説明

有機EL素子

【課題】電子注入層の仕事関数を小さくして陰極から有機物層への電子注入効率を高めた有機EL素子を提供する。
【解決手段】基板の上に、下部電極と、電子注入層と、有機発光層を含む有機物層と、上部透明電極とをこの順で有し、前記上部透明電極側から光を取り出す有機EL素子について、前記下部電極は、電気陰性度1.1以下の金属元素を少なくとも1種と、Alとを含み、前記電子注入層は、アルカリ金属および第2族元素よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含むように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機エレクトロルミネッセンス(以下、有機ELという。)素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機EL素子は、近年、有機EL表示装置等の発光体として用いられている。有機EL素子の構造は、有機発光層を含む有機物層を、電極(陽極、陰極)で挟んだ構造を基本構造としている。有機EL素子の陽極にプラス、陰極にマイナスの直流電圧をかけることによって、陽極から正孔が、陰極から電子が有機物層に夫々注入され、有機物層で正孔と電子がキャリア再結合する。キャリア再結合によって、有機物層の電子エネルギーが基底状態から励起状態になる。励起状態はエネルギー状態が高いため、非常に不安定であり、速やかに基底状態に戻る。励起状態から基底状態に戻るときにエネルギーが放出され、この放出されたエネルギーが発光となる。
【0003】
有機EL素子の陰極として用いられる材料は、有機物層に電子を多く注入する作用を有するものが有効であり、仕事関数の小さい材料ほど、電子を多く注入することが知られている。仕事関数とは、固体内の電子を固体外の真空へ取り出すのに必要な最低エネルギーを意味しており、陰極として仕事関数の小さい材料を用いることによって、陰極から有機物層へ電子を注入する際のエネルギー障壁を小さくできるため、有機物層に電子を多く注入できる。
【0004】
仕事関数の小さい材料としては、アルカリ金属(Li、Na、K、Rb、Cs、Fr)や第2族元素(Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Ra)が挙げられる。しかし、これらの元素は大気中で不安定なため、安定にするために、MgAg等のマグネシウム合金、あるいはAlLi、AlCa、AlMg等のアルミニウム合金などの形態で陰極として用いられている(以下、従来例Iという。)。ところがアルカリ金属等の元素を合金の形態にしても充分な安定性は得られず、動作寿命や製造プロセスの安定性の点で問題があった。
【0005】
そこで、非特許文献1には、陰極の材料としてアルカリ金属や第2族元素を含有する合金を用いるのではなく、陰極の材料としてはAlを用い、このAl陰極と有機物層との間に、アルカリ金属化合物(例えば、Li2O、LiBO2、NaCl、KCl、K2SiO3、RbCl、Cs2O)を電子注入層として介在させた有機EL素子が開示されている。そして、この文献には、Al陰極と有機物層との間にアルカリ金属化合物からなる電子注入層を介在させる構成によれば、有機物層に電子を多く注入できることが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Takeo Wakimoto、「Organic EL Cells Using Alkaline Metal Compounds as Electron Injection Materials」、IEEE TRANSACTIONS ON ELECTRON DEVICES、1997年8月、VOL.44、No.8、p.1245〜p.1248
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記非特許文献1に記載されている有機EL素子の構成によれば、アルカリ金属化合物からなる電子注入層を陰極とは別に設けているため、電子注入層の厚みを薄くできる。そのため、アルカリ金属の使用量を、上記従来例Iと比べて低減できるため、動作寿命や製造プロセスの安定性の問題を改善できる。しかし電子注入層を構成するアルカリ金属化合物は、陰極から有機物層への電子の注入効率を促進する一方で、絶縁体として作用するため、陰極と有機物層との間に上記電子注入層を設ける場合には、電子注入層をできるだけ薄くすることが望まれる。しかし、アルカリ金属化合物を薄く均一に形成することは困難であり、電子注入層が不均一に形成されると、有機物層への電子注入効率が却って低下する。
