては、第3〜14族元素含有化合物、金属置換無機固体、金属置換粘土化合物等であり、第15〜17族元素含有化合物としては、ピリジン、ルチジン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、スパルテイン、2,2′−ビピリジル、1,10−フェナントロリン、2,9−ジメチル−1,10−フェナントロリン、2,9−ジメチル−4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン、1,3−ジイソプロピルイミダゾール−2−イリデンや1,3−ビス(2,6−ジイソプロピルフェニル)イミダゾール−2−イリデン等の窒素含有カルベン、トリアリールホスフィン、トリアルキルホスフィン等であり、不飽和結合含有有機化合物としては、電子吸引性基含有アルケン、ベンゾキノン、シクロオクタジエン、β−ジケトン類等であり、塩としては、フッ化リチウム、塩化リチウム等の第1〜2族元素のハロゲン化物;フッ化テトラメチルアンモニウム、塩化テトラメチルアンモニウム等のハロゲン化テトラアルキルアンモニウム塩;フッ化セシルトリメチルアンモニウム等のハロゲン化セチルトリメチルアンモニウム;フッ化ピリジニウム等のハロゲン化ピリジニウム;界面活性剤、相関移動触媒、ゼオライトや粘土鉱物に代表される無機固体類、イオン交換樹脂等のアルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属を含む中性塩、界面活性機能を有する塩等が好ましい。また、上記記載の塩基性化合物や溶媒を、添加剤、酸化剤前駆体や配位子等として少量系中に添加することも可能である。
【0061】
上記添加剤は、反応開始後に触媒に配位及び/又は担持して触媒と共存するものであってもよい。なお、反応開始以前に触媒が有する有機基等は、触媒を構成するものであるといえ、添加剤には含まれないものである。上記の中でも、特にカルボン酸類、チオカルボン酸類、スルホン酸類、スルフィン酸類、リン化合物類、芳香環に結合した水酸基含有化合物、不飽和結合含有有機化合物が好ましく、カルボン酸類、スルホン酸類、不飽和結合含有有機化合物がより好ましい。上記カルボン酸やスルホン酸類としては、トリフルオロ酢酸、ペンタフルオロプロピオン酸、パーフルオロブタン酸、パーフルオロオクタン酸、3,3,3−トリフルオロ−2−(トリフルオロメチル)プロピオン酸、トリクロロ酢酸、安息香酸、o−ニトロ安息香酸、p−ニトロ安息香酸、トリフェニル酢酸、ペンタフルオロ安息香酸、テトラフルオロフタル酸、マロン酸、コハク酸や、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸が更に好ましい。上記芳香環に結合した水酸基含有化合物としては、カテコール、レゾルシノール、ヒドロキノン、サリチル酸等が好ましい。上記不飽和結合含有有機化合物としては、シクロオクタジエンやベンゾキノン等の環状アルケン、アセチルアセトン、ベンゾイルアセトン、1,3−ジフェニル−1,3−プロパンジオン、2,4−ヘプタンジオン、1,1,1,5,5,5,5−ヘキサフルオロアセチルアセトン等のβ−ジケトン類等が更に好ましい。上記カルボン酸類、スルホン酸類、不飽和結合含有有機化合物は、触媒への配位等により、触媒の安定化や凝集の抑制、再酸化の促進、及び、反応性と選択性の向上等に寄与することができる。不飽和結合含有有機化合物は、基質、酸化剤、生成物等としての作用の他にも、上記のように触媒の安定化や反応性の向上といった効果も期待できるものである。
【0062】
本発明の製造方法において、例えば、基質としてα,β−不飽和カルボン酸及びα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物を用いる場合、α,β−不飽和カルボン酸、及び、目的生成物である環状不飽和化合物は、共に重合し易い性質を有している場合がある等、基質及び/又は有機酸化物が重合し易い性質を有している場合には、反応時の重合を抑制するために、反応系に重合防止剤(又は重合禁止剤)を添加することが好ましい。
【0063】
上記重合防止剤としては、重合防止剤としての作用を有するものであればよく、例えば、分子状酸素、分子状酸素含有気体、空気、一酸化窒素等の不対電子を持つ気体;ヒドロキノン、2,4−ジメチルヒドロキノン等のキノン類;フェノチアジン等のアミン化合物;2,4−ジメチル−6−t−ブチルフェノール、p−メトキシフェノール等のフェノール類;p−t−ブチルカテコール等の置換カテコール類;置換レゾルシン類;テトラメチルピペリジン−N−オキシド等の安定遊離基含有化合物;ジチオカルバミン酸銅等の金属含有化合物等の1種又は2種以上を好適に用いることができる。
【0064】
反応終了後は、必要に応じて、蒸留、ろ過、抽出、遠心分離、再結晶、乾燥、カラムクロマトグラフィー等の工程を経て分離・精製することにより、目的の有機酸化物を得ることができる。このような分離・精製工程としては、例えば、反応後の反応液、抽出や活性炭等の多孔質固体により触媒を分離後の反応液、分液等の所定の操作を行った抽出液等を、常圧蒸留(精留)、減圧蒸留(精留)、再結晶等を行うことにより、生成物である有機酸化物を単離・精製することができ、同時に、未反応の基質や溶媒を分離・回収することができる。未反応の基質及び溶媒は、高純度で回収されるので、反応に再度使用することができる。蒸留における重合防止剤としては、上記重合防止剤を使用することができる。
【0065】
本発明の製造方法において、原料である不飽和有機化合物に対する有機酸化物の収率の値は、10%以上が好ましく、20%以上が更に好ましく、30%以上が更に好ましく、35%以上が特に好ましい。このような値とすることにより、本発明の有機酸化物の製造方法に好適となる。
なお、上記収率は、後述する実施例において実施しているように、ガスクロマトグラフィーを用いることにより測定することができる。
【0066】
本発明の製造方法によって製造することができる有機酸化物は、特に制限されるものではないが、上記一般式(1)において表したとおり、基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いた場合には、有機酸化物として環状不飽和化合物を得ることができる。ただし、環状不飽和化合物と同時に副生成物としてエステル類、ケトン類、アルデヒド類等が生成される場合がある。ここで、副生されるエステル類、ケトン類、アルデヒド類も、種々の工業用途において有用な有機材料となり得るものであり、工業的に有用な化合物といえる。すなわち、本発明の製造方法は、有機酸化物が環状不飽和化合物、エステル、ケトン及びアルデヒドからなる群より選択される少なくとも1種の化学構造を有する化合物を含むこともまた、本発明の好適な実施形態の1つである。
【0067】
上記環状不飽和化合物としては、特に制限されないが、下記一般式(4)で表されるものが、上記製造方法によって好適に製造される環状不飽和化合物の代表例として挙げられる。
【0068】
【化4】
【0069】
上記一般式(4)で表されるものについて以下に説明する。式中、R1、R2、R3、R4、R5及びR6は、上記一般式(1)におけるR1、R2、R3、R4、R5及びR6と同様である。上記一般式(4)で表される環状不飽和化合物としては、例えば、下記式(5);
【0070】
【化5】
【0071】
で表されるアクリル酸と1−ブテンとから製造される化合物、又は、下記式(6);
【0072】
【化6】
【0073】
で表されるアクリル酸と1−オクテンとから製造される化合物が、上記製造方法によって、より好適に製造される例として挙げられる。上記式(5)、(6)は、γ位に置換基を有する化合物であるが、β位に同様の置換基を有する化合物であってもよい。
【0074】
上記環状不飽和化合物は、二重結合を持つ化合物であり、該二重結合がエキソ部位及び/又はエンド部位にあるものであることが好ましい。
エキソ部位とは環の外部の部位を示し、エンド部位とは環の内部の部位を示す。
なお、アクリル酸と1−ブテンとを反応させて本発明の製造方法を行うとき、生成するエキソ部位に二重結合を持つ環状不飽和化合物、すなわち、エキソ型環状不飽和化合物は、上記一般式(5)で表される化合物が挙げられ、生成するエンド部位に二重結合を持つ不飽和化合物、すなわち、エンド型環状不飽和化合物は、下記一般式(7)や下記一般式(8);
【0075】
【化7】
【0076】
で表される化合物が挙げられる。
【0077】
なお、本発明の製造方法において、二重結合がエキソ部位及び/又はエンド部位にある5員環の環状不飽和化合物の他に、6員環の環状不飽和化合物が生成する。例えばパラジウムを触媒として使用した場合に、α,β−不飽和カルボン酸の不飽和結合部位にカルボパラデーションが進行する際に、α位が炭素/β位がパラジウムの方向でカルボパラデーション(挿入反応)が進行する場合には5員環が生成し、α位にパラジウム/β位が炭素の方向でカルボパラデーション(挿入反応)が進行する場合には6員環が生成することになる。
【0078】
上記エステルとしては、特に制限されないが、蟻酸メチル、蟻酸エチル、蟻酸プロピル、蟻酸ブチル、蟻酸2−エチルヘキシル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸2−エチルヘキシルや、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸ビニル、(メタ)アクリル酸プロペン、(メタ)アクリル酸ブテン、(メタ)アクリル酸ペンテン、(メタ)アクリル酸ヘキセン、(メタ)アクリル酸ヘプテン、(メタ)アクリル酸オクテン等の、(メタ)アクリル酸エステル類、ピルビン酸メチル等が挙げられる。
【0079】
上記ケトンとしては、特に制限されないが、アセトン、メチルエチルケトン、メチルプロピルケトン、メチルブチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルペンチルケトン、メチルヘプチルケトン、アセトフェノン等のメチルケトン類や、3−ペンテノン、3−へキセノン等の内部ケトン類が挙げられる。
【0080】
上記アルデヒドとしては、特に制限されないが、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロパナール、ブタナール、イソブタナール、ペンタナール、ヘキサナール、オクタナール、ベンズアルデヒド等が挙げられる。
【発明の効果】
【0081】
本発明の有機酸化物の製造方法は、上述の構成よりなり、有機酸化物を製造するに際し、反応速度や収率を良好なものとし、特に反応後半で生成物の生成速度の低下を充分に防止することができ、高効率で有機酸化物を製造することができる有用な製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】Wacker反応の工程及び環状不飽和化合物を製造する反応の工程の概略を例示した図である。
【図2】本発明の製造方法において考えられ得る一つの反応工程の概略を示した図である。
【図3】実施例1及び比較例1における、反応時間と環状不飽和化合物濃度との関係を示したグラフである。
【図4】パラジウム金属及びトリフルオロ酢酸パラジウムのXANESスペクトル図である。
【図5】パラジウム金属及びトリフルオロ酢酸パラジウムのフーリエ変換後のEXAFSスペクトル図である。
【図6】溶液(A)、(B)、(C)及び(D)における、パラジウムのXANESスペクトル図である。
【図7】溶液(A)、(B)、(C)及び(D)における、パラジウムのフーリエ変換後のEXAFSスペクトル図である。
【図8】溶液(E)、(F)、(G)及び(H)における、銅のXANESスペクトル図である。
【図9】溶液(E)、(F)、(G)及び(H)における、銅のフーリエ変換後のEXAFSスペクトル図である。
【図10】実施例2における、各反応時間後のパラジウムのXANESスペクトル図である。
【図11】実施例2における、各反応時間後のパラジウムのフーリエ変換後のEXAFSスペクトル図である。
【図12】実施例2における、各反応時間後の銅のXANESスペクトル図である。
【図13】実施例2における、各反応時間後の銅のフーリエ変換後のEXAFSスペクトル図である。
【図14】実施例2における、反応時間とパラジウムの平均価数との関係を示したグラフである。
【図15】実施例2における、反応時間と銅の平均価数との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0083】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「%」は「mol%」を意味するものとする。
以下の実施例及び比較例における分析は下記のようにして行った。
<ガスクロマトグラフィー分析>
ガスクロマトグラフィーでの分析は、下記装置及びカラムを用いて行った。
装置名:アジレント・テクノロジー株式会社製 6890N(商品名)
カラム:ジーエルサイエンス社製 TC−WAX(商品名) 内径0.25mm 長さ30m 膜厚0.25μm
<XAFS(X線吸収微細構造)測定>
XAFS測定とは、X線を光源として高エネルギー放射光施設を用い、測定元素の電子状態、配位環境を解析することのできる測定手法であり、XAFSスペクトルから、測定元素の価数、隣接元素種の同定、隣接元素種の配位数、対称性等に関する情報を得ることができる。
XAFS測定は、大型放射光施設SPring−8ビームライン14B2のXAFS測定装置にて実施した。測定モードはパラジウムのK殻吸収端は透過法にて、銅のK殻吸収端は蛍光法にて実施した。透過法測定、蛍光法測定ともにガラスもしくはカプトンフィルムを貼った円筒形もしくは長方形型のガラスセルに封入し常温にて実施した。得られた吸収スペクトルよりXANES(X線吸収端近傍構造)分析とEXAFS(広域X線吸収微細構造)分析とを行った。反応溶液中に含まれるパラジウム及び銅の平均価数は、そのXANESを、価数が明らかな複数の参照試料のXANESを用いてパターンフィッティングを行うことで定量化した。例えば、2価の参照試料としてトリフルオロ酢酸パラジウムを、0価の参照試料としてPdホイルを用い、反応溶液のXANESをパターンフィッティングした結果、トリフルオロ酢酸パラジウム:Pdホイル=60%:40%となった場合、反応溶液の平均価数は1.2価と算出することが出来る。((2×0.6)+(0×0.4)=1.2)
また、反応溶液中に含まれるパラジウム及び銅の配位している元素種並びに平均配位数は、そのEXAFSを、配位元素種と平均配位数とが明らかな複数の参照試料のEXAFSを用いてパターンフィッティングを行うことで決定、算出した。
【0084】
(実施例1)
ディーンスタークを取り付けた反応容器に、アクリル酸(1400mmol)、1−オクテン(900mmol)、トルエン(350mL)、金属元素含有触媒としてトリフルオロ酢酸パラジウム(0.9mmol)、金属元素含有助触媒として酢酸銅(4.0mmol)を加えた。分子状酸素ガスを300mL/分で吹き込み、反応中に生成する水を連続的に共沸除去しながら90℃で24時間攪拌した。得られたガスクロマトグラフより生成した環状不飽和化合物濃度を経時的に測定したところ、図3のようになった。
【0085】
(比較例1)
反応中に生成する水を除去しなかった以外は、実施例1と同様に反応を行い、実施例1と同様に環状不飽和化合物濃度を経時的に測定したところ、図3のようになった。また、反応液中にパラジウムブラックミラーが生成していることが目視により確認され、パラジウムの価数が0となっていることが分かった。