【0008】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、基板の上に、陰極となる下部電極と、電子注入層と、有機発光層を含む有機物層と、陽極となる上部透明電極とをこの順で有する有機EL素子について、電子注入層の仕事関数を小さくして陰極から有機物層への電子注入効率を高めた有機EL素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決することのできた本発明に係る有機EL素子は、基板の上に、下部電極と、電子注入層と、有機発光層を含む有機物層と、上部透明電極とをこの順で有し、前記上部透明電極側から光を取り出す有機EL素子であり、前記下部電極が、電気陰性度1.1以下の金属元素を少なくとも1種と、Alとを含み、前記電子注入層が、アルカリ金属および第2族元素よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含むところに要旨を有している。
【0010】
上記電子注入層は、酸素またはハロゲン元素よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことが好ましい。上記下部電極は、電気陰性度が1.1以下の金属元素を少なくとも1種含む金属元素層と、Al含有層との積層体であり、前記金属元素層の膜厚が1原子で、前記金属元素層と前記電子注入層とが接していてもよい。本発明には、上記有機EL素子を備える有機EL表示装置も包含される。
【発明の効果】
【0011】
本発明では、下部電極と電子注入層に夫々特定の元素を含有させることによって、電子注入層の形状を凹凸状に変形し、これにより電子注入層の形状が平面状の場合よりも電子注入層の仕事関数を小さくできる。よって陰極から有機物層への電子注入効率を一層高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、Al合金(111)面にLiF膜を蒸着させた場合の表面構造を計算した結果を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、基板の上に、陰極となる下部電極と、電子注入層と、有機発光層を含む有機物層と、陽極となる上部透明電極とをこの順で有し、上部透明電極側から光を取り出す有機EL素子について、下部電極から有機物層への電子注入効率を高めるために鋭意検討を進めてきた。その結果、電子注入層を構成する原子の結合状態が、下部電極から有機物層への電子注入効率に大きく影響を及ぼし、この結合状態を最適化すれば、電子注入効率を高められることが明らかとなった。
【0014】
即ち、本発明者らは、下部電極として純Alを用い、この表面に電子注入層としてLiFを設け、次いで有機発光層を含む有機物層を設けた場合と、下部電極としてAl合金を用い、この表面に電子注入層としてLiFを設け、次いで有機発光層を含む有機物層を設けた場合について、下部電極から有機物層への電子注入効率に差が生じるかどうか検討した。その結果、下部電極としてAl合金を用いたときの方が、純Alを用いたときよりも電子注入効率が小さくなることが分かった。
【0015】
そこで、本発明者らは、下部電極として純Alを用いたときとAl合金を用いたときについて、電子注入層を構成する原子の結合状態がどのように変化しているか調べた。その結果、純Alを用いた場合には、LiFは平面状の構造であったのに対し、Al合金を用いた場合には、LiFは波状(凹凸状)の構造に変形していることが分かった。LiFの形状が変形したのは、Al合金の表面にLiFを積層したからであり、Al合金に含まれる合金元素が、LiFの結合を弱め、平面状から波状に変形させたと考えられる。
【0016】
そして、本発明者らが更に検討を重ねたところ、下部電極として、電気陰性度が1.1以下の金属元素を少なくとも1種と、Alとを含む電極を設け、且つ電子注入層として、アルカリ金属および第2族元素よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含む層を設ければ、電子注入層を構成する原子の結合状態を平面状から凹凸状に変形できるため、電子注入層の仕事関数が一段と小さくなり、下部電極から電子注入層を通って有機物層へ電子が注入されるときの注入効率を一層高められることが判明した。
【0017】
以下、本発明の有機EL素子について、詳細に説明する。
【0018】
《下部電極》
本発明では、下部電極として、電気陰性度が1.1以下の金属元素を少なくとも1種と、Alを含む電極を設けるところに特徴を有している。下部電極のベース金属をAlにすることによって、安定性と良電気伝導性を実現できる。また、コスト面からもAlを選択することが推奨される。そして、本発明では、Alに、合金元素として、電気陰性度が1.1以下の金属元素を少なくとも1種含有させることによって、下部電極の表面に形成する電子注入層に電子が供与され、電子注入層の結合を弱くすることができる。その結果、電子注入層を構成する原子の結合状態が平面状から波状に変形させることができる。電気陰性度が1.1を超えると、電子注入層への電子供与量が少なくなり、純Alと同様に、電子注入層を構成する原子の結合状態を変化させることができない。従って電気陰性度は1.1以下、好ましくは1.0以下、より好ましくは0.9以下の金属元素を含有させるのがよい。
【0019】
電気陰性度xが1.1以下の金属元素としては、例えば、アルカリ金属[Li(x=0.98)、Na(x=0.93)、K(x=0.82)、Rb(x=0.82)、Cs(x=0.79)、Fr(x=0.70)]、アルカリ土類金属[Ca(x=1.00)、Sr(x=0.95)、Ba(x=0.89)、Ra(x=0.90)]、La(x=1.10)、Ac(x=1.10)等が挙げられる。これらのなかでも、アルカリ金属、アルカリ土類金属、およびLaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を用いることが好ましく、より好ましくは、Li、Na、K、Ca、Sr、およびLaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とする。
【0020】
下部電極は、電気陰性度が1.1以下の金属元素を少なくとも1種と、Alとを含んでいればその形態は特に限定されず、(a)電気陰性度が1.1以下の金属元素を少なくとも1種含み、残部がAlおよび不可避不純物からなるAl合金であってもよいし、(b)電気陰性度が1.1以下の金属元素を少なくとも1種含む金属元素層と、Al含有層との積層体であってもよい。
【0021】
(a)Al合金を設ける場合は、電気陰性度が1.1以下の金属元素の合計量を1〜20原子%とすることが好ましい。より好ましい下限は1.85原子%であり、より好ましい上限は13原子%である。
【0022】
(b)積層体を設ける場合は、上記金属元素層の膜厚は1原子分とし、金属元素層と電子注入層が接するように積層する。膜厚が1原子とは、金属元素層を構成する金属元素が、平面方向に、金属元素層の厚みが1原子分となるように並んでいることを意味し、金属元素層を構成する金属元素が積層方向に2原子分以上重なっていないことを意味する。金属元素層が1種の金属元素で構成されている場合は、金属元素層の膜厚は金属元素層を構成している金属元素の直径に等しければよく、金属元素層が2種以上の金属元素で構成されている場合は、金属元素層の膜厚は金属元素層を構成している金属元素のうち最も直径が大きな金属元素の直径に等しければよい。
【0023】
上記金属元素層の膜厚が1原子分を超えると、電極自体の電気抵抗が大きくなり、電子注入層へ電子が移動できなくなる。上記Al含有層としては、純Al層を設けることが好ましい。Al合金層の厚みは6原子分以上とすることが好ましい。
【0024】
《電子注入層》
本発明は、電子注入層として、アルカリ金属および第2族元素よりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含む層を設けるところにも特徴を有している。こうした群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有し、電気陰性度の差が大きくなる元素と結合した層とすることによって、電子注入層の仕事関数を小さくすることができる。そのため、下部電極から有機物層への電子注入効率を高めることができる。
【0025】
電気陰性度の差を大きくするには、電子注入層に、酸素またはハロゲン元素よりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有させることが好ましい。
【0026】
上記アルカリ金属とは、Li、Na、K、Rb、Cs、Frであり、上記第2族元素とは、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Raである。これらの中でも、Li、Na、K、Be、Mg、Ca、およびSrよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することが好ましい。
【0027】
上記ハロゲン元素とは、F、Cl、Br、Iである。これらの中でも、Fおよび/またはClを含有することが好ましい。
【0028】
具体的には、アルカリ金属の酸化物としては、Li2O、Na2O、K2Oなど、アルカリ金属のハロゲン化物としては、アルカリ金属のフッ化物(LiF、NaF、KF)やアルカリ金属の塩化物(LiCl、NaCl、KCl)など、第2族元素の酸化物としては、BeO、MgO、CaOなど、第2族元素のハロゲン化物としては、第2族元素のフッ化物(BeF2、MgF2、CaF2、SrF2)や第2族元素の塩化物(BeCl2、MgCl2、CaCl2、SrCl2)などが例示できる。
【0029】
アルカリ金属および第2族元素よりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の含有量は、合計で50〜67原子%とすることが好ましい。
【0030】