【0086】
実施例1及び比較例1の結果から、反応中に生成する水を除去することによって、反応後半における有機酸化物の生成速度の低下を抑制することができ、これにより有機酸化物の収率を良好なものとし、高効率に有機酸化物を製造することが可能となることが実証された。
【0087】
<金属元素含有触媒、金属元素含有助触媒、不飽和有機化合物の状態と相互作用の解析>
(参考例1)
パラジウム金属及びトリフルオロ酢酸パラジウム(パラジウム濃度:1000ppm)のXAFS測定を行った。図4のスペクトルは、XANES(X線吸収端近傍構造)スペクトルと呼ばれ、結合エネルギーのエネルギーを有するX線による内殻電子の空準位への励起に由来する立ち上がり構造を観測し、そのスペクトルの位置や形からパターンフィッティングにより吸収元素の価数、スピン状態が分かるものである。図4からは、価数が高い程、吸収端の位置が高エネルギー側にシフトすることが分かる。
また、EXAFS(広域X線吸収微細構造)スペクトルは、結合エネルギー以上のエネルギーを有するX線により内殻電子が光電子として放出される際に周りの原子による干渉で生じる振動構造を観測し、そのスペクトルの振幅や位相差から吸収元素の配位元素、配位数等の配位環境が分かるものである。実際には、EXAFSスペクトルは、フーリエ変換を行った後に解析されるが、フーリエ変換後のEXAFSスペクトルのピークの現れる位置からパターンフィッティングにより吸収元素の配位元素を知ることができ、ピークの高さからパターンフィッティングにより吸収元素の配位数を算出することができる。図5からは、トリフルオロ酢酸パラジウムからはパラジウム−酸素の結合ピークが、パラジウム金属からはパラジウム−パラジウムの結合ピークが検出されることが分かる。なお図4及び図5中、aのスペクトルがパラジウム金属のスペクトルを、bのスペクトルがトリフルオロ酢酸パラジウムのスペクトルを表している。
【0088】
(参考例2)
酸素を充分に溶解させた酢酸ブチルにトリフルオロ酢酸パラジウム(パラジウム濃度:約1000ppm)を溶解させて、溶液(A)を得た。溶液(A)についてパラジウムのXAFS測定を行った結果、図6にaとして示したXANESスペクトル、図7にaとして示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。図6のスペクトルから、溶液(A)のパラジウムの価数は2.0であることが分かった。また、図7のスペクトルから、溶液(A)のトリフルオロ酢酸配位子に由来するパラジウム−酸素の平均配位数は2.6であることが分かった。
【0089】
(参考例3)
溶液(A)にトリフルオロ酢酸銅(銅濃度:約1000ppm)を添加して溶液(B)を得た。溶液(B)についてパラジウムのXAFS測定を行った結果、図6にbとして示したXANESスペクトル、図7にbとして示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。
【0090】
(参考例4)
溶液(A)に1−オクテンを添加して溶液(C)を得た。溶液(C)についてパラジウムのXAFS測定を行った結果、図6にcとして示したXANESスペクトル、図7にcとして示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。図6から、溶液(A)に1−オクテンを添加することにより、パラジウムK殻吸収端の位置が低エネルギー側に変化することが観測され、パラジウムの価数が2.0から1.43へと還元側にシフトすることが分かった。また、図7から、溶液(A)に1−オクテンを添加することにより、トリフルオロ酢酸配位子に由来するパラジウム−酸素の平均配位数が2.6から1.4へと低減することが分かった。これはパラジウムに対して1−オクテンが配位することにより、パラジウム−アルケン錯体が形成され、トリフルオロ酢酸配位子の一部が開裂したことによるものと考えられる。
【0091】
(参考例5)
溶液(A)にトリフルオロ酢酸銅(銅濃度:約1000ppm)及び1−オクテンを添加して溶液(D)を得た。溶液(D)についてパラジウムのXAFS測定を行った結果、図6にdとして示したXANESスペクトル、図7にdとして示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。
【0092】
(参考例6)
酸素を充分に溶解させた酢酸ブチルにトリフルオロ酢酸銅(銅濃度:約1000ppm)を溶解させて、溶液(E)を得た。そして溶液(E)にトリフルオロ酢酸パラジウム(パラジウム濃度:約1000ppm)を添加して溶液(F)を、また、溶液(E)に1−オクテンを添加して溶液(G)を得た。更には、溶液(E)にトリフルオロ酢酸パラジウム(パラジウム濃度:約1000ppm)及び1−オクテンを添加して溶液(H)を得た。溶液(E)、溶液(F)、溶液(G)及び溶液(H)について銅のXAFS測定を行った結果、図8に示したXANESスペクトル、図9に示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。なお、図8及び図9中、eは、溶液(E)のスペクトルを表し、fは、溶液(F)のスペクトルを表し、gは、溶液(G)のスペクトルを表し、hは、溶液(H)のスペクトルを表している。図8及び図9から、溶液(E)にトリフルオロ酢酸パラジウム(パラジウム濃度:約1000ppm)を添加したり、または、1−オクテンを添加したりしても、XANESスペクトル及びフーリエ変換後のEXAFSスペクトルに全く変化が見られず、銅の状態は変化しないが、溶液(E)にトリフルオロ酢酸パラジウム(パラジウム濃度:約1000ppm)及び1−オクテンを添加することにより、銅K殻吸収端の位置が低エネルギー側に変化することが観測され、銅の価数が2.0から1.87へと還元側にシフトすることが分かった。また、銅−酸素の平均配位数が2.3から2.1へと低減することが分かった。
【0093】
参考例6の結果から、トリフルオロ酢酸銅は、トリフルオロ酢酸パラジウム、または、1−オクテンそれぞれと個別に相互作用することはないが、トリフルオロ酢酸パラジウム及び1−オクテンの両方を添加して三者が揃った場合において相互作用することが分かった。これは、1−オクテンがトリフルオロ酢酸パラジウムに配位した錯体に対してのみトリフルオロ酢酸銅が酸化的相互作用をもっていると考えられる。
【0094】
(実施例2)
1Lセパラブルフラスコ(四つ口)にトリフルオロ酢酸パラジウム(6mmol)、ステアリン酸銅(24mmol)、トルエン(450mL)、1−オクテン(900mmol)を加え、酸素を液中に吹き込みながら、90℃に加熱した。続いてアクリル酸(150mmol)を加え、反応を開始した。反応開始後30分ごとにアクリル酸(150mmol)及び1−オクテン(165mmol)を添加する操作を3時間行い、共沸により水を除去しながら、24時間反応を行った。ガスクロマトグラフィー分析によって求めた24時間後のγ−ヘキシル−α−メチレン−γ−ブチロラクトンの収率は68%であった。また、2−オクタノン(50mmol)及び2−アクリロキシ−1−オクテン(37mmol)も同時に得られた。各反応時間の反応液をサンプリングし、パラジウムのXAFS測定を行った結果、図10に示したXANESスペクトル、図11に示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。なお、図10及び図11中、Aは、反応開始前の反応液のスペクトルを表し、Bは、反応開始2時間後の反応液のスペクトルを表し、Cは、反応開始24時間後の反応液のスペクトルを表している。
図10から、反応開始と共に、パラジウムK殻吸収端の位置が低エネルギー側に変化することが観測され、パラジウムの価数が1.64から1.22へと還元側にシフトし、それ以後は反応時間によらず有意なスペクトル変化は見られず、反応を通じて一定であることが分かった。また、図11から、反応開始と共にパラジウム−酸素の結合ピークが高結合長側にシフトし、それ以後は反応時間によらずピーク位置に有意な変化は見られず、反応を通じて一定であることが分かった。
この反応中のパラジウムのスペクトルと一致するリファレンスサンプルを探索したところ、下記一般式(9);
【0095】
【化8】
【0096】
(式中、Arは、2,6−ジイソプロピルフェニル基を表しており、点線は、配位結合を表している。)で表される1,3−ビス(2,6−ジイソプロピルフェニル)イミダゾール−2−イリデン(1,4−ナフトキノン)パラジウム ダイマーのXANESスペクトル及びEXAFSスペクトルが反応中のパラジウムのスペクトルと一致することが明らかとなった。1,3−ビス(2,6−ジイソプロピルフェニル)イミダゾール−2−イリデン(1,4−ナフトキノン)パラジウム ダイマーのXANESスペクトル及びEXAFSスペクトルは、それぞれ図10、11中にDとして示されている。反応は、アルケンのパラジウムへの配位に続いてアクリル酸によるオキシバラデーションが起こり、挿入反応及びβ−水素脱離反応が進行することにより、環状不飽和化合物が得られていると考えられている。本結果はその機構に沿っており、かつ、1,3−ビス(2,6−ジイソプロピルフェニル)イミダゾール−2−イリデン(1,4−ナフトキノン)パラジウム ダイマーに類似した状態にあるパラジウムが中間体として存在していることを示すものである。
【0097】
また、各反応時間の反応液をサンプリングし、銅のXAFS測定を行った結果、図12に示したXANESスペクトル、図13に示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。なお、図12及び図13中、Eは、反応開始前の反応液のスペクトルを表し、Fは、反応開始2時間後の反応液のスペクトルを表し、Gは、反応開始24時間後の反応液のスペクトルを表している。また、Hは、酸素を充分に溶解させた酢酸ブチルにトリフルオロ酢酸銅(銅濃度:約1000ppm)を溶解させたものを参照試料として銅のXAFS測定を行って得られるスペクトルを表している。
図12から、反応開始と共に、XANESスペクトルの形状に変化が見られるが、反応開始から24時間後には、そのスペクトルの形状変化が消失することが分かった。また、図13から、反応開始前後及び反応中において銅−酸素の結合ピークのピーク位置に有意な変化は見られず、反応を通じて一定であることが分かった。
【0098】
また、各反応時間におけるパラジウムの平均価数及び銅の平均価数は、それぞれ図14及び図15の通りであった。これらの結果から、反応中に生成する水を除去することによって、パラジウムの平均価数を1.1〜1.8の範囲内に、銅の平均価数を1.3〜2.1の範囲内に保つことが可能となる。
【0099】
(比較例2)
反応中に生成する水を除去しなかった以外は、実施例2と同様に反応を行ったところ、反応液中にパラジウムブラックミラーが生成していることが目視により確認され、パラジウムの価数が0となっていることが分かった。
【0100】
本明細書中、触媒や助触媒の量(mol%)は、α,β−不飽和カルボン酸に対する量を表す。収率は、α,β−不飽和カルボン酸基準で算出したものである。
【0101】
実施例2及び比較例2の結果から、反応中に生成する水を除去しながら反応を行うことによって、反応中における、金属元素含有触媒、金属元素含有助触媒の平均価数を特定の範囲内に保つことができることが分かった。
【0102】
なお、上述した実施例では、α,β−不飽和カルボン酸としてアクリル酸、不飽和有機化合物として1−オクテンを用い、酸化剤として分子状酸素、金属元素含有触媒としてパラジウム元素含有触媒を用いているが、不飽和有機化合物を金属元素含有触媒の存在下で酸化反応させるものであれば、反応中に生成する水の影響を受けて金属元素含有触媒の構造が変化して、失活してしまい、これにより反応後半で目的生成物の生成速度が大幅に低下するという問題を生じさせる機構は同様であり、また、生成する水を除去しながら反応を行う形態である限り、本発明の効果を生じさせる作用機構も同様である。すなわち、反応工程において生成する水を除去しながら、触媒及び助触媒の価数を所定の値に保持して反応を行うところに本発明の本質的特徴があり、当該水の影響が同様に低減されるものであれば、この実施例で示されるような効果を奏することになる。したがって、上記実施例及び比較例の結果から、本発明の技術的範囲全般において、また、本明細書において開示した種々の形態において本発明が適用でき、有利な作用効果を発揮することができるといえる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機酸化物の製造方法に関する。より詳しくは、不飽和有機化合物を基質に用いた酸化反応によって、種々の工業用途において有用な有機材料である有機酸化物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
不飽和有機化合物を酸化することによって得られる有機酸化物としては、エステル類、ケトン類、アルデヒド類、環状不飽和化合物を始め、様々な有機化合物が挙げられ、種々の工業用途において有用な有機材料となり得るものが多く含まれている。
中でも、環状不飽和化合物は、その骨格内に環構造及び環構造の外側に不飽和結合構造を併せもち、多岐に渡る分野において有用な特性を付与する化合物として期待されている。例えば、該化合物の化学構造は生理活性発現骨格として知られており、抗腫瘍剤、抗ウイルス剤等の医農薬中間体として期待される他、蓄電材料や、不飽和結合の重合性を利用して、耐熱性、光学特性、UV硬化性、粘着性等の特性を有する重合体を製造するための単量体として適用されることが期待されるものである。このような単量体から得られる重合体は、電子情報材料、蓄電材料、光学材料、レジスト材料、液晶材料、フィルム材料、冷媒材料、塗料、接着剤、洗剤ビルダー等の各種化学製品の製造原料や医農薬原料に適用できる可能性があり、環状不飽和化合物は、化学、医農薬等の分野において有用な化合物である。このように、有機酸化物は、各種工業用途において利用が期待される有用な化合物である。
【0003】
従来の有機酸化物の製造方法としては、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させて環状不飽和化合物を製造する方法であって、該製造方法は、触媒の存在下で反応させる工程を含む環状不飽和化合物の製造方法が開示されている(例えば、特許文献1参照)。当該製造方法により、反応工程における非環状不飽和化合物の生成を低減し、反応速度及び環状不飽和化合物の収率を向上できることが記載されている。
【0004】
また特定の芳香族ヒドロキシ化合物を、酸化的にカルボニル化反応を行い得られる特定のジアリールカーボネート含有反応混合溶液より、カルボニル化反応で使用した触媒を分離して循環再利用する方法に関し、カルボニル化反応混合溶液中に存在する水を断熱蒸発せしめる触媒回収方法が開示されている(例えば、特許文献2参照)。更に、特定の芳香族ヒドロキシ化合物を酸化カルボニル化する反応において、生成する水分と共に反応混合物から留出することのできる不活性物質を共存させ、生成する水分を不活性物質と共に反応混合物から分離しつつ、特定のジアリールカーボネートを製造する方法が開示されている(例えば、特許文献3参照)。
【0005】
更に、触媒成分としてパラジウム化合物および配位性リン化合物を用いて共役アルカジエン類と水とを反応させてアルカジエノール類を製造する方法において、反応液から触媒成分を回収するに際し、予め、反応液中に含有されPd配位性である不飽和カルボン酸類をPd非配位性化合物に変換処理するアルカジエノール類の製造方法が開示されている(例えば、特許文献4参照)。変換処理方法は、例えば、不飽和カルボン酸類を分子内で環化させて異性体のラクトン類に変換する方法が挙げられる。
【0006】
そして、反応後分離回収した触媒を有機酸と共に加熱処理する桂皮酸エステルの製造法が開示されている(例えば、特許文献5参照)。有機酸で処理するという極めて簡単な方法により、触媒活性を付与しうることを見出したとされている。
なお、一般的なワッカー(Wacker)型反応の例が開示されている(例えば、非特許文献1参照)。当該刊行物のp650の左欄には、「一般には反応剤であるオレフィン、水、PdCl2、再酸化剤を共に溶かす有機溶媒を用いる。」と記載されている。
しかし、いずれの方法も、有機酸化物の製造方法に適用する際には反応を円滑に進行させるための更なる工夫の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2008/023823号パンフレット(第75、107頁)
【特許文献2】特開2002−302468号公報(第2、6頁)
【特許文献3】特開2002−338525号公報(第2、8頁)
【特許文献4】特開平8−176036号公報(第2、6、9頁)
【特許文献5】特開昭60−169441号公報(第1、3頁)
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】辻二郎、他2名「有機合成化学協会誌」、(日本)、有機合成化学協会、1989年、第47巻、第7号、p.649−659
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記現状に鑑みてなされたものであり、有機酸化物を製造するに際し、特に反応後半における有機酸化物の生成速度を良好なものとし、収率を良好なものとし、簡便でかつ高効率な有機酸化物の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した従来の有機酸化物の製造方法においては、水分除去を行うものではなかった。更に生成物の生成速度を高め、収率を優れたものとすることが望まれるところであった。
また上述した芳香族ヒドロキシ化合物含有反応混合溶媒中に存在する水を断熱蒸発させたり、水を反応混合液から分離する方法は、ジアリールカーボネートの加水分解を防ぐことを目的として行うものであり、それ以外の化合物の製造方法における水の影響を示唆するものではなかった。例えば、不飽和有機化合物を基質として用いた酸化反応による有機酸化物の製造方法において、触媒の不活性化を防ぐために水を除去することを示唆するものではなかった。
更に、上述したPd配位性である不飽和カルボン酸類をPd非配位性化合物に変換する方法は、基質としてα,β−不飽和カルボン酸類を用いるような場合には、適用することができない。
そして、上述した反応後分離回収した触媒を有機酸と共に加熱処理する方法は、触媒活性が徐々に失活するような系において、反応終了後に触媒を賦活化するために適用されるものであった。これとは異なって、本発明の課題とするところは、反応中における生成物の生成速度の低下を防止する、特に、有機酸化物の製造方法において、特に反応の後半における有機酸化物の生成速度の大幅な低下を防止することである。
上述したように、パラジウム/銅触媒を用いる一般的なWacker型反応においては反応剤として水が用いられ、例えばDMF/水の混合液中において反応が行われている(例えば、図1の式(1))。当該反応において、水の悪影響は想定していない。しかし、例えば、同様に金属元素含有触媒及び酸化剤の存在下で、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させて環状不飽和化合物を製造する系(例えば、図1の式(2))においては、生成物の生成速度が大幅に低下する。
このように、上述した従来技術は、有機酸化物の製造方法として、収率等の向上の点、また工業的生産に適したものとする点から工夫の余地があった。
【0011】
本発明者は、有機酸化物の効率的な製造方法について種々検討したところ、不飽和有機化合物を基質として用い、金属元素含有触媒の存在下で酸化反応を行うことによって、有機酸化物を製造する方法が工業的な生産に用いられるが、この方法では生成物である有機酸化物の生成速度が大幅に低下してしまうことに着目した。そして、生成物である有機酸化物の生成速度が大幅に低下する原因について検討した結果、酸化反応を行うことにより生成する水に起因して金属元素含有触媒中の金属元素が還元されて金属元素含有触媒の構造が変化し、これによって酸化反応を促進することのできる(触媒活性を有する)金属元素含有触媒の濃度が低下することが原因であると考えられることを見出した。
そして本発明者は、生成する水を除去しながら反応を行い、反応開始時から反応終了時までの金属元素含有触媒の平均価数が1.1〜1.8となるように制御することによって、反応の後半においても当該生成速度の低下を充分に防ぐことができ、このようにすることによって、有機酸化物の製造に際して、収率を良好なものとし、簡便でかつ生成速度の速い高効率なものとすることができることを見出し、上記課題をみごと解決することができることに想到して、本発明に到達したものである。
【0012】
すなわち本発明は、不飽和有機化合物を基質に用いた酸化反応によって有機酸化物を製造する方法であって、上記製造方法は、金属元素含有触媒の存在下で、生成する水を除去しながら酸化反応を行う工程を含み、反応開始時から反応終了時までの金属元素含有触媒の平均価数が1.1〜1.8であることを特徴とする有機酸化物の製造方法である。
以下に本発明を詳述する。
【0013】
本発明の有機酸化物の製造方法は、生成する水を除去しながら酸化反応を行う工程を含むものである。
これにより、金属元素含有触媒の構造が変化して失活することに起因する、触媒活性能を有する金属元素含有触媒の濃度低下を抑えることができ、特に反応後半における有機酸化物の生成速度を充分に促進させることができる。よって、有機酸化物を製造するに際し、収率を良好なものとし、簡便かつ高効率な有機酸化物の製造方法とすることができる。
不飽和有機化合物を基質として用い、金属元素含有触媒の存在下で酸化反応を行うことによって、有機酸化物を製造する系において、反応後半における生成速度が大幅に低下する理由としては、以下のことが考えられる。反応において水が生成し、その量が多くなると、金属元素含有触媒(例えば、パラジウム種)中の金属元素が還元され、金属元素含有触媒の平均価数が低下し、触媒活性を有する金属元素含有触媒の濃度が低下する。後述する金属元素含有助触媒(例えば、銅種)を用いる場合には、金属元素含有助触媒中の金属元素も還元されて金属元素含有助触媒も構造が変化し、酸化能を失ってしまうために、金属元素含有触媒の再酸化能を有する金属元素含有助触媒の濃度が低下し、その結果、金属元素含有触媒が再酸化されにくくなり、触媒活性を有する金属元素含有触媒の濃度を上昇させることができなくなる。このように、酸化反応に伴い生成してくる水が原因であることから、特に反応の後半において触媒の失活が進むこととなり、有機酸化物の生成速度が大幅に低下してしまうこととなる。
これに対し、本発明の製造方法では、反応により生成する水を除去することにより、金属元素含有触媒の平均価数が低下することを抑制し、触媒の失活による生成速度の低下(特に反応後半における反応速度の低下)を充分に防止することができ、これにより反応を促進させることができると考えられる。
なお、本発明の有機酸化物の製造方法は、不飽和有機化合物を基質に用いた酸化反応によって有機酸化物を製造する方法であって、上記製造方法は、金属元素含有触媒の存在下で、生成する水を除去しながら酸化反応を行う工程を含むものである限り、その他の工程を含んでいてもよい。また、不飽和有機化合物、金属元素含有触媒を含む限り、その他の成分が反応系中に含まれていてもよく、不飽和有機化合物、金属元素含有触媒は、それぞれ1種を用いてもよく、2種以上を用いてもよい。
【0014】
本発明の製造方法は、生成する水を除去するために、水を留去する、及び/又は、脱水剤を用いることが好ましい。
これにより、生成する水をより効率的に除去することができ、金属元素含有触媒等の失活を充分に防ぐことができ、本発明の効果をより充分に発揮することができる。
先ず、本発明における水の留去方法について説明する。
上記水の留去は、液相反応・気相反応いずれの場合にも、反応を進行させながら水を揮発させることができる条件であればよく、常圧、加圧、減圧のいずれの条件で行ってもよい。温度条件は、例えば50℃〜500℃がより好ましい。50℃未満であると、反応が充分に進行しなくなるおそれがある。500℃を超えると、基質や生成物が熱重合をおこすおそれがある。下限については、更に好ましくは、60℃以上であり、特に好ましくは、70℃以上である。また、上限については、更に好ましくは、450℃以下であり、更に好ましくは、420℃以下であり、特に好ましくは、400℃以下である。
上記水の留去は、共沸除去によって行うことが本発明の製造方法における好ましい形態である。共沸蒸留に用いる有機溶媒は、後述する溶媒と同様である。また、基質や溶媒とは別の共沸剤を加えてもよい。共沸剤とは、水と共沸する物質である。
これにより、生成する水をより効率的に除去することができ、本発明の効果を更に充分に発揮することができる。
上記共沸除去は、例えば反応容器にディーンスタークを取り付けることにより、反応中に生成する水を連続的に除去して行うことが好ましい。系内に気体を送り込み、その気体が系外へ排出されるように同伴させて除去してもよい。
【0015】
次に、脱水剤を用いる方法であるが、上記脱水剤としては、有機溶媒を脱水するためのものを適宜用いることができる。例えば、モレキュラーシーブス、塩化カルシウム、硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、吸水性樹脂、無水酢酸、無水フタル酸、オルト蟻酸ジエチルフェニル、オルト蟻酸トリイソプロピル、オルト酢酸トリエチル、オルト酪酸トリメチル等が好ましい。これらの1種又は2種以上を用いることが可能である。脱水剤は液中に加えてもよいし、気相部にパレット等の装置を用いて設置してもよい。
これにより、本発明の製造方法をより簡便にすることができ、本発明の効果を更に顕著に発揮することができる。
上記共沸除去方法及び/又は脱水剤を用いる方法においては、反応系中から一部又は全量液を抜き出し、それに含まれる水分を除去した後、再度反応系に戻す系外での水分除去を行ってもよい。
【0016】
上記脱水剤の使用量は、基質や溶媒、触媒等をあわせた反応時に必要となる全質量の3質量%以上、90質量%以下が好ましく、5質量%以上、80質量%以下がより好ましく、7質量%以上、70質量%以下が更に好ましい。
これにより、生成する水を本発明の反応系において充分に除去することができることとなり、金属元素含有触媒等の失活を防ぐことができ、有機酸化物の収率を良好なものとするという本発明の効果を充分に発揮することが可能となる。
【0017】
本発明の製造方法における、酸化反応の反応開始時から反応終了時までの水分量としては、基質や溶媒、触媒、生成物等を合わせた反応系中に存在する化合物の総量において、1〜10000ppmであることが好ましい。酸化反応中の水分量がこのような範囲であると、金属元素含有触媒等の失活を充分に防ぐことができ、本発明の効果を更に充分に発揮することができる。反応中の水分量としてより好ましくは、10〜5000ppmであり、更に好ましくは、50〜3000ppmである。
なお、本発明において「酸化反応の反応開始時から反応終了時までの水分量が1〜10000ppmである」とは、酸化反応の反応開始時から反応終了時までの全期間において、水分量がこの範囲にあることを必ずしも意味するものではなく、反応開始時から反応終了時までの間に一部この水分量を満たさない期間があっても、水分量を1〜10000ppmとすることの効果、すなわち、金属元素含有触媒等の失活が充分に抑制され、その結果、生成する有機酸化物の収率を良好なものとして生成速度の速い高効率な反応とすることができる効果が実質的に得られるような形態も含むものである。
【0018】
本発明の製造方法は、金属元素含有触媒の存在下で反応させるものである。
本発明の製造方法において用いられる金属元素含有触媒は、不飽和有機化合物の酸化反応に用いることのできるものであれば特に制限されず、酸化反応の種類によって適宜好適な触媒を選択して用いることができる。
上記金属元素含有触媒とは、反応の活性化エネルギーを低くする作用を持つ物質で、基質と短寿命の中間体を形成することにより新しい反応経路を可能にし、反応速度を増大させる物質である。触媒は基質よりも相対的に少量である方が好ましいが、基質と当量若しくはそれ以上加えて反応させ、反応後に回収した後、2回目以降の反応にも使用することができる場合にも、ここでは触媒と呼ぶ。後述する金属元素含有助触媒についても同様であり、助触媒は基質よりも相対的に少量である方が好ましいが、基質と当量若しくはそれ以上加えて反応させ、反応後に回収した後、2回目以降の反応にも使用することができる場合にも、ここでは助触媒と呼ぶ。このとき、1回目の反応終了後に触媒活性を戻すために処理を施しても良いし、施さなくても良い。なお、金属元素含有触媒を、本明細書中、単に触媒ともいう。
上記金属元素含有触媒により、本発明の製造方法の反応速度及び有機酸化物の収率をより高いものとすることができ、有機酸化物の高収率かつ高効率な製造方法とすることができる。
【0019】
上記金属元素含有触媒は、酸化反応の反応開始時から反応終了時までの平均価数が、1.1〜1.8であるものである。酸化反応中の触媒の平均価数がこのような範囲であれば、該触媒は、反応期間中全般に渡って、充分に触媒活性を有する金属元素含有触媒であるということができ、これにより、高収率に、かつ、高効率に有機酸化物を製造することが可能となる。上記金属元素含有触媒の平均価数として好ましくは、1.11〜1.75であり、より好ましくは、1.15〜1.7である。更に好ましくは、1.15〜1.65である。
なお、上記平均価数は、X線吸収微細構造解析(XAFS)により、後述する実施例と同様にして測定することができる。
上記金属元素含有触媒の平均価数は、酸化反応の反応開始時から反応終了時まで全期間において、上述した範囲内となっていることが好ましいが、生成する有機酸化物の収率を良好なものとし、生成速度の速い高効率な反応とすることができる限り、一部の期間が当該範囲外となっていてもよい。
【0020】
本発明の製造方法において用いられる上記金属元素含有触媒は、第8〜12族元素からなる群より選ばれる少なくとも一つの元素を含む化合物を必須とするものであることが好ましい。上記元素は1種若しくは2種以上を使用することができる。
上記金属元素含有触媒がこのようなものであると、本発明の製造方法の反応速度及び有機酸化物の収率をより高いものとする効果がより顕著に発揮される。
上記金属元素含有触媒は、第10族元素からなる群より選ばれる少なくとも一つの元素を含む化合物を必須とするものであることが更に好ましい。
上記第10族元素からなる群より選ばれる少なくとも一つの元素を含む化合物としては、特に限定されないが、例えば、ニッケルを含む化合物、パラジウムを含む化合物、白金を含む化合物が挙げられる。その中でも、本発明に用いるものとしては、パラジウムを含む化合物が特に好ましい。すなわち、上記金属元素含有触媒は、パラジウム元素含有触媒であることが好ましい。