酸素またはハロゲン元素よりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の含有量は、合計で33〜50原子%とすることが好ましい。
【0031】
以上の通り、本発明の有機EL素子は、下部電極と電子注入層に夫々特定の元素を含有させるところに特徴があり、電子注入層の表面に設ける有機発光層を含む有機物層、該有機物層の表面に設ける上部透明電極、および下部電極から上部透明電極までを設ける基板の種類は特に限定されず、公知のものを用いることができる。
【0032】
《有機発光層を含む有機物層》
有機物層は、有機発光層を含んでいればよく、その材料は、所望する色調に応じて選択できる。例えば、tris(8-hydroxyquinolinato)aluminium[Alq3]、2-Methoxy-5-(2'-Ethylhexyloxy)-1,4-Phenylenevinylene Copolymer[MEH−PPV]、ジアミン、アントラセンなどを用いることができる。
【0033】
有機物層の厚みは、例えば、40〜200nm(好ましい下限は50nm、好ましい上限は100nm)とすればよい。
【0034】
《上部透明電極》
上部透明電極は、有機物層での発光を透過して光を取り出すために、可視光の透過率が80%以上であることが好ましい。可視光とは、波長が380〜780nmの領域の光である。
【0035】
上部透明電極の材料としては、例えば、透明導電性酸化物を挙げられる。透明導電性酸化膜としては、例えば、インジウム−スズ酸化物(ITO)、インジウム−亜鉛酸化物(IZO)、亜鉛−アルミニウム酸化物(AZO)、亜鉛−ガリウム酸化物(GZO)などが挙げられる。
【0036】
上部透明電極の厚みは、例えば、50〜150nm(好ましい下限は80nm、好ましい上限は115nm)とすればよい。
【0037】
《基板》
基板としては、例えば、ガラスや樹脂等よりなるものを用いることができる。これらは光源の発する熱の温度によって選択して用いるとよい。例えば、温度がおよそ180℃以上の場合はガラス、120〜180℃の場合は ポリエチレンテレフタレート材(PET材)やポリブチレンテレフタレート材(PBT材)等のポリエステル材、120℃以下の場合はポリカーボネート材よりなるものを用いるとよい。
【0038】
《有機EL素子を製造する方法》
本発明の有機EL素子は、基板の表面に、上述した下部電極、電子注入層、有機物層、および上部透明電極を、いずれもスパッタリング法によって順次積層すればよく、その条件は、公知の条件を採用できる。例えば、スパッタリング温度は室温、スパッタリング雰囲気はArガス雰囲気、投入電力は250W、基板温度は室温とすればよい。
【0039】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0040】
基板の上に、下部電極と、電子注入層と、有機発光層を含む有機物層と、上部透明電極とをこの順で有し、前記上部透明電極側から光を取り出す有機EL素子について、下部電極から有機物層への電子注入効率を評価するために、電子注入効率への寄与度が大きい電子注入層と下部電極との界面を取り出して第一原理計算によるシミュレーションを行った。
【0041】
第一原理計算とは、相互作用する多電子系の基底状態のエネルギーは電子の密度分布により決められることを示した密度汎関数理論に基づいた計算手法であり、詳細は、P.Hohenberg and W.Kohn, Phys. Rev.136, B864 (1964), W.Kohn and L. J. Sham, Phys. Rev.140, A1133 (1965), 藤原毅夫「固体電子構造」朝倉書店発行、第3章などに記載されている。具体的には、図1に示す界面構造を表わすモデルを作り、このモデルでの電子状態を計算することによって、仕事関数および原子レベルでの構造を予測できる。図1は、Al合金(111)面にLiF膜を蒸着させた場合の表面構造を計算した結果を示す模式図である。
【0042】
なお、第一原理計算によれば、量子力学の原理に基づいて、物質の電子構造を経験的パラメータ無しに議論できるようになり、実証によりその有効性が示されている。本シミュレーションでは、第一原理計算の中でも現在最も精度の高いとされる一般密度勾配近似法を用いて計算した。
【0043】
シミュレーションは、電子注入層をLiF、下部電極をAlとし、Al電極は、1層が3原子×3原子の9原子からなり、これが6原子分重なった層状の単位格子を想定して行った。この単位格子は、各方向に対して周期的に連続しており、LiFとAlの界面は、並行な方向に対しては無限に広がっている。また、LiFとAlの界面に対して垂直な方向については、厚み2nmの真空領域を設け、隣り合う界面から影響を受けないように想定している。
【0044】