【0021】
上記パラジウム元素含有触媒は、パラジウムを含む化合物であって触媒作用を有するものであればよいが、例えば2価パラジウム化合物が好ましく、中でも、酢酸パラジウムやトリフルオロ酢酸パラジウム等に代表されるパラジウムカルボキシラート、硝酸パラジウム、硫酸パラジウム、フッ化パラジウム、塩化パラジウム、臭化パラジウム、ヨウ化パラジウム、水酸化パラジウム、炭酸パラジウム、ビス(アセトニトリル)ビス(ベンゾニトリル)塩化パラジウム、テトラクロロパラジウム酸ナトリウム、テトラクロロパラジウム酸カリウム、テトラキス(アセトニトリル)パラジウムテトラフルオロボレート等に代表されるカチオン性パラジウム、ビス(アセチルアセトナート)パラジウム等に代表される酸素配位性有機基を有するパラジウム、ジクロロ(オクタジエン)パラジウム等に代表される不飽和結合含有有機基を有するパラジウム、窒素原子含有有機化合物が配位したパラジウム、リン原子含有有機化合物が配位したパラジウム、カルベン含有有機化合物が配位したパラジウム、ニトロ基及び/又はニトロソ基が配位したパラジウム、酸化パラジウム等に代表される2価のパラジウムが好ましい。その他、[Pd4(CO)4(OCOCH3)4]・2CH3COOHに代表される1価のパラジウム、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム、パラジウム黒等に代表される0価のパラジウムでもよく、3価若しくは4価のパラジウムでもよい。0価のパラジウムを使用した場合には、反応系中で酸化状態のパラジウムを形成することになる。上記パラジウム化合物の中でも、酢酸パラジウムやトリフルオロ酢酸パラジウム等に代表されるカルボキシラート系錯体、塩化パラジウム、硝酸パラジウム、テトラクロロパラジウム酸ナトリウム、テトラクロロパラジウム酸カリウム、テトラキス(アセトニトリル)パラジウムテトラフルオロボレート等に代表されるカチオン性パラジウム(カチオン性錯体)、ビス(アセチルアセトナート)パラジウム等に代表される酸素配位性有機基を有するパラジウム(アセチルアセトナート系錯体ともいう)、ジクロロ(オクタジエン)パラジウム等に代表される不飽和結合含有有機基を有するパラジウム、[Pd4(CO)4(OCOCH3)4]・2CH3COOHが特に好ましい。中でも、カルボキシラート系錯体、アセチルアセトナート系錯体、及びカチオン性錯体が更に好ましい。言い換えれば、カルボキシラート系錯体、アセチルアセトナート系錯体及びカチオン性錯体からなる群より選択される少なくとも1種が更に好ましい。錯体の配位子を選択することにより、酸化還元電位やパラジウムの電子状態及び電子軌道エネルギー準位を任意に調整することができ、反応に適した触媒を設計することができる。パラジウムが配位子を有する場合には、該配位子は単座配位子でもよいし、二座以上の多座配位子でもよい。光学活性な配位子を有するパラジウムを触媒に用いた場合には、例えば、基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いることで、β位及び/又はγ位に光学活性点を有するα−メチレン−γ−ブチロラクトン類を合成することが可能となる。上記触媒は、1種又は2種以上を使用することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0022】
本発明の製造方法における上記金属元素含有触媒は、均一系触媒、不均一系触媒にかかわらず、単核化合物でもよいし、2核以上の化合物であってもよく、予め合成することにより得られた単核化合物や2核以上の化合物を触媒として用いるものであってもよいが、反応開始時には金属元素含有触媒が単核化合物や2核以上の化合物を含まないで、反応中に単核化合物や2核以上の化合物が生成して、それらが触媒として作用するものであってもよい。
上記触媒は、1種又は2種以上を使用することができ、助触媒を含めて、反応前に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0023】
本発明の有機酸化物の製造方法において、反応工程内における触媒中にしめる金属元素の使用量が、不飽和有機化合物に対して、50mol%以下であることが好ましい。より好ましくは、20mol%以下であり、更に好ましくは、10mol%以下であり、特に好ましくは、5mol%以下である。
また、1×10−8mol%以上であることが好ましい。より好ましくは、5×10−6mol%以上であり、更に好ましくは、5×10−4mol%以上であり、特に好ましくは、1×10−4mol%以上である。
上記触媒中にしめる金属元素の使用量が、50mol%を超えると、生成物の収率が向上せず、経済的に不利となる場合がある。1×10−8mol%未満であると、触媒の量が少ないことから、反応が充分に進行しなくなるおそれがある。
上記触媒の濃度、すなわち反応させる液相中における上記金属元素の濃度は、好ましくは、1×10−8M以上、1M以下であり、より好ましくは、1×10−7M以上、5×10−1M以下であり、更に好ましくは、1×10−6M以上、2×10−1M以下である。特に好ましくは、5×10−6M以上、1×10−1M以下である。
これにより、生成物の収率を更に向上させることが可能である。
なお、上記触媒中にしめる金属元素の使用量、濃度は、単独で触媒反応を示す主触媒、すなわちパラジウム触媒の使用量、濃度であり、触媒反応を補助的に強化する助触媒(例えば、銅種)を含んだ使用量、濃度ではない。気相反応を行う場合には、SV=1h−1以上であることが好ましい。
【0024】
上記金属元素含有触媒は、反応系中で単独に存在してもよいし、助触媒(金属元素含有助触媒)や酸化剤と2核以上の化合物や合金を形成してもよい。また、1種又は2種以上を使用することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0025】
つまり、一つの実施形態を例示して説明すると以下のようになる。
図2は、本発明の実施形態の一つを示すものであり、基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いた場合について、本発明の製造方法における一つの反応工程の概略を示した図である。ここでは、触媒反応により触媒活性種(例えば、パラジウム種)が酸化数の高い状態から酸化数の低い状態に還元されることを示している。反応を進行させるためには、触媒活性種を再酸化する必要がある。
図2において、Pd(酸化状態)は酸化状態のパラジウム(例えば、1〜4価のパラジウム種や、プラスに電荷を帯びたパラジウム種等)であり、Pd(還元状態)は還元状態のパラジウム(例えば、0価のパラジウム)である。例えば、実施例1において、α,β−不飽和カルボン酸はアクリル酸であり、α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物は1−オクテンである。α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物がパラジウムに配位した後、α,β−不飽和カルボン酸(イオン)がα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物の不飽和結合を求核的に攻撃(若しくはパラジウム−アクリレート種に1−オクテンが挿入)して結合し、続いてα,β−不飽和カルボン酸の不飽和結合が、生成したパラジウム−炭素結合に挿入反応を起こし、β−ヒドリド脱離を経て生成物である環状不飽和化合物を与えることになる。この時反応に関与するパラジウムは、1原子以上である。その他、基本的な経路としては相違ないが、パラジウムが酸化状態(例えば2価)を保持したまま反応が進行する場合や、還元状態のパラジウム種が活性種として働き、反応が進行する場合もある。
【0026】
本発明の製造方法は、金属元素含有助触媒の存在下で反応を行うものであることが好ましい。
上記金属元素含有助触媒を用いて反応させる形態によって、有機酸化物を製造するに際し、反応速度や収率を良好なものとしたうえで、触媒効率等の点で優れるものとすることができる。なお、金属元素含有助触媒を、本明細書中、単に助触媒ともいう。
上記金属元素含有助触媒とは、それ自体単独では直接に基質と中間体を形成することは無いが、中間体を形成することが出来る(主)触媒(例えば、パラジウム触媒)と同時に使用することで、単独で反応することが出来る(主)触媒の効果を著しく促進することが出来る触媒のことを言う。本明細書中では、単に触媒と記載した場合には、主触媒を指し、助触媒は含まれない。また、金属元素含有触媒と金属元素含有助触媒とからなる多成分系において、金属元素含有触媒が単独で示す触媒反応を強化する作用を持つ補助成分となるものであって、再酸化工程を円滑にする機能を有し、下記に例示されるようなものであることが好ましい。これら金属元素含有助触媒は、反応に関与するが、反応した後は元の価数に戻るとされるものである。再酸化工程を円滑にする機能とは、金属元素含有触媒が再酸化する際に酸化還元機構の一部に組み込まれて自ら酸化還元し、それにより酸化還元機構において金属元素含有触媒がより再酸化されやすくする機能をいう。金属元素含有助触媒は、無機物でもよいし有機物であってもよく、実施する反応条件に即して適宜選択することができ、また、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。なお、このような金属元素含有助触媒は、反応系中で単独に存在してもよいし、主成分となる触媒や他の触媒成分と2核以上の化合物や合金等を形成してもよい。また、金属元素含有助触媒は、1種を用いてもよく、2種以上を用いてもよい。
再酸化は、通常は反応系中で行われるものである。金属元素含有助触媒を含む化合物1種以上を、系中に単独で存在させること若しくは触媒に共存させることが好ましい。このとき、上記金属元素含有助触媒を含む化合物は、反応系中で単独に存在してもよいし、主成分となる金属元素含有触媒や他の触媒成分と2核以上の化合物や合金等を形成してもよい。
【0027】
上記金属元素含有助触媒は、酸化反応の反応開始時から反応終了時までの平均価数は、反応に用いる溶媒の種類によっても変化する場合があるため、溶媒の種類に応じて適宜設定することができるが、1.3〜2.1であることが好ましい。酸化反応中の助触媒の平均価数がこのような範囲であれば、該助触媒は、反応期間中全般に渡って、上述した金属元素含有触媒の再酸化工程を円滑にする機能を充分に発揮することができるものであるということができ、これにより、金属元素含有触媒の酸化触媒能が低下するのを抑制することで、更に高収率に、かつ、高効率に有機酸化物を製造することが可能となる。上記金属元素含有助触媒の平均価数として好ましくは、1.4〜2.05であり、より好ましくは、1.5〜2.0である。更に好ましくは、1.55〜1.95である。
このように、本発明の有機酸化物の製造方法は、酸化反応工程が金属元素含有触媒と共に金属元素含有助触媒の存在下で行われ、反応開始時から反応終了時までの金属元素含有助触媒の平均価数が1.3〜2.1であることもまた、本発明の好適な実施形態の1つである。
なお、上記平均価数は、上述した金属元素含有触媒の平均価数の測定と同様にして測定することができる。
また、上記金属元素含有助触媒の平均価数は、酸化反応の反応開始時から反応終了時まで全期間において、上述した範囲内となっていることが好ましいが、生成する有機酸化物の収率を良好なものとし、生成速度の速い高効率な反応とすることができる限り、一部の期間が当該範囲外となっていてもよい。
【0028】
上記金属元素含有助触媒に含まれる金属元素としては、例えば、バナジウム、モリブデン、タングステン、鉄、ルテニウム、コバルト、マンガン、銅、銀、金、ホウ素、アルミニウム、錫、鉛、アンチモン、ビスマス、セレン、テルル等が挙げられ、これらの1種又は2種以上を使用することができる。より好ましくは、バナジウム、モリブデン、鉄、コバルト、マンガン、銅、銀、金、アンチモン、ビスマス、セレン及びテルルからなる群より選ばれる少なくとも一つの元素を含む化合物である。
上記金属元素含有助触媒は、実施する反応条件に即して適宜選択することができ、無機物でもよいし有機物を含んでいてもよい。上記化合物の形態としては、酸化物、ポリオキソメタレート化合物、水酸化物、ハロゲン化物(例えば、フッ化物)、合金化合物、有機基含有化合物、塩、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩等が挙げられ、より好ましくは、酸化物、ポリオキソメタレート化合物、ハロゲン化物、合金化合物、有機基含有化合物、塩である。すなわち、上記化合物の形態としては、酸化物、ポリオキソメタレート化合物、ハロゲン化物、合金化合物、有機基含有化合物及び塩からなる群より選ばれる少なくとも1種以上であることがより好ましい。ポリオキソメタレート化合物は、構成元素の選択やカウンターカチオンの選択により、一方、有機基含有化合物は、配位子の選択により、酸化還元電位や元素の電子状態及び電子軌道エネルギー準位を任意に調整することができる。中でも、銅を含む化合物であることがより好ましい。言い換えれば、上記金属元素含有助触媒は、銅元素含有助触媒であることが本発明の有機酸化物の製造方法における好ましい形態である。また、酸化バナジウム、酸化モリブデン、酸化タングステン、酸化鉄、酸化銅、酸化アンチモン、酸化ビスマス、二酸化セレン、二酸化テルル、ポリオキソメタレート系化合物等の酸化物の他、カルボキシラート類、アセチルアセトナート類、窒素含有有機化合物類、リン含有有機化合物類、不飽和有機化合物類、カルベン類、ハロゲン等を配位子として有する配位金属化合物が好ましい。より好ましくは、カルボキシラート類、アセチルアセトナート類、窒素含有有機化合物類、不飽和有機化合物類、ハロゲンを配位子として有する配位金属化合物であり、更に好ましくは、カルボキシラート類、アセチルアセトナート類、窒素含有有機化合物類、不飽和有機化合物類、ハロゲンを配位子として有する銅化合物である。このような化合物を用いることにより、触媒の再酸化工程が円滑になり、本発明の有機酸化物の製造方法をより効率のよいものとすることができる。この理由としては、(1)上記配位子の配位により、助触媒が触媒を再酸化しやすい形態となる(2)酸化剤が金属に配位しやすくなる、(3)還元状態となった触媒の凝集を抑制できる(4)副反応が抑制される(5)基質と触媒と助触媒との間で配位子交換が起こり得ること等が考えられる。助触媒が配位子を有する場合には、該配位子は単座配位子でもよいし、二座以上の多座配位子でもよい。光学活性な配位子を有する化合物を用いた場合には、例えば、基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いることで、配位子交換を通じて、β位及び/又はγ位に光学活性点を有するα−メチレン−γ−ブチロラクトン類を合成することが可能となる。
【0029】
本発明の有機酸化物の製造方法において、反応工程内における助触媒中にしめる金属元素の使用量が、不飽和有機化合物に対して、1×10−7mol%以上、500mol%以下が好ましい。上限は200mol%以下であることがより好ましい。更に好ましくは、100mol%以下であり、特に好ましくは、50mol%以下である。また、下限は5×10−5mol%以上であることがより好ましい。更に好ましくは、5×10−3mol%以上であり、特に好ましくは、1×10−3mol%以上である。助触媒中にしめる金属元素の使用量が、500mol%を超えると、生成物の収率が特に向上しないことから経済的に不利となる場合がある。1×10−7mol%未満であると、助触媒の量が少ないことから、反応が充分に進行しなくなるおそれがある。気相反応を行う場合には、SV=1h−1以上であることが好ましい。