このように想定した単位格子を構成するAl原子の一つを、Ge、Ti、La、Ca、Sr、Naで置換したときの電子注入層(LiF)の仕事関数を算出した。3原子×3原子×厚み6原子の単位格子における各元素の含有量は1.85原子%となる。即ち、単位格子の組成は、Al−1.85原子%Ge、Al−1.85原子%Ti、Al−1.85原子%La、Al−1.85原子%Ca、Al−1.85原子%Sr、Al−1.85原子%Naとなる。算出した電子注入層の仕事関数を下記表1に示す。表1には、置換していない単位格子を用いた場合(置換元素をAlと表記。)の電子注入層の仕事関数を参考値として併せて示す。
【0045】
また、上記単位格子(3原子×3原子×厚み6原子)の代わりに、原子が直列に6個並んだ単位格子(1原子×1原子×厚み6原子)を想定し、この単位格子を構成するAl原子の一つを、Ge、Ti、La、Ca、Sr、Naで置換したときの電子注入層(LiF)の仕事関数を算出した。1原子×1原子×厚み6原子の単位格子における各元素の含有量は16.7原子%となる。即ち、単位格子の組成は、Al−16.7原子%Ge、Al−16.7原子%Ti、Al−16.7原子%La、Al−16.7原子%Ca、Al−16.7原子%Sr、Al−16.7原子%Naとなる。算出した電子注入層の仕事関数を下記表1に示す。表1には、置換していない単位格子を用いた場合(置換元素をAlと表記。)の電子注入層の仕事関数を参考値として併せて示す。
【0046】
下記表1には、置換に用いた元素の電気陰性度も併せて示した。
【0047】
図1(a)は、電子注入層としてLiF、下部電極として単位格子を構成するAl原子の一つをGeで置換したときの電子注入層と下部電極の界面の様子、図1(b)は、電子注入層としてLiF、下部電極として単位格子を構成するAl原子の一つをLaで置換したときの電子注入層と下部電極の界面の様子を夫々示している。
【0048】
図1(a)から明らかなように、単位格子中のAlの一部をGeで置換した下部電極の表面に、電子注入層としてLiFを形成した場合には、LiFは平面状になることが分かる。このときの電子注入層の仕事関数は4.3eVとなり、下部電極として純Alを用いた場合の仕事関数(4.0eV)より大きくなった。これに対し、図1(b)から明らかなように、単位格子中のAlの一部をLaで置換した下部電極の表面に、電子注入層としてLiFを形成した場合には、LiFは波状に変形することが分かる。このときの電子注入層の仕事関数は3.5eVとなり、下部電極として純Alを用いた場合の仕事関数(4.0eV)より小さくなった。
【0049】
以上の結果に基づいて、本発明者らが更に検討を重ねた結果、Alの一部を、電気陰性度が1.1以下の金属元素で置換した下部電極の表面に、電子注入層を形成することによって、電子注入層の形状を平面状から波状に変形でき、仕事関数が小さくなることが明らかとなった。下部電極に電気陰性度が低い金属元素を含有させることによって、電子注入層に含まれる元素を引き寄せ、電子注入層に双極子モーメントを発生させることにより、仕事関数が低下したと考えられる。よって下部電極から有機物層への電子注入効率を一層高めることができる。
【0050】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の上に、下部電極と、電子注入層と、有機発光層を含む有機物層と、上部透明電極とをこの順で有し、前記上部透明電極側から光を取り出す有機EL素子であって、
前記下部電極が、電気陰性度1.1以下の金属元素を少なくとも1種と、Alとを含み、
前記電子注入層が、アルカリ金属および第2族元素よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする有機EL素子。
【請求項2】
前記電子注入層が、酸素またはハロゲン元素よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含む請求項1に記載の有機EL素子。
【請求項3】
前記下部電極が、電気陰性度が1.1以下の金属元素を少なくとも1種含む金属元素層と、Al含有層との積層体であり、
前記金属元素層の膜厚が1原子で、前記金属元素層と前記電子注入層とが接している請求項1または2に記載の有機EL素子。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の有機EL素子を備えることを特徴とする有機EL表示装置。

【図1】
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【公開番号】特開2011−249540(P2011−249540A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−120854(P2010−120854)
【出願日】平成22年5月26日(2010.5.26)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】