なお、上記助触媒中にしめる金属元素の使用量は、触媒反応を補助的に強化する助触媒(例えば、銅種)の使用量であり、単独で触媒反応を示す主触媒、すなわちパラジウム触媒を含んだ使用量ではない。
本発明の有機酸化物の製造方法の好ましい形態としては、例えば、パラジウム元素含有触媒としての酢酸パラジウム又はトリフルオロ酢酸パラジウムに加えて、銅元素含有助触媒として酢酸銅又はトリフルオロ酢酸銅を用いる形態が挙げられる。
【0030】
上記助触媒(例えば、銅種)が再酸化工程を円滑にする機能を有する場合は、触媒活性種が再酸化されやすくなる。助触媒が触媒と2核以上の錯体(例えば、パラジウム−銅錯体)を形成して酸化数の高い状態が維持される場合等には、触媒活性種が失活しないことになる。いずれの場合も、触媒が失活した凝集粒子になることが充分に抑制され、酸化・還元のサイクルや、高酸化数触媒活性種の維持が効率的に起こることになる。同時に、Wacker型反応では再酸化を効率的に行うために、触媒や系中に塩酸を導入することが知られているが、上記酸化方法はこのような化合物を特に使用することなく、上記再酸化が進行するため、腐食、生成物の異性化、塩素含有副生物、環境汚染等の問題も回避できることになる。
【0031】
本発明の製造方法は、酸化剤の存在下で反応させるものであることが好ましい。特に、酸化剤を用いて金属元素含有触媒を再酸化する工程を含むものであることが好ましい。
上記再酸化とは、反応系中、若しくは、反応後において、触媒の還元された成分を、還元される前、若しくは、それに近い酸化状態に酸化することを意味する。つまり、触媒活性種である金属元素含有触媒が、反応工程において還元されて酸化数が低くなったものを、再び高い酸化数に酸化することを意味する。例えば、1価〜4価のパラジウム種、又は、ややプラス電荷を帯びたパラジウム種が、反応工程において還元されてそれよりも低い価数になったものを、再び元の状態や価数、若しくは、それに近い価数や状態に酸化することを意味する。
上記酸化剤は、触媒の酸化を行う酸化剤を意味するが、反応機構上、触媒が低酸化数や低酸化状態に落ちることなく、高酸化数や高酸化状態を保持して反応が進行する経路も考えられ、上記高酸化数や高酸化状態を保持する役目を担う剤も、ここでは酸化剤という。また、上記「触媒の酸化を行う酸化剤」とは、触媒を酸化したり触媒の高酸化数や高酸化状態を保持する酸化剤に加えて、助触媒を用いる場合には、酸化剤が助触媒を酸化したり助触媒の高酸化数や高酸化状態を保持し、当該助触媒が触媒を酸化したり触媒の高酸化数や高酸化状態を保持するような酸化剤も含むものである。
【0032】
上記酸化剤としては、反応に悪影響を及ぼさない限り特に限定されるものではなく、有機系酸化剤及び/又は無機系酸化剤のいずれも使用することができ、1種又は2種以上使用することができる。有機系酸化剤とは、金属元素や半金属元素を含まず、主に炭素からなる酸化剤を指し、無機系酸化剤とは、炭素以外の元素からなる酸化剤を指す。有機配位子を含有する金属化合物や半金属化合物は、ここでは無機系酸化剤に分類する。中でも、キノン類、過酸化物、酸素、酸化物、亜硝酸エステル類、鉱酸、一酸化窒素、一酸化二窒素等が好ましい。より好ましくは、ベンゾキノン、アントラキノン、2−(シクロヘキシルスルフィニル)−ベンゾキノン、2−(フェニルスルフィニル)−ベンゾキノン、過酸化水素、過酸化水素水、過酢酸、酸素存在下で過酸化物を発生し得るイソブチルアルデヒド等のアルデヒド類、クメンハイドロパーオキシド、エチルベンゼンハイドロパーオキシド、t−ブチルハイドロパーオキシド、ヨードシルベンゼン、過ヨウ素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、オキソン、分子状酸素(O2)、原子状酸素、オゾン、酸化ルテニウム、酸化アンチモン、酸化ビスマス、酸化セレン、酸化テルル、ポリオキソメタレート、酸化バナジウム、バナジルアセチルアセトナート等のバナジウム含有化合物、二酸化マンガン、酢酸マンガン等のマンガン含有化合物、亜硝酸メチル、亜硝酸エチル、亜硝酸ブチル、亜硝酸t−ブチル、塩酸、硝酸、硫酸、一酸化窒素等が好ましい。キノン類は、系中で発生させてもよく、ヒドロキノン類を前駆体として使用することも可能である。遷移金属含有化合物を使用する場合は、反応系中で単独に存在してもよいし、金属元素含有触媒と2核以上の化合物を形成してもよい。上記酸化剤は、実施する反応条件に即して適宜選択することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0033】
上記分子状酸素は、圧力調整や気相部組成の管理目的、重合禁止剤としても用いることが可能である。
本明細書中、分子状酸素を酸素ともいう。
上記酸化剤の一つは、少なくとも酸素であることが特に好ましい。中でも、酸化剤が実質的に酸素だけからなる形態が本発明の特に好ましい実施形態である。当該形態により、有機酸化物を効率よく製造することができ、コスト面、環境面等において有利となる。
【0034】
本発明の有機酸化物の製造方法は、酸化剤を用いて触媒を再酸化する工程を含むものとすることにより、触媒が好適に再酸化されることで触媒の酸化・還元のサイクルが効率的に行われたり、触媒が高酸化状態で保持されたりすることになり、生成物である有機酸化物の収率を高めることができ、工業的製造に適用する際に有用なものとなる。
【0035】
上記有機系酸化剤を用いて触媒を再酸化する場合であっても、無機系酸化剤を用いて触媒を再酸化する場合であっても、回分式、半回分式、流通式(固定床・流動床)、高速ジェットを利用したループリアクター等のような拡散律速反応に適した反応形式等いずれの反応様式においても、反応工程内における酸化剤の使用量が、不飽和有機化合物に対して1×107mol%以下であることが好ましい。また、不飽和有機化合物に対して、1×10−7mol%以上であることが好ましい。不飽和有機化合物に対して、1×107mol%を超えたり、1×10−7mol%未満となると、本発明の製造方法の生成物である有機酸化物の収率が低くなるおそれがある。反応の進行状況により、反応中に酸化剤を適宜加えてもよい。気相反応を行う場合には、SV=1h−1以上であることが好ましい。
【0036】
上記有機系酸化剤は、金属元素や半金属元素を含まず、主に炭素から構成される酸化剤であれば特に限定されず、一般に使用されるものを適宜用いることができる。
上記有機系酸化剤を用いる場合は、有機系酸化剤の一つが、ベンゾキノン類及び/又は過酸化物類であることが好ましい。
ベンゾキノン類とすると、それが金属元素含有触媒に配位し、基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いた場合に、生成物である有機酸化物のうち、環状不飽和化合物の生成選択率を高める効果も発現し得る。
【0037】
上記分子状酸素は、酸化剤として作用するものであるため、触媒や基質が存在するいわゆる反応場に存在することが好ましい。すなわち、分子状酸素が酸化剤として作用することになるように、不飽和有機化合物が酸化されて有機酸化物が得られる反応が起こる場に分子状酸素が存在するようにすることが好ましい。酸化剤としての作用は、触媒に対する再酸化剤としての作用となる。したがって、本発明においては、分子状酸素が実質的かつ主体的に触媒に対する再酸化剤として作用することになるように分子状酸素を反応場に存在させて反応を行うことになることが好ましい。このように反応場に酸素を存在させることにより、有機酸化物を製造するに際し、反応速度や収率を良好なものとし、簡便でかつ効率のよいものとしたうえで、特に触媒効率等の点で優れる有機酸化物の製造方法とすることができる。なお、分子状酸素は、本発明の製造方法にいう助触媒には該当しない。
【0038】
上記のことから、本発明の製造方法における好ましい形態としては、分子状酸素を用いて酸化する工程を含む形態である。
上述したように、本発明における酸化とは、反応工程において還元された触媒を、分子状酸素を酸化剤として用いて再酸化すること、つまり、反応系中等において、触媒の還元された成分を、還元される前又はそれに近い酸化状態に酸化することであることが好ましい。例えば、触媒活性種(パラジウム原子等)が、反応工程において還元されて酸化数が低くなったものを、再び高い酸化数に酸化することを意味する。例えば、1〜4価の触媒活性種、又は、ややプラス電荷を帯びた触媒活性種が、反応工程において還元されてそれよりも低い価数になったものを、再び元の状態や価数、若しくは、それに近い価数や状態に酸化することを意味する。これにより、反応において還元され、失活した触媒が、反応前と同等又はそれに近い状態に戻ることになる。
【0039】
上記触媒が好適に再酸化されることで触媒の酸化・還元のサイクルが効率的に行われたり、触媒が高酸化状態で保持されたりすることになり、生成物である有機酸化物の収率を高めることができ、工業的製造に適用する際に有用なものとなる。
【0040】
本発明の製造方法は、反応させる液相部に接触する気相部の分子状酸素分圧が0.0001MPa以上となるようにして酸化する工程を含むものであることが好ましい。より好ましくは、0.001MPa以上であり、更に好ましくは、0.005MPa以上である。このような条件下で反応させることにより、触媒サイクルの回転数が増大し、本発明において有機酸化物を製造するに際し、反応速度や収率、触媒効率等を優れたものとすることができる。上記分子状酸素分圧の上限は、反応装置の耐圧性向上のために費用がかかるなど経済的に不利になることから、10MPa以下であることが好ましい。気相反応を行う場合には、SV=1h−1以上であることが好ましい。
【0041】
本発明の製造方法は、上述したように酸化剤として実質的に分子状酸素だけを用いる形態であることが好ましいが、本発明の効果が充分に発揮される限り、分子状酸素以外の酸化剤の存在下で反応を行うものであってもよい。
上記分子状酸素以外の酸化剤としては、反応に悪影響を及ぼさないものが好適であり、有機系酸化剤及び/又は無機系酸化剤のいずれも使用することができ、1種又は2種以上使用することができる。上記酸化剤は、実施する反応条件に即して適宜選択することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0042】
上記製造方法は、溶媒の存在下で反応させる工程を含むものであることが好ましい。このようにすることにより、有機酸化物の収率及び生成速度を高めることができる。上記理由としては、金属周りの配位環境や電子状態に変化が起きることにより、例えば、基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いた場合において、α,β−不飽和カルボン酸がα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物の二重結合を求核的に攻撃した後に続くβ−ヒドリド脱離が抑制されて、α,β−不飽和カルボン酸由来の不飽和部位の金属への配位と挿入反応が効率よく進行することになり、環状不飽和化合物が生成しやすくなることや、有機酸化物合成に有効な触媒活性種(例えば、単核パラジウム種、異核パラジウム種、複核パラジウム種、パラジウムクラスター、パラジウムナノ粒子、パラジウム含有金属ナノ粒子等)の生成及び安定化を助けたり、触媒同士の凝集を抑制したり、触媒活性種の活性を高めたり、再酸化が進行しやすくなったりする結果、触媒活性種を高酸化状態とすることに有利に働く等が推察される(図1参照)。基質が反応条件において液体である場合には、それ自体を溶媒とすることも可能である。
上記溶媒は、反応の進行を阻害しないものであればよいが、例えば、炭化水素化合物、芳香族化合物、エステル基含有化合物、エーテル基含有化合物、水酸基含有化合物、アミド基含有化合物、及びカーボネート基含有化合物からなる群より選択される少なくとも1種を含有するものを用いて反応させるものであることが好ましい。より好ましくは、炭化水素化合物、芳香族化合物、エステル基含有化合物及びカーボネート基含有化合物からなる群より選択される少なくとも1種を含有するものであることであり、特に好ましくは、炭化水素化合物、芳香族化合物及びエステル基含有化合物からなる群より選択される少なくとも1種を含有する溶媒である。
これら有機溶媒の存在下で反応させることにより、例えば、再酸化剤として実質的に酸素だけを用いて、またより少ない触媒量で、環状不飽和化合物を効率よく製造するという効果がより充分に発揮されることになる。またコスト削減、環境面においても有利となる。更に、反応速度及び有機酸化物の収率が大幅に向上することになる。
上記炭化水素化合物は、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタン、オクタン等が好適なものとして挙げられる。
上記芳香族化合物は、ベンゼン、トルエン、ベンゾニトリル、キシレン、エチルベンゼン、クメン、アニソール、安息香酸メチル、フタル酸ジメチル、フタル酸ジエチル、フタル酸ジブチル、フタル酸ジオクチル、メシチレン、プソイドクメン及びトリフルオロトルエン等が好適なものとして挙げられる。
上記エステル基含有化合物は、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸n−ブチル、酢酸t−ブチル、アセトキエトキシエタン、プロピオン酸エチル、ギ酸エチル、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、β−ブチロラクトン、γ−ブチロラクトン、α−メチレン−γ−ブチロラクトン類、α−ビニル−γ−ブチロラクトン類、マレイン酸ジメチル、オレイン酸メチル、ステアリン酸メチル、フェニル酢酸メチル、酢酸ベンジル等が好適なものとして挙げられる。
【0043】
上記有機溶媒は、炭化水素化合物、芳香族化合物、エステル基含有化合物、エーテル基含有化合物及びカーボネート基含有化合物からなる群より選択され、かつ炭素、水素、酸素及びハロゲン以外の元素が含まれていないことが好ましい。言い換えれば、上記有機溶媒は、実質的に炭素、水素、酸素及びハロゲン以外の元素が含まれていないことが本発明の製造方法における好ましい形態である。
これにより、本発明の反応速度や収率を良好なものとする効果を更に充分に発揮することができる。
上記「実質的に炭素、水素、酸素及びハロゲン以外の元素が含まれていない」とは、わずかに他の元素が含まれていても、本発明の反応速度や収率を良好なものとする効果を奏することができるものであればよい。
より好ましくは、実質的に炭素、水素及び酸素以外の元素が含まれていないことである。
上記溶媒は、1種類を用いてもよく、また、2種類以上を適宜混合して用いてもよく、その種類及び使用量は、基質や触媒に応じて適宜設定することができる。
上記溶媒の好ましい使用量は、基質や溶媒、触媒をあわせた反応時に必要となる全質量の5質量%以上、99質量%以下が好ましく、10質量%以上、98質量%以下がより好ましく、20質量%以上、95質量%以下が更に好ましい。
これにより、本発明の効果をより充分に発揮することが可能である。
【0044】
本発明の有機酸化物の製造方法において、上述した反応工程における反応条件としては、例えば、反応温度は、0℃以上が好ましく、また、300℃以下が好ましい。より好ましくは、20℃以上、200℃以下である。更に好ましくは、50℃以上、170℃以下である。反応時間は、1時間以上が好ましく、また、96時間以下が好ましい。より好ましくは、2時間以上、90時間以下である。更に好ましくは、4時間以上、60時間以下である。
なお、本発明の有機酸化物の製造方法が水を留去する形態においては、上述した留去のための好ましい温度を反応温度とすることが好ましい。
また、反応初期の反応釜内の圧力としては、常圧以上、ゲージ圧25MPa以下が好ましい。上限は、20MPaがより好ましく、18MPaが更に好ましい。
圧力調整や気相部組成の管理が必要な場合には、それに使用する気体としては、反応に悪影響を及ぼさないものであればよく、例えば窒素、酸素、空気、酸素/窒素標準ガス、二酸化炭素、ヘリウム、アルゴン等が好ましい。上記気体は、1種を用いてもよく、また、2種以上を適宜混合して用いてもよい。
【0045】
本発明の有機酸化物の製造方法における不飽和化合物は、目的とする生成物に応じて適宜選択することができ、特に制限されないが、α,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを含むことが好ましい。このような化合物を基質として用いることによって本発明の製造方法により環状不飽和化合物を製造することが可能となる。
すなわち、本発明の製造方法は、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを酸化剤の存在下で酸化反応させて有機酸化物を製造することもまた、本発明の好適な実施形態の1つである。
【0046】
上記α,β−不飽和カルボン酸及び上記α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物としては、α,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを反応させることにより環状不飽和化合物を得ることができるものであればよい。
基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いた場合の、本発明の製造方法における環状不飽和化合物合成反応式は、例えば下記式(1)のように表される。
【0047】
【化1】
【0048】
上記式(1)で表されるものについて以下に説明する。
式中、上記R1及びR2は、同一若しくは異なって、水素原子、炭素数1以上30以下のアルキル基、シクロアルキル基、芳香族基含有基であることが好ましい。これらは、エステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、ハロゲン基、イソニトリル基、シアナート基、イソシアナート基、チオシアナート基、イソチオシアナート基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホキシド基、スルホン基、ニトロ基、ニトロソ基、スルホン酸基、カルボニル基(例えば、ケトンやアルデヒド)、アミノ基、アミンオキシド基、ニトロン基、アミド基、アジド基、アセタール基、アゾ基、アゾキシ基、アジン基、イミノ基、イミド基、エナミン基、エナミド基、オルトエステル基、ジアゾ基、ジアゾニウム基、ケタール基、オニウム塩基、複素環式化合物、ヘテロ元素含有基(P、S、Si、B等)等の原子団を有していてもよい。R1及びR2としてより好ましくは、水素原子、炭素数1以上20以下のアルキル基、炭素数4以上20以下のシクロアルキル基、炭素数6以上20以下の芳香族基含有基である。更に好ましくは、水素原子、炭素数1以上12以下のアルキル基、炭素数4以上12以下のシクロアルキル基、フェニル基、メチルフェニル基、ベンジル基、ナフチル基である。特に好ましくは、水素原子、炭素数1以上8以下のアルキル基、フェニル基、メチルフェニル基である。最も好ましくは水素原子である。すなわち、α,β−不飽和カルボン酸がアクリル酸であることが特に好ましい。
上記R1、R2は、結合し、環構造を形成してもよい。
【0049】
上記R3、R4、R5及びR6としては、同一若しくは異なって、水素原子、水酸基、炭素数1以上60以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、芳香族基含有基、直鎖不飽和アルキル基、分岐不飽和アルキル基若しくは脂環式不飽和アルキル基、又は、炭素数0以上60以下のエステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、ハロゲン基、イソニトリル基、シアナート基、イソシアナート基、チオシアナート基、イソチオシアナート基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホキシド基、スルホン基、ニトロ基、ニトロソ基、スルホン酸基、カルボニル基(例えば、ケトンやアルデヒド)、アミノ基、アミンオキシド基、ニトロン基、アミド基、アジド基、アセタール基、アゾ基、アゾキシ基、アジン基、イミノ基、イミド基、エナミン基、エナミド基、オルトエステル基、ジアゾ基、ジアゾニウム基、ケタール基、オニウム塩基、複素環式化合物、ヘテロ元素含有基(P、S、Si、B等)等を有する原子団が好ましい。より好ましくは、水素原子、水酸基、炭素数1以上30以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、芳香族基含有基、直鎖不飽和アルキル基、分岐不飽和アルキル基若しくは脂環式不飽和アルキル基、又は、炭素数0以上30以下のエステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、カルボニル基、アミノ基、アミド基若しくはオニウム塩を有する原子団を表す。更に好ましくは、水素原子、水酸基、炭素数1以上18以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基若しくは脂環式飽和アルキル基、又は、炭素数0以上18以下のエステル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、カルボニル基若しくはアミノ基を有する原子団を表す。特に好ましくは、水素原子、水酸基、炭素数1以上18以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基若しくは脂環式飽和アルキル基、又は、炭素数0以上18以下のエステル基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、カルボニル基若しくはアミノ基を有する原子団を表す。
上記R3、R4、R5、R6は、結合し、環構造を形成してもよい。
【0050】
上記α,β−不飽和カルボン酸は、α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物と反応して環状不飽和化合物を製造することができるものであれば特に制限されるものではないが、下記一般式(2)で表されるものが好ましい。
【0051】
【化2】
【0052】
上記一般式(2)中、R1及びR2は、上記反応式(1)におけるR1及びR2と同様である。
上記α,β−不飽和カルボン酸の中でも、アクリル酸が特に好ましい。
【0053】
本発明の製造方法において、基質としてα,β−不飽和カルボン酸を用いる場合には、α,β−不飽和カルボン酸を添加して反応を行うことが好ましい。
これにより、α,β−不飽和カルボン酸の影響によって触媒が失活・析出してしまうことを抑制することができ、有機酸化物の生成速度をより優れたものとすることができる。
上記「α,β−不飽和カルボン酸を添加して反応を行う」とは、仕込みの段階で使用するα,β−不飽和カルボン酸を全て反応容器内に入れて反応を行う形態ではなく、使用するα,β−不飽和カルボン酸を加えながら反応を行うことをいう。
上記α,β−不飽和カルボン酸の添加は、α,β−不飽和カルボン酸を連続的に添加するものであってもよいし、α,β−不飽和カルボン酸を小分けしたものを時間間隔をあけてそれぞれ一括添加するものであってもよい。本明細書中、連続的に添加するものは、連続添加という。小分けしたものを時間間隔をあけてそれぞれ一括添加するものは、逐次添加という。中でも、α,β−不飽和カルボン酸を連続添加して反応を行う形態が、本発明の製造方法における特に好ましい形態である。これにより、α,β−不飽和カルボン酸の影響を更に小さくすることが可能となる。
【0054】
上記α,β−不飽和カルボン酸の連続添加は、例えば反応で用いられるα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物の全量に対して、0.001mol%/時間以上、10000mol%/時間以下で行うことが好ましい。上記上限は、より好ましくは、5000mol%/時間であり、更に好ましくは、3000mol%/時間であり、更に好ましくは、1000mol%/時間である。上記下限は、より好ましくは、0.1mol%/時間であり、更に好ましくは、0.5mol%/時間であり、更に好ましくは、1mol%/時間である。更に好ましくは、10mol%/時間である。5mol%/時間〜500mol%/時間が特に好ましい形態である。
【0055】
上記α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物、すなわち、二重結合含有化合物は、上記α,β−不飽和カルボン酸と反応して環状不飽和化合物を製造することができるものであれば特に制限されるものではないが、下記一般式(3)で表されるものが好ましい。
【0056】
【化3】
【0057】
上記一般式(3)中、R3、R4、R5及びR6は、上記一般式(1)が有するR3、R4、R5及びR6と同様である。
上記α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物は、炭素数が2〜20の二重結合含有化合物であることが好ましい。
上記α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物としては、例えば、エチレン、フッ素含有エチレン、プロピレン、フッ素含有プロピレン、1−ブテン、2−ブテン、イソブテン、ブタジエン、イソプレン、1−ペンテン、2−ペンテン、シクロペンテン、シクロペンタジエン、ジシクロペンタジエン、1−ヘキセン、2−ヘキセン、3−ヘキセン、シクロヘキセン、1−ヘプテン、1−オクテン、1,7−オクタジエン、1−デセン、ジシクロペンタジエン、ノルボルネン、ノルボルナジエン、酢酸ビニル、エチルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル、スチレン、メチルスチレン、アクリル酸、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルへキシル、(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシエチル等の(メタ)アクリル酸エステル類等が挙げられる。
【0058】
上記α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物は、炭素数が12以下であることが特に好ましい。この場合、環状不飽和化合物の反応速度や収率、触媒効率及び選択率等を優れたものとし、非環状不飽和化合物に対する環状不飽和化合物の選択性を大幅に向上させることができ、生産性と経済性が格段に向上することになる。特に炭素数12以下のα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物を原料として環状不飽和化合物を製造する際、環状不飽和化合物への反応が進みにくい場合があるが、本発明の製造方法では充分にこの反応が進むことになる。より好ましくは、α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物の炭素数は10以下であり、更に好ましくは、炭素数は8以下である。中でも、エチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテン、ブタジエン、1−ヘキセン、シクロヘキセン、1−オクテン、1,7−オクタジエン、1−デセン、ノルボルネン、酢酸ビニル、4−フェニル−1−ブテン、1−ブテニル酸メチル、エチルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル、スチレン、メチルスチレン、(メタ)アクリル酸エステル類が特に好ましく、エチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテン、ブタジエン、1−ヘキセン、シクロヘキセン、1−オクテン、1−デセン、ノルボルネン、ノルボルナジエン、酢酸ビニル、エチルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル、スチレン及びメチルスチレンからなる群より選択される少なくとも1種が更に好ましく、本発明の有利な効果を顕著に発揮することになる。そして、環状不飽和化合物の生成選択率を高めるためには、プロピレン、1−ブテン、ブタジエン、1−ヘキセン、1−オクテン、ノルボルネン、酢酸ビニル、ブチルビニルエーテル、スチレンが更に好ましく、プロピレン、1−ブテン、1−ヘキセン、1−オクテン、ノルボルネン、酢酸ビニルが最も好ましい。例えばエチレンでは選択率が高くなりにくい系においても、これらの化合物を用いた場合は目的とする環状不飽和化合物の選択率を高めることができる。
【0059】
反応工程における上記α,β−不飽和カルボン酸は、α,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物に対して、0.05mol%以上、10000mol%以下であることが好ましい。0.05mol%未満であっても、10000mol%を超えても、充分な収率や選択率を得ることができなくなるおそれがある。上記下限は、0.1mol%がより好ましく、0.5mol%が更に好ましい。特に好ましくは、1mol%である。上記上限は、5000mol%がより好ましく、2000mol%が更に好ましい。特に好ましくは、1500mol%である。これにより、目的物の収率を更に向上させることが可能である。上記α,β−不飽和カルボン酸やα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物は、1種又は2種以上を使用することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0060】
本発明の製造方法においては、反応を更に促進させることを目的として、また触媒活性の向上及び安定化を目的として、添加剤を反応液に添加しても良い。添加剤としては、反応に悪影響を及ぼさないものであればよく、例えばブレンステッド酸、ルイス酸、第15〜17族元素含有化合物、不飽和結合含有有機化合物、塩等が好ましい。より好ましくは、ブレンステッド酸としては、鉱酸類、カルボン酸類、チオカルボン酸類、スルホン酸類、スルフィン酸類、アミノ酸類、リン化合物類、芳香環に結合した水酸基含有化合物、ゼオライトや粘土化合物に代表される無機固体類、イオン交換樹脂等であり、ルイス酸としては、第3〜14族元素含有化合物、金属置換無機固体、金属置換粘土化合物等であり、第15〜17族元素含有化合物としては、ピリジン、ルチジン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、スパルテイン、2,2′−ビピリジル、1,10−フェナントロリン、2,9−ジメチル−1,10−フェナントロリン、2,9−ジメチル−4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン、1,3−ジイソプロピルイミダゾール−2−イリデンや1,3−ビス(2,6−ジイソプロピルフェニル)イミダゾール−2−イリデン等の窒素含有カルベン、トリアリールホスフィン、トリアルキルホスフィン等であり、不飽和結合含有有機化合物としては、電子吸引性基含有アルケン、ベンゾキノン、シクロオクタジエン、β−ジケトン類等であり、塩としては、フッ化リチウム、塩化リチウム等の第1〜2族元素のハロゲン化物;フッ化テトラメチルアンモニウム、塩化テトラメチルアンモニウム等のハロゲン化テトラアルキルアンモニウム塩;フッ化セシルトリメチルアンモニウム等のハロゲン化セチルトリメチルアンモニウム;フッ化ピリジニウム等のハロゲン化ピリジニウム;界面活性剤、相関移動触媒、ゼオライトや粘土鉱物に代表される無機固体類、イオン交換樹脂等のアルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属を含む中性塩、界面活性機能を有する塩等が好ましい。また、上記記載の塩基性化合物や溶媒を、添加剤、酸化剤前駆体や配位子等として少量系中に添加することも可能である。
【0061】
上記添加剤は、反応開始後に触媒に配位及び/又は担持して触媒と共存するものであってもよい。なお、反応開始以前に触媒が有する有機基等は、触媒を構成するものであるといえ、添加剤には含まれないものである。上記の中でも、特にカルボン酸類、チオカルボン酸類、スルホン酸類、スルフィン酸類、リン化合物類、芳香環に結合した水酸基含有化合物、不飽和結合含有有機化合物が好ましく、カルボン酸類、スルホン酸類、不飽和結合含有有機化合物がより好ましい。上記カルボン酸やスルホン酸類としては、トリフルオロ酢酸、ペンタフルオロプロピオン酸、パーフルオロブタン酸、パーフルオロオクタン酸、3,3,3−トリフルオロ−2−(トリフルオロメチル)プロピオン酸、トリクロロ酢酸、安息香酸、o−ニトロ安息香酸、p−ニトロ安息香酸、トリフェニル酢酸、ペンタフルオロ安息香酸、テトラフルオロフタル酸、マロン酸、コハク酸や、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸が更に好ましい。上記芳香環に結合した水酸基含有化合物としては、カテコール、レゾルシノール、ヒドロキノン、サリチル酸等が好ましい。上記不飽和結合含有有機化合物としては、シクロオクタジエンやベンゾキノン等の環状アルケン、アセチルアセトン、ベンゾイルアセトン、1,3−ジフェニル−1,3−プロパンジオン、2,4−ヘプタンジオン、1,1,1,5,5,5,5−ヘキサフルオロアセチルアセトン等のβ−ジケトン類等が更に好ましい。上記カルボン酸類、スルホン酸類、不飽和結合含有有機化合物は、触媒への配位等により、触媒の安定化や凝集の抑制、再酸化の促進、及び、反応性と選択性の向上等に寄与することができる。不飽和結合含有有機化合物は、基質、酸化剤、生成物等としての作用の他にも、上記のように触媒の安定化や反応性の向上といった効果も期待できるものである。
【0062】
本発明の製造方法において、例えば、基質としてα,β−不飽和カルボン酸及びα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物を用いる場合、α,β−不飽和カルボン酸、及び、目的生成物である環状不飽和化合物は、共に重合し易い性質を有している場合がある等、基質及び/又は有機酸化物が重合し易い性質を有している場合には、反応時の重合を抑制するために、反応系に重合防止剤(又は重合禁止剤)を添加することが好ましい。
【0063】
上記重合防止剤としては、重合防止剤としての作用を有するものであればよく、例えば、分子状酸素、分子状酸素含有気体、空気、一酸化窒素等の不対電子を持つ気体;ヒドロキノン、2,4−ジメチルヒドロキノン等のキノン類;フェノチアジン等のアミン化合物;2,4−ジメチル−6−t−ブチルフェノール、p−メトキシフェノール等のフェノール類;p−t−ブチルカテコール等の置換カテコール類;置換レゾルシン類;テトラメチルピペリジン−N−オキシド等の安定遊離基含有化合物;ジチオカルバミン酸銅等の金属含有化合物等の1種又は2種以上を好適に用いることができる。
【0064】
反応終了後は、必要に応じて、蒸留、ろ過、抽出、遠心分離、再結晶、乾燥、カラムクロマトグラフィー等の工程を経て分離・精製することにより、目的の有機酸化物を得ることができる。このような分離・精製工程としては、例えば、反応後の反応液、抽出や活性炭等の多孔質固体により触媒を分離後の反応液、分液等の所定の操作を行った抽出液等を、常圧蒸留(精留)、減圧蒸留(精留)、再結晶等を行うことにより、生成物である有機酸化物を単離・精製することができ、同時に、未反応の基質や溶媒を分離・回収することができる。未反応の基質及び溶媒は、高純度で回収されるので、反応に再度使用することができる。蒸留における重合防止剤としては、上記重合防止剤を使用することができる。
【0065】
本発明の製造方法において、原料である不飽和有機化合物に対する有機酸化物の収率の値は、10%以上が好ましく、20%以上が更に好ましく、30%以上が更に好ましく、35%以上が特に好ましい。このような値とすることにより、本発明の有機酸化物の製造方法に好適となる。
なお、上記収率は、後述する実施例において実施しているように、ガスクロマトグラフィーを用いることにより測定することができる。
【0066】
本発明の製造方法によって製造することができる有機酸化物は、特に制限されるものではないが、上記一般式(1)において表したとおり、基質としてα,β−不飽和カルボン酸とα,β−不飽和カルボン酸以外の不飽和有機化合物とを用いた場合には、有機酸化物として環状不飽和化合物を得ることができる。ただし、環状不飽和化合物と同時に副生成物としてエステル類、ケトン類、アルデヒド類等が生成される場合がある。ここで、副生されるエステル類、ケトン類、アルデヒド類も、種々の工業用途において有用な有機材料となり得るものであり、工業的に有用な化合物といえる。すなわち、本発明の製造方法は、有機酸化物が環状不飽和化合物、エステル、ケトン及びアルデヒドからなる群より選択される少なくとも1種の化学構造を有する化合物を含むこともまた、本発明の好適な実施形態の1つである。
【0067】
上記環状不飽和化合物としては、特に制限されないが、下記一般式(4)で表されるものが、上記製造方法によって好適に製造される環状不飽和化合物の代表例として挙げられる。
【0068】
【化4】
【0069】
上記一般式(4)で表されるものについて以下に説明する。式中、R1、R2、R3、R4、R5及びR6は、上記一般式(1)におけるR1、R2、R3、R4、R5及びR6と同様である。上記一般式(4)で表される環状不飽和化合物としては、例えば、下記式(5);
【0070】
【化5】
【0071】
で表されるアクリル酸と1−ブテンとから製造される化合物、又は、下記式(6);
【0072】
【化6】
【0073】
で表されるアクリル酸と1−オクテンとから製造される化合物が、上記製造方法によって、より好適に製造される例として挙げられる。上記式(5)、(6)は、γ位に置換基を有する化合物であるが、β位に同様の置換基を有する化合物であってもよい。
【0074】
上記環状不飽和化合物は、二重結合を持つ化合物であり、該二重結合がエキソ部位及び/又はエンド部位にあるものであることが好ましい。
エキソ部位とは環の外部の部位を示し、エンド部位とは環の内部の部位を示す。
なお、アクリル酸と1−ブテンとを反応させて本発明の製造方法を行うとき、生成するエキソ部位に二重結合を持つ環状不飽和化合物、すなわち、エキソ型環状不飽和化合物は、上記一般式(5)で表される化合物が挙げられ、生成するエンド部位に二重結合を持つ不飽和化合物、すなわち、エンド型環状不飽和化合物は、下記一般式(7)や下記一般式(8);
【0075】
【化7】
【0076】
で表される化合物が挙げられる。
【0077】
なお、本発明の製造方法において、二重結合がエキソ部位及び/又はエンド部位にある5員環の環状不飽和化合物の他に、6員環の環状不飽和化合物が生成する。例えばパラジウムを触媒として使用した場合に、α,β−不飽和カルボン酸の不飽和結合部位にカルボパラデーションが進行する際に、α位が炭素/β位がパラジウムの方向でカルボパラデーション(挿入反応)が進行する場合には5員環が生成し、α位にパラジウム/β位が炭素の方向でカルボパラデーション(挿入反応)が進行する場合には6員環が生成することになる。
【0078】
上記エステルとしては、特に制限されないが、蟻酸メチル、蟻酸エチル、蟻酸プロピル、蟻酸ブチル、蟻酸2−エチルヘキシル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸2−エチルヘキシルや、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸ビニル、(メタ)アクリル酸プロペン、(メタ)アクリル酸ブテン、(メタ)アクリル酸ペンテン、(メタ)アクリル酸ヘキセン、(メタ)アクリル酸ヘプテン、(メタ)アクリル酸オクテン等の、(メタ)アクリル酸エステル類、ピルビン酸メチル等が挙げられる。
【0079】
上記ケトンとしては、特に制限されないが、アセトン、メチルエチルケトン、メチルプロピルケトン、メチルブチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルペンチルケトン、メチルヘプチルケトン、アセトフェノン等のメチルケトン類や、3−ペンテノン、3−へキセノン等の内部ケトン類が挙げられる。
【0080】
上記アルデヒドとしては、特に制限されないが、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロパナール、ブタナール、イソブタナール、ペンタナール、ヘキサナール、オクタナール、ベンズアルデヒド等が挙げられる。
【発明の効果】
【0081】
本発明の有機酸化物の製造方法は、上述の構成よりなり、有機酸化物を製造するに際し、反応速度や収率を良好なものとし、特に反応後半で生成物の生成速度の低下を充分に防止することができ、高効率で有機酸化物を製造することができる有用な製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】Wacker反応の工程及び環状不飽和化合物を製造する反応の工程の概略を例示した図である。
【図2】本発明の製造方法において考えられ得る一つの反応工程の概略を示した図である。
【図3】実施例1及び比較例1における、反応時間と環状不飽和化合物濃度との関係を示したグラフである。
【図4】パラジウム金属及びトリフルオロ酢酸パラジウムのXANESスペクトル図である。
【図5】パラジウム金属及びトリフルオロ酢酸パラジウムのフーリエ変換後のEXAFSスペクトル図である。
【図6】溶液(A)、(B)、(C)及び(D)における、パラジウムのXANESスペクトル図である。
【図7】溶液(A)、(B)、(C)及び(D)における、パラジウムのフーリエ変換後のEXAFSスペクトル図である。
【図8】溶液(E)、(F)、(G)及び(H)における、銅のXANESスペクトル図である。
【図9】溶液(E)、(F)、(G)及び(H)における、銅のフーリエ変換後のEXAFSスペクトル図である。
【図10】実施例2における、各反応時間後のパラジウムのXANESスペクトル図である。
【図11】実施例2における、各反応時間後のパラジウムのフーリエ変換後のEXAFSスペクトル図である。
【図12】実施例2における、各反応時間後の銅のXANESスペクトル図である。
【図13】実施例2における、各反応時間後の銅のフーリエ変換後のEXAFSスペクトル図である。
【図14】実施例2における、反応時間とパラジウムの平均価数との関係を示したグラフである。
【図15】実施例2における、反応時間と銅の平均価数との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0083】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「%」は「mol%」を意味するものとする。
以下の実施例及び比較例における分析は下記のようにして行った。
<ガスクロマトグラフィー分析>
ガスクロマトグラフィーでの分析は、下記装置及びカラムを用いて行った。
装置名:アジレント・テクノロジー株式会社製 6890N(商品名)
カラム:ジーエルサイエンス社製 TC−WAX(商品名) 内径0.25mm 長さ30m 膜厚0.25μm
<XAFS(X線吸収微細構造)測定>
XAFS測定とは、X線を光源として高エネルギー放射光施設を用い、測定元素の電子状態、配位環境を解析することのできる測定手法であり、XAFSスペクトルから、測定元素の価数、隣接元素種の同定、隣接元素種の配位数、対称性等に関する情報を得ることができる。
XAFS測定は、大型放射光施設SPring−8ビームライン14B2のXAFS測定装置にて実施した。測定モードはパラジウムのK殻吸収端は透過法にて、銅のK殻吸収端は蛍光法にて実施した。透過法測定、蛍光法測定ともにガラスもしくはカプトンフィルムを貼った円筒形もしくは長方形型のガラスセルに封入し常温にて実施した。得られた吸収スペクトルよりXANES(X線吸収端近傍構造)分析とEXAFS(広域X線吸収微細構造)分析とを行った。反応溶液中に含まれるパラジウム及び銅の平均価数は、そのXANESを、価数が明らかな複数の参照試料のXANESを用いてパターンフィッティングを行うことで定量化した。例えば、2価の参照試料としてトリフルオロ酢酸パラジウムを、0価の参照試料としてPdホイルを用い、反応溶液のXANESをパターンフィッティングした結果、トリフルオロ酢酸パラジウム:Pdホイル=60%:40%となった場合、反応溶液の平均価数は1.2価と算出することが出来る。((2×0.6)+(0×0.4)=1.2)
また、反応溶液中に含まれるパラジウム及び銅の配位している元素種並びに平均配位数は、そのEXAFSを、配位元素種と平均配位数とが明らかな複数の参照試料のEXAFSを用いてパターンフィッティングを行うことで決定、算出した。
【0084】
(実施例1)
ディーンスタークを取り付けた反応容器に、アクリル酸(1400mmol)、1−オクテン(900mmol)、トルエン(350mL)、金属元素含有触媒としてトリフルオロ酢酸パラジウム(0.9mmol)、金属元素含有助触媒として酢酸銅(4.0mmol)を加えた。分子状酸素ガスを300mL/分で吹き込み、反応中に生成する水を連続的に共沸除去しながら90℃で24時間攪拌した。得られたガスクロマトグラフより生成した環状不飽和化合物濃度を経時的に測定したところ、図3のようになった。
【0085】
(比較例1)
反応中に生成する水を除去しなかった以外は、実施例1と同様に反応を行い、実施例1と同様に環状不飽和化合物濃度を経時的に測定したところ、図3のようになった。また、反応液中にパラジウムブラックミラーが生成していることが目視により確認され、パラジウムの価数が0となっていることが分かった。
【0086】
実施例1及び比較例1の結果から、反応中に生成する水を除去することによって、反応後半における有機酸化物の生成速度の低下を抑制することができ、これにより有機酸化物の収率を良好なものとし、高効率に有機酸化物を製造することが可能となることが実証された。
【0087】
<金属元素含有触媒、金属元素含有助触媒、不飽和有機化合物の状態と相互作用の解析>
(参考例1)
パラジウム金属及びトリフルオロ酢酸パラジウム(パラジウム濃度:1000ppm)のXAFS測定を行った。図4のスペクトルは、XANES(X線吸収端近傍構造)スペクトルと呼ばれ、結合エネルギーのエネルギーを有するX線による内殻電子の空準位への励起に由来する立ち上がり構造を観測し、そのスペクトルの位置や形からパターンフィッティングにより吸収元素の価数、スピン状態が分かるものである。図4からは、価数が高い程、吸収端の位置が高エネルギー側にシフトすることが分かる。
また、EXAFS(広域X線吸収微細構造)スペクトルは、結合エネルギー以上のエネルギーを有するX線により内殻電子が光電子として放出される際に周りの原子による干渉で生じる振動構造を観測し、そのスペクトルの振幅や位相差から吸収元素の配位元素、配位数等の配位環境が分かるものである。実際には、EXAFSスペクトルは、フーリエ変換を行った後に解析されるが、フーリエ変換後のEXAFSスペクトルのピークの現れる位置からパターンフィッティングにより吸収元素の配位元素を知ることができ、ピークの高さからパターンフィッティングにより吸収元素の配位数を算出することができる。図5からは、トリフルオロ酢酸パラジウムからはパラジウム−酸素の結合ピークが、パラジウム金属からはパラジウム−パラジウムの結合ピークが検出されることが分かる。なお図4及び図5中、aのスペクトルがパラジウム金属のスペクトルを、bのスペクトルがトリフルオロ酢酸パラジウムのスペクトルを表している。
【0088】
(参考例2)
酸素を充分に溶解させた酢酸ブチルにトリフルオロ酢酸パラジウム(パラジウム濃度:約1000ppm)を溶解させて、溶液(A)を得た。溶液(A)についてパラジウムのXAFS測定を行った結果、図6にaとして示したXANESスペクトル、図7にaとして示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。図6のスペクトルから、溶液(A)のパラジウムの価数は2.0であることが分かった。また、図7のスペクトルから、溶液(A)のトリフルオロ酢酸配位子に由来するパラジウム−酸素の平均配位数は2.6であることが分かった。
【0089】
(参考例3)
溶液(A)にトリフルオロ酢酸銅(銅濃度:約1000ppm)を添加して溶液(B)を得た。溶液(B)についてパラジウムのXAFS測定を行った結果、図6にbとして示したXANESスペクトル、図7にbとして示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。
【0090】
(参考例4)
溶液(A)に1−オクテンを添加して溶液(C)を得た。溶液(C)についてパラジウムのXAFS測定を行った結果、図6にcとして示したXANESスペクトル、図7にcとして示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。図6から、溶液(A)に1−オクテンを添加することにより、パラジウムK殻吸収端の位置が低エネルギー側に変化することが観測され、パラジウムの価数が2.0から1.43へと還元側にシフトすることが分かった。また、図7から、溶液(A)に1−オクテンを添加することにより、トリフルオロ酢酸配位子に由来するパラジウム−酸素の平均配位数が2.6から1.4へと低減することが分かった。これはパラジウムに対して1−オクテンが配位することにより、パラジウム−アルケン錯体が形成され、トリフルオロ酢酸配位子の一部が開裂したことによるものと考えられる。
【0091】
(参考例5)
溶液(A)にトリフルオロ酢酸銅(銅濃度:約1000ppm)及び1−オクテンを添加して溶液(D)を得た。溶液(D)についてパラジウムのXAFS測定を行った結果、図6にdとして示したXANESスペクトル、図7にdとして示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。
【0092】
(参考例6)
酸素を充分に溶解させた酢酸ブチルにトリフルオロ酢酸銅(銅濃度:約1000ppm)を溶解させて、溶液(E)を得た。そして溶液(E)にトリフルオロ酢酸パラジウム(パラジウム濃度:約1000ppm)を添加して溶液(F)を、また、溶液(E)に1−オクテンを添加して溶液(G)を得た。更には、溶液(E)にトリフルオロ酢酸パラジウム(パラジウム濃度:約1000ppm)及び1−オクテンを添加して溶液(H)を得た。溶液(E)、溶液(F)、溶液(G)及び溶液(H)について銅のXAFS測定を行った結果、図8に示したXANESスペクトル、図9に示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。なお、図8及び図9中、eは、溶液(E)のスペクトルを表し、fは、溶液(F)のスペクトルを表し、gは、溶液(G)のスペクトルを表し、hは、溶液(H)のスペクトルを表している。図8及び図9から、溶液(E)にトリフルオロ酢酸パラジウム(パラジウム濃度:約1000ppm)を添加したり、または、1−オクテンを添加したりしても、XANESスペクトル及びフーリエ変換後のEXAFSスペクトルに全く変化が見られず、銅の状態は変化しないが、溶液(E)にトリフルオロ酢酸パラジウム(パラジウム濃度:約1000ppm)及び1−オクテンを添加することにより、銅K殻吸収端の位置が低エネルギー側に変化することが観測され、銅の価数が2.0から1.87へと還元側にシフトすることが分かった。また、銅−酸素の平均配位数が2.3から2.1へと低減することが分かった。
【0093】
参考例6の結果から、トリフルオロ酢酸銅は、トリフルオロ酢酸パラジウム、または、1−オクテンそれぞれと個別に相互作用することはないが、トリフルオロ酢酸パラジウム及び1−オクテンの両方を添加して三者が揃った場合において相互作用することが分かった。これは、1−オクテンがトリフルオロ酢酸パラジウムに配位した錯体に対してのみトリフルオロ酢酸銅が酸化的相互作用をもっていると考えられる。
【0094】
(実施例2)
1Lセパラブルフラスコ(四つ口)にトリフルオロ酢酸パラジウム(6mmol)、ステアリン酸銅(24mmol)、トルエン(450mL)、1−オクテン(900mmol)を加え、酸素を液中に吹き込みながら、90℃に加熱した。続いてアクリル酸(150mmol)を加え、反応を開始した。反応開始後30分ごとにアクリル酸(150mmol)及び1−オクテン(165mmol)を添加する操作を3時間行い、共沸により水を除去しながら、24時間反応を行った。ガスクロマトグラフィー分析によって求めた24時間後のγ−ヘキシル−α−メチレン−γ−ブチロラクトンの収率は68%であった。また、2−オクタノン(50mmol)及び2−アクリロキシ−1−オクテン(37mmol)も同時に得られた。各反応時間の反応液をサンプリングし、パラジウムのXAFS測定を行った結果、図10に示したXANESスペクトル、図11に示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。なお、図10及び図11中、Aは、反応開始前の反応液のスペクトルを表し、Bは、反応開始2時間後の反応液のスペクトルを表し、Cは、反応開始24時間後の反応液のスペクトルを表している。
図10から、反応開始と共に、パラジウムK殻吸収端の位置が低エネルギー側に変化することが観測され、パラジウムの価数が1.64から1.22へと還元側にシフトし、それ以後は反応時間によらず有意なスペクトル変化は見られず、反応を通じて一定であることが分かった。また、図11から、反応開始と共にパラジウム−酸素の結合ピークが高結合長側にシフトし、それ以後は反応時間によらずピーク位置に有意な変化は見られず、反応を通じて一定であることが分かった。
この反応中のパラジウムのスペクトルと一致するリファレンスサンプルを探索したところ、下記一般式(9);
【0095】
【化8】
【0096】
(式中、Arは、2,6−ジイソプロピルフェニル基を表しており、点線は、配位結合を表している。)で表される1,3−ビス(2,6−ジイソプロピルフェニル)イミダゾール−2−イリデン(1,4−ナフトキノン)パラジウム ダイマーのXANESスペクトル及びEXAFSスペクトルが反応中のパラジウムのスペクトルと一致することが明らかとなった。1,3−ビス(2,6−ジイソプロピルフェニル)イミダゾール−2−イリデン(1,4−ナフトキノン)パラジウム ダイマーのXANESスペクトル及びEXAFSスペクトルは、それぞれ図10、11中にDとして示されている。反応は、アルケンのパラジウムへの配位に続いてアクリル酸によるオキシバラデーションが起こり、挿入反応及びβ−水素脱離反応が進行することにより、環状不飽和化合物が得られていると考えられている。本結果はその機構に沿っており、かつ、1,3−ビス(2,6−ジイソプロピルフェニル)イミダゾール−2−イリデン(1,4−ナフトキノン)パラジウム ダイマーに類似した状態にあるパラジウムが中間体として存在していることを示すものである。
【0097】
また、各反応時間の反応液をサンプリングし、銅のXAFS測定を行った結果、図12に示したXANESスペクトル、図13に示したフーリエ変換後のEXAFSスペクトルを得た。なお、図12及び図13中、Eは、反応開始前の反応液のスペクトルを表し、Fは、反応開始2時間後の反応液のスペクトルを表し、Gは、反応開始24時間後の反応液のスペクトルを表している。また、Hは、酸素を充分に溶解させた酢酸ブチルにトリフルオロ酢酸銅(銅濃度:約1000ppm)を溶解させたものを参照試料として銅のXAFS測定を行って得られるスペクトルを表している。
図12から、反応開始と共に、XANESスペクトルの形状に変化が見られるが、反応開始から24時間後には、そのスペクトルの形状変化が消失することが分かった。また、図13から、反応開始前後及び反応中において銅−酸素の結合ピークのピーク位置に有意な変化は見られず、反応を通じて一定であることが分かった。
【0098】
また、各反応時間におけるパラジウムの平均価数及び銅の平均価数は、それぞれ図14及び図15の通りであった。これらの結果から、反応中に生成する水を除去することによって、パラジウムの平均価数を1.1〜1.8の範囲内に、銅の平均価数を1.3〜2.1の範囲内に保つことが可能となる。
【0099】
(比較例2)
反応中に生成する水を除去しなかった以外は、実施例2と同様に反応を行ったところ、反応液中にパラジウムブラックミラーが生成していることが目視により確認され、パラジウムの価数が0となっていることが分かった。
【0100】
本明細書中、触媒や助触媒の量(mol%)は、α,β−不飽和カルボン酸に対する量を表す。収率は、α,β−不飽和カルボン酸基準で算出したものである。
【0101】
実施例2及び比較例2の結果から、反応中に生成する水を除去しながら反応を行うことによって、反応中における、金属元素含有触媒、金属元素含有助触媒の平均価数を特定の範囲内に保つことができることが分かった。
【0102】
なお、上述した実施例では、α,β−不飽和カルボン酸としてアクリル酸、不飽和有機化合物として1−オクテンを用い、酸化剤として分子状酸素、金属元素含有触媒としてパラジウム元素含有触媒を用いているが、不飽和有機化合物を金属元素含有触媒の存在下で酸化反応させるものであれば、反応中に生成する水の影響を受けて金属元素含有触媒の構造が変化して、失活してしまい、これにより反応後半で目的生成物の生成速度が大幅に低下するという問題を生じさせる機構は同様であり、また、生成する水を除去しながら反応を行う形態である限り、本発明の効果を生じさせる作用機構も同様である。すなわち、反応工程において生成する水を除去しながら、触媒及び助触媒の価数を所定の値に保持して反応を行うところに本発明の本質的特徴があり、当該水の影響が同様に低減されるものであれば、この実施例で示されるような効果を奏することになる。したがって、上記実施例及び比較例の結果から、本発明の技術的範囲全般において、また、本明細書において開示した種々の形態において本発明が適用でき、有利な作用効果を発揮することができるといえる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
不飽和有機化合物を基質に用いた酸化反応によって有機酸化物を製造する方法であって、
該製造方法は、金属元素含有触媒の存在下で、生成する水を除去しながら酸化反応を行う工程を含み、反応開始時から反応終了時までの金属元素含有触媒の平均価数が1.1〜1.8であることを特徴とする有機酸化物の製造方法。
【請求項2】
前記製造方法は、酸化反応工程が金属元素含有触媒と共に金属元素含有助触媒の存在下で行われ、反応開始時から反応終了時までの金属元素含有助触媒の平均価数が1.3〜2.1であることを特徴とする請求項1に記載の有機酸化物の製造方法。
【請求項3】
前記製造方法は、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを酸化剤の存在下で酸化反応させて有機酸化物を製造することを特徴とする請求項1又は2に記載の有機酸化物の製造方法。
【請求項4】
前記製造方法は、有機酸化物が環状不飽和化合物、エステル、ケトン及びアルデヒドからなる群より選択される少なくとも1種の化学構造を有する化合物を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の有機酸化物の製造方法。
【請求項1】
不飽和有機化合物を基質に用いた酸化反応によって有機酸化物を製造する方法であって、
該製造方法は、金属元素含有触媒の存在下で、生成する水を除去しながら酸化反応を行う工程を含み、反応開始時から反応終了時までの金属元素含有触媒の平均価数が1.1〜1.8であることを特徴とする有機酸化物の製造方法。
【請求項2】
前記製造方法は、酸化反応工程が金属元素含有触媒と共に金属元素含有助触媒の存在下で行われ、反応開始時から反応終了時までの金属元素含有助触媒の平均価数が1.3〜2.1であることを特徴とする請求項1に記載の有機酸化物の製造方法。
【請求項3】
前記製造方法は、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを酸化剤の存在下で酸化反応させて有機酸化物を製造することを特徴とする請求項1又は2に記載の有機酸化物の製造方法。
【請求項4】
前記製造方法は、有機酸化物が環状不飽和化合物、エステル、ケトン及びアルデヒドからなる群より選択される少なくとも1種の化学構造を有する化合物を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の有機酸化物の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2012−12323(P2012−12323A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−149567(P2010−149567)
【出願日】平成22年6月30日(2010.6.30)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年6月30日(2010.6.30)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】
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